2025/04/06

読書感想文・蔵出し (123)

  読書感想文です。  この記事を纏めているのは、3月半ばなのですが、鼠蹊ヘルニア手術は、肝機能の数値が悪くなったせいで、中止になってしまい、未だに予定すら立っていません。 糖尿病の治療は、地道に続けています。 読書は、全然、やる気にならないものの、惰性で続けている次第。





≪非Aの世界≫

創元SF文庫
東京創元社 1966年12月16日 初版 2016年2月29日 新版
A・E・ヴァン・ヴォークト 著
中村保男 訳

  沼津図書館にあった、文庫本です。 長編、1作を収録。 310ページ。 コピー・ライトは、1945年。 創元文庫での、旧版の方は、2007年1月19日で、29版まで行ったようです。 旧版と新版で、訳者が代わっているのかどうかは、不明。 「非A」は、「ナル・エー」と読みます。


  ≪機械≫による統治が行なわれている未来の地球。 政府の要職や、金星行きの特権を賭けたゲームに参加しようと、≪機械市≫にやって来た男は、他のゲーム参加者からの指摘で、自分の記憶にある自分の経歴が、ことごとく、間違っている事に気づく。 自分にそんな記憶を与えたのが誰で、どんな目的があるのか、地球と金星を、瞬間移動で行き来しながら、探り出そうとする話。

  「非A(ナル・エー)」とは、アリストテレスの演繹的推論を否定し、帰納的推論を重視する人達の事らしいですが、タイトルとしては、印象的であるものの、話の中身とは、あまり、関係がありません。 娯楽作品に、哲学が出て来たら、まず、その作者が、哲学について、どの程度、知見があるかを疑い、次に、翻訳者が、哲学について、どの程度、知見があるかを疑うべし。 とんだ間違いが、堂々と臆面もなく書かれている場合があるので、最初から無視してしまった方がいいくらいです。 翻訳の世界では、哲学書を訳す時に、「分からないところは、分からないように訳せ」というコツがあるそうで、真面目に読んでも、意味が通らないなどという事は、ザラらしいです。

  主人公には、予備の脳があり、それを訓練する事で、瞬間移動が可能になるという設定。 地球と金星の距離でも、飛んでしまうのだから、大変な力ですな。 ≪機械≫が統治している社会ですが、AIがテーマではないので、そちらは、掘り下げられていません。 SFらしい設定は、瞬間移動だけかな? 金星が、居住可能な星として描かれていますが、1945年では、致し方ないか。 真空管も、頻繁に出て来ますが、それも、書かれた時代を表しています。 トランジスターが登場するのは、遥か後です。

  見せ場は全て、活劇部分でして、映画にした時に、どういう映像になるかを想像しながら書いたような、場面転換の速さが見られます。 活劇にしてしまえば、大抵の映画は、観客の興味を引っ張っていけますからのう。 ただし、小説として面白いかどうかは、話が別。 読書慣れ、SF慣れしている読者ほど、途中で眠ってしまうのではないでしょうか。

  印象としては、1945年に書かれたものとは思えないほど、新しい感じがします。 ディックさんに大きな影響を与えたというのも、納得できます。 しかし・・・、私としては、この作品で評価できるのは、タイトルの異化効果だけのような気がしますねえ。 この作品に見られる不思議さは、SF的雰囲気に過ぎない、ハッタリなんじゃないでしょうか。




≪非Aの傀儡≫

創元SF文庫
東京創元社 1966年12月30日 初版 2016年3月25日 新版
A・E・ヴァン・ヴォークト 著
沼沢洽治 訳

  沼津図書館にあった、文庫本です。 長編、1作を収録。 361ページ。 コピー・ライトは、1956年になっていますが、解説によると、発表されたのは、1948年だとの事。 ≪非Aの世界≫の3年後に書かれた続編。 創元文庫での、旧版の方は、前作同様、2007年1月19日で、29版まで行ったようです。 旧版と新版で、訳者が代わっているのかどうかは、不明。


  ≪非Aの世界≫の主人公は、金星を狙う、大帝国の野望を打ち砕く為に、瞬間移動能力を活用して、支配者エンローの元に向かう。 何者かの手によって、主人公の精神が、支配者の後継者である王子の体に乗り移ったり、予知能力がある人々が住む星へ行ったり、めまぐるしく、宇宙の広大な距離を行き来する話。

  前作は、辛うじて、SFアイデアをテーマにした、本格SFでしたが、この続編は、ほぼ、スペース・オペラですな。 特に、スペース・オペラを、軽く見る気はないですが、王国、宗教、星間戦争なと、スペース・オペラに必要に要素は、全て備わっています。 スペース・オペラが好きな人ならは、ワクワク・ドキドキする事、請け合い。

  SF設定は、瞬間移動の外に、予知能力が加わります。 乗り移りの方は、SFというよりは、オカルトに近いですが、一応、主人公が、予備脳を持つ、特殊な人間という事で、科学的に辻褄が合わされています。 SFの科学的辻褄なんて、それ自体が胡散臭いですが、ないよりは、安心できます。

  前作と違うのは、瞬間移動と予知能力について、大変、細かく、主人公の思考が描きこまれている点です。 「先を読まれているから、相手は、こう動くはずだ」といった類いの事。 細か過ぎて、スペース・オペラ好きには、「くどい」と思われてしまうかもしれませんが、普通のSFファンなら、その細かい描き込みだけが、この作品を、本格SFの範疇に入れていると見做すでしょう。

  私も、その細かいところだけは、読み応えを感じました。 作者の頭が悪くては、こんな事は、とても、書き込めません。 問題は、その細かさが、紙数を稼ぐ方には寄与していても、作品を面白くする方には、影響していないという事ですな。 スペース・オペラとしては、理屈っぽく、本格SFとしては、スペース・オペラチック過ぎるのです。




≪夏樹静子作品集 第一巻≫

株式会社 講談社 1982年8月15日 第一刷発行
夏樹静子 著

  沼津図書館にあった、ハード・カバーの作品集の一冊です。 長編1作、中編3作を収録。 二段組みで、全体のページ数は、338ページ。 


【天使が消えていく】 約164ページ 1970年4月

  地方誌の女性記者が、取材した心臓病の赤ん坊を助けてやりたいと思うようになるが、売春を生業にしている母親は、その女の子を邪魔者扱いして、ろくに世話もしようとしない。 殺人事件が、連鎖して、二件起こった後、赤ん坊の母親に、不穏な言動が見られ・・・、という話。

  夏樹さんの作品は、初めて読んだんですが、同じ女性推理作家でも、山村美紗さんの作品と比べると、ずっと、硬い文章ですな。 これが、処女作だそうですが、元は、純文学志望だったのでは? 推理小説としては、描写が濃過ぎると思います。 じっくり、物語の世界に入り込みたい読者は、喜びそうですけど。

  トリックは、特には、なし。 謎は、あります。 動機が凝っていて、いかにも、夏樹作品という特徴が見られます。 私は、小説の夏樹作品は、これが初めてなので、ドラマのそれを参考にして、言っているわけですが。 いわゆる、ドンデン返しのラストでして、私は、あまり、好きじゃないんですが、よく考えられているという点では、高評価する以外ないレベルです。 こういう方法でしか、目的を達成する事ができなかったというのは、悲しい生き方ですな。


【77便に何が起きたか】 約56ページ 1977年10・11月

  車の事故で死んだ男が、事切れる間際に、「77、危ない」と言い残す。 それとは無関係に、77便に乗る予定でいた男性が、ノイローゼが治ったばかりの弟から、乗らないように言われたのを無視して、空港まで車で向かうが、途中、入れたばかりのガソリンが、なぜか、なくなり、飛行機に乗り遅れてしまう。 そして、飛び立った77便は、貨物室に載せられた爆弾により、空中分解し、乗客乗員全員が死亡した。 警察が、搭乗予定だったのに、乗らなかった人間を調べて行くと・・・、という話。

  この頃、旅客機の事故が多く起きていたのかも知れません。 松本清張さんや、森村誠一さんが、航空事故を題材にした作品を発表しており、流れとしては、それに乗ったのだと思いますが、この作品は、社会派というわけではなく、推理小説としての純粋度が高いです。 読者を、ゾクゾクさせる目的で書かれており、航空事故は、そのダシに過ぎないからです。

  徹頭徹尾、搦め手から攻める手法。 一見、何の関係もないと思われる、複数の人物について、順に語られて行く内に、ある一点だけで、彼らの共通点が出て来て、そこから、一気に、謎が解けて行きます。 その一点というのが、映画館なのですが、その点は、松本さんの、【砂の器】から、戴いたのかも知れません。 【砂の器】を読んでいない、映像化されたものも見ていない、何も知らない読者ならば、ゾクゾクして、堪えられないでしょう。


【90便緊急待避せよ】 約72ページ 1979年9・10月

  米子から、東京へ向かっていた小型旅客機。 機内で、東京で大きな地震が起こったというアナウンスがあり、大島へ下りたが、実は、地震など起こっておらず、機内で見つかった爆破脅迫文の指示に従ったのだった。 結局、爆弾は見つからなかったが、警察は捜査本部を立ち上げ、脅迫犯を突き止めにかかる。 乗客の内、数人に尾行がつくが、実は、この脅迫事件の目的は・・・、という話。 

  これは、航空事故ものと言えるかどうか、微妙です。 実際、飛行機そのものや、乗客乗員には、何の被害もなかったわけですから。 タイトルから、航空事故ものを期待して読み始めた読者は、肩透かしを食らう事になります。 夏樹さん、それを承知で、航空事故もののパロディーのつもりで、こんな話を考えたんじゃないでしょうか。

  捜査が始まって以降は、普通の、といっても、かなり濃密な、推理物になります。 で、最終的に、旅客機を脅迫した理由が分かるわけですが、「いくら、そういう目的があったとしても、こんな傍迷惑な事をするかね?」という違和感を覚えずにはいられません。 よく練られた話であるからこそ、その大元のアイデアが、弱い感じが滲み出てしまうのです。


【ガラスの絆】 約46ページ 1972年12月

  双方に健康上の問題があって、子供が出来ない夫婦。 他人の精子を混ぜた人工授精で、ようやく授かったが、子供が大きくなるに連れ、夫と似ていない点が目に付くようになり、他人の方の種であった事が分かる。 夫の態度が次第にきつくなる中、妻のもとに、「自分が、子供の精子の提供者だ」という若い男が現れ・・・、という話。

  これだけでは、推理物になりませんが、この後、その若い男が殺され、妻が容疑者になるという流れ。 若い男には、女がいて、その女が、夫の愛人という設定で、些か、偶然が過ぎると思わせますが、実は、偶然ではなく、そうなった経緯からして、犯罪計画の一部だったという話になります。

  若い男が、二人出て来るのですが、最初の内は、それが一人の人物だと、読者に思わせるように書いており、アンフェア、ギリギリなところもあります。 真相が分かると、意外性に驚くというより、「ああ、そういう事ね」と、軽く納得するタイプの種明かし。 題材からして、社会派も兼ねて狙ったように見受けられます。




≪夏樹静子作品集 第二巻≫

株式会社 講談社 1982年3月15日 第一刷発行
夏樹静子 著

  沼津図書館にあった、ハード・カバーの作品集の一冊です。 長編2作を収録。 二段組みで、全体のページ数は、388ページ。 この作品集、なぜか、第二巻の方が、第一巻より、発行が早くなっていますな。


【蒸発】 約222ページ 1972年4月

  東京から北海道へ向かう旅客機の中で、確かに乗ったはずの女性乗客が、下りる時には、いなくなってしまう。 ベトナム戦争へ取材に行っていた新聞記者が、殺されたというニュースが流れた直後の事だった。 生還した男は、妻と別れて、再婚しようとしていた人妻が家出した事を知り、行方を捜す。 やがて、福岡のアパートの一室で、その人妻に、かつて、懸想していた人物が、死体となって発見され・・・、という話。

  これでは、あらすじになってしまうので、このくらいにしておきます。 話が複雑過ぎて、数行の梗概では、纏められないのです。 二段組みですから、単行本や文庫本にすれば、一冊になる長さですが、それにしても、普通の長編の長さなのに、この複雑さは、異様。 推理物のアイデアには、トリックや謎を、パッと思いつく、「発想型」と、理詰めで積み上げて行く、「構築型」がありますが、この作品は、間違いなく、後者です。

  旅客機内で、女が一人消えてしまう、というだけでも、大事件ですが、その後に、殺人事件が3件も起こり、しかも、全ての事件が、関連あり。 一つの作品なのだから、当然と言えば当然ですが、誰にでも書けるというものではなく、人並外れて緻密な思考能力がある、夏樹さんだかこそ、こういう作品を作り出せたのでしょう。 おそらく、当時の推理小説界では、他の作家はもちろん、評論家の面々も、あまりの複雑な設定に、大いに唸らされたのでは?

  メインのトリックである、旅客機からの蒸発は、ちゃんと、現実的な説明がなされていて、実際にやれば、できたものと思われます。 夏樹さんも、よくもまあ、これだけ込み入った旅客機業界事情を、調べたものですなあ。 これだけでも、感服つかまつる。 後半には、鉄道トリックまで出て来ますが、そちらは、ちと、盛り込み過ぎの、欲張り過ぎか。

  ただし、複雑さを堪能するのが目的ではなく、ゾクゾク感を楽しみたいという読者には、却って、読み難いかも知れません。 説明に、繰り返しが多い点も、お世辞にも、美点とは言えません。 たとえば、そこまでの会話の流れで、すでに、何が起こったか、読者には分かっているにも拘らず、作者が、解説するかのように、説明を繰り返すのです。 「複雑だから、説明が要るだろう」という配慮なのでしょうが、推理小説を読み慣れている読者なら、大抵は、「くどい」と感じるんじゃないでしょうか。

  重箱の隅をつつきますと、その、旅客機内で消えた女には、そんな事件を起こした動機があるのですが、これが、特殊な性格から来るもので、少々、違和感があります。 こんなややこしい計画に、協力する者がいるというのも、不自然な感じがしないでもない。 話をもちかけられたとしても、常識があれば、他の方法を勧めるのでは? 


【第三の女】 約166ページ 1977年2月~4月

  大学助教授の男が、パリ郊外のホテルの一室で、嵐と停電の夜に出会い、顔を見ぬまま、愛を交わした謎の女は、帰国後、助教授が殺したいと願っていた非道な教授を殺してくれた。 今度は、謎の女が殺したいと願っていた別の女を、助教授が殺さなければならない。 明確な約束がないまま、実行される交換殺人には、助教授の謎の女に対する強い思慕が背景にあったが、事件関係者の中で、誰が謎の女なのか分からず、四苦八苦する話。

  この作品、何度もドラマ化されていて、私も、村上弘明さん主演の版で、見た事があります。 あのドラマは、ほぼ、原作に従って、映像化されていたわけですな。 原作自体が、よく練られている上に、映像的にも、「絵になる」場面が多いので、下手に弄るよりも、そのままやった方がいいと思わせるのかも知れません。

  いかに、ロマン心を刺激する、外国での嵐の夜とはいえ、初対面で、顔も見ていない相手と、性交渉まで行くかね? とは、誰でも思うところですが、解説にもあるように、この作品は、推理小説であると同時に、ロマンスでして、恋愛小説のほとんどがそうであるように、理屈は二の次、ロマンチックなら、それで充分。 野暮な指摘はするな、という事ですな。

  推理小説としても、面白いです。 交換殺人ネタは、推理物では、定番中の定番ですが、ちょっと驚くような捻り方をしてあって、ラストで、謎の女の正体について、種明かしをされると、アハ体験が避けられません。 さすが、夏樹さんと言うべきか。 主人公が知る前に、謎の女の正体を知っているのは、二人だけですが、一人は早々と死んでしまいますし、もう一人は、ラスト近くで、主人公の話を聞いて、確証に到達するから、まあ、知らなかったようなものですな。

  その、早々と死んでしまう人が、鍵なんですが、どんな読者も、それを見抜く事ができないでしょう。 謎の女ではないかと思われる、紛らわしい人物が、複数人出て来るのは、作者が、この作品で一番、読者を引きつけたいと望んだのが、謎の女の正体である証拠。 そして、その作戦は、見事に成功しています。

  オマケみたいなものですが、食品会社による有害な製品で、小児ガンが引き起こされるという社会問題が背景にあり、社会派推理小説でもあります。 この時期の推理小説界では、社会派でないと、相手にしてもらえないような風潮があったのかも知れません。 社会派を吹き飛ばしてしまうのは、角川映画、≪犬神家の一族≫の、歴史的大ヒットですが、すぐに潮目が変わったわけではなかったのでしょう。




  以上、4冊です。 読んだ期間は、2024年から、年を跨ぎ、2025年にかけて、

≪非Aの世界≫が、12月17日から、19日。
≪非Aの傀儡≫が、12月20日から、22日。
≪夏樹静子作品集 第一巻≫が、12月29日から、1月5日。
≪夏樹静子作品集 第二巻≫が、1月12から、15日。

  ≪非Aの世界≫で、SFに飽き、推理小説に回帰しようと目論んだのですが、夏樹静子さんの作品は、どうも、馴染めず、今回紹介した二冊で、とりあえず、止めてあります。

  月日が経つのは速い。 ≪夏樹静子作品集 第一巻≫なんて、つい先日読んだような気がするのですが、年を跨いだ頃だから、もう、3ヵ月も過ぎたんですな。 こんなに時間の経過が速く感じられるのは、糖尿病治療の運動療法で、一日13000歩も歩いているせいで、体力を消耗し、食欲が旺盛になって、毎日、食べる事ばかり考えているからでしょうか。