2023/01/15

音声学講義 ②

  日記ブログの方に書いた、言語学の音声学に関する文章を転載します。 例によって、日記には、他の事も書いていますが、それらは除き、言語関係の部分だけを出します。




【2022/11/20 日】 「増上寺家の客間にて / ツデイ」

  さて、一昨日お教えした、真の「ザ・ズィ・ズ・ゼ・ゾ」、真の「ジャ・ジ・ジュ・ジェ・ジョ」の発音はできるようになったでしょうか? なに、48時間、不眠不休で練習しているのに、まだ、できない? どうしても、「ヅァ・ヅィ・ヅ・ヅェ・ヅォ」、「ヂャ・ヂ・ヂュ・ヂェ・ヂョ」になってしまう?

  うーむ、根っから、下品な口なんでしょうねえ。 なに? 顔は、イケメン、美女? そんなの関係ないですよ。 「品性下劣なヅァヅィヂュヂェヂョ野郎」が、イケメンだ、美女だなんて言ったって、ごまかせるもんですか。 どんなに美女のお嬢様だろうが、「ヂンヂャ」にお参りしている下司女なんて、相手にできませんな。

  突然ですが、語学口座に定番の寸劇を、一席。

「奥様。 お嬢様のご交際相手についての、調査結果のご報告に参りました」
「ご苦労様。 早速、聞かせていただきましょうか」
「出自、学歴、職場での評判、将来性、友人・ご近所の評判、過去の女性遍歴がない事、いずれも、申し分ありません。 当興信所といたしましても、こんなに良く出来た青年を調査したのは、初めてでございます」
「まあ、そんなに優れた方でしたの。 さすが、私の娘。 見る目があるとでも申しましょうか。 おほほほほ!」
「ただ・・・」
「ただ? ただ、なんですの?」
「いや、これは、大した問題ではないとも言えるのですが・・・」
「いいえ、どんな事でも、報せていただかなくては、困りますわ」
「実は・・・」
「・・・実は?」
「この青年は、『ザ・ズィ・ズ・ゼ・ゾ』を、『ヅァ・ヅィ・ヅ・ヅェ・ヅォ』と発音し、『ジャ・ジ・ジュ・ジェ・ジョ』を、『ヂャ・ヂ・ヂュ・ヂェ・ヂョ』と発音します」
「ええっ! なんですってぇ!」
「たとえば、御依頼主様の苗字、『増上寺』を、『ゾウジョウジ』ではなく、『ヅォウヂョウヂ』と発音します」
「んっまっ! どーしましょ!」
「ご主人様のお名前は、『重蔵』様でしたね。 この青年は、ご主人様の事を、『ヅォウヂョウヂ・ヂュウヅォウ』とお呼びする事になるでしょう」
「んっまっ! んっまっ! きったな! そんな理不尽な事ってあるかしら!」
「奥様のお名前は、『朱里』様ですから・・・、」
「言わないでっ! 言ったら、私、舌を噛みます! というか、あなたの舌を切ります!」
「失礼いたしました」
「あの子ったら、よりによって、どうして、そんな下品な男と交際したのかしら!」
「お嬢様のお名前は、『安曇』様でしたね。 『アズミ』は、『アヅミ』とも書きますから、気になさらなかったのでしょう」
「とにかく、破談です! そんな、糞屑下司野郎に、でぇぢな娘をやれるかってんでぃ、すっとこどっこい! 破談破談!」


  まあ、気の毒に・・・。 この下なく、悪質な冗談は、このくらいにして。


  タ行音に、三種類の子音が雑居していている事については、多くの人が認識していると思います。

t 音 「タ・ティ・トゥ・テ・ト」
ch音 「チャ・チ・チュ・チェ・チョ」
ts音 「ツァ・ツィ・ツ・ツェ・ツォ」

  t音の、「ティ」と「トゥ」は、今でも、高齢者で、発音し難いという人は多いです。 うちの母は、ホンダ・初代トゥデイに、18年間乗っていましたが、当時も、今でも、「ツデイ」と発音します。 私は、1986年当時、ホンダのディーラーで、陳列車に、デカデカと、「ツデイ」と書いた値札が貼ってあったのを目撃した事があります。 お客の年齢層に合わせたというより、店の人自身が、「トゥデイ」と発音できなかったのだと見ています。

  英語由来の外来語で、「ティ」、「トゥ」が、「チ」、「ツ」のままになっているものは、無数にあるのでは? 「チーム」や「ツール」などは、原音に近い「ティーム」や、「トゥール」にすると、却って、嫌味に聴こえるくらいで、もはや、直せないところまで来てしまっています。 年齢に関係なく、若い人でも、「ティーム」や、「トゥール」とは言いません。 いやらしいから。

  韓国朝鮮語には、ツァ行音がないのですが、たまたま、外来語の主な供給元である英語にも、ts音を使う単語が少ないので、不便はない様子。 「チーム」、「ツール」は、最初から、「ティーム」、「トゥール」を使っているので、日本語よりも、原音に近いです。

  日本語の「靴」の読み方、「クツ」は、上代に入って来た、朝鮮半島由来の外来語ですが、現代の韓国朝鮮語でも、「クトゥ」です。 逆に言うと、渡来人の昔から、日本語では、「トゥ」を「ツ」と言い換えて来たわけですな。 どんだけ、「トゥ」が苦手なのよ?

  ちなみに、「鞄」を「カバン」というのも、上代に入って来た朝鮮半島由来の外来語です。 日本語では、「バッグ」と、「カバン」が、種類によって、幾分混乱気味に使い分けられていますが、韓ドラでは、女物男物に関係なく、「カバン」しか耳にしません。

  韓国朝鮮語では、英語以外の外国語からの外来語で、元がツァ行音の場合、チャ行音で代用するようです。 チャ行音、つまり、ch音については、専用の文字があります。 「世宗大王は、なぜ、ツァ行音を表す文字も作らなかったのだろう?」と思う日本人も多いと思いますが、ほとんど使わないから、必要性を感じなかったんでしょうな。

  代用にするくらいだから、ツァ行音と、チャ行音は、近いのかというと、実際、近いです。 日本人には、全然、違う音に聴こえますが、それは、単語の弁別に使っている関係で、はっきり聴き分けられるように、耳の方が慣れているからです。

  チャ行音は、英語では、「ch」と書きますが、この字面は、便宜的なもので、正体は、二重子音、「t+sh」です。 ツァ行音が、二重子音、「t+s」ですから、t音の後ろに足す子音を、s音、つまり、サ行音から、sh音、つまり、シャ行音に変えれば、チャ行音になるわけです。 距離に譬えるなら、ツァ行音とチャ行音の近さは、サ行音とシャ行音の近さと、全く同じ距離という事になります。

  自分の口でできる、面白い実験があります。 舌を、t音の位置で、天井(口蓋)につけ、そこから、「サ」と言ってみると、その気がないのに、「ツァ」になってしまいます。 同じく、舌を、t音の位置で、天井につけ、そこから、「シャ」と言ってみると、否が応でも、「チャ」になってしまいます。

  またまた、自分の口の中に、今まで全く知らなかった秘密が隠されていた事を知って、気が動顛している諸兄諸姉よ。 そんな事、私の知った事ではありません。 今まで気づかなかった、あなたが悪い。

「なんで、俺を混乱させるんだ! そんな事、知らなければ、幸せだったのに!」

  こらこら、壁をドンドコ叩くのはよしなさい。 「ウオーッ!」と叫んで、夜の街を駆け抜けるのも、迷惑です。 そんなに騒ぐような事かいな。



【2022/11/21 月】 「ng / 鼻母音」

  えーと、次は、ナ行か。 鼻音ですな。 じゃあ、マ行も一緒にやりましょうか。 いっそ、鼻音全般の話にしましょうか。


  唇で出す、p音の位置に、m音があり、舌の前の方で出す、t音の位置に、n音があるのなら、舌の奥で出す、k音の位置にも、鼻音があるのでは? という疑問を抱いた事がある方は・・・、あまり、いそうにありませんな。

  まあ、先に言ってしまうと、ng音が、舌の奥で出す、k音の位置にある、鼻音なんですがね。 「ng」と、2文字で書いているのは、便宜的なもので、実際には、一つの子音です。 何かが合体したわけではありません。 英語には、一文字で表わす文字がないのですが、韓国朝鮮語には、あります。 「○」の上に、蔕がついたような文字。 ただし、この文字、母音の単独使用を表わすという、他の用途と兼ねているので、正体が見極め難いところがあります。

  舌を、kの位置で天井(口蓋)につけ、「ナ・ニ・ヌ・ネ・ノ」と発音してみれば、割と簡単に、「nga・ngi・ngu・nge・ngo」が出ます。 出ましたか? なんだか、口の中で、ナマズがのたくっているような、気持ちの悪い音でしょう? 慣れれば、もっと、綺麗に出せるようになります。

  「ng音」と書くと、英語っぽいですが、日本語でも、この子音があり、かつて、東京方言では、「ガ・ギ・グ・ゲ・ゴ」と、「nga・ngi・ngu・nge・ngo」を使い分けていました。 今でも、高齢者の中には、使い分けてる人がいると思います。 そういう人達は、この区別ができない地方出身者を、軽蔑していたようです。 「nga」と言うところを、「ガ」と言うのを、「汚い」と感じるらしいのです。 いや、気にする必要はないです。 そういう人達は、もう、滅びて行くのみですから。

  東京方言では、ng音の事を、「鼻濁音」と呼んでいたようですが、言語音声学用語では、「軟口蓋鼻音」と言います。 「ガ」に似ているという認識から、「鼻濁音」と言っていたのでしょうが、清音・濁音とは、関係ありません。


  英語の現在分詞、「~ing」ですが、たとえば、「swimming」だと、日本人は、「スイミング」と、最後に、「グ」を発音してしまいますが、ng音の正体は、鼻音ですから、「スイミン」で止めるのが、正しいです。 その時、舌は、kの位置で止めます。 p、t、k、どの位置で、舌・唇を止めるかで、直前の母音の音色が変わり、m、n、ngのどれであるかが、判別されるわけですが、日本語母語話者の耳では、とても、無理ですな。 そんな区別をしないで、全部、「ン」で絡げてしまっているわけですから。

  子音で止まっているので、次に続く単語の語頭が、母音ならば、くっついて、ng音が発声されます。 たとえば、「swimming eyes(涙目)」なら、「スイミngaイズ」となります。 次に続く単語の語頭が、子音の場合、k音ならば、そのまま移行すれば良し。 「swimming club」は、「スイミンクラブ」になりますが、何だか、眠る為のクラブみたいですな。 眠りながら泳いでも、それは夢に過ぎませんが、くれぐれも、泳ぎながら眠らないように。

  次に続く単語の語頭が、他の位置の子音である場合、kの位置を離れて、tや、pの位置で、発音し直す事になりますが、日本語の「ン」では、先回りして、次の子音の位置の鼻音を持って来るのに対し、英語では、ngは、ngで止めて、他の子音を続けます。 日本語の、「ン」は、世界的に見ても、かなり、変わった役を受け持っている鼻音です。


  p、t、kの位置に、それぞれ、鼻音があるわけですが、実は、母音の位置でも、鼻音は出せます。 「恩愛(オンアイ)」は、「on・ai」ですが、くっついて、「オナイ」になってしまわない理由は、「ア」の直前の「ン」を、「ア」の位置で、鼻音にしているからです。 「ア」に限らず、 どの母音でも、「ン」は出せます。

  かつて、マツダのディーラー系列に、「アンフィニ」というのがありましたが、フランス語の単語で、「無限」という意味。 この、語頭の「アン」が、「ア」の位置で出す、「ン」なのです。 日本人にも発音できるんですが、誰も、やっていませんでしたな。 無理もないか。 フランス人自身が、フランス語に、「ン」から始まる単語があるとは思っていないんじゃないでしょうか。 そもそも、「ン」という概念がないし。

  こういう事を書くと、一般の日本人は、全くピンと来ないけれど、フランス語を習った事がある日本人は、「ギョッ!」とするかも知れませんねえ。 「そんな事、教えてもらわなかったぞ!」と。 だから、あなたは、鼻母音の発音ができなかったのですよ。 あなたの先生も、まさか、日本語で、鼻母音を、しょっちゅう使っているとは、思いもしなかったのでしょう。

「今更、そんな事知ったって、フランス語に賭けた俺の青春は、戻って来ないんだーっ! ウオーッ!」 シャンゼリゼ通りを、走り去る。 (BGM コーラス 「♪お~、シャンヅェリヅェ~・・・」)

  今回は、フランス語を習った事がある日本人だけ、動顛させてしまいましたな。 おーい、戻って来ーい!



【2022/11/22 火】 「二重母音」

  ヤ行音と、ワ行音は、二重母音です。 ただし、どちらも、歯抜け状態。 

ヤ行音 「ヤ・イ・ユ・イェ・ヨ」
ワ行音 「ワ・ウィ・ウ・ウェ・ウォ」

  この内、「イ」は、「yi」、「ウ」は、「wu」で、同じ母音が重なっているだけので、考えなくても良いです。 古くは、「ヱ」や、「ヰ」といったカナ文字もありましたが、今では、正確に読める人がいなくなり、混乱するだけなので、使いません。 「ヲ」は、平仮名の方で、「を」を格助詞に使うから、馴染みがあるだけで、実際の発音は、「オ」ですから、音声の上では、「オ」と区別する意味がないです。


  ヤ行音の、「ヤ・ユ・ヨ」は、完全な二重母音で、前に子音を連結させても、二重母音として、認識されます。 ただし、普段使わない組み合わせは、聞こえ難いです。 「テャ・テュ・テョ」とか、「スャ・スュ・スョ」とか。 私が住んでいる静岡県東部では、「うるさい」の事を、「うるすゃー」と言うので、「スャ・スュ・スョ」は、聴き分けられるのですが、よその土地の人は、何を発音しているのか、全く聴き取れないと思います。

  「イェ」は、駄目で、喋る方が発音できたとしても、聴いている方は、「エ」としか、聴き取れません。 この二重母音は、日本語にないんですよ。 「イェール大学」というのがありますが、日本人は、発音できず、代わりに、「イエール大学」と、母音の連用で発音しています。 聴く方も駄目で、正しく、「イェール大学」と言われた場合、「エール大学」と聴こえてしまいます。 そんな名前の大学も、ありそうですな。


  ワ行音は、「ワ」だけが、二重母音として使われていますが、不完全で、子音と連結すると、発音も、聴き分けもできなくなってしまいます。 「図書館」の「館」を、旧仮名使いで、「クヮン」と書きましたが、それは、文字面上の区別に過ぎず、実際には、遣隋使・遣唐使の大昔から、一般の日本人は、「クヮン」を発音できなかったと思います。

  留学生や、留学僧は、中国の現地に行っていますから、「カン」と「クヮン」を区別するのは、当然だったわけですが、日本国内に住んでいる日本人は、留学者から、いくら発音して聴かせられても、両者の違いを聴き分けられなかったと思います。 日本語の固有語では、「クヮン」は、ないのですから、無理もない。

  「ウィ・ウェ・ウォ」に至っては、単独でも、二重子音として、認識できません。 日本人が発音している、「ウィ・ウェ・ウォ」は、実際には、「ウイ・ウエ・ウオ」で、二重母音ではなく、母音の連用に過ぎないのです。

  たとえば、「ウィスキー」ですが、日本語での実際の発音は、「ウイスキー」です。 「ウィ」は出せませんし、聴き取れません。 「winwin」という言葉では、自分でも、「ウ・イン・ウ・イン」と、「ウ」と「イ」をしっかり分けて発音していると思います。 無理に、「ウィンウィン」にしようとすると、「イン・イン」と聴こえてしまうのを避けようとする心理が働いているからです。

  「スウェーデン」という国名を見て、「『ウ』が余分なのでは?」と感じた事がある人は、耳が確かです。 日本人が、実際に発音しているのは、「スエーデン」です。 「ウェ」という音は、出せないし、聴き分けられないのです。 そもそも、「スウェーデン」などという書き方が、混乱の元です。 最初から、「スエーデン」と書けばいいのに。 「w」は、「ス」の中に入っているのだから、わざわざ、「ウ」を入れる必要はないではありませんか。

  「ロープ・ウェイ」も、実際に発音しているのは、「ロープーエイ」ですな。 私が函館に旅行に行った時、函館山夜景ツアーのバス・ガイドさんは、「ローペイ」と言っていましたが、恐らく、「ウェ」に抵抗感があって、気持ちが悪いので、開き直って、ざっくり略してしまったのでしょう。 全て、「ウェ」の認識が、日本語母語話者にはできないのが、原因です。

  「ウォ」も駄目で、「ウォーム(暖かい)」と言う時に、「ウオーム」になってしまうのは、自分でも意識している人が多いと思います。 練習して、慣れれば、「ウォーム」と発音する事はできますが、聴いている方は、「オーム」にしか、聴こえません。 何とも、悔しい話ですなあ。 聴き分けられないから、発音もできないのです。 そういう音は、その言語の音韻セットから、排除されてしまうんですな。

  時計の「watch」ですが、日本人は、「ウォッチ」と書くものの、実際には、「ウオッチ」と発音しています。 船に興味がある人は、同じ「watch」で、「当直」の事を、「ワッチ」と言う船舶用語を聞いた事があると思いますが、長さ的には、「ワッチ」の方が、近いです。 どうしても、「オ」が挟まってしまう。 挟まないと、通じないと思えてしまうところが、日本人が、「ウォ」を二重母音として使えていない証拠です。

  試しに、「ウオッチ」の発音にかかる時間を短くして行って、「ワッチ」と同じ長さにしてみれば、いつのまにか、「オッチ」になってしまっている事に気づくでしょう。 情けないくらいに、「ウォ」が言えないんですよ。 特に音声学に興味がない人でも、自分が、「ウィ・ウェ・ウォ」を発音できない事は分かっていて、「イ・エ・オ」と間違えられないように、「ウイ・ウエ・ウオ」と、はっきり、母音連用で対処しているところが、涙ぐましいまでに、情けない。 

  そもそも、二重母音とは何なのかと言うと、単に母音が連なっているのではなく、一つの母音から、もう一つの母音へ変化する音の事です。 長さとは関係ないので、どんなに短くても、認識できるものは、認識できます。 「ヤ・ユ・ヨ」や、子音と組み合わせない、単独の「ワ」は、日本語でも認識できるから、どんなに短く言っても、「ヤ・ユ・ヨ」が、「ア・ウ・オ」に聴こえる事はないですし、「ワ」が、「ア」に聴こえる事もありません。

  もし、世界のどこかに、「ヤ・ユ・ヨ」や、「ワ」を認識できない言語があったとして、彼らが、「ヤ・ユ・ヨ」を、「イア・イウ・イオ」で代用し、「ワ」を、「ウア」で代用してるのを、日本人が見たら、「ぶきっちょな人達だなあ」と思うでしょうが、それと同じ理屈で、日本人も、「イェ」や、「ウィ・ウェ・ウォ」を二重母音として認識している言語の母語話者から見たら、「ぶきっちょな人達だなあ」と思われているのでしょう。


  音声学とは関係ないですが、「ワッチ」で思い出した事があります。 うちの母は、沼津市の獅子浜という漁村の生まれですが、自分の事を指す時に、「わたし」ではなく、「わっち」と言います。 ほんの、数キロしか離れていないのに、私が生まれ育った内陸部では、「わたし」であって、決して、「わっち」とは言いません。

  「わっち」は、遊女用語で、江戸で、花魁などが、「わちき」と言っていたのが、変化したもの。 ≪幕末太陽伝≫という映画で、川崎の遊女達が、「わっち」と言っていましたが、それが、漁師達の間で、村から村へ、海岸線に沿って伝わり、駿河湾の奥まで、到達したものではないかと思います。 出先で遊女と接した漁師達が、家に戻って、自分の女房にも、「わっち」と言わせたのが、子々孫々に伝わったんでしょう。



【2022/11/23 水】 「ラ行音・R音・L音」

  最後に、ラ行音が残ってしまったか。 ラ行音について書こうとすると、どうしても、R音、L音についても書かなければならないので、面倒なんですよ。 というわけで、簡単にやっつけます。

  ラ行音を、日本式のローマ字表記では、「R」で書きますが、それは、便宜的な流用でして、ラ行音は、R音とは、全く違います。 L音とも全く違います。 この時点で、すでに、大混乱している方もいると思いますが、本当に違うんだから、仕方がないです。

  ラ行音とR音については、昔から誤解が罷り通っていたのですが、パソコンのキー・ボードのローマ字打ちが主流になってから、ますます、誤解の度が深まり、もはや、修正不能の領域に達している観あり。

  昔の誤解度が、今ほどではなかったのは、「R音は、巻き舌音だ」という知識を聞いた事がある人が多くて、漠然とですが、「ラ行音とは違う」という認識があったからです。 ところが、今の若い人達は、恐らく、「巻き舌」という言葉自体を、聞いた事がないのではないかと思います。 もちろん、その概念も知らない。

  日本で、英語の音声に関する理解が最も高まったのは、アメリカに占領されていた戦後間もない頃ですが、そこをピークに、少しずつ、英語との距離が開き、理解が浅くなって来て、「Rは、巻き舌」なんていう知識も、ほとんど、消えてしまったんですな。

  日本の全歴史を通じて、最も英語の発音がうまかったのは、米兵相手に売春をしていた「パンパン」や、「オンリー」の人達ですが、彼女らの発音は、耳で覚えたものなので、本物に極めて近かった事が想像されます。 次が、スチュワーデス(CA)やパーサーの人達でしょうか。 同じ、旅客機乗務員でも、機長や副操縦士になると、客と接する機会がないせいで、とんでもなく、下手糞になります。

  音声学知識に留まらず、ここ20年ほどは、新たに入って来る英語系外来語も激減し、割と最近のものというと、「リスペクト」、「リベンジ」、「リテラシー」くらいしか思い浮かびません。 「英語系の外来語は、増える一方」と思っていた人達は、認識を改めた方がいいです。 むしろ、今や、減る一方です。

  1980年代には、日本の商業楽曲のサビ部分に、英語歌詞を入れるのが大流行しましたが、今から思い返すと、滑稽千万。 一外国語に過ぎない英語を、特別カッコいいと思っていたんでしょうねえ。 ちなみに、日本人の英語知識で作った歌詞ですから、文法的にも、発音的にも滅茶苦茶で、その頃の曲を聴くと、赤面せずにはいられません。 いくら用法が理解できないからって、「the」や「a」といった冠詞を、全部抜いてしまったら、そりゃもう、英語とは言えますまいに。

  話を戻しますが、「Rは、巻き舌」という知識が失われた結果、今の若い人達は、キー・ボードのローマ字打ちを、そのまま受け入れて、「ラ行音は、R」と思い込んでしまっているわけだ。 前代未聞、本邦初公開級の、途轍もない勘違いなのですが、なんといっても、日本では、バブル崩壊後、内向き志向が強くなり、「外国語なんて、興味ない」という人間が激増したので、今後とも、修正される望みは、ほとんど、ありません。


  能書きはこのくらいにして、実際の発音の説明に入りましょうか。 ラ行音は、説明しなくても、発音できるから、いいとして、

  まず、R音ですが、舌を、スプーン状にして作ります。 スプーン状にしただけでは、不安定なので、両横の部分を、天井につけます。 前側だけ、天井から離れた状態にして、「ラ」と言えば、それが、「ra」です。 同じ要領で、「ラ・リ・ル・レ・ロ」と言えば、「ra・ri・ru・re・ro」になります。

  自然に、舌の前端が、巻いたような感じになるので、「巻き舌音」と言いますが、実際には、巻くというほど、巻かないから、中国語での用語、「反り舌音」の方が、実態に近いと思います。 コツは、舌の両横を天井につける事でして、それをやらずに、舌の前端だけ反らせようとすると、口ばかり開いてしまって、だらしのない音になります。

  次に、L音ですが、R音とは逆に、舌の尖端だけ、天井につけます。 その状態で、「ラ・リ・ル・レ・ロ」と言えば、「la・li・lu・le・lo」になります。 最初のL音が出た後、舌が天井から離れます。 L音は、舌の左右を、空気が流れて出る音なので、「側面音」と言います。


「なんだよ! そんな簡単なことかよ! 大したこっちゃねーじゃん! えっらそうに、もったいぶりやがって!」

  まあ、そう言われてしまえば、その通りなんですがね。 その大した事じゃない事を、ほとんどの日本人が知らないんですよ。 学校の英語の授業で、習った記憶がある人はいないと思います。 だって、英語教師も知らないんだもの。 このブログの読者に、中高生はいないと思いますが、念の為に断っておきますと、ここで、R音・L音の出し方が分かったからといって、英語教師に向かって、得々と解説したりするなよ。 面子を潰されたってんで、思いっきり、睨まれるぞ。

  ラ行音と、決定的に違う点は、R音や、L音は、長く伸ばせるという事です。 ラ行音は、破裂音に近いので、子音が出るのは、最初の一瞬だけです。 「ルーーー」と、伸ばすと、最初の「ル」以降は、「ウーーー」という母音だけになってしまうでしょう?

  ところが、R音は、「ruーーー」と伸ばすと、ずーっと、「r」が出続けます。 L音の「luーーー」も、同様。 ちなみに、f・s・sh・hなどの摩擦音や、m・n・ngなどの鼻音も、長く伸ばせます。 p・t・kなど、破裂音は母音だけ残ってしまいます。 チャ行音、ツァ行音は、破裂音と摩擦音がくっついた破擦音なので、最初だけ、「チ」や「ツ」が出て、後は、摩擦音だけ残ります。 「ツ」で試すと分かり易いです。 「ツ」を残す感じで、「ツーーー」と伸ばすと、いつのまにか、空気が漏れるような、「スーーー」になっています。

  おっ! また、混乱しているな! 自分の口の中の事なのに、今の今まで気づかなかった事を指摘されて、猛烈な不安に襲われている貴姉貴兄よ。 今回は、ラ行音とR音、L音の話だから、「ツーーー」が、「スーーー」になってしまう件は、忘れて下さい。 そうそう、毎回、「ウオーーーッ!」と走り去られたんじゃ、講義が進まないよ。

  ラ行音も伸ばせないから、破裂音に近いという事になります。 英語でも、「water(水)」を「ワーラー」と発音するなど、ラ行音を使いますが、その場合、英語母語話者は、「ta」だと思って、無意識に、「ラ」と発音しているのであって、ラ行音を独立した子音として認識しているわけではありません。 英語では、t音が、場合によって、t音になったり、ラ行音になったりするのです。 英語母語話者が、日本語のラ行音を聴くと、「tっぽい音の訛り」と聴こえ、Rにも、Lにも聴こえないと思います。


  ラ行音と、R音、L音は、どうしても、説明が硬くなりますねえ。 こんな事を読んでも、この内向き日本の時代、今後の人生に活かせる人は、ほとんど、いないでしょう。 つまらん世の中になったものです。


  追記。 「巻き舌」というと、「巻き舌で喋る」のように、「ベラベラ捲し立てる喋り方」の意味もありますが、R音の方は、それとは、異なる意味なので、混同しないように。 もっとも、アメリカ英語では、母音のほとんどが、Rの影響を受けているような発音をするから、正に、「巻き舌で喋る」を実行しているかのように聴こえますな。

  アメリカ英語に比べると、イギリス英語は、遥かに聴き取り易いです。 昔のイギリス映画を見ていると、役者が喋っているセリフから、知っている単語を、いくらでも拾う事ができますが、これが、アメリカ映画だと、名前くらいしか分かりません。 英語が分からない以前の問題で、何と発音しているのかも聴き取れないのだから、絶望的。




  今回は、ここまで。 次は、来月になります。

  前回、一度、説明を諦めた、「ラ行音・R音・L音」を、今回、説明していますが、正直なところ、この説明で、R音・L音を理解できた人が、多いとは思っていません。 どんなに難しく説明しても、どんなに簡単に説明しても、分からない人には、分からないのです。 音声とは、本来、耳で覚えて、口で同じ音を、自然に複製するものであって、理屈で理解するものではないからでしょう。

「子供には、世界的に活躍できる、スケールの大きな人間になって欲しいから」

  などと言って、幼稚園児くらいから、英会話教室に通わせる親がいますが、音声に限って言うなら、その年齢では、すでに遅いです。 なぜなら、3歳までに、聴き分けられる音素が決まってしまうからです。

  そんなに、英語を仕込みたいなら、3歳まで、英語母語話者の家で生活させたら、どうですかね? 育ててもらうというのでは、引き受け手がなさそうだから、昼間だけでも預かってもらうとか。 3歳以下では、手がかかり過ぎて、やはり、引き受け手がないかな?

  まあ、そんな事まで、私が心配してやる事はないか。 もう、アメリカもイギリスも、文化発信力が衰えて、これからは、英語の時代でもなさそうだし。 英語の時代ではないと言うより、AIの発展で、もはや、人間の時代ではないと言うべきか。 もちろん、言語も、人間と共に、時代に置いて行かれる事になります。