土曜の憂鬱
宜しくない・・・。 ここのところ、私生活の調子が、大変宜しくありません。 平日は仕事で、毎日3時間近い残業を喰らっているので、家に帰っても、≪風呂・飯・寝る≫以外に何もできないのですが、その分、土日を楽しもうと思っても、全然楽しめません。
休みになると、掃除やら、布団干しやら、犬の散歩やら、亀の水換えやら、図書館通いやら、サイト・ブログの更新やら、映画鑑賞やら、読書やら、撮影行やら、やる事ばかり多くて、時間を有効に使えないのです。 まるで、強迫観念に取り付かれているかのよう。 休みなんだから、一日中寝ていてもいいはずなんですが、なんで、それが出来なくなってしまったんでしょうか。 出来ないと思い込んでいるだけで、やってみれば、簡単なのかもしれませんが。
やっぱりねえ、次から次へやる事を増やしたのが、ここへ来てアップアップになったんでしょうねえ。 平日に時間のゆとりがあればこそ、やれる事がやれるのであって、休みだけで帳尻を合わせようとしても無理があるんですな。 うむむむむ、どうにかせねば。
休みが楽しくない原因をいろいろ考えているんですが、最悪の元凶が、このブログなのではないかと思う事がしばしばあります。 私、このブログの記事を、土曜日に書いているんですが、この長さですから、最低でも3時間、長引けば5時間くらいはかかってしまい、朝から書き始めても、明るい内に書き終わる事はまずありません。 土曜は他にもやる事がいっぱいあるため、こんな事に割く時間がないのです。 大体、雨天やドス曇りならいざ知らず、天気が良い格好の外出日和に、家に籠もって、こんな文章カタカタ書いていたら、そりゃ病的でしょうが。
で、夜は夜で、テレビを見たいじゃありませんか。 「土曜の夜は、街に繰り出すのが当たり前」という人もいるでしょうが、まあ、そういう人には好きにして貰うとして、家で過ごすタイプの人なら、土曜の夜が、テレビ鑑賞の書き入れ時だという事に、「うんうん」と納得していただけると思います。 「土曜のゴールデン・タイムにテレビを見ずして、一体いつ見るというのじゃね?」と、白髭に杖ついて、逆に問い返してもいいくらいです。
夕食の後、居間の炬燵に入ってしまうと、もう9時までは、梃子でも動きませんね。 ここ数年は、バラエティーが地を這うつまらなさなので、昼間録画したサスペンスなどを見る事が多いのですが、何を見るかが重要なのではなく、土曜の夕方から9時まで、居間でテレビを見て過ごすという、そのシチュエーションに幸福を感じるのです。 こんな糞下らんブログを書くために、その貴重なひと時を潰してたまるもんですか。
で、9時になると、自室に上がるわけですが、そこでも、やはりテレビは見続けます。 だって、地上波で、映画をやるでしょう。 昔に比べると頻度が落ちましたが、今でも、地上波で週末の夜9時から放送される映画には、話題作だった物が多く、見逃すわけにはいかんのですよ。 「地上波初放送!」なんて言われると、二流作品でも見てしまいます。 ただ、名作扱いされていても、二度目の放送だと、決して見ません。 いい作品ほど記憶に残り易いので、見直しても、覚えている部分が多く、時間の無駄になるからです。
ああ、ちなみに、私は、相当な映画好きです。 DVDは買わぬ主義ですし、レンタルの習慣も絶えて久しいですが、それでも、平均して、二日に一本くらいは映画を見ています。 「買いもせず、借りもせずに、どうやって、そんなに見るねん?」と訝る方もいらっしゃるでしょうが、家がケーブル・テレビを入れているので、映画専門チャンネルもありますし、地上波だけでも、週末の深夜放送をチェックしていれば、二三本は未見の作品を録画できるのです。 時間さえあれば、毎日でも見れます。 嘘だと思ったら、試してみれば宜しい。
そういえば、去年の4月から9月まで、仕事が暇で、毎日定時で帰って来ていた頃には、映画を録画しまくって、一日に二本くらい見ていました。 映画を見ると、必ず感想を書いて、個人サイトの方の日記にアップしているのですが、その頃のログを見返すと、映画評ばかりで埋まっています。 こちらにも、その文を持って来てしまえば安直に記事が埋まるのですが、映画評の厄介な所は、その映画を見た人でないと、何が何やらさっぱり分からないという点でして、なんとなく、ためらいを感じるのです。 もっとも、そんな事を言い出せば、こちらで時折やっている読書感想文の回なども、事情は同じなわけですが、映画の場合、写真でごまかせないのが、ちょっとねえ。 いや、いろいろと悩みつつ、運営しておるのですよ、こんなブログでも。
話を戻しますが、土曜の夜9時から映画を見始めると、終わるのは11時前後。 それから、このブログの記事を書くと、書き終わるのが、夜中の1時になったり、2時になったりします。 もう地獄ですな。 私ゃ、受験生じゃないんですよ。 ただのオッサンなんです。 そんなに根を詰めても、何もいい事なんかありゃしないんですよ。 どーして、せっかくの土曜の夜を、こんな自主拷問で血塗らなきゃならんのよ? ブラッディー・サタデイだね。
「日曜の朝に更新しているから、土曜の夜までに書き上げなければならなくなるのであって、更新を日曜の夜に変えれば、土曜が楽になるんじゃないの?」と思うでしょう? ふふふ、甘いな。 そんな事は、当の本人である私が、既に何度も検討しておるのですよ。 更新を日曜の夜にすると、今度は、日曜が潰れてしまうではありませんか。 日曜は日曜で、やる事が満載なのです。 午後は、週末恒例のイベント、撮影行があって、昼から出掛けると、夕方まで帰って来ませんから、ブログなんて書く余裕はとてもとても、捻り出せるもんじゃありやせん。
夜は夜で、やはりテレビを見なければなりません。 日曜の夜は、テレビ鑑賞の書き入れ時なのであって、「日曜のゴールデン・タイムにテレビを見んで、一体いつ見れ言うんじゃい、われーっ!」と、こめかみに拳銃突き付けて、逆に問い返してもいいくらいです。 そもそも日曜の夜というのは、小学校の頃以来、「ああ、明日は学校だ。 嫌だよー。 行きたくないよー」と、鬱々とした気分に陥りがちなのであって、その心理は今でも、「ああ、明日は仕事だ。 嫌だよー。 行きたくないよー」てな具合に、全然変わっていないのです。 それでなくても気分が暗いのに、ブログなんか書いて、四苦八苦していられるかってんです。
でねー、いっその事、このブログ、やめちまったらどうかと、最近つくづく思うのです。 現在の閲覧者数は、日当たり100人から150人くらいですから、勿体無いといえば勿体無いですが、どうせ、コメントとトラックバックはオフで、直接交友しているお客じゃありませんから、打ち切ったとしても、恨み言やら、苦情やらを言われる心配は無いわけです。 文章を盗みに来ている奴は困るでしょうけど、そんな不埒な奴らは、困っても一向に困りません。 困れ困れ! 困り死にしてしまえ。
このブログをやめると、土曜が楽になる以外にも、大きな特典がありまして、プロバイダーの乗り換えができるのです。 同じフレッツでも、今の所より、800円も安くなるプロバイダーがあって、そーりゃ、ケチな私には大きな魅力ですわなあ。 私はメールをほとんど使わないので、メール・アドレスが変わる事で被る損はほとんどありません。 個人サイトは、アドレス変更を通知すればいいだけですから、問題無し。 つまり、このブログさえ諦められるのなら、乗り換えた方が断然お得というわけです。
だけどねえ、人間、長く続けて来た習慣はなかなか変えられないのですよ。 歳を取って来ると、尚更その傾向が強まります。 このブログを書く事自体が、人生の意義と化している感すらあり、月々800円程度の得には代えられないような気もするのです。
書く事自体は嫌いではないので、仕事が楽になって、平日の時間にゆとりが出来れば、今、土曜日にやっている事を平日に分散して、土曜を書き物に当てる事が出来るんですがねえ。 うーむ、結局そこへ戻ってしまいますか。 やれやれ、人生というのは、思うに任せないものですな。
今回、いつもより短いですが、中身が無いただの愚痴ですから、致し方ありません。 そもそも、長く書こうとするから、どんどん負担が増えるのであって、短くすればいいのですよ。 でも、興が乗ると、自然にどんどん長くなるので、自分自身、長い記事の方が価値があるように感じられて、どうしても、そちらが主流になってしまうのです。 悪循環ですな。 どうにかならんかな、ほんとに。
休みになると、掃除やら、布団干しやら、犬の散歩やら、亀の水換えやら、図書館通いやら、サイト・ブログの更新やら、映画鑑賞やら、読書やら、撮影行やら、やる事ばかり多くて、時間を有効に使えないのです。 まるで、強迫観念に取り付かれているかのよう。 休みなんだから、一日中寝ていてもいいはずなんですが、なんで、それが出来なくなってしまったんでしょうか。 出来ないと思い込んでいるだけで、やってみれば、簡単なのかもしれませんが。
やっぱりねえ、次から次へやる事を増やしたのが、ここへ来てアップアップになったんでしょうねえ。 平日に時間のゆとりがあればこそ、やれる事がやれるのであって、休みだけで帳尻を合わせようとしても無理があるんですな。 うむむむむ、どうにかせねば。
休みが楽しくない原因をいろいろ考えているんですが、最悪の元凶が、このブログなのではないかと思う事がしばしばあります。 私、このブログの記事を、土曜日に書いているんですが、この長さですから、最低でも3時間、長引けば5時間くらいはかかってしまい、朝から書き始めても、明るい内に書き終わる事はまずありません。 土曜は他にもやる事がいっぱいあるため、こんな事に割く時間がないのです。 大体、雨天やドス曇りならいざ知らず、天気が良い格好の外出日和に、家に籠もって、こんな文章カタカタ書いていたら、そりゃ病的でしょうが。
で、夜は夜で、テレビを見たいじゃありませんか。 「土曜の夜は、街に繰り出すのが当たり前」という人もいるでしょうが、まあ、そういう人には好きにして貰うとして、家で過ごすタイプの人なら、土曜の夜が、テレビ鑑賞の書き入れ時だという事に、「うんうん」と納得していただけると思います。 「土曜のゴールデン・タイムにテレビを見ずして、一体いつ見るというのじゃね?」と、白髭に杖ついて、逆に問い返してもいいくらいです。
夕食の後、居間の炬燵に入ってしまうと、もう9時までは、梃子でも動きませんね。 ここ数年は、バラエティーが地を這うつまらなさなので、昼間録画したサスペンスなどを見る事が多いのですが、何を見るかが重要なのではなく、土曜の夕方から9時まで、居間でテレビを見て過ごすという、そのシチュエーションに幸福を感じるのです。 こんな糞下らんブログを書くために、その貴重なひと時を潰してたまるもんですか。
で、9時になると、自室に上がるわけですが、そこでも、やはりテレビは見続けます。 だって、地上波で、映画をやるでしょう。 昔に比べると頻度が落ちましたが、今でも、地上波で週末の夜9時から放送される映画には、話題作だった物が多く、見逃すわけにはいかんのですよ。 「地上波初放送!」なんて言われると、二流作品でも見てしまいます。 ただ、名作扱いされていても、二度目の放送だと、決して見ません。 いい作品ほど記憶に残り易いので、見直しても、覚えている部分が多く、時間の無駄になるからです。
ああ、ちなみに、私は、相当な映画好きです。 DVDは買わぬ主義ですし、レンタルの習慣も絶えて久しいですが、それでも、平均して、二日に一本くらいは映画を見ています。 「買いもせず、借りもせずに、どうやって、そんなに見るねん?」と訝る方もいらっしゃるでしょうが、家がケーブル・テレビを入れているので、映画専門チャンネルもありますし、地上波だけでも、週末の深夜放送をチェックしていれば、二三本は未見の作品を録画できるのです。 時間さえあれば、毎日でも見れます。 嘘だと思ったら、試してみれば宜しい。
そういえば、去年の4月から9月まで、仕事が暇で、毎日定時で帰って来ていた頃には、映画を録画しまくって、一日に二本くらい見ていました。 映画を見ると、必ず感想を書いて、個人サイトの方の日記にアップしているのですが、その頃のログを見返すと、映画評ばかりで埋まっています。 こちらにも、その文を持って来てしまえば安直に記事が埋まるのですが、映画評の厄介な所は、その映画を見た人でないと、何が何やらさっぱり分からないという点でして、なんとなく、ためらいを感じるのです。 もっとも、そんな事を言い出せば、こちらで時折やっている読書感想文の回なども、事情は同じなわけですが、映画の場合、写真でごまかせないのが、ちょっとねえ。 いや、いろいろと悩みつつ、運営しておるのですよ、こんなブログでも。
話を戻しますが、土曜の夜9時から映画を見始めると、終わるのは11時前後。 それから、このブログの記事を書くと、書き終わるのが、夜中の1時になったり、2時になったりします。 もう地獄ですな。 私ゃ、受験生じゃないんですよ。 ただのオッサンなんです。 そんなに根を詰めても、何もいい事なんかありゃしないんですよ。 どーして、せっかくの土曜の夜を、こんな自主拷問で血塗らなきゃならんのよ? ブラッディー・サタデイだね。
「日曜の朝に更新しているから、土曜の夜までに書き上げなければならなくなるのであって、更新を日曜の夜に変えれば、土曜が楽になるんじゃないの?」と思うでしょう? ふふふ、甘いな。 そんな事は、当の本人である私が、既に何度も検討しておるのですよ。 更新を日曜の夜にすると、今度は、日曜が潰れてしまうではありませんか。 日曜は日曜で、やる事が満載なのです。 午後は、週末恒例のイベント、撮影行があって、昼から出掛けると、夕方まで帰って来ませんから、ブログなんて書く余裕はとてもとても、捻り出せるもんじゃありやせん。
夜は夜で、やはりテレビを見なければなりません。 日曜の夜は、テレビ鑑賞の書き入れ時なのであって、「日曜のゴールデン・タイムにテレビを見んで、一体いつ見れ言うんじゃい、われーっ!」と、こめかみに拳銃突き付けて、逆に問い返してもいいくらいです。 そもそも日曜の夜というのは、小学校の頃以来、「ああ、明日は学校だ。 嫌だよー。 行きたくないよー」と、鬱々とした気分に陥りがちなのであって、その心理は今でも、「ああ、明日は仕事だ。 嫌だよー。 行きたくないよー」てな具合に、全然変わっていないのです。 それでなくても気分が暗いのに、ブログなんか書いて、四苦八苦していられるかってんです。
でねー、いっその事、このブログ、やめちまったらどうかと、最近つくづく思うのです。 現在の閲覧者数は、日当たり100人から150人くらいですから、勿体無いといえば勿体無いですが、どうせ、コメントとトラックバックはオフで、直接交友しているお客じゃありませんから、打ち切ったとしても、恨み言やら、苦情やらを言われる心配は無いわけです。 文章を盗みに来ている奴は困るでしょうけど、そんな不埒な奴らは、困っても一向に困りません。 困れ困れ! 困り死にしてしまえ。
このブログをやめると、土曜が楽になる以外にも、大きな特典がありまして、プロバイダーの乗り換えができるのです。 同じフレッツでも、今の所より、800円も安くなるプロバイダーがあって、そーりゃ、ケチな私には大きな魅力ですわなあ。 私はメールをほとんど使わないので、メール・アドレスが変わる事で被る損はほとんどありません。 個人サイトは、アドレス変更を通知すればいいだけですから、問題無し。 つまり、このブログさえ諦められるのなら、乗り換えた方が断然お得というわけです。
だけどねえ、人間、長く続けて来た習慣はなかなか変えられないのですよ。 歳を取って来ると、尚更その傾向が強まります。 このブログを書く事自体が、人生の意義と化している感すらあり、月々800円程度の得には代えられないような気もするのです。
書く事自体は嫌いではないので、仕事が楽になって、平日の時間にゆとりが出来れば、今、土曜日にやっている事を平日に分散して、土曜を書き物に当てる事が出来るんですがねえ。 うーむ、結局そこへ戻ってしまいますか。 やれやれ、人生というのは、思うに任せないものですな。
今回、いつもより短いですが、中身が無いただの愚痴ですから、致し方ありません。 そもそも、長く書こうとするから、どんどん負担が増えるのであって、短くすればいいのですよ。 でも、興が乗ると、自然にどんどん長くなるので、自分自身、長い記事の方が価値があるように感じられて、どうしても、そちらが主流になってしまうのです。 悪循環ですな。 どうにかならんかな、ほんとに。