2018/02/25

読書感想文・蔵出し (33)

  読書感想文です。

  私の近況を書いておきますと、冬で寒いので、これといって、記録に残すような事はしていません。 毎日、朝食の仕度をし、昼食・夕食の後、食器を洗い、外掃除と、植木・盆栽への水やりをし、近所の山へ、運動登山に行く。 週に一度、自室と二階を掃除し、亀の水換えをする。 十日に一度、車で買い出しに行き、母が病院に行く時には、車で送迎する。 車を使う前には、埃取りとガラス拭きをする。 月に一度、二階のトイレを掃除する。

  あとは、読書。 今は、沼津図書館から借りてきた、ドロシー・セイヤーズの≪箱の中の書類≫を読んでいます。 テレビは、2時間サスペンスと、旅番組を見るだけ。 冬季オリンピックをやっていますが、開会式を見ただけで、競技は見ていません。




≪タイムマシンをつくろう!≫

草思社 2003年6月初版 2003年7月4版
ポール・デイヴィス 著
林一 訳

  180ページくらいの、ハード・カバーの単行本。 著者は、イギリス人の理論物理学者。 1946年生まれで、2017年現在も存命している模様。 物理学の時間論の世界では、有名な人らしいのですが、ネットで調べても、名前が出て来ません。 英語サイトなら、引っ掛かります。

  この本は、ページを開いてすぐに、ど素人向けに、思い切り掻い摘んで、分かり易い解説をした内容である事が分かります。 ところが、それでも、実際のタイムマシン製作の件りになると、著者が言いたい事を捉え切れなくなってしまいます。 私は、泥ベタの文系というわけではないのですが、「少々、技術に興味がある」程度の人間では、理解しきれないわけですな。

  まず、アインシュタインの相対性理論により、「時間」というものが、どこでも同じように進むものではない事が分かったというところから説き起こし、早い速度で移動すれば、未来に行ける事を説明します。 しかし、未来へ行くというのは、長期間、眠ったままの人でも、同じ事ができるわけで、さして、エキサイティングな事ではないような気がします。 そもそも、その方法では、戻って来れません。

  次に、過去へ行く為に、「ワームホール」という特殊な物理現象に着目し、それを人工的に作る方法が解説されます。 この部分が、この本の肝ですな。 読んでいると、いくつか解決すべき問題があるものの、もうちょっと科学技術が進歩すれば、できない事はないという感じにさせられます。 しかし、そこが、理論物理学の眉唾なところでして、見て来たような講釈師的な、いい加減さを感じないでもないです。

  ちなみに、ワームホールを使ったタイムマシンが完成したとしても、完成以前の過去には行けないとの事。 たとえば、完成してから、100年後から出発するとしたら、完成時点までの、過去100年の間なら、戻れるというわけです。 しかも、パラドックスの問題が解決されておらず、「過去を変えてしまうような行動は、不可能なのではないか」と、考えられているそうです。 どんどん、夢が覚めていく感あり。



≪植物のたどってきた道≫

NHKブックス 819
日本放送出版協会 1998年初版
西田治文 著

  宇宙論の本にうんざりしていた頃、たまたま、BSの放送大学で、「生物の進化と多様化の科学」という講義を見て、植物進化史に興味が湧き、手っ取り早く、知識欲を満たそうと、図書館で借りてきた本が、これです。 ところが、読み始めたら、なかなか、ページが進みません。 12月5日に借りて来て、10日間くらいは、30ページも行かないまま、うっちゃらかし。 返却期限が近づいたので、気合を入れて読み、期限日の午前中に、ようやく、読み終えました。

  宇宙論の本のように、内容が理解できないから、読み難かったわけではなく、絶滅種の名前が、耳慣れないカタカナばかりで、頭に入ってこなかったのが、抵抗になっていたのではないかと思います。 この本をスイスイ読めるのは、ある程度、植物学の知識がある人だと思いますが、内容そのものは、一般読者向けに、植物系統学を紹介する目的で書いてあるように見受けられ、矛盾を感じます。 ドカドカ出て来る初耳の植物名を、この本一冊読む間に、全て頭に入れられる一般人がいるとは、到底、思えません。

  植物系統学の本ですが、この本自体は、系統に従って書かれているわけではなく、読者が興味を抱きそうな部分、食いつきが良さそうな部分だけを、摘まんで紹介する形になっています。 そのお陰で、初耳名前の抵抗さえなければ、読み物として、面白いです。 もし、系統に従って書いて行ったら、教科書・参考書みたいな、ギスギスした本になってしまうでしょう。

  私が、放送大学の方で食いついたのは、絶滅した古代植物の内、巨大化したシダ植物なのですが、この本にも、多く出て来ます。 現在では、草本サイズの植物が、数十メートルの高さまで育ち、森林を形成していたというのが、何とも言えず、ロマンに溢れています。 現在でも、シダ植物で、ヘゴ科という、20メートルくらいに育つ種類があるそうですが、一度、現物を見てみたいもの。

  植物系統学の学者について、著者との交流がある人達の略歴が、ちょこちょこと記されていて、その部分は、人間臭くて、面白いです。 文系の人は、そこだけに、興味を覚えるのでは? それにしても、植物系統学というのは、科学の分野としては、随分と狭い世界のようですな。 相手にしているのが、ほとんど、化石で、現実社会の役に立たないから、研究費を出す大学も少なく、学者が増えないのかも知れません。



≪僧正殺人事件≫

世界推理小説大系 17 所収
東都書房 1963年初版
ヴァン・ダイン 著
平井呈一 訳

  沼津の図書館で借りて来た本で、名作を収めた推理小説全集の一冊。 1963年というと、私より年上でして、「よくもまあ、こんな状態の本を、まだ貸しているものだ」としげしげ眺めてしまうほど、ボロボロです。 しかし、沼津の図書館にあるヴァン・ダイン作品は、この一冊きりだというから、是非もなく、借りて来ました。 調べたら、三島図書館には、ずっと新しいのが、全作品揃っているらしく、もし、もっと読みたくなったら、次は、そちらへ行きます。

  この本には、≪僧正殺人事件≫と、≪グリーン家殺人事件≫の二作が収録されています。 ヴァン・ダインという人は、長編推理小説を12編書いていて、順序的には、≪グリーン家殺人事件≫が1928年で、3番目、≪僧正殺人事件≫が、1929年で、4番目に当たります。 ところが、この本では、≪僧正≫の方が前に載せてあって、順序通りではありません。 どうやら、≪僧正≫の方が、作者の代表作とされているから、そうしたようなのですが、私の場合、発表順を知らないまま、≪僧正≫から読んでしまい、後で、臍を噛みました。 できれば、発表順で読みたかった。


  ニューヨークの高層住宅街にある、ディラード教授邸の近辺で、教授と関連のある、数学者、物理学者、チェス研究家達が、マザー・グースの歌に見立てて、次々と殺される。 マーカム検事に助力を求められた素人探偵、ファイロ・ヴァンスが、教授邸に出入りしている人々に事情聴取して、犯人をつきとめる話。

  探偵役のファイロ・ヴァンスですが、実績がある名探偵という設定になっているものの、聞き込みばかりしていて、連続殺人を止められない有様で、長編に於ける金田一耕助と同様、見かけ倒しの無能探偵になっています。 辛うじて、最後の本命殺人だけは食い止めるから、全員殺されてから、犯人の特定と、謎解きしかしない金田一よりは、マシかも知れませんが、まあ、五十歩百歩ですなあ。

  ヴァン・ダインという人は、推理小説を書く際のルール、「ヴァン・ダインのニ十則」で有名なのですが、もう一つ、「連続殺人を止められない無能探偵を、名探偵に仕立ててはならない」という規則を付け加えるべきでしょう。 こんな探偵に、捜査を依頼する検事も検事で、警察を含めて、「どんだけ、捜査能力が低いんだ?」と、呆れざるを得ません。

  典型的な、フーダニット型の話で、トリックらしいトリックは使われておらず、「どう、殺したか」ではなく、「誰が、殺したか」なのですが、一連の殺人計画を思いつける知能を持つ人間が、6人しかいないのに、その中から、犯人を絞り込めないのですから、捜査関係者は、雁首揃えて、アホウ丸出し。 特に、ファイロ・ヴァンスは、益体もない知識をひけらかす、大変、鼻持ちならない性格なのですが、利口ぶっている分、滑稽さが際立ちます。

  容疑者達の職業柄、やたらと、物理学説や宇宙論などが出て来ますが、作者は、本業、美術評論家でして、そんな事に詳しいわけがありません。 当時、最先端だった科学知識を摘まみ食い的に盛り込んで、格好をつけようとしただけなのでしょう。 それが証拠に、それらの知識が、事件の中身と、全く関わっていません。 かすりもしない。 しまいには、性格学や心理学にこじつけて、犯人の動機を説明していますが、んじゃ、あれだけ並べた物理学説は、一体、何だったのかと、呆れ返ってしまいます。

  その心理分析も、取って付けたようで、それまで、犯人の心理なんか、ほとんど触れずに来たのに、いきなり、「この人は、こういう人だから、こういう動機で、犯行に及んだに違いない」と言うのです。 特殊な心理が動機というなら、それについて、前以て、書いておかなければ、フェアとは言えますまい。

  トリックがなくても、推理小説は成り立ちますが、謎は必須要素でして、話が謎めいていないのは、非常に、まずい。 この作品は、謎がある事はありますが、殺人がいくつも起こるせいで、謎の焦点が分かり難いです。 しかも、探偵が、聞き込みするしか能がなく、どこまで解明したかが分かり難いせいで、ちっとも、ゾクゾク感がありません。

  また、検事や警部が、ロール・プレイング・ゲームのキャラのように、探偵の後ろをついて歩くだけで、何の役回りも担っていないんだわ。 探偵と議論するのは、専ら、検事ですが、単に、議論の体裁を整える為に、探偵の言う事に反論させているだけなのは、明々白々。 そもそも、探偵の意見に、ケチばかりつけるのなら、最初から、捜査の依頼なんか、しなければいいのだわ。

  昔も今も、創作理論を発表したがる作家が、実際に面白い作品を書いた例は稀でして、この作者も、その一人なんじゃないかと思えてなりません。



≪グリーン家殺人事件≫

世界推理小説大系 17 所収
東都書房 1963年初版
ヴァン・ダイン 著
村上啓夫・田中潤司 訳

  推理小説全集の、≪僧正殺人事件≫と同じ本に入っていました。 その本では、≪僧正≫より後になっていたのですが、発表順では、こちらの方が、1年早く、1928年に出たとの事。 訳者が、二人というのは、どういう分担だったんですかね? 解説があるものの、その点には触れられていません。


  ニューヨークにある、名家の子孫達が住む屋敷に、賊が入り、最初は一人が死に、もう一人が負傷、次からは、一人ずつ、殺されて行く。 彼らには、遺産を受け継ぐ為の条件が課せられていて、長期間、屋敷を離れる事ができない。 当初、強盗の仕業と考えていた検察や警察に対し、素人探偵ファイロ・ヴァンスが疑念を抱き、捜査を進める話。

  以下、ネタバレ含みます。 なるべく、これから読む人の楽しみを損なわないように書きますけど。 えーと、屋敷に住んでいる一族が、使用人を除くと、6人いるのですが、1人残して、あとは、みんな死にます。 ≪僧正≫と同じというか、それ以上に、バッタバッタと殺されまくりで、「これは、推理小説のパロディーなのではないか?」と、思えて来ます。 誤解を恐れずに書けば、ある種の爽快感すら覚えますが、もしや、それが、ヴァン・ダイン作品の魅力になっているんでしょうか?

  探偵も無能なら、警察の警備も、何の役にも立たないのだから、笑ってしまいますな。 犯人のやり方が優れているというより、状況設定が非常識なのでして、内部犯行説が有力になった時点で、残った人間を、全員、収監してしまうのが、常識的な対応なんじゃないでしょうか。 それでは、推理小説にならないから、強引に、屋敷に住み続けなければならない理由をこじつけているのですが、こういうのって、アリなんですかねえ?

  ≪僧正≫と違っているのは、トリックが使われている事。 ただし、比較的、単純なもので、この作品だけに特徴的な工夫はありません。 屋敷の間取り図や、事件が起こった部屋の見取り図が出て来ますが、ほとんど、読者が推理するヒントにならないので、これは、読者を惑わす為の罠、もしくは、推理小説っぽさを演出する為の小道具と思われます。

  今のところ、二作読んだだけですが、ヴァン・ダインという人は、犯人が指名される時まで、誰が犯人なのか分からないように書く事に、大変なエネルギーを注いだように見えます。 関係者が、バタバタ殺されて、残り二人になっても、まだ、どちらか分からないのだから、巧みと言えば巧み、凄いといえば凄い。

  それにしても、ファイロ・ヴァンスは、無能ですなあ。 無能なのに、名探偵という事になっていて、作中では、検察・警察から一目も二目も置かれているのだから、奇妙な話もあったものです。 推理小説家が、大したネタを思いつかない時に、アホでも分かるような謎を、警察が解けずに、探偵だけが解く話にすれば、一応、物語として、格好がつくわけですが、読者は、アホではないわけで、それでは、単なる子供騙しになってしまいます。

  ファイロ・ヴァンスが解く謎は、結構、込み入っていて、彼自身は、決してアホではないのですが、それを無能探偵にしてしまっているのは、作者なんですな。 6人中、5人も殺されて、「事件を解決した」もないもんだ。 どうしても、連続殺人事件にしたいのなら、探偵を、旅行中の設定にしておいて、粗方、殺された後に、帰って来て、「なになに、どうしたって? 事件の経緯を最初から聞かせてくれ」と、話を聞いて、ちょこちょこっと捜査して、スイスイッと解決してしまう、そういう流れにするしかありますまい。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2017年の、

≪タイムマシンをつくろう!≫が、11月15日から、20日にかけて。
≪植物のたどってきた道≫が、12月5日から、17日。
≪僧正殺人事件≫が、12月19日から、12月23日。
≪グリーン家殺人事件≫は、12月24日から、26日。

  ちょこちょこと、日が飛んでいますが、実は、10月30日に、≪ブルー・バックス カオスから見た時間の矢≫と、≪時間の不思議 アルキメデスの目≫の二冊、11月23日に、≪宇宙の創成と進化≫と、計三冊を借りています。 それらには、一通り目を通したのですが、ほとんど、理解できず、感想の書きようがなかったので、書きませんでした。

  宇宙論や時間論など、物事の本質に関わるジャンルの本を読んでいると、何となく、カッコいいようなイメージがありますが、理解できないのでは、読書の喜びが感じられないわけで、意味がありません。 逆に、不様の極みです。

  「難しいから、素人には、分からない」というのなら、まだ、いいのですが、「学者の方も分かっていないから、分かるように伝えられないのではないか?」という疑念が拭い難く、特に、定説がなくて、相反する学説が同時に罷り通っているようなジャンルでは、「分かる、分からん」以前に、「信じる、信じない」をクリアせねばならず、学問というより、宗教になってしまいます。

  本を読まなくても、Eテレ、木曜夜10時から、≪モーガン・フリーマンの時空を超えて≫という番組をやっているので、それを何回か見てもらえば、この種のジャンルの、「いい加減さ」が分かります。 世界に名の知れた一流大学の、有名学者の学説であっても、そもそも、「信じない」のであれば、どんなに数学的な根拠があろうが、全て、戯言・寝言の類いと判別できません。 だって、理論だけで、証明できないんだもの。 だーから、宗教だって言うのよ。

2018/02/18

読書感想文・蔵出し (32)

  読書感想文です。 しばらく出さなかったので、4・5回分は溜まっています。 今回は、母の蔵書の内田康夫作品だけで、纏めます。 ちょうど、4作品しかなかった事でもあるし。 




≪倉敷殺人事件≫

光文社文庫
光文社 1988年初版 1992年27版
内田康夫 著

  母の蔵書です。 92年に買ったとすると、コンビニ・バイト時代ですな。 なるほど、コンビニに似合いそうな、明るい感じの装丁だ。 320ページくらいの長編推理小説です。 内田康夫さんというと、「浅見光彦シリーズ」の作者ですが、この作品は、別物で、「岡部警部シリーズ」の一作です。 岡部警部は、「信濃のコロンボ・シリーズ」で、警視庁の警部として、顔を出しますが、独立したシリーズもあったんですね。


  新宿の裏通りで、富山から来た初老の男が刺され、「タカハシのヤツ」という最後の一言を、通りかかった若い男女が聞く。 一方、倉敷のアイビー・スクエアでは、旅行に来ていた若い女性が、何者かに毒殺され、被害者から、「トモ君」と呼ばれていた男が、捜査対象になる。 警視庁の岡部警部と、岡山県警倉敷署の上田刑事が、それぞれの事件を調べて行く内に、二つの事件が、富山にある児童訓練施設を接点に結びついている事が明らかになり・・・、という話。

  夜9時半頃、眠る前に、少し読むつもりで読み始めたら、とまらなくなり、深夜1時過ぎまでかかって、320ページを一気読みしてしまいました。 これは、面白い。 麻薬的というより、覚醒剤的に、面白いです。 いや、私は、どちらの薬物とも、全く無縁で、あくまで、比喩的表現ですけど。

  どちらかと言うと、岡部警部より、上田刑事の方が、露出が多いですし、新宿の事件の発見者である、草西英(くさにしひかり)という若い女性も、上田刑事と同じくらい、頻繁に登場し、心理まで細かく描かれるので、中心人物は、決まっていません。 上田刑事は、発想が柔軟で、有能な刑事。 岡部警部は、洞察力が鋭い名探偵。 草西英は、二人に、重大なヒントを与える人物。 そんな役割分担になっています。

  上田刑事が、「トモ君」の正体を追ってに、富山まで捜査に出かけていき、成果を上げる件りが、前半のピークになっています。 後半は、犯人のアリバイ・トリックを崩すところが、クライマックスになります。 時間をごまかすトリックは、ありふれたものですが、誰が車を運転していたかが、新味のあるトリックで、ハッとさせられます。

  ダラダラと、こんな感想を書くより、読んでもらった方が早い。 そんな部類の作品ですな。 強いて、欠点を探すなら、新宿事件の発見者である草西英の家が、寺で、倉敷で殺された女性の葬儀が、その寺で行われたというのは、ちと、偶然が行き過ぎており、不自然です。 別に、そこまで、因縁を絡めなくても、問題なく、成り立つ話だと思うのですがね。



≪「信濃の国」殺人事件≫

講談社文庫
講談社 1994年初版
内田康夫 著

  母の蔵書です。 94年だから、コンビニ・バイト時代。 念の為、書いておきますが、90年代に、親戚のコンビニで、バイトしていたのは、母であって、私ではありません。 その頃の私は、もう、最も長くいた会社で勤め人をしていました。 母は、学校給食の調理師を若い頃からしていたのですが、終わりの頃に、市営老人ホームの調理師を数年やった後、定年を前倒しして退職し、年金受給年齢に達するまで、気心の知れた従姉の店で、バイトをしていたのです。

  この作品は、1985年に、徳間書店から単行本として刊行され、その後、1990年に、徳間文庫になっていたものが、1994年に、講談社文庫に入れられたそうです。 その間に、長野県内の道路事情が大幅に変わったらしく、作中の描写が、現実に合わなくなってしまったという説明が、あとがきで、述べられています。

  内田康夫さんといえば、「浅見光彦シリーズ」ですが、1985年は、ようやく、その第一作が発表された年で、浅見光彦の名前は、まだ世間に知られていませんでした。 火曜サスペンスで、水谷豊さん主演の、「浅見光彦ミステリー」が始まるのは、1987年です。 それ以前の、内田作品の探偵役は、警視庁の岡部警部や、長野県警の竹村岩男で、この作品は、その竹村岩男の方、「信濃のコロンボ・シリーズ」に含まれます。


  「絞殺された後、死体が遺棄される」という共通点がある殺人事件が、4件起こる。 最初の事件で容疑者にされてしまった新聞記者と、その新妻が、疑いを晴らす為に、事件の謎に取り組み、長野県歌「信濃の国」の歌詞の中に、4件の死体遺棄現場が含まれている事を発見する。 「信濃のコロンボ」の異名を持つ、竹村岩男警部が、彼らの発見をヒントに、捜査を進める話。

  面白いです。 冒頭、長野県歌や、戦後間もなく起こった「分県運動」の説明があり、更に、新聞記者の個人的事情が、しばらく続くので、とっつき難いのですが、第二の事件が起こる辺りまで進むと、急に進みが早くなり、読むのが停まらなくなります。 私は、この本のせいで、夜更かしが続き、二日連続で、寝坊しました。

  面白い。 面白いのは確かなんですが、物語として、よく出来ているかは、また、別の話でして、読み終わってから、振り返ってみると、バラバラ感が凄いです。 出だし、中心人物だった、新聞記者と、その新妻は、謎解きのヒントを竹村警部に伝えると、すーっと後景に退いてしまいます。 推理小説では、こういう、バトン・タッチが珍しくないですが、やはり、中心人物が変わってしまうというのは、違和感がありますなあ。

  また、真犯人の動機に、無理があり、その言い訳として、「狂気」を持ち込んでいるのですが、それをやると、何せ、狂っているわけですから、何でもアリになってしまうのでして、推理小説としては、評価が落ちます。 そんな事は、承知の上で書いたのだと思いますが、結局のところ、狂気を持ち込まなければ、説明できなかったという事は、動機設定に無理があったという証拠でしょう。

  概観して、前半は、謎解きでゾクゾクし、後半も、そのゾクゾク感で引っ張っていくものの、劇的なクライマックスを用意していないせいで、スッポ抜けるような感じで終わります。 最後の最後になって、実行犯の一人が、新聞記者の身近な人間だったというのが、取って付けたよう。

  あとがきに、「どのような結末にするかで、腐心した」と書いてありますが、それは、構想段階で腐心したのではなく、途中まで書いて、どう終わらせるかで悩んだという意味なのではないでしょうか。 これは一般論ですが、映像化作品で、「原作とは異なる結末を用意した」などという触れ込みで売ろうとする作品は、大抵、つまらないです。 結末を変えられるストーリーは、それだけ、構成がゆるいという事ですから、理の当然というもの。



≪箱庭≫

講談社文庫
講談社 1997年初版
内田康夫 著

  母の蔵書です。 コンビニ・バイト時代ですから、その店で買ったのでしょう。 470ページくらいある、かなり厚めの書き下ろし長編で、93年の発表との事。 浅見光彦シリーズの何作目になるのかは不詳ですが、テレビ・ドラマの方では、水谷豊さん主演のシリーズが、90年に終了し、91年の榎木孝明さん主演の劇場版の後、94年に、辰巳琢郎さん主演のシリーズが始まるまでの空白期に書かれた事になります。 作者が、どの俳優さんを念頭において、浅見光彦を動かしていたかを考えると、面白いですが、この作品では、たぶん、榎木さんでしょうねえ。


  大型台風が接近しつつあった広島の厳島神社で、「紅葉谷公園の墓所」という、存在しない場所を尋ねた男が、翌朝、波打ち際で、死体となって発見される。 その2年後、浅見光彦は、兄嫁宛に送られて来た脅迫状について調べるべく、同封されていた写真に写っている、兄嫁の同級生の女を捜しに、中国地方西部に向かう。 女の行方を追って、立ち寄った岩国で、別の殺人事件に遭遇し、政治家とゼネコンが絡んだ、大きな事件に巻き込まれて行く話。

  「紅葉谷公園」というのが、他の土地にもあって、待ち合わせの場所を勘違いしたというのが、冒頭の謎ですが、それは、導入部に色をつける為の手法に過ぎません。 どうも、内田康夫さんは、地名や、言葉の聞き違いが好きなようですが、私は、そういう謎が出て来ると、必ず、≪砂の器≫の「かめだ」を思い出して、パクリっぽさを感じてしまいます。

  長い話ではあるものの、殺人事件に限っていえば、犯人が登場するのは、ずっと後ろの方で、「えっ! 誰、この人?」と、驚かされるのですが、読み返すと、かなり前の方で、顔を出しており、後出しでない事が分かります。 しかし、後出しではないというだけでして、読者が存在を忘れてしまうような印象の薄い人物が、実は犯人だったというのは、意外性よりも、作品の不出来を感じてしまいます。

  全体を見ると、社会派的な内容でして、殺人事件よりも、政治家絡みの巨悪を描くのに、エネルギーを多く割いているように思えます。 推理小説というと、本格物の方を多く読んでいる私としては、政治家が出て来た途端に、半分、白けてしまうのであって、そもそも、この小説を読む資格がないのかも知れません。

  巻末の、「自作解説」を読むと、内田康夫さんが、「プロットを決めずに書き始める」という事が、自慢混じりの文章で書いてあります。 「『プロットを決めずに、書けるわけがない』という指摘を受けるのだが、事実は事実なので、困ってしまう」と・・・。 評論家からも疑われていて、「あまりそういうことは言わないほうがいいですよ」と忠告された事があると・・・。

  しかし、この作品を読む限りでは、事前にプロットを決めないで書いているのは、明々白々です。 そうでなければ、こんなにバラバラな話になるわけがなく、内田康夫さんが嘘を言っているとは、全然、思えません。 犯人の再登場が突然なのは、誰を犯人にするか、決めていなかったからだと思います。 そもそも、最初の登場場面にしてからが、後から、書き加えられたものなのでは?

  大変、興味深いのは、内田康夫さんが、この作品の出来を、かなり良いと思っていて、バラバラな部分を、欠点だと見做しておらず、むしろ、そういうところが、ゲーム的な構成の本格派推理小説と比較して、読み応えがあると思っているらしいという点です。 そういう考え方もあるんですなあ。 私としては、かなり、違和感を覚えますけど。

  たとえば、冒頭の、厳島神社が台風で破壊される場面ですが、台風自体は、その後の話の展開と、関係ないです。 別に、台風が来なくても、話は成り立ちます。 ヒロインが、バレエをやっているという設定も、話の筋と、一切、無関係で、他の習い事でも、何もしていなくても、問題なく、話が成り立ちます。 一方、兄嫁の同級生が、病院の付添い人を仕事にしている点は、変更できません。 重要性が違うわけですな。 ところが、その、外せない事と、外せる事が、区別できないボリュームで書き込まれているから、外せる部分を読んだ労力が、無駄に思えてしまうのです。

  だけど、こういうのも、アリとしか言いようがないですなあ。 実際のところ、浅見光彦シリーズは、原作も、映像化作品も、日本中に、知らない者がいないくらい、大ヒットしたのですから。 俄か読者に過ぎない私が、どんなに問題点を指摘しても、この作品を貶める事は、金輪際、不可能です。

  日記を調べてみたら、9月10日から読み始めて、10月9日に読み終わっており、呆れた事に、一ヵ月もかかっています。 いくら、厚い本とはいえ、推理小説一作に、一ヵ月はかかり過ぎでしょう。 だけど、後ろの3分の2くらいは、一晩で読んでいるので、別に、つまらなかったから、時間がかかったのではないのです。 他に、やる事があって、そちらを優先していたから、読書で閑を潰す必要がなかったという、ただそれだけの事情。



≪沃野の伝説(上・下)≫

カッパ・ノベルス
光文社 1997年初版
内田康夫 著

  母の蔵書にして、母自身が買ったもの。 コンビニ・バイト時代ですが、コンビニで、新書サイズのカッパ・ノベルスも売っていたのか、それとも、本屋で買ったのかは、分かりません。 「推理小説なら、何でもいい」というつもりではなく、内田康夫さんの、浅見光彦シリーズである事を確認して、買ったのだと思います。 この頃すでに、2時間サスペンスで、浅見光彦の名前は、お馴染みになっていましたから。

  新書サイズの二段組みで、上下巻合わせて、500ページくらいある、長編です。 元は、1994年に、朝日新聞社から刊行された本を、加筆・訂正して、97年に、カッパ・ノベルスから、発行したとの事。 あとがきや、解説がないので、それ以上の情報は分かりません。 下巻の巻末に、1997年時点での、内田康夫さんの著作リストが掲載されています。


  浅見光彦の母が、かつて存在した米穀通帳が、その後どうなってしまったのか、疑問を抱き、米の卸協同組合理事に電話で問い合わせた直後、その理事が何者かに殺される事件が起こる。 一方、長野で起こったヤミ米横流し事件で、捜査を任された竹村警部は、出張先の東京で、殺人事件の方を調べていた浅見光彦と再会し、協力して捜査を進めるが、事件の背後には、日本の米行政の闇が広がっていて、探偵二人の奮闘も虚しく、犠牲者が増えて行く話。

  もろ、社会派です。 特に、上巻、つまり、前半は、日本の米の流通システムや、闇米売買の実態、政府の米政策の矛盾などを解説するのに、大幅なページ数が割かれていて、興味がない読者には、全ての行に目を通すのが、かなり、辛いです。 解説調になっているページは、飛ばしてしまっても、ストーリーを理解するのに、支障はありません。 もっとも、作者が、この作品で書きたかったのは、その、社会問題の方であって、事件は、ダシに過ぎないのですが。

  下巻、つまり、後半になると、捜査過程が前面に出て来て、ストーリーとしては、俄然、面白くなります。 内田康夫さんは、緊迫感がある捜査過程を書かせると、素晴らしい筆の冴えを見せる人なんですな。 ただ、この作品では、殺人事件の真犯人は裁かれるものの、その背後にいる巨悪の方には、手を出せずに終わるせいで、もやもや感が残り、鮮やかな捜査の手並みという感じはしません。

  やはり、浅見光彦と、竹村警部の、ダブル探偵役は、宜しくないです。 浅見をメインにしている関係で、竹村警部の存在がくすんでしまっています。 竹村警部が、浅見の意見に同調する事でしか、自分の推理力を披瀝できず、浅見の引き立て役のような格好に甘んじているのは、何とも、痛々しい限り。

  推理小説としては、謎はありますが、トリックは使われていません。 どうも、こういう作品を読んでいると、本格トリック物が、懐かしく感じられてなりませんな。 浅見光彦が、車の走行距離から計算して、犯人達の出発地点がどこか推理する場面がありますが、実際には、不確定要素が多過ぎて、難しいんじゃないでしょうか。 恒常的に犯罪行為を続けている連中のアジトなんて、いくつ用意してあるか分からないわけですし。 少なくとも、その程度の計算を根拠に、警察を説得して動かせるとは思えません。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2017年の、

≪倉敷殺人事件≫が、9月1日から、2日にかけて。
≪「信濃の国」殺人事件≫が、9月5日から、7日。
≪箱庭≫が、9月10日から、10月9日。
≪沃野の伝説≫は、10月10日から、19日。

  内田康夫さんの小説は、面白いと思いますが、わざわざ、図書館で借りてまで、他の作品を読むになりません。 せいぜい、2時間サスペンスで見る時に、「原作の方は、きっと、もっと面白いのだろうなあ」と思う程度でしょう。

2018/02/11

古い車のカタログ蒐集計画 ③

  今回は、カタログそのものではなく、保存容器の話がメインです。 コレクションというのは、置き場所や、保存方法まで考えないと、成り立たないわけで、カタログにも、カタログ特有の保存事情があるというわけです。 例によって、日記ブログの日替わり写真と、その解説文から、移植。




【カタログ箱】

  買い集めた古い車のカタログを暗所保存する為の箱が、お歳暮で手に入らないかと、待っていたのですが、なかなか来ないので、12月7日に、やむなく、自作しました。 11月の内に、スーパーから、タダで貰って来てあった、「海老姿焼煎餅入り えびお好み」のダンボール箱を、ざっくり切り詰めて、厚さ10センチの、蓋付き箱を作りました。

  ダンボール箱というのは、胴のぐるりを切り取って、高さを低くするのは簡単なんですが、今回は、サイズの都合で、本来の側面を、天と底にしなければならなかったので、切り方が複雑になりました。 木工用ボンドで貼り、大きな洗濯挟みや、煉瓦で押さえて、乾かしました。 「なんで、煉瓦?」と思うかもしれませんが、濡れ縁で作業していたので、手近な重い物といったら、煉瓦しかなかったのです。

  サイズは、B4クリア・ファイルを入れると、上下はピッタリで、左右は、指を入れる程度のゆとりがあります。 蓋も、ちゃんと閉まります。 惜しむらく、「海老姿焼煎餅入り えびお好み」の印刷が、外側に出てしまいました。 当初は、裏返す予定だったのですが、蓋式の箱は精度が必要で、裏返すと、ズレが大きくなって、歪つになってしまうので、断念しました。 背に腹は代えられなかったという次第。

  あまり、出来が良くないので、その後、もし、お歳暮の箱が手に入ったら、そちらに、切り替える予定だったのですが、結局、ちょうど良いサイズの箱は手に入らず、この自作箱で行く事にしました。



【トゥデイのカタログ 包み紙】

  買い集めた車カタログの内、初代トゥデイのものだけ、サイズが、30×30センチで、B4のクリア・ファイルでは、入りません。 ちなみに、一般的なカタログは、30×25センチです。 B4サイズは、36×26センチなので、若干のゆとりがあるというわけ。

≪写真上≫   トゥデイのものだけ、剥き出しで箱に入れるのも嫌なので、コピー用紙で包む事にしました。 コピー用紙は、A4のしか持っていませんから、糊を点塗りして、6枚を貼り合わせ、大きな紙を作りました。 「たかが、カタログ一冊包むのに、こんなに大きな紙がいるのか・・・」と、驚くような大きさになりました。

≪写真中≫   最初は、封筒形にしようかと思っていたのですが、それでは、出し入れする時に、カタログを傷つける恐れがあります。 あれこれ考えた末、祝儀袋式に包む事にしました。

≪写真下≫   包み紙自体は、うまく出来たのですが、箱に入れてみたら、幅が大き過ぎて、入りません。 やむなく、カタログ箱の、蓋だった方を、箱にし、箱だった方を、蓋にする事にしました。 それなら、幅にゆとりがあるのです。 妥協の産物になったわけですが、まあ、お金をかけずに作ろうとすると、こんなものでしょう。



【ダイソー B4クリア・ファイル】

≪写真上≫   古い車のカタログを入れる為に、ダイソーで買って来た、B4クリア・ファイル、2冊です。 買い集めたカタログの中には、A4サイズのものも、幾つかあるのですが、大は小をかねるので、2冊とも、B4にしました。 108円商品。

≪写真下≫   作ったカタログ箱に、ちょうどよく、収まります。 先に、箱を貰って来た時には、大体の大きさしか見ていなかったのですが、たまたま、結果オーライとなりました。 トゥデイのカタログを包んだものが、一番下で、その上に、クリア・ファイルを、2冊重ねてあります。

  見えているのは、1993年に、私が最初に買った原付バイク、「ヤマハ DT50」のカタログです。 このカタログの内容も、いずれ、紹介します。



【初代ファミリア・プリント】

  父が、最初に自分で買った車は、初代ファミリアの800ccだったのですが、そのカタログが、値段が高かったり、グレード違いだったり、認証制限がかかっていたりで、なかなか、手に入りません。

  で、とりあえずの代用品として、ネットで、「4ドア・デラックス 1965年8月版」の画像をダウンロードして、20ページ分、プリントし、手持ちのA4クリア・ファイルに入れてみました。 初代ファミリアでは、このカタログだけが、ネットで、全ページ、見れるのです。 おそらく、大型のスキャナーを持っている人が、読み込んで、公開しているのでしょう。 写真撮影では、歪んでしまいますから。

  カタログの場合、著作権がどうなっているのか分からないのですが、例によって、これで儲けようなどという気は、全くないので、御容赦あれ。

  写真は問題なく見れます。 文字が潰れ気味で、ちと読み難いですが、内容は、分かります。 この代用品で、充分なような気がするものの、今後、もし、いい条件で手に入るのなら、デビュー版のカタログを買いたいと思っています。




  今回は、ここまで。 私の場合、買い集めるカタログは、大体、決まっていて、多くなったとしても、20冊程度なのですが、脚マメ、且つ、肝の据わった人で、無料配布品であるのをいい事に、ディーラーを経巡って、カタログを掻き集めているという人は、100冊、200冊、すぐに行ってしまうと思います。

  ところが、集めたカタログを、どう保存していいか分からず、とりあえず、ダンボール箱に入れて、押入れに突っ込んでおいたら、何年かする内に、カタログとカタログ、ページとページが、ベッタリ癒着して、売るどころか、自分で見る事もできなくなってしまった、というケースがあるらしいです。

  湿度が高い場所だと、インクが溶けたところへ、重ねた重さでプレスされて、再印刷するような状態になってしまうんですな。 LPレコードを蒐集している人が、ジャケット同士がくっついてしまって、同じような目に遭うらしいですが、そちらは、お金がかかっているから、精神的ダメージが、より大きいでしょうなあ。 紙物のコレクションに向かない家、向かない部屋というのは、確実に存在するようです。


  初代ファミリアの件ですが、そもそも、父が乗っていたのが、どのタイプなのか分からずに、振り回されました。 いや、未だに、振り回されています。 車の前側が写った写真がなくて、特定が難しいのです。 側面が写った写真が、数枚、残っているだけ。 60年代ですから、写真自体が、そこそこ高価で、「人物を入れなければ、撮ってはいけない」という、暗黙の鉄則があったのですが、それにしても、新車を買った時くらい、車を入れて、記念撮影すれば良かったのに。 なぜ、撮らぬ? 父も母も、気が知れない。

  僅かな手掛かりから分かったのは、

・ リア・ピラーに装飾プレート(たぶん、「1000」と書いてある)がないから、排気量は、「800cc」である。
・ 白線入りタイヤがついていて、ドア下にメッキ・モールがあり、フェンダー・ミラーが台形だから、グレードは、「デラックス」である。

  ところが、父の車は、色が白でして、800ccのデラックスには、白の設定がないのです。 スタンダードになら、「パロマホワイト」というのがあるのですが、スタンダードでない事だけは、皮肉なほどにはっきりしているから、嫌になってしまいます。 1000ccには、デラックスに、白の設定がありますが、父の車が、1000ccでなかった事もはっきりしていて、どうにもこうにも、噛み合いません。

  父が買ったと思われる、1967年頃の、ファミリアの情報が非常に乏しくて、判断の決め手がありません。 マツダ公式サイトの、「ファミリア物語」の年表によると、1967年1月に、1000cc(4ドア・2ドア・バン)が発売されたとの事。 ライトが、規格丸灯から、楕円丸灯に変わったのですが、その時に、800ccの方も、ライトが変わったのかどうかが分からない。 現存車の写真を見ると、楕円丸灯は、全て、1000ccのようですが、もう、半世紀も前のものですから、修理で変わっている可能性も高く、そちらから判断するのも、ためらわれます。

  また、67年頃の、800cc・デラックスのカタログが、そもそも、あるのかないのかも分からないんですわ。 1000ccのならヤフオクに出て来ますが、そちらに、800ccの情報も載っているのかどうか、それも不明。 当時、グレードは、スタンダードとデラックスの2種類だけという車が多かったようなのですが、カタログを、グレード別、ドアの枚数別に作っていて、種類だけはたくさんあり、どれが、ドンピシャ版なのか、見定めるが大変難しいです。

  どんなに調べても分らない事がはっきりすれば、諦めもつくわけで、「それなら、一番最初に作られた、デビュー版カタログを買って、代表させればいいではないか」という結論に落ち着きつつあります。

2018/02/04

古い車のカタログ蒐集計画 ②

  このシリーズ、基本的に、日記ブログの方の、日替わり写真で出した順に並べて行きます。 そのせいで、カタログを買った時の経緯と、個々のカタログの内容と、織り交ぜて紹介する事になり、ちと、紛らわしいのですが、御容赦あれ。 




【初代ミラ&クオーレ 簡易カタログ 1982年11月版】

  8月下旬に、ネット通販で、纏めて買った、古い車のカタログの一冊。 「初代ミラ&クオーレ 簡易カタログ 1982年11月版」です。 これ単独の値段は、324円。 二つ折りの簡易カタログとしては、高いですが、80年代初めといえば、もう、大昔ですから、そのくらいの相場になるのでしょう。

  1986年10月に、私が最初に買った車は、初代ミラ中期型の中古車でして、82年式でした。 つまり、このカタログは、ドンピシャ版なのですが、惜しむらく、あまりにも、簡易すぎて、情報が足りません。 写真に写っているのが全ページでして、イメージ写真と、コピー・ライター的能書きしか載っていないのです。 諸元表もなし。

  何より、残念なのは、私が乗っていた、白いボディーで、ベージュの内装色の写真が載っていない事です。 赤の方が、多く出回っていたから、致し方ないですが、自分が乗っていた車を懐かしむには、不適当。 で、82年の本カタログを欲しいと思っているのですが、なかなか、いい状態の物が出て来ません。

  裏表紙には、乗用車版の、クオーレが載っています。 ミラは、3ドアだけですが、クオーレは、3ドアと5ドアがあり、5ドアは、リヤのデザインが、3ドアとは違っていて、はっきり言って、ひでーデザインでした。 3ドアと同じハッチをつけた5ドアがあれば、馬鹿売れしたと思うんですがね。 差別化して失敗した事例でしょう。

  初代ミラは、デザインこそ、当時のライバル達より、遥かに良かったんですが、走行性能は、旧時代の産物でして、今の感覚では、とても乗れたものではない車でした。 時速90キロくらいで、ガタガタ振動し始めるし、山道に行けば、カーブが怖くて、ブレーキ・ペダルから足が離せませんでした。 デザインのイメージ通り、街乗り専用にすべき車だったんでしょう。



【レターパックライトで届いた、5代目コロナ後期型のカタログ】

≪写真左≫
  11月7日に届いた、「レターパックライト」という、定形の厚紙に入った郵便物。 前日の午後4時頃、仙台から発送されて、午後5時頃、届きました。 料金360円で、郵便受けに入れて行くタイプですが、門の所で待ち構えていて、直接、手渡ししてもらいました。 無理に郵便受けに押し込まれると、折れてしまう恐れがあるのです。

≪写真右≫
  中身は、ヤフオクで落札した、古い車のカタログです。 5代目コロナ後期型の、田宮二郎さんがイメージ・キャラになったカタログで、1977年11月発行の品。 本体1500円。 予想していたよりも分厚くて、これなら、1500円してもおかしくないと思わせる風格あり。 カタログの内容に関しては、改めて、書く事にします。



【クロネコ DM便で届いた、5代目カリーナ後期型カタログ】

≪写真上≫
  ヤフオクで落札し、11月23日に届いた、5代目カリーナ後期型(1990-92年)のカタログです。 送料を入れて、617円。 山口智子さんと、冨家規政さんが、イメージ・キャラクター。 詳しくは、いずれ、個別のカタログ紹介で、触れます。

≪写真下≫
  ピンボケしていて、恐縮ですが、上のカタログは、ヤマト運輸の、「クロネコ DM便」で届きました。 追跡可能。 郵便受けに配達されます。 普通の茶封筒で、宛名や、差出人の名前は、普通の郵便と同じ。 切手が貼られる位置に、このシールが貼られていました。



【8代目コロナのカタログ 1986年7月版】

  8月末に、纏めて買った、車のカタログ9冊の内の一冊です。 「8代目コロナ 4ドアセダン/5ドア 1986年7月版」。 38ページある、本カタログです。 これ単独の値段は、648円でした。 8代目コロナ(1983-1987年)は、私の父が、1987年頃に買い、1998年3月まで、乗っていた車。

  私も、借りて乗った事があるはずですが、そんなに多くはなかったと思います。 父が、この車に乗っていた間、私は、自分の車をもっていて、通勤には、そちらを使っていましたし、母の初代トゥデイが使い易い車で、それにも、よく乗っていたので、コロナを借りる機会が少なかったんですな。 辛うじて、98年に、一眼レフを持って写真撮影に行った時に、車を入れて撮った写真が残っていて、借りていた事が分かるのみ。

≪写真1≫
  このページの車は、2000GT-Rですが、父が買ったのは、1500か、1800だったと思います。 後ろ側に、排気量とグレードのプレートが付いているようなのですが、父の車を後ろから撮影した写真が残っていないので、今となっては、確かめようがありません。

  色は、この写真と同じ、「スーパー・ホワイトⅡ」でした。 80年代に、一世風靡した色ですな。 こまめに洗って、ワックスをかけていれば、綺麗に光るんですが、父は、ワックスがけなんか、滅多にしない人で、次第に、水垢に侵されていきました。 私が、磨いた事が、あったかなかったか、覚えていません。 「大きい車のワックスがけは、時間がかかってしょうがない」という記憶だけはあるから、最低一度は、かけたかも。

  コロナは、6代目までが、中途半端な丸型デザインで、7代目で、当時、流行だった、角型になったのですが、あっという間に、流行が去り、この8代目では、直線基調だけど、角を丸めてあるという、今見ると、ちょっと不思議な形になりました。 私は、この型のコロナが登場した時、良いデザインと思っていたのですが、まさか、父がそれを買うとは、思いもしませんでした。

  80年代は、ヨーロッパ車に、手本にするような、中・小型セダンがなくなっていたせいか、日本車には珍しく、個性的なデザインの車が、ちょこちょこと出ていました。 ただし、あくまで、個性的なだけで、決して、絶賛するようなレベルではなかったのですが・・・。

  そういや、父は、この車から、オートマチックにしたのでした。 前年に、母が、初代トゥデイのオートマを買い、それに乗ってみて、オートマの方が、断然、楽だという事に気づいたのでしょう。 セールスマンの能書き百万遍より、実体験の方が、強い説得力があるわけですな。

≪写真2≫
  内装と、インスツルメント・パネル。 そういえば、80年代は、デジタル・メーターが登場した頃でしたなあ。 LEDだと思いますが、バック・ライトとして使っているだけなのかも。 詳しい事は分かりません。 ちなみに、父の車は、針式メーターでした。

  パワー・ウインドウが付き始めたのも、この頃。 ただし、高級車では、もっと前からあったようです。 パワー・ウインドウは、手で回すところを、モーターとギアで代用するだけの機構ですから、いわゆる、「ハイテク」の部類ではなく、もっと昔からあってもおかしくない装備です。 付けるか付けないかは、お金の問題に過ぎなかったわけだ。

  この車の内装、お世辞にも、いいとは言えず、この赤っぽい色が、妙に軽薄に見えました。 この車が、うちに来た後に、私は、自動車工場に勤め始め、チェイサー/クレスタといった、もっと高い車を作る事になるのですが、そちらと比較すると、安っぽい部品が多かったです。

≪写真3≫
  5ドアのページ。 市場に投入されたのは、5ドアの方が、先でした。 このコロナは、8代目で、この型から、FFになります。 つまり、この前の、7代目が、最後のFRなのですが、その型には、5ドアがなくて、一時期、4ドアは、7代目FR、5ドアは、8代目FFという形で、棲み分けて売っていました。 その後、8代目の4ドアが出て、4ドア・5ドアが揃うのですが、FRセダンの7代目も、1987年まで、生産・販売が続いたようです。

  下半分は、「フル・フラット・シート」の説明。 シートが、全部倒れて、ほぼ平らになるというシステム。 これも、この型の5ドアの、売りでした。 実際に、こういう使い方をしていた人は、少なかったと思いますけど。

≪写真4左≫
  表紙。 イメージ写真の撮影は、外国で行なわれたようで、人物も、ヨーロッパ系の外国人モデルが、起用されています。 若い男女二人の組み合わせなのは、80年代のカタログらしい特徴ですな。 80年代と言っても、コロナですから、ファミリー・カーとして使っていたオーナーが多かったと思うのですがねえ。 「カタログのイメージ写真に、家族を入れるのは、60年代の流行だ」と決めつけていたのでは?

≪写真4右≫
  オマケのような形で、「コロナ・クーペ」の写真も、1ページ分、掲載されていました。 たぶん、クーペは、専用カタログが、別にあったのだと思います。 「コロナ EXiV」の前身に当たりますが、EXiVが、4ドアなのに対し、このクーペは、2ドアで、より、セリカに近い性格でした。 このクーペも、FF。 初代FFセリカや、カリーナEDと、姉妹車でしたから。

  1989年、私が、自動車工場に、中途採用で勤め始めた頃、一歳年下の先輩が、これの黒いのに乗っていました。 私の乗っていた初代ミラが、白で、「水垢がついて困る」と言ったら、「黒は、汚れが目立たないと思うだろうが、埃がついてしょうがない」と言っていたのを覚えています。 私が持っている、このクーペの記憶は、たった、それだけ。




  今回は、ここまで。

  ヤフオクで落札した二冊は、それぞれ、入札してから届くまでに、それなりの経緯があったわけですが、細々と書くほど、苦労したわけではないので、省略します。 ただ、機械的に、入札して、落札して、取引ナビでやり取りして、コンビニで代金を払い込み、届くのを待ったというだけの話ですな。

  最初に纏めて買った時には、宅配便で手渡しでしたが、今回の二件は、郵便受けに入れるだけの配送方法だったので、折られてしまうとか、雨で濡れてしまうとか、そちらに神経を使いました。

  5代目コロナの時は、たまたま、私が玄関の近くにいた時に、家の前に、郵便配達のバイクが停まったので、急いで出て行って、郵便受けに入れられる前に、手渡しして貰いました。 考えてみると、大きな厚紙封筒なんて、普通の郵便受けには、入りませんわなあ。 どうやって、入れるつもりだったのだろう? 5代目カリーナの時には、カタログと、ほとんど同じ大きさの茶封筒で、横にして、郵便受けに、スルリと入ったようで、折られずに済みました。


  買ったのは、どちらも、認証制限がかかっていない物件でした。 また、入札したのは、私一人だけで、他の入札者と競る事はありませんでした。 一般論ですが、そこそこ高めの値段で、長期間、入札者がおらず、何度も継続出品されている物件の場合、入札しても、対抗して応札して来る人などいないのであって、まず確実に、スタート価格で落札できます。


  瑕物の場合、時代がある希少品でも、相場の半額くらいにしないと、誰も買わないようです。

・ 「折れ」は、ページの隅とか、多少ならば、仕方ないとしても、大きく折れて、折れ目の印刷が消えてしまっているというのは、厳しい。

・ 「汚れ」は、薄ければ、大目に見れますが、飲み物をこぼした痕が、デカデカついていると、一度見たが最後、二度と開く気になりますまい。

・ 「破れ・千切れ」は、木工用ボンドで直せる程度ならいいのですが、破れた部分がなくなってしまっているのは、問題外。

・ 「皺」は、多少なら、気になりませんが、「細かい折れ痕が、いっぱい」というのが、稀にあって、たぶん、以前の持ち主が、ベッドや布団に横になって見ていたせいで、カタログがしなって、そんな指痕がついたかと思うと、何だか、不潔そうな感じがします。

  いずれも、お宝にするつもりで買う者にとっては、抵抗が大きいですなあ。 甚だしくは、「ページごと、欠けている」というのもありますが、それは、どう考えても、ジャンク品であって、蒐集の対象にはなり得ますまい。

  紐で束ねる為に、パンチ穴を開けた物件が、ちょこちょこ出て来ますが、そういうのは、安いので、穴が気にならないのであれば、お買い得だと思います。 冊子型のカタログは、ホチキスで留めてあるわけですが、他の部分に瑕がなくても、ホチキスで圧迫された部分が癒着して、印刷が剥がれてしまう場合があり、そういうのと比べて、パンチ穴が、より重大な欠陥と言えるのかどうか、微妙なところ。

  最初に、そのカタログを持っていた人が、パンチ穴を開けて、束ねたくなった気持ちは、分からないでもないです。 タダで貰って来る物ですから、その時点では、後々、値段がつくなどと、想像もしていないわけだ。 人に譲る事になるとも思っておらず、自分だけで、しばらく見て、その内、捨ててしまうつもりでいるのだから、惜し気が、まるでないんですな。


  パンチ穴より、問題が大きいのは、書き込みです。 穴は、単なる穴ですが、書き込みは、数字だけであっても、書いた人の個性が出るので、他人の手に渡った場合、大変、目障りになります。 特に、表紙に、車の値段の計算などが書かれていると、「こんなの、金出して、買うかね?」と、眉間に深~い皺が寄ってしまうのです。 よりによって、また、なんで、表紙に書くのよ? やはり、売る気がなかったんでしょうなあ。

  ちなみに、色がついている部分に書かれた文字は、消そうとすると、色まで消えてしまうので、手をつけない方がいいです。 白い部分の場合、鉛筆で書かれた文字なら、消しゴムで消せる場合もありますが、ボール・ペンや、サイン・ペンだと、手の施しようがないです。 材質が紙ですから、うすめ液のような液体を使うのは、やめた方がいいと思います。 全て、台なしになってしまいそうです。