2020/08/30

読書感想文・蔵出し (67)

  読書感想文です。 この前文を書いているのは、8月23日です。 梅雨明け以降、ずっと、日照り続きだったのが、ようやく、雨が降って、酷暑が一段落したところ。 しかし、まだまだ、充分に暑いです。




≪松本清張全集 23 喪失の儀礼・強き蟻≫

松本清張全集 23
文藝春秋 1974年4月20日/初版 2008年7月5日/7版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編3作を収録。 前回が、全集39で、そこから、遡っていく予定だったのですが、短編集が多くて、それらを避けたら、23まで、戻ってしまいました。 読む分には、短編の方が気楽なのですが、数が多いと、感想を書くのが大変でねえ。


【喪失の儀礼】 約186ページ
  1969年(昭和44年)1月から、12月まで、「小説新潮」に連載されたもの。 連載時のタイトルは、【処女空間】。

  東京の医師が、名古屋で行なわれた学会に出席した後、宿泊予定のとは別のホテルで、失血死体で発見される。 その後、東京の深大寺でも、別の医師が、失血死体で発見される。 名古屋の事件は、迷宮入りしてしまったが、たまたま、東京を訪れて、捜査の続きをしていた刑事が、俳句同人誌や、薬品会社社員の線から、両事件に関係があると考え、東京の捜査陣に後を託す話。

  これは、複数回、ドラマ化されているので、そちらで知っている人が多いはず。 私は、1994年の古谷一行さんのと、2016年の村上弘明さんのを見ています。 上の梗概からだけでは、ピンと来ないと思いますが、「妙に前衛的な現代俳句を作る老女」や、「仲が悪いように装っている、姑と嫁」といった設定、「雨の夜に、家の前で、姑の帰りを待っていた女が、実は、嫁ではなく、女装した息子だった」といった場面には、記憶があるのでは。

  原作を読んで分かったのは、ストーリーそのものは、ドラマの方が、よく出来ているという事です。 原作は、面白いのですが、ストーリーよりも、クロフツ的な捜査の進め方が面白いのであって、ドラマとは、魅力のポイントが異なっているのです。 特にラストが、ドライで、犯人側の心理は掘り下げられる事がなく、起こった事や、やった事が、羅列されて、あっさり終わりです。

  松本清張作品の探偵役は、みんなそうですが、どの警察署にもいそうな、普通の刑事達で、人格については、少しは語られますが、私生活については、ほとんど、設定がなされていない、捜査という仕事をするだけのキャラクターです。 この作品も同様。 前半は、名古屋の刑事、後半は、東京の刑事が受け持つのですが、単に、管轄の違いから、分担しているに過ぎず、両者に、ストーリー上の密接な関係はありません。

  それでも、充分、面白いのだから、松本清張さんは、目の付け所が、他の作家とは違っていたわけだ。 捜査の過程そのものが面白ければ、探偵の個性的魅力に頼る必要はない、という考え方ですな。

  もしかしたら、救急患者の受け入れを断った事で、死んだ患者の遺族から恨まれ、その復讐が行われるというアイデアは、この作品が嚆矢なんですかね? 2時間サスペンスや、刑事物で、どれだけ繰り返し使われたか分かりませんが。


【強き蟻】 約190ページ
  1970年(昭和45年)1月から、1971年3月まで、「文芸春秋」に連載されたもの。

  30歳も年上の男の後妻に入った女が、金欲、物欲、性欲ともに絶倫なせいで、年寄りの亭主に飽き足らず、若い男をツバメにして遊んでいた。 ところが、その男が、同棲していた女を殺した容疑で逮捕されてしまう。 昔のパトロンに弁護士を紹介してもらったら、今度は、その弁護士と出来てしまい、亭主が心臓病で倒れると、遺産目当てに、早く死ぬように工作するという、恐ろしい女の話。

  殺人事件が出て来ますが、推理小説ではないです。 強欲さに一途な女の、歪んだ人間性を克明に描いた、文学ですな。 会話が多いので、ページはスイスイ進みます。 しかし、主人公の醜い心の内を、これでもかというくらい、書き連ねているせいで、読んでいて、楽しいというものではないです。

  男をとっかえひっかえは、今の時代の感覚では、それほど、罪深いとは思いませんが、発表当時としては、その点が一番、許し難い非道として、受け取られたのでしょうねえ。 それより、腹立たしいのは、遺産を独り占めする為に、前妻の娘二人を、亭主に近づけようとしない点でして、正に、鬼畜の所業という感じがします。

  ネタバレになってしまいますが、こういう主人公が、ハッピー・エンドを迎えられるはずはなく、最終的には、ひどい事になります。 それは、主人公とは正反対の人格を持つ速記者の存在などで、話の半ばくらいで、大体、予測がつきますが、予測できても、別に、面白さが損なわれるという事はないです。 善悪バランスがとられて、最後には、罰が当たると分かっているからこそ、安心して読めるのです。

  今でも、「後妻業」などと言われ、社会問題になっていますが、男側の立場で考えると、いい歳になったら、若い女と再婚しようなどと、決して考えるものではありませんな。 結局、こういう悲劇を産み、周囲の人々に、多大な迷惑をかける事になるのです。 まあ、5歳とは言いませんが、10歳近く離れたら、もう、恋愛や結婚の対象にはならないと判断すべきではないでしょうか。 お金以外に、相手をひきつけておく魅力がないというのは、あまりにも、危うい。


【聞かなかった場所】 約119ページ
  1970年(昭和45年)12月18日号から、1971年4月30日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。 ≪黒の図説≫の、第7話。

  農水省に勤める男が、地方出張している間に、妻が、出かけた先で急死したという報せが入る。 妻が死んだのが、心当たりのない場所だったので、もしや、その付近で、浮気相手と密会していたのではないかと、素人捜査を始めたところ、次第に、証拠が集まって来る。 浮気相手の男をつきとめて、決着をつけようと、尾行するが・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  筋立ては、二段階になっています。 まず、妻が浮気をしていたのではないかと疑って、その相手をつきとめていく過程。 次が、相手の男を殺してしまい、逃げる途中で会った目撃者と顔を合わさないように、あの手この手で、相手を避ける過程。 前半は、推理小説で、後半は、喜劇です。 前半だけでも、中編の推理小説になりますし、後半だけでも、短編の犯罪小説になります。 アイデア満載で、豪華といえば豪華ですが、前半と後半で、テーマが変わってしまうのは、違和感を覚えるところでしょう。

  前半だけでも、相当、面白いですが、後半は、本気で笑わせようとしているだけに、爆笑ものの場面が多いです。 目撃者と顔を合わせたくないばかりに、裏から手を回して、相手を海外旅行に行かせてしまうのは、ナンセンス・ギャグそのもの。 それが裏目に出て、相手が、お礼を言いに来てしまうのですが、「地方の人間は義理堅い」とて、いないと言っても、なかなか帰らず、最後には顔を見られてしまうのだから、これが、笑わずにいられましょうか。

  この作品も、ドラマ化されており、私は、2011年の、名取裕子さん主演の作品を見ています。 主人公の性別が、変えられていて、その余波で、あちこち、相当、弄ってありましたが、後半を、うまく、前半と馴染ませているので、ストーリーの完成度は、小説よりも良かったような記憶があります。



≪松本清張全集 22 屈折回路・象の白い脚≫

松本清張全集 22
文藝春秋 1973年8月21日/初版 2008年7月5日/8版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編3作を収録。 こういう全集、基本的に、図書館が販売対象だと思いますが、個人でも買う人がいるのでしょうか。 ほとんど、全作が入っているのはいいんですが、場所を取ると思うのですよ。 全集の為に、本棚を買う人もいると思いますが、家族からは、思いっきり、嫌な顔をされているのではないでしょうか。


【屈折回路】 約172ページ
  1963年(昭和38年)3月から、1965年2月まで、「文學界」に連載されたもの。

  ウィルスの研究をしていた従兄が自殺し、その未亡人と深い仲になった英文学の教授。 従兄が、死の直前に訪ねた、北海道でのポリオ(小児麻痺)の流行を調べている内に、ウィルス性流行病の背後に、某略がある事に気づき・・・、という話。

  社会派作品ですが、事件らしい事件が起こらず、社会派推理小説の、「社会派」の部分だけ取り出したような話です。 一応、最後に犯罪が出て来て、締め括られますが、木に竹もいいところ。 作者が下調べをしている内に、データばかり集まり過ぎてしまって、話に盛り込みきれなくなってしまったのでは?

  主人公が、ポリオの流行について調査を進め、人為的に広めたという某略を暴く話なら、まだ、いいんですが、その内、ウィルスが原因の病気なら、何にでも首を突っ込むようになり、3分の2を過ぎても、そんな有様なので、読者としては、「あ、これは、一つの話として、纏める気がないな」と思われ、読む気が萎んで来ます。

  未亡人との関係は、主人公が、疑り深く、被害妄想的である事の伏線にはなっていますが、何せ、ラストの犯罪が、オマケみたいに唐突なので、伏線が生きているとは、到底、言えません。 いわゆる、アンフェア物ですが、それにしては、面白くないです。 「屈折回路」というのは、松本さんの作品にしては、内容に合った、分かり易いタイトルです。 屈折しているのは、主人公の頭の中。


【象の白い脚】 約186ページ
  1969年(昭和44年)8月(109号)から、1970年8月(113号)まで、「別冊文藝春秋」に連載されたもの。 原題は、【象と蟻】。

  アメリカの支援を受ける政府と、反政府勢力が内戦を続けているラオス。 その首都ビエンチャンにやって来た日本人作家が、先立って、当地で殺された知り合いの編集者の事件を調査していたところ、アメリカ絡みのアヘン密売ルートに気づき・・・、という話。

  社会派推理小説ですが、外国が舞台となると、勝手が違うようで、「どの程度、現地で取材したのか?」、「この描写は、正確なのか?」と、疑問符ばかり、頭に浮かんでしまいます。 旅行記のネタにするつもりで、書き留めた記録を元に、小説を仕立てたら、こうなった、という感じが濃厚。

  主人公の立場になって考えるとしても、初めて当地に来た外国人が、現地の言葉も分からないのに、こんな短期間で、事件の真相に迫るほど調査を進められるとは、到底、考えられず、リアリティーを著しく欠きます。 まして、事件の背後に、国際的な陰謀があるとなれば、尚の事。 よほど、無軌道な性格の人間でなければ、こんな恐ろしい調査など、最初から、やろうともしないでしょう。 そして、そんな性格の人間は、小説の主人公として、失格です。


【砂の審廷】 約96ページ
  1970年(昭和45年)12月(114号)から、1971年9月(117号)まで、「別冊文藝春秋」に連載されたもの。

  ある無名の人物の日記を手に入れた作者が、その日記の中で、「先生」と呼ばれている人物に興味を抱き、調べていったら、大川周明という思想家だった。 戦前、国粋主義と、アジア主義を唱えて、大きな影響力を持った人物の、東京裁判の際に行なわれた取り調べについて、書かれた文章。

  小説の体をなしていないので、文章としました。 この題材に、特別、興味がある人以外、読むに耐えないと思います。 なまじ、部分的に、小説作法で書こうとしているだけに、非常に、読み難い。 漢字カタカナまじり分の部分は、もう、拷問に近いです。 戦前に教育を受けた世代は、漢字ひらがなまじり、漢字カタカナまじりも、読めたわけですが、戦後世代には、もう、全然、駄目です。

  大川周明(1886年-1957年)というのは、よく使われる東京裁判の映像で、東條英機の頭を、後ろの席から叩いた人。 狂人のふりをして、東京裁判を生き残ったとの事。 完全に、過去の人物で、この作品が書かれた当時ですら、何の影響力も残していなかったと思うのですが、なんでまた、題材に取り上げたのか、首を傾げてしまいます。

  わざわざ、時間をかけて、読むような作品ではないので、2・3ページ読んで、つまらんと思ったら、そこで、やめた方がいいと思います。 ところどころ、小説調になりますが、それが続く事はありません。



≪山名耕作の不思議な生活≫

角川文庫
角川書店 1977年3月10日/初版
横溝正史 著

  2020年5月に、アマゾンに出ていたのを、本体177円、送料255円、合計432円で買ったもの。 ≪山名耕作の不思議な生活≫は、角川文庫・旧版の発行順では、47番に当たります。 元は、単行本として発行された、≪恐ろしき四月馬鹿≫の後ろ半分。

  昭和初期に書かれた短編、14作を収録していますが、その内、【山名耕作の不思議な生活】、【ネクタイ綺譚】、【あ・てる・てえる・ふぃるむ】、【角男】、【川越雄作の不思議な旅館】の5作は、すでに、他の本で読んで、感想を書いているので、省きます。


【鈴木と河越の話】 約10ページ
  1927年(昭和2年)1月、「探偵趣味」に掲載。

  長編小説を書き終えた鈴木という男が、「河越」というペン・ネームでそれを発表したところ、大いに話題になった。 ある時、好きな女性を部屋に招いたところ、部屋の中に、河越と名乗る男がいて・・・、という話。

  推理小説ではなく、ちょっと不思議な話。 強いて、カテゴリーを探すなら、ファンタジー系のショートショートが近いです。


【夫婦書簡文】 約16ページ
  1927年(昭和2年)8月、「サンデー毎日」に掲載。

  かつては、才能を発揮していたが、今は、すっかり、妻のオマケのような存在になった夫に、人気作家の妻は、いつも苛立っていた。 ある時、夫から始めて、同居している夫婦間で、何回か手紙のやり取りがなされ、夫が妻の苛立ちを解消してしまう話。

  ショートショートというよりは、戦前ですから、やはり、O・ヘンリー的な短編を手本にしていたのだと思います。 良く出来た話だとは思いませんが、良く出来た話を狙って書いたのは、間違いない。 横溝さんの初期短編には、そういう、アイデア勝負に賭けて、負けに終わるパターンが、大変、多いです。 勝敗率を見ると、短編向きの才能でなかったわけですな。


【双生児】 約29ページ
  1929年(昭和4年)2月、「新青年増刊」に掲載。

  生後引き離され、別々の家で育った双子の兄弟が、同じ家で暮らす事になる。 弟と同じ家で育った女性が、兄の方と結婚する事になり、弟は、姿を消してしまう。 ある時、その夫人は、弟が兄にすり変わっているのではないかと疑念を抱き・・・、という話。

  江戸川乱歩さんに、同題の短編があり、それをオマージュしたもの。 江戸川作品の方は、本格トリック物ですが、こちらは、心理物になっています。 というか、入れ子式にして、強引に、心理物に仕上げたという感じ。 夫人の告白文の内容を、部分的に、精神医学博士の解説で否定してしまっていますが、そういう事をやられると、読者は、放り出されたような気分になってしまうんですわ。


【片腕】 約38ページ
  1930年(昭和5年)2月、「新青年」に掲載。

  二重生活をしていた男が、妊娠していた内縁の妻を殺し、新たに好きになった若い女の元へ向かうが、犯罪の一部始終を見ていたものがいて・・・、という話。

  話がバラバラ。 二重生活という題材が、テーマのレベルまで、引き上げられておらず、ただの題材に終わってしまっています。 四人の人物の証言を書き取って、並べた体裁になっていますが、これまた、ストーリー上、不可欠なものではなくて、ただ、そういう書き方をしたかったから、そうしたというだけの事。

  特に悪いのは、「片腕」の使い方で、ラストの見世物小屋の部分は、ストーリー本体とは、何の関係もなく、取って付けたかのようです。 なまじ、最初の人物の証言に、リアリティーがあるだけに、後ろの方は、肩透かしを食う感じがします。


【ある女装冒険家の話】 約13ページ
  1930年(昭和5年)11月、「文学時代」に掲載。

  何事にも飽きてしまった有閑人種の元教師が、変装に興味を覚えて、別人を装って、街なかをうろついていたところ、以前、教え子だった男子生徒にそっくりの女性を見つけ、彼女が、実は、彼なのではないかと、しつこく訊ねると、女である事を証明すると言われ・・・、という話。

  中間性がモチーフで、割とよくある話。 大したオチではないので、ネタバレさせてしまいますと、性別を証明する段だけ、良く似たた別人と、すり替わるというものでして、これまた、よくある話。

  モチーフは中間性ですが、テーマは、何に対しても興味を失ってしまう、心の問題でして、そちらの方は、うまく語られています。 つまりその、読者の立場として、主人公の気持ちがよく分かるわけです。


【秋の挿話】 約10ページ
  1930年(昭和5年)12月、「文学時代」に掲載。

  友人から紹介されて行った歯医者で、これといった理由もなく、偽名を使った男がいた。 後日、その名前が新聞の尋ね人欄に出ているのを見つけ、なぜ捜されているのか分からず、さまざまな憶測を逞しくする話。

  捜されていた理由は、大した事ではないんですが、それが分かるまでの、主人公の不安な気持ちが、よく伝わって来て、面白いです。 当時は、健康保険制度が、なかったようですな。


【二人の未亡人】 約15ページ
  1931年(昭和6年)1月、「新青年」に掲載。

  育った環境が悪かったせいで、様々な犯罪に走ってしまった男が、獄中記を書いたところ、大変な人気を博し、同情心から、有名な女性二人が、求婚者となった。 男が殺人罪で裁判を受けている間、二人で、男の妻になろうと競い合っていたが、判決を前に、想定外の事態が起こる話。

  実際、凶悪犯と結婚したがる人間というのは存在します。 恐らく、世間の注目を浴びている人間と結婚すれば、自分も、注目を浴びる事ができるという計算なのだと思います。 この作品の二夫人の場合、すでに有名人なので、これ以上、有名になる必要はないと思うのですが、まあ、全くありえないといわけでもない、というところでしょうか。

  テーマは、世間の、無責任な同情心に対する、皮肉ですが、極端なオチのあるコメディーになってしまっているので、あまり、心に響きませんな。


【カリオストロ夫人】 約23ページ
  1931年(昭和6年)5月、「新青年」に掲載。

  ある夫人に可愛がられていた青年に、若い恋人が出来た。 夫人と別れようとしたところ、意味不明の予告を残して、夫人は自殺してしまう。 晴れて、若い恋人と結婚した青年だったが、新婚旅行の夜、妻の様子がおかしい事に気づき・・・、という話。

  これは、ネタバレさせない方が、これから読む人の楽しみを奪わないで済みそうです。 よくあるパターンですが、すぐには気づかないかも知れないので。 ミステリアスな、ファンタジーです。 世界中の伝説・伝承にある話を、ほんの少し、近代風に変えてあるのですが、科学的説明はないので、SFではありません。


【丹夫人の化粧台】 約28ページ
  1931年(昭和6年)11月、「新青年」に掲載。

  丹博士の未亡人の寵愛を巡り、二人の青年が決闘に及び、一方が自殺同然の手段で死ぬ。 彼は最期に、「丹夫人の化粧台に気をつけろ」と言い遺した。 生き残った青年が、鍵を手に入れて、その化粧台を開けると、中から飛び出して来たのは・・・、という話。

  この作品、角川文庫・新版で、再編集された短編集では、表題作になっているので、期待して読んだのですが、面白いのは、タイトルの雰囲気と、冒頭の決闘の部分だけで、後ろの方は、話の体をなしていない、しょーもない作品でした。

  しょーもないので、ネタバレさせてしまうと、丹夫人が、化粧台の中に、少年を閉じ込めて、飼っていたという話なのですが、そちらを話の中心とすると、冒頭の決闘部分が、あまりにも、関係が薄い。 全体が一つの話になっていないのです。

  決闘ではなく、青年を一人にして、丹夫人から、何かを頼まれる。 しばらく、言われる通りに従っていたが、その内容があまりにも奇妙なので、調べみたら、化粧台の中に・・・、という話にした方が、無理がなかったのでは?



≪松本清張全集 21 小説東京帝国大学・火の虚舟≫

松本清張全集 21
文藝春秋 1973年4月20日/初版 2002年6月1日/8版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。 全集ですから、小説以外の作品も含まれているのは承知していたんですが、この本は、【小説~】とあるので、てっきり、小説だと思って借りてきたら、そうではありませんでした。 羊頭狗肉だ。


【小説東京帝国大学】 約344ページ
  1965年(昭和40年)6月27日号から、1966年10月23日号まで、「サンデー毎日」に連載されたもの。 原題は、【小説東京大学】。

  日露戦争前後の、東京大学と文部省の確執を描いた、半小説、半ドキュメンタリー。

  小説的に書かれている部分もありますが、総体的に見て、これは、小説ではないです。 タイトルに、わざわざ、【小説~】と付けてあるのは、ドキュメンタリーにしては、小説的部分があるから、「フィクションが含まれていますよ」という意味であって、小説の読者向けに言っているのではなく、ドキュメンタリーとして読もうとする読者向けに、断り書きをしているわけですな。

  小説的に読むと、全く面白くなくて、自然に、飛ばし読みになります。 無理して、全文字を読んでも、すぐに、頭から抜けてしまいます。 第一に、時代が明治後半と、古過ぎて、ピンと来ない。 第二に、大学が関わっているのに、文系の論戦ばかりで、科学とは無縁の事が題材になっている。 第三に、論戦のテーマが複数ある上に、主人公が決まっていないせいで、バラバラ感が強烈で、興味が集中しない。

  これから読むというのなら、中ほどのページを、ちょっと読んでみて、こういう事に興味がある人だけ、読んだ方がいいです。 推理小説ファンは、買うだけ、お金の無駄、借りるだけ、時間の無駄です。 それにしても、よくこれを、週刊誌で連載したもんだ。


【火の虚舟】 約142ページ
  1966年(昭和41年)6月から、1967年8月まで、「文藝春秋」に連載されたもの。

  明治時代の、思想家・政治家である、中江兆民の評伝。 それ以外の何ものでもなし。

  中江兆民本人や、明治時代の政治に興味がある人以外には、何の縁もない作品です。 タイトルから、推理小説だと思って買った人、借りた人には、大変、お気の毒で、無理に読まない方がいいです。 頭が痛くなるだけ。 私は、飛ばし読みしましたが、晩年が不遇だったという以外、記憶に残った部分が、ほとんどありません。

  それにしても、よくこれを、文芸誌で連載したもんだ。 歴史雑誌なら、まだ分かりますが。


  【小説東京帝国大学】の方もそうですが、明治時代そのものに、興味が湧かないのは、私だけではありますまい。 それは、明治を舞台にしたドラマや映画が、江戸時代以前と比べると、比較にならないほど少ないのを見ても、分かる事。 イメージ的には、日本史上の暗黒時代と言ってもいいと思います。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2020年の、

≪松本清張全集 23 喪失の儀礼・強き蟻≫が、6月22日から、28日。
≪松本清張全集 22 屈折回路・象の白い脚≫が、7月5日から、11日まで。
≪山名耕作の不思議な生活≫が、6月30日から、7月15日。
≪松本清張全集 21 小説東京帝国大学・火の虚舟≫が、7月16日から、23日まで。

  例によって、手持ちの本である、≪山名耕作の不思議な生活≫は、図書館で借りた本の合間に読んだので、日付が、重なっています。 今回で、感想文の在庫を出し終えましたから、今後、しばらくは、やりません。

2020/08/23

読書感想文・蔵出し (66)

  読書感想文です。 この前文を書いているのは、8月16日です。 ようやく、お盆が終わり、ほっとしているところ。 今年は、誰も来なかったので、清々しました。 先祖は帰って来たわけですが、何せ、魂だから、来なかった親戚の家にも簡単に行けるわけで、うちが責任を負う事もないでしょう。




≪金色の魔術師≫

角川文庫
角川書店 1979年6月25日/初版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪金色の魔術師≫は、角川文庫・旧版の発行順では、85番に当たります。 80・90番台は、少年向け。 戦後に書かれた、長編1作を収録。 この本は、少年向けですが、解説は、中島河太郎さんで、解題も兼ねています。

  約193ページ。 1952年(昭和27年)の一年間、「少年クラブ」に連載されたもの。


  【大迷宮】事件で活躍した少年、立花滋の友人が、悪魔に捧げる生贄の子供を探している、「金色の魔術師」にさらわれ、滋達の覗いている目の前で、薬品で溶かされてしまう。 その後も、何人かの子供達がさらわれて、生贄にされて行く。 金田一耕助は、関西で静養中で戻れず、代わりに紹介された、「黒猫先生」という占い師が、少年達を導いて、金色の魔術師の本当の狙いである、財宝のありかに辿り着く話。

  200ページ近くあるわけで、結構、ストーリーに起伏があり、読み応えがあるといえばあるのですが、それはやはり、子供が読むのであればという、条件付きの話。 大人が、ワクワク・ハラハラ・ドキドキして、ページをめくるような小説ではないです。 逆に言うと、子供の頃に、この作品を読む機会がなかったのは、残念な事。

  教会とか、劇場とか、やはり、少年向け作品の舞台は、似たような所になってしまうわけですな。 基本的には活劇ですが、活劇度は、さほど高くなくて、トリックや謎もあります。 もっとも、簡単な科学手品レベルですけど。 黒猫先生は、金田一の師匠という触れ込みで登場し、その設定が面白いですが、正体が分かると、逆に、がっかりします。

  戦後の、この頃といえば、横溝さんは、大人向けの本格推理小説を、精力的に書きまくっていた時期で、よく、少年向けを書く暇があったものと、不思議な感じがします。 少年雑誌に、一年間の連載というと、江戸川さんが、少年探偵団シリーズでやっていたパターンですが、「乱歩さんがやるなら、自分も」というライバル意識が、まだあったんですかねえ。



≪松本清張全集 40 渡された場面・渦≫

松本清張全集 40
文藝春秋 1982年12月25日/初版 2008年9月10日/4版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。 新型肺炎の影響で、図書館が休館になり、4月16日に最後の一冊を返しに行って、次に行ったのが、5月26日でしたから、1ヵ月以上、間が開きました。 その間に、私以外にも、松本清張全集を借りる人が出てしまい、その人の後を追いかけて借りるのでは、感染が心配なので、後ろの方から、借りた次第。


【渡された場面】 約142ページ
  1976年(昭和51年)1月1日号から、7月15日号まで、「週刊新潮」に連載されたもの。

  福岡県の同人誌に掲載された小説の一場面が、愛媛県で起こった殺人事件の状況と酷似している事に気づいた、文学好きの捜査一課長が、すでに容疑者が起訴されて、裁判が始まっているのを中止させ、福岡に捜査員を派遣して、調べ直させる。 しかし、小説の作者には、事件当時、九州から出なかったというアリバイがあり、問題の場面も、想像で書いたものだと言い張る。 一方、あるプロの小説家が、先に愛媛に、その後、福岡に滞在していた事が分かり・・・、という話。

  この話。 古谷一行さんや、坂口良子さんが出演した、2時間サスペンスで、見ました。 1987年の放送。 面白いドラマでしたが、原作も面白いです。 筋を知っていても、尚、ゾクゾク感を損なわれる事がありません。 ドラマの、ストーリーは、ほぼ、原作に従っていて、原作では警察の課長と捜査員が別れているのを、ドラマでは、同じ人物にしてあったという程度の違い。

  ある事件の真相が、その事件とは一見関係ない事に、ある人物が気づいた事により、結び目が解れるように明らかになって行くというパターンは、松本さんの作品では、よく使われますが、この作品も、典型例です。 最初の事件の状況と、小説の場面が、ぴったり一致していて、捜査では分からなかった部分が、綺麗に説明されてしまう流れは、大変、鮮やか。

  小説家志望の若い女性が、大変つまらない男の、大変つまらない事情で殺されてしまうのは、気の毒ですなあ。 自分が交際している相手が、どんなにつまらない男か見抜けないというのは、ゴマンと例がある事ですが、まさか、殺されるとまでは思わなかったでしょう。

  犬が、愛媛と福岡で、一匹ずつ出て来て、どちらでも、事件の重要な鍵を握るのですが、もし、今の作家が書いたら、犬に、こういう役回りを演じさせないでしょう。 まだまだ、犬が、ペットではなく、家畜と見られていた時代の作品です。


【渦】 約280ページ
  1976年(昭和51年)3月18日から、1977年1月8日まで、「日本経済新聞朝刊」に連載されたもの。

  テレビ視聴率のモニター家庭になっている実例を聞いた事がないという事実から、調査方法に疑念を抱いた人物が、知人達に依頼して、調査方法の調査をしてもらう。 モニター記録の回収員が、婦人アルバイトである事が分かり、手に入れた記録テープから、幼児誘拐事件との関連や、回収員の失踪事件などが、連鎖してくる話。

  視聴率調査という切り口から、推理小説のネタを思いつくという、そこが、面白いです。 冒頭からしばらくは、調査方法の調査が続き、これといった事件が起こらないので、飽きて来ますが、幼児誘拐事件との関わりが出てくる辺りから、ぐっと、引き込まれます。 紙テープに穴が開けられただけの記録から、その家で見られていたテレビ番組の変化を読み取り、幼児誘拐の犯人なのではないかと推理するところは、実に、ゾクゾクする。

  一見、社会派ですが、本体の事件部分は、痴情の縺れによる殺人事件で、途中から、趣向が変わります。 西伊豆での、崖から車ごと飛び込んだ無理心中事件に至っては、視聴率調査とは、ほとんど無関係で、物理的トリックの解説が延々と続き、まるで、別の小説に切り替わったかのようです。 新聞連載だったから、纏まりが悪いのは、致し方ないと見るべきか。

  車2台を使ったトリックなのですが、いかにも、頭の中だけで考えたというもので、実際にやるのは、無理でしょう。 エンジンをかけ、アクセルを押した状態の車を、もう一台の車で止めておくなんて恐ろしい芸当は、スタント・チームでもなければ、できるものではありません。 また、ハンドル操作については、何も触れられていませんが、当時の車はフロント・エンジン、リヤ駆動なので、直進安定性が悪く、ハンドルを固定していなければ、どこへ行ってしまうか分かりません。 とても、崖まで、真っ直ぐ走ってくれないでしょう。

  むしろ、まず、落とす車を犯人が運転して、ガードレールを突き破っておき、車を崖の寸前まで持って行っておいて、それから、死体を載せ、何らかの方法で、車を押して落とした方が、確実なのでは? 犯人自身の足跡は、どうにかせねばなりませんが。



≪松本清張全集 39 遠い接近・表象詩人≫

松本清張全集 39
文藝春秋 1982年11月20日/初版 2008年9月10日/4版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編1、中編4の、計5作を収録。 前回が、全集40だったので、そこから、遡っていく予定。 なぜ、41に進まないかというと、先に、晩年の作品を読んでしまうと、最終作を読み終わった時点で、興味が失せてしまうかも知れないからです。 依然として、4から10までは、他の誰かが借りている模様。


【生けるパスカル】 約76ページ
  1971年(昭和46年)5月7日号から、7月30日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  画家である夫を支配し、稼いだ金は、みな取り上げてしまう妻がいた。 夫の浮気に対して、ヒステリーを起こし、殺意すら匂わせる妻に辟易した夫が、妻を殺す事を考え始める話。

  結婚に失敗した男が、自分を死んだ事にして、人生をやり直すという、イタリアのノーベル賞作家、ピランデルロの作品や、ピランデルロ自身の生涯からヒントを得て、支配者にして精神異常者である妻から逃れようとするわけですが、画家本人が死んだ事になるわけではないので、ヒントがヒントになっておらず、その点、齟齬があります。

  前半は、配偶者論というか、ヒステリー論というか、硬い内容でして、あまり、面白くありません。 殺害計画が出てくる辺りから、興味が湧いて来ますが、前半後半で、噛み合っていない観あり。 こういうパターンは、松本清張さんの作品では、少なくないです。

  妻のヒステリーばかり、非難していますが、それ以前に、その原因になっている夫の浮気性を非難しないのは、片手落ちもいいところです。 つまりその、松本さん自身が、「浮気は男の甲斐性」を信じていたんでしょうねえ。 その考え方そのものが、今となっては、セクハラですが。


【遠い接近】 約226ページ
  1971年(昭和46年)8月6日号から、翌72年4月21日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  戦時中、町内会の訓練に出なかったばかりに、役所の人間から睨まれて、衛生兵として召集されてしまった男が、非人間的な軍隊勤務を耐え忍んで、敗戦を迎えたが、復員した時には、家族はみんな、戦災で死んでいた。 自分を徴兵した人物を探し出し、恨みを晴らそうとする話。

  前半は、軍隊生活が舞台で、特別な興味がある人以外は、読んでいて、気分が悪いだけです。 こんな腐れ切った組織が、うまく機能するわけがないと、結果を見るまでもなく、想像がつきます。 しかし、戦後日本にも、こういう腐れた組織は、無数にあるわけで、その代わり映えのなさには、げんなりしてしまいますな。

  後半は、戦後の闇市社会が舞台になり、軍隊的緊張が解けて、ほっとしますが、満足に飯も食えないほど、社会が混乱していたので、生存能力が乏しい人達にとっては、非戦地勤務の軍隊よりも、死が近くにあったと言えます。 幸い、主人公は、軍隊時代の知人と再会したお陰で、飢え死にの恐怖からは逃れるのですが、その知人というのが、問題なんだわ。

  復讐の件りは、割と、ありふれたもの。 犯行が露顕しないように、トリックを使うのですが、あれこれ、小細工を弄し過ぎて、失敗するというパターンです。 他の部分が、純文学風なので、この部分だけ、木に竹という感じがしますが、松本作品では、そういうのは、多いです。

  自分を召集者名簿に載せた人間を捜し出し、復讐するという話なのですが、現代社会でも、リストラで職場を追われるなど、他人の恣意で、人生を変えられた経験がある人なら、この復讐に、違和感を覚える事はありますまい。 信じられないほど、下らない理由で、他人の人生を目茶目茶にしてしまう奴というのは、実際に存在するのです。 「そんな奴は、殺すべし」とまでは言いませんが、何かしら、天罰が下って、然るべきでしょう。


【山の骨】 約55ページ
  1972年(昭和47年)5月19日号から、7月14日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  別々の場所で発見された、性別の違う、二つの白骨死体。 どちらも、白骨化してから、移動された形跡があった。 警察が、二つの遺体の関係者を調べて行ったところ、たった一人、接点になる人物が出て来て、そこから、両事件の関係が、解きほぐされて行く話。 

  冒頭、短編小説論から始まりますが、事件の本体部分とは関係がなく、単なる話の枕になっています。 「あまり短いと、細部の描き込みができなくなるから、ある程度の長さは必要だ」と言いたいようですが、それなら、こんな枕はつけずに、さっさと、話を始めればいいのに、と思わないでもなし。 何かしら書き始めないと、執筆意欲が出て来なかったのかも知れません。

  本体部分は、面白いです。 バラバラで関係ない出来事が並べられて、読者には、事件の全貌が分かり難いのですが、それが、次第に、一本の線に繋がって行き、最後は、一点に集中する、その過程が、実に、ゾクゾクさせてくれます。 網走刑務所から出たばかりの男が、迎えに来た実の父親に、「山へ行こう」と誘う辺り、背筋に冷たいものが走るほど、怖いです。


【表象詩人】 約96ページ
  1972年(昭和47年)7月21日号から、11月3日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  小倉で、小説家を志していた青年が、少しでも、文芸の雰囲気に触れようと、詩作をしている友人達と交際していた。 詩作論を戦わせる為に先輩の家に出入りしていたが、その先輩の妻が、東京出身の垢抜けた女性で、青年達の憧れの存在だった。 盆踊りの夜に、その女性が殺され、青年達が容疑者となるが・・・、という話。

  冒頭近くから、しばらく、詩作論が続き、興味がない者には、大変、つらいです。 詩作とは、こんなに理屈っぽいものか。 根底に理論が必要だというのは分かりますが、こうと、ガチガチに硬いのでは、感性の方が麻痺してしまいそうです。

  次第に、詩作理論から、登場人物の人間観察に移行し、読み易くなります。 更に進むと、殺人事件が起こって、そこからは、完全に、推理小説になって、読者の興味を引っ張って行きます。 松本作品には、こういうパターンが多い。 学術理論を、話の枕に使っているわけだ。

  推理小説部分は、あまり良くなくて、松本作品にしては、ゾクゾク感が足りません。 謎解きが、40年も経った後に行なわれるのも、時効はもちろん、記憶さえ曖昧になっている時間経過があり、興を殺ぐところがあります。 「誰がやったか」のケースですが、書き手が勘違いをしていたという謎の解き方で、つまり、書き手からしか情報を得られない読者も勘違いせざるを得ず、犯人を推理するのは、困難です。


【高台の家】 約47ページ
  1972年(昭和47年)11月10日号から、12月29日号まで、「週刊朝日」に連載されたもの。

  中国西域地方について書かれた、帝政ロシアの書物を探していた若い大学教授が、すでに他界した蔵書者の家を訪ねて行ったところ、その未亡人と、舅姑が、まだ一緒に住んでおり、若い未亡人の話し相手として、複数の青年達が、屋敷に出入りしていた。 未亡人の男癖が悪いのかと思ったら、実は・・・、という話。

  例によって、「中国西域地方について書かれた、帝政ロシアの書物」は、話の枕で、その関連で出会った人達の人間関係を観察している内に、事件が起こり、というパターンです。 それにしても、短編を書くたびに、枕として、こういう特殊な専門領域について調べるのは、大変だったでしょうな。 ロシア語の原綴りも出て来ますが、話の本体とは、何の関係もないのだから、その凝り方に驚いてしまいます。

  起こる事件は、痴情の縺れでして、結局、犯罪に関係する人間の本性とは、金銭欲と性欲が、ツー・トップで、学術的興味なんて、話の枕程度にしかならないわけだ。 それでも、何の知性も感じさせない短編よりは、興味を引かれるところがありますかねえ。 枕の内容と、事件の内容が、密接に関わっていれば、もっと面白くなると思うのですが。



≪残された人びと≫

ジュニア・ベスト・ノベルズ16
岩崎書店 1974年11月30日/初版 1978年3月31日/2版
アレグザンダー・ケイ 著  内田庶 訳

  沼津市立図書館にあった本。 NHKが、1978年に放送した、一回30分、全26回のテレビ・アニメ・シリーズ、≪未来少年コナン≫の原作です。 児童図書ですが、一般図書のコーナーにも一冊あったので、借りて来ました。 2020年6月頃、再放送していたのを見て、興味が湧き、ネットで調べたら、原作があると知って、読んでみようと思った次第。 児童向けの漢字使用率で、約254ページ。

  作者は、アメリカの絵本挿絵画家で、児童文学作家でもある、アクレグザンダー・ケイさん。 発表されたのは、1970年。 日本での初版は、1974年で、アニメより早いですが、それは当然の事で、訳本が出てから、それを関係者が読み、アニメの原作にしようという話になって行ったからです。


  二陣営に分かれて戦争をしていた地球。 磁力兵器が使われた結果、地軸がズレて、大地殻変動が起こり、人類のほとんどが死滅する。 小さな島に取り残された少年コナンが、辛うじて残った科学都市インダストリアの船に連行されるが、そこで再会した、太陽エネルギーの権威、ロー博士と共に脱出して、博士の孫、ラナ達が住む島、ハイハーバーへ向かう話。

  以下、ネタバレ、あり。 本を読む予定がある人は、本を読み終わってから、以下を読んで下さい。

  SF設定ですが、設定が面白いわけではなく、読み所は、コナンや博士、ラナ達が、降りかかる危難を乗り越えて行く、冒険物です。 ≪ロビンソン・クルーソー≫や、≪十五少年漂流記≫あたりが、雛形。 ちょっと物足りないのは、コナンが主人公なのに、問題への対処に当たって、彼は体力担当に過ぎず、指示は、ほとんどが、博士から出ている点です。

  アニメでは、コナンと、ほぼ、行動を共にするラナですが、原作では、ハイハーバーから一歩も出ません。 ジムシーも、同様。 脱出行をするのは、コナンと博士だけで、渋いと言えば渋く、色気がないと言えば、ない。 途中から、インダストリアの女医が加わりますが、この人は、そもそも、色気がないキャラです。

  名前が少し変わっている者もありますが、アニメに出て来た主な登場人物は、ほぼ、原作にも出て来ます。 原作は、長編と言っても、児童図書ですから、漢字を増やして、文庫にすれば、1センチ厚にもならない程度の文章量です。 それを、26回のアニメにしたのだから、水増しは避けられないわけで、アニメの方は、原作にはないエピソードを入れて、大幅に膨らませています。

  原作は、至って、シンプルで、コナンを追うと、「コナンがいた島 → インダストリア → コナンがいた島 → ハイハーバー」という移動しかしません。 インダストリアでは、額に「+」のマークを押されてしまいますが、消す事ができる設定になっています。 やはり、児童文学だから、あまり残酷な描写は控えているんでしょうな。

  冷戦時代を反映していて、単純に判別すると、「インダストリア = ソ連」、「ハイハーバー = アメリカ」という事になりますが、私製プロパガンダ小説というほどでもなくて、インダストリアも、それほど、悪辣に書かれているわけではありません。 ハイハーバーに至っては、規模が小さい村社会に過ぎず、アメリカに擬えるには、無理があります。

  何というか、原作は、傑作でもなければ、名作でもなく、さりとて、駄作や凡作でもなく、読めば、そこそこ引き込まれる、「中の上」くらいの作品といったところですかねえ。 アニメの方は、文句なしに、傑作・名作だと思いますが。 この本自体、42年も経っている割には、あまり読まれた形跡がないのですが、アニメは見ても、原作を読んでみたいと思った人は少ないのかもしれませんな。

  アレグザンダー・ケイさんは、1979年の7月には、没しており、≪未来少年コナン≫の放送は、1978年1月から10月ですから、見たかどうか、微妙なところ。 見ていれば、面白いと思ったと思いますが、あまりにも膨らませ過ぎているので、違和感もあったのでは? 登場人物と世界設定を除けば、全く別の作品と言ってもいいくらいですから。

  どうでもいいような事ですが、アニメのオープニングで、コナンとラナが乗っている帆掛け舟は、原作に出て来ます。 インダストリアを脱出した後、コナンがいた島に流れ着き、そこで、コナンが保管してあった流木の丸太を刳り抜いて、帆掛け舟を作り、ハイハーバーへ向かうのですが、その舟が、アニメの作中では出番がないから、オープニングで使ったんでしょうな。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2020年の、

≪金色の魔術師≫が、5月16日から、20日。
≪松本清張全集 40 渡された場面・渦≫が、5月27日から、6月6日まで。
≪松本清張全集 39 遠い接近・表象詩人≫が、6月11日から、6月20日。
≪残された人びと≫が、6月21日。

  ≪残された人びと≫は、一日しか、かかっていません。 児童文学で、その程度のボリュームだったという事もありますが、そこそこ面白かったので、一気に読んでしまった事の方が大きいです。

  同じ少年向けでも、≪金色の魔術師≫は、5日間もかかっています。 横溝さんのほかの少年向け作品と同様、似たようなモチーフを組み替えただけの話で、あまり、興が乗らなかったという事もありますが、手持ちの本だったから、急ぐ必要がなかったという事の方が大きいと思います。

2020/08/16

読書感想文・蔵出し (65)

  読書感想文です。 この前文を書いているのは、8月10日ですが、とにかく、暑い。 今年のお盆は、新型肺炎の影響で、坊さんも、親戚も来ないのは、助かります。 不幸中の幸いというより、禍転じて福と言った方が、適切ですな。 ちなみに、坊さんは来なくても、お経料は、とられました。




≪松本清張全集 3 ゼロの焦点・Dの複合≫

松本清張全集 3
文藝春秋 1971年5月20日/初版 2008年4月25日/9版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。  この本を借りている間に、新型肺炎の影響で、図書館が休館になってしまいました。 ホーム・ページの指示に従い、ブック・ポストに返しましたが、次を借りる事はできなくなりました。


【ゼロの焦点】 約204ページ
  1958年(昭和33年)5月から、1960年1月まで、「宝石」に連載されたもの。

  ある女が、相手の事をよく知らないまま、年上の男と結婚したが、新婚間もない内に、夫が能登で失踪してしまう。 現地に駆けつけた夫の兄や、東京へ調査に行った夫の同僚が、不幸な運命に見舞われる。 一人で調べを進める内に、夫の秘密や、夫に関わっていた二人の女の、暗い過去が明らかになってくる話。

  何度も、映像化されており、松本清張作品というと、この作品のタイトルを、真っ先に思いつく人も多いはず。 その割に、どういう話かと訊かれると、すぐに思い出せないないのは、発表当時はともかく、現在では、2時間サスペンスなどで、同類のパターンが良く見られる、ありふれた話になってしまっており、特徴が感じられないからでしょう。 それだけ、多くの推理作家に、大きな影響を与えたという事です。

  まず、ヒロインの夫に、妻には言えない秘密があり、更に、戦後間のない頃、夫が、一時期、警察官をしていた関係で、二人の女と関わりがあったという、二段構えの謎になっています。 話が進むにつれて、密林の奥地に入り込んでいくような感覚があり、大変、ゾクゾクします。

  敢えて難を言えば、後ろの方で、ヒロインの頭の中で推理が展開される部分が長く、読むのがつらくなる事でしょうか。 ただし、悪い推理小説によく見られるような、「間違った推理」が幾つも羅列されるような事はありません。 普通の推理小説と違うのは、純文学や一般小説の描写方法を取り入れている点で、良く言えば、濃密、悪く言えば、くどい。 読者によって、好みが分かれる所でしょう。


【Dの複合】 約246ページ
  1965年(昭和40年)10月から、1968年3月まで、「宝石」に連載されたもの。

  ある作家の元に、民俗学を取り入れた紀行文の仕事が持ち込まれる。 取材の為に、若い編集者と共に各地を訪れるが、ある土地で、殺人事件に関わった事をきっかけに、奇妙なファンが訪れて来たり、35、もしくは、135という数字が、取材先各地に関係してきたり、編集者の行方が分からなくなったりと、次第に、裏に隠されている事件がクローズ・アップされて来る話。

  2年半も、連載していたんですな。 その間、他の作品も並行して書いていたのだとしたら、よく、話の中身を忘れてしまわなかったものです。 「Dの複合」というタイトルは、作中に出て来る英文の中に使われている文字ですが、はっきり言って、こじつけたようなタイトルで、話の中身を、直接、表してはいません。 しかし、読後、時間が経ってから、どんな話だったかを思い出す手掛かりにはなります。

  民俗学の解説文のような文章が、前半を中心に、何ヵ所か出て来て、あまりにも硬いので、思わず、飛ばし読みしたくなりますが、民俗学に興味がある人なら、面白いと思います。 「たぶん、その内、殺人事件が関わって来るのだろう」と思っていると、ほんとに、早い段階で、そうなります。

  硬い解説文と、殺人事件に落差があるせいか、大変、ゾクゾクし、解説文が出て来なくなっても、そのゾクゾク感は続きます。 しかし、事件の方が面白いかというと、作家の目線で見ている書き方が、遠回し過ぎて、隔靴掻痒、何が進行しているのか分かり難く、興を殺がれます。 ゾクゾク感があるのに、興を殺がれるというのは、矛盾ですが、両者が同居しているわけです。

  終盤に至るまで、どんな事件が背景にあるのか、全く分からないというのは、推理物としては、ちと、ズルですな。 しかし、確実に読み応えはあるので、松本清張作品に興味があるなら、一度は読んでおくべき一作と思います。



≪青い外套を着た女≫

角川文庫
角川書店 1978年11月20日/初版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪青い外套を着た女≫は、角川文庫・旧版の発行順では、60番に当たります。 戦前、昭和10年から、13年にかけて書かれた、短編9作を収録。


【白い恋人】 約12ページ
  1937年(昭和12年)5月、「オール読物・増刊」に掲載されたもの。

  映画女優が、突然、特殊な体格の男を刺し殺して、自分も死んだ。 その女優に恨みを抱いていた撮影技師が、合成映像を作って、女優に見せ、殺人・自殺衝動を誘発したという話。

  アイデア一つだけで作った話で、小説作品というより、そのアイデアだけ聞かされているような感じです。 催眠術とも少し違っていて、その女優がもつ、病的な嫌悪感を利用した犯罪。 障碍者差別が根底にあり、今では、全く評価されない作品です。


【青い外套を着た女】 約28ページ
  1937年(昭和12年)7月1日、「サンデー毎日」に掲載されたもの。

  外国から帰って来た青年が、街角で貰ったチラシに書かれていた指示に従い、ある場所で、青い外套を着た女に声をかけたところ、その女は追われている身で、匿う事になる話。

  推理物ではなく、ちょっとだけミステリアスな、軽い青春物という感じです。 最後に、オチがついていますが、別に、面白くはありません。 いかにも、青春物という終わり方。 映画にすれば、後味がいいというところでしょうか。


【クリスマスの酒場】 約28ページ
  1938年(昭和13年)1月1日、「サンデー毎日」に掲載されたもの。

  交際相手が、金持ちの男と結婚する事になり、パリへ旅立つ事になった青年を、その友人が、酒場に誘ったところ、かつて、その青年が助けた花売りの娘が現れたり、他にも、昔の事件の関係者が現れたり、青年が船に乗るのを妨げようとするが、その目的は・・・、という話。

  オチがあり、ショートショートですが、戦前に、ショートショートというカテゴリーはなく、O・ヘンリー的な、ちょっと気が利いたオチがついている短編が、幅を利かせていたのだと思います。 ただし、人間ドラマというほど、人間を描けているわけではなく、O・ヘンリー的というと、O・ヘンリーに申し訳ないですな。

  横溝さんは、戦後には、ストーリー・テイラーとして有名になりますが、戦前は、それほどでもなく、むしろ、ストーリーやモチーフが月並みで、まずい作品が多いです。 雑誌の編集者・編集長時代に、穴埋め用に、軽い作品を書いていたのが、プロ作家としての始まりなので、その頃の癖が抜けなかったのではないかと思います。


【木乃伊の花嫁】 約38ページ
  1938年(昭和13年)2月、「富士・増刊」に掲載されたもの。

  ある医学博士の娘が、その弟子と結婚する事になったが、その婚礼の最中に、ライバルだった別の弟子と思われる男が、天井裏で自殺する。 その後も、花嫁の姿をした人形が湖面に浮き上がったり、骸骨のような顔をした人物が現われたり、奇怪な事が続く。 由利麟太郎が登場し、謎を解く話。

  由利先生が出て来ますが、別に本格トリック物ではないです。 顔が潰された男が出て来ますが、入れ代わり物というわけでもありません。 単なるサスペンスですな。 多分に、行き当たりばったりで書いて行って、謎が謎にならないまま、展開に窮して、由利先生でごまかした感あり。

  この作品、1983年に、古谷一行さん主演の2時間ドラマになっています。 由利先生が、金田一に代わってますけど。 そっちを先に見たのですが、どこが面白いのか、よく分からない話でした。 小説を後で読んだら、こちらも、どこが面白いのか、よく分からず、なるほど、原作に忠実な映像化だったのだなと、納得した次第。


【花嫁富籤】 約28ページ
  1938年(昭和13年)3月、「婦人倶楽部」に掲載されたもの。

  あるデパートが、宣伝の為に配った、婚礼衣装と大金が当たる宝くじ。 通りすがりの人に貰って、当たりくじの半分だけを持っていた女性が、もう半分を持っているはずの男性を捜すが、なかなか見つからない話。

  推理物ではなく、ちょっと、数奇なだけの話。 オチがあり、大団円となります。 未来に希望がある、若い世代向けの、明るい雰囲気の作品。 横溝さん自身も、若い頃だったから、こういう話を思いついたのであって、逆に言うと、すでに若いとは言えなくなった年代の読者は、「こんなうまい話が、あるわけがない」という枯れた感想しか出ないと思います。


【仮面舞踏会】 約26ページ
  1938年(昭和13年)6月、「オール読物・増刊」に掲載されたもの。 戦後に書かれた、長編の≪仮面舞踏会≫とは、全く別の作品です。

  年に一度、家族だけで、鹿鳴館風の衣装を着て、邸内の広間を歩くという、奇妙な習慣がもつ家があった。 その家にある、昔の写真に写っている人物に、そっくりな青年が現れ、儀式の裏に隠されていた、過去の犯罪の謎を解く話。

  些か、凝り過ぎか。 不思議な話を作ろうとして、あれこれ弄っている内に、込み入り過ぎてしまったという感じです。 また、奇妙な儀式も、謎というほどの謎ではないです。 娘の名前が、曾祖母と同じ、青年の名前が、曽祖父と同じ、というのは、明らかに、蛇足設定でして、別の名前にした方が、無理がなかったと思います。

  面白さよりも、無理を感じてしまうようでは、良い作品とは言えません。


【佝(イ婁)の木】 約40ページ
  1938年(昭和13年)6月5日、「サンデー毎日」に掲載されたもの。 「佝(イ婁)」は、「せむし」と読みます。 たぶん、今では、障碍者差別語。

  ある青年が、バスで乗り合わせた男性が、事故で死ぬ。 最後の頼みを聞いて、男性の婚約者の所へ届け物をしたが、その女性には、かつて、書生として家にいた男に、父親を殺された暗い過去があり・・・、という話。

  草双紙趣味。 元書生が犯人と思わせて、実は違うというパターン。 タイトルに、「木」が入っているのは、桜の花弁が小道具に使われるからですが、ストーリーとは、ほとんど関係ありません。 塑像の中の死体というのは、よく使われるモチーフですが、ちょっと、いろいろと、欲張り過ぎている観あり。


【飾り窓の中の姫君】 約22ページ
  1938年(昭和13年)8月、「モダン日本」に掲載されたもの。

  ある華族令嬢が、親の決めた結婚に不服で、家出する。 その令嬢にそっくりな、デパートの宣伝係と入れ代わって、身を隠していたところ、ひょんな事から、自分が、結婚相手について勘違いしていた事に気づき・・・、という話。

  探偵小説のモチーフを使った、青春物。 発想が、よく言えば、若々しく、悪く言えば、青臭いです。 前半と後半で、主人公が変わっていて、本来なら、もう一度、デパートの宣伝係を出して、話を纏めなければならないのですが、枚数が足りなかったのか、尻切れトンボになっています。 「ここまで書けば、大体分かるだろう」というのは、戦前の横溝作品に良く見られる特徴です。


【覗機械倫敦奇譚】 約34ページ
  1935年(昭和10年)2月、「新青年・増刊」に掲載されたもの。 「覗機械倫敦奇譚」は、「のぞきからくり・ろんどん・きだん」と読みます。

  無実の罪で服役し、出所して来た若い女が、ロンドン行きの列車の中で、オーストラリアから来た同年輩の令嬢と知り合うが、その直後に、令嬢が病死してしまう。 令嬢にすりかわって、令嬢の亡き親が資産を預けてあるという、ロンドンの知り合いの家に向かうが、そこには、令嬢といい仲の男が来ていて・・・、という話。

  トム・ガロンという作家の小説を、横溝さんが、講談調の文体で翻訳した物。 江戸川さんの翻案物もそうですが、特別に面白いから、翻訳しようと思うのてあって、こういうのは、ハズレがありません。 面白いです。 しかし、小説というよりは、お話に近く、近代をもろに引きずっています。 しかも、ヨーロッパ大陸に比べると周回遅れだった、イギリスの近代小説そのものという古臭さ。

  不幸な身の上のヒロインだから、令嬢とすりかわろうとするのは、まあ、許せるとしても、令嬢は、身元不明の遺体として、どことも分からない所へ運ばれて行ってしまったのであって、「おいおい、そのままでいいのかね?」と、ツッコミを入れたくなります。 あとで、遺体を引き取りに行ったとも何とも書いていないので。



≪夜光怪人≫

角川文庫
角川書店 1978年12月25日/初版 1980年12月20日/5版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、2冊セットで買った内の一冊。 ≪夜光怪人≫は、角川文庫・旧版の発行順では、82番に当たります。 80・90番台は、少年向け。 戦前、昭和11年から、戦後、昭和25年にかけて書かれた、長編1、短編2の、計3作を収録。 解説が、中島河太郎さんではないので、作品データが載っておらず、ネット情報で調べました。


【夜光怪人】 約194ページ
  1949年(昭和24年)5月から、翌年5月まで、「譚海」に連載されたもの。

  ある考古学者が、発見した財宝の隠し場所を、息子の体に特殊な刺青で記録した。 それを狙って、夜光怪人と呼ばれる、闇で光る衣装を着けた賊が跳梁跋扈し、御子柴進、三津木俊助、そして、金田一耕助まで登場して、宝探しに至る活劇を繰り広げる話。

  横溝さんの、戦後型の、少年向け長編の典型。 三津木俊助と、金田一耕助が同一作品に出ているのは、私が読んだ中では、初めてです。 御子柴進と金田一の組み合わせは、他でも見た事があります。 金田一は、個性が切り落とされて、単なる探偵役になっています。 別に、由利先生でも、問題なし。 三津木俊助は、失敗する為に出て来ているようなもので、全く、いいところなし。 御子柴進も、多少は見せ場がありますが、所詮、端役です。

  この作品、最大の問題点は、夜光怪人の夜光衣装が、ただ、不気味な雰囲気を醸し出しているというだけで、わざわざ、タイトルにするほどの意味がないという事。 薬品で浮かび上がる刺青のアイデアは面白いのですが、ゾクゾクするところまで行きません。 それ以外の部分は、特に、アイデアがあるわけではなく、少年向け作品の、定番モチーフを並べているだけ。

  そうそう、クライマックスで、「獄門島」が出て来ます。 これは、特筆物でしょう。 清水巡査も出て来ます。 ただし、金田一とは、初対面という事になっています。 少年向け作品ですから、さらっとした書き込みに過ぎませんけど。


【謎の五十銭銀貨】 約28ページ
  1950年(昭和25年)2月、「少年クラブ」に掲載されたもの。

  ある作家が、戦前に、街の占い師から、お釣りとして受け取った五十銭銀貨の中に、暗号を書いた紙が入っていた。 戦後になって、その事を、雑誌に紹介したところ、家に泥棒が入り、殺人事件にまで発展する話。

  江戸川さんの、【二銭銅貨】から、アイデアをパクっていますが、硬貨の中に暗号が隠されているというのは、たぶん、江戸川さんのオリジナルというわけでもないと思います。 また、ストーリーは、全く違っています。 こちらは、あくまで、少年向けの他愛ない話。 しかし、暗号物だから、そこそこ、ゾクゾク感があります。

  ダイヤを隠したピアノの持ち主の娘さんが、たまたま、作家の知り合いだったというのが不自然で、偶然が過ぎます。 偶然を通り越して、ありえない繋がりですな。 少年向けだから、そこまで考えずに書いたんでしょうか。

  面白い事に、等々力警部が登場します。 相変わらず、知能担当ではなく、体力担当ですけど。


【花びらの秘密】 約20ページ
  1936年(昭和11年)6月、「少女倶楽部」に掲載されたもの。 掲載時のタイトルは、【真鍮の花瓣】。

  ある少女が、退役軍人の祖父と住んでいた屋敷で、幻燈を使った脅迫事件が起こる。 ロケットの研究をしていたおじが亡くなったあと、機密設計図が行方知れずになっていたが、それを狙って、スパイが屋敷に入り込み・・・、という話。

  暗号らしき物が出てきますが、読者が解くタイプの話ではないので、暗号物とは言えません。 少女が、機転を利かせて、犯人逮捕に繋げるという、そこが、眼目。 他愛のない話で、面白いというところまで、行きません。



≪仮面城≫

角川文庫
角川書店 1978年12月30日/初版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪仮面城≫は、角川文庫・旧版の発行順では、84番に当たります。 80・90番台は、少年向け。 戦前・戦後にかけて書かれた、長編1、短編3の、計4作を収録。 作品データは、ネット情報で調べましたが、発表年が食い違っているものがあり、どちらとも判別できないので、大雑把な情報と思って下さい。 山村正夫さんの解説は、解説というより、あらすじと感想ですな。


【仮面城】 約156ページ
  1952年(昭和27年)4月から、翌年3月まで、「小学五年生」に連載されたもの。

  腕にダイヤ形の痣がある少年が、テレビの尋ね人コーナーで呼び出され、ある屋敷を訪ねて行き、そこの主人から、黄金の小箱を渡される。 その中には、大粒のダイヤがいくつも入っていた。 人工ダイヤの製造法を狙う、怪盗・銀仮面一味に対し、少年の知り合いとして事件に関わった金田一耕助が、活劇を繰り広げる話。

  秘密の通路がある屋敷とか、悪党一味が使っている汽船とか、山の中の地下に構築されたアジトとか、少年向け作品のモチーフが使われています。 横溝さんの少年向け作品は、ほとんど、こういう感じで、それらしいモチーフを組み換えて、作っていたに過ぎません。 大人の感覚で、評価するのは、大変、難しいです。 読んだ少年が、面白いと感じるかどうかで、全てが決まるわけだ。 

  金田一は、大人向け作品では、頭脳探偵ですが、少年向けになると、アクション探偵になります。 個性は、ほとんど、消されていますが、この作品では、袴が引っかかって、呪いの言葉を吐く、面白い場面があります。 等々力警部も出て来ますが、金田一以上に、いてもいなくてもいい役所。 しかし、それは、大人向け作品でも、あまり、変わりませんな。


【悪魔の画像】 約28ページ
  1952年(昭和27年)1月に、「少年クラブ」に掲載されたもの。

  「赤の画家」と言われるほど、赤色を多用し、後に自殺した画家の絵を、酔狂で買って来た小説家の住む家に、泥棒が入る。 絵は盗まれずに済んだが、少女が一人置いていかれていた。 二度目に泥棒が入った時に、赤いレンズを入れた眼鏡が落ちていて、その眼鏡で絵を見たら・・・、という話。

  小説家の甥に当たる少年が、名目上の主人公ですが、実際には、さほど、中心的な役所ではないです。 一応、少年を出しておかないと、少年向けにならないんでしょうな。 一応、科学的なトリックが使われていますが、本当に、そうなるのか、怪しい感じがします。 そもそも、赤いレンズの眼鏡なんて、かけた事がないからなあ。 一生、確かめられずじまいかもしれません。

  ストーリーとは関係ないですが、この作品の中に、「森美也子」という女性が出て来ます。 【八つ墓村】に出て来る人と同じ名前ですが、全く別人。


【ビーナスの星】 約26ページ
  1936年(昭和11年)11月に、「少女倶楽部」に連載されたもの。

  大学生時代の三津木俊助が、電車の中で、たまたま、助けた女性が、別れた直後に襲われ、マフラーを半分切り取られてしまう。 女性の家では、発明家の兄が襲われ、おばの遺品のフランス人形が壊されていた。 刑事の話によると、おばは、兄妹に、「ビーナスの星」というダイヤを遺したらしいのだが、さて、どこにあるのか分からず・・・という話。

  タイトルから、SFではないかと思ったのですが、そんな事はありませんでした。 宝石の名前だったんですな。 トリックはないですが、小さな謎はあり、三津木俊助が、割と鮮やかに、それを解きます。 三津木俊助は、大変、多様な役柄を背負い込まされているキャラクターですが、一人で短編に出て来た時だけ、頭脳派探偵になります。

  兄の発明の内容について、ジャンルすら書いていないのは、ちと、リアリティーを欠くきらいがあります。 たぶん、少女向けだから、細かい事は、端折ったんでしょうな。 どうせ、興味ないだろうと思って。


【怪盗どくろ指紋】 約31ページ
  1940年(昭和15年)1月に、「少年少女譚海」に連載されたもの。

  サーカスで曲芸をやっている少年の顔が、父親の書斎にある写真とそっくりな事に気づいた大学教授の娘が、サーカスで起こった騒ぎで、少年の逃走劇に巻き込まれる。 その後、父親から、少年との因縁を知らされるが、少年の三重指紋が、「怪盗どくろ指紋」のものだと分かり・・・、という話。

  少年向けのモチーフと、大人向け短編のストーリーを組み合わせたもの。 ヒロイン、少年の他に、三津木俊助ばかりか、等々力警部や由利先生まで登場しますが、そんなに大勢、顔を揃えなければならないようなボリュームは、全然ないです。

  「三重指紋」というのは、江戸川さんの、【悪魔の紋章】でも出て来ました。 こちらの方が、後出しなので、拝借したか、もしくは、欧米作品に、先例があるアイデアなのかもしれません。 そういや、「宗像博士」というのも、共通していますな。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、つまり、2020年の、

≪松本清張全集 3 ゼロの焦点・Dの複合≫が、4月4日から、14日。
≪青い外套を着た女≫が、4月15日から、25日まで。
≪夜光怪人≫が、4月26日から、5月6日。
≪仮面城≫が、5月7日から、15日にかけて。

  手持ちの横溝作品が、3冊続いたのは、新型肺炎の緊急事態宣言が出ていて、図書館が休みだったからです。 松本作品から、横溝作品に変わると、急に、読書が楽しく感じられますが、それは、より面白いからと言うより、より読み易いからでしょう。

  社会派ブームの後に、横溝大ブームが来て、社会派推理小説を、主座から追い落としてしまったのは、読者が、小難しい社会問題に頭を使うのにげんなりし、推理小説本来の姿を残す横溝作品に、安らぎを求めたからではないかと思います。

2020/08/09

読書感想文・蔵出し (64)

  読書感想文です。 ようやく、梅雨が明けたと思ったら、スイッチを切り替えるかのように、猛暑になりました。 不快千万。 その上、新型肺炎の認定感染者が急増中と、ろくな事がない。




≪江戸川乱歩全集(25) 怪奇四十面相≫

江戸川乱歩全集 第二十五巻
講談社 1979年6月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。  二段組みで、少年向けの長編、3作を収録。 いよい、この第二十五巻で、江戸川乱歩全集も、読み終わります。 正確に言うと、読んだのは、小説だけで、評論・随筆が残っていますが、そっちは、まあ、いいです。 借りて来ても、たぶん、面白いと感じないでしょう。 最後が、少年向け9作で終わったので、次は、少し硬いものが読みたいです。


【透明怪人】 約92ページ
  1951年(昭和26年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  透明人間としか思えない犯人による、奇妙な窃盗事件が続き、やがて、真珠で作った貴重な塔の置物が、鉄壁の防御も虚しく、盗まれてしまう。 東洋新聞の黒川記者を先頭に、小林少年や、少年探偵団が出動するが、団員までが、透明人間にされてしまう。 やがて、明智小五郎が乗り出すが、彼も、透明人間にされてしまいそうになり・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  明智小五郎が出て来るのですから、SFやファンタジーではなく、透明人間にも、合理的な説明がつけられています。 大人の読者だと、読む前から、タイトルを見た時点で、それが分かるので、ラストで、一つ一つの謎を、いちいち解説されると、却って、面倒臭く感じられます。 まあ、少年向けだから、仕方ないか。

  クライマックスでは、明智小五郎が、3人、妻の文代さんが、2人、登場し、大変ややこしい展開になりますが、その部分の謎が、ただの替え玉や変装で、透明人間とは、何の関係もないので、いささか、バラバラ感を覚えます。 透明人間の話に相応しいクライマックスを思いつかなかったのでしょう。 これまた、子供の読者なら、その事に気づかないかもしれませんが、大人だと、すぐに分かってしまいます。


【怪奇四十面相】 約88ページ
  1952年(昭和27年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  二十面相が、獄中から新聞に投稿して、「これからは、四十面相と呼んで欲しい」と豪語し、自分を題材にした演劇を利用して、まんまと、脱獄に成功する。 金塊の隠し場所を示す、黄金の髑髏に刻まれた暗号が、明智小五郎によって解読されるが、一歩先に、四十面相にも知られてしまう。 金塊を隠した人物の子孫達と小林少年、そして、四十面相一味が、和歌山県にある髑髏島へ乗り込んで行く話。

  子供の頃、図書館の本で、「怪奇四十面相」というタイトルを見て、一文字違いで、「怪人二十面相」と対にならない事に不満を覚えた記憶があります。 タイトルだけ覚えていて、未読でした。 別に、二十でも、四十でも、やる事に大差なし。

  脱獄は、役者とすり替わった件りを端折ってあるので、具体的にどうやったのか、分かりません。 小林少年の尾行をまく為に、郵便ポストに化けるというのは、少年向けならではのアイデア。 小林少年が、対抗して、百科事典に化けるというのは、更に、その上を行ってますが、要は隠れられれば良かったわけで、何も、背中に百科事典の背表紙を貼り付ける必要はありますまい。

  暗号解読の部分だけ、面白くて、ゾクゾクします。 親戚同士なのに、なんで、骸骨の格好をして集まらねばならないのか、説明されていませんが、少年向けだから、何でもアリなんでしょう。 一応、不気味な雰囲気を醸し出すのには、成功しています。 最後には、島に渡って、洞窟の探検となるわけですが、そちらは、良くあるパターンで、ちっとも面白くありません。


【宇宙怪人】 約82ページ
  1953年(昭和28年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  空飛ぶ円盤が、世界各地で目撃され、トカゲの体に、コウモリの翼、手足に水掻きを持つ宇宙人が、金属の仮面をつけて、空を飛んだり、水中に潜ったり、様々な能力を見せつけつつ、人をさらったり、貴重な品を盗んだりし始める。 小林少年と、チンピラ別働隊が活躍し、最終的には、明智小五郎が、宇宙人の正体を明らかにする話。

  以下、ネタバレ、あり。

  明智小五郎が出てくるわけですから、どんなに、SFっぽい設定であっても、SFではありません。 推理物であって、全ての事に、合理的な謎解きがなされるわけですが、事が、あまりにも大掛かりなので、荒唐無稽の領域に入ってしまっていて、謎解きをされても、白けるばかりです。

  ところが、この作品、なんと、社会派なのです。 しかも、その目的が、大風呂敷にも、「世界平和」でして、それを、本来、怪盗で悪玉の四十面相がやろうというのですから、おそらく、混乱した少年読者もいた事でしょう。 あまりにも、推理小説から離れてしまっている、そこが、この作品の特徴と言えば、特徴ですな。



≪芙蓉屋敷の秘密≫

角川文庫
角川書店 1978年9月10日/初版
横溝正史 著

   2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪芙蓉屋敷の秘密≫は、角川文庫・旧版の発行順では、58番に当たります。 戦前、昭和一桁前期に書かれた、長編1作、短編7作の、計8作を収録。 その内、【芙蓉屋敷の秘密】は、≪真珠郎 新版 横溝正史全集 1≫の時に、感想を書いているのですが、一作だけなので、同じ文章を入れておきます。 


【富籤紳士】 約24ページ
  1927年(昭和2年)3月、「朝日」に掲載されたもの。

  金がなくて、下宿を追い出された男が、友人夫婦の家に居候を始めたが、その内、友人夫婦の方が、夜逃げしてしまう。 取り残された男は、その家の大家に勧められて、独身女性限定・会員制宝籤のオマケに付いてくる夫として登録されるが・・・、という話。

  アイデアは出たが、それを嵌め込むストーリーが、うまく出来ずに、中途半端な状態で発表してしまったという感じ。 プロの作家の手というより、素人の習作に、こんなのが、よくありそうです。 後年、ストーリー・テラーと言われる横溝さんにも、こういう作品ばかり書いていた時代があったわけだ。


【生首事件】 約20ページ
  1928年(昭和3年)5月、「講談雑誌」に掲載されたもの。

  父親と娘でやっている質屋に、父親が面倒を見てやった青年が最近入れ上げている女のものらしき生首が送られて来る。 父娘と、青年が、容疑者として身柄を確保されるが、実は・・・、という話。

  アイデアというほどのアイデアはなくて、推理小説では良くある人物相関です。 生首の顔が潰されていたとなると、もう、犯人は、殺されたとされている本人に決まりですな。

  この作品も、ストーリー展開は、最低レベルの拙さで、終わりの方で、突然、名探偵刑事が出現して、取って付けたような謎解きと犯人指名をします。


【幽霊嬢(ミス・ゆうれい)】 約26ページ
  1929年(昭和4年)6月、「新青年」に掲載されたもの。

  ある映画監督の下に、その監督の作品に出た青年が、実は、さる華族の令嬢ではないかという問い合わせの手紙が届く。 関係者が、調査を進めると、令嬢どころか、銀座のバーのホステスだという説も出て来るが、その正体は、実は・・・、という話。

  雑誌掲載の時には、横溝さんの名前ではなく、実在の映画関係者の名前で発表されたとの事。 推理小説というわけではなく、ちょっと、謎めいた話という線を狙ったように感じられます。 推理小説だと思って読むと、ラストで、肩すかしを食らいます。


【寄木細工の家】 約24ページ
  1929年(昭和4年)10月、「改造」に掲載されたもの。

  不貞を働いている妻を殺害する為に、天蓋が下りて来て、眠っている者を押し潰すベッドを作った夫が、妻が死ぬ様子を見届けようと壁から覗いていたら、思わぬ事態の発生で、自分が死んでしまう話。

  タイトル通り、寄木細工の家も出て来ますが、それは、この夫が、大掛かりな仕掛けを作るのが好きという事を表しているだけで、あまり、意味はありません。 天蓋が下りて来るベッドで人を殺すというアイデアを元に、肉付けして、話を作ったと思われますが、肉付け部分が不自然で、バラバラ感が濃厚です。

  冒頭部分で押し潰される女優の正体を、後で明らかにする事によって、皮肉な結末にしているわけですが、別に、過去の事件と因果関係が説明されているわけではなく、単なる偶然でして、これでは、ホラーになってしまいます。


【舜吉の綱渡り】 約16ページ
  1930年(昭和5年)1月、「文学時代」に掲載されたもの。

  彼女を金持ちに取られてしまった青年が、人々の注目を集め、元彼女の関心を取り戻す為に、左前の遊園地に、落下防止ネットがない綱渡りをやってみせると、自分を売り込む。 ところが、いざ、綱渡りを始めようとした瞬間、ある事が起きて・・・、という話。

  推理物ではないです。 正直な感想、話になっていません。 「文学時代」が、どんな雑誌だったのか知りませんが、これを掲載するというのは、気が知れませんな。 特に、結末が悪い。 こんな結末なら、どんな話にもつけられます。


【三本の毛髪】 約32ページ
  1930年(昭和5年)3月、「朝日」に掲載されたもの。

  二人の青年が、殺人事件の現場に行き合わせる。 ある建物の階段で、二階から被害者が転げ落ちて来て、二階には他に出口がなかったが、二階に人はいなかった。 警官を呼びに走った一人が、現場に残っていた一人を疑うが、現場に残されていた三本の毛髪から、別の犯人が特定される。

  この青年二人の関係は、江戸川乱歩さんの初期の短編、【D坂の殺人事件】の二人に、よく似ています。 一人が、もう一人を疑うが、それは、間違いというパターン。 そして、疑われた方が、真犯人を見つけます。 本格トリック物で、まずまず、面白いのですが、ラストが悪くて、木に竹を継いだ観あり。 しも、継いだ竹が短すぎです。


【芙蓉屋敷の秘密】 約138ページ
  1930年(昭和5年)5月から、8月まで、「新青年」に連載されたもの。

  白鳥芙蓉という女性が、自分の屋敷で殺される。 犯人が落として行ったと思われる帽子を手がかりに、探偵・都筑欣哉が、謎を解いて行く様子を、その友人の小説家が書き留めた話。

  本格推理物。 解説によると、この頃に横溝さんが書いていた本格物は、大変、珍しいとの事。 探偵と小説家のコンビは、ホームズ物以来、定番化していたわけですが、この作品に出てくる二人は、ホームズとワトソンというより、ファイロ・ヴァンスと、ヴァン・ダインに、圧倒的に近いです。 ≪ベンスン殺人事件≫の発表が、1926年ですから、この作品が出た1930年は、ファイロ・ヴァンス物の黄金期 でして、もろに、影響を受けたものと思われます。

  ただ・・・、作品の出来は、あまり良くありません。 本格物をどう書いていいのか、どういう風に語れば面白くなるのかが、まだ掴みきれていなくて、謎の材料だけ並べて、終わってしまった感があります。 この頃には、横溝さん自身が、本格物を読むのに、あまり、面白さを感じていなかったのかも知れません。


【腕環】 約16ページ
  1930年(昭和5年)11月9日、「日報報知」に掲載されたもの。

  女性にプレゼントにするつもりで、中古の腕輪を買った男が、その腕輪に、飾り文字で、元の持ち主である、古峯博士の妻の名前が彫られている事に気づく。 夫人の宝飾品が、中古品店に売られていた事から、二週間前に起こった、古峯博士殺人事件の謎が解けて行く話。

  本格といえば本格ですが、トリックではなく、たまたま発生した謎を、解くだけの話。 中心人物が小説家で、その相棒が新聞記者と、作品の規模に比べて、設定が大袈裟過ぎ。 新聞記者が出て来ると、どうしても、活劇っぽくなってしまいますなあ。 それ以外は、まあまあ、楽しめます。 それにしても、この程度の枚数で、本格物は、厳しい。



≪松本清張全集 1 点と線・時間の習俗・影の車≫

松本清張全集 1
文藝春秋 1971年4月20日/初版 2008年4月25日/11版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 松本清張さんの本は、作家別の現代作品の棚にあるだけだと思っていたのですが、全集の棚の間を見ていたら、松本清張全集があるじゃありませんか。 早速、第1巻から借りて来ました。 二段組みで、長編2、短編7作を収録。 【点と線】は、割と最近読んで、感想を出していますが、一作だけなので、同じ物を出しておきます。


【点と線】 約112ページ
  1957年(昭和年)2月から、翌年1月まで、「旅」に連載されたもの。

  福岡県の海岸で男女二人の死体が発見され、心中として処理されかけるが、死ぬ前に、男が一人で食事をしていた事を知った所割刑事が、心中説に疑問を抱く。 東京からやって来た警視庁の警部補が、その話を聞き、二人の仲や、背景を調べる内に、怪しい人物が浮かび上がるが、その男には、しっかりしたアリバイがあった。 公共交通機関を使った時刻表トリックを、一進一退しながら、突き崩して行く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  面白いです。 ただし、時刻表トリックを使った推理小説が、まだ少ない時代に書かれた物であるという事を念頭に置いて読まないと、ピンと来ません。 つまり、正確に表現するなら、「おそらく、発表当時に読んだ人達は、これ以上ないくらい、面白かっただろうなあ」と思われる、という事になります。

  この作品、有名な割に、2回しか映像化されていないのですが、その理由は、簡単に見当がつきます。 この作品の後、いろんな作者が、時刻表トリックを使った推理小説を大量に書くようになり、新味がなくなってしまったんでしょう。 時刻表トリックだけで、全編埋められているような作品だから、そのまま映像化しても、「ああ、こういうのね・・・」という感想が出るだけ。

  だから、ドラマ化した時には、刑事側の人間ドラマまで盛り込んで、肉付けしたわけだ。 私は、それを、尾鰭と感じたのですが、原作にはないのだから、ほんとに、尾鰭だったわけです。 ドラマのクライマックスは、犯人が、鉄道だけでなく、飛行機も使った事に、刑事達が気づく場面でしたが、あまりにも大時代過ぎて、呆れてしまい、そこから後ろは、真面目に見るのをやめて、他の事をしながら、音声だけ聞いていました。

  一番、ゾクゾクするポイントは、東京駅のホームで、死んだ二人が九州行きの夜行列車に乗る様子を、他のホームから、二人の知り合いに目撃させるというところです。 間に、他行きの列車が停まっている事が多く、4分間しか見通せない事から、目撃者に、完全な偶然だと思わせられる、というのが、実によく考えてあります。 松本清張さんは、推理小説を書くに当たって、トリックよりも、謎よりも、ゾクゾクするシチュエーションを考案する事に、最もエネルギーを注いでいたと思われます。


【時間の習俗】 約164ページ
  1961年(昭和36年)5月から、翌11月まで、「旅」に連載されたもの。

  相模湖畔で、男が殺され、同行していた女が行方不明になる。 容疑者が浮上するが、その男には、犯行時刻、福岡県で、神社の伝統行事を見に行っていたアリバイがあり、その時に撮影した写真もあった。 やがて、福岡で、別の男の死体が発見される。 二つの事件に関連ありと見た、警視庁の三原警部補が、【点と線】の事件以来、昵懇の中になった福岡署の鳥飼刑事と協力し、容疑者の練りに練られたアリバイを、崩して行く話。

  アリバイ崩しだけで成立している作品で、その点では、【点と線】の上を行きます。 しかし、あまりにも、そちらへ偏り過ぎたせいで、理屈理屈の目白押しになってしまい、面白さよりも、堅苦しさを感じます。 捜査側の視点で語られているのですが、主な探偵役の二人ですら、血の通った人間というより、「捜査者」という記号のような、カサカサに乾いた印象を受けます。

  さもない日常的な事から、謎解きのヒントを得る場面が多過ぎ。 2時間サスペンスや刑事ドラマの、低レベルな作品で、よく、そういうのが出て来ますが、一作品の中で、何度も、「何々を見て、突然、何々を思いついた」を繰り返されると、嘘臭くて、馬鹿馬鹿しくなって来ます。 そんな偶然の閃きにばかり頼っていて、刑事が務まるものですか。 むしろ、「過去に、こういう事件があったが、今回のも、それに似ているから、こうなのではないか」といった、経験から来る判断の方が、刑事の発想らしいと思います。

  【点と線】も、この【時間の習俗】も、クロフツ作品の語り口を真似ていて、天才的な探偵役を出さず、普通の刑事が、地道な捜査を重ねて、真相に辿り着くタイプの話です。 うまく書かれていれば、面白くなるのですが、この作品は、潤いがなさ過ぎて、面白いというところまで、行きません。 ネット情報によると、ドラマ化されているようですが、私は未見。 この堅苦しい話を、どんな風に映像化したのか、そこだけに、興味があります。 


【影の車】(短編集のタイトル)
  1961年(昭和36年)に、「婦人公論」に掲載。


「潜在光景」 約20ページ 4月
  昔馴染みの、子持ちの未亡人と再会し、不倫関係になった男が、その子供がなつかなくて困っていたが、なつかないどころで済む話ではなく、男に対して、殺意を抱いているのではないかと思えて来て・・・、という話。

  未亡人が相手なのに、なぜ、不倫なのかというと、男の方に、妻がいるからです。 妻とは冷めた関係で、子供もいないという設定。 ページ数にしては、登場人物のキャラや心理を細かく描き込んでいて、読み応えがあります。

  それにしても、自分自身が、子供の頃に、伯父から嫌な思いをさせられているのに、同じ事を不倫相手の子にやるというのは、どういう神経なんでしょう?


「典雅な姉弟」 約21ページ 5月
  もう、50歳を超えているが、美形の姉と弟が、一緒に暮らしていた。 姉は、かつて、高貴な家に仕えていた事があり、独身。 弟も、結婚歴がなく、見合いの話が来ても、断っていた。 ある時、姉が殺されるが、弟には、アリバイがあり・・・、という話。

  この短さで、アリバイ・トリック物。 電話と電報を使ったものです。 前半は、お上品で、弟とは仲が良いけれど、他の家族を見下し、使用人を顎で使っている姉の人柄や、弟が、なぜ、結婚しないのかについて、細かい描写が続くのに対し、後半、姉の死を境に、突然、本格物に変わるので、唐突感が強いです。 しかし、前半と後半を分けて評価すれば、どちらも、面白いです。

  お上品な姉が、なぜか、爬虫類・両生類が好きで、庭の蜥蜴や蛙に食べさせる為に、蝿を集めているというのが、妙に面白い。


「万葉翡翠」 約23ページ 2月
  大学の教授から、万葉集の歌に詠まれている、翡翠が出る川を探してみるように薦められた学生数人が、新潟県に向かうが、その内の一人が、戻って来なくて・・・、という話。

  万葉集の歌の字句から、新潟県に翡翠が出る川があるはずだと推理するのが前半で、ちと、学術的過ぎて、硬いのですが、それでも、面白いです。 本当に、この歌について、そういう論争があるのかどうか、知りませんけど。

  後半では、帰って来ない学生を、仲間達が、何度、捜索しても見つからなかったのを、全く違った所から、手がかりが得られて、解決に向かいます。 その手掛かりというのが、いかにも、松本清張さんの好みそうなアイデアで、何となく、嬉しくなってしまいます。 このアイデアは、2時間サスペンスや刑事ドラマで、割とよく出て来ますが、松本さんの発案なんですかね?


「鉢植を買う女」 約18ページ 7月
  戦前に雇われて、戦後まで会社に残った女性社員がいた。 容貌が良くない事から、オールド・ミスとなり、社員に金を貸して、貯蓄に励んでいた。 ある時、金を借りに来た男性社員に襲われ、性関係を結ぶが、やがて、その男が、会社の金を持ち逃げしてしまう。 男が姿を消してから、女性社員が、鉢植えの植物を買い集め始めたのは、なぜか。 という話。

  梗概が分かり難いのは、そもそも、話の纏まりが悪いからです。 男が出来た事で、因業な女の人生が変わるというわけではなく、最後まで、お金だけを信望して突き進むので、心理の変化に乏しく、人間ドラマになっていないような気がします。 死体の隠し方が、謎になるわけですが、「なるほど。 それは、いいアイデアだ」と思うものの、これまた、ストーリーと関係が弱くて、取って付けたような感じがします。


「薄化粧の男」 約23ページ 3月
  若い頃、美男でならし、50歳を超えても、白髪を染めたり、薄化粧をしたり、色つき眼鏡をかけたりして、若作りに励んでいた男が、殺された。 妻と愛人が、しょっちゅう大喧嘩をするほど仲が悪く、二人とも容疑者になるが、二人ともアリバイがあり・・・、という話。

  アリバイ崩し物。 崩すというより、自然に崩れます。 なので、探偵役のような登場人物はいません。 男本人については、他者の証言で、その為人が語られて、人物描写で読ませます。 一方、事件の方は、容疑者達のアリバイが、どう仕組まれているかが、謎になっています。 話の焦点が、二つあり、いささか、バラバラ感があります。

  ドラマ化されたのを見た事がありますが、「こんな話だったかなあ?」という感じ。 映像化するとしたら、やはり、男の方を中心人物にするでしょうねえ。 だけど、性格に問題があったから、殺されたというだけでは、薄化粧云々に、大きな意味はなくなってしまいます。 読後に覚える、この妙な違和感は、「薄化粧の男」というタイトルと、話の中身に、ズレがあるところから来ているんでしょうか。  こういうタイトルなのに、薄化粧が、トリックに関わって来ないのが、不満なのです。


「確証」 約19ページ 1月
  暗い性格の夫が、明るい性格の妻の浮気を疑い始めるが、証拠が掴めない。 それを確かめる為に、恐ろしい方法を使うが、想像していなかった結果に終わる話。

  ネタバレさせてしまいますと、夫が使った手というのは、自分が淋病になり、それを妻にうつして、更に、妻から、浮気相手と思われる男にうつさせて、証拠と得るというもの。 眉を潜めたくなるような話で、よく、これを、「婦人公論」に掲載したなと、驚きます。 相当な割合の読者から、顰蹙を買ったのではないでしょうか。

  ラストは、皮肉な結末というより、少し、ピントがズレている感じ。 浮気相手について、伏線は張ってありますが、別に、意外性で、あっと驚くような事はないです。

  いっそ、「妻の浮気の確証を掴み、相手も想像通りの人物だったので、決然と離婚したが、その直後、夫自身の病気が悪化して、死んでしまい、妻と浮気相手は結婚して、幸せに暮らした」という話にすれば、皮肉な結末になったのに。


「田舎医師」 約19ページ 6月
  死んだ父親から話だけ聞かされていた、父の故郷へ、近縁者である医師を訪ねて行った男が、その医師が、往診中に、乗った馬ごと、崖から転落死した一件に関わり、事故ではなく、事件ではなかったかと疑う話。

  面白いです。 やはり、推理小説の舞台は、都よりも、鄙に限る。 雪深い山奥で、夜中に、転落事故の一報が入り、現場へ出かけて行く件りなど、ゾクゾクせずにはいられません。 謎の部分が、本格物なので、舞台の雰囲気に比べて、少し子供騙しっぽいのが残念ですが、それが気にならないくらい、面白い印象の方が強いです。



≪松本清張全集 2 眼の壁・絢爛たる流離≫

松本清張全集 2
文藝春秋 1971年6月20日/初版 2008年4月25日/9版
松本清張 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 二段組みで、長編2作を収録。


【眼の壁】 約236ページ
  1957年(昭和32年)4月から、12月まで、「週刊読売」に連載されたもの。

  手形詐欺で大金を騙し取られ、会社に損害を与えてしまった課長が、責任を感じて、自殺する。 その部下だった男が、仇を取ろうと、友人の新聞記者と共に、捜査を進めたところ、戦後右翼の頭目が絡んでいるらしいと分かる。 別働で捜査を進めていた、会社の顧問弁護士の助手が殺され、やがて、弁護士も行方不明になり・・・、という話。

  冒頭からしばらくは、ビジネス小説のような雰囲気ですが、最初の殺人に至る件りから、刑事ドラマ風の速いテンポになり、その後は、割と落ち着いた、松本清張さんらしい作風に変わります。 分類すれば、素人探偵ものですが、新聞記者が、新聞社ごと加勢しているので、純然たる素人捜査とは言えません。

  殺人事件が起きてからは、警察も加わり、警察式の組織捜査も描かれますが、どちらかというと、そちらの方が、松本清張さんらしくて、面白いです。 実質的主人公は、ただの会社員でして、インスピレーションで、謎パズルのピースを揃えて行くのですが、ちと、閃きが多すぎるような気がします。

  結構、長い小説ですが、テンポが速いから、ページは、どんどん進みます。 連載小説らしく、会話だけが続く部分が多いですが、そこは、飛ばし読みしても、問題ありません。 毎回、指定された枚数を埋める為に、そうしているのは明らかで、ストーリーに関わる情報が少ないからです。


【絢爛たる流離】 約219ページ
  1963年(昭和38年)1月から、12月まで、「婦人公論」に連載されたもの。 ちなみに、「流離」とは、「故郷を離れて、さすらう事」。

  指輪に仕立てられた、3カラットのダイヤモンドが、戦前から、戦後にかけて、様々な人々の手に渡るが、関わった者達が、ことごとく、殺人事件に巻き込まれる話。

  大体、2回で、一話になる組み合わせ。 部分的に、登場人物が重なっていますが、指輪がリレーされるだけで、全体で一つの話というわけではないです。 「呪いの宝石」の持ち主が、次々と死んで行くというアイデアは、良く使われるものですが、この作品の場合、指輪は、バトンに過ぎず、指輪に直接、関係するエピソードは、凶器を作る為に、ダイヤでガラスを切ったという、一つだけです。

  一話一話に、謎やトリックが用意されていますし、設定や描写も細かくて、読み応えはあります。 だけど、約20ページごとに、途切れてしまうので、やはり、普通の長編と比べると、読書のノリは悪いです。




  以上、四作です。 読んだ期間は、

≪江戸川乱歩全集(25) 怪奇四十面相≫が、2020年の、2月28日から、3月4日。
≪芙蓉屋敷の秘密≫が、2019年の12月16日から、2020年の、3月6日まで。
≪松本清張全集 1 点と線・時間の習俗・影の車≫が、2020年3月6日から、18日。
≪松本清張全集 2 眼の壁・絢爛たる流離≫が、3月20日から、31日にかけて。

  例によって、≪芙蓉屋敷の秘密≫の期間が長いのは、図書館で借りた本の合間に、手持ちの本を、ちょぼちょぼと読んでいるからです。 松本清張全集に入ってから、読むスピードが、ガクンと落ちました。 2週間の貸し出し期間が、一冊で終わってしまいます。 内容が、みっちりしているから、無理もないんですが。

2020/08/02

読書感想文・蔵出し (63)

  読書感想文です。 まだまだ、続きます。 続くと言えば、とにかく、今年の梅雨は、しつこかった。 ただ長いだけでなく、台風並みの風雨になる日が多くて、外出は言うに及ばず、庭仕事など、屋外での活動に大きな制約を受けました。 これだけ、強烈な梅雨は、過去に記憶がないです。




≪江戸川乱歩全集⑮ 月と手袋≫

江戸川乱歩全集 第十五巻
講談社 1979年11月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 二段組みで、長編2、中編2、短編2の、計6作を収録。 ちなみに、この全集は、二段組なので、長・中・短編の区別は、ページ数で判断できず、テキトーにやっています。


【十字路】 約112ページ
  1955年(昭和30年)10月に、講談社から、「書き下ろし長篇探偵小説全集」の第1巻として、刊行されたもの。

  愛人がいる男が、新興宗教を狂信している妻を殺してしまう。 ダムに沈む村の井戸に死体を埋める事を思いついたが、自家用車で運搬中、ある十字路で事故を起こし、しばらく車外にいて、戻って来たら、死体が一つ増えていた。 やむなく、二体とも井戸に埋めるが、二つの失踪事件が重なった事から、私立探偵の捜査に引っかかり・・・、という話。

  渡辺剣次さんという作家が筋立てを考えて、江戸川さんが書いたという、共作。 普通、大家が筋を考えて、若手が書くという分担が多いですが、これは、逆ですな。 そのせいで、ストーリーが、江戸川さんのカラーからは、大きく外れており、別人の作品のように感じられます。 戦後、うじゃうじゃ出て来た、一般人が登場人物の推理小説、そのものという感じ。

  当時は、割と好評だったらしいですが、このパターンの共作は、江戸川さんがその気にならず、続かなかったとの事。 その判断は、大正解で、こういう他人カラーの作品を多数残していたら、没後の江戸川さんの評価は、ずっと低いものになっていたでしょう。 ただし、江戸川さんらしくないというだけで、この作品自体が、つまらないというわけではないです。


【堀越捜査一課長殿】 約32ページ
  1956年(昭和31年)4月に、「オール読物」に、掲載されたもの。

  銀行から輸送車に運び込まれる現金を奪った犯人が、警官らに追われて、自分のアパートに逃げ込んだ直後、姿を消してしまう。 かなりの年月が経ってから、当時の捜査指揮をした人物の所へ、犯人のアパートの隣室に住んでいた男から、手紙が届き、事件の真相が明らかになる話。

  江戸川さんの作品では、よくある、一人の人間が、変装して別人に成りすまし、事件を起こした後、消えてしまうというパターンです。 メインのアイデアは、焼き直しですが、テレビを改造して、トリックに使うなど、新しいアイデアも盛り込まれています。 ラストが、変わっていて、犯罪を扱った小説としては珍しい、不思議な余韻が残ります。


【妻に失恋した男】 約8ページ
  1957年(昭和32年)10月6日から、11月3日まで、「産経時事」に、5回連載されたもの。

  妻を愛しているのに、妻からは嫌われていると嘆いていた男が、拳銃を口の中に発射して、死ぬ。 当然、自殺と思われたが、少し、引っ掛かった刑事が、根気良く調べを続けたところ、夫婦で通っていた歯科医院で、治療用の椅子のヘッド・レストが、最近、新しくなった事が分かり・・・、という話。

  ディクスン・カー作品のトリックを借用したとの事ですが、どの作品かは、分かりません。 借用と言っていますが、今の基準で言えば、盗用ですな。 しかし、推理小説のトリックは、出尽くしているので、アイデア盗用は、よほど露骨でない限り、目こぼしされているようです。 1957年なら、尚の事。

  盗用云々を責めないのであれば、推理小説の短編として、大変よく、纏まっています。 動機が明瞭で、腑に落ち易いのも、良いです。 こういう夫婦も少なくはないんでしょうな。 殺さないまでも、死んで欲しいと願っているだけならば、何割という数字で、存在するのでは?


【月と手袋】 約38ページ
  1955年(昭和30年)4月に、「オール読物」に、掲載されたもの。

  高利貸しの妻と不倫をしていた男が、話がこじれて、高利貸しを殺してしまう。 女に協力させて、窓際で芝居を打たせ、それを、自分が、パトロール中の警官と共に目撃するという方法で、アリバイを作る。 しかし、金を借りていた者の誰かが犯人と思わせるように、細工を施していたのが裏目に出て、警部に目をつけられ・・・、という話。

  警部が相談しているという形で、明智小五郎の名前が出て来ますが、当人は出て来ません。 明智が警部に授けた作戦は、確証がないので、犯人を心理的に追い込んで、自白させるというもの。 犯人達の留守中に、部屋にマイクを仕掛け、警官達が、隣の部屋で、犯人達の会話を聞いているというのも、当時としては、新しい小道具だったと思います。

  倒叙形式で、犯人側の視点で書かれているので、次第に追い込まれて行く過程に、緊迫感があります。 面白いんですが、江戸川さんらしい話ではないですねえ。 もっとも、そのお陰で、子供騙しっぽいところは、全くありません。 


【ペテン師と空気男】 約74ページ
  1959年(昭和34年)11月に、桃源社から、「書き下ろし推理小説全集」の第1巻として、刊行されたもの。

  他人にイタズラを仕掛けるのを趣味にしている男が、同好者を集めて、クラブを作っていた。 そこに新しく加わった青年が、男の妻と気安い関係になって行ったが、やがて、それが、男にバレ、男は妻を家に閉じ込めてしまう。 妻が殺されたと思った青年が、他の会員と共に駆けつけるが・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  様々な仕掛けを駆使する点では、イタズラと計画犯罪は、同方向であるが、そうであればこそ、注意して、犯罪とは一線を画していたのが、妻の浮気に腹を立てた男が、その一線を超えてしまったのではないかと思わせるのが、話の味噌。 しかし、疑り深い読者なら、「これは、最後の最後まで、イタズラなのではないか?」と、思うのではないでしょうか。

  前半、イタズラの事例を、並べて行くところなど、【猟奇の果】に似たテンポで、面白いです。 しかし、実例集の類いが、最初は面白くても、その内、飽きてしまうのと同じで、この作品でも、飽きます。 飽きる頃合を見計らって、事件というヒネリが入るわけですが、むしろ、そのまま、本当の犯罪が行われた事にした方が、良かったのでは?

  事件が起こるところまでは、戦前・戦中の話で、男と妻が姿をくらました後、戦後になって、タネ明かしがされるわけですが、新興宗教の開祖にしてしまうなど、あまり、いい結末とは思えません。 話としての纏まりに欠けるのです。


【指】 約2ページ
  1960年(昭和35年)1月に、「ヒッチコック・マガジン」に、掲載されたもの。

  ピアニストが、通り魔に遭い、手首を切断されてしまう。 病院に運ばれて治療を受けたが、本人はまだ、手首を失った事を知らされていない。 彼が、包帯で巻かれた手の中で、指を動かしてみると、別室にある、ガラス壜に入れられた手首の指が・・・、という話。

  梗概で、ほぼ、ネタバレさせてしまいましたが、ごく短い話なので、大した罪にはなりますまい。 ホラーでして、推理物でもなければ、ショートショートでもないです。 



≪白仮面≫

論創海外ミステリー 224
論創社 2018年12月30日/初版
金来成 著 祖田律男 訳

  沼津市立図書館にあった本。 推薦図書コーナーに置いてあったのを見つけて、借りてきたもの。 論創海外ミステリーなので、単行本です。 まっさらの新刊ですが、日本支配化の朝鮮で、1930年代後半に発表されたもの。 作者は、1909年生、1957年没。 戦前は、探偵小説を、戦後は、大衆小説を書いていた人だそうです。 この本は、少年向けの探偵小説集で、長編2作を収録。


【白仮面】 約132ページ
  1937年6月から、翌年5月まで、朝鮮日報出版部の雑誌、「少年」に連載されたもの。

  世界各地を荒らしていた怪盗、「白仮面」が、ソウルに現れ、ある重大な発明を成し遂げた博士を誘拐する。 ところが、博士の研究ノートが手に入らなかった。 博士の息子と、その友人、二人の少年が、探偵小説家にして、朝鮮随一の探偵、劉不亂(ユ・ブラン)と共に、ノートを巡って、白仮面や、外国のスパイ達と争奪戦を繰り広げる話。

  探偵が出て来ますが、トリックや謎は希薄で、都会を舞台にした活劇です。 時代が同じなので、江戸川さんや、横溝さんの少年向け 作品と、大変、よく似ています。 いずれも、元になったのは、当時、世界中を席巻していた、アルセーヌ・ルパン・シリーズでしょう。 探偵の名前が、劉不亂(ユ・ブラン)ですが、モーリス・ルブランから来ているのは、疑いありません。

  話は、いかにも、少年向けという軽いものです。 白仮面の正体と、その目的が、相当には意外で、そこが、この物語の特徴といえば、特徴。 少年の一人の飼い犬が出て来ますが、気の毒な最期になります。 戦前の探偵小説は、どこの国でも、動物の命なんて、大した価値はないと見做している点で、共通しているようです。


【黄金窟】 約89ページ
  1937年11月1日から、12月31日まで、新聞、「東亜日報」に連載されたもの。

  孤児院で育った少年が、父親を亡くして入院して来た少女が持っていた仏像の中から、宝のありかを記した暗号文を見つけ出すが、その直後、インド人の拳闘家グループに、仏像を持ち去られてしまう。 名探偵・劉不亂(ユ・ブラン)が、暗号を解き、孤児院の少年達や院長と共に、汽船に乗って、インド洋の孤島へ向かうが、拳闘家グループも、ほぼ同時に島に着き、激しい戦いになる話。

  正統派の冒険小説。 暗号が出て来ますが、推理物に出て来る暗号とは、毛色が違っていて、そちらの方で、ゾクゾクするようなところはないです。 拳闘家グループを相手に、少年達が、拳銃を使って戦うのですが、少年と言っても、主役級の年齢は、16歳なので、まあ、そんなに変ではないかというところ。

  しかし、やはり、少年向けは、少年向けですな。 大人がワクワクするような話ではないです。 読者が、小学生なら、結構、手に汗握るかも知れません。 もちろん、ハッピー・エンド。 手に入れた宝も、大きな孤児院を作る為に、すぐ売ってしまうようなので、その後、拳闘家グループに、つけ狙われるという事もないでしょう。



≪江戸川乱歩全集(23) 少年探偵団≫

江戸川乱歩全集 第二十三巻
講談社 1979年4月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 この全集ですが、16巻から、22巻までは、随筆や評論でして、それは、読んでも眠くなりそうなので、端折りました。 江戸川さんの大人向け作品は、ほぼ、読み終わったわけですが、ファンになるほど、面白いとは思えず、江戸川さんの考えていた事に、あまり興味が湧かなかったのです。

  二段組みで、少年向けの長編、3作を収録。 少年向けなので、漢字で書くところを、多く、平仮名にしてある関係で、ページ数が増えています。


【怪人二十面相】 約106ページ
  1936年(昭和11年)1月から、12月まで、「少年倶楽部」に連載されたもの。

  変装の名人が、宝石や美術品などを専門に狙う怪盗団を率いて、巷を騒がせていた。 実業家が所有している、ロマノフ家由来の宝石や、伊豆山中に住む大地主が、城のような屋敷に蒐集していた古名画の数々、最後には、国立博物館の所蔵品を狙い、小林少年や、明智小五郎と、頭脳戦を繰り広げる話。

  探偵側の視点で語られますが、実質的主人公は、二十面相の方です。 そして、二十面相のモデルになったのは、アルセーヌ・ルパン。 江戸川さんの通俗長編は、大人向けでも、ルパン・シリーズからの影響が最も大きいですが、子供っぽいという指摘を受けていたようで、開き直って、少年向け作品にしてしまったら、大歓迎され、大成功したという次第。 

  大人向け作品で使ったアイデアを焼き直したり、外国の有名作品のアイデアを盗用したりして、使っています。 感心しませんが、少年向けと思えば、別に眉を顰めるほどの事でもないというところでしょうか。 アイデアが焼き直しである事と、エロ・グロを排してある事を除けば、大人向け作品と、さほど、変わりません。

  基本的に、明智が探偵役ですが、少年向けなので、小林少年や、少年探偵団に、出番を振り分けています。 特に、最初の事件で、留守にしている明智の代わりに、小林少年がやって来て、盗難を阻止する展開は、少年読者を、興奮させたでしょうねえ。 しかし、大人の立場で読むと、「子供に、こういう事をさせるのは、無理があるかな」と思ってしまいます。


【少年探偵団】 約96ページ
  1937年(昭和12年)1月から、12月まで、「少年倶楽部」に連載されたもの。

  少年探偵団のメンバーの周囲で、幼い子供が、不審なインド人に誘拐されかける事件が起こる。 狙われている女の子を保護しようとした小林少年が、女の子ともども、さらわれてしまうが、探偵団の活躍で、事なきを得る。 その後、明智小五郎によって、不審なインド人の正体が判明するが、犯人は、警察の想定外の方法で、逃げてしまう。 最後には、純金で作った五重塔の模型を巡って、明智と犯人の騙し合いが繰り広げられる。

  梗概がバラバラになってしまいましたが、私のせいではありません。 元の話がバラバラのエピソードを並べたものだから、こんな梗概にならざるを得ないのです。 【怪人二十面相】と同じで、大人向け作品や、海外作品のアイデアを焼き直し・盗用して、作った話。 少年向けだから、そちらはいいとしても、ストーリーがバラバラなのは、如何なものか。

  以下、ネタバレ、あり。

  何をネタバレさせるかと言うと、この作品の犯人も、二十面相です。 タイトルを、「少年探偵団」としていながら、別に、彼らの活躍が話の中心ではなく、明智と二十面相との対決が軸になっています。 小林少年は、相変わらず、助手に過ぎず、少年探偵団も、相変わらず、おこぼれ的に、出番を分けてもらっているという感じ。 小林少年が、女装するところは、面白いですが、小説だから、何とかごまかせるのであって、映像作品だったら、すぐに、バレると思います。


【妖怪博士】 約117ページ
  1938年(昭和13年)1月から、12月まで、「少年倶楽部」に連載されたもの。

  少年探偵団に所属する少年が、怪しい人物を見かけて、後を追うが、入った西洋館で捕えられ、催眠術をかけられて、自宅から父親の大事な書類を持ち出し、姿を消す。 その後も、探偵団の団員が罠にかけられて、消失する事件が続く。 最後には、山の中の鍾乳洞に、誘い込まれて、団員全員が捕まってしまい、明智小五郎が助けに行く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  何をネタバレさせるかと言うと、この作品の犯人も、二十面相です。 もしや、江戸川さんの少年向け作品は、全て、二十面相が犯人なのでは? で、二十面相は、過去に、少年探偵団に仕事を邪魔された事に恨みを抱き、その復讐を思い立ったというのが、この作品の内容。 大変、大人気ないと思いますが、少年向けだから、それもアリなのでしょう。 ただし、大人が読むとなると、全く歯応えがありません。

  私が、子供の頃、最後に読んだ江戸川作品で、西洋館に入った少年が帰って来ないというのがあったのですが、もしかしたら、この作品がそれだったのかも知れません。 しかし、西洋館が出て来る話は、結構あると思われ、自信がありません。 部屋の床が開く落とし穴とか、天井が下がって来る部屋とか、出口が分からない洞窟とか、大人向け作品で使われたモチーフが、目白押しです。



≪江戸川乱歩全集(24) 青銅の魔人≫

江戸川乱歩全集 第二十四巻
講談社 1979年5月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 この全集、23・24・25の三巻に、少年向け作品を収録していますが各巻3作ずつですから、9作に過ぎず、江戸川さんの少年向け作品の全作ではありません。 もっと、あるはず。 読者に影響を与えたという点では、大人向け作品より、少年向け作品の方が、貢献度が高いのですから、全作網羅しても良いと思うのですが、少年向けを、全集で読む人は少なかろうと判断したんでしょうか。 二段組みで、少年向けの長編、3作を収録。


【大金塊】 約90ページ
  1939年(昭和14年)1月から、翌年2月まで、「少年倶楽部」に連載されたもの。

  富豪の家に泥棒が入り、先祖が隠した金塊のありかを記した暗号が盗まれる。 依頼を受けた明智小五郎の命で、その家の子息に化けた小林少年が、賊のアジトに連れ込まれたついでに、いろいろと役に立つ情報を仕入れて来る。 暗号を解いた明智小五郎が、小林少年と富豪親子の四人で、三重県の孤島に向かい、洞窟に入って、賊一味と金塊の発見競争をする話。

  ごく最近、読んだ、金来成さんの【黄金窟】に似ていますが、古今東西、こういう話は、よくあるのでしょう。 大人向け作品で使われたアイデアを流用していますが、ストーリー全体の作りがしっかりしていて、エピソードがバラバラという事は、全くないです。 その点、安心して読み進められます。

  少年向けなのに、ゾクゾクする場面があります。 小林少年が、賊のアジトに囚われている間に、万能鍵で、牢屋の錠を開けて、アジト内を調査して回る件り。 やたら、込み入った通路を抜けて、首領の部屋まで辿りつくのですが、その描写が手に汗握るほど、秀逸。 バレないように、一度戻って、次の晩にまた行くというのが、実に面白いです。 なぜ、これを、大人向け作品でやらなかったのか、不思議ですが、もしや、これも、外国作家からの借用(盗用)なんですかね?


【青銅の魔人】 約78ページ
  1949年(昭和24年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  青銅の鎧のようなものを纏い、ギシギシ歯車の音をさせながら、貴重な時計を盗んで回る怪人が現れる。 ある富豪のもつ時計が狙われ、明智小五郎に依頼が来る。 小林少年は、荒っぽい仕事をこなせるように、浮浪児達を集めて、少年探偵団の別働隊を作り、明智を助けて、犯人を追い詰める話。

  この作品、子供の頃、ポプラ社のシリーズで読んだと思っていたのですが、改めて読んだら、内容を全く覚えておらず、いくらなんでも、こんなに知らないという事はないと思うので、たぶん、タイトルだけ記憶していて、中身は読んでいなかったのだと思います。 まあ、それは、私事ですが。

  以下、ネタバレ、あり。

  戦後初めて書かれた、少年向け作品です。 戦時中、なりを潜めていた二十面相が、仕事を再開したという設定。 相変わらず、大人向け作品のアイデアを焼き直していますが、青銅の鎧というのが、ただ不気味なだけで、犯罪遂行上の必然性に欠けるせいか、安直なキャラでして、その点、手抜きのような感じがしないでもなし。 ストーリーの構成は、ちゃんとしていて、バラバラ感はないですが、話自体が、面白いというほどではないです。

  この作品で特徴的なのは、チンピラ別働隊です。 浮浪児は、戦後に街に溢れた存在で、戦前では、ありえなかった設定ですな。 しかし、「浮浪少年だから、危険な仕事も大丈夫だろう」というのは、ちと、違和感があります。 「少年探偵団の正規メンバーは、いいとこのお坊ちゃんが多いから、危険な事はさせられない」というのですが、そういう考え方は、差別なのでは?


【虎の牙】 約87ページ
  1950年(昭和25年)1月から、12月まで、「少年」に連載されたもの。

  魔法博士と名乗る人物が、小林少年の親戚の子供や、小林少年、少年探偵団のメンバーを、様々な仕掛けを施した屋敷に呼び込み、奇術を使って誘拐し、生きた虎を見張り番にして、脱出を阻む。 最後には、病に臥していた明智小五郎まで略取して来るが・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  魔法博士は、髪の色まで、黄色と黒の縞模様にして、人間と虎のハーフのような印象を与えていますが、実は、ただの人間で、しかも、作者自身が、「読者のみなさんは、もう、お気づきと思いますが」と断るほど明白に、二十面相その人そのものです。 他に、こんな事する人、いないわ。

  二十面相の旦那、今回は、誘拐・略取だけが犯罪で、何も盗みません。 少年探偵団や明智を相手に、こんな、いやがらせレベルの遊びをやっているようでは、暮らしに困るのではないかと、他人事ながら、心配してしまいますな。 よっぽど、たくさん、盗み溜めた資産があるんでしょうかね。

  この作品、少年向けにしては珍しく、建物のすりかえや、密室のトリックが出て来ます。 建物のすりかえの方は、監禁されている小林少年が、窓から射す日で、家が違う事に気づく件りが面白くて、子供の読者なら、結構、ゾクゾクすると思います。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2020年の、

≪江戸川乱歩全集⑮ 月と手袋≫が、1月31日から、2月7日。
≪白仮面≫が、2月8日から、9日まで。
≪江戸川乱歩全集(23) 少年探偵団≫が、2月11日から、20日。
≪江戸川乱歩全集(24) 青銅の魔人≫が、2月21日から、27日にかけて。

  江戸川乱歩全集は、残り一冊なのですが、≪白仮面≫が挟まった関係で、今回は、出し切れませんでした。 もう、半年近く経っているので、江戸川乱歩全集も、遠くなった感じがします。

  江戸川さんの大人向け作品は、全集⑮が最後です。 戦後は、ほんの数作しか書かなかったわけですな。 横溝正史さん達が、本格トリック物の長編を、続々と発表しているのを見ながら、もう、自分の時代ではなくなった事をよく理解していたのだと思います。

  ちなみに、江戸川さんは、1965年(昭和40年)が没年です。 戦後、大人向けを書かなくなった一方で、少年向けは、戦前に書き始めた怪人二十面相のシリーズを、晩年まで書き続けます。