2015/01/25

暮れ・正月のテレビ

  こないだ、年が明けたと思ったら、あれよあれよという間に、一月も下旬になってしまいました。 時間の早さはともかく、日数が経つのが早いのは、仕事をしていてもいなくても、大した違いはないんですが、何もせずに、これだけの日数を遊び暮らした事を、客観的に見ると、「時間の無駄遣いをしているなあ」と、つくづく思います。 「だったら、何か、やりゃあいいじゃん」と思うでしょう。 いやあ、お若いの、まだまだ青いのう。 引退者というのは、やる事がなくなったから、引退者と言うのじゃよ。 ふむ。

  新年と言っても、「新年、新年」と言っているのは、正月の五日くらいまでで、大抵の人は、仕事や学校が始まると、新年である事など、打ち忘れてしまいます。 今年の干支を覚えているのは、何日目までですかね? 元日から、一週間以上過ぎているのに、テレビで、「新年特別企画!」などと銘打った番組をやっていると、「何を寝ぼけてやがる。 お屠蘇気分も大概にしやがれ。 これだから、地デジを見る大人が一人もいなくなるんだ。 テレビ業界、揃いも揃って、痴呆化しとるんとちゃうんか?」などと、つまらん事で憤慨してしまいます。 新年早々、精神の安寧を乱すこと甚だしい。


  ところで、暮れから正月にかけてのテレビ番組は、全滅でしたな。 よくもまあ、あれだけ、つまらん番組ばかり、思いついたものです。 だからよー、名前を知らない芸人や、正体不明のタレントが、スタジオでゲームをやっていたり、旅に出かけたりしても、ちっとも面白くねーのよ。 芸人やタレントが増え過ぎて、もはや、彼らが、有名人ではなくなりつつあるのが、致命的に痛い。 有名人というのは、数が限られているから、名前を覚えてもらえるのであって、うじゃうじゃいたのでは、一般人と変わらなくなってしまいます。 

  BSはBSで、正月番組にどう対応していいか掴めていないようで、普段と同じような番組を流していました。 これといって、独自番組を思いつかないのなら、過去の娯楽大作映画でも放送してくれれば、結構、見る人が多いと思うんですがね。 暮れに、BSプレミアムでやっていた、≪ホビット≫と、≪ロード・オブ・ザ・リング三部作≫は、その点、ありがたかったです。 このシリーズ、一話一話が、明らかに長過ぎるので、傑作扱いするのは、どうかと思いますが、時間潰しに見るには、十二分に面白いです。 あれのおかげで、去年は、≪紅白歌合戦≫を一秒も見ないで済みました。

  もう、15年も前から、歌手なんて、有名人でも何でもないですから、そんな連中が年に一度、「忘れないでくださいよ~」と、ズボンの裾に縋り付いて来る為の番組なんて、見る必要は、とっくになくなっていたのですが、一昨年まで、一応、目ぼしい所だけ見ていたのは、その年に流行った曲が何だったか、確認するのが目的でした。 しかし、去年の場合、≪アナ雪≫の歌一曲しか流行らなかった事を承知していたので、改めて、確かめる必要もないと思ったという次第。 しかし、凄いよねえ。 一年365日もあって、その間に、日本国内で作られた曲が、一つも流行らないってんだから。 70年代、80年代と比べると、隔世の感あり、いや、宇宙が違うんじゃないだろか?


  テレビ番組の話に戻りますが、テレビ東京や、BSジャパンは、≪ローカル路線バス乗り継ぎの旅≫を、第一回から、立て続けに再放送していれば、正月視聴率のトップを取れたんじゃないですかね? だらだらと長いばかりで、どう見ても、しょぼい、長編時代劇なんか作るより、遥かに安く上がり、遥かに歓迎されると思います。 そして、3日放送の、新作に繋げれば良かったのです。

  そういやー、≪大江戸捜査網2015≫は、ひどかったなあ。 ちょっとちょっと、奥さん、見ました? あの、レベルの低さ。 私なんて、もービックリ! 高橋克典さんの、あの鬘は、なによ? スタッフが、誰か一人でも、「似合いませんねえ。 他の髪型にしますか」と言わなかったんですかね? ちょい役ならともかく、主役だよ。 主役がカッコ良くなかったら、剣劇なんて成立するはずがないじゃないですか。 また、話の展開の緩急が、滅茶苦茶のグジャグジャ。 冒頭の斬り合いの場面が、無意味に長過ぎると思ったら、隠密同心にスカウトされる所は、パタパタっと片付けてしまって、「なんじゃ、こりゃあ!」でして、そこで見るのをやめました。

  時代劇を、随分見て来た世代の、私ですら呆れ返るんですから、若い世代が、こんな、出来の悪いものを見るわけがありません。 民放の時代劇は、レギュラー番組がなくなってから、撮影スタッフが散り散りになり、技術が伝承されないものだから、素人が、昔の作品を見よう見真似で作っているような、ひどい状況になっているのではないでしょうか? あのねー、もし、自分達で作っていて、「楽しくないなあ」と思ったら、無理に作らなくてもいいですよ。 それを見せられる方も、苦痛ですから。

  NHKは、ずっと、時代劇を作っているわけですが、ごく、たま~に例外があるだけで、99パーセントは、見るに値しません。 昔から言われていた事ですが、NHKの時代劇には、時代劇としての、スピリッツが欠けているのです。 何十本作ろうが、昔の民放作品のリメイクをしようが、このスピリッツの不在な点は、変わりがなく、ちっとも面白くありません。

  そういや、大河ドラマですが、去年の、≪軍師官兵衛≫は、一応、ほとんど見ました。 黒田如水について、知らない事が多かったので、勉強するつもりで、見たのです。 つまり、なんだ、あの人は、武将としての能力は高かったけれど、人を見る目が今一つで、つく親分を間違えたんですな。 本当に、如水が優れていたら、最初から、家康についていたでしょう。 秀吉と家康じゃ、大違いです。

  相変わらず、主人公のキャラを、「戦のない世の中を目指している」などという、もろ今風の価値観で作っていますが、戦国時代の武将は、そんな発想は、全くないですよ。 そういう事を考えていたのは、家康一人だけです。 だからこそ、最終的に、全国を治める事に成功したわけですがね。 どんなに戦に強くても、パワー・ゲームが得意でも、戦争するしか能がない奴では、治世を打ち立てるなど、無理無理。

  で、今年は、またぞろ、幕末だとさ。 しかも、長州ですぜ。 つまんねー。 最終的に勝つ事が分りきっている側の話なんて、見ていて、何が面白いのか、さっぱり分かりません。 同じ幕末でも、ちょっと変わった視点が取れないものかね? たとえば、彦根藩の方針が、幕末の変動の中で、どう変化して行ったか、追ってみるとか。 韓ドラの歴史劇は、無限かと思うほど、バリエーションがあるのに、なんで、日本の歴史劇で、同じ事ができないんだよ? 戦国末と幕末ばかり、馬鹿の二つ覚えみたいに繰り返しやがって。 まさかとは思うが、ほんとに馬鹿なんじゃないだろうな? というわけで、今年は、見ません。


  他に、暮れ・正月のテレビ番組というと、Dlifeで、≪X-ファイル≫を見ていました。 懐かしい。 最初の方のシリーズを見逃していたので、ちょうど良かった。 携帯電話と言い、車と言い、90年代ですなあ。 だけど、15年以上新しい、昨今のアメリカのドラマ・映画より、ずっと、未来的な雰囲気があります。 この頃のアメリカには、未来があったわけだ。 ≪X-ファイル≫が作られていた時期は、ほぼ、クリントン政権の二期に重なりますが、アメリカが大規模に関わる戦争もなく、大統領の女性問題が最大のニュースになるくらい、平穏な時代だったんですな。 今は昔・・・。

  一月の半ばくらいまでかけて、第2シリーズを、ほぼ全話見たのですが、立て続けに見過ぎたせいか、ちょっと、食傷しました。 超常現象を全種扱っているので、毎回、変化はあるものの、すっきり、謎が解けないので、続けて見ていると、フラストレーションが溜まるのです。 ただ、それは、この作品の欠点ではないです。 むしろ、謎を完全に解かずに終わるからこそ、息の長いシリーズになれたんですな。 これが、下手に、科学知識で分析して、すっきりさせてしまうと、不思議なムードをブチ壊して、視聴者を白けさせてしまったでしょう。

  それにしても、出て来る車が、いいデザインだこと。 ほぼ、全て、アメ車ですが、この頃のアメ車は、サイズ・ダウン期から一段落して、各社のデザイナーが、小さいサイズに慣れようとしていた頃でして、冒険する余裕がないので、個性よりも、安定感が重視されていたのです。 言わば、雌伏の時代なんですが、車を、あくまで、実用品と考えている者にとっては、この無個性なデザインが、何とも、大人に見えるのです。 「映像作品の中では、車自体がカッコいい必要なんて、全然ないんだ」という事が、よーく分かります。

  ≪X-ファイル≫に味を占め、Dlifeの他の番組も、見てみようかと思ったのですが、やたらと、捜査物が多いので、見る気をなくしてしまいました。 ここ数年、日本のドラマが、刑事物・捜査物ばかり増えてしまって、どう考えても異常な状態になっていますが、それは、日本だけの現象ではなく、アメリカも、同じだったんですな。 というか、アメリカが先に、そういう状態になり、アメリカのドラマを手本にしていた日本のドラマ業界も、それに倣っていたと見る方が正しいのでしょうか。

  捜査物は、事件のパターンに限りがあるせいで、どうしても、同じような話が繰り返し作られる事になります。 それをごまかす為に、主人公を始め、レギュラー登場人物のキャラを、変人にしたりして、変化をつけるわけですが、そういったキャラのパターンにも限りがあるのであって、もはや、あらゆる組み合わせが使い古され、捜査物全体が、すっかり、陳腐化しきってしまいました。 それでも尚、作り続けるというのだから、驚くべき、マンネリ原理主義です。

  「科学捜査物」といえば、日本では、陳腐の権化となっている、≪科捜研の女≫が代表格ですが、アメリカ・ドラマの科学捜査物も、中身の薄さは、似たり寄ったりです。 安直としか言いようがない。 「理系の素人探偵」も、ひでーなー。 ≪すべてがFになる≫なんて、10年ぶりくらいに、テレビを壊したくなる衝動に駆られましたし。 あれ、ドラマ化する前に、変だと思わなかったんですかね? 理詰めで謎を解くのは、殊更、理系でなくても、名探偵は、デュパンもホームズも、ポワロもマープルも、全員、同じでして、ちっとも、目新しい発想ではありません。 加えて、理系の人間というのは、押し並べて、研究馬鹿の世間知らずでして、犯罪捜査のような、人間臭い分野で、力を発揮できる者など、金輪際、い・ま・せ・ん。 だけど、≪ガリレオ≫を名作だと思っている人達に、こういう事を言っても、たぶん、理解できんだろうなあ。 

  そんな中で、≪ライ・トゥ・ミー≫は、着想が新しかった方ですかね。 これは、Dlifeではなくて、BS11で見たんですが、顔の表情やしぐさから、嘘を見抜く学者が主人公でして、事件関係者と片っ端から話をして、誰が嘘をついているかを手がかりに、事件を解決して行くというもの。 一見、テキトーなようでいて、科学捜査や理系探偵などより、ずっと、スマートで、信憑性が高いと感じさせるのです。 ただ、やはり、ネタ切れは起こすようで、後ろの方へ行くと、主人公が不自然に絡む事件が、やたらと多くなって来るのですが。


  話が前後しますが、1月3日に、≪ローカル路線バス乗り継ぎの旅 第19弾 大坂城~兼六園≫が、放送されました。 テレビ東京で、最も、人気がある番組。 年に3回しかやらないので、尚更、価値が高いです。 第19弾は、大坂城から、金沢の兼六園までで、マドンナは、マルシアさん。 で、大いに期待していたんですが、今回は、外れでした。 正直な感想、あまり、面白くなかったのです。

  まず、マドンナが、長距離を歩けないというのが、人選ミスですな。 マルシアさんは、面白い人だと思いますが、この番組には不向きだったようです。 どうも、過去に、この番組を見た事がない様子で、いきなり歩かされて、不平タラタラ。 ここのところ、成功続きなので、ハンデをもたせる為に、わざと、歩きに弱い人を探して来たとも考えられますが、どんな番組なのかも分かっていないのに、苦手な事をやらされたら、そりゃ、不平も出るでしょうよ。 で、ふてくされた顔で、ブツブツ言っている様子を見ているこちらも、気分が悪くなるわけです。

  他にも、観光したがったり、食事に注文をつけたりしていましたが、たぶん、路線バスで行くというだけで、普通の旅番組だと思っていたんでしょうなあ。 途中から、番組の性格が分かったらしく、文句をピタリと言わなくなりますが、今度は、消耗しきってしまって、ただ、二人の後をついて行くだけになってしまいました。

  マルシアさんが、そういう役回りになった結果、蛭子さんの駄目ぶりが目立たなくなり、いるのいないのか分からないくらい、存在感が薄くなってしまったのも、興を欠いた原因の一つ。 蛭子さんが、世話焼き側に回ったら、漫才で言えば、ボケにツッコミをやらせているようなものですから、そりゃあ、面白くなりませんよ。

  あと、今までのルールから逸脱する行為があったのも、問題でした。 歩かなければならない区間で、道路状況が危険だから、ロケ・バスで移動し、その分、後で時間調整したというのは、安全上、やむをえないから、まあ、許容範囲内だと思いますが、宿屋の送迎バスで、路線バスのない区間を繋いでしまったのは、非常にまずいでしょう。 それでは、ヒッチ・ハイクと変わりません。

  路線バスが減っていて、なかなか、いいルートが見つからないという事情は、分かるのですが、こんな風に、どんどん、ルールを緩くして行くと、やがて、視聴者が白けて、離れて行ってしまいます。 なし崩しにやるから、「ズル」に感じられるのであって、ルールを緩めなければ、到達できないのなら、「バス路線がない区間に限り、一ヵ所だけは、タクシーを使っていい」と、決めてしまえばいいのです。 それなら、怒る視聴者はいないと思います。

  全くのガチである必要もないのであって、太川さんには、大まかな正解ルートを知らせておいてもいいんじゃないでしょうか。 すでに、そうしているのかもしれませんが。 選ぶルートを間違えて、ズルで繋ぐより、多少、スリルに欠けても、ルールを守って、ゴールしてくれた方が、見ている方は、いい気分で見終われます。


  最後に、1月11日・12日に放送されたのが、≪オリエント急行殺人事件 三谷幸喜版≫。 第1夜、第2夜と分けて、それぞれ、3時間ずつ、やりました。 謎解きは、第1夜で終わり、第2夜は、因縁話を回想するだけで、ほぼ全編、埋めていました。 よく、こんな事をやったものです。 いや、感心しているわけではく、呆れているのですがね。

  日本の二時間サスペンスでは、因縁話の部分が余計で、崖の上で、それが始まると、早回しして、ラストの纏めだけ見ておしまいにする視聴者が多いのですが、わざわざ、その、嫌われている部分だけを引き伸ばして、全体の半分にしてしまったのですから、気が知れません。 「逆転の発想」とでも考えたのでしょうか? まさか、二時間サスペンスを見た事がなくて、因縁話が陳腐の極みだと思われている事を、知らなかったとか?

  ≪オリエント急行殺人事件≫は、原作の方でも、結構、危うい話でして、状況設定を工夫して、辛うじて成り立っているようなところがあります。 乗客達全員が、被害者と関連がある事は、もし、警察が捜査を始めれば、すぐにバレてしまう事でして、別に、ポワロでなければ解けない謎というわけではありません。 綿密どころか、杜撰この上ない計画で、「全員が関わった上で、殺人を行なう」などという方針自体、犯人側の勝手な事情に過ぎず、完全犯罪の成功率を極度に低くしてしまう危険性を孕んでいます。

  原作が成り立っている理由は、まず、奇抜なアイデアで煙に巻く事により、細部のおかしさから、読者の注意を逸らすのに成功していた事が大きいです。 次に、雪で閉じ込められて、警察が駆けつけられない状況を作り、ポワロ一人が、元々持っていた知識と、その場で得られる情報だけで、謎を解く事により、推理物として格好をつける事ができたのです。 最後に、ポワロは警察ではないので、犯人達を逮捕する義務がなく、ああいうラストが可能になったと、読者に思わせる事で、御都合主義で固められた設定を、「何となく」、納得させてしまったんですな。

  だけど、それは、因縁話の部分を、さらりと流してあったから、うまく、ごまかせたのであって、そこを、3時間も語られたのでは、原作者の工夫が水の泡。 隠してあった、変な部分が浮き上がって来て、視聴者は、犯人側に共感する意識が、どんどん薄まって行きます。 確かに、被害者は罪深い悪人だけど、人殺しであるという点では、犯人側も変わりがありません。 原作でさえ、よく考えれば、倫理的におかしい事に気づくのであって、その、最も弱い部分を、最も長く引き伸ばして、曝してしまったのでは、文字通り、話になりません。

  犯人達が、計画を実行する事に夢中になって、喜々としているのも、見ていて、抵抗感があります。 これから、人を殺そうというのに、ワクワクして、笑みを零していたら、いくら何でも、おかしいでしょうに。 もはや、殺人を楽しんでいるようにしか見えません。 そんな連中に共感し、しかも、ハッピー・エンドのラストを受け入れて、一緒に喜べと、視聴者に求めるのは、あまりにも無体というものです。


  以上、2014年から2015年にかけての、暮れ・正月のテレビ番組の話でした。

2015/01/18

残す物、捨てる物

  去年、退職したので、今年は、2月になったら、確定申告をしなければなりません。 といっても、働いていた間の税金は、すでに会社の方から納められているはずですし、退職後、私は無職を通していますから、新たな所得はないわけで、基本的には、申告の必要はない事になります。 しかし、もしかしたら、還付される分があるかもしれないから、その申告をする余地があるわけですな。

  会社に勤める前、若い頃の数年間は、自分で確定申告をしていたので、税務署に行くのは、初めてというわけではありませんが、それは、四半世紀も前の話で、用紙の書き方などは、すっかり、忘れてしまいました。 しかも、退職処理は初めてですから、分からない事だらけです。 まずい事に、去年は、入院していて、医療費の控除が絡んで来るので、それも、厄介。 だーから、岩手に移動する前に、辞めてりゃ、良かったんだよ。


  で、その準備をしようと、書類を調べ始めたのですが、ついでのつもりで、過去の書類の整理に手を出したら、そちらの沼へ、ずぶずぶと嵌まってしまいました。 会社関係の書類が多いですが、入社以前の物もあります。 過去に一回、整理しているので、ごちゃごちゃになって、詰め込んであるのは、ここ15年くらいのもの。 それだけでも、結構な量です。

  2001年、パソコンを買い、インター・ネットを始めた頃の、レシート・保証書の類がごそっと出て来たりします。 単純に、懐かしさを感じるのですが、すでに、本体は壊れて、処分してしまった物が大半で、保証書を取っておく必要性はありません。 しかし、今の時点で懐かしいと感じるという事は、今後、年月が経てば、もっと、懐かしいと感じるはずで、「そういう効果があるのなら、取っておこうかなあ」とも思うのです。

  通販の送り状やレシートも、どさっと出て来ました。 私は、インター・ネットを始める前は、通信販売を、ほとんど利用していなかったせいか、送り状の事を、「重要な書類」と誤解していて、最初の頃の数年は、律儀に保存してあったのです。 送り状は、まだ分かるとしても、運送会社が荷物に貼る伝票まで取ってあるから、びっくりします。 伝票は、商品の保証とは、あまり関係がないから、届いた商品を使い始めたら、捨ててしまっても良いのだと気づいたのは、ほんの2・3年前です。

  運送中に壊れるという事もありえますが、私に限っては、その経験がありません。 まして、初期状態で、問題なく使い始められれば、そこから先に起こる故障は、運送会社の責任ではなくなりますから、伝票を保存しておいても、意味はないんですな。 彼らは、あくまで、「運んだだけ」なわけです。 使い始めて、半年も経ってから、「故障は、運搬の仕方が悪かったからだ」なんて言ったら、悪質クレーマーもいいところです。

  と・こ・ろ・が・だ。 伝票や送り状という奴、すぐに捨ててしまえばいいのですが、保存しておいて、10年以上経つと、別の価値が出て来てしまうのです。 過去を思い出す、手がかりになるのですよ。 効果上は、写真や日記と同じです。 「あああ、こんな物、買ったわ! あれは、どこへやっちゃったんだろう?」などと、完全に失念していた事が、続々と思い出されて来て、いとをかし。 で、「そういう効果があるのなら、取っておこうかなあ」と思ってしまうのです。


  会社の書類も然り。 リストラ同然で退職したわけですから、会社の記憶は、全体的には、不愉快な色に染まっているのですが、25年も勤めていた事実は消しようがなく、もちろん、いい思い出だってあります。 会社関係の書類には、それらの思い出の断片が絡みついているんですな。 給与明細なんて、もはや、必要性は全くありませんが、最初に貰った一枚には、思い出上、確実に価値がありますし、他のだって、当時、どのくらいの残業をやっていたか分かったりして、見返せば、結構、面白いものです。

  中には、「今後の経営方針」とか、「労組の活動報告」とか、「イベントのご案内」といった、社内配布物もあり、「こーれは、捨ててもいいだろう」と思うのですが、発行年が振ってあると、その年数を見ただけで懐かしくなってしまい、やはり、捨てられません。 その紙切れは、確かに、私が、その年に、その会社に所属していた事を、証明してくれるのです。 自分の人生を証明してくれる証拠だといっても良い。

  田原応援、岩手応援、北海道応援、岩手異動の時の書類は、すでに、纏めた状態になっており、これらは、保存するつもりでいます。 会社関係の書類も、同じように扱った方がいいかも知れません。 書類の場合、全部、纏めても、ダンボール箱一つに収まる程度なので、さして、場所を取るわけでもないですし。

  場所を取るのは、服ですな。 昔着ていた服で、私服は別として、会社で支給された作業着が、かなりの量、残っています。 今後、着る事は、まずないです。 工場の制服というのは、近年、妙に派手になってしまって、とても、普段着に流用できるようなものではありません。 油汚れが付いていたりすると、尚の事。 ズボンだけなら、目立たない色のもあるので、バイクや自転車の整備など、汚れる作業をする時に、穿きたいと思うのですが、退職してからこっち、私の腹が出てしまって、ウエストがきつくなっているに決まっていると思うと、なかなか、出す気になれません。

  私の在職中に、2回、制服のデザインが変わったので、基本的に、3種類あるわけですが、私の場合、あちこち、特別なラインに行かされたせいで、プラス、2種類で、計5種類あります。 それぞれ、シャツ、上着、ズボン、帽子のセットを、一揃えだけ、残してありますが、それだけでも、結構な数です。 これらは、どうしたもんでしょうねえ。 思い出の品といえば、確かに、そうですが、書類と違って、嵩張りますし、服というのは、着なくなると、急激にみすぼらしくなり、ゴミっぽくなる上、虫食いも避けられません。 いずれ、写真だけ撮って、捨てる事になるでしょうなあ。


  鍵も出て来ました。 これは、会社とは、直截、関係がありません。 家の玄関の鍵が、同じ物が、2本。 これは、割と最近、錠の方が壊れてしまって、新しい物に交換したので、要らなくなった古い鍵の方を、普段使っていたのと、予備の、計2本、保存してあるというもの。 我が家の玄関の錠を換えたのは、その時の一回だけですから、最初の錠は、35年くらい、もった事になります。 

  あと、車の鍵が、3本。 全部、違う鍵で、内訳は、唯一、私自身が買った車である、初代ミラの物、母が持っていた、初代トゥデイの物、父が持っていた、初代FFコロナの物です。 ミラは廃車。 トゥデイとコロナは、下取りされましたが、いずれも、ボロボロだったので、たぶん、中古にはならず、廃車にされたと思います。 出て来た鍵は、元から車に付いていた物ではなく、近所のホーム・センターで作ってもらった、合鍵です。 父と母の車の合鍵を持っていたのは、それらに乗る事もあったから。

  ミラを廃車にした後、原付を1台、バイクを1台、下取りしてもらっていますが、それらの鍵はありません。 合鍵を作らなかったからです。 元から付いていた鍵は、いずれも、本体に付けて、返しました。 二輪で、合鍵を作らなかった理由は、いずれも、新車で買ったから、元のが、2本あって、二輪の場合、私一人しか乗りませんから、それだけで、充分だったのです。 逆に考えると、中古で買ったミラは、合鍵を作ったわけですから、元の鍵が1本しか付いてなかった事になりますが、そこの所は、よく覚えていません。

  ミラは、自分で買った唯一の車だから、忘れたくても忘れられませんし、母のトゥデイも、よく乗ったので、くっきり、記憶に焼き付いています。 問題は、コロナ。 父は、コロナを三台乗り継ぎ、私が鍵を残しているのは、その真ん中の一台なのですが、鍵を見るまで、その車の存在を、すっかり、忘れていました。 鍵に、紙が貼ってあって、「初代FFコロナ」と書いてあったから、辛うじて、思い出した次第。

  初代FFコロナというのは、検索すれば、画像が出て来ると思いますが、登場した当時は、新時代を感じさせるデザインで、「僕らに引力」というコピーのテレビCMをやっていた車です。 我が家に、そんな車があった事自体、完璧に忘れていました。 思い出の品の効力、侮るべからず。 ただし、その車で、どこかへ行ったという記憶は、残ってません。 そのコロナがあった時期は、私自身が、ミラを所有していましたから、普段は自分の車で出るのであって、父の車に乗る事が少なかったんですな。 当時、勤め先の工場では、≪クレスタ≫や、≪チェイサー≫といった、もっと高い車を作っていたので、そのコロナの内装が、チャチに見えた事だけ、記憶に残っていてます。


  レンタル屋のカードなんかも、たくさん、出て来ました。 ツタヤ一軒だけ残して、全部、閉店済み。 というか、うちの近所の場合、ほとんどの個人経営店、地方チェーン店が潰れた後に、ツタヤが入って来た形になります。 私が若い頃には、レンタル屋は、地方に於ける文化拠点のような役割を果たしていました。 当時行っていた店が、建物だけ残して、全て、他業種の店に入れ替わっている現状を見ると、隔世の感があります。 中には、レンタル屋だった時の、棚の配置を、はっきり覚えている店もあります。 それだけ、よく行っていたわけですな。 

  最初に借りたのは、何だったかなあ? たぶん、≪天空の城ラピュタ≫ではなかったかと思います。 ビデオの頃は、ダビングができたので、せっせと借りに行ったんですな。 ただ、その店は、どこにあったのか、もう、思い出せません。 黒澤明監督の映画に嵌まり、立て続けに、15本くらい借りたのは、近所の店で、そこは、その後、中古車屋になり、喫茶店になり、今は、どうなっているのか・・・。 建物は残っています。 個人経営や、地方チェーン店では、レンタル料金は、バラバラでした。 旧作180円という店もあれば、同じ作品に、千円以上取る店もあり、そういう滅茶苦茶に高い料金であっても、十数年も潰れずにやっている光景は、不思議に見えました。

  最後に行ったのは、もちろん、ツタヤですが、カードはあるものの、期限切れで、再契約しなければ、使えません。 そして、今のところ、何かを借りに行く予定は、全くないです。 映像作品に対する興味が薄れてしまったんですな。 文化にとって、最も大切なのは、「華やかさ」でして、日本のアニメも、アメリカのSF映画も、往年の華やかさは、とうの昔に失われてしまいましたから、華のないものを、お金を出して借りるなんて事は、もはや、しないわけです。

  レンタル店のカードの枚数は、5・6枚でしょうか。 これらは、記念に取っておこうと思います。 場所を取らないので、捨てる理由がありません。 他に、カードというと、医院・病院の診察券があります。 今でも行く所のは、もちろん、取っておくとして、その病気と無縁になったとか、先生が代替わりしてしまって、行かなくなった所のは、捨てないにしても、出し難い所へ移した方がよさそう。 ガソリン・スタンドの現金会員カードもありますが、これらも、近所の店のだけ残して、後は、お蔵入りですな。

  ちと困るのが、テレホン・カードです。 私は、ケータイ・スマホを持たない主義なので、外から家にかける時には、公衆電話という事になり、今でも使えるわけですが、そもそも、泊りの旅行にでも行かない限り、外から家に電話をかけるような機会がありません。 手元に、5枚くらい残っているのですが、どーしたもんでしょ。 私の母なんて、かつては、旅行に行くたびに、テレホン・カードを記念の品として買って来ていましたから、20枚くらいは持っていると思います。 老い先短いのに、どうするんでしょうね?

  私や母だけでなく、テレホン・カードが、ごそっと残っているという人は、多いのではないでしょうか。 図柄は記念になりますが、カードの機能は、もはや、不要なわけで、その、不要な機能を残したまま、死蔵しているというのが、なんだか、腹立たしいのです。 「休眠口座」は、ニュースになるのに、「死蔵テレカ」がニュースにならないのは、納得行かぬ。 金額的には、匹敵すると思うのですがね。 NTTが、いつまで、カード対応の公衆電話を維持し続けるつもりなのかが、この問題のネックですな。 カードにパンチ穴を開けずに、無効化する方法で、残度数を買い取ってくれればいいのですがねえ。

  あと、他人の名刺が何枚か出て来ました。 私は、名刺のやり取りをするような仕事をした事はないのですが、世の中には、どんな相手にも名刺を渡す人というのがいるのです。 一番多いのが、銀行員。 定期預金の預け換え程度の事でも、名刺をくれる場合があります。 こちらは、銀行そのものと取引しているのであって、行員個人の名刺を貰っても、恐縮するだけで、困ってしまいます。 だけど、礼儀として貰った物だから、ホイホイと捨てられないのです。 中には、フレッツ光の契約で、私を苦しめる結果になった、NTT△日本社員の名刺も含まれていますが、その人自身は、極めて腰の低い、礼儀正しい人だったので、やはり、捨てるのは、ためらわれます。


  足掛け三日間、ごちゃごちゃと引っ繰り返していたんですが、結局、種類ごとに整理した後、保存場所を、引き出しから、押入れに移しただけで、ほとんどの物が、残留となりました。 捨てたのは、レシートの束に輪ゴムをかけるのに、大き過ぎて邪魔になった、封筒が二枚だけ。 我ながら、情けない成果ですが、過去に、押入れの整理で、物を捨て過ぎて、後から、ざっくり斬られるような喪失感を味わった事があるので、どうしても、警戒してしまうのです。


  そういや、一時期、「断捨離」という、所有物を減らして、生活様式を改善する行為が流行りましたが、今でも、やっている人はいるんですかね? いや、断捨離そのものに、ケチをつける気はありません。 お金は一銭も浪費しないし、場所が足りなくなる事もないし、正反対の行為である、「買い物依存症」や「ゴミ屋敷化」よりは、一億倍マシだと思います。 精神的な衝動としては、「増やし続ける」と、「減らし続ける」は、「~し続ける」という点で、似ているわけですが、断捨離の場合、物を減らすと言っても、限界は存在するので、「増やし続ける」方とは、結果が違って来ます。

  それを承知の上で言うわけですが、もし、置き場所があるのであれば、捨てるのは、極力、先に延ばした方が、いいように思えます。 「全部捨てて、さっぱりしたい」という、一時の気分で、思い出がこびりついた品を捨ててしまうと、後で必ず、「あれは、どこへ行ったんだろう? まさか、捨ててしまったのか?」と、血の気が引く思いをする事になります。 嫌なもんですぜ、あの感覚は。

  特に、先に断捨離を試して、「清々した」という他人に勧められて、真似してやったりすると、後悔した時の後悔度が、一桁跳ね上がります。 その後、そいつと縁が切れていたりすると、尚更です。 同性同士だと、そういうケースは稀かも知れませんが、異性間のつきあいでは、よくありそうですな。 同棲を始めた相手から、「思い出は、これから、二人で作っていけばいいよ」とか何とか、三流ドラマのセリフみたいな事を言われて、すっかり、その気になり、自分の物を、ごっそり処分したものの、その後、あえなく、破局。 しかし、捨ててしまった思い出の品は戻りません。 地団駄踏んでも、踏み切れないね。 相手は、ただ、あんたの物を捨てさせて、部屋を広くしたかっただけなのさ。

  とりあえず、どんな物であっても、捨てる前に、写真を撮っておくといいと思います。 一品一枚でなくても、部屋の中に、ざっと並べて、一枚で収めてしまっても宜しい。 ちょこっと写っているだけでも、何の手がかりもなくなってしまうよりはいいです。 「ああ、こんなの、あったなあ」と、思い出せれば、充分なわけですから。 私は、使えなくなった物は、元の値段の高い安いに関係なく、写真を撮ってから、捨てるようにしています。

  よく、テレビのトーク番組とかで、話題になる、「元カレ・元カノの写真」ですが、そういうのも、全処分は、どうかと思います。 相手の事を憎悪しているのなら、別れたその日に捨てても一向に構わないですが、よんどころない事情や、自分の方の事情で別れて、怖気を振るうような記憶がセットになっていないという場合、一枚くらいは残しておいた方がいいんじゃないでしょうか。 なにせ、自分の人生のひとコマなわけですから。 今つきあっている相手や、結婚している相手と、いつまでも、関係が続くとは限りません。 そちらとも別れてしまったら、思い出としての価値は、みな同じになります。

  離婚して、相手の写真や、相手が買った物を、全部捨ててしまうというケースも多いですが、子供がいる場合は、何かしら、残しておいた方が、いいと思います。 自分の出生に関わる事というのは、誰でも気になるのであって、物心付く前に、別れてしまった場合なら尚の事、自分の、もう一人の親が、どんな人物であったか、長じて、無性に知りたくなるでしょう。 そういう時の備えです。 あなたの為ではなく、子供の為に、残すのです。 自分の感情だけを優先して、全処分してしまうと、後で、子供から恨まれるのは、あなたです。 子供に、どんなに相手の悪口を吹き込んでも、無駄ですぜ。 なにせ、子供は、相手の事を知らないんですから、当人に会って確認するまでは、諦めますまい。


  親が死んだ後、親の持ち物を、どうするかは、大変な難問です。 よほどの旧家でもない限り、全部取っておくのは、ナンセンスなので、一部という事になりますが、何にすべきかで悩むわけです。 なるべく、小さくて、邪魔にならず、使える物で、壊れ難くて、それでいて、価値もあるという物がいいのですが、そんな物、一つも持っていないという人も多いでしょうなあ。 電子機器の類は、すぐに陳腐化しますし、壊れてしまいますから、全て、駄目です。 スマホなんぞ、今は宝物にしていても、子供に遺す頃には、ゴミになっているのは、誰でも分かる事で、わざわざ、私が忠告するまでもないでしょう。

  30年くらい前までなら、腕時計が最も適当だったのですが、今では、している人が少ないですし、クオーツだと、電子機器ですから、いずれは、壊れます。 子供に遺す為だけに、金の自動巻き腕時計を、一つ買っておいてもいいかもしれませんな。 そうしておけば、子供の方は、それだけ残せばいいわけですから、他の物は、心置きなく処分できるというもの。 有効な子供孝行になります。

  処分に困る筆頭は、日記ですわ。 ほんと、困る。 言わば、当人の人生が詰まっているわけで、魂が宿っているといってもいい。 日記をどうするか、生前に、はっきり訊いておくべきなのですが、当人の言葉だけでは、なかなか、本当の気持ちが量れません。 「いやあ、捨ててくれてもいいよ」と、照れながら言ったら、それは、保存して欲しいんだと取るべきでしょう。 もし、他者に読まれたら都合の悪い事が書いてあって、本気で処分したいと思っていたら、病院から、這ってでも、家に帰ろうとするはず。

  よくあるパターンは、読書人が死んだ後、当人は、「時代の証言」のつもりで書いて来た日記を、子々孫々、伝えてもらいたいと思っていたのに、本なんぞ、教科書以外、触れた事もない、無知無教養な子供が、その価値が分からず、「いいや、日記なんて、人に読んで欲しいと思わないだろう」と勝手に忖度して、焼いてしまうという、悲劇です。 もったいねー! その日記にゃ、おめーの糞つまらねー人生なんかより、ずーっと価値があるんだよーっ! 親が、この世に残したかったのは、おめーじゃなくて、その日記の方なんだよーっ!

  だーからよー、どういうつもりで日記を書いて来たかは、人によって、違うんだよ。 とにかく、親が、何も言い残さずに、日記だけ遺したら、一通り、目を通せというのよ。 三度三度の食事メニューが書き付けてあるだけだったら、焼いてもいいけど、何か、難しい事が書いてあって、自分では、どうしていいか分からないなら、職場の同僚でも、友人でも、読書人を捉まえて、「これは、残した方がいいと思うか?」と訊けよ。 読書人なら誰でも、1・2ページ読んだだけで、後世に伝えるつもりで書いたか否かくらい、判断できるんだから。 隔世遺伝で、あんたの子供が、また読書人になるかも知れん。 その時、祖父や祖母が遺した日記を渡してやれば、それこそ、家宝になるのだぞ。 鑑定団の出品物なんかより、遥かに価値がある、本当のお宝にな。

  だけどねー、そういう風に、親から子に伝えられる日記なんて、今じゃ、ごくごく稀なケースになっているでしょうねえ。 無縁社会で、墓参りどころか、葬式もしないで、献体しちゃうんだものねえ。 況や、遺品の保存に於いてをや。 昔は、「木の股から生まれて来た」なんて言われたら、最上級の罵言だったわけですが、今や、「木の股から生まれて来た」と、自ら思いたがっている人間の、いかに多い事か。 もはや、親も実家も、厄介ものでしかないんだわ。


  そういや、無縁社会で思い出しました。 もう、何年か前ですが、独居死に備える老人達の特集番組で、「終活」に精を出し、いつ死んでも、他人に迷惑がかからないように、荷物を整理して、一部屋に纏めている男性老人が出ていましたっけ。 ホーム・センターで売っている、プラスチック製の整理箪笥を幾つかくっつけたくらいの、一塊。 そうですねえ、ちょうど同じくらいの大きさというと、風呂の浴槽くらいでしょうか。 その中に、自分の死後、必要になると思われる書類が、収められているのです。 その番組では、その人物を、「準備がいい人」の代表として取り上げていましたが、私は、首を傾げました。 死ぬのに、そんなに、書類が必要なんですかね?

  家中に散らばっていた物を整理して、そこまで少なくするには、苦渋の決断を伴う、大変な苦労が必要だったと思いますが、それは、当人の事情でして、その人の死後、後片づけをする側にしてみれば、風呂の浴槽くらいある箪笥に一杯の書類なんて見せられた日には、「これを、どうしろと言うの?」と、ほとほと、困り果てるに違いありません。 だーからよー、死ぬのに、書類なんて、要らねーのよ。 後片付けにかかる費用を入れた封筒が一つあれば、充分。

  そもそも、子供がいないとか、いても、自分の死後の後片付けをしてくれないという事情があるから、こういう準備をするのだと思いますが、いずれにせよ、自分の死を悼む人間がいないのなら、死んだ後の心配なんかする必要はありません。 どうせ、死んでしまえば、他人から、誉められようが、後ろ指指されようが、自分にゃ分かりゃしないのですから。 死の絶対性というのは、そういう時に、好都合に働きます。 

  独居死でも、何ら、恥じる事はないと思いますよ。 一番困るのは、要介護になって、何年も生きられる事でして、それに比べれば、死体と遺品を片付けるだけで済む、独居死の方が、遥かに始末がいいです。 独居死は、悲劇でもなんでもありません。 悲劇というのは、いつまで生きるとも知れぬ親の介護で、自分の人生を磨り潰している子供が置かれている状況の事を言うのです。

  独居死を、「是非とも避けなければならない、社会的問題」と見做す風潮には、大きな抵抗感を覚えます。 死が、どういうものなのか、分かってないんじゃないですか? 家族や友人に見守られて死んでも、たった一人で死んでも、死の苦しさに変わりはありませんよ。 病院で、人の死を見た事がある人なら分かると思いますが、「眠るように、安らかに死んだ」なんてーのは、珍しい口でして、大抵は、死ぬ寸前まで、

「あんがっ!」
「うんがっ!」
「ぜーぜー!」
「ひっく! ゴロゴロ、ガーッ・・・」

  などと、見るに耐えず、聞くに耐えない、凄絶な状態を経て、これでもかというくらい、醜く死んで行きます。

  そうなってしまうと、家族が周りにいたって、当人は、もう分かりゃしません。 分かったら、却って、嫌ではないですか。 周りにいる連中は、これからも生き続けるのに、自分だけ死ぬなんて、幸不幸の落差を感じる分、独居死以上に、惨めで、辛いではありませんか。 死ぬ寸前の人に向かって、「家族に囲まれて、今すぐ死ぬのと、たった一人で、あと一週間生きられるのと、どっちがいいですか?」と訊いたら、全員、即答で、後者を選ぶでしょう。 「家族がいるか、独居か」が、問題なのではなく、「死ぬか、死なないか」が、問題なのです。


  話は変わりますが、何でも、老人ホームによっては、持ち込む荷物を、鞄二つまでしか、許可しないそうじゃないですか。 いやはや、それまで、家一杯に詰まっていた所有物を、鞄二つに収まるまで絞るのは、途轍もない難事業でしょうな。 ホームに入る前に、お迎えが来そうです。 中には、あまりの少なさが信じられず、「自分で持って行く荷物は、二つという事だろう」などと、勝手に解釈して、引っ越し荷物を後から届けてもらう手配をして入居したら、あっと驚く、6人部屋で、自分が使える空間は、ベッドの脇しかなく、鞄二つでも、置き場所に困る事が分かり、ショックで寝込む人もいるかも知れぬ。

  実際問題として、鞄二つじゃ、着替えくらいしか、持っていけませんな。 他に、小さめの思い出の品が、一つ二つといったところでしょうか。 パソコンが使える人は、家で使っていた物を、全て写真に撮っておけば、いつでも、見られます。 終活の最大の利器は、デジカメなのか。 電子データにしてしまえば、紙以上に、場所を取りませんからのう。 また、日記なども、当人しか見れないパソコンの中なら、子供が処分に困る事もないわけだ。 もっとも、日記を遺したい場合は、電子データだと、逆に、保存が面倒になるかもしれませんが。 規格が変わったら、見れなくなってしまいますから。



  いつもの事ですが、だいぶ、尾鰭が広がってしまいました。 そろそろ、疲れて来たので、この辺にしておきます。 私くらいの年齢で、所有物の片付けを始めると、結局、「最終的に、どうするか?」という、終活的な話になって行ってしまうんですよ。 まして、私は、突然死の可能性を宣告されていますから、尚更です。 できる事なら、「立つ鳥、跡を濁さず」で、自分の手で、全部、処分して、すっきりさせて、死にたいけれど、あまり早くやってしまうと、喪失感で、死期を早めそうなので、なかなか、踏み切れんのですわ。 それ以前の問題として、最低限必要な物以外、綺麗さっぱり片付けてしまった後で、20年も生きたら、困るでしょう?

2015/01/11

ショートショート衰亡史

  正月は、ほとんど、寝ていました。 風が強く、外出する気にもなりません。 この冬は、雨でなければ、ほとんど、強風ですから、アウトドア派には、厳しいでしょう。 私はと言えば、読書の趣味もあるお陰で、インドアでも、何とか過ごせます。 図書館から、年越しで借りていたのは、自転車関連の本が二冊。 どちらも、あまり面白くなくて、必要な章だけ読んで、後は飛ばしました。 なーに、自転車ブログの記事を書くネタ本に過ぎないから、それで充分なのです。


  他に、12月の半ば頃に、ブック・オフで見つけて、買って来た、≪ショートショートの広場 1・4・8≫があったのですが、≪1≫から読み始めたものの、あまりにも読み難くて、ちっとも進まず、たかが、文庫本一冊だというのに、年越ししてしまいました。 ありえねー・・・。 このシリーズ、星新一さんが選者になっているのが、9冊あり、私は、≪3・5・6・7・9≫を、すでに買って、読んでいたのですが、後ろへ行けば行くほど、読み易くなります。

  ≪1≫の収録作品は、主に、かつて存在した、≪ショートショートランド≫という雑誌のコンテストで募集されたものですが、どれもこれも、奇抜なアイデアに拘り過ぎていて、一作一作の個性に波長を合わせながら、読み進めなければならないせいで、よーく、疲れてしまうのです。 たまに、笑えるのがあると思うと、漫才やコントの小ネタを、ショートショートに書き直しただけみたいな話である事に、追いかけて気づき、笑った自分に恥ずかしさを感じてしまう始末。

  星さんが、自分の作風と異なる作品を、優先して選んでいるのは、すぐに分かります。 この頃には、まだ、ショートショートの後継者を、本気で見つけようとしていた形跡が窺えるのです。 自分と同じ作風では、模倣と取られて、編集者に相手にされない事を恐れたのではないでしょうか。 その後、「ショートショートだけで、作家として喰って行くのは、非常に難しい」という事が分かってくると、「あくまで、趣味として、楽しんで欲しい」といったアドバイスが増えて来ます。 星さん自身は、パイオニアとして、例外だったんですな。

  巻が後ろへ行くに連れ、読み易くなるのは、書く方も、選ぶ方も、こなれて来て、どんな作風のものが、この種のコンテストに相応しいかについて、分かって来たのでしょう。 ≪2≫だけは、手に入っていないので、まだ読んでいませんが、≪3≫から後ろは、素人作家のアンソロジーとは思えないほど、レベルが高くなります。 そちらと比べると、≪1≫に収録されている作品の作者達は、「いい思い出」であるよりも、読み返すたびに赤面してしまうのではないでしょうか?

  ≪1≫では、星さんが、手放しで誉めている作品ほど、個性が強く、という事は、つまり、アクが強く、星さんの作風に慣れた読者には、読みづらいです。 シュールなムードだけ濃厚で、何が言いたいのか分からない作品が多いのにも、辟易します。 そもそも、「意外な結末」を欠いている場合、それは、単なる短編小説であって、ショートショートの範疇から、逸脱してしまうのでは? 変わった作風を珍重するあまり、ショートショートの成立条件を無視してしまったのではないでしょうか。

  ちょうど、この頃の星さんは、自身の作風も変え始めていて、「意外な結末」を付けずに、「起承転結」の「転」まで書いて、後を放り出したような話が増えて来ます。 「意外な結末」を付けようと思えばつけられるのに、わざと付けないのです。 私が、星さんの文庫本を買わなくなったのも、ほぼ、その時期です。 新潮文庫で言うと、最後に買ったのは、「殿さまの日」ですが、ショートショート集に限れば、最終は、「かぼちゃの馬車」で、それ以後は、買っていません。

  なぜ、離れてしまったかといえば、「小松左京さんや筒井康隆さんの作品に、興味が移ったから」というのが理由だと、長い間、思って来たのですが、今思うに、「星さんの作風が変わってしまい、読んでも、面白さを感じなくなったから」というのが、本当の理由だったのかも知れません。 だって、面白ければ、買い続けると思うのですよ。

  星さんの作風が変わった理由は、想像するしかありませんが、「意外な結末」に飽きた、というより、「『意外な結末』ばかりで、ワン・パターンだ」という批判があったらしく、それを気にしたのではないかと思えて仕方ありません。 「意外な結末」があるから、ショートショートなのに、それを、ワン・パターン呼ばわりするのは、俳句の事を、「『五・七・五』ばかりで、ワン・バターンだ」と批判するに等しく、馬鹿丸出しです。

  しかし、馬鹿の言いがかりでも、キチガイの戯言でも、貶されれば、誰でも気にするのであって、星さんも、それを真に受けてしまったのではないかと思うのです。 そういや、小松左京さんは、「ゴルディアスの結び目 四部作」の後、パタリと、短編を書かなくなってしまうのですが、「書きたい事は書き尽くしてしまった」と言っていたのは、表向きの理由に過ぎず、本当のところは、SF作家の後輩達が、「小松さんが、いつまでも、第一線で頑張ってるから、後進が育たないのだ」と零しているのを聞き、「それじゃあ、そろそろ、やめるか」と考えたのではないかと、私は、ずーーーっと、疑っています。

  まったく、余計な事を言いやがって。 で、てめーらが、小松さんの後を継げたか? 話にもなるまい。 あああ、小松さんも、イベントなんかに首を突っ込むのは程々にして、年に一作でもいいから、短編を書いていてくれたら、SF界にとって、どれだけ大きな遺産になったか分からないのに。 後輩の愚痴なんて、聞き流しておけばよかったんですよ。 実力がないから、ブチブチ言うんだから、席を譲ってやったって、活かせるわけがありません。

  また、編集者も編集者で、なぜ、お百度踏んで、「是非、短編を!」と頼まなかったのかねえ。 たぶん、頼めば、書いてくれたと思うんですがねえ。 あまり読んでいない人ほど、≪日本沈没≫や≪さよならジュピター≫の印象が強く、「長編作家」のイメージで捉えてしまっていたのが、そもそもの間違い。 短編の方が、ずっと面白いのに。 ≪虚無回廊≫の続編を、一日千秋、百年河清で待つより、気楽に短編を書いてもらった方が、どれだけ、良かったか知れません。


  おや、いつの間にか、小松さんの話になってしまいましたな。 星さんの話に戻しましょう。 で、ぱったり買わなくなって、再度、買い始めるのが、丸々30年も経過した、去年の夏頃からです。 とあるリサイクル店に行ったら、文庫本のコーナーがあって、私が持っていない星さんの本が、何冊か並んでました。 一冊、50円だというので、全部買って来て、それ以来、ブック・オフで買い足して、30年ぶりに、星さんの、その後の作品を、読む事になったわけです。 ところが、出版年が後に行けば行くほど、つまらなくなっているのが分かり、「ああ、これだから、買わなくなったんだな」と、遥かな時を超えて、謎が解けたわけです。

  とりわけ、≪つねならぬ話≫は、作品というより、アイデアを未完成のまま、世に出してしまったような、粗雑さが目立ちます。 いや、こんな言い方でも、まだ甘すぎる。 これは、作品ではなく、文章の断片に過ぎません。 「自信がないものは、出さない事だ」という言葉は、星さんが、どこかで書いていた、作家としての心得ですが、≪つねならぬ話≫に収められている作品に、自信を持っていたとすると、相当まずいでしょう。

  たぶん、私と同じように、80年代の初め頃に、星さんの作品から卒業した人が、うじゃうじゃいると思うのですよ。 その人達は、私がそう思っていたのと同じように、「自分が大人になったから、星さんの話では物足りなくなったんだ」と思っていたと思うのですが、そうじゃない。 星さんの作風が変わって行ったのに気づかないまま、徐々に、波長がズレて行った結果、読みたいと思わなくなったのだと思うのですよ。


  星さんも、1001篇書き終えて、ライフ・ワークには、一区切りついたのだから、その後は、他人の批判なんて無視して、自分が好きな話だけ、書けば良かったと思うんですがね。 もし、晩年に、「意外な結末」を完備した作品群が書かれていたら、初期から盛期の作品以上に、珍重された事でしょう。 一体、どこの馬鹿が、「ワン・パターンだ」なんて、言ったのか・・・。 そいつは、今、何をやってるんだよ。 どーせ、ろくでもない人生なんだろ。 人の足を引っ張る為に、生まれて来たのかね?

  ついでに書いてしまいますと、星さんの晩年の随筆集が、また、困った代物でして・・・。 簡略な表現を突き詰めた結果、行き過ぎてしまい、必要最小限の情報すら欠くようになってしまった感が濃厚に見て取れます。 何の事を言っているのか分からず、解読に時間がかかって、なかなか、先に進まないのです。 とにかく、読み難い。 随筆の方まで、こんな文体に変わっていたとは、つゆ知りませんでした。

  問題なのは、星さん自身が、自分の文体が、簡略方向へ行き過ぎてしまった事に気づいていなかったと思われる点です。 ≪きまぐれ学問所≫の中に、文章の書き方を書いた本を読み、その感想を語り、自身の意見を添えている章があるのですが、その、星さんの文章自体が、異様なほどに読み難くて、とても、文章の書き方を語る資格があるように思えないのです。

  そういえば、同じ星さんの作品でも、小説と、随筆・伝記では、まるで文体が違っていて、随筆・伝記の方は、以前から、決して、読み易いものではなかったのですが、その傾向が増幅・悪化した感じ。 星さんのファンで、≪人民は弱し 官吏は強し≫に手を出し、興味が湧かない情報が多過ぎて、悪戦苦闘した人は多いと思いますが、晩年の作品は、逆に、情報量が少な過ぎて、意味が取り難いという点で、もっと読み難いです。


  まだ、書きたい事はありますが、星さんの話は、これくらいにして、≪ショートショートの広場≫まで、話を戻します。 上述したように、このシリーズに収録されている作品は、後ろへ行くほど、良くなって行くのですが、ショートショートというジャンルそのものは、星さんが他界した後、注目度が落ち込んで、限りなく、ゼロに近づいてしまいます。 星さんの作品は、「ショートショートというジャンルの中の、一作家の作品」としてではなく、単に、「星新一の作品」として残り、「ショートショート」という枠は、認識されなくなってしまったんですな。

  ≪ショートショートの広場≫は、選者を別の人に変えて、今でも続いていて、続いている理由は、読まれるだけのレベルを保っているからだと思いますが、その一方で、ショートショートというジャンルは、≪ショートショートの広場≫から外へは、一歩も出られないほど、マイナーな世界に縮小してしまいました。 ショートショートというジャンルは、星新一さんのファンだけに支えられていたようなところがあるので、星新一さんが亡くなり、新作が書かれなくなれば、読者もファンも減るのは避けられず、発展のしようがなかったのだと思います。 もはや、一般的な若い世代は、「ショートショート」という言葉すら知らないのではないでしょうか?

  結局のところ、ショートショート作家になろうとしても、プロとして喰って行けないから、趣味で留めるしかなく、階層ピラミッドが形成できなかったんですな。 台形だったのです。 コンテストで入賞しても、雑誌社から注文が来なければ、プロにはなれません。 編集者側にしてみると、ショートショートに限らず、短編を発注する時には、作家の知名度を最も重視するのであって、予告や広告に、その作家の名前を入れる事で、ファンに買ってもらえる事を期待しているわけです。 その点、コンテストで入賞しただけの素人なんて、ファンなんか一人もいませんから、雑誌の販売促進には全く寄与しないのであって、そんな奴に注文なんかするわけがありません。 そんなな、理の当然。

  ちなみに、星さん自身が、晩年の随筆の中で、そういった業界の裏事情を語っています。 誰に向けて書いているかは、容易に想像できる事。 星さん自身が、「ショートショートでプロになるのは、ほとんど、不可能。 自分は例外だったのだ」と分かった時には、暗い気分になったでしょうねえ。 就職先がない専門学校の、名誉理事長みたいな立場におかれたわけです。 最後まで、選者を続けたのは、放り出したら、もっと無責任だと思ったからではないかと想像されます。

  そういう環境ですから、このシリーズでは、「コンテストの常連」という、可哀想な人達が、何人も出て来ます。 コンテストには、何度も入選するのに、永久にプロになれないのです。 せいぜい、賞金や副賞を貰える程度で、それでは、セミ・プロとすら言えません。 そういや、写真雑誌で行なわれている、「フォト・コン」が、同じような世界ですな。 「プロへの登竜門」ではなく、ただの、素人の腕比べなのです。


  このシリーズに作品が収録された人で、後に、プロの作家になった人もいるようですが、その中に、ショートショート作家は、一人しかいない模様。 その人ですら、私は、名前を知りませんでした。 他の人達も、名前を聞いた事がある人が、ものの見事に、一人もいません。 つくづく、作家というのは、もはや、有名人ではないんですなあ。 「有名な作家」はいるけれど、「作家なら、有名人」というわけではないわけだ。 「村上春樹」、「東野圭吾」、「宮部みゆき」の三人の名前を知っていれば、充分詳しい方で、一般常識として、それ以上は、求められないんじゃないすか?

  そもそも、小説雑誌自体が、マイナーな存在になってしまって、誰が買っているのか、皆目、想像が付きません。 推し測るに、今や、小説が読みたくて、小説雑誌を買っている人は皆無であり、自分自身が小説家になりたい人だけが買っているのではないでしょうか? つまり、出版社が運営しているというだけで、その実態は、「同人誌」と同じなのです。 同人誌だもの、そりゃ、一般人が、掲載作の作者達を知らなくても、無理はないですわなあ。


  今でも、≪ショートショートの広場≫に、書いて投稿している人達に、余計なお世話ですが、もし、「行く行くは、プロに・・・」と夢見ているのなら、即、やめた方がいいと思います。 人生を無駄にしてしまいかねません。 星さんが言うように、趣味として楽しめるのなら、他人がどうこう言うような事ではないですが、あなた方、一人として、趣味のつもりで書いてないでしょう? いつか、認められて、生前の星さんのように、プロのショートショート作家になれると思っているんでしょう?

  そういう事は、確率的に言って、ありえないです。 二日続けて、隕石に当たる方が、まだ起こり易い。 普通の小説家ですら、もはや、有名人とは見做されないのですよ。 まして、ショートショートで、名を挙げるなんて、とてもじゃないが、無理難題も、そこに極まります。 平易な文章が得意なら、ライトノベルに転向した方が、まだ、芽が出る可能性があるというもの。 もっとも、長いのが書けないんじゃ、それも無理ですが・・・。

   自分の好きな本ばかり読んでいないで、本屋に行って、文庫本の棚を眺めてらっしゃいな。 ライトノベルや、推理小説、時代小説が、どれだけあるか。 それらの作家の名前を見て行ってみなさい。 知っている人がどれだけいるか。 ほとんど、知らないと思います。 売れているジャンルですら、そんなもんなんですよ。 況や、ジャンルとして消えたも同然のショートショートに於いてをや。 どうして、有名になんかなれるものですか。

2015/01/04

読書感想文・蔵出し⑦

  新年早々ですが、これといって、書きたい事もないので、溜まりっ放しになっていた、読書感想文を出します。 前回の、⑥をアップしたのが、2013年10月13日で、北海道応援に行く直前の事。 その時、紹介した本を、実際に読んで感想を書いたのが、2013年の1月頃。 今回、出すのは、その後という事になり、2013年の2月から、4月にかけて、読んだ本です。



≪四枚の羽根≫

地球人ライブラリー
小学館 1997年
A.E.W・メイスン 著
吉住俊昭 訳

  イギリスの作家、A.E.W.メイスンが、1902年に発表した冒険小説。 メイスンは、推理小説も書いているので、これもそうかと思って借りて来たんですが、読んでみたら、推理物的なところは全くなく、一般小説と冒険小説の中間みたいな話でした。

  結婚が迫っていた士官が、部隊からの出撃命令を知らなかった事にして、辞表を出すが、三人の同輩から、卑怯者の印である白い羽根を贈られた事で、婚約者からも白い羽根を渡されて婚約を取り消されてしまい、卑怯者でない事を証明する為、スーダンの戦場に戻って、勇敢な行為をしてみせる話。

  イギリスでは、不朽の名作として扱われているそうで、何度も映画化され、最近では、≪サハラに舞う羽根≫というタイトルで、2002年に映画化されています。 しかし、読んだ限りでは、そんなに凄い小説とは思えません。

  イギリスの文化では、「勇気が、あるかないか」が、非常に重要視されているようなのですが、現代日本では、そういう考え方が存在しないので、直截的には理解できないのです。 想像するだけなら、分からんでもないですが、自分の命を捨てる覚悟をしたり、他人の命を犠牲にしたりしてまで証明しなければならない≪勇気≫というものの価値に、疑問を抱くなというのは、無理な相談です。

  主人公は、勇気を示す為に、二つの事をします。 二つ目の方は、捕虜になっている同輩の救出で、これはまあいいとして、一つ目の方が問題です。 ゴードン将軍が遺した手紙を、敵地から取って来るというものですが、これが何の重要性もない手紙でして、単に、敵地に潜入するという肝試しをしたいだけの、あまりにも馬鹿馬鹿しい行為。

  しかも、この時に、イスラム教徒の追っ手を二人も刺しており、もし相手が死んだとしたら、勇気の証明などという、糞下らない目的のために、殺人を犯した事になります。 もう、この時点で、真面目に読む気が失せます。

  また、ヒロインが、判で押したような馬鹿女なんですわ。 てめーは、家を潰してしまうような能なしのくせに、婚約者を卑怯者扱いするなど、おこがましいにも程があります。 で、婚約者が去ってしまってから後悔するという、一貫性のなさ。 他にも、呆れるような事ばかりしているのですが、作者が、このヒロインを、素晴らしい女性のつもりで書いているのが、滑稽です。

  この本が、イギリスでウケているのは、「自分達は、名誉を重んじる国民だ」という自己陶酔に浸りたいイギリス人の願望を満たしているからでしょう。 文学的にも、読む価値なし。 ≪勇気≫の捉え方が不自然なので、人類普遍の価値観に沿っていると認められないからです。



≪リクガメの憂鬱≫
[博物学者と暮らしたカメの生活と意見]

草思社 2008年
バーリン・クリンケンボルグ 著
仁木めぐみ 訳

  図書館の英米文学の書架で、たまたま、書名が目にとまり、借りて来ました。 言わば、衝動借り。 そういう事も、たまにあります。

  18世紀のイギリスの、セルボーンという村の様子を、牧師に飼われていたギリシャ・リクガメの目線から描写した随筆体の自然誌。 ただし、そういう形式で書かれているというだけの事で、著者は、現代のアメリカ人です。

  18世紀というと、日本では、もろ江戸時代ですが、イギリスでも、まだ産業革命の前でして、この本では、田舎が舞台なので、尚の事、時代の古さが感じられます。 主人公のギリシャ・リクガメは、北アフリカのキリキアという所から運ばれて来たそうですが、その時代に、そういう船便があったというのは、さすが世界の海を制したイギリスと言うべきか。

  内容の大部分は、セルボーンで見られる動植物の観察に当てられています。 あまりにも、比重が大きい為に、随筆としては不自然になっており、動植物に特別強い興味がない人だと、嫌になってしまうかもしれません。

  どうして、こんなに、自然の描写ばかり多いのかというと、この本のネタ本が、≪セルボーンの博物誌≫という書簡集だから。 リクガメの飼い主である、ギルバート・ホワイト氏は、牧師であると同時に、博物学者で、その著作は、ダーウィンやファーブルにも影響を与えたのだそうです。

  主人公のリクガメも実在のカメで、1740年に、キリキアから、イギリスに連れて来られ、まずは、リングマーという土地の牧師である、ヘンリー・スヌーク氏に買われ、その家で暮らします。 1763年にスヌーク氏が他界した後は、その妻と暮らし、1780年に妻が亡くなると、スヌーク氏の甥の、ギルバート・ホワイト氏に引き取られ、セルボーンに移ります。 ホワイト氏は1793年に亡くなり、その翌年には、カメも死にます。

  このカメ、「ティモシー」と名付けられていたのですが、これは男の名前だそうで、生前はオスだと思われていたとの事。 ところが、有名な博物学者の飼い亀だったものですから、ロンドンの自然史博物館に甲羅が保存されており、後々調べたら、メスだと分かったというから、何やら、壮大な謎解きを感じさせます。

  この本を楽しむためには、まず、≪セルボーンの博物誌≫を読んで見た方がいいかもしれませんな。 沼津の図書館にもあるようですから、結構、有名な本なのでしょう。 私は、恥かしながら、今まで知りませんでしたが。



≪世界SF全集2 ウェルズ≫

早川書房 1970年
H.G.ウェルズ 著
宇野利泰 訳【タイム・マシン】【宇宙戦争】
多田雄二 訳【透明人間】

  19世紀末のイギリスのSF作家、H.G.ウェルズの代表作が収録されています。 ちなみに、全集の≪1≫は、ジュール・ベルヌ。 この二人、共に、SFの開祖とされていますが、活躍した年代から見ると、ベルヌの方が、30年近い先輩です。


【タイム・マシン】
  1895年、発表。 超有名な作品。 SFの定番設定になっている、時間旅行というアイデアの第一作ではないようですが、一般に広めたのは、やはり、この作品だったのだとか。 一つのカテゴリーを作り出したという点で、ウェルズ作品の中でも、一段、格が上ですな。

  タイム・マシンを発明した科学者が、80万年後の未来へ行くが、何者かによって、タイム・マシンを隠されてしまい、被捕食者と捕食者に二分化して、地上と地下で住み分けている人類社会を観察する事になる話。

  この作品が書かれたのは、社会主義思想がたけなわだった頃で、階級分化が、そのまま進行して、人類が二つの種に分かれてしまったという設定なのですが、読んでいる分には、政治的なメッセージ性は、ほとんど感じません。

  タイム・パラドックスの問題なども、一切出て来ず、単に、未来に冒険に行っただけという感じ。 SF設定の妙ではなく、冒険活劇の要素を見せ場にしているのは、ちと、期待外れでした。


【透明人間】
  1897年、発表。 これも、超有名な作品。 ですが、タイム・マシンほどではないですな。 アイデアに、発展性がないからでしょうか。 透明になる薬を発明した男が、自分で透明になり、できる事を片っ端からやり始めたせいで、騒動になり、社会に恐怖を巻き起こす話。

  これねえ、想像していた話と、まるで違っていて、びっくりしました。 主人公が、善人ではないんですよ。 透明になれば、悪戯でも犯罪でも、し放題と考えていて、最終的には、人類社会を破壊しようとまでします。 途中からは、完全に悪役で、彼を捕まえるのが、話の目的になります。

  SF設定の妙や、哲学性はまるでなく、これも、捕り物活劇の要素で、読ませようとしています。 ウェルズの作劇法が、こういう性質の物だったんでしょうねえ。


【宇宙戦争】
  1898年、発表。 これまた、超有名な作品。 タコに似た火星人が、地球人の体から、血液を搾り取って、食物にするために、地球に攻めて来て、手始めにイギリスに降り立ち、三本足の巨大ロボットを操り、イギリス軍と戦う話。

  有名なところで、二回、映画化されていますが、スピルバーグさん監督、トム・クルーズさん主演の、2005年の作品は、見ている人が多いはず。 その前の、1953年の映画も、ド迫力の特撮で、見応えがあります。

  映画が面白いのは、原作が面白いからで、戦争スペクタクルの要素を全て注ぎ込んで書かれているのですが、これぞ、ウェルズの本領発揮とばかりに、凄まじい戦闘の様子が、緻密且つ、抜群のテンポで描かれています。 なんだろね、この凄さは。 現代日本のSF作家崩れどもが書いている、しょーもない仮想戦記物など、比較対象にもなりません。

  火星人が、地球人の事など、野生動物としか見做していないという、冷め切った設定が、戦闘の苛烈さを盛り上げているのですが、地球側も、一方的に負けっ放しというわけではなく、多少は反撃が成功する場面が挿入されていて、そういうところは、読者の興味を繋ぎとめる、巧みな技術と言えます。

  ただ、戦記物としての面白さが抜きん出ているあまり、SFとしては、それほど、凄いアイデアは使われていません。 哲学性も、低調。 哲学性とスペクタクルを両立させるのは、そもそも無理、という見方もできますが。



≪静かなドン≫

新集 世界の文学 31・32・33
中央公論社 1970年
ミハイル・ショーロホフ 著
水野忠夫 訳

  帝政ロシア時代末期に生まれ、ソ連を代表する作家となった、ミハイル・ショーロホフの代表作。 1925年から、1940年にかけて、発表されたもの。 中央公論社の、≪新集 世界の文学≫の内、31、32、33巻を占めていて、一冊当たり、約600ページの二段組み。 計1800ページもある大長編小説です。

  ロシア西南部、黒海に注ぐドン川の下流域にある、ドン・コサックの村、タタールスキー部落で生まれ育った青年が、帝政ロシアの兵役に取られた直後、第一次世界大戦が勃発し、ドイツやオーストラリアと戦うが、やがて、ロシア革命が起きてしまい、以後、赤軍に加わって、白軍と戦う事になったり、コサック反乱軍に身を投じたり、相次ぐ戦争に、人生を翻弄される話。

  コサックというのは、帝政ロシアの武人階級ですが、貴族のような支配階級ではなく、普段は、自分の土地を持って、半農半牧で暮らしているのが、戦争になると徴兵されて、精鋭の騎兵部隊として戦う人々の事。 ただし、徴兵されるのは、青壮年の男だけです。

  ロシア革命の結果、コサックが、まずい立場に置かれる事になったのは、彼らが皇帝に最も忠実な部隊と見做されていた点もさる事ながら、馬と武器、そして戦闘技能という、当時、前線で充分に通用した能力を持っていて、ソビエト政権にとって、敵にも味方にもなる、警戒すべき勢力だったという事が、最大の理由です。

  また、赤軍と白軍の戦いが、ゼロサム関係の熾烈なものだったため、一度、白軍側についたコサック兵が投降して来ても、赤軍が赦さず、銃殺してしまう事件が相次ぎ、コサックは、戦う以外に生き残る道がなかったという事情もあったようです。

  主人公のグレゴーリイは、戦闘に長けていて、指揮官としての資質も高かったため、将校になり、コサック反乱軍に於いては、師団の指揮まで任されるのですが、なまじ、手柄が大きかったせいで、赤軍から危険人物と見做されて、戦争から身を引く事ができなくなって行きます。

  この話がうまく作られていると最も強く思うのは、グレゴーリイを、欠点のない人間にしていない事です。 いきなり、隣家の嫁と不倫関係になったり、駆け落ちしたり、その一方で、ぬけぬけと、他の娘と結婚したり、その妻に冷たかったりと、女性関係の乱れがかなり激しい。 このキャラ設定のお陰で、読者は、グレゴーリイに、過度にシンクロしないで、適当な距離を保ったまま、物語の進行につきあう事ができます。

  また、他の登場人物も、欠点のない人間が、ほとんど出て来ません。 何かしら、問題がある。 その故に、名前が与えられている主要登場人物の、9割近くが死んでしまうにも拘らず、理不尽さに憤りを感じずに済むのです。

  しかし、こういった設定は、単なる作劇上の技術ではなく、むしろ、超がつくほどの写実なんですな。 確かに、欠点のない人間などいない。 罪のない人間もいない。 そちらの方が、現実に近いでしょう。 殺される理由がない人間もいない・・・、とまでは言いませんが。

  この作品を読んでいると、「もし、自分が、グレゴーリイの立場だったら、どうするか・・・」と考えずにいられないのですが、答えは見つかりません。 彼は、その時時で、自分にできる精いっぱいの事をしていただけで、時代の流れに敢えて逆らったわけでもないのに、どんどん悪い方へ追い込まれてしまうのです。

  大長編で、しかも、悲愴な話であるにも拘らず、語り方が巧みなために、一度読み始めると、ページをめくる手が、なかなか止まりません。 文体のなせる業でしょうか。 ドストエフスキーは勿論、トルストイと比べても遥かに読み易いですが、人間性の本質に迫っている点では、全く引けを取りません。 ロシア文学の血脈は、しっかり受け継がれていたんですねえ。



  以上、4冊です。 ところで、前回までは、本の表紙の写真を出していましたが、今回から、やめました。 最近、知ったのですが、「本の表紙も、著作物なので、写真に撮って、ネット公開するのは、法律上、厳密に言えば、まずい」との事。 「そんなの、やってる奴は、無数にいるぞ」と思うでしょうが、著作権を持っている側からすると、出版物の宣伝になるから、訴えないだけなのだとか。 

  しかし・・・、本や映像作品のようなものでなくても、家電や生活雑貨など、一般の製品の本体やパッケージにも、必ず、デザインした人はいるわけで、著作権か商標権が存在すると思うのですが、それらを写真に撮って、ネットに出すのは、問題ないんですかね? そちらも、宣伝になるから、目こぼししているんですか?

  たとえば、車関係のサイトで、車の写真をネットにアップして、アフィリエイトで利益を得ている人は、結構いると思いますが、そういうのは、デザイナーやメーカーが持っていると思われる、著作権・商標権を侵害している事にならないんでしょうか? 自分の車なら、金を出して買っているから、問題ない? でも、他人の車が写り込んでしまう事だってあるでしょうに。

  風景写真のつもりで、画面の中に他人の顔を写してしまった場合、肖像権の侵害になると思いますが、そこまで言い出すと、どえらい事になりそうですな。 本当に、「厳密に」言い始めると、純然たる自然風景や野生の動植物、あと、自分の肉体だけが、OKで、それ以外の物が写った写真をネットに公開するのは、全て、まずいという事になりかねません。 この世は、どこもかしこも、他人が関わった物だらけだからです。

  以前、どこかの写真ブログで、お祭りで踊っている人の写真を撮って、アップしてあった記事に、撮られた人のコメントが寄せられていたのを見た事があります。 ブログの主とは、見ず知らずの他人ですが、人伝に、「どこそこのブログに、あなたの写真が出ている」と聞いて、見に来たらしいのです。 別に、文句を言っているわけではなく、普通に、写真の感想を書いてあっただけでしたが、ブログの主のレスを読むと、うろたえているのが、ありあり分かりました。 まさか、撮られた本人が見に来るとは、思っていなかったのでしょう。

  ネットでなくても、新聞や雑誌などは、大勢の一般人が写っている写真を、普通に載せていますが、あれも、一人一人に、肖像権使用の許可を取っているとは、全く思えないので、「厳密に」言い出せば、どえらい事になると思います。 街なかでロケをしているテレビなんて、どうなっちゃうんでしょう? 面白いから、誰か、訴えないかな。 どんな裁判になるか、見てみたいです。 権利と言うのは、自分を守ってくれるだけでなく、首をも絞める、両刃の剣なんですな。