2012/09/09

房総半島へ

  さて、8月16日です。 2012年、夏季連休のメイン・イベント、≪房総半島・鹿嶋灘、野宿ツーリング≫に出発する日が来ました。 朝4時半に起床。 両親が起き出して来ない、静かな内に、朝食と洗面を済ませ、荷物をバイクに括りつけます。

  早朝の事とて、近所迷惑にならないように、大通りまでバイクを押して行って、車の通過に合わせてエンジンをかけるのは、普段、早番の週の朝にやっている事と同じ。 発進したのは、5時前後でした。 遠出する時は、毎度の事ながら、「こんな旅行、しなくてもいいのに・・・」と、心の隅で後悔しながら、出発します

  清水町を抜け、三島に入り、国道1号に乗って、箱根を越えます。 沼津から東京方面に行くには、1号と246号と、東名と第二東名がありますが、有料道路は、端から考慮外。 246号は遠回りになるので、パス。 自動的に、1号が選択されます。

  三島から箱根峠までは、すぐそこ。 箱根は、霧でした。 しかも、濃霧。 元箱根までは、迷いようがありませんが、小涌谷の方へ上がって行ったら、≪お玉ヶ池≫の辺りで、道が怪しくなりました。 「あーれっ? 1号って、こんな所、通ったっけか?」 いやはや、箱根なんて、たまーにしか行かないし、何せ、濃霧で、周囲の景色が分からないものだから、不安の増大に耐え切れなかったのです。

  一旦、引き返したものの、3分もしない内に、「いいや、やはり、この道でいいはずだ」と思い直し、またUターンしました。 で、結局、それで良かったのです。 家に帰ってから調べたら、私が1号だと思っていたのは、旧東海道で、現在は、県道732号になっているとの事。 でも、どちらで行っても、箱根湯本まで下りれば、合流します。

  箱根湯本で、最初の休憩。 箱根を越えるだけで、1時間もかかってしまい、些か焦りました。 途中で、引き返さなかったとしても、10分も変わらなかったでしょう。 しかし、道も分からんのに、「箱根くらい、標識頼りで越えられる」と思い込んでいたのは、反省点ですな。

  相模湾の海岸線に出て、1号線を進み、二宮町からは、134号線に乗り換えます。 この道、≪西湘バイパス≫の続きで、有料道路ではないにも拘らず、スピードが非常に速い。 こういう所が怖いんだわ。 でも、私は、18年くらい前に、原付でここを通っているはずなんですよ。 道の様子は、おぼろげに覚えていましたが、よくこんな怖い道を、50ccで走ったものです。

  鎌倉市で、休憩。 7時頃ですが、まだ早いというのに、海へ向かう人間がいるのには、驚きました。 夏休みのせいか、妙に人が多い。 逗子市からは、三浦半島に入り、半島を斜めに突っ切る形で、山の中を横須賀市に向かいます。 三浦半島は、地図で見ると小さいですが、実際に行ってみると、結構大きくて、突破に時間がかかりました。 山道と言っても、山の中まで街が喰い込んでいるので、伊豆半島とは、全く雰囲気が違います。

  横須賀市の久里浜フェリーターミナルに到着したのが、8時20分。 ちょうど、船が出るところだったので、次を待つ事になりました。 駐車場に、車用とバイク用の待機場所が設けられていて、先着順に並んで、乗船を待つというシステム。 乗船券は、ターミナルの中に売り場があります。

  ≪東京湾フェリー≫のサイトに、「車検証を提示して、乗船券を買う」という記述があったような気がするのですが、私のバイクは、カバーを外さなければ、車検証が出せず、そのためには、ドライバーが要ります。 ところが、工具は持って来てないと来たもんだ。 「どーしたものか。 ターミナルで貸してもらえるだろうか?」と、悩みつつ、とりあえず、売り場へ行ってみたら、排気量を訊かれただけで、車検証の事には触れられないまま、乗船券を買う事ができました。 帰ってから調べてみたら、車だけの規定だったようです。

  バイクは、750cc以下が、片道で1640円。 今時、750㏄を境界にするというのは、大時代ですな。 ちなみに、750cc以上だと、1960円だから、結構違うというか、そんなものか、というか。 125cc未満は、1340円。 占有面積は、どれも、似たようなもんなんですがね。

  9時に乗船。 当然の事ながら、自力で走って、船の中まで入ります。 私は、先頭だったので、一番奥の壁際に停めました。 係の人が待ち構えていて、誘導してくれるので、間違えようはありません。 壁側にサイド・スタンドを立てて停めると、係の人が、車体の右側をベルトで、床から壁まで抑え、前後の車輪に輪留めをかませて、固定してくれます。

  航行中は、車両用デッキは立ち入り禁止になりますが、荷物は、バイクにつけたままにしました。 紐で括りつけてあるので、いちいち外したり、つけたりするのが、面倒臭いからです。 ペット・ボトルを一本だけ、ナップ・ザックに移しただけ。

  船内を見て回ります。 四階建てで、一番下が車両用デッキ。 二階は、半分が車両用で、残りが客室。 三階は、全部客室。 四階は屋上デッキです。 二階に載せる車は、スロープの通路を上って来るようです。 車に乗って来なかった徒歩客は、高架の連絡通路で乗船します。

  船の名前は、≪かなや丸≫。 3580トン。 最大搭載人員、600名。 搭載車両台数、20台。 ちなみに、東京湾フェリーは、二隻が行き違う形で往復していて、もう一隻は、≪しらはま丸≫と言います。 理屈から言えば、≪くりはま丸≫になるのではないかと思うのですが、まあ、私がそんな事言っても、詮無い事ですな。

  こんな大きな船に乗ったのは、それこそ、数十年ぶりなので、興奮が抑えきれず、あちこち見て回りました。 見晴らしがいいのは、なんてったって、屋上デッキですが、この日は天気が良すぎて、長時間いられなかったのは残念でした。

  9時20分、予定通り、出港。 フェリーは、前後の形が似ているので、どっちに進んでいるのか、よく分かりません。 そもそも、バイクで入って来た時、船首から入ったのか、船尾から入ったのかが、分からない。 確か、180度、向きを変えてから、港を出たような気がするのですが。

  出港前に、港の中に、カモメがプカプカ浮いていて、「そんな所にいて、スクリューに巻き込まれるなよ」と思ったのですが、余計な心配もいいところでした。 カモメの衆は、船が出るのを待っていたのです。 屋上デッキから、乗客が投げる餌を目当てに。 観光地の遊覧船なら、カモメが併走するのは、よく見る光景ですが、フェリーでも、追いかけるんですねえ。

  船が出た久里浜港の、すぐ北側が、ペリーが停泊したという、かの有名な、≪浦賀≫。 そういえば、久里浜の街の雰囲気は、下田にそっくりでしたが、徳川幕府は、こういう港町に、外国使節を足止めにするのが、好きだったんですかねえ。

  航行中は、基本的に、三階の客室にいました。 屋上デッキだと、一番前が、操舵室になっているようで、前方が見えないからです。 所要時間は、40分。 海は、山と違って、天気が良くても、眺望には限りがあります。 当たり前の事ですが、陸から離れると、海しか見えません。

  真ん中より、ちょっと手前辺りで、フェリーの進路を横切る形で、東京の方からタンカーがやって来ました。 他の客が、「このままで行くと、ぶつかる」とか、話しています。 私は、双方の位置から見て、フェリーの方が減速すると思っていたのですが、他の客のほとんどは、「タンカーの方が止まる」と言っていました。 人がたくさん乗っているフェリーの方に、優先権があると思ってるんですかね?

  やがて、船内で腹に響くような機械音がして、フェリーがスクリューを逆転させ、減速し始めました。 ほれ、見た事か。 ご丁寧に、船内放送で、「前を横切る船は、○○船籍のタンカーで、○万トンです」といった、説明が流されました。

  真ん中付近で、もう一隻のフェリー、≪しらはま丸≫とすれ違いました。 このパターン、ケーブル・カーに似ていますな。 もっとも、ケーブル・カーは、ワイヤーで繋がっているので、機構的に、否が応でも、真ん中ですれ違わざるを得ないのですが。

  相模湾は、結構な強風で、白波が立っているほどでしたが、東京湾は、至って静かで、まるで、湖のようでした。 船の揺れも、ほとんど無し。 ただし、船酔いはしました。 朝、飴を持って来るのを忘れたため、酔うに任せるしかありません。 たぶん、船内の売店でも飴くらいあったと思いますが、40分のために、わざわざ買いません。

  ちなみに、私の場合、船酔い、車酔い、高山病の類は、飴かガムを口に入れていれば、大概、予防できます。 富士山に登った時にも、麓のコンビニで、飴を一袋買って行ったおかげで、快調に頂上まで登れました。 酔い止め薬でなくても、飴で充分。 要は、酔いを感知する神経を、他の事に集中させて、麻痺させしまえばいいのですよ。

  タンカーを避けて、減速した分、遅れたのか、10時5分過ぎくらいに、千葉県の金谷港に入港しました。 着岸する前に、180度転回しましたが、よく、あんな狭い所で、器用に大きな船体を回せるものですな。 意外ですが、車などより、船の方が、よほど、小回りが利きます。

  船内放送に従って、車両用デッキに下ります。 係の人がバイクを固定していたバンドを外してくれるので、後は、乗った時と同じように、自力で走って出て行く事になります。 進行方向に向けて出る形になりましたから、入った来たのとは、逆方向に出たわけですな。 今思うと、たぶん、船首から乗って、船尾から出たのでしょう。

  車が先に出始めましたが、別に、バイクの方が後という決まりがあるわけではないようで、車の間に割り込んでも良かった様子。 待っていて、損しました。 車の方は、係の人が誘導して出していましたが、バイクの方には、何の説明もありませんでしたから、分からなかったのです。

  さて、金谷港に上陸。 千葉県富津市です。 港もターミナルも、久里浜港に比べると、かなり小さいです。 しかし、帰りは、フェリーに乗らないので、ここを利用する事は、もうありません。 とりあえず、駐車場の出口にあった地図を見てから、港を後にしました。

  正直言いますと、このフェリーの航海が、この旅の中で、一番面白かったです。 一度は、乗ってみるものですな。 こんなに簡単に乗れるとは思わなかった。 昔、≪鳥羽水族館≫に行った帰り、鳥羽から伊良湖岬までフェリーに乗るかどうか迷った末、お金が惜しくて、諦めた事があるのですが、あの時、乗っておけば良かったと、今頃、後悔しました。


  さて、いよいよ、房総半島です。 千葉県に足を踏み入れたのは、四半世紀ぶり? えっ、そんなに経ってる? 私も歳を取るわけですな。 家族旅行で来た時、富津市も通っているはずですが、その時は電車だったので、風景には、記憶の痕跡もありません。

  金谷港は、房総半島の東京湾側で、もう、かなり下の方です。 そこから、反時計周りに、進みました。 港町の風景が、伊豆半島の西海岸に酷似しています。 ただし、伊豆半島のように、町と町の間が、断崖のワインディング・ロードという事は無く、海岸線の道路は、ほぼ、平地です。 走り易くて、大変、ありがたい。

  かなり大きな街、館山を通過。 海岸線をトレースし、最初の目的地、≪洲崎灯台≫へ。 「すのさき」と読みます。 しかし、駐車場が、観光客相手の商店のものしかなく、有料だったので、灯台の下まで行くのは諦めざるを得ませんでした。 こういう商売の仕方は、伊豆にそっくり。

  幹線道路の向かいの山側に、墓地があったので、斜面の階段を上がり、灯台の写真だけ撮りました。 お盆期間中の事とて、墓地の上の方から、御詠歌が聞こえて来ます。 誰何されない内に、さっさと退散。 この辺りの海岸からは、富士山が見えます。 夏山なので、真っ黒で、シルエットのよう。

  ≪房総フラワーライン≫という道を走ります。 ここで、問題が発生。 荷物のリュックを、バイクの荷台の上に横にして括ってあったんですが、サイド・ポケットの片側、ペットボトルを入れてある方が垂れ下がって、ウインカーを隠してしまっている事に気付いたのです。 パトカーや白バイに、後ろにつかれたら、指摘されずには済まされません。

  ≪館山カントリークラブ≫というゴルフ場の前で停まって、「どうしたものか…」と悩む事、暫し・・・。 リュックの括り方を、縦に変える事にしました。 左右対称ではなくなりますが、この際、そんな事は、どうでも宜しい。 左右に食み出る部分が無くなるので、その方が、安定もよくなります。 対策というのは、考えれば、思いつくもんなんですなあ。

  11時40分頃、≪ODOYA(おどや)≫というチェーン・スーパーで、パンを買いました。 白あんぱん90円、あらびきソーセージパン115円。 ≪ODOYA≫という店、この前も、この後も、千葉県内の至る所で目にしましたが、元は、どういう漢字なのか、気になるところです。

  ≪房総フラワーライン≫を南下し、半島最南端の、≪野島崎灯台≫へ着いたのが、12時10分頃。 ここは、無料でとめる場所がありました。 道路脇の公衆トイレの裏手にとめて、リュックを外し、背負って、灯台へ。 重いですが、ここで、昼を食べるつもりだったので、荷物を置いていくわけには行きません。 ツーリング中に、荷物を着けたまま、バイクを離れ、戻って来たら、盗まれていた、というのは、ライダー経験談で、割とよく聞く話。

  灯台の下まで行ってみると、灯台に登るのには、料金がかかるとの事。 200円でしたが、灯台というのは、登ってみたくなる割には、どこもみんな同じ景色で、特徴が無いというのを経験的に知っているので、パスしました。 また、荷物を背負って、灯台の螺旋階段を登るのは、きついんだわ。

  灯台の下の海浜公園で、昼食。 その後、海の方を歩き、≪房総半島最南端の碑≫を見ましたが、綺麗な石で、古い物のようではなかったです。 この辺りの海の岩は、みんな堆積岩でした。 火成岩で出来た伊豆半島とは、成り立ちが違う模様。

  次の目的地は、≪九十九里浜≫です。 野島崎からしばらくは、予定ルートより海側にあった町道を走りました。 そちらの方が、制限速度50キロで、幹線道の40キロより速いのです。 この辺り、延々と、港町が続いている感じ。 やはり、房総は、伊豆より、広いですなあ。

  鴨川は、大きな街でした。 有名な≪鴨川シーワールド≫の前を通りましたが、時間が無いので、もちろん、パス。 道のあちこちに、駐車場の誘導係が立っていて、規模の大きさと人気を垣間見せてくれます。

  3時頃、いすみ市のコスモ石油で給油。 リッター、138円。 8.55リットルで、1180円。 家から、ここまでで、250キロくらい。 途中、フェリーを挟んでいるので、ツーリングとしては、大した距離は走っていません。

  ≪九十九里ビーチライン≫に入る道が見つからないので、本屋に入って地図を見ました。 立ち読みで、申し訳ない事ですが、こういう時、書店は、本当にありがたいです。  コンビニにも地図はありますが、地図だけ見て出て来るのは、心苦しくてねえ。 その点、本屋なら、目立ちませんから…。 確認したところ、道は間違っていませんでした。 次の一宮市に入ってすぐに分岐があるとの事。

  九十九里浜は、専門学校に行っていた頃に、合宿で一度来ているんですが、記憶が結びついたのは、海岸から少し奥に入った所を通っている昔ながらの道路だけ。 しかも、雰囲気だけです。 一体、どの辺りに泊まったんですかねえ。 今は昔・・・。

  海水浴場の一つに出て、写真だけ撮りましたが、どこであっても、海水浴場というのは、あまり、気分のいい場所ではありませんな。 あの、所在無くうろうろしている、刺青のオッサンというのは、どうにかならんのですかね? 泳ぐでもなく、遊ぶでもなく、一体何しに海に来ているのか、さっぱり分かりません。

  ≪九十九里ビーチライン≫を、ひたすら、北上。 銚子市の手前の旭市で、5時になりました。 日の長い真夏であっても、5時になったら、野宿場所を探さなければなりません。 暗くなってからでは、遅いからです。 これは、18年前に会社の先輩のアウトドアの達人から教わった教訓です。

  まずい事に、房総半島の東岸というのは、平地が多く、山が遠いです。 見える範囲に山が無いと言ってもいい。 一番安全な野宿場所は、林道の支線なんですが、山が無い場合、探しようがありません。 次は、海岸の防風林の中ですが、ここでは、風向きの関係で、防風の必要性が薄いのか、防風林が貧弱で、とても、バイクとテントを隠せるようなボリュームはありません。

  これは、困った。 道の脇に、「民宿 素泊まり、2300円」などという看板を見つけると、「少々、金を払っても、民宿に泊まってしまった方が、安全かな」という誘惑に駆られるのですが、予約も何もしていませんし、せっかく持って来たテントが無駄になるのも嫌だし、踏ん切りがつきません。

  その内、≪飯岡灯台≫という所に着き、ここで、丘を発見しました。 海に突き出た丘の上に灯台があるんですな。 山というには低過ぎですが、一応、道がついていますから、野宿場所を探してみる価値はあります。 灯台の裏手に、閉鎖されたラブホテルの廃墟があり、敷地内に入れるようでしたが、不気味過ぎて、パス。

  附近の農地を、ぐるぐる回っている内に、収穫後で何もない畑の奥の方に、ようやく、死角になった場所を見つけました。 当然の事ながら、人様の土地なわけでして、見つかれば、警察行きになりかねないのですが、農家の人というのは、日が暮れれば、帰ってしまいますし、今までの経験から言って、まあ、大丈夫だろうと、判断しました。

  一度、幹線道路に戻って、最寄のコンビニで、夕食と朝食のパンを買い、家に電話して、野宿場所を知らせました。 ちなみに、携帯全盛時代の今では、公衆電話は、利用者が少ないため、どこでも大変清潔に保たれています。

  も一つ、ちなみに、私は野宿する時は、煮炊きは絶対にしません。 そもそも、キャンプが目的ではないですし、何より、枯れ草等に火が燃え移るのが怖い。 食事の準備を大掛かりにすればするほど、土地の人に発見される率が高くなり、無用の悶着に繋がります。 せいぜい、奮発しても、コンビニの弁当くらいで充分です。

  コンビニから出ると、道路を挟んで、灯台の丘とは向かい側にも、丘がある事に気付きました。 そちらにも、道が入っているので、念の為、調べてみたら、同じような収穫後の畑で、最初の所よりも、更に目立たない場所を発見しました。 おお、こっちの方がいいじゃん。

  で、その畑の脇にバイクをとめ、夕食を食べながら、日が落ちるのを待ちました。 すぐにテントを張らなかったのは、もし、畑の持ち主が見に来た場合、素早く退散する為です。 そういう時、開き直って、「一晩、ここで、寝させて下さい」などと、話を持ちかけるのは、厳禁。

  農家の人というのは、よそ者に対しては、大変ドライですから、そんな、自分に何の得も無い話に応じたりしません。 警察へ突き出されるのがオチ。 見つかった時点で、尻尾を巻いて逃げ出すのが、最上策なのです。 向こうも、「変な奴を追っ払ってやった」と溜飲が下がるので、それ以上、事を大きくしたりしません。

  6時半まで待ちましたが、誰も来ないので、テントを張りました。 私のテントは、ビニールと布で自作したもので、バイクのミラー支柱と、立ち木の間に紐で吊るすようになっています。 設営は簡単至極。 明朝は、暗い内に出発する事になるので、眠る前に、髭を剃り、歯を磨いておきます。 7時には、テントに潜り込みました。

  朝4時半に起きてから、フェリーに乗っている間と野島崎灯台を見ている時を除けば、ずっと走りづめで、疲れているはずなんですが、13年ぶりの野宿で緊張しているせいか、全く眠れません。 うとうとしても、10分くらいがいいところ。

  夕方は、昆虫達の活動時間帯らしく、カナブンがテントに侵入してきて、ガザガサ凄い音を立て、ギョッとしました。 他は、蚊ですな。 よそ者の闖入者の身としては、あまり殺生はしたくないのですが、やむなく、何匹か潰しました。

  通気用に張ってある布の部分が、13年間しまっておいたせいで、目詰まりしていたらしく、息苦しくなって来たのにも、閉口しました。 窒息してはたまらないので、隙間を開けるんですが、そうすると、また、蚊が入ってくるという悪循環。

  テントを張った場所が、少し傾斜していたのも、良くなかったです。 寝返りを打って、体を横にすると、前側に倒れたり、後ろ側に引っ張られたりして、安定しません。 しかし、もう暗くなっているので、今更、張り直す事もできません。 プチ地獄ですな。

  そして、眠れようが眠れまいが、夜は更けて行きます。

  一日が終わった切りのいいところで、今回は、ここまでにします。 続きは、次回。


↑ かの有名な、≪江の島≫。 ここまでで、家から、1時間45分くらい。 割と近くにあるのに、一度も行った事がありません。 休憩は、一時間に一度を目安にしていたので、ここで休むわけにはいかず、信号待ちで停まった時に、素早くカメラを出して、写真だけ撮りました。


↑ 神奈川県横須賀市にある、≪東京湾フェリー≫の久里浜港ターミナルと駐車場。 久里浜の街を、川に沿って、河口まで下り、右手に曲がると、否が応でも、フェリー乗り場が目に入ります。 迷いようのない場所にあるので、とにかく、久里浜まで来れば、見つけられます。


↑ 車・バイクの待機場。 予約は無く、先着順に、駐車場の上に書かれた、番号付き区画の上に並べ、その順番で乗船します。 私が来た時、ちょうど、前の便が出るところだったので、一便後の先頭になりました。 この後、バイクは、6台くらい来ました。


↑ フェリー岸壁。 オレンジのゲートがある所へ、船首か船尾を着けます。 右側にある高架通路は、徒歩客用。 更に右側に、二階デッキに入る車が上る、スロープ通路があります。


↑ 自走して乗船すると、バイクは、壁際に誘導されます。 壁側にサイド・スタンドを立てて、バイクを降りると、係の人が、床と壁に張るバンドで、バイクの右側を抑え、前後の車輪に輪留めをかけて、固定してくれます。 


↑ 3階の客室デッキ。 「とりわけ、屋外が好き」というのでもない限り、 ここにいれば、問題無し。 売店があり、飲食物を売っているようですが、私は買いませんでした。 40分の旅ではねえ。 もちろん、トイレもあります。 


↑ 4階の屋上デッキ。 屋上は、船首側の先端を除き、屋根のある部分はありません。 これは、船尾方向を見た景色。 カモメが随伴して、餌を貰っています。 彼方に見える陸地は、久里浜港。 右端の方が、浦賀です。


↑ 航路の途中で、交差する形になった、大型タンカー。 フェリー側が減速し、タンカーが先に通りました。 船内放送で、タンカーの船籍と排水量が説明されましたが、メモを取っていなかったので、忘れてしまいました。


↑ 車満載の車両デッキ。 20台載せられるそうですが、こうして見ると、もっと載っていそうな気がしますな。 これは、すでに、金谷港に着岸し、これから上陸しようという時の写真。


↑ 千葉県富津市の、金谷港ターミナル。 帰りは、フェリーに乗らなかったので、こちらの建物には入りませんでした。 無事に上陸できて、ほっとするかと思いきや、この旅の目玉だったフェリー体験が終わってしまったためか、これからバイクで走るのが、些か億劫になっているところ。


↑ ≪洲崎灯台≫。 房総半島の南の方で、東京湾側に飛び出している岬にあります。 灯台は、右上の端っこに写っています。 真ん中を横切っている道路は、県道257号。 本来は、画面奥へ延びる細い道路を通って、駐車場まで行きますが、有料なのを嫌って、手前の山の斜面にある墓地に上って、写真だけ撮りました。


↑ ≪ODOYA(おどや)≫という、千葉県の地元チェーン・スーパー。 そこら中で見ました。 店は、そんなに大きくありませんが、コンビニよりは、ずっと強力です。 昼飯に、パンを二つ買いました。


↑ ≪野島崎灯台≫。 房総半島の南の先端にあります。 昔、家族で房総へ来た時に、母がここへ寄りたいと言うのに、私が面倒臭がって、パスしたという曰く付きの場所。 近づくのは無料ですが、灯台に上るのは、有料。 


↑ 房総半島の最南端。 ≪最南端の碑≫がありますが、どうしても見に行かなければならないようなものではありません。 岩の上にベンチが据えてあり、そちらの方が気になりましたが、先客がなかなかいなくならず、座る事はできませんでした。 この辺の岩は、全て、砂岩でした。


↑ ≪九十九里浜≫。 海岸線に一番近い道路でも、海は見えないので、テキトーな海水浴場に出て、写真だけ撮りました。 まーあ、他人の裸なんぞ見ても、汚らしいだけですな。 早々に退散。 砂は、灰色と茶色の中間みたいな、薄い色。


↑ バイクと立ち木の間に張った、ビニール・テント。 畳むと、リュックのポケットに納まってしまうのと、設置に3分しかかからないのが、特長。 問題は、中に入って一時間も経つと、体から出る湿気で、内側がびしょびしょになる事です。 改良の余地あり。


↑ 日没後、暫く経った頃の西の空。 この日、最後の写真です。 夕日は、日常生活でも、割とよく見るのですが、こういう場所で見ると、特別の感慨があります。 原始生活に戻った感じ。