2023/03/26

EN125-2Aでプチ・ツーリング (42)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、42回目です。 その月の最終週に、前月に行った分を出しています。 今回は、2023年2月分。





【函南町桑原・双体道祖神 / 地神尊】

  2023年2月2日に、バイクで、函南町・桑原にある、「双体道祖神 / 地神尊」に行って来ました。 ネット地図で見つけたところ。 前回行った、「横道順禮供養塔」のすぐ近くにあります。 迷わず、到着。

≪写真1≫
  真ん中が、双体道祖神が入っている、覆い。 壁は、コンクリート・ブロックで、一部、石。 屋根も、コンクリートで造られているようです。

  右にある、三角形の石碑は、地神尊。

  左の白いのは、解説板と、付近にある神物・仏物の地図。

  解説板は、「ムラを護るサイノカミさん・地神さん」と題されています。

  地図の方は、「桑原史跡散策マップ」とあります。 20箇所くらい、出ています。 こういう地図は、大変、ありがたい。 目的地を決める際の、参考になります。

≪写真2左≫
  双体道祖神。 解説文によると、伊豆では、珍しいとの事。 私も、見たのは、初めてです。 いや、他でも見ているけど、気にしていなかったから、記憶にないだけなのかも知れませんが。

  道祖神巡りをしている人もいるようですが、そういう人達は、双体道祖神に興味津津なのでは?

≪写真2右≫
  地神尊の石碑。 大きな字で、「地神尊」と彫ってあります。 解説文によると、その名の通り、地の神で、「堅牢地神」とも呼ばれるとの事。 五穀豊穣を祈る対象だとの事。

≪写真3≫
  すぐ近くにある、「八巻橋」。 鉄筋コンクリート製ではないかと思います。 橋脚、2本。 後付けの白い手すり以外、全て、コンクリートで出来ているせいか、渋い印象で、妙に味があります。 下を流れているのは、来光川。

≪写真4≫
  路肩に停めた、EN125-2A・鋭爽。 すっかり忘れていましたが、このバイク、小型二輪だから、二人乗れるんですよね。 小排気量だから、たぶん、二人乗ると、相当、遅くなると思いますけど。 もしかしたら、その辺の事を考えて、ロー・ギヤードにしてあるのかも知れませんな。




【三島市大場・大場インター横公園】

  2023年2月6日。 バイクで、三島市・大場にある、「大場インター横公園」へ行って来ました。 ネット地図で見つけたところ。 航空写真では、更地でしたが、行ってみたら、ちゃんと、公園になっていました。

≪写真1≫
  ほぼ、全景。 後ろにある高架道路は、「東駿河湾環状道路 伊豆縦貫自動車道」です。 入った事がないので、よく分かりません。

  高架道路を作った時に出来た空間を、公園にした模様。 右手前の道路は、手前側を、支柱で閉じてあって、車は入れません。

≪写真2≫
  公園の中心部。 水車の模型があります。 水が流れていて、回っていましたが、回しているだけであって、何か、仕事をしているわけではないと思います。 奥に見える小山は、富士山を模したものかも知れません。

≪写真3左≫
  花壇に植えられている花。 パンジーでしょうか。 こういうのを、枯らさずに維持するのは、大変でしょうな。 「大場花の会」さんが、手入れしているようです。

≪写真3右≫
  流しと水道。 蛇口には、ハンドルもついています。 毎日のように使っているのかも知れません。

≪写真4≫
  現地で撮ったバイクの写真が、ボケてしまったので、帰ってから、家で撮った、メーターの写真を代わりに出します。

  距離計ですが、トリップ・メーターは、使っていません。 燃料計があるので、距離で燃料の残を推定する必要がないからです。

  オド・メーターは、「30976キロ」。 2019年9月に買った時には、「26294キロ」でしたから、3年と5ヵ月で、4682キロしか乗っていない事になります。 毎週、出かけているとは思えない距離数ですな。 セローで通勤していた頃には、1年間に、9000キロ以上乗っていたものですが。





【三島市玉沢・池ノ洞稲荷神社】

  2023年2月16日、バイクで、三島市・玉沢にある、「池ノ洞・稲荷神社」に行って来ました。 住所は、三島市ですが、函南町の住宅地、「パサディナタウン」の北辺を通って行きます。

≪写真上≫
  何とか、着いたものの、この写真一枚を撮ったら、カメラが、バッテリー切れになりました。 バッテリーを出して、暖めてみたのですが、モニターは点いても、撮影は、どうしても、できませんでした。

  一枚しかありませんが、稲荷神社は、この写真に写っているものが、全てです。 赤い鳥居。 覆いの中に、石の台座の上に載った、木製の社。 陶器製の、狐の置物が幾つか、並んでいました。 規模的に見て、おそらく、個人で祀ったもの。 周囲は、山の中。 手前側に、起伏の激しい畑。

≪写真中≫
  家に戻って、カメラを充電し、設定し直して、復帰させました。 バイクにカバーをかける前に、撮影。 家に戻った後、最短でも、1時間は、冷やします。 セローで通勤していた頃には、すぐにかけていましたが、マフラーが当たる辺りが、やはり、変色していましたねえ。

≪写真下左≫
  プチ・ツーリングに持って行っているカメラ、富士フィルムの 「FinePix JX550」。 2012年8月に、家電量販店で、6980円で買ったもの。 もう、10年以上、使っているわけだ。 北海道応援、岩手異動、沖縄旅行、北海道旅行と、長大な距離を旅したカメラでもあります。 2019年9月から始めたプチ・ツーでも、もう、150回以上、出動しています。  シャツの胸ポケットに収まる大きさなので、大変、使い易い。

  惜しむらく、数年前から、露出が狂う時が多くなり、オートは使えず、マニュアル露出で撮っています。

≪写真下右≫
  背面。 2012年頃のコンパクト・デジカメは、完成の域に達していて、この値段でも、必要にして充分な機能・性能を備えています。 スマホ・カメラに押されて、こういう使い易いカメラが駆逐されてしまったのは、残念至極。




【三島市谷田夏梅木・妙泉寺】

  2023年2月20日、バイクで、三島市・谷田・夏梅木にある、「妙泉寺」へ行って来ました。 2007年5月に、折自で来ていて、その時に撮った写真があるのですが、行き方を完全に忘れていて、気になるので、地図で調べ直して、行ってみた次第。

≪写真1≫
  一度ロストしたのですが、何とか、辿り着きました。 山号寺号を彫った石の標柱の後ろに、白い看板柱がありますが、「南無大慈悲癌除観音」と書いてあります。 「癌除」という言葉が珍しかったので、記憶に残っていたのです。 この辺りは、2007年の写真と、変わっていません。

≪写真2≫
  ≪1≫の写真の、左側の道を登って行き、道なりに左に曲がると、寺が見えて来ます。 山門は、ないようです。 右手は、墓地。 小山を背中に背負っている格好。 向こうが、南です。

≪写真3≫
  境内と本堂。 門の前に、「山門不幸」の立て札があったので、中には入らず、引き揚げて来ました。 それでなくても、お寺は、神社より、敷居が高いですし。

≪写真4左≫
  道路の路肩に停めた、EN125-2A・鋭爽。 交通量が少ない所だったので、道路に置きました。 参道に入れると、もし、車が入って来た時に、邪魔になるので。 この角度が、一番、バイクらしく見えますねえ。 まあ、正真正銘のバイクだから、当然ですが。

≪写真4右≫
  道路を挟んで反対側の、植木畑で咲いていた花。 時期的に考えて、たぶん、梅だと思います。 まだ、若い株。 




【三島市谷田・御門天神社】

  2023年2月28日。 バイクで、三島市・谷田・御門にある、「御門天神社」へ行って来ました。 三島警察署から、妙法華寺へ向かう道の途中にあります。 歩道橋の下だから、分かり易いです。

≪写真1≫
  道路の反対側から、全景。 向かって、左側は、幼稚園か保育園のような施設。 バイクは、その入口道路に停めました。 申し訳ない。 他に停める所がないようだったので。 境内へは、正面からは入れず、右側にある階段を上って、横から入ります。

≪写真2左≫
  柵と、門あり。 パッと見、立ち入り禁止かと思いましたが、門に鍵はかかっておらず、入る事ができました。

≪写真2右≫
  社標。 「御門」の読みは、たぶん、「みかど」だと思います。 天神なので、祀ってあるのは、菅公。

≪写真3左≫
  石燈籠。 一対ありました。 四角断面の神社用形式。 些か、バランスが悪く感じられるのは、台座が大き過ぎるからだと思います。 一番下の一段が要らないんだわ。

≪写真3右≫
  境内の桜・・・、いや、この色で、この時期に桜はないか。 という事は、梅? ああ、まあ、菅公だから、梅の方が、それっぽいですけど。

≪写真4≫
  EN125-2A・鋭爽の、左フェンダーの下側。 前後2箇所に、フックがあります。 もちろん、右側にも、あります。 明らかに、荷紐か、ネットをかける為のものですが、私は、使っていません。 どうしても、荷物を積まねばならない時には、荷台を使います。

  ここに、荷紐かネットをかける場合、荷物は、後席シートの上に載せる事になりますが、荷物によっては、シート表皮を傷つけてしまう場合があるからです。 フェンダーにも、荷紐やネットが擦れて、傷がつきます。 そんな事、気にしないという人もいると思いますが、私は、気にします。

  ヘルメット・ホルダーですが、滅多に使いません。 ホルダー解除と逆方向に回すと、シートのロックが解除されるようになっていますが、間違えて、シートを解除したまま、バイクを離れてしまうと、やばいですな。 ちなみに、シートのロックは、シートの後ろの方を、上から軽く押すと、カチッと嵌まります。 つまり、一回跨って体重をかければ、自然に、ロックがかかるわけです。




  今回は、ここまで。

  2月と3月は、日にちと曜日の組み合わせが同じになるんですな。 この歳にして、ようやく気づきました。 うるう年は、違うのかな?

  2月は、28日しかないのに、5回も、プチ・ツーに出かけました。 4回にする事もできたんですが、そうすると、3月が、5回になってしまうのです。 合計回数が同じなら、先に済ませてしまおうと思って。

2023/03/19

実話風小説 ⑭ 【お通夜ホーム・パーティー】

  「実話風小説」の14作目です。 普通の小説との違いは、情景描写や心理描写を最小限にして、文字通り、新聞や雑誌の記事のような、実話風の文体で書いてあるという事です。





【お通夜ホーム・パーティー】

  一流の工作機械メーカー、X社では、「R技術」を使った新機種を開発する事を決めた。 R技術は、10年前に登場し、次第に、時代の流行になりつつあったが、X社では、ほとんど、手付かずの状態だった。 R技術関連の特許を持っている、フリーの技術者、A氏と、技術顧問の契約を交わす方針が決まったが、ライバルのY社も、A氏のスカウトを検討しているという情報があり、急いで、A氏に接触しなければならなくなった。

  最初に、企画部の部長が、A氏に会ったが、これは、成功とは言えなかった。 技術者にありがちな性格だが、A氏には、気難しいところがあり、部長クラスの、横柄な態度が滲み出ている人間が出て行ったのでは、嫌がられるのは、無理からぬ事である。 一向に話が進まないので、A氏との交渉は、接待が得意な、営業部の課長クラスに任される事になった。 B氏である。

  営業部の課長は、10人以上いたが、その中から、B氏が選ばれたのは、彼が、元は、開発部に在籍していたからだ。 工科大学を出て、技術者として入社したが、そちらの方面では、力が出せず、他の部署に異動させられる事になった。 人事部が、駄目元で、営業部に回したら、水が合ったようで、平均以上の成績を上げ始め、順調に昇進して、40代半ばで、課長になっていたのだ。 元が技術者だから、A氏とも話が合うのではないかと、期待されたのである。

  B氏は、有能な技術者の変人ぶりを知っていたので、「厄介な事になったぞ」と思ったが、その一方で、「この仕事を、うまくやってのければ、次の昇進に、大きなプラスになるだろう」と、皮算用もしていた。 元が技術者だけに、R技術が、今後の社運を左右する重要なものである事を、理解していたのだ。


  特定の人物の接待をするには、相手が何を望んでいるかを知らなければならない。 A氏は、フリーの技術者だったので、プロフィールが公開されていたが、B氏は、それを、ざっと見ただけで、眉間に皺を寄せた。 顔写真が出ていないのは、資産が多いから、犯罪者に目をつけられるのを、警戒しているのだろう。 価値が高い特許を幾つも持っているのだから、収入が多いのは当然だが、一介のサラリーマンに過ぎないB氏には、そこがまず、カチンと来た。

  略歴に目をやると、中学卒業後、海外に留学していた。 これにも、カチンと来た。 怠惰な学生だったB氏は、就職を一年でも遅らせようと、大学を終える前に、指導教授に、海外留学の希望を出した事があった。 ところが、「お前さんの成績じゃ、行っても、相手にされない」と、一言のもとに却下されてしまい、それが、嫌な記憶として残っていたのだ。 ムシャクシャしながら、A氏の略歴の下の方へ目を飛ばすと、20代後半で、記述が途切れていた。

「なんだ、古い資料か。 こんなの役に立たん。 もっと、活きた情報が必要だな」 

  B氏は、社内で、A氏の事を知っている者を探してみた。 すると、Cという人物が、かつて、A氏と一緒に仕事をした事があるらしいと分かった。 C氏は、8年前に、X社に吸収合併された、Z社の開発部門にいた人物である。 Z社は、10年前に、A氏と半年間、技術顧問契約を結んでいたのだ。 C氏は、合併後、X社に移籍していたが、開発部門には入れず、資料室で冷や飯を食わされていた。 移籍した時、すでに、40歳間近で、技術者としては、時代遅れになっていたからである。

  B氏は、資料室の詰め所に、C氏を訪ねた。 C氏は、同年輩の気安さからか、初対面であるにも拘らず、気さくに話をしてくれた。

「Aさん? ああ、A博士の事ですね」
「博士?」
「ええ。 海外の大学の博士号をもってるんですよ。 私らは、A博士、A博士って呼んでました」

  そう聞いても、B氏は、特段、感心するような事はなかった。 一流メーカーの開発部門では、博士号を持った技術者は、さほど、珍しくないからだ。 それを、わざわざ、「A博士」などと呼んでいたという、Z社の開発部門が、レベルが低いような印象さえ受けた。

「Aさんというのは、どういう方なんですか」
「うーん。 ちょっと、気難しいところがあって、なかなか、本心を見せないんですが、腹に一物あるというタイプではないです。 こちらが、礼儀正しく接すれば、向こうも、礼儀正しく応えてくれましたねえ。 他人と話すのが苦手で、気が弱そうだけど、芯はしっかりしているというか・・・。 特に、仕事となると、いい加減な事はしないし、他の人間が、いい加減な事をするのも許さない人でしたねえ。 フリーで、技術一本で食っているわけですから、自然にそうなるのかも知れませんが・・・」
「そもそも、Z社は、どうやって、A氏をスカウトしたんですか?」
「いや、特に、苦労はしなかったみたいですよ。 10年前は、A博士は、そんなに高名だったわけではないし、普通に、話を持ちかけたら、普通に、応じてくれたようです。 今は、どうですかね? A博士を狙っているという事は、R技術でしょ? あちこちから、引きがあって、簡単には行かないかも知れませんね」
「それは、分かっているんですがね。 ズバリ訊きますが、Aさんの弱点はなんでしょうかね?」
「弱点ですか? うーん・・・、時間にルーズな事ですかね。 自宅の研究室で研究に夢中になって、約束の時間に、半日遅れたという事がありました。 逆に、スケジュールが空いてしまって、約束の時間より・・・」
「いやいや、弱点と言っても、そういう事ではなく、Aさんを口説き落とすのに、どんな接待が有効かを知りたいんですが」
「ああ、接待ですか。 接待ねえ・・・。 よくある接待なら、やめた方がいいと思いますよ」
「どういう事ですか?」
「A博士は、酒を飲まないわけではないですが、水商売の女性にベタベタされるのが、大嫌いなんです。 Z社の時、A博士のお陰で、成果が上がったんで、次長が、ご褒美のつもりで、A博士と、開発部の主だった者を、キャバクラへ連れて行ったんですが、A博士、店に入った時から、仏頂面だったのが、キャバ譲から、下品な冗談を浴びせかけられて、腹を立てて、途中で帰ってしまったんですよ。 その後、すぐに、Z社と契約解消してしまいました。 次長も逆ギレして、怒っていましたが、もし、A博士との契約が続いていたら、Z社も、身売りしないで済んだかも知れません」

  怖い話だ。 B氏は、「自分も、同じ轍を踏まないように、気をつけなければ」と思った。

「ゴルフはしますかね?」
「しません。 スポーツは、何も、やりません。 無理に誘うと、怒り出すんじゃないでしょうか。 スポーツ全般に興味がなくて、野球やサッカーなど、プロ・スポーツの話題にも、全く乗って来ません」
「芸能情報は? 好きな、お笑い芸人とか、好きな、歌手とか?」
「そういう話も、しませんでしたね。 A博士とは、技術関係の話以外で、盛り上がった事がなかったと思います」
「映画とか、舞台劇とかは?」
「そんな話も出ませんでした。 ガチガチの理工系ですから、芸術の方に疎いのは、仕方ないですが」

  B氏は、困ってしまった。 取り入る隙がないではないか。

「何か、Aさんが、好きな事はなかったですか?」
「うーん・・・」

  C氏は、腕組みをして、首を捻って、考えた。

「そうだ! 通夜だ!」
「つや?」
「あの、お通夜ですよ。 葬式の前にやる」
「ああ、お通夜・・・。 ええっ! お通夜が好きなんですか?」
「お通夜の雰囲気が好きだと言ってました。 今の、葬祭会館でやる、お通夜じゃなくて、昔の、個人宅に、親戚や、近所の人達、それに、故人の友人・知人が大勢集まって、ワイワイ・ガヤガヤしながら、酒を酌み交わす、あの雰囲気ですね」
「ああ。 何となく、分からないでもないですね」
「たぶん、A博士が子供の頃に、そういう、お通夜を経験した事があったんでしょう」
「なるほど。 しかし、本物のお通夜に、A博士をよんで、接待するわけにも行かないなあ」
「それは、その通りです。 だけど、似たような雰囲気なら、いいんじゃないですか? Z社で一緒に働いていた時、私の上司が、家を新築しまして、記念に、ホーム・パーティーを開いたんです。 A博士も招かれたんですが、いつになく、ニコニコしていましたねえ。 他の面子みんなと親しいわけじゃなくて、知らない人の方が多かったのにね。 ああいう雰囲気が好きなんでしょう。 後片付けの手伝いまで、してましたからねえ」
「それは、普通のパーティーではいけないんですか? 会社が催す、立食パーティのような」
「A博士を接待するのが目的なら、そういう大掛かりなパーティーは、まずいんじゃないですか? ついでに接待していると思われてしまう恐れがありますよ。 そもそも、大きなパーティーには、A博士が出て来ないと思いますねえ」
「なるほど。 ホーム・パーティーですか。 なるほど・・・」

  資料室を後にしたB氏は、歩きながら、めまぐるしく、脳の中を回転させた。 ホーム・パーティーをやるとしたら、自分の家でやるしかない。 他の家でやったのでは、自分の手柄にならないからだ。 ホーム・パーティーは、新婚の頃、何回か、やった経験がある。 妻が嫌がるようになったので、その後、やめてしまったが、今回は、重要な仕事だから、昇進がかかっていると言って頼めば、妻も協力してくれるだろう。


  家に戻って、その話をすると、B氏の妻は、あからさまに、嫌そうな顔をした。 子供は、すでに高校生で、全寮制の学校に入っており、子育ての負担がなくなった妻は、専業主婦をやめて、再就職していた。 勤め人である点は、夫と変わらない。 自分にとっても、週末の休みは貴重なのに、その内の一日を、夫の為に犠牲にするのには、大きな抵抗があった。

  夫の昇進に、確実に寄与するというのなら、協力するのに吝かではないが、営業部には、10人以上の課長がおり、その中から、次期部長の座を伺う事が、いかに難しいかを、そもそも、職場結婚で、X社内の事情に詳しかった妻は、よく知っていた。 うまくやっても、評価されず、うまくいかなければ、出世は、むしろ、遠のいてしまう。 夫の昇進など当てにするより、自分で稼いで、家のローンの返済や、老後資金の蓄えに当てる方が、優先だと思っていた。

  新婚の頃にやった、というか、夫にやらされた、ホーム・パーティーが、B氏の妻には、不快な記憶となって残っていた。 最初の一回で、あまりの大変さに参ってしまった。 夫は、準備こそ、一緒にやったが、パーティーの後は、酔い潰れて、眠ってしまい、後片付けは、ほとんど、妻一人でやらなければならなかった。

  「お客に招いた人達に、後片付けを手伝わせるわけには行かない」と言っていたのは、夫だが、それで、自分は眠ってしまうのだから、勝手である。 妻が、寿退社で、専業主婦になっていたのを幸い、翌朝、「今日一日かけて、ゆっくり片付ければいいじゃん」などと、無責任な事を言って、自分は、泊まった同僚達と、遊びに行ってしまった。

  お金も、大変。 お客を、10人よべば、一晩で、10万円近く消えてしまうのだ。 若い頃で、蓄えも少ないのに、10万も消えたのではたまらない。 ホーム・パーティーをやった月は、家計が必ず、赤字になった。 半年の間に、3回やった後、4回目をやると夫が言い出した時、家計簿を見せて、「こんな調子で、ホーム・パーティーを続けていたら、家のローンが払えなくなって、破産してしまう」と訴え、やめさせたのである。 家は、頭金を、夫の親に出してもらい、35年ローンで買った、新築の分譲住宅だった。

  ホーム・パーティーというと、「お客も、食べ物・飲み物を持ち寄って」というケースを想像する人もいるだろうが、そちらに期待できるのは、客一組当り、缶ビール6本パック程度である。 おかずも、コンビニの唐揚げ程度。 そんなんで、10人規模のパーティーができるものかね。 結局、招く側で、身銭を切って、8割以上のものを揃える事になるのである。 しょぼいパーティーは、嫌がられる。 ケチな家と思われてしまう。 そんな悪評が立つくらいなら、最初から、やらない方がいいのだ。

  B氏の妻は、A氏の接待パーティーを開くに当たって、条件を出した。

1. お金は、全額、会社の経費で落とす事。
2. 手伝いの人間を、最低3人は、会社からよこす事。 彼らには、準備だけでなく、後片付けもさせる事。
3. 自分は、ホステス役はやらないから、必要なら、女性社員を用意する事。

  「1」は、当然と言えば、当然。 元は重役会の指示から出た話なので、もちろん、かかった費用は、会社に請求できる。 問題なし。

  「3」に関しては、A博士の性質から考えて、不要だと判断した。 下手に、女性社員なんぞよぶと、A博士に、無理やり話し相手を宛がったようで、不自然である。 その女性社員が、A博士に相手にしてもらえなかった場合、他の男性社員とイチャついて、A博士を不快にさせる恐れもある。 そんな厄介な存在は、最初から、よばないのが一番だ。

  存外、障碍になったのは、「2」だった。 折り悪く、決算期に入っていて、営業部門は、どこも忙しい。 せめて、週末くらいは、自分の家で、のんびりしたい。 仕事でやるホーム・パーティーなんか、出ていられるか。 まして、手伝いなど、手当てが出ると言われても、真っ平御免。 というわけで、人手が確保できなかったのである。

  熱心に、声をかけた結果、営業部と開発部の、B氏の知り合いで、何とか、7人を確保した。 それでは、少な過ぎるので、上司に相談したところ、あちこちに掛け合って、警備部から、3人出せるという話になった。 しかも、その3人は、出勤扱いにするから、手伝いもさせていいというのである。 太っ腹で知られている、警備部部長の鶴の一声だったらしいが、これは、ありがたい。

  これで、A氏とB夫妻を入れて、13人。 B氏は、もう一人くらい欲しいと思い、資料室の、C氏に声をかけた。 C氏は、最初、渋っていたが、B氏から、「Aさんが、話し相手がいなくなってしまったら、白けるから、昔馴染みのCさんにも、是非出てもらいたい」と口説かれて、承諾した。 C氏が心配したのは、B氏ではなく、A博士の事だった。 B氏の事は、よく知らないが、営業の飯を長く食べて来た人間だけに、些か脂ぎったところがあり、神経質なA博士と、反りが合うようには思えなかったのだ。

  A氏には、C氏を通して、連絡してもらった。 真の目的は伏せて、「会社の同僚のホーム・パーティーがあるから、参加してみませんか」と問い合わせてみたところ、C氏の事を、好意的に覚えていたA氏は、遠慮は見せたものの、最終的には、承諾してくれた。 C氏は、日時と場所を、A氏に伝えた。


  いよいよ、ホーム・パーティーの日が迫って来た。 B氏の妻は、前日まで、何の準備もしていなかった。 いや、当初は、前日、金曜の夜から、準備を始めるつもりでいたのだが、夫が急に、「土曜の午前中は、営業部と開発部のパーティー出席者と、レジャー施設に遊びに行く」と言い出したので、馬鹿馬鹿しくなって、やめてしまったのだ。

  B氏は、「彼らには、無給で、パーティーに出てもらうんだから、サービスしておかなきゃな」などと言っていたが、自分が、パーティーの準備から逃げる為の口実としか思えなかった。 本人が、そんな調子なのに、「なんで、私だけが、苦労しなきゃなんないの?」と臍を曲げたわけだ。 どうせ、会社から、手伝いが来るのだから、そいつらを扱き使うつもりでいた。

  妻は、念の為、B氏に問い質した。

「手伝いの人達は、ちゃんと、午前中から、来てくれるんだよね。 3人は欲しいって、伝えてある?」

  B氏が答えるのに、少し間が開いた。

「・・・もちろん。 何度も確認したよ」

  妻の不信感は、逆に増大した。 B氏には、何をやるにも、細部の詰めが甘いところがあり、大まかな事だけ決めると、後は、他人に押し付けてしまう傾向がある。 また、自信がない時ほど、大口を叩いて、ごまかそうとする。 「何度も確認した」というのは、そういう時に、B氏の口から出る常套句で、後でまずい結果になった時に、他人のせいにする為の手管だった。 「自分は何度も確認したが、相手がいい加減で、こんな結果になってしまったのだ」という風に・・・。

  その会話の後、B氏が、誰かに電話をしている姿が見られた。 話し方からして、自分の部下のようだった。 

「いやあ、今からじゃ、警備部の方に確認をとるのは、無理だ。 早目に来てくれとは言っといたけど、パーティーは、夕方からだから、さすがに、昼前には来ないだろう。 しょうがないから、お前だけでも、午前中から来てくれ。 10時頃でいいから」


  ホーム・パーティー当日の午前10時頃、のんびりした顔つきの青年が、B宅を訪れた。 この青年は、B氏の部下で、昨年の新入社員だった。 B氏の妻とも面識があり、すぐ、家に引き入れられた。 その時、B氏の妻は、門の外に、もう一人、20代後半くらいの、貧相な容貌の青年がいる事に気づいた。 知らない顔だが、警備の方から手伝いがよこされると聞いていたので、その一人かも知れないと思い、声をかけてみた。

「あんたも、パーティーに来た人?」
「はい」
「じゃあ、入って。 急がないと」

  B氏の妻は、パーティー会場になる、二間続きの洋室に、二人を案内し、家具を動かして、部屋全体を掃除するように命じた。 大きな食器棚があり、中身を出さないと、とても、動かせない。 二人が尻込みしていると、B氏の妻は、ピシャリと言い放った。

「言われた通りにして! 時間がないんだから! 掃除しないで、お客を入れたら、恥を掻くのは、私なんだからね!」

  B氏の妻の機嫌は悪かった。 「最低でも、3人」と言っておいたのに、二人しか来ない。 とことん、いい加減な亭主だ。 誰の為に、こんな面倒な事を引き受けてやっていると思っているのだ。 こうなったら、この二人を、使い潰すつもりで、働かせるしかない。

  一方、二人の青年だが、こうなったら、仕方がない。 B氏の妻の指図通り、食器棚を動かす難業に取り組み始めた。 これは、パーティーの準備というより、大掃除である。 食器棚が大き過ぎて、年末の大掃除では手をつけられないので、手伝いが来たのに乗じて、掃除させてしまおうという、図々しくも虫のいい計算なのだ。

「床は、ちゃんと、雑巾がけしてよ。 雑巾は、そこ。 洗面所の流しは汚さないで、庭の流しを使って」

  3月初頭なので、外は、零下である。 庭の地面には、霜柱が立ち、流しにあるバケツの水は、凍っていた。 何年も掃除していない、食器棚の裏は、分厚く埃が溜まって、何度も、バケツの水を取り替えなければならなかった。

  ようやく、洋室の掃除が終わり、家具を戻し終わると、次は、外周りの掃除を命じられた。 落ち葉一つ残さないように、との指示。 家中の窓を拭かされ、玄関ポーチにも、雑巾をかけさせられた。

  何とか、終わらせて、寒さで、ガタガタ震えながら、家の中に戻ったが、電気ストーブにあたる暇もない。 B氏の妻は、容赦なく、トイレの掃除を命じた。

「いちいち、言われるたびに、嫌そうな顔をしないで、さっさとやる! 午後になったら、お客さんが来ちゃうんだよ!」

  B氏の妻は、結婚前、X社で働いていた頃から、切れ者と言われていたが、再就職してからも、たまたま、その職場に、指導役がいなかったせいで、瞬く間に、女帝のような立場に登り詰め、部下を仕切り倒すようになっていた。 B氏の妻から見ると、大学を出たての若い男なんぞ、遊ぶ事ばかり達者で、糞の役にも立たない、無能揃いであり、顎で使い捲って、辞めるなら、辞めれば良し。 10人中、一人残れば、マシな方、という、残忍な考え方をもっていた。

  これは、社会の厳しさを総合的に見た場合、あながち、間違った考えとは言えないが、真っ当な社会人であれば、初めての相手に対して、取る態度ではない。 二人の青年の内、一人は、初対面なのだから、もっと、人間的に扱うよう、配慮すべきであろう。

  パーティー会場は1階だが、2階のトイレまで、掃除させられた。 10人以上の客が来るのだから、2階トイレも使う可能性があると言うのである。 終わったと言うと、B氏の妻が確認に来て、洋式便器の後ろに埃が溜まっている事を指摘し、そこにも、雑巾をかけさせられた。 次は、浴室。 酔い潰れて、泊まる客が出た場合、朝風呂を使う可能性かあるからというのが、その理由だった。

  それが終わる寸前に、家の電話が鳴った。

「ええっ? どういう事? それは、そっちの都合でしょ? 配達まで込みで、あの値段で頼んだんだから、配達できないなら、もちろん、その分、安くしてもらえるんでしょうね。 ああ、そう、分かりました。 今から、人をやるから、そいつらに、渡して」

  電話を切ると、二人の青年に向かって、命じた。

「隣町の仕出し屋まで、行って来て! 料理を頼んであるから、受け取って来て!」
「あの・・・、どうやって?」
「車で行ってよ!」
「車って?」
「あ、そうか! 亭主が乗って行ったのか。 あんた達、バスで来たの?」
「はい」
「あ~、駄目だ~。 バスじゃ、仕出し屋まで行けないわ! しょうがない、自転車で行って! 私のと、息子のと、2台あるから、何とかなるでしょ! 向こうで、ダンボール箱かなんかもらって、荷台に縛って来てよ」
「あの・・・、タクシーは?」
「いい若いもんが、何、楽しようとしてるの! 夕飯の料理だから、時間は間に合う。 どうせ、あんた達は、もう、家の中でやる事はないから、遊んでないで、自転車で行きなさい!」

  くどいようだが、繰り返すと、外は、厳寒である。 雪こそ降っていないが、張った氷が、正午を過ぎても融けないくらいだから、立っているだけでも、滅茶苦茶、寒い。

  しかも、息子の自転車は、長く乗っていなかったのか、後輪タイヤがパンクしていた。 B氏の妻に言うと、にべもなく、「物置に、道具があると思うから、直して行って」と言われた。 B氏の部下は、パンク修理の経験がなかった。 もう一人の青年が、やると言い、かじかんだ指先に苦労しながら、20分ほどかけて、終わらせた。

  修理がなると、二人で、自転車を漕ぎ、隣町まで、片道、8キロを走った。 幹線道路だと、事故が怖いので、全道程の3分の2くらい、川の土手道を通ったのだが、冷たい川風が吹きつけて、目を開けているのも、つらい。 並んで走りながら、B氏の部下が言った。

「大変な事になりましたねえ」
「うん。 まさか、こんな事になるとはねえ・・・」
「警備部の方は、手当てが出るんでしょう? ぼくらなんて、無給ですよ」
「ああ、そうですか。 大変ですねえ」

  寒過ぎて、それ以上、話が弾まない。 二人は、また、黙り込んで、自転車を漕ぎ続けた。

  仕出し屋では、呆れられた。

「自転車で運ぶんですか? 無理ですよ。 14人前もあるのに。 前籠なんて、横にしなきゃ入れられないから、おかずが寄って、グジャグジャになってしいますよ。 荷台だけだと、一台当り、7人前でしょう? 無理無理!」
「ダンボール箱はありませんか?」
「そんな大きな段ボール箱じゃ、荷台から、すぐにズレ落ちてしまいますよ」
「仕方がない。 タクシーを呼びます」

  やって来たタクシーに、仕出し料理を積み込み、B氏の部下が一緒に乗り込んで、B宅へ向かう事になった。 あの奥さんでは、先に言い訳しないと、タクシーの運転手を怒鳴りつけかねないと、もう一人の青年が言ったからだ。 B氏の部下が、持ち合わせがないと言うので、もう一人の青年がタクシー代を出す事になった。 財布を預かった、B氏の部下が言った。

「後で、B課長に精算してもらいますから」
「いや、いいですよ。 こういう運命だったんでしょう」

  自転車2台は、もう一人の青年が、一人で押して帰る事になった。 土手道では、1台に乗って、もう1台を引っ張って走ろうとしてみたが、すぐに、倒れそうになり、キズでもつけては、厄介な事になると思って、やめた。 しばらく、2台の自転車の間に入って、押していたが、これでは、普通に歩くのより、ずっと遅い。 ざっと計算して、B宅に着くのに、3時間くらい、かかるだろうか。
 
  青年は、一旦、立ち止まり、自転車のスタンドをかけて、2台の自転車を、じっと見ていた。 ハッと思いつき、1台に鍵をかけて、土手道の端に置くと、もう1台に乗って、仕出し屋へ引き返した。 小さめのダンボール箱をもらうと、畳んで、前籠に入れ、土手道へ戻った。 1台の自転車の後輪部分の横に、もう1台の自転車の前輪部分を、荷紐で縛りつけた。 傷がつかないように、接触する部分に、ダンボールを巻いた上でだ。

  これで、2台が連結された。 青年が押してみると、問題なく前に進める。 恐る恐る、乗ってみると、速度は遅いものの、割とスムーズに、漕げる事が分かった。 こんな状態で、公道では乗れないので、土手道を下りてからは、押して歩いたが、この工夫のお陰で、3時間かかるところを、1時間ちょっとで、戻る事ができた。

  B宅へ戻ると、すでに、招待客が到着し始めていた。 B氏の部下が出て来て、もう一人の青年に、財布を返しながら、言った。

「警備部の人達が来てますよ」
「そうですか」
「でも、人数が多いんですよ。 3人って話だったのに、5人も来てるんです。 あなたを入れて、6人ですよね」
「いや、私は、警備部ではないです」
「え? ああ、そうなんですか。 それにしても、警備部が、5人も来たら、料理が足りなくなるなあ」

  嫌な予感がした。 二人で、中に入ると、B氏の妻が、5人の客と話をしていた。 自分達に対するのとは打って変わって、気持ちが悪くなるような、媚びた態度をとっていた。 中でも、ピシッとスーツを着こなし、銀縁眼鏡をかけた、理知的な顔つきの40代の男性に、特に、愛想を振りまいているようだった。 B氏の部下が呟いた。

「あの人が、メイン・ゲストなのか。 すると、全員が警備部じゃないんだな。 そうか、そうか」

  B氏の妻が、廊下へ出て来て、B氏の部下と、もう一人の青年の腕を引っ張り、台所へ連れて行った。

「ちょっと、悪いけど、人数が増えちゃったみたいだから、あんた達二人、帰ってくんない? いや、後片付けがあるから、夜の9時頃、また来て欲しいんだけど、とりあえず、ここにいても、食べる物ないから、一旦、帰ってよ」
「はあ。 でも、あの人達、開発部の人も含まれてるんじゃないんですか?」
「誰が、開発部か、営業部かなんて、私には分からないの! 今さっき、亭主から電話があって、これから、7人連れてくって言うんだから、今そこに、5人いて、私と亭主を入れたら、14人で、それ以上、料理がないじゃないの! 簡単な計算でしょ!」
「それはそうですねえ・・・」

  B氏の妻と、B氏の部下が話しているのを、黙って聞いていたもう一人の青年が、B氏の部下の袖を引っ張った。

「しょうがないから、帰りましょう。 駅前で、私が何か、奢りますよ」
「そうですか。 どうも、すいません。 何せ、懐がさみしくて」

  昼食を食べていないので、二人とも、空きっ腹である。 外へ出ると、雪がちらついていた。 バス停へ向かって歩いていると、B氏が運転する車と、もう一台の車が、連なって、やって来た。 B氏が、車を停め、窓を開けて、B氏の部下に言った。

「なんだ。 どこへ行くんだ?」
「一旦、帰ります。 仕出し料理の数が足りなくなっちゃって、二人分、ないって言うんで」
「そんなはず、ないだろう。 人数は、何度も確認したぞ。 どこから、余分に来たんだ?」
「分かりません。 メイン・ゲストの人は、もう、来てるみたいですよ」
「そうか。 それじゃ、急がなきゃな」
「ぼくは、夜9時頃、後片付けに、また来ます」

  B氏は、もう一人の青年に、声をかけた。

「おーい、そっちのも、夜来るのか?」
「私は・・・、私は、もう来ません」
「そうか。 だけど、お前、そんな不貞腐れたような態度とるのは、感心しないな。 嫌なのは、お前だけじゃないよ。 俺だって、休みの日に、接待パーティーなんて、やりたくないよ。 ここにいるみんな、そうだよ。 仕事だから、仕方なくやってんだよ。 お前、仕事をナメてると、先々、とんだ目に遭うぞ」

  相手が、B氏の目を見もせずに、ムスッとしたままなので、B氏は呆れてしまい、説得を諦めた。

「まあ、後片付けは、どうにでもなるから、いいけどな。 好きにしな。 もう、来なくていいよ」
「・・・・・」

  B氏は、窓を閉めて、助手席に座っている、同僚に向かって言った。

「うちみたいな一流企業にも、あんな、しょぼい奴がいるんだなあ。 応援だからって、使えない奴、よこしやがって」
「今時の若いもんだから、きついこと言うと、辞めちゃうかもしれませんよ」
「それならそれで、いいさ。 我が社とは縁がなかったって事だ」

  B氏の車は、行ってしまった。 後ろの車が、続いて走り去った。 その後席には、資料室のC氏が乗っていて、寒そうに立ち去って行く青年達の方を、振り返って見ていた。


  B氏は、先に来ていた5人の中から、40代の男性が、A氏であると見て、丁寧に挨拶をした。 すぐに、仕事の話など持ち出しはしない。 今日は、とりあえず、顔繋ぎ。 ホーム・パーティーを楽しんでもらえるようなら、何回か繰り返し、こちらの誠意が伝わってから、仕事の話を切り出すつもりでいた。

  時刻は、午後5時過ぎ。 仕出し料理を皿に盛り付け直したものが出され、B氏の妻が作った料理も並べられた。 酒が配られ、健康を祝して、乾杯。 和気藹々とした雰囲気。 誰も、仕事の話はしない。 B氏から、そう言われているのである。 しかし、開発部の一人が、我慢しきれなくなり、40代の男性に、R技術について、それとなく、質問をした。 ところが、返って来た答えは、パーティー会場を凍りつかせた。

「いいええ。 私は、Aさんじゃありませんよ」

  驚いたB氏が、先に来た5人に向かって訊いた。

「じゃあ、どなたが、Aさんなんですか?」

  40代の男性が答えた。

「私達5人は警備部の者です。 Aさんの顔は知りません」

  B氏と、その妻が、呆気に取られていると、部屋の隅にいた、C氏が、おずおずと、発言した。

「あのう・・・、Bさん。 A博士なら、さっき、車に乗っている時に、すれ違いましたよ。 Bさんと、話をしてたじゃありませんか」
「なにっ!? 私が話をしていたのは、警備部の・・・。 ちょっと待った! 警備部から来ているのは、あんた方、5人だけなのか?」
「そうです」
「じゃあ、あの若僧が、Aさん? そんなはずないだろ! どう見ても、20代にしか見えなかったぞ!」

  C氏が言った。

「A博士は、まだ、30歳になっていませんよ」
「だって、10年前に、Z社と契約して、一緒に仕事をしたんじゃないのか!?」
「あの頃、19歳でしたからね」
「そんな事、聞いてないぞ!」
「知ってると思ってましたよ。 プロフィールに、年齢は出てたでしょう?」
「だって、だって、博士だったんだろう!?」
「ええ。 18歳で、博士号をとったそうです。 海外の大学だと、もっと若い例もありますよ」

  B氏は、顔を真っ赤にして、C氏に、八つ当たりした。

「あの人が、Aさんだって、どうして、もっと早く言わないんだ!」
「後ろの車から見ていたら、Bさんと、A博士が話をしていたから、てっきり、A博士に何か用事が出来て、出直して来るのかと思ってたんですよ」

  B氏、言葉が出なくなってしまった。 顔色が、見る見る、真っ青になって行く。 妻は、もっと前から、真っ青である。 開発部の人間も、そこそこ、青い。 営業部と、警備部の面々は、事の重大さが、今一つ分かっていない。

  B氏は、廊下に出ると、カタカタ震える手で、一旦帰った部下に、電話をした。

「おい! まだ、さっきの人と、一緒にいるか!?」
「いえ、たった今、別れました。 いやあ、えらい御馳走になっちゃいましたよ。 駅前で奢ってくれるって言うから、ラーメンか蕎麦を想像してたんですが、高級な和食の店に連れてかれちゃって、いきなり、うな重ですわ。 そのあと、まだ、体が温まらないからって、スッポン鍋を・・・」
「それはいい! 追いかけられないか!?」
「無理です。 車で帰りましたから。 駅前の駐車場に、置いてあったようです。 凄い高級車でしたよ。 『ホーム・パーティーに出るのに、こんな車で乗りつけたら、白けるから、バスに乗り換えて行った』って言ってました」
「電話番号は聞いてないか!?」
「聞いてません。 ちゃんと、お礼は言いましたけど。 一体、何なんですか?」
「戻ってもらいたいんだ」
「ぼくがですか?」
「お前じゃないっ! その奢ってくれた人の方だっ!」
「えーと、そのー、やめた方がいいんじゃないですかね。 食事中、課長の奥さんに扱き使われた話題で、大盛り上がりに盛り上がりまして・・・。 相当、怒ってましたよ」
「こっ!こっ!こっ! 扱き使ったあ?」
「いや、ぼくは、何とも思ってませんけど」

  B氏は、電話を切ると、背後に来ていた妻を振り返った。

「お前、一体、Aさんに、何をやらせたんだ?」
「だって、知らなかったんだもん!」

  妻の口から、詳しい事を聞かされたB氏は、絶句した。 謝って済む限界を超えていた。 全身から、力が抜けた。 もはや、A氏に、言い訳もできないと思って、全てを諦めてしまった。

  料理と酒がもったいないので、一応、飲食は行なわれた。 しかし、それは、パーティーと言えるような、華やかなものでも、和やかなものでもなかった。 A氏が好きだという、お通夜に近い雰囲気だったのは、皮肉である。


  これが、ドラマなら、紆余曲折はあったけれど、誤解である事が分かり、何も彼も水に流して、大団円。 というところだが、実際には、そう、うまくは運ばない。 X社は、A氏との契約に失敗し、R技術は、入手できずに終わった。 A氏は、ライバルのY社と契約し、R技術を提供。 それが元で、X社は、Y社に、市場シェアを奪われ、最終的には、Y社に吸収合併されてしまった。

  契約を取り逃がした後、B氏は、重役会議に引き出された。 寄ってたかって、峻烈な叱責を浴びせかけられた上で、懲戒処分を受け、平社員に降格となった。 左遷されて、しばらく、地方支社にいたが、吸収合併の時に解雇された。 再就職に失敗し、その後は、妻の収入で食わせてもらっている。 妻は、文句を言わない。 言えるわけがない。 自分が、相手をよく確かめもせずに、奴隷同然に扱き使った事が、主な原因だからだ。

  どうでもいい事だが、A氏がパンクを修理した、B氏の息子の自転車は、その後、3年以上、一度も空気が抜ける事がなかった。 さすが、理工系博士の仕事である。 しかし、乗り手がなくて、結局、捨てられてしまった。 資源ゴミに出しに行ったB氏は、錆だらけになった自転車の、後輪タイヤだけが、空気パンパンである事に気づきもしなかった。

  ところで、A氏が、土手道で、自転車2台を連結させる方法を思いついた事を、ご記憶だろうか? 機械工学に詳しい人なら、もしやと思ったかもしれないが、そのもしやである。 A氏が、数年後に発表した、「S理論(S連結)」は、この、自転車を連結するアイデアを元に、発想されたものである。 A氏、30代、最大の功績で、「10年に一度の、コロンブスの卵的アイデア」と、世界的に賞賛された。 S理論の特許で、数十億円稼いだというが、それは問題ではない。 優れた人というのは、常に頭を働かせていて、転んでも、ただでは起きないものだ、と言いたいのである。


  話を戻すが、細かい事を言うなら、ホーム・パーティーの一件で、B氏や、その妻だけを責めるのは、片手落ちである。 警備部が、予定していた3人ではなく、5人を送り込んだ事も、原因の一つだからだ。 大した理由ではなかった。 警備部の部長が、体育会系出身の豪傑タイプで、「パーティーなんて、頭数が多い方が盛り上がるに決まってる。 3人と言わず、5人で押しかけてやれ」と命じたのだそうだ。

  雑な性格だから、料理の都合など、細かい事まで、考えが及ばなかったのだろう。 その部長、ホーム・パーティーによばれた事はあっても、自分で開いた事は、一度もなかったに違いない。 「好き勝手に飲み食いしてもいい場所」くらいにしか思っていなかったのではなかろうか。 悪意があったわけではないが、常識がないと、こういう結果を招きかねないという例である。

  B氏が責任追及された重役会議に、その部長も加わっていたが、終始、知らぬ顔を決め込んでいた。 元々、神経が図太い上に、定年が近かったので、会社の将来の事など、どうでもよかったのである。 周囲も、「どうせ、もうすぐ、いなくなる人だから」と思って、何も言わなかった。


  C氏とA氏の関係だが、この一件で、こじれたかと思いきや、C氏が、A氏のもとを訪ねて、事情を説明し、深く謝ったので、許してもらえた。 その際、C氏は、B夫妻を庇う事は、一切しなかった。 誤解以前の問題として、人間としてどうかと思うような事をしていたからである。 B氏の妻は、人を人とも思っていない人間のクズ。 B氏は、とても、一緒に重要な仕事などできない、いい加減な男であった。

  C氏は、ホーム・パーティーをするほど、友人・知人が多くなかったが、家族で祝い事があった時などに、家族パーティーを開いて、A氏を招くようになった。 A氏は、とうに両親を失っていた上に、独身で、侘しい生活をしていたので、そんなささやかなパーティーでも、ニコニコして、とても、嬉しそうにしていたという事だ。

2023/03/12

音声学講義 ④

  日記ブログの方に書いた、言語学の音声学に関する文章を転載します。 これが、4回目にして、最終回。 記事が3件分しかないので、その後に、オマケを付けておきます。 例によって、日記には、他の事も書いていますが、それらは除き、言語関係の部分だけを出します。





【2022/11/28 月】 「th音とその濁音」

  音声学講義の番外編。

  英語の、th音。 これが、なかなか・・・。

  摩擦音です。 s音に近いですが、調音位置は、もっと前で、舌先と、上の前歯の裏の間を近づけて、「サ」と言えば、「tha」が出ます。 慣れれば、割と簡単に出ますが、例によって、日本語母語話者の耳で聴く時には、s音にしか聴こえません。

  th音には、濁音(有声音)もあり、そちらも、英語では、よく使われるのですが、非常に厄介なのは、清音・濁音、どちらも、「th」という、同じ綴りが使われている事です。 便宜的に、th音の濁音を、「dh音」としましょうか。

th音 「thank、theater、theory、thick、thing、think、third、thousand、three」
dh音 「that、the、them、then、there、these、this、those」

  見比べると、一目瞭然。 th音の単語より、dh音の方が、指示詞など、頻繁に使われるものが多いです。 特に、「the」は、使われ捲りですな。 英語で、最も使用頻度が多い単語に、dh音が入っているわけだ。 幸いな事に、日本人で、これらの単語の清濁を読み違える人は、まず、いません。 一応、英語教育の賜物か。

  幸いでない事は、日本人が、これらの単語を発音する時、th音も、dh音も、出していないという事です。 これは、重大問題だわ。 「サ行音か、ザ行音で代用している」と言うより、th音・dh音が何なのか、全く分からないまま、「サ行音・ザ行音みたいなもの」で、テキトーにお茶を濁していると言うべき。

  なぜ、中学で英語を教え始める時に、th音・dh音を説明しないのか、気が知れない。 「This is a pen.」から始めるくせに、その、「this」の「th」を、どう発音するか教えないのでは、そもそも、教育が始まらないではないですか。 なぜ、教えないのか。 教師が知らないからです。 嘘みたいな話ですが、本当に、日本人の英語教師というのは、英語の発音を知らないのですよ。

  知っていれば、教えます。 今私が書いているように、音声学は面白いですから、他人に教える機会があれば、必ず、教えたくなります。 それを教えないという事は、つまり、知らないから、教えたくても教えられないのです。

  そういう事を、ここで、いくら言っても、無意味か。 日本人英語教師には、信じられないような、低レベルのもいるので、要注意。 発音だけでなく、文法でも、何も分かっていないような輩が、偉そうに、先生ヅラしています。 おっと! 中高生は、そういう目で、英語教師を見ないように。 嘘でも、先生とおだてておかなければ、痛い目を見ますから。

  「this」を、「ディス」と発音する人は多いですが、dh音は、摩擦音ですから、むしろ、昔っぽい、「ジス」の方が、近いです。 だけど、前にも書いたように、日本人が、「ジス」というと、実際の発音は、破擦音の、「ヂス」になってしまうんですよねえ。 「ズィス」にしても駄目で、日本人の実際の発音は、「ヅィス」なので、やはり、破擦音になってしまいます。 まーた、増上寺醸造の増上寺重蔵さんが出て来てしまいますな。

  結局、「ディス」も、「ジス」も、「ズィス」も、駄目。 dh音を習うしかないんですよ。 まず、th音を練習して、その後、舌の位置を変えないように注意しながら、濁音にしてみれば、dh音が出ます。 聴くのは駄目ですが、発音だけなら、日本語母語話者にもできます。 諦めるのは、やってみてからにしてください。 こんな重要な単語群の発音を、最初から、諦めているというのが、奇妙奇天烈。 安易に妥協しないように。

  これを書いていて、気付いたのですが、日本人が喋る英語は、

that ヅァット
the ヅァ
them ヅェム
then ヅェン
there ヅェアー
these ヅィーヅ
those ヅォーヅ

  になっているわけだ。 うーむ、増上寺の奥様が聴いたら、泡吹いて卒倒は、間違いなしだな。 この発音を聞いて、何と言っているのか理解できる英語母語話者がいるという、そちらが不思議。 「すっごい訛り」くらいで、大目に見て、聞き取ってくれているのだろうか?




【2022/11/29 火】 「短音・長音①」

  音声学講義。 今日は、日本語の発音の落穂拾いになります。

  最初に、言明しておきます。

「日本語では、短音と長音の区別をする」

  そんなの当たり前。 母語話者の癖扱いて、「東京」の事を、「ときょ」と言う奴がいたら、アホと見做されるばかりか、吊るし上げられても文句が言えないほど、当たり前です。

  ところが、外来語の世界では、短音と長音を区別しない輩が多くいるのです。 しないと言うか、できないと言うか、する気がないと言うか、何が問題なのか、考えた事もないと言うか・・・。 ちなみに、外来語とはいえ、れっきとした、日本語の一部です。 そして、日本語は、「短音と長音の区別をする」のです。

  例としては、「ボディ」。 何と読みます? 「ボディー」ですよね? じゃあ、なんで、「ボディ」と、長音記号を入れずに書くんですか? 「バラエティ番組」。 何と読みますか? 「バラエティー番組」ですよね。 あなた、今、そう発音したじゃないですか。 なんで、「バラエティ番組」って書くんですか。 言ってる言葉と、書いてる文字が違うじゃありませんか。

  「アイデンティティ」。 何と読みます? 「アイデンティティー」ですよね。 最後の「ティー」は、長音で、その前の「ティ」は、短音で発音してますよね。 「アイデンティティ」という、文字の通りの発音もできるわけですが、そんな言い方してませんよね? なんで、書く時だけ、「ー」を抜いてしまうんですか?

「英語では、短音と長音の区別をしないから」

  それは、一つの回答ですが、英語由来の外来語とはいえ、上述したように、外来語も、「日本語の一部」ですから、日本語の音韻法則に従わなければなりません。 実際、口頭上では、きっちりと、日本語の法則に従っているのです。 書く時だけ、おかしくなっているのです。

「長音記号(-)をつけない方が、英語っぽくて、カッコいいから」

  まあ、そんなところだと思いますが・・・、黙らっしゃい! おこがましいにも程がある! th音の発音もできず、「the」を、「ヅァ」と言っているような、どこへ出しても恥ずかしい下司野郎が、英語風で、カッコをつけようなどとは、300億年早いわ! 身の程を知るべし!

  失礼しました。 つい、興奮してしまいました。 今の暴言は、撤回して、陳謝いたします。 こんなのは、本当のボクじゃないんです。 信じてください。

  それは、さておき。 「英語っぽいから」というのは、何となくそう思っているだけで、実は、長音記号(ー)の省略現象には、他にも原因があります。

  一番多いのは、「ティ」と、「ディ」で、他に考えられるのは、「スィ」、「フィ」、「ツィ」、「トゥ」といったところ。 「ズィ」は、「ジー」にしてしまうので、ほとんど、見られません。 「ヅィ」は、そういう発音が、英語や、他の外国語に、そもそも、ないから、使われません。

  共通点は、元のかな文字が、後ろに、小さい「ィ」、小さい「ゥ」などを伴う、大小二文字の組み合わせだという事です。 五十音図で、雑居になっている行があるというのは、講義の最初の頃に、説明しました。

サ行音 「サ・シ(スィ)・ス・セ・ソ」
タ行音 「タ・チ(ティ)・ツ(トゥ)・テ・ト」

  この、大小二文字で書かざるを得ない音が、問題なんだわ。 代表して、「ティ」で説明しますと、長音記号をつけたがらない人は、「ティ」を、「キィ・シィ・ニィ・ヒィ・ミィ・リィ」と同じだと捉えているのです。 イ列の文字、「キ・シ・ニ・ヒ・ミ・リ」は、「ki・shi・ni・hi・mi・ri」ですから、元々、「i」が、含まれており、それに、小さい「ィ」をつけると、「kii・shii・nii・hii・mii・rii」になって、同じ母音が二つ並ぶ事で、長音記号(ー)をつけたのと、同じ事になります。

  つまり、「セクシィ」や、「ハスキィ」は、「セクシー」や、「ハスキー」と、同じ音になるわけだ。 「セクシィ」の方が、「セクシー」よりも、今っぽい感じがするので、それはまあ、個人の好みで、どちらを使ってもいいと思います。

  ところが、「ティ」は違います。 ローマ字で書くと、「ti」になり、「i」は、一つしか入っていません。 長音記号(ー)をつけたのと、同じにはならないのです。 「ティ」というのは、「『チ』ではないですよ。 『ti』の事なんですよ」という事を、便宜的に表しているだけの、字面なのです。 「ディ」、「スィ」、「フィ」、「ツィ」、「トゥ」なども、同じ。

  五十音図からは外れますが、ファ行音なんて、「ファ・フィ・フェ・フォ」、大小二文字で書くのは、全部ですな。 「アルファー」の事を、「アルファ」と言う人も多いですが、「アルファー」と、「アルファ」は、両方、使われていると見るべきか。 「プラス・アルファー」と言ったり、「アルファ・ベット」と言ったり。

  そうそう、今回のテーマとは関係ないですが、ちょっと、触れておきますと、言語学を習った人間は、「ローマ字」の事を、「アルファ・ベット」とは言いません。 「アルファ・ベット」って、何語よ? 「アルファー・ベーター」だから、ギリシャ語ですよね。 なんで、ローマ字の事を、わざわざ、ギリシャ語で言うの? ローマ字というのは、その名の通り、ローマ帝国で使っていた文字だから、ローマ字なんですよ。 何が、「アルファ・ベット」ですか? ちゃんちゃら、おかしい。 カッコつけようとして、無知を曝け出している。

「ウオオオオーーーッ!」

  恥ずかしくて、逃げ出したな。 大方、ギリシャとローマの区別も曖昧なのだろう。 日本人の、9割くらいが、該当しそうだが・・・。 そんなにギリシャが好きなら、ツキジデスの、≪戦史≫でも読みなさいよ。 ゾクゾク面白くて、時間が経つのを忘れるぞ。

  閑話休題。 (これも、もはや、死語か)

  ツァ行音も、「ツァ・ツィ・ツェ・ツォ」、大小二文字で書くのは、全部。 イタリア語に多いですが、英語でも、「トッツィー」という映画がありました。 しかし、それは、ちゃんと、長音記号がつけてあります。 1982年の公開ですが、もし、2000年以降の公開だったら、「トッツィ」と書いて、「トッツィー」と読ませたに違いない。

  だからねえ。 勘違いなんですよ。 小さい「ィ」をつけて、長音になる文字と、ならない文字を、一緒くたにしてしまっているのです。 「セクシィ」と、「ボディ」を、同じ構造だと思っているのです。 「セクシィ」と、「セクシー」は、全く同じ発音ですが、「ボディ」と、「ボディー」は、違います。 論より証拠、今、そこで、発音してみないさいよ。 「ボディー」に対して、「ボディ」と短く言えるでしょうが。 それが、「ボディー」と聴こえますか? 同じ発音だと思いますか? なーにを言ってるんだ、君は! (机ドン!)

  失礼しました。 また、興奮してしまいました。 こんなのは、本当のボクじゃ・・・、もう、いいか。


  なんで、ここ20年ほどで、こういう表記が広まったかと、つらつら考えるに、携帯電話や、スマホの文字入力で、結構、いい加減な打ち込みをしても、先回りして、候補単語が出て来るから、それで通るようになってしまったのが、原因ではないかと思います。

  勘違いと混同の結果なのですが、困った事に、言語は、習慣に大きく影響されるものでして、間違った事でも、一旦、広まってしまうと、元に戻せません。 諺の誤用が、定着してしまう現象なども、その類いです。

  日本の文化は、あらゆるジャンルで衰退中で、こういう誤用にも、修正がかかる望みは薄いです。 このアホっぽい間違いに、死ぬまで付き合わなければならないかと思うと、熱が出て来ます。




【2022/11/30 水】 「短音・長音②」

  音声学講義。 短音・長音の続き。

  口頭語では、短音・長音の使い分けに、何の問題もなし。 外来語については、昨日書きました。 普通の、漢字仮名混じり文でも、問題は起きませんが、漢字仮名混じり文を、ローマ字で書く時に、問題が起こります。

  よく見かけるのが、案内標識の地名で、「~町(ちょう)」を、「~cho」としているケース。 だから、それは、「ちょう」ではなく、「ちょ」だというのよ。 分からん人達だな。

「英語では、短音と長音を区別しないから」

  何を戯言を。 「~町」が英語ですか? 日本語以外の何ものでもないじゃないですか。 それに、日本に来ている英語母語話者だけに向けて、案内標識に、ローマ字表記を入れているわけでもありますまい。

  日本語ローマ字表記の長音記号を使って、「~cho」の、「o」の上に、「^」をつけているケースは、まだ、原則に従っている方ですが、パソコンのキー・ボードを見ても分かるように、「^」がついた母音は、簡単には使えません。

  で、出て来るのが、「~choh」にしているケース。 「母音の後ろに、『h』をつければ、長音になる」と思っている人は、存外、多いようで、何のためらいもなく使っている様子。 少しは、ためらいなさいよ。 そんな規則は、日本語ローマ字には、ないです。

  「h」をつけるのは、ドイツ語の長音表記法ですな。 ドイツ語ならいいんですよ。 全単語の音韻構成そのものが、長音化記号に、「h」を使っても、混乱しないように、最初から、出来ているから。 たぶん、長音の後に、母音が来ないか、来るとしても、少ないかのどちらかなんじゃないでしょうか。

  昔、ドイツ語も、少し習った事があるんですが、長音hの問題について知るところまで、深入りせずに、やめてしまいました。 ドイツ語の印象というと、単語に馴染みのないものが多くて、覚えるのに抵抗感が大きいという事でした。 フランス語は、ラテン諸語だから、当然ですが、英語にも、ラテン語系の単語が、いかに多く入っているかを、思い知らされた次第。 ドイツ語は、ゲルマン諸語の単語が多く、馴染みのない単語は、とことん、馴染みがないです。

  閑話休題。 (やっぱり、死語かな? 読書習慣がない人達には、まったく通じないかも)

  しかし、日本語では、長音の後ろに、母音が来る事があり、問題が起こります。 たとえば、「大分」を、h長音法で書くと、「ohita」になり、「おひた」になってしまいます。 「中央」なども、地名によく使われますが、「chuhoh」では、「ちゅほー」ですな。 似ても似つかない。 出先で、外国人に、道を訊かれて、「『ちゅほーこへん』は、どっちですか?」と発音されたら、「中央公園」と分かる日本人は、ほとんど、いないでしょう。

  なに? ハイフン(-)を入れろ? 「oh-ita」、「chuh-oh」と? なんだか、良かれと思って、悪くしているような感じがしますねえ。 そんな、一文字増やすくらいなら、同じ母音を重ねた方が、すっきりします。 「ooita」、「chuuoo」。 ところが、これが、嫌がられるんだわ。 最も合理的な長音の表記法なのに、幼稚過ぎるととられるのか、抵抗感がある模様。

  漢字の音読みには、整然とした法則があり、仮名で書く時と同じように、ローマ字でも書くようにするなら、割と心強い目安になります。 「中央」なら、「ちゅう」と、「おう」ですから、「chuu」と「ou」で、「chuuou」ですな。 しかし、これですら、現実、あまり見ないところをみると、ベタと判断され、嫌がられているようです。

  で、鼠の嫁入りではないけれど、ぐるっと一巡りして、長音表記を、省いてしまうんだわ。 「oita」、「chuo」。 そりゃ、「おいた」、「ちゅお」なんですがねえ。 で、また、言うわけだ。 「英語では、短音と長音を区別しない」と。 だから、これは、純然たる、日本語の話なんだったら。

  日本語の話だと思うと、「東京」の事を、「tokyo」と書くのも、重大な問題があります。 そりゃ、「ときょ」でっせ。 それでいいのか、本当に? 日本人が、「tookyoo」、もしくは、「toukyou」と書けば、外国人も、ちゃんと、「とうきょう」と発音してくれます。 「tokyo」なんて綴り、一体、誰が決めたのか?

  「tokyo」を、「トキオ」と発音されて、「『東京』は、国際的には、『トキオ』と言う」なんて、悦に入っている人もいるかと思いますが・・・、何が、国際的ですか、アホ臭い。 そもそも、日本語ですよ。 日本語母語話者の一人として、書き方のせいで、実際と違う読み方が罷り通っている事に、疑問を感じないもんですかねえ?


  英語では、短音と長音を区別しないのですが、韓国朝鮮語でも、長音記号というのは、ないです。 日本人の耳で聞いて、長音に聴こえる音というのはありますが、母語話者は、区別していないと思います。 区別していたら、日本語やドイツ語のように、必ず、何らかの長音記号が使われているはず。


  イタリア語では、単語の、後ろから2番目の母音に、強弱アクセントがつく法則があり、日本人の耳で聴くと、そこが長音に聴こえます。 「ミラノ」なら、「ミラーノ」。 「トリノ」は、「トリーノ」。 「ローマ」は、元の発音のまんま、日本語に入ったんですな。 ただし、「pizza(ピッツァ)」のように、子音が並んで、日本語の促音、小さい「ッ」が入る場合、その前の「ピ」が、長音という感じはしません。

  そういや、なぜ、「ピッツァ」の事を、日本で、「ピザ」と言うのかも、不思議ですな。 日本人は、「ツ」は得意の発音だし、促音もあるから、最初から、「ピッツァ」で入れれば良かったと思うんですが。 昔の人の考えている事は、分からぬ。


  中国語では、基本的に、全て、長音です。 一音節、つまり、漢字一文字ですが、その中で、高低アクセントをつけるので、長さがないと、困るのです。 ただし、「軽声」という読み方があり、単語の最後尾につきますが、それは、短音になる事があります。 軽声には、高低アクセントがつかないから、長さが要らないのです。

  日本語にも多く入っている、「椅子」や、「餃子」の、「子」が、軽声の一つで、「zi」、「ヅ」と読みます。 これは、ほんとに、「ヅ」だから、日本人でも、堂々と発音できます。 「椅子」は、「イー・ヅ」、「餃子」は、「チャオ・ヅ」。




【2023/01/15 日】 「≪どうする家康≫ 三河言葉」

≪どうする家康≫
  今年の大河ドラマ。 今の所、最も目立っているのは、松重豊さんですな。 他の面子は、武士に見えません。 ドラマの感想は、まだ、書けるほど、話が進んでいません。 


  家康は、岡崎生まれの駿府育ちなので、三河方言を喋らないのは、まあ、いいとして、「わし」だの、「~じゃ」だの、山口方言で喋っているのは、不思議ですな。 方言指導者を、間違えて、雇ったんじゃないの?

  武家だから、そういう言葉を使うという事はありません。 「わし・~じゃ」は、完全に、山口方言です。 正確に言うと、長州方言。 明治時代初頭までは、長州と、その近隣でしか、使われていませんでした。 明治維新で、薩長閥の人材が、政府の中枢を占めるようになり、その人達の喋る方言が、尊重されるようになったのですが、西南戦争で、薩摩閥の人数が減り、その後は、長州閥の天下となりました。

  というわけで、「偉い人達が喋っている言葉」、イコール、「威厳のある高齢男性が喋る言葉」となり、「わし・~じゃ」が、老人の喋る言葉として、認識されるようになって行ったわけです。 江戸時代までの、江戸っ子男性の自称は、身分・年齢に関係なく、「おれ」か、「おいら」です。 時代劇で、江戸っ子なのに、「わし」と言っている老人が出て来たら、それは、嘘、というか、脚本家が、知らないのです。

  権力を握った集団の喋る言葉が、下々に広まるという現象は、江戸時代初期にもありました。 三河から、江戸に入った徳川家の家臣団が、三河方言を喋っていたので、「三河言葉は、良い言葉」と言われて、江戸に広まりました。 意思・推量の助動詞で、関東地方では、元々、「~だべ」と言っていたのが、「~だろう」に変わったのですが、三河方言が影響を与えたのは、間違いないところです。

  自然伝播では、西から進んで来た、平安言葉由来の、「~であらむ」系が、「~だら」になり、静岡県東部まで来ていましたが、江戸時代を経ても、箱根を越えられずにいました。 ちなみに、神奈川県では、東日本系の、「~だべ」が、まだ、残っています。 東京だけ、「~だろう」系が、飛び地になっているのは、三河武士が移住した結果なのです。

  更に、面白い事に、大政奉還の後、江戸を追われた徳川家臣団の半分が、沼津藩に入るのですが、そのせいで、沼津市の市街地付近では、明治以降、江戸言葉が主流になり、駿東方言が使われなくなります。 市街地と、周辺部の出身者で、言葉が違うのが、今でも、何となくレベルで分かります。 市街地の人達は、恐らく、誇りをもって、江戸言葉を継承していたんでしょうな。 その後、戦時中の空襲で、ちりぢりになってしまうのですが。

  一方、徳川家臣団に、沼津藩を譲って、他へ移った、水野家の家臣団がいたわけですが、彼らが、移住した先では、たぶん、駿東方言の痕跡が見られると思います。 どこだったかなあ。 千葉県の方だったかな? その土地で、祖父母など、高齢の人達が、「~だろう」というところを、「~だら」と言っているのを耳にした事がある人がいたら、それは、沼津の方言が残っていたのです。

  江戸時代は、国替えで、集団がごっそり、よその土地に移動する事が多かったので、こういう事例は、いくらでもあったと思います。 言語の痕跡が残っているのは、時間が経ってしまえば、ロマンチックな話ですが、国替えは、大ごとですから、犠牲を強いられた人達も、大勢、いた事でしょうなあ。




【2023/01/17 火】 「~だら」

  一昨日、駿東方言について、テキトーな書き方をしたので、補足しておきます。

  「意思・推量の助動詞」と、ごっちゃにして書きましたが、駿東方言では、「意思の助動詞」と、「推量の助動詞」は、違います。 厳密には、助動詞というより、助動詞の活用形の一部、更に言えば、助詞と見た方が良いかもしれませんが、ややこしい説明が必要になり、混乱するだけだから、割愛。 便宜的に、助動詞という事にしておきます。

  「~ら・~だら」は、推量専門の助動詞です。 動詞・形容詞・形容動詞に付く時には、終止形に、「~ら」が直結し、名詞に付く時には、「~だら」が付きます。 意味は、標準語の、「~だろう」と同じ。

【動詞】
「君も、そうするだろう?」
「君も、そうするら?」

【形容詞】
「あの店は、遠いだろう」
「あの店は、遠いら」

【形容動詞】
「綺麗だろう?」
「綺麗だら?」

【名詞】
「この橋だろう?」
「この橋だら?」

  この辺りは、機械的に変換できます。 「~ずら」という言い方もありますが、「~だら」が訛ったもので、意味は同じです。 どちらも使いますが、意味的に使い分けているのではなく、田舎っぽい雰囲気を出したい時に、「~ずら」を使う傾向があります。 ただし、それは、家族内や、親しい友人間の事で、他人が相手だと、「~ずら」は、ほとんど、使いません。

  テレビ・ドラマを見ていると、なんでもかんでも、語尾に、「~ずら」をつければ、駿東や山梨、長野の方言になると思い込んでいる脚本家、もしくは、方言指導者がいますが、滅茶苦茶のグジャグジャです。 そもそも、断定の助動詞、「~だ」ではなく、推量の助動詞、「~だろう」に相当するのですから、意味合いも、まるで違う。 何にも知らないで、脚本書いているのだな。 馬っ鹿じゃなかろうか? いや、ズバリ、馬鹿ずら。 恐らく、馬鹿面ずら。

  機械的に変換できるにも拘らず、駿東地域が舞台になっているドラマでは、全然駄目で、滅茶苦茶のグッジャグジャ。 熱が出て来ます。 駿東方言を正確に喋れるのは、芸能界広しと言えども、三島市出身の、冨士眞奈美さんだけで、恐らく、冨士さんも、その手のドラマを見るたびに、発熱していると思います。 「インチキ駿東方言・発熱外来」が必要だな。

  ちなみに、標準語で、「~だろう」を、「~だろ」と言うケースも多いですが、短縮されただけで、意味が変わるわけではありません。

  駿東方言に戻りますが、意思の助動詞は、動詞の終止形に、「~べえ」を付けます。 厳密に言うと、助動詞というより、助詞なのですが、例によって、厳密な事を書いても混乱するだけだと思うので、割愛。 便宜的に、助動詞という事にしておきます。

【動詞】
「買い物に行こう」
「買い物に行くべえ」

  言うまでもなく、というほど、言うまでもない事ではないですが、ちょっと考えてみれば分かるように、意思の助動詞は、動詞だけに付きます。 名詞は、もちろんですが、形容詞や形容動詞にも、「意思」は、関係ないですから。

  この「ベえ」は、関東以東・以北で使われている、意思・推量の助動詞、「~だべ」の、「べ」と、出所は同じです。 推量の方は、平安京都言葉系に変化してしまったけれど、意思の方は、東日本方言が残ったんですな。 駿東地域が、西日本方言と、東日本方言の、境界にあるからこそ、起こった事と言えます。

  「べえ」ですが、駿東地域では、意思オンリーで使われ、関東以東・以北のように、推量にも使うという事はありません。 駿東出身者が、

「そうじゃねーべ」

  などと言っていたら、それは、カッコつけて、神奈川県の、湘南方言を真似ているのであって、駿東方言ではないです。 「そうじゃねーべ」で、カッコがつくというのは、標準語を基準にして考えると、不思議な事ですが、それが、湘南の持つイメージなんでしょうなあ。 もっとも、湘南の洒落たイメージも、1980年代頃と比べると、見る影もなく、衰えてしまいましたけど。

  ちなみに、同じ意味を、駿東方言では、

「そうじゃにゃーら」

  と言います。 「そうじゃないら」が元ですが、「ai」が、「yaa」に変わるという、東海中部地方方言の規則に従って、「ない」が、「にゃー」になります。 この「ai」が、「yaa」に変わる法則も、箱根を越えられず、神奈川県では、全く使いません。 静岡県内でも、伊豆半島東岸の、熱海や伊東では、使いません。

  私の母が、小学生の頃、遠足で熱海に行って、急坂を駆け下りた時、「おっかにゃ~!」と叫んだら、地元のおじさんに、「おまえは、沼津の人間だな」と見抜かれたという、逸話があります。 沼津とは限らないと思いますが、まあ、細かい事はいいか。





  ≪音声学講義≫は、今回で終わりです。 後ろの、今年に入ってから書いた二つの記事は、音声学とは関係ありませんが、言語学関係だから、オマケ。

  私が、四六時中、こんな事ばかり考えていたのは、ひきこもっていた時期の後半、1985~1986年頃の事です。 当時は、インターネットはなくて、引きこもり中の事とて、本も思うように買えませんでしたが、興味が先行していたので、知った事は、どんどん頭に入るし、多くの事を思いつきました。

  こういう記事を読んで、言語学に興味が湧いて、「大学で、言語学を習おう」などと夢想している中高生諸君に、忠告。 日本では、言語学では、全く食っていけませんから、仕事にしようとせず、趣味に留めておいた方が無難です。 言語学科がある大学でも、卒業生の就職先には、困っているはず。 それとも、文系撲滅の流れで、もう、そんな学科は消滅したかな?

   言語学者が、どんな仕事をしてるかなんて、想像がつかんでしょう? 外国だと、滅亡に瀕している言語の記録採りなどをやっているらしいですが、日本人は、母語の音素が少ないせいで、異言語の聞き取り調査ができないから、使いものにならないんですよ。 残念ですが、致し方ない。

  趣味で、言語学をやっている人は、結構いますが、ネット上で、仲間を見つけて、話をしようとすると、興味の対象にズレがあって、うまく、噛み合いません。 これは、言語学に限らず、学問全般に言える事ですが、自分が発見した事を、不用意に他人に教えたら、パクられたという、不愉快な事も起こり得ます。 経験あり。 まったく、ろくでなしの糞屑下司野郎の多い事よ。

2023/03/05

読書感想文・蔵出し (96)

  読書感想文です。 今月も、一回だけ。 在庫が減らんなあ。 毎回、同じ事を書いていますな。 読む方は、一週間に一冊ペースで、どんどん、先に進んでいます。





≪書斎の死体≫

クリスティー文庫 36
早川書房 2004年2月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
山本やよい 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【書斎の死体】は、コピー・ライトが、1942年になっています。 約335ページ。 【牧師館の殺人】は、1930年でしたから、ミス・マープル物の長編は、12年ぶりに書かれた事になります。 1942年というと、もろ、戦時下ですな。


  セント・メアリー・ミード村に住む、退役大佐の屋敷。 ある朝、使用人に起こされた夫妻は、書斎に若い女の死体があると聞いて、仰天する。 夫にかかるであろう嫌疑を晴らす為、妻が友人であるミス・マープルを呼び、捜査を依頼する。 若い女は、近くのホテルで仕事をしている、ダンサーの一人で、ある富豪の養女に迎えられる寸前の身だった。 体の不自由な富豪には、他界した娘の夫と、他界した息子の妻がつきそっていて・・・、という話。

  ミス・マープルの、素人探偵としての勇名は、近隣に轟き渡っていて、もはや、警察の捜査指揮官クラスですら、マープルの邪魔をしようという者はいません。 これなら、ポワロの方が、まだ、言われなき偏見で、妨害を受けています。 クリスティーさんは、マープルに、好き勝手にやらせたかったんでしょうな。 高齢女性という事で、立場が弱くなるのを避けようとしていたのでしょう。

  警察官は、元警視総監、州警察本部長、警視、警部と、ぞろぞろ出て来ますが、例によって、この連中の推理は、間違っているので、読み飛ばしても構いません。 ただし、彼らが捜査で得た、後にマープルに伝えられる情報に関しては、読んでおいた方がいいです。 伝える場面で、内容が繰り返されない事の方が多いので。

  フー・ダニット物。 大佐の家から、話が始まるのに、容疑者の多くは、大佐夫妻の周囲ではなく、全然、別の所にいる、というのが、最初の着目点。 「ちょっと、容疑者の頭数が多過ぎるのでは?」と、誰もが感じると思いますが、つまり、一方は、読者を欺く為の、目晦ましなんですな。 死体が発見された場所が、事件の本質と、ほとんど関係がないのだから、作者にしてやられた感を覚えさせられます。

  マープルの推理方法は、ポワロ同様、人間観察が基本ですが、ポワロと違うのは、人格・性格を幾つかの型に分類して、「こういうタイプなら、こういう事をするはず」という、「類推」で、推理を進めて行きます。 それらが、小気味良く的中するのは、創作作品だからであって、実際には、こうは行きますまい。

  一種の御都合主義でして、クリスティーさん本人も、それが、マープル物の問題点である事は、認識していたと思われ、「それでもいいなら、書きますよ」という取引条件を読者に出して、おっかなびっくり、このシリーズを再開させたような感じがします。 その後も、書き続けられて、ポワロに勝るとも劣らないくらい有名な探偵として認められたのだから、取引はうまく行ったわけですな。

  しかし、もし、ポワロ物を書かずに、マープル物だけで、作家活動をしていたとしたら、クリスティーさんの名声が、ここまで高くなったかは、疑問です。 あくまで、サブ・シリーズとして書いていたから、通用したのでしょう。




≪動く指≫

クリスティー文庫 37
早川書房 2004年4月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
高橋豊 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【動く指】は、コピー・ライトが、1943年になっています。 約384ページ。 この作品も、もろ、戦時下です。 ドイツやイタリアにも、クリスティー愛読者はいたと思いますが、こっそり手に入れて、読んでいたんですかね。 日本では、戦前の作品しか、手に入らなかったと思いますが。


  ある村で、村人を中傷する、匿名の手紙が、蔓延していた。 墜落事故から生還し、村へ静養に来ていた、飛行気乗りと、その妹にも、早速、いかがわしい内容の手紙が届いた。 やがて、弁護士の妻が自殺する事件が起こり、更に、殺人が続いた。 牧師の妻に依頼されたマープルが、専ら、飛行機乗りが集めた情報から、犯人を特定し、謎解きをする話。

  匿名の怪文書物ですな。 横溝作品にも、同じモチーフのものがありましたが、そちらは、戦後ですから、こちらの方が早いです。 誰が出していたのか、殺人事件は、同じ人物が犯人なのか、その辺りが、謎解きの対象になります。 匿名怪文書の性格からして、やったのは、あるカテゴリーの人物と思わせておいて、実は違う、というのが、読者への目晦ましトリックですが、そもそも、匿名怪文書を受け取った経験のある人が多くないと思うので、このトリックは、空振りしているのでは?

  飛行機乗りの一人称。 マープル物ではありますが、マープルが登場するのは、全体の、3分の2を過ぎてからでして、それまでは、飛行機乗りの目で見た、事件の経緯や、聞き取りの様子だけが、続きます。 彼は、なぜか、警察に信頼されていて、どこへでも入って行き、警察がつかんだ情報も教えてもらえるのですが、これは、御都合主義っぽいです。 作者としては、マープルの代わりに、捜査状況を知る人物が必要だったわけだ。

  なまじ、行動力に制約がある、高齢女性を探偵役にしてしまったせいで、こんな回りくどい書き方になってしまったのだろうと、最初は思ったのですが、ふと、ある事を思いつきました。 もしかしたら、この話、ノン・シリーズとして書き始めたのかも知れませんねえ。 出版社側の都合で、「名が知れた探偵にしてくれ」と要求され、3分の2を過ぎたところで、急遽、マープル物に仕立てたのでは? ありそうな話です。

  飛行機乗りのキャラが、ヘイスティングスに近いので、ヘイスティングスの一人称にして、ポワロ物にする事もできたはず。 妹は、大した役所ではないから、他の人物に換えてしまっても良いでしょう。 しかし、そうなると、書き直す箇所が多くなるから、やはり、マープル物にしたのでは? これは、推理というより、勘繰りですが。




≪予告殺人≫

クリスティー文庫 38
早川書房 2003年11月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【予告殺人】は、コピー・ライトが、1950年になっています。 約469ページ。 マープル物の長編としては、前作、1943年の【動く指】から、7年経っています。 その間に書かれた長編としては、ポワロ物では、1946年の【ホロー荘の殺人】、1948年の【満潮に乗って】があります。


  地方新聞に、「何月何日何時に、どこそこの家のパーティーで、殺人が起こる」という告知が出る。 余興だと思って、普通に参加した数人の人々の前で、電灯が消え、押し入って来た男が、「手を挙げろ!」と怒鳴り、拳銃の発射音が数発。 ところが、灯りが点くと、その男が死んでいた。 参加者の証言はバラバラで、警察は、何が起こったのか、突き止められない。 牧師の妻の知人として、その村に滞在していたマープルが、捜査に乗り出す話。

  ページ数が多い事を見ても、作者が気合を入れて書いた作品である事が分かりますが、それと、面白いかどうかは、別問題です。 聞き取り場面が長く、そういう話は、やはり、読むのがしんどいです。 しかも、パーティー参加者の内、犯人はもちろん、嘘をついているのですが、他の者も、暗闇の中で何が起こったのか、よく分かっておらず、故意でなくても、いい加減な事を言っており、読者としては、どれを信用していいのか分かりません。

  これまでにも、推理小説の感想で、何度も書いているように、間違った情報や、間違った推理を読んでも、目晦ましを食らわせられるだけで、面白くないばかりか、後で、真相と違うと分かった時に、胸糞悪くなるだけです。 読者に気取られない、巧みな目晦ましは、騙されても、小気味良いですが、誤情報の羅列型は、その対極でして、無駄な手間と、無駄な時間を使わされた気分になります。

  些か、ネタバレっぽいですが、書いてしまいますと、モチーフとしては、なりすまし物です。 クリスティーさんは、後期になると、やたらと、なりすまし物をよく使うようになります。 もしや、ディクスン・カー氏が、密室物ばかり書いていたのに対抗して、なりすまし物の大家になろうとしていたのでは?

  この作品では、なりすましていた者が二人、それに、正体を隠していた者が一人と、三回も、似たモチーフが使われていて、やり過ぎの感を抱くなという方が、無理な相談。 こんな、偽者ばかりでは、怪しい行動を取るに決まっており、それが、周囲に分からない方が、おかしいのであって、この事件が起こる前に、バレていたんじゃないでしょうか。

  この作品、マープル物としてだけではなく、クリスティー作品全体の中でも、評価が高いそうですが、恐らく、そういう人達は、クライマックスの活劇的な部分を面白く感じたんじゃないでしょうか。 しかし、推理小説で、活劇部分が面白くても、自慢になりません。 まして、マープル物で活劇など、似合わないにも程がある。 しかも、マープル本人まで、逮捕劇に加わるんですぜ。 温厚な高齢女性が? いいのか、それで?




≪魔術の殺人≫

クリスティー文庫 39
早川書房 2004年3月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【魔術の殺人】は、コピー・ライトが、1952年になっています。 約367ページ。


  マープルの、学生時代の友人姉妹。 その姉の方から、妹の身辺に不安を感じるから、近くにいて欲しいと頼まれたマープルが、その屋敷へ赴く。 妹の夫は、精神に問題がある少年達を収容する寮を経営していた。 その内の一人の少年が、主の秘書として働いていたが、ある時、錯乱を起こし、主と部屋に閉じ籠って、拳銃2発を発射する。 弾は当たらずに、事なきを得たが、それと時を同じくして、妹の前夫の息子が、他の部屋で射殺されていた。 妹が砒素を盛られている疑惑も浮き上がり、遺産目当てに、妹の養女の娘の夫が、最も濃い容疑をかけられるが・・・、という話。

  ややこしい家系図が必要になる人物相関です。 この妹というのは、マープルと同年代なので、すでに、高齢女性なのですが、大変、人柄が温厚で、他人を疑う事を知らないという、人格設定。 その割には、三回も結婚しているのですが、つまりその、相手の男達の方に、問題があったわけだ。 前夫の連れ子達まで呼び寄せて、一緒に暮らしているというのだから、確かに、人がいいんでしょう。

  その夫が、輪をかけて、変わった人で、精神異常の少年達を養い、治療し、更生させる事に、異様なほどの情熱を傾けており、それが、殺人事件と関わりを持って来るのですが、あまり細かく書くと、ネタバレになってしまうから、よしておきます。

  そんな事を心配しているより、「以下、ネタバレ、あり」と、断っておいた方が良いか。 なるべく、バレ難く書きますけど。

  登場人物は、やたらと多いですが、はっきりした嫌疑をかけられるのが、一人、浅い嫌疑をかけられるのを含めても、せいぜい、二人なので、フー・ダニット物としては、今一つです。 疑われる者が少ないという事は、推理小説の常道として、その二人は、犯人ではないと判断されるので、聞き取りの内容に、あまり意味はない事になります。

  謎というよりは、トリックが主体。 トリックは、誰でも気づくような、単純なもの。 これまた、推理小説の常道として、同時に、二つの騒ぎが起こり、一方に犠牲者がおらず、もう一方で死者が出た場合、二つの騒ぎは、偶然に重なったというより、前者の騒ぎが、後者の騒ぎの目晦ましとして演じられたのだと考えられるので、犯人は、その演者という事になり、すぐに、見当がつきます。

  クリスティー作品にしては、その点が、お粗末。 やはり、マープル物は、ポワロ物のような、勝負作品ではなく、気軽に書ける話として、引き受けていたんじゃないでしょうか。 それでなくても、戦後に書かれたもので、突飛な新アイデアが出て来難くなっていた時期ですし。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、2022年の、

≪書斎の死体≫が、9月14日から、16日。
≪動く指≫が、9月17日から、18日。
≪予告殺人≫が、9月21日から、24日まで。
≪魔術の殺人≫が、9月29日から、10月1日まで。


   今回紹介分は、全て、マープル物です。 マープル物の長編は、12作しかないので、すぐに終わりました。 ドラマ・シリーズでは、もっと、回数が多いですが、あれは、ノン・シリーズから、翻案しているからです。 常識的に考えて、素人探偵が、何十回も、殺人事件に関わるなど、あり得ない事。 仕事をしていない高齢女性なら、尚の事です。