2015/10/25

終の棲家

  NHK総合で、木曜夜10時55分から放送している、25分間の情報番組に、「所さん!大変ですよ」というのがあります。 スタッフが調べて来た、世相の変わった現象を、ビデオ映像を中心に、男性アナが紹介し、司会の所さんと女性アナ、及び、三人のコメンテーターが、それを見て、ああだこうだと語る番組。

  所さんと女性アナは、司会という事になっていますが、実際には、彼ら二人がコメンテーターで、三人のコメンテーターは、専門家として呼ばれており、情報の補足役です。 そういや、所さんは、司会として出ている番組が多いですが、その実、本当に司会をやっているのは、一つ二つくらいで、ほとんどの番組では、コメンテーターしか、やっていませんな。 その事に気づかない視聴者も、結構いるのでは?

  本業は、あくまで、ミュージシャンですが、この人の最大の才能は、コメントの面白さでして、所さんの番組を見たがる視聴者は、所さんが何を口にするか、それが聞きたくて、大して興味のないビデオでも、つきあって見ているのだと思います。 おそらく、現在、日本のテレビ出演者の中では、ダントツの才能。 冠番組を、いくつも掛け持ちできるのは、司会を人に任せて、コメンテーターの立場で、気楽に出演しているからでしょう。 全部で、司会をやっていたら、体がもちません。

  いまや、芸能人は、掃いて捨てるほどいますが、コメントだけで喰って行ける人は、指を折って数える程度でしょう。 全く同じ才能を、北野武さんも持っていますが、ここ数年、言葉が聞き取り難くなってしまったのが、残念。 ちなみに、タモリさんは、コメントだけだと、あまり、面白くないです。 不思議な事に、関西出身の芸人には、この種の才能を持った人が少なくて、冠番組で、全力で司会をやって、燃え尽きてしまう傾向があります。


  いきなり、脱線してしまいましたが、「所さん!大変ですよ」の話でした。 この番組、時々、見ているんですが、10月15日の回を、たまたま見ていて、この番組には珍しく、興味を引かれました。 自分に関係して来るかも知れないテーマだったからでしょう。 その回のタイトルは、

「一軒10万円!? 超格安“土地つき一戸建て”の謎」

  というもの。 東京から、車で2時間の距離にある、茨城県鉾田市に、バブル時代に売り出され、その後、ゴースト・タウン化した別荘地があり、長年、荒れるに任されていたのを、リフォームなしの格安価格で売り出したら、高齢男性達が、首都圏から移り住んで来て、飛ぶように売れてしまったという話。

  移り住んで来た人達の事情は様々で、生涯独身者、熟年離婚者、妻と死別した人、母親を看取った後、終の棲家として、そこを選んだ人など、いろいろ出て来ました。 いずれも、すでに、仕事はしていない引退者で、壊れかけていた家を、自力で修繕し、一人で暮らしています。 家の広さは、元々は家族向けの別荘だったわけで、一人で暮らすには、充分です。 車を持っている人が多く、ペットは、犬を飼っている人が二人、インコを飼っている人が一人、登場しました。

  特に、男性の方々に言いたいのですが、この番組、アンコール放送が結構あるので、もしまた、この回を放送するようだったら、是非、見ておいた方が良いと思います。 こういう老後の姿があるのだという事を知っているだけでも、大変な参考になると思うからです。 登場した人達の中で、全面的に満足していると言ったのは、一人だけでしたが、傍から見ると、涎を垂らして羨ましがる人達が、膨大な数に上るんじゃないでしょうか?

  この番組は、「社会問題というほどではないけれど、ちょっと、心配な兆候が見られる」というテーマを、主に取り上げているのですが、この回に限っては、心配な事と言えば、番組を見て、「俺も! 俺も!」と、高齢男性達が、茨城県鉾田市に殺到するのではないかという、それだけですな。 こーんな、自由な暮らしが、他にあるでしょうか? いいや、あるはずがない。

  今時の、低空飛行志向の若者なんか、「歳を取るのが待ちきれない! 今すぐにでも、こんな生活がしたい!」と思う事でしょう。 だけど、残念だったな。 年金受給しているか、ある程度、貯金がないと、こんな生活は、無理なのさ。 引退者の特権だね。 しかも、男性だけの。 女性では、荒れ果てた別荘を修繕するなんて、とても、できないでしょうし、一戸建てでの一人暮らしは、危険過ぎます。


  テレビ朝日に、「人生の楽園」という番組があり、もう、随分長い事、続いていますが、あちらは、夫婦で、都会から田舎へ引っ越して、ペンションや、店、農業などを始めたという人達が対象。 最初の頃は見ていたんですが、その内、見なくなってしまいました。 生涯独身者の私とは、縁が薄い生活であるのも然る事ながら、社会の事を知れば知るほど、世の中には、そんなに幸福な人などいない事が分かって来て、番組では映されない裏側が想像できてしまうようになったのです。

  ペンションも、店も、事業ですから、中には、経営に失敗して、行き詰ってしまった夫婦もいると思うのですがね。 いまや、私は、「第二の人生」などという考え方自体に、疑いを抱いています。 そういう生き方をしている人達は、自分の寿命が、無限にあると思っているんじゃないでしょうか? 第二の人生を始める為には、第一の人生で貯えた資金を投入する事になりますが、失敗した場合、一気に、生活保護まで落ちてしまいます。 他人のお金に頼って暮らす事になるわけで、それを思うと、軽々に踏み出せるような道ではありますまい。

  その点、こちらの人達は、まず、「諦め」からスタートしているので、逆に、見ていて、安心できます。 「これから、一旗挙げよう」などと、大それた事は考えておらず、貯金と年金を計算して、確実に続けられる生活だけをしているんですな。 欲がない分、無敵に近いです。 そもそも、「後は、死ぬだけ」と、覚悟してから、住み始めているのですから、死すら、怖がっていないわけだ。


  物件が、土地・家屋付きで、30万円とか、10万円とか、格安を通り越して、激安、爆安である事が強調されていましたが、その点は、あまり、細かい事を言わない人が多いんじゃないでしょうか。 土地・家屋を買おうと考えている人は、10万・20万の差など、気にしないからです。 一千万円くらいは、覚悟しているのが普通なので、100万円を切っている物件なら、どれでも、同じに見えると思います。

  ちなみに、そこの別荘地は、すでに、荒れ果てて久しく、家屋の方は、どれも、値段がつくような物件には見えませんでした。 値段の差は、「土地が、平地か傾斜地か」、「交通の便が、良いか悪いか」などの要素で決まっているんじゃないでしょうか。 歳を取って来ると、交通の便は、結構、重大でして、車がなくて、徒歩や自転車で買い物に行く場合、最も近い食料品店から、どれだけ離れているかで、その家に住み続けられる限界が決まって来ます。

  車がある場合、道さえ通じていれば、どんなに辺鄙な所でも生活できますが、何歳まで車に乗れるかは、考えておかなければなりませんな。 車を運転できないほど衰えてしまったら、自転車も、たぶん、乗れなくなっていると思うので、移動手段は、徒歩オンリーになりますが、そうなったら、近くに食料品店がなければ、餓死してしまいます。 「それはそれで、いいではないか」という見方は、ひとまず、措くとして・・・。


  登場した人達が、一人を除いて、一様に口にしていたのは、「寂しい」という事でした。 それは、よく分かります。 だけど、場所が辺鄙だから、寂しいのではなく、一人暮らしそのものが寂しいのであって、それは、街なかのアパートなどに住んでいても、変わらないと思います。 一人暮らしに憧れているのは、世間知らずの、アホな高校生だけでして、実態を知っていれば、怖気を振るいこそすれ、憧れたりなんぞするものですか。

  でも、ここの人達は、仕事をしていないから、街なかの一人暮らしより、ずっと、ストレスが少ないと思うのですよ。 職場で、負いたくもない責任を負わされたり、嫌な奴との刺々しい関係を耐え忍んだりしていて、その上、一人暮らしだと、愚痴をこぼす相手もおらず、生きているのが、くさくさ、嫌になってしまいます。 その点、仕事をしていないのなら、私生活の事だけ、心配していればいいのであって、気楽なものです。

  私も、岩手異動の時、独身寮で一人暮らししていて、職場でも碌な事が起こらず、ストレスを発散できるところがなくて、鬱病になりかけましたが、退職を決めて、出勤しなくてもいい身になった途端、ドーンと、お気楽な気分になり、寮を引き払うまでの十日あまりの間、三度三度の食事の準備なども、嬉々として楽しんでいました。 仕事が良くないんですよ、仕事が。


  コメンテーターの一人が、「犬は、ポイントですよ。 犬がいると、友達になれるんですね」と言い、所さんも同意していましたが、確かに、その通りだと思います。 「女性と一緒に暮らしたい」というような事を言っている人もいましたが、気持ちは分からないではないものの、引退男性と一緒に暮らそうという女性には、毒物を隠し持っている危険性が、常に付き纏います。 実際、保険金目当てで、夫を殺す事件も多いですし、やめておいた方が、無難でしょう。

  どうせ、異性なんて、心を割って話し合える相手にはなりませんよ。 これは、女の側から見ても、同じ事でして、生活が苦しいから、貯えがある爺さんを捉まえて、テキトーに家事だけやってやって、そいつの金で喰わせてもらおうと目論む女性が多いようですが、よせよせ、碌な目に遭いませんよ。 性別も違う、世代も違うでは、共通の話題なんか、何もないのであって、爺さんがくっちゃべる、糞下らない話を、延々と聞かされるのは、地獄ですぜ。

  それでも何とか、我慢できるのは、その爺さんが、自力で動ける間だけでして、寝たきりになったが最後、赤の他人の糞尿の始末で明け暮れる事になります。 それこそ、毒殺でもしない限り、そんな生活が、何年続くか、分かりませんよ。 「そんな事をする為に、生まれて来たわけではない」と、何歳になっても、思うと思うんですがね。 相手が、自分の親なら、まだ分かりますけど。

  男性側にしても、いくら、女性とはいえ、皺だらけの歳では、イチャつくわけにも行きますまい。 想像するだに、醜悪この下ない。 で、やっぱり、話し相手にはならないのです。 女性に、よく、いますよねえ、「うん、うん」と、テキトーな相槌だけ打って、その実、こちらの話を何も聞いていない人。 興味がないんですよ。 男の考えている事なんか。 ぜーんぜん。

  「食事を作ってもらえる」なんて、期待している人もいるでしょうが、歳をとったら、尚の事、家事は、自分でやった方がいいと思いますよ。 体を動かさなければ、頭も体も、衰える一方です。 糖尿病も怖い。 生活習慣病なんて、自分で動いていれば、難なく、避けられる事ばかりです。

  む・・・、また、脱線していますな。 戻しましょうか。 犬の話でした。

  その点、犬は、主人を、毒殺しませんし、「あれが欲しい、これが欲しい」と、引退者には到底応じられないような、無茶な要求もしません。 主人を軽蔑して、隣の部屋で、聞こえよがしに毒づく事もないです。 生きて行く上で、何が嫌だと言って、同じ家の中に、「敵」が住んでいる事ほど、嫌なものはありませんからのう。 歳を取ってから、伴侶が見つけられるなどとは思わずに、犬を可愛がっていた方が、ずっと、充実度の高い生活になると思います。 

  猫が好きな人なら、猫を飼えば、もっと、いいかも知れませんな。 なぜというに、猫は、登録も、注射も必要ないし、散歩にも連れて行かないで済みます。 かかるお金は、エサ代だけ。 外飼いしていれば、歳をとっても、要介護にならず、そっと姿を消して、死んでくれる点も、密かにありがたい。 犬ほど、同志意識は、高まらないかも知れませんが、もともと、猫好きなら、そんな事は、気にならないでしょう。


  「子供達が、いつ、孫を連れて来てもいいように、三ヵ月かけて、囲炉裏を作ったが、ほとんど、使う事はない」という人がいました。 いや、その気持ちも、よく分かります。 完成後の使い道を、あれこれ想像しながら、物を作るのは、楽しいものです。 だけど、遠くに移り住んでしまうと、子供や孫は、まず、来ないでしょう。 年に一度、様子を見に来れば、多い方なんじゃないでしょうか。

  その人は、180万円と、結構、高い物件に住み、車も持ち、犬も飼っていて、他の人達より、裕福に見えましたが、なまじ、子供や孫がいるから、「なぜ、来てくれないのか?」と、寂しく感じてしまうんでしょうなあ。 期待があるから、失望もあるのであって、最初から、そんなのがいなければ、ずっと、気楽に暮らせると思います。


  一番、幸福そうに見えたのは、支配欲の強い母親に、ずっと、人生を抑えつけられて来て、母親を介護して看取った後、ここへ来て、自分のしたかった事をしているという人でした。 この人だけが、ここの生活に、「全面的満足」の意を表明していたのですが、この人は、ここへ移り住む事で、人生を成功裏に締め括れる位置に、一気に昇りつめたんですな。 こんな幸福な老後を暮らしている人は、そうそう、いますまい。

  何度も言うように、家族がいても、自分が愛されていないのなら、それは、同じ家の中にいる、「敵」です。 金持ちが出て来るドラマを見ると、財産欲しさに、心底、憎みあい、恨みあい、毎日、罵りあっている家族が出て来ますが、あんなのは、自分から進んで、地獄に暮らしているようなもので、幸福とは、対極にある生活です。 一人暮らしの方が、どれだけ、幸せか分かりません。

  ここに暮らしている人達は、必要にして充分な生活をしている上に、何よりも、家の中に、「敵」がいません。 犬もインコも、みんな、自分の味方です。 こんな、恵まれた生活が、他にあるでしょうか? 「寂しい」のだけが、問題点ですが、それは、一人暮らしに限った事ではなく、家族と一緒に暮らしていても、老人は、大抵、他の家族から相手にされず、寂しい思いをしているものです。 変わりゃしませんよ。



  思うに、この番組の、この回、密かな激震を、日本全国に走らせたのではないでしょうか。 鉾田市だけでなく、全国のゴースト・タウン化した別荘地で、100万円以下の物件を探す人が、激増するに違いない。 惜しむらく、大抵の別荘地は、山の上の方にあって、鉾田市のそれのように、交通の便が良くないのですが・・・。 それでも、「敵」と暮らし続けるよりは、ずっと、マシ。

  若い頃の魅力など、遥か昔に消え失せて、すっかり、妖怪と化した女房に、奴隷同然に扱き使われている、憐れな亭主達など、「俺も・・・、俺も、こんな生活がしたい。 何の価値もない女に求婚してしまったばかりに、一生を棒に振ってしまったが、最期だけは、せめて、人間らしく死んで行きたい」と、ぼろぼろ涙を零しているのではないでしょうか。