2019/09/15

読書感想文・蔵出し (53)

  読書感想文です。 三島図書館の横溝作品を読み尽し、その後、沼津図書館に戻って、読んでいない本を、相互貸借で取り寄せてもらったのですが、届くまでに時間がかかる。 という事で、手持ちの本の中から、長い事、読んでいなかったものを選び、読み返す事にしました。

  ちなみに、相互貸借制度というのは、静岡県の場合、取り寄せ申し込みができるのは、自分が住んでいる自治体の図書館だけのようです。 わざわざ、遠くまで行って、依頼する人もいないと思うので、そんな事は、他の都道府県でも同じかも知れませんけど。




≪風船魔人・黄金魔人≫

角川文庫
角川書店 1985年7月/初版
横溝正史 著

  家にあった本。 厳密に言うと、母の所有物ですが、私の本棚に入れてあります。 かつて、父方の叔父が、製本会社に勤めていて、うちに来る時には、何かしら問題があって、売り物にならなかった文庫本を、何冊かずつ持って来てくれていたのですが、その最末期の一冊だと思います。

  この、≪風船魔人・黄金魔人≫という本は、横溝正史大ブーム期間中に発行された、角川文庫・旧版の、最末期のものなのでは? これより後というと、≪金田一耕助のモノローグ≫がありますが、それは、随筆集で、それより後というのは、私は、知りません。 あるのかなあ?

  カバー絵は、「暁美術印刷」となっていますが、絵のタッチは、杉本一文さんのそれに、そっくりですな。 本文に挿絵が入っていて、それが、杉本一文さんとあるのですが、えらい簡略な絵で、まるで、別人が描いたように見えます。 少年向けの長編が2作と、横溝正史さんのご家族を交えた座談会の記録が収められています。

  ちなみに、角川文庫・旧版の横溝正史作品では、背表紙の書名文字が、緑色のが、大人向けで、黄色のが、少年向けになっています。 この本は、うちにある唯一の、黄色文字のものです。


【風船魔人】 約116ページ
  1956年4月から、1957年3月まで、「小学五年生」に連載されたもの。

  強力な浮力を持つ気体を発明し、コンパクトな風船に詰めて、馬を持ち上げたり、人形を飛ばしたり、公衆の面前で、派手な実験を繰り返した後、それを犯罪に使おうと目論んでいる一味に、三津木俊助と御子柴進が立ち向かう話。

  ビジュアル的に優れていて、映像化したら、かなり、楽しい作品になると思うのですが、ストーリーの方は、少年向け横溝作品の定番的なもので、さほど、面白くはありません。 伝書鳩に、小型撮影機を運ばせて、その映像から、犯人一味のアジトを特定する件りは、面白い。 横溝さんは、こういう技術的アイデアを、よく思いついた人だったようです。

  新日報社・社長令嬢の、由紀子さん、年中、さらわれる人ですな。 しかも、この作品では、さらわれるだけで、助け出される場面が端折られており、他人事ながら、心配になります。 そういえば、御子柴進も、助け出されないままだな。 いいのか、これで? 当時の読者は、モヤモヤした気分になったんじゃないでしょうか。

  ちなみに、こんなに強力な浮力を持つ気体は、物理学的に存在し得ないのであって、SFとすら言えない、掟破りです。 横溝さんは、理系の教育を受けた人なので、そんな事は百も承知だったに違いなく、「少年向けだから、いいだろう」というつもりで書いたのでしょうが、むしろ、少年向けだからこそ、こういうのは、まずいと思います。


【黄金魔人】 約100ページ
  1957年1月から8月まで、「おもしろブック」に連載されたもの。

  全身が黄金色に輝く怪人が現れ、16歳の少女ばかり、イロハ順に、伊東伊都子、ローズ・蝋山、長谷川花子、丹羽虹子とさらって、黄金人間に変えてしまおうと目論んでいるらしいと分かる。 その裏で、天才科学者を含む、三つ子の老人の遺産争いが絡み、三津木俊助と御子柴進が、謎を解いて行く話。

  基本アイデアは、アガサ・クリスティーの【ABC殺人事件】からの戴き物。 少年向けにしてしまうと、安っぽくなりますな。 自分以外の遺産相続人を片付けてしまおうというのなら、何も、黄金魔人にならずとも、もっと、目立たない方法を取ればいいようなものですが、そこはそれ、少年向けだから、致し方ないところです。

  犯人は一人でやっているのに対し、捜査側は、警察も含めて、大勢いるのに、同じ少女を何回もさらわれてしまうのは、不自然極まりないのですが、そこもそれ、少年向けだから、ストーリーの都合上、致し方ないのでしょう。


  【風船魔人】にせよ、【黄金魔人】にせよ、30分くらいで読み終わるので、眠る前に読むのには、適しています。 子供騙しな部分を、許容して読める人なら、こういう作品を、むしろ、歓迎するかも知れませんな。 頭を使わなくても、スイスイ読めるから。


【座談会 横溝正史の思い出を語る(二)】 約36ページ
  横溝さんの、奥さん、息子さんと、山村正夫さん、編集者の4者で、横溝正史さんの思い出について語り合った内容。 戦前・戦中と、戦後間のない頃の話が中心です。 (二)になっているのは、恐らく、この本の前に出た、≪姿なき怪人≫に、(一)が収録されていて、その続きなんじゃないかと思います。

  人柄が良かった事で有名な横溝さんですが、家族には、当り散らす事が多かったとの事。 人間、どこかしら、憤懣の捌け口がないと、精神状態を維持できないのでしょう。 独り言が多かったというのも、作家という職業が、家族と一緒に暮らしていても、精神的に孤独である事の証明で、よく分かります。



≪悪魔が来りて笛を吹く≫

角川文庫
角川書店 1973年2月/初版 1980年12月/36版
横溝正史 著

  私が、所有している本。 1995年9月頃に、古本屋を回って買い集めた、横溝正史作品の文庫、十数冊の内の一冊です。 当時は、チェーン店はなくて、みな、昔ながらの古本屋でした。 その後、潰れてしまったところもあれば、まだやっているところもありますが、もう、そういう、ジャングルみたいな古本屋に入って行く気力がありません。

  この本、カバーに折れ目があったり、本体の焼けがひどかったりと、かなり、くたびれていますが、まあ、読めればいいです。 カバー絵は、杉本一文さんのものですが、角川文庫・旧版、≪悪魔が来りて笛を吹く≫のカバー絵は、前期・中期・後期、3種類ありまして、この本のは、たぶん、後期のもの。 中期の絵が、一番、迫力があります。

  ≪悪魔が来りて笛を吹く≫は、1951年(昭和26年)11月から、1953年11月まで、「宝石」に連載された、金田一耕助物の、長編小説です。 2年以上かかっているわけで、よくぞ、辻褄を合わせたものだと、驚き入る次第。 当時、雑誌で読んでいた人達は、あまりにも長く続くので、ダレてしまっていたかもしれませんな。


  1947年(昭和22年)、天銀堂という宝石店で、店員達が青酸カリを盛られ、宝石を奪われる事件が起こる。 その容疑者とされた椿英輔・元子爵が、取り調べを受けた後に、自殺する。 ところが、椿邸に住む遺族が、生きている英輔氏の姿を目撃し、彼の生死を占おうとした席で、砂盤の上に火炎太鼓の模様が浮かび上がり、その深夜、同居していた、玉虫・元伯爵が殺される。 英輔氏の娘、美禰子から依頼を受けた金田一が、屋敷に同居する、椿家、新宮家、玉虫家、および、使用人達を調べ、ある人物達の忌まわしい過去を明らかにする話。

  こんな梗概を書くまでもなく、テレビ・ドラマや映画で、大筋を知っている人は、多いと思います。 横溝作品をシリーズで、ドラマ化する場合、大体、この作品も、含まれますから。 有名どころの横溝作品に多い、地方の旧家が舞台ではないというところが、特徴的で、印象に残ります。

  なぜ、今回、この本を読み返したかというと、2018年の暮れに、BS12で、古谷一行さんが金田一を演じる、「横溝正史シリーズ」の≪悪魔が来りて笛を吹く≫が放送されたのを見たからです。 私は、1977年の最初の放送の時には、中学生でしたが、深夜まで起きていて、それを見ました。 覚えているところもありましたが、ほとんどは、忘れていました。

  以下、ネタバレ、あり。

  ドラマでは、放送5回の内、1回を、まるまる、須磨・明石・淡路島に当てていましたが、小説の方でも、同じくらいの割合が当てられています。 この小説、一番面白いのが、須磨・明石・淡路島の部分でして、捜査に出向いた金田一が、長旅の疲れでグースカ寝ている間に、犯人の共犯者が先回りをして、最も重要な参考人を殺してしまうという、そこが、最大のゾクゾク・ポイントになっています。

  もっとも、金田一が無能探偵ぶりを発揮したというわけではなくて、犯人の共犯者が、犯人から情報を得ていて、まっすぐ、参考人の元に向かったのに対し、金田一達は、誰を訪ねていいかも分からないような状態で須磨に到着し、そこから捜査して行って、淡路へ向かったのですから、一日遅れ程度で追いついたのは、むしろ、よくやったと誉められるべき。

  密室トリックが使われていますが、物理的なものです。 密室の作り方が、二段構えになっていて、金田一が最初に説明した方法と、犯人が実際にやった方法に違いがあるのですが、いずれも、ゾクゾクするような面白いものではありません。 そもそも、密室になった原因にしてからが、計画的なものではなく、偶然そうなっていたのを、犯人が利用しただけなのですから。

  密告文を打ったタイプ・ライターの、英式と独式の違いですが、そこも、ゾクゾク・ポイントではあるものの、ちょっと、弱い感じがします。 小説の方では、YとZを打ち間違えた所を、手書きの文字で訂正してあった事になっていますが、犯人が間違いに気づいていたのなら、打ち直すか、別のタイプ・ライターを使うかしたのでは? 電蓄を用意できるなら、タイプ・ライターだって、見つけられそうなもの。 何も、美禰子の機械に拘る理由はありますまい。

  ドラマでは、犯人が訂正してなかった事にしていますが、やはり、おかしいと思ったからでしょう。 しかし、YとZが入れ代わっていたら、ローマ字文を普通に読むのは不可能ですから、金田一でなくても、警察が気づきそうなものです。 どう弄っても、不自然になってしまう、弱点ですな。

  ストーリーですが、ドラマの前半では、原作に、ほぼ忠実に、映像化がなされていますが、後ろの方に行くと、変わって来ます。 目賀博士は、小説では、最後まで生きていますが、ドラマでは、第4回で、殺されてしまいます。 変更の理由として想像できるのは、鎌倉の別荘の場面を省いたからでしょう。 なぜ省いたかというと、ただ、あき子夫人を殺させる為だけに、鎌倉へ舞台を移したりすると、煩雑になってしまうからだと思います。

  椿邸内で、あき子夫人が自殺するようにした場合、目賀博士と信乃の、どちらか一人は、あき子夫人についているのが自然なので、邪魔になります。 そこで、目賀博士の方を先に殺してしまったのでは? その上で、信乃が、謎解きの場に顔を出すようにすれば、あき子夫人を一人にできるわけだ。 ドラマ化する際に、いろいろと考えたんでしょうねえ。

  一方、小説の方で、目賀博士が最後まで生きている理由は、目賀博士も、犯人候補の一人なので、先に殺すわけには行かなかったんでしょう。 犯人は、かなり力の要る行為をやっていて、印象的に、男である可能性が高いのに、目賀博士が先に脱落してしまったら、椿邸内に残る男は、三島東太郎と、新宮一彦だけになってしまい、読者に、消去法で犯人がバレてしまうのを嫌ったのだと思います。

  ちなみに、映画版や、それ以降に作られたドラマでは、鎌倉の別荘場面が入れられていますが、やはり、舞台転換が余分な感じがします。 原作に従い、金田一による謎解きの場面をクライマックスにするか、それとも、あき子夫人が死んで、犯人の目的が達せられる場面をクライマックスにするか、そこが、この作品の映像化で、最も迷うところなのでしょう。

  犯行の動機である、過去の因縁が、この話の根幹部分なのですが、近親相姦なので、読んでいて、気分のいいものではありません。 横溝さんがよく使うモチーフである性倒錯の方は、今では、倒錯という言葉が当て嵌まらないくらい、市民権を得ましたが、近親相姦は、いつまで経っても、社会で許容される事はないでしょう。 それが、この作品のメイン・モチーフなのですから、この気分の悪さも、いつまで経っても、変わらないわけだ。



≪本陣殺人事件≫

角川文庫
角川書店 1973年4月/初版 1981年4月/34版
横溝正史 著

  私が、所有している本。 1995年9月頃に、古本屋を回って買い集めた、横溝正史作品の文庫、十数冊の内の一冊です。 本体の奥付裏に、鉛筆書きで、「200」と書いてあります。 昔ながらの古本屋では、そういう、値段の記し方をしていたのです。 鉛筆書きだから、消せば消えますが、いくらで買ったかの記録になるので、消さないでおきます。

  角川文庫の旧版。 長編2作、中編1作の、計3作を収録。 カバー絵は、杉本一文さんのもので、少女と黒猫の顔が上下に重なる形で、描かれています。 黒猫は、≪本陣殺人事件≫と、≪黒猫亭事件≫に登場しますが、少女の方は、≪本陣殺人事件≫にしか出て来ないので、この絵は、鈴子と玉という事になります。


【本陣殺人事件】 約196ページ
  1946年4月から、12月にかけて、「宝石」に連載されたもの。 この作品は、横溝さんが岡山にいた時に書かれたわけですな。

  岡山県の山村。 かつて、本陣だった一柳家で、長男の結婚式が行なわれた。 その翌日の未明、離屋で、琴の音が鳴り響いた後、新郎新婦が刀で斬られた死体で発見される。 凶器の刀は庭に刺さっていたが、犯人が侵入した足跡はあるのに、逃げ出した足跡はなかった。 屏風に琴爪でつけた三本の血痕があり、前日に、三本指の男が、近所で目撃されていた。 新婦の叔父から呼び出された金田一耕助が、謎を解く話。

  金田一耕助が登場した、最初の作品です。 作中の年代は、戦前の、昭和12年になっています。 とはいえ、金田一の初仕事というわけではなく、この事件以前に、すでに、東京や大阪で、いくつも事件を解決しているという設定になっており、警視庁のお偉方の紹介状を持って現れ、磯川警部ら、地元警察の面々から、一目置かれた状態で、捜査を始めます。

  日本家屋の離屋を利用した、密室トリック物として、日本の推理小説のエポックになった作品ですが、今現在から読み返すと、そういう面で評価するのは、ちと、厳しいものがあります。 何の情報もなしに、普通に読んでも、相当には面白いのですが、それは、密室トリック物だから云々ではなく、山村の旧家を舞台に、極端な性格の犯人をはじめ、登場人物を細々と描写しているからでしょう。

  そもそも、犯人は、最初から密室を作るつもりだったわけではなく、雪が降ったせいで、計画が台なしになってしまったので、ヤケクソで、密室にしたという、かなり無茶な理由。 そんな、テキトーな経緯で作られた密室ですから、名探偵でなくても、解けると思います。 映画やドラマを見た人なら分かると思うのですが、実際に、この仕掛けをうまく作動させるのは、大変難しいのでは? よほど、念入りに作っても、5回に1回くらいしか、成功しないんじゃないでしょうか?

  一方、犯人の性格を極端なものにして、それが、犯行の動機になっていると解き明かして行く過程は、大変、面白いです。 性格異常というより、もはや、精神異常だと思いますが、「こういう人間も、いるだろうなあ」と思わせるところが、巧み。

  以下、ネタバレあり。

  新婦が、自分が過去にしでかした男関係の過ちについて、新郎に打ち明けるべきか、先輩に相談したところ、「そんな事は、言わない方が良い」と助言されたにも拘らず、無視して、打ち明けてしまうのですが、いかにも、そういう立場に置かれた真面目な女性がやりそうな事でして、作者の人間観察が行き届いている感があります。

  隠し事をしたまま結婚したのでは、後々、苦しくなると思ったんでしょうが、自分の結婚相手が、それを許してくれるかどうかまで、考えが及ばなかったんですな。 なーんでも、正直に告白すればいいってもんじゃないんだわ。 だけど、殺すくらいなら、他に方法を考えた方が良かったと思いますねえ。 そういう考え方にならないのが、性格異常・精神異常者の特徴なんでしょうけど。


【車井戸はなぜ軋る】 約78ページ
  1949年1月に、「読物春秋」に掲載されたもの。

  地方の旧家、本位田家の長男、大助と、没落した秋月家の息子、伍一は、瞳が普通か二重かの違いがあるだけで、顔も体格も、瓜二つだった。 二人とも徴兵され、大助だけが、眼球を失った体で復員する。 帰って来たのは、大助に成りすました伍一なのではないかと疑念が募る中、大助が妻を殺し、車井戸に身を投げる事件が起こる。 大助の妹が、療養所に入っている次男の兄に向けて手紙を送る形で、事件の謎を解き明かす話。

  金田一も出て来ますが、単に、作家の元に、事件の資料を送ったというだけで、事件そのものには、全くタッチしていません。 恐らく、ノン・シリーズとして書いた話を、少し直して、金田一の名前を無理やり入れたんじゃないでしょうか。

  ストーリーは、よく出来ていて、アリバイ・トリックの本格推理物です。 犯人が来れないなら、被害者の方を動かせば良いという、2時間サスペンスなどでも、大変、よく使われるパターン。 なぜ、夫の方だけ車井戸に放り込まなければならなかったかが、謎を解く鍵になっていて、結構、ゾクゾク感があります。

  この話、2002年4月に、古谷一行さん主演の、≪水神村伝説殺人事件≫というドラマになっていて、私も見ています。 基本設定は、原作に近いですが、原作で謎解きをする妹が出ずに、姉が新設されているものの、謎解きは、金田一が全て担当しており、犯人も、犯行の動機も違います。 原作通りに作った方が、面白かったと思うのですが、2サスにはするには、いろいろと事情があるんでしょうな。 大助の妻の体に、痣がない事を確認する場面は、映像にすれば、ゾクゾクしたと思うんですがねえ。


【黒猫亭事件】 約127ページ
  1947年12月に、「小説」に掲載されたもの。

  東京都内、ある寺に隣接する「黒猫」という酒場の裏庭で、若い僧侶が、死体を掘り起こしたのを、通りかかった警官が目撃する。 顔が腐った死体の主は、酒場の亭主の情婦のようだったが、亭主とマダムが行方不明になっていて、はっきりしない。 マダムが、一時期、風間俊六に囲われていた関係で、風間の友人である金田一に事件が持ち込まれ、金田一が謎解きに乗り出す話。

  推理小説の命題、「顔のない死体」と、「一人二役」を組み合わせた謎で、凝っていますが、凝り過ぎて、どこが面白いのか、分かり難い話になっています。 大陸からの引揚者であるマダムと亭主の関係が、重要な意味を持っていて、それを説明するのに、全体の3分の2くらいが費やされていますが、そこが、くどいのです。 複雑過ぎて、不自然と言ってもいいほど特殊なので、謎解きをされても、面白くありません。 辻褄は合っていますが、意表を突かれるところがないんですな。

  謎解きは謎解きで、金田一が、調子に乗って、喋り過ぎており、面白いというより、白けてしまいます。 メインの長編作品では、金田一は、オマケみたいな存在で、前面に出て来る事が少ないのに対し、この作品では、ズケズケと出まくっていて、思わず、「こんなに鬱陶しいキャラだったか?」と、眉を顰め、首を傾げてしまいます。

  この作品も、古谷一行さん主演で、1978年9月に、ドラマ化されています。 「横溝正史シリーズ Ⅱ」の第7作です。 私は、見たんですが、だいぶ昔の事なので、いくつかの場面を除き、ほとんど、忘れてしまいました。 若い僧侶役で、シャアの声で有名な、池田秀一が出演していました。 池田さんは、映画≪獄門島≫にも、若い僧侶役で出ていますな。



≪夜の黒豹≫

春陽文庫
春陽堂書店 1997年12月/新装初版
横溝正史 著

  相互貸借で、取り寄せてもらった本。 伊東市立図書館の蔵書です。 春陽文庫の横溝作品は、もっと以前からありますが、この本は、新装版で、カバー絵が新しくなっています。 改版というわけではないようで、文字サイズや、文字間・行間の広さは、それ以前のものと変わりません。 カバー絵は、坂本勝彦さん。 うまい絵ですなあ。

  ≪夜の黒豹≫は、1963年3月に、「推理ストーリー」に掲載されたものですが、その時には、≪青蜥蜴≫というタイトルだったそうで、その後、改稿されて、≪夜の黒豹≫になったとの事。 内容的には、≪青蜥蜴≫の方が、ぴったり来るタイトルです。 江戸川乱歩さんの ≪黒蜥蜴≫と紛らわしいから、変えたんでしょうか? 内容は、似ても似つきませんが。


  都内のホテルや旅館、3軒で、黒づくめの服を着た男が、一緒に入った女の首を絞め、女の胸に青い蜥蜴の絵を描いて姿を消す事件が、連続して起こる。 一人目の女は助かったが、二人目と三人目は、殺された。 三人目の女子学生と関係があった、エロ・グロ画家の青年に容疑がかかるが、捜査に加わっていた金田一は、別の見方をしていて・・・、という話。

  タイトルからして、てっきり、≪悪魔の寵児≫や、≪幽霊男≫と同類の、通俗物だと思っていたんですが、読んでみたら、そうではありませんでした。 分類するなら、本格トリックものです。 ただし、メジャーな長編と同列に語れるものではなく、本来なら、短編用に考えられた話を、聞き取り場面を細々と描き込む事で、引き伸ばして、長編にした作品です。

  聞き取り場面が細かいという事は、たとえば、地の文で書けば、半ページで終わるところを、5・6ページかけて書いているわけで、ページがどんどん進むのはいいんですが、ページ当たりの情報量が少ないので、話の進みは、逆に遅くなり、大変、まどろっこしいです。 とりわけ、女性キャラの話し方が、遠回りばかりしていて、非常に、読み難い。 イライラして来るくらい。

  謎・トリックは、割とありふれた、一人二役系の入れ替わりもので、ゾクゾクするほどのものではないです。 事件部分だけ見ると、何となく、コリン・デクスター作品に似たような雰囲気ですが、発表は、こちらの方が先。 しかし、別に、横溝さんが、オリジナルというわけではなく、いろんな作家が、似たような話を書いているのでしょう。

  1963年というと、横溝さんの戦後活躍期の末期でして、この作品の後は、≪仮面舞踏会≫を途中まで書いて、そこで、新作の筆を折ってしまいますから、完成作としては、これが最後という事になります。 その後、10年以上経ってから、角川春樹さんの仕掛けによる、空前の横溝大ブームが来て、執筆が再開され、≪仮面舞踏会≫が完成し、≪病院坂の首縊りの家≫や、≪悪霊島≫が、新たに書かれるわけですが、この作品を書いていた頃には、そんな未来が待っているとは、全く思っていなかったでしょうねえ。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2019年の、

≪風船魔人・黄金魔人≫が、3月21日から、23日にかけて。
≪悪魔が来りて笛を吹く≫が、3月24日から、4月1日まで。
≪本陣殺人事件≫が、4月2日から、10日。
≪夜の黒豹≫が、4月13日から、17日にかけて。

  ≪風船魔人・黄金魔人≫は、少年向けだから、評価外として、≪悪魔が来りて笛を吹く≫や、≪本陣殺人事件≫は、本格派転向以降、全身全霊を傾けて書いた作品だけあって、話の筋や、犯人を知っていても、尚、読み返して、面白いです。 細かく見れば、ケチをつけられるところは出て来るわけですが、そうと分かっていても、今後も、何回か、読み返す事になるでしょう。

  横溝正史さんは、確かに、素晴らしい仕事を残した。 そして、それが、前人未到の発行部数という形で証明されたのは、愛読者にとっても、大変、嬉しい事です。 横溝大ブームには、もちろん、角川春樹さんの才能も大きく関わっているのですが、もし、横溝さんの作品に魅力がなかったら、いくら笛を拭いても、あんな膨大な数を売る事はできなかったでしょう。