2023/02/12

音声学講義 ③

  日記ブログの方に書いた、言語学の音声学に関する文章を転載します。 これが、3回目。 例によって、日記には、他の事も書いていますが、それらは除き、言語関係の部分だけを出します。




【2022/11/24 木】 「母音」

  音声学講義。 ついでだから、母音も、軽くやっておきましょうか。

  日本語の母音は、5種類ですが、発音するだけなら、25種類、出せます。 などと言うと、大法螺吹いているとしか思えないでしょうが、理屈は単純です。

アの口の形で、「ア・イ・ウ・エ・オ」
イの口の形で、「ア・イ・ウ・エ・オ」
ウの口の形で、「ア・イ・ウ・エ・オ」
エの口の形で、「ア・イ・ウ・エ・オ」
オの口の形で、「ア・イ・ウ・エ・オ」

  ほら、5×5で、25種類になったでしょう。 どんなに母音の種類が多い外国語でも、25種類も出せれば、どれかが、当て嵌まるでしょう。 下手な鉄砲も数うちゃあたる。 なんだか、テケトーな事を言って騙しているような罪悪感を覚えないでもないですが、母音なんて、そんなもんです。

  韓国朝鮮語に、「イの口の形で、ウ」や、「オの口の形で、エ」と説明される母音がありますし、中国語には、「ウの口の形で、イ」という母音があります。 英語には、「アとエの中間音」というのがあり、「アの口の形で、エ」なのですが、「エ」と言っているつもりなのに、「エ」には聴こえず、「ア」に近い音になります。

  ちょっと、ややこしいのは、日本語の、「ウ」と「オ」が、唇を丸めないタイプだという点です。 さりとて、唇を横に張るタイプとも言えず、唇を緊張させない、曖昧な発音をします。 英語や中国語に、「e」を上下引っ繰り返した発音記号で示される、「曖昧なオ」がありますが、日本語の「オ」は、それに近いです。 「ウ」も、曖昧ですねえ。 唇を丸めて作る「ウ」を標準とするなら、日本語の「ウ」は、「イの口の形で、ウ」に近いでしょうか。

「ウオオオーーッ!!」

  まーた、混乱しておるな。 まあ、これはもう、純然たる、日本語の発音の話ではなくなっているから、無理に頭に入れなくてもいいです。 こんな事を知らなくても、生きて行くのに、一向に差し支えはありません。 私は、約30年間、社会で働いていましたが、その間、同僚らに、こういう話をした事は一度もないです。 誰も、こんな話、聞きたがりませんな。

  最後に、非常に重要な事ですが、25種類の母音を、発音し分ける事はできても、聴き分ける事はできません。 耳から脳に入る時には、「ア・イ・ウ・エ・オ」5種類の、どれかに区分けされてしまいます。 耳の支援を受けられないと、口だけで発音し分けるのも大変で、外国語のちょっとしたフレーズを喋るだけでも、どえりゃあ神経を使う事になります。

  これは、先天性の高い聴覚障碍者が、発音方法を習っても、なかなか、非障碍者のようには喋れないのと、理屈は同じです。 「聴き取り難いけれど、一応、意思は通じる」というところまで持って行くのは、並大抵の苦労ではないでしょう。 母音の数が少ないのは、発音を習う人には有利ですが、その分、単語が長くなるので、いい事ばかりではないです。

  たとえば、日本人が聴いて、意味が取れる発音の英語を、日本人が、英語母語話者に向かって喋ると、聴く方には、物凄い、「訛り」に聴こえます。 「英語が得意」と自認している人でも、調子に乗って、長い文章を喋ろうなどとは思わず、確実に意味を成す、短い文を並べて行く方が、無難。 相手がニコニコ笑っていても、油断大敵で、大抵の人は、外国人と自分の母語で喋る時には、愛想笑いを欠かさないものです。 内心では、「こーの人、なーに言ってんのか、まーったく分かんねー」と思っていてもです。

  これは、立場を逆にして、日本で活動している外国出身の有名人が喋っている日本語を聴けば、よく分かるはず。 何十年もいる人でも、なかなか、母語話者のようには行きません。 意味が通じるだけでも、大変な事なのだと、つくづく思い知らされる次第。



【2022/11/25 金】 「清濁有無」

  音声学講義の落穂拾い。

  私が、当然の事だと思って、説明しなかった事でも、言語学に全く興味がない人だと、分からない事があるのではないかと思って。

  「清音・濁音」を「無声音・有声音」と書いたところがありますが、この両者は、全く同じ物ではありません。 「清音・濁音」は、日本語の国語学の用語。 一方、「無声音・有声音」は、言語学の用語です。 ほぼ同じですが、違う部分もあります。 ハ行音、バ行音、パ行音がそれ。

「バは、ハの濁音」

  は、問題ありませんが、

「バは、ハの有声音」

  は、不正解です。 有声音という言葉を使うなら、正解は、

「バは、パの有声音」

  になります。 講義の最初の方で説明したように、「ハ」は、舌の奥で作る音なので、唇で作る、「パ・バ」とは、関係ありません。 日本語では、近いと思い込んでいるだけ。

  位置で分類する、無声音と有声音の組み合わせは、破裂音では、

唇  p・b
舌前 t・d
下奥 k・g

  となります。 摩擦音や、破擦音でも、整然とした組み合わせが出来ます。

  日本語の国語学の基礎が固まったのは、江戸時代後期ですが、当時は、清音・濁音の仕組みが、よく分かっていなかったんですな。 もし、分かっていたら、「ハ行音、バ行音、パ行音」の問題を解決していたはず。 国語学の開祖というと、本居宣長らの名前が出て来ますが、彼らの言語学知識レベルを買い被らない方がいいです。

  明治以降の国語学者達が、「ハ行音、バ行音、パ行音」について、表記の修正をしなかったのも、問題です。 結局、百年以上、禍根を残してしまいました。 「一本、二本、三本」という時、序数詞の発音が、「ポン、ホン、ボン」と変化するなど、日本語に於いて、「ハ行音、バ行音、パ行音」に関係性があるのは承知していますが、「ハの濁音は、バ」が罷り通ってしまって、本来、「p・b」の組み合わせになるところを、「h・b」と勘違いしている人間が、圧倒的多数派というのは、あまりにも、弊害が大きい。



【2022/11/26 土】 「中国語のzh音」

  音声学講義の番外編。 もはや、日本語の発音の話ではありません。

  中国語の、反り舌音の事に少し触れたので、説明しておきます。 中国語を習っている人、もしくは、過去に習った事がある人だけ、読んでください。

  zh音の出し方ですが、舌は、先に説明した、R音と同じ位置です。 もっと、具体的な出し方を説明しますと、日本語で普通に、「チャ」と言ってみて、その舌先の位置を覚えておき、その位置から、3センチくらい、舌先を後ろに引いて、「チャ」と言うと、「zha」が出ます。 というか、その位置だと、「zha」しか出ないのです。

  耳で聴いても、明らかに、「チャ」と違うので、自分の耳で、確認できます。 ただし、普通速度の会話中に、両者を聴き分けるのは、無理です。

  全く同じ位置で、「シャ」と言ってみると、それが、ピンイン表記の「sha」です。 「shang」にすれば、上海の「上」ですな。

  ちなみに、中国語の、R音は、音節の頭に使われる場合、Rというより、「ジ」に近い音になります。 「日本」は、「ri・ben」ですが、「リーベン」というより、「ジーベン」に聴こえます。 もちろん、反り舌の位置で出す、「ジ」ですけど。

  zh音は、無気音で、それと対になる有気音は、ch音ですが、それについては、明日にでも、無気音・有気音の説明をします。



【2022/11/27 日】 「無気音・有気音」

  音声学講義の番外編。

  「無気音・有気音」の話ですが、まず、用語の紛らわしさを避ける為に、「無声音・有声音」の事を、日本語式に、「清音・濁音」と言う事にします。

  中国語では、清音・濁音の区別はせずに、代わりに、無気音・有気音を区別します。

  無気音は、日本語の清音と濁音、両者を指します。 清濁の区別はしないわけですが、どちらを使ってもいいというわけではなく、単語の頭では、無声音になり、第二音節以降では、有声音になる傾向があります。 ただし、子音によっても、変わります。 聴こえたままに、発音するしかありませんな。


  一方、有気音は、日本語にはない音で、無気音に比べて、「強く出す音」と説明される事が多いですが、その通りにやると、唾が飛ぶだけなので、推奨できません。 母音の代わりに、ハ行音を使えば、割と簡単に、有気音になります。 たとえば、「カ・キ・ク・ケ・コ」なら、

「ka・ki・ku・ke・ko」を、

「kha・khi・khu・khe・kho」にするわけですな。

  こらこら、日本人の中国語学習者諸氏よ。 「ギョッ!」とする必要はない。 「そんな事は、教わってないぞ!」。 そりゃそうだよ。 私が思いついたんだもの。 つまり、正しい発音と言うより、便法の一つなのですが、この説明、割と、腑に落ち易いのではないでしょうか?

  「無気音は、普通に出す。 有気音は、強く出す」では、あまりにも曖昧で、どこが、「中」と「強」の境目なのか、分かりません。 結局、どいつもこいつも、有気音で、唾を飛ばしまくるのですが、音声的にも、衛生的にも、汚いったらありゃしない。 勘弁してくれ。

  その点、「母音の代わりに、ハ行音を使う」方法なら、特に強く出す必要はありません。 中国人は、今はの際の、虫の息でも、有気音を出せるわけですが、その真似をするのも、不可能ではないわけだ。


  ピンイン表記では、ローマ字で濁音に使う文字を無気音に当て、ローマ字で清音に使う文字を有気音に当てています。

無気音 b、d、g、z、j、zh
有気音 p、t、k、c、q、ch

  ピンイン表記は、作られたのが、現代に入ってからなので、整然としているのですが、無理に、ローマ字を当て嵌めたせいで、ローマ字の一般的な発音が先に頭に入っている外国人には、誤解を招く事になりました。 大雑把に説明しておきますと、

「b・p」は、パ行音
「d・t」は、タ行音
「g・k」は、カ行音
「z・c」は、ツァ行音
「j・q」は、チャ行音
「zh・ch」は、反り舌音

  「f、s、x、sh、h」などの、摩擦音には、無気音・有気音の区別はありません。 v音や、ザ行音、ジャ行音など、摩擦音の濁音もありません。

  日本人の学習者は、ピンインをそのまま、ローマ字式に読んで、「北京(bei・jing)」を、「ベイ・ジン」とやってしまうのですが、発音が汚いったら、ありゃしない。 「ペイ・チン」と言うべき。 「東京(dong・jing)」も、「トン・チン」が、実際の発音に近いです。 「ドン・ジン」とやられると、聴いているこちらが、ゾーーッとします。 あまりにも、汚い。

  母語話者が喋っているのを、自分の耳で聞けば、分かりそうなものですが、文字に引っ張られて、bやdを濁音に読んでしまうんですな。 おそらく、日本国内の、どの中国語教室でも、「ベイジン」や「ドンジン」が猛威を振るっていると思われます。 人間とは、こんなにも、合理的な学習ができないものなのか。

  中国人の先生に、「あなたは、発音が綺麗だ」と誉められても、喜んではいけません。 小躍りなど、以ての外。 他の連中の発音が、耳を覆いたくなるほど汚いから、相対的に、あなたの発音が綺麗に感じられたというだけの話です。 たぶん、あなたの発音は、「普通」です。

  今、現役で習っている人なら、これだけの説明でも、理解すれば、相当、改善するはず。 だけど、今は、パンデミックなので、中国語の発音を習っても、活かしようがないですねえ。


  無気音・有気音の区別は、韓国朝鮮語にもあります。 講義の始めの頃に取り上げた、「コピ」や「カピ」、「パイティン」など、英語系外来語は、大抵、有気音になっている模様。 韓国朝鮮語の母語話者には、英語の発音が、そう聴こえるんでしょうね。 日本語でも、「プール」の「プ」は、有気音になるというのを、何かの本で読んだ事があります。

  「韓国朝鮮語の母語話者が、中国語を聴いた時、無気音・有気音が聴き分けられない」という話を聞いた事がありますが、同じ無気音・有気音でも、少しズレがあるのかも知れませんな。 両言語の交流が進めば、認識できるようになるんじゃないでしょうか。

  そういや、中国国内には、「朝鮮族」という少数民族が住んでいて、彼らは、バイリンガルなわけですが、両言語の無気音・有気音の関係をどう捉えているのかは、興味が湧くところです。




  今回は、ここまで。 次は、来月になります。  もう一回で、終わります。

  日によって、記事の長さに、バラつきがあるのは、この頃、植木手入れをやっていたので、疲れた時には、短く切り上げていたから。 ・・・、という事もないか。 書く事がたくさんある時には、疲れていても、長々と書きましたから。 調べ直したわけでもないのに、よく、これだけ、出て来たと、自分でも驚いている次第。 若い頃に、夢中になった事というのは、歳を取っても、忘れないものなんですな。