2024/07/28

EN125-2Aでプチ・ツーリング (58)

  週に一度、「スズキ(大長江集団) EN125-2A・鋭爽」で出かけている、プチ・ツーリングの記録の、58回目です。 その月の最終週に、前月に行った分を出しています。 今回は、2024年6月分。





【伊豆市熊坂・狩野川記念公園】

  2024年6月3日。 伊豆市・熊坂にある、「狩野川記念公園」へ行って来ました。 狩野川沿い。 大仁に架かる、狩野川大橋を渡って、すぐの所にあります。 橋を渡ると、伊豆市になります。

≪写真1≫
  駐車場と、管理棟。 駐車場は、見ての通り、広いです。 地図で見た時には、ただのスポーツ公園だと思っていたので、車と人が多かったのは、予想外でした。

≪写真2≫
  狩野川の土手に上がって、北側を撮りました。 山は、城山(じょうやま)という岩山です。 大仁のランド・マーク。 橋は、狩野川大橋。 伊豆の背骨、国道136号線を南下する時には、必ず、この橋を渡るので、ドラマでも、よく映ります。

≪写真3≫
  南側を見ました。 橋は、修善寺道路(有料)の、新狩野川大橋。 土手の上に、鳩の群がいます。

≪写真4≫
  駐車場の土手近くに停めた、EN125-2A・鋭爽。 なまじ、広いので、停める場所に悩みます。 背景の、ネットで囲われた所は、テニス・コート。 その向こうは、野球場。 他にも、児童公園がありましたが、写真を撮って来ませんでした。




【伊豆市熊坂・狩野川台風浸水標識碑】

  2024年6月12日。 伊豆・熊坂にある、「狩野川台風浸水標識碑」を見に行きました。 ネット地図で見つけて、予め、ストリート・ビューで、周辺の様子を確認してから、出かけました。 新鮮さは損なわれますが、到着するのが容易になるので、最近は、よく、その方法をとっています。

≪写真1左≫
  「狩野川台風浸水標識碑」。 路傍と言うか、何かの事業所の敷地内にあり、道路側を向いています。 文字の上にある、左右矢印の線は、浸水2メートル27センチを表している模様。 たぶん、熊坂地区の平野部では、当時の家は、一軒も残っていないと思います。

  裏に、解説が彫られていて、

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昭和三十三年(一九五八)九月二十六日夜、突如としてこの地方をおそった狩野川台風により、熊坂の惨状実に言語に絶す。 かかる惨事、再び繰り返さざることをこいねがい、此処に石を建て台風浸水の標識とする。

 昭和五十六年七月十九日 熊坂土地改良区
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 と、あります。 昭和五十六年は、1981年。

≪写真1右≫
  道路の反対側、路肩に停めた、EN125-2A・鋭爽。 熊坂は、伊豆市の旧修善寺町でして、沼津からだと、大変、遠いです。 この日は、往復34キロ。 もう、プチ・ツーで行ける、限界に近いです。

≪写真2≫
  石碑の横から、背後の山を撮影。  トンネルの出入り口が見えますが、修善寺道路という有料道路のもの。

≪写真3≫
  石碑の向かい側に、伊豆市の消防団・第二分団がありました。 シャッターに、「第二分団 中央部」とあるので、他にも、詰所があるのかも知れません。

  たまたま、そこにあったから、分団の写真も撮ったのですが、伊豆市の分団巡りをする気はないです。 家から、遠過ぎなので。

≪写真4左≫
  火の見櫓の上部。 人が上がれるようになっていて、半鐘が吊られています。

≪写真4右≫
  火の見櫓の下で咲いていた、花。 名前は分かりません。 暑さで、萎えていますな。




【伊豆市堀切・堀切農村公園】

  2024年6月19日。 伊豆市・堀切にある、「堀切農村公園」へ行って来ました。 ネット地図で見つけた所。 北から熊坂地区に入り、山田川に沿って西へ向かうと、川の南側にあります。

≪写真1≫
  「農村公園」という名前から、農業テーマ・パークを連想したのですが、そんな大規模なものではなく、スポーツができる広場でした。 ブランコと、鉄棒があるので、児童公園も兼ねているという意味で、公園という名前が付いているのでしょう。

≪写真2左≫
  西辺。 ベンチ、物置、ローラーなどがあります。

  北辺には、ベンチが、4基。 奥に、トイレがありましたが、お目汚しなので、写真は出しません。

≪写真2右≫
  山田川に架かる、「堀切大橋」。 現地には、名板なし。 地図に出ていた名前です。 それほど大きい橋ではないですが、どこかに、「堀切橋」があり、そちらと比較して、「大橋」なのかも知れません。

≪写真3左≫
  橋の上から、上流、西の方を見ました。 堰堤が設けられて、段々になっています。

≪写真3右≫
  端の上から、下流、東の方を見ました。 すぐ先で、左へ曲がっています。 味のある風景でした。

≪写真4≫
  帰る途中で見た景色。 この山、名前が分かりませんが、記憶に残る特徴があります。 谷を見下ろしているわけですが、山と谷が、一目で目に入る、贅沢な場所。 この写真を撮った道路の、すぐ背後に、家がありましたが、おそらく、この景色が見たくて、そこに住んでいるのでしょう。 羨ましい話です。




【伊豆市堀切・堀切神社】

  2024年6月26日。 伊豆市・堀切にある、「堀切神社」へ行って来ました。 前回行った、「堀切農村公園」から、更に奥に入った山間にあります。 間違えて、バイクを坂の上に停めてしまったせいで、道なき道を通り、境内の横手から、入る事になりました。

≪写真1左≫
  これが、正面。 双林寺というお寺の手前で、西に向かうと、ここに着きます。 鳥居の前にある名標には、「村社 堀切神社」と彫ってあります。

≪写真1中≫
  鳥居の横にあった、石2本。 他の神社でも見た事がありますが、何なんでしょう? 竿を立てて、幟を揚げる為の基礎でしょうか。

≪写真1右≫
  鳥居がある段を含めると、境内は、3段になっています。 中段にあった、物置。 一般的な物。

≪写真2左≫
  手水舎や、漱ぎ盤は見当たりませんでした。 その代わり、こういうものがありましたが、池にしては小さいし、ここに水を溜めて、手を洗うんでしょうか?

≪写真2右≫
  下段から、中段へ上がる石段。 この角度で、少しずつ、社殿が見えて来るのは、趣きがあります。 そういう意図で設計したのかも知れません。

≪写真3≫
  中段から、上段の社殿を見ました。 石垣が多くて、マヤの遺跡のようです。 石垣の組み方によって、造られた時代のバラツキが覗えます。

  石燈籠が何基かありますが、いずれも、江戸時代のもの。

≪写真4左≫
  拝殿と、本殿。 バランスのいい建物です。 本殿の方は、壁が、青いトタン張りですが、最初からこうではなく、腐り始めたので、応急処置で、こうしたのだと思います。

≪写真4右≫
  拝殿正面。 注連縄ですが、藁ではなく、ビニール紐のような素材で出来ています。 珍しいものがあるものじゃて。

  長方形の電灯は、LED。

≪写真5左≫
  名額。 右から、「社神切堀」。

≪写真5右≫
  注意書き。  英文併記。

【さい銭泥棒】 監視 警戒 捜査 強化

[警告 この行政区域内でさい銭泥棒をした者は逮捕されています。]

大仁警察署 熊坂駐在所

  ちなみに、賽銭箱は、拝殿の外にはありませんでした。

≪写真6左≫
  双林寺横の坂を登りきった所に停めた、EN125-2A・鋭爽。 ここから、西へ向かうと、道なき道に入ってしまいます。 一応、神社には着きますが、境内に入るには、段差を飛び降りなければなりません。

≪写真6右≫
  神社正面から、北側を見た景色。 のどかな山間です。 妙に落ち着く雰囲気。





  今回は、ここまで。

  6月は、現伊豆市の、旧修善寺町地区に行きました。 といっても、熊坂と堀切という、北の端だけですけど。 それ以上、南に行くと、遠くなり過ぎるからです。 

2024/07/21

実話風小説 (30) 【他人家族】

  「実話風小説」の30作目です。 5月16・17日頃に書いたもの。 一ヵ月に一話のペースで書いているのですが、せっかちな性分が出て、次第に、書き始める日が早くなっています。 一通り、書き上げてしまえば、推敲は楽しい作業ですが、大幅な書き換えが必要になると、一転、地獄になります。




【他人家族】

  Z氏には、息子が、三人いる。 しかし、Z氏と血が繋がっている者は、一人もいない。 近所に住んでいる、世話焼きのオバサンが、再婚者ばかり扱っている人で、独身のZ氏に、夫を亡くした寡婦を紹介したのだ。 Z氏の両親は、すでに他界しており、親戚とも疎遠だったので、本人が承知さえすれば、纏まる話だった。

  その時、連れ子の少年Aは、8歳で、もう物心ついており、本当の父親の記憶も生々しく残っていた。 決して、いい父親ではなく、酒が入ると、妻に暴力を振るった。 死んだのも、勤め先の花見で他の客と喧嘩になったせいである。 少年は、正直、ホッとした。 自分が殴られていたわけではないが、母親を物のように扱い、殴る蹴るを繰り返していた父親を、憎悪していたからである。

  A少年と母親は、一旦、母親の実家に身を寄せたが、母親が仕事を持っていなかったので、兄夫婦の代になっていた実家での、二人の立場はまずかった。 兄夫婦の子供二人からは、あからさまに邪魔者扱いされた。 その家の子にしてみれば、A少年は、闖入者であり、自分達の既得権益を奪う侵略者なのだから、そういう反応になるのは、致し方ないところもある。

  A少年の母親は、いたたまれなくなり、再婚の話が来ると、すぐに飛びついた。 こちらから出した条件は、たった一つ。

「殴らない人なら、外見とか収入は、どうでもいいよ」

「それなら、大丈夫。 大人しい人だから」

「いや、そういう、傍から見たイメージじゃなくて、本人に、『家庭内暴力は、一切 振るいません』と、約束させて下さい」

「ああ、うん、いいけど・・・」

  彼女の心配は、杞憂だった。 Z氏は、虫も殺さない人柄だったのだ。 暴力から遠過ぎて、頼りないと思えるくらいだった。 再婚の場合、珍しくないが、特に、交際期間は設けず、Z氏が必要ないというので、式も挙げず、新婚旅行もなし。 入籍だけして、すぐに、一緒に暮らし始めた。

  Z氏が、二人だけで話があるというので、何かと思ったら、想像以上に改まった話だった。

「一応、夫婦という事になったけれど、A君がいるのだから、A君の気持ちを傷つけないようにしたい。 もし、自分が、A君の立場だったら、母親が、父親以外の男と同じ部屋で寝るのは、嫌なものだ。 A君が、中学生になるまで、性交渉は、家ではしない事にしたいが、どうだろう」

  と言うのだ。 「変な事を言う人だなあ」と思ったが、一応、筋は通っているので、承諾した。 性交渉は、ラブ・ホテルなど、外でという事になるが、そういう機会は、非常に少なかったようである。 Z氏は、妻に、なるべく、A少年といる時間を長くもたせようとしたからだ。

  Z氏は、A少年に、自分の事を、「おじさん」と呼ばせた。 母親は、「お父さん」と呼ばせようとしたが、そのつど、「おじさんの方がいい」と言って、やめさせた。 A少年も、「変な事を言う人だなあ」と思ったが、正直、他人なのだから、「おじさん」の方が、遥かに呼び易かった。 Z氏は、呼び方よりも、信頼関係を築く方に注力した。

「おじさんには、お父さんの代わりはできないが、男として、君の先輩だ。 なるべく、君の手本になるような生き方をするから、君も、なるべく、見習ってくれ」

  と言った。 8歳の子供だから、よく分からなかった。 分かるようになるのは、中学生になって以降である。


  よく言えば、安定している、悪く言えば、地味な生活が始まり、続いて行った。 平和この上ない家族だった。 気が回る人なら、憂慮するかも知れない。 「新しい子供が出来たら、Z氏の連れ子への態度が変わるんじゃなかろうか」と。 しかし、それは、杞憂だった。 Z氏の最初の妻、つまり、A少年の母親は、再婚後半年で、呆気なく、病死してしまったからである。

「もう、結婚は懲り懲りと思っていたけど、まさか、この世の中に、あんなにいい人がいるとは思わなかった。 紹介してくれて、ありがとうね」

  というのは、入院先を訪ねた世話焼きのオバサンに、彼女が言った言葉である。 こう、付け加えた。

「私が死んだら、また、あの人に、いい再婚相手を世話してくださいね」

  彼女は、もう、自分が長くないと知って、A少年と二人きりになった時に、真剣な顔で言った。

「お母さんに、もしもの事があったら、Aは、一人ぼっちになっちゃうけど、おじさんから、おじさんと暮らすか、施設に入るか、訊かれたら、おじさんと暮らす方を選びなさい。 おじさんは、すぐに、他の女の人と再婚するかもしれないけど、Aをひどい目に遭わせたりは、絶対しないから」

  母親は亡くなり、しめやかに、通夜・葬儀が執り行われた。 A少年は、母親の言う通りにしようと思ったが、別に、Z氏から、選択を迫られる場面はなかった。 自分の方から、恐る恐る、訊いた。

「ぼくは、この家に住んでいて、いいんですか」
「当たり前だ。 ここは、お前の家だ。 おじさんとお前は、親子じゃないけれど、家族なんだ」

  A少年は、まだ、Z氏の考え方が分からなかったが、妙な安心感を覚えた。


  2年後、同じ世話焼きオバサンの紹介で、Z氏は、再婚した。

「まだ、小さい子がいるんだから、やっぱり、母親はいた方がいいよ。 中学生になったら、給食から、お弁当に変わるし、Zさん一人じゃ、面倒見切れなくなっちゃうよ」

  そんな風に言われて、もっともな話だと思ったのだ。 相手の女性にも、息子がいた。 繰り返すが、このオバサンは、そういう人しか、扱っていないのである。 B少年は、8歳だった。 A少年は、10歳になっていた。 Z氏は、オバサンから、相手の子供の年齢を聞くと、呟いた。

「Aと2歳差か・・・。 そのくらいなら、何とかなるかも知れないなあ・・・」

  オバサンは、Z氏が何を言っているのか、分からなかった。 Z氏は、連れ子同士が、うまくやっていけるか、それを最優先に考えていたのだった。 オバサンは、相手の女性の容姿がいい事ばかり強調していたが、Z氏は、そういう事に、あまり、拘りがないようだった。


  新郎新婦共に、二度目の結婚。 またも、式なし、旅行なし、入籍だけ。 女の側は、初婚の時に、式や旅行を経験しているので、再婚で、また、やりたいとは思っていなかった。 親戚や友人・知人を、またぞろ招いて、時間と祝儀を費やさせるのも、気が引けるではないか。 芸能人じゃあるまいし。

  Z氏は、B少年との関係について、あまり、気を使わなくて済んだ。 A少年が、B少年を、うまく、指導してくれたからだ。

「俺は、君の兄貴じゃないけれど、男として、君の先輩だ。 なるべく、君の手本になるような生き方をするから、君も、なるべく、見習ってくれ」

  普通、子供の世界で、こんな理屈は、通用しない。 しかし、Z家では、Z氏も、A少年も、口先だけでなく、本当に、年少者の手本になるような生活をしていたので、B少年にも、次第にそれが伝わって行った。

  まず、家族内で、馬鹿にしたり、からかったりという場面が見られない。 会話は多い方だが、誰かが喋ると、他の者は、真剣に、その話を聞く。 自分の知らない事を、他の者が喋っていると、「ふーん。 そうなんだね」という反応。 知識や情報を持っている事を尊ぶのである。 逆に、嘘とか、他人から聞いた話を、確認せずに、そのまま吹聴するとかいった事は、戒められていた。

「この人達は、パパとは、全然、別の生き物みたいだな」

  B少年の父親は、浮気ばかりしている男で、家にいる時には、母親にも、B少年にも、言い訳の嘘ばかりついていた。 B少年は、小さい頃こそ、それを真に受けていたが、少し成長して、両親の口論の内容が分かるようになると、父親を全然、信用できなくなった。 両親が離婚する直前には、父親を見て、「どうして、こんなに嘘ばっかりつく奴が、生きていられるのだろう?」と、人間不信・社会不信に陥っていた。 それが、新しい家では、嘘が全く耳に入って来ないのだ。

  A少年は、先輩の責任として、B少年を一生懸命、守った。 近所の子供達の間でも、学校でも。 一緒に登校するのはもちろんだが、下校も、自分の友達の誘いを断ってでも、B少年と一緒に帰る方を選んだ。 B少年は、そういう気の使われ方をされた事がなかったので、最初は戸惑い、A少年から離れようとした事もあったが、A少年は、そういう時には、無理に言う事をきかせようとせずに、B少年の好きにさせるので、B少年は、また戸惑ってしまい、結局、A少年と一緒にいた方が得だと気づいて、それ以降は、本当に、仲良くなった。 ごく自然に、B少年は、A少年の事を、「兄ちゃん」と呼ぶようになった。 Z氏の呼び方は、Z氏が望む通り、「おじさん」だったが。


  地味で平和な生活。 しかし、今度も、長くは続かなかった。 B少年の実の父親が、突然、訪ねて来たのである。 同棲していた女に、若い男が出来、喧嘩の挙句、追い出されてしまった。 行き場がなくなって、呆れた事に、元妻が嫁いでいる、Z氏の家に押しかけたのだ。 昼過ぎで、パートから帰った元妻が一人でいる時を狙って来た。 怒鳴り合いを聞いていた隣家の人の証言では、どうも、元夫は、Z氏の家に居座って、いずれ、Z氏とA少年を追い出し、乗っ取るつもりでいたらしい。

  元妻は、もちろん、追い出そうとした。 せっかく手に入れた、平和な生活を守ろうとした。 売り言葉に買い言葉で、元妻から、Z氏と比較して、いかに駄目な人間であるか、罵られた元夫は、頭にカッと血が上り、台所に行くと、包丁を持って来た。 元妻は、警察を呼ぼうと、電話器に駆け寄ったが、受話器を取るところまでしかできなかった。 横っ腹を、ブスリとやられてしまったのだ。 時刻は、午後3時頃。 騒ぎを聞きつけた近所の人達が、家の前に集まっていた。 そこへ、返り血を浴びた元夫が出て来たので、「わあっ!」と、避けた。 元夫は、その間を、足を縺れさせながら、逃げて行った。

  近所の人が、110番通報したので、パトカーが2台到着し、すぐに、救急車が呼ばれた。 まだ、息があった。 救急車が走り出した直後、学校から帰って来た、A少年とB少年は、警官から、Z氏の勤め先を訊かれ、A少年が答えた。 Z氏には、警察から電話が行き、少年二人は、パトカーで、病院へ連れて行かれた。 A少年の方が、真っ青になっていた。 B少年は、起こった事自体が、まだ受け入れられないようで、無表情だった。

  救急搬送が早かったにも拘らず、急所を刺されていた後妻は、どんどん、衰弱して行った。 駆けつけたZ氏と、ほんの少し、話をした後、B少年が、枕元に呼ばれた。

「ママがいなくなったら、B君は、一人ぼっちになっちゃうけど、おじさん達と暮らすか、施設に入るか、訊かれたら、おじさん達と暮らす方を選びなさい。 おじさんは、その内、他の女の人と再婚するかもしれないけど、おじさんも、A君も、B君の事を、一生懸命、守ってくれるから」


  後妻は亡くなり、しめやかに、通夜・葬儀が執り行われた。 B少年は、母親の言う通りにしようと思ったが、別に、Z氏から、選択を迫られる場面はなかった。 自分の方から、恐る恐る、訊いた。

「ぼくは、この家に住んでいても、いいんですか」
「当然だ。 ここは、お前の家だ。 おじさんと、Aと、Bは、親子でも、兄弟でもないけど、家族なんだ」

  B少年は、まだ、Z氏の考え方が分からなかったが、妙な安心感を覚えた。

  B少年の実の父親、つまり、Z氏の後妻の元夫は、事件の2ヵ月後に、潜伏先の友人宅から出て来た所を、張り込んでいた警官に捕まりそうになり、友人の車で逃走。 パトカーに追われて、赤信号で交差点に突っ込み、8トン・トラックに車ごと跳ね飛ばされて、グジャグジャになって死んだ。 こんなろくでなしは、死ぬのが遅過ぎたくらいである。 


  2年後、また同じ世話焼きオバサンの紹介で、Z氏は、再々婚した。 相手の女性にも、また、息子がいた。 くどいようだが、このオバサンは、そういう人しか、扱っていないのである。 C少年は、8歳だった。 A少年は、12歳に、B少年は、10歳になっていた。 Z氏は、オバサンから、相手の子供の年齢を聞いてから、呟いた。

「Bと2歳差か・・・。 そのくらいなら、何とかなるかも知れないなあ・・・」


  同じ描写ばかり繰り返すのも、芸がないので、省略。 Z氏と、後々妻は、長続きした。 この女性は、前の二人に比べて、健康で、ワケアリ度が低かったからだ。 前の夫とは、協議離婚して、息子二人を、一人ずつ、引き取っていた。 C少年は、弟の方である。

  Z家の、三人の息子達は、うまくやっていた。 C少年は、内気で、無口だったが、頭はいいようで、Z家の人間関係を、すぐに理解した。 母親は、C少年の笑顔が、日増しに増えて行くのに気づいて、感動を覚えた。 前の家では、C少年は、兄に苛められて、泣いてばかりいたのである。 兄の方は、父親似で、押しが強く、友達でも同級生でも見下して、まだ、中学生なのに、周囲に君臨しているようなところがあった。 弟への態度に至っては、奴隷扱いをしていた。

  その父親が、自分に似ている長男ばかり可愛がり、次男のC少年を、「意気地がない!」だの、「それでも、男か!」だの、自分が粗暴な性格である事を棚に上げて、年中、罵り倒していたのを、聞くに耐えなかったのが、最も大きな離婚原因である。 温和な家庭で育った彼女は、夫の正体が分かってしまうと、おぞましさしか感じなくなり、C少年だけでも、守りたいと思ったのだ。

  元夫が協議離婚に応じたのは、「離婚しても、その内、食い詰めて、侘びを入れてくるだろう」と高を括っていたからだが、元妻は、すぐに、Z氏と再婚してしまい、当てが外れた。 その後、「長男に会いに来い」とか、「次男に会わせろ」などと言って来ないのは、プライドが邪魔をして、元妻と話をするのが嫌だからだろう。

  そんな事情で、母親は、C少年の笑顔を、前の家では、見た記憶がなかった。 それに引き換え、Z家では、どうだ。 C少年が、こんな笑い方をする子だったのだと、初めて知った。 C少年は、A少年の事を、「大きい兄ちゃん」と呼び、B少年の事を、「小さい兄ちゃん」と呼ぶようになっていた。 ちなみに、前の家では、実の兄の事を、本人や父親の前では、「お兄さん」と呼ばされていたが、母親の前では、「あいつ」と呼んでいた。 C少年にとって、血の繋がらない他人の方が、兄らしい兄だったのだ。


  この話の中心的な事件が起こるまで、3年間、Z家では、地味で平和な生活が続いた。 傍から見ると、他人行儀で、家族らしく見えなかったかもしれないが、これほど仲の良い家族も、なかなか、ないと思われた。 母親と、C少年を除き、血縁がないにも拘らず。 Z氏が思い描いていた、理想的な家族像が、具現化されていたのだ。 血縁でも、他人でも、関係ない。 互いを思いやる気持ちがあれば、人間関係は、うまく回って行くのである。


  A少年が、15歳。 B少年が、13歳。 C少年が、11歳の時、その事件は起こった。 Z氏の家が、中学校の校区の境目にあった関係で、子供の世界では、学校での付き合いの他に、近所での付き合いがあった。 道路を挟んで、向こう側に住んでいる子供とは、学校では会わないが、近所では顔を合わせるのである。 そして、通っている学校が異なると、対立関係が発生し易い。

  A少年は、人柄が良かったので、学校でも、近所でも、人望があったが、別の学校に通う、道路の向こうの子供からは、敵視されていた。 動機は、下司な嫉妬である。 中学生くらいでも、ほとんど、ゴロツキと変わらないような連中はいる。 そういう連中のグループから、目をつけられてしまったのだ。

  不穏な状態が、半月ほど続いた。 大人は、誰も気づかない。 子供の世界の話なのだ。 ある日、学校から帰って来たC少年は、顔色を変えていた。 玄関のドアが開閉する音がしたので、母親が行ってみると、上がり框に、C少年のランドセルが置いてあった。 側面に付けてある小さな鈴が、まだ鳴っていた。 大急ぎで、また、出かけたらしい。

  1時間ほどして、電話がかかって来た。 なんと、警察からである。 C少年が、暴行を受けて、危険な状態になっているので、すぐに病院へ来て欲しいとの事。 母親は、真っ青になった。 前の夫か、実の兄が関係しているのではと、混乱して、質問を浴びせかけたが、「とにかく、一刻を争うから、家族全員に来るように連絡して下さい」と言い渡された直後、訂正があり、「お母さんだけでも、早く来て! 間に合わないかも知れない!」と言われた。

  自分の車に乗り、飛び出した。 走り出して、すぐの所で、近所に住んでいる、世話焼きのオバサンがいたので、車を停め、Z氏の会社と、A少年、B少年が通う中学校に、電話してくれるように頼んだ。 「緊急、緊急!」と、騒いでもらったお陰で、A少年、B少年は、教師の車で送ってもらえる事になり、母親に、10分遅れて、病院に着いた。

  C少年は、集中治療室のベッドの上で、包帯だらけになっていた。 一体、どういう暴行を受けたのか、口元が少し見えるだけで、目も包帯で覆われている。 囈言のように、

「兄ちゃん・・・、兄ちゃん・・・」

  と繰り返すので、A少年、B少年が到着すると、すぐに、枕元に呼ばれた。 B少年が呼びかけた。

「C! C! 兄ちゃん、来たぞ! C! 聞こえるか?」

  C少年は、微かな声で言う。

「小さい兄ちゃん・・・、大きい兄ちゃん・・・、二人とも大丈夫か?」

  A少年が、答える。

「何が? 大丈夫だよ。 何があった?」

「良かった。 無事で良かった」

  A少年は、事情を推量して、話を合わせた。 C少年が、もう何分も、もたないような気がしたのだ。

「うん。 無事だよ。 何ともないよ。 Cのお陰で、助かったよ。 ありがとう。 ありがとうな」

「大きい兄ちゃん、小さい兄ちゃん・・・」

「うん。 なんだ?」

「俺、兄ちゃん達が、好きだ・・・」

 A少年とB少年が、答える。

「うん、俺も、Cの事、好きだよ」
「俺も、Cが好きだよ。 C! C!」

「ありがとう・・・、兄ちゃん・・・、優しくしてくれた・・・」


  この翌日に分かった事だが、道路向こうの、不良グループが、一週間ほど前から、A少年とB少年を襲撃する計画を立てていたのである。 その事を、当日の放課後に、グループに近い関係にあった中学生、Rが、わざわざ、C少年の通う小学校まで来て、門前で、C少年を掴まえ、教えてくれたのだ。

  C少年は、大急ぎで、兄達が通う中学へ行こうとしたが、ランドセルが邪魔なので、小学校から近い自宅に先に寄った。 身軽になって、中学校へ向かったが、途中で、襲撃グループが集合していた児童公園を通ってしまった。 連中は、A少年達が、中学校から、家に帰る道を待ち伏せていたのだから、C少年が鉢合わせしてもおかしくはない。 すんなり通してくれるわけもなく、忽ち、殴る蹴るの暴行が始まった。

  金属バットを持って来ていた者がいた。 C少年が、すぐに倒れて動けなくなってしまったのを見て、残忍な気分が盛り上がり、バンバンと殴りつけた。 骨折が、15箇所。 顔面まで、バットで叩きつけたというから、恐ろしいガキもあったものだ。 児童公園近くの住人が、家の中から様子を伺っていて、警察に通報したが、パトカーが来た時には、襲撃グループは、逃げ去っていた。

  この不良グループは、8人全員、翌日中には逮捕された。 凶暴なだけで、逃げる知恵もないようなやつらだった。 起訴され、有罪判決を受け、少年院に送られた。 殺人罪である。 馬鹿なガキどもだ。 バットで殴ったら、相手が死ぬくらい、分からんのか? そんな事も判断できないのでは、人間社会で生きる資格があるまい。 正に、「人でなし」なのである。


  Z家は、まだまだ、落ち着かなかった。 C少年の四十九日の後、A少年は、遠い目をして、B少年に言った。

「なあ、B」

「なに?」

「おじさんとおばさんを、頼めるか?」

「どういう意味?」

「俺は、Cの仇を討たなきゃならない」

「仇って、誰を? 犯人は、みんな逮捕されたのに」

「Rだ。 考えてみれば、一番、俺と仲が悪い奴が、わざわざ、危険を知らせてくれるなんて、ありえない。 おかしいと思って、いろいろな人に訊いて回ったんだが、案の定、あいつ、善意で、襲撃計画を教えてくれたんじゃなかったらしい。 俺達三人を、纏めて始末する為に、Cを現場におびき寄せたんだ。 あいつだけ、何の罰もないなんて、許せないじゃないか」

「それなら、俺もやる!」

「それじゃ、誰もいなくなってしまうじゃないか」

「いなくなるって、どういう事だ」

「逮捕されたら、家から、いなくなるだろう」

「そりゃ、そうだけど・・・」

「Rは、俺が気に食わないんだ。 BとCは、俺の弟だから、ついでに、狙われただけだ。 やっぱり、これは、俺がやらなくちゃならない。 残ったお前の方が、辛い人生になると思うが、頼まれてくれるか?」

「・・・・・」

  B少年は、黙り込んでしまった。 A少年は、説得の仕方を変えた。

「もしかしたら、俺が失敗するかも知れない。 Bは、その後に備えておいてくれ」

「そういう事なら・・・」

  A少年は、翌日から、姿を消した。 Rも、姿を消した。 どちらの家からも、捜索願いが出されたが、見つからなかった。 B少年だけが、何が起こったかを知っていた。 いや、A少年が、具体的に、どんな事をしたかは知らなかったが、Rを殺した事は、確実だと思った。 そして、A少年も、自ら命を絶ったものと思われた。 おじさんとおばさんを、殺人犯の親にしたくなくて、姿を消すという方法を取ったのだろう。 死体が発見されなければ、殺人事件にならないからだ。

  Z氏は、A少年が何をしたか、大体の想像はついていた。 7年後、失踪宣告となり、Z氏は、空の骨壺を納めた墓の前で、独り言を言った。

「真面目に育て過ぎたかなあ・・・。 いや、俺は、Aの事を分かってやらないとな。 よくやってくれたとは言えないが、お前の気持ちは、よく分かるよ。 お前は、いい息子だった。 でも、やっぱり、生きていて欲しかったなあ・・・」


  B少年は、長生きした。 おじさんとおばさん、つまり、Z氏と、その後々妻を看取り、更に、20年も生きた。 結婚せず、子供もいなかったのは、自分だけ、そういう生き方をしたら、早死にした兄と弟に、申し訳ないと思ったからだ。 B氏は、今、高齢者施設にいる。 若いスタッフが、昔の事を訊くと、目を閉じたまま、独り言のように、こう呟く。

「俺はね。 家族に恵まれたんだよ。 おじさん・・・、ママ・・・、おばさん・・・、兄ちゃん・・・、C・・・、あんないい人達は、いなかったな。 家族の思い出だけで、俺は、世界一の幸せ者なんだ・・・」

2024/07/14

パソコン・ネット関連機器 ⑨

  日記ブログの方に書いた記事。 私的な、パソコン・ネット関連機器の変遷史です。 日記からの移植なので、日付が付いている次第。 このシリーズも、次回で終わりです。 その後は、何をアップすればいいのか、悩んでいる次第。




【2023/11/08 水】
  今回は、プリンターです。 モニター同様、組み写真と解説文で、お送りします。


≪写真1左≫
  我が家初のプリンターは、2002年7月末に、居間パソコンの上に置かれました。 私の部屋には、その一年以上前から、パソコンがあったのですが、プリンターは、なかったのです。

  キャノンの、「BJ F860」。 沼津の家電量販店、「ワットマン」で、型落ちの売れ残りが、15800円で売っていたのを、買って来ました。 6色独立インク。 黒、赤、青、黄と、フォト赤、フォト青、です。 ダイソーの詰め替えインクが、最後まで使えました。

  冬ソナ・ブームの頃、母は、このプリンターで、ヨン様の写真を、片っ端から、刷りまくりました。 その後は、私が、年賀状の宛名を刷る程度。 2014年3月に、居間のパソコンを撤去し、この「BJ F860」は、私の部屋に移しました。

≪写真1右≫
  2004年5月に、父の部屋用に買った、キャノンの、「PIXUS 455i」。 これも、沼津のワットマンで、12300円。 ちなみに、その後、ワットマンは撤退し、建物は、ドン・キホーテになって、今に至ります。 狩野川・黒瀬橋の右岸袂、沼津警察署の筋向いです。

  よく覚えていないのですが、インクは、黒と、カラーの、2カートリッジだったと思います。 カラー3色が、一つのカートリッジに入るので、詰め替えがし難くて、苦労した記憶があります。 メーカーに言わせれば、「詰め替えせずに、新しいカートリッジを買え」という事なんでしょうが、値段的に、話になりますまい。

  プリンターが載っている引き出し箱は、父が作ったもの。 中に、コピー用紙を入れていました。

≪写真2左上≫
  1年7ヵ月、父の部屋にあったのですが、2004年12月に、自室用に買った、ヒューレット・パッカードの複合機が、パソコンのCPUに指定があり、私の、イイヤマ・パソコンでは使えない事が判明。 父の部屋のプレサリオなら、使えたので、プリンターを交換してもらい、「PIXUS 455i」は、私の部屋に来る事になりました。

  これは、その時の写真です。 カラー・ボックス最上段の背板を外し、後ろから、給紙できるようにしていました。

  2010年8月、機械部分が壊れてしまって、印刷不能になり、埋め立てゴミに出しました。 御苦労だった。

≪写真2左下≫
  2004年12月に、自室用に買った、ヒューレット・パッカードの複合機、「PSC 1315」。 アマゾンで、13188円でした。 ワープロのフロッピーに保存してあった日記を、感熱紙に印刷したのですが、消えないように、コピー用紙にコピーする必要があり、その為だけに、この複合機を買ったのです。

  これも、インクは、黒と、カラーの、2カートリッジで、詰め替えに苦労する事になります。 何とか、やってましたけどね。

  この写真は、自室にあった頃のものですが、上記の理由で、ほんの数日で、父の部屋へ行く事になります。

  父の部屋に、10年あって、2014年3月に、撤去。 私が、岩手異動に持って行く事になりました。

≪写真2右≫
  2014年5・6月、岩手の独身寮にて。 パソコン・デスクの上に、「PSC 1315」が載っています。 この頃、すでに、カラー印刷ができなくなっていたのですが、黒だけなら、印刷とコピーはできたので、利用価値があると思ったのです。

  向こうで、退職し、帰って来る事になりました。 予想通り、コピー機能は、退職手続きの書類を処置するのに、役に立ちました。 その後、家へ送り返したのですが、一応、使える状態にしてあったものの、使う機会がないまま、2016年5月に、埋め立てゴミに出しました。 ご苦労だった。

≪写真3≫
  上にあるのは、キャノンの、「BJ F860」。 2014年3月に、自室へ移してから、年賀状の宛名印刷と、2ヵ月カレンダーの印刷にだけ使っていたのですが、いよいよ、色が出なくなり、2023年6月に、お役御免。 埋め立てゴミに出しました。 長い間、ご苦労だった。


  下は、2015年7月に買った、ブラザーの複合機、「DCP-J557N」。 柴犬シュンが死んで、撮り溜めてあった写真を、両親に見せようと思ったのですが、カラー印刷がまともにできるプリンターがなくて、これを買ったのです。 アマゾンで、6480円でしたが、ブラザーがキャッシュ・バック・キャンペーンをやっていて、3000円戻って来たので、実質、3480円で手に入れた事になります。

  4色、独立インク。 黒、赤、青、黄。 詰め替えをして、使っています。 詰め替え易いとは言えませんが、カラー3色一体カートリッジよりは、遥かに、良いです。

  現在、この「DCP-J557N」が、うちにある、唯一のプリンターです。




  プリンターは、とにかく、壊れ易い。 機械部分がある上に、液物を使うから、詰まりが起こるのです。 今買うなら、複合機でないと、勿体ないです。 コピーができるのと、できないとでは、大違い。 前面給紙オンリーでも、ハガキ対応していれば、年賀状の宛名印刷もできます。

2024/07/07

読書感想文・蔵出し (114)

  読書感想文です。 今回は、4冊です。 筒井作品を挟んだお陰で、ゆとりができた次第。





≪山荘の死≫

鮎川哲也コレクション 〈挑戦編〉Ⅰ
株式会社 出版芸術社 2006年6月20日 第1刷
鮎川哲也 著


  沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行本です。 二段組みで、約246ページ。 火サス、≪鬼貫警部シリーズ≫の原作者、鮎川哲也さんの作品。 短編、14作を収録。 各話、「問題編」と、「解決編」に分かれており、読者に謎解きを求める体裁になっています。 1956年から、1970年にかけて、発表されたもの。 巻末に、作者による、「作品ノート」が付いていますが、作品を書いていた当時の思い出話が書いてあるだけで、作品の詳しい解説というわけではないです。


【達也が嗤う】 問題編・約27ページ 解決編・約10ページ

  遺産相続の話で、箱根のホテルに、兄を訪ねた語り手。 まず、兄が死に、続いて、他の宿泊者が何人か死ぬ。 犯人が、女だという事だけは分かっていたが・・・、という話。

  作者本人は、解決編で、「アンフェアではない」と言っていますが、いわゆる、アンフェア論争の中心になった問題に関して言えば、充分、アンフェアです。 もっとも、私は、アンフェアでも、面白ければ、それでいいと思ってますが。 解決編での、読者を小馬鹿にした謎解きが、面白いです。

  叙述トリック物でして、問題編で推理しようと思ったら、一文字も見逃さずに読んで、全ての内容を、疑ってかからなければなりません。 小説というより、パズルに近いです。 こういうのが、たまらなく好きな人もいるんでしょうなあ。

  この作品、日本探偵作家クラブの例会で、朗読され、会員による犯人当てが行われたとの事。 完全な正解はいなかったそうですが、一部であっても、当てた人はいたようで、大したものだと思います。 毎日、トリックを捏ね繰り回して暮らしている推理作家よりも、海外小説の翻訳家の方が、正解率が高かったというのは、興味深いところ。


【ファラオの壷】 問題編・約4ページ 解決編・約2ページ

  金持ちの男が自宅で襲われ、エジプトのファラオの壺が盗まれた。 「頬に、絆創膏を貼っていた」と、娘に求婚していた青年を、犯人と指し示す証言をするが・・・、という話。

  ページ数を見ても分かる通り、ごく、シンプルなもの。 被害者と加害者の関係を弄ったアイデアで、どうも、鮎川さんは、そういうのが好みだったようですな。 シンプル過ぎて、逆に、推理が利きません。 問題編、解決編と分けるのなら、もっと、細かい所まで書き込んでもらわなければ。 もっとも、漫然と雰囲気を楽しむタイプの私としては、シンプルな方が、好みなのですが。


【ヴィーナスの心臓】 問題編・約22ページ 解決編・約3ページ

  吝嗇家の金持ちが、屋敷に招いた客に、晩餐後、「ヴィーナスの心臓」という大きなダイヤモンドを披露する。 その夜、何者かが侵入し、金庫に入っていたダイヤが盗まれる。 晩餐の前に、客の女性のイヤリングがなくなっていたのだが、金庫の傍らに、そのイヤリングが落ちていて・・・、という話。

  【ファラオの壷】と似たような設定ですが、こちらは、細かい所まで、書き込まれています。 短編推理小説としては、平均をクリアしている出来栄え。 謎のアイデアも、【ファラオの壷】と似ていますが、幾分、複雑で、子供騙しっぽい、陳腐さはありません。


【実験室の悲劇】 問題編・約4ページ 解決編・約2ページ

  個人宅にある実験室で、白昼に、火事があり、主人が焼死する。 上半身は、骨になるほど焼けていたのに、身元の特定ができたのは、片目に義眼が残っていたからだったのだが・・・、という話。

  死体すりかえ物。 横溝さんの初期短編で、こういうのがありましたが、世界的に見れば、昔からあるアイデアなのかも知れません。


【山荘の死】 問題編・約12ページ 解決編・約3ページ

  麻雀を楽しむ為に、山荘に集まった、映画関係者6人。 バタバタと、二人が殺され、一人が、自分がやったという遺書を置いて、自殺する。 事件は解決したかに見えたが、警察の目はごまかせず・・・、という話。

  登場人物を映画関係者にしたのは、金持ち一族よりは、新しい設定ですが、今となると、古典的ですなあ。 実際、戦後間もない頃の作品だから、古いんですが。

  ページ数の割には、登場人物が多過ぎで、話も複雑過ぎ。 【ABC殺人事件】を12ページに纏めたら、こうなるという事ですな。 犯人がミスをする事で、発覚するのですが、そのミスが、単純過ぎて、説得力が今一つです。 どっちの手が悪いかくらい、毎日、顔を合わせているんだから、気づかないわけがないです。


【伯父を殺す】 問題編・約11ページ 解決編・約2ページ

  金欠で結婚もできない、若い恋人同士が、男の方の伯父を殺して、遺産を手に入れる計画を練る。 便箋に手紙を書いていた伯父を訪ねて、ストーブを使って中毒死させ、事故死に見せかける。 何とか成功し、入る遺産の皮算用で、はしゃいでいたところへ、刑事が来て・・・、という話。

  現場に残っていなければならないものが、なかったせいで、他殺と発覚するパターン。 いかにも、本格物という、トリックです。 このページ数なので、特に、印象に残るという点はなし。


【Nホテル・六〇六号室】 問題編・約11ページ 解決編・約4ページ

  推理作家の鯉川哲也氏が、編集者を相手に、作品の構想を語る形式で、ホテルの一室で起こった、会社部長の殺害事件が展開する。 死亡推定時刻は、割れたブランデーのビンの残量から割り出され、容疑者には、その時刻のアリバイがあったが・・・、という話。

  犯人の性別をごまかす為に、ネックレスから外れた真珠が出て来たり、犯人のイニシャルをごまかす為に、ダイイング・メッセージのローマ字が出て来たりしますが、この短さでは、明らかに、盛り込み過ぎで、作者自身が、本格トリックのパロディーを楽しんでいるように見えます。

  死亡推定時刻は、被害者の体温が基準になるはずで、この作品のトリックだけでは、ごまかせません。 「推理小説では、無粋な指摘」と取られてしまうかも知れませんが、リアリティーを欠くのは、否定できません。 たとえば、雪に閉じ込められた列車の中とか、外洋を走る船の中とか、外界と隔絶した条件があれば、こういう推定方法も、ありえるのですが。


【非常口】 問題編・約11ページ 解決編・約1ページ

  いい縁談が持ち上がり、2年間、交際していた女と、別れる必要に迫られた男。 女に話すと、猛然と反対されてしまい、女を、自殺に見せかけて、殺害する事を決意する。 女の家に、父親の遺品の陸軍拳銃があると知っていた男は、訪ねて行って、見せてくれと言い、ズドンと一発・・・、という話。

  女の方に、全く警戒心がないのは、些か、不自然か。 もっとも、男女の中は、分からないもの、と言われてしまえば、それまでですが。 犯行は、解決編で露見するわけですが、その理由が、かなり、テキトーなもの。 こんな初歩的ミスを犯すようでは、推理小説の犯人として、失格ですな。


【月形半平の死】 問題編・約12ページ 解決編・約1ページ

  駆け出しの漫画家の女。 思うように売り出せないので、漫画家のグループに入るが、そこで、好きになった男が、急に人気が出て、女も応募していた賞の一等になってしまう。 男さえいなくなれば、二等だった自分が、一等に繰り上がると思い、男を、服毒自殺に見せかけて殺そうとする話。

  一度は好きになった男を、自分が受賞する為に、殺すというのだから、呆れた話。 しかし、こういう人間がいても、別に不思議ではありません。

  自殺に見せかけたのに、なぜ、殺人とバレたかが、話の肝になりますが、そのアイデアは、【伯父を殺す】と同趣向です。 こちらでは、残っていた物が、多過ぎたのですが。


【夜の散歩者】 問題編・約33ページ 解決編・約2ページ

  横浜の住宅地にある、ロシア人邸宅。 主人亡き後、故人の意向で、ロシア語に関係がある者達だけに、部屋が貸されていた。 住人の中には、仲が良くない者もいて、殴り合いの喧嘩が起こる事もあった。 ある時、夜中に、銃声が4発聞こえ、その後、図書室で、評判の悪い男の住人が、扼殺されているのが発見される。 銃弾は、全て外れていて、どうやら、被害者が撃ったもののようだ。 事件は、迷宮入りになるが、一人だけ、真相を見抜いたものがいて・・・、という話。

  視覚障碍者、肩腕がない人物、夢遊病を装う人物など、本格トリック物特有の怪しさをプンプンさせた登場人物が、何人も出て来ます。 フー・ダニットなんですな。 しかし、「誰が犯人でも、話を纏められる」というわけではなく、解決編での犯人当ては、「なるほど、そうか」と納得させられるものがあります。

  元ロシア人の屋敷で、ロシア語ができる者しか入居させない、という設定は、異化効果を醸し出しているだけで、謎とは関係して来ません。 ストーリー上は、不要な設定ですが、この非日常的な設定のお陰で、記憶に残る作品になっていると言えば、言えます。


【赤は死の色】 問題編・約25ページ 解決編・約5ページ

  男一人、女二人で、山に登りに来たパーティーが、大雨に遭い、吊り橋の先の山荘に、逃げ込む。 その家には、妻の看病をしている主人と、先に逃げ込んでいた、中年の男がいた。 麓で聞いた話で、この山には、「赤い服を来ている女が、頭のおかしい男に殺される」という噂があり、どうやら、この家の主人が、その男らしい。 翌朝、女の一人が殺害され、赤い服が・・・、という話。

  山荘にいたのは、全部で、5人で、被害者を除く、4人全てに、動機があります。 フー・ダニットですな。 消去法で、犯人が絞り込まれていきます。 しかし、中年男や、生きている女の動機は、解決編にならないと知らされないので、問題編だけで推理するのは、不可能です。 その点、作家本人はもちろん、編集者が、なぜ、気づかなかったのかが、不思議。


【新赤毛連盟】 問題編・約16ページ 解決編・約4ページ

  三人の学生が、ある会社の秘書から、社長の伝記を纏める、報酬のいい仕事に誘われ、三人から一人を選抜する為の試験を、別々に受ける事になる。 ところが、一人が選ばれた後、仕事が中止になったと言われ、それきりになってしまう。 会社に問い合わせると、そもそも、そんな計画はないとの事。 三人の内、一人が、試験場所の窓から見たネオン・サインを記憶していた事から、場所が判明し・・・、という話。

  ホームズ物の、【赤毛連盟】のアイデアを使った話。 本当の目的を隠す為に、わざわざ、報酬を払って、別の事をやらせるというもの。 作者が、姪のホステスから聞いた話という形式になっていますが、その設定は、あまり、意味がありません。 謎を解くのも、作者ではなく、同業の推理作家になっています。

  ロシア語の、キリル文字を使った謎が、この作品で使われています。 なぜ、【夜の散歩者】で使わなかったのか、首を傾げるところ。 ネオン・サインを裏から見る、というのは、今では、ピンと来ませんが、昔は、壁面ではなく、屋上に骨組みを組んで、ネオン・サインが裏側からでも見えるようにしていたのです。


【不完全犯罪】 問題編・約10ページ 解決編・約2ページ

  結婚するつもりで交際していた女が、他の男と結婚するという。 しかも、勤め先で、自分とライバル関係にある男だというから、許し難い。 ライバルを、事故死に見せかけて殺す事を計画し、ライバルの家へ訪ねて行って、持って来た石で撲殺。 死体を車で、石を拾った場所へ捨てて来たが・・・、という話。

  梗概で、ほぼ全部、書いてしまいましたが、この作品の肝は、主人公の犯罪が、どこで、不完全になってしまったかにあるので、問題ないと思います。 で、どこかというと、殺害現場で、自分がいた証拠を消そうとして、やり過ぎたわけですな。 後年の、2サス・ドラマでも、大変よく使われた、犯人のミスです。


【魚眠荘殺人事件】 問題編・約12ページ 解決編・約2ページ

  主人が他界した屋敷に、三人の相続人がよばれる。 男二人に、女一人。 男の一人は、実は女で、男装している事が分かる。 夜中に来る予定だった弁護士が、時刻を過ぎても到着せず、捜しに行くと、門の所で、刺殺死体となって横たわっていた。 胸に刺された凶器は、遺言状が入った封筒を貫いていたが、中を見てみると、封筒の穴と、遺言状の穴がズレており・・、という話。

  この短さだと、わざわざ、屋敷に固有名詞をつけるのは、無駄な労力に思えてしまいますな。 話は、封筒の謎から思いついて、膨らませたのだと思います。 遺言書の中身を見たにも拘らず、律儀に戻してしまったのが、命取りになったわけで、凶行直後の犯人の動顛ぶりが伺えます。




≪鉄仮面 上・下≫

講談社文芸文庫
株式会社 講談社
上巻 2002年5月10日 第1刷発行
下巻 2002年6月10日 第1刷発行
ボアゴベ 著
長島良三 訳

  沼津図書館にあった、文庫本です。 上巻は、序を含めて、660ページ。 下巻は、エピローグを含めて、595ページ。 計、1255ページ。 ムチャクチャな長さですが、7日間で読み終えており、いかに、読み易い小説であったかが、分かろうというものです。 筒井康隆さんの、≪漂流≫で紹介されていたのを、今頃、調べ直して、借りて来たもの。

  作者は、フル・ネームだと、「フォルチュネ・デュ・ボアゴベ」という人で、1821年から、1891年まで生きた、フランスの作家です。 本作は、1879年に発表されたもの。 日本では、明治時代に入っていて、黒岩涙香さんが、英訳本から日本語訳して、古くから、≪鉄仮面≫として、広く知られた模様。

  この文庫本は、フランス語の原書から訳し直され、1984年に、上・中・下、三巻本として発行された単行本を元にして、2002年に、二巻本に編み直されたものだそうです。 1984年当時、フランスの古本屋で、原書が見つけられず、国立図書館にあった本を、全ページ、コピーしてもらって、それから、訳したのだそうです。 つまり、フランスでは、読みたくても読めないわけですな。 出回っていないのだから。 完全に忘れられているのでしょう。


  太陽王、ルイ14世の時代。 王を誘拐する反乱計画を立てた一味があった。 傭兵を雇い、準備万端整えて、スイスから、フランス領内に入ったものの、加わったばかりであるにも拘らず、隊長の篤い信頼を得ていた青年将校が、敵方のスパイだったせいで、渡河中に襲撃され、一人は捕えられ、5人だけ、辛うじて生き延びる。 捕えられたのが、隊長なのか、青年将校なのか分からないまま、隊長の内縁の妻と、忠誠心に篤い3人の部下が、30年に渡り、各地の牢獄を転々とさせられる囚人を追って、救出の努力を続ける話。

  原題は、≪サン・マール氏の二羽のツグミ≫で、サン・マールというのは、刑務所長の名前。 この所長が、出世に伴って、転勤するせいで、主な囚人達も、一緒に連れ回されるという事情です。 ツグミは、特に重要な囚人の象徴で、その内の一羽が、問題の人物。 誰なのか分からなくする為に、人目に曝される危険がある時には、仮面を被らされていますが、別に、鉄製ではない様子。

  さて、この囚人、最終的には、獄死する事が、冒頭で記されています。 問題は、一度でも、脱獄に成功するかどうかですな。 長い作品なので、一度 逃げ出したが、また捕まったという事も考えられ、読む前から、脱獄が成功するか失敗するかを知らなくてもよくなっています。 これも、作者の、読者に対する配慮なのかも。

  囚人の正体が、隊長なのか、青年将校なのか、知りたがっている人物が、もう一人います。 かつて、ルイ14世の寵愛を受けたものの、今は、疎んじられている貴婦人。 この人が、青年将校に惚れていたものだから、彼がどうなったか、知りたくて仕方ない。 青年将校の方は、貴婦人の事を何とも思っていないのですが、貴婦人は、入って来る情報を、自分に都合よく解釈して、愛を貫こうとします。 この貴婦人について割かれているページ数が、3分の1くらいあるでしょうか。

  他に、貴婦人に近い、占い師の女がいて、その義理の娘と、娘の求婚者である判事の青年も、出番が多く、全体の5分の1くらいは、中心になって、ストーリーを引っ張ります。 こうなって来ると、誰が主人公なのか決められません。 人数が少なめの、群像劇とでも言いましょうか。 「神視点三人称」でして、作者は、何でも知っています。 敵方である、刑務所長の心理まで知っているのだから、ほんとに、神レベル。

  これだけ長いにも拘らず、見せ場の配分が、驚くほど巧みで、全く、飽きさせません。 他に用事がなかったら、寝食を忘れて、読み耽ってしまう可能性が大。 ある意味、健康に悪い本ですな。 話の作り方は、大デュマそのもので、大デュマが書いたと言っても、かなりの人が、すんなり、騙されるのでは? ちなみに、大デュマは、1802年から、1870年まで生きた人で、ボアゴベさんより、少し前の世代です。 ボアゴベさんは、大デュマの影響にどっぷり浸かっていた世代なんでしょう。

  逆に言うと、見せ場の配分が良いだけで、後のロシア文学に見られるような、人間性の本質を追い求めるような、深みはありません。 しかし、この時代のフランス人作家に、それを求めるのは、酷というもので、ボアゴベさんが、当時のフランス文壇では、トップ・クラスにいた事は、間違いないと思います。 実力、人気、共になければ、こんな大長編、書けませんし、発表もできませんから。

  この作品、今の感覚で見ると、おかしなところもあります。 いくら、愛情が強いからと言って、30年も、救出に尽力する、内縁の妻がいますかねえ? また、その、内縁の夫である、隊長というのが、あまり、魅力がない男なのです。 大事の直前だというのに、近づいて来たばかりの青年将校と意気投合して、全幅の信頼を寄せてしまうというのは、あまりに、軽率。 生きているとしても、あっさり捕まってしまう点も、自力で脱獄しようとしない点も、ヒーロー性に欠けます。

  救出する側のドラマを描きたかったから、こうなったんでしょうが、バタバタと計画が進んだかと思うと、7年も、何の進展もなかったりで、ストーリー上の御都合主義が過ぎる感じもありますねえ。 つまり、作者としては、「30年もの間、大変な努力を続けた人達がいたんだよ」と、それが言いたいだけなのでしょう。 囚人の方は、外に出られないものの、上げ膳据え膳ですから、苦労と言っても、知れています。 この本を読み終わって、同情したくなるのは、救出側であって、囚人では、全くないです。

  内縁の妻は、愛に半生を捧げたわけだから、まあ、分かるとしても、気の毒なのは、隊長の部下、3人でして、期間が長いですから、当然、死ぬ者も出て来るわけですが、「他にも、人生の送りようがあったろうに」と思わずにはいられません。 内縁の妻が、お金には不自由しない身の上だったから、報酬で釣られていたという解釈もできないではないですが、そう解釈した方が、まだ、彼らの人生を、評価し易いです。 大した人物でもない隊長の為に、30年を捧げるなんて、あまりにも、つまらないではありませんか。


  この小説は、「鉄仮面伝説」を元にしてはいますが、鉄仮面の真相は今に至るも、諸説紛々で、はっきりした事は、何も分かっておらず、ボアゴベさん本人が組み立てた、一つの仮説を小説化したに過ぎません。 大デュマの、≪ダルタニヤン物語≫の、【ブラジュロンヌ子爵】にも、鉄仮面が出て来ますが、元ネタが同じだけで、全く違う話です。

  総括しますと、ある程度、読書力があると自認している人なら、読んでおいて、損はないです。 面白いです。 長さで恐れ戦かなくても、時間を無駄にする事はないと、請け合います。 ただ、先に、ロシア文学を多く読んでしまった方々は、この作品を読んでも、古典としか思えないかも知れません。




≪死美人≫

株式会社 河出書房新社
2011年11月30日 初版発行
フォルチュネ・デュ・ボアゴベー 原作
黒岩涙香 翻案
江戸川乱歩 現代語訳

  沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行本です。 本文は、408ページ。 江戸川乱歩さんによる、あとがきと、小森健太郎さんによる、解説が付いています。 原作は、≪鉄仮面≫の、フォルチュネ・デュ・ボアゴベさんで、原題は、≪ルコック氏の晩年≫。 その英訳本から、明治時代に、黒岩涙香さんが、日本語に翻案し、1956年に、江戸川乱歩さんが、現代語訳したもののようです。 ややこしい。

  黒岩さんも、江戸川さんも、大筋だけ頭に入れて、自分の文体で書き換えてしまっているらしく、原作とは、随分、懸け離れてしまっているようです。 原作から、直接 訳してくれれば、それが一番いいのですが、そもそも、この本、ボアゴベさんの作品を紹介するのが目的ではなく、黒岩さんの事跡を、江戸川さんを通して、紹介するのが目的で企画されたようので、致し方ありません。 どうも、企画の発想自体が、内向きですな。


  聾唖者の男が担いだトランクの中から、胸に、トランプ・カードを貫いて、ナイフを刺された美女の死体が発見される。 男の主人が殺人犯のようだが、男は、手話も通じず、文字も読めず、手ががりが得られない。 警察署長は、引退した名探偵、ルコックに、協力を求めるが、断られ、若い英国人探偵を頼る。 警察の捜査が進むと、人もあろうに、ルコックの息子に、嫌疑がかけられるようになる。 ルコックが、何とか、息子の無実を証明しようと、本格的に、探偵捜査に乗り出す話。

  舞台は、フランスのパリと、その近郊で、地名は、そのままですが、登場人物の名前だけが、日本風の名前に変えられています。 これは、黒岩翻案の時点で、そうしたようですが、新聞連載だったから、当時の日本の新聞読者にとって、フランス人の名前は、カタカナで書いてあっても、発音するだけでも難しかったと思われ、記憶するのは、尚、ハードルが高い。 それで、この工夫となった模様。 最初は、違和感マックスですが、その内、慣れます。 こちらの方がいいとは、決して、言いませんが。

  探偵ルコックは、ガボリオさんが作り出したキャラで、ガボリオ・ファンだった、ボアゴベさんが、それを借りたもの。 モーリス・ルブランさんが書いたルパン物に、ホームズが登場する作品がありますが、昔は、こういう事は、普通に行なわれていたようです。 許可を得ていたかどうかも、怪しい。

  ボアゴベさんは、本業の探偵小説作家ではなく、「探偵小説も書く」程度の関わりだったようで、そういう門外漢の作品にありがちな事ですが、あまり、いい出来ではないです。 謎はあるが、トリックはなし。 本格物では、全く、ないです。 強いて指摘するなら、なりすまし物と言えないでもないですが、どうも、イギリス推理小説的な分類に当て嵌まらない、中途半端さがありますねえ。

  何がまずいと言って、描写が、くどい。 本筋と関係しない、どうでもいいような場面を、細々と書いていますが、こういうのは、クリスティー作品以降では、読者が、受け付けてくれません。 その場の雰囲気を描き込むのは、問題ないですが、枚数を稼ぐような描写をしていると、すぐに、眉間に皺を寄せられてしまいます。 この作品を、推理小説の新人賞に応募したら、一次選考で、にべもなく落とされるのは、必至。

  次にまずいのが、意外性よりも、ストーリーの切迫感を、読みどころにしている点です。 ルコック探偵は、息子の処刑が迫っているので、大詰めの捜査が、時間との勝負になるのですが、作者の意図が、見え見え過ぎて、逆に白けてしまいます。 駄~目だって、こういう手は。 推理小説として、勝負するやり方を、間違えているのです。

  最後に、事件が解決した後、因縁話が長いところが、まずい。 日本の2時間サスペンスが、なぜ、世界的に評価されなかったかというと、終わりの4分の1くらい、つまり、30分くらいが、謎解きと見せかけて、実は、「なぜ、犯人が、そういう罪を犯すに至ったか」という、因縁話の説明に明け暮れるからなのですが、この作品は、それと同じ欠点をもっているのです。

  2サスに於いて、なぜ、因縁話が必要かというと、犯人の切実な動機を語る事で、「この人は、本当は、悪い人じゃないんだよ。 やむなく、犯行に及んだんだよ」と言いたいからなのですが、それが甘いと言うのです。 視聴者に対し、罪を犯した者に同情させていて、どうする? 2サスの特徴的な欠点ですな。 原作の犯人が悪党でも、脚本段階で、「ほんとは、善人」にしてしまうのだから、救いようがない。

  この作品の場合、真犯人は、悪党だから、そちらについては、因縁話はないのですが、嫌疑をかけらている、ルコックの息子が、自分が殺人を犯したと思い込んでいるせいで、2サスと同じ、因縁話が繰り広げられてしまうのです。 もう、くどいくどい。 駄目ですよ、こんなの。

  原作から直接、日本語訳する企画が出ないのも、むべなるかな。 ストーリーが、ほぼ同じだとすると、こんな話を、わざわざ訳しても、推理小説ファンが、読んでくれないでしょう。




≪火星探検≫

株式会社 小学館クリエイティブ
2005年3月20日 初版第1刷発行

中村書店
1940年5月30日 発行
旭太郎 作
大城のぼる 画

  沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行です。 本体は、160ページ。 元は、昭和15年に発行された漫画で、この本は、2回目の復刻版だそうです。 話を作ったのは、詩人の、旭太郎さん。 漫画にしたのは、大城のぼるさん。 漫画の場合、普通、原作者の方が、先に名前が出るものですが、この作品の場合、作者を代表するのは、大城のぼるさんになっているようです。

  小松左京さんや、松本零士さんによる、紹介文が、別冊子で付いています。 まず、そちらを読んでから、漫画本体を読み始めた方がいいと思います。 手塚治虫さんなど、戦後のSF界をリードした人達が、子供の頃に夢中になった漫画らしいです。 私が、この作品の存在を知ったのも、筒井康隆さんの、≪漂流≫に載っていたからです。


  天文台に勤める天文学者を父に持つ少年。 喋る猫と犬を連れて、天文台に行くと、父親が同僚と、火星に火星人がいるかいないで、激しい議論を戦わせている。 父親から、火星の運河について、科学的説明を受けた少年は、猫・犬と共に、突然、火星に来てしまい、火星人の歓待を受ける。 火星のトマトを食べて、病気になり、千年もかかるという療養に耐え兼ねて、火星人が作った宇宙船に乗り込んで、地球に帰ろうとするが・・、という話。 

  長編ストーリー漫画、と言えば、確かにそうなんですが、印象からすると、娯楽作品ではなく、小学館の子供向け雑誌、「科学」に載っていた、科学啓蒙漫画が、一番近いです。 火星に対する知見は、科学的そのもの。 しかし、あくまで、当時のレベルです。 今の小学校低学年以下に読ませても、面白がると思いますが、間違った知識まで覚えてしまうから、お薦めではないです。

  以下、ネタバレ、あり。

  突然、火星に来てしまう展開で、「たぶん、これは、少年の夢だな」と、漫画慣れした現代の人間なら、大抵は気づくはず。 しかし、戦前は、ストーリー漫画自体が、出始めたばかりで、しかも、SFですから、当時の子供達が、心底、ワクワクしながら、この作品のページをめくっていたのは、想像に難くないところ。 小松左京さんの紹介文によると、当時は、世界中探しても、長編ストーリー漫画そのものが存在しなかったそうですから、この作品の衝撃は大きかった事でしょう。

  とはいえ、戦後生まれ・戦後育ちの者が読んでも、同じ感動は得られません。 つまらない事を、知り過ぎているからですかね? 火星に、生物がいない事が分かるのは、1980年代以降ですが、そういう知識を持った者が読んで、「植物はある」と書いてあると、白けてしまうのです。 ≪ドラえもん≫に、火星に生えている苔を進化させて、火星人を作り出す話がありますが、あの時点ですら、まだ、生物がいない事が、分かっていなかったわけだ。

  少年の夢が覚めても、話は終わらないのですが、クライマックスの後に、まだ先を続けるのは、作劇技法としては、感心しないもので、長編漫画の話の作り方に苦心していた事が覗われます。 これまた、後世から見た評価ですが、お世辞にも、よく出来た話とは言えません。 先に、火星についての科学的説明や、火星環境体験を済ませてしまい、その後、夢での火星旅行にして、目覚めて、おしまいにすれば、纏まりが良かったのに。

  猫と犬ですが、何の説明もなく、最初から、喋りまくります。 服も着ています。 猫ならでは、犬ならではの言動もありますが、動物の特殊能力を活かすような場面は、ほとんど、ありません。 人間に代えて、少年の、妹・弟にしても、話が成り立たないわけではありません。 なぜ、猫・犬にしたのか、ちと、分からないところです。 ちなみに、動物だからといって、ひどい目に遭わされたりはしないので、ご安心を。

  重箱の隅を突つくようですが、火星人が作ったロケットを盗んで、火星から逃げ出すのは、いかがなものか。 外国なんか、荒しまくっても構わないというのは、帝国主義的発想そのものでして、戦後感覚からすると、ちと、引いてしまいます。 別に、火星人から迫害されていたわけではないのですから、盗まなくても、頼めば、帰る手段を講じてくれたと思うのですがねえ。 もっとも、全て、夢の中の話なのですが・・・。


  小松左京さんは、初期に漫画も描いていて、何かの本に収録されていたのを、少し読んだ事がありますが、絵のタッチは、この作品のそれに、よく似ていました。 もろ、影響を受けていたんでしょうねえ。 手塚治虫さんのタッチも、通じるところがあるかなあ。 松本零士さんは、全く違います。 筒井さんも、漫画を描いていますが、ヘタウマ・タイプで、全く違います。 そもそも、この四方を、同列に論じるのに、無理がありますが。




  以上、4冊です。 読んだ期間は、2024年の、

≪山荘の死≫が、3月23日から、25日。
≪鉄仮面 上・下≫が、4月4日から、10日。
≪死美人≫が、4月14日から、16日。
≪火星探検≫が、4月27日と、30日。

  ≪山荘の死≫は、違いますし、≪死美人≫は、≪鉄仮面≫と同じ作者というだけで借りたものですが、≪鉄仮面≫と、≪火星探検≫は、筒井さんの、≪漂流≫で紹介されていたもの。 何年か前に、≪漂流≫を読んだ時に、紹介されている作品を書き出しておいたのですが、それに従って、図書館にある本を借りるようにしたら、読書意欲が、少し持ち直しました。 筒井さん、様様ですな。