ワイヤー・ロック 前編
今回は、自転車ブログの方に書いた記事からの移植です。 自転車ブログの方には、新たな記事を書くのに、こちらには書かないのは、こちらの専用記事を書いても、他へ使い回す事ができないから、という、いやらしい事情があります。
香貫山の登り口の一つで、路肩にとめてあった自転車です。 毎日、登山する人が、麓まで自転車で来て、ここにとめて、山だけ登るんですな。 路肩ですから、違法駐輪ですが、多い時でも、5台くらいで、大した迷惑でないからか、取り締まられる事もなく、長らく、この状態が続いています。
いや、別に、違法駐輪を吊るし上げようというわけではありません。 私の家から遠い所ですし、余計な事を言う気はないです。 警察に取り締まりを依頼するにしても、それは、この近所の人達がすべき事ですな。 法律というのは、緩ければ緩いほど、暮らし易いもので、誰も文句がないのなら、このままでもいいんじゃないでしょうか。
では、何が言いたいのかというと、前籠に、ワイヤー・ロックが通されている点に、注目したのです。 前輪ではなく、前籠の格子にかけられています。 まったく、ロックの意味なし。 ただし、馬蹄錠はかけられているので、この自転車の持ち主に、防犯意識がまるでないという事はありません。 ワイヤー・ロックは、セカンド・ロックとして、一応、買ったけど、使ってないだけなわけだ。
恐らく、最初の内は使っていたんでしょうが、面倒臭くなって、やめてしまったんでしょうな。 更に、細を穿って推測するなら、出先ではかけても、家ではかけないという人で、ワイヤー・ロックそのものを盗まれてしまわないように、前籠にかけて、キーだけ抜いて、家の中に置いておくようにしていたのが、出かける時に、キーを忘れる事が多くあり、出先で、かけたくても、キーがないから、かけられない。 そんな事が続く内に、ワイヤー・ロックなんか、どうでも良くなってしまったのではないかと・・・。 ありそうな事です。
で、ここからが、本題ですが、人様の自転車の事なんか、どーでも宜しい。 ただ、このワイヤー・ロックを見て、私が過去に買ったワイヤー・ロックの事に思いを馳せたというのが、今回の話題です。
構造の単純さから考えて、ワイヤー・ロックという製品そのものは、私が子供の頃、つまり、40年以上前からあったと思うのですが、買う事はなかったです。 自転車には、標準装備で、前輪フォーク左側に、ストレート・タイプのシリンダー錠がついていましたから、それで充分だったんですな。 実際、自転車を盗まれたという経験はありません。
私が、初めて、ワイヤー・ロックを買ったのは、1988年でして、自転車にかけるためではなく、スクーターの為に買いました。 当時、東京の専門学校に通っていたのですが、自宅から沼津駅まで、スクーターで行って、駅近くの駐輪場にとめて、そこから、電車で東京まで行っていました。 普通列車で、片道、3時間かけて。
「えっ! そんな生活できるの?」と思った方もいるでしょうが、「できるか、できないか」という設問になら、「できます」というのが、回答になります。 だって、私、やってましたから。 進学で、都会の学校に通う事になった人で、ろくに考えもせずに、実家を離れて、独居を選ぶ人は多いですが、まず、実家から通えないかどうか検討してみるべきですな。 独居なんて、金はかかるわ、侘しいわ、物騒だわで、ろくなもんじゃありません。
「独居じゃないと、友達が出来ない」? いやー、関係ないんじゃないですか。 そもそも、学生時代の友人を、ありがたがりすぎるのは、問題でして、卒業してしまえば、結局、違う仕事に就く事になるから、交友関係は、一から作り直す事になります。 休日の数は限られているのに、昔の友人とまで付き合いを続けていたら、体が幾つあっても足りないでしょうが。
片道3時間は極端なケースですが、2時間以内なら、もう絶対に、通った方が得です。 特に、独居費用を稼ぐ為に、バイトに時間を奪われて、肝心の学業が疎かになってしまっているような人は、すぐにでも、考え直した方がいいです。 実家から通っていれば、親との間に、心の溝が出来る事もありません。 もっとも、後々、老後の面倒を見させられる事を恐れて、一刻も早く、一キロでも遠く、親元から逃げ出したいと目論んでいる人には、こんなアドバイスは、何の意味もありませんが。
おっと、脱線、脱線。 話を戻します。 で、初めて買った、ワイヤー・ロックですが、スクーターの為と言っても、別に、スクーターの車輪にかけていたわけではありません。 雨の降る日は、合羽を着るわけですが、駐輪場で合羽を脱いだ後、合羽を盗まれないように、袖と片脚に通して、前籠にロックして行ったのです。
「人が脱いだ合羽なんて、盗む奴、いるのかあ?」と、へらへら締まりなく笑っている、そこのあなた。 世間に対する認識が間違っています。 どんな物でも、盗む奴は、盗みます。 合羽の場合、欲しいから盗むという奴は少ないでしょうが、その場限り、雨がしのげればいいという理由で盗むような輩なら、駅近くの駐輪場辺りには、いくらでもやって来ます。
「あー、雨がひどくなっちゃったなー。 あっ、ここに合羽があるじゃん。 これ着てこー」という軽いノリで、他人の物を盗んで行くのだから、恐ろしい。 そして、雨がやめば、そこら辺に脱ぎ捨てて行くわけだ。 何とも、調子がいい奴で、ある意味、世渡り上手と言えるかも知れませんが、同時に、人間のクズ呼ばわりされても、文句が言えないでしょうな。
「盗まれる方が悪い」とか、「人を見たら、泥棒と思え」とか、そういう物言いを、真理だとは思いたくないところですが、実際の世の中を生きていると、確かにその通りだと思い知らされる場面はあります。 「渡る世間に鬼はなし」とは、また別の次元で、人の物を盗む人間というのは、確実に存在するのです。
私が最初に物を盗まれたのは、小学校低学年の頃です。 学校行事の雪遊び体験で、スキー場に連れて行かれたのですが、座敷式の大きな食堂があって、まだ新品の長靴を脱いで上がり、昼食を食べた後、自分の長靴を捜したら、なくなっていました。 教師に言ったのですが、見つからず、誰のか分からない、小汚い長靴を代わりに履いて帰りました。
その教師も、いい加減な奴で、私が長靴に付いたワン・ポイントのマークを覚えていると言ったのですから、学年全員を調べれば、そのマークが付いた新品の長靴を履いている奴を見つけられたはずですが、面倒だから、やらなかったんですな。 または、泥棒を捕まえてしまって、大ごとになるより、目の前のガキ一人に涙を飲ませた方が、簡単に済むと考えたのかもしれません。
その教師に、「誰かが、間違えて、履いて行ったんだろう」と言われて、私も、子供だったから、そうかと思ってしまったのですが、その後、世間を知るにつれて、「何が、間違いなものか。 絶対に、他人の物と承知の上で、盗んだに違いない」と確信するようになりました。 いくら、子供でも、文字を習うような年齢になっているのに、ボロと新品の区別がつかぬわけはない。
小学校低学年ですら、そういう人間はいるのです。 況や、大人に於いてをや。 自分の子供に向かって、「大勢で、靴を脱ぐ機会があったら、自分のボロ靴を、他人の新品の靴に取り替えてしまえ」と教えている親すら、存在しかねないです。 まぎれもなく、窃盗罪なのですが、「違法行為でも、バレないようにやれば、問題ない」と思っていて、それを世渡り術だと誤解しているんですな。 もちろん、自分でも実行していて、「うまく行けば、ラッキー。 バレたら、返せばいい」くらいに、軽~く考えているのです。
もっとも、そういう奴は、一生涯、常に危険を冒しているわけですから、いつか必ず、痛い目に遭うと思いますけど。 逮捕されて、懲役を喰らっても、まだ、「これが、世渡り術だ」と言うかね? 中には、自分より怖い奴の物を盗んでしまい、激怒した相手に調べ出されて、殺されるケースもあると思いますが、海に沈められようが、山に埋められようが、全く、同情に値しません。 惜しむらく、そういう人間は、生まれて来る前に死んで欲しかった。
おやおや、また、脱線だ。 元に戻します。 で、その、1988年に買ったワイヤー・ロックですが、何月何日だったかは、記録がないので、分かりません。 当時は、まだ、100円ショップがなくて、ホーム・センターの自転車コーナーで買った品だと思います。 値段は、1000円くらい、したんじゃないでしょうか。 スクーターで使っていたのは、半年くらいで、翌1989年の3月には、専門学校を中退し、就職します。 会社には車で通う事になり、ワイヤー・ロックには出番がなくなって、押入れにしまい込んで、幾星霜。 恐らく、1998年の秋にやった大整理で、捨てたものと思われます。
↑これは、2016年12月の小整理の時に、箱椅子の中から出て来た、タグです。 最初に買ったワイヤー・ロックの本体は、写真一枚撮らなかったのですが、たまたま、タグだけ残っていて、捨てる前に、写真を撮っておきました。 普通のキー式ではなく、テン・キー式だったんですな。 順序はなくて、決められた幾つかのボタンを押せば、開錠する仕組みです。 「GORIN」というロゴがありますが、会社名か、ブランド名かは、不詳。 今でも、存在するのか、調べる気にもなりません。
そんなワイヤー・ロックを使っていたという事さえ、このタグが出て来るまで、完膚なきまでに忘れていました。 これを見て、初めて、「ああ、合羽を盗まれないように、こんなのを使っていたんだなあ」と、記憶が蘇って来たという次第です。 きっかけがあれば、完全に忘れていたような事でも、思い出すものなんですねえ。
ちなみに、スクーターは、母が所有していた、初代タクトでした。 色は赤で、セル付き。 その時、私は車を所有していたんですが、駅の近くに月極駐車場を借りて、車でそこまで行っていた期間が、2・3ヵ月あったでしょうか。 その内、駐車場代が勿体なくなり、解約して、車はやめ、使われていなかった、母のスクーターを借りる事にしたのです。 駐輪場は、市営で、無料でした。
長くなってしまったので、続きは、次回に回します。 ・・・、長くなったって、半分以上、脱線話でしたがのう。 困ったものじゃのう。
香貫山の登り口の一つで、路肩にとめてあった自転車です。 毎日、登山する人が、麓まで自転車で来て、ここにとめて、山だけ登るんですな。 路肩ですから、違法駐輪ですが、多い時でも、5台くらいで、大した迷惑でないからか、取り締まられる事もなく、長らく、この状態が続いています。
いや、別に、違法駐輪を吊るし上げようというわけではありません。 私の家から遠い所ですし、余計な事を言う気はないです。 警察に取り締まりを依頼するにしても、それは、この近所の人達がすべき事ですな。 法律というのは、緩ければ緩いほど、暮らし易いもので、誰も文句がないのなら、このままでもいいんじゃないでしょうか。
では、何が言いたいのかというと、前籠に、ワイヤー・ロックが通されている点に、注目したのです。 前輪ではなく、前籠の格子にかけられています。 まったく、ロックの意味なし。 ただし、馬蹄錠はかけられているので、この自転車の持ち主に、防犯意識がまるでないという事はありません。 ワイヤー・ロックは、セカンド・ロックとして、一応、買ったけど、使ってないだけなわけだ。
恐らく、最初の内は使っていたんでしょうが、面倒臭くなって、やめてしまったんでしょうな。 更に、細を穿って推測するなら、出先ではかけても、家ではかけないという人で、ワイヤー・ロックそのものを盗まれてしまわないように、前籠にかけて、キーだけ抜いて、家の中に置いておくようにしていたのが、出かける時に、キーを忘れる事が多くあり、出先で、かけたくても、キーがないから、かけられない。 そんな事が続く内に、ワイヤー・ロックなんか、どうでも良くなってしまったのではないかと・・・。 ありそうな事です。
で、ここからが、本題ですが、人様の自転車の事なんか、どーでも宜しい。 ただ、このワイヤー・ロックを見て、私が過去に買ったワイヤー・ロックの事に思いを馳せたというのが、今回の話題です。
構造の単純さから考えて、ワイヤー・ロックという製品そのものは、私が子供の頃、つまり、40年以上前からあったと思うのですが、買う事はなかったです。 自転車には、標準装備で、前輪フォーク左側に、ストレート・タイプのシリンダー錠がついていましたから、それで充分だったんですな。 実際、自転車を盗まれたという経験はありません。
私が、初めて、ワイヤー・ロックを買ったのは、1988年でして、自転車にかけるためではなく、スクーターの為に買いました。 当時、東京の専門学校に通っていたのですが、自宅から沼津駅まで、スクーターで行って、駅近くの駐輪場にとめて、そこから、電車で東京まで行っていました。 普通列車で、片道、3時間かけて。
「えっ! そんな生活できるの?」と思った方もいるでしょうが、「できるか、できないか」という設問になら、「できます」というのが、回答になります。 だって、私、やってましたから。 進学で、都会の学校に通う事になった人で、ろくに考えもせずに、実家を離れて、独居を選ぶ人は多いですが、まず、実家から通えないかどうか検討してみるべきですな。 独居なんて、金はかかるわ、侘しいわ、物騒だわで、ろくなもんじゃありません。
「独居じゃないと、友達が出来ない」? いやー、関係ないんじゃないですか。 そもそも、学生時代の友人を、ありがたがりすぎるのは、問題でして、卒業してしまえば、結局、違う仕事に就く事になるから、交友関係は、一から作り直す事になります。 休日の数は限られているのに、昔の友人とまで付き合いを続けていたら、体が幾つあっても足りないでしょうが。
片道3時間は極端なケースですが、2時間以内なら、もう絶対に、通った方が得です。 特に、独居費用を稼ぐ為に、バイトに時間を奪われて、肝心の学業が疎かになってしまっているような人は、すぐにでも、考え直した方がいいです。 実家から通っていれば、親との間に、心の溝が出来る事もありません。 もっとも、後々、老後の面倒を見させられる事を恐れて、一刻も早く、一キロでも遠く、親元から逃げ出したいと目論んでいる人には、こんなアドバイスは、何の意味もありませんが。
おっと、脱線、脱線。 話を戻します。 で、初めて買った、ワイヤー・ロックですが、スクーターの為と言っても、別に、スクーターの車輪にかけていたわけではありません。 雨の降る日は、合羽を着るわけですが、駐輪場で合羽を脱いだ後、合羽を盗まれないように、袖と片脚に通して、前籠にロックして行ったのです。
「人が脱いだ合羽なんて、盗む奴、いるのかあ?」と、へらへら締まりなく笑っている、そこのあなた。 世間に対する認識が間違っています。 どんな物でも、盗む奴は、盗みます。 合羽の場合、欲しいから盗むという奴は少ないでしょうが、その場限り、雨がしのげればいいという理由で盗むような輩なら、駅近くの駐輪場辺りには、いくらでもやって来ます。
「あー、雨がひどくなっちゃったなー。 あっ、ここに合羽があるじゃん。 これ着てこー」という軽いノリで、他人の物を盗んで行くのだから、恐ろしい。 そして、雨がやめば、そこら辺に脱ぎ捨てて行くわけだ。 何とも、調子がいい奴で、ある意味、世渡り上手と言えるかも知れませんが、同時に、人間のクズ呼ばわりされても、文句が言えないでしょうな。
「盗まれる方が悪い」とか、「人を見たら、泥棒と思え」とか、そういう物言いを、真理だとは思いたくないところですが、実際の世の中を生きていると、確かにその通りだと思い知らされる場面はあります。 「渡る世間に鬼はなし」とは、また別の次元で、人の物を盗む人間というのは、確実に存在するのです。
私が最初に物を盗まれたのは、小学校低学年の頃です。 学校行事の雪遊び体験で、スキー場に連れて行かれたのですが、座敷式の大きな食堂があって、まだ新品の長靴を脱いで上がり、昼食を食べた後、自分の長靴を捜したら、なくなっていました。 教師に言ったのですが、見つからず、誰のか分からない、小汚い長靴を代わりに履いて帰りました。
その教師も、いい加減な奴で、私が長靴に付いたワン・ポイントのマークを覚えていると言ったのですから、学年全員を調べれば、そのマークが付いた新品の長靴を履いている奴を見つけられたはずですが、面倒だから、やらなかったんですな。 または、泥棒を捕まえてしまって、大ごとになるより、目の前のガキ一人に涙を飲ませた方が、簡単に済むと考えたのかもしれません。
その教師に、「誰かが、間違えて、履いて行ったんだろう」と言われて、私も、子供だったから、そうかと思ってしまったのですが、その後、世間を知るにつれて、「何が、間違いなものか。 絶対に、他人の物と承知の上で、盗んだに違いない」と確信するようになりました。 いくら、子供でも、文字を習うような年齢になっているのに、ボロと新品の区別がつかぬわけはない。
小学校低学年ですら、そういう人間はいるのです。 況や、大人に於いてをや。 自分の子供に向かって、「大勢で、靴を脱ぐ機会があったら、自分のボロ靴を、他人の新品の靴に取り替えてしまえ」と教えている親すら、存在しかねないです。 まぎれもなく、窃盗罪なのですが、「違法行為でも、バレないようにやれば、問題ない」と思っていて、それを世渡り術だと誤解しているんですな。 もちろん、自分でも実行していて、「うまく行けば、ラッキー。 バレたら、返せばいい」くらいに、軽~く考えているのです。
もっとも、そういう奴は、一生涯、常に危険を冒しているわけですから、いつか必ず、痛い目に遭うと思いますけど。 逮捕されて、懲役を喰らっても、まだ、「これが、世渡り術だ」と言うかね? 中には、自分より怖い奴の物を盗んでしまい、激怒した相手に調べ出されて、殺されるケースもあると思いますが、海に沈められようが、山に埋められようが、全く、同情に値しません。 惜しむらく、そういう人間は、生まれて来る前に死んで欲しかった。
おやおや、また、脱線だ。 元に戻します。 で、その、1988年に買ったワイヤー・ロックですが、何月何日だったかは、記録がないので、分かりません。 当時は、まだ、100円ショップがなくて、ホーム・センターの自転車コーナーで買った品だと思います。 値段は、1000円くらい、したんじゃないでしょうか。 スクーターで使っていたのは、半年くらいで、翌1989年の3月には、専門学校を中退し、就職します。 会社には車で通う事になり、ワイヤー・ロックには出番がなくなって、押入れにしまい込んで、幾星霜。 恐らく、1998年の秋にやった大整理で、捨てたものと思われます。
↑これは、2016年12月の小整理の時に、箱椅子の中から出て来た、タグです。 最初に買ったワイヤー・ロックの本体は、写真一枚撮らなかったのですが、たまたま、タグだけ残っていて、捨てる前に、写真を撮っておきました。 普通のキー式ではなく、テン・キー式だったんですな。 順序はなくて、決められた幾つかのボタンを押せば、開錠する仕組みです。 「GORIN」というロゴがありますが、会社名か、ブランド名かは、不詳。 今でも、存在するのか、調べる気にもなりません。
そんなワイヤー・ロックを使っていたという事さえ、このタグが出て来るまで、完膚なきまでに忘れていました。 これを見て、初めて、「ああ、合羽を盗まれないように、こんなのを使っていたんだなあ」と、記憶が蘇って来たという次第です。 きっかけがあれば、完全に忘れていたような事でも、思い出すものなんですねえ。
ちなみに、スクーターは、母が所有していた、初代タクトでした。 色は赤で、セル付き。 その時、私は車を所有していたんですが、駅の近くに月極駐車場を借りて、車でそこまで行っていた期間が、2・3ヵ月あったでしょうか。 その内、駐車場代が勿体なくなり、解約して、車はやめ、使われていなかった、母のスクーターを借りる事にしたのです。 駐輪場は、市営で、無料でした。
長くなってしまったので、続きは、次回に回します。 ・・・、長くなったって、半分以上、脱線話でしたがのう。 困ったものじゃのう。
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