読書感想文です。 一冊、別の作家の本が挟まって、その後は、また、クリスティー文庫。 短編集の感想は、長くなると、何度も書いていますが、それが、三冊も続きます。 申し訳ない。
≪偶人館の殺人≫
祥伝社 1990年3月30日/初版 1990年4月1日/2刷
高橋克彦 著
沼津図書館にあった、ハード・カバーの単行本です。 長編推理小説。 約318ページ。 月刊「小説NON」誌に、1989年4月から、1990年1月まで、連載されたもの。 「偶人館」の読み方は、作中では、「ぐうじんかん」ですが、タイトルは、「からくりかん」となっている場合もある模様。
岩手県の山奥に、明治初期に建てられた、広壮な屋敷、「偶人館」で、招待客注視の中、屋敷の塔の上から、空中散歩の手品を披露していた当主が、池に墜落して死亡する。 残された妻は、亡夫の友人と再婚し、莫大な遺産は、彼の事業を大きなものにした。 26年後、ハーフでありながら、日本語の諺・格言に異様に詳しい青年が、デザインの仕事の関係で、からくり人形の取材を始める。 かつて、大野弁吉という天才からくり師がいた事や、彼のスポンサーだった、銭屋五兵衛が遺した、4千億円が、どこかに隠されている事が分かり・・、という話。
推理小説であると同時に、冒険小説でもあります。 アクションは、なし。 何者かによる他殺とも思える事故が起こり、その謎を追う傍ら、財宝探しが絡んで来て、普通に考えれば、動機に不純さが感じられるはずなのですが、不思議な事に、二つの謎の追求が、うまく重ね合わされており、探偵役達の行動に疑念が生じるような事はありません。
30歳前後という、まだ、若いけれど、社会人としての分別はついている年代の者達が、探偵役を務めているせいか、何となく、三大奇書の一つ、【虚無への供物】に似た雰囲気があります。 しかし、それは考え過ぎで、2時間サスペンスの原作になり易いように、若い探偵役を揃えたのかも知れません。 後半の、偶人館に赴く冒険物的な展開など、いかにも、映像化を前提にして 入れたもののような気がしますねえ。
ちなみに、この作品、遥か後になって、2019年に、「塔馬教授シリーズ」に、脚色され、映像化されます。 高橋克彦さんには、「リサ&チョーサク・シリーズ」というのがあり、それを原作にして、ドラマ化したのが、「塔馬教授シリーズ」なのですが、その3作目が、「リサ&チョーサク・シリーズ」ではない、この、【偶人館の殺人】なのです。 ちょうど、リサや、チョーサクや、塔馬に当て嵌められるような登場人物が出ているので、都合が良かったんでしょうな。
からくり人形の歴史がモチーフになっているので、硬い部分もあるのですが、冒頭の26年前の場面を除くと、ほとんどが、会話によって進むので、読み難いという事は、全くありません。 地の文は、場面の説明に、最小限、入れられているだけ。 こういう書き方でも、硬い内容を伝えられるんですな。
30歳前後の、まだまだ若い面々が、こんな硬い内容の会話をするのか? とも思いますが、1989年というと、バブル経済が最高潮だった時期で、その頃の都会なら、いろんな人間が、いろんな事に興味を持っていたから、こういう会話を楽しんでいた人達も、いたかも知れませんなあ。
からくり人形や、機械の歴史に興味がある人には、もちろん、お薦め。 そうでない人には、ちょっと・・・、というところ。 推理小説としても、冒険小説としても、知的に、スマートに仕上げられていますが、因縁話は、2サスの平均レベル程度ですし、ドンデン返しがある点も、あまり、いいと思いません。
重箱の隅を突つくと、探偵役が、多過ぎますかね? 女性陣は、いても いなくても、大差ないような気がせんでもなし。 メインの探偵役に、天才肌の男性を出してしまうと、助手役の女性が、やる事がなくなって、霞んでしまうんですな。 これは、推理小説全般に言える事ですけど。
≪謎のクィン氏≫
クリスティー文庫 53
早川書房 2004年11月30日/初版 2018年9月15日/5版
アガサ・クリスティー 著
嵯峨静江 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 短編、12作を収録。 【謎のクィン氏】は、コピー・ライトが、1930年になっています。 本全体のページ数は、約492ページ。
【クィン氏登場】 約36ページ
ある屋敷に集まった人々の間で、10年前に、その屋敷の前の主が自殺した一件が、話題に上る。 そこへ、車の故障で、たまたま、訪ねて来たクィン氏が、人々の記憶を呼び覚まし、自殺の真相を見抜く話。
短編としては、少し長めである上に、内容も深刻なので、軽い気持ちで読み始めると、思わぬ抵抗に遭います。 クィン氏は、何者なのか、全く分かっておらず、探偵役と呼ぶには、少し資格が足りないような感じ。 事件の謎は、人々の記憶から明らかになり、クィン氏は、それを纏めるだけです。
クィン氏が正体不明なせいか、探偵物として、安定が悪く、面白いというところまで行きません。 登場人物が、中途半端に多いので、誰が誰だか、見失い易いです。 サタースウェイトという人物が、クィン氏のヒントを得て、謎解きの舵取り役を務めます。 これは、全話共通の形式。
【窓ガラスに映る影】 約44ページ
ある屋敷に、何度、ガラスを新しくしても、幽霊と思しき同じ人物の影が映る窓があった。 その屋敷の庭で、男女二人が殺され、一人の女が、拳銃を持った状態で発見される。 たまたま、訪ねて来たクィン氏の導きで、幽霊の正体が暴かれ、殺人犯人も明らかになる話。
クリスティーさんにしては珍しい、物体的トリック。 そこそこ、ページ数があるのは、幽霊の怪奇趣味を盛り込もうとしたからだと思います。 オカルトではあり得ない事が分かっているので、そちらで、ゾクゾクする事はないです。 推理物としては、短か過ぎて、やはり、ゾクゾク感はありません。
この作品も、登場人物が多くて、誰が誰だか、しょっちゅう、前の方のページに戻って、確認しなければなりません。 このページ数で、フー・ダニットは、無理なんですな。 読者が、登場人物の名前とキャラを覚える前に、終わってしまいますから。
【<鈴と道化服>亭奇聞】 約36ページ
<鈴と道化服>亭に寄ったサタースウェイト氏。 たまたま出会ったクィン氏と、かつて、その家で起こった、結婚直後の男性が失踪した事件について、人々の証言から、真相をつきとめる話。
殺人が起こるわけではなく、失踪の真相を明らかにするだけですが、殺人が起こらない推理小説に独特の、少し、洒落た雰囲気が楽しめます。 ホームズ物には、そういうのが、多く含まれますが、ホームズ物が好きな人なら、この作品も、面白いと思うはず。
【空のしるし】 約34ページ
ある夫人の殺害容疑で裁判にかけられた青年。 陪審員の評決は有罪となった。 疑問を抱いたサタースウェイト氏は、たまたま出会ったクィン氏に勧められて、事件直後、カナダへ行ってしまったメイドの話を聞く為に、当地まで赴く。 メイドが口にした、汽車の煙の証言から、犯行時刻が操作されていた事が分かり、謎が解けて行く話。
サタースウェイト氏、カナダまで、客船で往復するのだから、大変な話。 一人の青年を死刑から救えるかどうかの瀬戸際だから、おかしくはないですけど。 「突然、カナダへ行ったメイド」、「汽車の煙」、「屋敷の主の時計趣味」など、短編でありながら、推理物のアイデアが、ぎっしり詰まっていて、内容の濃い作品です。
【クルピエの真情】 約34ページ
モンテカルロに、かつて、王侯の愛人だった女が来ていた。 時は流れ、歳を取ったが、サバを読んで、若い男をものにしようとしていた。 カジノで、サタースウェイト氏が勝ったにも拘らず、ディーラーは、女の方に、掛け金を渡した。 その理由は・・・、という話。
推理物ではありません。 クィン氏も出て来ますが、いつものように、謎解きの導き役を務める事はないです。 カジノのディーラーと、女の過去の関係を語る話でして、まあ、一般小説ですな。 純文学というほど、深みはないです。
クルピエというのは、ディーラーの事。 ディーラーというのは、カジノで、ルーレットを回したり、トランプを配ったりする係の事。
【海から来た男】 約54ページ
ある島へやって来たサタースウェイト氏。 病魔に侵され、余命半年を宣告されて、若い頃に来た事があるこの島で、自殺をしようとしていた中年男を思い留まらせる。 それとは別に、たまたま招じ入れられた家で、中年女性が、自殺を考えている事を察知する。 若い頃、最初の夫を転落事故でなくした後、たまたま訪ねて来た青年と懇意になった。 青年は去って行ったが、女は、妊娠して、息子を産んだ。 成長した息子が、恋人を連れて帰って来るが、父親が誰であるか分からない事を知られるのが怖くて、生きていられないとの事。 サタースウェイト氏は、もしやと思い・・・、という話。
クィン氏は、ちょっと、顔を見せる程度です。 クィン氏は、サタースウェイト氏を尾行してるんじゃないですかねえ。 あまりにも、よく出会い過ぎる。 それはさておき、ストーリーの方も偶然が過ぎて、些か、リアリティーを欠きます。 大抵の読者は、途中で、自殺願望男と、自殺願望女の関係に気づくと思いますが、面白さよりも、ストーリー構成の稚拙さを感じるんじゃないでしょうか。
また、中年女の方の、自殺願望の動機が、弱いです。 息子が、父親の事を気にするのであれば、とっくから気にしているはず。 男が患っている余命半年の病気を、女が必ず治せると決め込んでいるのも、テケトー・えー加減の批判を免れますまい。
【闇の声】 約38ページ
サタースウェイト氏が若い頃から知っている姉妹は、船旅で事故に遭い、姉が死亡していた。 妹は、男癖が悪く、3人と結婚・離婚し、現在、4人目を捕まえようとしていた。 妹には、娘が一人いたが、娘が住む屋敷で、「奪ったものを返せ」と言う幽霊が出るようになり・・・、という話。
クリスティーさんらしい、なりすましものです。 厳密に言うと、記憶喪失をきっかけに、すりかえられた人物なので、本人の意思で、すりかわったわけではないのですが。 それにしても、大胆なすりかえをしたものですな。 記憶が突然 戻ったら、どうするつもりだったんでしょう?
クィン氏は、ちょっと、顔を見せる程度。 サタースウェイト氏の捜査能力が上がったせいで、クィン氏の出番がなくなってしまっている様子。 クリスティーさんも、それは承知していたと思いますが、通しのタイトルに、「クィン氏」が入っているから、顔見せ程度でも、出さざるを得ないのでしょう。
【ヘレンの顔】 約36ページ
若く美しい女性をとりあっていた二人の青年。 フラれた方の青年は、意外にも、潔く身を引き、ラジオと、中空のガラス玉がついた置物を贈ってくれた。 そして、ある音楽番組を聴くように、女性に頼んだ。 サタースウェィト氏は、フラれた青年が、特殊な科学知識をもっている事を知り、大急ぎで、女性の部屋へ向かうが・・・、という話。
共鳴現象により、人間が出す高音の声で、ガラスが割れる、というのを、聞いた事がある人は多いと思います。 それを利用したトリック。 書かれた時代を考えると、そういう知識が、まだ、新鮮だったのかも知れません。 もう一つ、技術が絡んで来ますが、第一次世界大戦を経ているからこそ、実感がある類いのもの。
冒頭、女性の顔立ちが、テーマのような印象を受けますが、後ろの方に行くと、大した意味はないと分かります。 それをてーまにしようとしたけど、うまく、膨らまなかったのかも知れませんな。 そうそう。 クィン氏は、ちょっとしか出て来ません。
【死んだ道化役者】 約50ページ
ある屋敷のある部屋を背景に、クィン氏そっくりの人物が描かれた絵を、サタースウェィト氏が買い入れる。 ところが、その絵を、是非 譲って欲しいと言う女性が、二人も現れた。 一人は、かつて、その絵が描かれた屋敷に住んでいて、自殺した若い当主の未亡人だった。 サタースウェィト氏と、クィン氏が、自殺と思われていた一件の謎を解く話。
この短編集の作品としては、推理小説の基本線に沿っている方。 トリックも謎も、理解し易いです。 起こった事が、自殺だけの場合、事件になりませんから、大抵は、自殺と思わせて、実は他殺なわけですが、そのトリックは、無数に考えられます。 この作品の場合、短時間のなりすましを使っています。 クリスティーさんのお得意。
【翼の折れた鳥】 約42ページ
コックリさんのお告げで、クィン氏に会える事を期待して、ある屋敷からの招待に応じた、サタースウェイト氏。 ウクレレを弾きながら歌う女性に、感銘を受けるが、その女性が殺されてしまう。 ウクレレの弦に異常を見出したサタースウェイト氏が、犯人を指名する話。
クィン氏は、ほとんど、出て来ませんし、サタースウェイト氏とは、一度も会いません。 コックリさんが、トリックではなく、マジなお告げとして、使われています。 どうも、この短編集全体が、オカルトの匂いがしますねえ。 微妙な線をついて、神秘性を醸し出そうとしているんでしょうが、一歩間違えれば、推理小説から逸脱してしまう、危険な手法です。
謎の方は、本格推理物に相応しい、物理的なもの。 ただし、トリックと言うわけではありません。 些か、子供騙しっぽいですが、ウクレレに詳しくない捜査陣なら、見逃すかも知れませんな。 私も詳しくないので、謎解きを読まなければ、分かりませんでした。
【世界の果て】 約40ページ
コルシカ島に来たサタースウェイト氏。 奇妙な絵ばかり描いている女性から絵を買うが、その女性に何か尋常でない雰囲気を感じる。 一方、有名な女優とも会い、その女優が、かつて、宝石を盗んだ青年を刑務所送りにした話を聞かされる。 サタースウェイト氏は、女優が持っている小箱に着目し・・・、という話。
クィン氏は、登場しますし、謎解きの場面にも、同席します。 それだけで、安心感を覚えるのは、私だけかな? そもそも、どの話でも、謎を解くのは、クィン氏ではなく、サタースウェイト氏なんですが、サタースウェイト氏だけでは、頼りない感じがするからでしょうか。
絵を描く女性と、宝石を盗まれた女優の関係が希薄で、ラストで、強引に結び付けられます。 語り方としては、拙いやり方。 ここまで、雰囲気主導で書くのなら、推理小説にしない方が、良かったんじゃないかと思います。 木に竹の謎をつけてしまったせいで、白けている感 あり。
【道化師の小径】 約48ページ
自分でもよく分からない理由で、ある家に滞在していたサタースウェイト氏。 その家の主の妻は、ロシア革命の後、イギリス人と結婚したロシア人だった。 舞踊劇が催される事になっていたが、交通事故で、踊り手が来れなくなり、代役として、元バレリーナだった主の妻が、クィン氏と踊る事になるが・・・、という話。
これといって、事件は起こりません。 強いて言うなら、ロシア革命の頃に死んだとされていた人物が、実は生きていた、という展開がありますが、推理物の対象になるような事件ではないです。 主の妻が、人生のどの局面で、誰を愛するかという、純文学的なテーマを扱っています。
クィン氏の名前がついた道が出て来て、死が絡んで来るのですが、はっきり書いていないせいで、よく分かりません。 クィン氏が、死への案内役のような役割を果たしているという事なんでしょうか。 オカルトっぽいですなあ。
【謎のクィン氏】を総括しますと、推理物のモチーフを使った、純文学作品ですな。 一般小説として見ると、些か、掴みどころがなさ過ぎ。 こういうのが好きな人もいると思いますが、クリスティー作品としては、異質で、ベタ誉めするようなものではないです。 こういう作品ばかり書いている作家がいるとしたら、出版社が相手にせず、本一冊、出せないでしょう。 クリスティーさんの名前があればこそ、残った作品と言えます。
≪火曜クラブ≫
クリスティー文庫 54
早川書房 2003年10月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
中村妙子 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 短編、13作を収録。 【火曜クラブ】は、コピー・ライトが、1932年になっています。 本全体のページ数は、約438ページ。 全作、マープル物。 6人の人間が、それぞれ、経緯を知っている事件を紹介し、他の面子に、謎解きをさせる趣向。 もちろん、正解に辿りつくのは、いつも、マープルです。 1~6話は、場所が、マープルの家。 7~12話は、バントリー邸。 バントリー邸は、長編【書斎の死体】にも登場します。 13話だけは、火曜クラブとは関係ない事件です。
【火曜クラブ】 約26ページ
元警視総監が語り手。 夫婦と、妻の話相手の夫人に毒が盛られ、妻が死ぬ事件が起こる。 夫が書いたメモには、妻の殺害が仄めかされていたが・・・、という話。
ヴァン・ダインの二十則に、半分、抵触していますが、半分だから、まあ、いいだろうという事でしょうか。 もちろん、クリスティーさんは、ヴァン・ダインの二十則に縛られなければいけないという義務はありませんが、気にはしていたと思うので、結構、ヒヤヒヤしながら、書いたのでは? 短編なら、細かい事を言う人はいないかも知れませんが。
他の面子が、間違った推理を開陳した後で、マープルが、いとも容易に正解を言い当てて、一同を、あっと驚かせるというパターンです。
【アスタルテの祠】 約30ページ
牧師が語り手。 アスタルテ神の祠がある場所で、神がかった女性をとめようとした男が、突然倒れる。 従弟が駆け寄って、見たところ、死んでいる事が分る。 刺し傷があるが、刃物が見たらない。 翌日、もう一度、現場に行った従弟が、なかなか戻って来なくて・・・、という話。
凶器が見つからないという謎。 簡単なトリックなんですが、そういうトリックがあると知らなければ、面白いと感じると思います。 もっとも、【火曜クラブ】を読む人は、かなり、推理小説を読み込んでいると思うので、大抵の人は、「ああ、その手のトリックか」と、気づくと思いますが。
動機も、短編らしく、簡潔に述べてありますが、「なるほど、そういう心理もあるか」と思う反面、「実行するのには、大変な思い切りが要るだろうな」とも思います。 普通は、絶好の機会に恵まれたとしても、やれないと思います。 計画殺人の方が、遥かに、実行し易いのでは?
【金塊時件】 約28ページ
マープルの甥、レイモンドが語り手。 友人が始めた、沈没船の金塊を探す計画に乗ったレイモンド。 その友人が、行方不明になり、縛られた状態で、発見される。 レイモンドは、その後どうなったかを知らなかったが、元警視総監が教えてくれて、マープルから、小言を喰らう話。
金塊は、実際にあったのですが、沈没船とは、関係ないものだった、というオチ。 「木を隠すなら、森の中」の発想で「金塊を隠すなら、沈没船が多い土地」というわけです。 このアイデアも、推理小説では、良く使われるので、ピンと来た読者も多いはず。 クリスティーさんは、短編に関しては、ありふれたトリックやモチーフでも、抵抗なく使ったようですな。
【舗道の血痕】 約20ページ
画家(女)が語り手。 ある家の前の舗道に、血痕が見える。 その家の夫婦と、もう一人の女が、三人で泳ぎに行ったのだが、その後、妻が死体で発見される。 画家は、全く別の場所でも、同じ人物の組み合わせを見て・・・、という話。
横溝正史さんの初期短編に、【赤い水泳着】というのがありますが、たぶん、この作品から、アイデアをいただいたんでしょう。 もしかしたら、クリスティーさんのオリジナルではなく、古典的なアイデアなのかも知れませんな。 クリスティーさんは、短編に関しては、すでに知られているアイデアを使う事に、抵抗がなかったようです。 おそらく、当時の推理小説界全体が、そういう風潮だったのでは?
【動機対機会】 約28ページ
弁護士(男)が語り手。 怪しい霊媒師を信じ込んで、遺産の大半を、そちらへ贈ろうと、遺言書を書き換えた老人。 ところが、老人の死後、弁護士が、保管していた遺言書の封を開くと、白紙が入っているだけだった。
霊媒師を登場させなくても、とにかく、それまでの遺言を書き直すという状況があれば、成り立つ話。 確かに書いたはずの遺言書が、どうやって、白紙になったかが、話の肝。 トリックが使われていますが、子供騙し以下としか言いようがないもので、ここでも、クリスティーさんが、短編のアイデアを、この程度のものだと思っていた事が、よく分かります。
【聖ペテロの指のあと】 約30ページ
マープルが語り手。 マープルの姪が、嫁入りした先で、夫が殺され、姪が毒を盛ったのではないかと噂が立つ。 マープルが乗り込んで行き、墓を掘り起こして、遺体を解剖させるが、毒物が特定できない。 マープルは、故人が言い遺した言葉に、別の意味を読み取り、毒物を特定。 犯人を指名する話。
言葉遊びが、謎解きに繋がります。 日本人とって外国語である英語だから、なんとなく、説得力を感じてしまいますが、もし、日本語だったら、ダジャレ・レベルですな。 これは、クリスティーさんの、オリジナル・アイデアでしょう。 山村美紗さんも、こういうアイデアが好きなタイプでは?
毒物は、推理小説では、大変、よく使われる道具ですが、専門知識がないと解けないような謎は、実は、禁じ手です。 ただし、予め、その毒物について、充分な説明が、読者に対して行なわれていれば、問題ありません。 この作品は、ギリギリ・セーフというところでしょうか。
【青いゼラニウム】 約38ページ
バントリー大佐が語り手。 病人である事を笠に着て、年中、夫を責めている悪妻。 霊媒師に言われ、死への秒読みとして、青い花を警戒するようになる。 様々な花が描かれた壁紙の部屋に寝ていたが、それらの花が、青くなって行き・・・、という話。
三種類の植物で、三段階にレベルが上がって行き、ゼラニウムが青くなると、死ぬという仕掛け。 実際には、犯人がいますが、これまた、ヴァン・ダインの二十則に抵触しています。 そんな事は、どーでもいーと思ってたんでしょうか。 短編だから。 動機的に怪しそうなのは、夫なんですが、最も怪しそうに書いてあるのは、大抵、犯人ではないです。
トリックは、子供騙しと言うには、ちと、高度なもの。 しかし、化学を利用したものなので、やはり、専門知識が必要で、一般読者は、「ああ、なるほど、そうなんですか」と、説明を受け入れるしかありません。
【二人の老嬢】 約40ページ
医師(男)が語り手。 カナリア諸島に来た、二人のイギリス人女性。 海水浴場で、一人が溺れ、助けようとしたもう一人も危険になり、他の者達に救助されたが、最初に溺れた方は、助からなかった。 目撃者の証言で、助けようとしたのではなく、沈めようとしていたのではないかと疑いが出ていたが、生き残った方は、イギリスに戻ってから、自分の犯行を認める遺書を残して、入水自殺し・・・、という話。
クリスティーさんお得意の、すりかわり物。 初期の頃から、好きだったんですねえ。 すりかわり物は、その後、長編作品で、多用されますが、本来、短編用のアイデアなのか、この長さでも、うまく嵌め込まれています。
原題は「The Companion」で、資産家の奥さんなどの、話し相手になる職業を指します。 邦題は、「老嬢」ですが、年齢は、二人とも、40歳くらいです。 独身で、すでに若くないという事で、「老嬢」にしたのだと思いますが、今の年齢感覚だと、かなり、無理があります。
【四人の容疑者】 約36ページ
元警視総監が語り手。 ドイツの犯罪結社に潜入して、解体に追い込み、イギリスへ逃げて来た男。 残党に報復される事を覚悟しながら、田舎に家を借り、執筆生活を送っていた。 ある時、家の中で殺されてしまい、姪、家政婦、秘書、庭師に容疑がかかるが・・・、という話。
同居人の中に犯人がいるのは確実で、結社の残党から、殺害の指令が来てから、実行されたのも、確実。 手紙が何通か届いていたが、その中に指令が含まれていた、というところから、文字遊びの謎になって行きます。 どうも、文字遊び物は、青臭い感じがしますが、それも、短編なら許されるか。
マープルだけでなく、バントリー夫人も、同じ趣味を持っていたお陰で、暗号の正体に気づきます。 バントリー夫人は、【書斎の死体】にも出て来ますが、この頃には、マープルが類い稀な探偵である事を知らなかった模様。 ちなみに、【書斎の死体】が発表されるのは、1942年なので、10年も後です。
【クリスマスの悲劇】 約40ページ
マープルが語り手。 マープルが、治療施設で知り合った、ある夫妻。 夫が、妻を殺そうとしている事を見抜いたマープルだったが、予防措置の甲斐もなく、妻が殺されてしまう。 一番乗りで現場の部屋に駆けつけたマープルは、夫が小細工をしないように注意していた。 警察が来た後、発見された時と何か違いはないか訊かれて、被っていたはずの帽子が、床に置かれている事に気づいたが・・・、という話。
すりかえ物。 何のすりかえかは、ネタバレを避ける為に、申せません。 このトリック、2サスでは、よく見ますが、この頃、もう、使われていたんですね。 しかし、実行するとなると、他の者が殺人事件に気づいた後で、主な犯行を行なわなければならないわけで、ヒヤヒヤでしょうな。 計画犯罪ではないので、何をどうするか、細部まで詰めてはいないわけで、実際には、危険過ぎて、行なわれないか、行なっても、ボロが出て、すぐにバレてしまうのでは?
然様に、リアリティーを欠くわけですが、それは、現実の話。 短編小説の中でなら、充分、面白いです。 化学ネタなどより、この種のトリックの方が、大概の推理小説ファンには、受けがいいと思います。
【毒草】 約36ページ
バントリー夫人が語り手。 ある家で、庭で摘んだハーブに、毒草が混じっていた事で、家族全員が、中毒を起こし、結婚を目前にしていた若い女性が、命を落とす。 家の主は、心臓が悪く、毒草が心臓病に使われる薬の原料だった事から、犯人は、主を狙ったのが、間違えて、別の人間を殺してしまったのではないかという推理が出るが・・・、という話。
犯人の動機が分かり難くて、それさえ分かれば、すんなり、納得が行く話。 例によって、マープルだけが、それに気づきます。 いかにも、マープルらしい推定で、何だか、嬉しくなってしまいます。
「薬品は、たくさんの原料から、ごく僅かを抽出するものだから、原料の毒草を口にしても、そう簡単には死ぬものではない」という、医師の指摘は、勉強になります。 実際、毒キノコを食べて、中毒を起こしたニュースは、よく聞きますが、死んだという話は、あまり聞きません。
【バンガロー事件】 約34ページ
女優が語り手。 その女優が、ある地方のホテルに滞在中、近くにあるバンガローで、その女優に化けた女が、脚本家志望の青年を呼び出し、彼の脚本を採用したいと言う。 ところが、青年は、出されたカクテルを飲んで気を失ってしまい、外で発見された時には、窃盗の疑いで、逮捕されていた。 そのバンガローは、ある女性の為に、ある人物が借りたものだったが、宝石が盗まれていて・・・、という話。
話を披露した女優が、最初、友人の事として語り始めたのが、「彼女は」と言うべきところを、何度も、「私は」と言い間違えて、自分の身に起こった事件である事がバレてしまう、というのが、御愛嬌なのですが、ところが、これが、御愛嬌ではないんですな。 こんなところにまで、伏線を張ってあるから、クリスティーさんは、油断がならない。
ここまでの他の作品は、語り手が、事件の結果を知っているのですが、この作品では、語り手は、結果を知らないと言い、未解決のまま、お開きになります。 しかし、マープルは、真相を見抜いていて、語り手だけに、ある忠告をします。 その後、ある事が判明し、語り始めの言い間違えの伏線が回収される仕掛け。 実に興味深い仕掛けで、「ほー! はー!」と感服します。
とはいえ、話全体が面白いかというと、そうでもなくて、大勢の仮名が入り乱れて、誰が何をやっているのか、混乱してしまうのが、難点。 登場人物を減らして、単純な話にすれば、分かり易くなって、仕掛けのアイデアが、もっと活きたのに。
【溺死】 約44ページ
妊娠したのに、相手の男には、婚約者がいて、結婚できないと言われた娘が、川に突き落とされて溺死する。 勢い、相手の男に容疑がかかるが、マープルが、バントリー邸に滞在している元警視総監の元を訪ねて来て、推理した真犯人の名前を書いた紙を渡し、調べてみてくれと頼む。 果たして、マープルの推理は当たっていたが・・・、という話。
この作品だけ、語り手が、事件の経緯を思い出して語るのでなく、普通に、リアル・タイムで、ストーリーが進むのですが、なんつーかそのー・・・、こっちの方が、遥かに、緊迫感があって、面白く感じますなあ。 これまでの12作が、影絵芝居なら、この作品だけ、8K映像を見せられているような落差です。
被害者がろくでなしで、犯人の方が善人という、2サスで、大変よくあるパターン。 海外の推理物では、あまり、使われないもの。 これをやると、【オリエント急行の殺人】のように、順法精神がある読者にとっては、釈然としない結末になるか、この作品のように、善人なのに、罰を受ける事になり、いずれによ、後味が悪くなります。
【火曜クラブ】を、総括しますと、先に書かれた前半と、追加された後半で、レベルが違っていて、1~6話は、子供騙しのアイデアでやつけられているのに対し、7~12話では、大人向けの平均レベル以上のアイデアが奢られています。 その間に、反省と、方針変更があったんでしょうな。 更に、13話では、語り手形式までやめて、本気で、高レベルの話を書き、纏めています。 13話のせいで、統一性は崩れてしまったのですが、その13話が、最も面白いから、文句の言いようがありません。
とにかく、前半に関しては、子供騙しですから、マープル物が好きだからといって、誉め過ぎるのは、どうかと思います。 後半と、13話に限れば、誉めても、問題なし。 特に、13話は、推理短編の手本にしてもいいくらい、ストーリーの運びが優れています。
≪死の猟犬≫
クリスティー文庫 55
早川書房 2004年2月15日/初版
アガサ・クリスティー 著
小倉多加志 訳
沼津図書館にあった文庫本です。 短編、12作を収録。 【死の猟犬】は、コピー・ライトが、1933年になっています。 本全体のページ数は、約434ページ。 推理物は、【検察側の証人】だけで、それ以外は、オカルトっぽい話。
【死の猟犬】 約40ページ
第一次大戦中に、ベルギーの修道院で、やって来たドイツ軍の部隊を、超能力の爆発で壊滅させた修道女がいた。 爆発の後に残った壁には、犬のような痕がついていた。 彼女は、その後、イギリスへ逃げて来て、ある医師の家に、実質的に、研究対象として住んでいた。 過去に存在した文明の幻覚を見ると言い・・・、という話。
過去に存在した文明というのは、アトランティスや、ムーのようなもののようです。 オカルトですが、ファンタジーの要素も入っているわけだ。 この作品を読んだ時点で、この短編集は、こういうものなのだと、覚悟しなければなりません。 クリスティーさんであっても、こういう話を思いつくし、書く事もあるというわけだ。
とはいえ、こういう類いの話と承知していれば、なかなか、面白いです。 一種の入れ子式が、本当か嘘か分からない雰囲気を盛り上げるのに、効果を上げています。
【赤信号】 約46ページ
危機が迫ると、赤信号が光るような予感がする青年。 精神科医である叔父や、自分の友人夫妻らと、降霊会を行ない、招かれた霊媒師から、かなり、強烈なお告げを受ける。 青年は、友人の妻に熱を上げていて、二人で逃げる事を考えていたが、叔父から、ある事を理由に反対され、口論を戦わせて、別れた後、叔父が殺されてしまう。 嫌疑は、青年にかけられ・・・、という話。
霊媒師のお告げがある点は、オカルトですが、そこは、偶然で片付けてしまえば、推理物として、成り立っています。 主人公の青年も、相当には人をコケにした事をやろうとしており、善悪度に関しては、犯人と、五十歩百歩ですな。 もっとも、主人公は、殺人は、やりませんが。
予感がテーマなのに、事件本体の方に、関係してこないのは、些か、羊頭狗肉。 事件に関わって来るテーマは、遺伝による殺人狂の方です。 短編なので、そんなに深く掘り下げてあるわけではありませんが。
【第四の男】 約38ページ
列車の中で、たまたま出会った三人の男が、多重人格症について、話を始めた。 4つの人格を示した、フランス人女性の例を話していた時、その場にいた、四人目の男が、患者本人を知っていると言い出す。 その男と、多重人格の女、それに、もう一人、歌手志望の女は、同じ孤児院で育った間柄で、多重人格の女は、歌手志望の女から、奴隷のような扱いを受けていて・・・、という話。
多重人格の女は、自殺してしまうのですが、その死に方が、変わっていて、自分の中にいた、もう一つの人格を殺そうとしたとしか思えない、というのが、怖がらせどころ。 だけど、ホラーにありがちですが、医学的な理屈をつけてしまうと、白けてしまう傾向があります。
【ジプシー】 約24ページ
ある青年が、予知能力がある女性から、「それは、しない方がいい」と言われた事を、ことごとく、やってしまい、ことごとく、まずい結末になる。 青年の友人が、女性を訪ねて行くと、彼女は、釣り合いの取れない男を夫にしていて、「夫の命を助ける為に、結婚した」と言う。 しかし・・・、という話。
SFによくありますが、予知能力というのは、未来に起こる結果を見ているだけで、悪い事を予知できても、それを避ける事はできない、というのに近いです。 ただ、クりスティーさんは、そこまでは考えていなかったような感じもします。 「悪い事を避けようとして、却って、悪くしてしまった」と書いていますから。
【ランプ】 約20ページ
かつて、子供が餓死して、その子が立てる物音が聞こえるという、幽霊屋敷。 安い家賃に引かれて、年老いた父親と、幼い息子、他に使用人達を連れて、移って来た女性がいた。 女性には分からなかったが、父親と、息子は、子供の幽霊の存在に気づく。 子供の幽霊と遊びたがっていた息子は、肺を病んでいて・・・、という話。
別に、子供の幽霊のせいで、病気になったわけではないので、怖いと言うより、悲しい話ですな。 女性だけが、現実的な考え方をするお陰で、幽霊に気づかなかったのが、最後になって、子供達の足音が聞こえるようになるというのも、気の毒です。 わが子を失えば、現実主義など、すっとんでしまうわけだ。
【ラジオ】 約32ページ
ある高齢女性。 遺産相続人に指定していた甥が用意してくれたラジオから、時折り、25年前に死んだ夫の声が聞こえて来て、「もうすぐ、迎えに行く」と言う。 期日がはっきりしていたので、準備をして待っていたら、夫が訪ねて来て・・・、という話。
梗概に書いたところまでは、ホラー。 その後、推理物になり、最終的には、皮肉な結末に導かれます。 クリスティーさんの読者なら、「甥が用意したラジオ」というところで、「25年前に死んだ夫の声」の正体が分かると思います。 分かっていても、ゾクゾクするような、巧みな書き方をしてあります。
【検察側の証人】 約46ページ
知人である資産家の高齢女性を、遺産目当てに殺した容疑で逮捕された青年。 内縁の妻が、アリバイを証明してくれると言うのだが、弁護士が会ってみると、その女は、青年をひどく憎んでいて、法廷には、検察側の証人として出廷し、青年に不利な嘘の証言をする。 その女が青年を裏切っていた証拠を、弁護士に託した者がいて、何とか、有罪を回避しようするが・・・、という話。
この作品は、完全に、推理物。 ドラマ化されたものを見た事があります。 イメージ作戦で、裁判の流れを、操縦しようという企み。 シンプルな話ですが、アイデアが、非常に面白いです。 ここで、ネタバレさせてしまうと、勿体ないので、この作品だけでも、読んでみる事をお薦めします。
【青い壺の謎】 約40ページ
週末に、ゴルフ三昧の生活をしていた青年が、毎回、同じ時刻に、「助けて! 殺される!」という叫び声を聞く。 ところが、近くの家に住んでいる若い女性も、ホテルから連れて行った医師も、そんな声は聞こえないと言う。 若い女性の夢のお告げに従い、叔父が最近買った、青い壺をもって、彼女の家に行くと・・・、という話。
ホラーっぽいだけで、オカルトではありません。 犯罪物ですが、推理物としても読めます。 推理小説ファンなら、割と早い段階で、事件の仕組みを見抜くんじゃないでしょうか。 ちょっと、ありきたりなアイデア。 ちなみに、青い壺は、明朝のものという事になっています。 青花ですかね?
【アーサー・カーマイクル卿の奇妙な事件】 約44ページ
亡夫の後妻である、義理の母と暮らしている青年が、記憶を失い、呆けて、別人のようになった。 屋敷を訪ねて行った心理学者は、何度も、灰色の猫を見るが、他の者には、見えないらしい。 青年には、婚約者がいて、父親の遺産は、彼が受け継ぐ事になっており。。。、という話。
これは、猫の幽霊が出るし、魔術も使われているから、確実に、ホラーですな。 しかし、あまり、怖くありません。 動機が、推理物の犯人が考えるそれそのものでして、譬えて言えば、胴体・手足が推理物で、首だけ、ホラーという感じなのです。 視点人物の心理学者だけが、猫の幽霊を見るという設定は、必然性に乏しく、些か、練りが足りないのでは?と思わせます。
【翼の呼ぶ声】 約32ページ
裸一貫から努力して、裕福になった男。 脚のない浮浪者が奏でる曲を聞いてから、飛び立ちたい自分と、寝ていたい自分が、引き裂かれるような感覚に苦しめられ・・・、という話。
暗い印象で、散文詩のような趣きがあります。 裕福になったせいで、それが重荷になり始めた、というのは、皮肉な話。 クリスティーさん自身も、同じような感覚に苦しめられていたのかも知れませんな。 努力の結果であっても、大きな財産を持つというのは、心の負担になるわけだ。
【最後の降霊会】 約34ページ
評判の霊媒師である女性。 呼んだ霊を実体化させる能力があったが、降霊をすればするほど、健康を害してしまい、結婚を前に、やめる事にした。 最後に、約束していた件だけをこなそうとしたが、依頼人である、幼い子供をなくした母親は、良からぬ事を考えていて・・・、という話。
科学的・合理的説明は、一切なし。 完全に、霊魂の分離や、霊魂の再実体化などを認めた上で、書かれている小説です。 馬鹿馬鹿しいと思ってしまえば、それまで。 私は、その口です。 特に貶す気がないのは、この作品が、あまりにも、そっち側過ぎて、自分があれこれ批評する対象ではないと思うからです。
霊媒師も、その婚約者も、別に、悪人ではないのに、ひどい目に遭い、そのまま終わってしまうという点で、善悪バランスが取れていません。
【S.O.S】 約38ページ
人里離れた土地に建っている一軒家には、父親、母親、娘二人、息子一人が住んでいた。 嵐の夜に、車の故障で、一軒家を訪ねた精神病学者の青年が、案内された寝室で、埃が溜まったテーブルの上に、「S.O.S」と書かれているのを見る。 書いたのは、二人の娘のどちらかと思われた。 娘の一人は、捨て子をもらったもので、ごく最近、資産家である実の父親が、娘の存在を知り、行方を捜しているところだった・・・、という話。
ホラーっぽいだけで、実際には、犯罪物。 推理物としても読めない事はないです。 視点人物が精神医学者である必然性は、特には、ありません。 この作品が書かれた頃、精神分析が流行っていたから、最先端分野の職業として、使い易かったんでしょうかね。
短編集、【死の猟犬】を総括しますと、完全に推理物である【検察側の証人】は別として、他の作品ですが、ホラー・オカルトとしては、そんなに出来がいいわけではないです。 はっきり言って、ちっとも、怖くない。 ただ、それは、読み手である私が、すでに高齢で、ヒネている点が、大きく関わっていると思うので、中学生くらいの読者なら、また違った感想になるのかも知れません。
以上、四冊です。 読んだ期間は、2023年の、
≪偶人館の殺人≫が、5月26日から、28日。
≪謎のクィン氏≫が、5月29日から、6月3日。
≪火曜クラブ≫が、6月9日から、12日。
≪死の猟犬≫が、6月13日から、16日。
短編集の総括をしている部分ですが、短編集によって、あるものと、ないものがあります。 複数のシリーズの寄せ集めの場合、総括しても意味がないので、書いていません。