2017/09/24

セルボ・モード補修 ⑥

  現在、私が所有している車、セルボ・モードですが、去年の7月に買って、9月以降、補修をした事は、すでに、記事に書きました。 冬の間は、何もせず、五日に一度のペースで、母を乗せて、買い物に行ったり、病院の送迎に使うだけだったのですが、この4月になって、運転席のパワー・ウインドウを直し、そこから、今年の補修が始まりました。 数回に分けて、その様子を紹介します。




【運転席パワー・ウインドウ修理 ①】

  去年、買った時から、運転席のパワー・ウインドウが壊れていました。 下げる時には、一番下まで下がりますが、上げようとすると、真ん中辺りで、ガッタンガッタン言って、それ以上、上がらないのです。 店長が、「解体車両から部品が手に入り次第、無料で直す」と言っていたのですが、梨の礫。

  冬の間は、窓を開ける事がなかったから、気にしていなかったんですが、今年もだんだん暑くなって、窓が開かないと不都合な場面が増えて来たので、自分で直す事に決めました。 4月20日の事です。 とりあえず、故障の原因を探らなければなりません。 中がどうなっているか、ドアの内装トリムを外しました。

≪写真1左≫
  内装トリムを外す時には、「内張り剥がし」という、プラスチックの板があると便利なのですが、それも、買えば、何百円かするので、自分で代用品を作りました。 これは、バイクのチェーン・ガイドにしていたステンレスの板に、テープを巻いたもの。 一分で出来ました。 プラスチックの内張り剥がしより、腰が強くて、使い勝手は良かったです。

≪写真1右≫
  取り外した内装トリムの裏側。 前後と下の三辺が、クリップ8個で、とめられていました。 内張り剥がしを隙間に差し込んで引っ張ると、割と簡単に取れました。 このクリップは、外す時に、破損しやすいのですが、スズキの物は、トヨタのそれより、丈夫そうでした。

≪写真2≫
  内装トリムの表側。 ハウツー記事ではないので、端折って書いていますが、トリムを外す前には、ドア・ベゼルや、スイッチ・ベース、ドア・ミラーの室内側カバーなど、他にも、外さなければならない物があります。

  クリップを外せば、上辺は、ドアに被せてあるだけなので、上に持ち上げるだけで、外れます。 その際、窓ガラスは、どの位置であっても、トリムの脱着には関係ありません。

≪写真3≫
  内装トリムを外すと、ドアの機械部分は、防水用のビニールで、覆われています。 ちょっと、勘違いしやすいですが、窓ガラスについた水滴で濡れる恐れがあるのは、機械部分の方でして、水が、内装トリムの方に浸みて来ないように、このビニールが貼られているわけです。

≪写真4≫
  ビニールは、ブチル・テープという、ベタベタした粘土のような接着テープで貼られています。 ビニールが破れないように、少しずつ剥がせば、ビニール側にくっついてきます。 ブチル・テープは、ホーム・センターでも売っていますが、年月が経っても、劣化しにくくて、再利用できますから、ゴミがつかないように注意しつつ、取り除けておきます。

≪写真5≫
  ここまでは、良かったんですが、いざ、パワー・ウインドウのレギュレーター組部品を外そうとしたら、ボルトが緩みません。 こういう所のボルトは、プラス・ドライバー用ではなく、メガネ・レンチ用にしてもらいたかった。 無理に回そうとして、ナメてしまうと、最悪なので、この日は、ここで中止し、外した部品を、元に戻しました。



【運転席パワー・ウインドウ修理 ②】

≪写真1≫
  4月21日に、ダイソーに行き、ボルトを回す工具を買って来ました。 ラチェットは私がもっており、プラスのビットは、父の遺品の中にあったので、それらを繋ぐアダプターが必要だったのです。 ホーム・センターだと、アダプターだけで、7・8百円して、とても買えません。 2軒目のダイソーで、アダプターと、中継ジョイントのセットを発見。 108円商品です。

  ところが、私のもっているラチェットでは、取り付け部分のサイズが違っていて、付けられない物でした。 やむなく、サイズが合うラチェットを、買いました。 これは、216円商品です。 それでも、ホーム・センターで、アダプターを買うより、遥かに安いです。

  右の写真は、 ラチェットに、アダプターと、プラス・ビットを取り付けた様子。 プラス・ビットは、サイズの違いで、+1、+2、+3とあります。 付けてあるのは、+3です。 一般的には、+2か、+1が使われます。 +3のネジを、+2のドライバーで回そうとすると、ナメてしまいます。

  その後、しばらく、間が開いて、4月28日に、再挑戦しました。 今度は、うまく行って、ボルトが回り、レギュレーター組部品を外す事ができました。 工具を買って来た甲斐があったというもの。 中継ジョイントも、組部品からガラスを外す時に、役に立ちました。

≪写真2≫
  これが、パワー・ウインドウ・レギュレーター組部品。 組み立て工場では、この状態で、部品会社から供給され、組みつけられます。

  故障原因ですが、てっきり、扇形歯車の歯が欠けたのだと思い込んでいたのですが、見たら、歯車は無事でした。 モーターが付いている部品と、扇形歯車が付いている部品をとめている、軸の部分で、扇形歯車が付いている部品の方の軸孔が磨耗して、楕円になってしまっており、そのせいで、扇形歯車が、モーターの歯車に届かなくなっていたのです。

  右の写真は、軸のリベットを、グラインダーで削って外し、モーターが付いている部品と、扇形歯車が付いている部品を分けた様子。

≪写真3≫
  左の写真ですが、軸孔が、楕円になって、中心が右側へズレてしまっています。 父の遺品に、丸棒型の鉄工やすりがあったので、それを使って、軸孔を削り広げ、真円に近い状態に持って行きました。 外側の大きな円と見比べると、軸孔が、中心近くに戻った事が分かると思います。

≪写真4左≫
  これは、軸になっていたリベットの残骸。 片側をグラインダーで削って外したので、もう、使い物になりません。 途中で太さが変わっている、特殊なリベットです。 太い方に合わせて、細い方だった孔を大きくし、同径にしたわけです。

≪写真4右≫
  ホーム・センターで買って来た、ボルトとナット。 太さは、12ミリ。 先に、リベットを探したんですが、今はもう、そんなに太いリベットは、市販されていないようです。 値段は、ボルトが、1本入りで、100円。 ナットが、6個入りで、108円。

  これで、モーターが付いている部品と、扇形歯車が付いている部品をとめ直し、ドアに戻して、窓ガラスを動かしてみたら、果たして、スムーズに動いて、感動しました。 正直、その日の朝まで、自分で直せるとは思っていなかったのです。

  組部品を、もう一度、取り外し、ナットが外れないように、グラインダーで、溝を切り、釘をキャッスル・ナット代わりにして、ハンダで溝に埋め込みました。 行き当たりばったりで、工夫して行ったので、出来は今一つですが、なーに、壊れたら、また直せばいいだけの事。


  故障の原因が分かるまでは、ヤフオクで、組部品ごと買って、交換するつもりでいました。 そちらは、送料込みで、2500円。 それが、工具代込み、532円で直ったのですから、コスト・パフォーマンス的に、大満足しました。 何でも、挑戦してみるものですな。 こんな事なら、車を買ってすぐに、バラしてみるんだった。 いや、父の他界で、それどころではなかったか。



【スプレー口と、チューブ】

  車のオイル交換をする事になり、ドレン・ボルトを開けるのが嫌なばかりに、上抜きしようと決めたものの、ポンプの値段が高いので、何とか別の方法で抜けないかと考えたところ、スプレー口でも吸い上げられるのではないかと思いつきました。

≪写真左≫
  で、5月5日に、近所の100円ショップの、閉店セールで買って来たのが、この噴霧器。 直噴ができるのが、洗剤用噴霧器と、ちと違います。 2点で、108円というので、これと、あと、クール・スカーフを合わせて、買いました。

≪写真右≫
  翌5月6日に、ホーム・センターのカーマに行って、潤滑油用のチューブを買って来ました。 1メートルで、税込み、102円でした。 内径3ミリ、外径6ミリ。 スプレー口の吸い上げチューブを外して、代わりに、買って来たチューブを付けたのが、この写真。 ピッタリ合いましたが、予め、ノギスで、径を測ってから買いに行ったので、合って当然です。

  5月18日になって、オイルの吸出しに使ってみたのですが、結果的に言うと、これでは、駄目でした。 上がって来るには来ますが、引き金を延々と引き続けなければならず、指の力がもたないのです。 結局、途中で諦めて、出したオイルを、車に戻しました。


  その後、ネットで調べたところ、同じ事をやっている人が動画を公開しているのを見つけました。 その人の場合、新しいオイルを入れ過ぎてしまい、それを減らす為に、スプレー口とチューブで、「チョイ抜き」をやったとの事。 なんと、サイフォンの原理を使っていました。

  しかし、オイルは、水よりずっと、粘度が高いですから、やはり、時間がかかるようで、「3時間で、600cc、出た」とありました。 それは、かかり過ぎですなあ。 私の車のエンジン・オイル量である、3リットルでは、15時間もかかってしまいます。 いくら私が、閑な引退者とはいえ、そんなに長い時間はかけられません。

  つまり、スプレー口とチューブでオイルを吸いだすのは、「できない事はないけれど、実用的ではない」という結論になったわけです。 駄目な事がはっきりしただけでも、収穫でした。



【テクノ・パワー エンジン・オイル】

  5月11日に、近所のホームセンターで買って来た、ガソリン・ディーゼル・エンジン・オイル、「Techno Power 10W-30 4L」。 税込み、998円でした。 純正品だと、3リットルで、2500円くらいしますが、安いのを探せば、あるものですな。

  一般的に言って、エンジン・オイルは、値段の高低に関係なく、どれでも、普通に使えるようです。 少なくとも、「これを使うと、エンジンが壊れてしまう」などという製品は出回っていない様子。 ディーラーの整備工場に、オイル交換を任せている場合、車種に関係なく、入れるオイルは、みな同じ品だというのは、よく聞く話です。 ターボ車などは、また違って来ると思いますけど。



【オイル交換用ポンプで、上抜き】

≪写真上左≫
  アマゾンで買った、オイル交換にも使える、手動ポンプ。 商品名は、「サイフォン・ポンプ」で、水は勿論、空気入れにも使えるようです。 自転車のタイヤや、ボールに空気を入れる、アダプターも入っていました。

  1180円に、送料500円が加わって、1680円のところ、ポイントを、194円消化して、1486円で買いました。 同じ商品でも、送料込みでもっと高いとか、いろいろな価格のものがありました。

≪写真上右≫
  オイル交換に使うのは、これだけ。 黒くて細いチューブを、車のオイル・レベル・ゲージに差し込んで、オイル・パンの底から、古いオイルを吸い上げると、オレンジ色の太いチューブから出て来るわけです。  

≪写真下≫
  吸い出し中。 付属していた黒いチューブでは、吸い上げられず、スプレー口を試した時に使った、潤滑油用チューブを繋いだら、隙間がなくなったのか、オイルが上がって来ました。 500ccのペットボトルに、4本分と少々、吸い出して、約2100ccになりました。 廃油は、一旦、オイル・バットに溜め、その後、父の使い残しの紙オムツに吸わせて、捨てました。


  この手動ポンプですが、スプレー口よりは、ずっと力強く吸い上げられるものの、やはり、延々と、ポンピングし続けなければならない点は、変わりなく、人様には、薦めません。 3千円台になりますが、負圧タンクが付いたタイプの方が、たぶん、使い勝手が良いと思います。

  しかし・・・、ジャッキ・アップなり、カー・スロープを使うなりして、ドレンを開けられる人なら、それが一番いい方法なのかも知れません。 短い時間でできますし、洗うのも、バットだけで済みますから。




   今回は、ここまで。 オイル交換をしたのは、5月29日の事でして、もう、だいぶ経っており、付け加えるほど、よく覚えていません。 このシリーズ、あと、三回分は、あると思います。 たぶん。

2017/09/17

読書感想文・蔵出し (31)

  読書感想文です。 今回は、和久峻三作品だけで、しかも、今回で、和久作品は終わりです。 最後の一作品は、下巻が手に入ったのが、9月13日で、読んだばかりなのですが、今回分を和久作品で纏める為に、大急ぎで、感想文を書きました。 私の場合、大急ぎで書いても、ゆっくり書いても、感想文の内容に変わりはありませんけど。




≪仮面法廷≫

角川文庫
角川書店 1980年初版
和久峻三 著

  母の蔵書。 製本所に勤めていた父方の叔父から、貰ったもの。 文庫で、380ページくらいの長編。 1972年に江戸川乱歩賞を受賞し、和久峻三さんが有名作家になるきっかけになった作品だそうです。 解説情報によると、和久峻三さんは、最初、新聞社に勤めていたのが、推理小説を書く為に、司法試験を受けて、弁護士になり、その後、作家になったのだとか。


  大手の不動産会社から引き抜かれて、共同経営の不動産屋を始めた男が、10億円の土地売買に関わるが、取引が終わった後で、売り手の妻と名乗っていた女が、偽者だった事が分かり、真の土地所有者が、買い手を訴える事になる。 ところが、その訴訟を依頼されていた老弁護士が殺され、彼がしつこく求婚していた、主人公の元妻が、殺人犯として裁判にかけられる。 元妻の容疑を晴らし、詐欺事件で失った信用を取り戻す為に、主人公が、刑事と協力して、謎を解いて行く話。

  殺人も、二件起こりますが、中心は、詐欺事件の方です。 不動産登記の盲点を突いたアイデアで、その点は、大変、興味深いです。 かなり、複雑な手口なので、しっかりした法律知識がないと、とても、思いつかないでしょう。 後年の、赤かぶ検事シリーズと違って、作者が世に出る為に書いた勝負作品ですから、力の入れ方が、数段、上を行っています。

  詐欺事件の犯人が誰か、次第に明らかになって行く、その流れが面白い反面、二件起こる殺人事件の方は、ありきたりなアイデアで、発表された時代の古さを考慮に入れても、尚、パッとしません。 特に、密室の方は、凝った機械式トリックを期待させておいて、実は、大変よくあるトリックが使われていまして、見事に肩透かしを喰らわされます。 地図や、部屋の見取り図、窓サッシの断面図などが付いている割には、それが、実際のトリックと、まるで関係ないというのは、読者への目晦ましなんでしょうか?

  解説に紹介されている、乱歩賞授賞の時の選評に、「冗漫な感じ」という指摘があり、確かに、そんな感じはします。 決して、小難しい内容ではないのに、読むのに、えらい手間取りまして、12日間もかかってしまいました。 つまり、先が気になって仕方ないという話じゃないんですな。 「たぶん、終わりの方で、一気に、殺人事件の謎が解かれるんだろうなあ」と予測していたら、案の定、そうなりました。

  赤かぶ検事シリーズ同様、会話部分が多すぎるような印象があります。 会話にすると、平易になりますが、一つの事を説明するのに、地の文章よりも、行数がかかるのは、避けられないところ。 そういう形式を取っている上に、結構には、理屈っぽい推理が展開されるので、なかなか、ページが進まず、まどろっこしい思いをするのです。 真面目に、全ての行を読む読者ほど、冗漫さを感じるんじゃないでしょうか。



≪蛇淫の精≫

角川文庫
角川書店 1985年初版
和久峻三 著

  母の蔵書。 総ページ数、280ページくらいの、5編収められた、短編集です。 この本、うちに、二冊あります。 製本所に勤めていた父方の叔父から貰った本なのですが、叔父が、一度、持って来た事を忘れて、また、同じ本を持って来てしまったのだと思います。

  5作品とも、主に民事事件を扱う、イソ弁の、日下弁護士が、主人公になっています。 民事なので、殺人とは無関係な訴訟が多く、それが、日下弁護士シリーズの特徴になっているらしいです。 ちなみに、タイトルや、カバー・イラストから想像されるような、淫靡な話ではないのですが、そちらを期待して買って、ガッカリした読者も多かった事でしょう。


【蛇淫の精】
  ある男から、3年間、行方不明になっている妻との離婚訴訟を依頼された日下弁護士が、訴訟資料を集める為に赴いた丹後半島で、蛇に咬まれてしまい、介抱してくれた美女と、数日を過ごすが、実は、その女の正体は・・・、という話。

  蛇に咬まれてから、気がつくまでの間に見た夢、という解釈ができるようになっていますが、話の中心部分は、オカルトでして、推理小説とも、犯罪小説とも言い難いです。 雰囲気が一番近いのは、≪唐宋伝奇集≫や、≪雨月物語≫ですかね。 


【処刑執行人】
  妻の不倫が原因で離婚した男が、元妻を寝取った有名な陶芸家から、慰謝料を取ろうと、日下弁護士に依頼して訴訟を起こしたが、相手側から逆に、男の元妻に貸した金の請求訴訟を起こされ、二つの裁判が平行して進む話。

  推理小説では全然なく、ほとんどの場面が法廷で行なわれるものの、法廷小説というわけでもなく、強いて分類するなら、法律小説とでも言いましょうか。 例によって、会話体で、話が進行するせいで、まどろっこしい感じがするのですが、民法509条の「相殺禁止」という考え方が出て来ると、法律の非日常性が興味を引き、最後まで、引っ張って行かれます。

  こういう小説が成り立つと発想する事自体が、一般人は言うに及ばず、トリックや因縁話命の推理作家達には、到底、叶わない事でして、やはり、作者が弁護士ならでは、と思わされます。


【女の意地】
  クラブやスナックを経営する会社に商品を納入していた酒屋の主人が、五百万円の小切手のつもりで、五百円の小切手を受け取ってしまい、相手の社長が払い直しに応じないので、日下弁護士に依頼して、訴訟を起こすが、法律の壁に阻まれて、苦戦を強いられる話。

  これも、法律小説です。 実際に、手形のやりとりで起こった事件を元に、それを小切手に変えて、架空の話を作ったのだそうです。 小説として、凄く面白いというわけではないですが、法律の盲点が紹介されているところが、興味を引きます。 また、あまり、気分の良いストーリーではないものの、最後に、オチがついていて、善悪バランスは、何とか取れています。


【骨肉の争い】
  妻が若い男と出て行ってしまい、慰謝料や離婚を請求して来た、という夫が、日下弁護士のところへ、法律相談にやってくる。 対策を教えて帰したが、その後、その夫が行方不明になるや、妻が、若い男を連れて、夫が先祖から受け継いだ家に住み着いてしまった事から、娘が母親を訴えて・・・、という話。

  短い作品ですが、展開が速くて、面白いです。 これは、法律小説ではなく、推理小説として読めます。 少々、ネタバレになってしまいますが、やはり、殺人が出て来ると、興味が一段階、跳ね上がりますなあ。 ドロドロした人間関係の話ですが、小説としては、あっさりしていて、大変、読み易いです。


【離婚願望】
  結婚してから、2年も経っていないのに、性関係が途絶えている妻と離婚しようと、夫が日下弁護士に依頼して訴訟を起こすが、妻の方は、新婚当初住んでいた洋館を貰えないのなら、離婚しないと言い張る。 興信所の調査で、妻が洋館に執着する理由が分かり、夫に案内されて、洋館に潜んだ日下弁護士が、深夜に、妻の奇妙な行動を目撃する話。

  法廷場面から始まりますが、後半は、洋館に出向く事になり、動きのある話になっています。 依頼主である夫と、日下弁護士が、洋館に潜んで、妻を待ち受ける展開は、ホームズ物に似た、ゾクゾク感があります。 ただ、劇的というほどの真相ではないです。 オカルトっぽいですが、あくまで、精神異常で説明されており、超常現象を描いているわけではないです。



≪あなたの夜と引きかえに≫

角川文庫
角川書店 1987年初版
和久峻三 著

  母の蔵書。 父方の叔父から、手土産として貰ったもの。 総ページ数、250ページくらいの、5編収められた、短編集です。 どういうわけか、性描写に拘った作品が多いです。 法律知識を売りにしている推理作家に、こういう作品の注文を出すというのは、どういう狙いなんですかねえ? 角川文庫には珍しく、巻末に、各作品の、発表雑誌と、発表年月が出ていたので、書き写しておきます。


【妖精の指輪】 (小説現代 1985年11月号)
  名目、娘の家庭教師、実質、母親の愛人として、ある屋敷の離屋に住みこんだ20歳の青年が、12歳の娘と愛し合うようになり、性関係まで持ってしまった事で、「強姦罪」で訴えられる話。

  強姦罪は、双方の合意があっても、一方が、12歳以下だと、成立してしまうそうです。 法律的なところは、そこだけ。 他は、ほぼ、官能小説です。 歳を取って来ると、逆に、恥ずかしくなって、こういうのは、楽しめませんなあ。 ラストだけ、オカルトになっていますが、何せ、メインが官能小説なので、取って付けたような終わり方で、不思議な感じは、全然しません。


【法廷結婚】 (問題小説 1986年9月号)
  未成年の男と性関係を持った26歳の女が、青少年保護育成条例違反で起訴されるが、「淫行」の基準が、都道府県によって異なる点を根拠に、弁護士が、「結婚を前提にしていれば、淫行はなかった事になる」と、主張して、法廷で争う話。

  冒頭の、刑事による取り調べ部分に、官能描写が入っていて、そういう小説なのかと思わせるのですが、裁判が始まると、法律小説に変わって行きます。 法律の盲点が突かれていて、その点は興味深いのですが、惜しむらく、中心人物がはっきりせず、あっちもこっちもになってしまっていて、物語としては、纏まりを欠きます。


【レイプ・ザ・トライアル】 (小説春秋 1987年1月号)
  合意の上で性関係を持ったホステスから、強姦致傷罪で訴えられた会社員が、腕のいい国選弁護人のお陰で、有利に裁判を進めた上に、裁判終了後、事件の真相が分かると共に、意外な結末が待っている話。

  「意外な結末」と言っても、ショートショートのように、読者にとって意外なのではなく、主人公にとって、意外という意味でして、結末がオチになっているわけではないです。 法律小説としては成り立っていますが、語り方がやっつけで、物語としては、とても、面白いと感じられるところまで行きません。


【あなたの夜と引きかえに】 (小説宝石 1987年7月号)
  貢いでいた男が、女名義のクレジット・カードで高額の買い物をした後、行方を晦ましてしまい、クレジット会社から書留で送られてくる督促状をどうすればいいか、弁護士に相談したところ、ほっとけといわれて、そのまま捨てていたら、その中に、裁判所からの出頭命令が混じっており、いつのまにか、裁判が進んでいて・・・、という話。

  もっと、複雑なんですが、話がバラけているので、一段落の梗概では、書ききれません。 さりとて、二段落使って、詳細に書くほどの話でもないのです。 50ページくらいの短編ですから。 タイトルから分かるように、性描写をメインにするつもりで書き始めたのが、法律関係の部分が多くなってしまって、書ききれずに終わったという感じ。

  そちらを期待して読んだ人は、肩透かしだったわけですが、法律の方だけでも、動きがあって、まずまず、面白いです。 ただし、いろんな点が中途半端で、本来なら、もっと細部を書き込んで、中編か長編にすべきアイデアだったのではないかと思います。


【裁く女】 (オール読物 1987年8月号)
  ヨットの練習中に転覆し、その際、同乗していた友人を、故意に助けずに死なせたとして、殺人罪で訴えられた青年が、実は、死んだ友人の妻と関係があり、謀殺を疑われないかと、ヒヤヒヤしながら、裁判を乗りきろうとする話。

  【レイプ・ザ・トライアル】と同じように、裁判の後に、別の展開があります。 そこが、恐ろしく、2時間サスペンス的で、額に脂汗が浮きそうです。 タイトルを直接的に捉えると、女、つまり、被害者の妻が、何か、凄い奥の手を繰り出すかのようなイメージがあるんですが、実際には、恐ろしく、ありきたりな手しか使いません。

  裁判の場面で、ヨットの操船に関する説明が詳しく展開され、専門的な内容なので、そこが、興味を引くといえば引きます。 しかし、その専門知識と、謎やトリックが絡んでいるわけではなく、推理小説のモチーフにはなっていません。 推理小説でもなければ、法律小説でもなく、カテゴリー不明な作品です。



≪鬼太鼓は殺しのリズム 【にっぽん殺人案内】(上・下) ≫

角川文庫
角川書店 1985年初版
和久峻三 著

  上巻は、母の蔵書。 父方の叔父から、手土産に貰った本です。 叔父が勤めていた製本所で、その時、扱っていた本以外、持って来れなかったので、上巻だけだったのだと思われます。 母が、自腹で下巻を買わなかったのは、上巻だけで、飽きてしまったんでしょうか。 今、それを母に聞いても、たぶん、覚えていないと思います。

  図書館の静岡県内ネットワークで調べてみたら、長泉町民図書館にだけ、下巻がある事が分かり、上巻を読み始める前に、沼津市立図書館へ行って、相互貸借を頼んで来ました。 長泉町民図書館は、うちから、自転車でも行ける距離にあるのですが、初めてだと、貸し出しカードを作らなければならないので、面倒だと思ったのです。

  ところが、折り悪く、下巻は貸し出し中で、沼津の図書館に取り寄せられるまでに、2週間と4日もかかってしまいました。 上巻の方は、とっくに読み終わっていたので、パラパラ読み返して、ある程度、思い出してから、下巻を読まなければなりませんでした。


  宝塚市にある屋敷で、資産30億円をもつ証券会社会長が、その息子とともに殺される。 遺言書により、会長の妾が遺産を相続し、息子の妻が、死亡保険金1億5千万円を受け取る事になる。 一方、妻のオートクチュール店の専務になる為に、警察を辞めた元刑事が、妻と二人で、新潟・佐渡旅行に出発し、その旅先で、宝塚市の殺人事件の捜査陣と関わる事になる。 夫婦で、観光地や穴場を巡りつつ、謎解きを進める話。

  推理小説の骨格が使われていますが、実体は、紀行小説です。 内容と関係がない、観光案内のような文章が入っている点は、後に書かれる、≪安珍清姫殺人事件≫と、よく似ていますが、この作品では、全編に渡って、観光案内が散りばめられていて、紀行小説として、より、徹底しています。

  解説によると、1982年に、2時間サスペンス、≪じゅく年夫婦探偵 新婚旅行は殺人旅行 【佐渡のたらい舟に死体をのせたのは誰?】≫の原作として書かれたそうで、なるほど、それならば、納得。 和久峻三さんは、自作のテレビ・ドラマ化に、並々ならぬ興味があったようで、わざわざ、映像化し易い原作を書いたりするのですが、この紀行推理小説も、その類だったわけですな。 ちなみに、ドラマの主演は、藤田まことさんだったとの事。

  法律知識としては、親子が同時に殺されてしまって、その順番が分からない場合、遺産相続の優先順位がどうなるか、という問題が出て来ます。 だけど、上下巻に分けるほど長い作品なのに、それだけでは、とても、法律小説とは言えません。 推理小説の部分も、終わりの方で、新しい人物が出て来たリして、アリバイ・トリック物としては、かなり、ズルい感じがします。

  とにかく、ほとんどが、新潟と佐渡の観光案内でして、それを物語風に書いた、というのが、この作品の本質です。 推理小説だと思うから、邪道に見えてしまいますが、最初から、こういう狙いなのだと思えば、観光案内書としては、最高クラスではないかと思えます。 各名所に纏わる、伝説の類が満載されていますから。 これから、佐渡旅行に行くという人は、これを読んでおけば、全く見方が変わって来るでしょう。

  ただ、私としては、推理小説だと思ったから、読んだのでして、思い切り、肩透かしを喰らわされた格好です。 上巻を読んでから、下巻の相互貸借を頼めばよかった。 わざわざ、取り寄せてまで読むような作品ではなかったです。 佐渡に行く予定が全くないのでは、完璧な観光案内を読んでも、意味はないですし。




以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の

≪仮面法廷≫が、7月25日から、8月6日。
≪蛇淫の精≫が、8月6日から、16日。
≪あなたの夜と引きかえに≫が、8月20日から、23日。
≪鬼太鼓は殺しのリズム≫は、上巻が、8月26日から、9月1日。 下巻が、9月13日から、14日。

  一冊読むのに時間がかかっているだけでなく、次の本に移る時にも、間が開いていますが、つまりその、一冊読み終わったら、すぐ次を読みたいという気にならなかったわけですな。 それは、とりもなおさず、和久峻三さんの作風が、私の好みから遠い事の証明なのです。 たぶん、もう、和久作品を私が読む事はないでしょう。

  和久峻三さんは、弁護士として、正確な法律知識を持つ作家という特徴があるわけですが、小説家として、どうかとなると、物語を作るのは、決して、うまいわけではないと思います。 語り方に至っては、平均を割ってしまうのでは? それでも、人気作家になったのですから、法律知識が、推理小説や犯罪小説にとって、いかに大きなウエイトを占めているかが分かります。


  ↓ これは、オマケ写真。

≪写真上≫
  ≪鬼太鼓は殺しのリズム≫ですが、うちにあった上巻と、長泉町民図書館の下巻を比べると、発行年月日が同じであるにも拘らず、背表紙の色が、まるで違っているのに、驚きます。 角川文庫の、この頃の和久作品は、背表紙が薄茶色ですから、うちにあった上巻の方が、元の色で、下巻の方は、色が褪せてしまったんですな。 それにしても、こんな色になるもんですかねえ。

≪写真下≫
  うちにあった、≪鬼太鼓は殺しのリズム≫の上巻に、こういうものが挟まっていました。 角川映画、≪早春物語≫と、≪二代目はクリスチャン≫の、広告チラシと、映画優待券付きの栞。 ≪鬼太鼓は殺しのリズム≫そのものは、読んでも、そんなに古い感じがしませんが、当時の映画は、恐ろしくなるほど、昔の作品という感じがしますねえ。

  私は、この2作とも、テレビ放送で見ていますが、いずれも、名作はおろか、佳作とも言い難い出来で、訊かれれば、覚えている人はいても、自分から思い出す人は少ないでしょう。 そう思うと、尚更、古く感じられます。

2017/09/10

読書感想文・蔵出し (30)

  読書感想文です。 だいぶ長い事、母の蔵書の感想文が続いていますが、とりあえず、来週までで、終わります。 今読んでいる本に追いついてしまうので、「蔵出し」のしようがなくなるからです。

  今現在は、母の蔵書の内田康夫作品を読んでいるのですが、読み始めれば、面白いと思うものの、どうも、夢中になって、次の本、次の本と、先へ進むほどの意欲が湧いてきません。 カー作品を読んでいた頃とは、読書に対する執着度が、一桁下がった感じです。




≪燃えた花嫁≫

光文社文庫
光文社 1985年初版
山村美紗 著

  母の蔵書。 母の蔵書で、すぐに出せる所にある本の中で、山村美紗作品は、三冊しかないのですが、これが、その三冊目です。 これも、私が昔読んだ本と違うなあ。 本文の最終ページに、「カッパ・ノベルス(光文社) 一九八二年六月刊」と書いてありますが、それが書き下ろしだったのか、それ以前に雑誌掲載があったのか、分かりません。 解説がついているものの、資料的情報が少な過ぎて、頼りにならないのです。


  人工皮革の新製品を発表するファッション・ショーに出るはずだったモデルが、南禅寺の水路閣で絞殺死体で発見され、ショーの最中にも、別のモデルが毒殺される。 追い討ちをかけるように、新製品を使ったウェディング・ドレスを着た首相の娘が、結婚式の控え室で焼死する。 新製品を巡って、二つの繊維メーカーが繰り広げている熾烈な競争が、事件の背景にある事が分かり、キャサリンと狩矢警部が、協力しながら、謎を解いて行く話。

  キャサリンの方には、浜口が付いていますが、相変わらず、ただ、そばにいるだけの男で、キャラクター不在です。 2時間サスペンスの方でも、山村さん原作の作品では、大抵、探偵役は女で、そばに、オマケみたいな、当たり障りのない存在感の男がくっついていますが、それは、キャサリン・シリーズからの伝統だったわけですな。

  それはさておき、中身ですが、面白いです。 企業の競争というか、暗闘というか、それが、鬼気せまる迫力で描きこまれていまして、推理小説ではなく、企業小説なのではないかと錯覚するほどです。 人が死んでいるのに、技術的な見地からしか物を言わない、技術部長が、怖いくらいに凄まじい。 口先でお悔やみを言っても、死者の無念さなんか、微塵も考えていなくて、自分が開発した繊維が、燃えるわけがないと、そればっかり、繰り返します。 だけど、こういう人、実際に、いそうですな。

  販売部長が、また、「私は、野心家の方を信用する。 野心のない人間は、どんなに性格が好くても、信用しない。 そんな人間は役に立たない」と言い放つ輩で、これまた、実際に、いそうなタイプです。 「他人というのは、別に、あんたの役に立つ為に、存在しているわけではないのだよ」と、子供に諭すように、わざわざ教えてやらなければ、理解できないのでしょう。 「あんたみたいな、人格低劣な人間に信用されたら、その方が迷惑だわ」と言い添えるのを忘れずに。 もっとも、こういう人間は、誰に何を言われても、一生、下司のままだと思いますけど。

  企業戦士的な行動を取る登場人物に限ってですが、人間観察が、行き届いていますわ。 一方、犯人の方の人物像は、かなり、スカスカです。 犯人が誰か、読者に気取られないように、わざと、存在感を薄くしているわけですが、犯人の性格が、第三者の口からしか語られないので、どういう人なのか、実感として伝わって来ないのです。 キャサリンや狩矢警部と、もっと会話させて、為人が自然に知れるようにすれば良かったと思うのですがね。

  そのせいか、企業間の戦いの場面が終わり、トリックや謎の解明が進んでいくと、後ろの方のボリュームがなくなって、急につまらなくなってしまいます。 推理小説で一番大事な、謎解きが盛り上がらないのだから、残念な話。 3分の2くらいまでの、手に汗握る展開を思うと、実に惜しい。

  ところで、メインの謎に据えられている、コースターに書かれた、ローマ字の名前ですが、あまりにも簡単すぎて、すぐに分かってしまいます。 容疑者達の名前が、すでに挙がっているのに、二通りに読める事に気づかない読者は、まず、いないでしょう。 一方、新婦控え室発火のトリックは、専門知識がないと、分かりません。 「難し過ぎる」というような、程度の問題ではなく、薬品や危険物の特殊な知識を持っていなければ、全く分からないのです。 そういうトリックを使うと、読者が白けてしまうので、あまり、感心しません。

  いい所と悪い所が入り混じっていますが、推理物としての期待を高く持ち過ぎなければ、小説としては、十二分に面白いと思います。 三冊読んだ中では、最も、読み応えがありました。


  作品内容とは関係ありませんが、解説に問題がありまして・・・。 山村さんの事を、「女にしておくのはもったいない」などと書いているのですが、性差別意識丸出しで、隠そうともしておらず、読んでいるこちらが、冷や汗が出ます。 1980年代だから、誉め言葉と取って貰えたのであって、今世紀に入ってからだったら、編集者に、没にされたと思います。 解説でも、没ってあるんだろうか?



≪空白の起点≫

講談社文庫
講談社 1980年初版 1984年10版
笹沢佐保 著

  発表は、1961年の雑誌連載。 その時のタイトルは、≪孤愁の起点≫だったのが、単行本にする時に、≪空白の起点≫に変更されたとの事。 古いですなあ。 推理小説だから、20年近く経った後でも、文庫化されたのであって、一般小説だったら、とても、そんな事はしてもらえなかったでしょう。 


  大阪から東京へ向かう列車が、真鶴半島付近に差しかかった時、崖の上から、男が海に突き落とされたのを、車窓から若い女が目撃する。 死んだのは、偶然にも、その女の父親で、その後、父親の知人の男が容疑者として浮かぶが、その男も、崖から飛び降りて、自殺してしまう。 たまたま、同じ列車に乗り合わせていた保険調査員の男が、女の父親に多額の生命保険が掛けられていた事を知り、調査を始める話。

  古い作品で、もう、読む人も少なかろうと思われるので、一部ネタバレさせてしまいますが、目撃者が、落とされた男の娘だったという時点で、もう、犯人は、娘以外に考えられますまい。 それを、後ろの方で引っ繰り返してあれば、また別ですが、そういうわけではないのです。 保険金の受取人が娘なのですから、警察が娘を疑わないのは、不自然です。 まず、娘を容疑者と見做して、アリバイを崩す事を考えるのではないでしょうか。

  崖に施されたトリックにしても、警察なら、鑑識が、舐めるような調査をするはずでして、保険調査員が気づいて、警察が気づかないのは、不自然です。 そもそも、こんな不確実性が高いトリックが、実際にうまく行くのか、大変、大変、疑わしい。 ほとんど、一か八かの賭けになってしまうと思うのですがね。

  むしろ、女の出生の秘密に関わる謎の方が、細かく描き込まれていて、ありきたりながらも、興味を引きます。 もっとも、そういう事も、警察の方が、捜査を巧くやると思います。 民間人探偵物で、注意すべきなのは、警察が警察式の捜査でやっても、すぐに分かるような事を、探偵役に調べさせてはいけないという事です。 使う人手が違うのであって、警察に敵うはずがないからです。

  一応、トリックが使われているから、本格物に分類されますが、小説の雰囲気は、間違いなく、ハード・ボイルドの影響を受けています。 たぶん、60年代のこの頃は、本格物が飽きられて、ハード・ボイルドが、ウケていたんでしょう。 今の感覚で読むと、主人公の性格が、渋さを通り越して、暗過ぎ。 全く、親近感が湧きません。 それでいて、女癖も悪いと来た。 いいところがありません。

  文体も、くどくて、うんざりしてしまいます。 理屈っぽいんですよ。 三人称ではあるものの、主人公の思考を追う形を取っているのですが、「これは、こうだから、こうであるはずだ」といった推測が、地の文で、延々と続くと、その推測を信じていいのか、疑うべきなのか、読者には判断がつかず、読むのが苦痛になってしまうのです。 こういう無用な理屈っぽさは、日本の古い推理小説独特ですなあ。



≪南紀白浜 安珍清姫殺人事件 【赤かぶ検事シリーズ】≫

光文社文庫
光文社 1995年初版
和久峻三 著

  母が、コンビニ・バイト時代に買ったもの。 例によって、コンビニの本棚に似合いそうな装丁です。 約280ページで、480円。 私の感覚では、文庫で、400円を超えると、高いなあと思いますが、90年代の文庫だから、まあ、そんな値段が、相場だったんでしょうなあ。 恐らく、今では、もっと高くなって、500円以下の文庫は探すのが難しいのではないかと思いますが、そこまで高くなってしまうと、「読者に、良書を安く提供する」という、文庫本来の目的が失われてしまうと思うのは、私だけですかいのう?

  和久峻三さんの赤かぶ検事シリーズは、2時間サスペンスで、何十年も作られ続けているので、知らない人はいないと思います。 私も、ドラマの方は、少なくとも、二十本以上は見ているはず。 シリーズ物としては、内容が濃いというのが、印象でした。 小説の方は、これが、私が読んだ、シリーズ最初の本です。


  京都地検に赴任中の赤かぶ検事夫妻が、南紀を観光して回った直後に、京都府警の警部補が、南紀の名所「野猿」の対岸で、蝮に咬まれて死ぬ事故が起こる。 続けて、最初の犠牲者の従兄弟で、和歌山県警の警部補をしている男が、同じく南紀の名所「谷瀬の吊り橋」で、射殺された上、突き落とされる事件が起こる。 更に、二つの事件に関係がある日系ブラジル人の女を調べる為に、松本に向かった行天燎子警部補が、行方不明になり、赤かぶ検事らが、必死になって、捜索する話。

  なんつーかそのー、ドラマのイメージとは大違いで、これは、推理小説として、相当、拙い方なのではないかと・・・。 まず、冒頭から60ページ近く続く、赤かぶ検事夫妻の南紀旅行が、それ以降の事件と、ほとんど関係していないところが、奇妙。 確かに、検事夫妻は、「野猿」にも行っているんですが、単に、その場所を紹介しているだけで、検事が行ったから、事件が起こったわけではありません。 単なる偶然なんですな。

  また、その旅行の部分が、やたら、歴史絡みの伝説ばかり紹介していて、そこだけ、別の話のよう。 勉強になると言えば、なるかもしれませんが、推理小説で、勉強する気は、あまり、ないです。 だけど、そこまでは、まだいいとして、問題は、京都に帰ってからでして、赤かぶ検事が、ほとんど、京都地検の自分の部屋から動きません。 刑事達に指図して捜査させ、その報告を受けるだけ、というパターンで、事件解決まで行ってしまいます。 アーム・チェア・ディテクティブなわけだ。

  地の文が、極端に少なくて、ほとんどが、検事と刑事達の、会話によって進む形式も、ここまで、度が過ぎると、如何なものかと思います。 セリフばっかりというと、ラノベが思い浮かびますが、別に、ラノベ的に読み易いというわけではなく、会話されている内容は、恐ろしく、入り組んだ内容で、むしろ、大変、読み難いです。

  更に、事件の内容が、密輸絡みの殺人でして、安珍清姫伝説に、無理やり重ね合わせてはいるものの、あまりにも、関係が薄い。 どうしてまた、安珍清姫からスタートした話が、ブラジル密売コネクションになって行くのか、理解に苦しみます。 ストーリー進行のセオリーから逸脱し過ぎているのです。 創作意図があって、わざとそうしているのか、話がうまく出来なくて、やむなく、そうしてしまったのか、判断がつきかねる。

  トドメに、行天燎子警部補の活躍(?)ですが、こんな事で、表彰なんかされるわけがないです。 本来、二人一組で捜査に当たるべきところを、一人で、松本へ出かけて行って、犯人グループに、あっさり捕まり、捜査陣の足手纏いになるとは、何たる失態。 表彰どころか、懲戒処分が妥当でしょう。 これが、表彰されるというのなら、「また、同じ事をやれ」、「他の刑事も見習え」とでも言うんですかね?

  ところで、この文庫、珍しい事に、巻頭に写真ページがあり、作者本人が撮影した南紀の写真が載せられています。 腕に覚えがあるから、文章だけでなく、写真も、という事になったのでしょう。 うーん・・・、こういうのは、どう取るべきなのか・・・。 話の中身が、もっと、南紀に関係が深ければ、写真を載せるのは、雰囲気が盛り上がって、いいと思うんですが、そうではないから、渋い顔になってしまうんですなあ。



≪赤かぶ検事転勤す 【赤かぶ検事奮戦記10】≫

角川文庫
角川書店 1983年初版 1985年8版
和久峻三 著

  母の蔵書。 製本所に勤めていた、父方の叔父から貰った本。 1985年というと、赤かぶ検事シリーズは、その頃すでに、フランキー堺さん主演のテレビ・ドラマが放送されていて、和久峻三さんの本は、飛ぶように売れていたのではないかと思います。 これは、四話収録の、短編集、というべきか、中編集というべきか、そういう本です。


【赤かぶ検事転勤す】 1982年
  赤かぶ検事が、高山から下関へ転勤する途上、新幹線の中で、検事の妻が、誰かの忘れ物のバッグを見つけ、駅に届けるが、中から、千五百万円の現金が出て来て、驚く。 その後の捜査で、それが、誘拐事件の身代金だった事が分かる話。

  なんだか、推理小説らしくないです。 誘拐事件の方は、司法側とは無関係に、勝手に解決してしまい、その後に起こった殺人事件の方の捜査で、誘拐事件があった事が分かるという形になっているのですが、これまた、赤かぶ検事は、刑事達の報告を受けるだけで、自分では、大した事をしていません。

  穿った見方をすると、一時間物テレビ・ドラマの、一回分を埋める為に作られた話のような感じを受けます。 82年は、ドラマ・シリーズが進行中ですから、原作者に意識するなという方が無理な相談でしょうか。 実際、83年には、この作品もドラマになっているようです。


【藍場川の鯉は見ていた】 1982年
  連続強盗婦女暴行事件の一つと思われていた事件の容疑者に、自損交通事故で、夫が重態となっている女の名前が挙がり、両者の関連を調べる内に、他の場所で起こった殺人事件までが絡んでいた事が分かる話。

  面白いというほどではないですが、これまでに私が読んだ、赤かぶ検事シリーズ3作の中では、最も、纏まりがあります。 とはいえ、文庫本76ページの作品にしては、ちと、事件が複雑過ぎて、辻褄の説明に行数を使い過ぎている嫌いあり。 平たく言うと、理屈っぽ過ぎるのです。

  相変わらず、赤かぶ検事は、刑事に捜査させて、報告を受けるだけですが、もしかしたら、これが、赤かぶリーズ原作の、基本的なパターンなのかも知れません。 本物の検事は、捜査の陣頭指揮などしないわけで、この方が、現実に近いのでしょう。


【海峡の狐】 1982年
  犬の訓練師のシェパードが、主婦を噛み殺した事件の裁判で、被告が、自白を刑事に強要されたと、容疑を否認する。 ところが、その訓練師には、裏の顔があり、覚醒剤の密輸・密売が絡んでいた、という話。

  当初、事故や、過失と思われていた案件の裏に、実は、もっと大きな事件が隠れていて、それが暴かれる事で、読者を驚かせる、というのが、赤かぶシリーズのパターンの一つのようです。 だけど、どうにも、推理小説らしくないですなあ。 赤かぶ検事が果たす役割が少なくて、探偵役として物足りないのが、大きな理由。 物語ではなく、ただの事件記録を読んでいるような印象です。 それでいて、地の文は少なくて、会話主体で話が進むんですが。

  事件本体と全く関係なしに、赤かぶ検事の娘が出て来ますが、長編のシリーズ物ならともかく、短編で、そういうのをやられると、余計な場面という感じが、強烈にします。 恐らく、テレビ・ドラマになる事を意識して、そういう要素を入れていたんじゃないかと思うのですが、小説としては、完成度を損なう蛇足としか言いようがありません。


【おかしな年頭問答】 1983年
  飼い犬を殺し、死骸を持ち去る事件が、連続して起こり、死骸が纏めて池に捨てられた後、容疑者が浮かび、逮捕される。 ところが、裁判が始まってから、犬の被害届が所帯主名義になっていなかったせいで、弁護側につけ入られてしまう話。

  一応、梗概を書きましたが、話の中身は、バラバラで、一つの物語としての体をなしていません。 メインである犬の事件は、動機が曖昧過ぎるし、それに覚醒剤が絡んでいて、焦点が絞られていないし、タイトルにある、年頭問答は、内容と関係ないしと、ごった煮感が満載。 犬の事件だけに的を絞り、細部を描き込んで、肉付けすれば、ずっと面白い話になったのに。

  この作品だけではありませんが、地検・萩支部の検察事務官である槇野伊都子という女性が、不必要に賛美されていて、猛烈な違和感を覚えます。 話の中身と無関係に、美人だの、雰囲気がいいだの、垢抜けているだの、そんな事ばかり書き連ねてあるのですが、全て、蛇足。 これも、ドラマにした時に、美人女優に演じてもらいたいという、映像化配慮の一つなんでしょうか? そうとでも考えないと、なぜ、こんなにくどくどと、彼女を誉め続けるのか、理由が分かりません。

  ≪安珍清姫殺人事件≫に出てきた、行天燎子警部補からも、全く同じ印象を受けましたが、どーしても、理想的美女を出さねば、気が済まないようですな。 華を添えるのが狙いだったのかも知れませんが、あまりにも、くどい。 まるで、美しくなければ、女の価値がないかのような描きぶりです。 前世紀だから許されたわけですが、今、こんな事を書いたら、セクハラ扱いは避けられないでしょう。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の

≪燃えた花嫁≫が、6月28日から、31日。
≪空白の起点≫が、7月1日から、7日。
≪安珍清姫殺人事件≫が、7月8日から、17日。
≪赤かぶ検事転勤す≫が、7月17日から、24日。

  ≪燃えた花嫁≫こそ、まだ、4日間で読んでいますが、≪空白の起点≫以降、ドーンとペースが遅くなります。 これは、読み手フォーマットの変更に時間がかかったのも然る事ながら、はっきり言って、作品が、つまらなかったのです。 母の蔵書の中に、笹沢佐保作品は、他にもあるのですが、一冊で辟易し、和久峻三作品に切り替えます。 ところが、和久作品の方も、私の好みからは、甚だ遠くて、なかなか、ページが進まなかったというわけ。

2017/09/03

読書感想文・蔵出し (29) 

  読書感想文です。 今回の途中で、西村京太郎作品は終わり。 母の蔵書の中にある西村作品が、これだけだからです。 図書館へ行けば、読んでいない本が、5・60冊並んでいる事は確認済みなのですが、読めば面白いと分かってはいるものの、「人生の時間は有限なのだし、他の本を読んだ方がいいかなあ」と思えて、なかなか、手を出す気になれません。




≪尾道に消えた女≫

NON POCHETTE
祥伝社 1995年初版 1996年5版
西村京太郎 著

  母の蔵書。 コンビニ・バイト時代に買ったもの。 コンビニっぽい装丁ですが、なんと、カバーの表紙は、写真です。 やっつけとるのう。 「祥伝社」という社名も、「NON POCHETTE シリーズ」も、初耳です。 ほんとに、いろんな出版社があるんですねえ。 書店だと、大手出版社以外の文庫は、なかなか、場所を割いて貰えないと思うのですが、コンビニなら、新規参入できるといった事情があったのかも知れません。 1991年に、同社の「ノン・ノベル」から、新書判で刊行されたとあります。


  十津川班の日下刑事の妹が、行方不明になった女友達を捜しに行った尾道で、船から突き落とされて溺れかける事件が起こる。 日下刑事が現地に赴いて調べたところ、妹の友人がいなくなった夜に、海岸でキャンプをしていたグループが、騒ぎを起こしていた事が分かり、それをきっかけに、奇妙な活動方針を持つ強盗団の存在が明らかになる話。

  この奇妙な強盗団というアイデアが、シュールで、面白いです。 「こんなやつら、いないだろう」と、常識的には思うのですが、そもそも、犯罪者グループというのは、非常識な人間の集まりですから、あながち、ありえなくもないかも知れません。 ただし、殺人もたらわない、冷血なリーダーに率いられており、ロマンのようなものは、微塵も感じさせません。

  警視庁の十津川班を、地方で起きた事件に絡ませる為に、わざわざ、日下刑事の妹の友人を行方不明にしているわけですが、無理に、関係者繋がりにしなくても、単に、行方不明者が、東京の人間だったから、警視庁に捜査協力依頼が来たという事でいいんじゃないですかね? どうも、この年代の作品になると、2時間サスペンス的な、分かり易いけど、嘘っぽい設定が、原作者の方に、逆流する形で、悪影響を与えている嫌いがあります。

  その点を除けば、十二分に、面白い話です。 奇妙な強盗団と、変わった目的意識を持つ首領というアイデアだけでも、しっかり、記憶に残ります。



≪五能線誘拐ルート≫

講談社文庫
講談社 1995年初版
西村京太郎 著

  1992年7月に、講談社ノベルズとして刊行された、とあります。 これも、母の蔵書で、コンビニ・バイト時代に買ったもの。 私は、母が、この本を買って間もない頃に、一度読んでいるんですが、95年というと、もう、バイク通勤を始めていた頃ですから、別に、電車の中で読んだわけではなかったんですな。 もはや、記憶が曖昧です。


  青森県の五能線・十二湖駅で、若い女性タレントと、そのマネージャー、カメラマンの三人が誘拐され、タレントの実家から身代金が支払われて、無事に返される。 同様の事件が、東京のフランス料理店でも起こり、会社社長夫妻が誘拐され、これも、身代金が支払われて、返される。 被害者が、事件の存在すら認めようとしない中、十津川班が、次の標的を推測し、奇妙な目的意識で集まった誘拐犯グループを捕まえようとする話。

  これも、≪尾道に消えた女≫と同じく、誘拐犯グループの目的が変わっていて、シュールな雰囲気が漂っています。 殺人をためらわない点も、同じ。 笑えないんですが、金や恨みといった、普通の犯罪者の目的とは掛け離れているので、不思議な面白さを感じさせるんですな。

  被害届が出ていないのに、捜査を始めざるを得ない十津川班ですが、割と早い段階で、犯人グループの目星がつきます。 彼らを監視して、次の誘拐事件を起こした時に、捕えようとするわけですが、その捜査方法が、彼らが読んでいる雑誌の内容を調べるという、気が遠くなるようなもので、警察組織でなければできないやり方だと、思わされます。

  私が、これまでに読んだ、十津川班の捜査方法は、実に地味なもので、たまに、十津川警部が、閃きで解いてしまう場合もありますが、ほとんどのケースでは、地道な、警察的捜査方法を採ります。 何かに似ていると思ったんですが、クロフツの、フレンチ警部シリーズが、ほぼ、同類の捜査手法ですな。 参考にしているのかも知れません。

  ちなみに、タイトルの、「五能線」ですが、最初の事件が起こった所というだけで、別に、五能線沿線で、捜査が進むというわけではありません。 トラベル・ミステリーのファンで、旅情を求めている方は、肩すかしを食わないように。 その手の羊頭狗肉は、トラベル・ミステリーでは、珍しくないですけど。



≪天の橋立殺人事件≫

講談社文庫
講談社 1993年初版
山村美紗 著

  山村美紗さんの小説は、今までに、一冊しか読んだ事がなくて、長い事、家にある母の蔵書を読んだと思い込んでいたのですが、このたび、改めて記憶を探ってみたところ、高校生の時に、学校の図書室にあった本を読んだのではないかと思えて来ました。 しかし、もう、35・6年も前の事ですから、自信はないです。 本格トリックが使ってあって、「ああ、山村美紗さんというのは、しっかりした話を作る人なんだな」という印象を受けたのが、記憶に残っていますが、作品のタイトルは、全く覚えていません。

  この、≪天の橋立殺人事件≫は、母の蔵書。 たぶん、親戚のコンビニでバイトをしていた頃に買った文庫の一冊だと思います。 いかにも、コンビニの本棚に似合いそうな、装丁の本ですわ。 今でも、コンビニには、文庫本が置いてあるんですかね? 滅多に行かないので、さっぱり分かりません。 もう、活字の本なんて買う客は、いないような気がするんですけど。 つまり、90年代は、今と比べれば、まだ、文化レベルが高かったと言いたいわけです。


  京都から、天の橋立へ向かう列車の中で、東京の証券マンが刺殺された事件をきっかけに、連鎖的に、いくつかの殺人事件が起こる。 それらの事件の容疑者達が、キャサリンが入院していた病院の関係者だった事から、キャサリンと浜口が、事件に首を突っ込み、時刻表トリックと共犯関係の複雑な組み合わせに、いくつもの推理を繰り広げて行く話。

  私が、昔読んだ本が、この作品でなかった事は確かです。 すっごい、理屈っぽい話。 推理小説だから、推理する場面が出て来るのは当たり前ですが、こんなにたくさん出て来るのは、初めて読みました。 主に推理するのは、日本好きの金髪アメリカ人女性であるキャサリン、その恋人の浜口、そして、狩矢警部の部下、橋口の三人ですが、その三人だけで、十回以上、推理仮説を立てます。

  当然の事ながら、最後の一つだけが、当たっているわけで、それ以外の推理は、全て、外れです。 外れ推理と分かっていて、読んで頭に入れなければならないのは、大変、苦痛です。 正直に白状しますと、私は、外れ推理は、ほとんど、読み飛ばしました。 しかし、推理小説の読者には、いろいろな趣味の人がいるから、中には、こういうのが好きな人もいるのかも知れません。 外れ推理と分かっていても、細かく検証して、当たっている部分を拾い出し、当たり推理を予測する趣味を持つ人が。

  この作品が、キャサリン・シリーズの何作目なのか分からないのですが、すでに、キャラクターを使い切っていて、キャサリンにも、浜口にも、人間的魅力は、ほとんど感じられません。 事件と無関係に、ベタベタしているのが、不快なだけ。 食事をする場面がやたら多いですが、事件とは関係なし。 狩矢警部は、出ては来るものの、個性を出すような事はないです。

  登場人物に、誰一人として、個性を感じられないのが、この作品の最大の欠点でしょうか。 あと、主要登場人物の距離的な移動が激しいですが、それが、全く、面白さに繋がっていないのも、無駄を感じさせます。 タイトルになっている天の橋立も出て来ますが、そこがメインの舞台になるわけではないので、要注意。



≪百人一首殺人事件≫

光文社文庫
光文社 1984年初版
山村美紗 著

  母の蔵書。 私が昔、一冊だけ読んだ、山村美紗作品は、これだったんですかねえ? 84年だと、すでに、ひきこもり時代ですから、高校の図書室で読んだものではない事になります。 しかし、そもそも、家にあった本を読んだのか、図書室の本を読んだのか、記憶が定かでないので、年代で決めるわけには行きません。 また、私が図書室で読んだのと同じ本を、偶然、母が後から買ったという可能性もある。 もう、つきとめるのは無理かも知れませんなあ。

  280ページくらいの長編推理小説。 発表は、1978年で、書き下ろし作品だそうです。 いやー、それは、昔ですな。 キャサリン・シリーズとしては、まだ、初めの頃。 そのせいか、 情景描写が細かくて、勝負作品として書かれた事が分かります。 特に、冒頭の、八坂神社の、おけら詣りの場面は、推理小説には似つかわしくないほど、活き活きしています。


  大晦日、おけら詣りで賑わう京都八坂神社で、若い女が、破魔矢で刺し殺される事件が起こり、たまたま、現場に来ていたキャサリンと浜口が、捜査に首を突っ込む事になる。 キャサリンが、偶然、撮った写真と、被害者が持っていた百人一首の字札から、ある百人一首研究者の名前が上がるが、その人物も、自宅の二重密室で殺されてしまい、やはり、百人一首の字札が残される。 キャサリンと狩矢警部が、協力しつつ、事件の謎を解いて行く話。

  先に書いたように、出だしは、超一級。 続く、二重密室の場面も、いい雰囲気で、ゾクゾクします。 ところが、百人一首の大会まで進むと、マニアック過ぎて、白け始め、続いて、突然、大津の病院が出てくると、どっと白けて、あとはただ、ダラダラと筋を追うだけの読書になってしまいます。 惜しいなあ。

  トリックは、二重密室や、電話のダイヤル方法など、幾つか使われています。 いずれも、本格トリックですが、説明されると、「なーんだ」と言ってしまいそうなもので、たぶん、現代の読者なら、子供騙しっぽく、感じてしまうでしょう。 しかし、機械仕掛けトリックは、複雑過ぎて分かり難いのは、最悪なので、私としては、こういう、すっきりしたものの方が、ありがたいです。

  百人一首の世界と、問題病院の世界が、水と油で、そこが、致命的な欠点になっています。 百人一首の世界一本で通せば、ずっと良い作品になったと思うのですがねえ。 犯人の動機が、問題病院による被害と、血縁者が恋人に裏切られた事への復讐なのですが、二つの動機が、たまたま、重なったというのは、不自然でして、そこも、リアリティーを欠いています。

  キャサリンには、いくつも見せ場が用意されていますが、狩矢警部の露出も多くて、ダブル探偵物になっています。 普通、探偵役を二人出すと、どちらかに、間違い推理をさせなければならないから、いい話にならないんですが、この作品は、充分に長いおかげで、どちらにも花を持たせる事に成功しています。

  誉めたいんだか、貶したいんだか、自分でも分からなくなってしまいましたが、人様から、「読む価値があるか?」と訊かれたら、「ある」と答えたい作品です。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の

≪尾道に消えた女≫が、6月12日から、13日。
≪五能線誘拐ルート≫が、6月14日から、16日。
≪天の橋立殺人事件≫が、6月17日から、22日。
≪百人一首殺人事件≫が、6月22日から、28日。

  山村美紗作品になった途端に、読むスピードが遅くなっていますが、これは、山村作品の方が読み難いというわけではなく、西村京太郎作品とは、作風や文体が違うので、読者側で、脳のフォーマットを切り替えなければならず、それに手こずったからだと思います。 母の蔵書の山村作品は、3冊しかなくて、切り替えが完全に終わらない内に、読み終わってしまいました。