読書感想文・蔵出し (85)
読書感想文です。 もうすぐ、今現在に追いつきます。 現在、読書熱が低迷していて、借りて来てまで読みたい本がなく、どうしたものかと、困っている次第。 ブログのネタ用に、読書感想文は、重宝なのですが・・・。
≪三体≫
早川書房 2019年7月15日/初版
劉慈欣 著
大森望 / 光吉さくら / ワン・チャイ 訳
沼津図書館にもあるんですが、いつまで経っても、予約がゼロになりません。 で、三島図書館までバイクで出かけて行って、「三大奇書」を借りた後、こちらも借りました。 大変、話題になった本の割には、3年以上経っているのに、綺麗です。 中途放棄した人が多かったのかも知れません。 単行本、一段組みで、約423ページ。
2006年5月から、12月まで、中国のSF専門誌、「科幻世界」に連載されたもの。 2008年に、中国国内で、単行本化され、多数の賞を獲得。 2014年に、アメリカで英訳が出版され、2015年ヒューゴー賞長編部門を受賞。 複雑な話なので、梗概は四段落、使います。
文革で、家族が分裂し、理論物理学者の父親を殺され、紅衛兵だった妹が死んだ、天体物理学者の女。 自分の身も危うかったところを、生涯、監禁される事を覚悟で、地球外生命体との交信を目的とする施設に行く事を受け入れる。 ある時、地球外からの電波を受信するが、人類に絶望していた彼女は、異星人に助けを求める返信を決行する。
現代になり、インター・ネット上のVRゲーム≪三体≫の中では、極寒と灼熱で、全く気象が安定しない惑星を舞台に、文明が、約200回も勃興と滅亡を繰り返していた。 最終的に、三つの恒星の運動を予測するのは不可能と判断され、惑星が恒星に呑みこまれる前に、他の恒星系へ脱出する方針が決まる。 折りよく、返信があった地球を征服する為に、千隻の宇宙艦隊が出発する。
艦隊が地球に到着するまでの450年の間に、地球の科学技術が、三体のそれを追い越してしまうのを妨げる為、集積回路を書き込まれた陽子、「智子(ちし)」が、先行して地球に送り込まれる。 智子の工作活動で、加速器から実験データを取れなくなり、地球の基礎科学は、発展が止まってしまう。
三体人による地球人類の根絶、もしくは、支配を望む、地球人による組織、「地球三体協会」は、公然と活動していたが、国連を中心にした地球防衛組織によって、壊滅させられる。 三体から送られて来たメッセージが暴かれた事より、智子の存在を知った地球人は、450年後の滅亡が避けられない事を知り、絶望する・・・、という話。
こんなに書いてしまって、ネタバレにならないか? と、心配しないでもないですが、大丈夫です。 推理小説ではないし。 相当にはハードな本格SFなので、かなり、SFを読んでいる読者でないと、そもそも、読む気にならないと思いますし、読み始めても、興味が続かないと思います。 逆に、SFを読み慣れている人は、私の感想文などより先に、この作品を読むでしょう。
文革の大混乱から話が始まるのは、人類滅亡の恐れがあるのに、地球から三体へ、電波を送った人物が、地球人の文明に絶望した過程を描く必要があるからです。 この人、文革を経験した時点で、心が死んだも同然だったんですな。 三体を手引きした張本人でありながら、その罪で罰せられる事もなく、生き延び続けるのは不思議です。
現代に飛んで、VRゲーム≪三体≫の場面になると、この上なく、面白くなります。 三体惑星の歴史を、地球の文明発達史上、重要な人物を登場人物にして、描いているので、異星の話なのに、妙に親近感が湧くのです。 三体人が、極寒・灼熱の「乱期」を乗り越える為に、「脱水」と「再水化」で対応しているのも、面白い。
それにしても、これだけ、気象が極端に変化する惑星で、少しずつでも、文明が発展して、恒星間航行ができるレベルにまで達したというのは、奇跡としか思えず、その点、リアリティーを欠きます。 しかし、そもそも、太陽の隣の恒星、αケンタウリに、知的生命体が発生した惑星があるという事自体、確率的にありえないと思うので、リアリティーを云々しても、栓ない事なのかも。
SFというのは、科学・技術の知識を、テーマやモチーフにしていますが、結局は、「読者に、ありそうに思わせられる、作り話」でして、必ず、現実の科学・技術の枠から、はみ出す部分が出て来ます。 それがないと、面白くならないのです。 実際に、科学・技術に携わっている専門家は、SFを読んでも、「こんなの嘘だ」という反応が先に出てしまって、楽しめないと思います。
智子のアイデアは、大変、面白いです。 陽子を、二次元に巨大化させ、表面に集積回路を書き込んで、操作可能にし、敵地に送り込んで、工作活動をさせるというのは、凄い発想。 陽子の間では、距離に関係なく、ふるまいが共有されるという特性を、うまく利用していて、三体と地球では、4光年以上離れているにも拘らず、リアル・タイムで、交信や指示ができるというのも、知的興奮で、嬉しくなってしまうほど、面白いです。
ちょっと、俗っぽいのは、地球三体協会の降臨派が拠点にしているタンカーを、ナノ・マテリアルのワイヤーで、スライスする件り。 一見、映像化された時の、見せ場にしようと目論んだようにも取れますが、かなり、残酷な場面も含まれているので、そんなところを映像化できるわけがなく、逆に、映像化を拒む為に入れた件りなのかも知れません。 そこまで、穿って見るのは、病的か。
智子の暗躍のせいで、地球の科学が発展を停めてしまい、450年後に到着する三体艦隊との戦いは、地球側の負けが決まっている、という設定は、ドライですなあ。 こういう発想自体が、欧米や日本には、存在しないのでは? 小松左京さんの短編、≪華やかな兵器≫にも、恒星間の冷戦が出て来ますが、明らかに、地球側の方が後進なのに、地球側の誰も、負けるとは考えていません。 地球上の国家間戦争を、宇宙舞台に移し変えただけなのです。 スタニスワフ・レムさんの長編、≪大失敗≫も、異星文明間の戦いになりますが、それは、両者の文明レベルに、明らかな違いがある点、≪三体≫の設定に近いです。
この作品、アメリカで英訳が出て、2015年のヒューゴー賞・長編部門を獲ります。 それ自体は、大した事ではないです。 ヒューゴー賞に、どれだけの価値があるのかなど、いちいち調べるまでもなく、じゃあ、その前後の年、2014年、2016年の受賞作は何か? と訊かれたら、≪三体≫の愛読者でも、ほとんど、答えられないでしょう。 その程度の注目度しかない賞なわけだ。 もう、今世紀に入って以降、SF界全体が、低調になっているので、SF自体の価値が、地を這っているといっても、過言ではない。
問題は、アメリカで、結構な数が売れた。 しかも、オバマ大統領(当時)が読んでいた事から、政治家や財界人など、SFファン以外のエリート層が、これを読んだ。 という事の方が、大きいです。 アメリカ人がこの作品を読んだ時、まず、作者が、自分達とは、発想が違う事に驚き、次に、作者の方が、知能レベルが上だという事に驚いたと思います。 ちなみに、知能レベルは、下の者が、上の者を測る場合、自分より、どのくらい上かは、判定できません。 その逆は、可。
容易に想像できるのは、アメリカ人が、自分達の立場を、この作品の中での地球側におき、作者が属している中国を、三体側と見做して、脅威を覚えたのではないかという事です。 その結果が、トランプ政権以降の、中国敵視政策に繋がったのではないでしょうか。 どんな人間でもそうですが、敵視する為には、まず、その相手に、脅威を感じなければなりません。 見下して、馬鹿にしている相手を、敵視したりはしないものです。 この作品が、アメリカ人の対中国観を切り替えた可能性は高いです。
一方、日本ですが、話題にはなったものの、実際に、どれだけの人が読んだかは、疑問。 これを読めるくらい、SFに興味がある人が、もう、とっくから、いなくなっているからです。 日本のSFは、1980年代後半に、小松左京さんが、≪さよならジュピター≫の映画で、コケて以降、アメリカよりも早く、衰退しまして、≪世にも奇妙な物語≫くらいしか相手にしてくれないレベルに落ちてから、もう、30年以上経ちます。 SF作家を名乗る人も、絶滅危惧種並みに減ってしまった有様。
当然、読者も、SFから離れて久しいわけで、昔読んでいた人達は、懐かしいと思うでしょうが、「SF小説の長編は、初めて」といった若い人達は、科学・技術用語が、ドカドカッと並んだ時点で、「あー、こんなの、無理無理!」と、本を閉じてしまうと思うのです。 最終訳者は、本来、英日訳をやっていた人で、他の訳者が、中国語から日本語にした下訳を、今風のSFとして読めるように、再翻訳したとの事。 しかし、その、今風のSFを読んでいない人の方が多いのだから、そんな努力は、意味がない気もしますねえ。
≪三体≫ですが、三部作なので、この一作目では、まだ、話が途中です。 この後、≪Ⅱ 黒暗森林 上・下≫、≪Ⅲ 死神永生 上・下≫と、二作、四冊続きます。 全体で一つの話だから、全部読んでから、感想を書くべきなのですが、借りて来た本なので、返さなければ、次を借りられない事情があり、内容を忘れてしまうと、まずいので、一作ごとに、感想を書く事にしました。
≪三体Ⅱ 黒暗森林 上・下≫
早川書房 上・下共 2020年6月25日/初版
劉慈欣 著
大森望 立原透耶 上原かおり 泊功 訳
≪三体≫の第二部。 ≪三体≫と同時に、三島図書館で借りて来ました。 約一年新しいだけあって、≪三体≫以上に、綺麗な本でした。 ほんの数人くらいしか、読まれた形跡がありません。 購入されてから、一年以上経っているにも拘らず、この状態という事は、話題になったベスト・セラーと言っても、「SF長編としては、」という但し書きが付くんじゃないでしょうか。
2008年5月に、中国の重慶出版社から、「中国SF基石叢書」の一冊として出版されたものだそうです。 つまり、≪三体≫と違って、雑誌連載ではなかったわけだ。 単行本、一段組み、上下巻で、656ページ。 確かに、≪三体≫の、1.5倍ですな。
三体から送り込まれた、操作できる陽子、智子(ちし)のせいで、基礎科学の進歩が止まってしまった地球人の文明。 三体人に気取られずに、三体艦隊を迎え撃つ戦略を練る為に、四人の「面壁者」が、人類の中から選ばれ、強大な権限が与えられる。 内三人は、それぞれ、全く異なる方法を案出するが、三体人は意にも介さない。 唯一、三体人から、「殺害すべし」と見做された青年学者は、理想的な場所で、理想的な異性と暮らす事を望み、それは、面壁者の特権で実現されたが、やがて・・・、という話。
≪三体≫より、1.5倍長いのに、梗概が短くなったのは、すでに、基本的な世界設定の説明が済んでいるから、という事もありますが、これ以上書くと、ネタバレになってしまうからです。 第二部まで到達した読者は、当然、最後まで読むと思うので、ネタバレさせたら、私の命が危うい。 推理小説でなくても、この作品の後半は、先に知ってしまっていたら、その無類の面白さが損なわれてしまいます。
三体人は、コミュニケーションの仕方が、地球人と違っていて、頭で思った事は、全て、周囲に伝わってしまうタイプでして、隠し事ができない。 一方、地球人は、音声や文字でやりとりするので、隠し事ができる。 それを利用して、個人の頭の中だけで戦略を練る、「面壁者」を選び出したというところから、話が始まります。
次は、なんで、三体人から命を狙われているのか、本人も分からない青年が、理想の恋人と理想郷で暮らすようになる顛末。 ここは、恋愛小説のような雰囲気ですが、よくある、青臭・アホ臭い恋愛小説より、数段、ピュア度が高いです。 外見も雰囲気も、青年が夢見ていた通りの女性を、元警官で、人捜しも仕事の内だった警護責任者、大史が連れてくるのですが、「そういう事ができるなら、私にも捜してくれ」と思う読者が多いでしょうな。 しかし、青年が、面壁者特権を持っていたから、可能だったのであって、一般人では、資格外も甚だしい。
次は、人工冬眠で、約200年飛んで、青年と、大史は、未来で目覚めます。 その間に、応用技術の大発展があり、地球の宇宙艦隊は、質的にも量的にも、三体艦隊と渡り合えるレベルになっています。 一応、戦争物なのだから、そうでなくては、いけませんな。 どちらかが、一方的に強いなんて、面白くないですから。 ただし、質の方は、あくまで、スペック上なのですが。
その時代で描かれる未来社会は、他のSF作家が書くのと同様に、月並みで、陳腐なものです。 こんな未来なら、特に住みたいとも思わない、といった体のもの。 これは、どの作家でも、同じであるところを見ると、現在、存在しない技術や習慣を、社会全般に渡って想像するのは、困難なんでしょうな。 もしくは、他の作家が描いた未来の様子を、パロディーにしているのかも知れません。
で、クライマックスは、地球の宇宙艦隊が、三体艦隊から先行して送り込まれてきた、「水滴」という探査機を捕獲する件りです。 これは、凄いわ。 というか、凄まじいわ。 私も、結構、戦闘場面の出て来る小説を読んで来ましたが、これは、断トツに、ド派手で、凄惨だわ。 あくまで、捕獲作戦に過ぎないんですがね。 ファースト・コンタクトなのに、それどころではなくなってしまうんですな。 これ以上、書きません。 作品を読んで下さい。
捕獲作戦に先立ち、逃亡主義者の軍人が、恒星間航行ができる戦艦を、乗員ごと盗んで、逃亡するのですが、そちらの顛末も面白いです。 「黒暗森林」というのは、「宇宙は、真っ暗な森の中を、猟師が獲物を求めて、うろついているようなもの」、すなわち、「異星文明の間には、相手を滅亡させる以外に、対応の方法がない」という意味合いですが、この逃亡艦隊の中では、その縮図のような事件が起こります。
そして、ラストですが、これこそ、一文字も書けません。 最高機密レベルの、ネタバレ厳禁が要求される結末ですな。 それにしても、ドンデン返しが、何度も繰り返される作品である事よ。 ≪三体≫と違って、≪三体Ⅱ≫では、一応、話が終わります。 第三部は、どう展開するのか、この時点では、想像もつきません。
梗概を細かく書き直しただけで、感想になっていないような気もしますが、このくらいにしておきます。 感想なんか読むより、作品を読んだ方がいいです。 もちろん、≪三体≫から、通しで。 それでないと、ストーリーが分かりませんから。 科学・技術用語が苦手な人でも、≪三体≫を、大体のストーリーを頭に入れるだけでも、突破して来れば、≪三体Ⅱ≫は、ずっと、読み易くなります。
いやあ、この小説、中国で出版された後、すぐに、日本語訳が出ていれば、小松左京さん(2011年没)に、読んでもらいたかったなあ。 スタニスワフ・レムさん(2006年没)は、間に合わなかったけれど。 お二方とも、おそらく、どんなアメリカSF映画よりも、強烈な興奮を覚えたと思います。
≪三体Ⅲ 死神永生 上・下≫
早川書房 上・下共 2021年5月25日/初版
劉慈欣 著
大森望 光吉さくら ワン・チャイ 泊功 訳
≪三体≫の第三部。 これも、三島図書館で借りて来ました。 やはり、綺麗な本で、ほんの数人くらいしか、読まれた形跡がありません。 これは、≪三体≫、≪三体Ⅱ≫以上に、読み手を選ぶ内容なので、読み終えた人は少ないと思います。
2010年10月に、中国の重慶出版社から出版されたもの。 これだけ、世界的に高く評価された作品なのに、日本語訳が出るまで、11年も経っているというのは、考えてみると、驚きです。 日本のSF界が、いかに低調に縮小しているかの証拠なのでは。 単行本、一段組み、上下巻で、842ページ。 ≪三体≫の、2倍の長さです。
話は、三体人による侵略の危機が表面化した直後に戻り、地球から、三体艦隊へ向けて、人間の脳を送る計画が立てられる。 大学時代の友人(男)の脳を送り出した、宇宙工学者の程心(女)は、人工冬眠で、三体危機が去った後の時代に蘇生し、三体世界との睨み合いを続ける、「執剣者」の立場を、初代から引き継ぐが、三体世界は、その瞬間を待ち構えていた・・・、という話。
梗概としては、10分の1も書いていません。 つまり、細々書いて行くと、この10倍の長さになりますが、ネタバレになってしまうので、書きません。 出だしは、話の断片みたいな、章分けになっていて、≪三体Ⅱ≫のラストで、一旦、話が終わっている事もあり、≪Ⅲ≫は、スピン・オフというか、余話というか、そういうものを羅列してあるだけなのかと思ったら、とんだ間違いで、執剣者が交替したところから、驚くほどの新展開となります。
うーむ、あまりにも、いろんな事が起こるので、これも、他人の感想文なんか読むより、自分で読んだ方が早いですな。 ≪三体≫、≪Ⅱ≫と読んで来た人なら、≪Ⅲ≫も、期待を裏切られる事はないです。 ただし、期待を上回り過ぎて、置いて行かれたような虚しさを感じる事なら、ありえます。
置いて行かれるといえば、話の途中で、三体世界は、ある事が起こり、ストーリーの前面から遠のいてしまいます。 終わりの方で、また出て来ますが、もはや昔日の面影はなく、寂し~い存在感しか示しません。 文明度の落差が、テーマである事は、三部作を通じて、共通ですが、あまりにも、話のスケールが大きくなり過ぎて、もはや、三体も地球も、関係なくなってしまう点にも、やはり、寂しさを感じますねえ。
ちょうど、中ほどに、三体世界で暮らしている地球人によって創作された御伽噺が挟まっていて、これが、結構、面白いです。 子供が読んでも、大人が読んでも、別の視点から楽しめるようになっています。 話の中に、「黒暗森林」を生き抜く為の、メッセージが盛り込まれているのですが、それを解読して行く過程も、読み応えがあります。
最大の見せ場は、次元の転換ですが、小さいのと大きいのがあり、小さい方は、面白いです。 大きい方は、その結果が悪いので、どんなに細かく描き込まれていても、興奮より先に、虚しさを感じてしまいます。 この作品、鬱病の気がある人は、読まない方がいいかも知れませんねえ、≪三体≫と、≪Ⅱ≫は、問題ありませんが、≪Ⅲ≫は、まずいわ。 気が滅入るわ。 最悪、絶望してしまうわ。 危ない危ない。
「黒暗森林」の発想は、スタニスワフ・レムさんの、≪大失敗≫でも採用されていて、本当にそれが真理かと思うと、絶望的な気分になります。 結局、異星文明間では、潰し合いしか、接触の方式がないというのなら、文明の存在自体、虚しいものではありませんか。 何の為に、宇宙があり、何の為に、生物が生まれ、何の為に、文明が発達して来たのか、それらの意義が分かりません。
潰し合いをさせて行けば、最終的には、最も大きな力を持った文明が残りますが、それが、宇宙にとって、どんな意味を持つのか、それが分かりません。 生物がいなくても、文明が発達しなくても、宇宙はいずれ、収縮し、再生するのであって、生物を生み出す理由なんか、「特に、ない」と思うのですがえ。
こういう事を書いていると、宇宙の話というより、神の話に近づいてしまいますな。 「黒暗森林」の潰し合いに勝ち残った文明は、全知全能、まさに、神のような力を持つわけですが、それは、果たして、元の生物が、望んだものだったのかどうか。
そこまで考えて来ると、このSF小説に、根本的なところで、違和感を覚える事に気づきます。 最初から最後まで、主人公は、人間なのですが、宇宙に進出するのに、生身の人間が出て行くのは、無駄が多過ぎるんじゃないでしょうか。 小松左京さんの、≪虚無回廊≫では、機械に移植された、「人工人格」が主人公になりますが、そちらの方が、現実的だと思います。 もっとも、ストーリーとしては、人間が出て来た方が、断然、面白いのですがね。
最後になりますが、≪三体≫三部作。 やはり、日本では、読者があまり、いないと思います。 傑作である事は、間違いありませんが、これを読みこなせる人が少ない。 前にも書いたように、日本では、80年代後半に、SF小説界がコケてしまったのですが、それに加えて、95年に、「阪神淡路大震災」と、「オウム真理教事件」が起こり、戦後ずっと続いて来た、「科学信仰」が崩壊してしまいました。 以後、科学自体を白い目で警戒する歳月が、四半世紀も続いて来たのであって、SF小説が、居場所を失ってしまったのも無理からぬ事。
今の、40代以下の人達に、これを読ませても、とっつけないでしょう。 普通に読めるのは、若くても、50歳以上。 その中でも、SF慣れしていて、しかも、物理学の基礎が頭に入っている人でないと、やはり、読み通せないと思います。 60歳以上になると、分かる人が増えますが、引退者には、値段が高い。 一冊当たり、2000円前後では、全5冊で、1万円でしょう? おそらく、文庫化されても、半額くらいにしかならんでしょうな。
以上、3作5冊です。 読んだ期間は、去年、つまり、2021年の、
≪三体≫が、11月4日から、6日。
≪三体Ⅱ 黒暗森林 上・下≫が、11月6日から、10日。
≪三体Ⅲ 死神永生 上・下≫が、11月12日から、19日まで。
普段、一回に出すのは、4作ですが、≪三体シリーズ≫だけで纏めた方がいいと思って、今回は、3作にしました。 久々に、強烈な印象の小説を読んだので、感想も、突っ込んだ事を書いており、改めて、付け加える事はありません。
かつて、日本のSF小説黄金時代に、SFを読んでいた人達なら、普通に読めると思うので、お薦めです。 私自身も、その世代なのですが、年齢的に、今後、≪三体シリーズ≫以上のSF作品に出会う機会は、もう、ないかもしれませんし。 ≪三体シリーズ≫自体が、寂しい終わり方をしますが、現実世界の人類文明も、終幕が近いうら寂しさが漂っていますねえ。 黒暗森林に怯えるまでもなく、自滅か・・・。
≪三体≫
早川書房 2019年7月15日/初版
劉慈欣 著
大森望 / 光吉さくら / ワン・チャイ 訳
沼津図書館にもあるんですが、いつまで経っても、予約がゼロになりません。 で、三島図書館までバイクで出かけて行って、「三大奇書」を借りた後、こちらも借りました。 大変、話題になった本の割には、3年以上経っているのに、綺麗です。 中途放棄した人が多かったのかも知れません。 単行本、一段組みで、約423ページ。
2006年5月から、12月まで、中国のSF専門誌、「科幻世界」に連載されたもの。 2008年に、中国国内で、単行本化され、多数の賞を獲得。 2014年に、アメリカで英訳が出版され、2015年ヒューゴー賞長編部門を受賞。 複雑な話なので、梗概は四段落、使います。
文革で、家族が分裂し、理論物理学者の父親を殺され、紅衛兵だった妹が死んだ、天体物理学者の女。 自分の身も危うかったところを、生涯、監禁される事を覚悟で、地球外生命体との交信を目的とする施設に行く事を受け入れる。 ある時、地球外からの電波を受信するが、人類に絶望していた彼女は、異星人に助けを求める返信を決行する。
現代になり、インター・ネット上のVRゲーム≪三体≫の中では、極寒と灼熱で、全く気象が安定しない惑星を舞台に、文明が、約200回も勃興と滅亡を繰り返していた。 最終的に、三つの恒星の運動を予測するのは不可能と判断され、惑星が恒星に呑みこまれる前に、他の恒星系へ脱出する方針が決まる。 折りよく、返信があった地球を征服する為に、千隻の宇宙艦隊が出発する。
艦隊が地球に到着するまでの450年の間に、地球の科学技術が、三体のそれを追い越してしまうのを妨げる為、集積回路を書き込まれた陽子、「智子(ちし)」が、先行して地球に送り込まれる。 智子の工作活動で、加速器から実験データを取れなくなり、地球の基礎科学は、発展が止まってしまう。
三体人による地球人類の根絶、もしくは、支配を望む、地球人による組織、「地球三体協会」は、公然と活動していたが、国連を中心にした地球防衛組織によって、壊滅させられる。 三体から送られて来たメッセージが暴かれた事より、智子の存在を知った地球人は、450年後の滅亡が避けられない事を知り、絶望する・・・、という話。
こんなに書いてしまって、ネタバレにならないか? と、心配しないでもないですが、大丈夫です。 推理小説ではないし。 相当にはハードな本格SFなので、かなり、SFを読んでいる読者でないと、そもそも、読む気にならないと思いますし、読み始めても、興味が続かないと思います。 逆に、SFを読み慣れている人は、私の感想文などより先に、この作品を読むでしょう。
文革の大混乱から話が始まるのは、人類滅亡の恐れがあるのに、地球から三体へ、電波を送った人物が、地球人の文明に絶望した過程を描く必要があるからです。 この人、文革を経験した時点で、心が死んだも同然だったんですな。 三体を手引きした張本人でありながら、その罪で罰せられる事もなく、生き延び続けるのは不思議です。
現代に飛んで、VRゲーム≪三体≫の場面になると、この上なく、面白くなります。 三体惑星の歴史を、地球の文明発達史上、重要な人物を登場人物にして、描いているので、異星の話なのに、妙に親近感が湧くのです。 三体人が、極寒・灼熱の「乱期」を乗り越える為に、「脱水」と「再水化」で対応しているのも、面白い。
それにしても、これだけ、気象が極端に変化する惑星で、少しずつでも、文明が発展して、恒星間航行ができるレベルにまで達したというのは、奇跡としか思えず、その点、リアリティーを欠きます。 しかし、そもそも、太陽の隣の恒星、αケンタウリに、知的生命体が発生した惑星があるという事自体、確率的にありえないと思うので、リアリティーを云々しても、栓ない事なのかも。
SFというのは、科学・技術の知識を、テーマやモチーフにしていますが、結局は、「読者に、ありそうに思わせられる、作り話」でして、必ず、現実の科学・技術の枠から、はみ出す部分が出て来ます。 それがないと、面白くならないのです。 実際に、科学・技術に携わっている専門家は、SFを読んでも、「こんなの嘘だ」という反応が先に出てしまって、楽しめないと思います。
智子のアイデアは、大変、面白いです。 陽子を、二次元に巨大化させ、表面に集積回路を書き込んで、操作可能にし、敵地に送り込んで、工作活動をさせるというのは、凄い発想。 陽子の間では、距離に関係なく、ふるまいが共有されるという特性を、うまく利用していて、三体と地球では、4光年以上離れているにも拘らず、リアル・タイムで、交信や指示ができるというのも、知的興奮で、嬉しくなってしまうほど、面白いです。
ちょっと、俗っぽいのは、地球三体協会の降臨派が拠点にしているタンカーを、ナノ・マテリアルのワイヤーで、スライスする件り。 一見、映像化された時の、見せ場にしようと目論んだようにも取れますが、かなり、残酷な場面も含まれているので、そんなところを映像化できるわけがなく、逆に、映像化を拒む為に入れた件りなのかも知れません。 そこまで、穿って見るのは、病的か。
智子の暗躍のせいで、地球の科学が発展を停めてしまい、450年後に到着する三体艦隊との戦いは、地球側の負けが決まっている、という設定は、ドライですなあ。 こういう発想自体が、欧米や日本には、存在しないのでは? 小松左京さんの短編、≪華やかな兵器≫にも、恒星間の冷戦が出て来ますが、明らかに、地球側の方が後進なのに、地球側の誰も、負けるとは考えていません。 地球上の国家間戦争を、宇宙舞台に移し変えただけなのです。 スタニスワフ・レムさんの長編、≪大失敗≫も、異星文明間の戦いになりますが、それは、両者の文明レベルに、明らかな違いがある点、≪三体≫の設定に近いです。
この作品、アメリカで英訳が出て、2015年のヒューゴー賞・長編部門を獲ります。 それ自体は、大した事ではないです。 ヒューゴー賞に、どれだけの価値があるのかなど、いちいち調べるまでもなく、じゃあ、その前後の年、2014年、2016年の受賞作は何か? と訊かれたら、≪三体≫の愛読者でも、ほとんど、答えられないでしょう。 その程度の注目度しかない賞なわけだ。 もう、今世紀に入って以降、SF界全体が、低調になっているので、SF自体の価値が、地を這っているといっても、過言ではない。
問題は、アメリカで、結構な数が売れた。 しかも、オバマ大統領(当時)が読んでいた事から、政治家や財界人など、SFファン以外のエリート層が、これを読んだ。 という事の方が、大きいです。 アメリカ人がこの作品を読んだ時、まず、作者が、自分達とは、発想が違う事に驚き、次に、作者の方が、知能レベルが上だという事に驚いたと思います。 ちなみに、知能レベルは、下の者が、上の者を測る場合、自分より、どのくらい上かは、判定できません。 その逆は、可。
容易に想像できるのは、アメリカ人が、自分達の立場を、この作品の中での地球側におき、作者が属している中国を、三体側と見做して、脅威を覚えたのではないかという事です。 その結果が、トランプ政権以降の、中国敵視政策に繋がったのではないでしょうか。 どんな人間でもそうですが、敵視する為には、まず、その相手に、脅威を感じなければなりません。 見下して、馬鹿にしている相手を、敵視したりはしないものです。 この作品が、アメリカ人の対中国観を切り替えた可能性は高いです。
一方、日本ですが、話題にはなったものの、実際に、どれだけの人が読んだかは、疑問。 これを読めるくらい、SFに興味がある人が、もう、とっくから、いなくなっているからです。 日本のSFは、1980年代後半に、小松左京さんが、≪さよならジュピター≫の映画で、コケて以降、アメリカよりも早く、衰退しまして、≪世にも奇妙な物語≫くらいしか相手にしてくれないレベルに落ちてから、もう、30年以上経ちます。 SF作家を名乗る人も、絶滅危惧種並みに減ってしまった有様。
当然、読者も、SFから離れて久しいわけで、昔読んでいた人達は、懐かしいと思うでしょうが、「SF小説の長編は、初めて」といった若い人達は、科学・技術用語が、ドカドカッと並んだ時点で、「あー、こんなの、無理無理!」と、本を閉じてしまうと思うのです。 最終訳者は、本来、英日訳をやっていた人で、他の訳者が、中国語から日本語にした下訳を、今風のSFとして読めるように、再翻訳したとの事。 しかし、その、今風のSFを読んでいない人の方が多いのだから、そんな努力は、意味がない気もしますねえ。
≪三体≫ですが、三部作なので、この一作目では、まだ、話が途中です。 この後、≪Ⅱ 黒暗森林 上・下≫、≪Ⅲ 死神永生 上・下≫と、二作、四冊続きます。 全体で一つの話だから、全部読んでから、感想を書くべきなのですが、借りて来た本なので、返さなければ、次を借りられない事情があり、内容を忘れてしまうと、まずいので、一作ごとに、感想を書く事にしました。
≪三体Ⅱ 黒暗森林 上・下≫
早川書房 上・下共 2020年6月25日/初版
劉慈欣 著
大森望 立原透耶 上原かおり 泊功 訳
≪三体≫の第二部。 ≪三体≫と同時に、三島図書館で借りて来ました。 約一年新しいだけあって、≪三体≫以上に、綺麗な本でした。 ほんの数人くらいしか、読まれた形跡がありません。 購入されてから、一年以上経っているにも拘らず、この状態という事は、話題になったベスト・セラーと言っても、「SF長編としては、」という但し書きが付くんじゃないでしょうか。
2008年5月に、中国の重慶出版社から、「中国SF基石叢書」の一冊として出版されたものだそうです。 つまり、≪三体≫と違って、雑誌連載ではなかったわけだ。 単行本、一段組み、上下巻で、656ページ。 確かに、≪三体≫の、1.5倍ですな。
三体から送り込まれた、操作できる陽子、智子(ちし)のせいで、基礎科学の進歩が止まってしまった地球人の文明。 三体人に気取られずに、三体艦隊を迎え撃つ戦略を練る為に、四人の「面壁者」が、人類の中から選ばれ、強大な権限が与えられる。 内三人は、それぞれ、全く異なる方法を案出するが、三体人は意にも介さない。 唯一、三体人から、「殺害すべし」と見做された青年学者は、理想的な場所で、理想的な異性と暮らす事を望み、それは、面壁者の特権で実現されたが、やがて・・・、という話。
≪三体≫より、1.5倍長いのに、梗概が短くなったのは、すでに、基本的な世界設定の説明が済んでいるから、という事もありますが、これ以上書くと、ネタバレになってしまうからです。 第二部まで到達した読者は、当然、最後まで読むと思うので、ネタバレさせたら、私の命が危うい。 推理小説でなくても、この作品の後半は、先に知ってしまっていたら、その無類の面白さが損なわれてしまいます。
三体人は、コミュニケーションの仕方が、地球人と違っていて、頭で思った事は、全て、周囲に伝わってしまうタイプでして、隠し事ができない。 一方、地球人は、音声や文字でやりとりするので、隠し事ができる。 それを利用して、個人の頭の中だけで戦略を練る、「面壁者」を選び出したというところから、話が始まります。
次は、なんで、三体人から命を狙われているのか、本人も分からない青年が、理想の恋人と理想郷で暮らすようになる顛末。 ここは、恋愛小説のような雰囲気ですが、よくある、青臭・アホ臭い恋愛小説より、数段、ピュア度が高いです。 外見も雰囲気も、青年が夢見ていた通りの女性を、元警官で、人捜しも仕事の内だった警護責任者、大史が連れてくるのですが、「そういう事ができるなら、私にも捜してくれ」と思う読者が多いでしょうな。 しかし、青年が、面壁者特権を持っていたから、可能だったのであって、一般人では、資格外も甚だしい。
次は、人工冬眠で、約200年飛んで、青年と、大史は、未来で目覚めます。 その間に、応用技術の大発展があり、地球の宇宙艦隊は、質的にも量的にも、三体艦隊と渡り合えるレベルになっています。 一応、戦争物なのだから、そうでなくては、いけませんな。 どちらかが、一方的に強いなんて、面白くないですから。 ただし、質の方は、あくまで、スペック上なのですが。
その時代で描かれる未来社会は、他のSF作家が書くのと同様に、月並みで、陳腐なものです。 こんな未来なら、特に住みたいとも思わない、といった体のもの。 これは、どの作家でも、同じであるところを見ると、現在、存在しない技術や習慣を、社会全般に渡って想像するのは、困難なんでしょうな。 もしくは、他の作家が描いた未来の様子を、パロディーにしているのかも知れません。
で、クライマックスは、地球の宇宙艦隊が、三体艦隊から先行して送り込まれてきた、「水滴」という探査機を捕獲する件りです。 これは、凄いわ。 というか、凄まじいわ。 私も、結構、戦闘場面の出て来る小説を読んで来ましたが、これは、断トツに、ド派手で、凄惨だわ。 あくまで、捕獲作戦に過ぎないんですがね。 ファースト・コンタクトなのに、それどころではなくなってしまうんですな。 これ以上、書きません。 作品を読んで下さい。
捕獲作戦に先立ち、逃亡主義者の軍人が、恒星間航行ができる戦艦を、乗員ごと盗んで、逃亡するのですが、そちらの顛末も面白いです。 「黒暗森林」というのは、「宇宙は、真っ暗な森の中を、猟師が獲物を求めて、うろついているようなもの」、すなわち、「異星文明の間には、相手を滅亡させる以外に、対応の方法がない」という意味合いですが、この逃亡艦隊の中では、その縮図のような事件が起こります。
そして、ラストですが、これこそ、一文字も書けません。 最高機密レベルの、ネタバレ厳禁が要求される結末ですな。 それにしても、ドンデン返しが、何度も繰り返される作品である事よ。 ≪三体≫と違って、≪三体Ⅱ≫では、一応、話が終わります。 第三部は、どう展開するのか、この時点では、想像もつきません。
梗概を細かく書き直しただけで、感想になっていないような気もしますが、このくらいにしておきます。 感想なんか読むより、作品を読んだ方がいいです。 もちろん、≪三体≫から、通しで。 それでないと、ストーリーが分かりませんから。 科学・技術用語が苦手な人でも、≪三体≫を、大体のストーリーを頭に入れるだけでも、突破して来れば、≪三体Ⅱ≫は、ずっと、読み易くなります。
いやあ、この小説、中国で出版された後、すぐに、日本語訳が出ていれば、小松左京さん(2011年没)に、読んでもらいたかったなあ。 スタニスワフ・レムさん(2006年没)は、間に合わなかったけれど。 お二方とも、おそらく、どんなアメリカSF映画よりも、強烈な興奮を覚えたと思います。
≪三体Ⅲ 死神永生 上・下≫
早川書房 上・下共 2021年5月25日/初版
劉慈欣 著
大森望 光吉さくら ワン・チャイ 泊功 訳
≪三体≫の第三部。 これも、三島図書館で借りて来ました。 やはり、綺麗な本で、ほんの数人くらいしか、読まれた形跡がありません。 これは、≪三体≫、≪三体Ⅱ≫以上に、読み手を選ぶ内容なので、読み終えた人は少ないと思います。
2010年10月に、中国の重慶出版社から出版されたもの。 これだけ、世界的に高く評価された作品なのに、日本語訳が出るまで、11年も経っているというのは、考えてみると、驚きです。 日本のSF界が、いかに低調に縮小しているかの証拠なのでは。 単行本、一段組み、上下巻で、842ページ。 ≪三体≫の、2倍の長さです。
話は、三体人による侵略の危機が表面化した直後に戻り、地球から、三体艦隊へ向けて、人間の脳を送る計画が立てられる。 大学時代の友人(男)の脳を送り出した、宇宙工学者の程心(女)は、人工冬眠で、三体危機が去った後の時代に蘇生し、三体世界との睨み合いを続ける、「執剣者」の立場を、初代から引き継ぐが、三体世界は、その瞬間を待ち構えていた・・・、という話。
梗概としては、10分の1も書いていません。 つまり、細々書いて行くと、この10倍の長さになりますが、ネタバレになってしまうので、書きません。 出だしは、話の断片みたいな、章分けになっていて、≪三体Ⅱ≫のラストで、一旦、話が終わっている事もあり、≪Ⅲ≫は、スピン・オフというか、余話というか、そういうものを羅列してあるだけなのかと思ったら、とんだ間違いで、執剣者が交替したところから、驚くほどの新展開となります。
うーむ、あまりにも、いろんな事が起こるので、これも、他人の感想文なんか読むより、自分で読んだ方が早いですな。 ≪三体≫、≪Ⅱ≫と読んで来た人なら、≪Ⅲ≫も、期待を裏切られる事はないです。 ただし、期待を上回り過ぎて、置いて行かれたような虚しさを感じる事なら、ありえます。
置いて行かれるといえば、話の途中で、三体世界は、ある事が起こり、ストーリーの前面から遠のいてしまいます。 終わりの方で、また出て来ますが、もはや昔日の面影はなく、寂し~い存在感しか示しません。 文明度の落差が、テーマである事は、三部作を通じて、共通ですが、あまりにも、話のスケールが大きくなり過ぎて、もはや、三体も地球も、関係なくなってしまう点にも、やはり、寂しさを感じますねえ。
ちょうど、中ほどに、三体世界で暮らしている地球人によって創作された御伽噺が挟まっていて、これが、結構、面白いです。 子供が読んでも、大人が読んでも、別の視点から楽しめるようになっています。 話の中に、「黒暗森林」を生き抜く為の、メッセージが盛り込まれているのですが、それを解読して行く過程も、読み応えがあります。
最大の見せ場は、次元の転換ですが、小さいのと大きいのがあり、小さい方は、面白いです。 大きい方は、その結果が悪いので、どんなに細かく描き込まれていても、興奮より先に、虚しさを感じてしまいます。 この作品、鬱病の気がある人は、読まない方がいいかも知れませんねえ、≪三体≫と、≪Ⅱ≫は、問題ありませんが、≪Ⅲ≫は、まずいわ。 気が滅入るわ。 最悪、絶望してしまうわ。 危ない危ない。
「黒暗森林」の発想は、スタニスワフ・レムさんの、≪大失敗≫でも採用されていて、本当にそれが真理かと思うと、絶望的な気分になります。 結局、異星文明間では、潰し合いしか、接触の方式がないというのなら、文明の存在自体、虚しいものではありませんか。 何の為に、宇宙があり、何の為に、生物が生まれ、何の為に、文明が発達して来たのか、それらの意義が分かりません。
潰し合いをさせて行けば、最終的には、最も大きな力を持った文明が残りますが、それが、宇宙にとって、どんな意味を持つのか、それが分かりません。 生物がいなくても、文明が発達しなくても、宇宙はいずれ、収縮し、再生するのであって、生物を生み出す理由なんか、「特に、ない」と思うのですがえ。
こういう事を書いていると、宇宙の話というより、神の話に近づいてしまいますな。 「黒暗森林」の潰し合いに勝ち残った文明は、全知全能、まさに、神のような力を持つわけですが、それは、果たして、元の生物が、望んだものだったのかどうか。
そこまで考えて来ると、このSF小説に、根本的なところで、違和感を覚える事に気づきます。 最初から最後まで、主人公は、人間なのですが、宇宙に進出するのに、生身の人間が出て行くのは、無駄が多過ぎるんじゃないでしょうか。 小松左京さんの、≪虚無回廊≫では、機械に移植された、「人工人格」が主人公になりますが、そちらの方が、現実的だと思います。 もっとも、ストーリーとしては、人間が出て来た方が、断然、面白いのですがね。
最後になりますが、≪三体≫三部作。 やはり、日本では、読者があまり、いないと思います。 傑作である事は、間違いありませんが、これを読みこなせる人が少ない。 前にも書いたように、日本では、80年代後半に、SF小説界がコケてしまったのですが、それに加えて、95年に、「阪神淡路大震災」と、「オウム真理教事件」が起こり、戦後ずっと続いて来た、「科学信仰」が崩壊してしまいました。 以後、科学自体を白い目で警戒する歳月が、四半世紀も続いて来たのであって、SF小説が、居場所を失ってしまったのも無理からぬ事。
今の、40代以下の人達に、これを読ませても、とっつけないでしょう。 普通に読めるのは、若くても、50歳以上。 その中でも、SF慣れしていて、しかも、物理学の基礎が頭に入っている人でないと、やはり、読み通せないと思います。 60歳以上になると、分かる人が増えますが、引退者には、値段が高い。 一冊当たり、2000円前後では、全5冊で、1万円でしょう? おそらく、文庫化されても、半額くらいにしかならんでしょうな。
以上、3作5冊です。 読んだ期間は、去年、つまり、2021年の、
≪三体≫が、11月4日から、6日。
≪三体Ⅱ 黒暗森林 上・下≫が、11月6日から、10日。
≪三体Ⅲ 死神永生 上・下≫が、11月12日から、19日まで。
普段、一回に出すのは、4作ですが、≪三体シリーズ≫だけで纏めた方がいいと思って、今回は、3作にしました。 久々に、強烈な印象の小説を読んだので、感想も、突っ込んだ事を書いており、改めて、付け加える事はありません。
かつて、日本のSF小説黄金時代に、SFを読んでいた人達なら、普通に読めると思うので、お薦めです。 私自身も、その世代なのですが、年齢的に、今後、≪三体シリーズ≫以上のSF作品に出会う機会は、もう、ないかもしれませんし。 ≪三体シリーズ≫自体が、寂しい終わり方をしますが、現実世界の人類文明も、終幕が近いうら寂しさが漂っていますねえ。 黒暗森林に怯えるまでもなく、自滅か・・・。
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