2019/09/08

読書感想文・蔵出し (52)

  読書感想文です。 三島図書館にある、横溝作品のスニーカー文庫を読み終わり、調べてみたら、沼津図書館の方に、まだ読んでいない本があったので、戻る事になりました。 三島図書館は、私の家から、自転車で行くには、遠過ぎでして、行かなくてもよくなって、ほっとしました。




≪蝋面博士≫

角川スニーカー文庫
角川書店 1995年12月/初版
横溝正史 著

  三島市立図書館の書庫にあった本。 旧版は、1979年6月に出ています。 95年に、スニーカー文庫として、改版したもの。 収録されているのは、長編1、短編3の、計4作。 巻頭に、登場人物を紹介したイラストあり。 イメージ・イラストのページあり。 漫画風のコマ割りをしたページあり。 作中に、数枚の挿絵あり。 カバー表紙絵も含めて、全て、漫画風の絵柄です。


【蝋面博士】 約150ページ
  ネット情報によると、1954年12月に、偕成社より、発表。 「蝋」は、本来、旧字。

  盗み出した死体を蝋で覆って、蝋人形にしてしまう、蝋面博士という怪人が世間を騒がす中、今度は、生きた少女をさらって、蝋人形にしようとしている事が分かり、探偵小僧・御子柴進と、ライバル新聞の田代記者が、競って、捜査を進める。 金田一耕助が、アメリカから帰国し、謎を解く話。

  少年向けの話なので、御子柴進が、中心になりますが、謎解きは、金田一にやらせるという、役割分担です。 中盤くらいから、「蝋面博士の正体は、誰なのか」が、最も大きな謎になり、それは、消去法で、割と簡単に見当がつきます。 少年向けだから、そんなに、複雑な話ではないです。

  横溝さんの、この種の長編作品は、みな、パターンが決まっていて、大体、同じようなエピソードが並んでいます。 軽気球で逃走というのは、ほんとに、よく出て来ますなあ。 戦後作品だから、ヘリコプターも出て来ます。 蝋面博士の助手が操縦するのですが、「一体、どこで、操縦を習った?」といった疑問が湧くものの、何せ、少年向けの作品ですから、野暮なツッコミはしないのが花でしょう。

  長編としては、短めなのと、余分なキャラが出て来ないので、話の纏まりはいいです。


【黒薔薇荘の秘密】 約28ページ
  作品データ、なし。

  黒薔薇荘という、ヨーロッパの古城のような邸宅で、主人の古宮元子爵が行方不明になる事件が起こる。 一年後、黒薔薇荘に投宿する事になった少年が、部屋にあった大きな時計の中に、人の顔を見るが、翌朝、調べてみると、時計の裏には何もなかった。 黒薔薇荘には、地下通路があると聞いていた少年が、謎を解く話。

  トリックあり、謎あり、不気味な舞台設定ありで、少年向けとしては、かなり、纏まりのいい話です。 しかし、大人が読んで、面白いというものではないです。 なまじ、出来が良いと、貶す所がないから、感想が書きにくいものですな。


【燈台島の怪】 約28ページ
  作品データ、なし。

  金田一耕助が、助手の少年を連れて、燈台島にやってきた。 燈台守から、消えた旅行者の捜索を頼まれた矢先、その人物が瀕死の状態で現われ、息絶える。 死者が身に着けていた奇妙な紙と、寺に預けられいた額から、金田一が暗号を解き、隠されていた金塊を見つけると同時に、隠した一味の因縁を明らかにする話。

  纏まりがいいです。 トリック、謎、地底から声が聞こえるという、怪奇な設定。 このくらいのページ数が、横溝さんが少年向け短編を書く際の、適量だったのかも知れません。


【謎のルビー】 約26ページ
  作品データ、なし。

  ルビー欲しさに、友人を殺して逃げた嫌疑がかけられている青年がいた。 その妹に頼まれて、藤尾俊策という青年探偵が捜査に乗り出し、被害者が飼っていた鸚鵡が口にする言葉から、ルビーの行方を推理し、真犯人をつきとめる話。

  トリックはないですが、謎はあります。 怪奇趣味は希薄で、謎解きで読ませようという趣向。 必ずしも、少年向けではなく、たぶん、戦前に、大人向けに書かれたのではないでしょうか。 雰囲気的には、【芙蓉屋敷の秘密】(1930年)に近いです。 鸚鵡の言葉がヒントになるのは、【鸚鵡を飼う女】(1937年)と同じ。


  解説が、中村うさぎさんという方で、作品データには、触れておらず、解説というより、横溝作品全般の批評になっています。 一見、主観丸出しのような書き方をしていますが、その実、的確な指摘が多くて、「なるほど、分かる人は、ちゃんと、ツボを押さえて読んでいるのだなあ」と、思わせます。



≪横溝正史探偵小説選 Ⅰ≫

論創ミステリ叢書35
論創社 2008年8月/初版
横溝正史 著

  三島市立図書館の書庫にあった本。 「論創ミステリ叢書」は、内外の名作推理小説を、ハード・カバーの単行本で出しているシリーズで、その中の一冊です。 全集ではないので、横溝作品は、他の出版社が出していない、近年になって発掘されたものだけを収録している模様。

  解説を除いても、約530ページもあり、借りて読むなら、一回に一冊にして、時間に追われずに、じっくり楽しんで読むようにした方が、良いと思います。 私は、こんなに分厚い本だとは知らず、3冊も一遍に借りてしまい、必死の思いで読む羽目になりました。 勿体ない。

  「創作・翻案」だけでも、24作。 その後に、「評論・随筆・読物」が、44作もあり、とても、一作ごとの感想は書けません。 急いで、次を読まなければならないから、そんな手間がかかる事はやってられません。 特に気になったもの以外は、ざっくりと、全体の印象だけ書きます。

  怪盗ルパンの短編の翻案が、2作あります。 解説によると、相当、弄ってあって、改作に近いらしいのですが、恥ずかしながら、私が原作の方を読んでいないので、どの程度、変えてあるのかが分かりません。 ちなみに、原作は、【水晶の栓】と、【奇岩城】だそうです。 昭和初期の頃は、原著の訳本が出ていないものが多く、訳者が、かなりテキトーに、改作していた模様。 恐らく、著作権料も払っていなかったのではないかと思いますが、その辺の事情は、書いてありません。

  【奇岩城】を元にした、【海底水晶宮】は、舞台はフランスなのに、ルパン以外の人名が、日本人のそれになっているという、今から見ると、非常に奇妙な書き方をしています。 恐らく、昭和初期の読者は、外国人の名前を覚えるのが、洒落にならないほど苦手で、こうしなければ、読んでもらえなかったのかも知れません。 もしくは、文字数を減らす為の工夫なのか・・・。

  元の怪盗ルパン・シリーズ自体が、推理小説というよりは、謎がある冒険小説でして、そういうのが好きな読者でないと、楽しめないと思います。 どうやら、昭和初期の読者は、本格推理は、まるで読めず、こういう冒険小説タイプの話の方に、ワクワク・ドキドキしたようですな。

  この翻案2作以外は、横溝さん本人が作った短編小説です。 ほとんどが、戦前の作品ですが、由利先生や三津木俊助といった、シリーズ・キャラは出て来ず、それぞれの作品ごとに、探偵役がいたり、いなかったりと、バラバラです。 耽美主義や、草双紙趣味とも違っていて、意外な結末や、皮肉な結末をもつ、ショート・ショートに限りなく近いタイプの話が多いです。

  もしかしたら、星新一さんも、少年時代に、「新青年」などの雑誌を読んでいたのかも知れませんなあ。 とはいえ、横溝正史さんが、ショート・ショートの開祖というわけではなく、当時は、そういう、ちょっと気が利いた短編小説を、いろんな作家が書いていたのだと思います。 その後、名前が残ったのが、横溝正史さんと、江戸川乱歩さんくらいだったから、その余の作家達は、忘れられてしまったというだけで。

  「評論・随筆・読物」は、いずれも、短いもの。 昭和初期、横溝さんが、「新青年」の編集長をやっていた頃のものが多いようです。 当時の探偵小説作家の名前が、何人も出てきますが、江戸川乱歩さんを除くと、ほとんど、聞いた事がない名前ばかり。 作品も、作者の名前も、何もかも、忘れ去られてしまったんですなあ。 1970年代の大ブームで、膨大な数の読者を手に入れた横溝さんが、特別だったのでしょう。

映画について書かれたものも多いです。 横溝さんは、戦後、自作の映画化については、権利を売ってしまったが最後、我関せずを決め込んだと、≪金田一耕助のモノローグ≫にあったので、映画に興味がなかったのかと思っていましたが、そんな事はなくて、若い頃には、見まくっていたらしいです。 小説でも、映画でも、物語全てに興味があったように見受けられます。

  ヴァン・ダイン原作の映画、≪カナリア殺人事件≫を、完全否定に近い形で扱き下ろしていますが、恐らく、腹が立つほど、出来が悪かったんでしょう。 ちなみに、戦前だと、探偵小説の映画化で、曲がりなりにも成功したといえるのは、≪マルタの鷹≫くらい。 戦後になって、≪オリエント急行殺人事件≫や、≪ナイル殺人事件≫など、アガサ・クリスティーの作品がヒットするまで、どうやれば、推理小説を、うまく映像化できるか、誰も分かっていなかったわけだ。



≪横溝正史探偵小説選 Ⅱ≫

論創ミステリ叢書36
論創社 2008年10月/初版
横溝正史 著

  三島市立図書館の書庫にあった本。 「論創ミステリ叢書」で、「横溝正史探偵小説選 Ⅰ」と、続き番で、出版されたもの。 解説を除いても、約547ページあり、読むのがしんどい、分厚さです。 「創作」が、15作で、みな、短編。 「随筆」が、3作ありますが、ごく短いもの。 「Ⅰ」と同様、一作ごとの感想は書きません。 作品数が多いからというより、ほとんどが、少年向け作品で、似たような話が多いのが、主な理由です。


  短編の内、5作が、三津木俊助・御子柴進もので、全て、戦後に書かれた作品。 戦前作品で、由利先生と共に探偵役を務めた三津木俊助は、戦後、金田一耕助にバトン・タッチする形で、大人向けの作品からは降板しますが、少年向けでは、まだまだ、出番が終わらなかったようです。

  とはいえ、少年向けですから、御子柴進の方が中心になるべきなのですが、この本に収められた作品では、中心人物がはっきりしておらず、三津木・御子柴の二人は、単に顔を出しているだけという感じもします。 【怪盗X・Y・Z 「おりの中の男」】は、連作4編の最終作で、前3編は、角川文庫に収録されているらしいのですが、私は、未読。 

  続く8作が、ノン・シリーズで、作品ごとに、探偵役が異なるか、探偵役がはっきりしていないかの、どちらかです。 いずれも、少年向けで、各作品の類似が甚だしいです。 内2作が、少女向け雑誌に書かれたもので、いくぶん、毛色が変わっており、とりわけ、【曲馬団に咲く花】には、これといって、謎やトリックの要素がなく、次回へ次回へと読者の興味を繋いで行く起伏だけが売りという、朝ドラ・昼メロ的な雰囲気があります。 少年向けと、少女向けを、はっきり書き分けている点は、興味深いところ。

  金田一が登場する、推理クイズ作品が、2作。 一応、小説の体裁はとっていますが、ごく短いもので、作品というほどのボリュームはありません。 推理クイズは、そんなに難しくはないです。 逆に、簡単過ぎて、「引っ掛けか?」と思ってしまいますが、この短さで、引っ掛けを盛り込むのは、不自然というもの。 素直に考えれば、すぐに犯人が分かります。

  「随筆」は、3作ありますが、随筆というより、少年向け探偵小説に対する、作者の考え方を述べた文章で、いずれも、1ページで終わる短いものです。 「探偵小説は、少年に有害」という批判に対して、「そんな事はない」と反論する内容。 私も、作者に同感ですが、むしろ、問題なのは、少年向け探偵小説の存在意義そのものではなく、似たような話ばかりである点ではないかと思います。

  江戸川乱歩さんの、少年探偵団シリーズが典型例ですが、横溝さんの少年向け作品も、負けず劣らず、型に嵌まったものばかりです。 どうしても、「子供向けだから、この程度でいいだろう」と、軽く考えているように思えてしまいます。 「隠し部屋」、「隠し通路」、「水中隠れ家」、「周囲に映画撮影と思わせて逃走」、「被害者とすりかわって逃走」、「幼い頃にさらわれた華族の子」、「財産を狙って甥や姪を殺そうとする叔父」・・・、 そんなのばかり。

  それらの要素を、並べ替え、登場人物の名前を変えれば、ちょいちょいっと、一作出来上がりで、あまりにも、安直。 また、こういう似通った作品を、凝りもせずに注文し続けた出版社にも、呆れます。 作者だけでなく、編集者も、子供向けを、ナメてかかっていたんでしょう。 子供向けに食い足りなくなった読者が、早く、大人向けに昇格するように、わざと、似たような作品ばかり書いていたという見方もできないではないですが、それは、ちょっと、穿ち過ぎでしょうか。



≪横溝正史探偵小説選 Ⅲ≫

論創ミステリ叢書37
論創社 2008年12月/初版
横溝正史 著

  三島市立図書館の書庫にあった本。 「論創ミステリ叢書」で、「横溝正史探偵小説選 Ⅰ」、「Ⅱ」と、続き番で、出版されたもの。 解説を除いても、約626ページもあります。 「創作」が、16作で、内2作が、長編。 他は、短編。 「評論・随筆」が、24作ありますが、どれも、短いもの。 「Ⅰ」「Ⅱ」と同様、一作ごとの感想は書きません。


  現代ものは、6作で、全て、戦後発表。 少年向け作品で、三津木俊助・御子柴進ものが、3作あり、内、【鋼鉄魔人】は、「Ⅱ」に収録されている、ノン・シリーズの【魔人都市】を三津木俊助・御子柴進ものに書き換え、長編化したもの。 前半のストーリーは、ほとんど同じですが、後半、変わって来ます。

  「幼年クラブ」や、「幼年ブック」という雑誌が存在していたようで、それ向けに書かれた作品が、3作あります。 平仮名ばかりで、読み難いですが、短いから、読み始めれば、すぐに終わります。 他の作品で使った謎やトリックを流用したものが多いです。 幼年が相手では、焼き直しも、問題になりますまい。

  時代小説が、10作あり、大人向けと少年向けが混在しています。 大人向けは、人形佐七が登場する推理クイズの【お蝶殺し】を除いて、全て、戦前作品。 少年向けは、全て、戦後作品。

  少年向けの内、遠山の金さんの息子を探偵役にした、智慧若物が3作。 他は、ノン・シリーズです。 解説によると、大抵の作品が、後に、人形佐七シリーズに書き改められているそうです。 出版社側の事情もあると思いますが、横溝さん本人としては、後世に残す時代小説作品を、佐七シリーズで統一しておきたかったのかも知れませんな。

  【神変龍巻組】だけ、長編で、中学生向けの雑誌に連載されたようですが、中学生には、ちと難しいのではと思うような内容。 発表された1950年代前半の中学生は、どうだったか分かりませんが、今の中学生では、冒頭を読んだだけでも、本を閉じてしまうでしょう。 ストーリーは、江戸時代初頭に、豊臣秀頼の落し胤である少年を巡って、様々な勢力が争いあうという活劇。 判官贔屓、負け組の遠吠え的な話で、私は、あまり好きではありません。


  「評論・随筆」は、戦後の推理小説界の流れに関する事や、時代小説を書き始めたきっかけの事など、断片的な内容です。 横溝さんにとって、作品とは、イコール、創作であって、随筆には、あまり、興味が向かなかったようです。 自分の事を書いても、価値がないと思っていたようなフシがあります。


  この、「論創ミステリ叢書」の「横溝正史探偵小説選」シリーズですが、横溝さんの有名作品のほとんどを、すでに読んでいる人向けでして、そうでない人が、いきなり読むと、拒絶反応が出てしまう恐れがあります。 作者本人が、後世に残すつもりでなかった作品ばかり掻き集めているわけで、素晴らしく面白い本になるわけがないです。 「横溝さんの書いたものなら、どんなものでも読みたい」という、マニア読者向けなのでしょう。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2019年の、

≪蝋面博士≫が、2月25日から、27日にかけて。
≪横溝正史探偵小説選 Ⅰ≫が、3月2日から、4日まで。
≪横溝正史探偵小説選 Ⅱ≫が、3月5日から、7日。
≪横溝正史探偵小説選 Ⅲ≫が、3月8日から、13日にかけて。

  角川文庫・旧版では、収録作品の監修役をやっていた、中島河太郎さんが、全作網羅を目論み、主だった作品は勿論の事、かなり、マイナーなものまで収めたわけですが、その後になって発掘された作品が、各出版社から、バラバラに出されていて、論創ミステリ叢書の、≪横溝正史探偵小説選≫も、その一類です。

  こんなにあったのかと、驚く数ですが、内容は、ファン垂涎というほどのものではなく、特に、戦前作品や、戦後であっても、少年向けの作品は、時間を割いて読むほどの価値がないものが多いです。 横溝さんほど、作品の質にバラつきがあった作家も珍しいのでは?