読書感想文・蔵出し (96)
読書感想文です。 今月も、一回だけ。 在庫が減らんなあ。 毎回、同じ事を書いていますな。 読む方は、一週間に一冊ペースで、どんどん、先に進んでいます。
≪書斎の死体≫
クリスティー文庫 36
早川書房 2004年2月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
山本やよい 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【書斎の死体】は、コピー・ライトが、1942年になっています。 約335ページ。 【牧師館の殺人】は、1930年でしたから、ミス・マープル物の長編は、12年ぶりに書かれた事になります。 1942年というと、もろ、戦時下ですな。
セント・メアリー・ミード村に住む、退役大佐の屋敷。 ある朝、使用人に起こされた夫妻は、書斎に若い女の死体があると聞いて、仰天する。 夫にかかるであろう嫌疑を晴らす為、妻が友人であるミス・マープルを呼び、捜査を依頼する。 若い女は、近くのホテルで仕事をしている、ダンサーの一人で、ある富豪の養女に迎えられる寸前の身だった。 体の不自由な富豪には、他界した娘の夫と、他界した息子の妻がつきそっていて・・・、という話。
ミス・マープルの、素人探偵としての勇名は、近隣に轟き渡っていて、もはや、警察の捜査指揮官クラスですら、マープルの邪魔をしようという者はいません。 これなら、ポワロの方が、まだ、言われなき偏見で、妨害を受けています。 クリスティーさんは、マープルに、好き勝手にやらせたかったんでしょうな。 高齢女性という事で、立場が弱くなるのを避けようとしていたのでしょう。
警察官は、元警視総監、州警察本部長、警視、警部と、ぞろぞろ出て来ますが、例によって、この連中の推理は、間違っているので、読み飛ばしても構いません。 ただし、彼らが捜査で得た、後にマープルに伝えられる情報に関しては、読んでおいた方がいいです。 伝える場面で、内容が繰り返されない事の方が多いので。
フー・ダニット物。 大佐の家から、話が始まるのに、容疑者の多くは、大佐夫妻の周囲ではなく、全然、別の所にいる、というのが、最初の着目点。 「ちょっと、容疑者の頭数が多過ぎるのでは?」と、誰もが感じると思いますが、つまり、一方は、読者を欺く為の、目晦ましなんですな。 死体が発見された場所が、事件の本質と、ほとんど関係がないのだから、作者にしてやられた感を覚えさせられます。
マープルの推理方法は、ポワロ同様、人間観察が基本ですが、ポワロと違うのは、人格・性格を幾つかの型に分類して、「こういうタイプなら、こういう事をするはず」という、「類推」で、推理を進めて行きます。 それらが、小気味良く的中するのは、創作作品だからであって、実際には、こうは行きますまい。
一種の御都合主義でして、クリスティーさん本人も、それが、マープル物の問題点である事は、認識していたと思われ、「それでもいいなら、書きますよ」という取引条件を読者に出して、おっかなびっくり、このシリーズを再開させたような感じがします。 その後も、書き続けられて、ポワロに勝るとも劣らないくらい有名な探偵として認められたのだから、取引はうまく行ったわけですな。
しかし、もし、ポワロ物を書かずに、マープル物だけで、作家活動をしていたとしたら、クリスティーさんの名声が、ここまで高くなったかは、疑問です。 あくまで、サブ・シリーズとして書いていたから、通用したのでしょう。
≪動く指≫
クリスティー文庫 37
早川書房 2004年4月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
高橋豊 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【動く指】は、コピー・ライトが、1943年になっています。 約384ページ。 この作品も、もろ、戦時下です。 ドイツやイタリアにも、クリスティー愛読者はいたと思いますが、こっそり手に入れて、読んでいたんですかね。 日本では、戦前の作品しか、手に入らなかったと思いますが。
ある村で、村人を中傷する、匿名の手紙が、蔓延していた。 墜落事故から生還し、村へ静養に来ていた、飛行気乗りと、その妹にも、早速、いかがわしい内容の手紙が届いた。 やがて、弁護士の妻が自殺する事件が起こり、更に、殺人が続いた。 牧師の妻に依頼されたマープルが、専ら、飛行機乗りが集めた情報から、犯人を特定し、謎解きをする話。
匿名の怪文書物ですな。 横溝作品にも、同じモチーフのものがありましたが、そちらは、戦後ですから、こちらの方が早いです。 誰が出していたのか、殺人事件は、同じ人物が犯人なのか、その辺りが、謎解きの対象になります。 匿名怪文書の性格からして、やったのは、あるカテゴリーの人物と思わせておいて、実は違う、というのが、読者への目晦ましトリックですが、そもそも、匿名怪文書を受け取った経験のある人が多くないと思うので、このトリックは、空振りしているのでは?
飛行機乗りの一人称。 マープル物ではありますが、マープルが登場するのは、全体の、3分の2を過ぎてからでして、それまでは、飛行機乗りの目で見た、事件の経緯や、聞き取りの様子だけが、続きます。 彼は、なぜか、警察に信頼されていて、どこへでも入って行き、警察がつかんだ情報も教えてもらえるのですが、これは、御都合主義っぽいです。 作者としては、マープルの代わりに、捜査状況を知る人物が必要だったわけだ。
なまじ、行動力に制約がある、高齢女性を探偵役にしてしまったせいで、こんな回りくどい書き方になってしまったのだろうと、最初は思ったのですが、ふと、ある事を思いつきました。 もしかしたら、この話、ノン・シリーズとして書き始めたのかも知れませんねえ。 出版社側の都合で、「名が知れた探偵にしてくれ」と要求され、3分の2を過ぎたところで、急遽、マープル物に仕立てたのでは? ありそうな話です。
飛行機乗りのキャラが、ヘイスティングスに近いので、ヘイスティングスの一人称にして、ポワロ物にする事もできたはず。 妹は、大した役所ではないから、他の人物に換えてしまっても良いでしょう。 しかし、そうなると、書き直す箇所が多くなるから、やはり、マープル物にしたのでは? これは、推理というより、勘繰りですが。
≪予告殺人≫
クリスティー文庫 38
早川書房 2003年11月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【予告殺人】は、コピー・ライトが、1950年になっています。 約469ページ。 マープル物の長編としては、前作、1943年の【動く指】から、7年経っています。 その間に書かれた長編としては、ポワロ物では、1946年の【ホロー荘の殺人】、1948年の【満潮に乗って】があります。
地方新聞に、「何月何日何時に、どこそこの家のパーティーで、殺人が起こる」という告知が出る。 余興だと思って、普通に参加した数人の人々の前で、電灯が消え、押し入って来た男が、「手を挙げろ!」と怒鳴り、拳銃の発射音が数発。 ところが、灯りが点くと、その男が死んでいた。 参加者の証言はバラバラで、警察は、何が起こったのか、突き止められない。 牧師の妻の知人として、その村に滞在していたマープルが、捜査に乗り出す話。
ページ数が多い事を見ても、作者が気合を入れて書いた作品である事が分かりますが、それと、面白いかどうかは、別問題です。 聞き取り場面が長く、そういう話は、やはり、読むのがしんどいです。 しかも、パーティー参加者の内、犯人はもちろん、嘘をついているのですが、他の者も、暗闇の中で何が起こったのか、よく分かっておらず、故意でなくても、いい加減な事を言っており、読者としては、どれを信用していいのか分かりません。
これまでにも、推理小説の感想で、何度も書いているように、間違った情報や、間違った推理を読んでも、目晦ましを食らわせられるだけで、面白くないばかりか、後で、真相と違うと分かった時に、胸糞悪くなるだけです。 読者に気取られない、巧みな目晦ましは、騙されても、小気味良いですが、誤情報の羅列型は、その対極でして、無駄な手間と、無駄な時間を使わされた気分になります。
些か、ネタバレっぽいですが、書いてしまいますと、モチーフとしては、なりすまし物です。 クリスティーさんは、後期になると、やたらと、なりすまし物をよく使うようになります。 もしや、ディクスン・カー氏が、密室物ばかり書いていたのに対抗して、なりすまし物の大家になろうとしていたのでは?
この作品では、なりすましていた者が二人、それに、正体を隠していた者が一人と、三回も、似たモチーフが使われていて、やり過ぎの感を抱くなという方が、無理な相談。 こんな、偽者ばかりでは、怪しい行動を取るに決まっており、それが、周囲に分からない方が、おかしいのであって、この事件が起こる前に、バレていたんじゃないでしょうか。
この作品、マープル物としてだけではなく、クリスティー作品全体の中でも、評価が高いそうですが、恐らく、そういう人達は、クライマックスの活劇的な部分を面白く感じたんじゃないでしょうか。 しかし、推理小説で、活劇部分が面白くても、自慢になりません。 まして、マープル物で活劇など、似合わないにも程がある。 しかも、マープル本人まで、逮捕劇に加わるんですぜ。 温厚な高齢女性が? いいのか、それで?
≪魔術の殺人≫
クリスティー文庫 39
早川書房 2004年3月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【魔術の殺人】は、コピー・ライトが、1952年になっています。 約367ページ。
マープルの、学生時代の友人姉妹。 その姉の方から、妹の身辺に不安を感じるから、近くにいて欲しいと頼まれたマープルが、その屋敷へ赴く。 妹の夫は、精神に問題がある少年達を収容する寮を経営していた。 その内の一人の少年が、主の秘書として働いていたが、ある時、錯乱を起こし、主と部屋に閉じ籠って、拳銃2発を発射する。 弾は当たらずに、事なきを得たが、それと時を同じくして、妹の前夫の息子が、他の部屋で射殺されていた。 妹が砒素を盛られている疑惑も浮き上がり、遺産目当てに、妹の養女の娘の夫が、最も濃い容疑をかけられるが・・・、という話。
ややこしい家系図が必要になる人物相関です。 この妹というのは、マープルと同年代なので、すでに、高齢女性なのですが、大変、人柄が温厚で、他人を疑う事を知らないという、人格設定。 その割には、三回も結婚しているのですが、つまりその、相手の男達の方に、問題があったわけだ。 前夫の連れ子達まで呼び寄せて、一緒に暮らしているというのだから、確かに、人がいいんでしょう。
その夫が、輪をかけて、変わった人で、精神異常の少年達を養い、治療し、更生させる事に、異様なほどの情熱を傾けており、それが、殺人事件と関わりを持って来るのですが、あまり細かく書くと、ネタバレになってしまうから、よしておきます。
そんな事を心配しているより、「以下、ネタバレ、あり」と、断っておいた方が良いか。 なるべく、バレ難く書きますけど。
登場人物は、やたらと多いですが、はっきりした嫌疑をかけられるのが、一人、浅い嫌疑をかけられるのを含めても、せいぜい、二人なので、フー・ダニット物としては、今一つです。 疑われる者が少ないという事は、推理小説の常道として、その二人は、犯人ではないと判断されるので、聞き取りの内容に、あまり意味はない事になります。
謎というよりは、トリックが主体。 トリックは、誰でも気づくような、単純なもの。 これまた、推理小説の常道として、同時に、二つの騒ぎが起こり、一方に犠牲者がおらず、もう一方で死者が出た場合、二つの騒ぎは、偶然に重なったというより、前者の騒ぎが、後者の騒ぎの目晦ましとして演じられたのだと考えられるので、犯人は、その演者という事になり、すぐに、見当がつきます。
クリスティー作品にしては、その点が、お粗末。 やはり、マープル物は、ポワロ物のような、勝負作品ではなく、気軽に書ける話として、引き受けていたんじゃないでしょうか。 それでなくても、戦後に書かれたもので、突飛な新アイデアが出て来難くなっていた時期ですし。
以上、四冊です。 読んだ期間は、2022年の、
≪書斎の死体≫が、9月14日から、16日。
≪動く指≫が、9月17日から、18日。
≪予告殺人≫が、9月21日から、24日まで。
≪魔術の殺人≫が、9月29日から、10月1日まで。
今回紹介分は、全て、マープル物です。 マープル物の長編は、12作しかないので、すぐに終わりました。 ドラマ・シリーズでは、もっと、回数が多いですが、あれは、ノン・シリーズから、翻案しているからです。 常識的に考えて、素人探偵が、何十回も、殺人事件に関わるなど、あり得ない事。 仕事をしていない高齢女性なら、尚の事です。
≪書斎の死体≫
クリスティー文庫 36
早川書房 2004年2月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
山本やよい 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【書斎の死体】は、コピー・ライトが、1942年になっています。 約335ページ。 【牧師館の殺人】は、1930年でしたから、ミス・マープル物の長編は、12年ぶりに書かれた事になります。 1942年というと、もろ、戦時下ですな。
セント・メアリー・ミード村に住む、退役大佐の屋敷。 ある朝、使用人に起こされた夫妻は、書斎に若い女の死体があると聞いて、仰天する。 夫にかかるであろう嫌疑を晴らす為、妻が友人であるミス・マープルを呼び、捜査を依頼する。 若い女は、近くのホテルで仕事をしている、ダンサーの一人で、ある富豪の養女に迎えられる寸前の身だった。 体の不自由な富豪には、他界した娘の夫と、他界した息子の妻がつきそっていて・・・、という話。
ミス・マープルの、素人探偵としての勇名は、近隣に轟き渡っていて、もはや、警察の捜査指揮官クラスですら、マープルの邪魔をしようという者はいません。 これなら、ポワロの方が、まだ、言われなき偏見で、妨害を受けています。 クリスティーさんは、マープルに、好き勝手にやらせたかったんでしょうな。 高齢女性という事で、立場が弱くなるのを避けようとしていたのでしょう。
警察官は、元警視総監、州警察本部長、警視、警部と、ぞろぞろ出て来ますが、例によって、この連中の推理は、間違っているので、読み飛ばしても構いません。 ただし、彼らが捜査で得た、後にマープルに伝えられる情報に関しては、読んでおいた方がいいです。 伝える場面で、内容が繰り返されない事の方が多いので。
フー・ダニット物。 大佐の家から、話が始まるのに、容疑者の多くは、大佐夫妻の周囲ではなく、全然、別の所にいる、というのが、最初の着目点。 「ちょっと、容疑者の頭数が多過ぎるのでは?」と、誰もが感じると思いますが、つまり、一方は、読者を欺く為の、目晦ましなんですな。 死体が発見された場所が、事件の本質と、ほとんど関係がないのだから、作者にしてやられた感を覚えさせられます。
マープルの推理方法は、ポワロ同様、人間観察が基本ですが、ポワロと違うのは、人格・性格を幾つかの型に分類して、「こういうタイプなら、こういう事をするはず」という、「類推」で、推理を進めて行きます。 それらが、小気味良く的中するのは、創作作品だからであって、実際には、こうは行きますまい。
一種の御都合主義でして、クリスティーさん本人も、それが、マープル物の問題点である事は、認識していたと思われ、「それでもいいなら、書きますよ」という取引条件を読者に出して、おっかなびっくり、このシリーズを再開させたような感じがします。 その後も、書き続けられて、ポワロに勝るとも劣らないくらい有名な探偵として認められたのだから、取引はうまく行ったわけですな。
しかし、もし、ポワロ物を書かずに、マープル物だけで、作家活動をしていたとしたら、クリスティーさんの名声が、ここまで高くなったかは、疑問です。 あくまで、サブ・シリーズとして書いていたから、通用したのでしょう。
≪動く指≫
クリスティー文庫 37
早川書房 2004年4月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
高橋豊 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【動く指】は、コピー・ライトが、1943年になっています。 約384ページ。 この作品も、もろ、戦時下です。 ドイツやイタリアにも、クリスティー愛読者はいたと思いますが、こっそり手に入れて、読んでいたんですかね。 日本では、戦前の作品しか、手に入らなかったと思いますが。
ある村で、村人を中傷する、匿名の手紙が、蔓延していた。 墜落事故から生還し、村へ静養に来ていた、飛行気乗りと、その妹にも、早速、いかがわしい内容の手紙が届いた。 やがて、弁護士の妻が自殺する事件が起こり、更に、殺人が続いた。 牧師の妻に依頼されたマープルが、専ら、飛行機乗りが集めた情報から、犯人を特定し、謎解きをする話。
匿名の怪文書物ですな。 横溝作品にも、同じモチーフのものがありましたが、そちらは、戦後ですから、こちらの方が早いです。 誰が出していたのか、殺人事件は、同じ人物が犯人なのか、その辺りが、謎解きの対象になります。 匿名怪文書の性格からして、やったのは、あるカテゴリーの人物と思わせておいて、実は違う、というのが、読者への目晦ましトリックですが、そもそも、匿名怪文書を受け取った経験のある人が多くないと思うので、このトリックは、空振りしているのでは?
飛行機乗りの一人称。 マープル物ではありますが、マープルが登場するのは、全体の、3分の2を過ぎてからでして、それまでは、飛行機乗りの目で見た、事件の経緯や、聞き取りの様子だけが、続きます。 彼は、なぜか、警察に信頼されていて、どこへでも入って行き、警察がつかんだ情報も教えてもらえるのですが、これは、御都合主義っぽいです。 作者としては、マープルの代わりに、捜査状況を知る人物が必要だったわけだ。
なまじ、行動力に制約がある、高齢女性を探偵役にしてしまったせいで、こんな回りくどい書き方になってしまったのだろうと、最初は思ったのですが、ふと、ある事を思いつきました。 もしかしたら、この話、ノン・シリーズとして書き始めたのかも知れませんねえ。 出版社側の都合で、「名が知れた探偵にしてくれ」と要求され、3分の2を過ぎたところで、急遽、マープル物に仕立てたのでは? ありそうな話です。
飛行機乗りのキャラが、ヘイスティングスに近いので、ヘイスティングスの一人称にして、ポワロ物にする事もできたはず。 妹は、大した役所ではないから、他の人物に換えてしまっても良いでしょう。 しかし、そうなると、書き直す箇所が多くなるから、やはり、マープル物にしたのでは? これは、推理というより、勘繰りですが。
≪予告殺人≫
クリスティー文庫 38
早川書房 2003年11月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【予告殺人】は、コピー・ライトが、1950年になっています。 約469ページ。 マープル物の長編としては、前作、1943年の【動く指】から、7年経っています。 その間に書かれた長編としては、ポワロ物では、1946年の【ホロー荘の殺人】、1948年の【満潮に乗って】があります。
地方新聞に、「何月何日何時に、どこそこの家のパーティーで、殺人が起こる」という告知が出る。 余興だと思って、普通に参加した数人の人々の前で、電灯が消え、押し入って来た男が、「手を挙げろ!」と怒鳴り、拳銃の発射音が数発。 ところが、灯りが点くと、その男が死んでいた。 参加者の証言はバラバラで、警察は、何が起こったのか、突き止められない。 牧師の妻の知人として、その村に滞在していたマープルが、捜査に乗り出す話。
ページ数が多い事を見ても、作者が気合を入れて書いた作品である事が分かりますが、それと、面白いかどうかは、別問題です。 聞き取り場面が長く、そういう話は、やはり、読むのがしんどいです。 しかも、パーティー参加者の内、犯人はもちろん、嘘をついているのですが、他の者も、暗闇の中で何が起こったのか、よく分かっておらず、故意でなくても、いい加減な事を言っており、読者としては、どれを信用していいのか分かりません。
これまでにも、推理小説の感想で、何度も書いているように、間違った情報や、間違った推理を読んでも、目晦ましを食らわせられるだけで、面白くないばかりか、後で、真相と違うと分かった時に、胸糞悪くなるだけです。 読者に気取られない、巧みな目晦ましは、騙されても、小気味良いですが、誤情報の羅列型は、その対極でして、無駄な手間と、無駄な時間を使わされた気分になります。
些か、ネタバレっぽいですが、書いてしまいますと、モチーフとしては、なりすまし物です。 クリスティーさんは、後期になると、やたらと、なりすまし物をよく使うようになります。 もしや、ディクスン・カー氏が、密室物ばかり書いていたのに対抗して、なりすまし物の大家になろうとしていたのでは?
この作品では、なりすましていた者が二人、それに、正体を隠していた者が一人と、三回も、似たモチーフが使われていて、やり過ぎの感を抱くなという方が、無理な相談。 こんな、偽者ばかりでは、怪しい行動を取るに決まっており、それが、周囲に分からない方が、おかしいのであって、この事件が起こる前に、バレていたんじゃないでしょうか。
この作品、マープル物としてだけではなく、クリスティー作品全体の中でも、評価が高いそうですが、恐らく、そういう人達は、クライマックスの活劇的な部分を面白く感じたんじゃないでしょうか。 しかし、推理小説で、活劇部分が面白くても、自慢になりません。 まして、マープル物で活劇など、似合わないにも程がある。 しかも、マープル本人まで、逮捕劇に加わるんですぜ。 温厚な高齢女性が? いいのか、それで?
≪魔術の殺人≫
クリスティー文庫 39
早川書房 2004年3月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【魔術の殺人】は、コピー・ライトが、1952年になっています。 約367ページ。
マープルの、学生時代の友人姉妹。 その姉の方から、妹の身辺に不安を感じるから、近くにいて欲しいと頼まれたマープルが、その屋敷へ赴く。 妹の夫は、精神に問題がある少年達を収容する寮を経営していた。 その内の一人の少年が、主の秘書として働いていたが、ある時、錯乱を起こし、主と部屋に閉じ籠って、拳銃2発を発射する。 弾は当たらずに、事なきを得たが、それと時を同じくして、妹の前夫の息子が、他の部屋で射殺されていた。 妹が砒素を盛られている疑惑も浮き上がり、遺産目当てに、妹の養女の娘の夫が、最も濃い容疑をかけられるが・・・、という話。
ややこしい家系図が必要になる人物相関です。 この妹というのは、マープルと同年代なので、すでに、高齢女性なのですが、大変、人柄が温厚で、他人を疑う事を知らないという、人格設定。 その割には、三回も結婚しているのですが、つまりその、相手の男達の方に、問題があったわけだ。 前夫の連れ子達まで呼び寄せて、一緒に暮らしているというのだから、確かに、人がいいんでしょう。
その夫が、輪をかけて、変わった人で、精神異常の少年達を養い、治療し、更生させる事に、異様なほどの情熱を傾けており、それが、殺人事件と関わりを持って来るのですが、あまり細かく書くと、ネタバレになってしまうから、よしておきます。
そんな事を心配しているより、「以下、ネタバレ、あり」と、断っておいた方が良いか。 なるべく、バレ難く書きますけど。
登場人物は、やたらと多いですが、はっきりした嫌疑をかけられるのが、一人、浅い嫌疑をかけられるのを含めても、せいぜい、二人なので、フー・ダニット物としては、今一つです。 疑われる者が少ないという事は、推理小説の常道として、その二人は、犯人ではないと判断されるので、聞き取りの内容に、あまり意味はない事になります。
謎というよりは、トリックが主体。 トリックは、誰でも気づくような、単純なもの。 これまた、推理小説の常道として、同時に、二つの騒ぎが起こり、一方に犠牲者がおらず、もう一方で死者が出た場合、二つの騒ぎは、偶然に重なったというより、前者の騒ぎが、後者の騒ぎの目晦ましとして演じられたのだと考えられるので、犯人は、その演者という事になり、すぐに、見当がつきます。
クリスティー作品にしては、その点が、お粗末。 やはり、マープル物は、ポワロ物のような、勝負作品ではなく、気軽に書ける話として、引き受けていたんじゃないでしょうか。 それでなくても、戦後に書かれたもので、突飛な新アイデアが出て来難くなっていた時期ですし。
以上、四冊です。 読んだ期間は、2022年の、
≪書斎の死体≫が、9月14日から、16日。
≪動く指≫が、9月17日から、18日。
≪予告殺人≫が、9月21日から、24日まで。
≪魔術の殺人≫が、9月29日から、10月1日まで。
今回紹介分は、全て、マープル物です。 マープル物の長編は、12作しかないので、すぐに終わりました。 ドラマ・シリーズでは、もっと、回数が多いですが、あれは、ノン・シリーズから、翻案しているからです。 常識的に考えて、素人探偵が、何十回も、殺人事件に関わるなど、あり得ない事。 仕事をしていない高齢女性なら、尚の事です。
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