読書感想文・蔵出し (75)
読書感想文です。 実は、今回、≪新型肺炎あれこれ≫を書き下ろそうかと思っていたんですが、新聞土用版に入っているパズルが、数独特集で、6問もあり、その第5問が、あまりにも手強くて、時間がなくなってしまったせいで、読感に切り替えた次第。 文句があったら、私ではなく、問題を作ったニコリに言って下さい。
≪松本清張全集 46 風紋・夜光の階段≫
松本清張全集 46
文藝春秋 1983年12月25日/初版 2008年10月10日/4版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。
【風紋】 約116ページ
1967年(昭和42年)1月から、1968年6月号まで、「現代」に連載されたもの。 原題は、「流れの結像」。
戦後にスタートした食品会社。 経営不振を立て直す切り札として、駱駝が食べる砂漠の植物から抽出したエキスで作った、「キャメラミン」という栄養剤を売り出し、大ヒットとなった。 ある大学の講師が、その成分を分析し、研究したところ、意外な結果が出てしまい、食品会社の宣伝部が、何とか、研究の公式発表を押さえ込もうとするが・・・、という話。
うまく梗概が書けませんでしたが、視点人物は、食品会社の社史編纂部署にいる若い社員でして、梗概に書いてある事件を、傍目から観察しているという形式になっています。 犯罪としては、横領に近い事件は起こりますが、殺人などは、出て来ません。 推理しながら読むのは、まず、無理です。 推理小説でも、犯罪小説でもなく、企業小説なんですな。
はっきり言って、面白さは、松本作品として、並み以下です。 一つの会社の中で起きた内紛劇に過ぎず、しかも、視点人物は、直接、事件に関わっていない、第三者ですから、視点人物の立場で事件を見ている読者にしてみると、誰がどうなろうが、どうでもいい事なんですな。
原題の【流れの結像】も、【風紋】も、分かり難いタイトルですなあ。 松本さん独特の命名ですが、タイトルから、内容を思い出し難い事、この下ない。 知的なのは、伝わって来るんですが、内容を表していないのでは、タイトルの意味が、半分、ないようなものです。 雰囲気すら伝わらないから、その乖離がいかに大きいか、分かろうと言うもの。
【夜光階段】 約382ページ
1969年(昭和44年)5月10日号から、1970年9月26日号まで、「週刊新潮」に連載されたもの。 原題は、「ガラスの鍵」。
腕のいい青年美容師が、独立資金を援助してくれたり、上客を紹介してくれたりする女達を利用し、有名美容師にのし上がっていくが、利用した女達が、ことごとく、首枷に変身し、殺さざるを得なくなる。 青年美容師の犯罪に、たまたま、最初の一件から関わっていた検事が、美容師の罠にかけられて無実の罪を着せられそうになっている人物を救う為に、禁じ手を使ってでも、真犯人を告発しようとするが・・・、という話。
視点人物が、はっきりしません。 中心人物は、明らかに、青年美容師ですが、彼が、視点人物である場面は限られています。 ネタバレを気にする必要がない程度の倒叙形式でして、誰が犯人かは、早い段階で、読者に伝わります。 しかし、常に、犯人側の立場でストーリーが語られるわけではないので、読者は、ちゅうぶらりんの格好で、話につきあって行く事になります。
美容師の友人が、無実の罪で捕まり、裁判にかけられる段になると、俄然、「真犯人、憎し」という雰囲気が盛り上がります。 ここで、視点人物が、ある検事に固定され、ラストまで、そのまま行くのですが、一応、善悪バランスはとられるものの、すっきりした終わり方にはなりません。 細部を読み込むタイプの読者なら、読み応えを感じると思いますが、私のように、ストーリーを小説の根幹と考えている読者から見ると、フラフラした話としか感じられません。
それにしても、この主人公、大変、狡知で、美容師としてよりも、犯罪者としての才能の方が、勝っているくらいです。 証拠を残さない上に、疑いを持った人物を、どんどん殺して行ってしまうので、なかなか、露顕しないんですな。 罪をなすりつけた事件などは、相手を心理的に追い込む手まで使っていて、天才的犯罪センスを見せます。 もちろん、私は、そんな人間には、マイナスの価値しか感じませんが。
≪松本清張全集 47 彩り河≫
松本清張全集 47
文藝春秋 1984年3月25日/初版 2008年10月10日/5版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1作を収録。
【彩り河】 約466ページ
1981年(昭和56年)5月28日号から、1983年3月10日号まで、「週刊文春」に連載されたもの。
会社の経営が傾いているのに、社長が、大金を費やして、女を囲い、バーを出させているのを見て、資金繰りに不審を抱いた業界誌の契約記者が、一人で調査を進め、社長の背後に、不動産会社を操る金融機関の経営者がいる事をつきとめる。 ところが、記者は、望まない退場を余儀なくされ、囲われていた女の元愛人だった人物が、調査を引き継いで、記者の未亡人と共に、怪しいクラブに探りを入れるが・・・、という話。
舞台的には、企業小説に近いものの、犯罪が出て来て、トリックや謎もある推理小説です。 視点人物になる探偵役が、二人出て来ますが、接点は僅かで、互いに、自分の事情から、リレーする形で、調査を進めます。 実は、調査している人間が、もう一人いるのですが、その人は、視点人物にはならないので、読者は、謎解きの段になるまで、その調査の過程を知る事ができません。
探偵役がリレーされる点が、最も悪さをしているのですが、それを、粗っぽい登場人物の役割配分が手伝って、バラバラ感が強いです。 たとえば、最初に出てくる、和子という女ですが、重要人物なのかと思いきや、呆気なく退場してしまいますし、後ろの方に出てくる、静子という未亡人は、キャラ的には、どう考えても、脇役なのに、重要な場所に密偵として送り込まれたりして、どうにも、バランスが悪い。
また、松本作品としては珍しい事に、謎解き場面に、お涙頂戴の因縁話が含まれているところも、評価点を落としています。 出来の悪い2時間サスペンスじゃあるまいし。 松本作品から、ドライさを抜いたら、魅力は、半減してしまうではありませんか。 1981年というと、すでに、テレビで、2時間サスペンスが登場していますが、まさか、それを見て、影響されたのでは?
クロフツ的に、コツコツ、地道に調査を進めて行く過程は面白いですが、探偵役がリレー式に二人いると、どうしても、すでに読者が分かっている事を、もう一度辿らされる事になり、冗長を感ぜざるを得ません。 苛々して来るので、内容が重なっている部分は、飛ばし読みしました。 しかし、連載時に、ブツ切りで読んでいた読者は、むしろ、細部を思い出す事が出来て、読み易かったかもしれませんな。
以下、ネタバレ、あり、
ラストでは、善悪バランスがとられますが、警察や司法は、全く関係しておらず、いわば、私刑。 「こういうのは、ありなのか?」と首を傾げざるを得ません。 解説には、【十万分の一の偶然】を、同様の例としていますが、あちらは、復讐者が死を覚悟しており、こちらとは、明らかに違う結末です。 「殺して、そのまんま」は、まずいと思うのですがねえ。
≪松本清張全集 48 風の息≫
松本清張全集 48
文藝春秋 1983年7月25日/初版 2008年10月10日/4版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1作を収録。
【風の息】 約4538ページ
1972年(昭和47年)2月15日から、1973年4月13日まで、「日刊 赤旗」に連載されたもの。
ある未亡人が、ジャーナリストだった夫の遺品として、古書店に、航空関係の書籍を持ち込む。 そこから、昭和27年(1952年)に大島の三原山に墜落した旅客機、「もく星号」の事故に興味を抱いた店主が、同好の士を集め、手分けして、当時の関係者から聞き取り調査を進めて行く話。
以下、ネタバレ、あり。 ネタがバレても、さほど、問題がない話です。
硬い、硬い、文字通り、話にならないくらい、硬い作品で、全然、ページが進みません。 冒頭からしばらく、事件の経緯が語られますが、情報の羅列で、小説というより、報告書でも読んでいるような感じです。 それが過ぎると、ようやく、本体部分が始まるわけですが、一応、小説の体裁で書いているというだけで、やはり、硬い、硬い。 全然、ページが進みません。
調査に当たる主な人物は三人で、その内二人は、視点人物になりますが、もう一人は、調べてきた事を報告するだけです。 視点人物になる二人が、調査を進める内に、まずい領域に足を踏み入れ、命を狙われるというのなら、ありふれた展開ながらも、小説らしくなるのですが、そうはならず、調査するだけで終わります。
墜落事故が起きてから、十年以上経っている設定で、すでに、アメリカによる占領期間も終わっており、今更、事故の原因をほじくり返しても、誰からも、命を狙われたりしないわけですな。 調査する側してみれば、ありがたい事ですが、読者の方は、小説的な面白さを全く感じられないので、単なる資料を読まされているような、退屈な思いをさせられます。
一応、推測による結論が出ていますが、大変、もっともらしいとは思うものの、常識に立ち返って考えると、仮にも、米軍と関係のある旅客機を、同じ米軍の戦闘機が攻撃したりするものなのか、首を傾げてしまいますねえ。 朝鮮戦争の最中で、緊張感が高かったとはいえ、大島付近なんて、戦場とは、まるっきり、場所が掛け離れており、米軍の敵機がいるわけがないではありませんか。
どうも、松本清張さんは、「日本人が、外国人の起こした一件に巻き込まれて、命を落とした」事件や事故に、殊更、敏感に反応するように見受けられます。 昭和の中頃に生まれた私の世代でも、もく星号の事故の事を知っている者は、ごく僅かだと思いますが、1972年時点で、この小説に食いついた読者が、どの程度、いたものですかねえ。
航空事故に、特に興味があるという人でない限り、読むのは、薦められません。 無理に読んでも、ほとんど、頭に残らないと思います。 事故の真相が明らかになっていく過程のゾクゾク感も、期待しない方がいいです。 結論が出ても、どうせ、推測に過ぎないのですから。
≪松本清張全集 49 空の城・白と黒の革命≫
松本清張全集 49
文藝春秋 1983年8月25日/初版 2008年10月25日/4版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。
【空の城】 約284ページ
1978年(昭和53年)1月から、8月まで、「文藝春秋」に連載されたもの。
レバノン系アメリカ人の政商を頼りにして、カナダに製油所を造った日本の商社。 政商の求めるがままに、出資を続けていたが、生産が軌道に乗らなかった上に、石油ショックが重なって、事情が変わり、詐欺師に変身した政商に騙されて、莫大な赤字を出す話。
実話を元にした、企業小説です。 企業小説そのものや、石油業界に興味がない向きには、全く薦められない内容。 面白くも何ともないです。 犯罪と言えば、詐欺が出て来ますが、それも、商人がやる、ごまかし・まやかしレベルの話で、詐欺の鮮やかな手並みを楽しむといった趣きではないです。
松本作品に、似たような話は多いですが、この作品の場合、女絡みの破滅が出て来ないので、尚更、ギスギスした硬さが際立っています。 石油業界の専門用語が目白押しで、何ページも続く部分も多いですが、どうせ、読んでも、頭に残らないので、硬いところは、飛ばし読みしました。
社内抗争の人間ドラマが描きこまれているところだけ、面白い。 会社存亡の危機だというのに、アメリカ子会社からの報告を、本社での会議で聞いている重役達が、石油業界の知識がないせいで、何も理解していないというのは、いかにも、ありそうな場面。 何の仕事もしていない重役は、どの会社でも多い事でしょう。 大雑把に言って、秘書が付いているような役職は、何も仕事がないから、秘書が仕事をらしき物を探して、スケジュールを作っているんですな。
骨董品蒐集ばかりに精を出している社主が、親から引き継いだ会社に反感を抱いていて、倒産するのを、むしろ、歓迎していた、というのは、ちと、不自然ですか。 たとえ、親の作った会社に反発を感じていても、貴重な骨董コレクションを手放すような羽目には陥りたくないと思うと思うのですが。
【白と黒の革命】 約253ページ(「文庫版のためのあとがき」を含む)
1979年(昭和47年)6月から、12月まで、「文藝春秋」に連載されたもの。
1978年に起こった、イラン革命について、日本人の作家が、イラン人の絨毯商人から、「革命の発端は、石油メジャーが、好き勝手をするパーレビ国王を懲らしめる為に、CIAを使って、一旦、国外追放し、その後、帰国させるつもりだったのが、失敗したものだ」と言ったのを聞いた事で、興味を持ち、世界を飛びまわって、情報を集め、最後には、イランに乗り込んで行く話。
一応、小説の体裁をとっていますが、イラン革命に関する時事情報が羅列されているだけで、これを小説と呼ぶのは、相当には、無理があります。 実際、小説として楽しむのは、不可能でしょう。 【空の城】も同様ですが、文藝春秋も、よく、こういう作品を、掲載しましたねえ。 これでは、一般的な小説読者は、ついて来れなかったでしょうに。 私も、その一人で、もし雑誌で読んだのなら、一冊目でやめ、二冊目は買わなかったと思います。
主人公は、山上という作家で、松本作品としては珍しく、一人称で語ります。 ジャーナリストならともかく、作家程度の立場で、革命直後、政情不安の極にある外国に乗り込んで、通訳頼みで、話を聞いて回ろうというのだから、怖いもの知らずにも、程があろうというもの。 最後には、スパイの嫌疑をかけられて、国外逃亡を余儀なくされますが、自業自得ですな。
1978年というと、私は中学生で、「ホメイニ師」の名前を、ニュースで何度も聞きましたが、まだ子供だった事もあり、イラン革命には、別段、興味がありませんでした。 その後、イラン・イラク戦争が始まって、いつまでも終わらず、皇帝(当時は、パーレビ国王と呼ばれていた)が帰国して、王政復帰するという事もなく、イランの政権は、そのまま、今に至ります。
他の作品でも書きましたが、松本作品を全て読みたいと思っている人でも、こういう作品は、避けた方がいいかも知れません。 内容が専門的過ぎて、無理に読んでも、ほとんど、頭に残らないと思います。 イラン革命について研究している学生なら、参考になるかも知れませんが、外国に対する興味が、全般的に低下してしまった今、そういう学生がいるんですかねえ?
以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2021年の、
≪松本清張全集 46 風紋・夜光の階段≫が、1月3日から、7日。
≪松本清張全集 47 彩り河≫が、1月16日から、20日まで。
≪松本清張全集 48 風の息≫が、1月22日から、28日まで。
≪松本清張全集 49 空の城・白と黒の革命≫が、1月30日から、2月3日まで。
今回は、松本清張全集だけ、46から、49まで、順番に揃いましたな。 最初の内は、なるべく、順番通りに借りていたのですが、他の人が借りていて、なかったり、時代小説は、とっつきが悪そうだから、飛ばしたりしている内に、グジャグジャになってきて、後半は、読み易そうなものを先に読む方針に切り替えました。
未だに、同全集を読み続けていますが、時代物や小説ではない作品を除くと、ほとんど、読み終えてしまいました。 さて、時代物を 読むべきかどうか、検討中。
≪松本清張全集 46 風紋・夜光の階段≫
松本清張全集 46
文藝春秋 1983年12月25日/初版 2008年10月10日/4版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。
【風紋】 約116ページ
1967年(昭和42年)1月から、1968年6月号まで、「現代」に連載されたもの。 原題は、「流れの結像」。
戦後にスタートした食品会社。 経営不振を立て直す切り札として、駱駝が食べる砂漠の植物から抽出したエキスで作った、「キャメラミン」という栄養剤を売り出し、大ヒットとなった。 ある大学の講師が、その成分を分析し、研究したところ、意外な結果が出てしまい、食品会社の宣伝部が、何とか、研究の公式発表を押さえ込もうとするが・・・、という話。
うまく梗概が書けませんでしたが、視点人物は、食品会社の社史編纂部署にいる若い社員でして、梗概に書いてある事件を、傍目から観察しているという形式になっています。 犯罪としては、横領に近い事件は起こりますが、殺人などは、出て来ません。 推理しながら読むのは、まず、無理です。 推理小説でも、犯罪小説でもなく、企業小説なんですな。
はっきり言って、面白さは、松本作品として、並み以下です。 一つの会社の中で起きた内紛劇に過ぎず、しかも、視点人物は、直接、事件に関わっていない、第三者ですから、視点人物の立場で事件を見ている読者にしてみると、誰がどうなろうが、どうでもいい事なんですな。
原題の【流れの結像】も、【風紋】も、分かり難いタイトルですなあ。 松本さん独特の命名ですが、タイトルから、内容を思い出し難い事、この下ない。 知的なのは、伝わって来るんですが、内容を表していないのでは、タイトルの意味が、半分、ないようなものです。 雰囲気すら伝わらないから、その乖離がいかに大きいか、分かろうと言うもの。
【夜光階段】 約382ページ
1969年(昭和44年)5月10日号から、1970年9月26日号まで、「週刊新潮」に連載されたもの。 原題は、「ガラスの鍵」。
腕のいい青年美容師が、独立資金を援助してくれたり、上客を紹介してくれたりする女達を利用し、有名美容師にのし上がっていくが、利用した女達が、ことごとく、首枷に変身し、殺さざるを得なくなる。 青年美容師の犯罪に、たまたま、最初の一件から関わっていた検事が、美容師の罠にかけられて無実の罪を着せられそうになっている人物を救う為に、禁じ手を使ってでも、真犯人を告発しようとするが・・・、という話。
視点人物が、はっきりしません。 中心人物は、明らかに、青年美容師ですが、彼が、視点人物である場面は限られています。 ネタバレを気にする必要がない程度の倒叙形式でして、誰が犯人かは、早い段階で、読者に伝わります。 しかし、常に、犯人側の立場でストーリーが語られるわけではないので、読者は、ちゅうぶらりんの格好で、話につきあって行く事になります。
美容師の友人が、無実の罪で捕まり、裁判にかけられる段になると、俄然、「真犯人、憎し」という雰囲気が盛り上がります。 ここで、視点人物が、ある検事に固定され、ラストまで、そのまま行くのですが、一応、善悪バランスはとられるものの、すっきりした終わり方にはなりません。 細部を読み込むタイプの読者なら、読み応えを感じると思いますが、私のように、ストーリーを小説の根幹と考えている読者から見ると、フラフラした話としか感じられません。
それにしても、この主人公、大変、狡知で、美容師としてよりも、犯罪者としての才能の方が、勝っているくらいです。 証拠を残さない上に、疑いを持った人物を、どんどん殺して行ってしまうので、なかなか、露顕しないんですな。 罪をなすりつけた事件などは、相手を心理的に追い込む手まで使っていて、天才的犯罪センスを見せます。 もちろん、私は、そんな人間には、マイナスの価値しか感じませんが。
≪松本清張全集 47 彩り河≫
松本清張全集 47
文藝春秋 1984年3月25日/初版 2008年10月10日/5版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1作を収録。
【彩り河】 約466ページ
1981年(昭和56年)5月28日号から、1983年3月10日号まで、「週刊文春」に連載されたもの。
会社の経営が傾いているのに、社長が、大金を費やして、女を囲い、バーを出させているのを見て、資金繰りに不審を抱いた業界誌の契約記者が、一人で調査を進め、社長の背後に、不動産会社を操る金融機関の経営者がいる事をつきとめる。 ところが、記者は、望まない退場を余儀なくされ、囲われていた女の元愛人だった人物が、調査を引き継いで、記者の未亡人と共に、怪しいクラブに探りを入れるが・・・、という話。
舞台的には、企業小説に近いものの、犯罪が出て来て、トリックや謎もある推理小説です。 視点人物になる探偵役が、二人出て来ますが、接点は僅かで、互いに、自分の事情から、リレーする形で、調査を進めます。 実は、調査している人間が、もう一人いるのですが、その人は、視点人物にはならないので、読者は、謎解きの段になるまで、その調査の過程を知る事ができません。
探偵役がリレーされる点が、最も悪さをしているのですが、それを、粗っぽい登場人物の役割配分が手伝って、バラバラ感が強いです。 たとえば、最初に出てくる、和子という女ですが、重要人物なのかと思いきや、呆気なく退場してしまいますし、後ろの方に出てくる、静子という未亡人は、キャラ的には、どう考えても、脇役なのに、重要な場所に密偵として送り込まれたりして、どうにも、バランスが悪い。
また、松本作品としては珍しい事に、謎解き場面に、お涙頂戴の因縁話が含まれているところも、評価点を落としています。 出来の悪い2時間サスペンスじゃあるまいし。 松本作品から、ドライさを抜いたら、魅力は、半減してしまうではありませんか。 1981年というと、すでに、テレビで、2時間サスペンスが登場していますが、まさか、それを見て、影響されたのでは?
クロフツ的に、コツコツ、地道に調査を進めて行く過程は面白いですが、探偵役がリレー式に二人いると、どうしても、すでに読者が分かっている事を、もう一度辿らされる事になり、冗長を感ぜざるを得ません。 苛々して来るので、内容が重なっている部分は、飛ばし読みしました。 しかし、連載時に、ブツ切りで読んでいた読者は、むしろ、細部を思い出す事が出来て、読み易かったかもしれませんな。
以下、ネタバレ、あり、
ラストでは、善悪バランスがとられますが、警察や司法は、全く関係しておらず、いわば、私刑。 「こういうのは、ありなのか?」と首を傾げざるを得ません。 解説には、【十万分の一の偶然】を、同様の例としていますが、あちらは、復讐者が死を覚悟しており、こちらとは、明らかに違う結末です。 「殺して、そのまんま」は、まずいと思うのですがねえ。
≪松本清張全集 48 風の息≫
松本清張全集 48
文藝春秋 1983年7月25日/初版 2008年10月10日/4版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1作を収録。
【風の息】 約4538ページ
1972年(昭和47年)2月15日から、1973年4月13日まで、「日刊 赤旗」に連載されたもの。
ある未亡人が、ジャーナリストだった夫の遺品として、古書店に、航空関係の書籍を持ち込む。 そこから、昭和27年(1952年)に大島の三原山に墜落した旅客機、「もく星号」の事故に興味を抱いた店主が、同好の士を集め、手分けして、当時の関係者から聞き取り調査を進めて行く話。
以下、ネタバレ、あり。 ネタがバレても、さほど、問題がない話です。
硬い、硬い、文字通り、話にならないくらい、硬い作品で、全然、ページが進みません。 冒頭からしばらく、事件の経緯が語られますが、情報の羅列で、小説というより、報告書でも読んでいるような感じです。 それが過ぎると、ようやく、本体部分が始まるわけですが、一応、小説の体裁で書いているというだけで、やはり、硬い、硬い。 全然、ページが進みません。
調査に当たる主な人物は三人で、その内二人は、視点人物になりますが、もう一人は、調べてきた事を報告するだけです。 視点人物になる二人が、調査を進める内に、まずい領域に足を踏み入れ、命を狙われるというのなら、ありふれた展開ながらも、小説らしくなるのですが、そうはならず、調査するだけで終わります。
墜落事故が起きてから、十年以上経っている設定で、すでに、アメリカによる占領期間も終わっており、今更、事故の原因をほじくり返しても、誰からも、命を狙われたりしないわけですな。 調査する側してみれば、ありがたい事ですが、読者の方は、小説的な面白さを全く感じられないので、単なる資料を読まされているような、退屈な思いをさせられます。
一応、推測による結論が出ていますが、大変、もっともらしいとは思うものの、常識に立ち返って考えると、仮にも、米軍と関係のある旅客機を、同じ米軍の戦闘機が攻撃したりするものなのか、首を傾げてしまいますねえ。 朝鮮戦争の最中で、緊張感が高かったとはいえ、大島付近なんて、戦場とは、まるっきり、場所が掛け離れており、米軍の敵機がいるわけがないではありませんか。
どうも、松本清張さんは、「日本人が、外国人の起こした一件に巻き込まれて、命を落とした」事件や事故に、殊更、敏感に反応するように見受けられます。 昭和の中頃に生まれた私の世代でも、もく星号の事故の事を知っている者は、ごく僅かだと思いますが、1972年時点で、この小説に食いついた読者が、どの程度、いたものですかねえ。
航空事故に、特に興味があるという人でない限り、読むのは、薦められません。 無理に読んでも、ほとんど、頭に残らないと思います。 事故の真相が明らかになっていく過程のゾクゾク感も、期待しない方がいいです。 結論が出ても、どうせ、推測に過ぎないのですから。
≪松本清張全集 49 空の城・白と黒の革命≫
松本清張全集 49
文藝春秋 1983年8月25日/初版 2008年10月25日/4版
松本清張 著
沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。
【空の城】 約284ページ
1978年(昭和53年)1月から、8月まで、「文藝春秋」に連載されたもの。
レバノン系アメリカ人の政商を頼りにして、カナダに製油所を造った日本の商社。 政商の求めるがままに、出資を続けていたが、生産が軌道に乗らなかった上に、石油ショックが重なって、事情が変わり、詐欺師に変身した政商に騙されて、莫大な赤字を出す話。
実話を元にした、企業小説です。 企業小説そのものや、石油業界に興味がない向きには、全く薦められない内容。 面白くも何ともないです。 犯罪と言えば、詐欺が出て来ますが、それも、商人がやる、ごまかし・まやかしレベルの話で、詐欺の鮮やかな手並みを楽しむといった趣きではないです。
松本作品に、似たような話は多いですが、この作品の場合、女絡みの破滅が出て来ないので、尚更、ギスギスした硬さが際立っています。 石油業界の専門用語が目白押しで、何ページも続く部分も多いですが、どうせ、読んでも、頭に残らないので、硬いところは、飛ばし読みしました。
社内抗争の人間ドラマが描きこまれているところだけ、面白い。 会社存亡の危機だというのに、アメリカ子会社からの報告を、本社での会議で聞いている重役達が、石油業界の知識がないせいで、何も理解していないというのは、いかにも、ありそうな場面。 何の仕事もしていない重役は、どの会社でも多い事でしょう。 大雑把に言って、秘書が付いているような役職は、何も仕事がないから、秘書が仕事をらしき物を探して、スケジュールを作っているんですな。
骨董品蒐集ばかりに精を出している社主が、親から引き継いだ会社に反感を抱いていて、倒産するのを、むしろ、歓迎していた、というのは、ちと、不自然ですか。 たとえ、親の作った会社に反発を感じていても、貴重な骨董コレクションを手放すような羽目には陥りたくないと思うと思うのですが。
【白と黒の革命】 約253ページ(「文庫版のためのあとがき」を含む)
1979年(昭和47年)6月から、12月まで、「文藝春秋」に連載されたもの。
1978年に起こった、イラン革命について、日本人の作家が、イラン人の絨毯商人から、「革命の発端は、石油メジャーが、好き勝手をするパーレビ国王を懲らしめる為に、CIAを使って、一旦、国外追放し、その後、帰国させるつもりだったのが、失敗したものだ」と言ったのを聞いた事で、興味を持ち、世界を飛びまわって、情報を集め、最後には、イランに乗り込んで行く話。
一応、小説の体裁をとっていますが、イラン革命に関する時事情報が羅列されているだけで、これを小説と呼ぶのは、相当には、無理があります。 実際、小説として楽しむのは、不可能でしょう。 【空の城】も同様ですが、文藝春秋も、よく、こういう作品を、掲載しましたねえ。 これでは、一般的な小説読者は、ついて来れなかったでしょうに。 私も、その一人で、もし雑誌で読んだのなら、一冊目でやめ、二冊目は買わなかったと思います。
主人公は、山上という作家で、松本作品としては珍しく、一人称で語ります。 ジャーナリストならともかく、作家程度の立場で、革命直後、政情不安の極にある外国に乗り込んで、通訳頼みで、話を聞いて回ろうというのだから、怖いもの知らずにも、程があろうというもの。 最後には、スパイの嫌疑をかけられて、国外逃亡を余儀なくされますが、自業自得ですな。
1978年というと、私は中学生で、「ホメイニ師」の名前を、ニュースで何度も聞きましたが、まだ子供だった事もあり、イラン革命には、別段、興味がありませんでした。 その後、イラン・イラク戦争が始まって、いつまでも終わらず、皇帝(当時は、パーレビ国王と呼ばれていた)が帰国して、王政復帰するという事もなく、イランの政権は、そのまま、今に至ります。
他の作品でも書きましたが、松本作品を全て読みたいと思っている人でも、こういう作品は、避けた方がいいかも知れません。 内容が専門的過ぎて、無理に読んでも、ほとんど、頭に残らないと思います。 イラン革命について研究している学生なら、参考になるかも知れませんが、外国に対する興味が、全般的に低下してしまった今、そういう学生がいるんですかねえ?
以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2021年の、
≪松本清張全集 46 風紋・夜光の階段≫が、1月3日から、7日。
≪松本清張全集 47 彩り河≫が、1月16日から、20日まで。
≪松本清張全集 48 風の息≫が、1月22日から、28日まで。
≪松本清張全集 49 空の城・白と黒の革命≫が、1月30日から、2月3日まで。
今回は、松本清張全集だけ、46から、49まで、順番に揃いましたな。 最初の内は、なるべく、順番通りに借りていたのですが、他の人が借りていて、なかったり、時代小説は、とっつきが悪そうだから、飛ばしたりしている内に、グジャグジャになってきて、後半は、読み易そうなものを先に読む方針に切り替えました。
未だに、同全集を読み続けていますが、時代物や小説ではない作品を除くと、ほとんど、読み終えてしまいました。 さて、時代物を 読むべきかどうか、検討中。
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