2024/11/24

EN125-2Aでプチ・ツーリング (62)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、62回目です。 その月の最終週に、前月に行った分を出しています。 今回は、2024年10月分。





【長泉町本宿・山神社】

  2024年10月6日。 長泉町・本宿にある、「山神社」へ行って来ました。 旧・国道246号線を、沼津方面から北上して行って、新幹線の高架の少し手前の左側、つまり、西側にあります。

≪写真1≫
  ちょっと高くなった所に、境内があります。 幹線道路から、すぐに見えるので、大体の位置が頭に入っていれば、迷う事なく、到着します。 石垣に、石の欄干、石の鳥居。 標柱には、「本宿山神社」とありました。

≪写真2左≫
  石段の下にあった、道祖神。 石の色が違うので、他から移して来たものでしょう。 道祖神は、江戸時代まで、土地の境界に、傍示杭の代わりに置かれていたもので、明治以降、土地の登記が進んで、意味がなくなり、さりとて、神像なので、壊す事も出来ず、神社に集められてくる事が多いです。

≪写真2右≫
  鳥居の名額。 石製。 「山神社」とあります。 普通、鳥居の柱の後ろ側に、奉納年月が彫ってあるものですが、この神社には、どこにも、そういったものが見当たりませんでした。

≪写真3≫
  社殿。 石製。 祠というには、立派過ぎる造り。 この神社では、石屋さんが、大活躍したようですな。 石燈籠は、六角断面タイプで、左右にあります。

≪写真4左≫
  石の腰掛け。 ここでも、石屋さんが、仕事をしています。 全部で、4個くらいあったでしょうか。

≪写真4右≫
  社殿の背後に植えられていた。 高野槙(コウヤマキ)。 図鑑では見た事がありましたが、現物は、初めて見ました。 普通の槙とは、葉の形が違います。 スギ科。

≪写真5左≫
  これは、ドウダンツツジ。 まだ、小さいですな。 ここの境内は、明らかに、日本庭園の作法で、造られていました。 造園業者に任せたのでしょう。

≪写真5右≫
  石段の下に、強引に停めた、EN125-2A・鋭爽。 これより、手前になると、歩道になってしまいます。 もっと、車の通りが少ない所なら、歩道に停車もためらわないんですが、幹線道路なので、いつ、警察車両が通るか分からず、大事を取った次第。




【長泉町本宿・本宿にこにこ公園】

  2024年10月14日。 長泉町・本宿にある、「本宿にこにこ公園」へ行って来ました。 本当は、近くにある、「諏訪神社」が目的地だったんですが、前まで行ったら、人がいたので、パス。 で、こちらへ来たら、三連休の三日目で、親子連れで、いっぱい。 しかし、写真が撮り易そうだったので、撮って、さっさと帰って来ました。

≪写真1≫
  道路の向かい側から、見ました。 児童公園です。 広さは、平均的。 地面を全て、舗装してあります。

≪写真2左≫
  名柱。 「本宿にこにこ公園」。 「本宿」は、「ほんじゅく」と読みます。

≪写真2右≫
  パンダと、ライオン。 どちらも、宙を飛んでいるような姿勢です。 他に、滑り台など、遊具あり。

≪写真3左≫
  時計。 シチズンのもの。

≪写真3右≫
  トイレ。 ドアがあり、外から中は、全く見えません。 トイレだから、それでいいと思う反面、密閉されてしまうのは、ちと、怖い感じもしますな。

≪写真4左≫
  すぐ南側を通っている、高架道路。 これは、国道一号のものです。 向こうが三島方面。 手前が、沼津方面。

≪写真4右≫
  たぶん、観葉植物。 名前が分かりません。 花でも、葉でも、赤や黄色は、目に飛び込んできますな。

≪写真5≫
  駐輪場に停めた、EN125-2A・鋭爽。 間違いなく、駐輪場なのですが、児童公園に、バイクで来る者も、珍しいと思います。

  よその子供を撮っていると思われないように、気を使いました。 やはり、プチ・ツーリングの目的地は、人のいない所が、一番いいですな。




【長泉町竹原・窪の湧水】

  2024年10月20日。 長泉町・竹原にある、「窪の湧水」へ行って来ました。 以前、折自で、2回くらい、来た事があるのですが、道順を、すっかり忘れてしまい、ネット地図で調べ直して行きました。 西の沼津側から行ったのですが、周囲の風景に、全く記憶なし。 たぶん、折自で来た時には、東の長泉側から来たのでしょう。

≪写真1≫
  確かに、ここです。 東海道線の北から入って、踏切を南へ渡ると、下り坂があり、その途中の、東側にあるのです。 行ってみたら、工事中で、奥まで入る事ができなくなっていました。 もっとも、以前の記憶では、奥まで行っても、特に何があるというわけではなく、湧き水の川が流れているだけでしたが。

  狭いながらも、自然公園でして、解説板が立てられています。 ジオ・スポットと言うべきか。

≪写真2≫
  水の様子。 湧水だから当然ですが、清流です。 石臼が沈められていますな。

≪写真3≫
  これが、東海道線の踏切から、下って来る坂道。 私は、この場所を、新幹線の南だとばかり思っていたんですが、考えてみれば、新幹線なら、ガードがあるはずで、下り坂など、ありえません。 記憶とは、いい加減なものですなあ。

≪写真4≫
  坂の下は、住宅地。 バイクは、湧水の敷地内には入れられず、坂の下の道路脇に停めました。 道が狭いので、車が通るたびに、ヒヤヒヤしました。 帰りは、南へは行かず、坂を登り、元来た道で戻りました。 迷ってしまうと、厄介なので。




【長泉町竹原・道祖神】

  2024年10月31日。 長泉町・竹原にある、「道祖神」へ行って来ました。 ネット地図で見つけた所。 前回行った、「窪の湧水」の近くです。

≪写真1≫
  東海道線の踏切。 「特種踏切」という名前ですが、踏切が特種なのではなく、近くに、「特種製紙」という会社があるから。 ここには、以前、折自で来た事がありますが、どうやって来たのか、道を覚えていませんでした。

≪写真2≫
  踏切の、すぐ南側に、こういったものがあります。 左側の石塔は、元禄時代の仏物。 右の石像が、道祖神です。 

≪写真3左≫
  道祖神の頭部。 端正な顔立ちですな。 頭だけ、挿げ替えてあるようなので、割と浅い時代に造ったのかも知れません。 こんな繊細な加工は、手彫りだった頃では、難しいでしょう。

≪写真3右≫
  もう一つ、道祖神の石像がありました。 よそから、持って来られたのかも知れません。

≪写真4≫
  路肩に停めた、EN125-2A・鋭爽。 踏切の北の方が、工事中で、通行止めだったので、私は、隣の踏切を通り、南側から、ここへ来ました。 つまり、この踏切には、車が来ないわけで、狭い道路でしたが、安心して停められました。





  今回は、ここまで。

  長泉町ですが、南の端ばかり、行きました。 鼠蹊ヘルニアを手術してもらう為に、10月に入ってから、総合病院へ行ったのですが、検査の結果、「重度の糖尿病」と言われてしまい、まず、血糖値を下げる治療を始める事になりました。 で、出先で倒れたりすると、人様に迷惑なので、大事を取って、極力、近い所だけ、目的地にした次第。

2024/11/17

実話風小説 (34) 【八方美人とお歳暮】

  「実話風小説」の34作目です。 9月の中頃に書いたもの。 割と短くできました。 もっと、短くしてもいい。




【八方美人とお歳暮】

  女Aは、その年、21歳で、まだ、若かった。 都会の大学に通っていたが、八方美人な性格が禍いして、交際し始めたばかりの男に、特殊詐欺グループに引きこまれてしまい、入って、たった一週間後に、仲間数人と共に逮捕された。 ちなみに、交際していた男は逃亡し、まだ捕まっていない。

  警察で取り調べを受けたが、加わって一週間では、何も分かりはしない。 仲間の証言から、かけ子を数回やっただけという事が分かり、送検されたものの、不起訴になった。 法律上の処分は、それでおしまいだが、大学は、何もなかった事にはしてくれなかった。 親を交えた話し合いの末、自主退学という事になり、地元に戻った。 親からは、大変、大変、非常に、非常に、残念な顔をされた。

「誰からも好かれたいというのは、悪い事じゃないけど、誰にでも、ホイホイ、ついて行ってどうする? 犯罪のニオイがするのに、気づかなかったのかねえ・・・」

  4ヵ月、何もせずに、家に引き籠っていたが、親戚の伝で、高齢者施設に、雑用係として雇ってもらう事になった。 紹介してくれた叔父さんは、真剣な顔で言った。

「大学をやめた理由は、言ってないから。 とにかく、真面目にやってくれ。 何か問題が起きたら、俺の信用もなくなっちゃうから」

  介護関係の資格など、何も持っていないから、掃除や、洗濯、布団干し、介護の手伝いなど、正に、雑用係である。 結構、きつい仕事で、しばらくは、体が慣れずに、ヒーヒー言っていた。 家に帰ると、母親相手に、

「なんで、大学生だった私が、あんな仕事を・・・」

  と、ブツブツ零していた。 職場では、おくびにも出さなかったのは、女Aが、八方美人で、他人の目に、自分がどう映るかを、常に気にしていたからである。 「文句一つ言わず、一生懸命働く、優しくて、可愛い子」を演じていたのだ。 こういう女性は、珍しくない、というか、結構、多い。 開き直って、サボってばかりいる女より、一見、ずっと好ましく見えるが、演技は、所詮、演技である。


  働き始めて、2ヵ月くらいすると、だいぶ、要領が分かって来た。 体も慣れて来て、ひどく疲れる事がなくなった。 元々、知能が低いわけではないから、仕事の手順の組み立てはできるのだ。 8割方、肉体労働という職種では、慣れてしまえば、こっちのもの、という面もある。

  何分、八方美人なので、他人が見ている所では、始終、ニコニコしており、入所している高齢者達の受けは良かった。 「Aちゃん」と呼ばれて、何かと、頼りにされるようになった。 八方美人心をくすぐる状況に漕ぎ着けたわけだ。

  その年の11月半ば頃、Bさんという高齢女性が、女Aに声をかけて、自分の部屋に連れて行った。 ちなみに、この施設では、入所者は全員、個室である。 4畳半もない部屋だが、一応の、プライバシーは保たれている。 女Aは、特殊詐欺の時の苦い経験があるので、少し警戒して、訊いた。

「他の人に聞かれたら、困る事ですか?」

「そういうわけじゃないんだけど・・・」

「何なんですか?」

「Aちゃん。 お歳暮を発送した事はある?」

「やった事ないです。 家では、母がやってると思います」

「そんなに難しい事じゃないのよ。 スーパーか、デパートに行けば、店員さんが、説明してくれるから、その通りにすればいいの。 どうしても、贈りたい人がいるんだけど、私は、とても、外出できないから、Aちゃん、良かったら、手続きしてくれないかな」

  女A、すぐに思い出した事があった。 勤め始めて、すぐの頃、仕事を教えてくれた先輩が、「ここじゃ、お中元・お歳暮は、やってないから」と、言っていたような気が・・・。 その頃は、お中元・お歳暮の時期ではなかったから、すぐに忘れてしまったのだが・・・。

「ここは、お中元・お歳暮は、やってないって・・・」

「それは、分かってるの。 だから、職員さんには、内緒でね」

  Bさんは、女Aに向かって、両手を合わせた。 女A、「私も、一応、職員なんだけど・・・」と思ったが、そこは、八方美人。 Bさんに嫌われたくはない。

「分かりました。 デパートは遠いから、無理だけど、スーパーでいいなら、行ってみます」

「うんうん、スーパーでも大丈夫。 ありがとうね。 恩に着るから。 これが、リスト。 持って行ってね」

  と言って、Bさんは、メモ用紙を手渡して来た。 6人の名前と住所が手書きしてあった。 贈る品は、全員同じ。 「ハムなど肉製品で、3000円前後のもの」と書いてあった。 お金は、2万円、預かった。


  女Aは、休みの日の前日に、帰り道、近所のスーパーに寄り、お歳暮発送の手続きをした。 サービス・カウンターが混んでいて、長いこと待った上に、メモの名前と住所を、専用の用紙に書き写さなければならず、1時間以上かかった。 休み明けに、Bさんの部屋に行き、メモを返し、お釣りを渡した。 Bさんは、喜んでいた。

「ありがとう。 助かったわ。 施設は、こういう事を、やってくれる所が少なくてねえ」

  Bさんは、高齢者施設を、何軒も渡り歩いており、他と比較して、言っているのだった。 喜んでもらえたので、女Aも、気分がいい。 八方美人冥利に尽きる。 女Aは、ウキウキした気分で、半日過ごした。


  Cさんという女性入所者がいた。 普段から、不平が多く、職員の間では、警戒されている人物である。 女Aが、部屋の掃除に入ると、ベランダへ出て、終わるのを待っている間、ブツブツ、独り言を言っていた。

「まったく、お歳暮一つ、出せやしない・・・」

  それを聞いた女Aは、つい、返事をしてしまった。

「お歳暮、出したい方がいるんですか?」

「そりゃ、いるよ。 施設に入ってる年寄りだからって、つきあいはあるんだからね。 家で暮らしてた頃には、15軒分も出してたんだよ」

「そんなには、無理だけど、5軒くらいなら・・・」

「えっ! Aちゃん、出してくれるの?」

「他の人には、内緒ですよ」

「分かった分かった! 内緒内緒! ちょっと、待って、えーと、名前と住所を書くからね。 ああ、いいや。 すぐには、書けないから、明日までに書いとくよ。 明日、また来て」

「はい」

  「他の人には、内緒」と、自分で言った女Aだったが、なんで、内緒なのかは、分かっていなかった。 最初に、Bさんが、やってはいけない事を頼んでいるような感じで切り出したので、何となく、後ろめたい事のように思えていただけだったのだ。


  翌日、Cさんの部屋に行くと、他に、二人、女性入所者が来ていた。

「ごめんね、Aちゃん。 内緒にしとく約束だったんだけど、この二人とは、親友だから、私だけってわけにはいかなくて・・・」

「はあ・・・・」

  三人から、メモを渡された。 Cさんは、5軒。 他の二人は、10軒ずつ。 女Aは、スーパーで用紙に書き写す手間を考えて、震え上がった。

「こんなには、無理です。 一人、5軒にして下さい」

  ところが、二人は、猛然と言い返してきた。 「これでも、頑張って、少なくしたのよ!」

「家にいた時は、親戚やら、主人の勤め先の上司やら、取引先の人に、30軒も出してたんだから! Aちゃんは若いから、分からないかもしれないけど、つきあいっていうのは、そういうものなの!」

  押し切られてしまった。 八方美人なので、相手に強く出られると、断れないのだ。 女Aが、受け入れたのを見て、Cさんが、追加の5軒分が書かれたメモを出して来た。

「私だけ少ない理由もないでしょ」

「・・・・・」

  女Aは、こんな厄介事は、早く片付けてしまおうと思って、その日の帰りに、スーパーに寄り、30軒分の発送手続きを済ませた。 3時間以上、かかった。 


  もう、想像がつくと思うが、女Aの災難は、これでは終わらなかった。 11月の内に、お歳暮発送を頼まれたのが、入所者の半数を超える、16人。 ちなみに、全員、女性。 送り先の数にして、130軒を超えた。 毎日のように、スーパーに寄り、2・3時間かけて、手続きをする羽目になった。 だが、女Aは、自分が始めた事が、どういう結果を招くか、まだ、分かっていなかった。


     12月に入り、5日を過ぎると、ポツポツと、施設宛に、お歳暮が届くようになった。 女Aが手続きして送った相手からの、お返しなのである。 5日の午前中に、2個来たと思ったら、午後は、バタバタと6個も来た。 事務長が、顔色真っ青になり、所長に報告すると、所長も真っ青になった。 女Aを除く、他の職員も、噂を聞いて、真っ青に。

  夕方、事務室に、職員全員が集められた。 事務長が、殺気立って、詰問した。

「誰か、お歳暮発送を引き受けましたね!」

  女A以外は、顔を見合わせている。 その様子を見渡していた事務長が、女Aを標的に定めた。

「Aさん。 君がやったんですか?」

「はあ・・・、はい。 すいません」

「何軒に送ったの?」

「えーと・・・、そのう・・・、最初のBさんが、6軒で・・・」

「全部で、何軒ですか?」

「全部で・・・、・・・132軒です」

  職員全員から、どよめきが上がった。

「おおおうっ!!」

  あまりの数の多さに、笑ってしまう者もいたが、笑い事ではない事は分かっていて、すぐに、真顔に戻った。 所長が、女Aの教育係だった、先輩のDさんに訊く。

「Dさん、お中元・お歳暮の代理発送は、引き受けちゃ駄目だって、教えなかったんですか?」

「教えました。 Aちゃん、聞いてるよね?」

  Dさんに睨みつけられて、女Aは、竦み上がった。

「聞きました。 でも、どうしてもって、頼まれちゃって。 私が頑張れば、入所者の皆さんに、喜んでもらえるかなあって、思ったんです」

  事務長の怒りが、爆発した。

「君が頑張ったのは、発送手続きでしょう! お中元・お歳暮には、お返しが来るって、考えなかったんですか!? 130軒も送ったら、おそらく、100軒以上が、お返しを送ってよこすでしょう。 誰が、受け取りをするんですか!?」

「・・・、私がやります」

「これから、数日間、受け取りの嵐ですよ。 あなたが、それをやっている間、あなたの仕事は、誰がやるんですか?」

「・・・・・」

  女Aは、ようやく、事の重大さが分かって来た。 こういう事態を避ける為の、「お中元・お歳暮は、やってない」という説明だったのである。 それを言われた時、「なんで、駄目なんですか?」と訊き返しておけば、Dさんが、理由を答えてくれたのだろうが、何せ、女Aは、八方美人で、誰からも気に入られたいと思っていたせいで、「飲み込みが早い、使える後輩」を演じる為に、敢えて、質問をしなかったのだ。


  女Aは、特殊詐欺で逮捕された時以上に、打ちのめされた。 詐欺の時には、「自分も、騙された側」といういいわけを、少なくとも、自分に対してだけはできたが、今度は、100%、自分の考えが足りなかったのが原因で、引き起こした問題だったからだ。 世間知が足りず、お中元・お歳暮には、お返しが付き物という常識が欠けていたせいで、こんな大失態を演じてしまったのだ。

  お返しのお歳暮は、合計、120軒分に及んだ。 女Aは、その受け取りを、一人で、全部こなしたが、次々と届けられる荷物の中には、認め印が必要なものもあり、受け取った手荷物は、各部屋に運ばなければならず、想像を絶する手間となった。 他の仕事など、するゆとりは全くなかった。

  女Aは、年末を待たずに、退職願いを出した。 事務長は、事務的に、退職書類を出して、書き方の説明をした。 この事務長は、社会経験が豊かな人で、女Aが、八方美人タイプである事を、すぐに見抜き、最初から信用していなかったので、やめてくれるというなら、文句はなかった。 一応、所長が引き留めたものの、女Aの決心は変わらなかった。 決定的となったのは、Bさんの部屋に、お歳暮のお返しを持って行った時に、こう言われた事である。

「Aちゃん。 良かったら、年賀状の宛名を書いて欲しいんだけど」

「もう、勘弁して下さい」


  施設に入っているからといって、高齢者は、人づきあいを諦めたわけではない。 いつまでも、現役時代と変わらないと思っている人の方が多いのだ。 お中元・お歳暮・年賀状は、彼らが、生きている事を、かつて交流していた人達に伝える為の、最も有効な手段である。 見栄を張りたい欲望に、現役も引退者もない。 問題は、自分では、能力的にできなくなっている事を、若い者を利用して、実現しようとする、その図々しさにある。

「施設の職員に頼むのではなく、家族に頼んで、発送してもらい、家で、お返しを受け取って、施設に持って来てもらえばいいのに」

  と思うかもしれないが、お返しには、調理しなければ使えない食材なども多くあり、自炊型でない施設の場合、調理場に持ち込まれたりすると、逆に迷惑になってしまう。 箱のダンボールや厚紙も、ゴミを増やす事になる。 結局、施設側としては、一切禁止にしてしまった方がいいのだ。

  また、家族の方も、親のつきあいを引き継ぐ気はない。 親と子供は、別の人間なのだ。 親の中には、「自分と、友人・知人のつきあいは、自分の子供と、友人・知人の子供に引き継がれて行くはずだ」などと思っている者もいるが、途轍もない勘違いである。 いとことすら、大人になれば、音信不通。 兄弟姉妹ですら、滅多に顔を合わせない。 況や、他人に於いてをや。 子供には、子供のつきあいがあるのだ。


  八方美人も、相手を見て、やった方がいい。 高齢者に好かれてもなあ。 遺産をもらえるかも? そんな例は、ほとんど、ない。 遺言状に名前を書いてもらっても、大抵は、本人の死後、近親者が現れて、訴訟を起こしてでも、他人の手に遺産が渡るのを、阻止してしまう。 自分が相続人になっていない事に腹を立て、「他人に渡すくらいなら、国に没収してもらう方がマシ」という考え方になるようだ。


  女Aは、その後、家に引き籠って暮らしていたが、23歳の時、珍しく、買い物に出た先で、高校時代の同級生と再会して、交際を始め、結婚に至って、以降、割と普通に暮らしている。 八方美人は、意識的に、やめた。 人生の得にならないと、悟ったからである。 お中元・お歳暮・年賀状のやり取りは、一切やっていない。

2024/11/10

セルボ・モード補修 (38)

  車の修理・整備記録のシリーズ。 今回の記事3件で、とりあえず、このシリーズは、終了。 次は、来年の秋になると思います。 一年くらい経たないと、記事が溜まらないので。





【ウォッシャー液・クーラント液の補充】

  2024年7月14日。 車の液物を補充しました。

≪写真上左≫
  カーマで買って来た、Dcmブランドの、ウォッシャー液、2リットル。 217円。 気温が、-6℃までなら、そのまま。 -2℃までなら、水で、2倍に希釈するとの事。

≪写真上右≫
  車のエンジン・フードを開け、ウォッシャー液の注入口に、ヨーグルトの台紙で作った漏斗を挿し、塗装面にかからないように、タオルで養生してから、注ぎました。 入れ過ぎて、溢れてしまい、慌てて、タオルとティッシュで拭き取りました。

≪写真下左≫
  Dcmブランドの、クーラント液(緑)。 2リットル。 822円。 車が古いから、「スーパー・クーラント」ではない、ただの、「クーラント」です。 -40℃まで凍らないとの事。 希釈不要の、ストレート・タイプ。

≪写真下右≫
  入れ方は、ウォッシャー液と同じですが、こちらは、リザーバー・タンクに、上限線があるので、そこまで入れました。 交換ではなく、補充だけの場合、タンクに足すだけで、他の作業は要りません。


  私の場合、通勤ではないので、ウォッシャーは、全く使いません。 出かける前に、ガラスを拭くから、必要ないのです。 全く減っていないのかも知れませんが、タンクが直接見えないから、とりあえず、足しておいた次第。

  クーラント液は、ラジエーターの冷却液ですが、そんな物がある事を、すっかり忘れていて、これまで、リザーバー・タンクの様子を見た事がありませんでした。 車検前に、下限線スレスレになっているのに気づいて、青くなった次第。 ディーラーには伝えておいたのですが、車検は、そのままで通りました。




【ジェネレーター・ベルトの張り調整】

  2024年7月24日。 車のジェネレーター・ベルトの張り調整をしました。 エアコンをかけると、キュルキュル音がするようになってしまったので、やむなく。 前回やったのは、2017年の7月だから、3年ぶりです。

≪写真1≫
  庭用の緑色パネル12枚と、コンクリート・ブロック4個、ハーフ4個で作った、カー・ステップ。 この上に、前輪を上げて、エンジン下に潜れるようにします。 ジャッキは、勧めません。 結構、力を入れる作業をするので、外れた時が、怖いからです。

  内側に置いている、ハーフ・ブロック2個は、車を上げた後に取り出して、後輪の後ろに置き、輪止めにします。 ダンボールを敷いてから、下に潜ります。 

≪写真2≫
  作業の邪魔になるので、エア・クリーナーと、バキューム・ホースを外しました。 このくらいの分解なら、誰でもできますが、慣れるまでは、ビフォー写真を撮っておいた方がいいです。

≪写真3左≫
  中央に、白っぽく見えるのが、ジェネレーター。 つまり、発電機です。 この車の場合、オルタネーター。 その上の黒っぽい部品が、ベルト・アジャスター。 ベルトも見えています。

  アジャスターのボルトを緩め、ジェネレーターを押しながら、締め直せば、ベルトがピンと張るわけです。

≪写真3右≫
  エンジンの下から撮っているので、ひどい写りなのは、御容赦あれ。 白っぽいのが、ジェネレーター。 中央が、下側ボルトで、14ミリ・レンチで回します。 下側ボルトは、アジャスターの軸になります。

  まず、下側ボルトを緩めてから、上側ボルトを緩め、ジェネレーターを押して、上側ボルトを締め直し、最後に、下側ボルトを締め直します。 理屈上は、単純な作業ですが、エンジン・ルーム内が狭いので、レンチを動かせるゆとりが、ほんの少ししかなく、四苦八苦する事になりました。

≪写真4≫
  使った工具。 左から、

・ スパナを叩いて回すのに使った、金槌。
・ ジェネレーターを押すのに使った、タイヤ・レバー。
・ 上側ボルトを回すのに使った、12-10ミリのメガネ・レンチ、2本。
・ 上側ボルトを回すのに使った、12ミリのコンビネーション・レンチ。
・ エア・クリーナーを外すのに使った、差し替えドライバー。
・ 下側ボルトを回すのに使った、14ミリのコンビネーション・レンチ。

  上側ボルトは、12-10ミリのメガネ・レンチ、2本を交互に使って、少しずつ回しました。 全く同じ物ではなく、噛む所が、微妙に、ズレているので、そういう使い方ができるのです。 ちなみに、父の遺品。 理由もなしに、2本あったわけではないわけだ。


  キュルキュル音は、ベルトの張りを強くすれば、大抵、収まります。 そのまま乗っている人も多いと思いますが、ディーラーに言えば、日帰りで、直してくれると思います。 自分でやる場合、ネット情報などで、同じ車種を、よくよく調べてからの方がいいです。

  ベルトが伸びきっている場合は、交換する事になりますが、それも、さほど、難易度が高い作業ではないです。 張り調整ができるのなら、交換もできるはず。 ベルトは、アマゾンなどで、売っています。 車の年式から適合部品を調べるには、モノタロウで、検索ができます。




【前ワイパー・アーム塗装】

  車の、前側ワイパー・アームに、錆が出ているのを発見し、9月8日に、塗装しました。 ビフォー写真を撮ったのですが、黒地に錆色では、大変、見分けづらくて、見せても分かりそうにないので、出しません。

≪写真1≫
  ワイパーを上げて、新聞紙を敷き、四隅をマスキング・テープで留めました。

≪写真2≫
  ブレードを外しました。 ブレードは、工具なしでも、ツマミを押しながら、アームの根元側にズラせば、外せます。 今の車は、どうなっているか知りませんが。 ちなみに、もっと昔の車では、ボルト2本で締めていました。

≪写真3左≫
  「アサヒペン 水性スーパーコート ツヤ消し黒」。 2016年8月に、アマゾンで、500円くらいで買った塗料。 最初に、ワイパー・アームを塗ったのも、これでした。 水性なので、水で薄められる上に、筆も水で洗えて、使い易いです。

  筆は、水性画用の絵筆。 100円ショップで、太さの違う数本がセットになったものを買っておけば、たぶん、一生分、もちます。

≪写真3右≫
  アームを、下げた状態で乾かします。 新聞紙を折り畳んで、ガラスに傷がつかないようにしています。 上げた状態で乾かすと、風や鳥などが原因で、パン!と倒れて、ガラスを割ってしまう恐れがなきにしもあらず。

≪写真4≫
  約、一日半、乾かして、翌9日の夕方、ブレードを付けて、完成。 ビフォーもアフターも、色が黒では、写真に撮っても、分かりませんな。 とにかく、錆は見えなくなりました。




  今回は、ここまで。

  車検がある年は、その前の確認で、あちこち、不具合を発見するせいで、やる事が多くなります。 クーラント液なんて、自動車工場に勤めていた時、同じ班内に、入れている工程があって、存在は知り過ぎるほど知っていたんですが、すっかり忘れていて、今回、初めて、見てみた次第。

  1997年製で、今年で、27年目。 私の所に来てからも、8年経っており、長もちさせている車ですが、やはり、少しずつ、あちこち、壊れて行くんですなあ。 機械というのは、そういうものなのでしょう。

2024/11/03

読書感想文・蔵出し (118)

  読書感想文です。 これを纏めているのは、10月の中旬ですが、一年以上、苦しめられて来た、鼠蹊ヘルニアで、いよいよ、病院へ行き、検査をしている最中です。 週に一回しか行かないので、暇はあって、本は、2週間に2冊のペースで借りて来て、読み続けています。





≪犬物語≫

柴田元幸翻訳叢書 ジャック・ロンドン
株式会社スイッチ・パブリッシング 2017年10月28日 第1刷発行
ジャック・ロンドン 著
柴田元幸 訳

  沼津図書館にあった、単行本です。 短編4作、中編1作を収録。 ジャック・ロンドンさんは、1876年生まれ、1916年没の、アメリカの作家。 【白い牙】の作者。


【ブラウン・ウルフ】 約28ページ

  カリフォルニアに住む夫婦が、犬が放浪しているのを見つけ、何度も逃げられたものの、そのつど、連れ戻して、やっと飼いならした。 狼に似ているが、毛が茶色なので、犬の血が入っているのは、間違いない。 ある時、北の地からやって来た男が、自分の犬であると言い出し、雪国の厳しい生活に戻るか、南国でぬくぬく暮らすか、犬に決めさせる話。

  物語のセオリーとしては、厳しくても、自分が生きるべき場所で生きる事を選ぶ事になる、というのが、定石ですが、それまでの経緯を知っている読者としては、夫婦の元に残って欲しいという期待もあり、ギリギリまで、どちらに転ぶか、ハラハラさせてくれます。 普通に、よく出来た短編。


【バタール】 約26ページ

  フランス人の男に使われている、凶暴な犬。 仔犬の頃から、飼い主と敵対関係にあり、互角に戦える年齢になるや、勝負を挑むが、しとめられなかった。 やがて、飼い主が、殺人の濡れ衣を着せられて、縛り首寸前の状態になる。 真犯人を捕まえる為に、人々がいなくなった隙に、犬が・・・、という話。

  ここまで憎み合う、人と犬というのも、珍しい。 犬を、橇を引く役畜として使っていると、所詮、「生きた、道具」に過ぎないから、こういう考え方になる人もいるんですかねえ。 読者としては、人と犬の戦いだと、どうしても、犬側の味方をしてしまいますな。


【あのスポット】 約18ページ

  片腹に、水玉模様がある事から、スポットと名付けられた犬。 値段が高かったのに、全然、働かない。 それでいて、他の犬の上に君臨していて、憎たらしい。 何度も売り飛ばしたのだが、しばらくすると、戻って来てしまう。 友人関係にある二人の男が飼い主だったが、一人が、スポットにうんざりして逃げ出すと、もう一人が・・・、という話。

  これは、落とし話の一種でしょうか。 笑うほど、面白くはないですけど。 スポットが戻って来るのは、飼い主に懐いているからではなく、元の群に戻ろうとしているのでしょう。 自分がリーダーである群に。 売り飛ばそうなとと思わず、放っておけばいいと思いますがね。


【野性の呼び声】 約128ページ

  南国の裕福な家から盗まれた、セントバーナードとシェパードのハーフ犬。 アラスカへ連れて行かれ、橇犬として扱き使われる内に、逞しくなる。 持ち主が何度も変わり、愚かな飼い主に殺されかけた挙句、心底 可愛がってくれる男の元に辿り着く。 しかし、その男と共に分け入って行った未開の地で、狼の誘いを受けて、野生が目覚め・・・、という話。

  後年に書かれる、【白い牙】と、ほぼ、同じ構成。 こちらの方が短いですが、内容的には、同じくらいの読み応えがあります。 【白い牙】では、闘犬にされるので、戦う場面が多いですが、こちらは、橇犬として、虐待に近い過重労働をさせられる場面が多いです。 犬を飼った経験がある読者の場合、気分がいいものではありませんが、同じ犬でも、ペットと役畜の違いとは、こういうものなんでしょう。

  作者は、実際に、アラスカで暮らしていた時期があるとの事。 現実を見て、そのまま書いたものと思われ、その厳しさに、戦慄せざるを得ません。 生きるというのは、こういう事なんですな。 アラスカで生きるだけの知恵を持っていない、3人組が出て来て、それなりの報いを受けるのですが、犬まで道連れにされてしまうのは、あまりにも、理不尽。 しかし、現実とは、そういうものなんでしょう。

  野生に戻る結末に拘り過ぎて、主人公犬の心理に、統一性を欠く嫌いがなきにしもあらず。 しかし、人間も含めた動物が、生きる意味を考えさせられる点で、【白い牙】同様、読んでおいた方がいい作品だと思います。


【火を熾す[1902年版]】 約13ページ

  零下60度の環境で、うっかり、足を水に浸けてしまった男。 暖め、乾かす為に、マッチを擦って、火を熾そうとするが、手袋を外した手は、たちまち凍りついて、動かなくなってしまい・・・、という話。

  この作品だけ、犬が出て来ません。 13ページの掌編とは思えないほど、緊迫感があります。 ≪八甲田山≫に近いものあり。 これは、怖いわ。 タイトルに、[1902年版]とあるのは、加筆して、犬を登場させた、[1908年版]があるからだそうです。




≪偶然世界≫

ハヤカワ文庫 SF 241
早川書房 1977年5月31日 発行
フィリップ・K・ディック 著
小尾芙佐 訳

  沼津図書館にあった、文庫本です。 長編、1作を収録。 270ページ。 コピー・ライトは、1955年。 フィリップ・K・ディックさんの「K」ですが、解説によると、「ケンドレッド」だそうです。 ミドル・ネームという習慣そのものが、よく分かりませんが・・・。


  23世紀初頭。 機械システムによって、権力者が選ばれる社会。 比較的長く務めた人物が外され、新しい人物が権力者になった。 権力者には、常に刺客が放たれ、それを阻止し続けなければならないルール。 権力者側は、テレパス集団による防衛機構をもっていたが、それを突破する為に、前任者が、アンドロイドを刺客に仕立て上げ・・・、という話。

  面白いです。 ただし、活劇としては、です。 ある科学技術トリックで、テレパス集団を翻弄し、権力者に迫る刺客の戦いは、息もつかせぬ展開で、全体の5分の4くらいは、一気にページが進みます。 途中で読むのをやめるのが、困難なくらい。 しかし、活劇的展開は、戦記物やスパイ小説などで、読みどころとされるもので、SFそのものの要素ではありません。


     原題は、【SOLAR LOTTERY】で、直訳すると、【太陽の宝くじ】ですが、内容と、ほとんど、関係がなくて、まずいタイトルです。 最初に付けられた邦題は、【太陽クイズ】ですが、権力者の称号が、「クイズマスター」と言うものの、クイズは、ほとんど関係がなく、これまた、まずいタイトル。 改題された邦題が、この、【偶然世界】ですが、「偶然」が、テーマというわけではなく、モチーフとしても、軽く数回触れられる程度で、作品の内容を表しているとは、到底 言えません。

  なぜ、ピッタリ来るタイトルがつけられないのかと言うと、SF作品としての、一貫したテーマをもっていないからです。 活劇場面を中心に、「テレパス」、「リモコン・アンドロイド」などの、SF小道具を寄せ集めて、色を着けただけなのです。 これだけ、読み手を、グイグイと引き込むのに、テーマがないというのは、ある意味、興味深い。

  テーマ的には、バラバラなわけですが、その最たるものが、権力者と刺客の戦いと同時進行する、太陽系の第10番惑星へ向かう宇宙貨物船の旅でして、「何か、終わりの方で、関係してくるのかな」と思いきや、とんだ、肩透かしを食らいます。 もしかしたら、文字数の指定など、出版社側から課された制約があり、長くする為に、無理やり入れたのではないでしょうか。

  刺客のアンドロイドが、それ自体、人間サイズの宇宙船で、宇宙貨物船を太陽系外縁部まで、追いかけて行って・・・、などという、展開は、噴飯もの。 ディックさんが、50年代当時の、テキトーな宇宙知識で書いていたのは、疑いありません。 宇宙貨物船の方ですら、外縁部に到達するのが、早過ぎるのでは? それでいて、何か特殊な高速推進装置が積まれているという説明もないのです。




≪火星のタイム・スリップ≫

ハヤカワ・SF・シリーズ 3129
早川書房 1966年11月30日 発行
フィリップ・K・ディック 著
小尾芙佐 訳

  沼津図書館にあった、新書サイズの本です。 なに、1966年の本? 58年前ですな。 私が2歳の時に発行されたのか。 よくそんなに長く、もちますねえ。 長編、1作を収録。 二段組みで、267ページ。 コピー・ライトは、1964年。 60年代ともなると、アメリカのSF作家の、有名どころの存在は、日本でも知れ渡っていて、本国で新作が出るのを待ち構えていて、翻訳・出版していたんでしょうな。


  火星への植民が、ようやく、軌道に乗りつつある頃。 地元有力者の男が、精神分裂病の少年と特殊な方法で意思疎通する事によって、未来を知ろうと試みる。 不毛の荒野と見做されている土地で、国連による大規模な住宅地開発が行なわれる事が分かったが、僅かの差で、他の者によって、先に土地を登記されてしまっていた。 有力者は、少年と火星先住民の力を借りて、過去に戻り、自分が先に登記しようとするのだが・・・、という話。

  有力者の他に、機械修理技師の男が出て来て、どちらかというと、そちらの方が、主人公扱いされているのですが、ストーリーは、有力者を軸に展開するので、ちと、ややこしいです。 技師の方は、若い頃に、精神分裂病を経験していて、自分の病気がぶり返してしまうのではないかと恐れています。

  精神分裂病、今で言う、統合失調症ですが、それが、中心テーマになっている事は、確か。 「精神分裂病の患者は、時間の感覚が、常人と違っていて、ゆっくりと動く時間の中で生きている」という学説が、当時あったようで、そこから膨らませて、「彼らは、タイム・スリップができるのでは?」というアイデアに発展させたわけですが、明らかに、考えが飛躍し過ぎていて、真面目に取る人はいないでしょう。 SFは、そもそも、科学技術をベースにした作り話だから、別に問題ないわけですが。

  問題は、ディックさんに、どこまで、精神分裂病の知識があったかでして、この作品に出て来る患者を見ていると、どうも、統合失調症患者のイメージと重なりません。 ディックさん自身が、自分は精神分裂病なのではないかと恐れていて、自分の症状を書いたのかも知れませんが、これは、別の病気なのでは?  どちらかと言うと、少年や技師より、有力者の方が、手に負えない精神病患者に近い印象があります。

  精神分裂病をテーマにしているのに、その病気に対する知識が曖昧で、しかも、SF設定を重ねているから、どうにも、与太話のニオイが立ち込めてしまいます。 なまじ、細かい心理まで、みっちり書き込んであって、読み応えがあるだけに、この胡散臭さは、致命的。 ディックさんの精神が壊れて行く過程の、端緒が顕われている感がなきしもあらず。

  有力者のキャラですが、こういう人は、創業社長や、政治家に、いくらでも、いそうですな。 自分が思いついた事は、とことん実行しなければ気がすまない。 他人の事を、自分の道具だと思っている。 自分に損害を及ぼす者は、叩き潰していいと思っている。 法律なんか、知った事か。 俺が法律だ。 いるいる。 支配欲、権勢欲で、頭も心も満杯になってしまって、他人の立場になって考える事など、金輪際、できない相談なわけだ。

  ところで、この作品、一応、火星が舞台ですが、別に、地球上でも成り立ちます。 火星に対する知識が乏しい時代というのは、しようがないもので、先住民がいて、運河を造った事になっているし、環境の描写は、地球上の砂漠・土漠のそれそのもので、妙に、暑さを感じる。 火星は、もっと、気温が低いと思うのですがね。




≪流れよわが涙、と警官は言った≫

ハヤカワ文庫 SF 807
早川書房 1989年2月15日 発行
フィリップ・K・ディック 著
友枝康子 訳

  沼津図書館にあった、文庫本です。 長編、1作を収録。 355ページ。 コピー・ライトは、1974年。 うっ・・・、だいぶ、新しいな。 という事は、ディックさんが薬中になった晩年に近いわけで、嫌な予感がしないでもなし。 その予感は、ある程度、あたりました。


  歌手で、人気番組の司会もしている42歳の男、女絡みの傷害事件に遭い、何とか一命は取り止めたものの、目覚めたら、安ホテルの一室で、高額紙幣の札束以外、身分証明書の類いを一切、失っていた。 仕事仲間や交際相手に電話をかけても、誰も、彼の名前を知らず、彼の存在が消えた世界になっている。 身分証明ができなければ、強制収容所へ送られてしまう社会で、さあ、どうすればいい? という話。

  SF設定としては、時代が1980年代で、書かれた当時からすると、近未来という事になります。 アメリカが、警察による監視社会になっているという背景。 あと、架空の薬物が出て来ます。 他に、移動手段が、飛行艇や、ヘリコプターといった、自家用航空機になっています。 それだけ。 それらを除くと、SFではなくなります。 まあ、そういうSFは、珍しくありませんけど。

  解説によると、自伝的小説だとの事で、そちらの方が、内容を説明するのに、適切です。 作者が、薬中の面々との交際が始まり、作者自身も薬中になって行った頃に書かれたものでして、いかにも、薬中だなあと思わせる登場人物が、次々に出て来ます。 作者にとっては、大切な仲間だったのでしょうが、読者には、そんな異常な事につきあう義理はないです。

  主人公が、女性と話をする場面が多くて、会話で紙数を稼いでいるのは、明らか。 これは、作者が、実際に薬中女性と話をした経験から、内容を少し変えて、盛り込んだのではないでしょうか。 ダラダラと長いばかりで、何が言いたいのか、よく分からない会話は、読んでいて、苛々しますが、そもそも、薬中患者の戯言が元なのだから、無理もない。

  なぜ、一人の男の存在が消えた世界になってしまったかについては、架空の薬物が原因でして、一応、後ろの方で、説明があります。 しかし、全く、納得できません。 主人公ではない、ある人物が、その薬を服用したわけですが、それが、どうして、他人の世界を変えてしまうのか、理解できないのです。 三人称でして、作者が、ある人物の視点を通して語ったというのなら、無理やり、こじつけられない事はないですが、無理やりにも程があり、これが、推理小説なら、アンフェアと罵られる事、不可避。

  【スキャナー・ダークリー】が、1977年なので、こちらは、3年前に出たわけですが、3年後には、もっと、ひどくなります。 【スキャナー・ダークリー】に比べれば、こちらの方が、遥かに、マシ。 一応、小説として、読めるからです。 SFとしては、問題外。 傑作などでは、ゆめゆめ、決して、金輪際、ないので、勘違いしないように。

  薬物に依存して書いた小説を、「神がかり的」などと言って、絶賛する人がいますが、話にならぬ。 自分が薬物に頼りたいから、その口実にしているだけなんでしょう。 薬中患者には、読むに値する小説なんか書けないんだという事を、ディックさんが、一番よく、証明してくれていると思います。




  以上、4冊です。 読んだ期間は、2024年の、

≪犬物語≫が、7月22日。
≪偶然世界≫が、8月4日。
≪火星のタイム・スリップ≫が、8月5日から、7日。
≪流れよわが涙、と警官は言った≫が、8月18・19日。

  動物ものが、1冊、ディック作品が、3冊。 一日で読んでしまったのが、二冊ありますし、他の二冊も、短い日数で、読み終えていますな。 しかし、私の場合、家事だの、買い出しだの、ツーリングだの、ポタリングだの、他の事をやりながら暮らしているので、一日に取れる読書時間は、一定しておらず、早く読み終えたからといって、その本が面白かったというわけではありません。