2009/09/20

キレた

  いやはや、久しぶりにキレてしまいましたよ。 ネット上ではなく、現実生活での話。 言うまでもなく、気分が悪い事があったからキレたのであって、そんな事をここに書いて、わざわざ記録に留めてしまうのもどうかと思うんですが、さりとて、他に書く事も無いので、背に腹は代えられぬままに書く事にします。

  事の発端から述べますと、勤め先で、ひと月くらい前に、≪身だしなみを整えよ≫という、何とも時代錯誤な通達が出されたのです。 そのきっかけが、グループ企業のある工場に社会科見学にやって来た小学生の一人が、見学後の感想で、こんな事を言ったからなのだとか。

「この工場は、外国人が多いんですね」

  実際に外国人従業員が多い工場もあるので、少々紛らわしいですが、この場合の、≪外国人≫というのは、茶髪にしている日本人の事です。 つまり、「小学生がそんな風に思うくらいだから、従業員の身だしなみが乱れているという証拠なのであって、子供達に恥かしく無いように、風紀を改めなければならない」という理屈で、その通達が出されたらしいのです。

  だけど、実際に、こんな事を言う小学生がいるとは思えません。 今の小学生の親の世代なら、茶髪・金髪などいくらでもいるのであって、「外国人みたい」などという感じ方をするわけが無いのです。 私の世代ですら、茶髪・金髪の風景にはとっくに慣れてしまって、「外国人みたい」なんて事は全く思いません。 こういう感じ方を未だにしているというのは、最低でも50歳以上の世代でしょう。

  つまりね、この小学生の指摘自体が、捏造である可能性が極めて高いのです。 茶髪やピアスが気に食わないジジイが、風紀に指示を出せる役職に就き、「今こそ、攻め時!」とばかりに、捏造した小学生の指摘をダシにして、身だしなみ通達を出したんですな。 十中八九、そうに違いないです。

  よしんば、実際にそんな事を言う小学生がいたとしても、皮肉で言ったに決まっているのであって、そんな根性が捻くれ曲がったクソガキの意見を真に受けるなど、大人の態度とは言えますまい。 「社会では、個人の自由も尊重しなければなりませんからね」とでも言って、無礼な事を言わないように、逆に窘めてやるのが大人の責任というものです。

  で、そういう流れで、みだしなみ通達が出ていたんですが、企業ではよくある事に、それが徐々にエスカレートして、「ズボンの裾を折り返すな」だの、「踝までしかない短い靴下を穿くな」だの、「通勤時は、私服を着るように」だの、およそ下らない方向へ拡大して行きました。 夏場なわけですから、空調が無い工場でズボンの裾を折り返すのは当然なのですが、こういうルールを作っている連中というのは、肉体労働をしているわけではなく、エアコンの効いた部屋で机仕事をしているので、その辺の事情が全く理解できないのです。

  半月くらい前からは、退勤時に、工場の出口に監視人が5人くらい立ち、身だしなみのチェックを始めました。 監視人の身分は、元中間管理職で、現在は部下を持たず、役職格だけ保持している、いわば、≪社内閑人≫どもです。 その中には、私の元上司もいたので、私が会社指定作業服のズボンのまま帰っていても、何も言われませんでした。 先週の金曜日まではね。

  さて、悶着が発生したのは、今週の月曜日です。 ライン停止が重なって、仕事の終了が定時を過ぎてしまい、私は少しイライラしていました。 大急ぎで帰ろうとして、その監視人どもが立ち並んでいる中を突っ切ろうとしたのですが、なんと、その中の顔を知らない一人に呼び止められてしまったのです。

「おい、おまえ! そのズボンは会社のだろう!」

  もう、この第一声で、カチンと来ましたね。 全く知らない相手ですぜ。 赤の他人を掴まえて、「おい、おまえ!」ですと。 マジマジ相手の顔を見ましたよ。 小太りの醜い鼻をしたオッサンでした。 まあ、醜いか美しいかは関係ないですが、無礼千万な態度が重なると、その人間の何もかもが醜く見えて来るものです。

「おまえ、どこの職場だ? 上司の名前は誰だ?」

  ルール違反だから、まず注意するというのなら分かりますが、最初の第一声から犯罪者扱いで、上司の名前を聴取して、上から処罰させようというのです。 世の中には、こういう風に、裏へ裏へ、悪い方へ悪い方へとしか物事を持って行けない、はらわたの腐った糞野郎がいるのですよ。

  イライラしていた時にこれを喰らったので、キレないわけにはいきませんでした。 もともと、身だしなみ通達自体が、不合理極まりないと思っていたので、こんな扱いを受けて、キレ易い性質の私が平静でいられる道理がありません。

「このズボンの何が悪いんだ! 会社の支給品ならいざしらず、単に会社の売店でしか変えない指定品だというだけで、自分の金を出して買った物ではないか! つまり、これは私有物なのだ! 私有物を外で穿いて何が悪い!」

「ズボンに会社のロゴでも入っているなら話は別だが、ただの無地のズボンではないか! こんな外観のズボンは、普通の衣料品店でもいくらでも売っているのであって、外で穿いたって、会社に迷惑などかかるはずがない!」

「もし外で、これとそっくりのズボンを穿いている人物に出くわしたら、その人物をこの会社の人間だと見做して糾弾するのか? えーおい!」

  といったような事を並べ立てると、オッサンは、目を白黒させました。 たぶん、私の外見を見て、「こいつは大人しそうな奴だ」と見くびっていたんでしょうな。 まさか、逆襲されるとは思ってもいないものだから、反論するセリフを用意していなかったのは、無理も無いことです。 しかし、すでにキレている私は、手加減する気持ちなど、これっぽっちもありません。

「大体、俺は、仕事をして疲れているんだ! こんな下らない事で呼び止めるな! おまえ、仕事してるのか?」

  これは、社内閑人に対しては言ってはいけないセリフなんですが、何せキレているから、自制が利きません。 で、オッサンが何と言い返してくるか、数秒待ったのですが、何も言いませんでした。 笑ってしまうではありませんか。 本当に仕事をしていないので、言い返せなかったのです。 何という馬鹿な会社でしょう。 自分が仕事をしていない事を自覚しているような穀潰しを、高い給料出して、雇っているのですよ。 これだもの、黒字転換なんてできるわけがありません。

  更に、畳みかけ、

「ルールというなら、根拠があるだろう! その根拠を述べてみよ!」

  と言ってやったところ、ちょっと考え込んでから、相手が言った最初の言葉が、

「やっぱり~・・・・」

  もう、すかさず突っ込ませてもらいましたね。

「何が、『やっぱり』だ! ビシッと言え! いいか、おまえが今考えた理屈を訊いているんじゃないんだ! 元から決まっているルールの根拠を言ってみろと言っているんだ!」

  その後は、相手はもう何も答えませんでした。 私の独擅場。 一人で一方的に捲くし立て、最後には、

「よーし、それじゃあ、そのルールを決めた奴というのを、ここへ連れて来い! どういうつもりでこんな馬鹿な事をやらせてるのか、直接訊いてやるから! いいや、連れて来いと言っても、来やしないだろう。 こっちから、行こうぜ! ほら、来い!」

  と言って、オッサンの腕を取り、社屋の方へ、5歩ばかり引っ張って行きました。 その時のオッサンの困った顔といったら、写真に撮っておきたいくらいでしたよ。 自分の上司の所へ連れて行かれるとは思ってもいなかったのでしょう。 想定外の椿事に、震え上がったに違いありません。 他の監視人達は、事態の成り行きの意外さに、呆気に取られています。 そりゃ、そうだわな。 吊るし上げるつもりで呼び止めた方が、ほんの3分ほどの間に完全に形勢逆転して、平社員に吊るし上げられ、上司のところへ連行されようとしているのですから。

  ここで、監視人の一人だった私の元上司が割って入りました。

「いや、もういいから、今日は帰れ! もう、いいから!」

  この元上司、私が追い詰められるとキレる性格である事を知っていたので、最初にオッサンが私を呼び止めてしまった時から、「やばい奴に声をかけたな・・・」と、まずそ~な顔をしていたのです。 別に、私を助けたのではなく、私に連行されそうになったオッサンの方を助けたのだと思いますが、結果的には、私も助ける事になりました。


  とうわけで、私は窮地を脱し、家に帰る事ができたわけです。 だけど、いくら圧倒的な勝利に終わったとはいえ、こんな殺伐とした悶着があって、気分がいいわけがないのであって、それから二三日、相当には落ち込みましたよ。 下手をすれば、クビという結果も考えられるわけで、そうなれば、かなり厄介な事態になります。 喧嘩をしてスカッしてばかりいるほど、子供でもないわけです。

  事件のあった翌朝、直属の上司に呼ばれ、事情を訊かれましたが、その上司はその場にいなかったわけですから、喧嘩をする理由は無く、「犯罪者扱いされたので、図らずもキレてしまいました。 あなたには迷惑をかける事になってしまって申し訳ない」と、その点についてだけ謝り、ごく温和に話は済みました。 ただ、上司から、「つっばり続けると、却って面倒な事になるから、ズボンは私服にしてくれないか」と言われ、それには従う事にしました。 私だって、理屈は理屈、現実は現実と割り切る事はできます。 礼儀正しく温厚に言ってくれれば、上の指示に従うのに吝かではありません。 赤の他人に向かって、「おい、おまえ!」と呼び止める奴が問題なのです。


  その後、笑ってしまう事に、この退勤時の、≪身だしなみチェック活動≫は、廃止になりました。 タイミング的に見て、私がキレた事件が影響したのは、間違いないです。 一番には、監視人どもが、ビビッたんでしょうな。 あの連中、もう20年以上、中間管理職をやっていて、会社で人から怒鳴られた事など無かったので、「それでなくても、他の社員から鬱陶しがられているのに、こんな恐ろしい目に合わされたのでは、割に合わない。 それに、平社員に怒鳴られている所を知人に見られたら、恥かしくて顔も合わせられないではないか」とでも思ったんでしょう。 また、会社としても、門の外から見える場所で、怒鳴り合いなど繰り広げられては敵わないと思ったのだと思います。 とにかく、合理性の無い活動が廃止になったのは良かったです。

  それにしても、この不景気で、生産量が減り、業績低迷、赤字を垂れ流し続けているという折に、よくもこんな一円の利益にも繋がらない活動を思いついたものです。 こういう事を言い出す奴というのは、会社の利益など全く考えておらず、とにかく、自分がある役職に就いている意義を確認したいために、また、自分の発案で、ある活動を行なったという実績が欲しいために、こんな事をやらせているのです。 話になりませんな。 獅子身中の虫! 即刻クビにすべきでしょう。

  それと、あの監視人どもが、頭が回らない事にも呆れました。 言い争っていた3分間の内、相手のオッサンが答えたセリフは、「やっぱり~・・・」と、「ルールだから・・・」の二言だけでした。 信じられないでしょう? 50代半ばくらいの、いい歳こいた大人ですぜ。 そもそも、自分が始めた争いだろうが。 なぜ、もっと言い返して来ない? 理由は一つしかありません。 頭の回転が鈍くて、セリフを思いつかないのです。 そんな知能の弱い人間が、中間管理職とは、片腹痛いわ。 3分間の言い争いに二言しか答えられないような奴に、一体どんな仕事ができるんじゃい!

  上司の所へ連れて行かれそうになって、ビビるというのも、人格の小ささを露呈していますなあ。 口論のセオリーとして、相手の寄って立つ地盤を崩してしまうという手法があります。 上からの命令で動いている人間は、「その上の奴と話をするから、連れて行け」と言うと、自分が戦う理由を奪われてしまい、この上無い困惑に陥るのです。 中間管理職というのは、十人が十人、出世第一の輩ですから、下には強いが、上には滅法弱い。 上司の前で面目を潰されかねない事態に陥ると、大いに焦り、狼狽しまくります。 面白いといえば面白いですが、まあ、不様なものですよ。

  この連中が思い違いをしているのは、自分が上司が怖いのと同じように、平社員も自分を怖がってくれるだろうと、期待している点です。 何が、怖いものか! 終身平社員は、いつクビになっても困らないように、覚悟して生きているのであって、社長・会長ですら、ただの他人に過ぎません。 ましてや、部下がいない名前だけの肩書きなんぞ、まったく恐るるに足りません。 なんで、それが分からないかなあ?

  だからよー、社内で知らない人間に出会ったら、とりあえず、礼儀正しく接しておけっていうのよ。 そうすりゃ、噛み付かれる事なんてないんだから。 「おい、おまえ!」で呼び止めて、ホイホイ言う事を聞く他人なんているわけないだろが! まったく、今までの人生で、何を学んで来たのやら。 大方、会社の中の狭~い社会で、自分と関わりの深い人間とだけ付き合って来たんで、他人とどう接していいか真剣に考えた事も無かったのじゃろう。 哀れなものよのう。