2023/09/24

EN125-2Aでプチ・ツーリング (48)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、48回目です。 その月の最終週に、前月に行った分を出しています。 今回は、2023年8月分。





【沼津市岡宮・崖下の道祖神の祠】

  2023年8月2日、沼津市・岡宮にある、「崖下の道祖神の祠」へ行って来ました。 そういう名前が付いているわけではなく、私がテキトーに形容しただけです。 住宅地図で、石像マークを見つけて行ったのですが、目的地にしていた場所には、すでになくなっていて、少し離れた所で、別の物を見つけました。

≪写真1左≫
  個人宅の一角ですが、フェンスで区切られていて、道路側を向いています。 覆いは、木造、トタン葺き。 トタンの細工は細かくて、素人の手によるものではありません。

≪写真1右≫
  中ですが、石に、布がかけてあります。 道祖神なのか、自信はありません。 地蔵尊の頭が欠けてしまったのかも知れません。 何かの石像である事は確か。

≪写真2≫
  北東側を見ました。 木がこんもりしているのは、「岡宮グラウンド」。 その右のブロック石垣が、崖です。

≪写真3≫
  西側を見ました。 住宅地ですな。 道祖神などの石像があるという事は、江戸時代以前から、人が住んでいた証拠です。

≪写真4≫
  ブロック石垣の前に停めた、EN125-2A・鋭爽。 おっ、背景が均一だと、カタログ写真みたいになりますね。 だけど、こういう場所を探すのは、結構 大変なんだわ。 スポーツ公園のような所なら、コンクリート打ちっ放しの背景があるかも知れませんな。 中の道路に、バイクで入れるかが、問題ですが。




【沼津市岡宮・辻の石碑 / 岡宮グラウンド】

  2023年8月7日、沼津市・岡宮にある、「辻の石碑 / 岡宮グラウンド」へ行って来ました。 最初、石碑だけ見に行ったんですが、写真が少ないと思い、場所が分かっていた、グラウンドにも寄った次第。

≪写真1≫
  住宅地の辻にあった、石碑。 左から、「甲子供養塔」、「大国主命」。 一番右は、「○神」とありますが、○が草書体で、読めません。 元からここに並んでいたのか、集めたのかは不詳。 綺麗に整備されています。

≪写真2≫
  こちらは、「岡宮グラウンド」です。 別名、「岡宮自治会 子どもスポーツ広場」とも言います。 サッカー・ゴールや、バスケット・ボールの柱もありますが、なぜか、どちらも、片方だけです。

≪写真3左≫
  水道と流し。 神社巡りで、手水舎を撮影する癖がつき、これも、撮ってしまいました。 タイル貼りの流しは、懐かしいですな。 ステンレス製が出る前には、みんな、これでした。

≪写真3右≫
  植えられた、草花。 名前は分かりません。 他に、マリーゴールドなども、ありました。

≪写真4≫
  前の道路。 グラウンドは高くなっているので、バイクは、路肩に停めました。

  左側の緑色のは、蘇鉄でしょうか。 幹が見えませんが、蘇鉄って、こんなに葉が多かったかな?

  向かい側の家の壁に、時計が付いています。 グラウンドで遊んでいる子供達に、時間を知らせる為でしょう。 心配りなのか、「もう、こんな時間だから、いつまでも騒いでないで、帰れ」という意思表示なのかは、不明。 私が、この家に住んでいたら、後者ですが。




【沼津市岡宮・神明神社】

  2023年8月15日。 沼津市・岡宮にある、「神明神社」へ行ってきました。 地図で調べた、目印の交差点を勘違いしていて、ロストしましたが、その内、思い出し、何とか、辿り着きました。

≪写真1≫
  住宅の横にある、小さな神社。 鳥居は、コンクリート製で、昭和56年(1981年)に奉納されたもの。

≪写真2≫
  社殿も、コンクリート製。 正面の金属扉は、閉められて、南京錠がかけられています。 これは、たぶん、覆いで、中に、木製の祠が収められているのだと思います。 昭和31年(1956年)の竣工。

≪写真3左≫
  一基だけあった、石燈籠。 笠の色が違うところを見ると、後で作り直した部品があるのかも知れません。

≪写真3右≫
  竿に、奉納年が彫ってありました。 「天保二年」。 1832年。 徳川家斉の治世。 そんなに古くからあったとなると、この神社、かつては、もっと大きな規模だったのかも知れませんねえ。




【沼津市松沢町・山之神社】

  2023年8月20日。 沼津市・松沢町にある、「山之神社」へ行って来ました。 数年前から、住宅地図上では、知っていたのですが、ようやく、行く気になりました。 読み方は、「やまのじんじゃ」なのか、「やまのかみしゃ」なのか、分かりません

≪写真1≫
  地図で見ると、住宅地の中で、人が多いのではないかと思っていたのですが、行ってみると、こんな感じで、鎮守の森に囲まれていました。 段差があって、境内には上がれないので、バイクは、階段下に停めました。 車で来た場合、路上駐車するしかありません。

≪写真2左≫
  鳥居。 コンクリート製だと思いますが、古色が付いて、石造りのように見えます。 

≪写真2右≫
  鳥居の名額。 御影石。 最近、つけなおしたのか、艶々しています。 ここは、「山神社」になっていますね。 

≪写真3左≫
  社殿。 人間が入れる最小サイズ。 厳密に言えば、これは覆いで、中に、木製の祠が入っているのだと思いますが、扉が閉まっていて、中は見えませんでした。 たぶん、木造モルタル塗り。 瓦屋根。 賽銭箱は、外置きで、鉄製黒塗りの頑丈なもの。

≪写真3右≫
  斜め後ろから。 大変、よく纏まった、造形です。 この建物自体が、美術品ですな。

≪写真4左≫
  鈴がありますが、綱が途中で切れています。 切れてしまったのか、はたまた、子供がガラガラやって、うるさいので、近所の抗議で、鳴らせないように、切ったのか。

  円形の電灯がありますが、何が入っているんでしょう? 丸型蛍光管にしては、径が小さいように見えますが。

≪写真4右≫
  手水舎。 六つ脚の、柱の立て方が、凝っています。 屋根は、銅板葺き。 漱盤は、前面に、右から、「奉納」。 蛇口は見当たりませんが、排水用の囲いはあります。

≪写真5左≫
  境内に植えられていた、蘇鉄。 大きいなあ。 幹を葉が覆っているという事は、まだ、若いのでしょう。

≪写真5右≫
  境内別社。 他から移した石祠のようです。 石祠には、なぜ、怖さを感じるのだろう?




【沼津市西熊堂・山田源次郎頌徳碑】

  2023年8月30日。 沼津市・西熊堂にある、「山田源次郎頌徳碑」へ行って来ました。 本当は、「消防第24分団」を目指していたのですが、移転したようで、見つからず、付近を走っていたら、ここを見つけたという次第。

≪写真1≫
  住宅地の中にある、空き地。 入口に、「山田源次郎の碑」という標柱が立っていました。 広場で、避難地にもなっている模様。

  ちなみに、「山田源次郎頌徳碑」というのは、沼津市の市役所サイトに出ている名称です。 「頌徳碑」は、「しょうとくひ」と読みます。

≪写真2≫
  碑と、解説板。 右の木は、銀杏のようです。

≪写真3≫
  解説板。 山田源次郎さんは、江戸時代後期の、地元の名主。 厳しい年貢の取り立てで、生活に困窮し、強訴した農民達に代わり、自分が責任を負って、処罰されたのだそうです。

≪写真4≫
  敷地内に乗り入れて停めた、EN125-2A・鋭爽。 ポールがあるので、車では入れません。 バイクは、観光地化していない、つまり、駐車場がない、史跡や神社を巡るには、大変、便利なのです。





  今回は、ここまで。

  8月は、5週あったんですな。 1回のプチ・ツー分で、組み写真を1枚に抑えても、1ヵ月分では、5枚になってしまうわけだ。 行ったのは、近場ばかりです。 数年前までだったら、折り畳み自転車で行っていた範囲。 今では、そんな体力も気力もありません。

2023/09/17

実話風小説 ⑳ 【男らしさを求める女】

  「実話風小説」の20作目です。 今回、冒頭が、前々回、前回と同じですが、元が、「DVのきっかけ・三部作」だからです。 末尾は、違います。




【男らしさを求める女】

  言うまでもない事だが、家庭内暴力(DV)は、暴力を振るった側が、悪い。 暴行罪、傷害罪は、誰でも知っている、刑事犯罪である。 通報されれば、警官が駆けつけて、その場で手錠をかけられ、連行される。 そのくらい、明々白々な犯罪行為なのである。 それに関しては、異論を許すつもりはない。 手を上げてしまったら、「善良な一市民」の資格は、永久に失ってしまうのである。

  ただ、暴力を振るわれる側に、問題が全くないわけではないケースもある。 DVのきっかけを、被害者側が作ってしまっている場合があるわけだ。 くどいようだが、繰り返すと、それでも、そのきっかけ自体が、犯罪行為でなければ、暴力を振るう方が悪い事に、変わりはない。



  女Eは、男の好みにうるさかった。 学生時代から、友人達と、男の品定めになると、大抵の男に、駄目出しをした。 女Eが、男の良し悪しを判定する際に、基準にしていたのは、「男らしさ」だった。 それ自体、主観的なものであり、人によって、幅があるが、女Eの理想とする、「男らしさ」は、時代と全く合わぬ、古風なものであった。

  まず、「女に優しい男」などというのは、問題外である。 それ以前に、「女に気を使う男」などは、問題以前である。 男というのは、何事に対しても、全面的な決定権を持っているものであり、「女の意見を聞く男」なんぞ、判断力がないか、優柔不断か、その両方なのであって、「全く、頼りにならない」というのだ。

  昭和の頃なら、こういう男を探すのは、何の困難もなかったが、平成の30年間を経た今となっては、事情は、天地ほどにも変わっている。 友人達から、「あんたが理想にしている男なんか、普通じゃ、いない」と言われていたのも、無理もない事である。 周囲と意見が合わない事は、女Eも、承知していて、自分から、男の好みについて、話題にする事はなかった。

  しかし、結婚前の若い女が集まると、男の品定めになるのは、避けられない事であり、女Eが、その場にいて、意見を聞かれると、「あんなの、男の内に入らない」という、峻烈な批評が飛び出すのであった。 たとえば、職場で、同僚同士が結婚する事になったとする。 男の方について、誰かが、女Eに、「どう、思う?」と訊くと、女Eは、そこにいる面子が、結婚する二人と、ある程度、距離がある者達である事を確かめた上で、

「ああいう男じゃ、頼りにならないねえ。 まあ、女の方で、リードしてやるんなら、うまく行くかもしれないけど」

  と言うのである。 男が誰であっても、誉めた例しがない。 十人、評価すれば、十人とも、駄目である。 一度、二段上の上司、つまり、課長をやっていた男に、憧れているような事を言っていた事があったのだが、その課長が、愛妻家であり、妻の誕生日や、結婚記念日には、必ず、プレゼントを贈っていると知るや、女Eの熱は、瞬間的に冷めた。

「違うんだなあ。 そういうのって。 女の顔色を窺っているような男は、男じゃないねえ」

  同僚の女性達は、理解できなかった。 プレゼントをくれる夫に、何の不満があるのか、女Eの気が知れない。 何もくれない夫に比べたら、遥かにいいではないか。 有休で旅行に行った、同じ職場の男が、土産に箱菓子を買って来る事があったが、個別に配ったりすると、女Eは、あからさまに、迷惑そうな顔をした。 そういう事は、男がすべき事ではないと思っていたのだ。 後輩の男が、それをやった時には、不快気に、突き返したくらいだった。 一方、女の同僚が買って来た場合は、何の抵抗も見せずに、受け取った。


  そんな、女Eが、結婚する事になった。 相手の男の名前を聞いて、同僚や上司は、驚いた。 元、同じ会社の営業部にいた奴で、半年ほど前に、取引先の人物を殴って、傷害罪で逮捕・起訴され、執行猶予付きの判決が出て、退職した、男Fだったのだ。 元々が、粗暴な性格で、「いつか、何か、やらかすだろう」と噂されていたのが、案の定、やらかしたのであった。 殴られた人物にも、態度に問題があった事から、懲戒解雇だけは、辛うじて免れたが、前科がついてしまったのでは、その後の人生がやり難くなる事に、違いはない。

  女Eは、男Fの存在を、傷害事件が起きてから知った。 500人規模の、そこそこ大きな会社で、部署が違うので、そんな男がいる事を知らなかったのだ。 妙に、心引かれるものがあり、本来、自分の仕事でもないのに、「退職に関する書類を届けに行く」と志願し、男Fのアパートを訪ねた。 男Fは、玄関のドアを開けて、「あ、そう」と、書類だけ受け取った。 ちらっと見えたのは、だらしなく散らかった部屋の様子だった。

  「分からないところがあったら、連絡してください」と、名刺を渡した。 携帯番号が印刷されたもので、同僚が聞いたら、「前科者相手に、そんなものを渡すなんて・・・」と、ゾッと震え上がるような行為を、平然とやった。 

  女Eが予想した通り、三日後には、男Fから、電話があった。 退職後の手続きが、全く分からないと言うのである。

「ふふふ。 そうそう、男は、そうでなくっちゃ。 あんなチマチマした手続きを、スイスイ処理できるセコい奴なんて、男とは言えないものねえ」

  女Eは、男Fと、喫茶店で落ち合い、懇切丁寧に、手続きの仕方を説明した。 男Fの態度は、横柄で、とても、人様から、物事を教わる立場のそれとは、思えなかった。 説明が終わっても、礼も言わない。 挙句の果てに、「失業中で、金がないから」と言って、喫茶店の代金を、女Eに払わせた。 女Eからすると、そういった男Fの様子は、もーう、こたえられない魅力だった。

「ようやく、本物の男に出会えた!」

  女Eには、自分の指と、男Fの指を繋ぐ、赤い糸が、本当に見えていた。 糸の毛羽立ちまで見える。 明々白々な幻視だが、本人が見えていると認識している以上、他者には、どうにも、否定のしようがない。

  その後も、男Fから、二度、電話がかかって来た。 まだ、分からないところがあるというのだ。 もう一度、喫茶店で会い、そこを出た後、女Eから誘って、食事に行った。 もちろん、女Eの奢り。

  三度目には、直接、アパートを訪ねた。 取っ散らかっていて、足の踏み場もない。 「ちょっと、片付けてもいい?」と訊くと、「好きにすれば」と言うので、軽く片付けた。 洗い物をし、洗濯までやってやった。 男Fは、何も言わなかった。 もちろん、礼も言わない。

  女Eは、週に二度のペースで、男Fの部屋を訪ねるようになり、自然の流れとして、一ヵ月くらい経った頃から、性関係になった。 男Fは、何も言わずに、抱きすくめて来て、何も言わないまま、欲望を果たした。 女Eは、男Fが、何も言わない点が、こたえられなかった。 本心は、ただ、棒を筒に入れたいだけのくせ扱いて、「好きだ」とか、「愛してる」などという、取って付けたようなセリフには、虫唾が走る。 大学生の頃、初めての男が、そういう事を口にし、聞いた途端に、白けてしまったのだが、男Fには、その心配はなかった。

  半年、交際して、女Eが、「妊娠したんだけど」と言うと、男Fが、「じゃあ、結婚するしかないな」と言ったので、結婚する事になった。 男Fは、前科が響いて、再就職ができず、時々、アルバイトをする程度の生活だった。 そんな有様では、普通なら、女の親が反対するところだが、子供が出来ているのに、生木を裂くのも忍びないと思ったのか、両親は何も言わなかった。

  新郎の職は安定しなかったが、新婦の両親が、お金を出し、まずまず、人並みの結婚式を挙げ、国内ながら、新婚旅行にも行った。 女Eは、幸せだった。 当座は・・・。

  お金がなくて、男Fのアパートで暮らし始めたものだから、二人では、何かと手狭。 産休を取って、女Eが家にいるようになると、男Fの態度が、少し刺々しくなった。 元々、優しさなんぞ、微塵もないのだが、二人で狭い部屋にいると、窒息感を覚えるもので、男Fは、散歩に出る事が、多くなった。 バイトがない日には、午前と午後に、散歩に出かけ、パチンコをして帰って来る。 お金は、ジリ貧になって行った。

  女Eの腹が大きくなって、家事に支障を来すようになると、否が応でも、男Fが、家事をしなければならなくなるのだが、そもそも、家事なんか大嫌いな男である。 実家にいる間は、全て、母親がやってくれたし、独身独居の間は、外食やコンビに弁当に頼り、洗濯も、着る物がなくなってから、ようやく手をつけるというパターンだった。 結婚してからは、女Eがやっていたので、苦労はなかった。

  それが、二人分、やらなければならないとなると、もう、負担感で押し潰されそうになり、また、外へ逃げてしまうのである。 だが、女Eは、そんな男Fを恨めしいと思う事はなかった。 恨むどころの話ではない。 「それでこそ、男だ」と、うっとり、熱い眼差しを向けていたのである。 変だな、この女。

  男Fは、家事の負担に耐え切れずに、切れた。 実際には、家事なんか、ほとんど、やっていなかったのだが、やらなければならないという負担感だけで、追い詰められてしまったのだ。 男にしてみれば、原因は、女Eにある。 この女が、勝手に押しかけて来て、勝手に、子供なんか作ったもんだから、俺が、こんな目に遭わされる事になったのだ。 元が粗暴な性格だから、口で不満をぶちまけるだけでは、飽き足らず、女Eを殴るようになった。 ひどい男である。 しかし、それは、最初から書いている事なので、今更、驚かれても、困る。

  生々しい描写は、思い切って、割愛。 女Eは、流産した。 男Fの、エスカレートした暴力が原因だった。 母体の方も、重態で、一週間も、生死の境をさまよった。 呆れた事に、男Fは、どこかへ姿を晦ましてしまった。 後で分かった事だが、警察に追われているのではないかと、不安になり、辺鄙な土地へ移住した同級生の所へ、逃げ込んでいたらしい。 実際には、女Eも、その両親も、男Fを訴えたりはしていなかったのだが。

  一ヵ月後、男Fから電話があり、離婚届を送ると言って来た。 子供を失った事について、全く、男Fを恨んでいなかった女Eは、話し合いを提案したが、男Fは、「やり直しても、また、同じ事をしてしまいそうだから」と、怖い事を言って、離婚を押し通してしまった。 女Eは、泣く泣く、承諾した。 男が決めた事には、従わなければならないと思っていたのだ。 やっぱ、この女、変だよな。



  2年後、女Eが再婚した男Gは、体育会系だった。 陸上砲丸投げ。 ノン・プロで入社して、第一線で活躍していたのだが、30歳を過ぎて、引退する事になり、一般の職場へ配属されて来たのだ。 体育会系にも、いろいろ いるが、男Gは、大人になりきれていない、というか、頭の中が、ガキのまんまで、歳だけ取ったという、最も しょーもないタイプだった。 スポーツだけやっていれば、周囲がちやほやしてくれるので、「他人に気を使って、うまくやって行く」という意識が、全く発達しなかったのだ。 「人を人とも思わない」、「傍若無人」といった言葉が、ピッタリ来る性格だった。

  職場では、一般入社の社員達と、早速、衝突し始めた。 体育会系だけに、年上には、敬語を使うが、慇懃なだけで、却って、無礼。 礼儀正しく、他人を馬鹿にしているのが、誰の目にも明らかだった。

「自分は、選手である。 選ばれた人間である。 一般人より優れているのだから、偉いのは当たり前だ」

  そんな風に思っていたのである。 スポーツ界というのは、他者を蹴落として、のし上がるのが、通常のルールであり、それを、一般の職場でも、やろうとした。 配属された職場で、自分が平社員である事に気づくと、突然、いなくなった。 何かと思ったら、総務部の運動部担当者の所へ、「ヒラとは聞いてない」と苦情を言いに行ったのだった。

  担当者から、「仕事が分からないのに、いきなり、管理職にはさせられない」と、当然の説明をされて、しぶしぶ、職場へ戻って来たが、憤懣やる方ないといった表情だった。 どうも、この男、自分には、運動部での実績があるのだから、一般の職場でも、課長くらいの肩書きはもらえるだろうと、思っていたらしい。 仕事は、部下に任せて、自分は、同期入社の連中と、世間話でもしていればいいと思っていたのであろう。

  仕事なんか、全くできないのだが、教える者が、自分より年下だと、真面目に習おうとしない。 年上なら素直に聞くかというと、そうでもなく、10の説明が必要なところを、3くらい説明したところで、「あー、分かった、分かった! もう、いいっす!」と遮って、テキトーにやり、後で確認すると、間違いだらけ、というか、何の仕事なのか、全然分かっていないのが明らか、という、しょーもなさだった。

  そんな無能な男でも、半年もすると、ようやく、人並みの最低ライン程度の仕事ができるようになった。 一般入社なら、とっくに、クビになっていたのだが、スポーツ入社だったから、特別待遇で、長い目で見てもらえたわけだ。 歳を取って引退したスポーツ選手なんて、特別待遇してやるほどの価値はないのだが、すぐさま、放り出したりすると、新たな選手が来てくれなくなるから、会社としても、致し方ないのである。

  しかし、一応、仕事ができるようになったとはいえ、態度は、全く改まらなかったので、職場での評判は、最低だった。 たった一人を除いて。 それが、女Eだったのだ。 女Eにとって、男Gの、人を人とも思わない傍若無人ぶりは、たまらない魅力だった。 体育会系の逞しい肉体が、ますます、男Gの魅力を際立たせた。


  女Eの方から接近して、すぐに、いい仲になり、3ヵ月もしない内に、結婚した。 男Gの方は、女Eが、そんなに気に入ったわけではなかった。 最初は、家事をやってくれると言うから、マンションの部屋に入れ、食事の用意、洗濯、掃除と、便利に使っている内に、性関係になり、女Eが、泊まる事が多くなって、「じゃあ、結婚するか」となったのである。

  余談だが、女性の方から、男性に近づいて行く場合、大抵は、うまく行く。 ただし、男性が、イケメン、金持ちなど、モテるタイプではない場合に限る。 ライバルがいなければ、という話である。 男Gの場合、顔は人並み程度だし、性格に問題がある事が知れ渡っていたので、他にライバルはおらず、女Eの望んだ通りに、事が進んだわけだ。


  今度は、新婚後、すぐに、暴力が始まった。 一番大きな理由は、女Eが、前夫との間に、子供が出来ていた事を、隠していたせいで、男Gの信用を失ってしまった事だった。 再婚である事は言ってあったのだが、子供の事は、結婚してから、伝えた。 普通なら、前夫の暴力で、流産したのだから、気の毒がられて然るべきところなのだが、ほら、なにせ、男Gは、頭の中が、ガキのまんまだから、結婚前に、告げられなかった事で、騙された感に、猛烈に襲われてしまったわけだ。

  男Gの暴力は、男Fのそれより、見た目には、あっさりしたものだった。 ところが、打撃は、桁違いに大きかった。 なにせ、体育会系で、鍛え抜かれた肉体なのだ。 同じ、一発 殴るにしても、一般人に過ぎなかった男Fとは、比較にならぬ。

「俺を騙そうなんて、二度と思うなよ」

  そう言いながら、横っ面を、平手でポンと殴られただけで、女Eの体は、部屋の隅まで、すっ飛んだ。 しばらくは、声も出せない有様だった。 女Eは、初めて、「死」を覚悟したが、その表情は、うっとり、恍惚感に満たされていた。 やっぱり、変だな、この女。 

  男Gは、職場で、周囲から浮いていただけに、不満が多く、家に帰って、女Eに当たる事が多くなって行った。 理由は何でもいいのだ。 夕飯のおかずが気に入らないとか、男Gの部屋の物を、勝手に動かしたとか、女Eの体の事情で、性交渉を拒まれたとか、とにかく、気に入らない事があると、平手を振るい、女Eを、部屋の隅まで、すっ飛ばした。

  女Eは、みるみる、青痣だらけになって行った。 職場の同僚が、見かねて、上司に相談し、上司から、女Eの両親に連絡が行き、両親が、男Gのマンションを訪れた。 男Gは、暴力を認めたが、謝らなかった。 逆に、前夫との間に子供がいた事を、なぜ隠していたのかと、女Eの両親を責めた。 両親は、何も言えなかった。 結局、離婚という事になった。

  女Eは、別れる気がなかったが、母親が泣いて頼んだので、折れたのだった。 女Eは、男Gと結婚した時に、総務から、庶務へ異動しており、会社で顔を合わせる事はなかったが、やはり、気まずくなって、退職した。 実家に戻り、しばらくは、両親と共に、暮らしていた。



  2年後、女Eは、再々婚した。 相手は、中学時代の同級生で、今は、ヤクザの、男Hだった。 高校中退後、地元を離れ、都会で暴力団に入るや、めきめき頭角を現し、10年で、幹部になった。 そして、支部長になって、地元の街へ戻って来たのだ。 子分が、10人もいて、結構な羽振りの良さだった。

  女Eが、ヤクザと結婚すると聞いて、母親は、目眩がしたが、気を失うほどではなかった。 「いつかは、こうなるに違いない」と、予期していたからだ。 そして、すでに、60歳に近かったにも拘らず、夫と離婚して、自分の実家に戻ってしまった。 夫と娘を見限ったのである。

  母親が恐れていた通り、女Eは、結婚してから、男Hの暴力で、何度も入院する事になった。 暴力が始まった理由なんて、ありはしない。 男Hは、元から、そういう凶暴な人間だったのだ。 支部長になったのも、凶暴過ぎて、組長から敬遠されたのが、大きな理由だった。 中学の頃から、その傾向は、はっきり出ていて、女Eも知っていたが、むしろ、知っていたからこそ、男Hと結婚したがったのである。

  男Hにとって、女Eが、今までの暴力沙汰の相手と、全く違っていたのは、抵抗して来ない事であった。 殴り飛ばすと、蹲って、小刻みに震えながら、うっとり、恍惚としているのだ。 なんだ、こいつ、気持ち悪い。 恐怖を感じて、殴る蹴るの連打。 これでは、病院に担ぎ込まれるのも、無理はない。

  男Hによる、女Eに対する暴力は、4ヵ月で、終焉を迎えた。 女Eが、死んでしまったからだ。 蹴られて、折れた肋骨が、心臓に刺さったのである。 男Hは、狼狽し、子分達に命じて、死体を処分させようとしたが、子分の中で、男Hに不満を持っていた男が裏切って、警察に通報したので、バレてしまった。 男Hは、殺人罪で逮捕された。 今は、服役中である。



  女Eの母親が、実家に帰ってしまった事について、首を傾げている向きもあるだろう。 その理由は、彼女の夫、つまり、女Eの父親にあった。 この父親自身が、暴力亭主だったのだ。 女Eは、そんな父親を見て育った。 見ていただけではなく、自分も殴られて育った。 男が女を殴るのは、当たり前だと思っていた。 そんな考え方を、全身全霊に刷り込まれて、大きくなったのである。

  ただ、父親の暴力は、母親が家を出て行くほど、激しいものではなかった。 だから、60歳近くまで、一緒に暮らしていたのだ。 そんな母親も、自分たち夫婦を見て育った娘が、暴力を振るう男としか結婚できない事を知って、絶望的になり、つくづく、夫に愛想が尽きたのである。

  父親は、妻から責められて、言い返す言葉がなかった。 歳を取るに連れ、体力の衰えから、暴力は下火になっており、妻を殴る気力もなくなっていた。 娘の葬儀こそ、二人で営んだが、妻は、その後も、戻って来なかった。 父親は、65歳で、一人暮らしになり、5年もしない内に、死んだ。 晩年は、コンビニ弁当と、カップ麺ばかり、食べていたらしい。 惨めなものだが、暴力亭主に、同情する必要はない。 自業自得ではないか。 こんな奴の子孫が続いて、暴力が代々、継承される事の方が恐ろしい。 女Eは、死ぬ事で、それを止めたのである。

2023/09/10

読書感想文・蔵出し (107)

  読書感想文です。 クリスティー文庫の短編集が続きます。 長くて、心底、申し訳ない。 だいぶ、在庫が減って、今月の蔵出しは、一回だけなので、御容赦あれ。





≪リスタデール卿の謎≫

クリスティー文庫 56
早川書房 2003年12月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、12作を収録。 【リスタデール卿の謎】は、コピー・ライトが、1934年になっています。 本全体のページ数は、約418ページ。


【リスタデール卿の謎】 約40ページ

  上流階級だが、生活に困っていた夫人が、住む所を探していた。 使用人をそのまま雇うのなら、格安の賃貸物件があり、子供達と共に、そこに、移り住む。 貸主のリスタデール卿は、外国へ行っており、執事に訊いても、悪い事しか言わない。 その執事が、奇妙な人物である事に、夫人の息子が気づいて・・・とい話。

  これ以上書くと、ネタバレになってしまうので、やめておきます。 逆のパターンならば、横溝正史さんの初期短編で、よく出て来ましたがね。 こういう事をする人がいても、おかしくはないです。 最後に、ロマンスをくっつけているのは、ちと、木に竹か。


【ナイチンゲール荘】 約48ページ

  ある若い女性。 遺産を相続し、金持ちになった。 なかなか求婚してくれない青年と交際していたが、彼は彼女が金持ちになると、ますます、求婚を避けるようになった。 そこへ、別の男が現れて、たちまち、彼女の心を捉えてしまい、二人は結婚したが・・・、という話。

  このパターンなら、結婚相手の男は、財産狙いに決まっています。 男に騙されて、家まで買ってしまうところが、大変、愚かしい。 しかし、現実に、こういう女性は、いくらでもいるようですな。

  このラストは、許されるのかな? という感じがしますねえ。 夫の方は、まだ未遂なわけで、これでは、妻の方が、犯罪者になってしまうのでは?


【車中の娘】 約42ページ

  ヘマをやらかし、伯父から見放されて、一族の故地へ引っ込もうと、列車に乗った青年。 そこに、若い女性が飛び込んできて、助けを求められる。 追手を追い払ってやり、預けられた荷物を守って、彼女の指示に従っていたが、その後、警察関係者から聞かされた話では、外国の皇女が絡んでいるようで・・・、という話。

  ほぼ、「トミーとタペンス」の世界です。 この長さで、国際スパイ物は、厳しいものがありますねえ。 長編の一部分を切り出したような、雑な感じがします。 ロマンスで締め括っているから、尚の事、やっつけ感が強いです。 


【六ペンスのうた】 約40ページ

  引退した高名な元弁護士の所に、若い女性がやって来る。 彼女が子供の頃に、弁護士が言った社交辞令を真に受けて、彼女の家で起こった殺人事件の謎を解いてくれと言うのだ。 弁護士は、彼女の家に出かけて行って、被害者が、新しい6ペンス硬貨を嫌っていたという話を、メイドから聞き・・・、という話。

  童歌の文句が、ヒントになるタイプのアイデア。 しかし、見立て殺人ではありません。 アイデアが、ストーリーと、うまく噛み合っていないように感じられます。 ヴァン・ダインの二十則に違反していますが、そもそも、目くじら立てるほど、面白い作品ではないです。


【エドワード・ロビンソンは男なのだ】 約32ページ

  しまり屋の女性と婚約し、窒息感を覚えていた青年が、懸賞で当てた賞金で、新車を買ってしまう。 出かけた先で、車を他人のものと間違えてしまい、車の中から、高価な宝石が出て来て、仰天する。 間違えた車の持ち主は分かったが、宝石は盗品で・・・、という話。

  しまり屋の婚約者が、どう関わって来るかというと、この青年が、結婚前に、すでに尻に敷かれかかっていたのが、この事件をきっかけに、自信がついて、積極的な男に変貌したと、そういう話なのです。 事件の方は、オマケみたいなものですが、結構、ハラハラさせてくれます。


【事故】 約22ページ

  過去に、夫を殺した嫌疑をかけられ、無罪になった女が、また、別の男と結婚しているのを知った元警部。 何とか、次なる悲劇を食い止めようと、思いきった行動に出るが・・・、という話。

  この元警部、アホとまでは言いませんが、考えが足りなさ過ぎます。 そりゃあ、そういう状況に追い込まれれば、女が優先的に始末しなければならなくなるのは、夫ではなく、自分の犯罪計画に気づいている者でしょうよ。

  話全体に、やっつけ感 あり。 ページ数が少な過ぎて、ストーリーを練る余地がなかったか、アイデアが出ずに、短くなってしまったかの、どちらかなのでは?


【ジェインの求職】 約44ページ

  新聞の求職欄を見ていたジェインが、とても受かりそうにない求人に目を留め、駄目元で訪ねてみると、通ってしまった。 雇い主は、外国の王女の影武者役を捜していたのだ。 ジェインが王女の代わりを務めている時、何者かに略取されてしまい・・・、という話。

  国際スパイ物のようでいて、実際には、冒険物。 しかも、犯罪絡みと、結構、複雑です。 ただし、それは、後半の話。 前半は、ジェインが、王女に似ている事で、雇われるまでの経緯を、くどいくらいに、細かく書いており、前半と後半のバランスが、良くありません。 ここまで、細かく設定したら、せめて、200ページくらいの長編にすべきでしょう。


【日曜日にはくだものを】 約22ページ

  安く買ったポンコツ車で、デートに出かけた、若い二人。 果物を買ったら、籠の底から、ルビーのネックレスが出て来た。 換金してしまうべきか、警察ヘ持って行くべきか、悩むが・・・、という話。

  悪の道へ足を踏み入れるか、正しく生きるか、貧しい二人が葛藤するところが、この作品の肝。 オチがありますが、この展開は、ちと、残念です。 あくまで、高価な宝石を、どう処置するか、という話にしてもらいたかった。


【イーストウッド君の冒険】 約36ページ

  推理作家の青年。 新作のタイトルだけ決まったが、中身が全く書けない。 そこへ間違い電話がかかって来て、知らない女性から助けを求められる。 行ってみると、そこへ警察が踏み込んで来て、逮捕されてしまう。 人違いである事を説明する為に、自分の家に連れて行って、作家である事を証明しようとするが・・・、という話。

  善良ではあるが、一般平均より頭のいい青年が、手もなく、ペテンに引っ掛かるという内容。 このペテンが、凝っていて、面白いです。 しかし、このアイデアが、クリスティーさんのオリジナルなのか、当時、様々な作家に、よく使われていたものなのかは、不詳。 ちょっと、鮮やか過ぎて、オリジナルだとしたら、短編に使ってしまうのが、勿体ないと感じられるからです。


【黄金の玉】 約24ページ

  休みの取り過ぎで、伯父の会社から追い出されてしまった青年。 突然現れた女性の車に乗せられ、連れて行かれた先の家で、拳銃を持った男に襲われる。 階段を二階へ追い立てられる時に、脚で、後ろにいる男を蹴飛ばしてやったら・・・、という話。

  そういう抵抗をしたのが、その青年一人だけだった、というところから、話が切り替わり、青年と女性、どっちが求婚するかという話になって行きます。 前半と後半で、別の話を、接合したもの。 この長さで、話の内容が二分割ですから、どちらも、軽いですが、「軽妙」という誉め言葉も、ないではないですな。


【ラジャのエメラルド】 約36ページ

  遊びに来た海辺で、恋人が、上流階層の人々と交際しているのに、自分は、階層の違いで、仲間に入れてもらえない青年。 着替える場所がなくて、開いていた個人用の小屋を使ってしまうが、そこで間違えたズボンに、外国君主の物として有名なエメラルドが入っていた。 こっそり返しに行こうとして、待ち構えていた警部に捕まってしまうが・・・、という話。

  宝石がどうこうは、モチーフに過ぎず、階層の違いで、惨めな思いをしていた青年が、一発逆転、恋人を見返すような大ヒットを放つという落差が、読ませどころ。


【白鳥の歌】 約32ページ

  女性オペラ歌手が、ある城での講演を依頼され、演目を指定する事で、承諾する。 当日になって、相手役が食中毒で歌えなくなり、城の近くで、引退生活を送っている、フランス人の男性オペラ歌手に代役を頼む。 オペラは、素晴らしいものになったが、途中で、事故が起こり・・・、という話。

  事故ではなく、事件なんですが、まあ、それはいいとして。 推理物とは言えませんが、それに似た雰囲気があります。 復讐譚として、かなり、よく出来ているのではないでしょうか。 この作品だけ、話が重くて、他の作品とは、異質です。



  短編集、【リスタデール卿の謎】を総括しますと、軽妙な話が多いですね。 横溝正史さんの、初期短編に、似たような雰囲気の話が多いですが、戦間期というのは、こういう短編の需要が多かった時期なのかもしれません。 それらと比べると、ホームズ物の短編が、推理小説として、いかによく出来ているかが分かります。




≪パーカー・パイン登場≫

クリスティー文庫 57
早川書房 2004年1月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
乾信一郎 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、12作を収録。 【パーカー・パイン登場】は、コピー・ライトが、1934年になっています。 本全体のページ数は、約368ページ。


【中年夫人の事件】 約30ページ

  夫の浮気で悩んでいた夫人が、新聞広告を見て、パイン氏の事務所に相談に来る。 パイン氏は、高額の報酬を前払いさせた上で、夫人を今風の魅力ある女性に変身させ、遊び相手の男までつけてやり、夫に見せつけてやると・・・、という話。

  パイン氏は、探偵ではなく、仕掛け屋のようですな。 役所で長年、統計を扱っていた経歴があり、統計を元に、人格のパターンを知り尽くしているという設定。 作戦の結果は、想像通りになります。


【退屈している軍人の事件】 約38ページ

  退役してから、退屈を持て余していた少佐が、パイン氏の事務所に相談に来る。 パイン氏は、まず、スタッフの女性を同伴させて、食事に行かせ、少佐の好みのタイプの女性を探り出す。 数日後、パイン氏からの指示で、ある人物に会いに出かけた少佐は、行く途中でで、悲鳴を聞き、暴漢から助けた女性が、自分の好みにピッタリで・・・、という話。

  これも、パイン氏の仕掛けが、まんまと成功し、想像通りの結果になります。 意外なのは、用意された相手の女性も、事務所の相談者の一人だったという事。 この方式だと、自分にピッタリの相手が相談に来るまで、待たされる人が多くなりそうですな。


【困りはてた婦人の事件】 約24ページ

  台座を修理する為に、ダイヤの指輪を、友人から預かった婦人が、お金に困っていた事で、こっそり模造品を作り、すりかえてしまう。 その後、金回りが良くなり、本物の指輪も質屋から請け出した。 それを、気取られないように、友人に返す方法はないかと相談されたパイン氏は、ダンス・パーティーを利用して・・・、という話。

  梗概に書いた部分だけでも、鮮やかな展開ですが、その後に、もう ひと捻りしてあります。 捻ってはあると言えば、聞こえはいいですが、せっかくの鮮やかな仕事を、結末で、否定してしまっているわけで、些か、勿体ないと思わないでもなし。 


【不満な夫の事件】 約30ページ

  愛している妻に、男が出来、離婚を求められた夫が相談に来る。 パイン氏は、女性スタッフを、仮の愛人に仕立て、夫と接近させる事で、妻の嫉妬心を掻き立てて・・・、という話。

  【中年夫人の事件】の、性別を引っ繰り返したもので、ちと、安直に過ぎるか。 やり過ぎて、失敗するのですが、たとえ、作戦であった事をバラしてしまっても、夫婦の方は、うまく、元の鞘に収まるんじゃないでしょうか。


【サラリーマンの事件】 約32ページ

  そこそこ、幸福なのだが、安定しきった人生に不満を感じている男性が、相談に来る。 5ポンドしか出せないというが、パイン氏は、請け負った。 当人には知らせずに、国際スパイの運び屋をやらせ、オマケに、外国王女とのロマンスまで味わわせてやる話。

  これは、怖い。 知らぬが仏なのであって、もし知っていたら、5ポンド払って、こんな危険な役をやらされたのでは、割に合いません。 最終的に、50ポンドが返って来ますが、それでも、割に合わぬ。 危険な事にならないように、パイン氏のスタッフが隠れて警護していたと思うのですが、それはそれで、事務所の経理が、出超もいいところなのでは?


【大金持ちの婦人の事件】 約32ページ

  若い頃は、貧農で、苦労の末に、金持ちになった夫婦。 夫の死後、妻は、豪遊に飽きて、金の使い方に困ってしまい、相談に来る。 パイン氏から、ある博士を紹介され、何か飲まされて、眠りに落ち、目覚めた時には、農家のベッドの上にいた。 周囲の人間は、自分を別の名前で呼び、おかしいとも思っていない。 新聞で、そっくりな容姿の人間の、魂だけ入れ換える方法があるという記事を読み、それをやられたに違いないと思った。 やむなく、農家で働き始めるが・・・、という話。

  「魂を入れ換える」というのは、嘘臭いですが、短編ですから、多少の御都合主義は許されます。 そんな技術が実在しなくても、この婦人が信じさえすればいいわけですから。

  「幸福とは、結果ではなく、過程で得られるものである」という事ですな。 しかし、この婦人、下手をすると、また、大成功して、金持ちになってしまいそうですな。 いわゆる、「あげまん」なのかも知れません。


【あなたは欲しいものをすべて手に入れましたか?】 約30ページ

  パイン氏と、列車に乗り合わせた女性。 夫に会いに行くのだが、夫が書いたメモを、吸い取り紙に写った文字から読んでしまい、何やら企んでいるらしいと知っていたので、それを相談する。 メモに書かれた場所で、車内に煙が充満する事件が起こり、女性の宝石が盗まれる。 怪しい女がいたが、身体検査をしても、何も出て来なかった。 パイン氏は、面目を失ったかに見えたが・・・。

  パイン氏の本業は、仕掛け屋ですが、この作品から、割と普通の探偵に変わります。 人の心が分かっていれば、探偵業もこなせるわけだ。 本物の宝石と、贋物の宝石が、この作品でも出て来ます。 本物を隠すのは大変だが、贋物なら、どうにでもなる、というのは、推理物のモチーフとして、面白いです。

  最後は、パイン氏と、夫が、謎解きと因縁話を繰り広げますが、短編にしては、ちと、くどいです。 


【バグダッドの門】 約34ページ

  六輪自動車に乗り、ダマスカスから、バグッダッドに向かっていた一行。 その中には、パイン氏も含まれていた。 途中、大きな揺れの後に、乗客の一人が死んでいるのが発見される。 頭をぶつけたのではないかという意見も出たが、頭の傷は、砂袋で殴られたものだった。 靴下を荷物に入れていた男が疑われるが、パイン氏が異議を唱え・・・、という話。

  問題の靴下には、砂がついていたが、だからこそ、その持ち主が犯人ではありえない、という捻り方。 パイン氏は、完全に、探偵になっています。 旅先では、仕掛け屋をやりようがないわけですが、それを承知で、旅に出させたのは、仕掛け屋業のネタが枯渇してしまったからもかも知れません。


【シーラーズにある家】 約30ページ

  シーラーズに住んでいる、若いイギリス人女性は、頭がおかしいという噂があり、同国人とは縁を切って暮らしていた。 かつては、同じ歳頃の若い女性の使用人と暮らしていたが、そちらは、死亡していた。 その話をパイン氏にしてくれた小型旅客機のパイロットは、死んだ女性の事が好きで、頭のおかしい女に殺されたのではと、疑っていたが・・・、という話。

  シーラーズは、イランの古都。 パイン氏は、欧州文化の影響を受けていない場所が好きだった模様。 同国人に会わないように暮らしている、という段階で、この女性の秘密がピンと来たら、クリスティー作品のファンと言えるでしょう。 短編なので、アイデアの焼き直しは、普通にやっていたようです。


【高価な真珠】 約28ページ

  ヨルダンのペトラ遺跡を、現地泊で観光していた一行。 若い女性が、真珠のイヤリングを落とし、女性が結婚しようと思っている、窃盗の前科がある青年に、嫌疑がかかりそうになる。 相談をうけたパイン氏は、一行に加わっていた考古学者に目をつけ・・・、という話。

  ペトラ遺跡というのは、≪インディ・ジョーンズ 最後の聖戦≫のクライマックスで出て来た、あの岩壁の中の遺跡。 この頃から、有名な観光地だったんですな。

  短編であるにも拘らず、「一度、悪事に手を染めた者は、正道に立ち戻れるか?」という、テーマがあります。 ただし、それに対する答えは、書かれていません。 大金持ちである、女性の父親の懐事情を、パイン氏が言い当てるところで、驚かされます。


【ナイル河の殺人】 約32ページ

  ナイル河を船で移動中、同乗の夫人から、「夫が私に毒を盛っているかどうか知りたい」、という相談を受けたパイン氏。 夫人は病気がちだったが、夫が不在の時だけ、体調が良くなるとの事だった。 そして、夫人は、実際に死んでしまうが・・・、という話。

  出だしの設定はいいんですが、犯人が、意外な人物で、その意外さが、取って付けたようなものなので、あまり、出来がいいとは言えません。 「わざわざ、殺すほどの事でもないのでは?」と言ったら、犯人は怒るでしょうか。


【デルファイの信託】 約28ページ

  行く先々で、事件に巻き込まれてしまうパイン氏。 今度こそ、正体を隠して休暇を楽しもうと決心して、ギリシャにやって来た。 ところが、息子を溺愛している女性から、誘拐された息子を助けて欲しいと頼まれ、事件に巻き込まれて行く話。

  いわゆる、気の利いたラストが付いています。 休暇を楽しむつもりで、正体を隠していた割には、相談されて、抵抗もなく、引き受けてしまうところに、違和感を覚えた人なら、このラストは、見抜けると思います。 私も分かりました。



  短編集、【パーカー・パイン登場】の総括ですが、前半6作は、推理物とは違っていて、新鮮な印象があり、面白いです。 実際には、こう、うまくは行かないと思いますが、それを言い出せば、推理物のトリックなども、実際にやってみれば、ほとんどが、不発でしょう。

  後半6作は、やはり、仕掛け屋業のアイデアが尽きてしまい、トラベル・ミステリーに逃げたようですな。 前半6作の中でさえ、焼き直しに近いものがあり、致し方なかったのかも。 しかし、腰を落ち着けて、アイデアを探せば、仕掛け屋業で、あと6作、捻り出すくらい、クリスティーさんなら、出来たはず。 諸般の事情で、そのゆとりがなかったんでしょうか。

  ちなみに、パイン事務所のスタッフとして、ミス・レモンと、オリバー夫人が登場します。 職種は、後年、ポワロ物に登場する時と、同じで、ミス・レモンは、有能な事務員。 オリバー夫人は、推理作家で、パイン氏が仕掛けをする時の、脚本担当です。 明らかに、こちらでの登場が先で、ポワロ物で、再利用したわけだ。




≪黄色いアイリス≫

クリスティー文庫 59
早川書房 2004年6月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、9作を収録。 【黄色いアイリス】は、コピー・ライトが、1932年、1934年、1935年、1936年、1937年、1939年になっています。 元は、別の短編集だったものを、早川書房で、組み直したようです。 ポワロ物、マープル物、パーカー・パイン物などを、寄せ集めたもの。 本全体のページ数は、約310ページ。


【レガッタ・デーの事件】 約36ページ

  客の娘の高校生から、挑戦されて、自分のダイヤモンドを盗めるか賭けをした、主。 密室で、数人の客の間に回し見させている間に、ダイヤがなくなってしまう。 高校生の勝ちかと思われたが、彼女が隠した場所からも、なくなっていた。 客全員の身体検査をしたが、出て来ない。 疑われた青年が、パイン氏へ相談に来たところ、三日後には、解決すると言われ・・・、という話。  

  鮮やかと言えば、鮮やかな、お手並みです。 この手管、どこかで読んだような気もしますが、思い出せません。 割と、ありふれたものなのかも知れませんな。 パイン氏だけでなく、窃盗犯専門の警察関係者なら、みんな、ピンと来るわけだ。

  驚くのは、高校生の正体で、安達祐実さんあたりを念頭に置けば、「そういう人もいるかなあ」と思わないでもないです。


【バグダッド大櫃の謎】 約34ページ

  ある夫妻が、パーティーに招かれたが、夫が急に行けなくなり、妻だけが出席した。 翌朝、夫が、パーティーがあった家の客間に置かれた、大櫃の中で、刺し殺されているのが発見され、その家の主が逮捕された。 主は、被害者の妻と、いい仲になっていた。 ポワロが、ヘイスティングと共に、解決に当たる話。

  デビット・スーシェさん主演のドラマで、フェンシングの決闘場面で印象に残っている話。 原作の方は、決闘場面はなく、謎も分かり難いです。 大した話ではない、というのが、適当な感想でしょうか。

  ポワロが、なぜ、謙遜しないのかについて、本人の口から詳しく語っていますが、つまり、自分を飾らず、正直なわけだ。 飾らないけど、自慢はするわけですが、


【あなたの庭はどんな庭?】 約38ページ

  ポワロが、老婦人から受け取った相談の手紙には、具体的な事が書いてなかった。 依頼を受けると返事を書いたが、それっきりになった。 その後、新聞記事で、老婦人が亡くなっていた事が分かる。 ポワロが気になって調べ始めると、遺産を受け取る事になっていたロシア人娘の使用人が、ストリキニーネを盛ったとして逮捕されてしまった。 他に、親族の夫婦がいて、妻の方は、庭弄りが好きだったが、花壇を取り巻く貝殻を見たポワロは・・・、という話。

  この作品も、ドラマ版で、印象に残っています。 原作が短編の場合、映像作品の方が出来が良くなるものですが、この作品に関しては、原作も、この長さとは思えないほど、内容が濃いです。 バランスも良い。 依頼された相手が、会う前に亡くなってしまう、というのは、長編、【杉の棺】(1940年)でも、使われています。

  事件とは関係ないところで、ポワロの秘書である、ミス・レモンの性格について、説明していますが、大変、分かり易いです。


【ポリェンサ海岸の事件】 約38ページ

   休養を取る為に、地中海の島を訪れたパイン氏。 仕事を持ち込まれないように、素性を隠していたが、知り合いに会った事で、バレてしまう。 早速、相談を持ち込んできたのは、息子と来ている夫人で、息子が、今風の若い女と、勝手に婚約してしまったのを、どうにかしてくれという。 パイン氏は、一旦、他へ出かけ、戻ってみると、状況が一変して、夫人の息子は、また別の女に現を抜かしていた、という話。

  パイン氏ものらしいストーリー。 「甘過ぎる食べ物でも、しょっぱ過ぎる食べ物の後なら、甘過ぎると感じない」という理論。 しかし、相変わらず、パイン氏の作戦は、ちと、危なっかしい感じがします。 書く方も、読む方も、気軽な短編だから、さらっと読み流せるわけですな。


【黄色いアイリス】 約38ページ

  あるレストランの、黄色いアイリスが飾られているテーブルに、呼び出されたポワロ。 アメリカ人男性が設けた席で、4年前に妻が死んだ場面を再現すると言い、4年前の面子を集めてあった。 その席で、若い女性が毒を盛られて死んでしまい、青酸カリの包みが、ある男のポケットから発見されるが・・・、という話。

  ノン・シリーズの長編、【忘られぬ死】(1945年)は、この短編を膨らませたものですが、こちらの方が、ずっと、分かり易いです。 ちなみに、「アイリス」とは、「アヤメ」の事。 死んだ妻の名前であって、花そのものは、事件と関係ありません。 「酒を注いで回る係は、いくら被害者に接近しても、疑われる事はない」というのは、【三幕の殺人】(1934年)でも、使われていましたな。


【ミス・マープルの思い出話】 約22ページ

  妻を殺された上に、容疑者にされた男性が、弁護士に伴われて、マープルに相談に来る。 現場は、ホテルの部屋で、密室状態にあり、続き部屋にいた夫以外に殺せる者がいなかったという理由で、疑われていたのだが、マープルは、話を聞いただけで、他の容疑者を言い当て・・・、という話。

  マープルが、甥達に向かって、思い出話を語るという形式。 ちと、自慢話臭いですが、マープルのキャラクターが分かっていれば、さほど、違和感はありません。 クリスティー作品には珍しい、本格トリックの密室物です。 この短さですが、読み応えはあります。 マープルが挙げた容疑者二人の内、どちらがより怪しいかを決める要素に、マープルらしい推理手法が見られます。


【仄暗い鏡の中に】 約16ページ

  招かれて、友人の家に泊まりに行った青年。 あてがわれた部屋で、着替えをしていると、幻を見た。 背後で、首の左に傷がある男が、女の首を絞めている姿が、鏡に映ったのだ。 女の方は、友人の妹そっくりで、その婚約者には、首の左に傷があった。 青年が、その事を告げた後、友人の妹は、婚約を解消してしまった。 戦争があり、友人と、妹の元婚約者が戦死。 青年は、首の右に傷を負っただけで、復員した。 友人の妹と結婚したが、青年の嫉妬心が強かったせいで、夫婦仲が冷え切って・・・、という話。

  未来が見えたという時点で、オカルトでして、推理物ではないです。 幻で見た男が誰なのか、首の傷でしか分からないというところが、味噌ですが、鏡が出て来れば、右と左を間違えたという謎になるのは、お定まりなので、書かれた時代を考慮しても、陳腐の謗りを免れますまい。 幻想小説としても、瑕がつくところ。


【船上の怪事件】 約36ページ

  エジプトへ向かう船。 妻に虐げられている男が、若い女性二人に気に入られ、アレキサンドリアで、一緒に上陸している間に、船に残っていた妻が殺される。 男は、かつて、手品師だったと言って、手並みを披露して見せたが、ポワロは、彼のもつ他の技芸に注目していて・・・、という話。

  密室トリック。 だけど、クリスティーさんの場合、密室を使っても、トリック・アイデアの新味で勝負する事はないです。 容疑者のアリバイが、下船する前に、被害者と、ドア越しに会話をしていたというものなので、ある方法を使えば、アリバイを捏造できるという趣向。 子供騙しっぽくて、ちょっと、ポワロが似つかわしくないくらいです。 


【二度目のゴング】 約52ページ

  変人の資産家。 食事時間に厳格であるにも拘らず、合図の銅鑼が鳴っても、部屋から出て来ない。 客達は、銃声のような音を聞いていた。 そこへ、資産家から、横領事件の捜査を依頼されていたポワロが訪ねて来て、状況を見て取り、急いで、部屋の扉を破れと言う。 中では、拳銃自殺と思える状態で、資産家が死んでおり、警察の見立ても、自殺だった。 しかし、ポワロは、そうは考えず・・・、という話。

  デビッド・スーシェさんのドラマで見た事がある話ですが、そちらは、後年、中編に書き直された、【死人の鏡】が、原作のようです。 ストーリーは、ほとんど、同じですが。

  銅鑼が、2回鳴るとか、窓の錠が、外からでもかけられるとか、鏡が割られていたとか、花壇の土がならされていたとか、細かい謎がゴチャゴチャと詰め込まれていて、メインのトリックが、分かり難いです。 短編に、こんなに、いろいろと詰め込むのは、悪い例ですな。 中編に書き改めたくなる気持ちも分かろうと言うもの。




≪ヘラクレスの冒険≫

クリスティー文庫 60
早川書房 2004年9月15日/初版 2020年1月15日/6刷
アガサ・クリスティー 著
田中一江 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、12作を収録。 【ヘラクレスの冒険】は、コピー・ライトが、1947年になっています。 全作ポワロ物。 寄せ集めではなく、短編の連作です。 1939年から、1947年にかけて、書かれたもの。 本全体のページ数は、約554ページ。 前置きとして、【ことの起こり】がついています。


【ことの起こり】 約14ページ

  引退を考えていたポワロは、探偵業の締め括りに、自分の名前に因んだ、「ヘラクレスの難業」に擬えて、12の事件を解決しようと決心する。 ちなみに、引退後の目標は、カボチャの品種改良。


【ネメアのライオン】 約54ページ

  ペキニーズ犬が誘拐されたので、犯人を捜してくれという依頼がある。 依頼者の夫人の犬で、夫人の、話し相手として雇われている女性が、散歩に連れて行った時、よその赤ん坊に気を取られた僅かの時間に、引き紐を切って、連れて行かれたという。 身代金を払って、すでに、犬は取り戻されていた。 全く同じ手口で誘拐された別件があったが、そちらも、犬種は、ペキニーズで・・・、という話。

  犬は戻っているが、身代金に、200ポンドも取られたのが癪に障るので、犯人を捜して、取り戻して欲しい、という依頼なわけで、別に、ポワロに、犬捜しを頼んだわけではないです。 ポワロは、犬嫌いではありませんが、そういう依頼なら、たぶん、断るでしょう。

  犯人は、推理小説の読者なら、すぐに分かるような人物。 この話の肝は、犯人当てではなく、その後の、ポワロの大岡裁きです。 粋と言えば、粋ですが、些か、ポワロらしさに欠けるでしょうか。 職業探偵が、こういう事をやっていては、食っていけません。


【レルネーのヒドラ】 約52ページ

  最近、妻が病死した医師。 若い看護師といい仲になっていた事で、近隣住民から、妻殺しを疑われ、ポワロの元に、助けを求めに来る。 現地に乗り込んで行ったポワロは、噂の根を絶つというより、むしろ、広げるような事をする。 墓を掘り起こして、解剖した結果、大量の毒物が盛られていた事が分かり・・・、という話。

  疑われている人物達が犯人でないとすれば、消去法で、この人しかいない、という人物が犯人です。 フー・ダニットにするには、容疑者の面子が少な過ぎるのです。 推理物としては、面白くないですが、犯人の心理が、興味深いです。 気持ちは分かるが、人殺しは、よくないですなあ。


【アルカディアの鹿】 約38ページ

  雪の中の宿で、エンコした車の修理を待っていたポワロ。 修理工の青年から、消えてしまった女性を捜して欲しいと依頼される。 彼女は、有名な女優のメイドだったが、すでに退職しており、ヨーロッパ中を捜し回った挙句、死んでいた事が分かる。 しかし、ポワロは、彼女が死んだとは思えず・・・、という話。

  これも、推理物を読み込んでいれば、すり替わり物である事が、容易に分かります。 それでなくても、クリスティーさんは、すり替わり物を多用しますから。 ラストを、いい話にしようとしていますが、少々、安直か。 元有名女優が、ポワロが提案するような生活に馴染めるとは、とても思えません。


【エルマントスのイノシシ】 約44ページ

  スイスの高山にあるホテルへ、ケーブル・カーで向かうポワロは、知り合いの警視からの手紙を渡される。 ホテルに来ている犯罪者を、潜入している警部と協力して逮捕してくれという内容だった。 ホテルに着くと、給仕に化けた警部から、ケーブル・カーが雪で破損して、数日間、外部と連絡が取れないと聞かされ・・・、という話。

  雰囲気的には、冒険物っぽいです。 ページ数の割には、内容がみっちり詰まっていて、面白いです。 警部が化けた給仕の前に、無能でクビになった給仕がいた、というところが、肝腎。 ストーリー上、意味のない設定が出て来たら、それは、何かの伏線なんですな。

  ポワロ物には珍しく、アクション場面もありますが、もちろん、ポワロが、格闘や発砲をするわけではありません。 それ担当の人物が、別に用意されています。


【アウゲイアス王の大牛舎】 約40ページ

  前首相が隠していた悪事を、ゴシップ雑誌に暴露されそうになっている、娘婿の現首相が、ポワロの元に相談に来る。 やがて、前首相の娘で、現首相の妻である人物が、外国へ行って、放蕩を尽くしているという記事が、そのゴシップ誌に掲載され、名誉毀損裁判に発展するが・・・、という話。

  「政治家の不正よりも、色恋沙汰の方が、世間の注目を浴びる」というのは、些か、微妙な分析ですが、この話では、まんまと、うまく運びます。 雑誌社を、一つ潰してしまうというのは、そこで働いていた人達の生活を考えると、これまた、微妙な結末。 前首相の不正は、事実だったわけですから、ますます、微妙です。


【スチュムパロスの鳥】 約44ページ

  政治家として、将来を嘱望された青年が、休暇で来ていた外国で、イギリス人の母娘と知り合いになる。 娘の方は、悪い夫に苦しめられているという話だった。 ある時、その夫が押しかけて来て、青年も巻き込まれる形で、諍いになる。 娘は、夫を殺してしまい、母親の発案で、現地警察や関係者を買収して、事件を揉み消そうとするが・・、という話。

  母娘の他に、「猛禽のような顔をした、ポーランド人の女性二人」が出て来ますが、ちょっとした役割しか担ってません。 目晦ましですな。 実際に、どういう顔なのか、想像ができませんが。

  事件は二つの部屋で起こり、娘が夫を殺した現場を、青年が見ていない、というのが、味噌。 そこで、話の趣きが、大体、分かります。 ポワロは、後半で、ポンと出て来て、バタバタッと解決してしまいます。 あまり、ヒネていない読者なら、相当には、面白いと感じると思います。


【クレタ島の雄牛】 約58ページ

  婚約者から、「自分は、精神異常だから」と言われて、婚約を破棄されてしまった若い女性から、相談を受けたポワロ。 青年の家に行くと、確かに、血筋として、精神異常者が、たまに出るらしい。 眠っている間に、夢遊して、動物を殺し、目覚めると、血塗れの体になっているというものだった。 ポワロは、ある実験を試みて・・・、という話。

  実際には、精神異常ではない事は、分かっています。 読んで行って、真っ先に、容疑者として浮かぶのは、青年の父親の友人ですが、その人物が企んでいる事だとすると、動機が分かり難いので、保留にしておいたら、果たして、犯人は、別人でした。 意外と言えば、意外な人物。 ポワロの解説を聞くと、なるほど、そういう事かと、納得しますが。

  精神異常は、必ずしも、遺伝に因るわけではないので、誤解してしまう読者もいるかもしれませんなあ。 この作品が書かれた頃には、遺伝が最も大きな因子だと思われていたんでしょう。 実際には、遺伝と関係なく、おかしくなる奴は、うじゃらうじゃら、いるのですが。


【ディオメーデスの馬】 約42ページ

  知り合いの若い医師に呼び出されて、「薬物パーティーの、宴の後」にやって来た、ポワロ。 若い女性が、薬物依存の入口にいるのを見て、彼女の父親の家を訪ねる。 彼には、4人の娘がいて、その友人の男が、薬物を売り捌いているかに見えたが・・・、という話。

  若い女性を薬物依存の道から引き戻すのが、直接的な目的ですが、それ即ち、薬物を広めている元締めを捜す事になります。 意外な人物が犯人です。 そして、4人の娘達の正体も、大いに意外です。 こんなに多く、意外な要素を盛り込むのは、勿体ない。 中編にした方が、読み応えがあったかもしれません。


【ヒッポリュテの帯】 約34ページ

  画廊から盗み出されたルーベンスの絵は、フランスに運ばれたと思われた。 頼み込まれて、しぶしぶ、フランスへ出かけようとしていた、ポワロの元に、ジャップ警部がやって来て、少女の失踪事件も調べてくれと、頼まれる。 フランスの学校へ行こうとしていた少女は、列車内から姿を消し、線路沿いで、意識朦朧としているところを発見された。 警察は、事件が解決したと考えたが、ポワロは、おかしな点に気づき・・・、という話。

  絵が盗まれた事件と、少女が失踪した事件は、当然の事ながら、関係しています。 短編で、全く無関係の二つの事件を扱うなんて、ありえませんから。 少女の方は、ごくありきたりの人物で、略取しても、意味がないような存在。 となれば、目的は、絵の方という事になります。

  留学生の荷物は、中を開けて調べられる事がなかったようですな。 ポワロ物の長編、【ヒッコリー・ロードの殺人】(1955年)のアイデアは、この作品から、膨らませたんでしょうな。


【ゲリュオンの牛たち】 約42ページ

  かつて、罪を帳消しにしてやった婦人が、ポワロを訪ねて来て、友人が怪しい宗教に嵌まっているのを、どうにかしてくれと頼む。 その教団では、遺産による多額の寄付を約束した女性達が、何人も、それぞれ、別の原因で、病死していた。 ポワロは、婦人自身に、教団に加わって、囮になるように命じたが、潜入して日が経つに連れ、婦人はすっかり、洗脳されてしまって・・・、という話。

  関係した者達が、それぞれ、別の病気で死んで行く、というのは、ノン・シリーズの長編、【蒼ざめた馬】(1961年)でも、使われました。 医学知識や医療技能がある者なら、割と簡単にできる方法ですな。 ただし、それぞれ別の病気だから、司直から疑われ難いかというと、そうでもなくて、逆に、疑われ易いのではないかとも思います。

  この囮捜査をする婦人ですが、犯罪者的な才能があると、自分で言っており、クリスティー作品に出て来るキャラとしては、珍しいタイプです。 この作品でも、ポワロが驚くような機転の良さを見せてくれます。


【ヘスペリスたちのリンゴ】 約36ページ

  高名な美術品蒐集家が、10年も前に落札したが、手元に来る前に盗まれてしまった金の酒盃を、探してくれと依頼して来た。 ポワロは、世界のあちこちを調べた末に、ある修道院に、それがある事を突き止める。 すでに死んでいた窃盗一味の一人には、娘がいて、その修道院にいたというのだ。 ポワロは、地元の人間を雇って、二人で、修道院に盗みに入り・・・、という話。

  金の酒盃が、どこにあったか、ポワロが、どうやって手に入れたかには、大した意味がなく、依頼主の元に返った後が、この作品の眼目になります。 こんな話に乗る蒐集家が、ほんとにいるかどうか分かりませんが。

  ポワロは、たまに、泥棒をやるんですな。 いや、ホント。 もちろん、最終的には、悪事にならないのですが。 それにしても、泥棒は泥棒でして、修道院側が許さなかったら、ポワロと協力者は、間違いなく、裁判にかけられたでしょうな。


【ケルベロスの捕獲】 約56ページ

  ポワロが、20年ぶりに会った、元ロシア貴族の女性は、「地獄」という名のバーを経営していた。 警察は、そのバーで、宝石を代金に使った麻薬取引が行なわれていると見て、捜索もしていたが、尻尾を掴めなかった。 バーの入口には、主人に忠実な番犬がいたが、主人以外にも、命令を出せる人間が一人いて・・・、という話。

  犬を使ったトリックですが、果たして、実際に、こういう事ができるのかどうかは、不明です。 こういう芸は、聞いた事がないので。 怪しそうな人間が何人か出て来て、ごくシンプルな、フー・ダニット物になっていますが、一番、奇妙な人間が、犯人です。 その人物の描写は、一際、凝っているので、それで、犯人と気づく読者もいる事でしょう。



  短編集、【ヘラクレスの冒険】の総括ですが、これまでに読んだ、ポワロ物の短編と比べると、安直さが感じられず、クリスティーさんが、真面目に、短編に取り組んでいる様子が伺えます。 後に、長編に使われるトリックが、多く出て来るのも、それと関係があると思います。

  作品の出来とは関係ないですが、「ヘラクレスの冒険」に擬えた、各作品のタイトルは、話の中身を直接 表していないので、非常に、覚え難いです。 たとえば、この短編集を読んだ者同士で、感想を述べ合う場面を想像すると、タイトルから、どんな話だったかを思い起こすのは、ほとんど、不可能でしょう。 煩雑なようでも、タイトルは、内容に合ったものを付けて、「ヘラクレスの冒険」の各タイトルは、( )に入れて、添えた方が良かったんじゃないかと思います。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、

≪リスタデール卿の謎≫が、6月22日から、25日。
≪パーカー・パイン登場≫が、6月26日から、28日。
≪黄色いアイリス≫が、7月5日から、7日。
≪ヘラクレスの冒険≫が、7月8日から、10日。

  読んだ期間が、2冊ごとに、固まっているのは、早く読み終わった場合でも、2週間の貸し出し期間、ギリギリまで待って、借り換えに行っているからです。 読むものがないと、禁断症状が出るほど、読書好きではないのです。

2023/09/03

ウクライナ情勢 2023年8月

  久しぶりに、ウクライナ情勢について、日記ブログの方に書いたので、転載します。






【2023/08/22 火】   「矛と盾」

  どうやら、ウクライナ軍の反転攻勢は、勢いが止まって、ロシア軍の再攻勢が、ちらほら見られる状況になった模様。 ただ、ロシア側に、一気に押し返す様子が見られないのは、そもそも、戦争を早く終わらせる気がないのと、もう一つは、ウクライナ軍に、西側供与の兵器を出させたいからでしょう。 もちろん、最優先で破壊して、供与国に、ショックを与える為です。

  反転攻勢の開始直後、レオパルト2や、ブラッドレー歩兵戦闘車が、地雷原に嵌まり、十数両も、残骸をさらした映像が出ましたが、あれは、ゼレンスキー氏始め、同政権の閣僚達にとっては、衝撃だったと思います。 西側民主国家への憧れが、非常に強い人達で、「西側の兵器さえあれば、ロシア軍を容易に圧倒できるはず」と、信じ込んでいたと思うので、正に、あの映像には、目を疑ったと思います。

  しかし、ウクライナ国内であっても、軍人・兵隊は、そうは思っていなかったと思います。 地雷やミサイルなど、対戦車兵器で狙われたら、どの国製の、どんな戦車でも、確実に破壊されてしまう事を、知っていたと思うからです。 軍事の常識として、とうの昔から、攻撃力の方が、防御力より、遥かに強いのであって、「世界最強」などと言っても、対戦車ミサイルが中れば、破壊を免れる戦車など、この世に存在しないのです。

  それが、現実に証明された以上、ウクライナ軍としては、西側から供与された車両型兵器を、前線に出さないのが、戦力を消耗しない、一番の方法ですが、後方に隠しておいたのでは、そもそも、その兵器をもっている意味がない。 出せば、やられる、出さなければ、意味がないで、大いなるジレンマに陥っているわけですな。

  あの映像で、衝撃を受けたのは、ゼレンスキー政権の面々だけではなく、ポーランドや、バルト三国など、ロシアを敵視して、せっせと西側兵器を購入していた国々も、同様でしょう。 一両、10億円以上という、馬鹿高い金を払って、「世界最強」の兵器を揃えても、あっさり、やられてしまうんだわ。 何の為の出費なのか、分かりゃしない。 飾りにもならん。

  「やばい事になったな・・・」と、脂汗を垂らしたのは、ドイツの戦車メーカーでしょう。 あの映像が出てしまったからには、今後、レオパルト2の売れ行きが落ちるのは、避けられますまい。 どうせ、やられてしまうなら、「世界最強」なんて称号は、何の意味もありません。 対戦車ミサイルや、地雷を買っておいた方が、遥かに役に立つではないですか。

  そもそも、戦車と戦車がぶつかりあう、戦車戦自体が、無意味でして、被害を少なくし、戦果を上げたいのなら、敵が戦車を出してきたら、こちらは、戦車を引っ込めて、対戦車ミサイルを装備した、歩兵部隊を出し、敵戦車を破壊した方が、遥かに効率的です。 戦車は、図体が大きいせいで、隠しようがなく、敵歩兵に見つかったら、もう、確実に破壊さてしまいますが、歩兵の方は、隠れているので、敵戦車からは見つかり難いからです。

  一見、戦車と歩兵だと、戦車の方が強そうに思えますが、そんな事は全然ないのであって、もうとっくの昔、第二次世界大戦の後半に、パンツァー・ファウストや、バズーカ砲が出て来た時から、歩兵の対戦車兵器の方が、ずっと強いのです。 これが、兵器知識がない人達には、どうしても、ピンと来ないらしい。 戦車は、戦場では、ただの大きな標的なんだわ。


  ゼレンスキー政権は、F16の供与を待っているようですが、これも、首を傾げるところ。 F22や、ラファール、ユーロ・ファイターならまだしも、F16ですか~? なんだか、兵器の事が全然、分かっていないような気がしますねえ。 おそらく、他の戦闘機は高価なので、「F16でもいいから、供与してくれ」という、控え目な要求なのでしょうが、現状、ミグ29を使用している国が、F16をもらえば、強くなるという考え方が分からん。

  F16の何が問題かというと、単発機である事に尽きます。 エンジンが一つしかないんですよ。 対空ミサイルというのは、後ろから、エンジンに飛び込んで、破壊するので、単発機だと、その時点で、もう、墜落するしかありません。 ところが、エンジンが二つある双発機だと、一つを破壊されても、もう一つで、飛行を続け、帰還できるのです。 帰還できるのと、撃墜されてしまうのとでは、大違いでして、帰還すれば、破壊されたエンジンを交換して、また、飛ぶ事ができますが、撃墜されてしまえば、ただの残骸です。 部品すら使えません。

  「そんな単純な理由で?」と思うでしょうが、事実、そうなんですよ。 ソ連・ロシアでは、アフガン進駐以降、単発機を造らなくなったのですが、アメリカでは、未だに、最新鋭のF35が、単発機でして、この単純な事実が、理解できていない模様。 F35を装備しようと、馬鹿高い予算を請求している国々の軍人も、まるっきり、分かっていないのでしょう。 馬鹿な子供と同じで、ただ、高いオモチャが欲しいだけなんだわ。

  単発・双発の問題を別にしても、ミグ29と、F16では、ミグ29の方が、あらゆる点で、優れていると思いますがねえ。 そもそも、今回の戦争では、ロシア側にしてからが、戦闘機や攻撃機を、積極的に使っていません。 高価なので、対空ミサイルで撃墜されるのを恐れて、出して来ないのでしょう。 使えない兵器に、莫大な金額を投じているのは、無意味の極みですな。

  ウクライナ軍に、F16が供与されても、ロシア側の地対空ミサイルで落とされるか、スホーイ27など、遥かに性能が高い戦闘機に撃墜されるかの、どちらかでしょう。 タダで、もらうのですから、ウクライナ軍としては、ないよりは、あった方が、得ですが、くれぐれも、「F16さえあれば、ロシア軍を圧倒できる」などとは、思わない方がいいです。

  今、F16の訓練をしている操縦士を、一人二人、秘かに訪ねて、訊いてみたら、どうですかね?

「正直な感想が聞きたいんだが、F16があれば、勝てると思うか?」
「乗れと言われれば、乗りますが、できれば、双発機の方がいいです。 パラシュート降下して、敵地に降りるのは、御免ですよ」


  ウクライナ軍の反転攻勢は、「西側の兵器は、圧倒的に強い」という説が、錯覚である事を、はっきりさせました。 おそらく、それも、プーチン氏の目的の一つだったんでしょう。 「西側の兵器は、圧倒的ではないが、ソ連・ロシアの兵器よりは強い」と言うのですら、怪しい。 仮に、両陣営の兵器に、性能差があるとしても、勝てなければ、そんな差には、何の意味もないです。

  ロシアでは、T55など、古い戦車を前線に運んでいるようですが、対戦車兵器でやられてしまうという点では、T55も、レオパルト2も、違いがありません。 敵の対戦車ミサイルを消耗させる為に、標的として使うなら、古い戦車で十分。 戦車兵が気の毒? そんな事はありません。 どうせ、西側の最強戦車に乗っていても、攻撃を防げないのですから、同じではありませんか。

  爆発反応装甲ですら、所期の機能を発揮しないのに、複合装甲や、チョーバム・アーマーなんぞ、糞の役にも立つものか。 みんな、易々とブチ抜かれて、車内は火の海なんだわ。 そんな事はないと言うのなら、自分が実験台になって、推しの装甲を試してみなさいな。 いやあ、私はやりませんよ。 どんな装甲も信用していないから。


  ゼレンスキー政権は、西側供与兵器を頼りにしていたわけですが、それが、最後の綱だったとなると、まずい事になりつつあります。 ウクライナ軍とロシア軍の、地の強さは、互角なので、弾薬・食料など、基本的な物資が続くのであれば、ロシア軍に簡単に押し返されてしまう事はないと思いますが、ロシア軍を圧倒する力もないわけで、 ただ、ズルズルと戦争を続ける事になってしまいます。

  供与国に不平を言っても詮ない事で、「くれと言うから、くれてやったのに、文句ばかり言うな」と、言われてしまうのがオチです。 「確かに、供与してもらったが、量が足りなかった」というのは、ウクライナとしては、言い分けになりますが、供与国側にしてみると、ウクライナが勝てるまで、無限に供与を続けるというのは、現実的ではないです。 それでなくても、西側の兵器は高価なのですから。 何兆円、何十兆円という金額が、鉄錆の残骸に化けて、ウクライナの大地に吸い込まれてしまうのは、いと凄まじき事ですな。


  それにしても、西側供与兵器の中に、自爆ドローンなどの、AI兵器が含まれていないのは、興味深いです。 大方、20世紀で、頭が止まっていて、AI兵器なんて、想像もできないまま、来ていたのでしょう。 米軍で、ドローン兵器というと、無人偵察機や、無人攻撃機がありますが、あれは、遠隔操作で、人間が操縦しているのであって、AI兵器とは次元が違う、前時代のものです。

  プーチン氏が、この戦争を始めた理由は、幾つもあると思いますが、その一つに、「戦車や戦闘機、戦闘艦など、前時代の兵器を使い切ってしまい、軍の兵器体系を刷新する」というのがあるのかも知れません。 戦車はともかく、航空機は、桁違いに高価だから、ドシドシ消費するというわけには行きませんが。

  高級将校が、前線に出されて、バタバタ戦死しているのも、「制服に勲章を並べて、ふんぞり返っているだけの将校など、不要」と考えて、能力がある者だけ、残そうとしているのでは? そうだとすると、「高級将校が戦死したから、ロシア軍は、弱体化するはずだ」といった読みが、全く見当外れに思えて来ます。 軍人なんて、ごく一部の飛び抜けて有能な者を除き、いくらでも、替えが利くんだわ。



【2023/08/23 水】   「中立政権」

  ウクライナ情勢の続き。 断っておきますが、私は、どちらの味方もしていません。 戦争は早く終わった方がいいと思っています。

  今後、供与されるF16が、これといった戦果を上げられず、ウクライナによる反転攻勢の滞りが、明白になった場合、支援国による、次の大規模な供与があるかどうかは、かなり、怪しいです。 理念は理念、現実は現実でして、高価な兵器を、無際限に供与し続けるなど、冷静に考えてみれば、不可能である事が分かるはず。 供与した兵器が、戦局の転換に、ほとんど、効果を上げていないのでは、尚の事です。

  要は、戦争を終わらせられればいいのですが、開戦以来、未だに、プーチン氏の真の目的が分かっておらず、何をどうすれば、戦争を終わらせられるかが、分からない。 唐突に始まったのだから、プーチン氏の目的が達成されたら、そこで、唐突に終わる可能性もありますが、そんな、個人の頭の中でだけ判断される事に、期待をかけているのは、あまりにも、不確かです。

  真の目的は分からないが、なぜ、ウクライナが標的になったのかは、分かります。 反ロ政権が続いていたからでしょう。 開戦以来、感覚が狂ってしまった人も多いと思いますが、反ロ国というのは、元々、そんなにたくさんあったわけではなく、ロシアとの間で、いつ戦争になってもおかしくない状態だった国は、数える程でした。

  ちなみに、日本は、別に、反ロ国ではありませんでした。 歴史的に、ロシアと仲が良いわけではないですが、「いつ戦争になっても、おかしくない」などという、緊張した関係ではなかったのは、誰でも認めるところでしょう。 ロシア語講座の番組も、普通に放送していましたし。

  前任の、駐日ロシア大使が、ウクライナ開戦後、離任する時に、「日本は、反ロではない」と発言しましたが、その意味が理解できた日本人は少なかった模様。 つまり、「日本は、反ロ国ではないから、ロシアが攻めるような事はない」と言いたかったんでしょう。

  反ロではないという点で分類すると、アメリカ、イギリスなども、開戦前までは、反ロではありませんでした。 関係は良くないが、戦争になるには、程遠かったのです。 フランスやドイツは、今でも、反ロとは言い難い。 フィンランドとスウェーデンは、反ロではなかったにも拘らず、NATO加盟を決めた事で、大きく、反ロに近づいてしまいました。 安全を考えたというより、危険を増やしただけに見えますが、今後、どういう影響が出るでしょうねえ。

  フィンランドは、第二次世界大戦で、ナチス・ドイツと組んで、ソ連と戦い、負けた教訓から、戦後は、ソ連・ロシアとの関係を重視して来たのですが、国際的な立ち位置のバランスに苦労した当時の政治家達にしてみれば、NATO加盟など、言語道断、ゾッとする決断に思えるでしょう。 ロシアとNATOで、戦争になれば、戦場になるのは、ロシアと国境を接している国々でして、得になる事など、何もないです。

  開戦当初、西側の政治家や、国際学者、マスコミ関係者に、プーチン氏を精神異常者扱いする一派がいましたが、今では、そういう考え方は、的外れになったようで、誰も言わなくなりました。 狂っているのなら、ヒトラーのように、相手構わず、どこにでも戦争を仕掛けると思いますが、プーチン氏が、ウクライナを狙ったのは、ゼレンスキー政権が、反ロである事を、公言していたからであって、狂気の発露とは言い難いです。 ちなみに、戦争の決定そのものが、狂気だというなら、アメリカは、最も狂っている事になります。

  そういや、正義の味方ヅラして、ロシアを非難し、ウクライナを支援している国々の大半が、帝国主義時代以来の、侵略国家ばかりだというのは、大変、興味深い。 もちろん、日本も含む。 外国人を同じ人間だと思わず、狂ったように、殺しまくっていた国々なんだわ。 自国が犯した過去の大罪を反省もせず、ロシアを非難しているのは、グロテスクにも、程がある。 反省してる? どの国が? 例を知らんなあ。

  プーチン氏にしてみれば、「ウクライナは、ロシアを敵視しているのだから、戦争を仕掛けられて、文句を言うのは、筋違いだろう。 反ロなんだから、ロシアと戦争をしたかったんじゃないのか? 望み通りにしてやったのに、何が不満だ?」と考えているのでは? 些か、ネット論客の屁理屈っぽいですが、ありえない話ではないです。

  逆転して考えると、ウクライナが、反ロでなくなれば、ロシアがウクライナを攻める理由がなくなるわけだ。 今の、ゼレンスキー政権を見ていると、ウクライナが、反ロでなくなるなど、寝言・囈言・戯言のように感じられるでしょうが、意外にも、まだ、10年も経っていない、2014年までは、ウクライナは、親ロ政権が治めていました。 そういう素地はあるのです。

  「これだけ、被害を出して、恨み骨髄に達しているのに、今更、反ロを引っ込められるものか」と思うでしょうが、ここに一つ、身近な例があります。 無差別爆撃や、原爆投下で、とてつもない被害を受けたにも拘らず、負けるや否や、「マッカーサー元帥万歳!」と、諸手を挙げて歓迎してしまった国があるではありませんか。 国民感情なんて、そういう、水物なんだわ。

  親ロでなくてもいいんですよ。 反ロでさえなければ。 何とか、中立政権が作れないものか。 「今後、一切、ロシアを敵視しない」と、公言できる政権が立てば、それで、充分。 敵でないのだから、ロシアが、ウクライナと戦争をする理由はなくなり、ロシアとしては、停戦した上で、国境線の線引き交渉を提案して来るでしょう。 ウクライナが、「永久に中立する」と確約すれば、相当な面積が、戻って来るんじゃないでしょうか。 約束を反古にすれば、また戦争になりますが。

  私が一人で言っている分には、現実感のない空論に過ぎませんが、今後、ウクライナの反転攻勢が停滞し、更なる供与を要求された時に、支援国の中に、同じ事を言い出すところが出て来ると思うのですよ。 「軍事力では、ロシアを押し返せないのだから、戦争を終わらせる為には、中立政権を立てる以外にない」と。

  それらの国にしてみれば、支援地獄が終わるのなら、それが一番。 ウクライナの政権が、どう変わろうが、興味がないところでしょう。 このままでは、「支援疲れ」から、自分の国が「過労死」してしまう恐れがあるから、事態は深刻です。 なにせ、ウクライナ支援は、投資ではないので、いくら注ぎ込んでも、一円も返って来ませんから。

  この件について、ゼレンスキー政権を説得するのは、不可能で、外国から、退陣しろと言われても、絶対、受け入れないでしょう。 また、中立政権を、反ロである、ゼレンスキー政権の主導で人選するというのも、理不尽、且つ、信用度を損なう話。 とりあえず、F16が、期待に添えない事が証明されて、戦況が膠着する事が、前提条件になるでしょうか。

  それにつけても・・・、昨日も書きましたが、なんで、F16なんですかねえ? 気が知れぬ。 同じ旧型でも、F15にしておけば、だいぶ、違ったものを。 もっとも、高価だから、くれと言っても、くれないかも知れませんが。 それにしても、F16ではなあ・・・。 開発・生産元のアメリカだって、F16では、焼け石に水だと分かっているだろうに。 ゼレンスキー政権に勝たせる気が、そもそも、ないんじゃないの?



【2023/08/24 木】   「余説」

≪ワグネルとプリゴジン氏≫
  プリゴジン氏が、墜落死したというニュースが流れていますが、それは さておき。

  ワグネルの存在を、あまり、大きく見過ぎない方がいいです。 そもそも、ロシア正規軍とは、目的が異なる組織でして、内戦状態など、政情が混乱している国に派遣されて、治安維持に当たるのが、本来の任務。 戦場で、ウクライナ軍のような重装備の正規軍を相手に、ドンパチやり合うなど、イレギュラーな活動なのです。

  ワグネルが、ウクライナ戦争で活躍したのは、否定できないところですが、重要な戦闘に参加したというのと、ロシア軍全体の中で、重要な役割を担っていたというのは、別の話です。 実際、ワグネルが撤退した後に、ウクライナ軍の反転攻勢が始まったわけですが、ロシア軍は、ワグネル抜きで対処しており、別に、大きな穴が空いたというわけでもない様子。

  ワグネルが、実力以上に注目を浴びたのは、プリゴジン氏が、積極的に情報発信をしていたからでしょう。 一方、ロシア軍は、情報発信を、極力しない方針のようなので、相対的に、ワグネルが目立っていただけなのだと思います。 ショイグ国防相らは、プリゴジン氏から、名指しで批判されていたのに、全く相手にしていませんでした。 ワグネルを、ロシア軍とは関係ない組織だと思っていたから、そういう反応になったのでしょう。


≪ロシア国内でのドローン攻撃≫
  誰がやっているのか、分かりません。 ウクライナ軍なのか、ロシア国内の反政府組織なのか、はたまた、ロシア政府による、自作自演か。 注目点は、死者が出ていない事でして、やろうと思えば、人が大勢いる所へ突っ込ませて、爆発させる事もできるはずですが、なぜか、そういう事をしていません。

  もし、自作自演だとしたら、何が目的なのか。 「ロシアもやられているんだ」という事を、世界にアピールする為か、ロシア国民のウクライナに対する敵愾心を煽る為か・・・。 しかし、プーチン氏の考えにしては、単純過ぎるような気がせんでもなし。 他の人間が考えて、プーチン氏に許可を求めたとしても、こんなセコい手は嫌がられるような気がしますねえ。


≪核兵器≫
  ロシアは、世界最多の核兵器保有国で、使う事を決断すれば、この戦争は、たちまち、終わります。 ただ、今までの様子を見ていると、最初から、使う気がない様子。 せいぜい、脅しの声明に、「核」という言葉に持ち出す程度です。

  破壊力が桁違いに大きいので、この上なく、使い難い兵器ですが、人道上の非難を避ける手がないでもないです。 たとえば、ほとんど人が住んでいない地域で、脅しの為に爆発させるとか、都市部への予告攻撃とか。

  予告攻撃というのは、たとえば、「今から、1ヵ月後に、○○市に核攻撃を行う」と予告するわけです。 1ヵ月の猶予をやるから、その間に、避難しろというわけだ。 「避難しなければ、避難させなかった方に、責任がある」、そういう言い分けができるという理屈。

  首都から始めて、首都機能を移転した先の都市を追いかけるように、1ヵ月に1都市ずつ、10発も使えば、やられた方は、さすがに、参ってしまい、「もう、やめてくれ」と、降伏して来るのでは? 市民を一人も殺さずに、降伏に追い込める事になります。

  困るのは、全く同じ手を、相手側も使える場合でして、ウクライナが、西側の核保有国から、核兵器の供与を受けて、ロシアの都市に、予告攻撃を行なう事も考えられます。 双方で、どんどん、使えない都市が増えるわけだ。 核攻撃後、その都市は、何年間か、住めなくなりますが、永久にというわけではないです。 現に、広島・長崎では、核攻撃後も、ずっと、人が住んでますし。

  核爆発の場合、放射線の影響が、健康に問題ないレベルまで減るのには、何年くらいかかるんですかね? 原発事故と混同して、「10万年」などという数字を出して来る人もいると思いますが、それじゃあ、広島・長崎の市民は、未だに、被曝し続けているというのか? いい加減な事を言うなよ。

  予告攻撃のような方法は、核保有国では、遥か昔から、検討し尽くされて来た事で、その結論として、「使わない方が、無難」という事になっているんでしょう。 前線で、命を張って戦っているロシア兵は、「俺が死ぬ前に、使ってくれ~!」と、願っているでしょうが。


≪イギリス国防省情報≫
  新型肺炎対策で、大失敗を世界中に曝してから、イギリスという国の見方が変わってしまいましたが、ウクライナ戦争に関する情報発信でも、感心のしようがない事をやっています。 イギリス国防省は、ウクライナの戦場で、何かあるたびに、というか、何かなくても、頻繁に、情報発信しているのですが、その中身が、スカスカなのです。

  おそらく、自前で情報収集する能力がないのではないかと思うのですが、ウクライナ軍や、ウクライナ政府から得た情報を、「『しかし』のところを、『だが』に変え」て、流しているだけ。 ことごとく、どこかで聞いたような話や、想像で補ったコメントばかり。 前半分聞くと、後ろ半分が想像できるから、程度が知れようというもの。

  イギリス国防省情報の、もう一つの問題点は、ロシア軍に対する、憎悪や、侮蔑が感じられる点です。 何とかして、ロシア軍を馬鹿にしよう、見下そうと、躍起になっている模様。 自分達は、こんな大戦争、大作戦に関わる機会を与えられないので、嫉妬から、ケチをつけているのかも知れませんが、そう見られたくないのなら、もっと、主観を除いた表現にした方がいいと思いますねえ。

  イギリス国防省情報に比べると、アメリカの、戦争研究所情報の方が、まだ、聞くに値する。 少なくとも、客観性が感じられるからです。 ただ、ここ数ヵ月、戦争研究所は、あまり、情報発信をしなくなってしまいました。 専ら、衛星情報から、分析していたようですが、やはり、上から見るだけでは、分かる事に限界があるのか。

  アメリカ国防省は、その種の情報発信を、ほとんど、やっていませんが、それは、情報収集能力を、外国に知られたくないからでしょう。 もちろん、中国やインドも、情報収集や、戦況分析をしているはずですが、一言も言いません。 同じ理由だと思います。


≪そもそも論≫
  この戦争の目的が、ウクライナから領土を奪う為、もしくは、ウクライナの反ロ政権を倒す為なら、そもそも、こんな攻め方はしません。 ウクライナ西部を南北から攻めて、隣接国家との国境を遮断するのが、一番です。 ウクライナへの支援物資は、ポーランドなど、西部国境から入って来るわけで、それを止めれば、ウクライナの継戦能力は、あっという間に、なくなってしまうからです。 東部や南部なんて、後から、どうにでもなるのだから、放っておけば良い。

  ウクライナ軍と隣接国家の軍隊から、挟み撃ちに遭うような事はありません。 ロシアは、隣接国家と戦争をしているわけではないからです。 ウクライナ軍は、国外からの物資補給が止まれば、ジリ貧になって、後退するしかなく、ロシア支配地域は、西から東へ広がって行くという寸法。

  こんな事は、特に、軍事知識がなくても、誰でも分かる事でして、言うに及ばず、ロシア軍でも分かっているはず。 なのに、やろうとしなかったのは、そもそもの、戦争の目的が違うからとしか考えられません。  

  プーチン氏が何を目的にしているのかが、相変わらず、分からんなあ。 知能の高い人間が何を考えているかは、それ以下の知能しかない者には、伺い知れないところがあります。 タイプが違うものの、諸葛孔明や、シャア・アズナブルを思い浮かべれば、その知能の特殊性が想像できるでしょうか。 どちらも、最終的には、負けるキャラですが、プーチン氏も、そうなるとは限りません。