2007/10/21

頭勝負

  長いお笑いブームですな。 笑うのは嫌いじゃありませんが、ブームがこれだけ続くと、さすがにうんざり食傷してきます。 お笑いブームというより、芸人志望者続出ブームというべきでしょうか。

  ほんの20年くらい前までは、漫才師やコント・グループ、その他芸人になるには、必ずと言っていいほど、≪師匠に弟子入り≫が必要だったわけですが、今は全くの一般人が、番組オーディションへ直接出てくるパターンの方が多いんじゃないでしょうか。 新人の芸を初めて見る時、所属事務所が有名どころだと、「ほう」と思わず期待してしまいますが、そう思うのは一般人の芸が、どうにも荒削り、あまりに体当たりである事に対して、不快感を覚えているからではないかと思います。

  で、デビューの仕方が変わって、笑いの内容も変わったかというと、そんなに変わっていません。 私は、最初の≪漫才ブーム≫の頃からしか見てませんが、それ以前も大した違いは無かったんじゃないかと思います。 一時期、「漫才のテンポが速くなったのは進歩だ」といった分析が流行った事もありましたが、言語学的に見れば、言語の伝達速度には速さの限界があるのであって、一度限界まで達してしまえば、後は遅くなるしか変えようがありませんから、そんなのは単なる変化であって、進化ではなかったんですな。

  むしろ、決定的に変わったのは、これら芸人志望者達の目標だと思います。 昔の芸人は、舞台で芸を見せて、興行で一人前に通用するのが目標でした。 テレビにも出ますが、それは知名度を上げる為であって、テレビに出る事自体が目標だったわけではありません。 彼らの主戦場は、寄席や劇場といった生の現場だったわけです。

  では、今の芸人志望者はどうかというと、手段と目的が完全に逆転してしまい、舞台芸は単に名前を売る為の手段になってしまいました。 彼らの最終目標が、テレビのバラエティー番組に出演する事なのは、明々白々、疑いようもないです。 芸人になりたいのではなく、テレビ・タレントになりたいわけですな。 今、≪若手芸人≫と言われる人達が何百組いるか想像も出来ないほどですが、そんなにいたのでは、日本中の興行に割り振っても、八割方あぶれるんじゃないでしょうか。 そんな状態でも、次から次へと芸人志望者が続くのは、テレビ・タレントになる為のきっかけを芸人に求めているからとしか考えられません。

  ≪芸人への登竜門≫を名乗っている番組は多いですが、実際には、≪タレントへの登竜門≫といった方が適切でしょう。 また、テレビ局も、舞台芸しか出来ない芸人に用はないのであって、軽妙なトークで番組を盛り上げてくれるアドリブに強い人材、そして、最終的には、バラエティー番組の司会を務められるような器用な人材を探しています。 プロ野球人気がへたり、時代劇と子供向けドラマが絶滅し、アニメが深夜に追いやられた後、ゴールデン・タイムは、クイズ番組を中心にした似たり寄ったりのバラエティー一色になってしまいましたが、芸人上がりは頭の回転が速いので、その種の番組にはうってつけだったんですな。 需要と供給が一致して、現在の状況が生まれているわけです。 もし、テレビ局サイドが求めていなければ、こんなにブームが続くわけがありません。

  隔世の感があるのは、歌手系のタレントが姿を消した事でしょうか。 歌手は依然として存在しますが、出演番組は、いつの間にか、歌番組に限定されるようになってしまいました。 昔は、タレントの最大供給源は歌手だったのですが、今の歌手は、音楽以外の分野へ出て行く事がほとんどないと思います。 音楽がそれだけ、マイナーな芸能に堕ちてしまったんですな。 こういっちゃ失礼ですが、アイドル全盛期の歌手なんて、頭スッカラカンばっかりで、クイズ番組なんて出られたもんじゃなかったです。 時の首相が誰かも知らないという、驚異の無知ぶり。 今の芸人タレント達なら、たとえアホを売りにしている人でも、首相の名前を知らないなんて事はありえないでしょう。 今でも、アイドル歌手というのは存在していて、時に凄まじい低知能ぶりを垣間見せてくれますが、「人間、こんなに馬鹿なままでも、生きていけるんだ」と、感心するほどです。


  さて、芸人タレント達ですが、彼らの生きている環境は大変厳しいと思います。 最初から最後まで、徹底的に頭勝負の世界なので、常に「どうやったら面白くなるか」、「何を言えばうけるか」を考え続けなければなりません。 中には、キャラクターそのものが面白くて、別段新しい事を考えなくても人気を維持できる人もいますが、そんな有能な人は、本当にほんの一部です。 99パーセントは、≪努力する凡人≫なわけですから、「芸能界なんて、ニコニコ笑っていれば何とかなる」とたかを括ったが最後、あれよあれよと言う間に消えて行きます。 後から後から、頭を使って笑いを奪おうとする新人がうようよ追いかけて来るんだから、油断したらおしまいなのは、当然なんですな。 こう書くと誰でも、ここ数年の間にテレビから姿を消した芸人の顔が何人か頭に浮かぶと思います。 人気絶頂の頃は、呆れるほどデカい態度を取っていた人達が、深夜番組ですら居場所がなくなって、追い詰められていくのを見ると、世の無常を感ぜずにはいられませんな。

  若手芸人の中には、昔ながらの舞台芸が得意で、バラエティー番組への適性は高くないという人達もいます。 ≪M1≫のグランプリを取るような腕のある人達に、こういうタイプが多いです。 芸は面白いけど、アドリブになると急に普通の人になって、座を白けさせてしまうという人。 しかし、テレビ向けでないからといって、必ずしも気の毒がる事はないのであって、こういう人達は、興行で生きていけます。 タレント化した芸人達のほとんどが、長くても20年程度で消えていくのに比べると、一生食いはぐれがない分、本物の才能に恵まれた幸福な人達だとも言えます。

  新人芸人と一口に言いますが、頭を使わないタイプの芸の場合、限り無く≪見世物≫に近くなります。 典型的なのは、≪大食い≫の系統ですな。 戦前なら、見世物小屋で、さらし者になっていた口でしょう。 あんなのは芸でも何でもないのであって、畸形を見て楽しむのと何ら変わりはありません。 持て囃す人間の下賎度がありありと窺い知れます。 見ていて、気持ちが悪くならないか?

  裸を売り物にする芸人も増えましたが、笑いの材料として自分の体を張るのは問題ないとして、頭を使わないで、ポーズだの奇声だので受けを狙うのは、これまた芸とはいえません。 実際、二三年前に大受けした後、あっという間に消えた人物を、誰でも思い浮かべられると思いますが、芸人というのが頭勝負であって、頭が使えなければ消えるしかないのだという典型的な例になってしまいました。

  ウケ狙いの小学生がやる芸で、最も素朴なのは物真似ですが、ポーズや奇声は、それにも劣ります。 小学校のクラスには、変なポーズを取ったり、金切り声を上げたりして、皆の注意を引こうとする奴が、必ず一人や二人はいるものですが、面白いと思っているのは当人だけで、他人からは、「馬鹿」としか思われません。 高学年になるほど、その傾向は強まります。 ただの馬鹿は、何をやってもウケなくなるので、すっかり自信喪失して、陰気な児童に成り果てて行きます。 芸というのは、とことん頭勝負の世界なのです。


  冒頭に述べたように、今は長いお笑いブームの一時期なわけですが、今の状況をよーく覚えておいて、20年後に振り返ってみると、非常に面白いと思います。 テレビ適性のある人は20年くらいは残ります。 舞台芸に秀でた人も、時折テレビに出てきて、続いている事が確認できると思います。 しかし、それ以外のほとんどの芸人は、完全に消えているに違いありません。