2021/11/07

読書感想文・蔵出し (78)

  読書感想文です。 今月は、他に出したい記事もないので、感想文で押し捲ろうと思います。 例によって、最終週だけ、プチ・ツーリングの記事になります。





≪松本清張全集 60 聖獣配列≫

松本清張全集 60
文藝春秋 1995年9月30日/初版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。  二段組みで、長編1作を収録。


【聖獣配列】 約469ページ
  1983年(昭和58年)9月1日号から、1985年9月19日号まで、「週刊新潮」に連載されたもの。


  来日したアメリカ大統領から、昔馴染みのよしみで、お呼びがかかり、迎賓館に連れ込まれた女が、大統領と、日本の首相が、早朝に秘密会談をしている様子を写真に撮った。 その写真をネタに、大統領を脅して、大金を手に入れるが、やがて、秘密会談に関わった通訳や、随員らが、次々と命を落とし始める。 女は、脅し取った金をスイスの銀行に預けていたが・・・、という話。

  近いといえば、スパイ小説でしょうか。 しかし、主人公は、別に、諜報員ではなく、単に、大胆で頭が切れる、水商売の女に過ぎません。 アメリカ大統領を脅して、金を巻き上げようというのですから、大胆にも程があろうというもの。 要求額の桁を一つ下げて、つましく暮らせば、一生、安泰だったと思いますが、そもそも、そういう堅実な発想ができる人間ではないわけだ。

  水商売の女で頭が切れるといえば、【黒革の手帖】の主人公が思い浮かびますが、こちらは、国際政治が舞台ですから、スケールが違います。 あまりにも、大風呂敷過ぎて、現実感を損なっているのが、欠点といえば、欠点。 大体、迎賓館に女を連れ込んで、性交渉に励む米大統領なんて、想像もできません。 そんな事で、夜までハッスルしていたら、昼間の公務に支障を来す事は、避けられますまい。

  スイス銀行のシステムが、細々と説明されていますが、これは、松本さんが、個人的に興味があって調べた事を、半ば強引に、物語に織り込んだんでしょうなあ。 主人公の立場になってみれば、手にした大金をどうするかは、確かに、大問題ですが、銀行に預けたりするより、土地など、後で潰しが利く高価なものを買ってしまった方が、ずっと、安全だと思います。

  狡猾で強欲な主人公の性格に、好感がもてず、そんな人間の先行きがどうなろうが、興味が湧かないせいか、ノリが悪く、決して、面白い小説とは言えません。 スパイ小説が、日本では、一ジャンルとして、地歩を築いていないのも、印象を悪くしている原因かも知れません。

  この作品、「ロッキード事件」をモデルにしているようですが、確かに、それらしい部分は出て来るものの、主要なストーリーが、「金目当ての恐喝事件」に矮小化されているので、この作品を読んで、ロッキード事件について知ろうと思うのは、無理な相談です。




≪坂口安吾全集11≫

坂口安吾全集11
筑摩書房 1990年7月31日/初版
坂口安吾 著

  沼津市立図書館にあった本。 横溝正史さんの角川文庫旧版、≪八つ墓村≫を読んだ時に、解説に、【不連続殺人事件】の事が書いてあったので、どんな作品かと思って、この本を借りて来た次第。


【不連続殺人事件】 約272ページ
  1947年(昭和22年)8月から、1948年8月まで、「日本小説」に、断続的に連載されたもの。

  小説家や画家など、文化人十数人が、地方の金持ちの屋敷に招待される。 初日の夜から、招待された人間が、一人、二人と、殺されて行く。 連続殺人としては、殺される人間に共通点がなく、犯人の動機が分からない。 招待客の中に含まれていた、素人探偵の、通称、巨瀬(こせ)博士が、謎を解き、犯人を指名する話。

  畑違いの作家が、推理小説を書くと、特殊性を主張する為に、必ず、推理小説らしくない要素を入れますが、この作品も典型例です。 いきなり始まるのが、登場人物の説明で、人数が多い上に、一人一人について、延々と説明が続くので、もう、その時点で、読むのが嫌になります。 しかし、そこを飛ばす人はいても、読むのをやめてしまう人はいないでしょう。 ちなみに、飛ばしてしまっても、ストーリーは、分かります。

  登場人物が多過ぎる上に、天才と紙一重の芸術家ばかり、顔を揃えているので、無頼の雰囲気が強過ぎて、なかなか、馴染めません。 会話の内容の、柄が悪過ぎる。 文化人的に、凝った形容ばかり並べるのも、大変、読み難い。 推理小説に、言葉遊びなんぞ、不要です。 そういう点で特徴を出そうとしているのが、作者が門外漢である証拠です。

  屋敷に集まって、殺人が始まると、推理小説らしくなり、読み易くなります。 大勢の人間が、大きな屋敷に、何日も逗留して、次々と殺人が・・・、という設定自体、あまりにも、本格トリック物推理小説的過ぎて、古さを感ぜずにはいられませんが、事は考えようで、だからこそ、本格トリック物の醍醐味を、存分に味わえるという見方もできます。

  以下、ネタバレ、あり。

  殺人が幾つも起こるので、トリックも幾つか使われるのですが、メインはというと、元夫婦の大喧嘩の場面で使われるものでしょうねえ。 これは、独創的で、大変、面白いです。 唐突に、大喧嘩の場面が始まるので、違和感が強いのですが、その違和感こそが、トリックの存在を示していたんですな。

  この作品、雑誌発表時に、犯人当て・謎解きの懸賞がつけられたのですが、相当には複雑な話なのに、全て当てた人がいたらしく、ちょっと、信じられない感じもします。 「当てられるように、書いた」と、作者は書いていますが、一方で、当てられない事を期待して、懸賞をつけたわけで、何だか、矛盾していますな。

  冒頭の、登場人物の説明が、もっと、自然ならば、ずっと、印象が良い作品になったと思います。 作者の頭が論理的なのは認めますが、面白いかどうかというと、私は、さほど、面白くなかったです。 なんだか、他人がゲームをやっているのを、傍から見ているような感じで、ゾクゾク感が全くないのですよ。 探偵役の描写が、全く足りず、ラストの謎解きだけやるというのも、取って付けたようです。


【復員殺人事件】 約268ページ
  1949年(昭和24年)8月から、1950年3月まで、「座談」に、5回に渡って連載された後、雑誌の廃刊により、中絶。 作者の没後、江戸川乱歩氏によって、【樹のごときもの歩く】と改題された上で、高木彬光氏によって、後半部が書かれ、「宝石」誌上で、前半が、1957年8月から、11月まで、後半が、12月から、1958年3月まで連載された後、4月に、解決編が発表されたもの。

  小田原の屋敷に住む一家。 戦時中に、長男とその息子が轢死する事件が起こったが、未解決のままになっていた。 戦後になって、次男が復員して来るが、傷痍が甚だしく、目は潰れ、口はきけず、片腕片脚を失っていた。 彼は、出征前に、長男親子を殺した犯人を知っていると漏らしていたが、それを聞きだす前に殺されてしまい、更に、屋敷に住む人々の死が続く。 朝鮮から戻った下男らが入信している宗教や、次男が残した言葉、「樹のごときもの」の謎などが絡み合い、小田原暑の捜査関係者はもとより、探偵・巨勢博士までが、翻弄される話。

  「復員した男が、肉体の一部を損なっていて、本人かどうか分からない」というアイデアは、横溝作品、【犬神家の一族】と同じですが、そちらは、1950年1月から、1951年5月まで雑誌連載されたものですから、こちらの方が早いです。 しかし、同じように、復員者の肉体の損傷が鍵となっている横溝作品、【車井戸はなぜ軋る】は、1949年1月の発表で、この作品より、早いです。 江戸川作品、【芋虫】(1929年)も、同類と考えられますし、おそらく、この種のアイデア自体、もっと古いのがあると思います。

  うーむ・・・、何というべきか。 前半は、大変、ゾクゾクします。 語り方が、【不連続殺人事件】より、推理小説の定石に近いのが、大きな理由です。 中絶したまま、坂口さんが他界してしまったので、ゾクゾクしたままで、終わってしまったのは、大変、残念です。 後半は、別人が書いたものですが、「樹のごときもの」の謎を、うまく処理してある以外は、やっつけ仕事の印象を拭えません。

  何が悪いといって、犯人が死んだ後に、探偵役が、謎解きをするだけ、という形式が、つまらない。 小説というより、推理小説のアイデアだけ、読まされているような感じです。 高木彬光さんは、所詮、頼まれ仕事だから、他人が考えた話の後半を補うなんて厄介な作業に、気が進むはずなく、こんな結果になってしまったのでしょう。


【投手殺人事件】 約56ページ
  1950年(昭和25年)4月、「講談倶楽部」に、懸賞小説として、掲載。 同年7月に、当選者と、解決編が発表されたもの。 「投手」には、「ピッチャー」のルビあり。

  既婚の映画女優と恋に落ちたプロ野球の投手が、夫が要求して来た手切れ金300万円を用意する為に、他球団への移籍を望んでいた。 女優が在籍している映画会社が持つ球団のスカウト・マンが、会社と交渉して、300万円を出させるが、移籍契約が終わった直後、投手が殺害されてしまい・・・、という話。

  犯人当て懸賞小説も、この長さだと、当てた人が、結構、多かったのではないでしょうか。 殺害現場の見取り図が出ていますが、密室トリックではなく、アリバイ・トリックの方でして、見取り図は、目晦ましだと思います。

  球界スカウトの実態を描くのに、冒頭から、3分の1くらい、費やしていて、バランスが悪いです。 球団名や、登場人物の名前を、煙草の銘柄をもじったもので統一していますが、これは、洒落になっているのか、ただ、鬱陶しいだけなのかは、読む人によって、感じ方が異なるところ。

  尾行場面に、ゾクゾク感がないわけではないですが、とにかく、バランスが悪いので、ストーリー全体は、誉めようがありません。 視点人物がおらず、登場人物の誰にも共感できないのも、読者の立場としては、読み難いです。


【屋根裏の犯人】 約14ページ
  1953年(昭和28年)1月、「キング」に、「西鶴名作選」として、掲載されたもの。

  江戸時代。 ある商家の診察代の代わりに、大晦日に、風呂に招かれた医者が、その家のご隠居が、金を盗まれたと嘆いているのを、テキトーに慰めていたところ、ネズミが犯人だったと分かるが、ご隠居は納得しない。 やむなく、ネズミ使いを呼んで来て、ネズミが物を運べる事を実演してみせる話。

  梗概で、全部書いてしまいましたが、話というほどの話ではないです。 もちろん、ネタバレしたから、どうという話でもなし。 「西鶴名作選」というのは、井原西鶴の作品に似せた話を、現代の作家に書かせる企画だったようです。 


【南京虫殺人事件】 約24ページ
  1953年(昭和28年)1月、「キング」に掲載されたもの。

  ベテラン警官が、不穏な会話をしていた家に踏み込むが、何でもないと追い返されてしまう。 疑念を抱いて、同じく警察官である娘と二人で捜査している内に、その家の女主が殺され、逃げた男二人が、ある屋敷に逃げ込んだ後、姿を消してしまう。 それが、「南京虫」と呼ばれる、小型時計の密売事件に繋がって行く話。

  どうも、面白くありませんな。 推理小説というほど、推理要素が強くないのです。 かといって、一般小説としては、核になる物語要素がないし、人間ドラマとしても、安っぽい。 視点人物は、警官か、その娘なのですが、人格を描き込むほど、ページ数に余裕がないのです。


【選挙殺人事件】 約26ページ
  1953年(昭和28年)6月、「小説新潮」に掲載されたもの。

  零細木工所の社長が、突然、選挙に出馬したのを、奇妙に思った新聞記者が、裏を探ろうとして調査を始めるが、なかなか、社長の真意が掴めない。 知り合いの私立探偵、巨勢博士に相談したところ、記者が取材して来た内容を聞いただけで、真相を言い当ててしまう話。

  【不連続】と【復員】に出てきた巨勢博士が、顔を出すのが、この作品の最大の魅力で、それ以外の部分は、読む価値が、あまり、ありません。 推理小説というより、犯罪小説で、しかも、犯人の心理を描くのが眼目。 このページ数ですから、本格トリックの推理物にはなりようがないです。

  それにしても、巨勢博士という人物、細部のキャラクターが設定されていないせいか、探偵役としては、二流の感を否めません。 ただ、謎解きするだけのマシーンという印象です。


【山の神殺人事件】 約20ページ
  1953年(昭和28年)8月、「講談倶楽部」に掲載されたもの。

  苦労して家産を増やし、公安委員にまでなった農家の親父が、先妻の息子の放蕩に手を焼き、たまたま、息子が新興宗教の呪い師に関わったのを幸いと、呪い師を唆して、息子を殺してしまおうとする話。

  推理小説ではなく、犯罪小説。 なんだか、話の纏まりが悪いです。 親父、息子、呪い師の三人だけなら、いいんですが、息子が入れ上げている、カツギ屋の女が絡むから、話が無駄に複雑になってしまっています。 更に、刑事達も出て来るのですが、このページ数で、こんなに多くの登場人物を動かすのは、無理があります。


【正午の殺人】 約26ページ
  1953年(昭和28年)8月、「小説新潮」に掲載されたもの。

  高齢の人気小説家が、自宅でシャワーを浴びた後、拳銃で頭を撃ち抜いた姿で発見される。 自殺としては、不自然な状況。 当時、邸内にいたり、出入りしていた、愛人1、書生1、編集者2、計4名の証言から、美人編集者の容疑が濃厚とされたが、実は、トリックがあり ・・・、という話。

  機械的トリックです。 発表当時なら、まだ有効だったと思いますが、今となっては、という感じのもの。 しかし、全体のバランスが良くて、印象の良い作品だと思います。 愛人のキャラ設定など、このページ数で、よくぞ、描き込んだものと、感嘆します。

  巨勢博士が出て来て、この作品でも、現場には行かず、他人が調べた資料から、犯人を言い当ててしまいます。 探偵が主役ではないから、素っ気ない感じがしますが、出ないよりは、出て来た方が、ホッとするのは、私が推理小説のパターンに囚われているからでしょうか。


【影のない犯人】 約20ページ
  1953年(昭和28年)9月、「別冊小説新潮」に掲載されたもの。

  温泉町に、広大な敷地の別荘を持つ前山家。 その敷地を借りて、各々、生業を営んでいる、医師、剣術家、木彫・南画家の三人が、前山家の当主が病に伏したと知って、当主亡き後、別荘を温泉病院に造り替え、あわよくば、美しい未亡人までたらしこもうと計画していたところ、それがバレてしまう。 やがて、当主が、自然死か毒殺か判然としないまま亡くなり・・・、という話。

  推理小説ではなく、犯罪小説というのも、外れ。 人が一人死ぬだけの、一般小説ですな。 実際、自然死なのか、毒殺なのかは、ボカしてありますし、犯人も分からずじまいです。 そういう事を書いても、ネタバレにならないほど、話として、纏まっていません。 何が言いたいのか、良く分からない。

  20ページしかないのに、キャラが立った登場人物を三人も出したのでは、彼らがどんな人間か紹介するだけで、紙数が尽きてしまい、ストーリーを語る余裕などなくなってしまいます。 三人の会話で話を進めたいばかりに、三人出したとしか思えない。 坂口さんは、会話を多用するのが好きだった模様。


【心霊殺人事件】 約42ページ
  1954年(昭和29年)10月、「別冊小説新潮」に掲載されたもの。

  かつての名奇術師で、今は、熱海の旅館の主人に納まっている、伊勢崎九太夫の元へ、二人の女が訪ねて来る。 高利貸しの父親が、奈良から高名な心霊術師をよんで、「ビルマで、現地の女と結婚し、孫を残した」と夢に出てきた長男の降霊をしてもらう事になったが、インチキ臭いので、見破ってくれとの依頼を受ける。 降霊会の前夜に行われた、心霊実験会の最中、父親が何者かに殺されてしまい・・・、という話。

  心霊術というのが、奇術のトリックを使った、完全なインチキである事を前提にして、話が作られています。 オカルトの要素は全くなくて、推理小説のモチーフとして、奇術としての心霊術を使っているだけ。

  面白いです。 探偵役が元奇術師というのが、面白いし、場所が熱海というのも、面白い。 そして、ストーリーのバランスがよく、心霊実験会という場が、インチキと分かっていても尚、ゾクゾク感を盛り上げてくれます。 金だけが命で、心霊なんぞ、まるで信じておらず、子供の事なんか、厄介ものとしか思っていなかった父親が、なぜ、大枚はたいて、心霊術師をよび、降霊会を催そうとしたか、その謎がメインの殺人事件を誘引するという仕掛けも、大変、よく出来ています。


【能面の秘密】 約32ページ
  1955年(昭和30年)2月、「小説新潮」に掲載されたもの。

  熱海の旅館で起こった火災で、客の一人が焼死した。 過失か自殺と思われていたが、ある新聞記者の記事で、他殺の疑いが濃厚になる。 目が見えないマッサージ師の女の証言が鍵になっていたが、相談を受けた伊勢崎九太夫が、この証言の弱点を見抜き、事件を解決する話。

  面白いです。 トリックは、推理小説では、割とありふれたものですが、ストーリーのバランスがいいので、高い完成度を感じられるのです。 やはり、バランスは大事ですな。 謎の言葉、「ラウオームオー」は、種明かしをされないと、全く、分かりませんけど、さほど、大きな問題ではないです。

  熱海の旅館の旦那で、元奇術師の、伊勢崎九太夫シリーズですが、恐らく、巨勢博士シリーズより、面白いと思います。 元奇術師というところが、素人探偵として、頼もしく感じられるのです。 単なる小説家志望崩れで、得体が知れない巨勢博士とは、大違いですな。 作者の他界により、二作で終わってしまったのは、残念です。

  坂口さんの推理小説は、短編でも、犯人の動機をしっかり考えてあって、しかも、最初の犯行の動機が、その後の事件の展開に、常に密接に絡んでくる特徴があるように感じます。




≪松本清張全集 61 霧の会議≫

松本清張全集 61
文藝春秋 1995年10月30日/初版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。  二段組みで、長編1作、取材旅行日記1作を収録。 一緒に借りた、≪坂口安吾全集11≫が、800ページもあったせいで、押してしまい、返却期限まで、3日しかなくなって、この本は、かなり、飛ばし読みしました。 その上での感想ですから、その程度のものだと承知の上で読んで下さい。


【霧の会議】 約565ページ
  1984年(昭和58年)9月11日から、1986年9月20日まで、「読売新聞夕刊」に連載されたもの。

  フリーメーソンの流派で、P2と呼ばれるマフィアの一員だったイタリアの銀行頭取が、逃亡先のロンドンで橋の上から首を吊った死体で発見される。 警察は、自殺と見ていたが、不倫旅行中の日本人二人が、霧の中で死体が吊るされる現場を目撃していた。 マフィアからの殺害予告を受け、二人は、ヨーロッパ大陸へ逃げるが・・・、という話。

  銀行頭取が首吊り死体で発見された事件は、1982年の実話が元になっているようです。 大枠のストーリーは、スパイ物の作法で書かれた逃避行物ですが、この二人が不倫関係、しかも、ダブル不倫でして、どうにも、主人公として、パッとしません。 一般小説では、やたらと、不倫関係が出る傾向がありますが、根本的に、生き方を勘違いしているんじゃないでしょうかね? そんなに、配偶者以外と恋愛したいのなら、まず、離婚すればいいのでは?

  冒頭からしばらくは、ローマ駐在の日本人新聞記者が、ロンドンへ逃げた銀行頭取の後を追い、イタリアの刑事二人と共に、張り込みをしたり、ロンドン見物をしたりするので、てっきり、その人が主人公なのかと思いますが、そうではなく、不自然な唐突さで、不倫の二人に引き継がれます。 三人称で、松本作品ですから、視点人物が一定しないのは、承知していたものの、やはり、唐突な感は否めません。

  殺人が行なわれるわけですから、犯罪は出て来ますが、推理物ではなく、ゾクゾク感は、全くありません。 スパイ物的な雰囲気はあるものの、そもそも、不倫の二人は、一般人でして、スパイのように、危険は承知の上というわけではないのですから、読者としては、不安な感じがするだけで、ドキドキは勿論、ハラハラすらしません。 「どうして、外国まで行って、マフィア絡みの犯罪に巻き込まれるような、軽薄行動を取るかな?」と、呆れてしまうのです。 主人公に共感できないのだから、面白くなるわけがない。

  描きたかったのは、ヨーロッパの金融システムだそうですが、そういう事に興味がある読者が、どれだけ、いたもんですかねえ。 一般的な日本人としては、フリーメーソンも、マフィアも、むしろ、あまり関わりたくない、特に、詳しくなりたいと思わない、そういう対象なのではないでしょうか。 2年間も連載した新聞も、ご苦労様な事で、「作・松本清張」という名前だけで、押していたんでしょう。

  時間がなかった事もあり、旅行記としか思えない部分は、ほとんど、飛ばし読みしました。 個人的に、ヨーロッパ旅行に行きたいという欲求が全くないので、興味が湧かないのです。 興味がある人でも、80年代初頭と比べると、今のヨーロッパに、多くの魅力を感じられなくなっていると思います。


【フリーメーソンP2マフィア迷走記 -ヨーロッパ取材日記-】 約33ページ
  1984年(昭和59年)9月に、「別冊文藝春秋169号」に掲載されたもの。

  1984年5月28日から、6月18日まで、【霧の会議】の取材の為に、ヨーロッパ数ヵ国を旅行した際の、日記。 松本清張さんの事なら、何でも知っておきたいという、熱烈なファンか、もしくは、【霧の会議】に書かれているような内容に、特に興味がある人以外には、読んでも、あまり、益のない内容です。




≪松本清張全集 62 数の風景・黒い空≫

松本清張全集 62
文藝春秋 1995年11月30日/初版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。  二段組みで、長編2作を収録。


【数の風景】 約236ページ
  1986年(昭和61年)3月7日号から、1987年3月27日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  東京で事業に失敗して、島根県の温泉地に逃げて来ていた男が、地質調査技師、及び、計算狂の女と同宿する。 たまたま、地元のある人物の弱味を握った事をきっかけに、高圧電線下の土地を買って、電力会社をゆする計画を思い立ち、かつての部下のアドバイスを受ける事で、成功したかに見えたが・・・、という話。

  【告訴せず】(1973年)に、似た雰囲気。 軸になっているのは、主人公のかつての部下が教えてくれた、電力会社をゆする方法で、その実行過程だけ、妙に面白いです。 この面白さは、詐欺師を主人公にした話に通じるもので、善良な市民としては、面白がっていいような事ではないのですが、それが分かっていても、尚、面白さを感じてしまいます。

  それ以外は、まあ、松本作品では、よく見られるようなモチーフを並べてあるだけ。 「計算狂の女」は、終わりの方で、存在意義が出て来ますが、色恋沙汰とは無関係なので、とってつけたようなキャラと感じないでもなし。 地質調査技師は、至って、堅気の人物で、主人公が犯罪者紛いの人物なので、「あまり、関わり合いにならなければいいのにな」と、心配してしまいます。

  以下、ネタバレ、あり。

  主人公は、殺されてしまうのですが、その時点で、恐喝罪を犯した、完全な犯罪者なので、別に、気の毒とは感じません。 殺されて当然とも思いませんが。 かつての部下の忠告を聞かなかったバチが当ったんですな。 事務所に雇われていた、電話番の女子社員は、失業してしまったわけで、そちらの方が気の毒です。


【黒い空】 約176ページ
  1987年(昭和62年)8月7日から、1988年3月25日まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  あるグループ企業が、八王子に作った結婚式場。 開業数年を経た頃から、残飯を目当てに、カラスの大群が集まり始める。 グループ会長である女性。 その入り婿ので、式場の社長である夫。 式場の経理担当の女性社員。 式場と契約している神主。 彼らの間で起こる殺人事件の解決に、カラスの習性が関わって来る話。

  松本さんの作品も、80年代後半となると、描かれる情景や社会の雰囲気が、ぐっと新しくなって来ますなあ。 私自身、80年代後半に、社会人になった世代なので、肌で、それを感じる事ができます。 結婚式を、式場で挙げるのが、当たり前になったのは、80年代からだったんでしょう。 70年代までは、まだまだ、どちらかの家で行うケースも多かったわけだ。

  冒頭に、小田原北条氏と、山之内・扇谷上杉氏が戦った、「川越夜戦」の説明が出て来まして、これが、後々、殺人事件に絡んで来るのですが、「400年受け継がれた先祖の恨みが動機」などと言われると、松本作品としては、変り種と言わざるを得ません。 歴史こじつけとしか言いようがないです。

  おそらく、松本さんが、川越夜戦について、興味を持ち、詳しく調べた事があって、そのエネルギーを無駄にしない為に、強引に、ストーリーに組み込んで、作品にしてしまったのでしょう。 殺人事件部分と、歴史伝承の部分が、水と油で、くっきり・はっきり、マーブル模様が出来ている観あり。

  とはいえ、箸にも棒にもかからないというわけでもなくて、書き方がバラバラなので、読む方もバラバラに、部分だけ見れば、そこそこ、面白いです。 郷土史に異様に詳しい農家が出て来ますが、松本さん自身が、モデルなんじゃないでしょうか。 とりわけ、冒頭部の、カルチャー・スクールの講師に、質問する体裁で、持論をふっかけ、やり込めてしまう場面など、そういう事を自身でやってみたかったのでは?




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2021年の、

≪松本清張全集 60 聖獣配列≫が、3月14日から、22日。
≪坂口安吾全集11≫が、3月26日から、4月5日まで。
≪松本清張全集 61 霧の会議≫が、4月6日から、7日まで。
≪松本清張全集 62 数の風景・黒い空≫が、4月9日から、14日まで。

  松本清張全集が三冊で、まーた、地味な写真が増えてしまいました。 全集の表紙なんて、写真で見せる必要は全くないんですが、一応、形式を揃える為に、出しています。 馬鹿馬鹿しいといえば、馬鹿馬鹿しい。

  ちなみに、今現在、松本清張全集は、読み終わっています。 1年以上かかったわけで、私も、よく、読んだもの。 というか、他に、読みたいものがなかったんですな。 松本さんの作品に対する総括は、全集の最後の一冊の感想を出す時に、後文で書こうかと思っています。

  ≪坂口安吾全集11≫は、坂口安吾さんの作品から、推理小説だけを集めたもので、何とか、一冊に収める為に、文庫で、800ページなどという、非常識に分厚い本になっており、読み終えるのに、苦労しました。 中身が、そこそこ面白かったから、全部読めたものの、そうでなかったら、【不連続殺人事件】だけにして、あとは、放り出したと思います。

  文庫本は特にそうですが、あまり厚くしてしまうと、接着部分に無理な負荷がかかって、ページが外れてしまう事があります。 せいぜい、400ページくらいが限界なんじゃないでしょうか。 なぜ、2冊に別けぬ?