2022/10/30

EN125-2Aでプチ・ツーリング (37)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、37回目です。 その月の最終週に、前月に行った分を出しています。 今回は、2022年9月分。





【西浦古宇・神明神社①】

  2022年9月5日に、バイクで、西浦古宇(こう)にある、「神明神社」へ行って来ました。 西浦では、集落ごとに、神社とお寺が、一つずつあります。

≪写真1≫
  幹線道路から、ちょっと、内陸側に入ると、すぐの所に、神社がありました。 山の斜面に造られています。 斜面というより、崖と言った方が近いですが。 石の柵は、前面だけ、新しいです。

  鳥居は石製。 名額は、なし。 鳥居の脚の間に、縄が張られ、シデ代わりに、藁が何本か挿してありました。 普通に考えれば、結界ですが、なぜ、入口に張ってあるのか、分かりません。 立ち入り禁止なら、その旨、注意書きで示した方が、はっきりします。 しかし、工事中ならいざ知らず、そうでもないのに、公けの神社で、立ち入り禁止は、普通、ないです。

  私は、縄を潜って入りましたが、もし、管理者がやって来て、「縄を張ってあるのが見えないのか」と言われたとしても、「これでは、邪気の侵入をとめているのか、人間をとめているのか分からない」と応えるしかありません。

≪写真2左≫
  「神明神社」と彫られた、標石。 大正15年に奉納されたもの。 左の、支柱の上の板は、解説板ではなく、太陽電池パネルです。 どこの電気を賄っているのかは、不詳。

≪写真2右≫
  掲示板、らしきもの。 村社クラスの神社で、掲示板というのは、初めて見ました。 隣が公民館だから、そちらのものでしょうか。 でも、公民館に来た人が、入口に結界縄を貼ってある境内まで、掲示物を見に来るとは思えないから、やはり、神社の掲示板なでしょうねえ。

≪写真3左≫
  石製の漱盤。 前面に、右から、「奉納」。 大正3年の奉納品。 蛇口あり、プラスチックのハンドルあり、排水口なし。 雨水が溜まっています。

≪写真3右≫
  石段の手すり。 ごく新しい物。 

≪写真4≫
  石段と、その上の、社殿。 境内の上の段には、社殿全体をカメラに収められるほど、広さがありません。 木造、瓦葺き。

  拝殿の前にも、縄とシデで、結界が張ってあります。 結界が好きなようですな。 しかし、参拝する人にとっては、神々しく感じる反面、邪魔なのでは? 賽銭箱は、外には、なし。

  下の方、左右にある、一対の石燈籠は、文政2年に、領主が奉納したもの。 1819年。 第11代将軍、徳川家斉の治世。 200年以上、もつんですなあ。

≪写真5左≫
  メインの狛犬。 戦前獅子型。 昭和12年の奉納。 いい面構えです。 損傷が、ほとんどないのが、素晴らしい。 大事にしているのでしょう。 一対、阿吽共に、毬に前足を載せていました。

≪写真5右≫
  境内の叢にあった、小ぶりの狛犬。 もしや、先代か。 一つしかなかったから、判断しかねます。 何となく、神物というより、仏物っぽい造形です。




【西浦古宇・神明神社②】

≪写真1左≫
  拝殿、前面の彫刻。 正面に、龍。 左右端に、獅子。 特に、獅子が活き活きとしていて、名のある彫刻師が彫ったものではないかと思います。

≪写真1右≫
  分かり難い写真で、申し訳ない。 拝殿の後ろに、本殿がありました。 瓦屋根を見ると分かると思いますが、前後に薄い建物で、短い廊下で、拝殿と繋がっています。 すぐ後ろが、崖なので、薄くせざるを得なかったのだと思いますが、拝殿の建物を、少し小ぶりにするという手もありますな。 拝殿や本殿の大きさが、何を基準に決められるのかは、不詳。

≪写真2左≫
  境内別社。 中に、木製の祠がありました。 分解した、小さい御神輿も置いてありました。 ちなみに、大きな御神輿は、拝殿の中にありました。

≪写真2右≫
  境内にあった、石の祠。 手前のコンクリート・ブロックは、お供え物を置く台でしょうか。

≪写真3左≫
  境内の裏手は、コンクリートで固めた崖になっていて、鉄製の階段が設置されていました。 たぶん、崖の上に、津波避難場所があるのでしょう。 境内からは、登れない様子。

≪写真3右≫
  石の欄干。 内側に、補強が付けられています。 石の色が同じだから、最初から、こうだったのでしょう。 しっかりした仕事ですな。 こういうものにも、デザイン・センスがあり、ここのは、かなり、上物。

≪写真4≫
  神社の隣にある、「古宇公民館」。 「老人つどいの家」の表札も出ていました。 屋根が、二段になっていますな。 屋根裏部屋があるんでしょうか。 入口の辺り、屋根の形が入り組んでいて、瓦葺きが美しいです。 こういう建物も、今や、稀少にして、貴重です。

≪写真5≫
  公民館前の駐車場の隅に停めた、EN125-2A・鋭爽。 長い事、根方街道近辺ばかり行っていたので、海岸線を走ったのは、久しぶりでした。 往復で、37キロ。 やはり、西浦は遠い。 それでも、小排気量で、燃費のいいバイクがあるから、来れるのであって、車では、とてもとても・・・。

  ちなみに、後ろにあるのは、ダイハツ・5代目ムーヴ。 2010年 から、2014年まで、生産・販売されていた車種。 つまり、最短でも、8年経っているわけですが、古さを、全く感じさせません。 それ即ち、車のデザインが、すでに、発展し尽くしてしまっている証拠なのでしょう。

≪写真6≫
  帰り道。 駿河湾を挟んで、北側を見た景色。 山並みは、牛臥山と、沼津アルプスです。 風があまりない、穏やかな日でした。




【西浦木負・南無阿弥陀佛の石碑】

  2022年9月16日、バイクで、西浦木負に行って来ました。 住宅地図で見つけた、石碑マークが目的地。 長井崎のトンネルを出て、最初の左折路を入り、次の左折路を入って、少し行った所に、ありました。

≪写真1≫
  中央の大きいのは、よく見られる、「南無阿弥陀佛」と彫られた、石板です。 台座に、「念佛構中」とあります。 右の石塔は、文字が読めるはずですが、元の大きさの写真でも、何と書いてあるか、分かりません。 左のは、磨耗が進んでいて、現地でも、読めませんでした。

≪写真2≫
  前の道路の、少し広くなった所に停めた、EN125-2A・鋭爽。 なんで、広くなっているかというと、石碑のすぐ横から、山の中へ入って行く道があり、車でそこへ曲がるのに、道路にゆとりが必要だからだと思います。

  LED球に換えてから、ウインカーを点けた時に、ヘッド・ライトが息継ぎをするか、まだ、確認していません。 なかなか、暗い所で停まる、機会がなくてねえ。 信号待ちの時、前に、黒っぽい車がいれば、反射で見えるんですが、その機会も、まだ、ありません。 もう、やれる事はやったので、この上、息継ぎが直らなくても、打つ手がないから、確認する必要がないという面もあります。

≪写真3≫
  淡島。 近くで見ると、結構な迫力。 周囲の海は、深く落ち込んでいるとの事。 見た目では、そんな感じがしませんが。 島には、水族館や、ホテルがあり、船で渡れます。 水族館の船だから、水族館の入館料込みですが。

≪写真4≫
  口野の道路脇の公園で咲いていた、花。 10センチくらいある、堂々とした花でした。 名前は、分かりません。 園芸品種だと思いますが、自然の花より、調べ難いですな。




【西浦重須・重須浄化センター】

  2022年9月21日、バイクで、西浦重須にある、「重須浄化センター」に行って来ました。 住宅地図で見つけたところ。 見学に行ったわけではなく、大体どんな所か、外から見るつもりで行きました。

≪写真1≫
  正面入口。 細い川に橋が架かっており、その先に、浄化センターがあります。 この種の施設としては、小規模なもの。 おそらく、西浦地区の汚水を、ここで、浄化して、海へ流しているのでしょう。

≪写真2≫
  門から、一歩だけ入って、南側を撮りました。 停まっている車は、たぶん、ダイハツ・10代目ハイゼット・デッキバン。 2004年から、2021年まで、生産・販売された車種。

  その奥に見える、周囲にフェンスを張った、プールのようなものが、浄化槽ではないかと思います。 この浄化槽を上から撮影できないかと思い、南の山の方へ行ってみたのですが、駄目でした。 西側の山に登れば、見下ろせると思いますが、登り口が分からないので、諦めました。

≪写真3≫
  橋の手前、北側に、ゲート・ボール場があり、高齢者の一群が、競技に興じていました。 全員、マスクをしていたと思います。 ゲート・ボールくらいの運動量なら、マスクをしていても、できるわけだ。 見ているこちらも、安心です。

  で、手前にある、この、大名籠みたいな物体ですが、かつて、淡島へ渡るロープ・ウェイで使われていた、ゴンドラの一つです。 結構、大きな物で、10人くらいは、楽に乗れたはず。

  2008年7月に、雄飛滝へ行った帰り、この付近で、空き地に置かれているのを見た事があるのですが、たぶん、それと同じ物だと思います。 その後、ここへ移されて、物置として使われている様子。

≪写真4左≫
  ゲート・ボール場前の道路脇に停めた、EN125-2A・鋭爽。 西浦に来るには、海岸線のワインディング・ロードを走るので、オンロード・バイクにとっては、気持ちよいツーリングになります。 同じワインディングでも、アップ・ダウンがある山道よりも、ずっと、快適。

  遠くに停まっている車は、たぶん、スズキ・3代目ワゴンR。 2003年 から、2008年まで、生産・販売された車種。 といっても、この大きさでは、よく分からないですな。

≪写真4右≫
  これは、帰路で、撮りました。 長井崎トンネルの西側出口手前で咲いていた、ランタナ。 こういう色のもあるんですね。 ここでは、雑草ではなく、栽培されているようでした。




【内浦重寺・白山神社①】

  2022年9月26日、バイクで、内浦重寺の、「白山神社」へ行って来ました。 「重寺」は、「しげでら」と読みます。 割と近い、西浦に、「重須」という地区がありますが、そちらは、「おもす」です。 些か、紛らわしい。

≪写真1≫
  物凄い急坂の上にあります。 徒歩以外では、行けません。 石製の鳥居あり。 新しい石燈籠あり。 化粧ブロック塀がありますが、下の方は、石垣を兼ねている模様。 境内は、三段になっていて、ここから、更に登ります。

≪写真2左≫
  最下段にある、境内別社。 二つありますが、祠は、どちらも、石製。 覆いがある方は、壁がブロック。 屋根の骨組みは、木製。 屋根そのものは、石の板を並べてあるようです。 重ねてあるわけではないので、石板の下に、防水の材料が使われているか、もしくは、雨漏れするのを承知の上で、こうしてあるのかも知れません。

≪写真2右≫
  村社としては、大きくて立派な、社標。 

≪写真3左≫
  二段目にあった、境内別社。 中に、祠が並んでいるのでしょう。 詳細は不詳。 私は、こういう物を見ても、閉めてあるものを、わざわざ開いてまで、中を確かめたりはしません。

≪写真3右≫
  漱盤。 石製。 前面に、右から、「奉納」。 蛇口なし。 排水設備もなし。 雨水が溜まっています。 しかし、そういう手水場は、珍しくありません。

≪写真4≫
  最上段にある、社殿。 正面から。 彫刻の龍と獅子が、大変、凝っています。 これは、お金、かかったでしょうねえ。

  手前左右に、ユッカが植えてあります。 神社では、珍しい。 花が咲いたら、面白い風景になるでしょうな。




【内浦重寺・白山神社②】

≪写真1≫
  拝殿の屋根。 銅板葺き。 瓦葺きに比べて、角がシャープになるせいか、こういう角度で見上げると、カッコいいですな。

≪写真2左≫
  拝殿と、本殿が、短い廊下で繋がれている形式。

≪写真2右≫
  暗過ぎて、分かり難いですが、社殿の横にも、境内別社が、二つありました。 覆いの中に、木製の祠が置かれています。

≪写真3左≫
  社殿の横に、大きな木を解体したと思われる、残骸が、ゴロゴロしていました。 御神木が、倒れでもしたんですかね? 足の踏み場もない様子。 

≪写真3右≫
  最下段の、隣に、仏教系のお堂らしきものがありました。 そちらは、目的地ではないので、近づきませんでした。 写真だけ、一枚。

≪写真4≫
  神社の前から、海の方を眺めた景色。 島は、淡島です。

≪写真5≫
  急坂の下に、空き地があり、そこに停めた、EN125-2A・鋭爽。

  実は、神社に行く前に、急坂の途中で、停まってしまいまして、エンジンを切り、下りて、バックさせたのですが、勢いがついて、支えきれず、左側を下にして、コケてしまいました。 やっちまったか!

  これは、その直後、バイクを起こして、ここへ運び込んだ時に、撮った写真です。 数箇所に損傷あり。 まず、左ステップが、曲がってしまいました。 ラバーも、かなりの削れ方。 センター・スタンドの、足かけバーの端も削れましたが、これは、塗装でごまかせる程度。

  ミラーが回ってしまいました。 左右とも。 しか、これは、地面に接触したのではなく、私の体が当ったのが原因です。 支柱の曲がりはないので、元に戻せます。

  ヘルメットにも傷。 小さな点が、三ヵ所。 これは、シルバーを注しておけばいいか。

  私の体ですが、、腰をやってしまいました。 背骨というよりは、左右の尻の上に痛み。 他に、左肘、左膝下、左手の甲の親指と人指し指の間辺りに擦過傷が出来ましたが、血が出るほどではなかったので、放っておいても治るでしょう。

  ギクシャクしながら、歩いて、白山神社へ行き、一通り、撮影。 カメラも、コンクリート地面に放り出されて、損傷したのですが、何とか、撮れました。

  反省点は、その道を登る前に、急坂である事を確認しなかった事ですが、ちょうど、傾斜がきつくなる手前辺りで、車を手入れしている無マスクの中年男性がいて、その横を、急いで通り過ぎたい一心で、急坂を認識するのが遅れたのです。

  コケ方の派手さと比べれば、バイクの損傷は少ない方で、その点、運が良かったと言えますが、私が体を悪くしてしまったのは、痛恨事です。

  とりあえず、バイクの補修は後回しにして、私の体を治す事に専念しました。 腰が痛いのでは、何もできませんから。 10日間くらいで、何とか、作業ができる程度まで、回復しました。 本復するまでには、20日以上かかりました。




  今回は、ここまで。

  とにかく、坂ゴケしたのには、参った。 バイクから下りた状態だったから、強いて分類するなら、立ちゴケの一種ですが、場所が坂で、バイクを支え切れずにコケたから、腰に来てしまって、その後、半月以上、腰痛を抱えて暮らす事になりました。

  ちなみに、私のコケ歴ですが、1993年に、中免の教習所で、1回。 1994年に、大二輪の教習所で、1回。 2006年、夜勤明け、雪の朝の退勤時に、走り出して、すぐに転倒したのが、3回連続。 2014年、岩手県・奥州市・前沢の、「牛の博物館」で、見終わって帰ろうとしたら、リヤ・ブレーキ・ディスクに南京錠をかけてあったのを忘れていて、「コーン!」と停まって、コケたのが、1回。 次が、今回です。 全て、左側に倒れました。

  教習所での2回は、そこそこ、速度が出ていましたが、それ以外は、走り始めか、停まっていたかで、大した事にはなりませんでした。 雪の朝の話は、その後、バイクを押して、幹線道路まで向かったのですが、長距離を押し過ぎて、右肩を脱臼してしまい、そちらの方が、損傷が大きかったです。

  今回のは、バイクの重さを、腰で、モロに受けてしまったので、初めての体験といえます。 そして、こんな体験は、二度と御免であるとも、大いに言えます。

2022/10/23

実話風小説⑨ 【恩師の葬儀】

  「実話風小説」の九作目です。 普通の小説との違いは、情景描写や心理描写を最小限にして、文字通り、新聞や雑誌の記事のような、実話風の文体で書いてあるという事です。




【恩師の葬儀】

  A(男)は、小学5・6年生の時に担任だった教師B(男)と、同じ町内に住んでいた。 教師Bは、Aが35歳の時に、定年退職し、町内にあった空き家に、引っ越して来たのだ。 近くの畑を借りて、家庭菜園をやっていた。 Aの家にも、収穫物を分けてくれる事があった。 不恰好な野菜ばかりだったが、Aの方では、もらうたびに、お礼の菓子折りを届けていた。 まあ、その程度の付き合いだったわけだ。

  Aが、55歳になった時、元教師Bは、80歳で、死去した。 すでに、町内の人間が、葬儀に関わる風習はなくなっていたが、Aは教え子なので、そうも行かないと思い、通夜と葬式に出る事にした。 通夜は、二日後、葬式が、三日後である。 大急ぎで、同級生に連絡しなければならない、と思った。

  メール・アドレスを知っているのは、数人に過ぎないので、電話を使うしかないが、一人で全員にかけるのでは、効率が悪い。 とりあえず、地元に住んでいる者や、仲が良かった者、5人くらいにかけて、そこから、めいめい、他の者に連絡してもらう事にした。


  一人目、C(男)。

「ああ、C? 俺、Aだけど、久しぶり」
「おお。 何? 電話して来るなんて、中学校以来だな」
「うん。 あのさあ。 B先生が、亡くなったんだよ」
「B先生? ああ・・・、小学5・6年で、担任だった人?」
「それで、明後日が通夜で、次の日が葬式なんだけど・・・」
「ああん? いや、俺は出ないから」
「えっ? なんで?」
「何でって言われても・・・、なあ。 えーと・・・、つまりその、出たくないんだよ」
「だけど、担任だった人だからさあ」
「いやあ・・・、俺は別に世話になってなかったからな。 正直言って、いい思い出がないんだわ」
「そうかな。 いい先生だったと思うけど」
「お前は、割と成績が良かったからな。 俺は、一番良かった時でも、中の下くらいで、担任教師からは、無視されてた口だ」
「そうだったか? 同じ扱いだと思ったけどな」
「そりゃ、お前らと一緒にいた時の話だ。 俺一人だと、わざと気づかないフリして、通り過ぎるって人だったよ」
「そうか。 それじゃあ、仕方ないな。 とりあえず、俺が5人くらいに電話して、手分けして、他の人に連絡してもらおうと思ってたんだけど、Cが出ないって言うんじゃ、連絡を頼むのも変な話だな」
「いや。 電話をかけるだけなら、やるよ。 誰にかければいいの? 番号は分かる?」
「うん。 昔の名簿があるから。 ありがとうな」


  二人目、D(男)。

「B先生? 誰?」
「5・6年の時の、担任」
「ああ・・・、アレかあ」
「アレってなあ・・・」
「もしかしたら、通夜とか葬式に出ろっていう話?」
「そう」
「他のやつらも、出るって?」
「いや。 電話をかけたのは、Dが二人目で、最初にかけたCは、出ないって」
「理由は?」
「世話になってなかったからだって」
「俺も、それでいいや」
「だけど、担任だった人だからさあ」
「それを言うなら、1・2年の時や、3・4年の時の担任は、どうなるんだよ。 Aは、同じ町内に住んでるから、たまたま、Bが死んだのが分かったんだろうけど、誰も分からなければ、それまでじゃないか」
「そりゃそうだな」
「俺は、劣等生だったから、Bっていうと、怒られた記憶しかないんだわ。 あの野郎、俺の事を目の敵にしやがって」
「Dって、劣等生だったっけか? 結構、成績良かったと思うけど」
「そりゃ、中学に入ってからだ。 中1の時の担任が、いい人で、勉強の仕方を教えてくれたんだよ。 それから、成績が上がったんだ」

  さすがに、Dに、連絡係を頼むのは気が引けて、それは、口にしなかった。


  三人目、E(女)。

「あー、行かない行かない!」
「なんで?」
「今年は、年末まで、お金が苦しくて、香典代なんて、とても、捻り出せないんだわ」
「3千円くらいでいいんだよ」
「3千円? そんなにあったら、食費に回す。 A君が出してくれるなら、お通夜くらい、行ってもいいけど」
「なんで、俺が・・・」
「だったら、私は、パスね」
「他の女子に、連絡はしてもらえる?」
「それは、いいよ」


  四人目、F(女)。

「ごめんなさい。 Aさんて、覚えてないんだけど。 ごめんなさいね。 うふふふふ」
「B先生の事は、分かりますか」
「それはもう。 大変、お世話になりましたから」
「明後日が、お通夜で、その次の日が、お葬式です」
「分かりました。 必ず出席させていただきます」

  Fも、他の者への連絡を、快く、引き受けてくれた。


  五人目、G(男)。 Gを後回しにしたのは、大学進学で、都会に出た組だったからだ。 もちろん、成績は良くて、優等生。 学級委員の常連だった。 当然、出席すると思われたから、安心していた。 ところが、

「ああ、死んだの。 そのくらいの歳だろうなあ」
「明後日が通夜で・・・」
「出ないよ。 こないだ、お盆で帰省したばかりなのに、そう何度も、帰れないわ」
「だけど、Gは、B先生に、だいぶ、世話になっていたんだろ?」
「世話ねえ・・・。 いやいや、世話にはなってないな」
「だって、いつも、誉められてたじゃないか。 優等生だったから」
「そりゃそうだけど、それと、世話になっていたかどうかは、関係ないよ。 むしろ、俺らが、クラス内にいたお陰で、あの人の虚栄心を満たしてやっていた面があるなあ」
「どういう事?」
「Hや、Iは、どうするって?」
「いや、まだ、電話かけてないけど」
「あいつらも、行かないと思うよ」
「みんな、優等生だったのに?」
「おお。 成績が良かった子供は、別に、学校で教師に勉強を教わってたんじゃないんだよ。 親とか、家庭教師とか、塾とか、授業より先に、他で習っちゃってたんだわ。 学校の教師なんて、もう知っている事を、くどくど喋っているだけの、つまらん存在だったのさ」
「うーん・・・、そんなものかねえ」


  Hと、Iに、電話をかけると、Gが言った通り、二人とも、出る気はないとの答えだった。 「一年に何度も帰省できない」という、同じ言い訳をした。 教師Bが死んだ事には、まるで興味がないようだった。 それでも、Hと、Iは、都会組への連絡を引き受けてくれた。


  八人目、J(男)。 彼を最後にしたのは、柄が悪い奴だったからだ。 小学生の頃から、粗暴・乱暴で、人に怪我をさせたり、物を壊したり、教師Bに怒られてばかりいた。 すでに、地元には家がなくなっていて、近くの地方都市に引っ越していたが、数年前に、たまたま、街で出会って、その時、名刺をもらっていた。 名前を聞いた事がない、小さな不動産会社の社員をしているようだった。

「ああ、そう。 死んだのか、あいつ」
「明後日が通夜で、その次の日が、葬式なんだけど」
「出るわけないだろ」
「そう。 やっぱり?」
「あいつは、俺を、人間扱いしてなかったんだぜ。 それは、知ってるだろ」
「うん。 でも、ある意味、縁が深かったとも言えるかと思って・・・」
「学園物ドラマの見過ぎだな。 そりゃ、あいつが、俺を立ち直らせてくれたとかいうなら、話は別だが、ブチ切れて、叱り飛ばしてただけなんだぜ。 怒鳴ったり、見下したり、憐れんだり、そんな事しかできない奴だったんだわ」
「いや、すまない。 不愉快な気分にさせてしまって」


  2時間ほどかかって、C、E、F、H、Iの5人が、連絡の結果を報告して来た。 同級生40人中、連絡が取れたのは、33人。 その内、出席は、Aと、Fを含めて、たった6人だった。 連絡さえすれば、ほとんどが出ると思っていたAは、愕然とした。

  卒業アルバムの写真と照らし合わせながら、出席者の事を思い出して行くと、6人全員が、成績的には、中の上。 テストで言うと、70点台が普通で、たまに、80点台を取ると、大喜びで親に見せに行く、そんな面々ばかりだった。

  優等生が、出席を拒否した理由は、Gが言った通りなのだろう。 意外だったが、説明されれば、理解できる。 劣等生や、問題児、不良が、教師Bを憎んでいたのも、納得できる。 しかし、中の中や、中の下の成績帯の者が、教師Bを、毛嫌いしていたのには、本当に意外だった。

  思うに、中の上の者は、教師に気に入られれば、優等生と同じ扱いをしてもらえると期待して、教師になつこうとするのに対し、中の中以下の者は、その位置に遠くて、教師に近づく努力など、早い段階で、諦めてしまうのではなかろうか。 Aは、55歳にして、人の心の闇を覗き込み、暗い気分になった。 Aが恩師だと思っていたB先生は、他の者には、憎むべき仇敵だったのである。


  最後の最後に、同じ町内に住んでいる従兄に電話をした。 確実に出席すると思われる人と、B先生の思い出話を交わしたかったのだ。 従兄は、Aより、6歳年上だったが、やはり、小学5・6年の時に、教師Bが担任で、その関係で、家庭菜園用の農地を、Bに貸していた人である。

「おお、お前か。 何だい?」
「B先生の、お通夜と葬式は、出るでしょ?」
「出ないよ」
「ええっ?」
「そんなに驚かなくてもいいだろう」
「だって、畑を貸してたんでしょ?」
「おお。 脅されてな」
「脅されて? 脅迫?」
「いや、脅迫されたってわけじゃないけど、ゴリ押しで捻じ込んで来たんだよ。 定年後は、土弄りがしたいから、土地を貸せって。 恩師ヅラしてさ。 うちが農家だって知ってたから、俺が小学生の頃から、目ぇつけてたんだろうな。 恐ろしい爺さんだよ。 その上、しょっちゅう、俺んちにやって来て、こっちが恥ずかしくなるような、昔話ばかりしちゃあ、タダ酒飲みやがって・・・」
「畑の貸し賃はとってなかったの?」
「おお。 言ったけど、断られたな。 『どうせ、休耕してる土地だから、金を取るなんて、おかしいだろう』って、屁理屈、捏ねやがって」
「・・・・・」
「だけどなあ。 あいつだけじゃないぜ。 他にも、家庭菜園やるから、土地を貸せって言って来た教師が、二人もいたからな。 家を建てたいから、遊んでいる土地を、安く売れって奴もいたな。 しかも、頼むんじゃなくて、命令して来るから、呆れる。 教師なんて、大抵、そんなもんなのさ。 学校を卒業して、学校に就職したような奴らだから、世間知らずで、常識がないんだ。 そのくせ、自分らは、一般人より、教養があって、偉いと思い込んでいるんだから、救いようがない」


  Aは、困ってしまった。 ほんの3時間ほどで、40年以上、保っていた、B先生のイメージが、ガラリと変わってしまったのだ。 「家庭菜園で作った野菜を届けてくれたのも、お返しの菓子折りが目当てだったのでは?」と、疑わしくなって来た。 不恰好な野菜ばかりだったのは、作り方が下手というより、出来の悪い物だけ選んだのかも知れない。 「いい先生」の印象が、「ろくでなし」に、180度、転換しつつあった。

  A自身、葬儀に行く気が、大いに失せた。 しかし、自分が発信元で、同級生に連絡したのに、今更、行きませんとも言えない。 そこへ、町内会の会長から、電話がかかって来た。

「Bさんの葬儀ですが」
「はい・・・」
「御遺族と、御親族の方で話し合った結果、家族・親族葬でやる事になったので、それ以外の方の出席は、御遠慮願いたいとの事です」
「そそそそうですか。 分かりました。 承りました。 どどどうも、御連絡、ありがとうございます」

  冷や汗、掻いた。 でも、ホッとした。 出席する予定だった同級生5人に、大急ぎで、中止を連絡した。


  この問題の肝は、Bが、決して、特殊な教師ではなかったという点である。 暴力教師とか、破廉恥教師とか、手が後ろに回るような事は、何もしていなかった。 法律は犯さないが、役得は拒まないという、どこにでもいる、普通の教師だったのだ。 そして、平均的な、一人の教師であっても、教え子によって、受ける印象が全く違うのである。 Aは、成績が中の上だったばかりに、教師の本性が、最も見え難い位置にいたわけだ。

2022/10/16

読書感想文・蔵出し (92)

  今回、ウクライナ情勢について、書き下ろそうかと思っていたのですが、表面的な状況に変化があっても、依然として、ロシア側の目的が分からない事に変わりはないので、下手な事を書くと、後々、頓珍漢になる恐れがあり、慎重を期して、やめました。 敢えて、火中の栗を拾う事もない。

  というわけで、 先週に引き続き、読書感想文です。 まだ、ストックがあります。





≪杉の柩≫

クリスティー文庫 18
早川書房 2005年5月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
恩地三保子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【杉の柩】は、コピー・ライトが、1940年になっています。 約393ページ。


  地方の大きな屋敷に住む老婦人が、遺言書を書かないまま、急死する。 遺産を受け継いだ姪は、老夫人の姻戚の男と結婚するつもりでいたが、男が、老婦人の世話係をしていた娘に浮気したせいで、破談となった。 姪の計らいで、世話係の娘にも、かなりの金額が渡される事になったが、その矢先に、その娘がモルヒネで毒殺されてしまう。 嫌疑は、当然、姪にかかってきて・・・、という話。

  タイトルを覚えているので、デビッド・スーシェさん主演のドラマで見たのだと思いますが、記憶にある話と、全く違う内容でした。 ストーリーは、「杉の柩」とは、何の関係もありません。 柩は出て来ますが、間接的に触れられるだけで、柩がどうこうという話では、まるっきり、ないです。 もしかしたら、英語で、「杉の柩」が、何か、特別な意味合いを持っているのかも知れませんな。

  犯人については、覚えていましたが、法廷での謎解き場面になるまで、思い出さなかったのは幸運で、小説を楽しむ事ができました。 逆に言うと、それまで、嫌疑がかかっていなかった人物が、突然、犯人指名されるので、後出しっぽい感じがしないでもないですが、よく読めば、前の方に、その人物が、場面にそぐわない発言をしている事が分かります。

  クリスティー作品では、必ず、伏線が張ってあるので、「あれ? なんで、この人物は、こんな事を言うのだろう?」と、違和感を覚えたら、その人が犯人である可能性は高いです。 もっとも、それ以外の人物も、結構、いろんな事を口にしており、読者が推理して、犯人を当てるのは、至難の技ですが。

  最初に逮捕されて、裁判にかけられている姪は、もちろん、犯人ではありません。 それを書いても、ネタバレにはならないでしょう。 その姪が、犯人ではない事を証明する為に、ポワロが刈り出されるのですから。 クリスティーさんは、ポワロを、犯人達より、数段、知能の高い人間に設定していて、一時的であっても、ポワロが犯人に騙されるようなストーリーは、まず、書きません。 【三幕の殺人】のように、素人探偵側の中に犯人が含まれている場合、ポワロは、最後の方にならないと関わって来ないのを見ても、それは、分かります。

  ドラマを見ていなくて、初めて、小説で読んだという読者は、「面白いけど、ちょっと、犯人に関する情報が出てくるのが、遅いかなあ」と感じると思います。 そこが、推理小説の難しいところでして、犯人の情報を、早々と多く出してしまうと、容易に犯人が分かってしまって、駄作になってしまうから、匂わせる程度の事しかできないんですな。

  とはいえ、匂わせる程度にしても、もうちょっと、匂いを強くして欲しいような気もするのですが・・・。 いや、でも、やはり、面白いです。 こういう作品を書ける作家は、そういういますまい。




≪五匹の子豚≫

クリスティー文庫 21
早川書房 2003年12月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
桑原千恵子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【五匹の子豚】は、コピー・ライトが、1942年になっています。 約396ページ。


  妻が、画家だった夫を毒殺し、有罪判決を受けて、服役中に獄死する。 幼くして残された娘が、16年後、自分が結婚するに当たり、母の無実を証明してもらおうと、ポワロに捜査を依頼する。 ポワロは、当時の弁護人達、及び、事件に関わっていた人物5人に聞き取りを行なって、16年前に何が起こったかを思い出してもらい、真相に近づいていく・・・、という話。

  三人称の、フー・ダニット物。 捜査側は、ポワロ一人で、ヘイスティングスは出て来ませんし、警察関係者も、ほとんど出番がありません。 事件当時、捜査に関わった人物が、一通りの説明をするだけ。

  とっくの昔に終わった事件を捜査するという点で、普通の推理小説とは趣きが異なりますが、読者側からすると、16年前だろうが、最近だろうが、結局、作者の文章によって、事件の経緯を説明される事に変わりはないので、そんなに構えて読む必要はないです。 【アクロイド殺し】や、【そして誰もいなくなった】なら、構えて読む必要がありますが、この作品は、その種の特殊な形式ではありません。

  毒の出所は、被害者の友人の研究室で、はっきりしています。 ビールの中に毒が入れられるわけですが、推理物には、良くあるパターンで、どうやって入れたかが、一応、謎になっています。 トリックというほどのトリックは使われていません。 謎の方も、それが見せ場というわけではなく、この作品で、中心テーマになっているのは、動機の方ですな。 

  読み始めて、登場人物達の相関関係が、ほぼ頭に入ると、「こいつが怪しい」と思う人物が出て来ます。 被害者の次に、性格に問題があり、感心しないから、そう思ってしまうんですな。 ところが、その人物には、動機がありません。 というか、逆に、被害者に死なれると、困る立場にいるのです。

  関係者5人に、獄死した妻を加えた、6人の内、3人には動機がありますが、人を殺すほど強い動機となると、妻だけになってしまい、裁判は、正しい判決を下したという事になるのですが、それでは、ストーリーにならないのであって、やはり、妻は、やっていなかったんですな。 これは書いても、ネタバレにならんでしょう。

  妻は、「殺していない」とは言っていたものの、積極的に、無実を訴えていたわけではなく、甘んじて、有罪判決を受け入れるのですが、その理由が、大変、面白い。 殺人事件とは、全然関係がない理由なのです。 犯人の事情と、妻の事情が、一見、これ以上ないほど、密接に関係しているように見えるのに、その実、全く別の原理で動いていた、というのが、この作品の最大の特徴です。

  こういう話を思いつく、作者の頭の構造が、私の想像力の限界を超えます。 クリスティーさんというのは、大変、知能が高かったんでしょうなあ。 そのレベルは、読者の平均のみならず、知能が高い一群の読者よりも、更に数段、上を行っていたのではないでしょうか。 だから、クリスティーさんの後に、クリスティーさんを超える推理作家が出て来なかったのだと思います。




≪ホロー荘の殺人≫

クリスティー文庫 22
早川書房 2003年12月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村能三 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ホロー荘の殺人】は、コピー・ライトが、1946年になっています。 約475ページ。


  腕のいい開業医で、医学者でもある男は、女にもモテた。 妻と一緒に、親戚の屋敷へ、休日を過ごしに行ったが、結婚前に交際していた映画女優が、隣の別荘に住んでいて、彼女が訪ねて来た晩の翌朝、プルー・サイドで、医師は射殺されてしまう。 銃を握っていたのは医師の妻で、当然、嫌疑は妻にかかったが、妻が持っていた銃は、医師を撃ったのとは別のものだと分かり、捜査が混迷して行く話。

  ポワロが探偵役で、三人称。 デビット・スーシェさんのドラマで見ていましたが、犯人を忘れていて、小説を楽しんで読む事ができました。 犯人が分かっていると、あまり、面白くない部類の作品です。 最初に、テレビ・シリーズを見た時に、プール・サイドの場面が強く印象に残っていたのですが、そこが、犯行現場なんだから、当然ですな。

  フー・ダニット物ですが、誰も彼も、容疑が一定以上、濃くならないので、フー・ダニット的な面白さは希薄です。 一種のドンデン返し物なのですが、誰が犯人でも成り立つような設定にしておいて、最後で引っ繰り返す、というものではなく、「この人物でなくては、話が成立しない」という人が犯人です。 大概の人は、犯人が誰か、最後まで分からないでしょう。 私も、分かりませんでした。

  トリックは面白いです。 しかし、この作品、トリックや謎を楽しむのが眼目ではなく、登場人物達の、心理を描くのが、目的だったようですな。 とにかく、心理描写が多い。 長い。 くどい。 ただ、嫌になるほどではないです。 心理描写が多い小説が好きな人なら、むしろ、喜ぶのでは?

  邪推かも知れませんが、クリスティーさん、推理作家が色物扱いされている事に不満を抱いていて、正統な文学の一類と見做してもらえるように、心理描写をしこたま盛り込んで、地位向上を目論んでいたんじゃないでしょうか。 正統といっても、英文学の系譜ではなく、ドイツやロシアの文学と張り合おうとしていたのではないかと。

  そう思うと、殺人事件や、トリックや謎は、余計な物になってしまいますな。 かといって、「ミステリーの女王」が、推理小説以外の物を書いたら、読者から、囂囂たる非難を浴びるに違いなく、それはできなかったのでしょう。 初登頂の記録を作って、頂点を極めたにも拘らず、どうも、人々の興味が、他の山の方を高く評価しているようなのが、不満。 しかし、他の山に登り直しても、登頂できるかどうか分からないから、自分が登った山を、魅力あるものにしようと努力していた。 そんな気持ちだったのでは?

  それはさておき、作中に、服飾店で仕事をしている女性が、店主や客から、文句ばかり言われているのを、有閑階級の男が見て、憤慨する場面があります。 そして、「そんな仕事はやめてしまえ」と言うのです。 クリスティー作品に出てくる、主な登場人物は、ほとんどが、有閑階級で、親や親戚から譲り受けた財産を食い潰して生きているのですが、それら有閑階級の面々が、仕事をもっている人間を、どういう目で見ているのか、はっきり分かって、面白いです。

  初期の推理小説の、主な登場人物が、みんな有閑階級だというのは、大変、興味深い。 閑人でなければ、計画殺人なんて、思いつかないという事でしょうか。 横溝さんの小説でも、旧家や元華族が多いですが、推理小説というのは、そういう土壌で育まれたわけですな。




≪満潮に乗って≫

クリスティー文庫 23
早川書房 2004年6月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
恩地三保子 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【満潮に乗って】は、コピー・ライトが、1948年になっています。 約417ページ。


  資金面で、一族の者達を後援していた人物が、若い後妻と結婚した後、戦争の爆撃で死に、後妻が財産を一人で受け継いだ。 戦後、金に困った一族の者達が援助を求めてくるが、後妻には海千山千の実兄がついていて、多額の無心は断らせていた。 ある時、死んだと思われていた、後妻の前夫を知る人物が現れ、前夫が生きている事を仄めかす。 後妻が重婚だった場合、相続権を失うので、一族の者は喜ぶが・・・、という話。

  最初の殺人が行なわれるまでは、登場人物の紹介が、濃密な心理描写を伴って、延々と続きますが、事件が起こると、そこから、切り替わって、ストーリー展開で読ませる話になります。 後半は、話がポンポン進んで、大変、読み易いし、面白いです。 時折り、死者が出るのも、起伏をつけるのに寄与しています。 このパターンは、【ナイルに死す】に似ていますな。

  ただし、結末は、フー・ダニット物の、あまり感心しないパターンになっています。 複数の人物の内、誰が犯人でも成り立つような設定にしておいて、どんでん返しを繰り返すという、アレです。 このパターンは、推理作家にとって、書き易いんでしょうね。 「まだ、誰を犯人にするか決めていない」という状態でも、ラスト以外の部分を、書き進められるからでしょうか。

  読者からすると、作者側の事情が透けて見えてしまうのが、残念なところ。 犯人指名で、意外性を感じる事は感じるものの、「作者にしてやられた感」はなくて、むしろ、白けます。 クライマックスに、アクション場面を入れたのは、尚、悪い。 本格推理物に、アクションは、どうしても似合いません。 

  以下、ネタバレ、あり。

  犯人に関しては、そういう問題点がありますが、後妻の正体については、本物の意外性を感じます。 これは、面白い! なりますし物なのですが、明々白々になりすましをやっていると思われる人物を出しておいて、実は、もっと重要な人物も、なりすましている、という読者に対する罠が、バッチリ、所期の効果を上げています。

  私は、後妻の兄が、誰かのなりすましなのではないかと思っていたのですが、そう匂わせておいて、実は違うんですな。 いやあ、この罠は、凄いなあ。 実に、クリスティーさんらしい仕掛けだわ。 クリスティー作品はどれも、何かしら、ハッとさせられるアイデアが盛り込まれていますねえ。

  後妻本人は、気が弱いけれど、真っ当な人格で、犯罪に関わるのを嫌っていたというのが、虚しい余韻を残します。 ろくでもない男に引っかかったのが、運の尽きだったんですな。 現実に、そういう人は多くいそうですけど。 一方、一族の者で、ヒロイン的な役回りをしている女性は、とんだ日和見主義者で、感心しません。 最後に、一族の男性の求婚を受け入れるのですが、屁理屈を捏ねて、打算を愛情だと言い変えているのは、心の醜さを露呈しています。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、2022年の、

≪杉の柩≫が、5月27日から、30日。
≪五匹の子豚≫が、6月1日から、3日。
≪ホロー荘の殺人≫が、6月9日から、12日まで。
≪満潮に乗って≫が、6月13日から、14日まで。


  今回も、クリスティー文庫の、ポワロ物だけになりました。 戦中作品が2作、戦後作品が2作。 イギリス推理小説の黄金期は、第一次世界大戦から第二次世界大戦の間を指す、戦間期でして、戦中・戦後になると、すでに、斜陽期に入ってしまいます。 クリスティーさんも、例外ではなく、作品の品質に、じわじわと後退する感がありますねえ。

2022/10/09

読書感想文・蔵出し (91)

  読書感想文です。 前回は、7月17日ですから、割と間隔が開きました。 図書館から借りて来ての読書は、同じペースで続いているので、感想文は溜まる一方です。





≪ナイルに死す≫

クリスティー文庫 15
早川書房 2003年10月15日/発行 2009年10月31日/7刷
アガサ・クリスティー 著
加島祥造 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ナイルに死す】は、コピー・ライトが、1937年になっています。 約556ページ。


  大きな資産を父親から受け継いだ、若く美しい女性。 親友に頼まれて、彼女の婚約者を雇ってやるが、自分が、その青年を好きになり、親友を振らせ、結婚してしまう。 恨みに思った親友は、新婚旅行先までつけて来て、二人が乗ったナイル川クルーズ船に同乗する。 やがて、親友が、青年をピストルで撃つ事件が起こり、そこから、殺人事件が連鎖して行く話。

  クリスティーさんの、中東物の代表作というと、この作品になるでしょうか。 映画にもなっていますし、デビット・スーシェさん主演のドラマ・シリーズでは、ほぼ、原作通りに映像化されていて、私は、先に、そちらで見て、トリックや犯人も覚えていました。

  フー・ダニットにして、ハウ・ダニット。 ページ数の長さを見れば分かるように、これでもかというくらい、登場人物が出て来ます。 読者の目を晦ます為に、怪しい人間を、たっぷりしこたま、用意してくれたわけですな。 彼らの素性の説明が、冒頭から延々と続き、なかなか、エジプトに行きません。 行っても、なかなか、ナイル川クルーズ船に乗りません。 乗っても、なかなか、事件が起こりません。

  ところが、最初の発砲事件が起こると、そこから急に、面白くなります。 大勢への聞き取りや荷物調査という、想像するだに退屈そうな場面が続くにも拘らず、実際には退屈しないのは、聞き取り・荷物調査の合間に、殺人が起こるからです。 特に、3人目の殺人は、劇的で、ドラマでもビックリしましたが、小説でも、同じくらい、迫力があります。

  トリックのアイデアが、また、よく出来ていまして・・・。 こんなの、よく、思いつきますねえ。 問題のピストルは、2発しか撃たれていないはずなのに、3発撃った形跡がある、というのが、味噌。 面白いなあ、これ。 その後、何十年も経て、ありふれたアイデアになり、2時間サスペンスなどで使われても、何の感動も齎さなくなっていると思いますが、最初に思いつくのは、大変な偉業だと思います。

  探偵役は、ポワロで、捜査の相方は、≪ひらいたトランプ≫で顔を出した、レイス大佐です。 三人称。 ポワロ物に於いて、ヘイスティグスが出る時には、ヘイスティングスによる一人称になりますが、クリスティーさんは、小説の内容に大いに自信がある時には、ヘイスティングスには、登場を遠慮してもらい、三人称を選ぶようです。

  これは、お薦め。 先に犯人を知っていても、面白いのだから、大変な傑作というわけだ。 ページ数がありますが、大丈夫、大丈夫、クリスティーさんの作品は、会話が多いですし、地の文ですら読み易くて、スイスイ進みますから、全ての文字を読んでも、「長いなあ・・・」なんて、感じません。




≪ポアロのクリスマス≫

クリスティー文庫 17
早川書房 2003年11月15日/発行 2005年11月30日/2刷
アガサ・クリスティー 著
村上啓夫 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【ポアロのクリスマス】は、コピー・ライトが、1939年になっています。 約460ページ。


  南アフリカで財を成し、イギリスに戻って、豪邸に住んでいた老人が、密室になった自室で殺される。 室内は、家具が散乱するほど、激しく荒らされ、床には大量の血。 その時、屋敷内には、四人の息子と、その妻たち、娘の娘、そして、友人の息子が滞在していた。 たまたま、近くに住む警察部長を訪ねて来ていたポワロが、地元の警視と共に、捜査に当たる話。

  この他に、老人がもっていた宝石が盗まれますが、そちらは、殺人事件とは、直接の関係がありません。 それが証拠に、宝石は、割と呆気なく、発見されますが、その時点で、殺人犯が誰なのかは、全く分かっていません。

  以下、ネタバレ、あり。

  この話、私は、デビッド・スーシェさん主演のドラマで見ていて、犯人も覚えていました。 犯人が分かっている読者が読んだ場合、ラスト近くの犯人指名が、唐突な感じがします。 それまで、全く、容疑者の圏内に入っていなかった人物だからです。 とはいえ、後出しっぽい感じはするものの、伏線は張ってあるので、ズルではないです。

  それにしても、希薄な伏線だな。 犯人が分かっていれば、気づきますが、そうでない読者は、スルーしてしまうでしょう。 クリスティーさんは、この上ないくらい、緻密な話を組み立てる人なので、「何で、こんな所に、こんなセリフが出て来るのだろう?」と、違和感を覚えたら、それは、伏線だと見た方がいいです。 しかし、よほど、推理小説を読み込んだ人でなければ、早い段階で、それを察知するのは、難しいでしょうな。

  4人の息子と、その妻達。 死んだ娘と、その娘など、登場人物の構成が、図式化されていて、いかにも、フー・ダニット物らしい趣きですが、彼らの心理を描くのが眼目のように見せかけて、実は、トリックと謎が、最大の売り。 密室トリックは、大変、シンプルなものですが、思いつくのは容易ではない類いのもの。 このアリバイ作りの方法は、実際にやってみても、有効なのではないかと思います。 ただし、物音を聞いてくれる人物が必要なので、条件を整えるのが大変ですが。

  謎は、古典的探偵小説によく使われた、「双子物」を応用したもので、これも、シンプルです。 ただし、「双子物」は、もはや、完膚なきまでに陳腐化しているので、今、この作品を読んで、「ホーッ!」と感心するような事はありません。 感心どころか、逆に、少し、恥ずかしくなってしまいます。 トリックと謎が、ハッキリし過ぎているのが、クリスティー作品らしくないと、言えば言える。

  熱心な読者である、ジェームズという義兄に読ませる為に書いたらしいですが、その義兄も、ピンと来なかったんじゃないでしょうか。 確かに、義兄のリクエスト通り、「血にまみれた、思いきり兇暴な殺人」ではあるけれど、凶行場面が描かれているわけではなく、単なる結果の描写に過ぎません。 そもそも、アクションや暴力は、クリスティーさんの作風にはないもので、そんなものをリクエストする方が、間違っている。




≪愛国殺人≫

クリスティー文庫 19
早川書房 2004年6月15日/発行 2020年2月15日/7刷
アガサ・クリスティー 著
加島祥造 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【愛国殺人】は、コピー・ライトが、1940年になっています。 約360ページ。


  歯の治療が終わって、ポワロが歯科医院を出た後、その歯科医が死体で発見される。 投薬量を間違えて注射した患者を死なせてしまった事に責任を感じて、自殺したと思われたが、ポワロは納得しなかった。 当日、医院にいた患者や、来訪者を調べて行く内に、ある夫人が失踪してしまう。 その夫人と思しき死体が発見されるが、その顔は、目茶目茶に潰されていて・・・、という話。

  原題を直訳すると、【一、二、私の靴のバックルを締めて】。 これは、各章のタイトルに使われている、数え歌の、第一番。 小道具に、バックルが出て来ますが、重要な意味はないです。 【愛国殺人】というのは、米題の直訳。 そちらも、内容をよく表しているとは言えません。 確かに、愛国者が出て来ますが、それは、動機を示しているだけです。

  国際スパイの活動が、事件の原因なのではないかと思わせるような、話の流れが一部にあり、「まさか、【ビッグ4】と同類の趣向なのか?」と、眉を顰めましたが、それは、取り越し苦労で、この作品は、純然たる、本格推理小説でした。 アクション場面もありますが、オマケ程度のもの。 

  ちょっと、矛盾した言い方ですが、話が複雑な割に、中身が薄くて、ポワロを、あっちへ赴かせたり、こっちへ戻したりして、尺を稼いでいるような印象があります。 360ページでは、クリスティーさんの長編としては短い方だと思いますが、それで、そんな感じがするのですから、実際、中身が少ないんでしょう。

  フー・ダニットですが、一番、怪しそうな人物が、粗暴な性格なので、「クリスティー作品で、こういうタイプが犯人という事はないだろう」と、予想がついてしまいます。 犯人は、意外といえば、意外。 つまり、一番、怪しくなさそうな人物でして、その点、推理小説のセオリーに従っています。 セオリー通りなのに、意外さを感じるのは、クリスティーさんのストーリーの組み方が、巧みである事の証明なんでしょう。

  三人称で、ヘイスティングスを排除しているという事は、作者としては、自信作だったのだと思いますが、驚くほど、面白いというわけではないです。 中の上くらいでしょうか。 三人称だと、ポワロが、なかなか、真相に辿り着かない観がありますねえ。 ヘイスティングスの一人称だと、ポワロは、早々と犯人を突き止めていて、知らぬは、ヘイスティングスばかり、という感じになるんですが。




≪白昼の悪魔≫

クリスティー文庫 20
早川書房 2003年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
鳴海四郎 訳

  沼津図書館にあった文庫本です。 長編1作を収録。 【白昼の悪魔】は、コピー・ライトが、1941年になっています。 約360ページ。


  本土から程近い、小島のリゾート。 ホテルに滞在して、バカンスを楽しんでいた夫人が、ひと気のない海岸で、扼殺死体で発見される。 その夫人は、夫と義理の娘と共に来ていたが、平気で他の男と遊んでいるような性質だった。 たまたま、ホテルにいたポワロが、地元の警察に協力して捜査を始める。 最も怪しいと目された夫には、アリバイがあり、次に怪しいと思われた、夫人の遊び相手の男の妻は、手が小さくて、死体の首に残された指痕には合わなかった。 海岸の洞窟から、麻薬が発見され、その売人が殺したのではないかという線も浮かんで来るが・・・、という話。

  これも、デビッド・スーシェさん主演のドラマで見て、覚えていました。 ただし、犯人の片方しか記憶になくて、もう一人が誰だったか分からないまま読み進めたので、そこそこ、楽しめました。 ドラマは、実際に、原作の舞台になった島で撮影したのだと思いますが 、妙に、リアルでした。 記憶から抜けないほど。

  すり替わり物ですが、【邪悪の家】と違って、これは、犯行の時だけ、すり替わるというもの。 大変、面白いアイデアだと思いますが、解説によると、同じ作者の、別の作品の焼き直しらしいです。 それにしても、面白いと思いますけど。

  フー・ダニット物の、お手本のような構成。 まず、登場人物達の紹介。 次に、事件が起こり、関係者を、一人ずつ、尋問。 各人の部屋で、荷物検査。 警察が的外れの捜査に走っている間に、探偵役の下に、様々な情報が集まり、最後に、謎解きと犯人指名が行なわれるという順序です。

  クリスティー作品の特長として、女性の心理を細かく分析しており、これは、最低限、女性の作家でないと真似ができない、高次元のもの。 トリックは、時間差を利用したすり替わりで、今では、普通に使われますが、最初に思いついたのは、大変な発想力だと思います。 もっとも、この種のすり替わりアイデアを、最初に思いついたのが、クリスティーさんなのか、もっと前に例があったのかは、不詳ですが。

  犯人二人の過去の犯罪が、大きなヒントとなるのですが、それが出て来るのが、だいぶ、後ろの方でして、その点、少し、後出しっぽいですかねえ。 ただし、謎解き・犯人指名よりは前だから、ズルとは言えません。 犯人に関する情報が、少しずつ明らかになって行くのは、当然の事だから、こういう書き方になるのも、致し方ない。

  この二人の真の関係は、前半では、全く想像できないので、明かされると、あっと驚きます。 伏線は張ってありますが、「体育の教師」というのが、誰の事なのか、見事に隠されていて、これは、推理小説に於ける、伏線のお手本ですな。

  クリスティーさんの作品を読んでいると、この上なく、分析的にストーリーが組み上げられているので、多くの読者に、「この構成方法を、そっくりいただけば、自分にも推理小説が書けるのではないか?」と思わせると思うのですが、実際にやってみれば、容易に真似ができない事に気づくと思います。 曲がりなりにも、模倣に成功した人達が、推理作家になって行ったわけですが。




  以上、四冊です。 読んだ期間は、今年、2022年の、

≪ナイルに死す≫が、4月28日から、30日。
≪ポアロのクリスマス≫が、5月4日から、6日。
≪愛国殺人≫が、5月13日から、15日まで。
≪白昼の悪魔≫が、5月16日から、18日まで。


  今回は、クリスティー文庫の、ポワロ物だけになりました。 しばらく、この状態が続きます。 クリスティー文庫は、100冊近くあるので、図書館に行った時に、迷わずに済むのは、ありがたいです。 何を借りるか、迷っていると、図書館での滞在時間が長くなってしまって、感染防御上、好ましくないので。

2022/10/02

EN125-2A補修 ⑬

  プチ・ツーリングに愛用しているバイク、EN125-2A・鋭爽の補修の記録です。 このシリーズ、前回は、去年(2021年)の10月17日でしたから、ほぼ、一年ぶりという事になります。





【荷台当たり止め作り直し】

  バイクを家で停める時に、ブロック塀に当たらないように、荷台に付けている、当たり止めがあるのですが、2年間使って、くたびれてしまったので、10月24日に作り直しました。

≪写真1≫
  材料は、イオンのヨーグルトの台紙です。 今は、台紙がないタイプしか売っていません。 これは、以前に保存してあったもの。  切ったり、折ったり、貼ったりして、一枚を、ほぼ全部使います。

≪写真2左≫
  レイアウトの都合上、ここに持って来ましたが、使い古した当たり止めです。 これも、ヨーグルトの台紙で作ったものですが、最初に作ったのが小さ過ぎて、テキトーに追加して行ったので、その後、テープが剥がれて、こんな様になりました。 労をねぎらって、捨てました。

≪写真2右≫
  新しいのを製作中。 接着には、木工用ボンドを使いました。 速乾性ですが、完全に乾くまで、押さえる為の洗濯バサミだらけです。

≪写真3左≫
  完成。 上から見た形。 外側になる部分と、内側になる部分が、なるべく、同じ重さになるようにする必要があります。

≪写真3右≫
  横に倒した様子。 なぜ、内側部分の幅が狭くなっているのかというと、荷台の格子に引っ掛けるので、外側部分と同じ幅にすると、入らなくなってしまうからです。

≪写真4≫
  バイクの荷台に付けました。 センター・スタンドをかける時に、ブロック塀に当ってしまっても、荷台がキズつかないようにする、アイテムです。 付けっ放しだと、ヤレが早いので、作り直して以降は、センター・スタンドをかけた後、外して、屋内に入れています。




【オイル交換】

  11月24日に、車のオイル交換をしたついでに、バイクのオイル交換もしました。 廃油の処理を、一括して行なう為です。

≪写真上≫
  車の廃油を入れたバットを、下に敷いたビニールと新聞紙ごと移動させて、バイクの下に置きました。 バイクは、全く動かしていません。 その場で、1分間、エンジンをかけ、ドレン・ボルトを外して、オイルを抜きました。

≪写真中≫
  エンジンを下から見上げました。 三角形になっている部品の中央が、ドレン・ホール。 古いオイルが抜けたら、ドレン・ボルトのワッシャーを交換して、締め直します。 ワッシャーは、セルボ・モードと同じ物。 同じ、スズキ車ですから。 纏め買いしてあります。

≪写真下左≫
  4スト・バイク用の、エンジン・オイル。 ホンダの、「G1」。 去年の12月に、2本買っておいたものの、残り1本。 アマゾンで、888円。 その後、G1は、モデル・チェンジして、成分が変わってしまいまして、使うのは、これが最後です。 次は、もっと安いのを買います。

  一本、全部入れてしまいましたが、今回は、オイル・フィルターの交換をしなかったので、少し多かったです。

≪写真下右≫
  これが、エンジンの側面に付いている、オイル・レベル・ゲージ。 車の場合、金属の細くて薄い棒を抜き挿しして、オイル量を測りますが、バイクは、窓が付いていて、そこを見れば、分かります。 「L」と「F」の間に入っていれば、OK。

  入れたら、10秒くらい、エンジンをかけ、切って、10分くらいおき、量を見て、OKなら、終了です。


  車とバイクで、計約3リットル出た廃油は、父の遺品の紙オムツ、9枚に浸みこませ、燃やすゴミに出しました。 よく、燃えるでしょうな。




【ヤフオクでウェッジ・ベース / ポジション・ライト不灯にする】

  バイクのヘッド・ライトが、ウインカーと一緒に点いていると、暗くなったり明るくなったり、息をするようになりました。 バッテリーの使用量が、充電量とカツカツになってしまっているのでしょう。

  ハロゲン球を、LED球に換えようかと思ったのですが、その場合、ポジション・ライトも、LED球に戻さないと、色味が違ってしまいます。

≪写真1≫
  これが、中古でバイクを買った時に、ポジション・ライトに付いていた、LED球です。 標準では、ウェッジ球という電球ですが、前の持ち主が、このLED球に換えてあったのです。 ベース部分が壊れていて、すぐに、外れてしまいます。

≪写真2左≫
  ヤフオクを調べたら、ベース部分だけで売っている事が分かり、送料入れても、150円と安かったので、早速、落札しました。 それが、7月13日の事。 翌14日には、神奈川県平塚市から発送されたのですが、距離的には、すぐそこなのに、なかなか、届きません。

  「クロネコDM便」という、サイズ制限あり、追跡あり、補償なし、郵便受け受けに入れられる方式。 なぜ、届かないのか、ヤマト運輸のサービス・センターに問い合わせたところ、私が住んでいる沼津市が、日本郵便に配達業務を依託している地域に入っており、15日に、日本郵便に引き渡された後で、3連休に入ってしまったせいで、連休明けでなければ、配達されないとの事でした。

  届いたのは、発送から、5日後の、7月19日でした。 長かった。

  普通の封筒に、クロネコDM便のラベルが貼ってあります。 裏には、出品者の方の、名前・住所・電話番号が入ったスタンプが押してありました。

≪写真2右≫
  中身。 小さい密封ビニールに入れ、更に、プチプチ・ビニールで包んでありました。 防水・緩衝、完璧ですな。

  というわけで、ようやく届いたウェッジ・ベースですが、先に、ポジション・ライトを点かないようにして、バッテリーの負担が減るかどうかを確かめようと思って、この時点では、まだ、つけませんでした。

≪写真3≫
  7月18日に、ポジション・ライトから、電球を取り除き、かつて、セルボ・モードのヘッド・ライトを中古で買った時に付いていた、切れたウエッジ電球を取り付けました。 これなら、スイッチ・オン状態でも、点灯しないので、消費電力が抑えられるはず。

≪写真4≫
  現在、付けてある、ヘッド・ライトのハロゲン球は、35ワット。 ポジション・ライトのウエッジ電球は、5ワットだったから、合計40ワット使っていたわけですが、ポジション・ライトを点かないようにして、5ワット分少なくなったので、バッテリーの負担が軽くなって、ヘッド・ライトが息継ぎをしなくなれば、それで良し。

  ちなみに、≪写真1≫のLED球も、5ワットなので、ウエッジ電球から、そちらに換えても、消費電力は変わりません。 ポジション・ライトを、LED球にするなら、ヘッド・ライトも、LED球にする必要がありますが、もし、ポジション・ライト不灯で、息継ぎが解決するなら、それでいいです。 どうしても、LED球にしたいわけではないですから。




【メーター・レンズ・パネル手入れ】

  2019年9月に、バイクを中古で買った時から、メーター・レンズ・パネルの、各種表示灯の周辺、シルバーの部分に、黒い汚れが着いていました。 ペイントうすめ液で拭いても、とれません。 コンパウンドは試しませんでした。 もし、汚れではなくキズだったら、シルバー部分の色が剥がれてしまうと恐れたからです。 以来、諦めて、そのまま乗っていたんですが、今年の8月になって、ようやく、何とかする気になりました。

≪写真1≫
  これが、元の状態。 シルバー部分に、黒い汚れのようなものが着いています。 キー・シリンダーの周囲に当たる所なので、前の持ち主が、鍵束を付けたまま、キーを挿して、回していたから、こんな風になったのだと思います。 ちなみに、私は、キーは単独で使っており、接触する部分はありません。

≪写真2≫
  8月22日に、ソフト99の、メタリック車用コンパウンドをウエスにつけ、指先で、黒い汚れの所をこすってみました。 だいぶ、綺麗になりました。 やはり、キズというより、汚れだったんですな。

  これでも良かったんですが、左ウインカーの、消えている白矢印を描き直せないかと思い、翌23日に、ライトから、メーター周りを分解し、メーター・レンズ・パネルを外して、家の中に持ち込みました。

≪写真3左≫
  矢印の描き直しには、敢えなく、失敗。 それはいいとして、シルバー部分を、しげしげ観察していたら、表面の板が浮いている事に気づきました。 これは、塗装されているのではなく、シルバーの板を接着してあったのです。 接着剤がとれて、剥がれかかっていました。 マイナスの精密ドライバーで、恐る恐る、持ち上げたら、剥がす事ができました。

  シルバーの板は、アルミの地金でした。 なんだ、そうだったのか。 これなら、磨く事ができます。 コンパウンドをかけて、汚れを完全に落としました。 清々した。

≪写真3右上≫
  Gクリヤーで、接着し直しました。

  ウインカーの白矢印ですが、左に合わせて、右も消してしまいました。 左右同じにした方がいいと思ったのです。 後で、乗って、確認しましたが、矢印は、ない方が、ランプの視認性が良いと分りました。 白のペイントの矢印ですから、光を遮ってしまうんですな。

≪写真3右下≫
  これは、メーター・レンズ・パネルの裏側です。 パネルを留めるネジ穴の一つが、バカになってしまっていたのを、結束バンドで、補修しました。 ズレないように、Gクリヤーを塗ってから、締め付けました。 しかし、ビスに締め応えを感じるほど、良くなりはしませんでした。 まあ、ビスが抜けて来なければ、それでいいか。

≪写真4≫
  補修内容とは関係ありませんが、メーター・レンズ・パネルを外した状態の、メーターです。 各種表示灯を光らせるランプが、LED球に換えられているのが分かります。 ギア・インジケーターの、1から5の数字も見えています。

  距離計が剥き出しになっています。 ネット情報によると、このダイヤルは、指で回せるとの事。 つまり、走行距離をごまかす事も可能なのですが、私の場合、乗り潰す気でいますし、売るとしても、人様を騙すつもりはないので、そんな事はしません。

≪写真5≫
  25日に、メーター・レンズ・パネルを取り付けました。 アルミ板は、綺麗になり過ぎて、反射してしまっていますな。 ステム・ヘッド上面の汚れも、コンパウンドで、落とせるだけ落としたところ、だいぶ、綺麗になりました。


  EN125-2Aをもっていて、同じように、アルミ板を綺麗にしたいという人に、注意点ですが、私のは、たまたま、経年劣化して、ボンドが剥がれかけていたから、簡単に剥がせたのであって、他のEN125-2Aも同じとは限りません。 しっかり、くっついているのを、無理に剥がしたら、アルミ板が曲がってしまう恐れがあります。 たぶん、一度曲がったら、元には戻せないでしょう。 その点は、念頭に入れておいてください。 




【ヘッド・ライトとポジション・ライトをLED球へ戻す】

  2021年の8月に、切れたLED球を、ハロゲン球に換えた、ヘッド・ライトですが、ウインカーを点けると、ヘッド・ライトが、暗くなったり明るくなったり、息継ぎをするようになりました。 いろいろ試したものの、改善しないので、やむなく、また、LED球に換える事にしました。 バッテリーを買い直すよりは、安く上がると計算した次第。

≪写真1左≫
  8月3日に、アマゾンで、去年切れたのと、同じ品を注文。 翌4日には発想されましたが、中国からなので、日数がかかり、届いたのは、8月23日でした。 待った、待った。 急ぐわけではなかったから、何日かかってもいいんですが、届かないんじゃないかと、ヒヤヒヤするのが、嫌ですな。 もっとも、今まで、中国発送で届かなかった例は、ありません。

  中国発送品独特の、裏地にプチプチ・ビニールがついた、緩衝封筒。 日本で、なぜ、これが普及しないのが、不思議です。 厚紙封筒や、ダンボール封筒より、防水性が圧倒的に優れているのに。 宛名シールの文面は、ほとんど、英語ですが、住所氏名だけ、日本語の漢字で書かれています。

≪写真1右≫
  封筒の中身。 もう一枚、同じ封筒を使って、包まれていました。 左側が、チャック・ビニールに入った、LED球です。 461円のところ、アマゾン・ポイント9を使って、452円でした。

≪写真2左≫
  去年切れたのが、左側。 新たに買ったのが、右側。 ほぼ、同じですが、LED板の面積が、新しい方が長いです。 この写真では、分からないか。 逆に、古い方が、長く見えますな。 黄色い点々の数は同じ。 ちなみに、18ワットです。 ハロゲンの方は、35ワットですから、これに換えれば、だいぶ、省電力になるはず。

≪写真2右上≫
  ポジション・ライト用の、T10、5ワットのウェッジLED球です。 バイクを買った時に付いていたもの。 前の持ち主が、ウェッジ電球から、これに換えたのでしょう。

  ベース部分の縁が割れていたので、付け替える為に、先だって、ヤフオクで買っておいたのが、左側の、ウェッジ・ベースです。 2個で、150円でした。

≪写真2右下≫
  24日に、付け替えました。 ベースは、新旧、全く同じ物ではなくて、足の長さが余ってしまったので、3ミリずつ、切りました。 これで、復活します。

≪写真3左≫
  25日に、ヘッド・ライトと、ポジション・ライトを、LED球に交換しました。 ヘッド・ライトLED球の金色が透けてしまって、私好みではありませんが、致し方なし。 ゴールドの部分を、シルバーに塗ってしまえば、目立たなくなりますが、それには、耐熱塗料が必要で、また、出費が増えてしまうから、却下。

≪写真3右≫
  エンジンをかけてから、ポジション・ライトを点けました。 5ワットだから、LED球でも、この程度です。 これだけ点けて走っていたら、消費電力は少ないですが、前照灯不灯で、白バイやパトカーに停められる恐れがあります。 その場凌ぎの言い訳で、「忘れてました」で、済むとは思いますが、若僧ならともかく、50代後半の大人がやる事ではないですな。 そもそも、新型肺炎流行下で、警察官と話をしたくないですし。

≪写真4≫
  ヘッド・ライトを点灯しました。 LED球らしい、青白っぽい光です。 点灯しても、金色が、はっきり見えてしまいますねえ。 しかし、バッテリーの負担が軽くなるなら、そちらの方が大事なので、これで行きます。




  今回は、ここまで。

  ほぼ、一年ぶりだから、思っていたよりは、記事の数が溜まっていました。 しかし、二回に分けるには少ないので、一回で出してしまいました。 プチ・ツー・シリーズの時には、組み写真、8枚出す時もあるのだから、5枚では、大した事はないか。

  荷台の当たり止めですが、その後、バイクに着けっ放しにせず、使った後は、屋内に保管するようにしたら、断然、もちが良くなりました。 恐らく、もう、作り直す必要はないと思います。

  メーター・レンズ・パネルが綺麗になったのは、嬉しい成果です。 しかし、こういう事は、見慣れると、すぐに、感動が薄れてしまいます。 そもそも、汚れた状態のまま、約3年間乗っていて、別段、気にならなかったのだから、所詮、気のせいレベルの話なんですな。 そうは言っても、目につく所ですから、汚いよりは、綺麗な方がいいですけど。

  余計なお世話かも知れませんが、バイクを、いずれ、下取りに出すつもりでいる方は、鍵束を付けたまま、キーをシリンダーに挿さないようにする事をお勧めします。 絶対、周囲を汚しますから。 「キーだけだと、小さ過ぎて、なくさないか、不安」という方は、ストラップ代わりに、紐でも縛っておけば、いいと思います。

  ライトには、参りました。 去年、ハロゲンに戻して、御満悦だったのが、たった一年で、また、LEDにする事になるとは・・・。 色的には、消えている時も、点いている時も、ハロゲンの方が、私好みなんですがねえ。

  ヘッド・ライトの息継ぎについて、ネットで調べていたら、「気にするな」という、一理ある意見があり、ハッとさせられたものの、バッテリーに負担がかかっているのが分かっているのに、放っておくのも、無責任だと思い、対策を取る事にしました。 信号待ちで、先頭にいると、当然、対向車線の車やバイクからは、こちらのライトの息継ぎが見えるわけで、「あの野郎、整備不良のまま、乗ってやがるな」と思われるのも、嫌ではありませんか。