2022/02/20

実話風小説① 【責任感が強い山男】

  創作なんて、ほとんど、やらないのですが、去年(2021年)の、9月2日に、ふと、その気になって、書いてみたのが、これ。 「実話風小説」の意味ですが、普通の小説との違いは、情景描写や心理描写を最小限にして、文字通り、新聞や雑誌の記事のような、実話風の文体で書いてあるという事です。

  ネットで小説というと、短編でも、長く感じられて、中途放棄したくなるものですが、安心してください。 私には、そんなに長い小説を書く構成力も、根気もないから、すぐに終わります。 尚、「短か過ぎる」という苦情は、ご遠慮ください。 だから、「実話風」だと言っているではないですか。 実話は、本来、短いものです。




【責任感が強い山男】

  登山歴が、そこそこ長い、引退男性、A氏。 責任感が強い性格で、近隣の山の会に所属しており、会員のパーティーで、よその山に登りに行く時には、専ら、リーダーを務めていた。 ある時、2000メートル級の○○岳に、六人のパーティーで出かけた。 雪山ではないが、すでに秋が深まっており、風がある日だった。 みんな、A氏の指導に従い、重装備で、移動速度は遅かった。

  尾根道の分岐点で休憩した時、軽装の中年男性、B氏と出会った。 A氏が、B氏に、どこへ行くのか訊ねたところ、A氏達とは、方向違いの、××岳に向かうとの事だった。 ××岳へは、まだ、いくつか、ピークを越える事になる。 A氏は、「軽装で、大丈夫ですか」と皮肉まじりに訊いたが、B氏は、「いつも、こんなですから」と返した。

  その場は、そのまま別れたが、しばらく、歩いている内に、風が強くなって来た。 A氏が、「やっぱり、さっきの人が心配だから、下山するように言って来る」と言い出した。 サブ・リーダー格のC氏は、「自分で判断するだろうから、そこまでする必要はない」と反対したが、A氏は聞かず、「あんな軽装で来る、山をナメている人間に、正しい判断なんかできるわけがない」と言って、パーティーの引率を、C氏に頼み、分岐点の方へ引き返して行った。

  天候は、更に悪化し、○○岳に向かう尾根道は、容易に前に進めないほどの強風になった。 頻繁に休憩を取っていたが、風はやまず、雨まで降り始めた。 C氏は、登山経験が、5年程度で、パーティーの引率をした事はなかった。 次第に、動けなくなる者が出始め、パーティーは、バラバラになってしまった。 C氏は、山頂下の避難小屋まで、何度か往復して、一人一人、手を引いて連れて行ったが、避難小屋に入れたのは、三人で、最後の一人を連れに行ったC氏は、戻って来なかった。 パーティーは、遭難した。 

  二日後、家族から警察に捜索願が出されたが、天候が回復せず、救助隊が山に入るまでに、更に二日かかった。 捜索の結果、避難小屋にいた三人は、無事に救助された。 小屋まで来れなかった二人の内、C氏は尾根から少し外れた斜面で、両膝をつき、前にうつぶせるような格好で、死亡していた。 死因は、低体温症であった。 もう一人は、自力で、ビバークを試みたようだったが、場所が悪く、30メートルほど滑落し、打ち付けられた岩の上で、テントが遺体に巻きつくような形で発見された。

  B氏に忠告へ向かったA氏は、××岳に向かう、最初のピーク手前で、ビバークしていた。 命は助かったが、著しく衰弱しており、数日の入院が必要になった。 A氏の話によると、結局、B氏を見つける事ができず、その内、強風と雨で動けなくなったとの事だった。 C氏と、もう一人が、死亡した事は、A氏が退院した後に告げられた。 A氏は、しばし、絶句したものの、自分の判断が間違っていたとは認めず、軽装で山に来たB氏の事を、口を極めて、批難した。

  「たぶん、遭難しているはずだから」という、A氏の強い求めに応じて、救助隊と警察で、B氏を捜したところ、その行方は、すぐに分かった。 B氏の話では、予定通り、××岳に登頂し、天候が悪化し始めた頃には、すでに、樹林帯まで下りていて、その後、何事もなく、下山し、帰宅していた。 B氏は、登山というより、トレイル・ランに来ていたのであって、重装備のA氏が、軽装のB氏に追いつけるわけはなかったのだ。

  A氏は、パーティー内に死者が出た責任を、B氏に問えないかと、警察に訊ねたが、苦笑されただけだった。 B氏は、A氏のパーティーに対して、何の害を加えたわけでもないのだから、当然である。 責任を問われるべきは、A氏であり、明々白々たる判断ミスだった。 余計な事をしたばかりに、二人、死なせてしまったのである。

  責任感が強かったから、というより、「登山は、重装備が鉄則」という固定観念が頭に染みついていて、軽装で来ている人間を許せなかったのである。 山の会に、近所に住む、50代の未亡人がいて、A氏が誘って、パーティーに加わらせたのだが、「彼女の前で、責任感が強いところを見せつけたかったのではないか」という勘繰りも囁かれた。 ちなみに、A氏には、妻子がいるが、山には興味がない人達である。

  死者を出した事で、山の会は、解散になった。 遭難事故後、一回、会合が開かれたのだが、A氏が、まるで被害者のような顔をして、ヌケヌケと出席し、遭難の経緯を大雑把に説明した後、猛烈な語気で、B氏の批難をぶったばかりか、暗に、C氏の実力不足まで、あげつらったので、呆れられてしまい、途中で退席する者が半分を超えた。 その後、会合は一度も開かれず、自然解散となったのである。

  A氏は、その後も、登山を続けたが、同行する者はいなかった。 すでに故人であるが、山で死んだわけでない。 ありふれた病死である。