2020/07/26

読書感想文・蔵出し (62)

  読書感想文です。 まだ、しばらく続きます。 近況を書きますと、車の車検が終わった後、タイヤに深刻なヒビ割れが起こっている事に気づき、タイヤ交換をすべく、準備をしているところです。 この暑いのに、手組みをしようというのだから、我ながら、気が知れない。 それにしても、このヒビで、車検を通ったというのは、凄いな。




≪江戸川乱歩全集⑪ 緑衣の鬼≫

江戸川乱歩全集 第十一巻
講談社 1979年7月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 この11巻も、かなり、綺麗な本。 読まれていないんですなあ。 二段組みで、長編2作を収録。


【緑衣の鬼】 約160ページ
  1936年(昭和11年)1月から、12月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。

  街頭で、大きな影に襲われて、気を失った女性を、たまたま助けた探偵小説家が、その女性の夫が殺された一件に関わる。 夫の従兄弟に当たる、緑色が大好きな男が容疑者として浮かぶか、行方が知れない。 女性は、何度もさらわれては、探偵小説家に助けられるが、犯人は、そのつど姿を消して、捕まらない。 女性の伯父が呼んだ素人探偵が、謎を解く話。

  この作品、イーデン・フィルポッツ氏の、【赤毛のレドメイン家】の翻案だそうです。 私は、そちらも読んでいますが、随分、前の事なので、ほとんど、忘れてしまいました。 覚えている部分で似ているところというと、前半と後半で、探偵役が違っていて、前半の探偵役が解けなかった謎を、後半の探偵役が解くというパターンだけ。

  江戸川さんの翻案作品は、みんな、そのようですが、面白いです。 そして、江戸川さんの作品らしくないです。 江戸川さんの才能は、最も秀でているのが、他人の才能を発掘する事。 次が、オリジナル短編を書く事。 次が、他人の原作を翻案する事。 最も、拙いのが、オリジナル長編を書く事。 といった順番でしょうか。

  翻案と言っても、かなり弄ってあるので、江戸川さんのオリジナル作品に出て来るパターンが、ちょこちょこと使われており、ある程度、読み進むと、犯人が分かってしまいます。 一人の女性が、何度もさらわれるのが、かなり、不自然。 名探偵でなくても、「これは、何か、おかしい」と思うでしょうに。

  江戸川さんの翻案物は、地方が舞台になるのが、ゾクゾクして、宜しいですな。 城跡の抜け穴など、説得力があって、いいですなあ。 もっとも、本当に江戸時代に作られた穴なら、とっくに、崩れていると思いますけど。 水族館の廃墟もいいですねえ。 病院の廃墟より、気味の悪さで、勝っていると思います。


【悪魔の紋章】 約140ページ
  1937年(昭和12年)9月から、翌年10月まで、「日の出」に連載されたもの。

  特徴的模様の指紋を持つ犯人が、ある富豪一家を根絶やしにすると宣言し、妹娘、姉娘、父親の順で、着々と、殺害計画を実行して行く。 犯罪研究の第一人者で、私立探偵の宗像博士が依頼を受けるが、凶行を止める事ができないまま、一応の解決を見る。 そこへ、不在だった明智小五郎が東京に戻って来て、全てを引っ繰り返してしまう話。

  基本的な骨格は、1929年(昭和4年)に発表された、【蜘蛛男】の焼き直しです。 中島河太郎さんの解題に、その事が触れられていないのは、ちと奇妙。 間に挟まるエピソードは、【蜘蛛男】とは異なりますが、死体を公の場で展示したり、お化け屋敷の中で犯人を追いかけたり、江戸川さんの小説では、繰り返し使われているモチーフで、全く、新味はありません。

  この作品に独特なのは、犯人の動機を説明するのに、因縁話の代わりに、再現寸劇を使っている事でして、その部分だけ、妙に面白いです。 寸劇だと分かっているのに、実際に、そういう残忍な犯行が行なわれた事を疑う気にさせないような、巧みな設定がなされています。 そこを読むだけでも、この作品を読む価値はあります。

  それにしても、親の非道を知らずに育った子供や、その子供まで、復讐の対象にするのは、どうかと思いますねえ。 まして、自分達の命と引き換えでは、復讐する側も、割に合いますまい。 世間に公表して、社会的制裁を加えた方が、真っ当な復讐になったのではないかと思います。



≪江戸川乱歩全集⑫ 暗黒星≫

江戸川乱歩全集 第十二巻
講談社 1979年8月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 そのビニール・コートが、背の左右で破れていて、鬱陶しいので、手製の紙カバーをかけて、読みました。 二段組みで、短めの長編3、短編1の、計4作を収録。


【石榴】 約38ページ
  1934年(昭和9年)9月に、「中央公論」に掲載されたもの。

  自分の関わった事件を記録に残している、探偵小説好きの刑事が、ある温泉地で、同じ趣味の人物と出会い、意気投合する。 過去に何か興味深い事件はなかったかと尋ねられて、自分が解決した、「硫酸殺人事件」の事を自慢半分に語るが、聞いた相手が意外な反応を示す話。

   1924年(大正13年)に発表された、【二廢人】の焼き直し。 事件の中身は違いますが、聞き手が、「加害者と思われていた、実は被害者」から、「間違った解決をした刑事」に変わっただけで、それ以外は、ほぼ、そのまんまです。 場所が、温泉地というのも同じ。 発表当時、探偵小説の読者から冷遇されたそうですが、焼き直しでは、それも、致し方ありますまい。

  「ライバルと競い合った末に、勝ち取って結婚した妻に、事件が起こる頃には飽きていた」というのは、リアルと言えばリアルですが、小説の流れとしては、ちと、強引な感じがします。 読者には、てっきり、夫が妻を愛していたと思わせておいて、後になって、「実は、他に女がいた」では、正しい情報が与えられていなかったわけで、アンフェアになってしまいます。 アンフェアでも、面白ければ文句は言いませんが、焼き直しではねえ・・・。


【暗黒星】 約88ページ
  1939年(昭和14年)1月から、12月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。

  荒地に建つ西洋館に住む一家。 不吉な予感がするという長男が、明智小五郎に相談した直後、その長男が襲われる。 医師に変装して、屋敷に潜入した明智は、長女が夜中に、塔の上で、懐中電灯を使い、外と交信している姿を目撃する。 やがて、明智が銃撃され、明智不在の間に、次女が殺害され、容疑がかかった長女は失踪し、その後、長男と父親も姿を消して・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  江戸川作品の大体のパターンとして、家族の中に犯人がいる事は、想像がつきます。 追い詰めた犯人が、消失してしまった場合、隠された抜け穴があるか、追っ手の中に犯人がいるかのどちらかです。 警察が念入りに調べたのに、抜け穴が見つからなかったという場合は、追っ手の中に犯人がいたに決まっています。 なぜ、この作品の警察が、それをやらなかったのかは、作者の御都合主義でしょう。

  なぜ、犯人が、家族を殺さなければならなかったのか、ずっと、動機が分かりません。 そして、最後の謎解きと告白で、動機が明かされるのですが、そこまで、動機について、何のヒントも与えていないというのは、推理物としては、失格は言わないまでも、問題です。 動機がないのだから、読者は、その人物を、容疑者から外しているわけで、推理しながら読むなんて事はできるはずがありません。 動機の後出しは、ズルという事になります。

  いっそ、赤ん坊がすりかえられたのではなく、看護婦が、すり替えを頼まれたけれど、良心の呵責に耐えかねて、また、戻したという事にすれば、面白かったのに。 その場合、もちろん、犯人が、家族を全員を殺してしまった後に、それを聞かされるという方が、皮肉効果が大きいです。 しかし、そういうラストにすると、推理物としては、もっと、ピントがズレてしまいますなあ。


【地獄の道化師】 約82ページ
  1939年(昭和14年)1月から、12月まで、「富士」に連載されたもの。

  踏切で、運送会社の車から落ちた石膏像が、列車に轢かれかけ、中から、若い女の死体が出てくる。 荷物を発送した彫刻家が容疑者となるが、彼は発送していないと言う。 被害者の妹による確認で身元が分かるが、その姉妹には、ピエロの指人形が送りつけられていて、やがて、妹も行方不明になる。 次に狙われたのは、ある音楽家の女性で、その仕事仲間である青年は、最初の犠牲者の許婚者だった。 青年から依頼を受けた明智小五郎は、被害者全員が、その青年に関わりがあると考え・・・、という話。

  石膏像の中から、女の死体が出て来るというのは、戦後の横溝作品にありますが、こちらの方が先ですな。 ただ単に、外見が実在の女性に似ている石膏像というのなら、1936年の横溝作品【石膏美人】がそれですが、死体は隠されていません。 横溝さんは、当然、江戸川さんの作品は、全部読んでいたはずなので、これを読んで、「あっ、しまった。 石膏像の中に死体がある事にすれば良かったんだ」と、臍を噛んだでしょうねえ。

  以下、ネタバレ、あり。

  女性が犯人というのは、江戸川さんの作品では、珍しいです。 終りまで行かなくても、ある人物が登場した来た時点で、その人が犯人で、正体が誰かという事が分かります。 それでも、尚且つ、面白いです。 それはやはり、珍しいパターンだからでしょうねえ。 刑事が張り込んでいた彫刻家のアトリエが、火事になるエピソードも、変わった趣向で、楽しめます。

  強いて、難を言えば、顔が潰された死体の身元を特定する時に、体に付いた古傷が決め手になるのですが、すり替えられた相手にも、たまたま、同じ所に傷があったというのは、御都合主義の嵩じ過ぎ。 明智に、「同じ所に傷があったから、こういう犯行を思いついたのでしょう」と言わせて、不自然さを取り繕っていますが、取り繕いがバレバレなのは、どうかと思います。


【幽鬼の塔】 約92ページ
  1939年(昭和14年)4月から、翌年3月まで、「日の出」に連載されたもの。

  街をうろついて、犯罪の種を探し回っていた、風変わりな私立探偵が、ルンペン風の男が鞄を捨てているのを目撃し、怪しいと思って、男が買い直した鞄と同じ物を買って、すり替えたところ、中に入っていたのは、木製の滑車、血のついた服、ミイラ化した指だった。 男は、五重塔の軒先から首を吊って自殺してしまう。 私立探偵は、依頼人もいないのに、調査を始め、命を狙われるほどの恐ろしい体験をする話。

  解題によると、ベルギーのジョルジュ・シムノンさんが書いた、メグレ警部物の一作、【聖フォリアン寺院の首吊男】の翻案だそうです。 道理で、全然、江戸川作品らしくないわけだ。 ただし、主人公の私立探偵は、江戸川さんのオリジナル・キャラで、この人物が、普通の名探偵ではなく、好奇趣味がある変人という設定になっており、それが物語を、更に面白くしています。

  尾行をするにも、自分の車があるのに、わざわざ、尾行する相手の車のトランク・ルームに潜り込み、「その方が、面白そうだ」と考える、そういう性格。 大変、機転が利いて、一晩の間に、あっちへこっちへ、アクション・ヒーローの如く身軽に移動するので、話がポンポン進んで、いとをかし。 こういう急展開の話を、オリジナル・ストーリーで書けない江戸川さんが、残念ですな。

  ラストは、二人の人間が塔の軒先で首を吊った過去の事件について語られますが、犯罪ではあるけれど、公けにするまでもないという判断が、割とすんなり、腑に落ちます。 因縁話としては、必要最小限に、短かく纏めてあるのが、ありがたい。



≪江戸川乱歩全集⑬ 三角館の恐怖≫

江戸川乱歩全集 第十三巻
講談社 1979年9月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 二段組みで、長編2、短編2、連作の第1回の、計5作を収録。 この全集、ヤフオクに出ているのを見つけましたが、何冊か欠けていたので、購入する気になれませんでした。 値段は、2万円以上でした。 買ってもなあ・・・、読み返さないだろうなあ・・・。


【偉大なる夢】 約106ページ
  1943年(昭和18年)11月から、翌年12月まで、「日の出」に連載されたもの。

  国策協力作品で、スパイを題材にしたもの。 戦後の感覚では、読むに耐えません。 数ページしか読まなかったので、梗概は書きません。 この作品の内容を知る必要はないでしょう。 私だけでなく、この全集を読む人の誰も。 全集に収録して、江戸川さんでも、こういう小説を書いていたのだという事実を、後世に伝える事に意味があるというのなら、それを批判はしませんが。

  解題によると、江戸川さんが、戦時中に書いた作品は、少年向けを除くと、これ一作だけだったそうです。 作家としては、干されていたわけですが、一般人として、大政翼賛会の仕事を引き受けていたとの事。 意外だな。

  軍部嫌いの横溝さんには、国策協力の短編が、十作以上ありますが、江戸川さんの方が、その種の作品が少ないのも、意外。 江戸川さんは、戦前、探偵小説界のトップで、人気作家だったから、書かなくても、食べて行けるゆとりがあったんでしょうか。 一方、横溝さんは、その頃、第二列というポジョンだったわけで、家族を養う為に、書かないわけには行かなかったのかも知れません。


【断崖】 約14ページ
  1950年(昭和25年)3月1日から、12回、「報知新聞」に連載されたもの。

  ある女性と、その再婚相手の男が、断崖の上で、女性の前夫をどうやって殺したかについて、互いの記憶を確認し合う話。

  ほとんどが、会話で進みます。 よっぽど大昔の事でもない限り、相手と共有している記憶について、わざわざ会話をする事はないので、その点、リアリティーに欠けます。 会話体にしたのは、作者の都合でしょう。 戦後初の作品で、勘が戻らないので、会話体でお茶を濁そうとしたのが見え見えですが、決して、つまらなくはないです。 犯行の手口は、江戸川作品としては、焼き直しっぽいところがあるものの、もし、この作品で初めて読んだという人なら、「ほーっ!」と感心するようなもの。

  タイトル通り、崖の上が舞台です。 2時間サスペンスで、謎解きや因縁話の舞台が、崖の上になる事が多いのは、もしかしたら、江戸川作品の影響なのかも知れませんな。 犯人が、自殺を考えている、もしくは、目撃者や真相を知った相手を突き落とそうとする、そのどちらかの場合に、崖の上が選ばれるのであって、警察や探偵側が、崖の上に犯人を連れてくるのは、おかしいのですが、2時間サスペンスでは、そんなのも罷り通っていますな。

  国策協力作品の【偉大なる夢】を除くと、1939年の【幽鬼の塔】から、1950年の【断崖】まで、11年間も、探偵小説を書いていなかったのは、大変なブランクです。 横溝さんが、戦時中の断筆期を境に、1.5流の探偵活劇小説作家から、一流の本格推理作家に変身し、成功したのに対し、江戸川さんは、すでに、戦前で、書きたい事は書き尽くしていた観があり、戦後も、5年間、筆を執らなかったのは、そのせいだと思います。


【三角館の恐怖】 約134ページ
  1951年(昭和26年)1月から、12月まで、「面白倶楽部」に連載されたもの。

  父親から、長生きした方に遺産をやると言われた双子が、長生き競争をして、老人となった。 一方が、病気で先に死にそうになり、もう一方に、父の遺言を反故にして、遺産を自分の子供にも分けて欲しいと頼む。 健康な方が、その申し出を断る事を決めた直後、拳銃で撃たれて死んでしまい・・・、という話。

  アメリカの作家、ロジャー・スカーレットの【エンジェル家の殺人】の翻案だそうです。 道理で、面白い。 江戸川さんは、自分が読んで、「これは、面白い!」と思ったものだけ、翻案していたわけで、面白いのは、当たり前と言えないでもなし。 江戸川さんのオリジナル作品とは、似ても似つかないです。

  この作品の場合、地上3階、地下1階の西洋館を、真ん中で仕切って、双子老人のそれぞれの家族が住み、共用のエレベーターがあるという、特殊な舞台にしたのが特徴で、わざわざ、トリックに都合の良い建物を用意したのは、ちと、ズルいですが、そのお陰で、本格トリック物の典型みたいな話になり、全編、ゾクゾクしっ放しです。 これこそが、本格トリック物の醍醐味なんでしょうな。

  探偵役は、警部で、その友人の弁護士が、ワトソン役ですが、三人称なので、弁護士が書いているという体裁ではないです。 ホームズとワトソンというか、ファイロ・ヴァンスとヴァンダインというか、そんな感じ。 おそらく、どちらの影響も受けていると思いますが、戦後作品としては、少し、古い感じがします。 


【畸形の天女】 約18ページ
  1953年(昭和28年)10月に、「宝石」に掲載されたもの。 複数の作家による、連作小説の第1回。

  総入れ歯を交換する事で、別人に変身する術を覚えた男が、この世に存在しない人物として、街をうろつく内に、ある少女と出会い、深い関係になる。 そこへ、その少女の男だと自称する青年が現れて・・・、という話。

  推理物というより、犯罪物。 内容は、緻密で、描写が優れています。 ネタバレにってしまいますが、青年を殺して、埋めてしまう所までで、終わっています。 江戸川さんが担当したのは、初回だけなので、続きがどうなったのかは、分かりません。 全編は、1954年版「探偵小説年鑑」に収録されているとの事ですが、探して読むほど、興味が湧かないです。


【兇器】 約11ページ
  1954年(昭和29年)5月13日から、5回、「産経新聞」に連載されたもの。

  金持ちの男と結婚した女が襲われて、傷を負うが、兇器が発見されない。 やがて、夫の方が殺され、妻襲撃事件の容疑者二人の内、一人が、夫殺害の容疑者として逮捕されるが、本人は否定する。 警察の鑑識課刑事から相談を受けた明智小五郎が、最初の事件の現場に残された割れたガラス窓について、調べ直すように助言を与え、解決に導く話。

  ささやかな短編ですが、そうであればこそ、本格トリック物で、大変、よく纏まっています。 兇器が何かが、メインの謎で、推理物に慣れていると、驚くほどの意外さは感じませんが、別に、瑕にもなっていません。 普通に楽しめます。

  明智小五郎と本格トリックの組み合わせは、短編の方が、断然、相性がいいです。 本来、頭脳を使って、トリックや謎を解くタイプだったのを、ルパン・シリーズの影響で、無理やり、活劇探偵にしてしまっていたんですな。 この作品では、登場当時の明智に戻った観があり、妙に嬉しいです。

  明智が刑事に出す、幾何の問題が、面白い。 数学というより、頓智に近くて、明智による説明を読まずに解けたら、「なーんだ、そういう事か!」と、笑えると思います。



≪江戸川乱歩全集⑭ 化人幻戯≫

江戸川乱歩全集 第十四巻
講談社 1979年10月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 二段組みで、長編2、短編1の、計3作を収録。 


【化人幻戯】 約130ページ
  1954年(昭和29年)11月に、「別冊宝石」に、その後、翌年1月から10月まで、「宝石」に連載されたもの。

  元侯爵の家に出入りしていた青年三人の内、一人が、断崖から落ちて死に、もう一人が、自宅の密室で、拳銃で撃たれて死ぬ。 元侯爵と夫人には、完全なアリバイがあった。 一人残った秘書の青年は、元侯爵夫人に誘惑されて、深い関係になっていたが、ある時、夫人がつけていた日記を読んで、そこに書かれていた事件の推理に驚愕し、明智小五郎に、日記を読ませたところ・・・、という話。

  江戸川さんの、戦後初になる、オリジナル長編。 しかも、たぶん、江戸川さん初の、本格トリック物長編です。 おそらく、当時の読者や出版関係者は、期待で胸膨らませて読んだと思うのですが、残念ながら、出来はよくありません。 ゾクゾク感がほとんどないのが、失敗している証拠です。

  以下、ネタバレ、あり。

  トリックですが、断崖から落ちる方は、犯人が、遠くから、落ちる様子を見ていて、その場にいなかったから、アリバイがあるというもの。 拳銃で撃たれる方は、ちょうど、ラジオで、ある番組をやっていた時に撃たれたのが分かっているが、犯人は、その番組を自宅で聴いていたから、アリバイがあるというもの。

  で、謎解きは、アリバイ崩しになるわけですが、夫人の日記に書かれていた推理を読むという形で行なわれます。 そこが、うんざりするくらい、理屈っぽくて、長ったらしい。 人間の代わりに、マネキンを落としたというのが、どうにもこうにも、リアリティーに欠けます。 テレビの刑事ドラマや2時間サスペンスを見ていても、高い所から落としたのが人形である事は、よほど遠くからでも、一目瞭然で分かります。 トリックとしては、最低レベルですな。

  拳銃の方のトリックは、家中の時計を操作して、時刻を錯覚させるというものですが、リアリティーは問題ないものの、やる事が、あまりにも地味で、あっと驚くようなところが、全くありません。 その地味な作業の説明を、時間表まで使って、くどくど続けられると、ゾクゾクするどころの話ではなく、飛ばし読みするなと言う方が、無体です。

  動機は、変わっていて、犯人の異常な性格によるものなのですが、そういう事は、ラストで明智が説明するまで、全く触れられておらず、動機面で、犯人を推理する事ができない点は、アンフェアですな。 ただ、日記が出て来た時点で、犯人は分かってしまいますけど。 推理と関係ないところで、犯人が誰かを気取られてしまうのも、失敗している証拠ですかねえ。 いいところがない。

  夫人と、秘書の青年との愛欲場面というのがあり、そこは、多少、読み応えがあります。 といっても、官能小説のような下品な描写ではなく、名作クラスの恋愛小説に出てくるようなものです。 しかし、推理小説なのですから、そういうところが優れていても、評価のしようがないですねえ。

  戦後9年も経っていて、横溝さんらが、本格トリック物を、次々と発表しており、当然の事ながら、江戸川さんも、それらを読んでいたわけですが、それで尚、このレベルのものしか書けなかったのは、本人はもちろん、読者も大いに、落胆した事でしょう。 実際、好評ではなかったと、解題にあります。

  江戸川さんが、戦前に、本格トリック物の長編を書かなかったのは、機械仕掛けなどが多い本格トリック物を、子供騙しと見下していたのが、大きな理由だと思いますが、そう思っている人であるからこそ、本気で書いても、やはり、子供騙しにしかならなかったのでしょう。

  横溝さんの金田一物を読んでも、子供騙しと感じるところは、全くありませんが、この【化人幻戯】に、子供騙しっぽさを感じない人はいないと思います。 同じように、クリスティーやカーの作品を読んでいても、大人の読み物として読んだ人(横溝さん)と、子供騙しと思いながら読んだ人(江戸川さん)では、受け取った影響が、まるで違ったわけだ。

  この作品、1995年に、≪名探偵 明智小五郎 【吸血カマキリ】≫として、ドラマ化されていて、私は、それを見ているんですが、そちらは、原作より、尚悪くなっていました。 無声映画のような映像で、コメディーっぽくしてしまったのは、不粋。 本格トリック物なのに、人間ドラマに仕立てようとして、犯人と明智との過去の因縁を盛り込んだりしたのが、重ねて、不粋。 犯人の異常性格が、動機となっているのが、原作の最大の特徴なのに、それを消してしまったのでは、子供騙しのトリックしか残らないわけで、鑑賞のしようがありますまい。


【影男】 約138ページ
  1955年(昭和30年)1月から、12月まで、「面白倶楽部」に連載されたもの。

  天才的な知能と行動力を持ち、犯罪者を恐喝して生計を立てつつ、好奇心の趣くままに、裏社会を泳ぎ回っている男が、殺人を業務としている会社や、地底にパノラマ・パークを作って、女性の誘拐を事業にしている人物らと、交流したり、対決したりする話。

  前半は、【猟奇の果】に似た雰囲気で、軽いノリで、ポンポンと話が進みます。 犯罪のアイデアが、いくつか出て来て、それは、面白いです。 パノラマ・パークの場面は、【パノラマ島奇談】や、【大暗室】などの焼き直し。 たぶん、犯罪アイデアだけでは、枚数を埋められなくなってしまい、開き直って、書きたいものを書いたら、焼き直しになってしまったというところでしょう。 

  登場人物が、犯罪者ばかりなので、収拾をつける為に、明智小五郎を登場させるに至って、物語のバラバラ度が、頂点に達する観あり。 何とか、踏ん張って、明智に頼らず、最後まで、速水を主人公で纏めれば、それなりに面白くなったと思うのですがねえ。 もっとも、そうしたとしても、パノラマ・パークは、余分ですけど。


【防空壕】 約11ページ
  1955年(昭和30年)7月に、「文芸」に掲載されたもの。

  空襲下の東京で、逃げ惑いながらも、炎や爆発の美しさを感じていた男が、迷い込んだ、ある屋敷の防空豪で、美しい女と二人きりになり、極限状況の昂揚で、情交するが、実は、その女性は・・・、という話。

  冒頭から4分の3までが、男の回想、終わりの4分の1が、女の回想。 男の回想部分は、江戸川さん独特の、背徳的欲望が出ていて、名作級。 死の縁まで追いやられると、却って、性欲が掻き立てられるというのは、植物が枯れそうになると、たくさん花を咲かせるのに似ていますな。

  ところが、女の回想部分で、落とし話にしてしまっていて、大いに白けます。 意外な結末ではありますが、ショートショートとしては、下世話過ぎ。 むしろ、男の回想部分だけにして、翌朝、防空豪から出たら、バラバラに吹き飛ばされた女の死体を見つけたといった結末にした方が、味わい深くなったと、惜しまれます。




  以上、四作です。 読んだ期間は、

≪江戸川乱歩全集⑪ 緑衣の鬼≫が、2019年12月31日から、2020年1月8日。
≪江戸川乱歩全集⑫ 暗黒星≫が、1月11日から、18日まで。
≪江戸川乱歩全集⑬ 三角館の恐怖≫が、1月19日から、24日。
≪江戸川乱歩全集⑭ 化人幻戯≫が、1月25日から、30日にかけて。

  今回分は、順番に巻数が進んでいますな。 この頃は、まだ、新型肺炎の話題が、ほとんど出ておらず、傍目に見れば、呑気に暮らしていました。 下水道の宅内工事が、3月くらいにあるのが気にかかっていて、主観的には、呑気という気分ではありませんでしたけれど。

2020/07/19

読書感想文・蔵出し (61)

  先週に引き続き、読書感想文です。 というか、在庫がなくなるまで、これから、しばらく、読書感想文です。 毎週、見に来てくださっている方々で、読書に興味がない向きには、申し訳ない。 こういうのは、本の書名や、作品のタイトルで検索すると、引っ掛かるので、ざっと、内容を知りたい人が読みに来たりするのです。 私が読んで感想を書く本は、みんな、古典になっている類いだから、多くはありませんが。




≪江戸川乱歩全集⑨ 黒蜥蜴≫

江戸川乱歩全集 第九巻
講談社 1979年6月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 第二巻の次に、第三巻を借りようと思ったら、出払っていて、やむなく、第九巻を借りて来ました。 二段組みで、長編3作を収録。 ただし、その一つは、途中で終わっています。

  【黒蜥蜴】に関しては、割と最近、家にある本で読んでいて、感想も書いているので、読み直しませんでしたが、その時は、作品データを書かなかったので、データと梗概と、あと、簡単に、感想を追加しておきます。


【悪霊】 約34ページ
  1933年(昭和8年)11月から、翌年1月まで、「新青年」に連載されたもの。

  降霊会メンバーの一人である未亡人が、密室の蔵の中で惨殺される。 次の降霊会でも、また女が殺されるという、霊の言葉があり・・・、という話ですが、そこで終わっています。

  横溝さんの場合、病気が悪化して、連載打ち切りというのが多いですが、江戸川さんの場合、アイデアが出ていない内に、仕事を引き受けてしまい、テキトーに書き始めたものの、話を纏められなくなって、お手上げというパターンが、多かった模様。 この作品の場合、まだ、始まったばかりのところで、見通しが立たなくなっており、かなりの重症です。

  面白そうな出だしなんですけどねえ。 残念だ。 この作品の続きを、募集したら良かったんじゃないでしょうか。 他人が途中まで書いた作品の、後を続けて書くのが得意という才能もあると思うのですが、編集者が、そちらの発掘をしようとしないのは、不思議です。


【黒蜥蜴】 約104ページ
  1934年(昭和9年)1月から、11月まで、「日の出」に連載されたもの。

  有名なダイヤを狙い、宝石商の娘の略取を企てる女盗賊と、明智小五郎が戦う話。

  【黒蜥蜴】は、子供っぽい話であるにも拘らず、何度も映像化されているのですが、それは、こういう、女性のダーク・ヒーロー的な悪玉が、男性以上の能力を発揮して、名探偵相手に、知略を尽くした熾烈な戦いを繰り広げるという設定に、魅力を感じる男性が多いからでしょう。

  しかし、女性の女性的性格特徴を観察した事がある人なら分かると思いますが、こういう、頭も回り、構想も雄大、アクションもお手の物といった、何でもできる、スーパー・ヒーロー的な女性は、現実には、非常に少ないです。 少ないというか、ほぼ、いないと言っても過言ではないです。 外見が美女で、性格が男という、創作上の組み合わせに過ぎないんですな。

  女性には女性の、特徴的性格や、考え方があるのですが、そういう現実から目を背けて、この世に存在しないようなキャラクターを作り出してしまったのは、罪深いです。 もっとも、女傑伝の類は、多くはないものの、古くから、世界中にあり、江戸川さん一人に、責任があるわけではないですけど。 ちなみに、女傑伝に出て来る女性達は、やはり、「外見は美女で、性格は男」のパターンに嵌まっています。


【大暗室】 約173ページ
  1936年(昭和11年)12月から、翌年6月まで、「キング」に連載されたもの。

  弟の父親が、兄の父親を殺し、妻を奪って、子を設けた上、その妻も殺してしまったという事情で、母を同じくする二人の青年がいた。 長じて、弟は、世の中を破壊してやろうというほどの悪人になり、兄は、それを阻止する為に立ち上がる。 弟が、東京の地底に作った帝国に、兄の一派と警察が戦いを挑む話。

  うーむ、【仮面ライダー】ですな。 というか、変身ヒーロー物全てが、この作品から、悪の組織のヒントを得ているのでは? エロ・グロを含むので、子供向けとは言えませんが、話の内容は、少年向け以上の何ものでもないです。 料理をする時、塩を入れ過ぎたのを、砂糖の追加で調整するのは、不可能ですが、江戸川さんは、子供っぽい話でも、エロ・グロを追加すれば、大人向けになると勘違いしていたのではないかと疑いたくなります。

  地底帝国の描写は、【パノラマ島奇譚】の焼き直し。 地獄の部分は、この作品のオリジナルだと思いますが、露悪の限りを尽くしており、真面目に読む気になれません。 



≪誘蛾燈≫

角川文庫
角川書店 1978年2月25日/初版
横溝正史 著

  2019年8月に、ヤフオクで、角川文庫の横溝作品を、24冊セットで買った内の一冊。 ≪誘蛾燈≫は、角川文庫・旧版の発行順では、56番に当たります。 戦前、昭和10年代初頭に書かれた短編、10作を収録。 その内、【ある戦死】は、≪横溝正史探偵小説コレクション① 赤い水泳着≫の時に、感想を書いているのですが、一作だけなので、同じ文章を入れておきます。 


【妖説血屋敷】 約38ページ
  1936年(昭和11年)4月、雑誌「富士・増刊」に掲載されたもの。

  踊りの家元の屋敷には、お染様という幽霊が出る言い伝えがあった。 家元が殺される事件があり、お染様の幽霊が絡む事件が続く話。

  梗概が書き難いですな。 ネタバレさせてしまいますと、幽霊は、真犯人を庇う為に、他の人物が仕掛けたもので、本当に幽霊が出るわけではありません。 メインの殺人の原因は、真犯人の夢遊病でして、夢遊病が、この頃の探偵小説に於いて、大変、便利なアイテムとして使われていた事を再確認させてくれます。

  語り調で書かれた文体が、怪談めいていて、特徴があり、雰囲気だけで、少しゾクゾクしますが、最後まで読んで、謎が解けると、「なあんだ、そんな事か」と、白けるタイプの話。


【面(マスク)】 約24ページ
  1936年(昭和11年)6月、雑誌「週刊朝日・増刊」に掲載されたもの。

  ある夫人が描く、絵のモデルになっていた青年が、その夫の医学博士によって、監禁される。 夫人の正体を聞かされて驚くが、意識を失っている間に、博士が自分に施した改造を知って、もっと驚く話。

  入れ子式の書き方がされていて、漫然と読んでいると、時間の前後を見失ってしまうので、注意。 面白さを感じるような内容ではないから、入れ子式にして、語り方で深みを出そうとしたのだと思いますが、あまり、効果が出ていません。


【身替わり花婿】 約18ページ
  1936年(昭和11年)6月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  イギリス・ロンドンで、浮浪者がスカウトされて、インド駐留軍の大尉に化け、さる高貴な令嬢と結婚する事になる。 やがて、本物が現れて、元浮浪者は、逮捕され、服役。 ところが、出所してきたら、結婚した妻が快く迎えてくれて、ビックリする、という話。

  この梗概では分からないと思いますが、意外な結末がつけてあります。 O・ヘンリーというほど、深みはなくて、軽いショートショートという感じ。 話が、うま過ぎて、リアリティーは全くなく、小説というよりは、お話に近いです。


【噴水のほとり】 約22ページ
  1936年(昭和11年)7月、雑誌「明朗」に掲載されたもの。

  人並外れて、聴覚の鋭い少年が、公園の噴水の裏手で休んでいたところ、彼の位置からは見えない所へ、二人の女性が来て、痴話喧嘩を始め、一方がもう一方を刺し殺して逃げてしまった。 死んだのは、有名な男装女優だった。 事件の発覚後、少年は、現場に張り込んでいて、靴音の特徴から、花を供えに来た女性ファンの一人を犯人だと見抜く話。

  推理物といえば推理物なのですが、悲哀を感じさせる乙女チックな雰囲気でして、そちらの方に力点が置かれています。 聴覚の鋭い少年が、耳で聴いた音だけで、何が行なわれているかを描写しているところが、大変、秀逸。 犯人の断定にも、聴覚が関係して来ます。

  解説によると、横溝さんの親戚に、実際、そういう少年がいたとの事。 夭折したそうですが、そちらの話も、印象に強く残りますな。


【舌】 約8ページ
  1936年(昭和11年)7月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  不気味な物ばかり並べている露店で、壜に入った、人間の舌を売っていた。 かつて、主人に手籠めにされた小間使いが、奥様に、窃盗の濡れ衣を着せられて、半年、服役した後、ホテルの一室で、元主人の舌を噛み切って殺す事件があったのが、一週間前。 奥様が、露店へ、夫の舌を買い戻しに来る話。

  梗概に書いた事が、全てです。 ネタバレも何もなく、陰惨な事件と、不気味な露店の雰囲気を楽しむ趣向の話。


【三十の顔を持った男】 約42ページ
  1937年(昭和12年)5月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  一人の俳優が、毎日、顔や服装を換え、東京の旧市街各所に出没し、それを見抜く事ができたら、賞金を出すという企画を、ある新聞社が始め、大人気となった。 ところが、途中で、その俳優の死体が、箱詰めにされて、新聞社に送りつけられてくる。 企画を中止したくない新聞社は、たまたま見つけた、俳優そっくりの、元船乗りをスカウトし、替え玉に仕立てるが・・・、という話。

  妙に面白い。 誤解を恐れずに言うなら、あまり、横溝さんらしくない方向で、面白いです。 もしや、別人の作品なのでは? いや、そんな感じがするというだけの話ですが。 ページ数も、結構あり、読み応え十分。 意外な結末がつけられていて、良く出来たショートショートと言ってもいいです。


【風見鶏の下で】 約26ページ
  1937年(昭和12年)5月、雑誌「モダン日本」に掲載されたもの。

  神戸の異人館の隣に、家を買ってもらった妾が、使っていない部屋の押入れで、異人館の風見鶏が見える小さな窓と、押入れの壁に落書きされた、男女の名前を見つける。 その、名前の男が近所に現れ、名前の女との関係を聞かされるが・・・という話。

  意外なラストがついていますが、いささか、無理があります。 妾の生活が寂しいからと言って、逃げるとか、別れるとかなら分かりますが、そんな事を頼む人がいるでしょうか? 主人公が、精神的におかしくなっていたと言うのなら、それについて、もっと書き込みが必要です。


【音頭流行】 約28ページ
  1937年(昭和12年)7月、雑誌「婦人倶楽部」に掲載されたもの。

  レコード会社の企画で、ある音頭を流行らせる為に、賞金付きの踊りのコンテストが催される事になり、十羽一絡げのダンサーをしていた女が、優勝が最初から決まっているサクラの仕事を引き受ける。 ところが、会場で、地方から出て来た新婚夫婦が、都会の魅力に翻弄されて、別れの危機に陥っているのを見て、義侠心を発揮し・・・、という話。

  よく出来た話のように見えて、ラストは、明らかにおかしいです。 隣村の出身なら、その事を、前以て、書いておいてもらわなければ、後だしになってしまいます。 新婚の妻の方が優勝して、スカウトされ、有名人になってしまい、面目丸潰れの夫が、一人で村に帰って行った、というラストにすれば、皮肉な話で纏まったのに。


【ある戦死】 約22ページ
  1937年(昭和12年)10月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  新聞を読んでいて、かつて、友人の妻を奪って逃げた男が戦死した事を知った主人公が、病身の友人から、雑誌に出ていた映画女優のしている指輪の出所を調べてくれるように頼まれる。 その指輪は、友人が妻に贈った物だった。 ある青年が指輪を手に入れた経緯を語り、真相が明らかになる話。

  面白いです。 この短編集の中だけでなく、私が今までに読んだ横溝さんの短編の中で、最も面白かったです。 書き方が巧みで、事件の様子が、少しずつ分って来るところが、秀逸。


【誘蛾燈】 約13ページ
  1937年(昭和12年)12月、雑誌「オール読物」に掲載されたもの。

  亭主の留守に、部屋の灯りの色を変える事で合図し、間男を引き込んでいる女がいた。 ある青年が、その女に殺された弟の仇をとる為に乗り込んで行くが・・・、という話。

  ラストが変わっていて、意外な結末になっています。 しかし、ショートショート的な「意外な結末」ではなく、想像したのと違うという意味で、意外なのです。 実際に、青年がどういう目に遭ったのか、細かい事は書いてないので、もやもやした読後感が残ります。



≪江戸川乱歩全集③ パノラマ島奇談≫

江戸川乱歩全集 第三巻
講談社 1978年10月12日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 ようやく、第三巻を借りる事ができました。 今でも、私以外に、江戸川さんの本を借りて読む人がいるんですな。 二段組みで、長編3、短編3の、計6作を収録。

  6作の内、【パノラマ島奇談】と、【一寸法師】は、ごく最近、復刻版で読んで、感想を書いているので、割愛。


【鏡地獄】 約14ページ
  1926年(大正15年)10月に、「大衆文芸」に掲載されたもの。

  家産を蕩尽する勢いで、鏡やレンズを使った工作に、異常な情熱を燃やしていた男が、内側が鏡になった球体に入って、気が触れる話。

  梗概が、ネタバレになってしまいましたが、ネタバレしても、別段、問題がない作品です。 どれだけ深く、自分の世界に執着したかを、じっくり描き込んであるだけの作品。 鏡やレンズを使った工作に興味がない人には、ちっとも面白くないと思います。 私も、その一人。


【木馬は廻る】 約12ページ
  1926年(大正15年)10月に、「探偵趣味」に掲載されたもの。

  浅草の回転木馬で、音楽の演奏係を務めている年配の男が、切符切りをしている遥かに歳の若い女の為に、新しいショールを買ってやりたいと思うが、そんなお金はない。 そこへ、たまたま、ある事件が起こって、お金が手に入る話。

  推理小説でも、ファンタジーでもなく、純文学に近い小説です。 というか、純文学作家が書いていれば、純文学と見做される内容。 哀愁があるものの、倫理観が狂っており、ネコババを正当化してしまっています。 これは、まずいでしょう。 警察に届ければ、確実に、持ち主の下に戻ると分かっているのに、それを使ってしまったら、立派な窃盗犯です。


【陰獣】 約66ページ
  1928年(昭和3年)8月から、10月まで、「新青年」に連載されたもの。

  ある実業家と結婚した女の下に、昔、交際していた男で、露悪的な作品を書く事で名を売った探偵小説家から、脅迫状が送られて来る。 その件について、本格派探偵作家に相談したところ、悪戯に違いないから、心配するなと言われるが、その内、女の夫が殺されてしまう。 本格派探偵作家は、ある大胆な推理をして、一応、事件を解決するが、実は、もう一つの可能性があり、更にもう一つの可能性も・・・、という話。

  読み応えはあります。 飛ばし読みをする気にならないくらい、内容が濃いです。 その上、子供騙しっぽい感じが、ほとんど、ありせん。 露悪作家のモデルになっているのが、名前は変えてあるものの、江戸川さん本人なので、セルフ・パロディー的な面もありますが、そういう要素がなくても、充分に面白いです。

  惜しむらく、ラストで、もう一度、ドンデン返しを匂わせており、それは、蛇足ですな。 読者は、はっきりした解決を望んでいるのであって、「一応、こういう推理をしたが、実は、別の推理も成り立つ」といった、曖昧な終わり方をされると、とても嫌~な、もやもやした気分が残るのです。


【虫】 約36ページ
  1929年(昭和4年)6・7月に、「改造」に分載されたもの。

  学生時代の片思いの相手で、女優になった女性と、自分の友人が深い仲になっているのを知り、復讐を誓った男が、綿密な計画を立てて、女性の殺害に成功するが、その死体を、美しいまま保存したいと思ってしまったばかりに、醜く足掻く事になる話。

  主人公の生い立ちが、かなりの部分を占めていて、そこは、もっと短くした方が、読み易くなると思います。 主人公の性格を描く必要があるにせよ、生い立ちから、みっちり書く必要はなかろうと思うのですよ。   殺害計画の段階では、結構、ゾクゾクするのですが、実際の犯行は、何の障碍もなく、あっさり済んでしまい、肩透かし気分を味わいます。 その後、徐々に様子が変わっていく死体を、どうやって保存するかで悩む、その様子を描くのが、この作品の眼目。 私も、肉親やペットを失った事があるので、そういう気持ちは分かるのですが、この主人公のそれは、ちと、変態趣味っぽいですねえ。 結末も悲惨だし。

  内容のある作品だとは思いますが、趣味が悪過ぎて、絶賛するようなものではないです。



≪江戸川乱歩全集⑩ 幽霊塔≫

江戸川乱歩全集 第十巻
講談社 1979年2月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。  全集も、10巻目になると、借りて読む人が滅多にいないようで、ページに、指の折れ痕や、汚れ、ゴミなどが、全く入っていませんでした。 年末年始にかかるので、⑩と⑪の二冊を借りて来ました。 二段組みで、長編2作を収録。


【人間豹】 約148ページ
  1934年(昭和9年)5月から、翌年5月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。

  人間と豹の中間的な特徴をもつ男が、ある青年の恋人の女性をさらって、惨殺する。 その青年が次に恋した女優も、同じようにさらわれ、惨殺される。 青年が事件を、明智小五郎の所へ持ち込むが、殺された二人の顔の特徴が、明智の妻、文代にそっくりで、今度は、文代が窮地に陥り・・・、という話。

  単なるアクション活劇。 これは、ひどい。 変態趣味というより、残虐趣味で、ただ、残虐な場面を書きたいばかりに思いついた設定という疑いが濃厚です。 人間と豹のハーフなんて、いるものですか。 その辺の医学的・科学的な説明は、一切、なされていません。 江戸川さんの弱い部分が、もろ出しになっていますな。

  文代さんは、作品に関係なく、犯人から、ひどい目に遭わされる為だけに、作られたキャラのように見えます。 明智も明智で、危険な仕事だと分かっているのだから、不用意に結婚なんか、しなければ良かったのに。 そう考えると、横溝さんが、金田一耕助を結婚させなかったのは、明智小五郎の轍を踏ませなかったからかと思えて来ますなあ。


【幽霊塔】 約177ページ
  1937年(昭和12年)1月から、翌年4月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。

  長崎県の山中の町の郊外に、時計塔を持つ古い屋敷があり、それを建てた豪商が、幕末の騒乱から財産を守る為に作った地下迷宮で、自らが迷い、出て来られなくなったという伝説があった。 その屋敷を買った元判事の甥が、屋敷を下見に来ると、見知らぬ美女が待っていて、一目惚れするが、彼女には様々な謎があり・・・、という話。

  解題によると、元は、アメリカの小説で、黒岩涙香さんが翻訳したのを、江戸川さんが少年時代に読んで嵌まり、大人になってから、翻案する為に、原作者を調べたが、ベンディスンという名前以外、分からなかったとの事。 つまり、翻案作品なのですが、かなり弄ってあるようです。

  同じような経緯で翻案された作品に、【白髪鬼】があり、なるほど、【白髪鬼】も、この作品も、江戸川さんのオリジナル作品のストーリーとは、だいぶ、毛色が違っていて、19世紀のイギリス小説に似た、妙に良く纏まったお話という感じがします。 変態趣味が、皆無とは言わないものの、抑えられているお陰で、ストーリー展開の面白さが、充分に発揮されている観あり。

  謎の美女が、美容整形で顔を変え、生まれ変わったというのは、江戸川さんの好むアイデアで、他の作品でも使われています。 美容整形が普通の事になっている現代の感覚で見ると、そこだけ、ありきたりで、つまらないです。 しかし、発表当時は、まだまだ、未来の技術だったんでしょうな。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2019年の、

≪江戸川乱歩全集⑨ 黒蜥蜴≫が、12月2日から、8日。
≪誘蛾燈≫が、11月21日から、12月10日まで。
≪江戸川乱歩全集③ パノラマ島奇談≫が、12月10日から、15日。
≪江戸川乱歩全集⑩ 幽霊塔≫が、12月17日から、30日にかけて。

  途中に挟まっている、≪誘蛾燈≫を読み始めた日付が、その前の本より遡っているのは、図書館の本を借り返る合間に、手持ちの本を少しずつ読んでいるからです。 

  これを書いているのは、7月12日なのですが、梅雨の晴れ間で、布団を干したり、車検から帰って来た車に、物を積み直したり、忙しいのなんのって。 バイクにも乗らなければならないし。

  まーあ、今年の梅雨は、しつこい上に、根性があり過ぎで、ほとほと、参っています。 こーんなに、降ってくれなくてもいいんだわ。 弱く長く降るか、強く短く降るか、どちらかにしていただきたい。 毎日・毎晩、台風並みに荒れまくって、それが、2週間も続いたのでは、生活が滅茶苦茶になってしまうんだわ。

2020/07/12

読書感想文・蔵出し (60)

  久しぶりに、読書感想文。 ≪新型肺炎あれこれ≫と、≪EN125-2Aでプチ・ツーリング≫シリーズのせいで、溜まりに溜まっており、半年分もある始末。 1回、4冊のペースでは、いつ、終わる事になるやら。 週に2回、更新すれば、早く終わるのは分かっていますが、そういう事はしません。 負担が増えると、根本から、やる気をなくすからです。




≪江戸川乱歩全集⑦ 吸血鬼≫

江戸川乱歩全集 第七巻
講談社 1979年1月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 かなり、くたびれています。 二段組みで、長編2作収録。


【吸血鬼】 約190ページ
  1930年(昭和5年)9月から、翌年3月まで、「報知新聞」に掲載されたもの。

  金持ちの未亡人を取り合う賭けで、負けた男が自殺するが、その後、勝った青年と未亡人の周囲に、顔面を酸で侵された男が現れ、死体消失事件や、子供の誘拐事件が起こる。 明智小五郎と文代助手、小林少年らが、体を張って、複雑な事件の真相を暴く話。

  以下、ネタバレ、あり。

  タイトルの「吸血鬼」は、内容とは、直接、関係ないです。 間接的にも、遠い。 なぜ、こんなタイトルにしたのか、首を傾げてしまいます。 犯人が複数いるのですが、別に共犯でもなく、言わば、リレー式に犯罪が行われて行くところが、話を複雑にしており、読者が推理しながら読める作品ではありません。

  江戸川さんの長編にしては、子供騙しっぽさがあまり感じられず、本格トリック物と、アクション活劇をうまく融合してあります。 出だしの、毒杯による決闘場面にしてからが、大人向けとしか言いようがない。 【一寸法師】でも感じましたが、江戸川さんは、濃厚な情景描写を、読者に飽きさせずに書く能力があり、それが、この作品の冒頭でも活きているのです。

  私は、作者が誰かに関係なく、アクション場面なんか、ちっとも面白いと思わない人間なんですが、この作品の中の、文代助手が誘拐されてから、生還するまでの展開は、弥が上にも引き込まれました。 蝋人形が着ていた軍服を奪って、難を逃れる場面は、白眉。 ミリタリー趣味がない人でも、カッコ良さを感じるんじゃないでしょうか。 もっとも、この時代の日本女性は、今からでは想像もつかないくらい、背が低く、脚も短いのですが・・・。 

  この作品で、最もぞくぞくするのは、屋敷の地下にある井戸が出て来る場面でして、複数の死体が投げ込まれているのですが、その中に、未亡人母子を匿ったり、最後の謎解きの段になっても、死体がまだ、そのままになっていたりと、死臭紛々、行間から臭い立って来るかのようです。

  一方、未亡人母子が、火葬場の窯の中で焼かれそうになる件りは、作者としては、一押しの場面だったと思うのですが、読者側からすると、助けられるに決まっていると思って読んでいるので、そんなに怖くはありません。 その場面、江戸川さん独特の、露悪趣味なんでしょうな。


【白髪鬼】 約107ページ
  1931年(昭和6年)4月から、翌年4月まで、雑誌「富士」に掲載されたもの。

  妻と親友の三人で遊びに行った先で、崖から落ちて死んだ男が、先祖代々の墓所の中で蘇生する。 棺桶から這い出し、墓所からの脱出口を探し出し、地上に生還したが、それまでの恐怖によって、黒々としていた頭髪が、すっかり白髪に変わっていた。 屋敷に戻ると、妻と親友が、宜しくやっているところを目撃してしまい、しかも、崖から落ちたのも、親友の計略だと分かる。 復讐を誓った男が、墓所の中で見つけた、海賊の財宝を資金にして、親友と妻に、自分と同じ恐怖を味わわせようとする話。

  私は、母が所有している角川文庫で、この小説を一度読んでいるのですが、復讐譚である事以外、綺麗さっぱり忘れていました。 読み返してみて、大変、面白かったのですが、なぜ、細部を忘れてしまったのか、不思議です。 割と、よくあるパターンなので、記憶している必要なしと、脳が判断したのかも知れません。

  江戸川さんのオリジナルではなく、イギリスのマリー・コレリという女性作家の【ヴェンデッタ】という作品を、翻案したものだそうで、そう言われてみれば、ヨーロッパの近世文学によくありそうな話ですな。 大デュマの【モンテクリスト伯】も、同じタイプの話で、そちらと比べた方が、伝わり易いでしょうか。

  以下、ネタバレ、あり。

  江戸川さんらしいと言えば、主人公が、自分を陥れた妻と親友を、容赦しない事でして、死ぬほどの恐怖を味わわされたとはいえ、死ななかったのですから、復讐するにしても、命までとらなくてもいいだろうと思うのですが、そこを、不屈の精神で、最後まで遂行するのです。 親友なんか、コンクリートの天井に押し潰されて死にます。 露悪趣味ですなあ。 そこまで、やるかね?

  仕返しし過ぎである点を、不自然と捉えられないように、前置きで、「自分の家系は、復讐心が強い血統である」といった事を言わせていますが、どう聞いても、言い訳。 そもそも、なぜ、こんなに復讐を徹底するかといえば、生きながらの埋葬で、白髪になるほどの恐怖を味わわされたのが原因ですが、崖から落としたのは、親友の仕業としても、生きたまま埋葬されたのは、本人が仮死状態だったからで、妻や親友が、わざとやったわけではありません。 恨むピントが、ズレてやしませんかね?

  とはいうものの、この作品は、確実に、読んで、面白いです。 私が、江戸川さんの代表作を挙げろと言われたら、今の所、ベスト5に入ります。



≪江戸川乱歩全集⑧ 妖虫≫

江戸川乱歩全集 第八巻
講談社 1979年5月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 七巻よりは、程度が良いですが、やはり、くたびれた感じ。 40年も前の本だから、無理もないか。 二段組みで、長編1、中編2、短編2の、計5作収録。


【目羅博士】 約18ページ
  1931年(昭和6年)4月に、「文芸倶楽部 増刊号」に掲載されたもの。

  作者が、たまたま出会った青年から聞いた話という設定。 向かい合って建つ、外観がそっくりの二つのビルで、一方の部屋の住人に起こった事か、もう一方の同じ位置にある部屋の住人に伝染し、死人が出続けるという話。

  幻想小説ですな。 推理とか、トリックとか、そういったものは出て来ません。 理屈で考えれば、ありえないような事ですが、幻想小説なら、何でもアリになります。 こういうのを、映像化すれば、一度見たら忘れない作品になると思います。


【恐怖王】 約68ページ
  1931年(昭和6年)6月から、翌年5月まで、「講談倶楽部」に連載されたもの。

  病死した若い娘の遺体が盗み出され、ゴリラのような男と、婚礼写真を撮影された後、その娘の婚約者だった青年が殺される。 犯人は、「恐怖王」という名前を、様々な方法で流布し、世間に恐怖を撒き散らす。 青年の友人の探偵小説家が、自ら、探偵となり、捜査に臨むが、恐怖王とゴリラ男に翻弄される話。

  写真師をよんで、死体の花嫁と婚礼写真を撮らせるというのは、横溝作品の【病院坂の首縊りの家】の冒頭と同じですな。 こちらの方が、ずっと早いですけど。 ただし、こちらの場合、犯人がそんな事をした動機がはっきりせず、単なる悪質なイタズラ以上の意味がありません。 他にも、露悪的なモチーフが、幾つか使われていますが、互いに関連はしておらず、羅列されているだけです。

  最終的には、一応、犯人が突き止められますが、動機は分からずじまい、謎解きもテキトーで、物語の態をなしていません。 解説によると、江戸川さん自身が、そう認めていたとの事。 もし、新人が、こんな作品を書いたら、編集者の手で、ゴミ箱直行でしょうが、当時の江戸川さんは、このカテゴリーでは、断トツの人気作家だったので、これでも、通ったのでしょう。


【地獄風景】 約56ページ
  1931年(昭和6年)5月から、翌年3月まで、「探偵趣味」に連載されたもの。

  金持ちが金に飽かせて作った遊園地。 巨大迷路で起こった殺人事件をきっかけに、招かれた有閑人種たちが、次々に死んで行く話。

  ≪パノラマ島奇譚≫と重なるところがありますが、こちらは、どんな話にするか決めないまま書いて行ったようで、物語としての纏まりは、最悪。 遥かに、レベルが落ちます。 メインの事件である、巨大迷路の殺人にしてからが、トリックも謎もいい加減で、読んでいて、熱が出て来ます。 バタバタと人が死ぬ終盤は、もう、メチャクチャという感じ。

  江戸川さん本人に、他人を片っ端から殺してみたいという願望があったのかも知れませんな。 誤解を招かないように断っておきますと、そういう願望がある人は、珍しくないです。 実行しないし、口にも出さないだけで。 周囲の他人が、自分を苦しめるだけの存在になっている時、そういった願望が芽生えて来るのでしょう。


【鬼】 約32ページ
  1931年(昭和6年)11月から、翌年2月まで、「キング」に連載されたもの。

  地方の町で、野良犬に顔を食い荒らされた若い女の死体が発見される。 親が決めた許婚者だったにも拘らず、彼女との結婚を拒んでいた素封家の息子が疑われるが、事件発生時刻に一緒にいたはずの交際相手の女は、彼のアリバイを否定する。 友人である探偵小説家が、死体の発見場所から、死体移動のトリックを見破る話。

  以下、ネタバレ、あり。

  顔のない死体物なので、被害者と加害者が入れ代わっているのだろうという事は、探偵小説を読み慣れている読者なら、すぐに分かります。 もう一つの、死体移動のトリックは、ホームズ物からの戴き物。 横溝作品の【探偵小説】でも、用いられています。 舞台が、地方の町である点など、【探偵小説】とは、大変、よく似た雰囲気です。 こちらの方が、ずっと早いですけど。

  【探偵小説】は、横溝さんが、戦後、「本格で行く」と決めてから書いた、最初の作品ですが、本格物の短編で、真っ先に思いついたのが、この【鬼】だったのかもしれませんな。 戦前は、アイデアの戴きというのは、普通に行なわれていたようです。 当時、すでに、「探偵小説のモチーフは、出尽くしている」と言われていたようですから。

  いろいろと戴き物である事を承知した上で読んでも、密度が高くて、面白いです。 本格物の魅力を、充分に味わわせてくれます。 短編でしか、本格物を書けなかったのが、江戸川さんの一つの限界でして、横溝さんや、他の作家が、戦後、本格物の長編を書き始めると、江戸川さんは、急速に、過去の作家になって行ってしまうわけです。


【妖虫】 約115ページ
  1933年(昭和8年)12月から、翌年11月まで、「キング」に連載されたもの。

  赤いサソリをトレード・マークにしている犯人一味が、世間に認められている絶世の美女ばかりを、次々とさらい、無残に殺して行く。 妹が犠牲になった青年の依頼を請け、老名探偵が捜査に乗り出すものの、手強い犯人一味に、互角の戦いを強いられる話。

  これは、江戸川さんが、この時期、何作も類似作を書き飛ばしていた、アクション活劇の一作です。 どうも、この種の作品に出て来る被害者の女性は、命が軽いですな。 江戸川さんは、若い女性に対して、憎しみのようなものがあったのではないかと思います。 そうでなければ、こんなに軽く扱わないでしょう。

  ただ、この作品の場合、最後まで読めば、犯人の動機が、細かく書いてあって、無闇に殺していたわけではない事が、一応、分かります。 それにしても、説得力が弱いですけど。

  呆れるような下らない理由で、猫が殺されますが、戦前の作品にありがちな事で、動物の命なんて、何とも思っていなかったんでしょうな。 ご主人様の代わりに死んだのなら、本望? 馬鹿な事を。 殺される猫が、そんな事を思うわけがありません。



≪江戸川乱歩全集① 屋根裏の散歩者≫

江戸川乱歩全集 第一巻
講談社 1978年10月12日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 最初に、全集を借りに行った時、1、2,3巻がなくて、4巻から借りて、8巻まで読み、次を借りに行ったら、1、2、3が戻っていたので、1巻から借りて来ました。 二段組みで、短編ばかり、20作収録。

  私、1990年代に、古本屋で、150円で買った、≪江戸川乱歩傑作選 屋根裏の散歩者≫という、新潮文庫の本を持っていまして、そちらに収録されている9作の内、6作が、この全集第一巻に収められています。 それらは、一度、読んでいるわけですが、ほとんど、覚えていませんでした。


【二銭銅貨】 約20ページ
  1923年(大正12年)4月に、「新青年」に掲載されたもの。

  互いに知性自慢の青年二人が同居している。 その一人が、細工された二銭銅貨の中から見つけた暗号を解き、窃盗犯が隠してあった大金を手に入れるが、実は・・・、という話。

  江戸川さんの処女作。 暗号解読なので、本格物という事になります。 特別な知識がない者には解けない暗号なので、解読そのものは、作者任せですが、それでも、解読や大金を手に入れる過程は、大変、面白く、ゾクゾクします。 その点では、傑作。 しかし、ラストで、どんでん返しがあり、普通に考えると、そのどんでん返しは、蛇足としか思えません。

  江戸川さんは、オリジナルのアイデアよりも、欧米作品の翻案の方に興味があったようで、もしかしたら、この作品の本体部分も、何かの翻案なのかもしれません。 どんでん返し部分を付加する事で、自分の作品にしたんじゃないでしょうか。 発表当時の読者は、それが分かっていて、付加部分を評価したのでは? まあ、これは、ただの憶測ですけど。


【一枚の切符】 約14ページ
  1923年(大正12年)7月に、「新青年」に掲載されたもの。

  轢死体で発見された、博士夫人。 自殺のように見えたが、ある刑事の捜査によって、夫である博士の手による、殺人の疑いが濃くなる。 そこへ、「列車の貸し枕の切符」という証拠を、偶然見つけた青年が、異議を申し立て、博士の無実を証明し、夫人の自殺という結果になるが、実は・・・、という話。

  完全に、本格物。 しかし、どこかで読んだような気がするのは、実際、欧米の推理小説を、キメラ的に戴いているからだと思います。 ほとんどが地の文で書かれた、大変、理屈っぽい文章で、短編なのに、読むのが面倒臭くなって来ます。 しかし、それだけなら、まだ良い。

  問題は、ラストでして、【二銭銅貨】と同じように、どんでん返しが仕掛けられており、そこまで読んで来た内容が、全て、青年がデッチ上げた絵空事であるかのような、放り出し方をされています。 こういうのは、読後感が悪いんだわ。 例えば、語源の話をしている時に、「諸説あり」と言われると、大変、白けますが、それと同様、推理物で、真相がはっきりしないまま終わるのは、最悪でして、作者は無責任と謗られても致し方ありません。 どうも、江戸川さんは、その無責任な事をやって、逆に、してやったと、得意になっていたように見受けられます。


【恐ろしき錯誤】 約24ページ
  1923年(大正12年)11月に、「新青年」に掲載されたもの。

  火事で、逃げ遅れた妻だけが焼死してしまった。 その夫が、妻が火事場に戻った理由を想像し、嘘を言って妻を誘導した犯人を想定し、ある方法で、それを確かめ、相手を精神的に打ちのめして、勝利感に酔っていたが、ささやかなミスで、とんだ間違いをやらかしていた事に気付き・・・、という話。

  理屈っぽい。 実に、理屈っぽい。 江戸川さんが、機械的、物理的トリックを用いた作品を、子供騙しと敬遠していたのは、他の作品を読めば分かるのですが、心理的なトリックや謎を開発しようとして、なかなか、気が利いたアイデアが浮かばず、苦しんだ末に出て来たのが、こういう話だったのではないでしょうか。 実に、苦しい。 もちろん、全然、面白くありません。


【二廢人】 約14ページ
  1924年(大正13年)6月に、「新青年」に掲載されたもの。

  若い頃、夢遊病が原因で、人を殺してしまい、刑罰は免れたものの、その後、生きる意欲を失って、廃人同様の半生を送ってきた男が、湯治場で出会った戦傷廃人に、その話をしたところ、今まで考えた事もなかったような解釈を聞かされ・・・、という話。

  夢遊病は、横溝作品では、よく使われるモチーフですが、やはり、江戸川さんが、先に使っていたんですな。 これも、初期短編によく見られる、どんでん返しタイプです。 やはり、元になった作品があって、それに、どんでん返し部分を付加したのではないでしょうか。 まあ、私の推測ですけど。

  以下、ネタバレ、あり。

  この種の気が利いた短編に、あまり慣れていない人なら、「大変、面白い!」と、手を打って喜びそうですが、ショートショトなどを読みつけていると、「何となく、どこかで、似たよう話を読んだような・・・」という、微妙な気分になるはず。 湯治場で再会するというのは、偶然が過ぎると思いますし、たった20年後なのに、相手の顔が分からないというのも、少し、変です。


【双生児】 約14ページ
  1924年(大正13年)10月に、「新青年」に掲載されたもの。

  双子の兄が、家の資産を相続し、弟は、交際していた女性まで兄に取られてしまい、すっかり捻くれて、兄にたかって暮らしていた。 ある時、外国へ行くと言い残して、姿を消しておき、こっそり兄を殺して、まんまと成り代わった。 ところが、身についた悪癖が治らず、犯罪をやらかして、兄の指紋を判にしたものをそこへ残しておいた。 その指紋が、実は・・・、という話。

  梗概で、ほとんど、ネタバレさせてしまいましたな。 だけど、まだ、奥があります。 で、以下、ネタバレ、あり。

  双子かどうかというのは、あまり、重要ではなく、指紋に、山の部分と、溝の部分があり、似ているが、異なるというのが、この作品の眼目。 私も知りませんでした。 新しい知識を一つ増やしてくれた点で、面白い作品でした。


【D坂の殺人事件】 約22ページ
  1925年(大正14年)1月に、「新青年」に掲載されたもの。

  D坂にある商店街の古本屋で、店主の妻が殺される。 古本屋の周囲では、逃げた犯人を見た者が誰もいなかった。 語り手の青年は、目撃者二人が見た犯人らしき人物の着物の柄から、推理を逞しくして、被害者の幼馴染みである明智小五郎を疑うが、明智に一蹴されてしまう話。

  明智小五郎が、最初に登場する作品です。 着物姿に、もじゃもじゃ頭を掻く癖など、部分的に、金田一耕助っぽいところがありますが、もちろん、こちらの方が、遥かに先。 明智小五郎は、青年期と壮年期で、外見の印象が大きく変わりますが、性格的には、統一されています。

  以下、ネタバレ、あり。

  連子になった障子の間から、犯人らしき人物の着物が見えたが、目撃者の一人は黒だったと言い、もう一人は、白だったと言う。 それは、着物の柄が棒縞だったのを、連子の隙間から見たから、時によって違う色に見えたのだ。 棒縞の着物を着ていたのは、明智だから、明智が犯人だろう。 という推理ですが、明智によって、目撃者の記憶なんて、全く当てにならないと、次元の違う否定を食らってしまいます。 それを言い出すと、犯罪捜査の半分は、当てにならない事になってしまいますが・・・。

  で、メインの謎を、作者自ら没にしてしまって、最終的には、動機の特殊性で、事件は解決となります。 一応、真犯人の性癖について、伏線は張ってありますが、取って付けたような唐突感は否めないところ。 明智小五郎の初登場作という以外、評価ができないような内容です。


【心理試験】 約24ページ
  1925年(大正14年)2月に、「新青年」に掲載されたもの。

  老婆が貯め込んでいる大金を奪うのが目的で、綿密な計画を立て、殺人を実行した学生が、友人が逮捕された事で、うまうま、そいつに罪をなすりつけてしまおうと画策する。 予審判事が、友人と青年の二人に、心理試験をすると聞いて、対策を練って臨むが、明智小五郎が、判事に知恵を貸し・・・、という話。

  面白いです。 初期短編の中では、最も面白い作品だと思います。 本格物ですが、推理がどうのこうのではなく、犯行計画の、異様なほどの綿密さに、江戸川さんの人間観察の鋭さが現れていて、そこに、ゾクゾクするのです。 短編に、これだけの情報量を盛り込んであるのは、珍しい。

  あまりにも興味深い内容なので、「犯罪計画というのは、こんな風に練っていくものなのか」と、参考にしようとする人がいるかもしれませんが、もちろん、やめた方がいいです。 この青年、計画の練り過ぎで、逆に怪しまれて、容疑者になってしまうわけで、全然、成功していないのですから。


【黒手組】 約20ページ
  1925年(大正14年)3月に、「新青年」に掲載されたもの。

  ある家の娘が、不自然な文面の手紙を受け取った後、姿を消す。 巷を騒がせている、黒手組という犯罪集団から、娘を誘拐したという手紙が届き、父親が身代金を払ったが、娘は帰って来ない。 父親から相談を受けた甥の青年から、又依頼を請けた明智小五郎が、不自然な手紙の謎を解いて、娘を連れ戻す話。

  この、父親の甥の青年というのは、【D坂の殺人事件】で、明智を犯人だと推理したのと同一人物です。 しかし、単なる語り手であって、この作品では、何もしません。 暗号解読物でして、まず、暗号を考え、それに肉付けして、作品にしたもの。 暗号自体は、大変、面白いですが、読者に解けるようなものではなく、作者任せで、解読されて行くのを楽しむだけです。


【赤い部屋】 約18ページ
  1925年(大正14年)4月に、「新青年」に掲載されたもの。

  赤い装飾で埋め尽くされた部屋に集まった、猟奇趣味の面々を前に、会員になったばかりの男が、今までに、99人の命を奪ってきた、罪に問われない殺人方法を、披露する話。

  一つ一つの殺人方法は、いかにも、やればやれそうなものです。 とはいえ、列車の脱線だけは、過失致死ですから、それなりの罪になると思います。 最後に、オチがついていますが、そのせいで、大変、白けます。 それがなければ、まずまず、面白いです。 


【算盤が恋を語る話】 約10ページ
  1925年(大正14年)4月に、「写真報知」に掲載されたもの。

  会社で、部下の女性に恋した男が、算盤の珠の位置で言葉を表す暗号を作り、毎朝、その女性の机に、恋文代わりに算盤を置いていたが、女性に伝わっているのかどうか、自信がもてないでいた。 ある時、ある場所へよびだす文を打っておいたところ、行くという返事が打たれていたので、喜び勇んで待っていたものの・・・、という話。

  暗号物ですが、その会社の中だけで通用する習慣に依拠したものでして、読者に解読はできませんし、そもそも、解読する前に、作者が、暗号の仕組みをバラしてしまいます。 ラストのオチが、読ませ所でして、これは、完全に、ショートショートの作法で書かれています。 大変、良く出来た、ショートショートでして、もし、未発表作なら、どんな賞に応募しても、トップ入選は確実だったでしょう。


【日記帳】 約8ページ
  1925年(大正14年)4月に、「写真報知」に掲載されたもの。

  兄が、20才で病死してしまった弟の日記を読んで、弟が、思いを寄せていたらしい遠縁の女性と、葉書のやり取りをしていた事を知る。 女性から来た葉書が見つかったが、これといって、艶っぽい事は書かれていなかった。 一見、意図不明な葉書のやり取りに、却って、不自然さを感じた兄が、弟が葉書を出した日付が、暗号になっている事をつきとめる話。

  以下、ネタバレ、あり。

  暗号解読物。 江戸川さんは、暗号の研究に凝っていた時期があるらしく、その成果を、短編に盛り込んでいたんですな。 しかし、日付が一文字ずつに相当し、3ヵ月かかって、言葉一つ伝えるというのは、あまりにも、迂遠。 相手の女性が葉書に込めた、別のメッセージに気づかないのも、何とも救われない有様。 最後に、もうひとオチつけてありますが、それは、残酷過ぎて、蛇足っぽいです。


【幽霊】 約14ページ
  1925年(大正14年)5月に、「新青年」に掲載されたもの。

  互いに敵視し合っていた男二人の、一方が死ぬ。 もう一方の元に、「これからは、幽霊になって苦しめてやる」という手紙が届き、それから、死んだ男の幽霊をあちこちで見るようになって、ノイローゼになってしまう。 静養先にまで、幽霊が現れ・・・、という話。

  明智小五郎が出て来て、解決します。 明智が出てくるくらいですから、幽霊と言っても、幽霊ではないです。 これ以上書くとネタバレになりますが、ネタバレを断ってまで、あれこれ書くほど、ボリュームのある話ではないので、やめておきます。 明智を出すほどの話ではないという点だけが問題で、それを除けば、結構、面白いです。


【盗難】 約14ページ
  1925年(大正14年)5月に、「写真報知」に掲載されたもの。

  ある新興宗教の支部で、増改築費用の寄付を募っている最中に、金庫の金をいただくという予告状が届く。 予告時刻に、警察官に立ち会ってもらったところ、その警官が犯人で、まんまと、持って行かれてしまう。 次にやって来た警官も犯人一味で、手配など行なわれおらず、更に、支部の主任まで、怪しくなり・・・、という話。

  どんでん返しが、何度も繰り返されて、結局、真実は藪の中という、読後感が非常に悪いパターンの作品。 「犯罪が行なわれる場合、いろんな可能性が考えられる」と言いたいわけですが、どれが真実か、作者が決めてくれなければ、語源の「諸説あり」と同じで、ちっとも面白くありません。


【白昼夢】 約6ページ
  1925年(大正14年)7月に、「新青年」に掲載されたもの。

  妻の浮気を止め、自分だけの者にする為に、妻を殺して、死蝋にしたと、公衆の面前で告白している男がいるが、みんな、冗談だと思って取り合わない。 一人称の語り手だけが、その男の店の中に、死蝋化した女の遺体を見つけ、戦慄する話。

  ページ数を見ても分かるように、ストーリーとしては、梗概に書いた事が、全てです。 ファンタジックな雰囲気。


【指環】 約6ページ
  1925年(大正14年)7月に、「新青年」に掲載されたもの。

  列車の中で、指輪が盗まれる。 スリが捕まるが、身体検査をしても指輪は出てこない。 その後になって、身体検査の前に、スリが窓の外に蜜柑を捨てていたのを目撃した人物が話しかけて来るが・・・、という話。

  ページ数を見ても分かるように、そんなに、ボリュームはありません。 どんでん返しが繰り返されていて、話としては、二流品です。 どんでん返しというのは、やろうと思えば、いくらでもできるのであって、やればやるほど、読者は、そこまで読んで来た労力を惜しいと感じてしまいます。


【夢遊病者の死】 約12ページ
  1925年(大正14年)7月に、「苦楽」に掲載されたもの。 元のタイトルは【夢遊病者彦太郎の死】。

  夢遊病が原因で、奉公先をやめさせられた男が、実家に戻って来たが、病気の事を言いそびれて、父親と喧嘩が続く日々を送っていた。 ある朝、庭で、父親の撲殺死体が発見され、自分が夢遊病中にやったに違いないと思って、逃走するが・・・、という話。

  書きようによっては、意外な結末をつけて、ショートショートにもできそうな話ですが、一般小説的な、キレの悪いラストになっています。 現場に、花が落ちていたという、推理小説的な謎が一つ入っているものの、伏線が張っていないせいで、取って付けたような謎解きになっています。


【屋根裏の散歩者】 約28ページ
  1925年(大正14年)8月に、「新青年」に掲載されたもの。

  何をやる事にも飽きてしまった有閑人種の青年が、新築のアパートに引っ越して来る。 間もなく、押入れから天井裏に上がれる事を発見し、天井裏から、他の入居者の生活を覗き見して、無聊を紛らわせてた。 ある入居者に、大口を開けて眠る癖がある事を知り、天井板の節穴から、毒液を垂らしたやったらどうだろうと目論む話。

  映像化されている、有名な作品。 しかし、どんなに新しくて頑丈な建物でも、木造ですから、天井裏を人が移動していれば、気づかない住人はいないんじゃないでしょうか。 ネズミのような小動物と、人間では、重量が全く違うので、ミシミシ音がするはずで、「誰かいる」と、すぐ、バレます。 リアリティーがないアイデアでして、なぜ、こんな不完全な話を映像化したがるのか、不思議です。

  リアリティー欠如が甚だしいだけでなく、明智小五郎が、陳腐な罠で、容易に犯人を炙り出してしまうのも、肩透かしです。 わざわざ、明智を出すほどの話ではないという気もします。 最後に、犯人が、なぜ、犯行後、煙草を吸わなくなったかについて、心理的な分析を行なっていますが、何だか、心理物を装う為に、取って付けたかのようです。


【百面相役者】 約12ページ
  1925年(大正14年)7月に、「写真報知」に掲載されたもの。

  百面相芸人の舞台を見に行った後、先輩から、墓を暴かれ、生首を盗まれた人物の写真を見せられたところ、百面相の中の一つの顔にそっくりだった。 生首から、顔を剥がして、面を作ったのではないかと疑うが・・・、という話。

  【二銭銅貨】と同じタイプの、どんでん返しで終わります。 トリックや謎、暗号などは、使われておらず、読者を、ちょっと気味悪がらせるだけの話。 露悪的というほどではないですが、特に面白くもありません。


【一人二役】 約8ページ
  1925年(大正14年)9月に、「新小説」に掲載されたもの。

  浮気性の夫が、妻の弱みを作る為に、他の男に変装して、夜遅く家に帰り、寝床に入るという事を繰り返す。 やがて、妻が、その男に思いを寄せるようになると、今度は、逆に、嫉妬心が芽生え・・・、という話。

  無理がありますねえ。 寝惚けている妻に、付け髭に触らせて、別人ではないかと思わせるというのですが、最初の一回で、バレて、騒ぎになると思うのですがねえ。 


【火縄銃】 約9ページ
  1915年(大正4年)、早稲田大学在学中に執筆されたもの。

  地方の山麓にあるホテル。 狩猟に来ていた義理の兄弟の内、兄の方が、部屋の中で、火縄銃で撃たれて、死ぬ。 弟の銃だった上に、足跡も疑わしかったので、弟が嫌疑を受ける。 兄に招かれて、訪ねて来ていた友人二人の内、探偵好きの方が、火縄銃の近くに置かれていた丸いガラス瓶に着目し、謎を解く話。

  習作として書いたものを、有名になってから、発表したとの事。 習作というには、レベルが高くて、この一冊に収められている20作の中でも、トップ5に入る面白さです。 謎は、すぐに分かってしまいますが、作品全体の密度が濃いので、謎の単純さが、あまり目立たないのです。



≪江戸川乱歩全集② 人間椅子≫

江戸川乱歩全集 第二巻
講談社 1979年3月20日/初版
江戸川乱歩 著

  沼津市立図書館にあった本。 ハード・カバー全集の一冊。 箱やカバーがあったものと思いますが、外されて、ビニール・コートされています。 第二巻は、まだ初期の、中短編集。 二段組みで、中編2、短編11の、計13作を収録。


【人間椅子】 約16ページ
  1925年(大正14年)10月に、「苦楽」に掲載されたもの。

  ある女性作家のもとへ、全く面識のない椅子職人から、手紙が届く。 彼が作った特殊な椅子の事と、その使用体験記が、克明に書かれていた。 あまりの恐ろしい内容に、泡を吹くほど、驚倒し、怖気を振るい、総毛立つ話。

  これは、ネタバレさせません。 超がつくほどの、傑作。 これこそ、江戸川さんならでは書けない作品です。 変態趣味と、怪奇趣味が、見事に融合しており、しかも、ラストのどんでん返しが、不自然でなく、バッチリ決まっています。 他の作品のどんでん返しは、単なる蛇足ですが、この作品のそれは、変態の世界から、常識の世界に読者を引き戻す為に必要なもので、しかも、面白いのです。

  いいーや、こんな御託はいいから、自分で、読むべきですな。 分量的に、どんな人でも、20分もあれば、読み終わりますから、これを読まないで死ぬのは、人生の損失というものです。 せっかく、文字を習った甲斐がない。


【疑惑】 約20ページ
  1925年(大正14年)8月から、9月まで、「写真報知」に、3回連載されたもの。

  暴力を振るう父親に苦しめられている家族。 ある時、父親が、庭で、頭を割られた死体で発見される。 語り手である次男、母親、長男、長女の四人が、互いに、家族の誰かが犯人ではないかと疑い、一方で、庇う為の工作をしたりする。 確かに、犯人は家族の中にいたが、最もそれらしくない人物だった、という話。

  フロイトの精神分析学を取り入れた作品。 学説を、消化せずに、生硬なまま、語り手に語らせてしまっていて、どうにも、感心しません。  学説を紹介する為に書いたような作品なので、小説としては、ちっとも面白くありません。

  無意識的に、殺人の仕掛けを設置していたというのですが、警察へ行って、それを精神分析学的に説明しても、まともに取り合ってもらえないでしょう。 謀殺と、過失致死では、量刑が大違いなので、つまらない言い訳をしない方が、利口でしょうな。


【接吻】 約10ページ
  1925年(大正14年)12月に、「映画と探偵」に掲載されたもの。

  新婚の妻が、媒酌人になった、自分の上司に思いを寄せていると疑った夫が、証拠の写真を押さえた上で、上司に辞表を叩きつけてしまうが、実は・・・、という話。

  短いですが、一応、本格物。 鏡に写った逆像が、モチーフですが、時計は関係ありません。 さすがに、子供騙しっぽいと思ったのか、ラストで、「もしかしたら、他の解釈もできるかも知れない」と付け加えていますが、蛇足的言い訳ですな。

  そんな言い訳を付け足すより、この後、上司に謝って、辞表を取り戻したというフォローを付けておいた方が、読者が安心できて、良かったと思います。


【湖畔亭事件】 約66ページ
  1926年(大正15年)1月から、3月まで、「サンデー毎日」に連載されたもの。

  レンズと鏡を組み合わせて、潜望鏡のようなカラクリを作るのを趣味にしていた男が、湖畔にある旅館に長期滞在し、自分の部屋から、大浴場の脱衣所まで、その装置を取り付けて、覗きを楽しんでいた。 ところが、ある時、殺人の様子を見てしまう。 現場を見に行くと、血痕があり、宿の者に報せたところ、芸者が一人行方不明になっている事が分かる。 警察が、大きなトランクを持って逃げた二人組を追っている間に、語り手と、その知人の素人探偵が、警察が知らない情報を頼りに、捜査を進める話。

  本格物特有の緊張感があり、ラストを除けば、大変、面白いです。 語り手がいるから、その人物の主観が入るわけですが、それでいて、客観描写のように感じさせる書き方には、江戸川さんの特技的な才能を感じます。 淡々と、事実が積みあがっていくところが、実に、ゾクゾクする。

  まず、警察が達した結論があり、次に、素人探偵が告白した、事件の真相があり、そこまではいいのですが、最後に、語り手が想像した、「実は、あの告白は、嘘だったのではないか」という疑念が提示されて終わります。 それが良くない。 そういう放り出し方をされると、読者の胸に、もやもやした感じが残ってしまうのです。 ちゃんと、真相を決めてくれなくては。 「どれが真相か、分からない」という終わり方に対し、「余韻が残る」といった評価をする場合がありますが、はっきりしないのは、余韻とは言わないでしょうに。


【踊る一寸法師】 約10ページ
  1926年(大正15年)1月に、「新青年」に掲載されたもの。

  興行の成功を祝って、テントの中で、宴会を開いていたサーカス一座。 仲間から苛められていた小柄体型の男が、飲めない酒を無理に飲まされ、堪忍袋のを緒を切って、残忍な復讐を始める話。

  トリックも、謎もなし。 喧嘩の推移を描いただけ。 露悪的ではあるものの、カタストロフィーが入っており、幻想小説的な雰囲気があります。


【毒草】 約8ページ
  1926年(大正15年)1月に、「探偵文芸」に掲載されたもの。

  亭主の収入が少ないのに、子供ばかり生まれて、苦しい生活を強いられていたおかみさんが、堕胎効果がある野草について語り合っていた、青年達の話を、興味津々で聞いていて・・・、という話。

  青年の一人が語り手で、まずい話を聞かれてしまったと、後ろめたい気持ちになったというのが、読ませどころ。 ミステリーではなく、一般小説ですな。


【覆面の舞踏者】 約16ページ
  1926年(大正15年)1・2月に、「婦人の国」に分載されたもの。

  猟奇趣味の人達が集まる会員制のクラブで、割と最近、新会員になった男が、新趣向の仮面舞踏会で、引き合わされた女性と、酒に酔って、一夜を共にしたが、実は、渡された番号を間違えていて・・・、という話。

  大した話ではないから、ネタバレさせてしまいますと、本当なら、その本人の妻と引き合わされるはずが、間違えて、会に紹介してくれた友人の妻とペアになってしまったという展開です。 本人の意思と無関係に、姦通してしまったわけで、不穏当極まりない。 オチがオチになっておらず、嫌な気分ばかり残ります。


【闇に蠢く】 約88ページ
  1926年(大正15年)1月から、11月まで、「苦楽」に、9回連載されたもの。

  変態趣味がある画家が、モデルの女に惚れて、同棲を始めたが、やがて、誰かに追われている風の女に促されるままに、家を引き払って、山の中にある温泉宿へ向かった。 ところが、そこで、女が姿を消してしまう。 画家と、その友人、そして、女を追って来た元亭主の三人が、温泉宿の秘密を探ろうとして、地下の洞窟に閉じ込められ、飢餓状態になって、人の道を踏み外していく話。

  以下、ネタバレ、あり。

  洞窟に閉じ込められるまでは、サスペンス風なのですが、飢餓状態になってからは、趣きが変わり、人肉食をモチーフにした、露悪趣味に堕ちてしまいます。 堕ちるというと、誤解を生みそうですが、江戸川さんは、進んで、その畜生道を描きたかったわけですな。

  88ページですが、2段組みなので、文庫にすれば、100ページを超えるはず。 長編に入れるならば、おそらく、江戸川さんの、最初の長編だと思いますが、こういう趣向で、長編デビューというのは、変態趣味作家の面目躍如と言うべきか。 凄まじいと言えば凄まじいですが、それ以前に、外道という感じが強いです。


【灰神楽】 約16ページ
  1926年(大正15年)3月に、「大衆文芸」に掲載されたもの。

  ある男が、訪ねて行った友人の家で、言い争いになり、そこにあった拳銃で、友人を撃ち殺してしまった。 たまたまその直後に、友人の弟が、庭へ野球のボールを拾いに来た事を利用して、事故に見せかけようとするが・・、という話。

  「灰神楽」というのは、火鉢に、水や湯を零すと、灰が舞い上がって、もうもうとする、あの現象の事。 しかし、今では、説明されないと分かりませんな。 昭和の中頃生まれの私の年齢でも、物心ついた時には、もう、電気炬燵や石油ストーブの時代になっており、火鉢の現物は見た事があるものの、灰神楽は知りませんでした。

  本格物ですが、最初から犯人が分かっている倒叙形式なので、さほど、ゾクゾク感はありません。 バレ方が、唐突過ぎ。 犯人のミスについて、読者に情報が与えられていないので、「もしや、こうでは?」という推理を働かせられないのです。 とはいえ、枚数指定で注文された作品だとしたら、うまく纏めたものだと思います。


【火星の運河】 約8ページ
  1926年(大正15年)4月に、「新青年」に掲載されたもの。

  梗概の書きようがありません。 散文詩。 自然の中を彷徨う、夢で見たイメージを、書き連ねた物。 「火星の運河」というのは、当時、流行っていた言葉。 火星の表面を、望遠鏡で観察したら、運河のような筋が見えるというので、文明を持った火星人がいるのではないかと推測されていたという、アレですな。 この作品にも、火星の運河みたいに見える物が出て来るのですが、大した意味はありません。


【モノグラム】 約12ページ
  1926年(大正15年)7月に、「新小説」に掲載されたもの。

  学生時代、ある女性に片思いしていた男が、大人になってから、その女性の弟と偶然出会い、すでに亡くなったその女性の形見の品の中に、男の写真が入っていたと知らされる。 さては、片思いではなく、互いに思いを言い出せなかった、両思いであったのか、と嬉しくなったが、実は・・・、という話。

  本体部分だけなら、ありふれた青春物恋愛譚なのですが、オチがついていまして、そのせいで、淡いロマンスの雰囲気が、凄まじい勢いで、吹き飛びます。 だけど、そのお陰で、面白い作品になっています。 男子の間では、学校一の美人で、気高い才媛と言われていた女性が、実は、悪い癖があり、女子の間では、それが知れ渡っていたというのが、妙に、リアル。

  「モノグラム」というのは、文字を組み合わせて図案化したものの事。 ローマ字の頭文字が、謎を構成するモチーフの一つになっているから、こういうタイトルにしたのでしょう。 意味が分かるような、分からないような言葉である点は、当時も今も、変わっていないと思います。


【お勢登場】 約14ページ
  1926年(大正15年)7月に、「大衆文芸」に掲載されたもの。

  女房が若い男に会いに出かけている間に、肺病病みの亭主が、子供達とかくれんぼをする事になり、長持の中に隠れたところ、見つけられないまま、諦めた子供達が外へ遊びに行ってしまった。 自分で出ようとしたら、鉤が嵌まってしまっていて、蓋が開かない。 その内、女房が帰ってきて、長持の中に亭主がいる事に気づいたが・・・、という話。

  解題によると、当初、シリーズ作にして、お勢(おせい)という悪女の犯罪遍歴を書こうとしていたのが、第一作だけで終わってしまったとの事。 だから、「お勢登場」というタイトルなわけだ。 つまり、中途放棄された未完作でして、長持に閉じ込められた男の、苦しみ恨みを、これでもかというくらい、しつこく描写してあるものの、面白いというところまで行きません。


【人でなしの恋】 約16ページ
  1926年(大正15年)10月に、「サンデー毎日」に掲載されたもの。

  資産家の息子に嫁入りした女が、夜な夜な、亭主が蔵の二階で、他の女と睦言を交わしている事を察知したが、その女が、どこからやって来て、どこへ姿を消しているのかが分からない。 やがて、その正体が分かるが・・・、という話。

  大した話じゃないんですが、印象に残ります。 「人でなし」というのは、「人柄が悪い」という意味ではなく、「人間ではない」という事。

  私、この話を、前に読んだ事がありまして、てっきり、永井荷風さんの作品だと思い込んでいたんですが、江戸川さんのだったんですな。 家には、収録されている本がなく、図書館で借りた覚えもなく、いつ、どの本で読んだのか、さっぱり分かりませんが、話の内容は、ほぼ全て、記憶していました。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2019年の、

≪江戸川乱歩全集⑦ 吸血鬼≫が、10月22日から、31日。
≪江戸川乱歩全集⑧ 妖虫≫が、11月2日から、12日まで。
≪江戸川乱歩全集① 屋根裏の散歩者≫が、11月13日から、21日。
≪江戸川乱歩全集② 人間椅子≫が、11月22日から、28日にかけて。

  前にも書いたような気がしますが、短編集は、読む分には、気楽でいいのですが、感想を書くのが大変で、その点、読む前から、気が重いです。 一つ一つ、データや梗概を書いて行かねばならず、収録作品が、10を超えると、苦行でもしているような気分になって来ます。

  感想本体の手間は、長編でも、短編でも、そんなに変わりはしません。 長編の時は、あまり、段落が少ないのも失礼だから、少し重箱の隅をつついて、水増ししているだけです。 「感想」と「批評」は、どこが違うかというと、感想の方が、テキトーである点が一番大きな違い。 批評には、客観的理論が必要ですが、感想には、そんなものは要りません。

2020/07/05

バイク関連品 ③

  前回の続き。 緊急事態宣言が静岡県に出ていた、約一ヵ月間、プチ・ツーリングを中断し、バイクを眠らせてあったのですが、その間に行なった、バイク関連用品の手入れなどについて、紹介します。 なに、大した内容ではないです。




【バイク冬装備をしまう 上着 / グローブ】

≪写真上≫
  冬場、プチ・ツーリングに使っていた、グローブ。 本革製品。 1993年の秋、中型二輪免許を取った時に、近所のホーム・センターで買ったもの。 本革だから、5000円もしたのですが、当時、今よりも充実していたバイク用品コーナーで、厚手のビニール・パッケージに入って、吊るしで売られていました。 「BEST GRIP」という会社、今でもあるのですが、ホーム・ページを調べたら、作業用手袋しか作っていない模様。

  このグローブ、通勤時代は、ほとんど使いませんでした。 夏場は、薄手の作業用合成皮革手袋を使い、冬場は、スキー・グローブをしていたから、出番がなかったのです。 冬の早朝や深夜は、本革では、手がかじかんでしまって、耐えられませんでした。 今やっているプチ・ツーリングは、冬でも、午下がりの気温が高い時間帯にしか出かけないので、本革でも、充分です。

  ちなみに、黒の本革手袋は、色落ちするので、洗えません。 洗濯機に入れると、際限なく、水が黒くなります。 そういや、これを洗った90年代中頃、うちの洗濯機は、まだ、二槽式でした。 妙な記憶で、懐かしさを感じる・・・。

≪写真下≫
  冬用上着。 これは、グローブより、もっと古いです。 1988年の1月に、半月間、胆石の手術で入院したのですが、その間に、「退院する時に、着る物がないだろうから」と言って、母が買って来たブルゾン2着の内の1着なのです。 韓国製。 値段は不明。 当時、母は、値段を見ずに物を買う人だったので、かなり高かった可能性あり。

  専門学校時代、車通勤時代、電車・バス通勤時代にも、ずっと着ていました。 表地の裏に、不織布が貼ってあり、防風機能があるので、バイク通勤を始めてからも、これを着ていました。 着なかったのは、2016年9月にセロー225WEを売ってからの、3年間くらいです。

  見ての通り、だいぶ、くたびれていますが、防風性能は健在でして、あと、10年くらいは着れそうです。 肩の色褪せくらいは、気にしません。 どうせ、冬場に、バイク乗りの服装をしげしげ見る人など、いませんから。 「この寒いのに、よく乗るなあ」と、眉を顰めるだけ。 欲を言えば、裾のゴムを換えたいところですが、ほぐし方が分からないので、下手に手を出せません。 まあ、冬は、着膨れするから、ゴムが伸びていても、目立ちませんけど。



【バイク冬装備をしまう ヘルメット】

  4月21日から、23日にかけて、冬用のヘルメット、「アライ アストロe(1996年)」を洗って、しまいました。 新型肺炎の緊急事態宣言が、静岡県にも出て、プチ・ツーリングを打ち切ったせいで、予定より早く、しまう事になりました。

≪写真1左≫
  内装は外して洗いました。 これは、一番大きな部品。 買ってから、24年も経って、強か劣化が進んでおり、スポンジが切れていました。 Gクリヤーで、接着。 意外なようですが、スポンジは、G17系のボンドで、しっかり、接着する事ができます。

≪写真1右≫
  ノーズ・ディフレクター。 外せるようになっていますが、そもそも、汚れるような部品ではないです。

≪写真2左≫
  頬当ての芯部分。 スポンジが黒くなっていたので、漂白剤に浸けましたが、この程度にしか綺麗になりませんでした。 漂白する前は、もっと黒かったのです。

≪写真2右≫
  芯にカバーを着けた様子。 布地が撚れていますが、経年劣化とは関係なく、元から、ピッタリ合う事はなかったです。

≪写真3左≫
  組み直しました。 メット本体の方は、埃を取り、濡れタオルで拭いただけ。 直接、肌に当たらない所は、必ず、水洗いしなければならないわけではないです。 ヘルメットに限らず、一般論として、洗えば洗うほど、傷みが早くなります。 「Arai」マークが、ズレているように見えますが、遠近感で、そう見えるだけです。

≪写真3右≫
  後ろから。 塗り直した割には、綺麗です。 「Astro e」の文字は、掻き落としてしまったのですが、あまり、違和感がありません。 使わない間は、元箱に入れて、自室の押入れにしまっています。



【冬用グローブの修繕】

≪写真上≫
  バイクの冬用グローブですが、左手親指の腹に穴が開いていたのを、合成皮革を切って、当て革にし、革用ボンドで貼り付けました。 5月5日の事。 とっくにやるつもりでいたんですが、グローブを、一度、しまってしまったので、忘れていたのです。

≪写真中左≫
  穴。 何かを刺したのではなく、擦り切れて、薄くなった中心部に穴が開いたのだと思います。 大して使っていないと思っていたのですが、さすがに、27年も経つと、こうなるのか。 これは、裏返した状態です。

≪写真中右≫
  革用ボンド。 2013・14年の北海道応援の時に、仕事で使っていた作業用革手袋を長持ちさせる為、苫小牧のダイソーで買ったもの。 革の接着なんて、あまりしないから、まだ残っています。

  左側の黒い丸は、合成皮革を丸く切った、当て革です。 2012年、セロー225WEのシート張り替えをした時に買った、黒い合成皮革の余りが、まだ、残っているのです。

≪写真下左≫
  革用ボンドで、貼り付けました。 使い方は、両方に塗って、15分乾かし、貼り付けるというパターン。

≪写真下右≫
  表に返しました。 革が劣化しているせいで、裏より表の方が、汚いです。 穴が開いたと言っても、穴の部分が消えてなくなってしまったわけではなく、切れ目が入って捲れていただけだった事が分かりました。 これで、10年くらいはもつでしょう。 つまり、私がバイクを完全にやめるまで、もつだろうというわけです。

  それにしても、四半世紀も死蔵していた、この革手袋を、この歳になって使う事になるとは、想像できませんでした。 途中で捨てなかったのは、値段が高かったからでしょうな。 このグローブと同じ時に買った、グローブ・カバーや、ブーツ・カバーは、とっくに捨ててしまいましたけど。

  グローブ・カバーや、ブーツ・カバーは、雨の時に上から被せるものですが、あんなの、使い物になりません。 特に、グローブ・カバーの方は、突っ張って、スロットルやレバー操作に支障を来たし、危険です。 親指と、それ以外4本指の、二股になっているだけのものは、尚更、危険。

  ブーツ・カバーは、そもそも、サイズが合っていなければ、靴やブーツを覆えません。 ホーム・センターで、テキトーなサイズのが一種類だけ置いてあるのを、一か八かで買うなど、無謀もいいところ。 通勤に使う場合、勤め先に着いて、カバーを外した後、濡れているのを、どこに置くかが、また問題になります。 バイクに置いておけば、盗まれたり、濡れたりしますし、着けたまま、歩行すれば、いとも容易に、破れてしまいます。 雨の日の通勤は、長靴を履いてしまった方が、遥かに実用的です。



【SZ-αⅢ補修】

≪写真左≫
  緊急事態宣言が解除されたら、プチ・ツーリングを再開するつもりで、5月18日に、春秋用のシールド付きジェット・ヘル、「アライ SZ-αⅢ(2005年)」を押入れから出しました。

≪写真右≫
  ついでに、かなり前に落下させて、塗装が剥がれていた部分を、補修。 アルミナ・グレーは手に入らないので、手もちの、チャコール・グレーの塗料を、筆で塗りました。 分かり難いですが、映り込んでいる二つの窓の間に、ちょぼちょぼと灰色に見える部分がそれです。 そこが、前には、白くなっていたのです。

  同系色ですから、距離が離れると、ほとんど、分からなくなります。 もうちょっと濃い灰色を塗れば、もっと分からなくなると思いますが、色を配合するのが面倒だから、やりません。




  以上です。 今回で、夏冬装備を一通り、紹介し終わりました。 バイク生活復活計画に於いては、極力、新しい物を買わないように心がけていたので、服やグローブなど、使えるものは、昔のを利用しています。

  これから、バイクを始めるという人の場合、免許取得費用や、バイク本体とヘルメットの代金を別にして、その他の関連用品を揃えるのに、やはり、2・3万円くらいはかかりますかね。 アドバイスに及ばないのは、金持ちの人で、そういう人は、好きな物を、いくらでも買えば宜しい。

  安く上げたいという人の場合、どうしても必要なのは、冬用の上着です。 防風になっていれば、何でも良いのですが、裾が詰まっていないウインド・ブレーカーだと、スポーツ・バイクに似合わないので、やはり、ジャンパー・タイプの方がいいと思います。 もしくは、上着にベルトがついていて、ウエストで絞められるようになっているタイプとか。

  サイズは、少し大きめのを買っておいて、寒い時には、中に重ね着できるようにしておいた方がいいです。 上着の上に、ダウン・ジャケットやドカ・ジャンなどを着ると、上着の意味がなくなってしまいますから。 寒さというのは、耐えられないものでして、「カッコ優先で、重ね着そのものをしない」という選択肢はありません。 そういう事をしようとすると、冬にバイクに乗る事自体を、避けるようになってしまいます。

  上着の色は、特に好みがないのなら、黒、もしくは、暗い色にしておいた方が、汚れが目立たないから、無難。 明るい色は、着ている内に、黒ずんでくるので、短期間で買い替えざるを得なくなります。 気にせずに、着続ける人もいますが、傍から見ると、大変、汚らしいです。 本人は、「安いものじゃないから、簡単に買い替えられない」と思っているわけですが、他人にしてみれば、そんな事情は知った事ではないのであって、通路が狭い店などに、汚れた上着を着たバイク乗りが入って来ると、接触しないように、逃げて行きます。

  そういえば、世の中には、ライダー専門の、喫茶店や、軽食店が存在しますが、なぜ、そういう店が必要になるのかというと、「バイク愛好者の集いの場にしたいから」というのは、表向きの理由に過ぎず、本当は、「一般人用の店に、バイク乗りが、煤けた格好で入って行くと、店の人や、他の客から嫌がられるから、その逃げ場にしよう」というのでしょう。

  通勤者の場合、雨の日は、合羽を着ます。 ゴアは高いですが、透湿繊維のなら、3・4千円で売っています。 性能は、似たようなもの。 上着そのものが、ゴア製で、防水になっていても、合羽を着ないというのは、やめた方がいいです。 雨に濡れると、汚れ方が、晴れた日だけの比ではないので、高い上着を、あれよあれよという間に、ボロボロにしてしまいます。

  寒さを避ける為に、バイクの方に、防風シールドを付ける人もいます。 広い世の中には、特別、寒さに弱い人もいますし、本人が、それでいいというのなら、敢えて、批判はしませんが、「あまり、カッコいいもんじゃないな」と思う人は、まず、ヘルメットをフルフェイスにしたり、上着をいいものにしたり、そちらに、お金をかけた方がいいと思います。

  カブなど、ビジネス・バイクに防風シールドが付いていても、自然ですが、スポーツ・バイクに付いていると、その人の勝手であると分かっていても、ガッカリしてしまうところがありますねえ。 アメリカン・タイプのバイクなら、まだ、違和感が少ないですが、ヨーロピアン・タイプには、全く似合いません。 ちなみに、カウルというのは、レーサー並みに、上体を伏せて乗らないと、防風効果は期待できないようです。

  ハンドルに付けて、手元を覆うカバーというのもありますが、やはり、スポーツ・バイクには似合いません。 スキー・グローブを買った方がいいです。 インナーとアウターが別れている本格的なタイプではなく、一体式の安い物の方が、お薦め。 脱着が楽だからです。 シーズン前に、ホーム・センターに行けば、千円ちょっとくらいで、売っています。

  だけど、通勤者で、冬にスキー・グローブを使う場合、雨の日が困るんですよ。 中綿を濡らすと、乾かすのが大変です。 私は、小雨の時は、スキー・グローブ、普通以上の雨の時は、イボつき軍手を使っていましたが、手が冷たかったです。 まあ、冬の雨の日は、むしろ、気温は高いから、耐えられない程ではなかったですが。


  冬用の上着以外で、バイク用品でないと困るというのは、ブーツですかね。 これも、もちろん、冬に履きます。 特に、通勤で、早朝や夜間に乗る人は、靴では、足首が寒くなって、とても、もちません。 休みの日に趣味で乗るだけなら、今の私のように、靴と厚手靴下だけでも、何とかなりますけど。

  ブーツは高いなあ。 一番安くても、15000円くらいするのでは?  ハーフ丈のもありますが、どうせ買うなら、長いのを買っておいた方が、靴下やズボンを、普通の物で済ませられるから、トータルで見ると、出費が少ないです。 通勤者の場合、夏は、普通の靴、冬は、ブーツ、雨の日は、季節に関係なく、長靴というのが、一番、合理的な選択でしょうか。

  長靴は、あまり、安過ぎると、シフト・レバーに当たる所に穴が開いて、すぐに使えなくなる場合があります。 その長靴が悪いのではなく、ブーツ代わりにできる長靴ではなかったというだけの話。  穴が開かない長靴もあるので、それを探すべし。 漁師や釣り人などが使う、特に長い長靴は、穴が開くような事はないと思いますが、長いだけに、脱着に手間取りそうですな。 また、いくら丈夫そうでも、シフトがし難いほど硬いのでは、使い物になりません。

  長靴を、「ダサい」と言って嫌い、雨の日ごとに、靴を濡らして、ロッカーや休憩所で、靴下を穿き替えている人もいますが、間違いなく、周囲から、嫌がられていると思うので、早く考えを改めるべきでしょう。 濡れた靴下を絞って、ハネを上げているのを、不快に思わない他人はいないと思いますよ。 バイク通勤なのに、雨対策を取れないのは、ただの馬鹿です。

  「リュックを背負ってから、合羽を着ると、背中が膨らんで、ダサい」と言って、合羽を着てから、リュックを背負う人がいますが、リュックが濡れるのが分かっていて、なぜ、そんな事をするのか、不思議でなりません。 リュックにカバーをかける人もいますが、濡れる物が増えるだけです。 また、肩帯の部分で、合羽を圧迫すると、そこから、浸水して来ます。 外に背負っていい事は、何もないです。 雨の日に、バイクでカッコをつけられると思う、その発想からして、すでに間違っている。


  上着とブーツ以外は、特に、バイク用品でなくても、一般衣料で、代用が利きます。 春秋物の、薄手のジャンパーが一着あると、何かと便利。 真夏でも、着れますから。 夏物は、頻繁な洗濯が可能なので、色は、何でもOKです。 街乗りや、プチ・ツーリングなら、半袖シャツで出かけられない事もないですが、危険である事を強く認識して、安全運転に努める必要があります。 もっとも、転倒した場合、長袖でも、擦過傷は、防げませんけど。 服は何でもないのに、脱いだら、ざっくり擦り剥けていたというのは、よくある話。


  こういう事は、経験しないと、正解に辿り着かないものでして、バイクを始める前に、完璧な準備というのは、よほど、気が回る人でも、なかなか、できないものです。 とりあえず、乗り始めて、その後バイクに乗るのが億劫に感じられたら、何かが障碍になっているわけですから、それを解消して行く、という手順を踏むのがいいと思います。

  「バイクというのは、そうまでして、乗らなければいけないものなのか?」と言われたら、「そんな事はない」と答えざるを得ないわけですが、これらは、あくまで、「乗りたい」とか、「乗る必要がある」という人向けのアドバイスです。