2007/11/18

リコーダー

  リコーダー趣味は、同級生同士の結婚に似ています。

  中学・高校時代に異性と交際していても、そのまま持続して結婚に至るケースは稀です。 世に同級生同士で結婚している人達は多いですが、大抵は大人になってから再会したケースです。

「あっ、○○君じゃないの! ほら、あたし。 何してんの? 元気?」
「ああ、うん。 いや別に閑だからぶらぶらしてるだけ」

  などという、パッとしない出会いから、下心蠢く交際がおっかなびっくり始まり、やがて魚心に水心となって行くわけですな。

  一方、リコーダーも、小中学校の頃からずっと続けている人は少ないです。 大抵は、大人になってから再会します。

「≪スイング・ガールズ≫はかっこいいなあ。 ≪のだめカンタービレ≫の世界も羨ましい。 ああ、なんだか、無性に楽器の演奏がしたくなって来た! でも、本格的な楽器は難しくて、とても出来そうにない。 それに、でかい音を出したら、近所迷惑だし、家族からすぐに禁止令が出るに違いない。 一体どうしたらいいんだ!」

  と懊悩&呻吟した末、

「待てよ。 この際、演奏が出来るなら、学校の笛でもいいか。 笛ならどこかにしまってあるぞ」

  と思いつき、押入れから黴の生えたリコーダーを取り出して、おっかなびっくり吹き始めるのです。 永久の眠りについたつもりでいたリコーダーは、さぞやビックリする事でしょう。

「えーっ、今からやんのーっ!? あんた、小学校の頃、16小節まともに吹けなかったこと忘れてんじゃないの? いや、どうしてもって言うなら、つきあうけどさ。 ものにならなくても、俺に当たるなよ。 先に言っとくぞ」

  といった調子で。


  私の小学校の頃は、≪リコーダー≫という呼び方を一度も聞いたことがありませんでした。 ≪縦笛≫とさえ呼ばず、単に≪笛≫と呼んでいました。 学校でも家でも、笛と言ったらリコーダーしか無かったのですから、大範疇の単語が、小範疇の単語を兼ねても問題無かったんですな。

  ちなみに、リコーダーは英語名でして、ドイツ、フランス、イタリアでは、それぞれ別の名称を用います。 リコーダーと言っても通じないのです。 リコーダーというのは、ローマ字で書くと、≪Recorder≫で、録音・録画装置を指す≪レコーダー≫と同じ綴りです。 意味が二つある単語なんですな。 日本語では、「リ」と「レ」を読み分けて区別していますが、これは、≪Glass≫という単語を、意味によって、「グラス」と「ガラス」と読み分けているのと同じパターンです。 ごまかしですが、便利だからオッケー。

  音楽といえば、ドイツが本場ですが、なぜ英語名が日本に入って来たかというと、それにはリコーダーの歴史が関係しています。 欧州音楽は、ルネサンス期、バロック期、古典期という順で発展したのですが、リコーダーは、ルネサンス期に登場して、バロック期に盛んに使われたものの、古典期になると、フルートに負けて一旦廃れてしまうのです。 それを20世紀初頭になってから復活させたのが、ドルメッチというイギリス人だったのです。 その際、音程などは今風に改められましたが、外見はバロック期のままに保ったので、リコーダーの外観は、フルートなどより装飾が多いというわけ。

  小学生の時には、その装飾的なデザインが古臭く感じられて、好きになれませんでしたが、今見てみると、実に美しいです。 なんで、この美しさに気付かなかったのか、そちらの方が不思議。 その豊かな曲線美を見ていると、機能デザインなんぞ糞喰らえと思います。 バイオリンも機能的というよりは装飾的デザインですが、バイオリンに惚れこむ人が多いのも、よく分かります。

  リコーダーには、木製と樹脂製があります。 もちろん、木製が本物であって、樹脂製は安価に作る為の模倣品なわけですが、樹脂製が作れるようになったからこそ、学校で子供一人一人に行き渡らせる事が出来るようになったわけで、教育楽器としては、むしろ樹脂製の方が本物なのだと考えていいと思います。 ちなみに、小学校で使わせる楽器は、国によって違っていて、「リコーダーなんて楽器は、見た事も触った事もない」という外国人はたくさんいます。 戦後の日本で、文部省がリコーダーを採用したから、日本では誰もが知っている楽器になったというだけの話。 戦前はリコーダーなんてありませんでした。 なぜというに、そもそも、プラスチックが一般に出回り始めたのが、戦後になってからだったからです。 リコーダーの普及は、化学技術とプラスチック成型技術の発展の賜物だったんですな。

  樹脂製リコーダーは、楽器店で買うと、ソプラノで、千円から二千円くらいしますが、一方で、100円ショップでも売っています。 100円リコーダーにも二種類あって、楽器として作られたものと、オモチャとして作られたものに分かれます。 オモチャの場合、「オモチャですから、音程は正確ではありません」といった注意書きが入っているので、すぐに分かります。 その注意が書かれていなければ、それは楽器として作られた物で、ちゃんとした演奏が可能なわけです。 材質面で見ると、≪ABS樹脂製≫と書いてあれば、まず楽器です。 ポリスチレンなどであれば、それはオモチャだと見て間違いないでしょう。 持ってみると、楽器の方が重いです。 材質が軽いと、良い音色が出せないようですな。

  同じ100円なのに、楽器とオモチャが混在しているのは不思議だと思うでしょうが、樹脂製リコーダーは元々生産原価が安いので、こういう事が起こるのです。 楽器として作られた100円リコーダーは、楽器店で売られている千円以上のリコーダーと比べても、音色が劣るという事はありません。 外見の成型精度も、全く遜色なし。 今はレーザー三次元測定器や電子制御工作機械が普及して金型の精度が桁違いに上がりましたし、プラスチック成型技術も進歩していますから、悪い物を作る方が難しいのです。 ちなみに、オモチャとして作られた物であっても、材質が異なるだけで、金型自体は楽器用と同じ物を使っているはずです。 なぜというに、わざわざ、オモチャ用に金型を設計するなど、無駄なだけでナンセンスだからです。

  樹脂製リコーダーのメーカーは、日本では、ヤマハ、トヤマ(アウロス)、全音、スズキの四社だけで、楽器店ではそのいずれかしか手に入りません。 しかし、外国には他にもたくさんメーカーがあるようです。 基本的にプラスチック成型技術があれば出来る製品ですから、現代の工業にプラスチック技術が不可欠な以上、工業国ならどこにでもその技術はあるわけで、自動的に多くのメーカーが成立しうるというわけです。 国内メーカーが日本市場を寡占していて、外国の製品を入手できないのは、寂しい限りです。 安い楽器だから、何本買っても大した出費にはならず、ケチな私には実に好ましいコレクション対象なんですがねえ。

  リコーダーは大量生産の樹脂製であっても、買ってすぐには良い音が出ない場合があります。 何回か使っていると、ある時を境に急に音が良くなるという事があるのです。 また、気温が低い所で吹くと、内部で結露が起こって、音が出なくなる事が非常に多くあります。 ちょっと吹いてみて、いい音が出なくても、「ガラクタか!」などと思わず、気長に慣らしていく事が肝要。 良い音が出始めると、リコーダーに対する意識がガラリと変わります。 こんなに安い楽器なのに、2オクターブも音が出せて、大概の曲を演奏できるというのは、不思議なくらいに面白いと感じる事でしょう。