2021/09/19

読書感想文・蔵出し (76)

  読書感想文です。 溜まっています。 どんどん出して、現在に追いつきたいところですが、もう、次回は月末になってしまうから、プチ・ツー紀行を出さねばならず、読書感想文は、今回だけで、次は、来月に回さざるを得ません。 なんだか、一人で足掻いている感あり。 





≪松本清張全集 50 火の路≫

松本清張全集 50
文藝春秋 1983年3月25日/初版 2008年10月25日/4版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。  二段組みで、長編1作を収録。


【火の路】 約392ページ
  1973年(昭和48年)6月16日から、1974年10月13日まで、「朝日新聞朝刊」に連載されたもの。 連載時の題は、【火の回路】。


  飛鳥地方を旅していた歴史学者の女性が、通り魔に襲われた男性を、たまたま助け、輸血までしてやる。 その男性は、かつて、優秀な歴史学者だったが、今は学問を捨て、保険の外交員をやって口を糊していた。 彼女は、明日香の石像文化が、ペルシャ由来ではないかという学説を、専門誌に載せ、それを読んだ元学者の薦めで、イランへ、見学を兼ねた旅行へ出かける。 一方、元学者の周囲で、変死する者が出て来て・・・、という話。

  作者本人が、そう書いていますが、これは、小説の体裁を取った、論文です。 明日香の石像文化が、渡来ペルシャ人の影響によるものであろうという説を、世に問う為に書かれたもの。 後半、ちょぼちょぼと、犯罪が絡んで来ますが、推理小説では全くなく、犯罪小説としても、全く評価できません。 作者本人が、「論文だ」と言明しているのだから、批判のしようがないわけですが。

  日本の古代史と、イラン・ペルシャの古代史に興味がある人なら、大喜びの、大興奮で食いつくと思いますが、そうでない読者にとっては、残念ながら、小説として楽しむ事はできません。 たぶん、読んだ端から、頭の上へ蒸発して、消えて行くという結果になると思います。 松本さんは、このカテゴリーに関しては、学者級の知識・情報・アイデアをもっていたようで、専門的過ぎて、門外漢を寄せ付けないんですわ。

  とはいえ、専門でなくても、おおまかに、歴史が好きな人なら、たっぷり時間をとって、じっくり腰を押し付けて読んでいけば、もしかしたら、嵌るかも知れません。 実録物や、企業物とは違って、歴史物は、読めば、勉強になるところはありますし。 それにしても、硬い・・・。

  これを連載した朝日新聞も、酔狂ですなあ。 うちも朝日なので、連載時、家の中に、その新聞があったわけですが、1973・74年というと、私はまだ、9・10歳でして、新聞小説は、読んでいませんでしたねえ。 どうせ、この硬さでは、一回分読むのも、無理だったでしょう。




≪花の棺・百人一首殺人事件≫

山村美紗長編推理選集 第三巻
講談社 1989年11月20日/初版
山村美紗 著

  沼津市立図書館にあった本。 二段組みで、長編2作を収録。 キャサリン・シリーズの第一作と第二作です。 【百人一首殺人事件】は、家にある本で、以前に読んでいて、感想も出していますが、同じ物を出しておきます。


【花の棺】 約208ページ
  1975年(昭和50年)9月に、書き下ろしとして、カッパ・ノベルスで発行されたもの。

  アメリカ副大統領の来日に同行した、娘のキャサリン・ターナー。 生け花に興味を持ち、日本での勉強先を探していた事から、華道の三流派による、引っ張り合いとなる。 一方、京都の堀川通りで、二条から順に、三条、四条と、放火や殺人事件が起こり、華道界の人間が標的になっていく。 シャーロッキアンのキャサリンが、巻き込まれついでに、事件の捜査に関わり、若い外国人女性特有の感性で、謎を解いて行く話。

  キャサリン・シリーズの第一作です。 書かれたのが、1975年とは思えないほど、新しい感じがします。 携帯電話やインターネットが出て来ない事を考慮に入れても、1990年代中頃に書かれたと言っても、何の問題なく、通用すると思います。 新しさを感じさせる要因としては、金髪碧眼の外国人美女という、キャサリンの存在感が圧倒的ですが、事件が本格トリック物で、時代を選ばないという点も、寄与しています。

  トリックは大きく分けて、二つ。 死体移動に使ったキャンピング・カーのものと、茶室での殺人の、二重密室。 キャンピング・カーの方は、パズル的なもので、説明されても、「ああ、なるほど」くらいの感想しか出ませんが、二重密室の方の、茶室からの脱出方法は、独創的アイデアで、大変、面白いです。 75年の時点で、糊が必要ない、アレが、すでに普及していたんですな。 糊を使っていたら、ニオイでバレてしまいますけど。

  ドラマ化されたもので、≪狩矢父娘シリーズ 【花の棺】≫では、なぜか、この茶室トリックを、別のものに変更してしまっていましたが、作品最大の見せ場を外してしまうというのは、気が知れない。 このトリックでなければ、【花の棺】というタイトルをつける意味がないほど、重要な点なのに。

  ちょっと、意外だったのは、堀川通りの、二条から八条まで、定期的に事件が起こっていく展開でして、むしろ、全体の筋運びとしては、そちらの方が、主軸になっています。 これは、ドラマでは、印象がありません。 おそらく、ドラマ化する時には、最初から外してしまっているんでしょう。 原作は、この展開のお陰で、落ち着かないほどに、場面転換がめまぐるしくなっています。

  二条から八条(正確には、九条までですが、九条は、事件が起こる場所ではないです)の事件は、ある謎と関係があるのですが、トリックは使われていません。 山村さん特有の、判じ物・言葉遊びの世界でして、その点は、少し、パズル的過ぎて、リアリティーを欠きます。 本格トリック物の推理作家が陥り易い問題点ですな。 もっとも、そういうのが好きという読者もいるでしょうけど。 「ポーの代表作は?」と訊かれた時、【モルグ街の殺人】ではなく、【黄金虫】を挙げる人達など。


【百人一首殺人事件】 約234ページ
  1978年(昭和53年)12月に、書き下ろしとして、カッパ・ノベルスで発行されたもの。

  大晦日、おけら詣りで賑わう京都八坂神社で、若い女が、破魔矢で刺し殺される事件が起こり、たまたま、現場に来ていたキャサリンと浜口が、捜査に首を突っ込む事になる。 キャサリンが、偶然、撮った写真と、被害者が持っていた百人一首の字札から、ある百人一首研究者の名前が上がるが、その人物も、自宅の二重密室で殺されてしまい、やはり、百人一首の字札が残される。 キャサリンと狩矢警部が、協力しつつ、事件の謎を解いて行く話。

  キャサリン・シリーズの第二作。 そのせいか、情景描写が細かくて、勝負作品として書かれた事が分かります。 特に、冒頭の、八坂神社の、おけら詣りの場面は、超一級で、推理小説には似つかわしくないほど、活き活きしています。 続く、二重密室の場面も、いい雰囲気で、ゾクゾクします。 ところが、百人一首の大会まで進むと、マニアック過ぎて、白け始め、続いて、突然、大津の病院が出てくると、どっと白けて、あとはただ、ダラダラと筋を追うだけの読書になってしまいます。 惜しいなあ。

  トリックは、二重密室や、電話のダイヤル方法など、幾つか使われています。 いずれも、本格トリックですが、説明されると、「なーんだ」と言ってしまいそうなもので、たぶん、現代の読者なら、子供騙しっぽく、感じてしまうでしょう。 しかし、機械仕掛けトリックは、複雑過ぎて分かり難いのは、最悪なので、私としては、こういう、すっきりしたものの方が、ありがたいです。

  百人一首の世界と、問題病院の世界が、水と油で、そこが、致命的な欠点になっています。 百人一首の世界一本で通せば、ずっと良い作品になったと思うのですがねえ。 犯人の動機が、問題病院による被害と、血縁者が恋人に裏切られた事への復讐なのですが、二つの動機が、たまたま、重なったというのは、不自然でして、そこも、リアリティーを欠いています。

  キャサリンには、いくつも見せ場が用意されていますが、狩矢警部の露出も多くて、ダブル探偵物になっています。 普通、探偵役を二人出すと、どちらかに、間違い推理をさせなければならないから、いい話にならないんですが、この作品は、充分に長いおかげで、どちらにも花を持たせる事に成功しています。

  誉めたいんだか、貶したいんだか、自分でも分からなくなってしまいましたが、人様から、「読む価値があるか?」と訊かれたら、「ある」と答えたい作品です。




≪松本清張全集 57 迷走地図≫

松本清張全集 57
文藝春秋 1995年6月30日/初版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。  二段組みで、長編1作を収録。


【迷走地図】 約429ページ
  1982年(昭和57年)2月8日から、1983年5月5日まで、「朝日新聞」に連載されたもの。


  国会議員の秘書達と、国会議員のスピーチ原稿や著書を代作するライターの生態を通して、永田町の裏舞台を描き出して行く話。

  随分、簡単な梗概になってしまいましたな。 何せ、群像劇なので、これといった中心人物がおらず、ストーリーも、メインの筋というものがありません。 強いて、一本、拾い出すとしたら、

  大学の先輩に当たる国会議員秘書が、辞職後、外国で事故死する。 渡航する前に、ある書類を託された後輩のライターが、速記文字で書かれたそれを解読したところ、次期首相と目されている人物を失脚させるに充分な事が書かれていると分かる。 あまりの重大さに、書類の処分方法に困り・・・、という話。

  一番、ストーリーらしいストーリーになっている部分です。 他は、議員秘書達の日常や習慣が、書かれているだけ。 永田町の世界に興味がある人には、面白いかも知れませんが、そうでない人の目には、ただただ、汚らしく腐敗しているだけの特殊な世界としか映りません。

  水商売の女にプレゼントするバッグが、70万円とか、100万円とか・・・、うーむ、心底、下らない。 どんなに大金が動いていようが、そんな世界を羨ましいとは思えませんし、そんな世界の中でしか暮らせない人間は、憐れで、惨めとしか思えません。 現役でさえ、そんな有様ですから、老衰して、引退したとか、しくじりをやらかして、弾き出されてしまった者は、もはや、ゴミ以下ですな。

  この作品、1983年に、映画化されていまして、私は、テレビ放送された時に見ました。 松坂慶子さんが、運んでいた政治献金を強奪される場面とか、津川雅彦さんの二世議員、加藤武さんの老練な秘書など、記憶に残っている場面は、かなり多いです。 それだけ、面白く見たという証拠でしょう。 まだ、若い頃だったから、いろんな事に興味があったわけだ。 今見ても、ピンと来ないと思いますけど。

  映画では、次期首相候補議員の秘書である渡瀬恒彦さんと、議員の妻である、岩下志麻さんが中心になっていましたが、原作では、そういう事はないです。 どちらも、間接的に描かれるだけ。 次期首相候補議員役は、勝新太郎さんで、映画では、見せ場がありますが、原作では、名前でしか出て来ません。

  群像劇で、主人公がいないとはいえ、小説としては、しっかりしたものなので、読めば、面白いと感じる読者が多いはず。 そうでなければ、連載直後に、映画化される事はないです。 だけど、日本の映画界では、政治物はヒットしないと決まっていまして、この作品の映画も、同様だったと思います。 83年で、松竹では、尚更。 その頃は、角川映画以外の邦画は、骨董品視され、敬遠されていましたから。




≪姿なき怪人≫

角川文庫
角川書店 1984年10月25日/初版
横溝正史 著

  2020年12月に、アマゾンに出ていたのを、本体200円、送料350円、合計550円で買ったもの。 高いですが、この本、数が少ないのか、大抵は千円以上でして、550円は、異例の安さだったのです。 初版で、状態は、経年並みでした。 横溝作品の角川文庫・旧版の中では、94番目で、少年向けの長編1、短編1、計2作と、巻末に、横溝さんの奥さんと、息子さんに思い出話を伺った、座談会記録が付いています。


【姿なき怪人】 約228ページ
  1959年(昭和34年)4月から、1960年4月まで、「中一コース」に連載されたもの。

  高名な法医学者、板垣博士が、友人の娘に言い寄っている札付きの男を叱りつけ、破談に追い込んだ。 それを恨みに思った男が、「姿なき怪人」と名乗り、相手の娘を殺し、更に、博士の関係者を、不思議なトリックを用いた方法で、殺したり、誘拐したりしていく。 新日報社の探偵小僧、御子柴進と、三津木俊助、警視庁の等々力警部らが、姿なき怪人に翻弄される話。

  対象読者が、中学生なので、それほど、子供騙しっぽくはないですが、やはり、月並みなモチーフに頼っている部分はあります。 部屋一つが、丸ごと、エレベーターになっていて、全く同じ造り、同じ調度の部屋が二つあるというのは、江戸川さんの少年探偵団物でも出て来ました。 この種の古典的モチーフは、誰が使っても問題にならなかったようです。

  少年向けなので、御子柴進が、探偵役の中心で、三津木俊助は、影が薄いです。 等々力警部は、更に影が薄く、一応、警察代表で顔を出しているだけ。 殺人も起きているわけで、当然、絡んで来てもよさそうなものですが、名探偵、由利麟太郎は出て来ません。 御子柴進に活躍させる為でしょう。

  前半は、結構、ゾクゾクしますが、月並みモチーフが出始めると、ようよう、白け始め、終盤、「犯人は、こやつしかいないだろう」と分かり始めた頃、突然、犯人指名があり、切って落とすように、終わってしまいます。 謎解きは、一応、なされていますが、少し、説明が短すぎて、唐突な終わり方という感じが強いです。 特に、犯人の動機について、もう少し、説明が欲しいところ。

  御子柴進は、18歳という設定で、もう、小僧という年齢ではありませんな。 戦前から活躍しているキャラだから、いつまでも、子供のままにはさせておけなかったんでしょうか。


【あかずの間】 約16ページ
  1957年(昭和32年)7月に、「なかよし」に掲載されたもの。

  家が貧しいせいで、大きな家に貰われて行った小学生の少女。 家の主人は、たまにしか来ず、人使いの荒い使用人夫婦と三人で暮らしていた。 ある時、土蔵の二階に、誰かがいる事に気づくが・・・、という話。

  話というほどの話ではないです。 捻りが、あまりにも弱い。 実話に、よくあるタイプで、結末の意外性がないから、聞かされても、

「ふーん。 それで?」
「いや、それだけの話だけど・・・」

  で、会話が終わってしまうパターンですな。 新人が書いたら、即刻、没で、屑箱行きだと思いますが、横溝さんは名前が売れていたから、これで、通ったのでしょう。

  設定は悪くないから、後半を加筆して、少女が機転を利かせて、閉じ込められていた娘を脱出させる話にすれば、面白くなったと思います。 そんな、ページ数はないか。 16ページばっかで、探偵小説家に注文を出す、編集者が悪い。


【座談会・横溝正史の思い出を語る(一)】 約19ページ
  おそらく、この文庫本の為に、企画されたもの。 横溝さんの、奥さんと、息子さん、それに、山村正夫さんの三者で、横溝正史さんの思い出を語り合った内容。 ちなみに、(二)は、≪風船魔人・黄金魔人≫の巻末に収録されています。

  横溝さんが、30歳くらい、結核の転地療養で、上諏訪に住んでいた頃の出来事が対象です。 当時、まだ幼児から小学生くらいだった息子さんが記憶している事で、「それは、違う土地での話」と、横溝夫人が訂正する場面が、大変、多いです。 子供の頃の記憶というのは、場面そのものについては、正確度が高いものの、時間や場所、相手などが曖昧になっていて、思い違いをしているケースがあるんですな。

  当時、結核患者は、少なくなかったと思うのですが、それでも、家を借りる時に、嫌がられる事が多かったそうで、些か、意外。 ちなみに、当時に生きていた人達は、会話などにより、ほとんどの人が、結核菌を体内に入れており、患者と、そうでない人間の区別は、発症しているかどうかの違いに過ぎなかったのですが、そういう医学知識は、一般社会では、常識になっていなかったようですな。 まあ、今でも、そうですけど。

  横溝さん本人の情報は、割と少ないです。 とにかく、家族に対しては、怒りっぽい人だったとの事。 父親が仕事をしていないのを見ていた、幼い息子さんが、「友達のお父さんに頼んで、働き口を世話してもらおうか」と提案したというエピソードが、微笑ましいです。 微笑んでいられないような家計だったのも事実のようですが。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2021年の、

≪松本清張全集 50 火の路≫が、2月4日から、8日。
≪花の棺・百人一首殺人事件≫が、2月13日から、14日まで。
≪松本清張全集 57 迷走地図≫が、2月15日から、18日まで。
≪姿なき怪人≫が、2月20日から、22日まで。

  突然、山村美紗さんの本が入りますが、たまたま、2サスの、≪狩矢父娘シリーズ≫で、サブ・タイトルが、【花の棺】になっている回を見て、「あれ? こんなトリックだったかな?」と疑問が湧き、図書館に選集があったのを幸い、読んでみた次第。 山村さんの作品は、どれを読んでも、いかにも、本格トリック物という感じで、好ましいです。