2022/03/20

実話風小説② 【借りる男】

  「実話風小説」の二作目です。 普通の小説との違いは、情景描写や心理描写を最小限にして、文字通り、新聞や雑誌の記事のような、実話風の文体で書いてあるという事です。 このシリーズ、月に一回と決めているわけではないので、突如、終わる事も考えられます。

  今回の話は、1月27日に書いたもの。 例によって、大変短く、すぐに終わりますから、安心して、読んで下さい。




【借りる男】

  青年A。 職場の先輩たちが、一週間後に、オートバイでツーリングに行くというので、自分も連れて行ってもらう事にした。 Aが、その事を、高校時代からの友人Bに話したところ、Bも行きたいと言い出した。 Bが、もう一年以上前に、バイクを手放した事を知っていたAが、バイクがあるのか訊いたところ、「近所の人から、借りて行く」という答えだった。 Bに、何につけ、他人から物を借りる癖がある事を知っていたAは、「またか」と思ったが、それ以上、深くは考えなかった。

  ツーリングの当日、Aが、Bの家に行くと、もう、集合時間が近いというのに、まだ、起きたばかりで、着替えもしていなかった。 「バイクはどうした?」と訊くと、「そこを奥に入った所の家だから、借りて来てくれ」と言われた。 Aが、その家に行くと、確かに、バイクがあったが、カバーがかかっている。

  呼び鈴を押すと、まず、妻らしい女性が出てきた。 「バイクを、お借りしに来ました」と言うと、奥に入って行って、今度は、夫らしい中年男性が出てきた。 眉間に皺を寄せて、「一体、何の事ですか?」と言うので、Aは、動揺した。 当然、Bとの間で、話がついているものと思っていたからだ。

  で、自分が、Bの友人である事を告げ、「バイクを借りる件について、話を聞いてませんか?」と訊くと、「全く聞いていません」と答えたばかりか、「Bさんて、誰ですか?」と、ますます、不信感を募らせた表情。 「ご近所の、そこの家に住んでいる者です」と、フル・ネームを伝えると、「いやあ、つきあいがないから、分かりません」との答え。

  とりあえず、Bの家に戻り、朝飯を食べているBに、その事を告げると、小馬鹿にしたような顔で、「いーから、借りて来りゃいいんだよ。 お前も、使えねーな。 ガキじゃあるまいし・・・」などと言うので、腹が立ち、「何を言ってるんだ! 知らない人から、借りられるわけがないだろう! ふざけるな! お前が行って来い!」と、怒鳴りつけた。 Bの家族が出て来て、事情を聞き、「あの家とは、別につきあいはないから、そんな事は頼めっこない」と言う。

  そこへ、Aの職場の先輩の一人が、Aに電話で呼ばれて、様子を見に来た。 事情を聞き、「そんな、知り合いでもない人から、バイクを借りるのを当てにしていたのか?」と、呆れ返った。 Aに向かって、「もう、時間がないけど、どうする? お前だけ来るか。 それとも、残るか」と訊くので、「行きます」と答えると、Bは怒り出し、「ちょっと待ってろ! 今、借りて来るから!」と、自分で、バイクのある家に出向いて行った。

  最初から喧嘩腰で、「なんで、貸さなんいだ、このドケチが!」と食ってかかる有様。 更に、エスカレートして、「そんな態度を取って、俺んちの近所で、無事に暮らして行けると思うなよ!」などと、脅迫を始めた。 ついて行ったAと、Aの職場の先輩が、止めに入ったが、興奮が収まらず、暴れようとするので、結局、警察を呼ばれてしまった。

  職場の先輩は、仲間の所へ戻って、30分遅れで、ツーリングに出かけて行ったが、Aは、警察に事情を説明する為に、残らざるを得なかった。 Bは、警官に対して、「頼んでいるのに、バイクを貸さない方が悪い」と主張していたが、それが通らないと分かると、警官に対しても、「使えない!」やら、「頭が悪い!」やらと罵り始め、結局、警察署へ連行される事になった。

  Bについて、パトカーで警察署へ向かっていた時、Aが思い出していたのは、高校3年の秋、二人で、普通免許を取る為に、教習所へ通っていた時の出来事だった。 ある日、教習を受けている途中で、雨が降り出した。 歩きで来ていた二人は、傘がなかったが、Bは、教習所の傘立てから、他人の傘を平然と抜いて、差して帰った。 途中で雨がやむと、これまた、赤の他人の家の門扉に傘を引っ掛けて、そのまま、行ってしまった。 Aは、一度家に帰ったが、さすがに、まずいと思い、後で、その傘を取りに行き、教習所の傘立てに、こっそり返して来た。

  Bは、自分の物と、他人の物の区別が曖昧で、「誰の物であろうが、そこにある物は、使っていい」という考え方、更に拡大して、「物とは、使いたい人が使うのが、一番良い」という、手前勝手な信念をもっていた。 窃盗の正当化であって、開き直り型犯罪者の思考様式である。 Aが、それを分かっていながら、Bとつきあい続けていたのは、A自身が、まだ、社会人としての意識が固まっていない年齢で、「犯罪をバレないようにやるのが、カッコいい大人」という、多分に、Bの影響を受けた、間違ったイメージに、半ば囚われていたからだった。

  Bは、警察署で取り調べを受けたものの、バイクの家の者が、Bの家族に頼まれて、被害の訴えを取り下げたので、一晩留置されただけで、釈放された。

  バイクの家の者は、訴えを取り下げるに際し、Bの家族に向かって、「二度と、うちに近づけないように」という条件を出していたが、安心できないと思い、急遽、防犯カメラを設置しておいたところ、数日後に、バイクのカバーに火が点けられそうになるボヤ騒ぎが起こった。 カバーは不燃材で燃えなかったが、焚きつけにしたダンボールが燃えたのである。 カメラの映像から、Bが犯人と分かり、今度は、本格的に逮捕された。 もちろん、起訴され、有罪判決を受けて、服役となった。

  Aは、職場の先輩から、「友人を選べよ。 あんなんじゃ、出て来ても、また何かやるぞ」と言われ、結局、Bとは、縁を切る事にした。 先輩の言う通り、Bは、その後、刑務所を出たり入ったりの人生になった。 Bの家族も、Bが近所に放火したとあっては、同じ家に住んでいられず、よそへ引っ越して行った。 禍中の福を見て取るに、Aにとっては、悪い友人と離れる、いいきっかけになったわけだ。

  ちなみに、Bは、二輪免許は、中型しかもっておらず、借りようとしていた、600ccのバイクには、乗る資格がなかった。 カバーがかかった状態しか見た事がなかったのだろう。 いい加減な人間とは、とことん、いい加減なものである。