2023/07/30

EN125-2Aでプチ・ツーリング (46)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、46回目です。 その月の最終週に、前月に行った分を出しています。 今回は、2023年6月分。





【長泉町南一色・道祖神】

  2023年6月5日、長泉町・南一色にある、「道祖神」へ行って来ました。 ネット地図で見つけた所。 住宅地の中で、地図だけだと、心許ないですが、航空写真を見て、目印を頭に入れておくと、探し易いです。

≪写真1≫
  南一色地区の共用地の片隅にありました。 石碑が二つ。 左側は、「道祖神」と彫ってあります。 これが、そうかと思ったんですが、家に帰ってから、写真を見てみたら、右側の石に、道祖神らしき、浮き彫りがありました。 左側の石の手前にある、小さな深緑色のものは、線香立てではなく、ただの艶がある石です。 上が平らになっているので、供物の台なのかも知れません。

≪写真2左≫
  この共用地には、「自主防災倉庫」や、「可搬ポンプ置き場」があります。 勝手に、バイクを停めてしまいましたが、まあ、短時間なら、咎められるような事はないでしょう。

≪写真2右≫
  すぐ近くを通っている、伊豆縦貫道の高架。 ここには、以前、カインズ・ホームで、亀の室内ケージにする衣装ケースを見る為に、折自で来た事があります。 ダイナミックな景色ですな。

≪写真3≫
  高架の近くに停めた、EN125-2A・鋭爽。 この角度は、バイクらしいですねえ。 外観は、ほとんど、デフォルトですが、ミラーだけ、汎用品が付いています。 標準のミラーは、黒の卵形。

≪写真4≫
  黄瀬川沿いに、少し引き返した所で撮った写真。 この程度の落差だと、滝と言わないのか、地図には載っていません。 長泉町立北中学の対岸。 泉橋の袂です。 ダイナミックな景色ですな。




【長泉町東野・伊豆半島ジオパークの解説板】

  2023年6月13日、長泉町・東野へ、「伊豆半島ジオパークの解説板」を見に行って来ました。 ネット地図に出ていたのです。 長久保城址の交差点から、坂を登って行き、新東名を越えた辺り。 予め、航空写真を見て行ったお陰で、割と簡単に、発見できました。

≪写真1≫
  この解説板が、それ。 伊豆半島がどうやって、本州に衝突したかといった、地理的な事が解説されています。 同じような解説板は、他でも、目にした事があります。

  見えているのは、伊豆半島北部の景色。 ここに解説板が設置されたのは、眺めがいいからでしょうが、浄水場の敷地なので、立て易かった事もあるのかも知れません。

≪写真2≫
  「長泉町 上水道 東野浄水場」。 この敷地内に、解説板が立っているのです。 無人のようですが、マリー・ゴールドの花壇が、異様に綺麗なところを見ると、しょっちゅう、人が見に来ているんでしょうなあ。

≪写真3左≫
  敷地内にあった石碑、「産業開発記念碑」。 漢字仮名混じり文。 長いので、読む気になれません。

≪写真3右≫
  浮き彫りの像。 仏物というより、神物っぽい。 道祖神にしては、ちと、怖過ぎるか。

≪写真4左≫
  歩道に停めた、EN125-2A・鋭爽。 歩道は、駐車禁止ですが、運転者がすぐそばにいるから、停車という事で、たぶん、大丈夫でしょう。 ロケーション的にも、警察が巡回に来るような雰囲気ではないです。

≪写真4右≫
  この通りは、「ファルマバレー通り」と言うようです。 「ファルマ」は、医薬品の事ですかね? 近くに、「県立静岡がんセンター」があり、「富士山麓先端健康産業集積プロジェクト」の関連だそうですが、よく分かりません。 下の方に、小さな文字で、「ちょうどいいが いちばんいい」と書いてあります。 それは、その通りですな。




【長泉町下長窪・八反田守護神】

  2023年6月20日、長泉町・下長窪にある、「八反田守護神」へ行って来ました。 ネット地図で見つけた所。 国道246号線の陣場交差点から北西へ曲がり、最初の交差点を、北東に曲がり、更に、最初の交差点を、北西に曲がり、少し行った所にあります。

≪写真1≫
  畑の一角に、ブロック塀で囲まれた敷地が取ってありました。 土地の寄贈を記した石碑があったので、個人で祀っているわけではないようです。

  コンクリートの鳥居あり。 平成八年(1996年)の建立。

≪写真2≫
  石の祠、石像、石碑が、5つ、ありました。 4つは、神物。 1つは、仏物のようです。 「八反田守護神」とは、うまく纏めた命名です。 八反田は、この辺の地名。

≪写真3≫
  隣接する畑の、道路側に植えられた紫陽花が、満開でした。 株が大きいと、壮観です。

≪写真3右下≫
  これは、八反田守護神のブロック塀の外側に置かれたプランターで咲いていた、マリーゴールド。

≪写真4≫
  道路の向かい側に停めた、EN125-2A・鋭爽。 路肩ですが、他に停める所がなかったので、致し方ない。 短時間なら、咎められるような事はないと思います。 守護神の写真を撮っていれば、尚の事。




【長泉町下長窪・八幡神像】

  2023年6月20日、長泉町・下長窪にある、「八幡神像」へ行って来ました。 ネット地図で見つけた所。 西願寺の境内にあります。 西願寺は、国道246号線の、八反田交差点の近くですが、八幡神像の祠は、裏手にあるので、ぐるっと回り込まなければなりません。

≪写真1≫
  寺の裏手にある、墓地の入口。 竹が、気持ちよく伸びています。

≪写真2左≫
  八幡神像の祠を側面から。 祠と書いていますが、これは、覆いです。 木造のようですが、三方の壁は、コンクリート板のようにも見えます。 屋根は、銅板葺き。

≪写真2右≫
  正面から。 この中に、木製の祠が安置され、その中に、八幡神像が納められています。 高さ23センチ、幅30センチの木像。 1686年より古い事は確からしいですが、それにしては、色がはっきり残っていて、ことによったら、修復されているのかも知れません。 写真を撮って来たんですが、畏れ多いので、出しません。 もちろん、文化財保護に配慮して、フラッシュは使いませんでした。

≪写真3≫
  墓地入口の、すぐ北側に、246号を跨ぐ、跨道橋が架かっています。 その上から、北東方向を撮りました。 私は、この道を、20年以上、裾野市の北の端まで通いましたが、こんな風に、上から見下ろしたのは、初めてです。

≪写真4左≫
  墓地の入り口に停めた、EN125-2A・鋭爽。 246号を撮影して、戻って来たら、墓地の方から、喪服を着た無マスクの一団が、ベラベラ喋りながらやって来たので、大慌てで、バイクを押して逃げました。 跨って、エンジンをかけないまま、坂を下り、桃澤川に架かる橋の近くまで行って、ようやく、一息ついた次第。

≪写真4右≫
  桃澤川の橋の近くにある住宅で、道路に向いて咲いていた、黄花コスモス。 いつ見ても、いい色だなあ。 軽薄さを感じさせないところが良い。





  今回は、ここまで。

  6月の前半は、町内会の組長が、自治会費の集金に来るので、非対面で対応しようと工夫し、何とか乗り越えました。 6月後半から、お中元が来始める、7月初頭までは、楽に暮らせる予定だったんですが、6月16日から、突然、右脚の腿が痛み出し、夜、眠れなくなりました。 原因、不明。 更に、6月24日からは、庭にあった山漆にかぶれて、右腕と腹が、真っ赤に腫れました。 もう、地獄ですな。

  それでも、プチ・ツーは続けていて、今回の、後半二回は、腿の痛みや、かぶれの痒みを我慢しながら、出かけたものです。 一回休むと、間隔が、2週間 開いてしまうので、バッテリーを維持する為には、行かざるを得ないのです。 しかし、理性的に考えるなら、バッテリーよりも、自分の健康を優先すべきでしょうねえ。

2023/07/23

実話風小説 ⑱ 【締める女】

  「実話風小説」の18作目です。 初心回帰して、短くしたにも拘らず、まだ、負担感が消えません。 何とか、20作くらいまでは、続けようと思っているのですが、その前に、気力が折れるかも知れません。




【締める女】

  言うまでもない事だが、家庭内暴力(DV)は、暴力を振るった側が、悪い。 暴行罪、傷害罪は、誰でも知っている、刑事犯罪である。 通報されれば、警官が駆けつけて、その場で手錠をかけられ、連行される。 そのくらい、明々白々な犯罪行為なのである。 それに関しては、異論を許すつもりはない。 手を上げてしまったら、「善良な一市民」の資格は、永久に失ってしまうのである。

  ただ、暴力を振るわれる側に、問題が全くないわけではないケースもある。 DVのきっかけを、被害者側が作ってしまっている場合があるわけだ。 くどいようだが、繰り返すと、それでも、そのきっかけ自体が、犯罪行為でなければ、暴力を振るう方が悪い事に、変わりはない。



  女Aは、男Bと、友人の紹介で知り合った。 女Aは、それ以前にも、片手で数える程度の男達と交際した経験があったが、いずれも、自分の方から切り出して、別れていた。 都会で遊びたいと思っていた女Aにとって、別れた男達は、平均的過ぎて、物足りなかったのだ。 男Bは違っていた。 勤め先は、名の知れた企業で、硬いイメージがあったが、その割には、社会経験が豊かで、様々な遊び方を知っていた。 収入が安定しているから、遊びに使えるお金も多いのだろうと、女Aは思っていた。

  交際は順調に進んだ。 男Bと出会う前とは、比較にならないくらい、女Aは、いろんな遊びを楽しむ事ができた。 大人向けの飲食店、レジャー施設、観光地、各種スポーツ、ギャンブルなど。 もちろん、性交渉も含む。 一年後には、男Bから、プロポーズされて、一応、「ちょっと、考えさせて」と答えたものの、心はもう、受け入れる事に決めていた。

  さっそく、同性の友人達に、プロポーズされた事を自慢。 勤め先の同僚達にも、自慢。 女性にとって、同性への自慢は、結婚の重要な要素である。 同性に対して、自慢できるような結婚でなければ、意味はないのだ。

  友人や同僚達は、男Bについて、詳しい事を知らなかったので、社交辞令的に、「おめでとう」と言う者が多かった。 ところが、女Aが、男Bとの交際の楽しさについて、実例を挙げて、話し始めると、友人の中に一名、同僚の中に一名、それぞれ、別の場所、別の時に、全く同じ事を指摘する者があった。

「Bさんて、どこに勤めてるの? 役職は?」
「X社。 まだ、若いから、平社員だけど」
「・・・・・」
「それが、何?」
「X社は有名だけど、平社員で、そんなに遊べるほど、収入があるのかな? と思って」
「・・・・・」

  実は、その不安は、交際が始まって、1ヵ月ほどした頃に、女Aも、感じた事があった。 一緒に遊びに行って、かかるお金は、全て、男Bもちなのである。 「女に金を使わせるほど、野暮じゃない」と言っていた。 「割り勘なんて、田舎もんのする事だ」とも言っていた。 以前つきあっていた男の中には、原則・割り勘というのもいて、それに比べて、男Bが、いかに、カッコよく、洗練されて見えた事か。

  だが、結婚するとなると、話は変わって来る。 女Aの不安は、増大した。 たまたま、X社に勤めている、大学時代の知人がいたので、電話をかけて、「何歳の平社員だと、どのくらいの収入になるのか」と訊いてみた。 「大体のところだけど・・・」と前置きした上で、教えられた金額は、給料もボーナスも、女Aの会社のそれより、一割多い程度だった。

  その程度の金額で、あんな豪遊ができるとは思えない。 しかも、二人分である。 もし、借金していないとすれば、給料・ボーナスを、生活費以外、全額、遊びに注ぎ込んでいるとしか思えない。 「やばいじゃん・・・」 女Aの背中に、冷たいものが流れ落ちた。

  それとなく 聞き出すのは、却って、不自然だと思い、結婚後の住居の話から始めて、貯金がいくらあるのかを、直接、訊いてみた。 男Bは、へらへら笑いながら、答えた。

「貯金なんて、ないよ」
「えっ! 一円も?」
「自慢じゃないけど、そんなの、した事ないよ。 車のローンはあるけどな。 わはははは! 口座に給料が入ったら、次の給料まで、もたせるだけ」
「定期預金は?」
「そんなの、金の亡者がやる事だぜ。 普通の人間は、縁がないだろ」
「・・・・・」

  女Aの顔色が、真っ青になっている事に気づいた男Bは、慌てて、付け足した。

「だって、お金と結婚するわけじゃないだろ? 俺だって、お前の貯金なんて、当てにしてないよ」
「じゃ、どうやって、暮らすの?」
「どうにでもなるよ。 今までだって、そうした来たんだから。 『金は天下の回り物』って、知らない?」
「・・・・・」

  女Aの顔が、濃紺になった。 平均的な死体より、顔色が悪い。 道理で、男Bは、金離れがいいわけだ。 収入を、生活費以外、全額、遊びに使っていれば、豪遊できても、不思議はない。

  女A、プロポーズの返答は、先延ばしにし、結婚すべきかどうかについて、悩みに悩んだ。 男Bの金遣い事情について指摘した友人や同僚に相談しなかったのは、恥を曝すのを恐れたからである。 まあ、相談したところで、他人の立場では、結婚をやめろとも言えないから、同じ事だが。 最終的に、決めるのは、本人なのだ。

  結局、男Bの考え方を変えさせるのが、本道だろうと判断した。 プロポーズを受け入れるに当って、家計は、女Aが取り仕切り、男Bは、小遣い制にするという、条件を出した。 小遣いは、いくらになるか、予定を訊かれて、給料の手取り額が、30万円以下の月は、5万円。 30万円を超えた月は、8万円。 ただし、その金額の中には、男Bが個人的に使う外食代を含む、と答えた。

  男Aは、なかなか、返事をしなかった。 男Aの給料が、30万円を超えた事は、一度もなかったから、結婚したら、ひと月の小遣いは、5万円になる。 外食代は、昼飯だけにしても、一回千円。 出勤日は、20日強くらいだから、2万円ちょい。 すると、小遣いとして使える金額は、3万円を割ってしまう。 今まで、20万円近く使って来た人間が、いきなり、3万円以下に抑えられるものだろうか?

  友人・同僚に相談したところ、「結婚するなら、そんなの当然だ」と言う者と、「よせよせ。 お前みたいなタイプが、小遣い制なんて受け入れたら、たちまち、窒息するぞ」と言う者に、二分された。 正反対の見解なのに、どちらも、的を射た意見であるのは、不思議だ。

  女Aに、小遣いの額を上げる交渉を試みたが、にべもなく、つっぱねられた。 今現在、貯金ゼロで、車のローンがあるのだから、マイナスからスタートする事になる。 もう、30歳近い年齢で、就職直後から貯金して来た人達と、資産額が、2千万円以上開いているのに、これ以上、差をつけられるわけにはいかない、と言った。 もっともな意見である。 ちょっと引っ掛かるのは、直近一年間に限って言えば、男Bの資産を減らしたのには、交際中、奢られっ放しだった、女Aにも責任がある。 その点については、女Aは、触れなかった。 卑怯なのである。

  結局、男Bは、条件を受け入れた。 結婚式の費用と、新居にした、賃貸アパートの初期費用は、男Bの親が出した。 女Aの親は、家具や台所用品などを揃えるのに、援助してくれた。 まずまず、幸せそうな結婚生活が始まった。

  しかし、今の新婚は、昔の新婚ほど、ラブラブではない。 交際中から、性交渉をしているので、甘い感動が続かない。 結婚前に、すでに、飽きているのである。 専ら、性交渉目的で交際していた相手とは、一度、飽きてしまうと、もう、他の話題がない。 この夫婦の場合、男Bの豪遊癖のお陰で、交際中は、話のネタに事欠かなかったが、結婚して、切り詰め生活になった途端、話す事がなくなった。 精神面での夫婦生活は、半年もしない内に、破綻してしまった。

  男Bは、友人や同僚のつきあいで、遊びに行く事があったが、その時にも、特別な小遣いなど、もらえなかった。 当初、冗談めかして、もらおうとして、女Aから、糞真顔で、きっぱり・すっぱり、断られたのである。

「お金の事に関しては、絶対、妥協しないから。 それは、しっかり、頭に入れといて」

  女Aの方も、必死だった。 「遊びまくった挙句に、駄目男を掴んだ」と、友人や同僚から、馬鹿にされたくなかったのだ。 もちろん、女Aも、勤めを続けていた。 時代が変わって、「寿退社」などという、奇妙な習慣がなくなっていたのは、幸いだった。 二人で働いて、貯金に励めば、5年で、2千万円くらいは貯められるだろう。 その内、子供が出来るだろうから、小学校に上がる前までに、家を買おうと、算盤を弾いていた。

  まあ、よくある、人生設計だな。 なぜか、子供は、一戸建てて育てたい思うらしいのだ。 子供が、友達に、劣等感を抱かないように、という事なのか? 別に、借家住まいだからといって、それが理由で、馬鹿にされたり、いじめられたりなんて、しないのだが。


  ところが、男Bの方の限界が、意外なほどに、早く訪れた。 結婚して、一年ちょっと。 独身時代、20万円使っていた人間が、3万円で生きるなど、どだい、無理だったのである。 仕事で着ている背広が古くなったので、買い換えるから、金をくれと言ったら、小遣いから出せと言われたのが、事の発端。 やむなく、小遣いを切り詰めて、背広代を捻出した。 それから、一ヵ月した頃、二人で家にいる時に、女A宛ての宅配便が届いた。 女Aが開梱したのを見ると、なんと、外出用の服だったのである。 男Bの、怒るまい事か!

「なんだ、それは! 俺には、スーツ代も小遣いから出させたくせに、自分の服は買うのか!」
「これはー!」

  女Aは、結婚してから、一年以上、服を一着も買っていない事。 近々、友人の結婚式があり、流行に合った、着て行く服がない事。 自分にだって、小遣いを使う権利がある事など、理由を並べたが、一度、激怒メーターの針を振り切ってしまった男Bには、通用しなかった。

「俺が、鼻血を出すほど、切り詰めた生活をしてるのに、何が、友達の結婚式だ! ふざけるな! 家族の幸福よりも、そんな事の方が大事なのかっ!」

  もっともである。 女Aの失敗は、自分自身も、小遣い制にしていなかった事だ。 結婚を期に、家計の全権を掌握した事で、男Bに渡す小遣い以外は、全て、自分の管理しているお金、という分類をしていたのだ。 もし、女Aの方も、小遣い制にしていたら、一年以上経っているのだから、累積して、相当な金額になっていたはずだ。 外出着一着程度、わけなく買えるくらいに。

  更に、女Aが言いわけを続けたので、怒鳴り合いの喧嘩になった。 女Aが、頑なに、自分の非を認めないのに、癇癪を破裂させた男Bは、とうとう、手を出した。 平手で頬を叩いたのだ 男Bから見て、女Aは、もはや、家族というより、自分の人生を破壊した、「敵」であった。 敵は、打ち倒さなければならない。 叩くくらい、なんだ。 こんな、ふざけた奴は、殺されても文句が言えないはずだ。 叩くくらい、なんだというのだ。

  女Bは、叩かれはしたものの、言い返すだけ言い返したので、それ以上、事を大きくしなかった。 実家に帰ったりすると、夫婦仲がうまく行っていない事が、バレてしまう。 両親は、男Bの資産が、マイナスだと知った時から、この結婚に、いい顔をしておらず、実家に帰って、「そら見た事か」という顔をされるのが、癪だったのだ。

  しかし、他者が絡む物事というのは、自分に都合良くは、回って行ってくれないものである。 女Aが、叩かれても、我慢した事で、男Bは、「暴力を振るっても、許される」と思ってしまった。 それ以降、男Bは、事あるごとに、女Aに怒鳴り散らし、叩くようになった。 女が顔をガードすると、拳骨で、腹を殴った。 暴力は、どんどん、エスカレートし、蹴飛ばす事も珍しくなくなった。

  男Bが、蹴りつける。 

「小遣いを増やしゃあ、いいんだよ! そんな簡単な事が分からないのか、この馬鹿女っ!」

  しかし、女Aは、頑として、首を縦に振らなかった。 こうなりゃ、意地だ。 殴られたって、蹴られたって、方針を変えるものか!

「あんたみたいな ろくでなしに、家族の将来を、滅茶苦茶されて たまるか!」

  なんか、変だな。 こんな夫と、こんな生活をしているのに、そんな家族に、将来も未来もあるものかね。 馬鹿馬鹿しい。

  顔が腫れ上がる。 体は、痣だらけ。 骨が折れる。 病院に担ぎ込まれる事、数回。 友人や同僚、両親にも、DVの存在が、バレた。 警察沙汰にしない代わりに、離婚してくれと、女Aの両親が、男Bに申し入れ、受け入れられた。 男Bは、女Aに、金を搾り取られたという認識であり、謝罪は一切しなかった。

「別に、訴えてくれても いいんだよ。 こっちも、あんたらの娘がガメた金を取り戻す為に、民事で訴えるから。 一体、どういう育て方したんだよ。 亭主から金を巻き上げて、自分の服を買えって、教えたのか」

  女Aは、その通りの事をやったわけで、両親は、一言も返せなかった。 正確に言うと、女Aも働いていたわけだから、男Bの金だけで服を買ったわけではないのだが、それを口にしたら、交際期間中に、娘が 男Bの金で遊びまくった事を指摘されそうで、言えなかった。 男の金で さんざん遊ばせてもらったくせに、「結婚したら、家計を締める」というのは、考えてみれば、恐ろしく図々しい やり口である。


  二人のその後を追跡すると、男Bは、結婚に懲りて、後は、独身を通した。 そのお陰で、かなり、優雅な人生になった。 若い頃からやっていた趣味で、結婚中はやめていて、離婚後から再開した高級腕時計の蒐集だが、それらは、後に、テレビ番組で紹介されて、専門家を羨ましがらせるような、見事なコレクションになった。 順調に昇進した事で、収入も順調に増え、老後の備えも、一人暮らしには充分なくらい、蓄える事ができた。


  女Aは、結婚に懲りなかった。 「相手が悪かっただけだ」と考えた。 30歳になる前に、別の男と交際を始めた。 名前を知らない会社に勤めていたが、役職は係長で、収入は多いようだった。 何でも、奢ってくれた。 「女に金を使わせるほど、野暮じゃない」と言った。 「割り勘なんて、田舎もんのする事だ」とも言った。 どこかで聞いたようなセリフだな。

  女Aから、今度の男の話を聞かされて、両親始め、友人や同僚は、嘆息した。 人間、学習や反省がないと、何度でも、同じような災いに見舞われるものである。 女Aは、人生で、三回、結婚したが、三回とも、夫によるDVで、破綻した。 いずれも、結婚してから、家計を極端に締めたのが原因である。


  この話は、これで、おしまいだが、冒頭の言葉を繰り返しておくと、きっかけを作ったのが、被害者側であっても、DVの加害者が許される事はない。 暴行・傷害は、犯罪行為なのだ。

2023/07/16

読書感想文・蔵出し (104)

  読書感想文です。 3連続蔵出しの、3回目。 クリスティー文庫が続きます。 だいぶ、減ったかな? 9月くらいになれば、在庫がなくなるかも知れません。





≪終りなき夜に生まれつく≫

クリスティー文庫 95
早川書房 2011年10月15日/初版 2014年11月25日/2刷
アガサ・クリスティー 著
中村能三 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【終りなき夜に生まれつく】は、コピー・ライトが、1967年になっています。 約332ページ。


  「ジプシーが丘」と呼ばれる、不吉な噂がある土地が気に入った青年が、アメリカ人女性と知り合い、恋に落ちる。 とても買えないと思っていた「ジプシーが丘」を、大富豪の遺産を受け継いだ彼女が買い、青年の友人である建築士の設計で、家を建てて、住み始めたまでは良かったが・・・、という話。

  先に書いておきますと、全体の9割くらいは、面白いです。 【ゼロ時間へ】で試された理論が使われていて、中ほどまで、誰が死ぬでもないのですが、話の趣きや、設定からして、叙情作品でないのは明らかだから、事件への期待だけで、充分、ゾクゾクして、興味を引っ張って行ってくれます。

  サイコ・サスペンス的なところもあり、ヒチコック監督の映画、≪サイコ≫が、1960年ですから、それを見て、影響を受けた可能性があります。 クリスティーさんらしくない犯行動機で、ちと、違和感あり。 しかし、物語のリアリティーを損なうほどではないです。 こういうのもアリかで、充分、いけます。

  これから、この作品を読む気があるのなら、この感想を読むのは、ここまでにして下さい。 知ってしまうと、勿体ないから。 そのくらい、読み応えがある作品なのです。 クリスティー作品の主な物を、すでに読んでいる人でも、やはり、勿体ないので、ネタバレは読まない方がいいです。

  以下、ネタバレ、あり。

  話が中ほどまで行ってから、殺人が起こる、【ゼロ時間へ】の理論の他に、フェア・アンフェア論争で物議をかもした、例のアイデアが使われています。 ポワロ物では、【アクロイド殺し】だけ、マープル物や、他のノン・シリーズでは、一つも使われていませんでした。 1967年と、晩年になって、もう一度使ったという事は、「もう一作くらい、使ってもいいだろう」と、判断したんでしょうな。 ケチをつけたヴァン・ダイン氏は、1939年には、他界しているし。

  そもそも、【アクロイド殺し】をアンフェアだと指摘されても、クリスティーさん本人は、そうは思っていなかったはず。 同じ作家が何度も繰り返したり、どいつもこいつも、同じアイデアを使い回したら、推理小説界が崩壊してしまうから、ヴァン・ダイン氏の指摘には、意味があったわけですが、クリスティーさん本人は、まるで、モラルがない人間のように扱われて、不本意だったに違いありません。

  で、この作品で、また使ったわけですが、そのアイデア自体は、やはり、あまり、感心しません。 他の人間が犯人であった場合を想像し、比べてみると、そちらの方が、面白くなっただろうと思うからです。 ただねえ、中ほどで事件が起こる、このパターンだと、他の人間を犯人にするには、ページ数が足りないんですよねえ。 その人物が犯人である事を、読者に納得させるのに、ある程度の尺が必要なので。




≪フランクフルトへの乗客≫

クリスティー文庫 96
早川書房 2004年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
永井淳 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【フランクフルトへの乗客】は、コピー・ライトが、1970年になっています。 約406ページ。 国際スパイ物。


  イギリス外交官の青年が、空港で、見知らぬ若い女性から、コートとパスポートを貸してくれと頼まれ、持ち前の遊び心を発揮して、貸してやる。 それをきっかけに、その女性と懇意になり、彼女に導かれるまま、世界中で起こっている学生運動の、大元締めではないかと思われる組織に近づいて行き・・・、という話。

  国際スパイ物ですが、アクションは、ほんのちょっとで、ほとんど、会話で話が進みます。 映画の、≪007シリーズ≫が人気を博していた頃で、影響を受けないわけがなかったと思いますが、この話は、映画にしても、全然、面白くならなかったでしょうねえ。 理屈っぽ 過ぎるんですわ。

  1970年というと、クリスティーさんは、もう、晩年でして、ポワロ物も、マープル物も、最後の一作を書く直前。 どうも、作家としての衰えを、自分自身、否定したくて、「私の頭は、まだまだ、しっかりしていて、国際スパイ物だって、書けるんだよ」と、証明する為に書いたような気配もあります。 確かに、この作品は、部分的に見れば、頭がしっかりしていないと書けるものではないです。 しかし、物語としては、ボロボロで、クリスティー作品として、最低クラスです。

  一見、外交官の青年と、謎の若い女性が、中心人物のように思えるのですが、この二人、時々、姿を消してしまい、代わりに、各国の重要人物の会話が延々と続くようになります。 さりとて、群像劇というようなものでもなく、誰の、何を、書きたいのかが、はっきりしません。 ラストで、若い二人が、また出て来ますが、木に竹もいいところ。

  「もしかしたら、クリスティーさんではなく、別人が書いたのでは?」と疑われても、仕方がないような、クリスティー作品らしくなさです。 「クリスティーさんが考えた、三つくらいの別々の話を、別人が無理やりくっつけたのでは?」と思えるところもあります。 ポワロ物の最悪作品、【ビッグ4】も、そんな感じでしたねえ。 そちらも、別人が書いた可能性があると、感想に書きましたけど。

  解説が、ある漫画家による、クリスティー作品全般に出て来る、メイド文化を取り上げた漫画なのですが、それ自体は、興味深いものの、この作品の解説には、ほとんど、なっていません。 無理もない。 バラバラの話なのだから、纏まった解説など、書けるわけがないのです。 解題だけでも、この作品だと、困ってしまいますな。




≪秘密機関≫

クリスティー文庫 47
早川書房 2011年1月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
嵯峨静江 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編、1作を収録。 【秘密機関】は、コピー・ライトが、1922年になっています。 約442ページ。 国際スパイ物。 「トミーとタペンス」シリーズは、読まずに飛ばすつもりでいたんですが、長編は、たった4冊しかないので、読んでしまう事にしました。


  第一次大戦の最中、大西洋を渡る客船が、潜水艦の攻撃を受けた。 沈没直前、女子供が優先的に救命ボートに乗せられている場面で、ある男から機密文書を託された若い女性がいた。 戦後、それぞれ、軍務から復員してきた、幼馴染みの、トミーとタペンス。 二人で冒険クラブを結成した直後、成り行きで、イギリス政府の依頼を受ける事になり、機密文書を狙う組織との戦いに踏み入って行く話。

  出だしは、大変、良いです。 ゾクゾクします。 クリスティーさんは、時々、ハッとするような出だしを思いついてくれますねえ。 ゾクゾク好きの私としては、大変、ありがたい。 男だから、救命ボートに乗れない可能性があり、機密文書だけを、見知らぬ女性に託すというのが、くーっ! たまりませんな。

  トミーとタペンスが登場してからは、クリスティーさんの、国際スパイ・冒険アクション物と、ほぼ、同じ趣向。 というか、この作品が最初で、他の作品が、これを焼き直して行くという、順序になりますが。 このジャンルのお約束、監禁場所からの脱出場面も、しっかり、あります。 実際には、こんなにうまく行くはずがないですが、そういう見方をすると、このジャンルは、成り立たなくなってしまいます。

  この物語の肝は、敵組織の首領が、誰なのか分からない点にあります。 中盤以降、その首領が、味方の中に潜り込んでいる事が分かるのですが、誰が、首領のなりすましなのか、なかなか、分かりません。 トミーとタペンスは、主人公だから、ありえないですが、他に怪しい人物が二人いて、そのどちらなのかの疑いで、後半を一気に引っ張ります。 ドンデン返しもあり、冒険物が好きでない私でも、ハラハラ・ドキドキして、面白かったです。

  タペンスは、ノン・シリーズのクリスティー作品に出て来る、若い女性の探偵役そのもので、あまり、特徴は感じられません。 トミーは、少し変わっていて、落ち着いた考え方をする青年。 「彼の考え方は、こうだから、こんな事は、決してしない」といった使われ方をします。 こういうキャラは、他の作品では、見ませんな。

  タペンスを、突飛な発想で、思いきり暴れさせる為に、相手役のトミーを、冷静な性格にしたのだと思いますが、タペンスの出番が、多くないので、せっかくのバランスが、あまり生きていません。 また、トミーは、落ち着いた性格にしては、積極的過ぎるような気もします。

  総合的に見て、出来は良いです。 ただし、国際スパイ・冒険アクション物としては、という話。 クリスティー文庫を、これから読むという人は、シリーズごとではなく、年代順に読んで行った方が、もしかしたら、楽しめるかも知れませんねえ。 特に、国際スパイ・冒険アクション物に関しては、この作品がベースで、その後、焼き直して行く事になるので。




≪ポアロ登場≫

クリスティー文庫 51
早川書房 2004年7月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
真崎義博 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編、14作を収録。 【ポアロ登場】は、コピー・ライトが、1924年になっています。 本全体のページ数は、約384ページ。 1923年、一つの雑誌に掲載されたもので、( )内は、掲載順。


【<西洋の星>盗難事件】 約44ページ (3)

  中国の神像の目から抜かれたという、二つのダイヤモンド。 現在のそれぞれの持ち主に、盗難予告が送られてくる。 相談を受けたポワロが、ダイヤの伝説からして疑ってかかり、盗難騒動のからくりを暴く話。  

  冒頭、上階の窓から通りを見て、ポアロが、依頼人が来るのを予測するところなど、間違いなく、ホームズの短編へのオマージュでしょう。 殺人ではなく、盗難が対象になっている点も、ホームズっぽいです。 しかし、ホームズほど面白いかと言うと、それほどではないです。

  短編としては、ページ数がある方ですが、詰め込み過ぎて、後半、バタバタしている観あり。 最初に相談して来た女優が、その後、顔を見せなくなるなど、登場人物も多過ぎます。 短編をどう書けばいいのか、模索中だったのでは?


【マースドン荘の悲劇】 約28ページ (4)

  夫が猟銃で自殺した件について、妻に保険金を払わなければならなくなった保険会社が、ポワロに調査を依頼する。 夫妻は、事件が起こる前に、東アフリカから来ていた男と会っており、彼から、ある話を聞かされていた。 ポワロは、その男に心理試験を仕掛け・・、という話。

  このページ数ですから、トリック・謎の方は、シンプルなもの。 こういう妻は、実際にいそうですが、日本では、猟銃を所持しているような人間は特殊で、妻にも警戒心を抱いているから、この種の事件は起こらないと思います。

  心理試験は、本筋とは関係ありませんが、そちらの方が、面白いです。 江戸川乱歩さんの短編に出て来るのと、同じもの。 今では、すっかり、廃れているところを見ると、不確実性が高過ぎて、実用できない試験なのかも知れませんな。


【安アパート事件】 約28ページ (7)

  家賃も権利金も、異様に安いにも拘らず、なかなか、入居者が決まらないアパート。 ある夫妻が駄目元で見に行くと、幸運にも契約する事ができた。 話を聞いて、不審に思ったポアロが、同じアパートの上階の部屋を借りて、問題の部屋に潜入を試みる話。

  ポアロとヘイスティングスが、不法侵入をやるのが、面白いです。 ポアロは、長編では、この上ないくらい、分別がある紳士ですが、短編では、少し違ったキャラを、付加されているわけだ。

  以下、ネタバレ、あり。

  この作品の肝は、アイデアでして、なぜ、なかなか入居者が決まらなかった部屋に、その夫婦だけが入れたのか、その理由が、あまりにも、ささやかなのが、面白い。 確かに、ありふれた苗字というのは、どの社会にもありますから、網を張って待っていれば、いつかは、目当ての苗字の夫婦が引っ掛かって来るわけですな。 こういうアイデアを、ポンポン思いつくところが、実に、クリスティーさんらしい。


【狩人荘の怪事件】 約26ページ (8)

  猟場にある狩小屋で、所有者が殺される。 その甥夫婦から依頼を受けたが、ポアロは、インフルエンザで寝込んでいた。 代わりに、ヘイスティングスが出かけて行き、先に来ていた、ジャップ警部と聞き取りをして回る事になる。 電報のやりとりで情報を得ていたポアロが、全くノー・マークだった人物を逮捕しろと言って来て、ヘイスティングスが驚く話。

  ポアロが、臨時に、揺り椅子探偵になる趣向。 電報の情報だけで、犯人もトリックも見抜いてしまうという、見事な頭の冴えを見せます。

  以下、ネタバレ、あり。

  なりすまし物。 というか、一人二役物。 これは、クリスティー作品では、よく使われるもの。 長編のトリックの一部に嵌め込まれる事もありますが、本来は、短編向きのアイデアですな。


【百万ドル債券盗難事件】 約20ページ (6)

  アメリカの債券を、イギリスからアメリカへ船で運ぶ任務を帯びた青年。 ニューヨークへ入港する直前に、鞄の錠にこじ開けようとした跡がある事に気づき、中を調べると、債権はなくなっていた。 すぐに、捜索処置をとったが、船の中には見つからず、下船者の中にも、債権を持っている者はいなかった・・・、という話。

  推理パズルですな。 ポワロのような職業探偵が、最も得意としそうな事件。 大西洋を渡るという、大きな舞台と、非常に小さなトリックを対比させて、効果を上げています。 短編推理小説のお手本のような作品。 


【エジプト墳墓の謎】 約30ページ (10)

  エジプトで、王の墓を発掘したチームの面々が、次々に、病死して行く。 最初の犠牲者の妻から依頼を受けたポアロが、ヘイスティングスと共に、エジプトまで出かけて行って、被葬者の呪いではないかと疑う話。

  確かに、呪いを疑うんですが、もちろん、本気ではなく、犯人を炙り出す為の罠です。 ポアロが、オカルトを信じているわけがありません。 短いにも拘らず、フー・ダニット物でして、長編を、ギュッと圧縮したような構成になっています。 わざわざ、エジプトまで行かせて、その上、フー・ダニットなのですから、随分と欲張った話。


【グランド・メトロポリタンの宝石盗難事件】 約34ページ (1)

  ポワロとヘイスティングスの滞在先のホテルで、貴婦人の所有している真珠のネックレスが盗まれる。 貴婦人のメイドが、ずっと、宝石箱のそばで見張っていて、彼女が自分の部屋に行った僅かな時間の間にも、ホテルのメイドが、宝石箱のそばにいた。 ポワロは、実験をやって、時間を計り・・・、という話。

  貴婦人のメイドが、宝石箱のそばを離れたのが、時間は短いものの、2回あった、というのが、トリックの肝。 このアイデアは、純然たる本格トリックに属するもので、長編のメイン・トリックに出て来ても、おかしくはないと思います。 少し、時代遅れと感じて、短編に使ったのかも知れませんな。


【首相誘拐事件】 約36ページ (5)

  ヨーロッパ大陸での重要な国際会議に出席する予定のイギリス首相。 国内を移動中に、銃撃されたが、無事だった。 ところが、フランスへ渡ってから、車が襲われ、誘拐されてしまった。 イギリス政府から依頼を受けたポワロは、請われるままに、フランスへ赴くが、本人は、それが気に入らず、さっさとイギリスへ戻ってしまい・・・、という話。

  結構、ゾクゾクします。 ポワロを筆頭とした急造捜査チームが、イギリス政府の全面的な支援の下、フランスまで出かけて行く、この大掛かりな雰囲気が、そう感じさせるのでしょう。 途轍もない肩すかしになるのですが、その大きな落差も面白いです。

  以下、ネタバレ、あり。

  フランスでいなくなったのだから、当然フランスにいるだろう、という大方の予想に反し、イギリスから出ていないはずだと、ポワロが考えるところが、この作品の読みどころ。 「灯台下暗し」に相当する諺が、英語にもあると思いますが、そこから、発想したんじゃないでしょうか。


【ミスタ・ダヴンハイムの失踪】 約28ページ (2)

  自宅で、客と会う約束をしていながら、姿を消してしまった銀行家。 付近をうろついていた怪しい男が逮捕されるが、銀行家の行方は分からない。 ポワロが、突然、「その銀行に預金をしているなら、すぐに引き出せ」と、ヘイスティングスや、ジャップ警部に警告する話。

  これは、ホームズ物の、【唇の捩れた男】と同じアイデアです。 ただし、こちらの方は、偶然の成り行きではなく、計画的にやった犯罪です。 「預金を引き出せ」というのは、事件関係者のインサイダー情報になってしまわないか、心配なところ。 ヘイスティングスはともかく、ジャップ警部は、公職にあるのだから、ちと。まずいのでは?


【イタリア貴族殺人事件】 約22ページ (12)

  イタリア貴族を名乗る男が、自宅で殺される。 執事の証言によると、怪しい人物が、二回、訪ねて来て、食事をしていた。 その男はすぐに捕まったが、裁判で、イタリア大使館がアリバイを証明したので、無罪となった。 ポワロが、現場の窓のカーテンが閉められていなかった事から、別の人物を疑う話。

  ヴァンダインの二十則に違反しています。 しかし、因縁深い、クリスティーさんの作品ですから、そんな事は、どうでもいいわけだ。 デビッド・スーシェさんのドラマでは、ミス・レモンの恋愛を絡めていましたが、原作では、ミス・レモンは出て来ません。 この長さでは当然か。


【謎の遺言書】 約18ページ (13)

  ある資産家、娘を家庭的に育てたかったが、娘本人は、社会に出る事を望み、父親とは不仲ではなかったものの、我が道を進んだ。 資産家が亡くなり、娘には、一年間だけ屋敷を任せ、その後、全財産を寄付すると遺言した。 「一年の猶予期間内に、屋敷の中から、日付の新しい遺言書を探し出せ」という意味と取った娘は、ポワロに相談し・・・、という話。

  探し物パターンですが、ポーの、【盗まれた手紙】とは、だいぶ、違っています。 遺言書には、署名人が、二人要るようなのですが、用紙を二通用意させ、先に署名をもらった一通を書き損じてしまったので、もう一通に署名し直してもらったから、最終的に、残ったのは一通、と思わせておいて、実は・・・、というトリック。

  凝ってますが、遺言書のありかが、今一で、子供騙しっぽい感じもします。 長編では、使えないアイデアですな。


【ヴェールをかけた女】 約22ページ (11)

  結婚直前の女が、ポワロの部屋を訪ねて来て、以前の男から、昔書いた恋文の事で脅されているから、取り返して欲しいと依頼する。 ポワロは、その男の家に不法侵入し、相当な苦労をして、手紙が入った箱を盗み出して来た。 ポワロが、記念に箱をもらいたいと言うと、女は頑なに断り・・・、という話。

  昔、他の男に向けて書いた、今の自分には都合の悪い手紙を取り戻してもらう、というのは、ホームズ物にありますが、そのオマージュ作品。 単なるパロディーではなく、もう一捻りして、昇華させてあります。 ショートショート的な結末と言ってもいいです。 


【消えた廃坑】 約18ページ (14)

  ポワロが、ビルマの鉱山会社の株券を手に入れた顛末を、ヘイスティングスに語る形式。 廃坑の場所を記した書類を、イギリスまで持って来た中国人が失踪し、後に、死体で発見される。 ポワロは、会社の役員である依頼人に要求されて、行きたくもない阿片窟に行き、さんざん振り回された挙句、意外な人物を犯人指名して、会社から、株券をもらったという話。

  かなり、複雑で、じっくり書き込めば、短めの長編に出来るような話。 登場人物が少なくて、フー・ダニット物に出来ないから、短編に使ってしまったのでしょう。 なりすましまで含まれていて、本者が何をやり、偽者が何をやったか、ややこしいので、その辺は、テキトーに、読み飛ばした方がいいです。 ポワロが何をやったかだけ、読み取れば充分。


【チョコレートの箱】 約30ページ (9)

  ポワロが、失敗の経験を訊かれて、ヘイスティングスに昔話を語る形式。 フランスの代議士が、ブリュッセルの別邸に滞在していた時に、心臓麻痺で死亡した。 ベルギー警察の刑事だったポワロが、代議士に近しい女性から依頼を受け、捜査に乗り出す。 薬品のビンを関係者の家で見つけ、犯人をつきとめたと思ったポワロだったが、実は・・・、という話。

  「チョコレートの箱」は、箱と蓋の色が違っていたという小道具として使われています。 どうして、色違いなのかが鍵なのですが、ポワロは、それに気づかず、真犯人をつきとめられなかったという次第。 長編のポワロだったら、まず、ありえないミスです。 ポワロが失敗したという話にする為に、クリスティーさんが、わざと、能力を落としたわけだ。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、

≪終りなき夜に生まれつく≫が、4月1日から、3日。
≪フランクフルトへの乗客≫が、4月4日から、7日。
≪秘密機関≫が、4月14日から、17日。
≪ポアロ登場≫が、4月18日から、21日。

  今回、短編集が、一作 入りましたが、いかに、感想が長くなるか、分かると思います。 それでいて、梗概も感想も、一作分は、短くなってしまうから、感想文を読む方は、どんな話か、ピンと来ないと来たもんだ。 それでは、苦労して、感想を書く甲斐もないというもの。 だから、短編集は、困るのですよ。

2023/07/09

読書感想文・蔵出し (103)

  読書感想文です。 3連続蔵出しの、2回目。 クリスティー文庫が続きます。 こうと、クリスティー作品ばかり読んでいると、他のものが読みたくなっても不思議はないんですが、あまり、そういう気になりません。 読むものがなくなったから、最後にとっておいたクリスティー作品に手を出したという経緯があるからです。





≪愛の重さ≫

クリスティー文庫 91
早川書房 2004年9月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【愛の重さ】は、コピー・ライトが、1956年になっています。 約398ページ。 メアリ・ウェストマコット名義の、叙情小説。 一般小説というよりは、純文学に近いですが、「純」と呼ぶには、ちと、宗教臭過ぎるか。


  両親の愛を兄に独占されていた娘。 兄が病死して、自分が愛される番だと思った途端に、妹が生まれ、目論見が外れてしまう。 妹が死ねばいいと願っていたところへ、火事が起こり、無我夢中で、妹を助け出したのをきっかけに、妹への猛烈な愛情が芽生え、それまでとは打って変わって、妹の世話を焼くようになる。 長じて、妹は、ある青年と結婚したいと言い出すが、その男には、遊び癖があり、姉は反対だった。 しかし、自分が妹の幸福を邪魔しているのではないかと恐れて、結局は、許してしまい・・・、という話。

  梗概で書いた辺りまでは、割と、小説らしい話なんですが、その後、変な方向に流れて、元キリスト教伝道者が登場し、宗教臭くなります。 クリスティー作品で、こんな展開になるのも、珍しい。 途中で、小説的な展開を考えるのに疲れてしまって、全然違うモチーフを繋いで、枚数を稼いだような印象あり。 そういう見方は、ちと、穿ち過ぎか。

  最終的には、落ち着くところへ落ち着くのですが、この元伝道者の描写に、こんなに枚数を割くのは、明らかに、不自然です。 むしろ、姉と妹の間に、殺した殺さないの衝突が起こり、3年間、音信不通になっていた、という展開の方が、流れとしては、自然。 当然、そういう書き方も考えたと思いますが、それをやると、一般小説っぽくなってしまうから、避けたんでしょうか。

  伝道者絡みで、オカルト的な要素まで登場しますが、もし、推理小説なら、絶対に手を出してはいけない領域でして、推理小説で天下をとった作者の作品だと思うと、かなり、違和感があります。 別名義なら、いいというわけでもありますまい。 できれば、こんなモチーフは、使って欲しくなかった。

  これが、メアリ・ウェストマコット名義の最終作なのですが、もう、こういうタイプの小説で、書きたい事が、なくなっていたのかも知れませんな。 トルストイ辺りに影響されて、何かの機会に、宗教に関する事も書いておこうと思っていたのが、たまたま、この作品の執筆中に、詰まってしまったものだから、挟み込んでしまった・・・、そういう見方も、やはり、意地が悪過ぎるか。




≪無実はさいなむ≫

クリスティー文庫 92
早川書房 2004年7月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
小笠原豊樹 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【無実はさいなむ】は、コピー・ライトが、1958年になっています。 約419ページ。 ノン・シリーズの、推理小説です。


  資産家で、養子を育てるのが生き甲斐の夫人が、後頭部を火掻き棒で殴られて、殺される。 五人の養子の一人で、ろくでなしだった男が逮捕され、アリバイを主張したものの、立証されず、有罪となり、獄死する。 約2年後、南極観測隊から戻った地理学者が、男のアリバイを証明した事で、事件後、平穏に暮らしていた一家に激震が走る。 事件は振り出しに戻り、警察や素人探偵が動き出す話。

  この出だしは、優れていますねえ。 アリバイを証明できる人間が、音信不通の場所に行ってしまっていて、一通り、事件が解決した後に、ようやく帰って来て、獄死した男の無実が証明されるというのが、実に、凝っている。 クリスティーさんは、常に、ゾクゾクする出だしを考えていて、思いつくと、ガッと書き始め、落ち着くと、あとは、普通のペースで書いて行ったのではないかと思います。

  探偵役は、二人いて、一人は、2年ぶりに帰って来た地理学者。 もう一人は、養子の長女の夫で、車椅子生活の暇を持て余し、素人探偵に乗り出すというもの。 だけど、この人が事件を解決するわけではないです。 ちなみに、≪小京都ミステリー≫の柏木尚子のように、突っ込まなくていい事に首を突っ込む素人探偵を、常日頃、忌々しく思っている読者にとって、痛快な結末が待っています。

  犯人は、意外な人物です。 主犯と実行犯が別にいるというのが、味噌。 ヴァン・ダインの二十則に抵触しそうでいて、うまく避けている格好。 この程度ならば、ネタバレになりますまい。 二十もあるのだから、どれに引っ掛かるか、予想がつかないでしょう。 この主犯は、本当に、意外です。

  「愛すべき失敗作」と題した解説に、失敗している点が、いくつも挙げられていますが、いちいち、ごもっともな指摘。 その実、この解説者は、この作品を高く評価しているのが、よく分かります。 問題点はあるけれど、面白いから、愛さざるを得ないのでしょう。 その点は、私も、全く同感です。 問題があっても、面白ければ、充分だと思います。 アン・フェアですら、面白ければ、大抵の読者は、許します。 況や、この作品は、アン・フェアではないのだから、もちろん、許されるはず。

  2018年に作られたドラマを見ているのですが、とにかく、暗い話だったという印象が残っています。 ストーリーは、それほど、変えてなかったような気がします。 ここ10年ほどの、イギリスの推理ドラマは、暗過ぎですな。 無理に、ファースを入れろとは言いませんが、残酷な場面や、オカルトめいた映像は、勘弁して欲しいです。




≪蒼ざめた馬≫

クリスティー文庫 93
早川書房 2004年8月31日/初版
アガサ・クリスティー 著
高橋恭美子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【蒼ざめた馬】は、コピー・ライトが、1961年になっています。 約410ページ。 ノン・シリーズの、推理小説です。


  瀕死の女性から告解を受ける為に呼ばれた神父が、数人の名前を告げられた後に、殺されてしまう。 神父の靴の中から見つかったリストに載っていた人達は、みな、別々の病気で死んでいた。 依頼を受けて、黒魔術の儀式を執り行い、病死としか思えない方法で、人を殺している一味がいる事を知った青年学者が、友人達と協力して、一味のやり口を暴く為に、偽の依頼を試みるが、仮のターゲットにした女性が、本当に病気になってしまい・・・、という話。

  理屈はともかく、面白い作品です。 読んで、損はないです。 オカルトを装ってますが、オカルト小説ではなく、純然たる、推理小説。 まあ、クリスティーさんが、推理小説に、オカルトをマジで取り入れる事は、考えられませんわなあ。 考えられないからこそ、オカルト的な道具立てで、ゾクゾクするような事はありませんが、告解者と神父が、立て続けに死んでしまうなど、冒頭から、死者が多いので、それで、ゾクゾクするところは、あります。

  この一味の、殺人システムですが、実際に、怪しい宗教団体などで、使われている可能性がなきにしもあらず。 都合の悪い人間を消してしまって、「確かに呪い殺したが、それが、罪になるのか?」と開き直る、アレですな。 実際の殺し方は、ベタなものですが、それも、実行できないわけではないです。 だけど、どうせ、他人の家に入るのなら、殺人よりも、窃盗で儲けようと考える者の方が多いでしょうねえ。 そういう点は、やはり、小説的か。

  基本的に、素人探偵物なんですが、実は、その人が、事件を解決するわけではありません。 意外な人物が解決します。 素人探偵の方は、謎解き場面になっても、別人を犯人だと思っていて、意外な人物に、一杯食わされる役どころ。 これは、珍しい形式だわ。 正直、私も騙されて、「あっ!」と驚きました。 クリスティーさんの他の長編推理物では、こういう形式を見た事がありませんが、もしかしたら、他の作家が、もっと前に、試みているかも知れません。

  普通は、探偵の頭の良さを強調する為に、他の捜査関係者を、標準より、愚か者にしておくものですが、この作品では、それを、逆転させているんですな。 その点は、実験小説と言えます。 そして、その実験は、成功しています。 私が騙されたから、負け惜しみで言うわけじゃありませんが、大抵の人は騙されるんじゃないでしょうか。 あまりに唐突な犯人指名なので、驚かないわけには行かないのです。




≪ベツレヘムの星≫

クリスティー文庫 94
早川書房 2003年11月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村能三 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 短編と詩、計11作を収録。 【ベツレヘムの星】は、コピー・ライトが、1965年になっています。 約122ページ。

  イエス・キリストが生まれた場面に関わる話が幾つか。 他に、現代イギリスを舞台にした、ちょっと、物事の考え方を啓蒙するような話が幾つか。 詩は、聖書からとったか、聖書から題材をとったものだと思いますが、キリスト教徒でない身には、ほとんど、頭に入って来ません。

  小説にせよ、詩はせよ、明らかに、子供向け。 クリスティーさんが、子供向けを書き慣れていないのは明らかで、小器用にうまく纏めたものは、一作もありません。 クリスティーさんは、文豪と言ってもいい人物ですが、何でも、ちょいちょいっと書き上げてしまう、いわゆる、器用なタイプの作家ではなかったんですな。

  ページ数も少ないし、これは、クリスティー文庫に入れるようなものでは、なかったのでは? 全作網羅するというのなら、クリスティーさんが書いたものは、小説以外にも、他に、いくらでもあると思いますが、クリスティーさんのファンが読みたがっているのは、そういうものではありますまい。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、

≪愛の重さ≫が、3月10日から、12日。
≪無実はさいなむ≫が、3月18日から、20日。
≪蒼ざめた馬≫が、3月22日から、24日まで。
≪ベツレヘムの星≫が、3月31日。

  今現在の読書状況ですが、まだ、クリスティー文庫を読んでいます。 今は、短編集。 これがまた、そこそこ、冊数がありまして、まだまだ、読み終わりそうにありません。 短編集は、読むのはいいんですが、感想を書くのが大変で、その事情が、読書意欲を殺いでくれます。

2023/07/02

読書感想文・蔵出し (102)

  読書感想文です。 先月、予告した通り、在庫が溜まり過ぎているので、今週から、三回連続、蔵出しします。 これが初めてというわけではなく、過去には、在庫がなくなるまで、延々と何週間も蔵出しを続けた事もあります。 月の第何週に、何の記事を出すというパターンが定まってから、そんなに経っていないのです。 このブログも、長く続けて来たから、以前、どんな事を書いていたか、容易に思い出せなくなってしまいました。





≪ねじれた家≫

クリスティー文庫 87
早川書房 2004年6月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
田村隆一 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ねじれた家】は、コピー・ライトが、1949年になっています。 約372ページ。 ノン・シリーズの推理小説。


  ギリシャ系の富豪が建てた、奇妙なイギリス風大邸宅で、その当主が毒殺される。 孫娘と婚約していた外交官の青年が、父親である警視庁副総監と相談の上で、屋敷に赴き、全員が容疑者である、被害者の家族を観察する。 遺言書では、家族全員に利益が渡るようになっていて、特に急いで、殺さなければならない動機を持つ者がいなかった。 婚約者の妹が、まだ、子供なのに、家族の秘密を探るのを趣味としており、いろんな情報を聞かせてくれるが・・・、という話。 

  先に、2017年に作られた映画を見ていたので、犯人を覚えており、小説の方は、犯人当てという目的では、楽しめませんでした。 やはり、推理小説は、犯人を知ってしまっていると、駄目なんですな。 ちなみに、映画のストーリーは、ほぼ、原作通り。 主人公が、原作では、外交官なのが、映画では、私立探偵になっていました。 外交官が、素人探偵をするのに、違和感があったんでしょうか。 暗い映画でしたが、原作も、ファースは全く入っておらず、暗さの程度は変わりません。

  作者自身の選による、ベスト・10に入っているらしいですが、読んでみると、割とありふれた、フー・ダニット物でして、どこに、そんな自信があったのか、どうにも、解せません。 ちょっと、穿った見方ですが、エラリー・クイーン作、【Yの悲劇】(1932年)に似たところがあり、【Yの悲劇】よりも、うまく、ストーリーを作った、という意味で、自信があったんでしょうか。

  確かに、まず、普通に読んで行ったのでは、この犯人は分かりません。 しかし、犯人を知っている者が読んだ場合、大変、巧みに、伏線を張ってある事に気づきます。 解説で、二度読みを勧めていますが、正に、そうするべき作品です。 実際には、すぐに、もう一度、読み直す人は、稀だと思いますが。 私の場合、先に映画を見ていたから、二度読みと同じ効果が出たというわけ。

  問題は、一人称の主人公が、探偵として、屋敷に入っているにも拘らず、探偵としての役どころを果たしていない事ですな。 探偵物としては、成り立っていないのです。 探偵役がいないと、落ち着いて読めないという読者には、不評なのでは? 私も、その一人で、視点を共有できる探偵役がはっきりしていないと、作品世界が、遠く感じられてしまうのです。




≪バグダッドの秘密≫

クリスティー文庫 88
早川書房 2004年7月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【バグダッドの秘密】は、コピー・ライトが、1951年になっています。 約433ページ。 ノン・シリーズの国際スパイ物冒険小説。


  不真面目な勤務態度が原因で、失業した若い女性。 たまたま 出会ったイケメンの青年が、バグダッドに行くというので、追いかけたくなり、たまたま 介助者を必要としていた夫婦に雇われる格好で、一緒にバグダッドへ向かう。 青年とは会う事ができたが、世界的な陰謀組織の計画に巻き込まれてしまい、さらわれたり、荒野を逃げたり、考古学発掘隊に拾われたりと、めくるめく日々を送る事になる話。

  国際スパイ物は、戦間期から書かれていましたが、この頃、冷戦の構図が固まりつつあり、元々、この分野が得意だったクリスティーさんも、何か書かずにはいられなかったのではないかと、推測されます。 解説によると、有名な、≪007シリーズ≫よりは、この作品の方が、数年 早かったとの事。

  三人称ですが、主人公が若い女性、しかも、かなり、軽薄な性格で、それが、スパイ物のシリアスな雰囲気を、思い切り ぶち壊しています。 ≪茶色の服の男≫のヒロインを、キャラはそのまま、別人にして、再登板させた観あり。 もっとも、向こうは、曲がりなりにも、学者の娘でしたが、こちらは、天涯孤独で、ミスばかりしているタイピストという、取り得のない人でして、より、軽薄度が高いです。 これは、戦間期と、戦後の、イギリスに於ける、若い女のイメージの変化を表しているんでしょうな。

  話の雰囲気としては、≪007シリーズ≫よりも、≪ロマンシング・ストーン 秘宝の谷≫(1984年)という映画がありましたが、それに近いです。 とにかく、軽い。 ヒロインは、何度も危ない目に遭うけれど、割と簡単に、そこから逃れます。 もちろん、死んだりしません。

  国際スパイ物にせよ、冒険物にせよ、そういうのは、話の中身は、みな、似たようなものです。 必ず、主人公が、略取・監禁され、そこからの脱出が描かれます。 味方と思っていたのが、実は敵、騙し騙されの化かし合い、というのが、お決まりのパターン。 クリスティーさんにしてみれば、頭を使わずに、脊髄で書けるレベルの話で、たまには、こういうのが書きたくて、居ても立ってもいられない衝動を覚えていたんじゃないかと思います。

  ≪茶色の服の男≫と比べると、こちらの方が、読み応えがありますが、ちと 書き方が、手慣れ過ぎてしまって、初々しさが感じられないのは、残念です。 クリスティーさんの、推理小説が目当てという人は、とりあえず、この作品は飛ばしても、問題ありません。 時間を割いてまで読むようなものではないです。




≪娘は娘≫

クリスティー文庫 89
早川書房 2004年8月31日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【娘は娘】は、コピー・ライトが、1952年になっています。 約411ページ。 メアリ・ウェストマコット名義の、一般小説、というよりは、純文学。


  夫の死後、女手一つで育てた、19歳の娘を、海外に送り出した母親。 娘の留守中に、ある男から求婚され、それを受け入れる事を決める。 ところが、帰って来た娘は、最初から、その男に虫が好かず、いがみあいを続けて、母娘の仲まで、険悪になって行く。 娘は、やがて、金持ちだが、品行芳しからぬ男と結婚するが、母親は・・・、という話。

  うーむ、ネタバレさせずに梗概を書くのが大変だな。 推理小説ではないから、ネタバレさせてしまっても、言語道断と言うほどの罪ではないんですが、やっぱり、ストーリー展開が、読ませどころになっていると、警戒してしまいますねえ。

  というわけで、以下、ネタバレ、あり。

  つまりその、母親と娘の関係を描いた話でして、娘が、母親の再婚が気に入らず、陰険な妨害行為をした挙句に、ブチ壊してしまうんですな。 その後、母親は、娘の求婚相手を、問題人物だと知りつつ、結婚を思い留まらせようとせずに、なるに任せてしまいます。 結婚を決めたのは、娘本人であって、母親は、止めなかったというだけですが、腹の底は、自分の再婚を破談に追い込んだ、娘に対する、復讐だったというわけ。

  こうネタを知ってしまっても、まだ、読む価値はあります。 大変、濃密な心理劇でして、ほとんど、実存主義と言っても良いくらい、深み・奥行きがあります。 さすが、クリスティーさん、人間観察が細かい。 もっとも、まだ、中高生くらいだと、読まない方が、いいかも知れませんねえ。 母親が、腹の底で何を考えているかなんて、知らない方が、幸せでしょうから。

  この娘が、母親の婚約者を拒絶する態度には、読んでいて、ムカムカ腹が立つところがあります。 相手がどんな人物か全く知らない、初対面の時点で、もう、「再婚相手として、相応しくない」などと言っており、人を見る目なんて、まるで、ないのです。 単に、母親との生活を壊されるのが嫌だっただけなのは、明々白々。 ガキのまんまなのであって、好感度は、ゼロ、というか、マイナスです。

  自分自身、結婚に失敗して、身を持ち崩して行くのですが、こんな馬鹿は、救済してやる必要などありません。 そのまま、生き地獄へ落としてやればいいのに。 カナダで、牧場の仕事? そんなの、働いた事もない無能人間にできるわけがありません。 世の中、そんなに甘くない。 仕事の邪魔にしかならず、「あんた、もう、いいから、イギリスへ帰んな」と言い渡されるのがオチでしょう。

  母親も母親でして、自分の娘の根性がネジケ曲がっている事に、気づかないまま、婚約者を紹介したのが、最悪の失敗。 こんな娘に育てた母親自身にも、責任はあります。 つまり、母娘そろって、そういう、しょーもない人格だったわけだ。 どっちが悪いという目で見れば、娘の方が悪いですが、母親も同じ穴の狢で、五十歩百歩です。

  更に腹が立つのは、1952年でしょ? まだ、戦前の習慣が残っていて、この母娘の家が、有閑階級なんですわ。 仕事なんて、全くしないで、資産で喰っているのです。 ざけんなよ。 自分は、一円も稼ぐ能力がないくせに、娘が母親の婚約者に駄目出しをしまくる様子は、グロテスクでしかありません。




≪死への旅≫

クリスティー文庫 90
早川書房 2004年8月31日/初版
アガサ・クリスティー 著
奥村章子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【死への旅】は、コピー・ライトが、1955年になっています。 約367ページ。 国際スパイ・冒険小説。 読む前から、熱が出そうだ。


  夫と娘を失い、自殺を試みた まだ若い女性が、イギリスの情報部員に助けられ、どうせ死ぬなら、スパイの仕事をやってくれないかと、スカウトされる。 東西冷戦の時代、各国の核分裂研究者達が、突然、姿を消す事件が起こっていた。 飛行機事故で死んだ 研究者の妻になりすました彼女は、ある組織に捕えられ、研究者達が軟禁されている施設へ連れて行かれるが・・・、という話。

  もう、≪007シリーズ≫と、区別がつかないような世界ですな。 主人公が、女性で、しかも、自殺志願者だったのが、「どうせ死ぬなら・・・」と頼まれて、危険な仕事を引き受けるという、軽いノリ。 こういう素性なら、読者も、「ああ、どうせ、自殺するつもりだったんだから、危ない目に遭っても、同情する事はないな」と、安心して読めると考えたんでしょう。

  しかし、そもそも、自殺志願者は、「どうせ、死ぬなら、危険な事でもやってやろう」という考え方に、なかなか、ならないと思うんですよねえ。 というか、あらゆる事に、積極的に関わる気力がなくなったから、自殺を思い立つのであって、こんな、経験ゼロで、何をどうしていいかも分からないような仕事を引き受けるなんて、ありえないと思うのですがねえ。 自殺の方が、遥かに、楽そうです。 また、スパイというのは、高度な判断力が必要で、捨て鉢でやれる事でもありますまい。

  主人公が、一般人なので、銃撃戦も、格闘戦も、アクションっぽい事は、全く起こりません。 この種の話に定番の、監禁された部屋からの脱出すら、ありません。 施設に軟禁されているのだから、そこからの脱出があっても、おかしくないのですが、期待していると、裏切られます。 下司の勘繰りですが、クリスティーさん、書き始めたはいいけれど、後半になって、そういう月並みなモチーフを使う為に、頭を捻るのに、疲れちゃったんじゃないですかねえ?

  クリスティーさん、お得意のところで、主人公の心理を細かく描いていますが、そもそも、こんな特殊な状況に置かれる読者は、ほぼ皆無なわけで、主人公に共感するにも、限度が、大変、低くなります。 「危険を承知で引き受けたのに、軟禁されたくらいで、ブーブー文句言ってんじゃねーよ。 自殺するよりゃ、ずっと、マシだろ」という感じですな。

  やっぱり、この作品の最大の難は、主人公の行動の動機に、合理性がない事ですな。 作者側にしてみると、これで、充分と判断したんでしょうが、ほとんどの読者は、駄目を出すと思います。 クリスティーさんが、こういう話を書くのが好きだというのは、意外な感じがしますねえ。 推理小説と違って、ほとんど、頭を使わずに書けたからでしょうか。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、

≪ねじれた家≫が、2月22日から、24日。
≪バグダッドの秘密≫が、2月26日から、3月1日。
≪娘は娘≫が、3月2日から、5日まで。
≪死への旅≫が、3月7日から、9日まで。


  今回分は、推理物1作、叙情物1作、国際スパイ物2作と、バラエティーに富んでいますな。 国際スパイ物に辛い感想になっていますが、それは、私が、そのジャンルそのものを、高く評価していないからです。 スパイの活躍に憧れている人が、こういう作品の読者に相応しいのでしょうが、いざ、自分がやるとなったら、尻込みしまくるのでは?

  万が一ですが、外国留学中、もしくは、外国勤務中に、自国や外国の情報機関に勧誘されて、スパイ行為を、ホイホイ引き受けたりすると、とんでもない事になりますぜ。 とにかく、詳しい仕事内容を聞かされない内に、断れ。 逃げよ。 学生の場合、留学を打ち切って、帰国しても、損にはならないくらい、危険だと思います。