2021/10/31

EN125-2Aでプチ・ツーリング (25)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、25回目です。 その月の最終週に、前月に行った所を出しています。 今回は、2021年9月分。





【三島澤地・蜘蛛ヶ淵滝・不着】

  2021年9月1日に、バイクに乗り、三島の澤地にある、「蜘蛛ヶ淵滝」を目指しました。 残念ながら、不着。

≪写真1≫
  澤地地区の幹線道路を東へ向かうと、工業団地に入ります。 割と近年に整備された所で、昔の地図には載っていません。

≪写真2≫
  幹線道路を、突き当りまで行き、右、つまり、南へ曲がると、すぐの所に、こんな場所があります。 駐車場の横の細い道を、山の方へ入って行きますが、車の場合、草木の枝で、左右をこする恐れがあります。 そのくらいの細い道です。

≪写真3≫
  奥へ行くと、こんな小屋があります。 普段は、無人のようです。 

≪写真4左≫
  小屋のすぐ奥に、こんな案内標識があります。 つまり、ここまでは、間違いないのですが、この標識が、曲者。 その件については、再挑戦の時の記事で書きます。

≪写真4右≫
  奥へ向かう道です。 この時、道の奥に、白いシャツを着た、若い男性の後ろ姿が見えました。 こんな平日に、こんな山奥に来る人間が、私以外にいたとは、驚きです。 薮蚊を払いながら、奥へ分け入って行く様子が、不気味な程に、はっきり、記憶に残っています。 その人は、この先にある分岐を、右に曲がって行きました。

  私は、バイクで乗り入れ、分岐を直進して、標識にあった、200メートルくらい距離を登って行きましたが、川から離れてしまい、その道ではない事が分かって、引き返しました。 白シャツの人が曲がっていった道の先に、滝があると思われました。 その人が戻ってくるのを待とうかと思いましたが、薮蚊が多くて、一ヵ所にいられず、結局、諦めて、帰りました。

≪写真5≫
  工業団地の道路脇に停めた、EN125-2A・鋭爽。 この日、出かけてくる前に、ポジション球を、ウェッジ球に交換してきたので、灯火類は、全て、正常になっています。

   それにしても、バイクで、プチ・ツーを始める前は、三島に、澤地という所があるなんて、全く知りませんでした。 この工業団地も。 バイクを買って良かったなあ。




【三島澤地・蜘蛛ヶ淵滝①】

  2021年9月7日に、バイクで、三島澤地の、「蜘蛛ヶ淵滝」へ、再挑戦して来ました。

≪写真1左≫
  小屋までは、最初に来た時と同じ。 小屋から奥は、こんな道になっています。 小屋までなら、車でも、来れない事はないですが、その先は、もっと狭くなりますし、路面に枯れ枝が散乱していたり、水溜りがあったりするので、車は入れない方がいいです。

  私は、最初に来た時に、バイクを汚してしまったので、この時は、小屋の道路を挟んで向かい側にバイクを停め、歩いて、奥へ向かいました。

≪写真1右≫
  ここが、分岐です。 最初に来た時には、私は直進し、白いシャツの人は、右に曲がって行きました。 今回は、私も、右に向かいました。

≪写真2左≫
  杉・檜林の中の、こんな道を進みます。 右側に、川があります。 200メートルというと、600歩くらいかと見当をつけ、歩数を数えながら、進みました。 緩い登りです。

≪写真2右≫
  この辺は、竹林になっていました。 恐らく、自然に、浸食されたもの。

≪写真3左≫
  運搬用の、モノレールがありました。 何を運ぶのか、不明。 周囲に、果物を作っているような雰囲気はありません。 かといって、木を運ぶには、非力過ぎです。 調査用でしょうか。

≪写真3右≫
  川に、泥が溜まった所がありました。 鬱蒼とした森の、木漏れ日の中で見ると、神秘的。

≪写真4≫
  川の、ちよっとした落差。 まさか、これが、滝ではないでしょう。 その内、小さな小屋があり、その先で、道路に縄が張られて、通行止めになっていました。 この道でもなかったのです。 しおしお、引き返しました。

≪写真5≫
  帰り道で見た、竹の葉。 神秘的だ。




【三島澤地・蜘蛛ヶ淵滝②】

≪写真1左≫
  帰ろうと思って、小屋のすぐ近くまで引き返してきたら、小屋の裏手に当たる方向に、道があるのを見つけました。 もしかしたら、方向を間違えていたのかも知れないと思い、ここを登って行きました。

≪写真1右≫
  何を写したのか分からないでしょうが、何となく、そこが通れそうだというだけで、背の高い草薮に覆われた所を、藪こぎして進みました。

≪写真2左≫
  草薮を抜けると、マーキングされた木が並んでいました。 ここには、道らしいものがあります。

≪写真2右≫
  マーキングされた木が、岩が重なった崖の下へ曲がっていました。 どうやら、そこを下りなければならないようです。 手袋を地面に敷き、ヘルメットを脱いで、その上に置き、頭を軽くしてから、岩を攀じ下りました。

≪写真3≫
  そしたら、蜘蛛ヶ淵滝に出ましたよ。 これは確かに、名前がついてもおかしくない規模です。 二段になっていて、こちらは、上流側の滝。

≪写真4≫
  こちらが、下流側の滝。 上下ともに、立派な淵を形成しています。 素晴らしい。 いやあ、夏の終わりに、えらい探検になったしまいました。 苦労したけど、見つけられて、良かった。




【三島澤地・蜘蛛ヶ淵滝③】

  蜘蛛ヶ淵滝の探検は、まだ、終わりません。

≪写真1左≫
  これが、小屋でしょう?

≪写真1右≫
  で、そのすぐ近くにあるのが、この案内標識。 よく見ると、標識の板が、矢印になっていて、小屋の裏手側を指しているじゃありませんか。 それに気づいたのが、遅過ぎました。

≪写真2左≫
  小屋のすぐ裏に、道があったのです。 なぜ、これに気づかぬ? ネットで調べた時に、写真が出ていたのも、この道だったのに。 失敗を人のせいにする気はないですが、最初に来た時に、白シャツの人に惑わされたとしか言いようがありません。 別に、白シャツの人は、滝を目指していたと決まったわけではなかったのに、なぜ、私は、そう思ってしまったんでしょう?

≪写真2右≫
  ここにも、木にマーキングがあります。 ここの写真も、ネットに出ていました。 ああ、ここだったのか。 そうだったのか。

≪写真3左≫
  奥へ入って行くと、こんな感じ。 はっきりした、歩き易い道が整備されています。 傾斜もありません。

≪写真3右≫
  「蜘蛛神さまからのお願い」という事で、「古くから大切に守られてきた信仰の場所なので、汚したりしないように」といった事が、書いてあります。

≪写真4≫
  いとも容易に、下流側の滝に到着しました。 最初から、この道に気づいていれば、無駄足踏みや、藪こぎなど、しなくて済んだものを。 ちなみに、ここから、上流側の滝に向かうには、ロープを使って、崖を一つ登らなければなりません。

  蜘蛛ヶ淵滝には、言い伝えがあるそうです。 僧が、淵の畔で釣りをしていると、蜘蛛が草履に糸を巻き付けているのに気づいた。 気味が悪くなり、草履を木に引っ掛けておいたら、やがて、大きな音とともに、その木が淵の中に引きこまれてしまったというもの。 そんな伝説があっても、不思議ではないような雰囲気の場所でした。

≪写真5左≫
  小屋の前に停めた、EN125-2A・鋭爽。 ポジション球を点灯しています。 ライトの反射板の、下の方が明るくなっているのが、それ。 5Wだから、昼間だと、こんなものです。

  日本の交通法規では、バイクは、常時点灯なので、ポジション球は、不要です。 日本向けでない品を、並行輸入したから、こういう装備が付いている次第。

≪写真5右≫
  ヘッド・ライトを点灯しています。 LEDのように、白くはありませんが、点いているのが、はっきり分かります。 標準の、「H4BS 35/35W」も、同じような明るさだったと思います。




【三島芙蓉台・末広山公園】

  2021年9月15日に、バイクで、三島市の新興住宅地、「芙蓉台」にある、「末広山公園」へ行って来ました。 学園通りを北上し、伊豆縦貫道の手前から、箱根の方へ上がって行くと、芙蓉台に入ります。 その北東の隅に、この公園があります。

≪写真1左≫
  駐車場は、公園の西側にあります。 大きな石に名前が彫られていました。 この写真では、とても、読み難いですが。

≪写真1右≫
  駐車場から上がっていくと、公園は、こんな感じ。 植えてあるのは、たぶん、桜です。 花見スポットになっているのでしょう。

≪写真2左≫
  奥に、仏物の小屋あり。 馬頭観音が祀られています。 石碑がたくさん、納まっていますが、恐らく、あちこちで置けなくなったものを、ここへ集めたのでしょう。 よくあるパターンです。

≪写真2右≫
  「畜霊塔」。 牛馬など、家畜の霊を慰めるものでしょうか。 馬頭観音も、そういう種類の信仰なのかも知れませんな。

≪写真3左≫
  「軍馬慰霊之碑」。 いよいよ、そういう種類の石像・石碑ばかり、集めた場所のようです。

≪写真3右≫
  南東方向を見た景色。 街並みは、伊豆半島の中央を南下して行く、国道136号線の周辺ですな。 左右に、沼津アルプスや、伊豆の山々、南箱根の山並みが望めます。

≪写真4左≫
  草むらの中で咲いていた、花。 似たような花は、いくらもありそうなので、名前は調べません。

≪写真4右≫
  ぐるっと回ってきたら、駐車場の奥に出ました。 そこにあった、「三島市眺望地点 末広山」の写真説明台。

≪写真5左≫
  EN125-2A・鋭爽のタンク右側デカール。 こちらは、赤い部分の色が褪せていたのを、自分で塗り直したもの。 ダイソーのスプレー缶と、マスキング・テープだけで、やりました。 あれから、2年経ちましたが、別に、変化なし。 グラデーション塗装も施してあるので、パッと見、これが、塗り直してあるとは、誰も気づきますまい。

≪写真5右≫
  公園の近くにあった、「末広配水場」。 芙蓉台は、箱根山麓を切り開いて造った住宅地なので、こういう施設が必要なのでしょう。 水をどこから引いているのかは、不詳。

  こういう、非日常を感じさせるデザインに、そこはかとなく、惹かれます。




【柏葉尾・子之神神社 / 鉄塔沼津線1・1-1】

  2021年9月21日に、バイクで、大岡の、国道246号線、柏葉尾交差点近くにある、「子之神神社」と、東電の鉄塔 「沼津線1」、「沼津線1-1」を見て来ました。

≪写真1≫
  国道246号線で行く場合は、沼津インター・ぐるめ街道の方から入って、柏葉尾交差点で左折し、最初の三差路を左折して、道なりに進めば、程なく、道端の細長い敷地に、「子之神神社」が見えて来ます。 草ボウボウですが、その中に、参道が隠れています。

≪写真2≫
  名前こそ、神社ですが、規模的には、祠です。 解説板によると、「現・静岡県沼津工業センター」の敷地内にあったものを、センター建設の際に、ここへ移したとの事。 この解説板は、平成二年(1990年)の建立。 静岡県沼津工業センターというのは、≪写真1≫の、道路の左側にあります。

≪写真3左≫
  近くに、東電の変電所があり、各地へ向かう高圧電線の鉄塔が林立しています。 これは、「沼津線1」。 他のものより、少し小さいです。

≪写真3右≫
  こちらは、「沼津線1-1」。 「1」よりも、大きな塔です。 ちなみに、「2」は、ずっと、南にあります。 なぜ、これを、「2」にしなかったんでしょう? 考えられる理由は、「2」を建てた後で、角度を変える必要が出来て、「1-1」を建てなければならなくなった、というところでしょうか。 いや、それは、あくまで、私の推測ですが。

≪写真4左≫
  国道246号線を挟んだ南側から、視線を感じるので、藪の間から覗いたら、観音様でした。 私が、通勤していた頃から、この辺に、観音像がありましたっけ。 たぶん、下は、お寺の墓地。

≪写真4右≫
  鉄塔を撮影する為に、路肩に停めた、EN125-2A鋭爽。 ここは、広くなっていたから、問題ないですが、狭い道路で、路肩にバイクを停めておくと、通りがかった大型車があった場合、露骨に、嫌な顔をされます。 バイクのそばにいるのなら、車の運転手の方へ、「どうも、すいませんねえ」という感じで、頭一つ下げておくのが、無難だと思います。 その程度の配慮で、つまらない喧嘩を避けられるのなら、容易いもの。




【長泉・桃澤神社(猿山橋・不着)】

  2021年9月27日に、バイクで、長泉町の桃澤川に架かっているという、「猿山橋」に向かったのですが、下調べが甘かったせいで、見つけられませんでした。 やむなく、「桃澤神社」に寄って来ました。 ここには、2013年の5月に、折自で来ています。

≪写真1≫
  長窪の入口、西側の山裾にあります。 一度、場所が分かれば、道を覚えていなくても、見当だけで到達できます。 前は道路ですが、ちょうど、バイク一台、置ける程度のゆとりがあったので、そこに停めました。 こちらは、正面ですが、裏手の高い方からも入れます。 鳥居に、棒に巻いた注連縄が掛かっています。

≪写真2≫
  長い石段を登ると、拝殿が見えます。 拝殿の前は狭いので、石段の途中から撮りました。 2013年に比べて、壁板を換えたようですねえ。 「疫病終息祈願」の幟があります。

≪写真3左≫
  境内別社。 何を祀ってあるかは見て来ませんでした。 この参道の石段が、溝蓋を並べたもので、2013年にも、珍しいと思ったのですが、変わっていませんでした。

≪写真3右≫
  境内別社。 神名不明。 鳥居が赤いですが、必ずしも、稲荷とは限りません。 右にある、「桃澤神社寄付者芳名」の石板は、2013年にはありませんでした。

≪写真4≫
  拝殿と本殿を、側面から見ました。 どちらも、瓦葺き。 本殿は、2013年と変わりません。 拝殿は、板壁だけでなく、窓も、木枠ガラス窓から、サッシに換えられてます。  廊下部分が、長いですな。

≪写真5左≫
  手水場。 蛇口あり、ハンドルあり。 漱盤の前には、右から、「奉納」とあります。 他にも、天面を穿った石が二つありますが、これは、漱盤というより、庭用の蹲(つくばい)のようですねえ。

≪写真5右≫
  正面の石段を、上から見下ろしました。 高い。 バイクが、豆粒のように見えます。




  今回は、ここまで。

  私も、80年代に青春を送った世代なので、四季の内、最も生命力が盛んになるのは、夏という意識が強いです。 プチ・ツーでも、それが該当するのですが、今年、最も印象に残った目的地は、今回、紹介した、【三島澤地・蜘蛛ヶ淵滝】という事になりますかねえ。 森の中だったので、夏の青い空・白い雲とは無縁でしたけど、とにかく、到達するのに、大変な苦労をしたので。

  一度、不着をやらかした後、次の週のプチ・ツーで、すぐに、同じ所へ再挑戦をするのは、間が開くと、間違えていなかった部分の道まで忘れてしまうからです。 二度目に行く時には、「一度、近くまで行っているから、そこまでの道のりは、下調べしなくても分かるだろう」と思いがちですが、一ヵ月も経つと、細かいところを忘れてしまって、途中で曲がる交差点を間違えて、全く知らない場所に出て、「・・・、ここは、どこだ?」と、こめかみに脂汗を垂らす羽目に陥り易い。

  その点、間が一週間くらいなら、まだ、しっかり覚えているから、間違えた部分だけ調べ直していけばいいわけです。 もう一つの理由として、後回しにしていると、その目的地に対する関心が薄れて、行く気がなくなってしまうという事もあります。 鉄は熱い内に打つべきなんですな。

2021/10/24

読書感想文・蔵出し (77)

  読書感想文です。 このシリーズ、進まんなあ。 一度、現在に追いつくまで、連続でやらないと駄目かな。 一回の紹介冊数を増やす、という手もありますが、それでなくても、一冊分が長いのに、4冊以上にしたら、読む方が参ってしまうと思うので、却下。





≪マラッカの海に消えた・エジプト女王の棺≫

山村美紗長編推理選集 第一巻
講談社 1990年1月20日/初版
山村美紗 著

  沼津市立図書館にあった本。 二段組みで、長編2作を収録。 なぜか、第三巻より、第一巻の方が、初版の発行年月が早いですな。 第二巻は、どうなっているのだろう?


【マラッカの海に消えた】 約184ページ
  1973年(昭和48年)に、【ゆらぐ海溝】という題で、江戸川乱歩賞の最終候補に残った作品。 1974年に、講談社から刊行されたもの。

  夫婦間に隙間風が吹き始めていた折に、夫がマレーシアのペナン島に赴任する事になる。 妻は日本に残っていたが、結婚前に不倫関係にあった男が殺され、その直前に、ペナンにいるはずの夫を、日本で目撃していた。 夫に疑念を抱き、ペナンへ向かうが、夫は、殺人事件が起こった日に、ペナンで、交通事故を起こしていた事が分かる。 ところが、そのアリバイが揺らぎ始め・・・、という話。

  梗概で書いたのは、ほんの一部で、この3・4倍のボリュームがあります。 長編推理小説だから、このくらいの長さは、不思議ではありませんが、中身が、みっちりというか、トリックや謎が目白押しで、大変、充実しています。 文学賞の応募作とは思えないほど、プロっぽい。

  主なトリックは、ペナンで起こる密室殺人ですが、そちらは、唸らせられるほどのものではありません。 ネタバレは避けますが、「その道具では、そう、うまくはいかないだろう」と思ってしまいます。 途中で、ズレ落ちてしまったら、どうするもりだったんでしょう?

  もう一つは、飛行機を使ったアリバイ・トリックで、こちらは、凝っています。 凝ってはいますが、交通機関を使ったアリバイ・トリックは、もはや、使い古されていて、これまた、唸るほどのものではありません。 ただし、1973年当時だと、海外旅行に行く人はもちろん、飛行機に乗った事がある人も、今より、ずっと少なかったわけで、読者の受け取り方は、当然、違っていたと思います。

  これだけ、内容があるのに、あまり、面白さを感じないのは、主人公の女性に、共感し難いからだと思います。 この人、結婚前に、不倫をしていたのですが、その相手が、夫の上司で、しかも、夫がその事を知らない状態で結婚し、後になってから、他人からの情報でバレたという、かなり、ヤバい経緯があって、主人公としては、純粋さに欠けるのです。

  「夫は、私の過去を承知の上で、求婚したと思っていた」とありますが、夫本人に確認をしない、勝手な思い込みでして、危険極まりない。 結婚前に、自分から告白して、「それでもいいなら」という条件をつけるべきだったのです。 現代なら、【本陣殺人事件】のような事にはなりますまい。 後から知ったら、そりゃ、怒るわ。 「この女、騙したな」と思うわ。 隙間風程度で済んでいたのが、奇跡に近い。

  この作品、一度だけ、ドラマになっていまして、1979年6月に、テレビ朝日の土曜ワイド劇場で、放送されたとの事。 でねえ、私、それを、見ているんですよ。 主人公が、三田佳子さんで、夫役が、横内正さんというのは忘れていましたが、砂浜に、ある物を埋めた目印の棒が、その後、海亀の産卵場所を示す棒が、無数に立てられた事で分からなくなってしまうという、ラスト・シーンだけ、覚えていたのです。

  1979年というと、42年も前で、私は、中学生でしたが、「よく、記憶に残っていたなあ」と、深く感慨に耽った次第。 サブ・タイトルは、「謎の蛇寺と海底黄金」ですが、「蛇寺」という言葉も、印象に残っていました。 山村さんの原作とは、知らなかった。 もう一度、見たいですが、70年代の作品では、放送してくれないでしょうねえ。


【エジプト女王の棺】 約226ページ
  1978年(昭和53年)10月1日から、50回、「京都民報」に連載された【神獣の森】に加筆して、1980年10月に、光文社から刊行されたもの。

  駐エジプト公使だった父が、交通事故で死ぬ間際に、「カノピス容器」と言い残す。 娘は、その後、京都の私立中学の教師になるが、修学旅行先で、クラスの女子生徒が転落死し、学校に戻った後、密室になった放送室で、男子生徒が死ぬ。 更に、中学生売春に関わって、死者が続く。 2年前に、エジプト展ですり替えられたカノピス容器に謎が隠されていると目星をつけ、死んだ男子生徒の兄である新聞記者と共に、捜査に足を踏み入れて行く話。

  素人探偵物ですが、シリーズ物ではないので、この作品だけの登場人物が、主人公になっています。 警察の中に、橋口刑事の名前がありますが、警部は、狩矢さんではないです。 警察は、無能というほどではないけれど、積極的に、事件捜査に取り組むわけではなく、低能と呼ぶのが相応しい役どころ。

  密室トリックがメインの謎ですが、展覧会での、カノピス容器のすり替え方法も、それだけで、一作できるほど、よく考えられていて、大変、豪華です。 トリックを大盤振る舞いし過ぎていて、逆に軽く思えてしまうくらいですが、本格トリック物で、長編となると、並列的に幾つか入れざるを得ないんでしょう。

  学校が主な舞台なので、ジュブナイル的な読み方もできます。 文章も平易で、読み易いです。 年代的に、赤川次郎さんがデビューした後なので、何かしら、影響を受けていたのでは? もっとも、山村作品が、その後、青少年向けへ引きずられてしまうという事はなかったようですが。

  なぜ、赤川次郎さんと比較したかというと、忘れている人も多いと思いますが、70年代末から、80年代にかけて、推理作家といったら、赤川さんが代表格だったからです。 ところが、90年代には、すっかり、人気が落ちて、2時間サスペンスでドラマ化される事もなくなってしまいます。 一方、山村作品原作のドラマは、その後、2サスの主流の一つとなり、現在に至るまで、人気が続いています。 この差は、青少年向けと、大人向けという読者の対象年齢層の違いが出たのでしょう。 青少年は、2サスを見ませんから。




≪松本清張全集 58 熱い絹≫

松本清張全集 58
文藝春秋 1995年7月30日/初版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。  二段組みで、長編1作を収録。


【熱い絹】 約460ページ
  1983年(昭和58年)8月15日から、1984年12月30日まで、「報知新聞」に連載されたもの。 元は、1972年(昭和47年)2月から、1974年12月まで、「小説現代」に連載されたものですが、そちらは、中絶してしまい、その後、大幅に書き改められたのが、この作品。

  軽井沢の別荘地で、アメリカ人女性が殺害され、扼殺の方法から、犯人は外国人ではないかと推測される。 それに先立ち、被害者の兄で、マレーシアで、「タイ・シルク王」と呼ばれていた実業家が行方不明になり、世界的なニュースになっていた。 一方、蝶の採集ツアーで、マレーシアに向かった青年が、現地で殺される事件も起こる。 軽井沢の事件を調べていた警部が、仲間と共に、マレーシアに出向き、現地の警察と協力して、捜査を進める話。

  最初に起こるアメリカ人女性殺害事件は、話の枕に過ぎず、メインは、マレーシアで起こった、タイ・シルク王の失踪事件の方です。 1967年に実際に起こった「ジム・トンプソン失踪事件」が元になっていますが、作品は、創作で、実録ではありません。 この作品を読んだ人は、必ず、「ジム・トンプソン失踪事件」を調べておいた方がいいです。

  松本作品には珍しく、冒頭は、推理小説の王道を行くような展開で、大いにゾクゾクします。 ところが、舞台が、マレーシアに移ると、松本作品の海外物によくある、「半分、旅行記」になってしまい、どっと、白けます。 何も、こんなに細々と、異国風情を描き込まなくてもいいと思うのですがね。 80年代になると、海外旅行経験者も増えていた事ですし。

  以下、ネタバレ、あり。

  「こんなの、いいのかな?」と思わされるのは、日本から出向いた警部が、なんと、「タイ・シルク王失踪事件」の謎を解き、解決してしまう事です。 松本作品の、特に、長編では、大変珍しい事なのですが、この警部、直感で謎を解く、「名探偵タイプ」でして、クロフツ的な、コツコツ捜査をしません。 自発的に動く事も稀で、なりゆき任せで、あちこち行って、自然に入って来た情報から、インスピレーションで、推理するのです。 珍しい。 大変、珍しい。

  70年代後半から、80年代にかけては、日本国内に於いて、「日本の警察は優秀だ」と、自画自賛的に言われていた頃ですが、松本さんも、この作品では、それを無批判に取り入れています。 しかし、警察というのは、組織捜査をやるからこそ、力を発揮できるのであって、警部一人、刑事一人、通訳一人ではねえ。 で、警部を、些か超人的な、名探偵タイプにしてしまったんですな。

  実話が元という事は、この作品で、犯人とされている人物にも、モデルがいるわけで、いくら創作、いくら小説とはいえ、問題があるのではないでしょうか。 「どうせ、外国人だから、日本の小説なんか、読むわけがない」と開き直るなら、まあ、確かに、その通りだと思いますが、それにしても、問題はあると思います。

  この作品、1998年に、村上弘明さん、鈴木京香さんなどの出演で、ドラマ化されており、私も、本放送の時に見ているんですが、話の本体部分は、すっかり忘れていて、「マレーシア奥地の茶畑が、静岡の茶畑にそっくり」という件りで、ハッと思い出しました。 「戦時中に、イギリス軍の捕虜になり、その後、脱走した日本兵が、現地の先住民族に受け入れられて、茶畑の作り方を教えた」という設定になっているのです。

  ところが、そのドラマに出てきた茶畑は、静岡方式とは、似ても似つかぬ作り方をしていて、「どこが、似てるんだ?」と首を傾げたのを、覚えています。 幾つか理由が考えられますが、まず、「元日本兵が、茶畑の作り方を教えた」というのが、そもそも、創作であり、そんな茶畑は、現実には存在しないという事。

  次に、静岡でも、手摘み方式から、機械刈り方式への転換があり、戦前と戦後では、茶畑の形に変化があったのではないかという事。 しかし、1998年のドラマでは、登場する日本人達も、手摘み方式の茶畑を見た事がある人は、皆無だったはずで、「静岡の茶畑にそっくり」とは、感じなかったのでは?

  ドラマの方はさておき、小説内に限っても、いろいろと問題がありますが、その元になっているのは、「マレーシアよりも、日本の方が、あらゆる面で優れているはずだ」という思い込みが、作者にあったからではないかと思います。 そういう点に関しては、松本さんは、見聞も視野も、日本人の一般平均よりは、ずっと広かった方で、責めるのは酷と、分かってはいるのですが・・・。




≪燃えた花嫁・消えた相続人≫

山村美紗長編推理選集 第五巻
講談社 1990年3月26日/初版
山村美紗 著

  沼津市立図書館にあった本。 二段組みで、長編2作を収録。 第三巻、第一巻と来て、次は、第五巻と、飛んでいますが、タイトルを知っている作品から借りているから、こうなっているもの。 【燃えた花嫁】は、以前、家にある文庫本で読んで、感想を出していますが、ほぼ同じ物を、出しておきます。


【燃えた花嫁】 約210ページ
  1982年(昭和57年)に、光文社のカッパ・ノベルス用に、書き下ろされたもの。

  人工皮革の新製品を発表するファッション・ショーに出るはずだったモデルが、南禅寺の水路閣で絞殺死体で発見され、ショーの最中にも、別のモデルが毒殺される。 追い討ちをかけるように、新製品を使ったウェディング・ドレスを着た首相の娘が、結婚式の控え室で焼死する。 新製品を巡って、二つの繊維メーカーが繰り広げている熾烈な競争が、事件の背景にある事が分かり、キャサリンと狩矢警部が、協力しながら、謎を解いて行く話。

  キャサリンの方には、浜口が付いていますが、相変わらず、ただ、そばにいるだけの男で、キャラクター不在です。 2時間サスペンスの方でも、山村さん原作の作品では、大抵、探偵役は女で、そばに、オマケみたいな、当たり障りのない存在感の男がくっついていますが、それは、キャサリン・シリーズからの伝統だったわけですな。

  それはさておき、中身ですが、面白いです。 企業の競争というか、暗闘というか、それが、鬼気せまる迫力で描きこまれていまして、推理小説ではなく、企業小説なのではないかと錯覚するほどです。 人が死んでいるのに、技術的な見地からしか物を言わない、技術部長が、怖いくらいに凄まじい。 口先でお悔やみを言っても、死者の無念さなんか、微塵も考えていなくて、自分が開発した繊維が、燃えるわけがないと、そればっかり、繰り返します。 だけど、こういう人、実際に、いそうですな。

  販売部長が、また、「私は、野心家の方を信用する。 野心のない人間は、どんなに性格が好くても、信用しない。 そんな人間は役に立たない」と言い放つ輩で、これまた、実際に、いそうなタイプです。 「他人というのは、別に、あんたの役に立つ為に、存在しているわけではないのだよ」と、子供に諭すように、わざわざ教えてやらなければ、理解できないのでしょう。 「あんたみたいな、人格低劣な人間に信用されたら、その方が迷惑だわ」と言い添えるのを忘れずに。 もっとも、こういう人間は、誰に何を言われても、一生、下司のままだと思いますけど。

  企業戦士的な行動を取る登場人物に限ってですが、人間観察が、行き届いていますわ。 一方、犯人の方の人物像は、かなり、スカスカです。 犯人が誰か、読者に気取られないように、わざと、存在感を薄くしているわけですが、犯人の性格が、第三者の口からしか語られないので、どういう人なのか、実感として伝わって来ないのです。 キャサリンや狩矢警部と、もっと会話させて、為人が自然に知れるようにすれば良かったと思うのですがね。

  そのせいか、企業間の戦いの場面が終わり、トリックや謎の解明が進んでいくと、後ろの方のボリュームがなくなって、急につまらなくなってしまいます。 推理小説で一番大事な、謎解きが盛り上がらないのだから、残念な話。 3分の2くらいまでの、手に汗握る展開を思うと、実に惜しい。

  ところで、メインの謎に据えられている、コースターに書かれた、ローマ字の名前ですが、あまりにも簡単すぎて、すぐに分かってしまいます。 容疑者達の名前が、すでに挙がっているのに、二通りに読める事に気づかない読者は、まず、いないでしょう。 一方、新婦控え室発火のトリックは、専門知識がないと、分かりません。 「難し過ぎる」というような、程度の問題ではなく、薬品や危険物の特殊な知識を持っていなければ、全く分からないのです。 そういうトリックを使うと、読者が白けてしまうので、あまり、感心しません。

  いい所と悪い所が入り混じっていますが、推理物としての期待を高く持ち過ぎなければ、小説としては、十二分に面白いと思います。


【消えた相続人】 約192ページ
  1981年(昭和56年)に「別冊婦人公論 秋号」に掲載された作品に、後半を加筆して、1982年に、光文社のカッパ・ノベルスから刊行されたもの。

  元アメリカ副大統領令嬢のキャサリンが、数回目の来日早々、浜口に引き合わされる予定だった、京都の旧家の娘が、誘拐されてしまう。 身代金の5千万円だけ奪われて、本人が返されない状況に、キャサリンが、ある奇抜なアイデアを出して、人質の無事を確認し、奪回を試みるが、事態は思わぬ方向へ転がって行き・・・、という話。

  面白いです。 展開が驚くほど早いので、「もしや、誘拐事件は、すぐに解決してしまって、その後、他の事件が起こるのでは?」と勘繰るのですが、見事に裏切られ、そうはならずに、基本的に、一つの誘拐事件で、全編が埋まっています。 ただし、相当には、複雑な話で、尋常な推理小説ファン意識では、置いて行かれてしまう感があります。

  内容は全く違うのですが、西村京太郎さんの、【消えたエース】に似た緊迫感を覚えました。 どちらも、誘拐物で、ほぼ同じ頃に書かれているのですが、どちらかがどちらかに、影響を与えたのかもしれませんねえ。 どちらも、傑作にして、名作だと思います。 こういう話を考案できる人というのは、天才的な頭脳の持ち主なんでしょう。 推理作家というのは、無数にいるようでいて、有名な人は、実は、僅かなのですが、こういう天才達と渡り合わなければならないのだから、新人が越えなければならないハードルが、いかに高いかが分かろうというもの。

  推理担当は、ほぼ、キャサリンの独擅場で、浜口は、オマケ以下の扱い。 狩矢警部も、この作品では、鋭いところが全く見られず、「優秀な素人探偵」を引き立てる為の、「駄目な警察」に徹しています。 キャサリンが、日本人には思いつかない発想で、事件を分析して行くところが、このシリーズの真骨頂なのですが、それが、遺憾なく発揮されています。

  犯人の一人が逮捕されて、誘拐計画が頓挫したあと、仲間によって、引き継がれるのですが、その時、新たに、別の仲間を引き込む、その仲間が、非常に変わっていて、盲点も盲点、こんな事を思いつく方がどうかかしている。 そのくらい、変わっています。 凄いアイデアですなあ。 あまり、凄すぎるので、何か、過去の別作家の作品に、前例があるのではないかと疑ってしまいますが、少なくとも、私が知っている範囲内では、思い当たりません。

  とにかく、面白いので、こんな感想を読んでいるより、実際に、作品を読む事を、お薦めします。 ページをめくる手が止まらなくなるから、2時間くらいで、一気に読んでしまうと思います。




≪八つ墓村≫

角川文庫
角川書店 1971年4月30日/初版 1977年8月25日/44版
横溝正史 著

  2019年4月に、ヤフオクに出ていたのを、送料入れて、950円で買った3冊セットの中の1冊。 横溝作品の角川文庫・旧版の中では、最初の一冊です。 大ブームが起こってから、一年後くらいですが、すでに、44版というのが、凄いですな。 長編1作を収録。 


【八つ墓村】 約486ページ
  1949年(昭和24年)3月から、1950年3月まで、「新青年」に連載された後、中断。 その後、1951年11月と、1952年1月に、「宝石」に掲載され、完結したもの。 新青年での中断は、雑誌が休刊になってしまったのが理由だとの事。

  戦国時代に、村人が尼子の落ち武者8人を惨殺し、26年前には、一人の男によって、32人が殺害される事件が起こった、八つ墓村。 その村の大地主の家が、後継ぎとして、自分を捜していると知った青年が、弁護士事務所へ赴くと、初めて引き合わされた母方の祖父が、その場で毒殺されてしまう。 その後、村に入った青年の周囲で、次々と毒殺事件が起こる。 動機が分からない連続殺人に、金田一と磯川警部らが手こずっている間に、村人の青年への憎悪が燃え上がり、村の地下に張り巡らされている鍾乳洞に避難を余儀なくされる話。

  こんな梗概を書くまでもなく、≪八つ墓村≫を、映画やドラマで、一回も見た事がないという人はいないでしょう。 大体の筋は、誰でも、承知しているはず。 脚色によって、異同がありますが、「落ち武者8人殺し」、「村人32人殺し」、「鍾乳洞が舞台」という、三点は、外せないところです。

  私は、原作小説を、30年以上前に、母が所有していた、カバーなしの角川文庫旧版で読んでいるのですが、「大変、読み易かった」、「里村典子が、重要な役所を担っている」、「ハッピー・エンドである」という以外、すっかり、内容を忘れていました。 その後、その本が、家の中で行方不明になってしまい、読み返す事もできないままになっていたのですが、2019年4月に、ヤフオクで手に入れ、「手元にあるのだから、急いで読む事もない」と思って、今まで、読まなかった次第。

  面白いです。 本格推理小説で、非物理トリック物。 トリックで下敷きにしているのは、アガサ・クリスティーの【ABC殺人事件】ですが、その点は、読ませ所にはなっていないので、あまり、面白くありません。 この作品の肝は、鍾乳洞を舞台にした、探検物のワクワク感と、同じく、鍾乳洞を舞台にした、逃走劇のハラハラ・ドキドキ感でして、テイスト的には、推理小説というより、冒険小説に近いです。

  映画やドラマでは、軒並み、異様に、おどろおどろしい話にしてしまっていますが、原作は、それほどではなく、ずっと、すっきりした印象です。 特に、後半は、辰弥と典子のラブ・ロマンスが前に出て来るので、おどろおどろしさなんて、全く感じられなくなります。 「たたりじゃ~、八つ墓のたたりじゃ~」で一世風靡した、松竹の映画では、典子が、存在自体、バッサリと省かれて、辰弥と森美也子の組み合わせになっていましたが、美也子は、原作では、出番が最少化されています。 意外なくらいに。

  姉の春代は、映像作品では、存在感が薄いですが、原作では、辰弥に次ぐくらい、細やかな人格描写がなされています。 春代の辰弥への思いは複雑で、しかも、深く熱いものがあり、本来、そういう設定であったと知ると、映像作品に出てくる春代を見る目も、自ずと変わって来ます。 なぜ、原作に忠実に映像化しないのかというと、脚本家が、自分の名前を売りたいからなのですが、弄くり回した挙句、原作のいいところを損なっていたのでは、文字通り、話になりませんな。

  読み易い点は、横溝さんの長編の中でも、トップだと思いますが、それは、冒険小説の枠を借りているからでしょう。 もし、この事件を、金田一を視点人物にして、トリックや謎の解明を中心に、話を進めていったら、読み難くなるでしょうねえ。 推理小説的な部分は、さらっと流して、謎解きを、最後の数ページに集約してあるから、読者は、頭を使わずに、冒険小説的なストーリーを楽しめるのです。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2021年の、

≪マラッカの海に消えた・エジプト女王の棺≫が、2月26日から、3月3日。
≪松本清張全集 58 熱い絹≫が、3月4日から、8日まで。
≪燃えた花嫁・消えた相続人≫が、3月10日から、12日まで。
≪八つ墓村≫が、3月11日から、18日まで。

  今回は、松本清張全集が一冊しか入っていないから、写真としては、華やかですな。

  それにしても、≪八つ墓村≫のカバー絵の、迫力のあることよ。 杉本一文さん、畏るべし。 ちなみに、これらの絵が描かれたのは、70年代後半でして、もう、40年以上前です。 40年経っても、杉本一文さんを超える画家が出て来なかったわけだ。

  山村美沙さんの本のカバー絵は、深井国さんで、80年代の明るい雰囲気を、大変、よく表しています。 私が知っている範囲で思い起こすと、80年代初めから、90年代初めくらいが、日本文化の、最も輝いていた時代だと思いますが、この絵は、見るなり、スポーンと、感覚的に、それを思い出させてくれます。

  今、本屋に行っても、カバー絵で、買いたくなる本というのは、まず、見当たりません。 そういう、人の目をひきつける絵を描ける画家が、いなくなってしまったのか、画家はいるけど、そこへ仕事を頼にみに行ける編集者がいなくなってしまったのか。 いずれにせよ、つまらん時代になったものです。

2021/10/17

EN125-2A補修 ⑫

  プチ・ツーリングに愛用しているバイク、EN125-2A・鋭爽の補修の記録です。 今回で、とりあえず、終わりです。 今回紹介する補修の後、今現在まで、何も問題は起こっていません。





【ポジション球破損】

  2021年8月28日、「山田川の鬼石」から、帰ってきたら、ヘッド・ライトの中で、ポジション球が外れている事に気づきました。 あとから、あとから、いろいろな問題が起こる事よ。

≪写真左≫
  29日に、分解し、ポジション球に挿し込まれていた、LED球を取り出しました。 発光部分は壊れていませんが、カバーのプラスチックが割れています。 これでは、ソケットに、しっかり嵌まらないから、挿し直しても、また、外れてしまうでしょう。

≪写真右上≫
  ソケットの中。 こりゃ、標準では、ウェッジ球を使ってあったんでしょうな。 ちょうど、入りそうです。

≪写真右下≫
  何年か前に、セルボ・モードの左ヘッド・ライトを、レンズごと交換したのですが、その車幅灯にも、ウェッジ球が使われていたのを思い出し、外して来て、試しに、取り付けてみました。 ピッタリです。 規格は、「12V 5W」。 しかし、この球は、切れているので、使えません。

  EN125-2Aの取説を見たら、配線図のページに、各電球の規格が載っていました。 ポジション球は、やはり、「12V 5W」。 つまり、それを買えば、いいわけだ。




【ギア・インジケーターLED球加工】

  バイクの、ギア・インジケーター・ランプですが、去年の夏に、「1」が切れてしまい、同じ品の10個入りを、アマゾンで買って、交換しました。 一ヵ月後に、また切れて、二つ目に交換。 それが、一年間もっている、という状態でした。 交換した「1」は、他の四つに比べて、異様に暗くて、晴れている日には、辛うじて光っているのが見える程度でしたが、「切れているよりは、マシか」と思って、我慢していました。

  それが、今年の8月、バッテリーの交換、ヘッド・ライトのバルブ交換と、電装・灯火類に手を入れたついでに、ギア・インジケーター・ランプ「1」を明るくできないか、取り組んでみました。 結果的には、明るくできたのですが、その顛末は、以下の通り。

≪写真1左≫
  メーターを分解。 詳しくは、2020年7月27日の、「7720 ≪EN125-2A補修 ギア・インジケーター分解≫」を参照の事。 見た目よりも、簡単です。

≪写真1右≫
  椅子の上に、取り外したビス・ボルト、メーター下カバーなどを並べてあります。 部品の点数は、記憶できないほど、多くはありません。 工具は、+ドライバーと、スパナ・セットだけで、充分。 あとは、前輪泥除けと、タンクの養生用に、タオルが二枚。

≪写真2≫
  ギア・インジケーターの基板を外し、メーターの下から、顔を覗かせました。 「1」と、「2」を、ソケットごと、抜き取ってあります。 円筒形のLED球は、以前の持ち主が交換したもの。

  ちなみに、このランプ、本来は、麦球です。 12Vで、径4ミリ。 アマゾンで、100個入りのが、650円で売っていますが、送料無料にするには、2000円縛りあり。 去年の夏から、調べてはあるんですが、LED球を直す事にしたので、買えないままになっています。

≪写真3左≫
  正常に明るく光る、「2」のLED球。 以前の持ち主が、抵抗をハンダ付けしてあります。 大変、小さなものでして、よく、こんな細かい作業ができたものです。 抵抗の色別を調べたら、390オームのようでしたが、ワット数は、不明。 一番小さいのですかね? 私には、電気の知識がないので、分かりません。

  左にある、黒いのは、ゴムのソケットです。 球が入る部分の径を測ったら、4ミリでした。 このLED球は、径5ミリでして、無理やり、押し込んでありました。

≪写真3右≫
  去年の夏に交換した、暗い、「1」のLED球。 同じ物だと思って、買ったのですが、なぜか、暗い。 抵抗を付けていないから? いやあ、抵抗を付ければ、むしろ、もっと暗くなるはずです。 解せぬ。

≪写真4≫
  以前の持ち主が付けたLED球と、私が買ったLED球、同じに見えるのに、どこかが違う。 よくよく見たら、円筒の先端部の形が違っていました。 私が買ったのは、左端のように、先端部が、擂り鉢形に窪んでいるのです。 右端は、以前の持ち主が付けたLED球ですが、先端部は平らです。

  アマゾンで、同じ品のレビューを読んでいたら、「擂り鉢型になっているから、光が拡散してしまうのだ」と書いてあるを見つけ、暗いのは、そのせいではないかと、思い当たりました。 円筒の側面方向に、光が散ってしまって、その分、先端部が暗くなっているのではないかと。

  で、金工鑢で、窪みがある部分を削り、平らにしてみました。 更に、紙鑢、コンパウンド、新聞紙と、何段階か磨いて、透明に近くしました。 それが、中央です。

 ちなみに、鑢にかける時には、鑢を台の上に置き、ソケットに挿したLED球の方を持って、動かしました。 コンパウンドは、ウエスを台の上に敷き、LED球の方に、コンパウンドをつけて、動かしました。 そうしないと、平らになりません。 新聞紙にこすりつけたのは、仕上げです。

≪写真5左≫
  先端部側から見た様子。 平らにした、中央と右端のは、LEDの発光部が大きく見えますが、擂り鉢形に窪んでいる左端のは、発光部が小さく見えます。 この違いが、明るさの違いになっているのです。

≪写真5右≫
  平らにした「1」と、元から平らな「2」をソケットに挿し、並べました。 発光部の大きさが、同じに見えるのが分かると思います。 これなら、同じように、明るく光るはず。

≪写真6≫
  バイクに戻しました。 ギアを「1」に入れた時の、インジケーターの様子。 おお、明るくなった! LED球自体は、この一年間も、ずっと、この明るさで光っていたのです。 先端部が擂り鉢形に窪んでいたせいで、光が正面に来なかっただけ。 とっくに、気づけば良かった。 一円もかけずに、明るくできたのに。

  そもそも、LED球を買う時に、円筒形ではなく、平板のを買っておけば、このような加工は不要です。 更に、それ以前の問題として、私が、新車で、EN125-2Aを買ったとしたら、電球のLED化はしません。 設計想定外の事をして、電装系全体が不安定になるのが、怖いからです。 明るくなるメリットより、不安定化のリスクの方が大きいと思います。

  抵抗ですが、私には、どのワット数のを買っていいか分からないし、加工もできないので、「1」は、付けないままにしてあります。 付けなくても、一年間もったのだから、大した問題ではないはず。 他の四つには、それぞれ、抵抗が付けられており、そのおかげで、「1」の電流も、少なく抑えられているのかも知れません。

  別の情報では、「ギア・インジケーター・ランプを、LED化する場合、付ける抵抗は、ワット数が大きいのを一個、回路に挟めば、LED球5個分、賄える」というのも読みました。 とはいえ、電気知識がない私には、それが、正しいのか、間違っているのかの判断もできません。

  結論としては、「LED化は、しない方が、無難」という事ですな。 悩みの種を増やすだけです。




【ポジション球交換】

  バイクのポジション球の、LED球が破損してしまった件の、その後です。

≪写真1左≫
  8月29日に、ウエッジ球を、ヤフオクで落札。 31日には、届きました。 定形外郵便。 厚紙封筒ですが、薄いので、郵便受けに届けられました。 手渡しではないから、感染防御上、気楽でいいです。

≪写真1右≫
  中身。 厚紙の箱入り。 箱を開けると、プラスチックのトレイに、10個、収まっていました。 送料込み、743円。 一個74.3円だから、実店舗で買うよりも、安いと思います。 

≪写真2左≫
  アップ。 「MICHIBA 12V5W」と記されています。 ヘッド・ライトのバルブも、「MICHIBA」でしたが、前にも書いた通り、道場六三郎さんと関係があるとは思えないので、山本電気の製品ではないと思います。

≪写真2右≫
  露出が暗くて、申し訳ない。 ヘッド・ライトの、レンズ・反射板の裏側です。 ポジション球のソケットは、ゴム製で、挿し込んであるだけです。

≪写真3≫
  ソケットを引っこ抜きました。 破損したLED球。 これは、点かないわけではないので、外して、保存します。

≪写真4≫
  ウェッジ球に挿し換えました。 元が、この球ですから、当然の事ながら、ピッタリです。 径10ミリ。

≪写真5≫
  組み直して、ポジション球を、点灯しました。 いかにも、電球という色です。 これで、ヘッド・ライトのハロゲン球と、色調が合うようになりました。


  これで、バイクの灯火類は、直し終わりました。 こんなに、手間と時間がかかるとは思わなかった。 出費は、大した事はなかったんですがね。 




  今回は、ここまで。

  ギア・インジケーター・ランプ「1」には、一年以上に渡り、振り回されました。 一応、点いているけれど、異様に暗い。 その原因が何なのか、分からなかったのです。 気づいたのは、アマゾンのレビューのお陰でして、「擂り鉢形の窪みが、光を拡散させてしまっている」と指摘してくれていた方には、深く感謝しています。

  通販のレビューというと、悪い個体に当って、交換するのが面倒臭くて、怒りをぶちまけているだけ、みたいな、しょーもないものや、「迅速な発送、ありがとうございます」といった、商品の評価と全く関係がない、情報価値ゼロのものがほとんどですが、ごく稀に、技術に詳しい人がいて、参考になる事を書いてくれます。 こういう人達は、大変、貴重です。

2021/10/10

EN125-2A補修 ⑪

  プチ・ツーリングに愛用しているバイク、EN125-2A・鋭爽の補修の記録です。 今回は、バッテリー交換が入るので、おお事です。 突如、セルが回らなくなると、顔色真っ青になりますな。 バイクに乗らなくても、車で経験がある人は、多いと思います。





【バッテリー交換】

  2021年8月11日に、プチ・ツーリングから帰ってきて、家の近くのゴミ置き場の前にバイクを停め、新たに設置されたゴミの籠を撮影したのですが、その後、キーを回したら、エンジンがかかりません。 近かったので、その場は、押して帰りましたが、家で試しても、かかりませんでした。 セルが、ウンともスンとも言わないのです。

  これは、バッテリーが寿命を迎えた可能性が高いです そういえば、ここ数回のプチ・ツーで、ヘッド・ライトが、妙に暗くなっていました。

≪写真1≫
  これが、私が中古バイクを買った時から付いていた、メンテナンス・フリーの密閉型バッテリー、「スーパー・ナット SB-7A」。 アマゾンで調べたら、ほぼ同じ物が、4400円でした。 高いな。 ちなみに、標準のバッテリーは、開放型です。 以前の持ち主が、交換してあったわけです。

≪写真2≫
  父の遺品のチャージャー(充電器)です。 これに、スーパー・ナットを繋ぎ、3時間、充電しましたが、バイクに載せて、キーを回したところ、「カクン」という音がするだけで、やはり、セルは回りませんでした。 いよいよ、バッテリーが死んでいる可能性が高い。

≪写真3左≫
  アマゾンで売っている互換品で、密閉型の一番安い品を買いました。「パーフェクト・パワー PB-7A」。 3350円。 8月12日に注文し、14日には届きました。 元箱をプチプチ・ビニールで包んだだけの簡易梱包です。 「天地無用」、「取扱注意」の貼り紙があります。

≪写真3右≫
  本体と、元箱。 取説はなく、送り状が入っていました。 充電済みの商品ですから、そのまま積めます。 バッテリーの中には、自分で液を入れ、充電してから使うタイプもあります。

≪写真4≫
  雨天が続いて、なかなか、作業できず、17日に、ようやく、搭載しました。 右側のサイド・カバーを外した状態です。

  スーパー・ナットとは、端子の幅が違っていたのですが、前の持ち主が、プラグ金具を、すでに開いてあって、何の加工もせずに取り付けられました。 つまり、最初に付いていたバッテリーは、端子幅が狭く、その後、最低一回は、端子幅が広いバッテリーを積み、その時に、プラグ金具を開いた。 更に、バッテリーが交換され、私の所に来た時には、端子幅が狭いバッテリーが載っていたというわけですな。

  キーを回したら、セルが回り、エンジンがかかりました。 しかし、この後、プチ・ツーリングへ出かけたところ、ヘッド・ライトの不調は直っていませんでした。 家に戻って、エンジンをかけない状態で、ヘッド・ライトを点けたり消したりしていたら、なんと、バッテリーが上がってしまいました。 また、セルが回りません。 痛恨のミス!

  下ろして、チャージャーに繋ぎ、3時間、充電。 バイクに積み直して、キーを回したのですが、セルは、「コン!」と言うだけで、やはり、回りません。 顔色、真っ青! 充電されてないのです。 新品のバッテリーなのに、チャージャーで充電できないのは、おかしい。

  チャージャーに、セル・スタート機能があったのを思い出し、プレハブ離屋から、電源コードを延ばして、バッテリーをバイクに載せたまま、繋いで、かけたら、かかりました。 セルが壊れていないのは、確かです。 このまま、バイク本体の発電器で充電したいところですが、近所迷惑なので、1分くらいで、切りました。

  もしや、繋ぎ方に手順があるのかと思って、チャージャーの取説を読んだところ、手順は間違っていませんでした。 ところが、「故障かと思ったら」のページに、「容量21Ah以下のバッテリーには、充電できない」とあるのを見つけ、バッテリーを見たら、8Ahではないですか。 おっと、ビックリ! 対象外のバッテリーだったのです。

  チャージャーを外しても、セルは回り、エンジンはかかりました。 多少は、充電されたわけですが、おそらく、1分間かけた間に、バイク本体の発電器から、充電されたのでしょう。 ほんのちょっとの違いで、セルが回るか回らないかが、変わるのだと思われます。

  バイクのバッテリー用の、小さいチャージャーを買おうかと思いましたが、そんな物に頼っていたのでは、正常なバッテリーとは言えないので、やめました。

  次のツーリングでは、チャージャーのセル・スタート機能を使わなくても、エンジンがかかったので、そのまま出かけ、20キロ走って、充電して来ました。 新品のバッテリーですから、バイクに積んで走っていれば、常に、バイク内の発電器で充電されるわけで、エンジンをかけずに、ヘッド・ライトを点けるような真似をしなければ、バッテリーが上がる事はないのです。




【ヘッド・ライト・バルブ交換】

  2021年8月17日に、バイクのバッテリーを交換したのですが、点いているのか点いていないのか分からないヘッド・ライトの明るさは、変わりませんでした。 で、以前の持ち主が換えてあった、LEDバルブには見切りをつけ、切れていれば一目で分かる、ハロゲン球に戻す事にしました。 以下、その顛末です。

≪写真1左≫
  これが、付いていた、LEDバルブ。 何も記されていません。 同じ物を探そうかと思いましたが、規格の手がかりがないのが主な理由で、その気が失せました。

  ちなみに、EN125-2Aの、標準バルブは、「H4BS 12V 35/35W」という、ハロゲン球です。 日本では、手に入れ難いらしいですが、そもそも、私のバイクは、以前の持ち主が、「H4BS」を「H4」に変えてしまっているので、たとえ、手に入ったとしても、取り付けようがありません。

≪写真1右≫
  「H4」というと、一昔前の、車やバイクのヘッド・ライトは、大抵、その規格でした。 普通は、「H4 12V 60/55W」ですが、それを付けると、元が、35W用の配線なので、耐えられない恐れがあります。

  で、アマゾンで探してみたら、「H4 12V 35/35W」というのがありました。 これなら、行けそうです。 1個、301円でしたが、2000円縛りがあり、バルブ3個と、あと、パーツ・クリーナー2本、ブレーキ・フルード1本を一緒に買って、送料を無料にしました。

  23日に注文し、24日に届きました。 アマゾンの厚紙封筒です。 手渡し。

≪写真2左≫
  「バイク・パーツ・センター」の箱に入っていました。 たぶん、その会社が輸入している製品なのだと思います。

≪写真2右≫
  箱を開けると、こういう状態。 ガラス部分は、素手で触ると、寿命が短くなるといいます。 筒状のスポンジを被せてあるのは、接触防止と、緩衝材を兼ねているんでしょう。

≪写真3左≫
  スポンジの筒を外すと、こんな感じ。 外見は、「H4 12V 60/55W」のバルブと、変わりません。

≪写真3右≫
  ソケットに差し込む部分。 脚が三枚あります。 ハイ/ローの切り替えがあるから、端子が三つ必要なわけだ。

≪写真4左≫
  刻印に、「MICHIBA H4 12V 35/35W 2101」と、あります。

  「MICHIBA」というのは、どこの会社なのか、不明。 「山本電気」というモーター製造会社に、「MICHIBA」というブランドがありますが、それは、道場六三郎さんの名を冠した台所用品のブランドらしく、バルブと関係は遠そうです。

  ちなみに、中国語のピンイン表記でも、「MI CHI BA」は、ありうる綴りです。 漢字がどれかは、分かりませんが。

≪写真4右≫
  届いたその日に、取り付けました。 バイクのヘッド・ライトを分解した様子。 バルブを換えるだけなら、ビス2本外すだけなので、簡単です、 前輪の泥除けの上に、タオルを敷き、その上に、レンズ・反射板ユニットを置いています。

≪写真5左≫
  ゴム・カバーを外すと、「H4」用の、ソケットが見えます。 黄色いのです。 以前の持ち主が、付け変えたもの。 バルブは、弾力のある針金(バネ)で固定されています。 外し方・付け方は、猿でも分かる難易度ですが、念の為、外す前に、写真を撮っておいた方がいいです。

  ちなみに、この写真では、バルブの上下を間違って、取り付けられています。 正しくは、台座の突起が、上1、下2。 刻印がある場合、正しく読めるのが、正しい向きです。 普通は、正しい向きでなければ、付かないようになっているから、悩む必要はないのですが、私のバイクは、「H4BS」から、「H4」に変えたものなので、逆でも付いてしまうのです。

≪写真5右≫
  点灯してみました。 さすが、35Wだけあって、暗い。 しかし、点いているのが、はっきり分かる点、イカれたLEDバルブより、ずっと、いいです。 私は、夜は乗らないので、実用的な明るさは、必要ありません。 他者から見た時、点いている事が分かればいいのです。

  ハイも、ローも、同じ35Wですが、反射板に当たる光源の向きが変わる事で、照射角度が変わって来ます。 どちらになっていても、35W以上、消費しないのは、安心ですな。




【前ブレーキ手入れ】

  ヘッド・ライトのバルブと一緒に、パーツ・クリーナーを買ったので、前ブレーキの洗浄をやり直しました。 8月25日の事。

≪写真1左≫
  注文は、23日で、一緒でしたが、品目別に発送され、パーツ・クリーナー2本は、25日に届きました。

  ダンボール箱入り。 隙間は、白い紙をくしゃくしゃにして、埋められていました。

≪写真1右≫
  AZ社の、「PA-001 パーツクリーナー650ml Y011」 249円が、2本で、498円。 ホーム・センターで売っているものより、缶の丈が短いですが、このくらいの方が、使い易いです。

≪写真2≫
  作業中の写真を撮り忘れました。 これはもう、組み直した後です。 外れないボルトが、また増えてしまい、パッドを付けたままで、ピストンに、パーツ・クリーナーを吹きつけました。 どんどん、整備不能になる箇所が増える。 まあ、バイクを手放すまで、パッドは交換しない可能性が高いから、いいんですが。

  パーツ・クリーナーは、何でも落ちるというわけではないんですな。 やはり、ペイントうすめ液と、似たようなものか。 できるだけ、綺麗にし、あとは、556を吹いておきました。

≪写真3≫
  ピストンの洗浄の後、ブレーキ・レバーの軸に、シリコン・スプレーを吹きました。 これは、とある質問掲示板に出ていた、恐ろしくフランクな回答を参考にしたもの。

「分解なんて、大袈裟な事しなくても、レバーの軸に、シリコン・オイルでも吹いとけば、いいんじゃね?」

  という感じ。 私が質問したわけではないので、「ぶぶ、ぶ無礼千万!」などと、机を叩いたりはしません。 それどころか、「もしや、効くのでは?」と思って、試してみたのです。

  そしたら、効きましたよ。 ピストンの洗浄が効いたのか、レバー軸にシリコンが効いたのか、判然としませんが、とにかく、スムーズに、ブレーキがかかるようになりました。 何でも、参考にしてみるものですな。

≪写真4左≫
  SKプランニング社の、「シリコン・スプレー 420ml」。 税込み、178円。 この写真は、2017年7月に買ったものですが、2020年8月、車のタイヤ交換で使い切ってしまい、2本目を買いました。 潤滑の他、プラスチック部品の艶出しなど、用途は多いです。

≪写真4中≫
  アマゾンの2000円縛りを突破する為に、ブレーキ・フルードも、一緒に注文しました。 これは、27日に届きました。 小さいダンボール箱で、隙間は、白い紙をくしゃくしゃにして、埋められていました。

≪写真4右≫
  古河薬品工業の、「KYK ブレーキフルード BF-3 500ml」。 688円。 「BF-3」は、かつて、「DOT3」と呼ばれた規格です。

  といっても、バイクのブレーキ・フルードを交換する気はないです。 車の方のブレーキ・フルードが、冬場になると、足りないという、警告ランプが点いてしまうので、少し足そうというのが、目的。




  今回は、ここまで。

  バッテリーは、完全に、かからなくなる前でも、かかり難くなって来たら、要警戒なので、「予め、次のを買っておけばいいのでは?」と思うところですが、「かかり難い状態のまま、一年もってしまった」などというケースもあるので、予備のバッテリーが、出番のないまま終わるという、最悪の結果になる事もあり、それを避けようとすると、結局、寿命切れの時の混乱は、避けられない傾向があります。

  他に、不調なところがないのに、セルが回らなくなった場合、バッテリーの寿命が、最大の疑わしい点になりますが、バッテリーが、まだ新しいのに、そうなってしまった場合、レギュレーターなど、他の部品が壊れた可能性もあって、素人では、手に負えない恐れがあります。 プロの整備士でも、疑わしい点を、一ヵ所ずつ、確認して行く以外に手がないので、最終的に、工賃が、ン万円になる事も覚悟しておかねばなりません。 バッテリーを交換しただけで、復調したのなら、安く上がって、幸運だったと喜ぶべきでしょう。

  安いバッテリーに交換して、すぐに、セルが回らなくなった場合、「やっぱり、安物は駄目だな」という結論に短絡する人が多いですが、初期充電が必要なのに、しなかったとか、バッテリー以外の部品に問題があったとか、実に、様々な原因が考えられるので、ネット通販のレビューに、「不良品! 買ってはいけない!」などと書いてあっても、鵜呑みにするのは、よくありません。 大雑把に言って、評価者の数が、30を超えていて、星が、4つ以上付いていたら、普通の信用度の製品だと判断すべきでしょう。


  新品のバッテリーを上げてしまった後、アマゾンで、バイク・バッテリー用のチャージャーを吟味したのですが、家電製品の、ACアダプターみたいな、ささやかなもので、700円からありました。 千円というのが、評価がいいですが、2000円縛り、あり。 テスターを合わせれば、2000円になりますが、8月は、お金を使い過ぎている事もあり、あまり気が進みませんでした。 しばらく、考えていて、ある事に気づきました。

「チャージャーに頼って、車やバイクを維持するのは、本道ではない」

  という事です。 私は、免許を取ってから、35年間、切れ目なく、車かバイクに乗っていますが、チャージャーに頼ったのは、バッテリーが死んでしまった時だけです。 全て合わせても、ほんの数日の事で、それ以外の歳月は、チャージャーとは全く無縁に過ごして来ました。 普段、使うようなものではないのです。

  チャ-ジャーのレビューを読んでいると、「これさえあれば、安心!」という意見が多いですが、その人達も、軒並み、錯覚を起こしていると思うのです。 そもそも、しょっちゅう、チャージャーを使っているようでは、正常なバッテリーとは言えません。 これまた、錯覚し易い事ですが、バッテリーは、燃料とは違います。 常に、車・バイク本体の発電器で充電し続けているから、電力が減らないのであって、チャージャーで満充電にして、そのつど、使い切るという仕組みではありません。 電気自動車ではないのですから。

  という事で、バイク用のチャージャーを買うのは、やめた次第。 その後、バイクの発電器で充電して、普通に走っています。 早まって、買わなくて良かった。


  ヘッド・ライト・バルブですが、EN125-2Aの場合、とにかく、LEDバルブに交換している人が多い。 ネット上に出ている例では、交換していない人が、ほとんど、いないという有様です。 しかし、その人達がみな、電気の知識があるかというと、そんな事は全然ないのであって、「H4のソケットを買って、線を繋ぎ換えれば、OK」などと、恐ろしいまでに、事を単純に考えている人が、少なからずいる模様。

  H4のソケットに換えた後、LEDバルブを付けるから、普通、35W以下になり、問題が起こらないわけですが、H4のソケットを見ている内に、ムラムラと、ムラ気が起こって、「昔、車用に買った、H4のハロゲン・バルブが残っているから、それを使ってしまおう」などと、「60/55W」のバルブをつけたりすると、いとも容易に、火が出てしまうんですわ。

  ハロゲン球でなくても、H4のLEDバルブにも、いろいろ、あるようで、規格が分からないまま、テキトーに買って付けたら、火が出たというケースもあるらしいです。 で、「安物は駄目だな」で済ましてしまうわけですが、そーではない、あなたが、間違った品を買ったのだ。 外見が全く同じで、規格が違うなんて製品は、LEDバルブでは、いくらもある様子。

  私自身、電気の知識がないから、やらないのですが、ネット情報で、「他の人がやっているから、自分も・・・」という程度の発想で手を出すのは、あまりにも危険です。 電気知識がある人は、基本的な事は、わざわざ書かないので、肝心なところが説明されていない恐れもあります。 見た目で判断できないのは、ウィルスも、電気も同じ事。

  電源が乾電池の、玩具や、プラ・モデルではないのですから、感電や火事を起こさないように改造するには、専門知識が必要になります。 最低限、工業高校の電気科、もしくは、自動車科を出ているくらいの人でなければ、バイク・車の電気系統を弄るのは、やめておいた方がいいと思います。 理屈が分からないまま、上っ面のやり方だけ真似て、悪い結果にならないとは思えません。

  逆に、電気知識がある人達は、一般人が、どれほど、電気に無知かを知らないのです。 だから、「このくらいの改造なら、誰にでもできると思いますよ」などと、気軽に書く。 何をおっしゃる、兎さん。 電圧と電流の区別もつかない人間に、電気回路なんか、弄れる道理がありますまい。


  そもそも、「そんなに明るくしなくても・・・」と、思うのですがねえ。 バイクを、通勤・通学に使っている人達は、夜に乗る場合もあるわけで、ヘッド・ライトを明るくしたいという気持ちは分かります。 しかし、ヘッド・ライトの明るさが、是非とも必要かというと、そんな事はないです。 たとえば、周囲に灯りが全くない、山中、原野、田園の道を走る場合、どんなに明るいヘッド・ライトを点けていたとしても、見える範囲が限られているので、怖くて、速度が出せなくなります。 危険を感じる能力が低い人は別として、普通の人なら、速度を落とします。

  では、幹線道路では、夜でも、速度を落とさずに走れるのはなぜか? それは、街灯や、他の車のライトがあるからに他なりません。 極端な事を言うと、街なかで、まだ店が開いているような時間帯なら、ヘッド・ライトを点け忘れていても、普通に走れます。 夜中でも、街灯があれば、多少、速度は控え目にするにせよ、危険を感じる事は、まず、ないです。 怖いのは、周囲や警察から、無灯火を指摘される事の方です。

  ヘッド・ライトの力なんて、そんなものなんじゃないでしょうか。 通勤経路になる道は、ほとんどが幹線道路で、街灯があるわけですが、そういう道なら、ハロゲンの35Wでも、55Wでも大差ないです。 LED化したがる人というのは、実質的な明るさの違いより、「とにかく、どこか弄りたい」とか、「ちょっと、明るくしてみたい」とか、そういった、欲望の方が強いのでしょう? そんな事で、電気系統のバランスを崩すのは、危険な遊びだと思いますぜ。

2021/10/03

EN125-2A補修 ⑩

  プチ・ツーリングに愛用しているバイク、EN125-2A・鋭爽の補修の記録です。 どうも、夏になると、あちこち、不具合が増える傾向があります。 バイクは、車と比べると、故障し易いと思いますが、剥き出しになっている部分が多いお陰で、修理もし易いです。 いや、もちろん、故障なんて、しないに越した事はないですけど。





【空気圧調整】

  5月24日に、車のオイル交換をし、ついでに、タイヤの空気圧もみたのですが、ついでのついでに、バイクのタイヤの空気圧もみました。

≪写真上≫
  後輪タイヤを測る為に、50センチくらい、前に出しました。 どうせ、車を前に出してあるから、バイクも出し易いです。

  空気圧は、1割くらい、減っていました。 半年で、1割なら、異常というほどではありません。 空気圧の規定値は、一人乗りで、前輪1.75Kgf/cm2、後輪2.0Kgf/cm2。

≪写真下≫
  これが、後輪のタイヤ・バルブ。 車と同じ、米式バルブですが、長さや形状が、少し違っています。 キャップも、一般的な米式バルブのものではありません。




【ブレーキ・キャリパー手入れ】

  バイクのブレーキが、かけると、ガクンガクンするようになりました。 ネットで調べたら、キャリパーのピストンが脂切れを起こしている可能性があると分かったので、7月5日に、分解して、様子を調べ、7日に、もう一度、分解して、給脂しました。 写真は、7日のものです。

≪写真1左≫
  前ブレーキ。 2ポット・キャリパーです。 パッドが、パッド・ピンで留められているので、キャリパーをフォークから外す前に、パッド・ピンを緩めておく必要があります。 抜いてしまっても、問題なし。 この写真では、分かり難いですが、右の方にある、「-」のネジの奥に、パッド・ピンがあります。

≪写真1右≫
  普通のマイナス・ドライバーでは、回し難くて、こういう工具を使いました。 父のドリル・セットに入っていた、マイナス・ビットと、ダイソーの、Lレンチを組み合わせたもの。

≪写真2左≫
  これが、マイナスで回す、キャップ・ネジ。 パッド・ピン本体は、軽く締めて、このキャップで、抜け落ちて来ないようにしているのだと思います。 パッド・ピンの写真を撮り忘れましたが、金属の丸棒の片端の径が大きくなっていて、ネジが切ってある部品です。 それは、ヘキサゴン・レンチで回します。

≪写真2右≫
  外した、キャリパー。 パッドも、外した状態です。 ピストンは、かなり、汚れています。

≪写真3左≫
  パッド。 まだ、半分くらい、残っています。 私の使用頻度では、3年くらいは、楽に、もつと思います。 孔が開いている耳が、パッド・ピンが通る所。

≪写真3右≫
  パッドと、シム。 以前乗っていたセローのブレーキには、シムは、ありませんでした。 セルボ・モードの前ブレーキには、付いていましたねえ。

≪写真4左≫
  ブレーキ用のグリスを買うほどの事ではないと思い、手持ちの汎用グリスを、パッドとシムの間に塗りました。

≪写真4右≫
  ピストンの方は、556を拭いた上で、汎用グリスを、周囲に塗っておきました。 本来なら、パーツ・クリーナーで、汚れを落とすのだそうです。 次に分解する時には、そうします。

≪写真5左≫
  ピストンを押し込んで、パッドの間を広くしないと、ディスクに入って行きません。 ピストンを押し込む為の、専用工具が売っていますが、うちにはないので、水道管用の、こういう工具を使いました。 うまく、挟めさえすれば、いとも容易に、ピストンを押し込む事ができます。 パッドを外した状態で使います。

≪写真5右≫
  これは、後輪のキャリパー。 本来、EN125-2Aの後輪ブレーキは、ドラムですが、前の持ち主が、ディスクに交換してありました。 かなり、お金をかけたんじゃないでしょうか。 こちらも、2ポットですが、前側とは、明らかに、形状が違います。

  パッド・ピンのキャップ・ネジが、「-」ではなく、ヘキサゴンになっていました。 キャップ・ネジは外れたのですが、中の、パッド・ピンのヘキサをナメてしまい、外せませんでした。

  キャリパーを外して、ピストンを見てみたら、こちらは、ほとんど、汚れがなかったので、556だけ吹いておきました。 当座は、それでいいのですが、もし、パッドを交換する時が来たら、パッド・ピンの外し方を、考えなければなりませんな。 頭が痛い。 しかし、パッドの残量と、私の使用頻度から考えて、バイクを手放すまで、パッド交換の機会は訪れないかも知れません。


  で、手入れ後ですが、ガクンガクンはなくなりました。 ただし、前ブレーキが、妙に重くなってしまいました。 使えない事はないですけど。




【ブリダー・キャップ購入・取付】

≪写真1≫
  7月7日に、バイクのブレーキを手入れした時に、後輪キャリパーのブリダー・キャップが、壊れているのに気づきました。 分かり難いですが、一番左端の、出っ張った所に被さっている、ゴムのキャップです。 あちこち、切れています。

  ヤフオクで探したら、「4個入り 292円、送料込み」という品が出ていたので、7月13日に、競らずに落札しました。 オンラインで支払って、翌日、発送され、15日には届きました。 大変、礼儀正しい出品者で、驚きました。

≪写真2左≫
  定形外郵便。 この写真では、隠してしまっていますが、宛名部分が濡れても滲まないように、文字の上から、セロハン・テープを貼ってありました。 細かい、気配りですな。

≪写真2右≫
  開いたら、茶封筒でした。 この写真では、読み取れませんが、出品者は、事業者のようで、社名が印刷してありました。 白い紙に、英文で、送り状。 その下の小さいビニールに入っているのが、ブリダー・キャップ4個。

≪写真3≫
  壊れたのと、買った新品を並べてみました。 たぶん、全く同じ物です。 壊れた方は、連結部分が、欠けています。 キャップ部分も切れていて、辛うじて、くっついていただけ。

≪写真4≫
  16日、プチ・ツーリングに行く前に、取り付けました。 環の部分が捻れないように気をつけただけで、補修というほどの作業ではないです。


  儲け度外視で、安く譲ってくれた出品者に、感謝しないわけにはいきません。 アマゾンだと、1個で、178円でしたから、4個で、292円が、いかに安いかが分かります。 ブリダー・キャップは、落下留めがなくても、問題ないと思いますが、キャップだけの品だからと言って、安いわけではないです。




  今回は、ここまで。

  この頃までは、まだ、大した事ではなかったのです。 ブレーキが、ガクンガクンするのは、不快でしたけど、かからないわけではないから、致命的な故障というわけではなかったし。 次回紹介分から、故障の重大度が上がります。 乞う御期待。 む・・・、期待するような事でもないか。 いやいや、人の不幸を喜ぶのは、人間の本性だから、やはり、乞う御期待と言うべきでしょう。