2023/05/28

EN125-2Aでプチ・ツーリング (44)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、44回目です。 その月の最終週に、前月に行った分を出しています。 今回は、2023年4月分。





【三島市加茂・茶臼山展望台】

  2023年4月3日に、バイクで、三島市・加茂にある、「茶臼山展望台」へ行って来ました。 住所としては、加茂ですが、実際の場所は、ずっと山奥で、沢地と、川原ヶ谷に挟まれた所にあります。

≪写真1≫
  この小山が、茶臼山。 ここ自体が箱根の裾野で、この小山は、たぶん、箱根火山の流山なのではないかと思います。 道が狭く、舗装も悪く、車で来るのは、お薦めではありません。

≪写真2左≫
  東側の登り口に立っていた案内板。 「富士山」、「天城連山」、「沼津アルプス」が望めると書いてあります。 他に、利用上の注意や、周辺地図が載っています。

≪写真2右≫
  小山の頂上。 丸太で、机と椅子が作られています。 他に人がいなければ、ピクニックでお弁当を広げるのに、ちょうど良い。 複数グループで寛げるほど、広くはありません。

≪写真3左≫
  富士山方向にあった、写真板。 「三島市眺望地点 平成26年3月13日指定」とあります。

≪写真3右≫
  実際の富士山。 ほぼ、同じ。 天気が良かったので、清々と、綺麗に見えました。 「天城連山」、「沼津アルプス」は、手前の木が育ってしまって、よく見えませんでした。

≪写真4≫
  展望台から、東を見た景色。 春の山の色ですな。 のどかで、大変、良い雰囲気でした。

≪写真5左≫
  展望台にあった、注意看板。 何枚かありました。 面積の割には、注意看板が多過ぎる印象あり。

≪写真5右≫
  道路脇に、場所が空いていたので、そこに停めた、EN125-2A・鋭爽。

  道の舗装が悪くて、ところどころ、バウンドしながら、登って来ました。 帰りも同様。 オフ・ロード・バイクなら、気にしませんが、オン・ロード・バイクの場合、なるべく、悪い道は、走らない方がいいと思います。 サスに、過度の衝撃がかかって、壊してしまうかも知れないので。




【三島市徳倉・徳倉城跡】

  2023年4月10日、バイクで、三島市・徳倉にある、「徳倉城跡」へ行って来ました。 以前行った、「八乙女神社」の近く。 というか、八乙女神社の東側が、もろに、城跡でした。 ネット上で調べたところ、城跡というより、堡跡(とりで・あと)らしいです。 戦国時代、後北条氏が造ったもの。 箱根西麓で、北条氏というと、「山中城」が有名ですが、ここは、その出城だったようです。

≪写真1≫
  これは、城跡というより、その上に造られた住宅地の写真になってしまっていますが、この丘陵も、城跡の一部とみた方が良さそう。 下は、かなり、傾斜が強い畑になっています。  遠くに、富士山が見えています。 

≪写真2≫
  高い所に、五輪塔が並んでいました。 五輪塔は、お墓ですから、城とは、別に関係ないのかも知れません。

≪写真3≫
  南の方に、土塁のようなものがありました。 しかし、当時のものなのか、最近、造ったものなのかは、不明。

≪写真4左≫
  これは、五輪塔の近くですが、ここにも、土塁のような遺構があります。 感覚的に分かる事ですが、確かに、これは、後北条氏の城の造り方ですわ。 山城ですから、石垣は使わず、土を掘ったり盛ったりして、起伏を設けるわけです。

≪写真4右≫
  タンポポ。 いくつも、咲いていました。 ほとんどが私有地らしく、史跡としての整備は、中途半端で、道も、ないわけではないが、見学用に整えられているわけではありません。 さっさと見て、さっさと帰るのが良いと思います。

≪写真5左≫
  住宅地の南端にあった、公園。 ベンチと、鉄棒があります。 南方向は、眺めがいいです。

≪写真5右≫
  公園の外の道路に停めた、EN125-2A・鋭爽。 北側の住宅地の方から入って来たんですが、この道、行き止まりでして、下り坂で方向転換させるのに、骨を折ってしまいました。 車だと、バックで戻る必要があります。 もっとも、そもそも、車で来るような所ではないです。

  ネット情報だと、城跡の南側を通る道に、解説板があるらしいのですが、確認して来ませんでした。 まあ、解説板を見に行ったわけではないから、城跡が見れれば、それでいいのですが。




【三島市加茂川町・川原ヶ谷城跡】

  2023年4月17日、バイクで、三島市・加茂川町にある、「川原ヶ谷城跡」へ行って来ました。 三島市には、「川原ヶ谷」という地区名もあるのですが、なぜ、「加茂川町」になっているのかというと、城跡が、二つの地区に跨っているからです。 位置的には、三嶋大社から、東へ行って、川を渡って、すぐの所です。 起伏がある地形ですが、住宅地になっています。

≪写真1≫
  城跡の、というより、「陸軍墓地」の入口。 といっても、ネット地図にそう載っているだけで、墓地らしきものはありません。 ここも含めて、城跡である様子。 入口の左右に、門柱が立っていて、個人の土地かと思いきや、そうではありませんでした。

  敷地が、二段になっていて、このまま入って行くと、下の段に至ります。

≪写真2左≫
  下の段から、上の段に上がる石段。 この写真では分かりませんが、自然石を使った、大変、ワイルドな造りです。 おそらく、ハイ・ヒールでは、上がるのも、下るのも、怖いでしょう。

≪写真2右≫
  下の段で咲いていた、ドウダンツツジ。 やはり、躑躅だから、躑躅の季節に咲くんですなあ。 花は、似ても似つきませんが。 似た花に、アセビの花があります。

≪写真3≫
  上の段の、正面にある、「忠魂碑」。 奥に、「平和の碑」という石碑もあります。 今までにも、何度か書いていますが、忠魂碑は、戦死者を顕彰する為のものであって、平和主義とは、むしろ、対極にあります。 「戦死者のお陰で、平和になった」というのは、論理的に、こじつけでしかありませんが、日本では、論理が尊ばれないので、こういうのも、アリなんですな。

  青の龍舌蘭が、5株、ありました。 結構な大きさ。

≪写真4左≫
  上の段を、横から見た景色。 道路を左折し、坂を上がっていくと、道路脇から、上の段に直接入れます。

≪写真4右≫
  住宅地を、北に進むと、空間が開けて、東海道本線に出ました。 その向こう側に、以前、行った、「三島中央自動車学校」が見えました。 そうか、ここは、この辺りだったのか。

≪写真5左≫
  城跡の、川原ヶ谷地区側にある、願成寺。 三島市の天念記念物として、クスノキが、ネット地図に載っていますが、この大きな木がそうなんじゃないでしょうか。 樹齢300年以上との事。

  この辺り、地形の起伏が大変、複雑です。 いかにも、城が作られそうな所。

≪写真5右≫
  バイクは、お寺の方の、道路に面した場所に停めさせてもらいました。 お寺には、駐車場もありましたが、お寺を訪ねて来たわけではないのに、堂々と停めるのも、図々しいと思って。 もっとも、ここも、お寺の敷地だから、図々しく停めた事に変わりはないか・・・。 申しわけない。




【三島市佐野・山神社】

  2023年4月25日、バイクで、三島市・佐野にある、「山神社」へ行って来ました。 ネット地図で見つけた所。 日大通りを北上し、大場川の手前で、箱根方向に入って行きます。

≪写真1≫
  こういう山の中です。 もっとも、バイクで来れるような場所だから、まだまだ、裾野の口ですが。

≪写真2≫
  社殿。 建物が一つしかない場合、この中に、本殿が納まっているのが普通で、拝殿というより、覆いですな。 木造で、側面と背面を、トタン板で覆われています。

≪写真3左≫
  社殿を斜め後ろから。 文化瓦が葺かれています。 いつ頃の建築なんでしょう?

≪写真3右≫
  白い鳥居は、鉄製。 しっかり、塗装してあれば、存外、もちがいいかも知れません。

≪写真4左≫
  社殿の正面扉に、閂がかけてあり、古いタイプの錠がかけられていました。 こういう錠が、現役で使われているのは、珍しい。 閂の上に、硬貨が置かれています。 賽銭でしょうな。

≪写真4右≫
  道に停めた、EN125-2A・鋭爽。 車が来そうにないので、停止した所で、そのまま、停めました。 この道、そこそこの急坂でして、幅が狭いので、転回ができず、帰る時には、跨って両足をつき、ジリジリ バックしながら、広い所まで戻りました。

≪写真5≫
  神社から、徒歩で、道を上がって行ったら、視界が開けました。 上に見える建物群は、芙蓉台の辺りでしょうか。 下の方に、廃墟のような、コの字の壁が見えます。 どんな建物があったんでしょうねえ。




  今回は、ここまで。

  4月も、組み写真、4枚で済みました。 神社が、一ヵ所 含まれているものの、鳥居と社殿だけの簡素な所だったから、この程度の枚数で済んだ次第。 最近、城跡へ行く事が多いですが、私自身は、城跡フリークというわけではなく、土塁や掘切に、胸がときめくような事はないです。 大抵の城跡は、壊れているか、壊されているので、時の流れの残酷さに、虚しさを感じるだけ。

2023/05/21

実話風小説 ⑯ 【地主意識】

  「実話風小説」の16作目です。 昨今、長くなり過ぎて、もはや、実話風ではなくなってしまいましたが、それでも、まだ、普通の小説よりは、簡素だと思います。





【地主意識】

  B氏は、A家の次男である。 A家は、かつて、Z村の地主で、集落のほとんどの土地を所有していた。 A家の本家で育ったB氏は、祖父母から、地主意識を、自然に刷り込まれた。 地主的な考え方、世界観、処世観、他者に対する意識、そういったものを、受け継いだのである。

  B氏は、小学校卒業後、最寄の都市にある私立の中高一貫校に入り、そこから、同じ学校法人の都会にある大学へと、無試験で進んだ。 家に金があったから、できた事であるが、成績的には、中の下くらいで、留年するほどではなかった。 ちょっと変わっているのは、卒業後、就職しなかった事である。 家からは、毎月、30万円の仕送りがあったので、そのまま、都会の賃貸マンションに住んでいた。 それだけ、生活費があれば、働く気にならないのも、無理はない。 5年くらい、そんな生活をしていたらしい。

  A家の長男である兄は、学校こそ、B氏と同じだったが、成績が良く、大学院まで進んで、ある薬品メーカーの研究所に就職していた。 研究所が、Z村の近くにあったので、そのメーカーに勤めたのだった。 実家に住み、実家から、車で通勤していた。 兄の方は、まずまず、常識がある人物と見られていた。

  B氏が、叔父の葬儀で、Z村に戻った時、年上の親戚達から、何の仕事をしているのかと訊かれ、何もしていないと答えると、「そりゃ、まずいだろう!」という話になった。

「金はあるし、別に働かなくても、食っていけるから」
「そういう問題じゃない。 社会人なんだから、何かしら、肩書きがいるだろう」 

  少し、焦りを感じたB氏は、親戚の伝を頼り、都会に近い食品メーカーに、非常勤役員として、籍をおく事になった。 仕事は・・・、仕事は、特にない。 役員会での発言権もない。 会社に、部屋も席もない。 出勤しても、いる場所がない。 給料・賞与も出ない。 そんなの、社員の内に入らないわけだが、会社側が、なぜ、在籍を許したかというと、B氏が就職したがっていると知った父親が、その会社の株を、纏まった量、買ったからである。

  父親は、自分によく似たB氏を、子供の頃から、猫可愛がりしていて、B氏の望みは、何でも叶えてくれた。 幼い頃など、B氏の部屋は、高価な玩具で埋まっていた。 父親が、B氏が欲しがる物を、全て買い与えていたからだ。 すぐに飽きるので、近所の保育園に、半年に一度は、ごっそり、寄付していた。 大学も、父親としては、家から通える所にしたかったのだが、「家から離れる機会を作らないと、世間知らずになってしまう」という、母親の訴えを入れて、しぶしぶ、長男と同じコースに進ませたのだった。

  母親は、自分が病弱だった事もあり、B氏の将来を心配していた。 何とか、一人でも生きて行けるような、逞しさを獲得して欲しかったのだが、父親が、B氏を溺愛して、月に30万円も仕送りしている有様では、自立には程遠い。 都会で一人暮らしをしても、遊びほうけるばかりで、母親の望みとは、どんどん掛け離れて行くばかりだった。

  その母親は、B氏が、25歳の時に、持病が悪化して、死んだ。 人柄がいい女性で、周囲は早逝を惜しんだが、B氏は、口うるさい母親がいなくなって、清々していた。 B氏は、母親が、兄に甘い分、自分に冷たいのだと、勝手に決めていたが、そんな事はない。 兄の方は、母親が心配しなくてもやって行ける。 B氏に厳しかったのは、B氏が、駄目人間だったからである。 心配で仕方がなかったのだ。

  母親が死ぬのを待っていたかのように、父親が、縁談を持って来て、B氏は、結婚した。 生前の母親は、「仕事もしていないのに、結婚なんて、とんでもない」と反対していたのだ。 もっともな話だが、父親も、B氏も、そういう常識はなかった。 それも、地主意識の発露だろうか。 先祖代々、連綿と、遊んで暮らして来たのである。

  B氏は、父親の出した金で、都会の郊外に、一戸建ての家を買った。 5千万円くらい。 親に、住宅ローンの頭金を出してもらうというのは、よくある話だが、B氏には、蓄えなどないので、全額、父親が出した。 親戚に、法律に明るい者がいて、

「それは、まずい。 金額が大き過ぎる。 贈与税をごっそり、取られますよ」

  と、忠告したが、父親自身、家には金がいくらでもあると思っていたので、税金を取るというのなら、払ってやろうじゃないかと、ゆうゆう、構えていた。

  5千万の家を買ってやった上に、毎月、30万円の仕送りは続いていた。 「どーゆー親やねん?」と思うだろうが、そういう親なのだ。 何せ、地主意識の持ち主だから。

  ところが、その父親が、60歳にならない内に、これまた、病死した。 金持ち意識を存分に発揮して、うまいものばかり、食べていたので、しっかり、糖尿病になっていたのだが、医者の言う事など聞かず、そのままの食生活を続けていたら、悪化して、ころりと死んでしまったのだ。 B氏が、35歳の時である。

  父親の葬儀でも、B氏は、泣くような事はなかった。 非常に不安そうな顔をしていたので、周囲からは、ショックが大きいのだろうと思われていたが、ショックとは、違っていた。 とにかく、不安だったのだ。 そりゃそうだ。 今まで、自分の生活を支えてくれていた柱が折れてしまったのだから。 どちらかというと、不仲な兄が、父の代わりをしてくれるとは、思えなかった。

  遺言書はなく、財産は、普通に、兄とB氏に、等分された。 兄は、家屋敷と畑を、B氏は、現金で、1億円ほどを、相続した。 金持ちにしては、少ないと思うだろうが、今時、地方の元地主の財産なんて、その程度である。 B氏は、兄が隠しているのではないかと疑って、わざわざ、別の税理士を雇って、調べさせたが、結果は、同じだった。

  そうそう、書き忘れていたが、戦後の農地改革で、A家も、所有していた農地を、ほとんど、没収されており、とっくの昔に、地主ではなくなっていた。 地主ではなくなっているのに、地主意識だけが残っていたというのが、この話の肝である。

  
  B氏は、父親の死後、仕送りがなくなったので、気持ちだけ節約に努めるつもりでいたが、所詮、気持ちだけだった。 染みついた丼勘定癖が簡単に治るわけはなく、欲しいと思った物は、ほとんど、買い、旅行にも、しょっちゅう出かけた。 夫婦と息子の三人で、平均して、年間に、500万円ほどを消費した。 仕送りで暮らしていた頃より、却って、金使いが荒くなっていたのは、さすが、地主意識の持ち主と言うべきか。 1億円は、20年でなくなる計算である。 B氏が、55歳の時には、ほぼ、ゼロになった。

  家が、現金で買ったものだったので、リバース・モーゲージで、融資を受けて、生活費に当てる事を考えたが、計算してみると、月当たりの生活費が、激減してしまう。 息子は、まだ大学生で、学費も出さねばならず、とても、食って行けないという結果になった。

  B氏が働けばいいのだが、働いた事が一度もない人間である上に、55歳にもなって、どこで、雇ってくれるわけもない。 肩書きだけ、役員だった会社で、給料が出る仕事がないか打診したが、笑い飛ばされた。 実は、B氏の父親が存命中、B氏に家を買ってやる為に、その会社の株を処分してしまっていたのだ。 役員の肩書きも、とっくになくなっていたのだが、B氏が気づかなかったのは、そもそも、出勤していなかった事が一つ。 もう一つは、郵便通知の類いを、開封せずに捨てる癖があったのが原因である。

  B氏の妻、Dさんは、結婚前に、働いていた経験があり、家計が行き詰ってから、家の近くのガソリン・スタンドで、働き始めた。 しかし、折り悪く、人余りの時期で、フル・タイムは断られ、パート・タイムで、午前中しか働けなかった。 収入としては、一人分の食い扶持が稼げる程度だった。

  B氏も、手を拱いていたわけではなく、会社経営をしている友人・知人・元同級生らに電話をかけて、雇ってくれるように申し入れた。 頼んだのではない。 あくまで、申し入れたのである。 8人ほどいたが、全て、断られた。

「もう、55歳じゃ、退職を考える歳だ」
「そんな事は分かってる。 こっちには、こっちの事情があるんだ」
「事務はできるのか?」
「そんな事をする気はない」
「接客は?」
「それもする気はない」
「雑用は?」
「馬鹿にしてんのか?」 
「一体、何ができるんだ?」
「非常勤役員」
「わははは!」
「何が、おかしい?」
「肩書きだけで、無権限・無報酬なら、いいぞ」
「金が要るんだよ」
「そりゃ、無理だろ? 何もしないで、どうして、金をもらえると思うんだ?」
「地主ってのは、そういうもんじゃないのかい?」
「・・・・・」

  相手は、絶句した。 しばらく考えてから、慎重に言葉を選んで、訊き返した。

「まさかとは思うが、うちが、祖父さんの代まで、お前んちの小作だったから、俺のところへ電話して来たのか?」
「そうだよ」
「そうだよ? マジで言ってるのか? ふざけるな! もう、かけて来るな!」

  切れた。 大抵は、こんなやりとりで、断られた。 B氏が就職を申し入れたのは、全て、元小作の家だった。 自分の先祖に恩があるのだから、当然、申し入れを聞いてくれるものだと決め込んでいたのだ。 B氏は、切れた受話器に向かって、毒づいた。

「ふざけてんのは、てめえだ。 小作のくせに」

  B氏から、電話を受けた者同士で、連絡が取られ、こんな会話が交わされた。

「Bの奴、子供の頃から、地主だ、小作だと言ってたけど、あれ、冗談じゃなかったんだな」
「俺も、そう思った。 本気で、自分を地主、俺らを小作だと思ってたんだ。 今でもな」
「そういえば、中学の頃、赤の他人を使いっ走りにしようとして、断られて、『生意気言うな! この小作が!』って、怒鳴りつけた事があったよ。 その相手は、Z村と関係ない奴だったんだけどな」
「Bからすると、自分と一族は地主で、それ以外の人間は、みんな、小作なんじゃないか?」

  その推測は、当っていた。 B氏にとって、地主と小作は、実際の地主・小作関係ではなく、身分の違いを表しているのだ。 元地主である人間と、元小作である人間は、生まれながらに、身分が違い、それは、家の格として、永久に続くと思っているのだ。 祖父母や、父親がそうだったように、差別意識が染みついていて、身分制度がなくなったという事実を、受け入れられないである。

  B氏は、地主意識が抜き難く残っていたが故に、働くなんて事は、自分のやる事ではないと考えていた。 働く気がないから、何もできるようにならず、何もできないから、働かない。 悪循環を起こしていたのだ。

  そして、働かないでも生きて行ける根拠として、「小作は地主を養う義務がある」という、黴の生えた社会観を堅持していた。 B氏の自我そのものが、地主という特権意識の上に構築されており、働く事を受け入れる事は、自我を崩壊させてしまうのではないかと、B氏は恐れ、恐れるが故に、真面目に検討しようとしなかった。 これも、悪循環である。


  B氏は、家を売る事を考え始めた。 しかし、家を手放したら、住む所がなくなってしまう。 一人なら、実家に戻るという手があるが、妻子がいるのでは、それは、ためらわれた。 その時、ふっと、思いついた。

「そうだ! おばあちゃんの家がある! あそこに引っ越そう!」

  「おばあちゃんの家」というのは、B氏の祖母が、晩年を過ごした家である。 B氏の祖父が亡くなった後、祖母が、嫁の厄介になりたくないと言って、隣家に近い所にある畑を潰して建てた、隠居所だった。 隣家には、仲が良いお喋り仲間がいたのだ。 祖母は、5年間、そこで暮らし、その後、施設に移って、亡くなった。 祖母が、その家にいた頃、小学生だったB氏は、しょっちゅう、訪ねて行って、おやつをもらって食べていた。

  平屋だが、部屋数は、3LDKあって、B氏夫妻だけなら、暮らせない事はない。 息子は、大学の寮に入れればいいだろう。 B氏は、おばあちゃんの家での生活を思い描いて、夢中になってしまった。 おばあちゃんの家は、祖母の死後、借家にされ、他人が入居していた。 しかし、自分は、本家の次男なのだから、当然、優先的に住む権利がある。 借家人など、追い出してしまえばいい。

  兄も、家賃を取るとは、言わないだろう。 実家を譲ってやったんだから、兄は俺に借りがあるはずだ。 おばあちゃんの家を借りるのではなく、もらってしまっても、いいくらいだ。 そうだ。 うまく交渉すれば、実家の母屋を兄、おばあちゃんの家を俺、という形で、俺の所有にできるかもしれないぞ。 よしよし、いい事を思いついた。 明日にでも、早速、おばあちゃんの家がどうなっているか、見に行ってみよう。

  その夜は、わくわくして、なかなか、寝つけなかった。


  さて、翌日、B氏は、電車とバスを乗り継いで、Z集落へ赴いた。 おばあちゃんの家は、最寄りのバス停から、実家とは逆方向に、少し山に入った所にあった。 15分ほど、歩く。 遠くから、おばあちゃんの家が見えた。 家そのものは、二十数年前、最後に行った時と変わっていないように見えた。 多少、ボロになっていても、贅沢は言えない。

  おや、家の外に、人が大勢いるぞ。 何をやってるんだ? 工事をしているのか? カー・ポートを造っているみたいだ。 あそこには、物干し場があったのに、何を勝手な事をしてやがる! 借家人のくせに、ふざけるな! B氏は、いつのまにか、血相を変えて、走り出していた。

  おばあちゃんの家は、南面道路で、家と道路の間に、車一台置けるくらいの、ゆとりがあった。 地面は浅く広く掘られて、鉄筋の格子が組まれており、コンクリートを流し込むばかりの状態になっている。 5人の男がいた。 その内、3人が、カー・ポートの柱を立てる作業をしていて、二人が、少し離れた所で、その様子を見ていた。 そこへ、B氏が乗り込んで来た。

「何をやってるんだ! やめろ、やめろ!」

  作業をしていた3人が、手を止めた。 見ていた二人の内、作業着を来た人物が、B氏に言った。

「何ですか、あなたは?」
「俺は、A家の者だ! 人の家で、何を勝手な工事をしてるんだ! 誰の許可を取った!?」
「A家の方ですか。 それは、どうも。 私は、Q工務店の者です」

  その人物は、地元の小企業、Q工務店の社長で、A家から仕事を頼まれる事があったので、A家が、Z村の元地主だという事は知っていた。

「A家を知ってるなら、なんで、こんな事をするんだ? 兄貴や、義姉さんは、承知しているのか?」
「いえ。 たぶん、ご存じないと思います。 施主は、こちらの、Cさんですから」

  Q工務店の社長は、普段着姿の中年男性、C氏を指した。 C氏は、怪訝そうに首を傾げながら、B氏に、一応、会釈をした。

「Cです」

  B氏は、食ってかかった。

「なんだ、最近の借家人は、大家に無断で、勝手に工事をするのか!」 

  C氏は、B氏の態度に腹を立てて、同じ口調で言い返した。

「俺は、この家の所有者だ。 借家人じゃない」
「いい加減な事を言うな! ここは、A家の借家だ! 俺は、A家の次男なんだぞ! ごまかしが利くと思うなよ!」
「ごまかしてない! 俺は、この家を買ったんだ!」

  B氏は、少し、ひるんだ。 しかし、自分から怒鳴りつけた手前、引くわけには行かない。

「買った? 馬鹿抜かせ! そんな話、聞いてないぞ! ほんとに売ったんなら、俺の耳に入らないはずがない!」
「お前の家の事情なんて、知った事か!」
「地主に向かって、お前とは何だ! 大の大人が、口の利き方も知らないのか!」
「分からん奴だな。 ここは、俺の所有地だ! お前が地主なわけがないだろう! 何を言ってるんだ!」

  Q工務店の社長が、割って入った。

「Cさん。 不動産登記簿謄本があれば、それをお見せした方が早いんじゃないですかね?」
「ありますよ。 持って来ます」

  C氏は、家の中に入って行って、3分ほどで、封筒を持って出てきた。 B氏が、取り上げようとするのを、C氏が、空いている手で制した。

「お前は手を出すな! 社長に見てもらう!」

  Q工務店の社長が受け取って、中を確認した。

「間違いありません。 土地も家も、Cさんの所有です」
「そんな、馬鹿な! 贋物に決まってる! 売るわけ、ないんだ!」

  B氏は、納得しない。 C氏は、苦りきり、Q工務店の社長も、困惑顔になった。 C氏が言った。

「そんなに言うなら、不動産屋に来てもらおう」
「それなら、こっちも、兄貴か、義姉さんに来てもらう。 吠え面掻くなよ」

  C氏は、Q工務店の社長に言った。

「とにかく、工事は進めてください」
「そうですね。 今日中に、柱と屋根をやってしまわないと、明日の朝には、コンクリート・ミキサーが来てしまいますから」

  これに、B氏が、また、食ってかかった。

「駄目だ、駄目だ! ここの所有者が誰か、形がつくまで、工事は中止だ。 そんなの当然だろう!」

  社長が言った。

「そうなると、うちらの人足代と、明日の朝のミキサー代が、無駄になってしまうんですよ。 また、出直す事になると、2倍とまでは行きませんが、1.8倍くらい、費用が余分にかかってしまうんです」
「そんな事、知らん! とにかく、所有者がはっきりするまで、何もするな! 無理やり、やるなら、訴えるぞ!」
「困った奴だな・・・」

  と、これは、C氏。


  やむなく、工事は中断し、不動産屋と、A家の者が呼ばれた。 P不動産からは、中年男性の社員が、車でやってきた。 B氏の兄は、出勤中で、代わりに、兄嫁が、歩いてやって来た。 畑仕事をしていた時に呼び出されたので、野良着である。 兄嫁は、麦藁帽子を外してから、言った。

「はい。 この家は、P不動産さんに、お売りしましたよ」
「確かに、私どもで買って、その後、Cさんに、お売りしました」

  B氏は、カンカンに怒った。

「ふざけるなっ!! 誰が、売っていいと言った! ここは、大事なおばあちゃんの家なんだぞ! 俺に無断で、なんで、そんな事ができるんだ! 義姉さん、あんた、どういうつもりだ! 兄貴は知ってるのか?!」
「もちろん、知ってますよ」
「兄貴を呼べっ!」

  C氏が、Q工務店の社長に訊いた。

「30分、無駄にしたけど、まだ、間に合いますか?」
「大丈夫です」

  作業員に指示して、すぐに、作業が再開された。

「ちょっと、待てっ!」

  と言って、B氏が、作業員の腕を掴んだのを、C氏が引き離した。

「所有者が俺なのは、はっきりしたんだから、あとは、A家の人と話せ! これ以上、邪魔をするな!」
「ちきしょう! 偉そうな事を言うな! 小作のくせにっ!」
「・・・、お前、狂ってるのか?」

  C氏の目から、怒りが消え、怯えがよぎった。 それを見て、B氏は、ちょっと、うろたえて、身を引いた。

  B氏は、C氏に謝る事もせず、兄嫁と共に、P不動産の社員が乗って来た車に乗り、A家に向かった。 座敷に上がると、B氏は、兄嫁を問い詰めた。

「どうして、あの家を売ったんだ? なぜ、俺に一言も言わなかった!」
「Bさん。 あんた、Dさんから、何も聞いてないの?」

  Dというのは、B氏の妻の名前である。

「D? Dがどうしたって?」
「Dさんに、事情を聞いてから、出直して来て」
「いいから、今ここで言ってくれよ。 分からないじゃないか。 Dは仕事中だから、ホイホイ、電話できないんだよ」
「私だって、仕事中に、呼び出されたんだよ。 葱の種を播かなきゃなんないのに、明日に延期だ」

  兄嫁は、これ以上ないくらい、胡散臭気に顔をしかめて、B氏を睨んだ。

「あんた、モーター・ボートで、事故を起こしたよね」
「はあ? ああ、クルーザーね。 もう、一昨年の事だ」
「友達のモーター・ボートを借りて、岩に乗り上げたんだよね」
「あんなの、大した事じゃない。 無免許だったのがバレて、ちょっと、揉めただけで・・・」
「向こうの弁護士が、Dさんの所へ押しかけて来たのに、大した事ないわけないじゃないの!」
「・・・・・」
「モーター・ボートの修理代が、400万円。 持ち主が訴訟を起こさないように払った示談金が、100万円。 合計500万円の工面で、Dさんが、うちの人に相談に来たんだよ。 うちでも、そんな大金、出せないから、さんざん悩んだ挙句、あの隠居所を売る事にしたってわけよ」
「・・・・、そんな。 そんなの聞いてない・・・」
「聞いてないかどうかは、あんたと、Dさんの問題だから、自分のうちに帰ってから、話をして。 もーお、迷惑しか、かけないんだから! いい加減にしてよ!」

  B氏、一言も返せない。 事の意外さに、心ここにあらず。 P不動産の社員が、駅まで送ってくれるというので、唯々諾々、それに従って、夢遊病者のような足取りで、A家を後にした。 駅から、電車に乗って、家まで、無事に辿り着いたのが、不思議なくらいである。

  昼過ぎに、妻のDさんが、パートから帰って来たので、また、B氏の魂が体に戻って来た。

「赤っ恥を掻いたぞ! クルーザーの金の事、どうして、俺に言わなかったんだ!」
「だって、あんた、その話をすると、すぐに怒ったから、言えなかったんでしょうが!」
「兄貴のところに借りに行くなんて、大恥だ!」
「他に借りられるところがなかったの!」
「あんなの、払わなくたって、放っておけばよかったんだ! どうせ、クルーザーなんて、年に一度くらいしか乗らないんだから!」
「何を言ってるの? 人様の物を壊して、そんなの通るわけないでしょ! 訴えられたら、あんた、刑務所行きだったんだよ? もう、いい加減にしてよ! あんたの頭の中、どうなってんの?」

  とにかく、おばあちゃんの家に引っ越す計画は、おじゃんになった。 B氏は、結局、C氏に謝りに行く事はなかった。 それどころか、C氏の態度や言葉使いに、甚だしく、腹を立てていた。

「あの野郎。 小作のくせに、地主を、お前呼ばわりしやがって・・・」

  お前呼ばわりも然る事ながら、「狂っているのか?」と言われたのが、B氏には、ショックだった。 B氏は、常識的な人生を送って来なかったせいで、過去に、友人・知人から、「頭がおかしい」と、何度か言われた事があった。 それは、相手が知り合いだけに、冗談として聞き流して来たのだが、C氏は、そうではない。 初対面の相手から、「狂っている」と言われたのが、心に杭を打ち込まれたように、B氏を傷つけていた。

「あの野郎・・・、いつか、仕返ししてやる」 

  そういう考え方になるところが、異常な証拠なのだが、B氏本人は、気づいていない。


  結局、B家は、生活費が尽きてしまい、家を売る事になった。 築20年で、まだまだ、新しく見えたが、3000万円にしかならなかった。
 今までと同じ生活をしていたら、6年でなくなる計算である。 B氏は、実家の近くに、アパートを借りて、住む事にした。 Z村の隣の町である。 実家の近くに住んで、しょっちゅう、顔を出していれば、食い詰めた時に、助けてもらえるだろうと、期待していたのだ。

  B氏自身は、無職だったから、どこに住もうが問題なかったが、家族は、いい顔をしなかった。 息子は、大学の寮に行けと言われて、渋々、従った。 妻は、やむなく、勤めていたガソリン・スタンドをやめ、新しく借りたアパートから通える範囲で、ガソリン・スタンドを探し、勤め直した。 相変わらず、パートだった。

  実は、B氏、実家に戻って、兄夫婦と同居するという提案もしたのだが、切り出した直後に、ピシャリと断られた。 兄嫁は、おぞましげに身震いし、嫌悪感を剥き出しにして、言った。

「モーター・ボートの一件で、一生分の迷惑は受けたんだから、これ以上は、たくさん!」
「だけど、ここは、俺の実家だから・・・」
「お義父さんの遺産は、ちゃんと、もらったでしょ! あんたの理屈が通るなら、うちは、破産するまで、あんたを助け続けなきゃならなくなる! そんな義理はないよ! それに、あんた、この家に住んで、一体、何をやって暮らすつもり? 遊んでるの? 他は、みんな、働いてるのに! 私は、畑仕事をした上に、遊んでるあんたの為に、ご飯まで用意するの? 馬鹿馬鹿しい!」

  同席していた兄が、B氏に言った。

「お前、いい加減に、目を覚まして、働いたら、どうなんだ?」
「あちこち、声をかけたけど、駄目だったんだよ。 あの、小作どもが・・・。 うちの先祖の恩を忘れやがって・・・」
「まだ、そんな事を言ってる・・・」

  ちなみに、兄の方には、地主意識はなかった。 祖父母や、父親の影響で、子供の頃に、近所の子供に向かって、そういう口を利いた事があったが、傍で聞いていた母親から、厳しく窘められ、それ以来、自分を戒めていたのだ。 実際、兄が生まれた頃には、すでに、地主ではなかったのだから、自分で気づけば、地主意識など、幻想である事が分かるはずだ。 弟のB氏は、それに気づかなかったというわけだ。


  さて、「元おばあちゃんの家」の一件で、C氏を逆恨みしていたB氏だが、意趣返しの機会は、意外と早く訪れた。 集落の一軒で、葬儀があり、A家でも、兄夫婦が参列したのだが、どこで聞きつけたのか、B氏まで、やって来た。 B氏としては、いつか、実家に移り住む事を考えて、A家の一員というイメージを、近所に植えつけておきたかったのだ。

  葬儀を出したE家は、元小作であり、元地主のA家に、場所が近い事から、今でも、A家の者を粗略に扱わない気風があった。 しかし、それも、親の世代の話。 現当主のE氏は、B氏を嫌っていた。 子供の頃に、「小作、小作」と顎で使われた恨みである。 両親は、「A家の人なんだから、黙って言う事を聞いていればいいんだ」と言って、取り合ってくれなかった。

  成長して、地主だ小作だといった区別が、時代錯誤も甚だしいという事が分かって来ると、ますます、腹が立ち、地主意識が増長する一方のB氏を避けて暮らすようになった。 その内、B氏が、都会へ行ってしまうと、ホッとした。 二度と会いたくないと思った。 一方、B氏の兄夫婦との関係は、良好である。 大人になってからは、互いに、敬語で話をしていた。

  ところが、父親の葬儀に、そのB氏が、来てしまったのだ。 呆れた事に、香典を持って来なかった。 受付で、訊かれると、平然と答えた。

「ああ、俺は、A家の者だから、そっちで出してあるはずだ」

  しかも、普段着である。 喪章もつけていない。

「ここの亭主とは、幼馴染みだからよー。 そんなの気にする間柄じゃないのさ」

  もちろん、E氏の方は、大いに気にしていた。 B氏の兄嫁は、E氏のそんな様子を見て、E氏の妻に、申しわけなさそうに、頭を下げた。

「ごめんなさいね。 うちで、報せたわけじゃないんだけど・・・」

  葬儀は、葬祭会館で行なわれ、食事は、火葬場で振舞われた。 E家に戻って来たのは、家族と親戚、ご近所の、10人ほど。 寿司がとられ、酒が出された。 故人を偲んで、しめやかに酒が酌み交わされたが、なんと、その中に、B氏が含まれていた。 こういう場には、来て欲しくない者ほど、決まって、来ているものなのだ。

  日が暮れ、午後7時を過ぎた頃、E氏の妻が、「娘の姿が見えない」と、騒ぎ出した。 娘は、17歳で、高校生である。 葬祭会館から戻って来る時には、家族と一緒だったのに、その後、二階の自室に着替えに上がったのを見たのが最後で、それきり、いなくなってしまったというのだ。 家の中にいないのは確実だが、人が、バタバタと出入りしていたから、いつ出て行ったのか分からない。

  座敷にいた客達も、ざわつき始め、みんなで捜そうという流れになった。 E家の娘が、年齢的にも、容姿的にも、変質者の餌食になり易い特徴があったので、みんな、そちらを心配していた。 みんなが、懐中電灯を借りて、外へ出かけようとしていた時、B氏が、こんな事を言った。

「Cの所にいるんじゃないか?」
「Cさんの家? なんで?」
「だって、あいつ、いい歳扱いて、独身だろう。 ここんちの娘に目をつけても、不思議じゃないぜ」

  逆恨み半分、思いつき半分の戯言である。 しかし、性犯罪目当てで、かどわかされた恐れがあると、みなが思っていたので、こんな戯言でも、一時的に、受け入れられてしまった。 B氏の兄が、その場にいて、

「そんな事はない。 Cさんは、ちゃんとした人だ。 話した事があるから、分かる」

  と言ったが、B氏が、すぐに、言い返した。

「確認するのは、無駄じゃないだろう。 すぐ、近くなんだし」

  そこへ、E氏の妻から電話を受けた、駐在所の警官がやって来た。 みんなで、C家へ行くというのを聞いて、一応、止めた。

「証拠もないのに、人の家に押しかけたら、まずいですよ。 家の中を調べるには、警察だって、令状がいるんだから」
「隠してないなら、堂々と調べさせるんじゃないか? とにかく、行くだけ行ってみて、損はない」

  と、これは、B氏。 自分に都合がいい屁理屈は、いくらでも、思いつくのだ。

  警官を含め、十数人で、夜の村内を歩いて行くが、他の家にも、声をかけながら進むので、集団はバラバラになり、B氏が一人だけ先に、C家に着いた。 元おばあちゃんの家である。

  C氏は、在宅だった。 B氏の顔を見て、あからさまに、眉を顰めた。

「なんだ? 何の用だ?」
「お前の所に、Eの娘がいるだろう」

  B氏は、C氏の応えも待たず、靴を脱いで、上がり込もうとした。 C氏が、B氏の肩を抑えて、上がるのを阻む。 C氏の力は強くて、そのまま、B氏を、玄関から外へ押し出した。 B氏は、勢いがついて、道路の方まで、後ずさりした。 そこから、遅れて来る者達が見えたので、大声で叫んだ。

「おおーい! ここにいるぞーっ!」

  他の者達が、早足で、ぞろぞろと駆けつけて来た。 多勢を頼みに、玄関まで押し戻したB氏が、鬼の首でも獲ったかのように、C氏を責め立てる。

「家の中を見せろ!」
「お前なんか、家に入れるか!」
「それ見ろ! 監禁してるから、見せられないんだ!」
「いい加減にしろ! お前、常識がないのか?」
「変質者が言う事か!」

  B氏の兄が、B氏に訊いた。

「おい。 中にいるのを見たんだろうな」
「見てないよ。 でも、いるに決まってる!」
「なんだ、見てないのか」

  その場にいた者の半数以上が、落胆した。 B氏のいい加減さを知っていたから、ただの思い込みだと、判断したのだ。 C氏が、警官に言った。

「別に、後ろ暗い事はないから、お巡りさん一人だけなら、上がって、調べて下さい」

  B氏も、勢いで、一緒に上がろうとしたが、C氏から、怒鳴りつけられた。

「お前は、ここにいろ! 謝るセリフを考えとけ!」

  B氏が目を血走らせて、殴りかかろうとしたのを、B氏の兄が押さえ込んだ。

「馬鹿! やめろ! 暴行罪で、手が後ろに回るぞ!」
「捕まるのは、こいつだっ!」

  警官を中に上げた時点で、E氏の娘が、この家にいない事が分かった者達は、他を捜しに、散り始めた。 やがて、警官が玄関に戻って来た。

「風呂場、トイレ、押入れも見ましたが、いませんね」

  B氏が、わめいた。

「天井裏は見たのか!?」
「高校生の娘さんでしょ? 天上裏に、どうやって、上げるんですか?」
「見てみなきゃ、分かんないだろう!」

  ここで、E氏が、B氏に言った。

「Bさん。 もういいから、Cさんに、謝ってよ」
「なんで、俺が!」
「勝手に疑って、迷惑かけたんだから、当然でしょ」

  周囲の無言の圧力を受けて、B氏は、あさっての方角を見ながら、C氏に言った。

「・・・、まあ、そういう事だ」
「なにい? 何がどういう事なんだ?」
「ちっ! その口の利き方がよぉ・・・。 お前も、この村に住むんなら、小作らしい態度を取れ」
「お前、小作と地主の意味が分かってて、言っているのか?」
「俺が地主で、お前が小作だよ」
「駄目だ、こいつ・・・」

  さすがに、その場にいた者全員が、笑い出した。 馬鹿もここまで来ると、笑ってしまうのである。 B氏は、一緒になって笑っていたが、C氏に肩を叩かれ、

「おい! 笑われてるのが、自分だって、分かっているのか?」

  と言われると、また、怒り出した。

「こいつだよ、誘拐犯は! どこかに隠してるんだ! ここらに、他に、変質者なんているか!」


  ところが、いたのである。 正確に言うと、村の人間ではなく、一時的に、村へ来ていた者だった。 しかし、純然たるよそ者というわけでもない。 ある家に、父親と一緒に来ていた、21歳の大学生だった。 父親は、村内の葬儀に行き、その大学生は、父親の実家に滞在していた。 留守番代わりである。

  6時頃、義理の伯母が帰って来たので、入れ替わりに、散歩に出た。 子供の頃に、父親に連れられて、よく来ていたから、近所の勝手は知っている。 一時間くらいかけて、溜池や共同墓地の方を回り、村の中心部の方へ向かって歩いていると、子供の頃に一緒に遊んだ事がある、女の子に出会った。

「ああ、久しぶり」
「はい・・・、どうも」
「大きくなったね。 今、高校生」
「はい」

  それまで、すっかり忘れていたのだが、ちょっと驚くほど、綺麗な娘になっていたのを見て、ムラムラと、欲情して来た。 都会で仕込んだ、女を口説くセリフを織り交ぜつつ、話をしながら歩き、空き家の前まで来ると、手首を掴んで引っ張り込み、濡れ縁で、狼藉に及ぼうとした。 狼藉などという言葉を使っては、誤解を招くか。 ズバリ言うと、性的暴行を仕掛けたのである。 強制性交に挑んだのである。

  しかし、その娘は、果敢に抵抗した。 押し倒されながらも、踏み石の上にあった、鼻緒の切れた下駄を掴み、大学生の頭を殴りつけた。 握り拳で、殴り返されたが、下駄は放さず、何度も何度も、殴った。 大学生は、体を起こし、ふらふらと後ずさりして、地面に倒れた。

  そこへ、空き家の向かいに住んでいる、小学生の女の子が、人を呼んで来た。 たまたま、近くにいたのが、B氏達だったので、B氏が一番早く、現場に到着した。 B氏は、一旦、立ち上がった大学生に、後ろから跳び蹴りを食らわせ、倒れたところを、腹を狙って、何度も蹴りつけた。 そんなに張り切っていたのは、E家で失敗をやらかしたので、手柄を挙げて、信用を回復しようと思っていたからである。

  捜索に当っていた人達が、集まって来た。 E家の娘は、顔を殴られて、頬骨の辺りが腫れていたが、着衣に大きな乱れはなく、性的暴行は未遂だった。 一方、大学生の方は、こめかみから、髪の中まで、下駄で殴られて出来た裂傷が走り、かなりの出血があった。 顔にかかった血のせいで、分かり難かったが、懐中電灯の光を当てて、最初に気づいたのは、B氏の兄だった。

「なんだ! Fじゃないか!」

  娘の近くで、周囲の者達に、武勇伝を語っていたB氏は、その名前を聞いて、喋る口が止まった。 Fは、B氏の息子だったのだ。 「泥棒を捕えてみれば、我が子なり」と言うが、強姦犯を捕らえてみたら、我が子だったのである。 周囲の人間も、言葉を失った。 Fは、意識がはっきりして来ると、喚くように言った。

「あの女が誘ったんだ! なのに、いざとなったら、急に騒いで、暴れ出しやがったんだ!」

  誰も、そんな事、信用しない。 よりによって、祖父の葬式の日に、男を誘う娘など、いるわけがない。 そこへ、空き家の向かいの家に住んでいる、小学生の女の子が、大声で言った。

「ちがう! その人が、むりやり、お姉ちゃんを、ひっぱってった! ちゃんと、見てたよ!」
「ガキの言う事なんか、信用できるか!」

  B氏の兄は、冷たく、言った。

「お前の言う事の方が、信用できん」
「伯父さん!」
「いいから、前をしまえ」
「へ?」

  Fのズボンは、ベルトが解かれ、前が開いて、勃起したままの性器がブリーフを押し上げていた。 B氏の兄は、穴があったら入りたい気持ちだった。

  Fは、駐在警官によって、暴行の現行犯で、逮捕された。 B氏は、その間、陰に隠れていたが、息子が連行される段になって、警官に近づいて、小声で言った。

「こいつは、血塗れだが、殴ったあの娘は、罪にならないのか?」
「正当防衛だから、ならんでしょう」
「とにかく、あの娘も、しょっぴけよ」
「被害者なんだから、必要ありません。 あとで、本署の係の者が、事情を聞く事になりますが」

  このやり取りを耳にした者が、他の者に伝え、その場の雰囲気は、緊張した。

「おい、B。 Eさんに、何か言う事はないのか?」
「俺がやったわけじゃない」
「お前の息子だろう」
「俺は、犯人を捕まえるのに貢献したんだ」
「お前、頭、大丈夫なのか?」
「お前こそ、口の利き方に気をつけろ! 小作のくせに!」

  B氏の兄が、怒鳴りつけた。

「黙れっ! この馬鹿めっ!」

  B氏の腕を掴むと、引きずるように、A家の方へ、連れ帰って行った。


  E家の娘は、病院に運ばれ、腫れた顔の治療を受けた上で、一晩、入院したが、翌日の昼過ぎには、家に戻った。 一時間もしない内に、B氏が、兄に連れられて、訪ねて来た。 E家の娘に、話があるという。 当然、謝るのだと思っていた娘の父親は、娘が寝ている部屋に案内した。 しばらくすると、娘の金切り声が聞こえて来たので、仰天して、両親と、B氏の兄とで、駆けつけた。

  興奮して、泣きじゃくっている娘の話では、B氏は、謝りに来たのではなかった。 Fに暴行されそうになった事実はないと、警察に言いに行けと、脅しに来たのであった。

「Fは、お前が誘ったって言ってたぞ。 実際、そうだったんじゃないか? 子供の頃、Fちゃん、Fちゃんて、なついてたじゃないか。 嫌いなわけじゃなかったんだろう。 なあ、お前の方が、誘ったんだよな。 小作の娘なら、地主を敵に回したら、どうなるか、分かってるよな。 お前の家は、ここに住んでられなくなるんだぞ」

  B氏の兄は、呆れ返った。 今までにも、何度も呆れ返って来たが、今度という今度は、心底、呆れ返った。 こいつはもう、人間ではない。 化け物だ。 昔話のヒーローがいたら、退治してもらわなければならないような、典型的な化け物なのだ。

  娘の悲鳴が大きかったので、近所の人達が、E家の前に集まって来ていた。 兄に引っ張られて、玄関から出てきたB氏は、いい機会だとばかり、演説をブチ始めた。

「こんな事件が起きたのは、Z村の恥だ! いいか、みんな、この事は、口外するなよ! 何もなかったんだ! 分かったな!」
「黙れ、馬鹿っ!」

  B氏に、兄がそう言うと、他の者も、それに続いた。

「村から、出て行け!」
「二度と来るな!」
「Aさん、あんたも、こんな奴とは、縁を切らなきゃ駄目だ! こいつは、言ったって、分かる奴じゃないんだ!」

  B氏は、顔を真っ赤にして、怒鳴り散らした。

「なんだと! 小作どもがっ! うちの先祖のお陰で、お前らの先祖が生きていられたんだろうが! どいつもこいつも、恩知らずが!」
「逆だ! 俺らの先祖が働いて、お前の先祖を食わしてやってたんだ! 恩知らずは、お前の方だ!」

  その場には、20人を超える人数がいたが、B氏以外の全員が、B氏を、睨みつけていた。 B氏は、口汚く、「小作!小作!」と罵りながら、兄に引きずられて、車に押し込められ、村から、出て行かされた。 その後、A家にも、出入り禁止にされてしまった。

  Fが拘留されている間に、B氏から、E家に電話があった。 E氏が、一応、言い分を訊いてみると、やはり、脅迫であった。

「何もなかった事にしないと、お前の娘の将来によくないぞ。 強姦されたなんて知れたら、結婚できなくなるからな」
「そんな心配は無用です。 未遂ですから。 こっちには、恥じるところなんて、何もないんですよ」

  B氏は、E家の娘の事件を揉み消す事ばかり考えていたが、全く別の所から、火の手が上がった。 Fが通っている大学で、女子学生が強姦される事件が幾つも起きており、強姦目的のグループがあると見られていたが、互いに、アリバイを証言するので、なかなか、尻尾を掴めなかった。 それが、今度の一件で、どうやら、その首班が、Fらしいと目星がついたのである。 E家の娘の事件は、父親の郷里にいた時に起こったので、アリバイの用意など、考えていなかったのだ。

  Fは、刑事に尋問されると、割と容易に、罪を認めた。 一つ認めてしまうと、あとは勢いがつき、まるで、自慢するかのように、ベラベラと喋りまくった。 嫌な容疑者だった。 担当刑事は、Fの話し方に、他人を見下す意識を感じ取った。

「これだけ、犯行を重ねて、被害者に悪いとは、全く思ってないのか?」

  Fは、小馬鹿にしたような口ぶりで言った。

「だって、そいつら、みんな、コサクじゃん」

  Fは、都会育ちで、B氏以上に、地主・小作の関係について、無知だった。 刑事が訊き返すと、小作の意味が、全く分かっていなかった。 ただ、「自分より格下で、見下していい連中」くらいの意味で使っているようだ。 刑事が、正しい知識を教えてやると、それまでに見せなかったような真顔で聞いていて、「ふーん。 そういう意味なんだ」と、カルチャー・ショックを受けたように見えた。

  その後、Fの態度が改まり、真面目に取り調べに応じるようになった。 ヘラヘラ笑いは影を潜め、神妙な罪人の顔になった。 最終的に、強姦の余罪が、10件以上出て来た。 送検され、起訴された。 検事の前でも、法廷でも、Fは、罪を認め、反省の言葉を口にした。

「恥ずかしい事ですが、この歳になるまで、他人というのを、勘違いしていました。 自分が何者なのか、ようやく、分かったような気がします」

  B氏は、息子の余罪が多かった事にも驚いたが、息子が罪を認めて反省している事に、もっと驚いた。 自分だったら、白を切って、あくまで、つっぱねてやるのに。 B氏は、息子を理解できなくなり、見限る事にした。 妻との間でも、息子の事を口にしなくなった。 妻が、裁判について、相談を持ちかけても、「うるさい! その話はするな!」と言って、その場から、逃げ出すようになった。

  裁判の結果、息子が実刑を言い渡され、B氏の妻、Dさんは、生きているのが、嫌になってしまった。 亭主が、穀潰しの、ろくでなしなので、息子に期待をかけていたのだが、強姦魔で、刑務所行きでは、将来も何もない。 パートで働いて、疲れて帰って来ても、家で待っているのは、袋ラーメンも作れないような、能なし亭主なのである。 結婚した時には、玉の輿に乗ったつもりでいたのが、とんだ、結末である。 離婚を切り出す気力もなく、置き手紙一つ残さずに逐電し、自殺の名所で、崖から身を投げ、あの世へ行ってしまった。

  息子は、拘置所から刑務所に移る寸前に、病死した。 死因は、内臓破裂だったが、なぜ、そんな事になったのかは、分からずじまいだった。 収監後には、思い当たる事はなかったから、逮捕前に、腹を、何かに強くぶつけるか、蹴られるかして、損傷した内蔵が、次第に悪化し、破裂に至ったと考えられた。 しかし、検事も、刑事も、逮捕の際の詳しい経緯を知らず、すでに、裁判が終わっていた事もあり、それ以上、調べなかったのだ。

  B氏は、息子の死と、死因を知らされたが、まさか、腹を蹴ったのは自分だとも言えず、黙っていた。 息子の事は、とっくに見限っていたので、特に、悪い事をしたとも、気の毒とも思わなかった。 逆に、自分を必死で慰めた。 息子と知らなかったから、蹴ったのだ。 知ってたら、蹴るものか。 あれは、事故のようなものだったのだと、自分で自分に言い聞かせて、罪悪感に打ち勝とうと努力した。

  B氏は、妻の葬儀を、普通に出したが、5段階ある内、最上クラスを頼み、自分や妻の友人・知人らをに声をかけて、200人も人を集め、500万円も使ってしまった。 愚かにも、葬式は、大きければ大きいほど、黒字になると思っていたのである。 それは、参列者が、高額な香典を持ち寄る、芸能人・政治家・著名人など、特殊な場合だという事を知らなかったのだ。 結果は、300万円の赤字。 乏しい預金が更に減った。

  それに懲りて、息子の時には、ゼロ葬にした。 Fのグループに、強姦された被害者達の事を思えば、ゼロ葬でも、気の毒がってやる必要はないだろう。 ちなみに、A家の兄夫婦は、どちらの葬儀にも、顔を出さなかった。 もう、完全に、見放されていた。 電話をしても、すぐに切られてしまった。 遺骨を入れる墓がなくて、分譲墓地を買ったが、それで、また、200万円、消えた。

  B氏は、一人になった。 預金を取り崩して暮らす生活だから、三人よりは、二人、二人よりは一人の方が、もちはいい。 しかし、家事全般に、経験値が低過ぎて、すぐに、生活に困ってしまった。 といって、外食したり、惣菜弁当を買ったりしていたのでは、たちまち、お金がなくなってしまう。 食事をたかろうと、こっそり、実家に帰ってみたが、顔を見せるなり、兄嫁に、洗面器で、水をぶっかけられた。

「二度と来るなって、言っただろっ! 疫病神がっ!」

  兄嫁が、警察に電話をかけるのを見て、急いで、逃げ出した。 逃げる途中で、村人に見つかり、石を投げられた。

「おーい! Bがいるぞーっ!」

  一人二人ではなく、次々と、家から出て来た者が、手当たり次第、物を投げつけて来た。 束子、洗面器、バケツ、形が悪くて出荷しなかった野菜、薪、煉瓦、鎌、鉈、手斧、等々。 もはや、人間扱いされていなかった。 命からがら、逃げのびた。

  間もなく、B氏は、アパートの自室で、火事を出して、焼け死んだ。 アパートは半焼したものの、他に犠牲者が出なかったのは、不幸中の幸いだった。 火元は、ガス・レンジだったが、何がどう燃えたのかは分からない。 何もできない人だったから、操作ミスである可能性は高い。 B氏が死んで、A家の者や、Z村の者は、一様に、ホッとした。 この世界は、ごく僅かだが、良くなったのである。

2023/05/14

新入社員の面々へ ①

  日記ブログの方に、「新入社員の面々へ」という一連の文章を書いたのですが、結構、手間と時間をかけたので、こちらの方へも、転載します。 日記ブログの方で全8回だったを、こちらでは、4回分ずつ出して、2回で終わる予定。 ひと月に1回だから、2ヵ月ですな。 早く出してしまわないと、新入社員が、ヒネてしまいますからのう。





【心がけ編】

  新年度になり、テレビ・ニュースで、入社式の様子などを盛んに伝えています。 「それが、ニュースか?」という気もしますが、まあ、それは、スルーするとして、入社式に臨む、新入社員の面々が、妙に、希望に輝いているというか、やる気満々というか、明るい将来しか思い描いていないというか、そんな顔をしているのが、気になります。

  これは、「結婚は、ゴールだ」と思っている人達と、同じような錯覚なのではないかと思います。 有名大学に合格し、有名企業に就職し、それまでに掲げていた目標を達成したから、ゴールだと思っているわけだ。 しかし、高齢になり、人生を振り返った時、「結婚は、ゴールだった」と思う人はいますまい。 スタートでもないが、ゴールなどでは、全くない。「一里塚に過ぎなかった」と、ほとんどの人が思うはず。

  就職も同じ事で、ゴールでは、全くありません。 一里塚に過ぎないのです。 いや、社会人としては、スタートと見る方が、正しい。 これから、仕事を覚えて、会社に利益を齎せる人間にならなければなりません。 その仕事の社会的・客観的な地位が高ければ高いほど、高い能力が必要とされます。

  「仕事が務まるだろうか?」と、不安満々な人は、まだ、いいのですが、まずいのは、学生時代、成績が良くて、社会に出る前から、自分を他人より遥かに有能な人間だと思い込んでいる人です。 天狗になっているわけですな。 学生時代に習った事が、即、仕事に繋がるケースは稀で、ほとんどの人が、入社してから、全く未経験の事をやらされるわけですが、天狗になっている人間は、先輩を馬鹿にしてかかり、素直に教えを受けないから、なかなか、標準レベルに達せず、無能のレッテルを張られて、落伍してしまう場合が多いです。 天狗度が高ければ高いほど、その危険性が高まる。

  たとえば、国立大学を優秀な成績で卒業した人間が、入社後、配属先で、私立大学出身者や、高卒の先輩から、仕事を教えてもらうとして、素直に、言う事をきくかと考えたら、「そりゃあ、揉めそうだな」と、誰でも思うでしょう。 しかし、そんな事は、世間じゃ幾らでもある事なのです。 上司に向かって、「あの先輩からは、教われません」なんて言ったら、すぐに、他へ飛ばされてしまいます。 もっと、きつい部署か、全く重要性がない、味噌っかすみたいな部署へ。

  仕事そのものが、人並みにできないというケースもある。 いくら頑張っても、平均に届かない。 1ヵ月もすれば、「あいつは、使えない」という評価になってしまいます。 その仕事に対する、向き・不向きもありますが、「他の仕事をさせてください」と言っても、大抵は、通りません。 どうしても、と頼んでも、「辞めるしかないね」と言われるのがオチ。

  能力が低いからといって、即、クビにはなりませんが、他の者に迷惑をかける事になるのだから、おとなしくしている必要があります。 「私は、みなさんのお陰で、勤めてられるんです」と言っていれば、ずっとは無理でも、しばらくは、何とかならないでもない。 ところが、学生時代から天狗になってしまっている人間は、態度が真逆で、無能・低能とバレているのに、他人を見下す癖が治らない。 そんなの、クビ以外、進む道がありません。

  支配欲や権勢欲に囚われている人間も、まずい。 学生時代に、サークルのリーダーをやっていた、なんて、まっずいなー。 「人を使う経験を積んでいる」と言えば、聞こえはいいですが、見方を変えれば、他人を上から見下す癖がついてしまっているわけだから、これまた、素直に、先輩や上司の言う事を聞きません。 「俺は、こんな所で、人に指図されて動く人間ではないから」などと言って、自分から辞めてしまうケースも多い。

  また、その職場にいられる最低要件は、仕事が人並みにできる事であって、人脈を固める事ではないです。 職場での人間関係は、侮れない重要性があるものの、そちらを優先にしない方がいいです。 「仕事が人並みにできなくても、上司や先輩と仲良くなれば、庇ってもらえる」というのは、×です。 私は、勤めている頃に、新入社員や派遣社員で、仕事ができるようになる前から、上司に媚びたり、おべっかを言ったりするタイプを何人も見ましたが、そういう連中は、瞬く間に辞めて行きました。

  とんでもない勘違い・思い違いをしているのであって、職場は、趣味のクラブや、井戸端会議ではないのです。 仕事をする為に集まっている場所なのだから、仕事の能力が優先になるのは、当然です。 休み時間に、ベラベラ喋り捲って、イメージ戦略にばかり血道を上げても、周囲は、仕事ができないお荷物野郎を、庇ってくれたりはしません。

  休憩時間に、新入社員同士でばかり、話をしているのも、×。 特に、そういう相手と話をする為に、わざわざ、他の職場に行くなんてーのは、最悪でして、そんな事をやっていたら、自分の職場の先輩や同僚達と、いつまで経っても、馴染めません。 昼休みは、時間が長いから、尚の事です。

  正社員の仕事が、バイトと違うのは、「やばい事になったら、辞めてしまえばいい」が、実行し難い事ですな。 一度、辞めてしまうと、大学の紹介システムとは、縁が切れているから、再就職は、非常に難しいでしょうねえ。 高卒でもそうですが、紹介がない人間を、簡単に雇う会社は、まず、ないです。 よっぽど、人手不足の時節なら、別ですが。

  こういう話を聞いていると、不安になるでしょう。 入社というのは、目をキラキラ輝かせ、希望に胸を膨らませて臨むものではないのですぜ。 実際、配属されて、仕事の責任を背負ってみれば、すぐに、分かります。 仕事というのは、基本的につらいものであって、「仕事が楽しくて、毎日が夢中」などと言い出したら、それは、仕事中毒に他ならぬ。 心の病気なのです。 これは、極端な決めつけではなく、実際、仕事人間の末路は、ほとんどが、精神科行きです。




【犯罪編】

  学生までと、社会人からで、決定的に異なるのは、犯罪をやらかした時の扱いです。 社会人として生きて行く上で、一番、役に立つのは、「知識」でして、次が、「常識」です。 学生までは、あまり、必要とされないので、そのまんま、社会人になってしまう人がほとんどですが、常識がなかったせいで、犯罪に走ってしまうのは、大変、良くある事です。

  社会人になるに当たって、刑法について、一般向けに書かれた本を一冊買って、目を通しておくと、参考になります。 刑事ドラマや、2サスを見ている人は、大まかな事が自然に頭に入りますが、そうでない人は、暴行と傷害の区別もつかないと思うので、是非、読んでいただきたい。

  ネットでも調べられますが、どうしても、摘み食いになってしまうので、刑法の全体像を知るには、本を買った方がいいです。 一冊買っておけば、ほぼ、一生使えますから、損にはなりません。 以後、改変になったところだけ、調べ直せばいいわけだ。

「犯罪を、バレないようにやるのが、カッコいい大人」

  などと、途方もない勘違いをしている人もいると思いますが、完全な戯言であって、話になりません。 そんな考え方で生きていたら、すぐに、捕まります。 初犯で、目こぼししてもらって、執行猶予が付いても、有罪判決ですから、大抵は、会社から、放逐されます。 当然ですが、一度追い出されたら、戻れません。 犯罪者の為に、尽力してくれる会社なんて、この世に存在しないのです。

  若い男が集まると、必ずと言っていいほど、「サザエ泥棒」や、「松茸泥棒」の計画が練られますが、そこから、よくニュースに取り上げられる、大掛かりな果樹窃盗まで、ほとんど、距離がありません。 遊び半分や、度胸試しでやるような事ではないのです。 余罪があれば、実刑だよ。 もちろん、会社にはいられなくなります。 懲戒解雇だわ。

  殴り合いの喧嘩なんて、大人の世界じゃ、全面禁止ですぜ。 「たまには、喧嘩になる事もあるさ」じゃなくて、そんな事、やれないんですよ。 口喧嘩がせいぜいのところで、手が出たら、もう、逮捕。 いとも容易に、裁判まで持って行かれてしまいます。 暴行・傷害で、有罪になったら、会社をクビになるだけでなく、一生、日陰者です。

  「副業で、マルチ商法」も、世間知らずの若い人間がよく引っ掛かる落とし穴ですが、マルチ商法自体は違法ではないものの、マルチ商法から、詐欺までは、やはり、ほとんど、距離がありません。 境界の見分けがつかない人も多いでしょう。 そもそも、犯罪の方向へ進もうとするから、知らずに、境界を超えてしまうのであって、最初から、その方面を避けておくのが、一番です。

  詐欺師が主人公の、ドラマや映画がありますが、はっきり言って、見ない方がいいです。 ああいうのを見ていると、「この世には、悪い詐欺師と良い詐欺師がいて、悪い詐欺師を懲らしめる良い詐欺師なら、許される」と思ってしまいがちですが、完全な寝言です。 良いも悪いもない、詐欺師は、全員、犯罪者です。 嘘だと思うなら、その良い詐欺師とやらを、やってみれば宜しい。 刑事や検事、判事、裁判員が、許してくれるかどうか。 わざわざ、やらなくても、判断できると思いますが。

  「自分は、犯罪志向がないから、大丈夫」と思っていても、職場の先輩や同僚に、誘って来る奴がいるので、油断なりません。 何となく、胡散臭い感じがする人物から、唐突に、「ちょっと、二人だけで飲もう」なんて話になったら、断った方がいいです。 いきなり、犯罪計画を持ちかけられて、「聞いたからには、嫌でも、加わってもらう」なんて展開になったら、困るでしょ。 つきあいは、相手を見てする必要があります。




【お金編】

  給料・賞与は、毎回、最低でも、半分は貯金に回すように、最初に決めてしまった方がいいです。 アリ・タイプは、アドバイス不要ですが、キリギリス・タイプこそ、この処世訓を導入すべき。 そうしていれば、人生の後半で、大きな自由度を獲得できるからです。 逆に言えば、半分は使っていいという事だから、結構、楽しめると思います。

  株、債券、電子マネーなどの投資ですが、一切、勧めません。 才覚があって、大儲けできる人もいますが、そういう人は、ほんの僅かなのであって、普通の人は、まるで、駄目です。 すってんてんになるのがオチ。 普通に勤めて、働いているのに、デイ・トレーダーみたいに、四六時中、市況と睨めっこしているわけにもいかないでしょう? 副業で、片手間にやって、成果が出るような事ではないのです。 イメージと違い、カッコよくもないです。 大損していて、何がカッコいいものかね。 最低に不様なだけ。

  「若い内に、大儲けして、早く引退する」というライフ・スタイルが、割と最近、流行りましたが、瞬く間に、廃れました。 当たり前だよ。 どうやって、大儲けするんだよ? その方法が分かれば、誰も苦労して、あくせく働かないわ。 最も肝心な部分が、無説明では、話にならぬ。 大儲けなんて考えないで、地道に働くべし。 


  ところで、私が、偉そうに、こんな事を書いているのには、理由がないわけでもありません。 私は、若い頃から、個人主義で、世の中が私の考え方に追いついて来るまでに、30年かかりました。 言い換えると、私は、30年早く生まれたとも言えます。 だから、今の若者の考え方が、よーく分かるのです。 バブル時代に、札束をバラ撒いて、狂乱していた面々には、今の若者の堅実さ・セコさは、想像もつきますまい。

  実際、私、50歳で引退しましたし。 つまり、50歳の時点で、定年まで働かなければならない人達よりも、10年間、働かないで暮らせるだけ多くの蓄えがあったわけです。 すでに、ほとんど、使ってしまいましたが。 生涯独身だった事も、大きな要素ですが、それに関しては、人に薦めるような事ではないので、言いません。

  とにかく、50歳で引退できると思うと、今の若者なら、「羨ましいなあ」と思うでしょう。 実行した人間もいるわけですよ。 体が動く内に、10年間、引退生活を送れたというのは、私の秘かな自慢です。 どんなに社会的に成功しても、定年まで勤めから解放されないのでは、そんな人生を羨ましいとは思いません。 バイクを買って、プチ・ツーリング三昧なんて、60歳過ぎてからでは、考えもしなかったでしょう。

「若い内でないと、できない事もあるから、金をケチり過ぎるな」

  それも、正しいです。 だから、給料・賞与の半分は使ってもいい、と言っているわけです。

「じゃあ、20代は、全部使って、30代から、貯金する」

  それは、駄目! 一度、浪費癖・遊び癖がつくと、治らないからです。 29歳まで、月に20万円使っていた者が、30歳から、突然、月10万円に抑えられるわけがないです。 「生活レベルを落とせない」というのは、落ち目の芸能人だけでなく、一般人でも、当て嵌る事なのです。

  特に、都会で就職した人は、要注意ですが、友人・知人に、金回りのいい人間がいて、浪費しまくっているのを見たとして、自分も、同じ事ができるかどうかは、あなた自身の収入の多寡に因ります。 当然以前の事ですが、稼げる分しか、使えないのです。 その則を超えれば、借金地獄に落ちて行くのは、避けられません。 浪費癖がつくのが、いかに怖いかは、そうならない前に、自分で悟るしかありますまい。




【悪癖編】

  ギャンブル、酒、煙草、車・バイク、異性遊びなど、悪い癖がある先輩には、要注意。 「大人のつきあい」とか言って、誘って来ると思いますが、興味がないなら、断った方がいいです。 私生活で、人づきあいをしなくても、人生は成り立ちますが、悪い癖をうつされてしまうと、一生を棒に振る事になりかねません。


  ギャンブルは、現時点で、何もやっていないのなら、一切、手を出さない方がいいです。 ギャンブルで、財産を築いた人はいません。 宝くじは、例外と言えなくもないですが、確実性がない事に変わりはないです。 早く引退したいのなら、宝くじを買うお金を、貯蓄に回した方が、確実。 後々、「いい選択をした」と、自分を誉める事ができるでしょう。

  趣味でやるなら、毎月の投入金額を決めておいて、それ以上、使わないという、強い意思が必要です。 私は、勤めている時、そういう楽しみ方をしている人を何人か見ましたが、誘惑は強いようで、「運が回って来ている時には、予算を超えてしまう事がある」と言っていました。 危うい趣味なんですな。


  酒は、ちょっと、つきあいで飲む程度に抑えられるなら、問題なし。 しかし、アル中になってしまったら、もう、人生おしまいに近いので、飲み過ぎる傾向がある人は、自分で悟って、飲まないようにしてしまった方がいいです。 そういう人は、「ちょっとだけにしよう」と思っても、一旦、飲み始めれば、どんどんイケてしまいますから。

  「毎晩、晩酌で、ビールを飲むのが楽しみ」という人は、多くいるわけですが、家飲みだと、店で飲むより安く上がるので、いつのまにか、酒量が増えて、アル中になってしまうケースが多い模様。 却って、危険なんですな。 そういう習慣がつく前に、酒を遠ざけるしかないですねえ。

「嫌な事があった時に、酒で憂さを晴らす」

  というのは、良く聞く酒飲みの言いわけですが、それは、錯覚です。 酒を飲むから、嫌な事を忘れられるのではなく、酒を飲んだ後、眠るから、悪い記憶が薄れるのです。 嫌な事があった時には、さっさと家に帰って、風呂入って、飯食って、寝てしまいなさい。 起きた時に、二日酔いになっていない分、酒に頼るより、健康的に、憂さを晴らせます。

  酒の量が増えると、お金が、どんどん、尿に化けて、消えてしまいますから、早い引退なんぞ、夢のまた夢になってしまいます。 それ以上に怖いのが、アル中でして、私も何人か見ましたが、もう、どーしょもない。 まともな健康状態ではないです。 年中、赤い顔で、フラフラしながら、仕事の真似事をしているのですが、そんな有様で、仕事ができるわけがなく、他の人間が全部、確認し直す始末。 周囲は大迷惑です。

  朝から、プンプンと酒臭いくせに、「会社では飲んでいない」と言います。 つまり、朝起きて、出がけに、一杯やって来ているんですな。 会社で飲まなければいいってもんじゃないんだよ。 何、考えてんだよ? 大方、始終、頭がボーーッとしていて、何も考えてないんでしょう。 結局、仕事にならず、辞めて行く事になります。

  アル中の矯正施設に入れば、治るかというと、そうでもなくて、集団生活をしている間は、断酒が続きますが、「もう、退所していいですよ」と言われて、自宅に戻った途端、また、酒に走ります。 入所中は、集団生活に依存させる事で、酒への依存を抑えていたのが、退所して、依存対象がなくなったから、また、酒依存に戻ったわけだ。 駄目だ、こりゃ。 一生、治らないんじゃないですかね? 「酒は、百薬の長」というのは、少ない量で済んでいる場合の話でして、アル中が、長生きなんかできるわけがありません。 せいぜい、60代までが、いいところですな。


  煙草。 問題外。 私が、30年早く生まれたと書きましたが、煙草に関しては、私が40年くらい前に思った通りの推移を辿っています。 いずれ、この世から、なくなるものです。 社会人になる前に、吸い始めてしまっていた人は、一刻も早く、やめた方がいいです。 絶対的に、吸わない方が、得です。 煙草に関しては、損得での判断が、充分に利きます。

  どんどん、値段が高くなっているので、煙草賃そのものが、馬鹿になりません。 吸っても、いい事なんか、何もないのだから、吸わないで済むのなら、その分、お金が浮くわけだ。 煙草を吸うか吸わないかで、引退可能年齢が、5年くらい、変わってくるんじゃないでしょうか。

  煙草は、酒と違って、やめるのに成功する人が多いです。 ニコ中まで行ってしまうと、大変ですが、普通の量で吸っている人なら、そんなに苦労せずに、やめられます。 酒と違う点は、一旦やめたら、「ちょっとだけ、吸う」という行為もしなくなる事でして、手が切れ易いんですな。

  将来、結婚する気があるのなら、もう、絶対、やめた方がいいです。 相手が、「別に構わない」と言っていたら、尚の事、やめた方がいいです。 そういう心の広い相手を、副流煙で肺癌にして、早死にさせたら、申し訳ないでしょう。 配偶者を煙草の煙で殺した奴が、まだ、煙草がやめられなくて、通夜や葬式で、スパスパやっているのを見て、姻戚が、どう思うか。 「お前が、死ねよ」としか、思いますまい。

  ちなみに、引退後、何もやる事がなくなって、飯、風呂、寝る、テレビ、あとは、煙草を吸うしか能がない、廃人ジジイというのが、世に、大変、多く見られますが、家族や近所の人間が願っているのは、偏えに、そういう奴が、一日も早く死ぬ事です。 迷惑でしかないのだから、死んで欲しいと思うのは、当然の事ですな。 わざわざ、殺す価値もない、生きたゴミなのです。


  車・バイク。 地方在住の人ですが、通勤に、車を使っているなら、致し方ない。 しかし、通勤の足と割り切ってしまって、軽自動車を修理不能になるまで乗るくらいが、ちょうど良い。 「車で、社会的ステイタスを」というのは、もう、時代遅れです。 またまた、私が、30年早く生まれた件ですが、1990年代初めには、車を見限ってしまい、3年間、電車・バスで通い、その後は、退職するまで、バイクで通いました。

  車より、バイクの方が、維持費が圧倒的に安いですし、路肩を走れるので、到着時間も早いです。 雨の日は、きついですが、雨具を揃えてしまえば、耐えられないほどではない。 車でも、バイクでも、通勤費は会社から出ますが、それ以外の出費で、かなりの差がつきます。

  都会在住で、車を持っていないという人は、それに越した事はない。 なくても済むのなら、問題ありません。 今の若者の感覚で考えると、親の世代が、車を所有する事に固執しているのが、不思議でならないと思います。 昔は、人気がある車や、高い車に乗る事で、自分に箔をつけていたんですな。 今から振り返ると、滑稽ですが。

  趣味で乗るのは、その人の好み次第ですが、事故を起こす事が多いようなら、やめた方がいいでしょう。 趣味なのに、死んだり殺したり、怪我したり怪我させたりなんて、馬鹿な話ですよ。 暴走なんて、問題外でして、それは、犯罪です。 車を利用する資格がないです。 走り屋も、公道でやるなら、やめた方がいいですねえ。 というか、そんなアドバイスをするまでもなく、そういう人達は、早々に、事故を起こして、死んでしまうと思いますが。


  異性遊び。 それが、大人の嗜みだと思っている人も多いでしょうが、異性との交際というのは、遊びでやるような事ではありません。 結局のところ、人間関係の信頼の問題に帰結するわけですが、たとえば、同性の友人から、「お前とのつきあいは、遊びだ」と言われたら、実際にやっている事が、一緒に遊びに行く事だけだったとしても、蔑ろにされているみたいで、嫌でしょ? それは、異性でも、同じですよ。 他人を蔑ろにしていると、みんな、自分に撥ね返って来ます。

  うまい事を言って騙したり、嘘を嘘で糊塗したり、金を貢がせたり、そんな事は、真っ当な人間がやる事ではありません。 また、恋の鞘当て、などという洒落た事でもありません。 ほとんど、犯罪だわ。 もし、同性だったら、そんな信用できない奴、相手にしないでしょう。 性交渉したいとか、異性の交際相手が欲しいとか、結婚したいとか、下心があるばかりに、そういうやつらに、いいように食い物にされてしまう人達がいるわけですが、気の毒な事です。

  異性を買いに行くのは、尚、悪い。 金輪際、大人の嗜みなどではないです。 病気をうつされるのが、オチですな。 新型肺炎禍を経て来たわけだから、感染症の恐ろしさ・厄介さは、よく分かると思いますが、金出して、病気をうつされていて、何とする? 馬鹿な事は、やめておきなさい。

  極端な話、一生、性体験がなくても、外見で分かるわけではないですから、何の問題もなく生きて行けますが、しょちゅう、悪い病気をうつされている奴なんて、気持ち悪がられて、相手にしてもらえなくなりますぜ。 困った事に、そういう奴ほど、自分から周囲に、よく、告るんですよ。 自分が、そういう遊びをしているというのを、自慢する為に。 もーう、早く死んで。

  【悪癖編】は、以上です。 新入社員に、こんな事を読ませると、生きて行くのが嫌になってしまうかもしれませんなあ。 いや、それでも、知っておいた方が、転ばぬ先の杖で、後々、得になると思いますが。

2023/05/07

読書感想文・蔵出し (100)

  読書感想文です。 このシリーズも、いよいよ、100回目か。 いつ頃始めたのか、忘れるくらい、長い時間が経ちました。 これだけ、読書をすれば、もう少し、頭が良くなりそうなもんですが、実感がないですねえ。 第1回の頃と比べて、ほとんど、成長していないような気がします。





≪未完の肖像≫

クリスティー文庫 77
早川書房 2004年1月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【未完の肖像】は、コピー・ライトが、1962年になっていますが、それは、アガサ・クリスティー名義での事で、メアリ・ウェストマコット名義では、1932年の発表。 約534ページ。 推理小説ではなく、一般文学です。


  戦争で腕を失い、失職した元肖像画家が、自殺するつもりの女性を助け、その女性の半生を文章にして、作家の元に送る。 その女性は、裕福な家庭に生まれ、何不自由なく、夢見がちな少女期を過ごし、長じて、多くの求婚者の中から、一人の軍人を選んで結婚した。 子供も生まれ、手慰みに書いた小説も世に認められて、人生、順風満帆かと思われたが・・・、という話。

  クリスティーさん本人の、自伝的小説ですな。 自伝そのものではないので、全部、事実ではないわけですが、ほぼ、事実だと思ってもいいんじゃないでしょうか。 想像で膨らませている部分はあっても、嘘をついているようなところはなさそうです。 ずっと、いい状態が続いて、最後の10分の1で、地獄へ突き落とされる話なので、読後感は、あまり良くなくて、こんな話で嘘をついても、意味がないと思うからです。

  「夢見がちな少女期」については、さすがに、読者がついて来てくれないだろうと判断したのか、あまり、ページ数は割いていません。 私も、夢見がちな少年期を送ったので、書いてなくても、分かってしまうようなところはあります。 しかし、「夢見がち」な精神状態を経験していない人達は、あまり、くどくど、それについて書かれたら、辟易してしまうでしょう。 自伝的小説だけれど、ちゃんと、理性を働かせて、抑えるべきところは抑えているわけだ。

  それにしても、日常的な事について書かれた部分が多い。 ストーリー的には、モーパッサン作、【女の一生】と似たような話なのですが、こちらの方が、ずっと長く、長くなっている理由が、日常的な事の書き込みが多いからなので、「もっと、ざっくり、刈ってしまえば、締りが良くなるのに」と思わずにはいられません。

  もっとも、クリスティーさんは、推理小説の方で名を売り、半分、人気作家の我儘のつもりで、メアリ・ウェストマコット名義の作品を発表していたのではないかと思うので、短くする気は、最初からなかったのだと思います。 とはいえ、この話を、仏文や、露文の作家達に読ませたら、「テーマと関係ない書き込みが多過ぎる」と言われた事でしょう。 自伝にテーマなど必要ないと、承知の上であっても。

  入れ子式になっていますが、本体部分が、圧倒的に長いので、前後の部分は、ほとんど、効果を上げていません。 腕を失った元肖像画家の存在に、何かしら意味があるとしたら、この【未完の肖像】というタイトルをつける為でしょう。 なぜ、「未完」なのかというと、「この人の半生は、悪い方向へ流れたが、まだ、残りの半生で、いい方向へ戻る可能性がある」という意味を持たせているからだと思います。

  クリスティーさん本人が、離婚を経験しているわけですが、最初の夫と不仲になったのは、やはり、推理作家として認められてしまったからでしょうねえ。 妻が、突然、有名作家になってしまったら、夫は、自分の存在感が薄くなったと感ぜざるを得ないでしょう。 クリスティーさんは、最初の結婚に限って言うなら、自分で自分の首を絞めてしまった事になります。 しかし、その離婚のお陰で、その後の傑作群が生まれたわけですから、読者は、クリスティーさんの、一時期の不幸に感謝しなければなりませんな。

  それはさておき、推理小説しか読んでいない読者は、メアリ・ウェストマコット名義の作品は、なかなか、読み慣れないでしょうなあ。 だって、殺人が起きないんだものね。 純文学の読者なら、苦もなく読破できますが、彼らは決して、この小説を絶賛はしないでしょう。 「アガサ・クリスティーに、こんな作品があったんだ」と思うだけ。




≪なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?≫

クリスティー文庫 78
早川書房 2004年3月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?】は、コピー・ライトが、1934年になっています。 約446ページ。


  ゴルフ場の断崖から落ちた人物を、牧師の息子が発見する。 その人物は、亡くなる直前に、「なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?」と言い遺した。 身内が駆けつけたが、誰も、エヴァンズが誰かを知らない。 その直後、牧師の息子が、致死量のモルヒネを盛られる事件が起こる。 友人である貴族の娘が乗り気になり、二人で、捜査を始める話。

  ネタバレを避けたいという事情もありますが、冒険推理活劇でして、ストーリーの展開そのものが読ませどころになっているので、これ以上は、ストーリーを書けません。 詳しい事を知りたかったら、ご自分で読んでみる事をお勧めします。 大丈夫。 絶対、損はしません。

  同じクリスティーさんの手でも、ポワロ物やマープル物で、活劇調になっている作品は、ろくなものがありませんが、この作品は、非常に、完成度が高く、もし、冒険推理活劇というジャンルが独立して存在しているとしたら、手本になるような出来栄えです。 名作と言ってもいいのでは?

  若い男女二人が、捜査の為に、ある屋敷に乗り込んだり、精神病院に潜入したり、あっちへ行ったり、こっちへ行ったり、大変、目まぐるしい。 アクション場面も多くて、明らかに活劇であるにも拘らず、推理物としても、謎がしっかり組んであって、一級品なのです。 なかなか、このレベルの融合は、見られないと思います。

  ドンデン返しが多いのは、普通の推理物なら、批判されるべき特徴ですが、この作品の場合、活劇と組み合わせてあるので、批判する暇もなく、あれよあれよと言う間に、ラストまで、引っ張られて行ってしまいます。 作劇法の魔術ですな。 こういう話を作れるのに、ポワロ物やマープル物では、静かな推理物を軸にしていたのは、クリスティーさんの理性が、並大抵でない水準にあった事を物語っていると思います。

  映像化ですが、≪アガサ・クリスティー ミス・マープル≫シリーズで、2011年にドラマ化されています。 私は見ているはず。 なぜなら、そのドラマで、初めて、この作品のタイトルを知ったからです。 見ているのは確かなのに、全く、覚えていません。 そもそも、若い二人の冒険推理活劇なのに、なんで、マープルのシリーズでやったのかが、解せぬ。

  僻村老嬢の出番なんか、あるように思えませんが、よっぽど、念入りに、翻案したんでしょうね。 そのせいで、原形を留めない作品になり、全く面白いと感じなかったのではないかと思います。 原作を読んだ後で見れば、また、違うのかも知れませんが。 手を入れず、素直に、そのまんま、映像化するだけで、充分、面白くなると思います。




≪春にして君を離れ≫

クリスティー文庫 81
早川書房 2004年4月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【春にして君を離れ】は、コピー・ライトが、1944年になっています。 約321ページ。 推理小説ではありません。 一般小説というよりは、純文学の範疇に入れるべきか。


  夫婦でバグダッドに住んでいる次女が急病になり、駆けつけた母親。 帰途に、列車が動かなくなり、足止めされる。 途中で出会った、女学生時代の友人と交わした会話をきっかけに、自分が、それまで思っていたような、良き妻、良き母ではなかったのではないかと疑念を抱き、過去の出来事を、つれづれに回想する話。

  この作品も、自伝の匂いがしますが、創作された部分の方が多くて、主人公をクリスティーさん本人と見做すには、かなり、抵抗があります。 これまでの叙情作品が、作者自身の体験を元にしていたから、これも、同類なのではないかと、類推されるだけの話。

  なんで、そんな、持って回った言い方をするかというと、この主人公、性格に重大な問題がある人物でして、作者が、自分をモデルにして描くようなキャラクターではないからです。 自分の考え方が正しいと信じていて、夫の夢は、ぶち壊し、子供達にも、自分の思い通りの人生を歩ませようとして、完膚なきまでに信用を失い、鬱陶しがられている有様。 こんな人物のモデルには、誰でも、されたくありますまい。

  普通、主人公や、中心人物には、人格的に、まともな人を持って来るわけで、悪党を主人公に据える場合、「悪漢小説」になるのですが、この作品は、悪漢小説ではありません。 なぜなら、悪である事を開き直るわけではなく、むしろ、逆。 今まで気づかなかった自分の問題点に気づき、反省する方向へ踏み出す展開だからです。

  こういう話は、かなり、珍しいのでは? 普通は、題材にならない題材ですな。 それが、ちゃんと、小説として、成り立っているのだから、これは、クリスティーさんならではの、ストーリー作りの魔術と見るべきなのか。 人間性の掘り下げ方は、当時、世界の文学界をリードしていた、ロシア文学に影響を受けたのではないかとも思いますが、ロシア文学にも、こういう話は、例がないと思います。

  ただ、残念ながら、あまり、面白くありません。 こういう人は、確かに、いる。 いくらでもいる、と言っても良いくらい、うじゃうじゃいます。 そして、はっきり言って、価値が低い人間です。 価値が低い人間を、題材にする場合、徹底的にひどい目に遭わせ、やっつけるのでなければ、読者を楽しませるストーリーにはならないんですな。

  実験小説とも取れますが、それにしては、完成度が高い方でしょうか。 ただし、面白くはありませんから、実験は失敗していると見るべきでしょう。




≪ゼロ時間へ≫

クリスティー文庫 82
早川書房 2004年5月15日/初版 2010年11月15日/5版
アガサ・クリスティー 著
三川基好 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ゼロ時間へ】は、コピー・ライトが、1944年になっています。 約366ページ。 これは、推理小説。


  資産を持つ高齢女性の屋敷へ、休暇を過ごす為に、人々が集まって来る。 あるテニス選手の男は、この機会に、現在の妻と、離婚した元妻を、友人にさせようと考えていて、弥が上にも、不穏な雰囲気が濃くなる。 やがて、一件の病死に続いて、一件の殺人事件が発生する。 現場に残された証拠品から、スポーツ選手に嫌疑がかかるが・・・、という話。

  ≪チムニーズ館の秘密≫、≪七つの時計≫に登場した、バトル警視が探偵役を務めます。 この作品では、本格トリックの探偵役らしく、頭脳明晰な面を見せます。 一番カッコいいのは、寄宿学校の寮で、自分の娘にかかった窃盗の容疑を晴らす場面ですが、それも、話の本筋に、少し関わって来ます。

  SF的なタイトルですが、もちろん、SFではなく、本格トリックが使われる、純然たる推理小説です。 「ゼロ時間」というのは、殺人が起こる時点の事。 普通の推理小説では、冒頭で、殺人が起こり、それから、捜査が為され、解決されるまでが描かれますが、実際には、殺人が起こる前に、その条件や準備が進んでいるのであって、そちらこそ、主に描くべきだという理論を表しているのが、このタイトルです。

  つまり、理論が先にあって、それに則って書かれた推理小説であるわけですが、読んでみると、事件発生が、中程にあるというだけで、何か、特別な理論に従って書かれたような、変わった感じは、ほとんど、しません。 クリスティー作品の中にも、事件発生が、中程に持って来られている作品が、他にありますが、それらが書かれたのは、この作品よりも、後だったんでしょうな。 つまり、この作品で、理論が使えるかどうか、実験したわけだ。 結果がオーライだったから、他の作品にも、流用したと。

  だけど、倒叙作品のような、はっきりした特徴がないから、やはり、ピンと来ませんなあ。 事件発生の前に、着々と不穏な状況が形成されて行くという話は、あまりにも、一般的です。 それとも、私が知らないだけで、この作品が発表される以前の推理小説では、みな、冒頭で事件が起こっていたんでしょうか?

  理屈はさておき、普通の推理小説になる後半は、まずまず、面白いです。 ちょっと、マープル物の、≪牧師館の殺人≫に似ていますが、更に、凝った構成になっています。 この作品より、ずっと後ですが、≪カリブ海の秘密≫で使われているモチーフが、この作品でも使われています。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、

≪未完の肖像≫が、2022年の、12月25日から、28日。
≪なぜ、エヴァンズに頼まなかったのか?≫が、2023年の、1月2日から、7日。
≪春にして君を離れ≫が、1月11日から、12日まで。
≪ゼロ時間へ≫が、1月17日から、19日まで。


  調べてみたら、≪読書感想文・蔵出し≫シリーズの、第1回は、2013年1月20日でした。 10年ちょっと前か。 思っていたより、浅いですが、感想文自体は、それ以前から、別のタイトルで出しており、2013年から、いきなり、読みはじめたわけではありません。

  図書館に通い始めたのは、働き始めた、1986年くらいからじゃないかと思います。 その前は、ひきこもり3年間ですが、本屋には行っても、図書館を利用する事はありませんでした。 1986年の頃は、まだ、狩野川の南岸、御成橋近くにあった、「駿河図書館」で、1993年以降は、現在の、「沼津市立図書館」に変わります。

  駿河図書館の頃は、まだ、紙の貸し出しカードが使われていて、埋まると、更新してもらって、古いのは持ち帰っていたので、それが、今でも、何枚か、残っています。 懐かしいですが、「こんな本、読んだっけか?」と思う書名も多いです。 新しい図書館になって、電子化され、自分が何を借りたのか、簡単に振り返る事ができなくなりました。 日記を調べれば、分かるのですが、面倒臭くて、やる気になりません。