2023/11/12

パソコン・ネット関連機器 ①

  日記ブログの方に書いた記事。 興が乗って、組み写真まで作ったので、こちらでも、出します。 例によって、日記の関係ない部分は、削除しています。




【2023/10/17 火】
  パソコンの電源を入れ、最初に出て来るのは、デスク・トップ画面ですが、私のパソコンの場合、放っておくと、モバイル端末の専用ページが、IEで、自動的に開きます。 なぜ、IEなのかというと、パソコンの優先ブラウザを、IEのままにしてあるからです。 実際に、ネットに使っているのは、エッジの方なので、タスク・バーのエッジ・アイコンをクリックして、エッジを開いています。


  去年の4月まで使っていた、前のモバイル端末では、もう ひと手間あり、タスク・バーのモバイル端末アイコンをクリックして、デスク・トップ画面上に、操作部を出し、その接続ボタンを押して、接続してから、タスク・バーのIEアイコンをクリックして、IEを開いていました。

  そこまでは、記録にもとってあるので、分かるのですが、その前が、分からない。 私は、2001年5月末から、パソコンと、インター・ネットを始め、最初は、ダイヤル・アップでしたが、あまりの不便さに、すぐに、コース変更して、7月初めから、フレッツADSLに切り替えました。 NTT西日本からレンタルされるモデムは、通信速度が速くなるごとに、2回変わりました。

  2010年の1月、セールスマンの口車に乗って、フレッツ光にしてしまったのですが、動画を見る事がないせいで、速さのありがたみを、実感できない割に、月5千円以上払う事に馬鹿馬鹿しさを感じ、2014年4月の岩手異動の時に、光回線そのものを、解約してしまいました。 以後は、モバイル端末に、格安SIM契約で、月千円以下でやっている次第。

  ちょっと、変遷歴を、書き出しておきましょうか。

2001年 5月 ダイヤル・アップ
2001年 7月 フレッツADSL・1.5メガ
2002年12月 フレッツADSL・12メガ
2003年 9月 フレッツADSL・24メガ
2010年 1月 フレッツ光
2014年 4月 格安SIM+モバイル端末(ドコモ・LG・L-05A)
2022年 4月 格安SIM+モバイル端末(華為・E5577)

 この、フレッツ光以前の時に、パソコン電源を入れた後、どうやって、ネットを開いていたかを、覚えていないのです。 特別なページを開くという事はなく、ブラウザのアイコンをクリックするだけで、接続できたのかも知れませんが、何らかのパソコン操作で、接続を遮断する事もできたような記憶があり、はっきりしません。

  もはや、有線接続に戻る事はありえないので、思い出す必要はないんですが、ちょっと気になりはじめると、気になってしまうんですな。 2001年から、2014年まで、13年間も、毎日やっていた作業なのに、こんなにすっかり、忘れてしまうものなんですねえ。

  接続方式が変わるたびに、どうやって、ネットに繋いでいいか分からずに、四苦八苦しました。 記録に取ってありますが、今、それを読んでも、細部の用語を忘れているので、意味が分かりません。 メール・ソフトの設定も、手こずりましたねえ。 ヤフー・メールの方が、遥かにシンプルです。

  ちなみに、私がネットを始めた2001年頃、日本の接続方式は、アナログ回線のダイヤル・アップか、デジタル回線ISDNの二つが主流で、ようやく、ADSLが出て来たというタイミングでした。 ≪天才バカボン≫のキャラを使った、「ISDN はじめちゃん」というテレビCMを、大々的に流していましたが、これが、急転直下、陳腐化するのです。

  韓国やアメリカでは、アナログ回線のADSLで、ブロード・バンドを、バンバンやっているというニュースが伝わって来て、デジタル回線ISDNより、遥かに速く、遥かに安くできるというので、NTTがせっつかれて、ADSLを始めたのです。 しかし、地方によっては、NTTが、プロバイダー・サービスをやっていない所があり、フレッツという、プロバイダーが別会社の方式を選ぶしかなく、合計、月4千円以上、払っていました。

  その後、NTTは、お得意の光通信技術で、一気に巻き返し、IT先進国に返り咲こうと、日本中に、光ケーブル網を張り巡らすのですが、またもや、方向性を間違っていたようで、世界的に、ネット利用は、パソコンから、スマホに移行し、有線の光ケーブル網よりも、モバイル通信の方が、主流になってしまいました。

  光ケーブル網には、莫大な資金がかかったと思いますが、今後、役に立つ利用法があるとは思えません。 ちなみに、5G規格は、モバイル通信の世界の話でして、有線の光ケーブル網とは、関係がないです。 NTTだけでなく、日本企業というのは、とことん、先読みが不得手なんですな。 遠く見るのも、広く見るのも、駄目。



【2023/10/18 水】
  昨日書いた、接続方式の、モデム類の変遷ですが、写真があったので、組みにして、お見せします。


≪写真1左≫
  左の白いのが、「フレッツADSL 1.5メガ」のモデムで、2001年7月から使い始めました。

  右の青いのは、「フレッツADSL 12メガ」のモデムで、2002年12月から使い始めました。 この写真は、その切り替えの時に、撮ったもの。 新しいのが、宅配で届けられた数日後に、古いのが、やはり、宅配で回収されました。

≪写真1右≫
  モデムを設置してあったのは、一階居間の押入れ天袋です。 この下に、電話機のスプリッターがあったからです。

≪写真2≫
  2002年4月から、居間にもパソコンを置くようになり、LANケーブルを分岐する為に、ハブを買いました。 バッファローの、「ブロード・ステーション」。 8500円もしました。 速度は、7.5メガで、今使っているモバイル端末の標準速度、7.2メガと大差なし。

  4つ、ポートがあります。 私の部屋、居間、父の部屋と、3ヵ所で、パソコンを使っていました。 最長10メートルのLANケーブルを、家中に張り巡らせていたのだから、今考えると、よく、あんな作業をやったものです。

≪写真3左≫
  2003年9月に、フレッツADSLを、12メガから、24メガに切り替えました。 右の青いのが、12メガ。 左の白いのが、24メガ。 函体は、同じですな。 これも、新しいのが、宅配で届けられた数日後に、古いのが、宅配で回収されました。

  ハブで、7.5メガになってしまうので、12を24に変えても、あまり意味はないんですが、3ヵ所で同時に使っている時は、少しは、速くなるのではないかと期待して、切り替えたのではないかと思います。

≪写真3右≫
  2010年1月に、「フレッツ光」に切り替えました。 セールスマンの口車に乗ってしまったもの。 100メガという触れ込みでしたが、当初、ADSLと大して違いを感じられず、料金が、千円高くなっただけ、損した気分で、ムカムカしていました。 そもそも、私は、動画を見る習慣がないので、100メガ出たとしても、意味がないのです。

  この、光用モデムには、ポートが、4つ、ついていたので、バッファローのハブは用なしになり、撤去しました。

≪写真4左≫
  2014年4月。 仕事での、岩手異動に伴い、格安SIMと、モバイル端末の組み合わせに切り替えました。 標準速度でも、7.2メガしか出ませんが、動画を見ないのなら、支障ありません。

  実家のネット設備は、父も母も、もう、パソコンを使わなくなっていたので、解約。 清々しました。 それまで、フレッツ光で、5千円以上払っていた料金が、格安SIMでは、千円以下になり、大変、満足。

  モバイル端末は、ドコモ・LG製の、「L-05A」で、アマゾンで、1780円でした。 バッテリーはなくて、パソコンからのUSB給電だけで動く優れ物。 岩手でも、もちろん、使えました。

≪写真4右≫
  2022年4月。 格安SIMの会社が、4Gにすると言うので、3G対応の「L-05A」は使えなくなり、4G対応のモバイル端末に、切り替えました。 華為製の、「E5577」。 ヤフオクで、送料入れて、2357円。

  バッテリー内臓ですが、外に持ち出すような事はなく、USBケーブルで、パソコンと繋ぎっ放しにしてあります。 パソコンの電源を入れる度に、充電されるので、当初、メモリー効果の発生が心配でしたが、一年半使っても、何でもないようです。

  右手前に写っている角ばった白い機械は、2015年8月に買った、USB切替器です。 モバイル端末を、机のメイン・パソコンと、テレビ横のサブ・パソコンで、切り替える為のもの。 パソコンは、どちらも、Windows7なので、無線でも接続可能なのですが、確実性を考慮して、モバイル端末から、パソコンまでは、有線にしています。




  以上です。

  パソコンを買い、ネットを始めたのが、2001年の春ですから、もう、22年半も経ってしまいました。 人生の3分の1は、とうに超えた思うと、もう、長いですな。 今現在、ネットなしの生活というのは、考えられないのですが、2001年春までは、何とも思わずに、そういう生活をしていたわけで、不思議な気分になります。

  ネットを使うようになって、一番、価値があると思ったのは、通販でして、特に、2012年に、クレカを使えるようになってから、買う物が増えました。 それ以前は、家電など、家電量販店でしか買えなかったのですが、値段を比較すると、ネットの方が、3割は安いのであって、今までに買った分だけでも、十万円以上、得をしたと思います。

  人づきあいも、ネット独特の世界ですが、初期の頃は、せっせと交流したものの、その後、ネット社会そのものが冷めて来て、今では、ごく少数の人としか、話をしていません。 まあ、ほんの一時期でも、全然 知らない人達と交流できたのは、幸運だったのかも知れませんな。