2024/01/28

EN125-2Aでプチ・ツーリング (52)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、52回目です。 その月の最終週に、前月に行った分を出しています。 今回は、2023年12月分。





【沼津市重寺・消防団第11分団】

  2023年12月1日。 沼津市・重寺にある、「消防団・第11分団」へ行って来ました。 海岸線の道を下って、口野の先にある集落です。

≪写真1≫
  幹線道路沿い、「淡島マリンパーク」の近くにあります。 右に隣接しているのは、「重寺公民館」。

≪写真2≫
  シャッター絵。 江戸っ子風の雰囲気です。 このデフォルメの仕方は、プロのイラストレーターの手なのでは?

≪写真3左≫
  斜め後ろから。 側面の窓の数は、分団建物にしては、多い方。 独立した物置があります。

≪写真3右上≫
  隣接する公民館の裏手に、もう一つ、平屋の、分団の建物がありました。 こちらは、「第十一分団」と、漢数字になっています。 もしかしたら、こちらが、元の建物だったのかも知れません。

≪写真3右下≫
  平屋の建物の側面壁に掲示されていた、「重寺消防水利図」。 特に、水利施設を示しているわけではなく、この地区の、大まかな、地図です。

≪写真4≫
  二階建ての建物の前に停めた、EN125-2A・鋭爽。 海岸線は、平地のワインディング・ロードなので、気持ちの良いコーナーリングを楽しめます。 帰ってから、油ウエスで拭かなければならないのが、厄介ですが。




【沼津市三津・消防団第12分団】

  2023年12月4日。 沼津市・三津にある、「消防団・第12分団」へ行って来ました。 海岸線の道を下って、口野、重寺、小海、その先です。 「三津シーパラダイス」が、近くにあります。 「三津」は、「みと」と読みます。

≪写真1≫
  建物の右側は、「沼津南消防署 内浦出張所」。 左側に、「第12分団」があります。 こういうケースもあるのか。 出張所の方は、プロの消防署。

≪写真2≫
  シャッター絵は、なし。 隣が、プロだからか、分団は、控え目ですな。 ドアのポスターは、ガム・テープ、もしくは、クラフト・テープで、貼られています。 元々、掲示板ではないのだから、致し方ないか。

≪写真3左≫
  内陸側に少し行くと、以前、来た事がある、「気多神社」があります。 三津は、この辺では大きな集落です。

≪写真3右≫
  分団前の、道路脇に停めた、EN125-2A・鋭爽。 この辺り、長時間でなければ、停車していても、文句を言う人はいないような雰囲気です。 車で来た場合、気多神社に、駐車場があります。

≪写真4≫
  消防の建物は、海沿いの幹線道路に面しています。 道路に出ると、こんな感じ。 左側は、駿河湾。 道路で、車が渋滞していますが、その先に、「三津三差路」という、信号交差点があるのです。 山側に向かうと、トンネルを抜けて、伊豆長岡に至ります。




【沼津市長浜・消防団第13分団 / 第25分団長浜支部】

  2023年12月13日。 沼津市・長浜にある、「消防団・第13分団」と、 「第25分団長浜支部」に行って来ました。

≪写真1≫
  海沿いの道より、一本、中の道に面しています。 第13分団の建物は、工事中でした。 普通の住宅の一部を、分団に改築した、という趣き。 シャッター絵は、なし。 シャッター上の文字は、「13」ではなく、「十三」になっています。

≪写真2左≫
  反対側から、見ました。 左手前は、「長浜公民館」のようです。

≪写真2右≫
  文字が消えていますが、おそらく、「長浜消防水利図」。 重寺の、第11分団にもありました。

≪写真3左≫
  火の見櫓。 ちゃんと、登れるようになっています。 比較的、狭い範囲に、集落が固まっている所なら、今でも、有効だと思います。 四六時中、人がいて、火事を見つける為ではなく、一報があってから、様子を見る為という用途になりますが。

≪写真3右≫
  富士見トンネル。 手前が長浜。 向こうが、三津です。

≪写真4≫
  富士見トンネルを、長浜側に出て、すぐの所に、「第25分団・長浜支部」があります。 平屋。 シャッター絵は、なし。 やっぱり、中に、消防車が入っているんでしょうか? ちなみに、「第25分団」は、西沢田にあり、なぜ、こんなに離れた所に、支部があるのか、大いに解せません。

≪写真5左≫
  長浜支部の隣で咲いていた、椿。 まだ、開ききっていません。 造花の趣き、あり。

≪写真5右≫
  長浜支部の横に停めた、EN125-2A・鋭爽。 この近くに、2021年6月に来た、「長濱神社」があります。 あれから、もう、2年半も経ってしまったか・・・。 歳月が経つのが、異様に早く感じられます。




【沼津市重須・消防団第25分団重須支部】

  2023年12月18日。 沼津市・重須にある、「消防団・第25分団・重須支部」へ行って来ました。 住宅地図で調べて行きました。 「重須」は、「おもす」と読みます。

≪写真上≫
  これは、凄い。 廃虚の趣き、満点。 正面出入口も、シャッターではなく、観音開きの扉です。 上の方に、文字の痕跡が見えますが、薄くなったというより、塗り潰して消したような感じがします。 建物は、使われているように見えませんが、火の見櫓は、比較的、新しい物です。

≪写真中≫
  裏側から見ました。 この建物が、完全に、木造軸組みの、一般住宅の建て方で造られている事が分かります。

≪写真下≫
  住宅地の、生活道路の、路肩に停めた、EN125-2A・鋭爽。 道路が狭いので、車が来たら、すぐに、どかす覚悟をしてから、停めました。 まあ、そういう事は、ほとんど、ありませんが。

≪写真下右下≫
  レイアウトの都合で、ここへ持って来ましたが、支部の建物の壁に掲示されていた、「第二十五分団 重須支部水利図」。 文字は、ほとんど、見えなくなっています。




【沼津市木負・消防団第14分団】

  2023年12月18日。 「消防団・第25分団・重須支部」を見た後、隣の集落、木負(きしょう)にある、「消防団・第14分団」へ行って来ました。 

≪写真1≫
  この建物も、木造軸組み建築のようです。 消防車が入る部分を追加してあるだけ。 シャッターがあります。

≪写真2左≫
  シャッター上の、名前。 この、サクラの花のようなマークは、なんざんしょ? 消防に、マークなんてありましたっけ? 少なくとも、他の分団では、見た事がありません。 なぜか、「14」の、「1」だけ、色が落ちて、白くなっています。

≪写真2右≫
  分団の隣に、白い建物あり。 木負公民館のようです。 

≪写真3左≫
  火の見櫓の上の部分。 こういう、しっかりした塔を、わざわざ造るという事は、実際に、火の見に、有効なんでしょう。 半鐘ではなく、スピーカーがついています。

≪写真3右≫
  分団の前に停めた、EN125-2A・鋭爽。 広々していたので、気軽に停められました。 内浦・西浦が目的地だと、海岸線のワインディング・ロードになるので、気持ちがいいのですが、前に遅い車がいると、詰まってしまって、楽しみが台なしになります。 そういう場合は、路肩に停めて、3分くらい待つのですが、大抵は、すぐに、追いついてしまいます。

≪写真4≫
  木負の海岸から見た、駿河湾東部の景色。 右手前は、淡島。 奥の山並みは、沼津アルプスで、一番高い山は、鷲頭山(わしずさん)、392メートル。 左の方に、うちの近くの、香貫山(かぬきやま)まで、見えています。 という事は、香貫山からも、木負が見えるという事ですな。 愛鷹山(あしたかやま)の稜線は見えていますが、ここからだと、富士山は、見えないかな? 




【沼津市河内・消防団第15分団】

  2023年12月25日。 沼津市西浦、河内にある、「消防団・第15分団」へ行って来ました。 「河内」は、「かわち」でも、「ハノイ」でもなく、「こうち」と読みます。 西浦の集落で、唯一、内陸にあり、海沿いの、木負から入って行きます。

≪写真1≫
  第15分団の建物。 新しいのか、今風の分団建築です。

≪写真2≫
  シャッター絵も、ばっちり。 火事と、火炎をかけた、仏教美術風のモチーフ。 こういうのは、初めて見ました。

  左のドアに、何か金属製の物が増設してありますが、元の大きな写真で見ても、何なのか分かりません。

≪写真3左≫
  道路を挟んで、向かい側に立っていた、「河内区水利図」。 これも、新しい物。 各戸が、屋号の印で示されています。 面白い。

≪写真3右≫
  分かり難い写真で恐縮ですが、分団の裏側が、川になっています。 「西浦河内川」というらしいです。

≪写真4≫
  分団の隣に、大きな建物がありました。 河内公民館のようです。 集落の規模に比べると、大きなもの。 もしかしたら、漁村より、山村の方が、豊かなのかも知れませんな。





  今回は、ここまで。

  出かけた回数が、5回で、組み写真、6枚。 分団には、数字が振ってあるから、本来、5回出かければ、5ヵ所分になるはずですが、住宅地図で調べていると、過去のものなのか、全く関係のない数字がつけられた建物があり、そこにも寄るので、写真が増えてしまうのです。

  地域の人口増減などが理由で、分団が、廃止されたり、統合されたりするので、市の方で、数字の割り振りをし直したのかも知れません。 推測に過ぎませんが。

2024/01/21

実話風小説 (24) 【ドラマチックな男】

  「実話風小説」の24作目です。 冬の植木手入れを早目に済ませ、11月末から、12月初めにかけて、書いたもの。 書き始めれば、その気になるんですが、それまでが、きついです。




【ドラマチックな男】

  ある日の宵、A氏の家の電話が鳴った。 A氏の妻が取り、A氏に、「Bさんだって」と、受話器を向けて来た。 一瞬、ためらったのは、A氏は、Bが誰だか、分からなかったからだ。 割と、ありふれた苗字だが、つきあいの範囲内に、該当する者はいなかった。 とりあえず、出てみるしかない。

「Aですが」
「・・・・、おお、A? 俺だよ。 Bだよ」
「どちらの、Bさんですか?」
「・・・・・。 なにぃ?」
「私の知り合いですか?」
「おまえ・・・、そういう言い方はないだろう!」
「分からないものは分かりません! 犯罪関係か、悪戯電話なら、切りますよ!」
「俺だよ! 高校の時に、同じクラスだっただろう!」

  A氏、記憶を探ったが、まだ、顔が思い出せない。

「うーん。 Bさんねえ。 分からないなあ。 友人じゃなかったですよねえ。 さすがに、友人なら、覚えているものねえ」
「おまえ・・・・、本気で言っていのか? それとも、しらばっくれてるのか?」

  A氏、カチンと来た。

「もちろん、本気だ! しらばっくれてるって、どういう意味だ! あんたが誰だろうが、そんな事を言われる筋合いはない!」
「なんで、おまえが怒るんだよ! 怒りたいのは、こっちだ! 俺は、お前のせいで、8年もくらってたんだぞ!」

  つまり、刑務所にいたという事なのだろう。 A氏、突然、迷宮に引きずり込まれた気分である。

「何を言ってるんだ? 俺のせい? 頭は大丈夫か? おまえ、一体、何者なんだ!」
「だから、高校の同級生の、Bだって言ってるだろうが!」
「ちょっと、待ってろ。 卒業アルバムを見るから」

  A氏は、自分の部屋に行って、押入れを引っ掻き回し、高校の卒業アルバムを出した。 その場で、自分のクラスの顔写真一覧を見る。 写真の下に、名前が書いてある。 Bの名はない。 五十音順に並んでいるから、見落とすはずがない。 そこで、他のクラスのも見てみると、そちらで、Bの名を見つけた。 つまり、1年か、2年の時の同級生だったのだろう。 顔には、見覚えがある。 ああ、こいつか。 確かに、友人ではない。 しかし、次第に、Bがどんな人間か、記憶が蘇えって来た。

「ドラマ野郎だ・・・」

  A氏は、熱が出るのを感じた。 なんで、50歳を過ぎてから、あんな奴から電話がかかってくるのか。 厄年は、何とか、無事に乗り越えたと思っていたのだが、今頃になって、本番が来たのだろうか。


  Bは、特に、人格に問題があるというわけではなかったが、テレビ・ドラマで見た内容を、真似たがる癖があった。 無類のドラマ好きで、登場人物に傾倒、心酔してしまい、セリフをそっくり真似たり、場面そのものを再現しようとするのだった。 その度が過ぎているせいで、周囲から、距離を置かれていた。

  普通に、世間話をしていたのが、Bが、妙に芝居がかったセリフを言ったかと思うと、周囲の人間が凍りつく。 そのセリフは、Bが見たドラマの中からいただいたものに違いなく、ドラマのやり取りそのものでないにしても、相応しいセリフで返さないと、Bにつっこまれてしまうからだ。

「違うだろ~! そこは、○○○って、言ってくれなきゃあ! 分かってないな~!」

  しかし、同じドラマを、他の人間が見ているとは限らないのだから、そんな返事を期待するのは、土台、無理な相談なのだ。 Bが、その無理を、周囲に強要していたのには、一応、理由がある。 ドラマには、一定の決まり事があり、同じドラマを見ていなくても、大体、パターンが決まっているのだから、対応できるはずだと言うのである。 やはり、無茶だな。

  ふっと、もう一つ、Bに関して、思い出した事があった。 3年生の3月、学年末の事だが、A氏は、インフルエンザにかかったようで、熱が出て来たので、午後から早退する事にした。 もちろん、担任教師の了解は取っての事だ。 あまり、気風のいい高校ではなく、全体の1割くらいが、不良化しており、遅刻・早退は、日常的に見られた。

  A氏が、廊下を歩いて、他のクラスの前を通りかかると、窓から、その様子を見たBが、突然、大声を上げた。

「おいっ! Aっ! どこに行くんだっ! まだ、終わってないぞっ!!」

  A氏は、ちらっと、Bを見たが、喉の調子が悪くなっていて、返事をするのも億劫なので、無視して、先を急いだ。

「待てっ! 戻って来いっ!! 人生、投げるな!!」

  どうやら、Bは、A氏が、不良化して、早退するのだと決め込み、引き止めようとしているようなのだ。 大方、学園物・青春ドラマの友情に篤い主人公にでもなったつもりでいるのだろう。 病気の時には、最も、関わり合いになりたくない類いの、鬱陶しい奴なのだ。 A氏は、調子が悪い体に鞭打って、走って逃げた。 Bと、野次馬根性で、教室を飛び出して来た数人の男子生徒は、階段の所まで来たが、それ以上は、追って来なかった。

  A氏が、Bの事を思い出して、嫌悪感が真っ先に湧いて来たのは、この一件があったからだ。 なにが、「人生、投げるな」だ、馬鹿野郎が。 友人どころか、一対一で話した事も、ほとんど、ないくせに、勝手に、人を不良化したと決め込んで、大騒ぎする、その自己中心的な性格には、虫唾が走る。

  後で聞いた話によると、Bが、自分のクラスの担任教師に、「Aが逃げた」と告げ、A氏の担任に問い合わせが行き、インフルエンザで早退した事が分かった。 Bの担任が、Bにそれを伝えたが、Bは、なかなか、信じなかったらしい。 思い込みが激しいのである。 自分が一度、決め込んだ事が、間違っていたと分かっても、非を認めず、相手の方が嘘をついていると考えるタチなのである。
 
  A氏は、高校卒業後、Bのようなタイプに会わなかったので、清々していた、というか、そんな変な奴がこの世に存在する事すら、すっかり忘れて暮らしていた。 ところが、50歳を過ぎてから、当の本人から、またぞろ、わけの分からない電話がかかって来るとは、思わなかった。 


  10分ほどで、電話がある居間に戻り、受話器を取ると、切れていた。 少し、待たせ過ぎたか。 まあ、いいか。 あんな、変な奴。 これに懲りて、もう、かけて来なければいいのだが。

  ところが、受話器を本体に戻すなり、また、鳴り始めた。 A氏が出た。

「もしもし」
「Aさんですか? 私、Bの姉なんですが」
「はあ。 お姉さんですか。 さっき、B君から電話があったんですが」
「それは分かっています。 この電話でかけていましたから」
「で、何か?」
「あの、えーと、Bが、怒ってました。 ちょっと、尋常でない怒り方で、泣きながら、怒ってました」
「なんで、そんなに、怒るんです? 私に何の関係があるのか、さっぱり、分からないんですが」
「本当に、分からないんですか」
「本当に、分かりません」
「弟は、あなたの代わりに、刑務所へ行ったと言ってました」
「なんですって!? えっ? えーっ! 一体、何の罪で?」
「強盗致死です」
「・・・、致死、という事は、相手を殺してしまったという事ですか? えええーーっ! 私の代わりに!? 知りませんよ、そんな事!! 何を言ってるんですか!!」
「私も、Aさんの事は、ついさっき、初めて聞いたんです。 出所したのが今日で、迎えに行って、とりあえず、私の家に連れて来て、ご飯を食べさせたんですが、弟の奥さんと子供が、8年前から、奥さんの実家に帰っていると言ったら、『Aは、何もしてくれてないのか?』と、言い出しまして、私も、Aさんの名前は初めて聞いたので、何の事だか分からなくて・・・」

  Bの姉の話が途切れたので、A氏が喋った。

「ちょっと、待ってください。 私は、B君とは、高校の卒業式以来、一回も会っていません。 友達でもなかったから、卒業式の時にも、話なんかしていません。 とにかく、そんな親しい関係ではないんです。 何で、私の代わりに、刑務所なのか、全く、話が分かりません」
「はあ、そうですか。 あいつの、やりそうな事だ・・・」
「どういう事ですか」
「たぶん、弟は、事件が起こった時に、誰かの身代わりになったんだと思います。 真犯人の姿を目撃したんでしょう。 その犯人が、あなたに似ていたんじゃないでしょうか」
「だって、8年前の事でしょう?」
「事件が起こったのは、9年前です。 逮捕、起訴、裁判で、服役したのが、8年間ですから」
「ええ、9年前でも構いませんが、9年前といったら、私らは、42歳ですよ。 高校卒業してから、24年も顔を見てないのに、真犯人が私に似ていたって言うんですか?」

  Bの姉は、少し考えてから、こう訊いて来た。

「Aさんには、何か、外見的な特徴はありませんか?」
「うーん。 高校の頃には、天然パーマでしたがね。 B君が覚えているとしたら、それかな」
「それかも知れませんね。 弟が目撃した真犯人が、天然パーマだったから、Aさんだと、思い込んだのかも知れません」
「ムチャクチャだ。 天然パーマなんて、珍しくもないのに」
「弟は、思い込みの激しい性格なんです。 一度、決め込んだら・・・」
「あー、それは、分かってます。 何でもかんでも、ドラマの場面みたいに解釈するんでしょう」
「そうそう、それです!」

  A氏は、思いついて、言っておいた。

「どこで起こった事件か知りませんが、私は真犯人なんかじゃないですよ。 天然パーマも、手入れが面倒で、35歳から、坊主頭にしてますから、その事件が起こった頃には、天然パーマの私を目撃する事なんか、できなかったんです」
「そうですか・・・」

  Bの姉は、黙ってしまった。 しかし、話はまだ、終わっていなかった。

「包丁がね・・・」
「何ですか? 包丁?」
「ええ。 うちの包丁が、なくなってるんですよ」
「それが、何か?」
「さっき、弟が、電話を切った後、家を飛び出して行きまして。 その時に、持って行ったんじゃないかと思うんです」
「待ってください! それは、つまり、B君が、包丁を持って、私を刺しにやって来るという事ですか?」
「そうかも知れません・・・」
「そんな馬鹿な! なんで、身に覚えがない犯罪のとばっちりで、私が刺されなくちゃならないんですか! B君が、勝手に、私が真犯人だと思い込んだんでしょうが! あまりにも、馬鹿過ぎる!!」
「そうなんです。 馬鹿なんです」

  Bの姉は、否定しなかった。 おそらく、それまでにも、思い込みの激しい弟のせいで、さんざん、迷惑をかけられて来たのではなかろうか。

「ドラマの影響を、すぐに、受けてしまうんです。 Aさんは、2時間サスペンス、ご覧になりますか?」
「ええ、見ますよ」
「探偵役が、ある家を訪ねて行って、ドアに鍵がかかっていないと、中で、その家の住人が殺されているという、お約束があるでしょう?」
「はい。 よく、ありますね」
「弟は、しょっちゅう、あれと同じ事をやっていたんです。 自宅に帰って来たり、よその家を訪ねたりした時、玄関に鍵がかかっていないと、中に死体があると思い込んで、家中、探し回るんです。 馬鹿でしょう?」
「馬鹿ですねえ」

  Bの姉も、Bが馬鹿だと認めているので、妙に話が弾んだ。

「もっと、小さい頃に、こんな事もありました。 私が、9歳、弟が、7歳の時に、父と母が離婚して、母が出て行って、私達は、父と家に残ったんです。 私もまだ、小さかったものですから、家事がこなし切れなくて、父が、友人に相談して、その人の奥さんに、昼間、2時間くらい、手伝いに来てもらっていたんです。 家政婦さんを雇うまで、一週間くらいなんですけど」
「ふむふむ」
「ところが、ドラマ好きだった弟が、その女性を、父の後妻だと勘違いしまして・・・」
「ああ~、やりそうですね、あいつなら」
「で、その人に向かって、あろう事か、『お母さん』と呼んだんです。 私も父もいる時だったんですが、驚いたのなんのって! 父なんか、取り乱してしまって、『馬鹿、馬鹿! 勘違いするな!』と、弟を怒鳴りつける有様。 その女性も、真っ赤になって、それっきり、来なくなってしまいました」

  A氏は、自分まで恥ずかしくなって、耳まで赤くなったが、その直後、堪えきれずに、笑い声を上げた。

「わはははは!」
「あはははは!」
「馬鹿ですねえ!」
「馬鹿でしょう? もう、あれを思い出すと、恥ずかしいやら、おかしいやら。 本人は、すっかり、忘れているようですけど」
「たぶん、『お母さん』て呼んでやれば、『えっ! 今、何て言ったの? 私の事を、お母さんて呼んでくれたのね!』とか言って、ギュウッと抱き締めてもらえると、期待してたんでしょうね」
「そうそう! ドラマによく出て来る、くっさい場面そのまんま!」
「馬っ鹿だなーっ!」
「馬っ鹿だわーっ!」

  横で聞いていた、A氏の妻が言った。

「随分、盛り上がっているようだけど、あんまり、長電話すると、向こう様に迷惑なんじゃない?」
「おお、そうだ!」

  A氏は、我に返って、Bの姉に言った。

「B君は、私の家の住所を知ってるんですか?」
「卒業アルバムを調べて、Aさんの電話番号を知ったようです」
「それじゃあ、住所も載っているから、バレてるな。 申し訳ないが、緊急事態だから、警察を呼びますよ」
「そうして下さい。 殺人よりは、未遂の方が、いいですから」


  A氏は、すぐに、警察に電話した。 110番である。 その後、最寄の交番にも電話して、「110番したんですが、間に合わないかもしれないから、そちらからも、来てもらえませんか」と、頼んだ。

  Bは、A氏の家に来た事がなく、住所だけでは、なかなか、見つけられなかったようだ。 自転車で駆けつけた交番警官が、包丁を持った男を発見し、取り押さえたのは、A氏の家の門前だった。

「放せよーっ! Aの野郎、ぶっ殺してやるーっ!!」
「おとなしくしろっ! 公務執行妨害で逮捕するっ!」
「俺は、Aのせいで、8年間も、臭い飯を食って来たんだっ! それなのに、Aの奴、俺の女房子供の面倒も見てくれやがらねえっ! 身代わりになってやった俺に、この仕打ちはねーだろーっ!」

  A氏は、玄関の内側まで来て、ドアを開けようとしたが、警官に止められた。

「開けないで下さい! まだ、手錠をかけてませんから!」

  そこへ、所轄署から、刑事達が4人、覆面パトカーで到着して、Bを完全に押さえ込んだ。 やれやれ、とんだ、アクション・ドラマの一場面だったな。


  Bは、A氏が、9年前の事件と、金輪際、無関係である事を、何度、説明されても、受け入れなかった。 思い込みが激しいのである。 9年前の事件は、Bが勤めていた、Z製陶という陶器製造会社で起こった。 午後7時、会社が終わった後に、強盗が、社屋の裏口ドアから侵入したのだ。 事務所の金庫を狙って入ったのが、社屋と社長宅が繋がっていたせいで、迷って、自宅の方へ入り込んでしまったようだった。

  社長の姿を見た犯人は、気が動転したのか、果物ナイフを取り出し、社長の背後から刺した。 社長は、その場にうつ伏せに倒れた。 犯人は、社長宅から、社屋の方へ戻り、事務所に辿り着いたものの、金庫が、大きく重くて、数センチしか動かせなかった。 机やキャビネットの、引き出しや扉など、開くところは、全て開けて、滅多やたらに引っ掻き回したが、金目のものを見つけられず 結局、何も取らずに逃げたようだ。

  一旦退社したBは、会社のロッカーに忘れ物をした事に気づき、戻って来た。 社屋の裏口ドアの鍵を、こっそり、複製して持っていたので、それで入ろうとしたのだが、突然、中からドアが開き、飛び出して来た犯人と鉢合わせした。 犯人は、黒い帽子に、黒いマスクをしていたが、天然パーマの髪だけは、はっきり、見えた。 犯人は、Bをかわすと、脱兎の如く逃げて行った。

  社長は、倒れたまま、動く事ができなくなり、そのまま、昏倒した。 犯人が刺した果物ナイフが、心臓にまで達しており、体内で出血していたのだ。 数分後、社長の娘が発見した時には、すでに、反応がなかった。 強盗殺人である。 地方都市では、滅多に起こらない大事件であった。

  娘は、取り乱しつつも、110番と、119番に通報した。 Bは、社屋のロッカー室で、普通に天井灯を点けて、自分のロッカーから、忘れ物を取り出しているところを、駆けつけた警官に、取り押さえられた。 所轄署に連行されてから、社長が刺され、事務所が荒らされた事を聞かされた。 「ああ、裏口ドアの所で鉢合わせした奴が、犯人に違いない」と、Bは思った。

  Bは、当初、容疑を否認した。 当時、Bを取り調べた刑事達の話によると、Bは、終始、ハイだったらしい。 怒ったり、泣いたり、笑ったり。 刑事達は、Bの性質を知らなかったから、稀に、罪を犯した者が見せる、興奮状態だと思ったようだ。 実は、刑事ドラマの世界に、自分が、どっぷり、身をおく事になって、これまでの人生にない、悦楽に浸っていたのだったが。

  刑事達は、取り調べの合間に、語りあった。

「昨日まで、社長の子供達の相続争いが原因だと言ってたのに、今日は、新説が出たな」
「若手デザイナーのアイデアを、社長が盗んだから、殺された、ってんでしょう? だけど、Z製陶は、一応、デザイン部門があるけど、伝統的な図柄が主流で、創作デザインなんか、やってないらしいですよ。 Bも、それは、知ってるはずなんですけどね」
「Bは、社長とは、折り合いが悪くて、しょっちゅう、衝突していたらしいし、社屋の裏口ドアの合鍵を、勝手に作っていたのも、計画性が窺える。 それより何より、あの態度だ。 心象は、真っ黒なんだが・・・。 それにしても、言ってる事が、支離滅裂だな」
「犯人の動線を辿ると、建物の構造を知らなかったとしか思えませんが、Bは、良く知っていたに違いないし、何か、おかしいですよね。 外部の者の犯行に見せかける為に、わざと、不合理な行動をとって見せたんでしょうか」
「話をした印象では、そんな凝った細工ができるようなタイプとは思えないがな。 非常に、薄っぺらい人間性を感じる」
「俺も、そう思いました。 なんだか、ドラマのセリフを、テキトーに喋っているような」
「それそれ! ドラマの場面を演じてるんだよ、あれは」
「最初に取調室に入れた時、興味津々で、部屋の中を見回して、いきなり、『あの、ピカッと眩しいライト、使わないんですか?』と訊いて来ましたからね」
「突然、マジック・ミラーの方へ、大声で訴えかけたり・・・」
「カツ丼を頼んで、泣きながら食ったり・・・」
「警察をナメてるな、あいつ」
「取り調べの雰囲気を楽しむ為に、思わせぶりな態度をとっているだけで、全くのシロなんじゃないですかね。 あいつに割いている時間が、無駄かも知れませんよ」
「ちょっと、引っかけてみるか」

  取調室に戻った刑事達は、今までとは打って変わって、改まった態度になり、丁寧語で、Bに話しかけた。 最初は、テキトーな質問のつもりだった。

「Bさん。 もしかしたら、あなた、犯人を目撃したんじゃありませんか?」

  ところが、この質問に、Bが、意外な反応を示した。 急に、縮み上がり、表情から浮ついた興奮が消えた。

「お手数かけて、申しわけありません。 私がやりました」
「はあ~ぁ? 自白~ぅ? なんで、そこで、自白になるんだよ? おまえ、ほんと、おかしいんじゃないの?」

  そうなのだ。 Bは、おかしいのだ。 ただ、おかしさのピントが、刑事達の想像の域を超えるものだった。 まず、天然パーマの男を見た途端に、それが、高校時代の同級生、A氏だと、思い込んでしまった。 顔を、はっきり見たわけでもないのにだ。 Bにとって、過去に関わりがあった天然パーマの男といったら、A氏だけだったので、A氏に違いないと決めてしまったのだ。

  四半世紀近く会っていないA氏が、なぜ、Bの勤め先に押し入ったのかについては、Bなりの解釈があった。 Bは、あまりにも、自己中心的で、思い込みが激しいが故に、過去にBが関わった他人は、みんな、Bの事が気にかかっているに違いないと思っていた。 だから、A氏も、Bの様子を見に、近くをうろついていたのだと考えたのだ。

  取り調べに対して、自分が疑われている間は、否定し続けるが、もし、警察が、A氏を疑い始めるようなら、自分がやったと、言うつもりでいた。 常日頃、自分には、ドラマの主人公のような、数奇な運命が巡って来るはずだと思い込んでいたBは、「道を踏み外した、かつての同級生の為に、自分が罪をかぶってやる」という絶好の機会を得たと思ったのだ。 A氏に、一生の貸しを作る事に、この上ない魅力を感じてしまったのだ。 身代わりになってやれば、A氏は、死ぬまで、感謝するだろうと、根本から間違った算盤を弾いてしまったのだ。

  警察というところは、仕事で捜査をしている。 正義感に突き動かされた素人探偵とは、似て非なるものなのだ。 明白に犯人が分かる場合には、もちろん、真犯人を逮捕するが、そうでない場合、「犯人らしき人物」でも、良しとする。 要は、検事に引き渡した後、公判を維持できるだけの証拠があればいいのである。 その際、本人の自白は、極めて有力な証拠となる。

  Bは、真犯人ではないのだから、証言は矛盾だらけなのだが、Bが辻褄合わせに頭を使う必要はなく、刑事達の方で、何とか、辛うじて、筋が通るストーリーを作ってくれた。 Bは、頷いているだけで、良かった。

「これこれこういう事だったんだな」
「はい、その通りです」

  Bが拘ったのは、殺意がなかったという点だけだった。 強盗殺人だと、死刑か無期懲役になってしまうが、強盗致死なら、ぐんと、刑が軽くなるからである。 そういう知識があったわけではなく、国選弁護人から、聞かされたのである。 出所できなくては、A氏に、貸しを返せと、言えないからだ。


  以上が、9年前の事件の顛末。 さて、今回、A氏の家に押しかけたBが連行されたのは、別の警察署だった。

「9年前の社長殺しは、Aが犯人なんだ! 俺は、Aの罪をかぶって、刑務所に行ったんだ!!」

  真犯人が野放しになっているとしたら、聞き捨てならないので、9年前に事件を扱った所轄署から、担当した刑事が呼ばれた。 年配の刑事は、すでに定年退職していたが、若い方が、現役だった。 当時の捜査資料を持って、やって来た。

「Aさんねえ。 そんな人は、捜査線上に、全く浮かびませんでしたよ。 どこの人なんですか? 害者との関係は?」

  A氏も、警察署に呼ばれて、聴取を受けたが、関係なんか、あるはずがない。 Bが戯言を言っているとしか思えない、と言った。 Bは、取調室で、9年前の担当刑事相手に、絶叫した。

「俺は、天然パーマの男を見たんだ!!」
「天然パーマ? おまえ、9年前は、そんな事、一言も言わなかったじゃないか」
「だから、それは、Aを庇ってぇ!!」
「顔は見たのか」
「見てないけど、天パーっていったら、A以外に、考えられないじゃないか!!」
「なんで、そうなる? 天パーなんて、珍しくもない」
「・・・・・」

  そう言われてみれば、そうだ。 「憑き物が落ちる」という現象があるが、Bは、刑事に言われて、ようやく、その事に気づいた。 天然パーマの男なんて、いくらでもいるのである。 ただ単に、Bが過去に関わった該当者が、A氏だけだったというだけの話で。 呆然としているBの前で、刑事が、ある事に気づいた。

「ちょっと待て。 天パーの男? そういえば、Z製陶の取引先の営業に、一人いたな」
「そいつだ!」
「なーにが、『そいつだ!』だよ。 なんで、9年前に、天パーの事を言わなかったんだ! 馬鹿か、お前は!!」

  真犯人でもないのに、刑事から、馬鹿呼ばわりされる奴も、珍しい。

  調べたところ、Z製陶の取引先にいた天然パーマの営業マンは、Bが刑務所に送られた頃に、病死していた。 身寄りがない人物で、遺品も、自治体によって、処分されており、捜査のしようがなかった。 これでは、Bの無実を証明するには、材料が乏し過ぎる。

  A氏が、「結局、未遂だったのだから、今回の件は、大ごとにしないで下さい。 また、ムチャクチャな理由で恨まれちゃ、敵わないから」と言ったので、Bは、数日、拘留されただけで、釈放された。


  さて、B。 とりあえず、姉の家に戻ったが、姉の夫や、その息子夫婦からは、白い目で見られるのを避けられなかった。 家族でもない人間の罪をかぶって、8年も服役するなど、常識がある人達には、とても、正気の沙汰とは思えなかったのだ。 その上、包丁を持ち出すなど、物騒極まりない。 姉からも、なるべく早く、仕事と住む所を見つけて、出て行くように言われた。


  呆れるというより、驚くべき事であるが、仕事を探す必要に迫られたBは、会社もあろうに、Z製陶へ行った。 殺された社長の長男が、後を継いでいたのだが、まず、Bがヌケヌケと訪ねて来た事に、驚愕した。 謝罪しに来たのかと思って、一応、社屋の応接室に通したが、Bの用向きは、謝罪ではなく、再雇用の要望だった。 現社長が激怒して、「どういうつもりだ!」と、声を荒らげると、「俺は、身代わりになっただけで、犯人ではないから」と、涼しい顔で言った。

  現社長が、9年前の事件の所轄署に電話をし、担当刑事と話をすると、出所後のBについて、詳しい経緯を伝えられた。 刑事は付け加えた。

「でも、Bが見たって言う天然パーマの男は、もう死亡していて、証拠も処分されているから、Bの証言を証明する方法がありません。 再審請求しても、裁判まで、もって行けないでしょうねえ。 なに? そこへ来てるんですか? えっ? 再雇用しろって? わはははは! 馬鹿馬鹿しい! 私の名前を出して、追っ払って下さい」

  現社長は、その通りにした。 Bは、必死に無実を訴えたが、現社長にしてみれば、狂人の戯言としか思えなかった。

「いいから、帰れ! そんなに無実だって言うなら、再審請求して、無罪判決を受けてから、出直して来い!」


  次に、妻の実家に行ったが、一応、中に入れてもらえたものの、いきなり、離婚届を突きつけられた。 妻からは、9年前の事件の前から、愛想を尽かされていたのだ。 交際していた時には、Bが、洒落た愛の言葉を口にするので、すっかり騙されてしまったのだが、結婚して、正体が分かって来ると、それらが、ただ、恋愛ドラマのセリフを真似ているだけである事に気づいた。 恋は盲目、痘痕も靨、若気の至りとはいえ、こんな馬鹿男と結婚してしまったとは、一生の不覚!

  その頃から、用意してあった離婚届で、歳月を経て、変色していた。 Bは、ムスッとして、離婚届を押し返した。

「無実の罪で、8年も服役して来た俺を、少しは、労わる気はないのか」

  それを聞いた妻の、怒るまい事か。

「労われぇ? 馬鹿も休み休み、言え! 何が、無実の罪だ! 自分で、殺したって、認めたんだろうが! 私や子供の事は、全然、考えなかったのか! 家族が、いきなり、人殺しの妻や、人殺しの子供にされたら、どうなるか、考えもしなかったのか! この馬鹿がっ!!」
「俺は、Aを庇ってだなぁ!!」
「話は、義姉さんから聞いてるぞ! そのAさんは、何の関係もなかったんだろうが! 馬鹿っ! 馬鹿っ! 地獄行きの馬鹿がっ! その頭は、スッカラカンか! いーや、スッカラカンの方が、まだ、マシだ! 何も考えられなきゃ、ドラマの真似なんか、しないからなっ!!」

  妻が姿を消したと思ったら、デッキ・ブラシを握って戻って来た。 Bは、腕や背中を、力任せに、ガンガン叩かれ、追い出された。 門から逃げ去るBを、二階の窓から、高校生の娘が見ていたが、その目は、憎悪に燃えていた。 父親の有罪が決まった後、彼女が、学校で、どんな目に遭ったかは、想像に余りある。

  娘が窓を開けた音に気づき、Bが振り向いた。 ぎこちなく笑顔を作って、片手を上げた。 父親を見下ろす娘の顔が、悪鬼の形相に変わった。 そして、怒鳴った。

「死ねっ!!」


  Bは、妻の実家近くにある、海に突き出した断崖の上に、長時間、立っていた。 崖の上に立っていれば、誰かが駆けつけて、因縁話を聞いてくれ、自殺を止めてくれると思ったのだろう。 しかし、誰も来なかった。

  Bの姿を、沖合いに船を出していた漁師が、ちらっと目撃している。 飛び込んだところは、見ていなかったから、通報もしなかった。 妻も、娘も、姉も、Bがどうなったかは、関知していない。 7年後に、失踪届が出され、死亡した事になった。

2024/01/14

パソコン・ネット関連機器 ③

  日記ブログの方に書いた記事。 パソコン・ネット関連機器の変遷史として、何回分か書いたものを、こちらにも、転載します。 今回から、パソコン本体に入りますが、記事が長いので、一台分ずつ、出します。




【2023/10/24 火】
  さて、いよいよ、歴代パソコンの話になります。

  2001年の4月末、いよいよ、他の趣味に飽きてしまった私は、最後にやろうと思っていた、パソコン、及び、インター・ネットに手を出す事に決めました。 まずは、パソコンを買わなければなりませんが、基礎知識すら怪しく、最新情報に至っては、何も知りませんでした。 本屋や図書館へ行って、雑誌を読み、≪PCカタログ≫というムック本を買って、機種を決めました。

  5月2日、最初に買ったのは、COMPAQ(コンパック】の、「Presario(プレサリオ) 3200シリーズ 3TO330」でした。 当時、TOKIOが、コンパックのCM・キャラクターをやっていたのですが、テレビCMは、見た事がありませんでした。 OSは、「Windows Me」。 CPUは、733MHz。 メモリーが、64MB。 HDDが、40GB。 CD-R/RWドライブと、フロッピー・ドライブが付いていました。

  買ったのは、沼津市の家電量販店、ノジマの昔の店舗でした。 その後、ノジマは、南へ移転し、元の建物は、今は、セリアになっています。 パソコン本体が、8万円。 これに、三菱の、14インチ・液晶モニター、「Diamondcrysta RDT1425」、6万円を組み合わせました。

  店内に、コンパック製品を集めたコーナーがあって、そこには、コンパック製のCRTモニターが置いてありましたが、私は、カラー表示が基本のパソコンで、CRTモニターを使う気はありませんでした。 店員に、パソコンは本体だけにして、液晶モニターと組み合わせたいと言ったら、その店員は、「ああ、そういうのも、アリか・・・」と、ぼそりと言っていたのですが、一週間後、周辺機器を買いに、その店に行ったら、コンパック・コーナーに、別会社の液晶モニターが置いてありました。 私に言われて、その方が売れそうだと、気づいたのでしょう。 もう、22年も前の事なのに、どうも、つまらない事を覚えているものです。

  スリム・タワー型のパソコンは、自室の折り畳み机の奥に設置し、その前に、モニターを置き、机の板の上に、キー・ボードを置くようにしました。 モニターは、スタンドを外して、自作の台の上に立て掛けていました。 キー・ボードも立て掛けて、机の板を折り畳めるようにしていました。 今でも、そのレイアウトを維持していますが、引退以降は、机の板を折り畳む事は、ほとんど、なくなりました。

  この配置だと、パソコン本体は、モニターの後ろに隠れてしまって、ほとんど、見えませんが、電源ボタンに手が届けばいいだけの事なので、不便はありませんでした。 CDドライブと、フロッピー・ドライブが付いていて、一応、ディスク・トレイを出し入れできるようにしてありましたが、使う事は、ほとんど、ありませんでした。

  インター・ネットの方ですが、クレカを持っていなかったので、プロバイダーの申し込みは、申請書の郵送で行ないました。 開通するまでは、パソコンは、使いようがなく、OSに入っている、ゲームをやっていました。 テレビ・ゲームと比べると、恐ろしいまでに、つまらなかったです。 一ヵ月くらいで、ダイヤル・アップ回線が開通。 プロバイダーは、DIONでした。 現、au。

  ようやく、インター・ネットを始めたのですが、1ヵ月に30時間の制約があり、一日あたり、約1時間。 あまりにも、短くて、「こりゃ、駄目だ」と、ダイヤル・アップに見切りをつけ、フレッツADSLに切り替えました。 7月初めから、フレッツADSLになり、容量無制限で使えるようになります。 当時は、まだ、動画の時代ではなく、パソコン自体が、動画を処理できる能力がなくて、容量無制限の恩恵は、知れていましたが、まあ、普通に使えるようになったわけです。

  それに先立ち、やった事があります。 フレッツのモデムは、LAN接続なので、パソコンから、モジュラー・ケーブル用のボードを外し、別買いした、LANボードを付けて、LAN化しました。 他に、当時やる人が多かった、メモリーの増設も行ないました。 私は、パソコンに詳しいわけではなく、よくもまあ、腹を開けて、あんな事をやったものだと思います。 LANボードは、3000円でしたが、256メガのメモリーは、7500円もしました。 高い。

  で、インター・ネットを始めたわけですが、最初は、よそを見るだけ。 その内、書き込みも始めましたが、どうも、ネット上には、ろくでなしが多いという事が分かり、公共掲示板からは、距離をおくようになりました。 夏頃から、亀関係の個人サイトを訪ねるようになり、そちらは、割と良識的な人が多かったので、頻繁に交流するようになりました。 10月には、自分で、≪換水録≫という、亀サイトを立ち上げます。

  翌2002年の4月末に、居間に、別のパソコンを買って、両親用にしました。 ところが、父が、自室にばかりいて、居間に下りて来ないので、12月末に、自分のパソコンを新しく買い、最初に買ったプレサリオを、父の部屋に移しました。 父の部屋は、元は、兄の部屋で、私の部屋にある折り畳み勉強机と同じ物があったので、移すのは、簡単でした。

  つまり、私の部屋にあったのは、1年8ヵ月という短さでした。 父が、3年くらい使い、その後は、死蔵という事になります。 2014年に、撤去し、自室の天袋へ。 2015年の10月に、二台目のワープロと共に、ネットオフのパソコン引き取りサービスで、引き取ってもらいました。 父の部屋から撤去する時に、電源を入れてみたのですが、問題なく使えたと思います。

  私が、早々と手放してしまったのは、OSが、「Windows Me」で、使える漢字が少なく、2002年の秋頃から作っていた、「日→中 漢字読み替え表」の為に、「Windows XP」にする必要があったからです。 今から思えば、大した理由ではなかったのですが。

  このパソコンを引き継いだ父は、白内障手術の闘病記を書く程にまで、キー・ボードに馴染みましたが、その後、飽きてしまったようで、まったく電源を入れないまま、歳月が過ぎて行きました。 私が、父の部屋から撤去するまで、10年も眠っていた事になります。




≪写真1左≫
  自室にあった頃。 自分の亀サイト、≪換水録≫が、モニターに映っているので、2001年10月以降の様子です。

≪写真1右≫
  キー・ボードは立て掛けられるようになっていました。 使わない時には、埃除けに、机の板を折り畳んでいました。

≪写真2左≫
  取説。 パソコンの取説なんて、ほとんど、参考になりませんな。 まだ、どこかに保存してあるかも知れませんが。

≪写真2右≫
  アプリケーション・ソフト。 2000年代初頭頃までは、パソコンを買うと、こういったソフトが、オマケで、ごそっと付いて来ました。 家計簿とか、年賀状印刷とか、そんなもの。 画像加工ソフトだけは、今でも、使っています。

≪写真3左≫
  別買いした、増設用メモリーの外箱。 パソコン・ショップで、7500円。 パソコンを買った時に付いたポイントを使ったから、払ったのは、2500円でしたが。

≪写真3右≫
  メモリー本体。 パソコンの腹を開け、これを、空いているメモリー・スロットに付けると、反応速度が速くなるというもの。 最初だけは、速くなったような感じがしましたが、すぐに慣れてしまい、何とも思わなくなりました。 「メモリー増設 → 速くなる」というのは、都市伝説の類いだった可能性が濃厚です。

≪写真4左≫
  右の箱は、LANボードのもの。 パソコンのメーカー指定の、別会社品でした。 パソコン・ショップで、3000円。 運がいいというか、取り寄せてもらったわけではなく、これ一つだけ、棚にあったのです。

  左の部品は、元からパソコンに付いていた、モジュラー・ケーブル・ボードです。 2001年春頃だと、まだ、ダイヤル・アップが、主流だったんですな。 2002年12月に買った、三台目のパソコンでは、最初から、LANボードが付いていました。

≪写真4右≫
  2002年の12月、父の部屋に、移しました。 モニターは、グリーンハウスの、15インチ・液晶モニター。 沼津のノジマで、32800円でした。 私が使っていた、三菱の14インチが、6万円したのと比べると、たった、1年半で、随分と安くなったものです。

≪写真5≫
  2015年10月。 ネットオフに引き取ってもらう寸前に、撮った遺影。 本体には触らないから、汚れる事はなく、新品同様でした。 性能的には、もはや、使えるものではありませんでしたが。 2007・8年頃が境だと思うのですが、パソコンは、動画対応しているかどうかで、画期が出来ました。 動画対応していないと、今、使うのは、かなり、厳しいですな。


  ちなみに、コンパック社は、アメリカの会社ですが、私が買った直後に、同じアメリカの会社、ヒューレット・パッカードに吸収合併されて、なくなってしまいました。 呆気ない。

  2001年頃に作られた、2時間サスペンスを見ると、オフィスの場面で、プレサリオ・シリーズが出て来る事があります。 デザインに特徴があるから、すぐに分かるのです。 懐かしいですが、自分で使っていた期間が短かったせいで、あまり、深い感慨はありません。

2024/01/07

読書感想文・蔵出し (111)

  読書感想文です。 先月、予告した通り、読書意欲の減退により、図書館で借りて来る本の数が、半分になったので、今回からは、感想文も、2冊ずつになります。 敢えて、他人事のように言うと、何にでも、衰える時はあるという事ですな。





【ロボットの時代 〔決定版〕】

ハヤカワ文庫
早川書房 2004年8月15日 初版
アイザック・アシモフ 著
小尾芙佐 訳

  沼津図書館にあった、文庫です。 短編8作を収録。 コピー・ライトは、1964年になっています。 本全体のページ数は、306ページ。 原題を直訳すると、≪ロボットの残り≫で、≪われはロボット≫に収録されなかった、ロボット物の作品を集めたもの。


【AL76号失踪す】 約27ページ (1942年)

  月面に送られて、砕解機を操作するはずだったロボットの一体が、なぜか、地球上に迷い出てしまった。 任務に忠実なロボットは、修理屋のガラクタ置き場から、部品を集めて、自分で、砕解機を作るが・・・、という話。   コメディー。 テーマは、これといって、ありません。 ≪われはロボット≫の続きで読む人も多いと思いますが、全く、毛色が違う話なので、頭を切り替えてから読み始めないと、楽しめないと思います。 かなり、ぶっとんだ笑わせ方です。 月面で使っている砕解機と、ロボットが作った砕解機では、使用エネルギー量が、比較にならないほど違うというのが、面白い。


【思わざる勝利】 約45ページ (1942年)

  木星の衛星、ガニメデにある、地球人の基地から、木星内の陸地に下りた宇宙船には、3体のロボットが乗り組んでいた。 木星人は、攻撃を始めるが、ロボット達は、ビクともしない。 誇り高き木星人から、彼らの都市と文明を見せられると、ロボット達は、地球人の負けを確信する。 ところが、ロボット達が乗って来た宇宙船に、与圧機構や気温調節機構がないと事を知ると、木星人の態度が、急に変わり・・・、という話。

  これも、落とし話。 あまり、面白くはないですけど。 異星人なんて、誰も見た事がないから、人間なのか、ロボットなのか、分らないという事もあるでしょうな。 しかし、この後、事実が知れるのは確実で、そうなったら、やはり、地球人は、負けるのでは? 木星は巨大なので、木星人の人口も、桁外れに多い、というのは、説得力があります。

  この話、「木星人」という、存在しないものを出してしまっている点で、≪われはロボット≫の諸作品とは、次元が違うSFになっています。 1942年だと、まだ、宇宙ロケットも飛んでいない頃ですから、火星人や、木星人の存在を否定しきれなかったのかも知れませんな。 現代の知識で、駄目出しするのは、卑怯か。


【第一条】 約8ページ (1956年)

  ロボット三原則の、第一条に違反した例。 土星の衛星タイタンで、ロボットが一台、不可解な行動をとった後、行方不明になる。 ロボットは、暴風が吹く荒野で、人間が危険な野生動物に遭遇した場面で、姿を見せるが、人間を守らずに、動物の方を連れて逃げてしまった。 その理由は・・・、という話。

  短か過ぎる点は指摘しないとしても、伏線の張りが弱すぎるせいで、オチが、分かり難いです。 ロボットが、母性本能を発揮するというのも、理解し難い。 つまり、狂っていたという事ですかね。


【みんな集まれ】 約36ページ (1957年)

  敵陣営により、アメリカに送り込まれた、人間そっくりのロボット、10体。 全部が集まると、核爆弾以上に強力な爆弾を爆発させる事ができる。 対処を押し付けられたロボット技術局の局長は、爆弾を爆発させる事よりも、アメリカ社会の混乱を狙った作戦ではないかと推測し、罠を仕掛けて・・・、という話。

  ロボットSFというより、スパイ物ですな。 爆弾を持ち込んだのが、ロボットでなく、人間のスパイでも、この話を成り立たせる事はできます。 スパイ物には、「してやられたと見せかけて、実は、それは罠で・・・」というパターンが多いのですが、この作品も、忠実に、それを取り入れています。 「上には上がいる」、「裏の裏をかく」という語り方。 しかし、あまり、上に積み上げたり、裏表をくるくる引っ繰り返すと、白けてしまいますな。


【お気に召すことうけあい】 約30ページ (1951年)

  ある夫婦の元に、家事ロボットが、試験的に預けられる。 夫が出張している間、妻は、ロボットの力を借りて、魅力的な女になり、家の内装も、見違えるほど、素晴らしいものになった。 ロボットは美男で、妻は彼と、恋に落ちてしまい・・・、という話。

  この作品が発表された直後、女性読者が増えたそうですが、恋愛云々は、別にしても、こういうロボットがいたら、いいだろうなと、どんな女性でも思うでしょう。 それに留まらず、人間の夫は要らないと思うのでは?

  サイボーグなら、元が人間だから、恋愛対象になるわけですが、この作品に出て来るロボットの脳は、人間以上に肌理細やかに出来ているようなので、外見も良し、中身も良しなら、ロボットでも、恋愛対象になりうると思います。


【危険】 約51ページ (1955年)

  超空間航行の実験船に、操縦士として、ロボットを乗せたが、予定時刻になっても、船は発進しない。 どんな問題が発生しているのか分からず、いつ、動き出すかも分からない。 調べに行くのは、命がけであるにも拘らず、ロボットではなく、人間の技術者が選ばれて、送り込まれた。 問題の原因は、単純な事だったが、自分の命を蔑ろにされた技術者は、怒っていて・・・、という話。

  ロボットではなく、人間を送り込んだのには、理由があったのですが、それしても、危険な任務でして、その程度の理由で、人命を懸ける事が許されるのか、ちと、首を傾げてしまいますな。 まあ、本人は、説明されて、納得したようだから、他人の私が、どうこういう事もありませんが。

  それにしても、ロボット心理学者、本人が行けば良かったんじゃないですかねえ。 高齢だから、不適任? それはそれで、そんなに高齢になるまで、後継者を育てていなかったというのは、大きな手落ちですな。


【レニイ】 約29ページ (1958年)

  ロボット工学の志望者を増やす事を、目的の一つとして、一般人に、ロボット工場の見学をさせていたが、見学者の一人が、悪戯で、入力装置を滅茶苦茶に操作したせいで、一台のロボットの電子頭脳が、赤ん坊レベルになってしまった。 ロボット心理学者は、廃棄に反対し、ロボット工学の志望者を増やすのに役立つロボットに育てると主張するが、その本当の目的は・・・、という話。

  テーマとしては、【第一条】と同じで、母性本能です。 分からないではないですが、話として、面白いわけではありません。 ちなみに、一連の作品に登場する、実質的中心人物のロボット心理学者は、女性です。 「人間の姿をしたロボット」と陰口を叩かれるような人格ですが、そうであるが故に、魅力があります。


【校正】 約68ページ (1957年)

  ある大学に、試験的に貸し出された、校正ロボット。 論文や、著作を、校正するのが仕事。 そのロボットが、勝手に、論文の改竄をやったというので、ロボット会社が、学者から、告訴される。 ロボット心理学者達は、事前の公判で、原告の学者に精神的な揺さぶりをかけた上で、当のロボットを、法廷に運び込み・・・、という話。

  テーマは、三原則の第一条の拡大で、目新しいものではありません。 ロボットSFとして、というより、法廷物として、よく出来ており、迫力があります。 特に、法廷に、ロボットを運び入れる際、ロボット心理学者が、「おいで!」という場面が、妙にカッコいいです。 自分達が作っているロボットに、絶対の自信がある事の証明のようで、職業人としての輝きを感じさせるのです。




【月は無慈悲な夜の女王】

ハヤカワ文庫
早川書房 2010年3月15日 初版
ロバート・A・ハインライン 著
矢野徹 訳

  沼津図書館にあった、文庫です。 長編1作を収録。 コピー・ライトは、1966年になっています。 671ページ。 一冊で出すには、長過ぎ。 こんな厚い文庫が、あっていいものか。 元は、雑誌に連載された作品らしいですが、なるほど、書下ろしでは、出版社側が、二の足を踏む長さですな。 こういう大長編は、面白いという評価が先に広まっていなければ、売れないものです。


  2075年の月世界。 専ら、地下に造られた幾つかの都市に、元、流刑囚だった人々が、300万人住んで、地球政府の統治下に置かれていた。 市民の間で、行政府に対する不満が高まり、入念に準備されたクーデターが発生する。 その背景には、月に設置された、高性能コンピューターが、何かの拍子に、意思をもち、人間と会話ができるようになった事実があった。 月世界を支配した市民は、地球政府に独立を認めさせる為に、成功率の低い戦いに挑む事になる。

  月世界独立の戦いを描いたもの。 革命という言葉も出て来ますが、手本にしているのは、アメリカ独立戦争です。  原題は、≪THE MOON IS A HARSH MISTRESS≫で、邦題は、ほぼ、直訳。 「harsh」は、「ひどい」とか、「意地悪な」という意味の形容詞で、これが付いているせいで、戦いは、負けに終わるのではないかと予想してしまうところですが、その一方で、アメリカ独立戦争は、成功しているので、やっぱり、勝つのかなあとも、思うところ。

  うまく、読者の目をごまかしているとも思えますが、雑誌に連載された作品だから、単に、題名をつけた時点では、結末を決めていなかっただけなのかもしれません。 ちなみに、本作の結末は、期待通りの部分と、落胆してしまう部分が、並列していて、読み終わった後、大長編に相応しい、脱力感を覚えます。 解説に、「バランスがいい」と書かれていますが、その通りだと思います。 話の作り方が、大変、巧みなのです。

  三章に分かれていて、第一章は、クーデターが成功するまで。 第二章は、二人の代表が、地球政府に乗り込んで、交渉するところまで。 そして、第三章は、戦争になります。 圧巻は、やはり、第三章で、この作品全体が、仮想戦記物だと言っても、大きく外れてはいないでしょう。

  地球側は、戦闘艦まで使えるのに対し、月世界は、宇宙船を一隻も持っておらず、地球に向かって、農産物を送っていた射出機で、岩石を打ち出すのだけが、攻撃用の武器になります。 これが、凄いんだわ。 爆弾ではないんですが、高速で落下するので、地表で大爆発を起こし、地球に住む者を、恐怖のどん底に叩き落します。 最初、どこそこへ落とすと警告しているのに、月世界の力を小馬鹿にしている馬鹿どもが、わざわざ、見に行って、あの世行きになる件りは、痛快。 つくづく、馬鹿につける薬はない。 非日常的な事に対して、安全か危険かの判断ができないんですな。

  射出するのは、ただの岩石ではなく、磁場を使う関係で、鉄製の器に入れなければなりません。 その鉄の量が限られているので、無限に射出し続けるわけには行かず、弾切れになる前に、いかに、地球側を屈服させるかが、鍵となります。 話が、うまく出来ていますねえ。 戦記物というのは、一方が、圧倒的に強いなどというのは、最悪につまらないのでして、力が拮抗している設定が、最も、手に汗握らせてくれるのです。

  月世界の、婚姻制度や、裁判制度は、独特なもので、それに関する記述に、結構なページ数を割いていますが、そういう架空の習慣は、頭に入れても、意味がないので、読み飛ばした方がいいと思います。 婚姻制度に関しては、第二章で、主人公が地球政府に逮捕される件りで、少し関係して来るのですが、そんなに大ごとにはなりませんから、やはり、無視してもいいと思います。

  さて、この作品、人工知能が出て来る事でも、有名。 たまたま、意思を獲得し、自分で喋れるようになったコンピューター、「マイク」ですが、書かれたのが、1966年ですから、パソコンもなかった時代でして、作者が想像していたのは、今で言う、人工知能とは、だいぶ違ったものだったと思います。 しかし、とにかく、大規模な計算ができるという点は、スーパー・コンピューターそのものですし、膨大な量のデータを記憶している点は、ビッグ・データそのもので、この二つの能力が合わさった時に、人工知能と呼ばれるものが出て来るわけですから、作者の先読みの方向性は、正しかったわけです。

  「マイク」とは、平凡な名前のようですが、これは、シャーロック・ホームズの兄、「マイクロフト」の略で、マイクロフト・ホームズと言ったら、話だけ聞いて、事件の謎を解いてしまう、揺り椅子探偵の嚆矢。 コンピューター、「マイク」の性格をよく表していると思います。 電話があるところでは、受話器が外れているか否かに拘らず、盗聴ができるというのは、趣味の悪い能力ですが。

  ちなみに、2075年と言っても、インター・ネットも、携帯・スマホもないです。 一流のSF作家でも、それらを予測できなかったんですな。 民主主義社会で、民衆が、アホ化して、アホしか選出されなくなってしまう事も、予測外。 それ以前に、宇宙へ人間を送るには、お金がかかり過ぎて、月を流刑地にするなど、経済的に全く引き合わず、ありえない話だという事も、頭に入れて置いた方がいいです。




  以上、2冊です。 読んだ期間は、2023年の、

≪ロボットの時代 〔決定版〕≫が、10月3日から、5日。
≪月は無慈悲な夜の女王≫が、10月13日から、21日。


  今回の2冊とも、「AI SF小説」で、検索して、引っ掛かった作品。 映画では、人類の敵に回る、支配者的AIが出て来る作品は多いですが、小説だと、驚くほど、少ないです。 ロボット物と合わせても、指を折って数える程度。

  そういえば、日本では、「ロボット物」というと、人間が操縦する、人の形をした機械が出て来る作品を、主に指しますが、アメリカでは、イの一番に、「ロボット三原則」を発想するようで、AIを搭載して、自分で考えられるものでなければ、ロボットの内に入れないようです。