2019/04/28

読書感想文・蔵出し (47)

  読書感想文です。 横溝正史作品が続きますが、清水町立図書館の横溝作品を全部読んでしまった関係で、今回から、同図書館にあった、松本清張作品が挟まります。 まあ、三冊でやめて、その後、三島市立図書館へ移ってしまうのですが・・・。




≪ペルシャ猫を抱く女≫

角川文庫
角川書店 1977年11月10日/初版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 中編1、短編8の、計9作を収録しています。


【ペルシャ猫を抱く女】 約26ページ
  1946年(昭和21年)10月、「キング」に掲載されたもの。 1947年(昭和32年)12月に発表された金田一物の短編、【○○扇の女】の元になった話。 その後、更に書き改められて、長編にもなっています。

  ある村で、旧家の娘が、寺の若い僧侶から、自分の先祖に毒殺魔の女がいたと知らされる。 自分にそっくりの肖像画まで見せられて、呪われた血統に恐れ戦くが、実は、それは、娘に懸想した僧侶の陰謀で・・・、という話。

  基本アイデアは、【○○扇の女】と全く同じです。 そして、元の話だけあって、こちらの方が、纏まりがいいです。 長編化した方は、尾鰭をくっつけて、引き伸ばしたわけですが、このオリジナルと比べると、尾鰭が、尾鰭として、はっきり分かってしまいます。 ただ、どちらが面白いかと言うと、長編の【○○扇の女】の方が、尾鰭部分の描きこみに迫力がある分、一段、上です。


【消すな蝋燭】 約30ページ
  1947年(昭和22年)10月11日、「旬間ニュース」に掲載されたもの。 タイトル中の「蝋」は、本来、旧字。

  ある村で、祈祷師の老婆が殺される。 自分の想い人の男が犯人ではないかと心配した若い娘が、警察が来る前に、現場に入り、擬装工作を行なうが、そのせいで、逆に、男の容疑が深くなってしまう。 知恵者の僧侶が、謎を解き、真犯人をつきとめる話。

  赤と緑の区別がつかない人物が犯人というパターン。 トリックも使われていますが、不発で終わります。 関係者が死んでしまった何年も後に、娘の叔母が、昔話として語る形式に趣きがあり、トリック・謎の部分は、オマケのような感じですが、そこそこ融合していて、水と油というほどではないです。

  シンプルな謎・トリックを用いつつ、描き込みで完成度を高めた推理物短編としては、傑作と言ってもいいんじゃないでしょうか。


【詰将棋】 約26ページ
  1946年(昭和21年)11月、「新日本」に掲載されたもの。

  山村に疎開していた高名な法学者が、自分に詰将棋を教えてくれた弟子に、詰将棋の難問を出しては、解かれてしまうという戦いを続けていた。 ある時、弟子の死体が川で発見され、他の殺人事件で手配されていた男が疑われるが、実は・・・、という話。

  「詰将棋に執着し過ぎて、人生を誤った」というのがテーマで、謎はあるものの、推理小説としては、本道とは言えません。 枠を借りただけですな。


【双生児は踊る】 約72ページ
  1947年(昭和22年)3・4・5月、「漫画と読物」に分載されたもの。 これは、後に、金田一物に書き改められて、【暗闇の中の猫】になっています。 そちらは、64ページで、むしろ、オリジナルの方が長いです。

  かつて、銀行強盗が捕えられた場所に出来たキャバレーに、奪われた金が隠してあると目されている。 捕まった時の怪我が元で、記憶喪失になった男を、刑事達が連れて来たところ、突然、灯りが消えて、その間に、男が射殺されてしまう。 どうやって、暗闇で狙いを定めたのか、男が最後に口にした「暗闇の中の猫が狙っている」という言葉は、どういう意味かなどを、双子のタップ・ダンサー、夏彦と冬彦が解く話。

  基本アイデアは同じですが、【暗闇の中の猫】よりも複雑で、ちと、分かり難いところもあります。 話は入り組んでいる癖に、トリック・謎が、子供騙しでして、大して面白くはないです。 襲撃を防ぐのに、上着を盾にする人がいますかね? スペインの闘牛じゃあるまいし。

  夏彦・冬彦の素人探偵コンビは、【双生児は囁く】でも、出て来ました。 他にも、登場作品があるんですかね? この二人も、戦後作品の探偵役で、もしかしたら、金田一を、僻地担当、夏彦・冬彦を、都会担当と、使い分けるつもりだったのかも知れませんが、夏彦・冬彦は、スマートなだけで、誠実さが感じられないので、使い勝手が悪く、すぐに、お役御免になってしまったのかも知れません。


【薔薇より薊へ】 約24ページ
  1947年(昭和22年)1月、雑誌「漫画と読物」に掲載されたもの。

  映画監督の後妻に入った元女優が、7年後、夫の本の間から、「薔薇から薊へ」と書かれた手紙を発見する。 結婚前に自分と夫の間で使っていた秘密の名前だったが、よく見ると、自分が書いた物ではなかった。 夫が浮気相手と、自分を殺す計画を立てていると知った妻は、刺し違える覚悟で、罠をしかけるが、実は・・・、という話。

  【孔雀夫人】に似た話ですが、成りすましは使われておらず、もっと、シンプルです。 この、妻の告発に、嘘が含まれているせいで、推理しながら読むのは不可能です。 話の筋を追って、「ああ、そういう事なのか」と思う事だけしかできません。 いわゆる、アンフェアに属する書き方ですな。 短いですし、目くじら立てるほど、内容の濃い作品ではないですけど。


【百面相芸人】 約22ページ
  1947年(昭和22年)1月、「りべらる」に掲載されたもの。 この作品の登場人物は、約一年後に、「月間読売」に連載された、【びっくり箱殺人事件】にも、顔を出します。

  顔面模写の技能をもった芸人が、妻に行動を監視されている男に頼まれて、男が浮気を働いている間、本人に成りすまして、アリバイ工作をする仕事を引き受ける。 ところが、男がやったのは、浮気ではなく、妻の殺害だったと分かり・・・、という話。

  ショートショート的な趣きの作品。 うまく纏まっているような、そうでもないような・・・。 依頼人を尾行していた探偵と、顔面模写芸人が同一人物だった、というのを、後から書くのは、意外な結末と言うよりは、ズルなのでは?


【泣虫小僧】 約38ページ
  1947年(昭和22年)10月、「サンデー毎日特別号」に掲載されたもの。

  浮浪児の少年が、トマトや南瓜を盗みに入った先で、その家に住む女が殺されているのを発見する。 財布を盗んで逃げたが、その財布は、その女に恨みがある女学生の物で、二人とも、警察に連れて行かれる。 ところが、実は、犯人は別にいて・・・、という話。

  犯罪がモチーフですが、推理物と言うには、中身が薄過ぎ。 むしろ、人情物として読んだ方が、素直に楽しめます。 横溝さんの世代なら、戦後の浮浪児を、実際に見た事があったと思うのですが、些か、純朴過ぎるキャラ設定と言うべきか。 リアリティーよりも、彼らへの哀れみを前面に出したかったのかも知れません。


【建築家の死】 約8ページ
  1947年(昭和22年)4月、「真珠」に掲載されたもの。

  ある建築家が、自分の腕の宣伝目的で、自ら建てた、カラクリ屋敷のような家の中で、死体で発見される話。

  ページ数を見ても分かると思いますが、小説というより、小話です。 しかも、全然、笑えません。 それ以前に、話になっていません。 「こんな枚数で、推理物が書けるか」と、不貞腐れて書いたのでは?


【生ける人形】 約17ページ
  1949年(昭和24年)8月、雑誌「苦楽」に掲載されたもの。

  奇態を売りにしてサーカスに出ている男が、あるキャバレーで、映画女優に刺殺され、その女優も、自分の心臓を刺して死んだ。 女優が生前に、ある人物に告白していたところでは、最近、何者かに、かどわかされ、その女優と、刺殺された男にそっくりな人物が出てくる、卑猥な映画を見せられたという。 告白された人物が、女優の犯行動機を推し量る話。

  話になっていません。 思いついた場面を、そのまま文章に書いただけ、という感じです。 もしかしたら、作者が、夢に見た内容なのでは? 



≪幽霊座≫

角川文庫
角川書店 1973年9月/初版 1976年8月/11版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年ですな。 寄贈本ではなく、横溝正史ブーム中に、図書館で買ったものと思われます。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 中編2、短編1の、計3作品を収録しています。


【幽霊座】 約108ページ
  1952年11月・12月に、雑誌「面白倶楽部」に連載されたもの。 

  昭和10年、劇場造りの芝居小屋、「稲妻座」で、専属一座が、歌舞伎、≪鯉つかみ≫を上演中に、主役の花形役者が姿を消し、そのまま失踪する事件が起こる。 戦争を挟んで、17年後、失踪した役者の息子が主役となって、同じ演目がかけられるが、出番直前に、楽屋に差し入れられたチョコに中ってしまう。 急遽、彼の叔父が代役に立ったものの、予期せぬ事態が発生し・・・、という話。

  実際には、もっと、登場人物が多くて、複雑です。 歌舞伎がモチーフになっていて、出だし、その世界に入っていくのに、少し抵抗がありますが、100ページ程度の長さですから、恐れるほど、奥が深くなっているわけではないです。 金田一耕助が、早くから関わって来て、自然に案内役を務めてくれるから、安心して読めます。

  でねー、この話、面白いんですよ。 「失踪者の友人だった役者が、戦時中、慰問に行った満州で、失踪者の姿を見かけた」という話が出てくる辺り、ゾクゾクします。 過去の因縁が、大変、うまく取り入れられていて、効果を上げているわけですな。 17年前と、現在の配分が良いおかげで、取って付けたような因縁話になっていないところが、優れています。

  犯人は、相当には意外な人物で、それが分かってから、ちゃんと、伏線が張ってあった事に気づくという、これまた、教科書的に、よく練られた話なのです。 教科書的と言っても、馬鹿にしているわけではなく、そう感じさせる、折り目正しい作品は、なかなか、書けるものではないです。

  この作品は、古谷一行さん主演で、1997年にドラマ化されているようです。 私は、見ていません。 是非、見てみたいもの。


【鴉】 約62ページ
  1951年7月に、雑誌「オール読み物」に掲載されたもの。

  岡山の山村にある、神社と湯治場を運営している旧家にて。 三年前に失踪した娘婿が、残して行った置き手紙の予告通り、戻って来た形跡があるのだが、なかなか、人々の前に姿を現さない。 磯川警部の計略に嵌まって、事件に巻き込まれた金田一が、関係者の嘘の証言を見抜き、三年前の失踪の謎を解く話。

  旧家の因習ドロドロで、金田一耕助と磯川警部の組み合わせとしては、王道を行く設定ですな。 屋敷の中に、石蔵造りの社殿があり、そこが、失踪事件の舞台装置になります。 トリックはありますが、機械的なものではないです。 そちらの方は、別に目新しさはないのですが、雰囲気だけでも、何となく、嬉しくなってしまいます。

  60ページくらいの作品としては、中身が濃密で、読後に、充足感を覚えます。 この作品は、古谷一行さん主演、≪黒い羽根の呪い≫というタイトルで、ドラマ化されているようです。 なるほど、この話なら、金田一物のドラマとして、うってつけです。 私は、未見ですが。


【トランプ台上の首】 約129ページ
  1956年1月に、雑誌「オール読み物」に掲載されたもの。 この作品は、私が、1995年9月頃に買い集めた本の一冊、春陽文庫の≪横溝正史長編全集18≫にも収録されていて、そちらで、2回、読んでいます。 今回で、3回目になりました。

  隅田川沿いの集合住宅へ、水上から惣菜類を売りに来ていた男が、お得意の女性客が住んでいる部屋を覗き込んだところ、その女の生首がテーブルの上に置かれているのを発見する。 首から下の体が見つからず、犯人が何の為に首だけ残して行ったのか分からずに、捜査陣が混乱する中、金田一耕助が突破口を開く話。

  被害者の身元を分からなくする為に、犯人が、首だけ持ち去るというのは、よくあるパターンですが、この作品のアイデアは、その逆のパターンになります。 「首なし死体物を、逆にして、推理小説が成立するか?」という命題に対する、横溝正史さんの回答になっているわけですな。 そういう点で、特別な作品という事になります。

  アイデア勝負の話で、しかも、確実に、成功しています。 長さも、ちょうどよくて、余計な描写もなければ、説明が不足するような事もないです。 死んだ女の過去について、もう少し、描き込む余地があるような気がしますが、それをやったら、首なし死体物の逆転という狙いが、焦点ボケを起こしてしまうかも知れません。

  この作品は、古谷一行さん主演、 古手川祐子さんゲストで、2000年に、同名ドラマ化されており、私も見た事があります。 ただし、ダブル原作で、≪黒猫亭事件≫も絡めてあるので、この作品の要素は、話の中心ではなかったと思います。



≪華やかな野獣≫

角川文庫
角川書店 1976年8月/初版 1976年10月/3版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年ですな。 寄贈本ではなく、横溝正史ブーム中に、図書館で買ったものと思われます。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1、中編2の、計3作品を収録しています。


【華やかな野獣】 約136ページ
  1956年(昭和31年)12月に、「面白倶楽部」に掲載されたもの。

  父親の遺産を兄と分け合い、横浜の屋敷をもらった女が、ホテル風に作られている、その屋敷に、夜な夜な、大勢の男女を招いて、「気に入った相手と、部屋にしけこみ自由」というパーティーを催していた。 ある晩、その女主人が殺され、更に、その相手をしていたと思しき男も死体となって発見される。 ボーイに変装して、パーティーを監視していた金田一が、神奈川県警の刑事達と共に、謎を解く話。

  「一晩に、相手を変えて、何人も・・・」という参加者もいるようで、何とも、淫靡なパーティーですなあ。 こういう本が、学校の図書館になかったのも、頷ける。 だけど、横溝さんの作品で、どんなに淫靡な設定が凝らされていても、読んでいて、性的興奮を感じるような事はないです。 そもそも、推理小説なのだから、狙いが違うわけで、当然ですけど。

  トリックの方は、物体的なもので、さして面白くはないです。 謎も、解けてしまうと、意外と言えば意外ですが、読者側には、推理のしようがないような事でして、あまり、面白いとは言えません。 しかし、舞台設定の淫靡さから、何か起こるんじゃないかという期待を感じさせられるせいか、話の雰囲気は良いです。

  金田一が、ホテルのボーイに化けて出て来るのは、ご愛嬌。 この人、1954年の【幽霊男】でも、リゾート・ホテルに、ボーイに化けて潜入していましたが、たぶん、そのお遊び設定が、読者や編集者に、ウケたんでしょうな。 で、再度、ボーイ姿で登場させたのではないかと思います。


【暗闇の中の猫】 約66ページ
  1956年(昭和31)6月に、「オール小説」に掲載されたもの。 元になったのは、1947年発表の【双生児は踊る】。

  かつて、銀行強盗が捕えられた場所に出来たキャバレーに、奪われた金が隠してあると目されている。 捕まった時の怪我が元で、記憶喪失になった男を、刑事達が連れて来たところ、突然、灯りが消えて、その間に、男が射殺されてしまう。 どうやって、暗闇で狙いを定めたのか、男が最後に口にした「暗闇の中の猫が狙っている」という言葉は、どういう意味かなどを、易者に変装していた金田一耕助が解く話。

  金田一と等々力警部が、最初に出会った事件という事になっていますが、だいぶ後になって書かれた作品でして、実際の初顔合わせは、1951年の【悪魔が来りて笛を吹く】辺りなんじゃないでしょうか。 等々力警部だけなら、戦前から、警察の代表みたいな役所で、ずっと、横溝作品に登場しています。

  人物相関が複雑な割に、話の肝は、「暗闇の中で、どうやって、銃の狙いをつけたか」という、そのトリックに尽きるところがあり、推理小説としては、食い足りないです。 トリック自体が、子供騙しの部類でして、金田一が名探偵でなくても、気づいて当たり前。 気づかない警察の面々を、ボンクラにし過ぎています。


【睡れる花嫁】 約50ページ
  1954年(昭和29年)11月、「読切小説集」に掲載されたもの。 元のタイトルは、【妖獣】。

  結核で死んだ妻を死後も愛撫していた罪で服役し、出所して来た男が、自分のアトリエの近くで、警官を刺殺して逃げた。 アトリエの中には、死後に愛撫された別の女の死体があり、同様の事件が、その後、相次いで起こる。 あるバーの関係者が事件に関っていると睨んだ金田一が、捜査を進め、犯人をつきとめる話。

  横溝作品では、アトリエが、よく、舞台になります。 アトリエと死体は、相性がいいらしい。 死体が似合いそうな殺害場所を、まず考えて、そこから、話を膨らませて行けば、面白い作品になる可能性がありますな。 全く死体が似合わない場所で死体が発見されるのも、落差があっていいですが、雰囲気的には、齟齬が出るのを避けられません。

  犯人は意外な人物ですが、これも、読者には情報が知らされないので、推理して分かるという事はないです。 憶測であれば、大体、見当がつきますけど。 金田一が、警察を尻目に、ポンポンと捜査を進めてしまうので、一見、名探偵が大活躍する話のように感じられますが、実際には、警察の方を平均より無能にして、探偵の能力を相対的に持ち上げているだけです。



≪火と汐≫

文春文庫
文藝春秋社 1976年2月25日/初版 1978年9月15日/7版
松本清張 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和56年5月21日」のスタンプあり。 昭和55年は、1981年。 カバーはないです。 中編1、中編3の、計4作を収録しています。


【火と汐】 約116ページ
  1967年(昭和42年)11月、「オール読物」に掲載されたもの。

  夫が、油壺と三宅島を往復するヨットレースの出場している数日の間に、浮気相手と京都へ旅行に行っていた妻が、大文字焼きの見物中に姿を消し、その死体が、浮気相手の住居の近くで発見される。 当初、浮気相手の男が疑われるが、二人の刑事が、夫の方が動機が強いと当たりをつけ、殺害時刻に海の上にいたという鉄壁のアリバイを崩そうと試みる話。

  この話、ドラマ化されたものを見た事があります。 1996年と2009年で、2作あるようですが、どちらを見たのかは、忘れてしまいました。 他に、西村京太郎さんの≪赤い帆船≫の中に、この作品そのものが小道具として登場した事で、より強く、印象に残っています。 ちなみに、タイトルの「汐」は、ヨット・レースの事ですが、「火」というのは、大文字焼きの事。

  ネタバレしていても、充分面白いから、書いてしまいますが、海の上にいたのだから、京都へ行けるわけがないのに、そこを、巧みなトリックを使って、行き来を可能にしたというのが、作品の特徴です。 鉄道の時刻表トリックのアレンジと言えば言えますが、舞台を海の上に移し、空路まで絡めて、「ありえなさ」をより増幅した事で、読者の意表を衝く事に成功しています。

  面白いのですが、結末が、逮捕に至らないのは、ちと、釈然としないところ。 こんな幕切れを選ぶ人間なら、そもそも、こんなに凝った計画殺人なんて、目論まないでしょうに。 離婚してしまった方が、遥かに、賢いです。


【証言の森】 約58ページ
  1967年(昭和42年)8月、「オール読物」に掲載されたもの。

  昭和10年代後半、妻殺しの容疑で逮捕された男が、容疑を否認したり、認めたり、何度も証言を修正した挙句、結局、起訴されて、有罪判決を受け、刑務所送りになる。 その後で、自分が真犯人だと出頭してきた男がいたが、警察に取り合ってもらえないまま・・・、という話。

  これは、面白い。 全体の9割くらいは、冤罪物の趣きで、夫の境遇に同情し、警察や司法関係者のいい加減さに、義憤を感じているのですが、終わりの1割で、作者の意図が分かると、一転、冤罪だろうが、そうでなかろうが、全くどうでもよくなってしまいます。 これは、鮮やかだわ。 価値観が、180度引っ繰り返るのだから、こんな小説は、なかなか、ありません。


【種族同盟】 約58ページ
  1967年(昭和42年)3月、「オール読物」に掲載されたもの。

  旅行客の女を、暴行殺害した容疑で、旅館の番頭兼雑用係をしている男が逮捕される。 その国選弁護を引き受けた弁護士が、過去にイギリスで起こった判例を参考に、男の無実を主張して、裁判に勝ち、その後、男を自分の事務所に雑用係として雇ってやるが、男の態度が、だんだん図々しくなって来て・・・、という話。

  ネタバレさせてしまいますと、被告が真犯人なのに、たまたま、そっくりな事件の判例があったせいで、それに倣って、無罪にしてしまい、後で真相が分かって、とんでもない事になるという流れです。 皮肉な結末は、松本清張作品の特長ですな。 面白いのですが、その後どうなったのかを書いていないのが、少し物足りないです。


【山】 約62ページ
  1968年(昭和43年)7月、「オール読物」に掲載されたもの。

  温泉宿に逗留していた元新聞記者の男が、近くの山奥で、女の死体を発見し、その関係者と思われる人物を目撃する。 その後、旅館の仲居と連れ立って東京に出た男が、たまたま、山の中で見た死体の関係者の正体を知り、恐喝して出資させた金で、雑誌を立ち上げ、その編集長に納まる。 さらに金を引き出すつもりで、雑誌の表紙に、その山の絵を出したところ、死体の女の姉が、たまたま、その絵を目にして・・・、という話。

  松本清張さんの短編で、最も有名な作品に、【顔】(1956年8月発表)というのがありますが、思いもしないところから、過去の犯罪が露見するというアイデアは、ほぼ、同じです。 アレンジすれば、同じアイデアで、いくらでも、同種の短編を作れると思いますが、松本清張さん以外の人間がそれをやると、「これは、【顔】のアイデア盗用だね」の一言で、片付けられてしまうでしょう。

  この作品について言うなら、アレンジの設定が複雑過ぎて、逆に、不自然になっているところが目立ちます。 綻びの発端は、意外であればあるほど効果的とはいえ、その為だけに出した登場人物が三人(雑誌の記事の執筆者/若い編集者/画家)もいて、キャラの中途半端な描き込みが、鬱陶しく感じられます。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2018年の、

≪ペルシャ猫を抱く女≫が、12月5日から、8日にかけて。
≪幽霊座≫が、10月8日から、10日。
≪華やかな野獣≫が、10月11日から、12日。
≪火と汐≫が、12月9日から、12月14日にかけて。

  今回の4冊ですが、読んだ順ではないです。 誤って、≪幽霊座≫と、≪華やかな野獣≫の感想文を消してしまい、先に感想文を出している日記ブログの方で、その2冊を抜かしたままアップした事に、後になって気づいて、感想文を復元したのです。 こちらへは、日記ブログに出した順に出しているので、読んだ順が前後するという事態が発生した次第。


  前回、「これから、横溝正史作品を買って読んでみようと考えている方々は、角川文庫なら、新刊でも古本でも、新版の方を買っておいた方がいい。 文字サイズが大きく、文字間・行間が広くて、旧版より、ずっと読み易いから」と書きましたが、それに関連して・・・。

  先日、たまたま、函南にある戸田書店に行ったら、横溝作品の角川文庫で、杉本一文さんのカバー絵が復刻された新版が、6作品、並んでいるのを見つけました。 帰ってから、調べてみたら、その6冊については分からなかったものの、「2012年に、新版の25冊分が、杉本一文カバー絵で、限定復刻された」という情報を得ました。

  そういうものが、もし、手に入るのなら、一も二もなく、それを買った方がいいと思います。 新版で読み易い上に、カバー絵が杉本一文作品なら、言う事がないではありませんか。 ただし、今現在、新刊で手に入るのは、6冊だけで、2012年に出た分は、まだ、中古市場に出て来ていないと思いますけど。

  ちなみに、私が見た6冊は、メジャー長編が4冊と、金田一ものではない、≪真珠郎≫と、≪鬼火(蔵の中)≫の2冊が含まれていました。 値段は、平均して、700円くらい。 全部買うと、4200円前後で、結構な値段になってしまいますが、それでも、普通の新版の、カバーが書のものよりは、遥かに、価値が高いです。

  そもそも、なんで、書に変えたのかが、分からない。 売れ行きが落ちてきたから、カバーを新しくしたというのは分かりますが、杉本作品と比べて、書が、著しく価値が落ちるというのは、横溝ファンはもちろんの事、ファンでない人達でも、十人中十人がそう思うに決まっており、書の方がいいと言う人は、多く見積もっても、100万人くらいに、一人くらいでしょう。 書に変えた結果、もっと、売れ行きが落ちたと思うのですがねえ。

  限定なんて言ってないで、とりあえず、現行で売っているもの全て、カバーを杉本作品に戻して欲しいです。 戻せば売れるものを、意地でも戻さないという、経営判断が理解できない。 儲ける気がないんでしょうか?  

2019/04/21

読書感想文・蔵出し (46)

  読書感想文です。 横溝正史作品が続きます。 今現在、清水町と三島市の図書館にある横溝作品を読み尽くし、沼津の図書館に戻って、相互貸借で、角川文庫版の読み残しを取り寄せてもらって、読んでいますが、まだまだ、先は長そうです。




≪夜光虫≫

角川文庫
角川書店 1975年8月30日/初版 11月20日/4版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1作を収録しています

  戦前の作品で、1936年(昭和11年)11月から、1937年6月まで、「日の出」に連載されたとの事。 「日の出」が雑誌なのか、他の何かなのかは、分かりません。 角川文庫の方は、ブーム前なので、初版から一年以上経っているのに、まだ、4版に過ぎません。 ブームが起きた後の、人気の凄まじさが、逆に際立ちますな。


  片方の肩に、人面瘡がある美少年が、警察に追われたり、障碍者の集団に襲われたり、ゴリラのような男に攫われたりしながら、言葉を喋れない許婚者に巡りあい、親同士に怨恨がある事を知る。 一方で、彼の叔父に当たる男が、彼の父が隠している財産を狙って、美少年をつけ狙う話。

  戦前の横溝作品の典型で、耽美主義の草双紙趣味、全開です。 ≪黒蜥蜴≫的な話よりも、もっと、めそめそした感じ。 エネルギッシュなのは、悪玉の方で、実質的主人公の美少年は、運命に流されるままで、自発的に何をしよう、何がしたいという積極性が感じられません。 別に、特段の美少年、美少女である必要はないのですが、そうしてしまうのが、耽美主義の耽美主義たる所以なんでしょうなあ。

  目まぐるしく場面が変わり、活劇としては、極めて、躍動的。 都会を舞台にした、冒険物と言ってもいいです。 メインの謎が、宝探しだから、尚の事、そう感じます。 まだまだ、読書人の層が薄くて、この種の、簡単に読めて、ページがスイスイ進む小説が受ける時代だったんでしょうなあ。 歓迎していたのは、今で言えば、ラノベの読者層に近いと思います。

  ちなみに、≪夜光虫≫というタイトルから、「何か特別な昆虫が、謎に関わって来るのだろう」と思う人は、大変多いと思います。 私もその一人でした。 しかし、話の内容は、特別も平凡もなく、昆虫とは、金輪際、何の関係もありません。 連載長編だから、話が段々、タイトルから、ズレて行ってしまったんでしょう。 昆虫が一匹たりとも登場しない点、≪吸血蛾≫の上を行きます。

  以上。 短いですが、これ以上、感想の書きようがないです。 一口で言ってしまうと、私は、こういう話を真面目に読む気にならないのですよ。 子供騙しとしか思えないのです。 こういう作品を書いていた人が、戦後からは、打って変わって、本格推理小説を書き始めたという、それが、驚きです。



≪○○扇の女≫

角川文庫
角川書店 1975年10月30日/初版 11月30日/2版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1、中編1の、計2作を収録しています。

  本のタイトルですが、○○としたのは、差別用語が使われているから。 国交回復前に発表された作品だから、作者や編集者に、差別用語という認識はなかったと思いますが、今では、その言葉を使うのは、差別意識がある人間だけになってしまったので、スルーしかねます。 ちなみに、表題作の内容と、○○扇には、どうしても、それでなければならないという関係はありません。


【○○扇の女】 約180ページ
  1957年(昭和32年)12月に、雑誌「太陽」に掲載された短編を元に、1960年7月に、長編に書き直されて、発表された作品。 戦後すぐに、本格推理小説で再登場し、業界を牽引して来た横溝さんも、15年も経つと、作品数が極端に減り、過去の作品の手直しにエネルギーを割くようになっていたとの事。 短編を、中長編に書き改めるのも、その仕事の一つ。

  ≪明治大正犯罪史≫という本に、「○○扇の女」という一章があり、そこに紹介されている明治19年の毒殺魔、八木克子の子孫に当たる女が、昭和32年に、夫の前妻の母親と、家政婦の娘を殺した嫌疑をかけられる。 その後、夫や、夫の仕事仲間の画家が、「○○扇の女」というタイトルの贋作絵画に絡んで、容疑者となるが、実は、犯人は・・・、という話。

  こんな梗概じゃ、何も伝わりませんな。 この作品、短編だったのを、長くしただけあって、二重三重に、捻ってありまして、簡潔な梗概で、中身を説明するのは、難しいです。 短い作品を、長くする場合、会話を多くしたり、描写を細かくしたりして、水増しする方法と、ストーリーを捻って、別の展開にする方法がありますが、この作品は、たぶん、後者なのでは。

  捻り過ぎで、却って、ピンと来ない話になってしまっているのですが、いいところもあります。 冒頭近くに出て来る、自殺を止める場面や、死体発見の場面が、迫真の描写で、弥が上にも引き込まれるのです。 ゾクゾク感が凄まじく、ここだけで、傑作と言ってもいいくらい。 横溝作品全てを見ても、他に、このレベルのゾクゾク感を備えている場面を思いつきません。

  だけど、死体発見の場面は、どんな推理小説でもあるのであって、この作品でなくても、付け替えが利くような場面だと言えば、当然、言えます。 ラストの、捕り物場面は、尚の事で、大抵の推理小説には、犯人逮捕の場面がありますから、流用可能。 そういったパーツを集めて、作品が出来上がっているわけですな。

  犯人の動機は、性格的なもので、特殊な性格でなければ、起こりえなかった犯罪なわけですが、自分を苛めた相手に対する、単なる反発にしては、起こした事件が凶悪過ぎるのでは? 家政婦の娘なんて、憎い相手と、ほとんど関連がないのに、殺したって、意味がないではありませんか。 可哀想に・・・。 話を弄っている間に、こんがらがって、倫理観が麻痺してしまったのかも知れませんな。


【女の決闘】 約75ページ
  この作品は、解説に、発表年月が、記されていません。 金田一が、緑ヶ丘荘のアパートに移り住んでから間もない頃らしいので、戦後すぐではないわけですが、後々になってから、作中の年月だけ遡って書く場合もあるから、この程度の手がかりでは、書かれた年月を特定する役には立ちませんな。

  オーストラリアに帰る外国人夫妻の送別パーティーに、緑ヶ丘在住の有名人士が集まった席で、ある作家夫妻と、その夫が捨てた前妻が鉢合わせする。 どうやら、前妻は、偽の招待状で呼ばれたらしい。 パーティーの最中、現在の妻が、毒を盛られて倒れ、金田一の救急処置で一命を取りとめる。 その後、今度は、別の人物の送別パーティーの後、作家本人が毒殺され、一緒にいた前妻が疑われるが、実は・・・、という話。

  以下、ネタバレ、あり。

  2時間サスペンスや、刑事物、弁護士物ドラマなどで、よく見られる、ゴースト作家物です。 才能が涸れた有名芸術家が、別の人物に代作を頼んでいたのが、その関係がこじれて、事件が起こるというもの。 この作家、「美しい外貌につつまれたデクノボウ。 中はガランドウの美しい容器」という、身も蓋もない形容をされています。 前妻も、現在の妻も、外見に騙されて、能なしと結婚したわけだ。 まったく、人は見た目が九割とは、よく言った。

  最初のパーティーの主催者である、オーストラリアへ帰る外国人夫妻というのは、別に、あってもなくてもいいような設定で、むしろ、ややこしくなる分、ない方がいいような気もするのですが、読者の目晦ましにする容疑者を多くする為に、入れたのかも知れませんな。 一応、その夫婦の妻の方の手紙による証言で、真相が分かるという流れになっていますが、他の誰でも構わないような役回りです。

  ゾクゾクするところもなく、これといったトリックもなく、推理物としては、二級品です。 パーティーの雰囲気を楽しむのなら、読む価値がない事もないですが、普通のホーム・パーティーなので、そんなに、興味深い事が書いてあるわけではありません。



≪双仮面≫

角川文庫
角川書店 1977年10月30日/初版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 1977年の初版本なのに、1980年に買われたというのは、不思議ですな。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1、短編2の、計3作を収録しています。


【双仮面】 約166ページ
  1938年(昭和13年)7月から、12月にかけて、雑誌「キング」に連載されたもの。 解説によると、戦争の影響で、娯楽小説への圧力が高まりつつあった時代に、横溝さんだけが、軍部に媚びない探偵小説を書き続けていたのだそうです。

  風流騎士と名乗る怪盗が、成金富豪のイベント・パーティーに現れて、富豪を殺し、黄金の帆船模型からダイヤを奪って行く。 その顔は、富豪の孫の恭介と全く同じだった。 犯人が、恭介なのか、風流騎士なのか、分からないまま、来日中のアラブの殿下が絡み、話は縺れて行く。 やがて、由利先生のところへ持ち込まれた、仏像に纏わる奇妙な依頼から、犯人が炙り出されて来る話。

  とても、暗い時代に書かれた小説は思えない、ど派手ぶり。 横溝さん一人で、世相の暗さを吹き飛ばそうと、頑張っていたのでは? 目まぐるしいばかりに、次々と舞台が変わり、講談調に、話がポンポン進みます。 活劇が好きな人には、こたえられないと思います。 私は、本格物の方がゾクゾクするので、こういうのは、ちょっと・・・、という感じですけど。

  だけど、時代背景を考えると、この作品を、ストーリーが行き当たりばったりだとか、モチーフがありきたりだとか、そういう言葉で片付けるのは、気が引けますなあ。 1938年に、こういう作品を発表していたというのは、作家も、編集者も、大変な勇気が要ったと思います。 軍部に阿るのは簡単だったのに対し、その逆は、命がけだったでしょうに。

  そうそう。 由利先生は出て来ますが、三津木俊助は、出て来ません。 他に、青年の登場人物が多いから、役を割り振れなかったのでしょう。


【鸚鵡を飼う女】 約36ページ
  1937年(昭和12年)4月、「キング増刊号」に掲載されたもの。

  三津木俊助が行きずりの男と共に、第一発見者となった、男女二人の殺人事件があった家に、奇妙な言葉を発する鸚鵡が飼われていた。 男女二人の腕に彫られていた百足の刺青と、鸚鵡の言葉から、由利先生が、謎を解き、犯人を見抜く話。

  ごくごく、短い作品。 その割には、中身が濃いです。 鸚鵡の言葉が、実は、中国語で、ある謎を解く鍵になっています。 歌舞伎役者の博多人形が絡んでいるところが味噌で、ゾクゾクするという程ではないですが、暗号解読物的な面白さがあります。


【盲目の犬】 約35ページ
  1939年(昭和14年)4月、「キング増刊号」に掲載されたもの。 だいぶ、差し迫った時代になって来ましたな。 ちなみに、対米開戦は、1941年12月で、まだ先ですが、対中戦争は、ずっと継続中で、軍部が、我が物顔で国を動かす時代になっていました。

  日頃、飼っている大型犬を苛め、目まで潰してしまった主が、ある時、犬に噛まれて、顔かたちが分からない姿で発見される。 犬を使った自殺ではないかと推測されたが、事情は、もっと複雑で、たまたま関わり合いになった、由利先生と三津木俊助が、謎を解く話。

  顔が分からない死体というだけで、どんな話か分かってしまいますが、そのまんまの話です。 動機の方が捻ってあるのですが、そういう話は、どうも、無理やりというか、不自然な印象になりがちですねえ。 「そういう人間もいる」と言われてしまえば、それまでですけど。

  犬は、目を潰された上に、撃ち殺されてしまいます。 戦前の事とて、犬は家畜扱いでして、生かすも殺すも、人間の都合次第。 ≪夜光虫≫でも、サーカスのライオンが、由利先生の手によって、当然の処置の如く、撃ち殺されてしまいますが、この作品の犬も、同様、ひどい扱いです。



≪蔵の中≫

角川文庫
角川書店 1975年8月10日/初版 1981年9月10日/22版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 購入年月日、不明。 寄贈本でもないです。 珍しく、カバーが健在ですが、かなりくたびれていて、裏表紙側の折り返しは、3分の2くらい、切れてしまっています。 勝手に直すのも、却って悪いので、丁寧に扱って、そのまま返しました。 長編1、短編5の、計6作を収録しています。


【鬼火】 約106ページ
  1935年(昭和10年)2月・3月、雑誌「新青年」に分載されたもの。

  諏訪湖の畔で育った、従兄弟同士の少年二人が、何かにつけて、張り合い、互いに病的な敵愾心を抱くようになる。 大人になってからも、画家として張り合い続けるが、一人の女性モデルを取り合う事になったのがきっかけで、犯罪が絡み、二人とも、破滅して行く話。

  大変、丁寧に描き込まれていて、少年時代の部分には、純文学的な趣きがあります。 耽美主義とは、こういう文体を言うのでしょう。 二人が大人になってからは、草双紙的なストーリーに傾いていき、横溝作品らしいというか、江戸川乱歩っぽい話になって行きます。

  まーあ、この二人のような関係は、救いようがないですわなあ。 なまじ、二人とも、学校の成績が良かったばかりに、双方の親が、子供同士の対立を利用したというから、ますます、救いようがない。 一方が、東京の美術学校に追いやられた段階で、もう一方が張り合うのをやめ、自分の人生を歩めばよかったのに、わざわざ、東京まで追いかけていって、別の美術学校に入り、自分も画家になったというのだから、もはや、敵なくしては、生きられない人間になってしまっていたわけだ。

  前半は読み応えがありますが、後半、草双紙的になってくると、急に、興味が冷めます。 列車の火災で、一人の顔が焼け爛れる辺りで、「あーあ、そういう話か」と、大体、作品のカテゴリーが分かってしまい、最後まで、そのまま進みます。

  話が入れ子式になっていて、語り手の元警察官が、主人公二人の内、一方を慕っていたという告白が、終わり近くで、突然出て来ますが、ストーリーと何の関係もないので、「なんじゃ、こりゃ?」と、首を傾げてしまいます。


【蔵の中】 約40ページ
  1935年(昭和10年)8月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  よく、蔵の中で遊んでいた、姉と弟がいた。 姉が先に、結核になって、療養先の施設で死ぬ。 その後、弟も結核になって、同じ施設へ行ったが、治りはしないものの、何とか、生きて、家に戻ってきた。 姉と遊んだ蔵の中で、望遠鏡を見つけ、蔵の窓から、外を覗いていたら、殺人を目撃してしまい・・・、という話。

  入れ子式の話で、もっと複雑なんですが、その複雑さが、面白さに繋がっていないので、単に、分かり難いだけになっています。 ただ、短い作品なので、分からん分からんで、腹が立って、放り出すような事はないです。 その前に、読み終わってしまうわけですな。

  ストーリーの眼目は、弟が他人の秘密を覗き見る、後半にあるのですが、印象に残る場面と言ったら、前半、蔵の中で、姉が弟に刺青をしようとしたり、初めて、喀血したりする、そちらですかねえ。 耽美主義と草双紙趣味を一つの作品に盛り込んだら、耽美主義の部分が圧勝する模様。

  この作品、1981年に、映画になっています。 私は、未見。 公開当時、高校からの帰り道に、その映画のポスターが貼られているのを見た記憶があります。 81年というと、横溝正史ブームは、もう、下火になっていた頃で、「こんな暗そうな映画が、受けるのかねえ?」と思ったのですが、案の定、話題になるような事はありませんでした。


【かいやぐら物語】 約20ページ
  1936年(昭和11年)1月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  たまたま知り合った少女を誘って、心中を試みた青年が、自分だけ生き残ってしまい、少女の死体を隠匿しながら、やがて、自分も病み衰えて死んで行く話。

  梗概を書いているだけで、気が滅入って来ますな。 作者本人が、結核療養していた時の経験を、そのまま書いたような部分もあり、読んでいて、気持ちの良いものではありません。

  この話も、入れ子式になっているのですが、横溝作品には大変珍しく、ファンタジー風の結末になっています。 つまり、科学的に説明できないような事が起こるわけです。


【貝殻館綺譚】 約32ページ
  1936年(昭和11年)1月、雑誌「改造」に掲載されたもの。

  たまたま起こしてしまった殺人事件を、遠くから目撃されたと思った女が、目撃した少年に近づき、奇妙なカラクリをたくさん所蔵している貝殻館という屋敷に招きいれて、殺してしまう。 館に泊まっていた男が、トリックを使って、女の罪を暴く話。

  アイデアは、この本所収の6作中、最も、推理小説的なのですが、貝殻館にあるカラクリというのが、ファンタジック過ぎて、リアリティーを損なっています。 横溝さんともあろう人が、ファンタジーと推理小説が、水と油である事に、気づいていなかったわけはないと思うのですが、そこを何とか、結合させようとした結果が、こういう作品になったんでしょうか。


【蝋人】 約48ページ
  1936年(昭和11年)4月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。 元の題名は、「蝋」が旧字です。

  元芸者で、金持ちの旦那に囲われていた女が、地方巡業中の競馬の騎手と恋仲になる。 会えない間、彼にそっくりの蝋人形を愛撫して、慰みにしていたが、やがて、それが旦那にバレてしまい・・・、という話。

  短編にしては、長い方で、ストーリーよりも、細部の描き込みで読ませようとしていて、純文学っぽいです。 それが、即、悪いとは言いませんが、描き込みが細かくなればなるほど、リアリティーが増すせいか、蝋人形という奇怪なモチーフが、子供っぽく浮いてしまうのは、問題と言わざるを得ません。


【面影双紙】 約24ページ
  1933年(昭和8年)1月、雑誌「新青年」に掲載されたもの。

  薬問屋の娘で、使用人を婿に取った女が、息子がいる身でありながら、役者と不倫関係を続けていた。 やがて、夫が失踪するが、その後、本物の人骨を使った人体模型が、その店に納められ、その骨には、夫の足の畸形的特徴が、はっきり出ていた・・・、というような話を、その息子の口から、友人が聞いて、書き記したという体裁の話。

  つまり、この時期の横溝さんは、とことん、入れ子式に拘っていたわけですな。 この話を読んで、すぐ思い当たったのが、張藝謀監督の、≪秋菊の物語≫で、話の骨格は、ほとんど、そのまんまです。 こういう、親子関係に疑惑が起こる話は、古今東西に珍しくはないから、パクリといった指摘は、的外れになってしまいますけど。

  「人体模型が、父親の骨を使ったものかも知れぬ」というところが、この話の怖さの肝なのですが、ラストになると、それが父親の骨ではなかったと取れる流れになって、せっかくの怖い設定を、作者自ら、台なしにしてしまっています。 なんで、こんなラストにしたのか、解せません。


  以上6作。 【面影双紙】を除くと、昭和10年と11年に集中しています。 横溝さんは、デビューした後、一度、結核で倒れ、しばらく療養して、復帰したのが、その頃だったのだとか。 【面影双紙】は、結核が悪化する前に書いたものですが、療養前と後というだけで、その間、休筆していただけだから、他の5作と作風が似ています。

  読後感が悪いのは、みな、同じ。 結核に侵された作者本人の絶望感が、作品にも反映したんでしょうなあ。 この後、耽美主義は低調になって、由利先生や三津木俊助が活躍する、活劇調の作品が増えて行きますが、健康がある程度回復したから、作品の方にも、活力が出て来たのではないかと思います。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2018年の、

≪夜光虫≫が、11月7日から、13日にかけて。
≪○○扇の女≫が、11月13日から、17日。
≪双仮面≫が、11月22日から、25日。
≪蔵の中≫が、11月27日から、12月2日にかけて。

  ところで、ドラマや映画などで、横溝作品に興味を持ち、これから、本を買って読んでみようと考えている方々。 角川文庫なら、新刊でも古本でも、新装版の方を買っておいた方がいいです。 文字サイズが大きく、文字間・行間が広くて、旧版より、ずっと読み易いからです。特に、歳を取ってくると、旧版の文字では、大変、厳しい。

  旧版は、杉本一文さんのカバー絵がついていて、それ自体に価値がありますが、やはり、本の中心的価値は、作品の内容にあるわけでして、文字が読めなくなってしまったのでは、もはや、本ではなく、ただの本棚の飾り物になってしまいます。 カバー絵だけなら、ネット上で見る事もできますし。

2019/04/14

読書感想文・蔵出し (45)

  読書感想文です。 清水町立図書館で借りてきた、横溝正史作品が続きます。 ちなみに、横溝作品は、未だに読み続けているので、いかに、私が読み残していた作品が多かったかが分ります。 マイナーなものばかりなので、横溝作品の批評の大勢に、変化が出る事はありませんが。 




≪吸血蛾≫

角川文庫
角川書店 1975年8月/初版 1975年12月/4版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 昭和63年(1988年)11月4日の寄贈本。 寄贈者の名前は、書いてありません。 88年では、横溝正史ブームが過ぎて、だいぶ経ってからですな。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1作収録です。

  昭和30年(1955年)、一年間かけて、雑誌「講談倶楽部」に連載されたもの。 同時進行で、≪三つ首塔≫が執筆されていたとの事。 金田一耕助が登場する長編としては、≪悪魔の寵児≫、≪幽霊男≫と同系統の、いわゆる「通俗物」で、本格推理物とは違い、サスペンスを盛り上げ、読者をハラハラさせる事を目的にした、軽い作品です。


  人気絶頂のファッション・デザイナー、浅茅文代の周辺に、ギザギザに尖った歯を持つ「狼男」が現れ、彼女の専属モデル達を、次々と殺して行く。 髪の色が白いだけで、狼男そっくりの顔を持つ、昆虫研究者が暗躍し、事件が不可解な方向へ流れる中、金田一耕助と等々力警部一味が、まんまと犯人にしてやられ、二桁に達せんばかりの犠牲者を出す話。

  以下、ネタバレ、あり。

  一年間も連載していただけあって、ごちゃごちゃしています。 複雑な話、というより、煩雑な話。 おそらく、大体のストーリーを決めてから、書き始めたものの、回が進む内に、惰性で書き繋ぐ形になってしまったんじゃないでしょうか。 終わりの一回で、バタバタと話が片付くのが、バランス的におかしいです。

  一応、辻褄は合っていますが、どうも、犯人の動機が弱いです。 狼男と直接関連がある人物はともかくとして、どうして、専属モデル達が殺されなければならないのか、理由がはっきりしません。 単に、「犯人の体内に、殺人淫楽者の血が流れていた」というだけでは、推理小説としては、最悪の動機説明になってしまいます。

  だから、ダラダラと書き続けている内に、バランスがおかしくなったのでは、と思うのです。 「緊密な構成」とは、対極にある作品とでも言いましょうか。 もっとも、ストーリーの展開は速くて、そちらがダラダラしているわけではありません。 会話だけで進む場面も多いので、ページは、どんどん進みます。

  金田一耕助は、ただ、顔を出しているだけ。 一応、各事件現場には出向いているものの、推理の方は、ラスト近くまで、手も足も出ません。 そもそも、最初から、金田一に見せ場を与える気がないように見受けられます。 で、次から次と、9人も殺されてしまうわけです。 こんなに死人ばかり出ては、無能探偵と謗られても致し方ありますまい。

  とまあ、推理小説としては、しょーもないんですが、では、つまらないのかというと、そうでもないのです。 この、目まぐるしく話が進み、パタパタと犠牲者が積み上がって行く経過が、読んでいて、妙に楽しいのです。 不謹慎ですが、本当に、そう感じるのだから、仕方がない。 謎よりも、サスペンスの雰囲気で、興味を引っ張って行く物語なんですな。

  この種の作品の楽しみ方ですが、≪悪魔の寵児≫の時には、よく分からなったのが、≪幽霊男≫では、少しだけ分かり、この≪吸血蛾≫では、はっきり、理解できました。 読み物としての価値は、決して、メジャーな本格推理物に劣るものではないです。 ただ、映像化となると、ちょっとねえ。 露悪的場面が多過ぎるので・・・。

  ところで、タイトルは、≪吸血蛾≫で、確かに、最初の内は、蛾が出て来るんですが、その内、どこかへ行ってしまいます。 謎アイテムとして、仕込んだものの、メインの謎に発展させられなかったわけですな。 完結した後で考えれば、≪狼男≫で良かったと思いますが、何かの都合で、改題できなかったんでしょうか。



≪殺人鬼≫

角川文庫
角川書店 1976年11月10日/初版 1976年11月20日/3版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 中編、4作品を収録しています。 初版から、十日しか経っていないのに、もう、3版が出ているのは、興味深い。 2版は、11月何日に出たんでしょう?


【殺人鬼】 約80ページ
  1947年(昭和22年)12月から、1948年2月まで、雑誌「りべらる」に、連載されたもの。

  ある晩、片足が義足の元夫に尾行されているという若い女を、家の近くまで送って行った探偵作家が、次第に、その女の魅力に惹かれて行く。 やがて、女の内縁の夫が殺される事件が起こり、女の元夫が疑われるが、そこに、金田一耕助という探偵が現れ、錯綜した事件を解きほぐして行く話。

  中島河太郎さんの解説によると、【本陣殺人事件】などの長編で登場した金田一耕助が、短編にも顔を出し始めた頃の作品だそうで、金田一のキャラに関する細部の設定が定まっておらず、根なし草のような雰囲気で出て来ます。 探偵作家の一人称で書かれていて、探偵作家の目線で語っているので、金田一は、存在感が薄いです。

  この探偵作家というのは、金田一物の小説に、「Y先生」の名前でよく登場する、横溝正史さん本人ではなく、完全に、創作された人物です。 【夜歩く】でも、語り手の職業が探偵作家になっていますが、それと、似たような存在。

  すり替わりのトリックが使われていますが、これは、ネタバレを断るまでもなく、片足が義足の男が、顔も体つきも隠して登場することから、すぐに分かります。 謎全体に、あっと驚くようなところは、ありません。 推理小説としての評価よりも、夜の道を、見ず知らずの若い女性を送って行くという、その雰囲気の淫靡さを楽しむべき作品とでも言いましょうか。


【黒蘭姫】 約60ページ
  1948年(昭和23年)1月から、3月まで、雑誌「読物時事」に、連載されたもの。

  デパートの各売り場に現れては、高価な品を万引きして行く、黒づくめの服装をした「黒蘭姫」。 身元は分かっていて、代金は後から支払われていたので、売り場では見て見ぬふりをされていたが、ある時、新しく赴任した売り場主任が、事情を知らないまま、黒蘭姫を捕まえようとして、刺されてしまう。 更に、同じデパート内の喫茶店で、もう一人の男が殺される。 デパートの支配人に依頼された金田一耕助が、二つの殺人事件の謎を解く話。

  事件現場が、デパートの売り場と喫茶店というのが、変わっていて、いかにも、中編・短編用の舞台設定という感じがします。 長編の中に、こういう限定された場所の事件を入れても、エピソードの一つとしか、取られませんから。 短い話ですが、事件の方は、動機も謎もしっかりしています。 タイトルこそ、江戸川乱歩っぽいですが、中身は本格で、雰囲気と内容のバランスが優れています。

  ちなみに、金田一耕助の、最初の事務所も登場します。 戦災で焼け残った、三角ビルの三角な部屋で、この頃は、住居が、事務所兼用ではなかったんですな。 机と椅子2脚に、書棚しかないというから、この事務所に住んでいたわけではないわけだ。


【香水心中】 約96ページ
  1958年(昭和33年)11月に、雑誌「オール読物」に、掲載されたもの。 この本の中では、この作品だけ、時代が、だいぶ、後になります。 すでに、戦後ではなく、復興期から、発展期に移っています。

  香水で財を成した女性実業家によばれて、5時間かけて、車で軽井沢にやってきた金田一と等々力警部が、依頼とは別件で起こった、心中事件の捜査に関わる。 死んだ二人の内、男の方は、実業家の孫で、事件の背後に、実業家の孫達を巡る、複雑な痴情関係が隠されていた・・・という話。

  いわゆる、横溝作品の中の、別荘地物。 独特の雰囲気があり、この作品でも、濃厚にそれが出ています。 親を異にする孫同士の歪んだ人間関係が事件の背後にあり、地方旧家物に匹敵する、複雑な系図が構築されていますが、そんな事は無視しても、話の中身は理解できます。

  以下、ネタバレ、あり。

  冒頭の、災害渋滞に、多くの紙数が割かれているので、それが、事件の謎と関係しているのかと思いきや、そういうわけでもなく、東京から、軽井沢までの所要時間が、4時間だろうが、5時間だろうが、死亡推定時刻のズレは、隠しようがありません。 どうして、渋滞場面を細かく描写したのか、首を傾げてしまいます。

  この作品のゾクゾク・ポイントは、金田一と等々力警部が、5時間乗っていた車のトランク・ルームに、何が入っていたか、そこにあるのですが、これは、【蜃気楼島の情熱】(1954年)と、全く同じ趣向でして、アイデアの焼き直しですな。 しかし、多作の推理作家では、焼き直しは、珍しくないです。 コリン・デクスターなんか、寡作でも、焼き直しまくってましたし。


【百日紅の下にて】 約40ページ
  1951年(昭和26年)1月、雑誌「改造」に、掲載されたもの。 作品の発表は、1951年ですが、作中の年は、戦後、金田一が南方から復員してきた直後で、【本陣殺人事件】に次ぐ、金田一が解いた第二の事件という事になるそうです。

  ある日の夕暮れ時、台地の上にある屋敷の廃墟にやって来た、その家の元主が、復員服姿の金田一耕助に声をかけられる。 金田一が、南方で一緒だった戦友から聞かされたと言って、戦中に、その屋敷で起こった事件の謎解きをして見せる話。

  いわゆる、毒杯配り物。 何人か集まった場で、飲み物の杯が配られ、その中の一人が死んだ。 さあ、誰が犯人で、いつ、毒を入れたか? という、推理作品では、非常によく使われるパターンですな。 横溝さんの場合、本格は本格ですが、トリックというほどのトリックではなく、うまく、すり抜けている感じ。

  この作品の、廃墟で話をする雰囲気は、大正期の短編、【赤屋敷の記録】と、よく似ています。 これも、部分的な、焼き直しなのでしょう。 だけど、回想される事件の中身は、全く違っています。 夕暮れ時に廃墟で語り合うという雰囲気に酔っていて、中身が、さほど面白くないという点は、同じ。


  【香水心中】と【殺人鬼】は、古谷一行さん主演で、ドラマ化されています。 【香水心中】が、1987年5月。 【殺人鬼】が、1988年7月。 私は、どちらも、未見。

  あと、割と最近ですが、【香水心中】を除く三作が、2016年11月26日、NHK、BSプレミアムの「シリーズ横溝正史短編集 金田一耕助登場!」でドラマ化されました。 それらは見たのですが、舞台劇のような平板な映像の上に、エロ・グロ度が強過ぎて、とても、楽しめるようなものではありませんでした。



≪幻の女≫

角川文庫
角川書店 1977年3月/初版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1作、中編1作、短編1作の、計3作品を収録しています。


【幻の女】 約160ページ
  1937年(昭和12年)1月から、4月まで、雑誌「富士」に、連載されたもの。

  アメリカで悪名を轟かせた殺人犯、「幻の女」が、日本に帰って来るらしいという噂が立つ中、船で帰国した、ジャズ・シンガー、八重樫麗子が、ホテルの部屋で殺され、片腕を切り取られる事件が起こる。 黒人を助手に連れた男装の女や、貴族院議員、籾山子爵が、怪しい行動を取る中、由利先生が乗り出して、事件を解決する話。

  あー、もう、【黒蜥蜴】の世界ですなあ。 発表は、1934年(昭和9年)だから、この作品は、3年後でして、もろに影響を受けたんでしょう。 知能も身体能力も男を凌駕する絶世の美女が、悪の世界で大活躍するという、そういうキャラ設定に、横溝さんも、痺れたんでしょうなあ。 その気持ちは分からないでもないですが、そういうヒロインを作ると、人格が男そのものになってしまうものでして、どうにもこうにも、現実離れしてしまいます。

  しかも、この作品、黒蜥蜴的キャラの女が、二人も出て来ます。 160ページの短さで、似たような人物を二人も出されては、カブるなという方が無理。 ラストで、その理由が分かりますが、安直な相関という気がしますねえ。 

  つまりその・・・、私、こういう、女を男人格にしてしまって、活劇を演じさせるような話が、嫌いなのですよ。 リアリティーがなさ過ぎて、推理物のゾクゾク感が、全部、損なわれてしまうのです。


【カルメンの死】 約62ページ
  1950年(昭和25年)1月から、3月まで、雑誌「講談倶楽部」に連載された、【迷路の花嫁】を改題したもの。 角川文庫にある、≪迷路の花嫁≫は、全く別の作品だそうです。

  交際していた若い男優が、他の女の結婚する事になり、ふられた格好の妙齢の女優が、結婚式の贈り物と言って、大きな箱を届けるが、中には、その女優本人の死体が入っていた。 式に招待されていた由利先生が、謎を解く話。

  戦後の、由利先生物と言ったら、【蝶々殺人事件】だけかと思っていたんですが、他にもあったんですね。 戦後作品ではあるけれど、本格派というよりは、通俗物に近い作風です。 別に、金田一が探偵役でも、さしたる不都合はない話。 なんとなく、メロドラマっぽいところもあり、雰囲気が似ているといえば、戦前の、【孔雀夫人】に似ています。

  箱から、美女の死体が出てくるという場面は、横溝作品では、繰り返し使われているもので、よほど、好きだったものと思われます。 【獄門島】の、釣鐘から娘の死体というのは、そのバリエーションだったんですな。


【猿と死美人】 約36ページ
  1938年(昭和13年)2月に、雑誌「キング」に、掲載されたもの。 

  隅田川に沿った屋敷から、猿を乗せた、箱形の檻が流れ出し、たまたま、警察のボートで、ルンペン狩りに出て来ていた、三津木俊助 と、等々力警部が発見して、中を覗くと、刺された女が入っていた。 屋敷の中では、その主人が殺されていたが、容疑者は姿をくらましていた。 俊介が、一人で謎を解く話。

  三津木俊助は、新聞記者で、由利先生とコンビですが、普通は、由利先生が推理担当、俊介が調査・活劇担当という役割分担になっています。 それが、この作品では、由利先生は出て来ず、俊助一人で、謎解きをします。 珍しいですな。 

  謎があり、英語を混ぜたダジャレが使われています。 他愛のないもので、この作品自体が、大人向けと言うには、少し単純過ぎるような感じがします。 霧の中の水上場面は、いい雰囲気なんですがねえ。



≪迷路の花嫁≫

角川文庫
角川書店 1976年11月10日/初版 11月20日/3版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1作を収録しています

  中島河太郎さんの解説によると、元は、短編か中編だったらしいですが、長編に書き直されて、1955年(昭和30年)6月に、単行本として発表されたとの事。 角川文庫の方は、1976年というと、角川映画、≪犬神家の一族≫が公開され、空前の横溝正史ブームが始まった年でして、初版から、たった10日で、もう、3版が出されています。


  霊媒師の女が殺され、目撃者の証言から、容疑者が浮かぶものの、嫌疑不十分で釈放される。 一方、その霊媒師を操っていた、色事師の宗教家の下から、性的奴隷化と、恐喝によって支配されていた女達が、一人また一人と、逃げ出し始める。 霊媒師の事件の目撃者でもある、本業小説家の男が、裏で糸を引き、宗教家を破滅させようと画策する話。

  一応、謎を含んだ殺人事件が起こり、そちらは、金田一耕助が解決するのですが、それは、大枠に過ぎず、この小説の中心人物は、本業小説家の男で、彼が仕掛ける計略が、話の主軸になっています。 殺人事件の方の捜査関係者は、読者からは遠い所にいて、前面に出て来ません。 形式だけで分類するのであれば、群像劇です。

  解説の中に、「サスペンス・ロマン仕立て」とありますが、ピッタリの言葉があるもので、正に、その通り。 性的魅力で女を手玉に取る、恐喝家の宗教家を追い込む為に、秘かに、他の真っ当な男をあてがって、女達に逃げ出す勇気を与え、幸せな夫婦・家族を作っていくという、その過程が細かく描かれているんですな。

  昔のホーム・ドラマ的に、相手のいない男女をくっつけて、カップルをポンポン作ってしまうところは、「そうそう、都合よく、事が運ばないだろう」と思うのですが、そこはそれ、小説ですから、目くじら立てる程の事でもないです。 とはいえ、作品の雰囲気は、大衆小説的な、妙に甘ったるいメロ・ドラマでして、推理小説のファンには、違和感が強烈だと思いますねえ。 横溝さんは器用な人なので、こういうのも書いていたという事なわけだ。

  ラストは、犠牲者が出てしまうので、ちょっと、暗い気分になります。 だけど、推理小説の大枠を守る為には、致し方ない結末と見るべきか・・・。 八方丸く収まって、みんな幸せになってしまったら、それこそ、武者小路実篤作品みたいになってしまいますから。 とにかく、金田一耕助が出て来る長編としては、異色の部類です。

  蝶太という、知力に少し障碍がある子供が出て来るのですが、母親が死んでしまった事を知らされていなくて、後に、父親の再婚相手になる女性を、母親だと紹介されて、嬉しさで、泣いたり、はしゃいだりしながら、なついていく場面があります。 私は、お涙頂戴は、大嫌いなんですが、この子の気持ちが痛いほど良く分かり、不覚にも、貰い泣きしてしまいました。

  それまで、脚の悪い父親と、貧しい二人暮らしだったのに、ある朝、目が覚めたら、おっかさんが家にいて、朝飯の仕度をしているのを見たら、どれだけ嬉しかったでしょうねえ。 本当の母親ではないんですが、そんな事は、この子は知らないのです。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2018年の、

≪吸血蛾≫が、10月13日から、17日にかけて。
≪殺人鬼≫が、10月17日から、23日。
≪幻の女≫が、10月24日から、27日。
≪迷路の花嫁≫が、10月28日から、11月3日にかけて。

  作品の感想だけを読みたい方々は、「借りて来た本そのものについての解説は、不要だろう」思うでしょうが、私本人としては、結構、重要な情報でして、日記ブログの方から、そのまま、移植しています。

  以前、角川文庫本体の表紙と裏表紙の模様を、「波模様」と書いていましたが、よく見たら、「雲模様」だったので、前回分から、修正しています。 それ以前に出したのは、面倒だから、修正しません。 私が、高校生の頃、つまり、80年代初頭頃、雲模様になったのを見て、「新しい時代になったのだなあ」と感じていたものですが、あれからもう、40年近くたってしまったんですなあ。

2019/04/07

読書感想文・蔵出し (44)

  長引いた、引退生活の心得が、ようやく、終わりました。 今回から、しばらく、読書感想文です。 前に出したのが、去年(2018年)の10月7日ですから、随分、経ってしまいました。 読書は、ずっと、続いているので、だいぶ、在庫が溜まりました。 このシリーズ、すでに、読書も感想文書きも終わっていて、移植するだけだから、頭を使わずに済む点は楽なのですが、画像をアップするのが、面倒で、困ります。




≪花髑髏≫

角川文庫
角川書店 1976年4月/初版 1976年8月/3版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年ですな。 寄贈本ではなく、横溝正史ブーム中に、図書館で買ったものなのでしょう。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編、短編、中編各1作の、計3作品を収録しています。


【白蝋変化】 約208ページ
  1936年(昭和11年)4月から、12月まで、「講談雑誌」に連載されたもの。 「蝋」は、本来は、旧字体で、「びゃくろうへんげ」と読みます。


  妻を殺したという無実の罪で、死刑判決を下された男を、元恋人の女が、人を頼んで、刑務所の地下までトンネルを掘り、脱獄させようとするが、直前に牢の入れ替えがあり、白蝋三郎という恐ろしい犯罪者を助け出してしまう。 自由になった白蝋三郎は、自分を警察に売った女の所へ復讐に行くが、そこで、たまたま助けた美少年に、後に、繰り返し、してやられる事になる。 由利麟太郎、三津木俊助の探偵コンビも絡んで、怪奇趣味どっぷりのストーリーが展開する話。

  謎は、「美少年の正体は、誰か」に集中していて、それ以外は、ただの、怪奇小説です。 美少年の片腕の件など、トリックらしいものがある事はありますが、オマケみたいな扱いです。 この頃の横溝作品は、とにかく、怪奇趣味が最大の売りで、謎やトリックは、その道具立ての一部に過ぎなかったんでしょう。

  タイトルから推すと、白蝋三郎が中心人物という事になりますが、凶悪犯のくせに、美少年に出し抜かれてばかりで、ちっとも、いいところがありません。 これは、計算ミスでしょうな。 美少年を出したら、そちらの方が気に入ってしまい、白蝋三郎なんて、どうでもよくなってしまったのでしょう。

  ストーリーも、結構には、いい加減で、大雑把に人物相関だけ決めて、後は、筆に任せて書いて行った感が濃厚です。 そういう書き方をしていると、当然、辻褄が合わないところが出て来るのであって、なぜ、美少年が監禁されていたのか? 白蝋三郎は、無実の罪を着せられていた男に、何の恨みがあるのか? など、読み終わっても、納得できない部分が多いです。

  これは、ちと、ネタバレっぽくなりますが、すり替わり物、特に、性別が入れ替わっているパターンは、横溝作品では、本当に、よく出て来ますねえ。 あまり、繰り返されると、読者側は、驚くにも驚きようがなくなります。 もう、美少年が出てきたら、即、正体は女だと断定してもいいくらいです。

  ちなみに、由利麟太郎、三津木俊助のコンビは、「出て来る事自体が、蛇足」と言ってもいいくらい、余計な登場人物になっています。


【焙烙の刑】 約42ページ
  1937年(昭和12年)1月に、雑誌「サンデー毎日」に掲載された作品。 サンデー毎日って、戦前からあったのか・・・。 「焙烙」は、「ほうろく」と読みます。 蒸し焼きにする土鍋の事。


  ある男性映画俳優が、芸術家に嫁いだ又従妹の頼みで、殺人を犯して、ある一味に捕えられたという芸術家の身柄を引き取りに行く役目を引き受ける。 金を渡し、芸術家と共に、無事に解放されるが、道中、目隠しをされていたせいで、相手の首領が女である事以外、何も分からなかった。 その後、その首領に呼び出された先で、薬で眠らされ、ある場所で目覚めるが、そこには、又従妹も一緒に閉じ込められていて・・・、という話。

  この梗概を読んでも、全く分からないと思いますが、私も、よく分かっていません。 一体、どの部分を、読ませ所にしようとしているのかが、分からない。 書き方がアンバランスで、本来、もっとエピソードを足して、中編くらいにする話を、無理やり、短く書いたら、こうなってしまった、という感じです。

  読者としては、一味の首領の女が何者なのかが、最も気になるところですが、この長さでは、細かに描き込めるわけがなく、顎が外れるような、つまらない種明かしになっています。 「修善寺」のように、実在の地名も出て来るのですが、「ある山中の温泉地」程度の設定でも、何の問題もないくらい、リアリティーを感じない話です。

  由利麟太郎、三津木俊助のコンビは、名前だけ出て来るという程度。


【花髑髏】 約75ページ
  1937年(昭和12年)、雑誌「富士」の6月増刊号と、7月号に掲載された作品。 「花髑髏」は、「はなどくろ」。


  由利麟太郎の下に、「花髑髏」という差出人名の手紙が届けられ、その指示通りに出かけて行くと、荷車で運ばれて行く長持から、血が垂れている場面に出くわす。 中には、刃物で刺された女が入っており、その女の家に行くと、女の養父である医学者が殺されていた。 家出をしていた息子に嫌疑がかかる中、医学者の友人の博士の話で、昔、医学者が行なった犯罪行為が明らかになり、復讐殺人である事が分かっていく話。

  草双紙趣味の怪奇物。 長持の中に女とか、髑髏に血をかけるとか、おどろおどろしい場面が多いです。 由利先生と三津木俊助は、最初から出て来て、この本収録の三作の中では、最も出番が多いですが、それでも尚、オマケ・キャラという感じが拭えないのは、この二人のコンビが、とことん、探偵役に向いていないからでしょう。

  やはり、探偵役には、それなりの魅力が必要で、単に、「この人は、名探偵という設定だから、そのつもりで読んで下さいよ」というだけでは、足りないのです。 もっとも、横溝作品では、金田一耕助物でも、探偵がオマケみたいな扱いになっているものが少なくありませんが。



≪恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)≫

角川文庫
角川書店 1977年3月/初版
横溝正史 著

  私が所有している本。 1995年9月頃に、古本屋を巡って、横溝正史作品を買い漁った時の一冊です。 買った直後に、一度読んでいます。 2015年に、手持ちの横溝作品を読み返した時に、この本も、漏れていました。 短編集だから、手に取らなかったのだと思います。

  カバーは、杉本一文さんの絵。 絵は、収録作品の内容と、全く関係ありません。 猫の白い毛並みを描きたかっただけなのかもしれませんな。 本体は、雲模様になる前の、角川文庫の表紙で、扉に角川の古い鳳凰マークがあります。 横溝さんの、初期の短編の内、大正期に発表されたものを、14作、集めたもの。

  どれも、長くても、30ページ程度で、大差ないので、ページ数は書きません。 解説には、発表年と掲載雑誌名も載っていますが、煩雑になり過ぎるので、書き写しません。 14作全ての感想を、いつもの調子で書いたのでは、膨大な行数になってしまうので、簡単な梗概と、短い感想だけ書きます。


【恐ろしき四月馬鹿(エイプリル・フール)】 
  ある中学校の寄宿舎内で、部屋が荒らされた上に、一人の寮生が行方不明になる事件が起こる。 それは、四月馬鹿の悪戯のはずだったのだが、死体が出たという報告が上がり、悪戯を仕掛けた方が、驚愕してしまう話。

  謎解きの場面で、推理が少し出て来ますが、ちょっと、素朴過ぎて、面白さを感じるほどではありません。 これが、横溝さんの処女作だったようですが、この程度でも、雑誌に掲載されたという事は、当時の文芸雑誌のレベルが窺えるような気がします。

【深紅の秘密】
  留学生が、ドイツから持ち帰ったセットの書籍の内、赤い色の本ばかり盗まれ、本来、重要な内容を含む、緑の本が盗まれなかった事から、犯人の色覚障碍が判明する話。

  梗概で、ネタバレさせてしまいましたが、読んでみれば、他愛のない作品でして、目くじら立てるようなものではないです。 色覚障碍をモチーフに使った日本で初めての小説なのだとか。 横溝作品で、色覚障碍というと、≪仮面舞踏会≫で、本格的に用いられています。

【画室(アトリエ)の犯罪】
  刑事をしている従兄のコネで、捜査に加えてもらった青年が、画家がアトリエで死んだ事件を解決するが、20年後、彼が名探偵として名を成した後になって、事件の真相が明らかになる話。

  青年が事件を解決するところまででも、推理物の短編として纏まっていますが、それに後日談をくっつけて、更に複雑に、より皮肉な話に仕上げたもの。 この捻りを、面白いと感じるか、蛇足と見るかは、人によって異なるでしょう。 私としては、なまじ、本体部分が良く出来ているので、追加部分は、蛇足に思えます。

【丘の三軒家】
  丘の上にある、元豪邸を三つに分けた三軒の家。 一軒の主が、掘っている途中の井戸に落ちて死に、事故死として処理されたのを、その息子が、罠を仕掛けて、犯人を炙り出す話。

  登場人物が少ないので、犯人はすぐに分かります。 この作品の読ませ所は、犯人を炙り出す方法と、井戸にどうやって落としたか、その謎なのですが、どちらも、至って他愛ないもので、一見面白そうに感じられる舞台設定の細かさと、吊り合っていません。

【キャン・シャック酒場】
  不機嫌な客が、物を壊し始めても、店の者が平気でいるバーの話。

  話というほどの話ではないです。 つまらないダジャレが落ちになっているだけ。

【広告人形】
  容貌が醜い事を恥じている一方で、大勢の人の中にいるのが大好きな男が、広告用着ぐるみに入って、ビラを配る仕事をしていた。 ある時、同じような着ぐるみの男に声をかけられ、ちょっとした悶着に巻き込まれる話。

  これも、設定が細かい割に、話の中身が薄いです。 安部公房さんの、≪箱男≫が、似ているといえば似ていますが、こちらは、ずっと軽い話。 いずれにせよ、被り物に隠れた人間というのは、あまり、魅力があるキャラにはなりませんな。

【裏切る時計】
  愛人を殺してしまった男が、振り子時計の特性を利用して、アリバイを作ろうとする話。

  振り子時計というのは、傾かせておくと、一定時間の後、停まるらしいのですが、それがなぜ、アリバイ作りに繋がるのか、振り子時計を使った事がないからか、ピンと来ません。 愛人を殺す事になった原因があまりにも、下らない。 推理小説のネタばかり考えていると、人の命を軽く考えるようになるようですが、その典型例ではないかと思います。

【災難】
  大阪に奉公に出て数年経っている男が、かつて、村でいい仲だった事もある幼馴染みが、大阪に働きに出て来るというので、駅まで迎えに行き、あちこち案内するが、ある所で、女がいなくなってしまい・・・、という話。

  これが、この短編集の中で、最も優れた作品だと思います。 ショートショートとして読んでも、大変、よく出来ています。 大阪方言の一人称で書かれていて、少し読み難いのですが、すぐに慣れます。 元々、いい仲だったので、いずれ、結婚するつもりで、どんどん先走ってしまった事が、悲劇を増幅したわけですが、この主人公の気持ちは、よく分かります。 そんなに罪がある話ではないです。

【赤屋敷の記録】
  かつて、レンガ造りの豪邸があった廃墟で、埋められていた箱を掘り起こし、中に入っていた手記を読んでいた男が、たまたま、そこを通りかかった人物に、手記を託し、別の人物に渡してくれと頼んで、自殺する。 その男の出生の秘密が、手記によって、明らかになるが、実は・・・、という話。

  ヨーロッパの古い物語に良くありそうな設定です。 膨らませれば、長編にでもできそうな話でして、実際、横溝正史さんには、この話を雛形にして書かれた長編が、いくつかあるのではないかと思います。 当時の不治の病が、モチーフとして出て来るので、読後感は、よくありません。

【悲しき郵便屋】
  楽譜を使った暗号で、恋文をやり取りしている男女がいた。 女の方に思いを寄せていた郵便配達員が、暗号を解き、偽の手紙を書いて、女を呼び出そうとするが・・・、という話。

  「手紙」となっていますが、郵便配達員が読めたわけですから、ハガキだったんでしょうな。 暗号解読の方は、大した事はなく、その後のなりゆきを語るのが、メイン・ストーリーです。

【飾り窓の中の恋人】
  器用だけど、安定した生き方ができない青年が、新しい恋人が出来たと言って、ある店に飾ってある人形を、友人達に紹介して回る。 やがて、その店に盗みに入って、逮捕されるが、そのお陰で、その人形をモチーフに書かれた、ある作家の小説が大売れする話。

  良く出来た、ショートショートです。 教科書的と言ってもいいほど、よく纏まっています。 だけど、この青年、これを商売にしようとしても、何度も同じ手は通用しないでしょうなあ。

【犯罪を漁る男】
  あるビルで、女が殺され、エレベーター係が逮捕される。 その事件に関った男が、クラス会の帰りに、一人で寄った飲み屋で、見知らぬ男に声をかけられ、事件の推理を聞かされる話。

  この見知らぬ男、事件の推理をするだけで、別に、警察に告発するわけではないようです。 しかし、実際に、こんな事をやったら、犯人に殺されてしまうと思います。 その点が、リアリティーを欠きますが、推理の方は、面白いです。

【執念】
  ある農家で、財産を隠して死んだ老婆の、養子・養女夫婦が、家中を探し回るが、何も出てこない。 その内、妻の方が厩で死んでしまい、仲が悪かった夫が逮捕されるものの、目撃者の証言で、すぐに釈放される。 やがて、夫は、老婆の財産の隠し場所を知るが、皮肉な結末が待っていた、という話。

  よくある、隠し物捜しの話に、殺人事件を絡めたもの。 二兎を追ったせいで、話が分裂気味で、焦点が定まらなくなっています。 隠された場所は、最後に明らかになりますが、確かに、皮肉ではあるものの、あっと驚くような面白さは感じません。

【断髪流行】
  実家に内緒で、女と同棲している友人に、悪戯を仕掛けた男が、やり返されて、自分の同棲相手と別れる破目に陥る話。

  短編に似つかわしくなく、役回りと関連が薄い、細部の性格を描きこまれている人物が出て来て、バランスが良くありません。 推理小説のトリック、もしくは、謎用に考えた科学ネタを、流用して、普通の小説に仕立ててあるのですが、大したネタではないので、ハーとも、ホーとも言いようがありません。



≪幽霊男≫

角川文庫
角川書店 1974年5月/初版 1976年10月/11版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年です。 寄贈本ではなく、図書館で買ったもの。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1作を収録。 約290ページ。

  発表は、1954年(昭和29年)1月から、11月まで、雑誌「講談倶楽部」に連載されたもの。 解説によると、≪悪魔の寵児≫と同趣向の作品だとあります。 戦前の草双紙趣味の作風に、本格派の謎やトリックを盛り込んで、金田一耕助を探偵役にした作品という意味でしょう。 長編ではあるものの、横溝作品のメジャーな長編と比べると、かなり短いです。


  ヌード・モデル紹介所に属するモデルの一人が、「佐川幽霊男(さがわゆれお)」と名乗る客に選ばれ、画家のアトリエに呼び出された後、ホテルに運ばれて、殺される。 モデル紹介所に関係する一行が、伊豆半島のリゾート・ホテルを借りきって開いた例会でも、モデル二人が惨殺される。 ある人物から依頼を受けた金田一が、リゾート・ホテルの事件から調査に入るが、連続殺人を止められないまま、紹介所のモデルが、ほぼ、全員殺されてしまう話。

  なるほど、この作品に於ける金田一耕助は、駄目探偵の面目躍如ですな。 結構、早い段階から事件に関っているくせに、連続殺人を止められません。 メジャー作品では、何人死んでも、しれっとすっとぼけて、最後に犯人指名と謎解きだけやって、「解決した」と、名探偵ヅラをしている金田一ですが、この作品では、犠牲者が出るたびに、地団駄踏んで悔しがっており、「こちらの方が、自然な反応だな」と思わせます。

  軽いノリで、ポンポンと人が殺され、会話が多い文体で、スイスイと話が進んでいくせいか、何となく、セルフ・パロディー的な趣きが漂っています。 作者自身、金田一を名探偵だとは思っておらず、人からも、「金田一耕助は、全員死んでからでないと、事件を解決できないんですねえ」とか言われ、開き直って、パロディーにしてしまったんでしょうか。 金田一の出番は、大変多くて、最初の事件を除いて、ほとんどの場面に顔を出しています。 これは、メジャー作品でも、滅多にない事です。 

  草双紙趣味ですから、雰囲気は、≪黒蜥蜴≫でして、「マダムX」という謎の女が出て来たり、それが、モーター・ボートで逃走したりする辺り、もう、≪黒蜥蜴≫趣味全開ですな。 子供騙しっぽくて、リアリティーを欠く一方、次から次へ事件が起こるので、退屈はしません。 映像化しても、楽に、2時間埋められると思いますが、≪黒蜥蜴≫の映像化作品が、ことごとく、陳腐になってしまうのと同じで、これも、アホ臭いドラマになってしまうでしょうなあ。

  トリックらしいトリックは、なし。 謎はあって、金田一による、最後の謎解きは、結構、ゾクゾク感があって、面白いんですが、「それに気づいていたのなら、なぜ、もっと早く、容疑者を押さえない」と、首を傾げてしまいます。 まさか、犠牲者が増えるのを待っていたわけでもあるまいに。 人物相関が入り組んでいるので、読者が犯人を推理するのは、かなり難しいです。 そういうところは、大変細かく考えてあるようです。



≪魔女の暦≫

角川文庫
角川書店 1975年8月/初版 1976年2月/5版
横溝正史 著

  清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年ですな。 寄贈本ではなく、横溝正史ブーム中に、図書館で買ったものと思われます。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編2作品を収録しています。


【魔女の暦】 約204ページ
  原型になった、同名の短編は、1956年5月に、雑誌「小説倶楽部」に掲載されたもの。 その後、書き改めて、長編にしたのだそうです。 200ページでは、中編と言った方がいいかもしれませんが・・・。


  ギリシャ神話、≪メデューサの首≫を元にしたストリップ・ショーをかけていた劇場で、上演中に、魔女役の女優が、毒の吹き矢で殺される。 続いて、もう一人の魔女役が、隅田川に浮かぶボート上で、鎖で縛られた死体となって発見される。 差出人不明の手紙で、事件を予告された金田一が、等々力警部や所割暑の警部補らと共に、劇団関係者の複雑な人間関係を解きほぐしていく話。

  長いですが、ほとんどが、聞き取り場面で占められています。 聞き取り中心の推理小説というのは、ダラダラになってしまって、読者には、かなり、しんどいです。 多少は、場所の移動がありますが、焼け石に水という程度。 横溝作品には、劇団内部で起こる事件が、結構ありますが、どれも似たような話になってしまって、あまり出来が良くありません。

  以下、ネタバレ、含みます。

  すり替わりのトリックが出て来ますが、かなり、無理あり。 ちょっと、姿を見る程度ならともかく、性交渉までして、別人だと分からないというのは、認知機能に問題があるとしか思えません。 たとえ、相手が、女優でも、です。 そんな事まで、演じられるわけがないです。


【火の十字架】 約144ページ
  こちらは、最初から、中編。 雑誌「小説倶楽部」に、1958年の4月から6月まで、連載されたもの。


  住居付きの三ヵ所の劇場を、三人の情夫に運営させ、週代わりで泊まり歩いていた人気ストリッパーが誘拐されかける。 時を同じくして、情夫の一人が、生きたまま塩酸をかけられた、無残な死体で発見される。 彼らが戦前に所属していた劇団のスター俳優が復員して来て、過去の恨みを晴らす為に事件を起こしているのではないかと思われたが・・・、という話。

  金田一は、この作品でも、差出人不明の手紙で呼び出される形で、事件に関わって来ます。 等々力警部と各所轄署の警部補らが捜査に加わる点も同じ。 事件関係者は、元同じ劇団に所属していた面々と来ていて、劇団ものだと、みんな似たような雰囲気になるというパターンは、この作品でも見られます。

  これは、私の想像ですが、横溝さんは、戦後間もない頃に、この種のいかがわしい劇団を、かなり詳しく取材した事があるんじゃないですかね? その時の具体的な経験が元になっているから、同じような話になってしまうのではないかと思うのです。 よほど、劇団内部の性関係が乱れていたんでしょうなあ。

  【魔女の暦】も、結構には、乱れた性関係でしたが、こちらは、もっとひどくて、もはや、露悪的と言うべきレベルです。 塩酸の場面も、映像化は難しいですが、空襲下の劇団の様子も、乱れ過ぎていて、映像化は無理でしょう。 文章で読んでいるだけでも、気持ちが悪くなって来ます。

  謎解きの場面で、金田一が、二人の証言者を連れて来るところが、少し変わっています。 一人は、電話をさせられた人物。 もう一人は、ヌード写真のプロ・カメラマンで、技術的な証言をするのですが、いかにも、プロならではの意見という感じで、大変、面白いです。 もしかしたら、横溝さんのオリジナルではなく、他の作家の作品に、似たようなアイデアがあったのかも知れませんが。




  以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2018年の、

≪花髑髏≫が、9月16日から、21日にかけて。
≪恐ろしき四月馬鹿≫が、9月21日から、23日。
≪幽霊男≫が、9月23日から、28日。
≪魔女の暦≫が、9月29日から、10月5日にかけて。

  今から振り返ると、だいぶ、以前の記憶になってしまいました。 まだ、清水町立図書館へ、せっせと通っていた頃ですな。 その後、三島市立図書館へ通い、今は、それも終わっています。