路上観察
いやあ、暑い! この糞暑いのに、野球なんてやってる連中の気が知れないね。 インドア派で良かったよ。 いやいやいや、そうでもないですな、ここ一年半ばかりは、私もどちらかというとアウトドア派に片足突っ込んでいます。 2007年の正月頃から、≪路上観察≫を趣味に加えたもので、以来休みの日には、ほとんど例外なく外出して、街なかや郊外をうろつき回っているのです。
路上観察とはなんぞや? よく言えば、考現学(現代社会を考証する(似非)学問)の一分野。 悪く言えば、路上という公けの場で、一見何の価値があるのか分からない写真を撮って回る、≪異端デバガメ趣味≫です。 なぜ、異端なのかというと、隠されている物を覗くのがデバガメですが、路上観察は、隠されていない物を対象にしているので、デバガメとしては異端になるというわけ。 もちろん、違法行為ではありません。
始めた当初は、何を撮っていいのか皆目分からず、半日歩き回って収穫ゼロなどという事も珍しくありませんでしたが、さすがにどんな趣味でも一年半もやっていれば、そこそこ格好がついてくるというもの。 今回は、路上観察の真髄について、お話しすることとしましょう。 例によって、「路上観察なんか、わしゃ興味無い」という方は、ここでおさらば。
≪カメラ≫
路上観察は誰でも出来ます。 ただ観察するだけなら、手ぶらで出来ます。 そのため、その気も無いのに路上観察してしまっている場合もあります。 通勤や通学の途中で、「変な看板だなあ。 どうして直さないのかなあ」などと思う事があったら、それはもう物件を発見してしまっているのです。
友人に向かって、「うちの近くに、変な看板があってさあ・・・」と話す場合なら、それでも充分ですが、そこまでだと単なる面白ネタに過ぎません。 趣味の一分野としての≪路上観察≫の場合、物件を撮影した写真が必要になります。 嘘か本当か証明する為というより、その物件が持つ奇妙さ・異常さを、伝えたい相手の視覚に直接訴える為に、写真が必要とされるのです。
物件の写真は、下手よりはうまい方が良いですが、うま過ぎて写真そのものが芸術の域に入ってしまうと、却って物件の面白さを損なってしまいます。 つまり、ほどほどがよいわけで、これは、写真術に興味がない人には好都合だと言えます。
路上観察が世に生まれた1980年代後半から2000年頃までは、フィルム・カメラが使われていました。 しかし、今から始めるなら、もう断然デジカメが便利です。 というか、フィルム・カメラを路上観察に使っても、お金がかかるばかりで、何の利点も無いのです。
デジカメであれば、よほどチャチな物でも用は足ります。 前述したように、写真としての芸術性を追求する必要が無いからです。 ネットをやっている人は大抵デジカメを所有していると思うので、今持っているそれで充分です。 ただし、一眼デジカメや、高倍率ズーム機のような大型のカメラは不向きです。 街なかや住宅地のような所でも撮影しなければなりませんから、「どうだ、凄いカメラだろう!」というような押し出しの強いカメラは、目立ってしまって駄目なのです。 目安としては、片手で持って楽にシャッター・ボタンが押せるくらいの大きさ・軽さが望ましいです。
画質は、300万画素相当のモードで充分です。 1000万画素で一枚撮るより、300万画素で角度を変えて3枚撮った方が、使える写真をゲットし易いです。 注意すべきはメモリーの容量でして、これはもう大きければ大きいほど良いです。 目安としては、半日なら100枚分、一日なら200枚分くらい撮れれば、まずまずといった所。 「数うちゃ当たる」というわけではありませんが、同じ場所へもう一度行くとなると、また時間と労力を割かなければなりませんから、極力失敗を減らす為に、数をうっておいた方が良いのです。
カメラは、ポケットに直接入れるか、専用ケースに入れて腰に下げるか、もしくは肩掛けバッグに入れておくか、とにかく、すぐに出せるようにしておきます。 リュックなどに入れて背負ってしまうと、出すのに時間がかかりますから、だんだん出し入れが面倒になり、物件を見つけてもパスしてしまう事が多くなります。 また、ずっと手に持ちっ放しというのもまずいです。 街なかや住宅地で、カメラを持って歩いていると、どうしても警戒されます。 カメラは撮影する時だけさっと出してさっとしまうのがコツです。
そうそう、写真趣味の方から入った方への注意ですが、路上観察では基本的に三脚は使いません。 田園地帯や観光地なら別に構いませんが、街なかや住宅地で三脚を据えていると、マジで近所の人が飛んできますから、ご注意あれ。 手持ちで素早く撮影できるように練習しておくと、大変役に立ちます。
≪足≫
この場合の≪足≫とは、移動手段の事です。 前にも書いたように、路上観察は手ぶらでも出来るくらいですから、移動手段にも特別な道具は必要ありません。 しかし、効率的に物件探しをしようと思うと、やはり、いろいろと工夫をしたくなって来ます。
まず、≪徒歩≫。 これは路上観察の基本ですな。 とにかく、路上にある物を全て見なければならないので、一定の距離を移動するのに掛ける時間が多ければ多いほど、細かい観察が可能になります。 それには徒歩が好都合というわけです。 お金が一円も掛からないのもありがたい。 脚力に自信がある方は、是非どうぞ。 でも、初心者の方にはあまり勧めません。 移動速度が遅いと、不都合な事もあるからです。 自転車で五・六回出かけて、自信がついて来てから、徒歩を試してみた方が良いと思います。
さて、その≪自転車≫ですが、実はこれが路上観察の足としてはベストです。 観察の緻密さという点から見ると徒歩に劣るんですが、その分、短時間で広い範囲を移動できるので、物件の発見効率はそれほど落ちません。 また、自転車が徒歩より優れているのは、路上観察という目的の特殊性とも関わっています。
路上観察は、街なかや住宅地で写真撮影をするという些か非常識な芸当をしなければならない為に、常に住民の方々から不審人物視される危険があります。 目立たないのが一番なんですが、よそ者が徒歩で近所をうろついていると、「なんだ、あいつは?」と思うのが人情というもの。 まして、観光地でも景勝地でもないのに、カメラを出して撮影を始めたりすると、いやが上にも不安さが盛り上がります。 特別気が短い人でなくても、「こんな所で何を撮ってるの?」と質問してくる場合はよくあります。 「はい、路上観察です」といって、「ああ、そうですか」と納得してくれればいいですが、世の中そんなに鷹揚な人ばかりではありません。 「おい、何撮ってるんだ!」といった強い語調で詰問してくる人は、最初から喧嘩する気で来ているので、無事に済むとは思わない方がいいでしょう。 良くて口論程度、悪ければ警察沙汰、もっと悪ければ取っ組み合いの喧嘩になります。 よしんば無事に切り抜けたとしても、一生消えない嫌な記憶が残るのは避けられず、路上観察を続ける気などすっ飛んでしまいます。 もう、声を掛けられたら、おしまいなのだと思っておいた方がよいです。
それを避ける為に、自転車が結構役に立つのです。 住民側の立場で考えてみますと、不審な人物が写真を撮っているのを見つけたとしても、まず声を掛けるべきかどうか悩みます。 相手がどんな人間か分かりませんから、住民側だって怖いのです。 そういう状況では、路上観察者がその場に立ち止まっている時間の長さが、判断の分岐点になります。 見るからに怪しい奴でも、すぐに立ち去ってくれれば、住民側はほっと安心するものなのです。 相手が自転車に乗っていれば尚更で、「どうせ、追い掛けても逃げられるだろう」と計算し、詰問するのを躊躇します。 ここが徒歩と自転車の大きな違いで、トラブルの発生を避ける為に有効なのです。
ちょっと、脅かしてしまいましたが、慣れて来ると、撮っていい状況とヤバい状況の区別が自然につくようになるので、そんなに毎回危険を冒すというような事はなくなります。 ちなみに、私の場合、「あ、この物件は撮影しない方がいいな」と判断して、諦める事が今でもしょっちゅうあります。
三番目は車ですが、車はそれだけでは路上観察には使えません。 理由は簡単。 運転中によそ見していたら危ないからです。 また、物件を発見しても、やたらな所に車を停めるわけにはいきませんから、撮影が出来ません。 信号待ちの時に周囲を眺め回すくらいなら問題ありませんが、それだけを目的にわざわざ車で出かけるのだとしたら、時間が勿体ないというものです。
ただ、車である地点まで行き、そこを基点にして近辺を歩き回るというのなら話は別で、車は有効な足になります。 私は普段、折り畳み自転車を使っているのですが、時々それを車に積んで遠くへ行き、無料で停められる駐車場に車を置いて、自転車で辺りを回るという事をします。 郊外型大型店など、駐車場にゆとりがある所なら、まず咎められるような事はありません。 もし、そういうのが後ろめたいという場合、文化センターや公園など、市町村の公共施設の駐車場を探せば、結構無料で利用できるところがあります。 路上観察は、同じ所を何度も回っても、新しい物件はそうそう見つかりませんから、だんだん遠くへ足を延ばすようになります。 そういう時、車と折り畳み自転車の組み合わせは、かなり重宝します。
電車・バスの利用も、車同様、遠くへ行きたい時には有効です。 昨今はレンタ・サイクルがある街も多いですから、下調べをして行って、利用するのも良いと思います。 ただ、趣味というのは何でもそうですが、お金を使い始めるとキリがありませんから、ほどほどな所で留めておいた方が良いと思います。 新幹線や飛行機を使ったり、泊りがけで行くとなると、もはや趣味の域を出てしまうと見るべきでしょう。 ただで楽しめるのが路上観察のいい所なので、あまり遠くへ遠くへと行きたがるのも考えものですな。 路上観察という趣味を生み出した著名人の方々は、交通費も宿泊費も惜しみなく使い、日本全国の街を見て回っているわけですが、それは著作を売る事で経費を回収できるからこそ許される事です。 先生方は純粋な趣味でやっているわけではないので、安易に真似をしないよう、ご注意あれ。
そういえば、私はバイクにも乗るんですが、バイクで路上観察というのは、考えた事もありませんでした。 車よりは好きな所に停め易いですが、やはりスピードが速すぎて、路上観察向けとは言えないでしょうねえ。
≪服装≫
路上観察するのに決まった服装はありません。 強いて言うなら、なるべく目立たない格好が良いですかね。 怪しまれない為です。
しかし、「普段、事務系の会社員をしているから、スーツ姿で・・・」などというのは没です。 スーツ姿で写真を撮っていたら、間違いなく、どこかの調査員と思われ、却って住民の不安を掻き立てます。 特に商店や事業所などは、税務署や銀行の調査員を常に警戒しているので、マジで、「どの店を調べに来たの?」などと詰問される事があります。 この場合でも、「路上観察です」という言い訳は、通用しないばかりか、却って相手を怒らせる危険性があります。 やはり、声を掛けられた時点でおしまいなのです。
さりとて、あまりラフ過ぎるのもよくありません。 外を歩いていると、どうしても日焼けしますが、そこへ、ノースリーブのシャツだの、半ズボンだのといったラフな服装が加わると、ほぼ確実にホームレスに見られてしまいます。 ホームレスが近所をうろついていると、即、警察へ通報するという人もいますから、注意が必要です。 ただ、警察官自体は、気の短い住民ほど危険ではありません。 人間そのものを撮るとか、他人の家の中を撮影するといった、明らかな違法行為をしていなければ、「路上観察をしていました」で、結構話が通じます。 もっとも注意を受けるのは避けられませんから、そんな目に合わない方が良いのは言うまでもありません。
「カメラを持っていて最も怪しまれないのはカメラマンだから、カメラマン・ベストを着て、カメラ・バッグを提げ、いかにもカメラマンという格好で歩いてはどうか? カメラマンならば、写真を撮るのが仕事なのだから、怪しまれないだろう」 これはねえ、アマチュア・カメラマンというカテゴリーに属する人達が現に存在しますから、別に身分詐称でもないし、違法でもないし、必ずしも的外れな考え方ではないんですが、やっぱり、その格好で住宅地を歩くのはまずいです。 詰問の為ではなく、興味を抱いて、「何の取材ですか?」と訊いて来る人が出て来ます。 そうなった時に答えられないでしょう?
「路上探険なのだから、探険隊の服装で・・・」 などというのは馬鹿の発想でして、現実にはそんな格好して歩いてる奴ぁいませんから、調子に乗って探険帽だの、サファリ・ジャケットだの買い入れたりしないように。 だから、目立っちゃ駄目なんだって!
夏場の話ですが、帽子は絶対に必要です。 かぶらないと、熱中症で命を落します。 これは脅しではなく、本当に起きます。 私は炎天下を6時間ほど歩き回っていて、翌日から熱を出し、猛烈な頭痛と目眩に襲われ、二日間寝たきりになった経験があります。 歩いた後、「あれ、何だか頭が痛いな」と感じたら、それは熱中症ですから、完全に痛みが消えるまで頭を冷やして寝ていなければなりません。 無理をして次の日も出掛けたりすると、悪化して手遅れになります。
帽子は、できれば、全周に廂があるタイプが良いです。 ただし、写真を撮る時、画面にケラれが出るほど大きな廂はやめた方が良いでしょう。 今の時代は、大人が帽子をかぶる習慣が無いので、似合う帽子を探すのにてこずると思いますが、どんな帽子でも、かぶり始めてしまえば、その内似合って来るものです。
靴ですが、徒歩での観察を主体にするのなら、少し気をつけて自分に合う物を選んだ方が、足を痛めなくて済みます。 長距離を歩く為には、靴は軽ければ軽いほど良いのですが、底が薄い靴だと、未舗装路に入った時、覿面に足を痛めるので、あまり本格的な運動靴は向きません。 逆に登山靴に近いようなゴツいトレッキング・シューズは、重過ぎ硬過ぎで、やはり足を痛めます。 あと、些細な事ですが、足の裏に穴が開いた靴下を履いて長時間歩くと、靴擦れを起こし、水脹れになってきますから、注意して下さい。 私が自転車を勧めるのは、自転車ならば徒歩の時に起こるような靴・靴下関係の問題をほとんど回避できる事が、理由の一つになっています。
≪対象≫
路上観察に於ける≪物件≫とは何なのか? 路上を見て歩くにしても、何を探せばいいのか? これは根源的なテーマです。
路上観察の物件について知るには、関連書籍を読み漁るのが一番ですが、ネット上にある路上観察サイト・ブログを見ているだけでも、どんな物が物件になりうるのかを自然に頭に入れる事が出来ます。 方法論について直接書いた教科書・参考書のようなものは無いと思うので、例をたくさん見て体得するしかありません。
手を付け易いのは、やはり、≪看板・注意書き≫物件です。 とにかく、路上を歩いていて目に入る文字を全て読みます。 すると、その中に、間違っている文字、意味の通らない文章、場違いな注意など、変な物が必ず含まれています。 それらがすべて路上観察物件になり得ます。 手書きされた物に間違いが多いのは当然ですが、大量に印刷された物や、プロが携わった看板などにも、結構間違いがあります。 看板物件の良い所は、初心者でも時間さえ掛ければ、そこそこ面白い物件を見つけられる事です。 「路上観察を始めたはいいが、何度出かけても、面白い物件を一つも見つけられない」となると、やる気が失せてしまいますから、取り敢えず看板から始めるというのは無難な入門方法と言えるでしょう。
一方、厄介なのは≪トマソン≫物件でして、「路上観察といえば、トマソン」というほど有名ですが、それでいて、トマソンを見つけるのは、相当な骨です。 まして、面白いトマソンとなると、山師になって金鉱脈でも掘り当てる方が容易なくらい発見率が低くなります。 トマソンというのは、「既に無用になってしまったのに、処分もされずに存在しているもの」の事で、上って下りるだけの≪無用階段≫や、壁の二階部分に剥き出しで設けられている≪高所ドア≫などが代表格とされています。 ≪高所ドア≫はともかく、≪無用階段≫は、マメに見て歩けばちらほら見つかるのですが、では、それが面白い物件になるかというと、ならないのです。 本家が有名である上に、多くの人が類似物件を紹介しているので、二番煎じどころか、百番煎じ、千番煎じ、いや、万番煎じくらいになってしまい、ただトマソンであるというだけでは、もはや誰も興味を示しません。 トマソンで一旗上げようと思ったら、≪ひねり≫のあるトマソンを探す必要があります。
路上観察を広義に解釈している人達は、別段面白くない物件でも、物件の内に入れてしまう事が多いです。 たとえば、マンホールの蓋の写真を集めている人達がいますが、その人達にとっては、単にデザインがちょっと違うというだけで、コレクションの対象になります。 マンホールに興味がない人が見ると眉一つ動かせないほどつまらないのですが、あくまで趣味の世界の話なので、門外漢からどうこう言われる筋合いはありません。 自分が興味を持った物だけを集中的に見て歩けば良いので、他のカテゴリーに比べると発見率は高いです。
これといって、カテゴリーを決めず、とにかく面白い物だけを見つけたいという場合、感覚のアンテナを最大に張り巡らせて、路上の隅々に目を配り、チェックして回る事になります。 その時、一つの目安になるのは、≪見立て≫ですかね。 たとえば、人間や動物のように見える木とか、ロボットに見える建物とか、そんなのです。 漠然と見ている風景から、違和感を感じ取ったら、そこには何かあると考えて、仔細に観察してみると良いでしょう。
路上観察物件のように見えて、実はそうでない物があります。 それは、製作者の意図により、わざとおかしく感じるように作られた物です。 たとえば、店名がダジャレになっている看板などは、いくらもありますが、そういう故意に作られた面白さは、路上観察の対象から外されるのが普通です。 路上観察は、もともと、「製作者の意図とは関係なく、自然にそうなってしまった面白さ(超芸術と呼ばれる)」を鑑賞するのが目的で始まった活動なので、その点には拘りがあるんですな。 ただ、広義解釈派が、ダジャレ看板だけをコレクションするというのなら、これまた誰にも文句を言われる筋合いはありません。
物件をネットに公開する場合、他の人が見つけた物とかぶってしまっても、別に問題はありません。 ネット上で交友している人と同類の物件を自分のサイトに出したからと言って、文句を言われる事はないと思います。 同じような物件はこの世にいくらでも存在するからです。 もし、文句を言われたら、言って来る方がおかしいのですから、そんな輩とは絶縁すれば良いだけの話。 ただし、言うまでもなく、他人が撮った写真をコピーして使うのは問題外です。 最低限、自分で写真を撮ってこなければ、路上観察者の内に入れません。 真似ている内に、自分で見つけられるようなりますから、焦らずに時間を掛けるのが良いと思います。
路上観察とはなんぞや? よく言えば、考現学(現代社会を考証する(似非)学問)の一分野。 悪く言えば、路上という公けの場で、一見何の価値があるのか分からない写真を撮って回る、≪異端デバガメ趣味≫です。 なぜ、異端なのかというと、隠されている物を覗くのがデバガメですが、路上観察は、隠されていない物を対象にしているので、デバガメとしては異端になるというわけ。 もちろん、違法行為ではありません。
始めた当初は、何を撮っていいのか皆目分からず、半日歩き回って収穫ゼロなどという事も珍しくありませんでしたが、さすがにどんな趣味でも一年半もやっていれば、そこそこ格好がついてくるというもの。 今回は、路上観察の真髄について、お話しすることとしましょう。 例によって、「路上観察なんか、わしゃ興味無い」という方は、ここでおさらば。
≪カメラ≫
路上観察は誰でも出来ます。 ただ観察するだけなら、手ぶらで出来ます。 そのため、その気も無いのに路上観察してしまっている場合もあります。 通勤や通学の途中で、「変な看板だなあ。 どうして直さないのかなあ」などと思う事があったら、それはもう物件を発見してしまっているのです。
友人に向かって、「うちの近くに、変な看板があってさあ・・・」と話す場合なら、それでも充分ですが、そこまでだと単なる面白ネタに過ぎません。 趣味の一分野としての≪路上観察≫の場合、物件を撮影した写真が必要になります。 嘘か本当か証明する為というより、その物件が持つ奇妙さ・異常さを、伝えたい相手の視覚に直接訴える為に、写真が必要とされるのです。
物件の写真は、下手よりはうまい方が良いですが、うま過ぎて写真そのものが芸術の域に入ってしまうと、却って物件の面白さを損なってしまいます。 つまり、ほどほどがよいわけで、これは、写真術に興味がない人には好都合だと言えます。
路上観察が世に生まれた1980年代後半から2000年頃までは、フィルム・カメラが使われていました。 しかし、今から始めるなら、もう断然デジカメが便利です。 というか、フィルム・カメラを路上観察に使っても、お金がかかるばかりで、何の利点も無いのです。
デジカメであれば、よほどチャチな物でも用は足ります。 前述したように、写真としての芸術性を追求する必要が無いからです。 ネットをやっている人は大抵デジカメを所有していると思うので、今持っているそれで充分です。 ただし、一眼デジカメや、高倍率ズーム機のような大型のカメラは不向きです。 街なかや住宅地のような所でも撮影しなければなりませんから、「どうだ、凄いカメラだろう!」というような押し出しの強いカメラは、目立ってしまって駄目なのです。 目安としては、片手で持って楽にシャッター・ボタンが押せるくらいの大きさ・軽さが望ましいです。
画質は、300万画素相当のモードで充分です。 1000万画素で一枚撮るより、300万画素で角度を変えて3枚撮った方が、使える写真をゲットし易いです。 注意すべきはメモリーの容量でして、これはもう大きければ大きいほど良いです。 目安としては、半日なら100枚分、一日なら200枚分くらい撮れれば、まずまずといった所。 「数うちゃ当たる」というわけではありませんが、同じ場所へもう一度行くとなると、また時間と労力を割かなければなりませんから、極力失敗を減らす為に、数をうっておいた方が良いのです。
カメラは、ポケットに直接入れるか、専用ケースに入れて腰に下げるか、もしくは肩掛けバッグに入れておくか、とにかく、すぐに出せるようにしておきます。 リュックなどに入れて背負ってしまうと、出すのに時間がかかりますから、だんだん出し入れが面倒になり、物件を見つけてもパスしてしまう事が多くなります。 また、ずっと手に持ちっ放しというのもまずいです。 街なかや住宅地で、カメラを持って歩いていると、どうしても警戒されます。 カメラは撮影する時だけさっと出してさっとしまうのがコツです。
そうそう、写真趣味の方から入った方への注意ですが、路上観察では基本的に三脚は使いません。 田園地帯や観光地なら別に構いませんが、街なかや住宅地で三脚を据えていると、マジで近所の人が飛んできますから、ご注意あれ。 手持ちで素早く撮影できるように練習しておくと、大変役に立ちます。
≪足≫
この場合の≪足≫とは、移動手段の事です。 前にも書いたように、路上観察は手ぶらでも出来るくらいですから、移動手段にも特別な道具は必要ありません。 しかし、効率的に物件探しをしようと思うと、やはり、いろいろと工夫をしたくなって来ます。
まず、≪徒歩≫。 これは路上観察の基本ですな。 とにかく、路上にある物を全て見なければならないので、一定の距離を移動するのに掛ける時間が多ければ多いほど、細かい観察が可能になります。 それには徒歩が好都合というわけです。 お金が一円も掛からないのもありがたい。 脚力に自信がある方は、是非どうぞ。 でも、初心者の方にはあまり勧めません。 移動速度が遅いと、不都合な事もあるからです。 自転車で五・六回出かけて、自信がついて来てから、徒歩を試してみた方が良いと思います。
さて、その≪自転車≫ですが、実はこれが路上観察の足としてはベストです。 観察の緻密さという点から見ると徒歩に劣るんですが、その分、短時間で広い範囲を移動できるので、物件の発見効率はそれほど落ちません。 また、自転車が徒歩より優れているのは、路上観察という目的の特殊性とも関わっています。
路上観察は、街なかや住宅地で写真撮影をするという些か非常識な芸当をしなければならない為に、常に住民の方々から不審人物視される危険があります。 目立たないのが一番なんですが、よそ者が徒歩で近所をうろついていると、「なんだ、あいつは?」と思うのが人情というもの。 まして、観光地でも景勝地でもないのに、カメラを出して撮影を始めたりすると、いやが上にも不安さが盛り上がります。 特別気が短い人でなくても、「こんな所で何を撮ってるの?」と質問してくる場合はよくあります。 「はい、路上観察です」といって、「ああ、そうですか」と納得してくれればいいですが、世の中そんなに鷹揚な人ばかりではありません。 「おい、何撮ってるんだ!」といった強い語調で詰問してくる人は、最初から喧嘩する気で来ているので、無事に済むとは思わない方がいいでしょう。 良くて口論程度、悪ければ警察沙汰、もっと悪ければ取っ組み合いの喧嘩になります。 よしんば無事に切り抜けたとしても、一生消えない嫌な記憶が残るのは避けられず、路上観察を続ける気などすっ飛んでしまいます。 もう、声を掛けられたら、おしまいなのだと思っておいた方がよいです。
それを避ける為に、自転車が結構役に立つのです。 住民側の立場で考えてみますと、不審な人物が写真を撮っているのを見つけたとしても、まず声を掛けるべきかどうか悩みます。 相手がどんな人間か分かりませんから、住民側だって怖いのです。 そういう状況では、路上観察者がその場に立ち止まっている時間の長さが、判断の分岐点になります。 見るからに怪しい奴でも、すぐに立ち去ってくれれば、住民側はほっと安心するものなのです。 相手が自転車に乗っていれば尚更で、「どうせ、追い掛けても逃げられるだろう」と計算し、詰問するのを躊躇します。 ここが徒歩と自転車の大きな違いで、トラブルの発生を避ける為に有効なのです。
ちょっと、脅かしてしまいましたが、慣れて来ると、撮っていい状況とヤバい状況の区別が自然につくようになるので、そんなに毎回危険を冒すというような事はなくなります。 ちなみに、私の場合、「あ、この物件は撮影しない方がいいな」と判断して、諦める事が今でもしょっちゅうあります。
三番目は車ですが、車はそれだけでは路上観察には使えません。 理由は簡単。 運転中によそ見していたら危ないからです。 また、物件を発見しても、やたらな所に車を停めるわけにはいきませんから、撮影が出来ません。 信号待ちの時に周囲を眺め回すくらいなら問題ありませんが、それだけを目的にわざわざ車で出かけるのだとしたら、時間が勿体ないというものです。
ただ、車である地点まで行き、そこを基点にして近辺を歩き回るというのなら話は別で、車は有効な足になります。 私は普段、折り畳み自転車を使っているのですが、時々それを車に積んで遠くへ行き、無料で停められる駐車場に車を置いて、自転車で辺りを回るという事をします。 郊外型大型店など、駐車場にゆとりがある所なら、まず咎められるような事はありません。 もし、そういうのが後ろめたいという場合、文化センターや公園など、市町村の公共施設の駐車場を探せば、結構無料で利用できるところがあります。 路上観察は、同じ所を何度も回っても、新しい物件はそうそう見つかりませんから、だんだん遠くへ足を延ばすようになります。 そういう時、車と折り畳み自転車の組み合わせは、かなり重宝します。
電車・バスの利用も、車同様、遠くへ行きたい時には有効です。 昨今はレンタ・サイクルがある街も多いですから、下調べをして行って、利用するのも良いと思います。 ただ、趣味というのは何でもそうですが、お金を使い始めるとキリがありませんから、ほどほどな所で留めておいた方が良いと思います。 新幹線や飛行機を使ったり、泊りがけで行くとなると、もはや趣味の域を出てしまうと見るべきでしょう。 ただで楽しめるのが路上観察のいい所なので、あまり遠くへ遠くへと行きたがるのも考えものですな。 路上観察という趣味を生み出した著名人の方々は、交通費も宿泊費も惜しみなく使い、日本全国の街を見て回っているわけですが、それは著作を売る事で経費を回収できるからこそ許される事です。 先生方は純粋な趣味でやっているわけではないので、安易に真似をしないよう、ご注意あれ。
そういえば、私はバイクにも乗るんですが、バイクで路上観察というのは、考えた事もありませんでした。 車よりは好きな所に停め易いですが、やはりスピードが速すぎて、路上観察向けとは言えないでしょうねえ。
≪服装≫
路上観察するのに決まった服装はありません。 強いて言うなら、なるべく目立たない格好が良いですかね。 怪しまれない為です。
しかし、「普段、事務系の会社員をしているから、スーツ姿で・・・」などというのは没です。 スーツ姿で写真を撮っていたら、間違いなく、どこかの調査員と思われ、却って住民の不安を掻き立てます。 特に商店や事業所などは、税務署や銀行の調査員を常に警戒しているので、マジで、「どの店を調べに来たの?」などと詰問される事があります。 この場合でも、「路上観察です」という言い訳は、通用しないばかりか、却って相手を怒らせる危険性があります。 やはり、声を掛けられた時点でおしまいなのです。
さりとて、あまりラフ過ぎるのもよくありません。 外を歩いていると、どうしても日焼けしますが、そこへ、ノースリーブのシャツだの、半ズボンだのといったラフな服装が加わると、ほぼ確実にホームレスに見られてしまいます。 ホームレスが近所をうろついていると、即、警察へ通報するという人もいますから、注意が必要です。 ただ、警察官自体は、気の短い住民ほど危険ではありません。 人間そのものを撮るとか、他人の家の中を撮影するといった、明らかな違法行為をしていなければ、「路上観察をしていました」で、結構話が通じます。 もっとも注意を受けるのは避けられませんから、そんな目に合わない方が良いのは言うまでもありません。
「カメラを持っていて最も怪しまれないのはカメラマンだから、カメラマン・ベストを着て、カメラ・バッグを提げ、いかにもカメラマンという格好で歩いてはどうか? カメラマンならば、写真を撮るのが仕事なのだから、怪しまれないだろう」 これはねえ、アマチュア・カメラマンというカテゴリーに属する人達が現に存在しますから、別に身分詐称でもないし、違法でもないし、必ずしも的外れな考え方ではないんですが、やっぱり、その格好で住宅地を歩くのはまずいです。 詰問の為ではなく、興味を抱いて、「何の取材ですか?」と訊いて来る人が出て来ます。 そうなった時に答えられないでしょう?
「路上探険なのだから、探険隊の服装で・・・」 などというのは馬鹿の発想でして、現実にはそんな格好して歩いてる奴ぁいませんから、調子に乗って探険帽だの、サファリ・ジャケットだの買い入れたりしないように。 だから、目立っちゃ駄目なんだって!
夏場の話ですが、帽子は絶対に必要です。 かぶらないと、熱中症で命を落します。 これは脅しではなく、本当に起きます。 私は炎天下を6時間ほど歩き回っていて、翌日から熱を出し、猛烈な頭痛と目眩に襲われ、二日間寝たきりになった経験があります。 歩いた後、「あれ、何だか頭が痛いな」と感じたら、それは熱中症ですから、完全に痛みが消えるまで頭を冷やして寝ていなければなりません。 無理をして次の日も出掛けたりすると、悪化して手遅れになります。
帽子は、できれば、全周に廂があるタイプが良いです。 ただし、写真を撮る時、画面にケラれが出るほど大きな廂はやめた方が良いでしょう。 今の時代は、大人が帽子をかぶる習慣が無いので、似合う帽子を探すのにてこずると思いますが、どんな帽子でも、かぶり始めてしまえば、その内似合って来るものです。
靴ですが、徒歩での観察を主体にするのなら、少し気をつけて自分に合う物を選んだ方が、足を痛めなくて済みます。 長距離を歩く為には、靴は軽ければ軽いほど良いのですが、底が薄い靴だと、未舗装路に入った時、覿面に足を痛めるので、あまり本格的な運動靴は向きません。 逆に登山靴に近いようなゴツいトレッキング・シューズは、重過ぎ硬過ぎで、やはり足を痛めます。 あと、些細な事ですが、足の裏に穴が開いた靴下を履いて長時間歩くと、靴擦れを起こし、水脹れになってきますから、注意して下さい。 私が自転車を勧めるのは、自転車ならば徒歩の時に起こるような靴・靴下関係の問題をほとんど回避できる事が、理由の一つになっています。
≪対象≫
路上観察に於ける≪物件≫とは何なのか? 路上を見て歩くにしても、何を探せばいいのか? これは根源的なテーマです。
路上観察の物件について知るには、関連書籍を読み漁るのが一番ですが、ネット上にある路上観察サイト・ブログを見ているだけでも、どんな物が物件になりうるのかを自然に頭に入れる事が出来ます。 方法論について直接書いた教科書・参考書のようなものは無いと思うので、例をたくさん見て体得するしかありません。
手を付け易いのは、やはり、≪看板・注意書き≫物件です。 とにかく、路上を歩いていて目に入る文字を全て読みます。 すると、その中に、間違っている文字、意味の通らない文章、場違いな注意など、変な物が必ず含まれています。 それらがすべて路上観察物件になり得ます。 手書きされた物に間違いが多いのは当然ですが、大量に印刷された物や、プロが携わった看板などにも、結構間違いがあります。 看板物件の良い所は、初心者でも時間さえ掛ければ、そこそこ面白い物件を見つけられる事です。 「路上観察を始めたはいいが、何度出かけても、面白い物件を一つも見つけられない」となると、やる気が失せてしまいますから、取り敢えず看板から始めるというのは無難な入門方法と言えるでしょう。
一方、厄介なのは≪トマソン≫物件でして、「路上観察といえば、トマソン」というほど有名ですが、それでいて、トマソンを見つけるのは、相当な骨です。 まして、面白いトマソンとなると、山師になって金鉱脈でも掘り当てる方が容易なくらい発見率が低くなります。 トマソンというのは、「既に無用になってしまったのに、処分もされずに存在しているもの」の事で、上って下りるだけの≪無用階段≫や、壁の二階部分に剥き出しで設けられている≪高所ドア≫などが代表格とされています。 ≪高所ドア≫はともかく、≪無用階段≫は、マメに見て歩けばちらほら見つかるのですが、では、それが面白い物件になるかというと、ならないのです。 本家が有名である上に、多くの人が類似物件を紹介しているので、二番煎じどころか、百番煎じ、千番煎じ、いや、万番煎じくらいになってしまい、ただトマソンであるというだけでは、もはや誰も興味を示しません。 トマソンで一旗上げようと思ったら、≪ひねり≫のあるトマソンを探す必要があります。
路上観察を広義に解釈している人達は、別段面白くない物件でも、物件の内に入れてしまう事が多いです。 たとえば、マンホールの蓋の写真を集めている人達がいますが、その人達にとっては、単にデザインがちょっと違うというだけで、コレクションの対象になります。 マンホールに興味がない人が見ると眉一つ動かせないほどつまらないのですが、あくまで趣味の世界の話なので、門外漢からどうこう言われる筋合いはありません。 自分が興味を持った物だけを集中的に見て歩けば良いので、他のカテゴリーに比べると発見率は高いです。
これといって、カテゴリーを決めず、とにかく面白い物だけを見つけたいという場合、感覚のアンテナを最大に張り巡らせて、路上の隅々に目を配り、チェックして回る事になります。 その時、一つの目安になるのは、≪見立て≫ですかね。 たとえば、人間や動物のように見える木とか、ロボットに見える建物とか、そんなのです。 漠然と見ている風景から、違和感を感じ取ったら、そこには何かあると考えて、仔細に観察してみると良いでしょう。
路上観察物件のように見えて、実はそうでない物があります。 それは、製作者の意図により、わざとおかしく感じるように作られた物です。 たとえば、店名がダジャレになっている看板などは、いくらもありますが、そういう故意に作られた面白さは、路上観察の対象から外されるのが普通です。 路上観察は、もともと、「製作者の意図とは関係なく、自然にそうなってしまった面白さ(超芸術と呼ばれる)」を鑑賞するのが目的で始まった活動なので、その点には拘りがあるんですな。 ただ、広義解釈派が、ダジャレ看板だけをコレクションするというのなら、これまた誰にも文句を言われる筋合いはありません。
物件をネットに公開する場合、他の人が見つけた物とかぶってしまっても、別に問題はありません。 ネット上で交友している人と同類の物件を自分のサイトに出したからと言って、文句を言われる事はないと思います。 同じような物件はこの世にいくらでも存在するからです。 もし、文句を言われたら、言って来る方がおかしいのですから、そんな輩とは絶縁すれば良いだけの話。 ただし、言うまでもなく、他人が撮った写真をコピーして使うのは問題外です。 最低限、自分で写真を撮ってこなければ、路上観察者の内に入れません。 真似ている内に、自分で見つけられるようなりますから、焦らずに時間を掛けるのが良いと思います。