読書感想文・蔵出し (47)
読書感想文です。 横溝正史作品が続きますが、清水町立図書館の横溝作品を全部読んでしまった関係で、今回から、同図書館にあった、松本清張作品が挟まります。 まあ、三冊でやめて、その後、三島市立図書館へ移ってしまうのですが・・・。
≪ペルシャ猫を抱く女≫
角川文庫
角川書店 1977年11月10日/初版
横溝正史 著
清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 中編1、短編8の、計9作を収録しています。
【ペルシャ猫を抱く女】 約26ページ
1946年(昭和21年)10月、「キング」に掲載されたもの。 1947年(昭和32年)12月に発表された金田一物の短編、【○○扇の女】の元になった話。 その後、更に書き改められて、長編にもなっています。
ある村で、旧家の娘が、寺の若い僧侶から、自分の先祖に毒殺魔の女がいたと知らされる。 自分にそっくりの肖像画まで見せられて、呪われた血統に恐れ戦くが、実は、それは、娘に懸想した僧侶の陰謀で・・・、という話。
基本アイデアは、【○○扇の女】と全く同じです。 そして、元の話だけあって、こちらの方が、纏まりがいいです。 長編化した方は、尾鰭をくっつけて、引き伸ばしたわけですが、このオリジナルと比べると、尾鰭が、尾鰭として、はっきり分かってしまいます。 ただ、どちらが面白いかと言うと、長編の【○○扇の女】の方が、尾鰭部分の描きこみに迫力がある分、一段、上です。
【消すな蝋燭】 約30ページ
1947年(昭和22年)10月11日、「旬間ニュース」に掲載されたもの。 タイトル中の「蝋」は、本来、旧字。
ある村で、祈祷師の老婆が殺される。 自分の想い人の男が犯人ではないかと心配した若い娘が、警察が来る前に、現場に入り、擬装工作を行なうが、そのせいで、逆に、男の容疑が深くなってしまう。 知恵者の僧侶が、謎を解き、真犯人をつきとめる話。
赤と緑の区別がつかない人物が犯人というパターン。 トリックも使われていますが、不発で終わります。 関係者が死んでしまった何年も後に、娘の叔母が、昔話として語る形式に趣きがあり、トリック・謎の部分は、オマケのような感じですが、そこそこ融合していて、水と油というほどではないです。
シンプルな謎・トリックを用いつつ、描き込みで完成度を高めた推理物短編としては、傑作と言ってもいいんじゃないでしょうか。
【詰将棋】 約26ページ
1946年(昭和21年)11月、「新日本」に掲載されたもの。
山村に疎開していた高名な法学者が、自分に詰将棋を教えてくれた弟子に、詰将棋の難問を出しては、解かれてしまうという戦いを続けていた。 ある時、弟子の死体が川で発見され、他の殺人事件で手配されていた男が疑われるが、実は・・・、という話。
「詰将棋に執着し過ぎて、人生を誤った」というのがテーマで、謎はあるものの、推理小説としては、本道とは言えません。 枠を借りただけですな。
【双生児は踊る】 約72ページ
1947年(昭和22年)3・4・5月、「漫画と読物」に分載されたもの。 これは、後に、金田一物に書き改められて、【暗闇の中の猫】になっています。 そちらは、64ページで、むしろ、オリジナルの方が長いです。
かつて、銀行強盗が捕えられた場所に出来たキャバレーに、奪われた金が隠してあると目されている。 捕まった時の怪我が元で、記憶喪失になった男を、刑事達が連れて来たところ、突然、灯りが消えて、その間に、男が射殺されてしまう。 どうやって、暗闇で狙いを定めたのか、男が最後に口にした「暗闇の中の猫が狙っている」という言葉は、どういう意味かなどを、双子のタップ・ダンサー、夏彦と冬彦が解く話。
基本アイデアは同じですが、【暗闇の中の猫】よりも複雑で、ちと、分かり難いところもあります。 話は入り組んでいる癖に、トリック・謎が、子供騙しでして、大して面白くはないです。 襲撃を防ぐのに、上着を盾にする人がいますかね? スペインの闘牛じゃあるまいし。
夏彦・冬彦の素人探偵コンビは、【双生児は囁く】でも、出て来ました。 他にも、登場作品があるんですかね? この二人も、戦後作品の探偵役で、もしかしたら、金田一を、僻地担当、夏彦・冬彦を、都会担当と、使い分けるつもりだったのかも知れませんが、夏彦・冬彦は、スマートなだけで、誠実さが感じられないので、使い勝手が悪く、すぐに、お役御免になってしまったのかも知れません。
【薔薇より薊へ】 約24ページ
1947年(昭和22年)1月、雑誌「漫画と読物」に掲載されたもの。
映画監督の後妻に入った元女優が、7年後、夫の本の間から、「薔薇から薊へ」と書かれた手紙を発見する。 結婚前に自分と夫の間で使っていた秘密の名前だったが、よく見ると、自分が書いた物ではなかった。 夫が浮気相手と、自分を殺す計画を立てていると知った妻は、刺し違える覚悟で、罠をしかけるが、実は・・・、という話。
【孔雀夫人】に似た話ですが、成りすましは使われておらず、もっと、シンプルです。 この、妻の告発に、嘘が含まれているせいで、推理しながら読むのは不可能です。 話の筋を追って、「ああ、そういう事なのか」と思う事だけしかできません。 いわゆる、アンフェアに属する書き方ですな。 短いですし、目くじら立てるほど、内容の濃い作品ではないですけど。
【百面相芸人】 約22ページ
1947年(昭和22年)1月、「りべらる」に掲載されたもの。 この作品の登場人物は、約一年後に、「月間読売」に連載された、【びっくり箱殺人事件】にも、顔を出します。
顔面模写の技能をもった芸人が、妻に行動を監視されている男に頼まれて、男が浮気を働いている間、本人に成りすまして、アリバイ工作をする仕事を引き受ける。 ところが、男がやったのは、浮気ではなく、妻の殺害だったと分かり・・・、という話。
ショートショート的な趣きの作品。 うまく纏まっているような、そうでもないような・・・。 依頼人を尾行していた探偵と、顔面模写芸人が同一人物だった、というのを、後から書くのは、意外な結末と言うよりは、ズルなのでは?
【泣虫小僧】 約38ページ
1947年(昭和22年)10月、「サンデー毎日特別号」に掲載されたもの。
浮浪児の少年が、トマトや南瓜を盗みに入った先で、その家に住む女が殺されているのを発見する。 財布を盗んで逃げたが、その財布は、その女に恨みがある女学生の物で、二人とも、警察に連れて行かれる。 ところが、実は、犯人は別にいて・・・、という話。
犯罪がモチーフですが、推理物と言うには、中身が薄過ぎ。 むしろ、人情物として読んだ方が、素直に楽しめます。 横溝さんの世代なら、戦後の浮浪児を、実際に見た事があったと思うのですが、些か、純朴過ぎるキャラ設定と言うべきか。 リアリティーよりも、彼らへの哀れみを前面に出したかったのかも知れません。
【建築家の死】 約8ページ
1947年(昭和22年)4月、「真珠」に掲載されたもの。
ある建築家が、自分の腕の宣伝目的で、自ら建てた、カラクリ屋敷のような家の中で、死体で発見される話。
ページ数を見ても分かると思いますが、小説というより、小話です。 しかも、全然、笑えません。 それ以前に、話になっていません。 「こんな枚数で、推理物が書けるか」と、不貞腐れて書いたのでは?
【生ける人形】 約17ページ
1949年(昭和24年)8月、雑誌「苦楽」に掲載されたもの。
奇態を売りにしてサーカスに出ている男が、あるキャバレーで、映画女優に刺殺され、その女優も、自分の心臓を刺して死んだ。 女優が生前に、ある人物に告白していたところでは、最近、何者かに、かどわかされ、その女優と、刺殺された男にそっくりな人物が出てくる、卑猥な映画を見せられたという。 告白された人物が、女優の犯行動機を推し量る話。
話になっていません。 思いついた場面を、そのまま文章に書いただけ、という感じです。 もしかしたら、作者が、夢に見た内容なのでは?
≪幽霊座≫
角川文庫
角川書店 1973年9月/初版 1976年8月/11版
横溝正史 著
清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年ですな。 寄贈本ではなく、横溝正史ブーム中に、図書館で買ったものと思われます。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 中編2、短編1の、計3作品を収録しています。
【幽霊座】 約108ページ
1952年11月・12月に、雑誌「面白倶楽部」に連載されたもの。
昭和10年、劇場造りの芝居小屋、「稲妻座」で、専属一座が、歌舞伎、≪鯉つかみ≫を上演中に、主役の花形役者が姿を消し、そのまま失踪する事件が起こる。 戦争を挟んで、17年後、失踪した役者の息子が主役となって、同じ演目がかけられるが、出番直前に、楽屋に差し入れられたチョコに中ってしまう。 急遽、彼の叔父が代役に立ったものの、予期せぬ事態が発生し・・・、という話。
実際には、もっと、登場人物が多くて、複雑です。 歌舞伎がモチーフになっていて、出だし、その世界に入っていくのに、少し抵抗がありますが、100ページ程度の長さですから、恐れるほど、奥が深くなっているわけではないです。 金田一耕助が、早くから関わって来て、自然に案内役を務めてくれるから、安心して読めます。
でねー、この話、面白いんですよ。 「失踪者の友人だった役者が、戦時中、慰問に行った満州で、失踪者の姿を見かけた」という話が出てくる辺り、ゾクゾクします。 過去の因縁が、大変、うまく取り入れられていて、効果を上げているわけですな。 17年前と、現在の配分が良いおかげで、取って付けたような因縁話になっていないところが、優れています。
犯人は、相当には意外な人物で、それが分かってから、ちゃんと、伏線が張ってあった事に気づくという、これまた、教科書的に、よく練られた話なのです。 教科書的と言っても、馬鹿にしているわけではなく、そう感じさせる、折り目正しい作品は、なかなか、書けるものではないです。
この作品は、古谷一行さん主演で、1997年にドラマ化されているようです。 私は、見ていません。 是非、見てみたいもの。
【鴉】 約62ページ
1951年7月に、雑誌「オール読み物」に掲載されたもの。
岡山の山村にある、神社と湯治場を運営している旧家にて。 三年前に失踪した娘婿が、残して行った置き手紙の予告通り、戻って来た形跡があるのだが、なかなか、人々の前に姿を現さない。 磯川警部の計略に嵌まって、事件に巻き込まれた金田一が、関係者の嘘の証言を見抜き、三年前の失踪の謎を解く話。
旧家の因習ドロドロで、金田一耕助と磯川警部の組み合わせとしては、王道を行く設定ですな。 屋敷の中に、石蔵造りの社殿があり、そこが、失踪事件の舞台装置になります。 トリックはありますが、機械的なものではないです。 そちらの方は、別に目新しさはないのですが、雰囲気だけでも、何となく、嬉しくなってしまいます。
60ページくらいの作品としては、中身が濃密で、読後に、充足感を覚えます。 この作品は、古谷一行さん主演、≪黒い羽根の呪い≫というタイトルで、ドラマ化されているようです。 なるほど、この話なら、金田一物のドラマとして、うってつけです。 私は、未見ですが。
【トランプ台上の首】 約129ページ
1956年1月に、雑誌「オール読み物」に掲載されたもの。 この作品は、私が、1995年9月頃に買い集めた本の一冊、春陽文庫の≪横溝正史長編全集18≫にも収録されていて、そちらで、2回、読んでいます。 今回で、3回目になりました。
隅田川沿いの集合住宅へ、水上から惣菜類を売りに来ていた男が、お得意の女性客が住んでいる部屋を覗き込んだところ、その女の生首がテーブルの上に置かれているのを発見する。 首から下の体が見つからず、犯人が何の為に首だけ残して行ったのか分からずに、捜査陣が混乱する中、金田一耕助が突破口を開く話。
被害者の身元を分からなくする為に、犯人が、首だけ持ち去るというのは、よくあるパターンですが、この作品のアイデアは、その逆のパターンになります。 「首なし死体物を、逆にして、推理小説が成立するか?」という命題に対する、横溝正史さんの回答になっているわけですな。 そういう点で、特別な作品という事になります。
アイデア勝負の話で、しかも、確実に、成功しています。 長さも、ちょうどよくて、余計な描写もなければ、説明が不足するような事もないです。 死んだ女の過去について、もう少し、描き込む余地があるような気がしますが、それをやったら、首なし死体物の逆転という狙いが、焦点ボケを起こしてしまうかも知れません。
この作品は、古谷一行さん主演、 古手川祐子さんゲストで、2000年に、同名ドラマ化されており、私も見た事があります。 ただし、ダブル原作で、≪黒猫亭事件≫も絡めてあるので、この作品の要素は、話の中心ではなかったと思います。
≪華やかな野獣≫
角川文庫
角川書店 1976年8月/初版 1976年10月/3版
横溝正史 著
清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年ですな。 寄贈本ではなく、横溝正史ブーム中に、図書館で買ったものと思われます。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1、中編2の、計3作品を収録しています。
【華やかな野獣】 約136ページ
1956年(昭和31年)12月に、「面白倶楽部」に掲載されたもの。
父親の遺産を兄と分け合い、横浜の屋敷をもらった女が、ホテル風に作られている、その屋敷に、夜な夜な、大勢の男女を招いて、「気に入った相手と、部屋にしけこみ自由」というパーティーを催していた。 ある晩、その女主人が殺され、更に、その相手をしていたと思しき男も死体となって発見される。 ボーイに変装して、パーティーを監視していた金田一が、神奈川県警の刑事達と共に、謎を解く話。
「一晩に、相手を変えて、何人も・・・」という参加者もいるようで、何とも、淫靡なパーティーですなあ。 こういう本が、学校の図書館になかったのも、頷ける。 だけど、横溝さんの作品で、どんなに淫靡な設定が凝らされていても、読んでいて、性的興奮を感じるような事はないです。 そもそも、推理小説なのだから、狙いが違うわけで、当然ですけど。
トリックの方は、物体的なもので、さして面白くはないです。 謎も、解けてしまうと、意外と言えば意外ですが、読者側には、推理のしようがないような事でして、あまり、面白いとは言えません。 しかし、舞台設定の淫靡さから、何か起こるんじゃないかという期待を感じさせられるせいか、話の雰囲気は良いです。
金田一が、ホテルのボーイに化けて出て来るのは、ご愛嬌。 この人、1954年の【幽霊男】でも、リゾート・ホテルに、ボーイに化けて潜入していましたが、たぶん、そのお遊び設定が、読者や編集者に、ウケたんでしょうな。 で、再度、ボーイ姿で登場させたのではないかと思います。
【暗闇の中の猫】 約66ページ
1956年(昭和31)6月に、「オール小説」に掲載されたもの。 元になったのは、1947年発表の【双生児は踊る】。
かつて、銀行強盗が捕えられた場所に出来たキャバレーに、奪われた金が隠してあると目されている。 捕まった時の怪我が元で、記憶喪失になった男を、刑事達が連れて来たところ、突然、灯りが消えて、その間に、男が射殺されてしまう。 どうやって、暗闇で狙いを定めたのか、男が最後に口にした「暗闇の中の猫が狙っている」という言葉は、どういう意味かなどを、易者に変装していた金田一耕助が解く話。
金田一と等々力警部が、最初に出会った事件という事になっていますが、だいぶ後になって書かれた作品でして、実際の初顔合わせは、1951年の【悪魔が来りて笛を吹く】辺りなんじゃないでしょうか。 等々力警部だけなら、戦前から、警察の代表みたいな役所で、ずっと、横溝作品に登場しています。
人物相関が複雑な割に、話の肝は、「暗闇の中で、どうやって、銃の狙いをつけたか」という、そのトリックに尽きるところがあり、推理小説としては、食い足りないです。 トリック自体が、子供騙しの部類でして、金田一が名探偵でなくても、気づいて当たり前。 気づかない警察の面々を、ボンクラにし過ぎています。
【睡れる花嫁】 約50ページ
1954年(昭和29年)11月、「読切小説集」に掲載されたもの。 元のタイトルは、【妖獣】。
結核で死んだ妻を死後も愛撫していた罪で服役し、出所して来た男が、自分のアトリエの近くで、警官を刺殺して逃げた。 アトリエの中には、死後に愛撫された別の女の死体があり、同様の事件が、その後、相次いで起こる。 あるバーの関係者が事件に関っていると睨んだ金田一が、捜査を進め、犯人をつきとめる話。
横溝作品では、アトリエが、よく、舞台になります。 アトリエと死体は、相性がいいらしい。 死体が似合いそうな殺害場所を、まず考えて、そこから、話を膨らませて行けば、面白い作品になる可能性がありますな。 全く死体が似合わない場所で死体が発見されるのも、落差があっていいですが、雰囲気的には、齟齬が出るのを避けられません。
犯人は意外な人物ですが、これも、読者には情報が知らされないので、推理して分かるという事はないです。 憶測であれば、大体、見当がつきますけど。 金田一が、警察を尻目に、ポンポンと捜査を進めてしまうので、一見、名探偵が大活躍する話のように感じられますが、実際には、警察の方を平均より無能にして、探偵の能力を相対的に持ち上げているだけです。
≪火と汐≫
文春文庫
文藝春秋社 1976年2月25日/初版 1978年9月15日/7版
松本清張 著
清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和56年5月21日」のスタンプあり。 昭和55年は、1981年。 カバーはないです。 中編1、中編3の、計4作を収録しています。
【火と汐】 約116ページ
1967年(昭和42年)11月、「オール読物」に掲載されたもの。
夫が、油壺と三宅島を往復するヨットレースの出場している数日の間に、浮気相手と京都へ旅行に行っていた妻が、大文字焼きの見物中に姿を消し、その死体が、浮気相手の住居の近くで発見される。 当初、浮気相手の男が疑われるが、二人の刑事が、夫の方が動機が強いと当たりをつけ、殺害時刻に海の上にいたという鉄壁のアリバイを崩そうと試みる話。
この話、ドラマ化されたものを見た事があります。 1996年と2009年で、2作あるようですが、どちらを見たのかは、忘れてしまいました。 他に、西村京太郎さんの≪赤い帆船≫の中に、この作品そのものが小道具として登場した事で、より強く、印象に残っています。 ちなみに、タイトルの「汐」は、ヨット・レースの事ですが、「火」というのは、大文字焼きの事。
ネタバレしていても、充分面白いから、書いてしまいますが、海の上にいたのだから、京都へ行けるわけがないのに、そこを、巧みなトリックを使って、行き来を可能にしたというのが、作品の特徴です。 鉄道の時刻表トリックのアレンジと言えば言えますが、舞台を海の上に移し、空路まで絡めて、「ありえなさ」をより増幅した事で、読者の意表を衝く事に成功しています。
面白いのですが、結末が、逮捕に至らないのは、ちと、釈然としないところ。 こんな幕切れを選ぶ人間なら、そもそも、こんなに凝った計画殺人なんて、目論まないでしょうに。 離婚してしまった方が、遥かに、賢いです。
【証言の森】 約58ページ
1967年(昭和42年)8月、「オール読物」に掲載されたもの。
昭和10年代後半、妻殺しの容疑で逮捕された男が、容疑を否認したり、認めたり、何度も証言を修正した挙句、結局、起訴されて、有罪判決を受け、刑務所送りになる。 その後で、自分が真犯人だと出頭してきた男がいたが、警察に取り合ってもらえないまま・・・、という話。
これは、面白い。 全体の9割くらいは、冤罪物の趣きで、夫の境遇に同情し、警察や司法関係者のいい加減さに、義憤を感じているのですが、終わりの1割で、作者の意図が分かると、一転、冤罪だろうが、そうでなかろうが、全くどうでもよくなってしまいます。 これは、鮮やかだわ。 価値観が、180度引っ繰り返るのだから、こんな小説は、なかなか、ありません。
【種族同盟】 約58ページ
1967年(昭和42年)3月、「オール読物」に掲載されたもの。
旅行客の女を、暴行殺害した容疑で、旅館の番頭兼雑用係をしている男が逮捕される。 その国選弁護を引き受けた弁護士が、過去にイギリスで起こった判例を参考に、男の無実を主張して、裁判に勝ち、その後、男を自分の事務所に雑用係として雇ってやるが、男の態度が、だんだん図々しくなって来て・・・、という話。
ネタバレさせてしまいますと、被告が真犯人なのに、たまたま、そっくりな事件の判例があったせいで、それに倣って、無罪にしてしまい、後で真相が分かって、とんでもない事になるという流れです。 皮肉な結末は、松本清張作品の特長ですな。 面白いのですが、その後どうなったのかを書いていないのが、少し物足りないです。
【山】 約62ページ
1968年(昭和43年)7月、「オール読物」に掲載されたもの。
温泉宿に逗留していた元新聞記者の男が、近くの山奥で、女の死体を発見し、その関係者と思われる人物を目撃する。 その後、旅館の仲居と連れ立って東京に出た男が、たまたま、山の中で見た死体の関係者の正体を知り、恐喝して出資させた金で、雑誌を立ち上げ、その編集長に納まる。 さらに金を引き出すつもりで、雑誌の表紙に、その山の絵を出したところ、死体の女の姉が、たまたま、その絵を目にして・・・、という話。
松本清張さんの短編で、最も有名な作品に、【顔】(1956年8月発表)というのがありますが、思いもしないところから、過去の犯罪が露見するというアイデアは、ほぼ、同じです。 アレンジすれば、同じアイデアで、いくらでも、同種の短編を作れると思いますが、松本清張さん以外の人間がそれをやると、「これは、【顔】のアイデア盗用だね」の一言で、片付けられてしまうでしょう。
この作品について言うなら、アレンジの設定が複雑過ぎて、逆に、不自然になっているところが目立ちます。 綻びの発端は、意外であればあるほど効果的とはいえ、その為だけに出した登場人物が三人(雑誌の記事の執筆者/若い編集者/画家)もいて、キャラの中途半端な描き込みが、鬱陶しく感じられます。
以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2018年の、
≪ペルシャ猫を抱く女≫が、12月5日から、8日にかけて。
≪幽霊座≫が、10月8日から、10日。
≪華やかな野獣≫が、10月11日から、12日。
≪火と汐≫が、12月9日から、12月14日にかけて。
今回の4冊ですが、読んだ順ではないです。 誤って、≪幽霊座≫と、≪華やかな野獣≫の感想文を消してしまい、先に感想文を出している日記ブログの方で、その2冊を抜かしたままアップした事に、後になって気づいて、感想文を復元したのです。 こちらへは、日記ブログに出した順に出しているので、読んだ順が前後するという事態が発生した次第。
前回、「これから、横溝正史作品を買って読んでみようと考えている方々は、角川文庫なら、新刊でも古本でも、新版の方を買っておいた方がいい。 文字サイズが大きく、文字間・行間が広くて、旧版より、ずっと読み易いから」と書きましたが、それに関連して・・・。
先日、たまたま、函南にある戸田書店に行ったら、横溝作品の角川文庫で、杉本一文さんのカバー絵が復刻された新版が、6作品、並んでいるのを見つけました。 帰ってから、調べてみたら、その6冊については分からなかったものの、「2012年に、新版の25冊分が、杉本一文カバー絵で、限定復刻された」という情報を得ました。
そういうものが、もし、手に入るのなら、一も二もなく、それを買った方がいいと思います。 新版で読み易い上に、カバー絵が杉本一文作品なら、言う事がないではありませんか。 ただし、今現在、新刊で手に入るのは、6冊だけで、2012年に出た分は、まだ、中古市場に出て来ていないと思いますけど。
ちなみに、私が見た6冊は、メジャー長編が4冊と、金田一ものではない、≪真珠郎≫と、≪鬼火(蔵の中)≫の2冊が含まれていました。 値段は、平均して、700円くらい。 全部買うと、4200円前後で、結構な値段になってしまいますが、それでも、普通の新版の、カバーが書のものよりは、遥かに、価値が高いです。
そもそも、なんで、書に変えたのかが、分からない。 売れ行きが落ちてきたから、カバーを新しくしたというのは分かりますが、杉本作品と比べて、書が、著しく価値が落ちるというのは、横溝ファンはもちろんの事、ファンでない人達でも、十人中十人がそう思うに決まっており、書の方がいいと言う人は、多く見積もっても、100万人くらいに、一人くらいでしょう。 書に変えた結果、もっと、売れ行きが落ちたと思うのですがねえ。
限定なんて言ってないで、とりあえず、現行で売っているもの全て、カバーを杉本作品に戻して欲しいです。 戻せば売れるものを、意地でも戻さないという、経営判断が理解できない。 儲ける気がないんでしょうか?
≪ペルシャ猫を抱く女≫
角川文庫
角川書店 1977年11月10日/初版
横溝正史 著
清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 昭和55年は、1980年。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 中編1、短編8の、計9作を収録しています。
【ペルシャ猫を抱く女】 約26ページ
1946年(昭和21年)10月、「キング」に掲載されたもの。 1947年(昭和32年)12月に発表された金田一物の短編、【○○扇の女】の元になった話。 その後、更に書き改められて、長編にもなっています。
ある村で、旧家の娘が、寺の若い僧侶から、自分の先祖に毒殺魔の女がいたと知らされる。 自分にそっくりの肖像画まで見せられて、呪われた血統に恐れ戦くが、実は、それは、娘に懸想した僧侶の陰謀で・・・、という話。
基本アイデアは、【○○扇の女】と全く同じです。 そして、元の話だけあって、こちらの方が、纏まりがいいです。 長編化した方は、尾鰭をくっつけて、引き伸ばしたわけですが、このオリジナルと比べると、尾鰭が、尾鰭として、はっきり分かってしまいます。 ただ、どちらが面白いかと言うと、長編の【○○扇の女】の方が、尾鰭部分の描きこみに迫力がある分、一段、上です。
【消すな蝋燭】 約30ページ
1947年(昭和22年)10月11日、「旬間ニュース」に掲載されたもの。 タイトル中の「蝋」は、本来、旧字。
ある村で、祈祷師の老婆が殺される。 自分の想い人の男が犯人ではないかと心配した若い娘が、警察が来る前に、現場に入り、擬装工作を行なうが、そのせいで、逆に、男の容疑が深くなってしまう。 知恵者の僧侶が、謎を解き、真犯人をつきとめる話。
赤と緑の区別がつかない人物が犯人というパターン。 トリックも使われていますが、不発で終わります。 関係者が死んでしまった何年も後に、娘の叔母が、昔話として語る形式に趣きがあり、トリック・謎の部分は、オマケのような感じですが、そこそこ融合していて、水と油というほどではないです。
シンプルな謎・トリックを用いつつ、描き込みで完成度を高めた推理物短編としては、傑作と言ってもいいんじゃないでしょうか。
【詰将棋】 約26ページ
1946年(昭和21年)11月、「新日本」に掲載されたもの。
山村に疎開していた高名な法学者が、自分に詰将棋を教えてくれた弟子に、詰将棋の難問を出しては、解かれてしまうという戦いを続けていた。 ある時、弟子の死体が川で発見され、他の殺人事件で手配されていた男が疑われるが、実は・・・、という話。
「詰将棋に執着し過ぎて、人生を誤った」というのがテーマで、謎はあるものの、推理小説としては、本道とは言えません。 枠を借りただけですな。
【双生児は踊る】 約72ページ
1947年(昭和22年)3・4・5月、「漫画と読物」に分載されたもの。 これは、後に、金田一物に書き改められて、【暗闇の中の猫】になっています。 そちらは、64ページで、むしろ、オリジナルの方が長いです。
かつて、銀行強盗が捕えられた場所に出来たキャバレーに、奪われた金が隠してあると目されている。 捕まった時の怪我が元で、記憶喪失になった男を、刑事達が連れて来たところ、突然、灯りが消えて、その間に、男が射殺されてしまう。 どうやって、暗闇で狙いを定めたのか、男が最後に口にした「暗闇の中の猫が狙っている」という言葉は、どういう意味かなどを、双子のタップ・ダンサー、夏彦と冬彦が解く話。
基本アイデアは同じですが、【暗闇の中の猫】よりも複雑で、ちと、分かり難いところもあります。 話は入り組んでいる癖に、トリック・謎が、子供騙しでして、大して面白くはないです。 襲撃を防ぐのに、上着を盾にする人がいますかね? スペインの闘牛じゃあるまいし。
夏彦・冬彦の素人探偵コンビは、【双生児は囁く】でも、出て来ました。 他にも、登場作品があるんですかね? この二人も、戦後作品の探偵役で、もしかしたら、金田一を、僻地担当、夏彦・冬彦を、都会担当と、使い分けるつもりだったのかも知れませんが、夏彦・冬彦は、スマートなだけで、誠実さが感じられないので、使い勝手が悪く、すぐに、お役御免になってしまったのかも知れません。
【薔薇より薊へ】 約24ページ
1947年(昭和22年)1月、雑誌「漫画と読物」に掲載されたもの。
映画監督の後妻に入った元女優が、7年後、夫の本の間から、「薔薇から薊へ」と書かれた手紙を発見する。 結婚前に自分と夫の間で使っていた秘密の名前だったが、よく見ると、自分が書いた物ではなかった。 夫が浮気相手と、自分を殺す計画を立てていると知った妻は、刺し違える覚悟で、罠をしかけるが、実は・・・、という話。
【孔雀夫人】に似た話ですが、成りすましは使われておらず、もっと、シンプルです。 この、妻の告発に、嘘が含まれているせいで、推理しながら読むのは不可能です。 話の筋を追って、「ああ、そういう事なのか」と思う事だけしかできません。 いわゆる、アンフェアに属する書き方ですな。 短いですし、目くじら立てるほど、内容の濃い作品ではないですけど。
【百面相芸人】 約22ページ
1947年(昭和22年)1月、「りべらる」に掲載されたもの。 この作品の登場人物は、約一年後に、「月間読売」に連載された、【びっくり箱殺人事件】にも、顔を出します。
顔面模写の技能をもった芸人が、妻に行動を監視されている男に頼まれて、男が浮気を働いている間、本人に成りすまして、アリバイ工作をする仕事を引き受ける。 ところが、男がやったのは、浮気ではなく、妻の殺害だったと分かり・・・、という話。
ショートショート的な趣きの作品。 うまく纏まっているような、そうでもないような・・・。 依頼人を尾行していた探偵と、顔面模写芸人が同一人物だった、というのを、後から書くのは、意外な結末と言うよりは、ズルなのでは?
【泣虫小僧】 約38ページ
1947年(昭和22年)10月、「サンデー毎日特別号」に掲載されたもの。
浮浪児の少年が、トマトや南瓜を盗みに入った先で、その家に住む女が殺されているのを発見する。 財布を盗んで逃げたが、その財布は、その女に恨みがある女学生の物で、二人とも、警察に連れて行かれる。 ところが、実は、犯人は別にいて・・・、という話。
犯罪がモチーフですが、推理物と言うには、中身が薄過ぎ。 むしろ、人情物として読んだ方が、素直に楽しめます。 横溝さんの世代なら、戦後の浮浪児を、実際に見た事があったと思うのですが、些か、純朴過ぎるキャラ設定と言うべきか。 リアリティーよりも、彼らへの哀れみを前面に出したかったのかも知れません。
【建築家の死】 約8ページ
1947年(昭和22年)4月、「真珠」に掲載されたもの。
ある建築家が、自分の腕の宣伝目的で、自ら建てた、カラクリ屋敷のような家の中で、死体で発見される話。
ページ数を見ても分かると思いますが、小説というより、小話です。 しかも、全然、笑えません。 それ以前に、話になっていません。 「こんな枚数で、推理物が書けるか」と、不貞腐れて書いたのでは?
【生ける人形】 約17ページ
1949年(昭和24年)8月、雑誌「苦楽」に掲載されたもの。
奇態を売りにしてサーカスに出ている男が、あるキャバレーで、映画女優に刺殺され、その女優も、自分の心臓を刺して死んだ。 女優が生前に、ある人物に告白していたところでは、最近、何者かに、かどわかされ、その女優と、刺殺された男にそっくりな人物が出てくる、卑猥な映画を見せられたという。 告白された人物が、女優の犯行動機を推し量る話。
話になっていません。 思いついた場面を、そのまま文章に書いただけ、という感じです。 もしかしたら、作者が、夢に見た内容なのでは?
≪幽霊座≫
角川文庫
角川書店 1973年9月/初版 1976年8月/11版
横溝正史 著
清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年ですな。 寄贈本ではなく、横溝正史ブーム中に、図書館で買ったものと思われます。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 中編2、短編1の、計3作品を収録しています。
【幽霊座】 約108ページ
1952年11月・12月に、雑誌「面白倶楽部」に連載されたもの。
昭和10年、劇場造りの芝居小屋、「稲妻座」で、専属一座が、歌舞伎、≪鯉つかみ≫を上演中に、主役の花形役者が姿を消し、そのまま失踪する事件が起こる。 戦争を挟んで、17年後、失踪した役者の息子が主役となって、同じ演目がかけられるが、出番直前に、楽屋に差し入れられたチョコに中ってしまう。 急遽、彼の叔父が代役に立ったものの、予期せぬ事態が発生し・・・、という話。
実際には、もっと、登場人物が多くて、複雑です。 歌舞伎がモチーフになっていて、出だし、その世界に入っていくのに、少し抵抗がありますが、100ページ程度の長さですから、恐れるほど、奥が深くなっているわけではないです。 金田一耕助が、早くから関わって来て、自然に案内役を務めてくれるから、安心して読めます。
でねー、この話、面白いんですよ。 「失踪者の友人だった役者が、戦時中、慰問に行った満州で、失踪者の姿を見かけた」という話が出てくる辺り、ゾクゾクします。 過去の因縁が、大変、うまく取り入れられていて、効果を上げているわけですな。 17年前と、現在の配分が良いおかげで、取って付けたような因縁話になっていないところが、優れています。
犯人は、相当には意外な人物で、それが分かってから、ちゃんと、伏線が張ってあった事に気づくという、これまた、教科書的に、よく練られた話なのです。 教科書的と言っても、馬鹿にしているわけではなく、そう感じさせる、折り目正しい作品は、なかなか、書けるものではないです。
この作品は、古谷一行さん主演で、1997年にドラマ化されているようです。 私は、見ていません。 是非、見てみたいもの。
【鴉】 約62ページ
1951年7月に、雑誌「オール読み物」に掲載されたもの。
岡山の山村にある、神社と湯治場を運営している旧家にて。 三年前に失踪した娘婿が、残して行った置き手紙の予告通り、戻って来た形跡があるのだが、なかなか、人々の前に姿を現さない。 磯川警部の計略に嵌まって、事件に巻き込まれた金田一が、関係者の嘘の証言を見抜き、三年前の失踪の謎を解く話。
旧家の因習ドロドロで、金田一耕助と磯川警部の組み合わせとしては、王道を行く設定ですな。 屋敷の中に、石蔵造りの社殿があり、そこが、失踪事件の舞台装置になります。 トリックはありますが、機械的なものではないです。 そちらの方は、別に目新しさはないのですが、雰囲気だけでも、何となく、嬉しくなってしまいます。
60ページくらいの作品としては、中身が濃密で、読後に、充足感を覚えます。 この作品は、古谷一行さん主演、≪黒い羽根の呪い≫というタイトルで、ドラマ化されているようです。 なるほど、この話なら、金田一物のドラマとして、うってつけです。 私は、未見ですが。
【トランプ台上の首】 約129ページ
1956年1月に、雑誌「オール読み物」に掲載されたもの。 この作品は、私が、1995年9月頃に買い集めた本の一冊、春陽文庫の≪横溝正史長編全集18≫にも収録されていて、そちらで、2回、読んでいます。 今回で、3回目になりました。
隅田川沿いの集合住宅へ、水上から惣菜類を売りに来ていた男が、お得意の女性客が住んでいる部屋を覗き込んだところ、その女の生首がテーブルの上に置かれているのを発見する。 首から下の体が見つからず、犯人が何の為に首だけ残して行ったのか分からずに、捜査陣が混乱する中、金田一耕助が突破口を開く話。
被害者の身元を分からなくする為に、犯人が、首だけ持ち去るというのは、よくあるパターンですが、この作品のアイデアは、その逆のパターンになります。 「首なし死体物を、逆にして、推理小説が成立するか?」という命題に対する、横溝正史さんの回答になっているわけですな。 そういう点で、特別な作品という事になります。
アイデア勝負の話で、しかも、確実に、成功しています。 長さも、ちょうどよくて、余計な描写もなければ、説明が不足するような事もないです。 死んだ女の過去について、もう少し、描き込む余地があるような気がしますが、それをやったら、首なし死体物の逆転という狙いが、焦点ボケを起こしてしまうかも知れません。
この作品は、古谷一行さん主演、 古手川祐子さんゲストで、2000年に、同名ドラマ化されており、私も見た事があります。 ただし、ダブル原作で、≪黒猫亭事件≫も絡めてあるので、この作品の要素は、話の中心ではなかったと思います。
≪華やかな野獣≫
角川文庫
角川書店 1976年8月/初版 1976年10月/3版
横溝正史 著
清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和55年7月2日」のスタンプあり。 1980年ですな。 寄贈本ではなく、横溝正史ブーム中に、図書館で買ったものと思われます。 カバーはなく、雲模様になる前の、角川文庫の本体表紙です。 角川の古い「鳳凰マーク」入り。 長編1、中編2の、計3作品を収録しています。
【華やかな野獣】 約136ページ
1956年(昭和31年)12月に、「面白倶楽部」に掲載されたもの。
父親の遺産を兄と分け合い、横浜の屋敷をもらった女が、ホテル風に作られている、その屋敷に、夜な夜な、大勢の男女を招いて、「気に入った相手と、部屋にしけこみ自由」というパーティーを催していた。 ある晩、その女主人が殺され、更に、その相手をしていたと思しき男も死体となって発見される。 ボーイに変装して、パーティーを監視していた金田一が、神奈川県警の刑事達と共に、謎を解く話。
「一晩に、相手を変えて、何人も・・・」という参加者もいるようで、何とも、淫靡なパーティーですなあ。 こういう本が、学校の図書館になかったのも、頷ける。 だけど、横溝さんの作品で、どんなに淫靡な設定が凝らされていても、読んでいて、性的興奮を感じるような事はないです。 そもそも、推理小説なのだから、狙いが違うわけで、当然ですけど。
トリックの方は、物体的なもので、さして面白くはないです。 謎も、解けてしまうと、意外と言えば意外ですが、読者側には、推理のしようがないような事でして、あまり、面白いとは言えません。 しかし、舞台設定の淫靡さから、何か起こるんじゃないかという期待を感じさせられるせいか、話の雰囲気は良いです。
金田一が、ホテルのボーイに化けて出て来るのは、ご愛嬌。 この人、1954年の【幽霊男】でも、リゾート・ホテルに、ボーイに化けて潜入していましたが、たぶん、そのお遊び設定が、読者や編集者に、ウケたんでしょうな。 で、再度、ボーイ姿で登場させたのではないかと思います。
【暗闇の中の猫】 約66ページ
1956年(昭和31)6月に、「オール小説」に掲載されたもの。 元になったのは、1947年発表の【双生児は踊る】。
かつて、銀行強盗が捕えられた場所に出来たキャバレーに、奪われた金が隠してあると目されている。 捕まった時の怪我が元で、記憶喪失になった男を、刑事達が連れて来たところ、突然、灯りが消えて、その間に、男が射殺されてしまう。 どうやって、暗闇で狙いを定めたのか、男が最後に口にした「暗闇の中の猫が狙っている」という言葉は、どういう意味かなどを、易者に変装していた金田一耕助が解く話。
金田一と等々力警部が、最初に出会った事件という事になっていますが、だいぶ後になって書かれた作品でして、実際の初顔合わせは、1951年の【悪魔が来りて笛を吹く】辺りなんじゃないでしょうか。 等々力警部だけなら、戦前から、警察の代表みたいな役所で、ずっと、横溝作品に登場しています。
人物相関が複雑な割に、話の肝は、「暗闇の中で、どうやって、銃の狙いをつけたか」という、そのトリックに尽きるところがあり、推理小説としては、食い足りないです。 トリック自体が、子供騙しの部類でして、金田一が名探偵でなくても、気づいて当たり前。 気づかない警察の面々を、ボンクラにし過ぎています。
【睡れる花嫁】 約50ページ
1954年(昭和29年)11月、「読切小説集」に掲載されたもの。 元のタイトルは、【妖獣】。
結核で死んだ妻を死後も愛撫していた罪で服役し、出所して来た男が、自分のアトリエの近くで、警官を刺殺して逃げた。 アトリエの中には、死後に愛撫された別の女の死体があり、同様の事件が、その後、相次いで起こる。 あるバーの関係者が事件に関っていると睨んだ金田一が、捜査を進め、犯人をつきとめる話。
横溝作品では、アトリエが、よく、舞台になります。 アトリエと死体は、相性がいいらしい。 死体が似合いそうな殺害場所を、まず考えて、そこから、話を膨らませて行けば、面白い作品になる可能性がありますな。 全く死体が似合わない場所で死体が発見されるのも、落差があっていいですが、雰囲気的には、齟齬が出るのを避けられません。
犯人は意外な人物ですが、これも、読者には情報が知らされないので、推理して分かるという事はないです。 憶測であれば、大体、見当がつきますけど。 金田一が、警察を尻目に、ポンポンと捜査を進めてしまうので、一見、名探偵が大活躍する話のように感じられますが、実際には、警察の方を平均より無能にして、探偵の能力を相対的に持ち上げているだけです。
≪火と汐≫
文春文庫
文藝春秋社 1976年2月25日/初版 1978年9月15日/7版
松本清張 著
清水町立図書館にあった本。 「清水町公民館図書室 昭和56年5月21日」のスタンプあり。 昭和55年は、1981年。 カバーはないです。 中編1、中編3の、計4作を収録しています。
【火と汐】 約116ページ
1967年(昭和42年)11月、「オール読物」に掲載されたもの。
夫が、油壺と三宅島を往復するヨットレースの出場している数日の間に、浮気相手と京都へ旅行に行っていた妻が、大文字焼きの見物中に姿を消し、その死体が、浮気相手の住居の近くで発見される。 当初、浮気相手の男が疑われるが、二人の刑事が、夫の方が動機が強いと当たりをつけ、殺害時刻に海の上にいたという鉄壁のアリバイを崩そうと試みる話。
この話、ドラマ化されたものを見た事があります。 1996年と2009年で、2作あるようですが、どちらを見たのかは、忘れてしまいました。 他に、西村京太郎さんの≪赤い帆船≫の中に、この作品そのものが小道具として登場した事で、より強く、印象に残っています。 ちなみに、タイトルの「汐」は、ヨット・レースの事ですが、「火」というのは、大文字焼きの事。
ネタバレしていても、充分面白いから、書いてしまいますが、海の上にいたのだから、京都へ行けるわけがないのに、そこを、巧みなトリックを使って、行き来を可能にしたというのが、作品の特徴です。 鉄道の時刻表トリックのアレンジと言えば言えますが、舞台を海の上に移し、空路まで絡めて、「ありえなさ」をより増幅した事で、読者の意表を衝く事に成功しています。
面白いのですが、結末が、逮捕に至らないのは、ちと、釈然としないところ。 こんな幕切れを選ぶ人間なら、そもそも、こんなに凝った計画殺人なんて、目論まないでしょうに。 離婚してしまった方が、遥かに、賢いです。
【証言の森】 約58ページ
1967年(昭和42年)8月、「オール読物」に掲載されたもの。
昭和10年代後半、妻殺しの容疑で逮捕された男が、容疑を否認したり、認めたり、何度も証言を修正した挙句、結局、起訴されて、有罪判決を受け、刑務所送りになる。 その後で、自分が真犯人だと出頭してきた男がいたが、警察に取り合ってもらえないまま・・・、という話。
これは、面白い。 全体の9割くらいは、冤罪物の趣きで、夫の境遇に同情し、警察や司法関係者のいい加減さに、義憤を感じているのですが、終わりの1割で、作者の意図が分かると、一転、冤罪だろうが、そうでなかろうが、全くどうでもよくなってしまいます。 これは、鮮やかだわ。 価値観が、180度引っ繰り返るのだから、こんな小説は、なかなか、ありません。
【種族同盟】 約58ページ
1967年(昭和42年)3月、「オール読物」に掲載されたもの。
旅行客の女を、暴行殺害した容疑で、旅館の番頭兼雑用係をしている男が逮捕される。 その国選弁護を引き受けた弁護士が、過去にイギリスで起こった判例を参考に、男の無実を主張して、裁判に勝ち、その後、男を自分の事務所に雑用係として雇ってやるが、男の態度が、だんだん図々しくなって来て・・・、という話。
ネタバレさせてしまいますと、被告が真犯人なのに、たまたま、そっくりな事件の判例があったせいで、それに倣って、無罪にしてしまい、後で真相が分かって、とんでもない事になるという流れです。 皮肉な結末は、松本清張作品の特長ですな。 面白いのですが、その後どうなったのかを書いていないのが、少し物足りないです。
【山】 約62ページ
1968年(昭和43年)7月、「オール読物」に掲載されたもの。
温泉宿に逗留していた元新聞記者の男が、近くの山奥で、女の死体を発見し、その関係者と思われる人物を目撃する。 その後、旅館の仲居と連れ立って東京に出た男が、たまたま、山の中で見た死体の関係者の正体を知り、恐喝して出資させた金で、雑誌を立ち上げ、その編集長に納まる。 さらに金を引き出すつもりで、雑誌の表紙に、その山の絵を出したところ、死体の女の姉が、たまたま、その絵を目にして・・・、という話。
松本清張さんの短編で、最も有名な作品に、【顔】(1956年8月発表)というのがありますが、思いもしないところから、過去の犯罪が露見するというアイデアは、ほぼ、同じです。 アレンジすれば、同じアイデアで、いくらでも、同種の短編を作れると思いますが、松本清張さん以外の人間がそれをやると、「これは、【顔】のアイデア盗用だね」の一言で、片付けられてしまうでしょう。
この作品について言うなら、アレンジの設定が複雑過ぎて、逆に、不自然になっているところが目立ちます。 綻びの発端は、意外であればあるほど効果的とはいえ、その為だけに出した登場人物が三人(雑誌の記事の執筆者/若い編集者/画家)もいて、キャラの中途半端な描き込みが、鬱陶しく感じられます。
以上、四作です。 読んだ期間は、去年、つまり、2018年の、
≪ペルシャ猫を抱く女≫が、12月5日から、8日にかけて。
≪幽霊座≫が、10月8日から、10日。
≪華やかな野獣≫が、10月11日から、12日。
≪火と汐≫が、12月9日から、12月14日にかけて。
今回の4冊ですが、読んだ順ではないです。 誤って、≪幽霊座≫と、≪華やかな野獣≫の感想文を消してしまい、先に感想文を出している日記ブログの方で、その2冊を抜かしたままアップした事に、後になって気づいて、感想文を復元したのです。 こちらへは、日記ブログに出した順に出しているので、読んだ順が前後するという事態が発生した次第。
前回、「これから、横溝正史作品を買って読んでみようと考えている方々は、角川文庫なら、新刊でも古本でも、新版の方を買っておいた方がいい。 文字サイズが大きく、文字間・行間が広くて、旧版より、ずっと読み易いから」と書きましたが、それに関連して・・・。
先日、たまたま、函南にある戸田書店に行ったら、横溝作品の角川文庫で、杉本一文さんのカバー絵が復刻された新版が、6作品、並んでいるのを見つけました。 帰ってから、調べてみたら、その6冊については分からなかったものの、「2012年に、新版の25冊分が、杉本一文カバー絵で、限定復刻された」という情報を得ました。
そういうものが、もし、手に入るのなら、一も二もなく、それを買った方がいいと思います。 新版で読み易い上に、カバー絵が杉本一文作品なら、言う事がないではありませんか。 ただし、今現在、新刊で手に入るのは、6冊だけで、2012年に出た分は、まだ、中古市場に出て来ていないと思いますけど。
ちなみに、私が見た6冊は、メジャー長編が4冊と、金田一ものではない、≪真珠郎≫と、≪鬼火(蔵の中)≫の2冊が含まれていました。 値段は、平均して、700円くらい。 全部買うと、4200円前後で、結構な値段になってしまいますが、それでも、普通の新版の、カバーが書のものよりは、遥かに、価値が高いです。
そもそも、なんで、書に変えたのかが、分からない。 売れ行きが落ちてきたから、カバーを新しくしたというのは分かりますが、杉本作品と比べて、書が、著しく価値が落ちるというのは、横溝ファンはもちろんの事、ファンでない人達でも、十人中十人がそう思うに決まっており、書の方がいいと言う人は、多く見積もっても、100万人くらいに、一人くらいでしょう。 書に変えた結果、もっと、売れ行きが落ちたと思うのですがねえ。
限定なんて言ってないで、とりあえず、現行で売っているもの全て、カバーを杉本作品に戻して欲しいです。 戻せば売れるものを、意地でも戻さないという、経営判断が理解できない。 儲ける気がないんでしょうか?