2023/01/22

実話風小説 ⑫ 【お節介な男】

  「実話風小説」の12作目です。 普通の小説との違いは、情景描写や心理描写を最小限にして、文字通り、新聞や雑誌の記事のような、実話風の文体で書いてあるという事です。




【お節介な男】

  ○○集落の、A氏と言えば、近隣では、「お節介」と、「女好き」で、有名である。 この話が始まった時点で、54歳。 早く結婚したので、息子がすでに成人している。 息子の縁談があり、興信所の所員が集落へ調査に来たのだが、どの家で訊いても、息子については、「いい息子さん」、父親のA氏については、「お節介で、女好き」と聞かされた。 普通、そういう調査が来た時に、近所の人は、マイナス評価など口にしないものだが、事が縁談であればこそ、「言っておかなければ、まずい」と判断されたのだろう。



  A氏の、「お節介」の事例。

  燃やすゴミの回収日の朝、二つ隣の家の主婦Bさんが、ゴミの袋を、門の所へ出しておいた。 他の用事を済ませてから、集積所へ持って行くつもりだったのである。 ところが、出て来て見ると、ゴミ袋がなくなっている。 ちょうどそこへ、ゴミ集積所の方から戻って来たA氏が通りかかった。

「おお。 ゴミは出しといたよ」
「まあ。 そんな事してもらわなくてもいいのに」
「遠慮すんなよ。 どうせ、うちの分も出しに行くんだから、ついでだよ」

  その時は、それで済んだが、次の回収日になると、エスカレートした。 同じように、門の所へ、ゴミ袋を出したが、まだ、ゆとりがあり、口を縛らずに、置いておいた。 裏庭の掃除をして、塵取りに集めた落ち葉を入れようとしたら、ゴミ袋がなくなっている。 そこへ、A氏が通りかかった。

「おお。 ゴミは出しといたよ。 口くらい、縛っといてくれよ。 わははは!」
「まだ、入れようと思ってたから・・・」
「なにい? なんだよ、それならそうと言えよ。 取って来るわ」
「いいです、いいです!」
「いいや、取って来る。 俺の責任だからよー!」

  次の回収日には、ゴミ袋を門の所へ出さずに、玄関の中に置いておき、庭の掃除をしていた。 玄関の方で、引き戸を開ける音がしたので、急いで行ってみたら、A氏が、玄関を開けて、中に入っていた。 靴を脱いで、家に上がろうとしているので、慌てて、呼び止めた。

「Aさん! Aさん! 何ですか? 何か御用ですか?」
「おお。 ゴミを出して来てやろうと思ってよ。 家の中のゴミは、もう、集めたのか?」
「いいです! いいです! そんな事までしてもらわなくても!」
「遠慮すんなよ。 ご近所なんだからよ」

  そこへ、出勤前の夫が出て来た。 A氏が、ゴミ袋を持って行ってしまう件について、妻から話を聞かされていたので、すぐに、何が起こっているか、ピンと来た。
  
「やめて下さい! 人の家に入ってまで、する事じゃないでしょ!」
「親切でやってるんだよ」
「そんなのは、親切とは言いませんよ!」
「なんだよ。 ゴミを出してやってるのに、怒られる筋合いなんかないぜ」
「いいから、とにかく、出てってくれ! もう、うちのゴミ袋に関わらないでくれ!」

  ちなみに、この家の主婦Bさんは、ちょっと見た目がいい人物だった。 A氏としては、「頼りになる男」という印象を与えたかったのかも知れぬ。 割と簡単に退散したのは、夫が出て来て、そんな下心を見透かされるのを恐れたからではないだろうか。

  こういう話は、すぐに、近所に広まる。 大抵、尾鰭がつくものだが、A氏の場合、元が十二分に異常なので、尾鰭をつける余地がないほどだった。



  別の例。

  近所の家で、そこの若い主C氏が、植木手入れをしていた。 高い木に、大きな三脚を架け、一番上の頭の部分を刈り込んでいた。 そこへ、通りかかったA氏。 しばらく、腕を組んで、作業の様子を見ていたが、突然、大きな声で言った。

「右が長い!」
「ええ? 何ですか?」
「右の方が、飛び出してる!」
「ここですか?」

  C氏は、A氏が近所の人で、しかも、一回りくらい年長者なので、意見を聞いてやらないと、相手の立場を損なってしまうかと思って、一応、A氏の指示通りにしてやっただけだったのだが、それが、まずかった。 調子に乗ったA氏の、猛烈な仕切りが始まった。 右だ、左だ、下だと、切る所を指図した挙句、

「駄目だ、そんなんじゃ! ちょっと、下りろ。 俺がやってやるから!」

  と、上着を脱ぎ始めた。

「いいです! いいです! 私がやりますから」
「お前じゃできないから、俺がやってやろうって言ってるんじゃないか! 早く下りろ!」
「もう、帰ってください!」
「なんだ、その言い草は!」

  実は、このC氏、一時期、植木屋で修行をしていた事があり、植木の手入れがうまい事では、集落一と言われていた。 A氏の家にも、植木があり、A氏が手入れをしていたが、そちらは、我流以前の、低次元な腕前で、比較対象にすらされなかった。 おそらく、それが気に食わなくて、わざわざ、駄目出しをしに来たのだろう。

  C氏が、A氏を無視して、作業を続けていると、A氏が、庭に入って来て、庭石の上に置いてあった鋸を手に取った。

「この枝は、ない方がいいな」

  C氏は、ギョッとして、慌てて、脚立の上から下りて来た。 A氏が、下の方の大枝を切ろうとしているのを、羽交い絞めにして、止めた。

「あんた、ほんとに、警察を呼ぶぞ!」
「おお! 呼べるもんなら、呼んでみろ! 俺は、親切でやってやってるのに、それが一体、何の罪になるんだ!」

  すでに、大枝の根元には、鋸で切りかけた痕があり、「器物損壊罪」が成立するのは確実だが、そもそも、A氏には、法律知識などない。 議論するだけ、無駄である。

  揉み合っているところへ、その家の隣に住む、60歳くらいの男性が出て来た。 C氏と、A氏の会話が聞こえていて、事の経緯は承知しているようだ。 A氏に向かって、ぴしゃりと言った。

「おい! A! やめろ! 何をやってるんだ!」
「ああ、いや、その・・・」
「お前には、このうちの植木は、関係ないだろう! 余計な事をせずに、帰れ!」
「・・・・・」

  A氏は、聞こえないほどのボリュームで舌打ちをすると、上着を手に取って、帰って行った。 この60歳くらいの男性は、A氏より、3歳年上で、子供の頃から、A氏の事を知っている、「怖い兄ちゃん」だった。 三つ子の魂百まで。 どんなに面の皮が厚い人間でも、こういう相手には、逆らえないものである。



  また、別の例。

  A氏は、日曜日に車を出し、妻と二人で、近隣の町のスーパーへ買い出しに行くのが、習慣になっている。 買い物をするのは妻で、A氏は、籠も持たず、カートも押さず、ついて歩いているだけである。 用がないなら、車で待っていればいいのだが、なぜか、店の中までついてくる。 自分が欲しい物があると、持って来て、妻が押しているカートの籠に入れる。 やる事が、子供である。

  ある時、スーパーのレジに並ぼうとすると、その前に、近所に住んでいる高齢女性Dさんが、カート2台分の買い物をして、並んでいるのに気づいた。 A氏は、最初、驚いた顔をしたが、すぐに、ニカニカと、笑顔になった。

「バアちゃん、バアちゃん。 こんなに買えないだろ?」

  そして、レジの店員に向かって、

「こりゃ、間違いだから。 このバアさん、自転車にも乗れないから、せいぜい、レジ袋2つ分しか持てないんだわ」

  レジ係に向かって、内緒話をするように、掌を口の横に立てて、声を落として、言った。

「ちょっと、ボケちゃってんだよ。 もう、歳だからな」

  Dさんは、何か言おうとしたが、その前に、A氏が、カート1台を押して、売り場の方へ、戻って行ってしまった。

「これは、俺が、返して来てやるからよー」
「そうじゃなくて、あのねえ、Aさん・・・」

  行ってしまった。 A氏が、カートを空にして戻って来ると、Dさんの横に、自分と同年配の男が立っていた。 トイレに行っていて、つい今し方戻って来た、Dさんの息子である。 彼は、A氏がどんな人間か知っていた。 母親から事情を聞いて、A氏を睨みつけ、声を荒らげた。

「なにい? わざわざ、戻して来たあ? なんで、そんな、余計な事をするんだ!」
「だって、バアさん一人だと思ったからよー」
「一人で、カート2台分、買い集められるわけがないだろう! なんで、先に事情を訊かないんだ!」
「俺は、親切で・・・」
「何が、親切だ! 却って、迷惑じゃねえか! まーた、集めて来なきゃならねえ!」
「だけどよー。 おまえら、そんなに、たくさん買って、金払えんの?」
「余計なお世話だ! そんな事を、おまえに心配してもらわなくてもいい!」

  A氏が、妻の買い出しに付き合うのは、日曜だけだが、妻は、平日にもスーパーへ来ており、一度に、2・3日分の買い物しかしなかった。 A氏は、その量を、普通だと思っていたから、カート2台分も買うなんて、異常だと決め込んでしまったのである。 一方、Dさんは、週に一度、息子の車で買い出しに来るだけなので、一週間分の買い物をしていたのだ。 多くなるのは、当然である。

  再び買い集めに行こうとするDさんの息子に、A氏が、「俺も手伝うよ」と言ったが、「人の家の買い物なんか、おまえに分かるわけがないだろ! いいから、うちに関わるな! ろくな事をしやがらねえ!」と、怒鳴りつけられた。



  また、別の例。 この辺から、「迷惑」では済まないくらい、悪質になって来る。

  A氏の家の近所に、空き家があったのだが、そこを買った人がいて、都会から、50代の夫婦者が引っ越して来た。 夫のE氏は、体を悪くして、50歳で仕事をやめ、空気のいい所へ、転居して来たのだった。 妻は、近くの町へ、働きに出るようになったが、E氏の方は、家で、家事を少しやるのが、体力的な限界だった。

  ある時、E氏が働いていないと聞いた、A氏が訪ねて来た。 E氏は、初対面のA氏と、何を話していいか分からず、その集落の景色を誉めたり、どこにどんな店があるかを訊いたりしていたが、A氏は、ろくに返事もしなかった。 そんな事はどうでもよかったのである。 A氏は、目的があって来たのだ。

「まだ若いのに、仕事をしてないのは、まずいなあ」
「ああ、それは、体の方が・・・」
「よし、分かった。 俺が紹介してやるよ」
「いや、それは・・・」
「あんただけの問題じゃないんだよ。 遊んでる奴が近所にいたら、みんな、不安だろ」
「それは、そう思う方がいたら、申し訳ないですが・・・」
「いいから、任せとけよ」

  さっさと帰ってしまった。

  4日後、E氏の家へ、森林管理を請け負っている会社から電話があった。

「Eさんですか。 Aさんの話では、うちの会社で働きたいとの事で。 仕事が、枝打ちなんかもあって、かなり、きついんですが、体力の方は自信がありますか?」
「いやいやいや、そんな、とんでもない! それは、私が頼んだわけではないんですよ」

  E氏は、経緯を説明し、自分は働ける体ではないから、と言って、就職の話を断り、平謝りに謝った。 相手は、笑って言った。

「まただ」
「また?」
「Aさんの紹介は、そんなパターンが多いんですよ。 あの人、定年を過ぎていないのに、仕事をしていない人を見つけると、無理やり、仕事をさせようとするんですよ」
「ああ。 『遊んでる奴が近所にいたら、不安だ』って言ってましたね」
「『不安』って言いましたか? 人生は人それぞれだけから、余計なお世話だと思うんですがね。 それより、あの人、仕事を紹介してやれば、感謝されると思ってるんじゃないですかねえ」
「なるほど」

  確かに、A氏のお節介には、下心から発しているものが多いようだ。 何かをしてやる事で、相手に感謝してもらおうとしているのだ。 言い方を換えれば、「貸し」を作りたがっているのだろう。

  実は、それだけではない。 E氏は知らずじまいだったが、この紹介には裏事情があった。 その会社では、人手不足に悩まされており、働き手の紹介者に、謝礼を、3万円出していたのだ。 A氏の真の目的は、小遣い稼ぎだった。 

  翌日、また、A氏がやって来た。

「おい! あんた、どういうつもりだ! せっかく紹介してやったのに、俺の顔を潰しやがって!」

  E氏は、A氏の相手をする事に、大きな苦痛を感じ、何も言い返せなかった。

「とにかく、入社だけはしろよ。 一ヵ月くらいやってみて、駄目なようなら、やめればいいんだから。 それが、わざわざ紹介してやった俺に対する、礼儀ってもんだろう」

  本心は、3万円が欲しくて欲しくて、仕方がないのである。 幸い、その時には、E氏の妻も家にいた。 事情を聞いていたので、夫に代わって、健康状態が悪いから、働けないという事を説明した。

「それならそうと、先に言え!」
「言ったけど、お宅が、聞かなかったんでしょう!」
「ちっ! 生粋な女だ!」

  E夫妻は、近所に、A氏のような人間がいる事を恐れ、買ったばかりの家を売って、他へ引っ越す事を検討したが、その悶着の噂を聞いた近所の人が訪ねて来て、

「あんなの気にしちゃ駄目。 迷惑してるのは、みんな同じだから。 どうせ、何もできやしないから、怖がる必要はないですよ」

  と、引き止めたので、思い留まった。 実際、A氏は、一住人に過ぎず、近所で顔役というわけでもなかった。 本人が、「自分がいなければ、世の中が回らない」と思っていただけである。



  最後の例。

  F氏は、やはり、A氏の家の近所に家があった。 A氏とは、友達というほど親しくないが、幼い頃からの顔見知りである。 大学進学で、都会に行き、そちらで、就職、結婚した。 50歳を過ぎてから、要介護になった両親の面倒をみる為に、実家に戻って来た。 両親は、一年もしない内に、相次いで世を去ったが、F氏は、今更、都会に戻るのも億劫で、そのまま、実家に住む事にした。

  F氏は、若い頃に妻を病気で亡くし、子供もなく、独身生活が、20年くらい続いていた。 ある時、神社の行事で、A氏と一緒に働く事があり、A氏に訊かれるままに、妻と死に別れてから、20年になるという事を話した。 周囲で聞いていた者達は、「そんな事を、Aに話さなければいいのに」と思っていたが、口には出さなかった。

「よし、分かった。 俺が、後添いを紹介してやるよ」
「いやあ、いいよ。 一人の方が気楽だから」
「おまえだけの問題じゃないんだよ。 独り者が近所にいたら、みんな、不安だろ」

  どこかで聞いたような理屈である。 A氏は、こういう言い方を、殺し文句にしていたようだ。

  一週間もしない内に、A氏は、女性Gを、F氏に引き合わせた。 年齢は、40代半ば。 容姿は優れていたが、なんとなく、気が進まないような顔つきをしていた。 何回か、二人で会っても、その表情は、消えなかった。 女性Gの方が積極的になり、話が進み始めたのは、三ヵ月くらい経ってからだ。 A氏が、女性Gに言った、ある言葉がきっかけだったのだが、F氏は、それを知らなかった。

  婚約期間を経て、結婚したのが、引き合わされてから、半年後の事だった。 その頃には、F氏も、A氏の悪い噂を耳にしていたのだが、「その割には、俺には、いい事をしてくれたんだな」と、自分だけ得をしたような気分に浸っていた。 だが、A氏の本性を知る人達は、F氏の再婚話そのものを、良くは見ていなかった。

  なぜというに、A氏の、もう一つの悪癖、「女好き」が絡んでいたからだ。 A氏は、浮気を日常的にしていた。 「愛人」や、「二号」というより、「妾」のつもりで、妻以外の女と、つきあっていた。 もちろん、性交渉を含む。 しかし、A氏は、ただの勤め人であり、収入が特に多いわけではないから、経済的なゆとりが少なくて、「囲う」というところまでは行かなかった。 あくまで、A氏の意識として、「妾」だったのである。

  A氏の祖父が、そういう男で、そちらは、昔の事とて、堂々と、「妾」を囲っていた。 A氏は、子供の頃、祖父に可愛がられて、いつもそばにいたから、そういう祖父を見て、「妾」がいるのは、大人の男として、当たり前だと思うようになったのだ。 

  A氏は、飽きっぽい性格で、一人の女には、すぐに飽きた。 三回も性交渉すると、もう、飽きる。 しかし、その一方で、「自分は、面倒見がいい男だ」とも自認しており、交渉を持った女を、すぐに捨てるような事はしなかった。 その代わり、他の男を世話してやったのである。 適当な独身男を見つけると、そいつに、自分の元妾をくっつけて、厄介払いしていたのだ。

  F氏も、そのカモにされたというわけだ。 F氏の他にも、同じパターンで、元妾を押し付けられた男が、4・5人いるという噂だった。 A氏には、悪い事をしているという意識は、全くなかった。 「独身男は、女房が出来て、助かる。 女は、亭主が出来て、助かる。 自分も、次の女に乗り換えられるから、助かる。 三方一両得ではないか」と、自分の人捌きの巧みさに、酔っているくらいだった。
  

  F氏は、再婚して、一年後に死んだ。 まだ、60歳になっていなかった。 死因は、一見、心不全のようだったが、心臓関連の既往歴は全くなくて、不自然である。 かかりつけの医師が、近所の人の話から、F氏が再婚後間もなかったという事を知ると、警察に連絡した。 事件性が疑われ、司法解剖が行われた。 その結果、毒を盛られていた事が分かった。

  犯人は、後妻G以外に考えられない。 後妻Gは、最初は否定していたが、取り調べが進む内に、証言がしどろもどろになり、容疑が深まって、捜索令状が出された。 家から、隠してあった劇薬が発見されると、後妻Gは、一転、素直に罪を認めた。 そして・・・、

  そして、A氏が関わっていると、証言した。 F氏との結婚を、A氏から勧められた時、A氏が、「Fが死ねば、Fの財産は、全部、おまえのものになるんだから」と言われたと、言ったのだ。 これは、全くの事実であった。

  A氏が、任意同行をかけられた。 A氏は、最初、全てを否定していたが、刑事に食い下がられて、「Fが死ねば、財産云々」に関しては、口にした事を認めた。

「だけど、それは、殺せって言ったわけじゃないよ。 そんな事、この俺が、言うわけないじゃないか! 俺は、親切な男で通っているんだよ。 みんな、俺に感謝してるんだよ。 俺がどんな人間か、勤め先でも、近所でも、誰にでも訊いてくれよ!」

  殺人事件なので、捜査本部が立っており、捜査員たちは、ローラー戦術で聞き込みをするついでに、A氏の為人を尋ねて回った。 ところが、ろくな答えは、返って来なかった。 みんな、A氏を忌み嫌っていた。 「お節介も、度が過ぎると、罪になる」と言う人が多かった。 「明らかに、おかしいところがある。 精神病なんじゃないか?」と言う人もいた。 「精神病なら、無罪になるだろうから」などという配慮からではなく、口汚く罵るような言い方だった。

  その内、A氏に関して、他の疑いが浮かび上がった。 A氏が、元妾の一人を押し付けた男性Hが、2年前、同じように、再婚後間もなく、死んでいたのだ。 病死と判断され、3千万円の保険金が下りていた。 そして、H氏の未亡人は、その内、300万円を使って、A氏に、車をプレゼントしていた。 A氏は、その件で疑われている事を知ると、大慌てで、車を売却し、自分の金を足して、300万円、H氏の未亡人に返したが、そんな事をすれば、ますます、疑われるものである。

  H氏の場合、すでに、遺体が火葬されてしまっていて、死因の特定ができなかったので、未亡人が罪に問われる事はなかったが、近所で夫殺しの噂が立ち、住んでいられなくなって、他の土地へ引っ越して行った。 独り身だから、動きが軽い。 ただし、3000万円では、老後が安泰とは言い難い。 いずれまた、どこかで、他のカモを見つける事になるかも知れないが、次にやった時には、逮捕・処罰されるだろう。

  A氏だが、後妻業の斡旋は、否定のしようがないとして、彼女らがやった夫殺しには、関与していなかった可能性が高い。 「夫が死ねば、財産云々」という言葉は、恐らく、他の男と結婚させられる事に気が進まない妾達を口説き落とす為の、方便だったのだろう。 しかし、後妻に仕立てられた元妾5人の内、H氏の未亡人を除く4人が、「夫殺害を、暗に仄めかされた」と証言したので、裁判で確実に勝てると判断した検事により、「殺人教唆」で、起訴されてしまった。 それでも、「殺人の共犯」を避けられただけでも、運が良かったと見るべきか。 地裁では、有罪で、懲役8年。 高裁まで争ったが、今度は、懲役10年の判決が出てしまい、控訴を断念。 服役の身となった。

  A氏は、元妾達の心情を甘く見ていたのだ。 痴情というのは、右から左へ処理できる作業とは違う。 捨てられて、他の男を押し付けられたのだから、彼女らから恨まれて当然のところを、感謝されているはずだと思い込んでいたのだから、後生がいいにも程がある。 度が過ぎたお節介を受けた果てに、殺されてしまった男性達は、気の毒だが、A氏のような人間から距離をおかなかったのが、不用心だったのだ、という見方もできる。


  A氏が収監されてから、○○集落は、大変、平和になった。 A氏の妻も、以前は、近所の人と顔を合わせるのを避けていたが、A氏がいなくなってから、疫病神から解放されたような気分になり、普通に、井戸端会話を楽しむようになった。 人づきあいとは、こんなに楽しいものだったのかと、亭主がいなくなって、初めて知った次第。

  A氏が服役を終え、戻ってからが、また問題になるかと危ぶまれたが、そうはならなかった。 刑務所の中でも、お節介を発揮したA氏は、同房のヤクザを激怒させ、喧嘩が繰り返されて、最後には、人相が変わるほどの暴行を受けた。 それ以降、懲りてしまって、お節介をやめたのである。 ○○集落という小さな世界に生きていたA氏は、他人の怖さをよく知らなかった。 刑務所でようやく、それが分かったのだ。

  出所してからは、家に引きこもって暮らした。 ビクビクと、風の音にも戦き、被害妄想がひどくなって、晩年は、精神病院で終えたという。