2022/04/17

実話風小説③ 【誤解】

  「実話風小説」の三作目です。 普通の小説との違いは、情景描写や心理描写を最小限にして、文字通り、新聞や雑誌の記事のような、実話風の文体で書いてあるという事です。 早くも在庫がなくなったので、今後一ヵ月以内に、第四作を思いつかなかった場合、来月は、なしです。




【誤解】

  移動販売車で、山間部へ、食品や雑貨を売って回る商売をして、資本を貯めた男。 結婚を機に、小さな町に、食品雑貨店を開いた。 5年ほどで、更に資本を貯めて、隣接する敷地を買い、そこそこの大きさのスーパーに建て直した。

  店員も、常時、5人くらい雇うようになり、人手に、ゆとりが出来たので、以前やっていた、山間部への移動販売を、再開する事にした。 店員の中で、最も若かった男Aを、その担当にした。 車は、以前使っていた軽トラックを、そのまま使い、売りに行く先の集落に印をつけた地図を渡して、後は、Aに任せた。 移動販売車を出すのは、週に2回である。

  店長がやっていた頃には、朝出かけて、午後2時くらいには、回り終えて、戻って来ていた。 ところが、Aは、同じ時刻に出かけても、帰って来るのは、暗くなってからだった。 店長は、「そんなに時間がかかるわけがない。 もっと、工夫しろ」と叱咤した。

  Aは、2回目には、ほんの僅か、早く戻った。 やはり、店長から、「遅い。 他にも仕事があるのに、店が終わってから戻られても、困る」と、叱られた。 店長と、その妻は、陰で話した。 「あいつは、寄り道をしてるな」、「昼寝してるのかもね」、「真面目な奴だと思っていたんだが、とんだ眼鏡違いだった」などと、想像を逞しくした。

  3回目。 Aは、午後4時頃、戻って来た。 店長は、「まだ、遅い」といったが、もう、仕方がないと諦めていて、強くは言わなかった。

  4回目。 Aは、午後3時頃に戻って来た。 店長は、何も言わなかった。 かかる時間が、許容範囲に入って来た事もあるが、すっかり、Aに愛想を尽かしてしまい、何を言っても無駄だと決めてしまったのである。 それ以降、Aは、移動販売に、10回、出た。 戻る時間は、午後3時より早くなる事はなかった。 そして、11回目は、なかった。 Aが、店をやめてしまったからだ。

  その直接的な原因は、Aの結婚話だった。 Aと交際していた女性の親が、興信所に、Aの信用調査を頼んだ。 そこの所員が、Aの雇い主である店長に、Aの為人を訊ねに来たのだが、それに対して、店長が、「Aには、週に二回、移動販売をやらせているんだが、寄り道してサボっているらしくて、帰りが遅い。 まあ、そういう奴ですよ」と、不満をぶちまけたのである。

  Aの結婚話は、俄かに滞った。 女性を介して、なぜ、駄目なのか、女性の両親に訊いてみたところ、店長が興信所員に言った言葉が、原因だと分かり、怒ったAが、店をやめると言い出したのである。 店長の方も、すっかり、Aを不真面目な奴だと見做していたので、「ああ、やめろ、やめろ。 清々する」と言って、止めなかった。


  Aを、やめさせたものの、移動販売をやめる気がなかった店長は、すぐには、後釜が見つからないので、当面、自分で回る事にした。 ところが、数年ぶりに、山間部へ出かけて行った店長は、夜中になって帰って来た。 昔通っていた道が、いつのまにか、崖崩れで、閉鎖になり、遠回りを余儀なくされたからだった。

  店長は、「Aの奴、それなら、そうと言えばいいのに」などと、妻に向かって、毒づいていたが、道が通れなくなっている事を報告しなかったのは、Aの落ち度ではない。 なぜなら、渡した地図には、集落の位置に印がつけられていただけで、ルートは指定していなかったからだ。 Aは、店長が昔、どの道を通っていたかは知らなかったのである。

  しかし、そうなると、不思議なのは、Aが、3回目には、午後4時に戻り、4回目以降は、午後3時には、戻って来ていた事である。 一体、どうやっていたのか?

  店長は、「Aの奴、どうせ、回る村を端折っていたんだろう」と決め付け、次に移動販売に出た時に、各所で、それとなく、Aの事を訊いて回った。 ところが、返って来た答えは、予想と全く違うものだった。 「ああ、オートバイのお兄さんね」と言うのである。 車が通れる道は閉鎖されていたが、オートバイなら、何とか通れる細道があったので、予め、御用聞きをして回り、次に来る時には、オートバイに積めるだけの商品を積んで、各家に届けて回っていたと言うのだ。

  「オートバイの荷台の横にも、大きな荷台が吊り下がっていて、凄かったよ」という話も聞いた。 店に、オートバイはないから、自分のを改造したのだろう。 「家まで来てくれるから、楽だったけど、やっぱり、車で来てもらった方が、その場で選べるから、いいよね」という人もあったが、車で回っていたのでは、どう足掻いても、明るい内に戻れない。

  Aは、不真面目どころか、店長よりも、遥かに、真面目な人間だったのだ。 明るい内に戻れるよう、大変な努力と工夫をしていたのである。

  店長は、真っ青になった。 Aの事を、「サボり癖がある」と、一体、どれだけの人間に、悪口叩きまくったか、自分でも覚えていないほどだ。 店長は、帰り道を運転しながら、「Aに謝ろう」、「Aの悪口を聞かせた相手にも、間違いだったと、訂正して回ろう」と思っていた。 しかし、店に戻ると、更に、まずい事になっていた。

  店長の妻が、出かけた先で、たまたま、Aに出会い、嫌味を言ったというのだ。 「あんたがやめたから、店長は、自分で回ってるんだよ」と責めたところ、Aは、「へえ。 それで、午後2時に戻って来ますか?」と言うので、「雇ってやってたのに、その言い草はなんだ! どうせ、あんたは、回る村を端折ってたんだろう! いい加減な事をすれば、すぐに分かるんだよ!」と、どやしてやったというのだ。

  それを聞いた店長は、ますます、真っ青になった。 店長の話を聞いた妻も、真っ青になった。 店長の、Aに謝りに行く気持ちは、すっかり失せてしまった。 罪深すぎて、Aの顔を見るのが怖くなったのである。 妻の方は、その後、Aを見かけた時に、笑顔でごまかしながら、テキトーに謝ったが、Aは、「もういいから、今後、俺に声をかけないでください」と、不快そうに言って、去ってしまった。


  幸いにも、Aの結婚話は、A自身の努力で、相手の両親の誤解が解け、破談は避けられた。 別の就職先も見つかり、元々が、温厚で真面目な人物なので、職場での評価も高く、すぐに、周囲から頼りにされる存在になった。

  一方、店長のスーパーはというと、それから間もなく、時間がかかり過ぎて、採算が取れないという理由で、山間部への移動販売をやめたのだが、「あの、オートバイのお兄さんでいいから、また来てもらえませんか」という要望が何件もあったのを無視したせいで、逆に、Aがやめた理由が近隣に広まり、店の評判が悪化して、左前になってしまった。 しかし、潰れたわけではなく、その後、10年以上、細々ながら、存続した。