アニメ四方山
≪ガンダム AGE≫のせいで、しょっきり萎んだガンダム熱でしたが、BS11の≪ガンダム・Gセレクション≫で、≪Z≫の第1話を見たのと、アニマックスで、≪オリジナル≫の第1話を見た事により、首の皮一枚の所で持ち直しました。
いきなり、脱線ですが、いやあ、やっぱり、≪Z≫のエンディングは、いいですなあ。 エンディングは、全話通して、同じ曲で、アニメーションも、ほぼ同じ。 ただ、前半と後半で、描き直したらしく、色合いが若干変わったのを覚えています。 一方、オープニングは、前半と後半で別の曲になりますが、私としては、前半の曲の方が、ドライな感じがして、好きです。 後半の曲も悪くはないですけど。
≪オリジナル≫のオープニングは、印象的で、もちろん良いですが、エンディングの方は、しばらく見ていないと、すっかり忘れてしまうほど、インパクトが薄いです。 スローな曲調に、アムロに語り掛けるような歌詞で、いわゆる、≪浄化エンディング≫なのですが、妙に、内向き、後ろ向きな感じがして、好きになれません。
実のところ、ガンダム・シリーズのオープニング・エンディングの中で、最も強烈な印象を与えるのは、≪ZZ≫の前半のオープニングではないかと思うのですが、若い世代の人達で、≪ZZ≫を知らないのなら、レンタルで借りて来るか、ネット配信で、一度聴いてみると、面白いと思います。 絶対、「ええっ?」と思うから。
≪オリジナル劇場版≫3部作や、≪逆襲のシャア≫には、フォークやロックの有名歌手が作った曲が使われていますが、当時、アニメ・ソングは、作品の中身に合わせて、専用に作るのが普通だったので、かなり違和感がありました。 何というか、有名歌手には有名歌手の、現実世界のイメージがあり、それが、アニメの世界へ入ってくる事に、抵抗を感じたのです。
90年代に入ると、テレビ・シリーズでも、アニメ・ソングに、一般歌手が歌う、フツーのポップスやロックが使われるようになり、ガンダムも例外ではなくなるのですが、そうなってからの曲は、ほとんど記憶に残っていません。 おそらく、脳の中で、一般曲に分類されて、「とりわけて、記憶する必要なし」と判断されてしまったのでしょう。 それにしても、≪V≫≪W≫≪X≫は言うに及ばず、≪シード≫や≪デステニー≫の曲まで、一っつも覚えていないのは、どうした事か・・・。 単に、私の記憶力の問題なのか? ≪G≫? あれは、論外。 覚える価値無し。
やっぱりねー、アニメの曲は、専用に作った方がいいですって。 もろに作品の内容を歌わなくても、≪エヴァンゲリオン≫のオープニングくらいの関連度なら、充分いけるでしょうに。 アニメだからこそ、100%の純度で使える、映像と音楽の相乗効果を、利用しない手は無いですよ。
そういや、マクロス・シリーズも、作品内容と関係ない曲は、全然、覚えとらんな。 ≪7≫で、バサラが歌った曲を、特に覚えてません。 ロックやバラードは、アニメに合わないという感じは、前からしていましたが、≪7≫では、合わない所ばかり、特に強調されてしまっていたような感がありました。 ミレーヌ絡みの曲は、覚えているんですがねえ。
一時期、アニメ・ファンの中に、「アニメ専用の歌は、聴いてて恥ずかしい。 普通の曲を使った方がいい」という人が多くいたんですよ。 で、だんだん、そういう風になって行ったわけですが、約20年やってみて、結果はどうだったかというと、それ以前の20年に作られたアニメの曲と比べて、記憶に残る率が格段に落ちたのは否定できないところでしょう。
昨今の深夜アニメは、1クール、10話前後で終わってしまうものが、大変多いですが、そんなに短くても、オープニングとエンディングは、一応揃えなければならないから、厄介な事です。 専用に作る予算があるわけがなく、既成の一般曲から選ぶ事になりますが、やはり、記憶に残る曲は、ほとんどありません。 そもそも、アニメの曲がどうこうという問題以前に、一般曲自体が、世間から無視されているので、記憶に残りようが無いと言えば、それは、当然の事なのですが。
そういえば、昔は、一般曲が、アニメ・ソングに採用されると、「アニメの曲は、一段落ちると見做される」とか言われて、歌手が嫌がったものですが、一般曲が売れなくなった当世では、立場が逆転し、「アニメの主題歌になれば、ヒット間違いなし」などと言われているそうですな。 いや、「ヒット」という程の事は無いと思うのですが、アニメには、漫画原作のファンや声優のファンなど、律儀に関連商品を買い集める消費者層がついているので、ある程度の販売数が期待できるという意味でしょう。
「声優のファン」と書いて、思い出しましたが、声優のファンというのは、驚くくらい、たくさんいるらしいです。 私なんぞは、アニメは、空想の世界だと規定しているので、声優は、ただ、声を担当している方々に過ぎず、彼らの実態、実生活に関する情報など、知る必要を感じません。 というか、敢えて、知りたくないのですが、そういう考え方の持ち主は、少なくとも、多数派ではない様子。 作品のイベントで、声優が来るなどというと、追っ掛けどもが、殺到するというから、驚かずにいられません。
ここ15年ほど、声優は、外見もよくなければ、務まらなくなってしまったようですが、声優ファン達のの要望が、そういう風調にしてしまったのは、間違いないところです。 しかし・・・、何か間違ってないか? 声優ファンの頭の中というのは、どうなっているんでしょう? 彼らが熱を上げているのは、アニメのキャラなのか、それとも、声優自身なのか、はたまた、両者をごっちゃにしたイメージなのか。 何だか、精神的に危ない感じがしますなあ。
単に、声優の追っ掛けをするファンがいるというだけなら、彼らの自由であって、私がどうこうケチをつける事も無いのですが、この声優ファンが、アニメの商業的成功・失敗に、少なからぬ影響を及ぼすために、作品内容に大きな弊害を与えているとなると、見過ごせません。
どういう事かというと、人気声優を大勢出せば、それぞれの声優のファンが、その作品を見たり、DVDや関連商品を買ったりしてくれるので、必要も無いのに、キャラを増やす傾向が、90年代半ば以降、急増したのです。 学園物などという、およそ、アニメで作る意味の薄いジャンルが、やたら隆盛を極めているのも、学園物なら、クラスメート役で、大量の声優を使えるからです。 くくく、下らん! ストーリーに絡んで来ないキャラを、出すなっつーの! 作劇理論も糞もねーな、クソ!。
という理由で、アニメは、いつのまにか、美少女キャラや、イケメン・キャラの大運動会みたいになってしまったんですな。 もう、初回から、似たような役回りのキャラが、わらわらと出て来たら、そのアニメは、スカだと断定してしまってもいいです。 本気で、いい作品を作ろうとしている制作者は、声優ファンなど、当てにしませんから、人数を必要最小限まで絞って来ます。
ここ数年で、話題になったアニメというと、≪四畳半神話大系≫や、≪あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。≫などがありますが、いずれも、内容で勝負しているから、無駄なキャラなど一人も出て来ません。 それに比べて、声優ファン頼みの作品の、レベルの低いことよ。 雲泥の差。 月とスッポン。 灰とダイヤモンド。
それにしても、学園物は、どうにかなりませんかねえ。 本来なら、実写で作るべきものでしょう。 SFでも、ファンタジーでも、オカルトでもなく、単なる恋愛物や、クラブ活動物まで、アニメで作ってますが、キャラがチャラ過ぎて、およそ、現実感がありません。 顔も、みんな同じ。 髪型と髪の色で、区別しているだけ。 性格の描き分けまで、いい加減で、最後まで、「誰が誰だか、よう分からん」というのも多いです。 いや、馬鹿馬鹿しいから、最後まで見るような事は、ほとんどありませんけど。
漫画原作があれば、アニメ化しても、キャラの描き分けはできそうなものですが、昨今は、アニメ風の絵しか描けない漫画家というのが多くて、漫画の段階で、すでに、キャラを見分けられないケースも多く、絶望的な情況になっています。 ちなみに、その昔、少女漫画原作のアニメが少なかったのは、登場人物の顔が互いに似過ぎていて、アニメ制作者が、描き分けられないのを嫌がっていたからだという説もあります。
ライト・ノベルズ原作のアニメが増えたのも、事態を悪化させるのに一役買っています。 正直はっきり言わせてもらいますと、ライト・ノベルズ原作のアニメが、面白かった例しが、一つもありません。 なんだろね? 「文章だから、漫画より、高尚なはずだ」というのが、勝手な思い込みなのであって、実は、漫画より低劣なのかもしれませんな。 一般小説を書くほど、文章力が無く、さりとて、漫画を描く画力も無いという人が、最後に逃げ込むのが、ライト・ノベルズというジャンルだからでしょうか。
「作家」という言葉を使うと、みんな一緒になってしまいますが、ライト・ノベルズ作家と、一般小説家の間には、思いの外、大きな段差があるのかもしれません。 そもそも、やたら、ファンタジーが多いのは、現実世界の観察が苦手だから、テキトーにごまかせる異世界に逃げているとしか思えません。 テキトーに考えた世界を映像化しろと言われたアニメ制作者こそ、いい面の皮で、苦労するでしょうなあ。
≪精霊の守り人≫が放送される前に、メイキングを見ましたが、監督達の悪戦苦闘ぶりが、痛々しかったです。 まあ、見た人は分かるでしょうが、「非常に細かい所まで、よく考えて、映像化している。 唯一の欠点は、全然、面白くない事だ」という、厳しい評価を下さざるを得ませんでした。
それでも、≪精霊の守り人≫は、まだ最後まで見れたから、マシな方で、≪獣の奏者エリン≫なんか、一話見ただけで、気分が陰鬱ーになってしまい、二話目を見る気にならないという、自分でも呆れるようなひどさ。 別に、映像化に失敗しているわけでもないのに、なんで、あんなに、見る気を殺ぐのか、原因がよく分かりません。
ちょっと前の作品になりますが、≪十二国記≫というのもありましたな。 全体の9割くらいは見たと思いますが、後ろに行くに従って、あの世界に慣れてしまい、新味が無くなって、興味が薄れて行きました。 ファンタジーというのは、話を延ばそうと思えば、いくらでも延ばせられるようですが、見ている方は、いつまでも付き合ってくれるとは限らないので、そこの所を頭に入れておいて欲しいものです。
えーと、今回は、≪ガンダム話④≫を書くつもりだったんですが、最初から脱線したため、こんな内容になってしまいました。 面目無い。 というわけで、タイトルは、≪アニメ四方山≫としておきます。
いきなり、脱線ですが、いやあ、やっぱり、≪Z≫のエンディングは、いいですなあ。 エンディングは、全話通して、同じ曲で、アニメーションも、ほぼ同じ。 ただ、前半と後半で、描き直したらしく、色合いが若干変わったのを覚えています。 一方、オープニングは、前半と後半で別の曲になりますが、私としては、前半の曲の方が、ドライな感じがして、好きです。 後半の曲も悪くはないですけど。
≪オリジナル≫のオープニングは、印象的で、もちろん良いですが、エンディングの方は、しばらく見ていないと、すっかり忘れてしまうほど、インパクトが薄いです。 スローな曲調に、アムロに語り掛けるような歌詞で、いわゆる、≪浄化エンディング≫なのですが、妙に、内向き、後ろ向きな感じがして、好きになれません。
実のところ、ガンダム・シリーズのオープニング・エンディングの中で、最も強烈な印象を与えるのは、≪ZZ≫の前半のオープニングではないかと思うのですが、若い世代の人達で、≪ZZ≫を知らないのなら、レンタルで借りて来るか、ネット配信で、一度聴いてみると、面白いと思います。 絶対、「ええっ?」と思うから。
≪オリジナル劇場版≫3部作や、≪逆襲のシャア≫には、フォークやロックの有名歌手が作った曲が使われていますが、当時、アニメ・ソングは、作品の中身に合わせて、専用に作るのが普通だったので、かなり違和感がありました。 何というか、有名歌手には有名歌手の、現実世界のイメージがあり、それが、アニメの世界へ入ってくる事に、抵抗を感じたのです。
90年代に入ると、テレビ・シリーズでも、アニメ・ソングに、一般歌手が歌う、フツーのポップスやロックが使われるようになり、ガンダムも例外ではなくなるのですが、そうなってからの曲は、ほとんど記憶に残っていません。 おそらく、脳の中で、一般曲に分類されて、「とりわけて、記憶する必要なし」と判断されてしまったのでしょう。 それにしても、≪V≫≪W≫≪X≫は言うに及ばず、≪シード≫や≪デステニー≫の曲まで、一っつも覚えていないのは、どうした事か・・・。 単に、私の記憶力の問題なのか? ≪G≫? あれは、論外。 覚える価値無し。
やっぱりねー、アニメの曲は、専用に作った方がいいですって。 もろに作品の内容を歌わなくても、≪エヴァンゲリオン≫のオープニングくらいの関連度なら、充分いけるでしょうに。 アニメだからこそ、100%の純度で使える、映像と音楽の相乗効果を、利用しない手は無いですよ。
そういや、マクロス・シリーズも、作品内容と関係ない曲は、全然、覚えとらんな。 ≪7≫で、バサラが歌った曲を、特に覚えてません。 ロックやバラードは、アニメに合わないという感じは、前からしていましたが、≪7≫では、合わない所ばかり、特に強調されてしまっていたような感がありました。 ミレーヌ絡みの曲は、覚えているんですがねえ。
一時期、アニメ・ファンの中に、「アニメ専用の歌は、聴いてて恥ずかしい。 普通の曲を使った方がいい」という人が多くいたんですよ。 で、だんだん、そういう風になって行ったわけですが、約20年やってみて、結果はどうだったかというと、それ以前の20年に作られたアニメの曲と比べて、記憶に残る率が格段に落ちたのは否定できないところでしょう。
昨今の深夜アニメは、1クール、10話前後で終わってしまうものが、大変多いですが、そんなに短くても、オープニングとエンディングは、一応揃えなければならないから、厄介な事です。 専用に作る予算があるわけがなく、既成の一般曲から選ぶ事になりますが、やはり、記憶に残る曲は、ほとんどありません。 そもそも、アニメの曲がどうこうという問題以前に、一般曲自体が、世間から無視されているので、記憶に残りようが無いと言えば、それは、当然の事なのですが。
そういえば、昔は、一般曲が、アニメ・ソングに採用されると、「アニメの曲は、一段落ちると見做される」とか言われて、歌手が嫌がったものですが、一般曲が売れなくなった当世では、立場が逆転し、「アニメの主題歌になれば、ヒット間違いなし」などと言われているそうですな。 いや、「ヒット」という程の事は無いと思うのですが、アニメには、漫画原作のファンや声優のファンなど、律儀に関連商品を買い集める消費者層がついているので、ある程度の販売数が期待できるという意味でしょう。
「声優のファン」と書いて、思い出しましたが、声優のファンというのは、驚くくらい、たくさんいるらしいです。 私なんぞは、アニメは、空想の世界だと規定しているので、声優は、ただ、声を担当している方々に過ぎず、彼らの実態、実生活に関する情報など、知る必要を感じません。 というか、敢えて、知りたくないのですが、そういう考え方の持ち主は、少なくとも、多数派ではない様子。 作品のイベントで、声優が来るなどというと、追っ掛けどもが、殺到するというから、驚かずにいられません。
ここ15年ほど、声優は、外見もよくなければ、務まらなくなってしまったようですが、声優ファン達のの要望が、そういう風調にしてしまったのは、間違いないところです。 しかし・・・、何か間違ってないか? 声優ファンの頭の中というのは、どうなっているんでしょう? 彼らが熱を上げているのは、アニメのキャラなのか、それとも、声優自身なのか、はたまた、両者をごっちゃにしたイメージなのか。 何だか、精神的に危ない感じがしますなあ。
単に、声優の追っ掛けをするファンがいるというだけなら、彼らの自由であって、私がどうこうケチをつける事も無いのですが、この声優ファンが、アニメの商業的成功・失敗に、少なからぬ影響を及ぼすために、作品内容に大きな弊害を与えているとなると、見過ごせません。
どういう事かというと、人気声優を大勢出せば、それぞれの声優のファンが、その作品を見たり、DVDや関連商品を買ったりしてくれるので、必要も無いのに、キャラを増やす傾向が、90年代半ば以降、急増したのです。 学園物などという、およそ、アニメで作る意味の薄いジャンルが、やたら隆盛を極めているのも、学園物なら、クラスメート役で、大量の声優を使えるからです。 くくく、下らん! ストーリーに絡んで来ないキャラを、出すなっつーの! 作劇理論も糞もねーな、クソ!。
という理由で、アニメは、いつのまにか、美少女キャラや、イケメン・キャラの大運動会みたいになってしまったんですな。 もう、初回から、似たような役回りのキャラが、わらわらと出て来たら、そのアニメは、スカだと断定してしまってもいいです。 本気で、いい作品を作ろうとしている制作者は、声優ファンなど、当てにしませんから、人数を必要最小限まで絞って来ます。
ここ数年で、話題になったアニメというと、≪四畳半神話大系≫や、≪あの日見た花の名前を僕達はまだ知らない。≫などがありますが、いずれも、内容で勝負しているから、無駄なキャラなど一人も出て来ません。 それに比べて、声優ファン頼みの作品の、レベルの低いことよ。 雲泥の差。 月とスッポン。 灰とダイヤモンド。
それにしても、学園物は、どうにかなりませんかねえ。 本来なら、実写で作るべきものでしょう。 SFでも、ファンタジーでも、オカルトでもなく、単なる恋愛物や、クラブ活動物まで、アニメで作ってますが、キャラがチャラ過ぎて、およそ、現実感がありません。 顔も、みんな同じ。 髪型と髪の色で、区別しているだけ。 性格の描き分けまで、いい加減で、最後まで、「誰が誰だか、よう分からん」というのも多いです。 いや、馬鹿馬鹿しいから、最後まで見るような事は、ほとんどありませんけど。
漫画原作があれば、アニメ化しても、キャラの描き分けはできそうなものですが、昨今は、アニメ風の絵しか描けない漫画家というのが多くて、漫画の段階で、すでに、キャラを見分けられないケースも多く、絶望的な情況になっています。 ちなみに、その昔、少女漫画原作のアニメが少なかったのは、登場人物の顔が互いに似過ぎていて、アニメ制作者が、描き分けられないのを嫌がっていたからだという説もあります。
ライト・ノベルズ原作のアニメが増えたのも、事態を悪化させるのに一役買っています。 正直はっきり言わせてもらいますと、ライト・ノベルズ原作のアニメが、面白かった例しが、一つもありません。 なんだろね? 「文章だから、漫画より、高尚なはずだ」というのが、勝手な思い込みなのであって、実は、漫画より低劣なのかもしれませんな。 一般小説を書くほど、文章力が無く、さりとて、漫画を描く画力も無いという人が、最後に逃げ込むのが、ライト・ノベルズというジャンルだからでしょうか。
「作家」という言葉を使うと、みんな一緒になってしまいますが、ライト・ノベルズ作家と、一般小説家の間には、思いの外、大きな段差があるのかもしれません。 そもそも、やたら、ファンタジーが多いのは、現実世界の観察が苦手だから、テキトーにごまかせる異世界に逃げているとしか思えません。 テキトーに考えた世界を映像化しろと言われたアニメ制作者こそ、いい面の皮で、苦労するでしょうなあ。
≪精霊の守り人≫が放送される前に、メイキングを見ましたが、監督達の悪戦苦闘ぶりが、痛々しかったです。 まあ、見た人は分かるでしょうが、「非常に細かい所まで、よく考えて、映像化している。 唯一の欠点は、全然、面白くない事だ」という、厳しい評価を下さざるを得ませんでした。
それでも、≪精霊の守り人≫は、まだ最後まで見れたから、マシな方で、≪獣の奏者エリン≫なんか、一話見ただけで、気分が陰鬱ーになってしまい、二話目を見る気にならないという、自分でも呆れるようなひどさ。 別に、映像化に失敗しているわけでもないのに、なんで、あんなに、見る気を殺ぐのか、原因がよく分かりません。
ちょっと前の作品になりますが、≪十二国記≫というのもありましたな。 全体の9割くらいは見たと思いますが、後ろに行くに従って、あの世界に慣れてしまい、新味が無くなって、興味が薄れて行きました。 ファンタジーというのは、話を延ばそうと思えば、いくらでも延ばせられるようですが、見ている方は、いつまでも付き合ってくれるとは限らないので、そこの所を頭に入れておいて欲しいものです。
えーと、今回は、≪ガンダム話④≫を書くつもりだったんですが、最初から脱線したため、こんな内容になってしまいました。 面目無い。 というわけで、タイトルは、≪アニメ四方山≫としておきます。