2017/08/27

読書感想文・蔵出し (28)

  読書感想文です。 今回も、西村京太郎作品だけ。 すでに、人気作家になって以降の作品ばかりなので、パターンが決まってしまっていますが、「また、こんな話か」などと、嫌になる事は、全然ありません。 むしろ、似た内容である方が、読者としては、頭のフォーマットを書き換えずに、そのまま次の本に進めるので、多くの作品を読みこなし易いのだろうと思われます。




≪特急「あさしお3号」殺人事件≫

新潮文庫
新潮社 1991年初版
西村京太郎 著

  同じ新潮社から、単行本が出たのが、1988年。 3作が収録されていますが、いずれも、80ページくらいの長さがあり、短編というには長いです。 中編集とでも呼ぶべきなのか。 発表年とは、逆の並びになっています。


【特急「あさしお3号」殺人事件】 1988年
  十津川警部の学生時代の友人である作家が、長い下積み時代を経て、ようやく、新聞連載を始める事が決まった矢先に、京都発・城崎行きの列車の中で刺殺体で発見される。 動機がある容疑者が浮かぶが、その人物には、別の列車に乗っていたアリバイがあり、現地に出向いた十津川警部が、それを崩そうと知恵を絞る話。

  典型的な時刻表トリック作品で、つまり、「普通に行けば、これだけの時間がかかるところを、特殊なルートで乗り継いでいけば、もっと早く、到着できる」という、アレですな。 この作品では、鉄道だけが使われています。

  パターンが決まっているので、ワクワク・ドキドキは望むべくもありませんが、やはり、西村京太郎さんの語り口の巧さで救われていて、最後まで、興味を失わずに、読み終わる事ができます。 


【夜が殺意を運ぶ】 1987年
  深夜、女が運転する赤いベンツが、猫を撥ねたのを、十津川警部が目撃した翌日、その近くの多摩川で、別の女の水死体が発見され、後頭部の打撲痕から、殺人事件と断定される。 容疑者の男には、事件が起こった日、弘前にいたというアリバイがあったが、ベンツの女を共犯と考えて、アリバイを崩して行く話。

  鉄道と車を使ったトリックで、「なるほど、それなら、間に合うな」と思います。 ありふれたパターンとは分かっているものの、 やはり、引きこまれて、最後まで読んでしまいます。 西村京太郎さんの作品は、ある程度、数を読むと、読者を麻薬的にひきつけてしまう魅力があるようで、私も、すっかり、取り込まれていて、痘痕も笑窪になっているのでしょう。


【首相暗殺計画】 1981年
  これは、戦前が舞台。 かつて、満州で、ピストルの名手として名を売った男が、日本国内で服役していたのを、ある組織が出獄させる。 船で中国へ渡らせ、蒋介石総統を暗殺させると見せかけておいて、実は、鉄道で移動する近衛文麿首相の命を狙わせたのを、警視総監の命を受けた立花警視が阻止しようとする話。

  トリックや謎はなく、スパイ・アクション物的な見せ場になっています。 私は、この時代を取り上げた小説が嫌いでして、史実だけでも、ややこしいのに、フィクションを入れて、小説にされてしまうと、混乱していけません。 書く側は、時代背景を調べるのに、結構、エネルギーを使うと思うのですが、その割には、読者の受けが悪くて、骨折り損のくたびれ儲けに終わるのに、書きたがる人が多いのは、不思議ですな。



≪寝台特急「紀伊」殺人行≫

角川文庫
角川書店 1985年9月初版 同年11月3版
西村京太郎 著

  さすが、人気作家だけあって、一ヵ月に一回のペースで、増刷していた模様。 発表年は書いてありませんが、「列車ダイヤは、1982年5月号の『時刻表』によった」とあるので、その頃に書かれたものなのでしょう。 これも、母の蔵書ですが、85年というと、母は、市営老人ホームで調理師をしていた頃です。 というわけで、装丁は、コンビニ風ではないです。 書店で買ったんでしょう。


  高校時代に婦女暴行を働き、被害者を自殺に追いやってしまったせいで、故郷にいられなくなり、両親ともども、東京へ越した男が、27歳になって、他界した両親の骨を寺に収める為に、南紀の町へ久々に戻って来る。 ところが、「帰って来るな」という脅迫が続いた上に、後から南紀に向かっていた彼の婚約者が、列車から姿を消す事件が起こり、地元の刑事と、十津川班が協力して、謎を解明して行く話。

  300ページくらいの、長編です。 トラベル・ミステリーのカテゴリーに、完全に入りますが、時刻表トリックは使われておらず、列車内で発生した失踪事件の謎だけに、推理物の要素が限られています。 それ以外は、犯罪小説と言った方が、ピッタリ来る内容です。 三人称ですが、冒頭からしばらく、婦女暴行犯の男が、中心人物になっているせいで、倫理的な違和感があります。

  その後、刑事達に、スポット・ライトが移って、ようやく、安心して読めるようになるのですが、結局、その男が、婦女暴行犯である事に変わりはないので、読後感は、非常に悪いです。 被害者の自殺の原因でなかったとしても、彼がやった事が、許される事にはなりますまい。 婦女暴行犯が、結婚して幸福になる話なんて、おかしくないですかね? 結婚相手の女も女で、この事件のせいで、真相を知ってしまったわけですが、よく、そんな男と結婚するよなあ。 何か、変。



≪L特急やくも殺人事件≫

角川文庫
角川書店 1991年10月初版 1992年11月6版
西村京太郎 著

  おや、この作品は、列車名を「」で括っていませんな。 同じ角川文庫の他作品のタイトルに倣えば、≪L特急「やくも」殺人事件≫になるはずですが。 元は、実業之日本社から出た単行本らしいですが、それが、関係しているんでしょうか。 わざわざ、タイトルを変えるほどの事でもないと?

  表題作を含む、4作が収められています。 しかし、各作品の発表年が書かれておらず、解説やあとがきもないので、それ以上の情報が分かりません。 


【L特急やくも殺人事件】
  60ページ前後。 娘と一緒に旅に出て、吉備路から、出雲へ向かっていた元警視庁の刑事が、娘と別行動を取っている間に、列車に撥ねられて死ぬ。 愛用していた手帳がなくなっていた事から、自殺ではないと主張する娘と、元刑事が最後に追っていた事件について調べるよう特命を受けた十津川・亀井コンビが合流し、元刑事が立ち寄った所を、貸し自転車で巡って、真相を明らかにする話。

  旅情サスペンスですなあ。 トラベル・ミステリーと言っても、最初に事件が起こった所の地名だけ、タイトルに入れて、あとは、全然違う場所で進行する話もありますが、この作品は、本当に、吉備路をなめるように巡ります。 しかも、十津川警部と亀井刑事が、貸し自転車に乗るのだから、妙に凄い。 この作品、ドラマ化はされてないんですかね?

  犯人が、かつて泊まったのが、ホテルや旅館ではなく、寺の宿坊だったから、調べても分からなかったというところが、話の味噌になっています。 いろいろと、思いつくものですねえ。


【イベント列車を狙え】
  70ページ前後。 女に騙されて、一千万円を持ち逃げされ、エリート商社マンから、小さな運送会社の事務員に転落してしまった青年のもとに、「伊勢詣でのイベント列車に乗れば、その女に会える」という電話がかかって来る。 半信半疑で、その列車に乗り込んだところ、別の女の刺殺体が発見され、その容疑者として捕まってしまう。 東京での捜査を任された十津川警部と亀井刑事が、事件に興味を持ち、青年を陥った罠から救おうとする話。

  謎はありますが、トリックはないです。 以前、騙した男を、次の犯行でも利用しようという、女のふてぶてしさには、開いた口が塞がりませんな。 刺殺された女の、手の甲のキズが、物を言ってくるのですが、そのつけ方が、ちと、不自然です。 どんなに、不注意をやらかしても、果物を剥く時に、他の人の手の甲に傷をつけることはないんじゃないでしょうか。


【挽歌をのせて】
  40ページ前後。 妻から離婚を切り出された夫が、何とか気を変えさせようと、新婚旅行で行った北海道へ、妻と旅行に行くが、そこで、殺人事件に遭遇した事で、夫婦間の溝が更に広がってしまう話。

  一応、列車の中で事件が起こるものの、推理物でも犯罪物でもなくて、内容的には一般小説です。 関係が破綻した夫婦をモチーフにした短編小説は多いのですが、判で押したように、つまらないです。 正に、犬も食わない題材であるわけですな。 西村京太郎さんの作品でも、例外ではありません。


【青函連絡船から消えた】
  80ページ前後。 十津川班の西本刑事に、青函連絡船での航海中、喧嘩相手を海に突き落としたという容疑がかけられ、十津川警部と亀井刑事が捜査を進める内に、突き落とされたという男に、金銭面と、女性関係の両面で、裏がある事が分かり、真犯人の存在が浮かび上がって来る話。

  長めなだけあって、しっかりしたトリックと謎が用意されています。 捜査の展開に、地理的な動きがあり、しかも、アクション場面や因縁話でごまかさずに、淡々と話が進められて行くのが、トラベル・ミステリーの基本と見ました。 その視点で見ると、バランスが取れた、良い作品だと思います。

  西本刑事が関わっているものの、それは、青函連絡船で起こった事件を、警視庁の十津川班が捜査できるようにする為の仕掛けでして、本来なら、青森県警か北海道警の管轄でしょう。 トラベル・ミステリーは、事件の舞台が、全国津々浦々に散らばるので、捜査陣を警視庁所属にしてしまうと、いろいろと、不都合が起こるわけですな。



≪特急「有明」殺人事件≫

角川文庫
角川書店 1992年9月初版
西村京太郎 著

  これも、母がコンビニ・バイト時代に買ったもの。 昔聞いた話では、店で文庫本を買い、お客がいない閑な時に読んでいたらしいですが、本が読めるほど閑というのは、羨ましい職場ですな。 元酒屋で、街なかの店舗だったから、そんなに、お客が来ない時があったというのは、ちと、不思議なんですけど。 ちなみに、そのコンビニは、とっくになくなっています。

  240ページの、長編小説です。 「1990年に、カドカワノベルズとして、刊行された」とありますが、元の発表年は書いてありません。 解説もついていないので、手掛かりなし。 ネットで調べれば、分るかも知れませんが、それほどの興味がないです。 いずれにせよ、80年代後半に書かれた事は、間違いないと思います。 話の内容に、それ以上の古さを感じ取れませんから。


  「有明に行く」と言って出かけた画家が、有明海で、水死体で発見され、その後を追うように、友人の画家が国立の雑木林で、刺殺体で見つかる。 先に死んだ画家が残した祐徳稲荷神社のお守りと、不気味な女の絵を手掛かりに、十津川班が、画家の周辺の人物達を調べ、3年前に起きた交通事故を探り当てて、真犯人に迫って行く話。

  そこそこ長いので、それなりの読み応えはあります。 だけど、初期の長編と比べると、やっつけ感は否めませんなあ。 ただ、粗製乱造と呼ぶには、完成度が高過ぎます。 面白いというほどではないけれど、買って読んだ人に、損したと思わせないだけの内容はあるといったところでしょうか。 ちなみに、定価は、430円です。

  手掛かりですが、お守りの方は、アイテムとして、ありきたりな上に、謎が空回りしているような感じを受けます。 もう一つの、不気味な女の絵の方は、その存在そのものが不気味で、いい効果を出しています。 確かに、ゾッとするような絵というのは、ありますから。 犯人が、家庭の事情で、考え方に甘えがあり、それが、逮捕された後まで治らないというのが、人間の性格類型として興味深いです。

  やっつけ的な部分として、最初に殺された画家が、3年前に起こした交通事故で、たまたま、知り合いの別荘の近くを通り、その関係者を撥ねたというのは、偶然が過ぎる気がしないでもなし。 その知り合いを訪ねて来たのなら、自然ですが、そうではないのです。 西村京太郎さんほど、ミステリーを書き慣れた人でも、こういう、不自然な設定を、そのまま出してしまう事があるんですなあ。 カーの作品にも、そういうのはありましたけど。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の

≪特急「あさしお3号」殺人事件≫が、5月30日から31日。
≪寝台特急「紀伊」殺人行≫が、6月3日から、6日。
≪L特急やくも殺人事件≫が、6月6日から、8日。
≪特急「有明」殺人事件≫が、6月8日から、11日。

  家にある本である事をいい事に、バタバタ読み倒していますな。 西村京太郎作品には、麻薬的な魅力があり、次から次へ読まないと、禁断症状が出て、不安になるような気分にさせられます。 人気推理作家と言われる人の作品は、大抵、そうですけど。 こんなにバタバタと、似たような内容の作品を読んだのでは、マメに感想を書いておかないと、みーんな忘れてしまうでしょうなあ。

2017/08/20

読書感想文・蔵出し (27)

  読書感想文です。 今回は、西村京太郎作品だけ。 西村京太郎作品の場合、短編集よりも、長編の方が、早く読めるという、奇妙な現象が起こります。




≪東京駅殺人事件≫

光文社文庫
光文社 1988年初版 1992年26版
西村京太郎 著

  1984年に、小説誌に連載された、長編推理小説。 文庫で、290ページくらいと、さほど長くはない長編です。 十津川警部が捜査に当たる、「駅シリーズ」の第一作だとの事。 しかし、十津川物としては、もう始まってから、9年も経っているわけで、亀井刑事など、部下の顔ぶれも定まって、安定しています。


  一億円を出さなければ、東京駅を爆破するという脅迫電話があった後、東京駅に到着した寝台列車の中で、絞殺死体が発見され、そちらの捜査で東京駅に出向いてきた十津川警部が、脅迫事件の方も担当する事になる。 列車を使った身代金の受け渡しや、絞殺事件との関連、偶発的に起こった誘拐事件などが複雑に絡み合う中、十津川班が、事件の謎を少しずつ解明し、犯行グループを追い詰めて行く話。

  面白いです。 私がこれまでに読んだ中では、≪ミステリー列車が消えた≫に次ぐくらいの読み応えがあります。 書かれた時期も近いから、油が乗っていた頃だったんでしょう。 ただ、≪ミステリー列車が消えた≫と比べると、短い分、描き込みが浅く、少し軽い感じがしないでもないです。

  トリックは、何回か行なわれる身代金受け渡しのところに使われていますが、列車を使った身代金受け渡し方法は、ミステリーの世界では、前例がいくらもあるから、新機軸を打ち出しても、「似たようなアイデアが、すでに、出ているのでは?」と思えてしまって、素直に驚けません。 もし、本当に、オリジナルのアイデアだとしたら、作者には気の毒な状況ですな。

  しかし、トリックや謎のアイデアを別にしても、ストーリーの語り方が巧いので、話に引き込まれて、ページはどんどん進みます。 決して、セリフばかりで、中身がスカスカな小説ではないのに、この進みの速さは、特筆物だと思います。



≪午後の恐喝者≫

講談社文庫
講談社 1985年初版
西村京太郎 著

  母の蔵書。 9作品が収められた、短編集です。 90年代初頭、電車通勤していた頃に、一度読んでいるのですが、【私は職業婦人】以外は、すっかり忘れていました。

【午後の脅迫者】
【密告】
【二一・00時に殺せ】
【美談崩れ】
【柴田巡査の奇妙なアルバイト】
【私は職業婦人】
【オーストラリアの蝉】
【成功報酬百万円】
【マルチ商法】

  多いので、一作ずつの感想は勘弁してください。 並びは、発表順で、最も古いのは、1972年、最も新しいのは、1985年。 同時期の作品群というには、ちと、開きがありすぎますかね。 だけど、話の雰囲気には、みな、似たところがあります。 そういうものだけ、集めて、収録したのかも知れません。

  皮肉な結末には拘っていないようで、その点はバラバラ。 世の中や、人間の本性を、冷め切った目で見ている点は、全作、共通しています。 主人公は、興信所の所員や、くたびれた刑事が多いです。 この短編集の収録作品に限らず、西村さんの作品に、人情物というのは、ほとんどないのではないかと思えて来ました。 因縁話で泣かせるストーリーなど、最も嫌っているのではないかと思います。

  【私は職業婦人】は、一風変わった作品で、これだけ記憶していたのは、特徴的だったからでしょう。 専業主婦が、職業意識の強さから、何人かを殺すという話ですが、専業主婦という「職業」に対する、世間一般の認識の甘さを突いたアイデアで、唸らされます。 これはちょっと、西村京太郎さんより、前の世代の作家では、思いつけない話でしょう。 逆に、専業主婦が珍しくなってしまった現代では、ピンと来ない読者もいるのではないかと思います。

  【マルチ商法】は、雑誌「ショートショートランド」に掲載されたもので、ショートショートの作法に則り、いかにも、ショートショート的なオチがつけられています。 西村京太郎さんの器用さが良く表れていると思いますが、ちと、型に嵌まりすぎている気がしないでもなし。 他のジャンルの作家が、ショートショートを書く時、一番恐れるのは、「こういうのは、ショートショートとは言わない」という評価だと思うので、無難に、当たり障りのない線を狙ったのかも知れません。



≪消えたドライバー≫

廣済堂文庫
廣済堂出版 1990年初版 1996年22版
西村京太郎 著

  廣済堂文庫というのは、初めて見ました。 いろんな出版社があるものなんですねえ。 96年だから、間違いなく、母がコンビニ・バイト時代に買ったもの。 この本も、いかにも、コンビニの本棚に並んでいそうな装丁です。

  奥付けに、発行年が書いてなくて、あちこち見たら、カバーの裏表紙側の折り返し部分に書いてありました。 奥付けの方にも、権利マークの後ろに、初版年だけは入っています。 この方式なら、第2版以降も、本体はそのままで、カバーだけ変えればいいわけだ。 だけど、本体がそのままだと、巻末に付いている、他の本の宣伝ページを更新できないから、不都合もあると思うんですがね。

  三作収められていますが、短編集というわけではなく、短かめの長編一作と、短編が二作で、編まれています。


【消えたドライバー】
  これが、短かめの長編。  165ページくらいの長さです。 雑誌に、一挙掲載する都合で、こういう長さの作品が発注されたと、解説にあります。

  テレビ番組の懸賞で、高級スポーツカーが当たったにも拘らず、名乗り出てこない人物を捜しに行ったディレクターと、バラバラ殺人事件の捜査をしていた刑事が、同じ家に辿り着き、当選者の正体に関わる謎が解き明かされて行く話。

  短かめですが、アイデアがしっかりしていて、面白いです。 トリックというほどのトリックはなくて、謎で組み上げたストーリーですな。 当選者は、意外な人物なのですが、言われてみると、ちゃんと伏線が張ってあって、「ああ、なるほど」と思わせられます。


【死を呼ぶトランク】
  60ページ。 東京から大阪まで、急遽、三十冊ばかりの本を送り届けなければならなくなった貧乏学生が、友人の知恵を借りて、新幹線の網棚にトランクをタダ載せして運ぼうとするが、着いた先でトランクから出てきたのは、首のない女の死体で、一体、誰が中身をすり替えたのかを、刑事達が調べて行く話。

  アイデア勝負の話で、冒頭だけで、派手な部分は終わってしまうのですが、その後の捜査も、地味ながら、結構、面白く読めます。 学生二人がタダ載せ計画の話をしていた時に、同じ喫茶店にいた客の顔ぶれを思い出させて、調べて行く過程が、地道で、いかにも、刑事の捜査手法という感じが、滲み出ています。


【九時三十分の殺人】
  50ページくらい。 「四月」、「十六日」、「九時三十分」、「カオル・三十歳」、「予告終了」という、ハガキが、警察に送りつけられ、最近、有名になった歌手が、あるテレビ番組の放送時間に狙われている事を察知した警察が、凶行を阻もうとする話。

  「九時三十分」の方は、最初から、何の時刻か分かっているんですが、「カオル」という名前が、どこで出て来るかが、話の味噌。 ミステリー好きで、勘のいい人なら、事前に予測できるかもしれません。 長編の、冒頭と結末だけをくっつけたような話ですが、例によって、語り方が巧いので、面白く読めます。



≪会津若松からの死の便り≫

徳間文庫
徳間書店 1995年初版
西村京太郎 著

  間違いなく、母がコンビニ・バイト時代に買った本。 くどくど何度も書きますけど、実に、コンビニ的な装丁だなあ。 5作が収められた短編集です。 単行本になったのは、1992年のようですが、各作品の初出年は、分かりません。


【会津若松からの死の便り】
  会津若松から、東京へ来た女性が、交番で道を訊こうとして倒れ、死んでしまう。 行方不明になった姉を捜しに来たようだが、その捜査を依頼されていた探偵も行方不明になっていた。 十津川班の捜査で、姉が覚醒剤の密売組織に捕えられていると分かり、救出しようとするが、踏み込む証拠がなくて・・・、という話。

  一応、謎はありますが、トリックはなくて、更に、後半がアクション物になっているという、西村京太郎作品としては、珍しい展開です。 十津川警部や、カメさんが、犯人達と銃撃戦を繰り広げるんですぜ。 原作にも、こういうのがあったんですねえ。 つまり、推理小説とは言い難いんですが、やはり、語り方が巧いので、面白く読めます。


【日曜日には走らない】
  兵庫県の和田岬支線という、通勤客用の路線を取材に来たカメラマンが、車内で死んでいた女と関係ありと見做され、容疑者にされる。 ところが、被害者の素性を調べて行くと、カメラマンが雇われている雑誌社と関係があったと分かり、更に、彼女が素人モデルとして、掲載されていた写真の特徴から、撮影した人間が分かって、真犯人が明らかになる話。

  通勤専用路線の、「行きは満員、帰りはガラガラ」という特徴を利用した出だしですが、主なモチーフは、カメラマンの写真の撮り癖の方です。 しかし、トラベル・ミステリーに拘らずに読むなら、充分に面白いです。 西村さんは、興味が広い人なんですなあ。

  被害者と容疑者が、東京の人間だという事で、十津川班が東京での捜査を受け持ちますが、十津川警部シリーズに数えるには、ちと、関わりが少な過ぎると思います。


【下呂温泉で死んだ女】
  下呂温泉近くの高山線の列車の中で、女の刺殺体が発見されるが、同じ車両に他の客が大勢いたにも拘らず、目撃者がいない事が、奇妙だった。 十津川警部と亀井刑事が、現場に赴き、その謎を解く話。

  「トリックといえば、トリック」という感じのトリックでして、思わず、笑ってしまうものの、よく考えると、実際にやってみたら、ほんとに巧く行くのではないかと思わせる、リアリティーがあります。 


【身代わり殺人事件】
  自殺するつもりで、伊豆下田に向かった女が、列車の事故に遭遇し、ドサクサの内に、見ず知らずの男の婚約者と間違われて、その男の両親が住む、裕福な家に引き取られる。 同じ事故で怪我をして入院していた男が退院して来て、正体がバレるかと思いきや、男は、彼女の事を婚約者だと言い、結婚披露宴まで行なってしまう。 狐に抓まれたような気分で、しばらく過ごす内に、男がどういうつもりなのかが分かり、戦慄する話。

  昼メロで、昔、こんなのがあったような・・・。 既視感があるせいか、他の作品ほど、面白くは感じられませんでした。 こういう話が初めての人なら、もっと、楽しめると思います。


【残酷な季節】
  社長に頼まれて、小会社の社長になった直後、業務上横領の罪で逮捕されてしまった男が、騙されたと気づいて、社長一味に復讐する話。

  救われない話で、読後感が良くないです。 主人公が、何もしていないのに、こんなひどい目に遭わされ、しかも、復讐が成功したとしても、その先に待っているのは、恐らく、破滅だけ、というのは、あまりにも、絶望的。 




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の

≪東京駅殺人事件≫が、5月20日前後。
≪午後の恐喝者≫が、5月下旬前半。
≪消えたドライバー≫が、5月下旬半ば。
≪会津若松からの死の便り≫が、5月下旬半ば。

  母は、西村京太郎作品を、かなり読んでいたわけですが、今は、すっかり忘れていて、どの本を持っているかも、まるっきり分からない様子。 西村京太郎作品が原作の2時間サスペンスを見ていても、原作について語るような事は、全くありません。 そこまで、綺麗さっぱり、記憶から消えるものなのなんでしょうか。

2017/08/13

読書感想文・蔵出し (26)

  読書感想文です。 この前文を書いているのは、8月10日の夜なのですが、私は、明日11日に、施餓鬼を控えていまして、あまりの嫌さに、気もそぞろ。 正直言って、ブログ記事の準備なんかできる精神状態ではないのです。 どーして、家を継いだわけでもない私が、施餓鬼に行かねばならないのか、筋が通らぬ。 それ以前の問題として、あんな拷問みたいなイベント、今時、誰が好き好んで参加したがるのか、気が知れません。 馬鹿じゃないの?




≪顔のない告発者≫

創元推理文庫
東京創元社 1985年初版
ブリス・ペルマン 著

  いくぶん、短かめですが、長編推理小説です。 作者は、フランス人。 この作品は、1983年に発表されたもの。 巻末の訳者あとがきから分かる情報は、その程度です。 海外の推理小説というと、ほとんど、イギリス製ですが、80年代に、フランスでも、推理小説を書いていた人がいたんですねえ。 母が買った本に違いないのですが、なぜ、これを選んだのかは、もはや、当人に訊いても、思い出せますまい。 32年も前ではねえ。


  知人の催したパーティーからの帰り、深夜の高速道路で、カーブを曲がりきれずに交通事故死した夫人について、「事故ではない」という投書が、警察に届き、車に細工の跡があった事から、クレマン警部が関係者を調べ始める。 捜査が進む内に、夫人を巡る複雑な人物相関が浮かび上がって来る話。

  特につまらないわけではないが、特に面白くもないという、中途半端な小説です。 謎とトリックへの興味で、どうにかこうにか先へ引っ張って行くものの、ストーリーに緊張感がなくて、ただ、事実を羅列されているだけという感じ。 読んでいるこちらに、80年代のフランスへの興味が、全くないというのも、問題なんでしょうけど。

  微妙にネタバレになってしまいますが、トリックの方は、「はあ? あー、そーですか」という程度のものです。 これでも、推理小説の分類としては、「本格」に入るのだから、本格という言葉も、安っぽく使われているものです。 だけど、大抵の本格推理小説は、今の感覚で読むと、子供騙しっぽく感じられますから、この作品だけ貶すのも、酷ですな。

  内容とは無関係ですが、このカバー・イラストは、なんなんですかね? これ、ほんとに、プロが描いたんでしょうか? とても、報酬が発生するような絵には見えませんが。 それから、帯の宣伝コピー、「死にいたる失踪」ですが、確かに、その通りではあるものの、失踪が終わって、死に至った後から、話が始まるので、作品の内容に、疾走感は、全くありません。



≪イレブン殺人事件≫

角川文庫
角川書店 1986年初版
西村京太郎 著

  86年というと、私が、ひきこもりから脱して、植木屋見習いで働き始めた年ですなあ。 86という数字を聞いただけで、懐かしい。 きつい仕事で、私は、毎日、地獄を見ていたけれど、母は、その頃、こういう本を読んでいたわけだ。

  西村京太郎さんの、短編集です。 西村さんの代表作に、≪消えた巨人軍≫や、≪消えたエース≫という、野球チームに関わるものがあるので、「イレブン」というから、てっきり、サッカー・チームに絡んだ殺人事件が起こる長編かと思いきや、全然違うんですな、これが。 ただ、11作の短編が収録されているから、「イレブン」なのです。 カバー・イラストも、紛らわしい。 てっきり、高校サッカー部のマネージャーか何かだと思うじゃありませんか。

【ホテルの鍵は死への鍵】
【歌を忘れたカナリヤは】
【ピンク・カード】
【仮面の欲望】
【優しい悪魔たち】
【受験地獄】
【危険なサイドビジネス】
【水の上の殺人】
【危険な道づれ】
【モーツァルトの罠】
【死体の値段】

  並びは、発表順で、一番古いのが、1972年、一番新しいのが、1981年です。 足かけ10年間ですが、西村さんは、作家歴が長いですから、ほぼ、同時期に書かれた作品群と見てもよいと思います。 どれを読んでも、そんなに古い感じはしません。 70年代は、携帯電話やインターネットの存在を除けば、自家用車が行き渡るほど、そこそこ豊かになっていて、すでに、現代とあまり変わらない社会になっていたわけですな。

  推理小説といっても、短編なので、読者の方で推理する暇もなく、終わってしまいます。 アイデアは、いずれも、レベルが高くて、長編の中に織り込んでも通用するものばかり。 ストーリーは、皮肉な結末が付いたものが多く、松本清張さんの短編に、読後感が似ています。 こちらの方が、現代風ですけど。

  【受験地獄】は、確か、初期の2時間サスペンスで、ドラマ化されていたと思いますが、30ページにも満たない短編を、2時間に引き延ばしたのだから、驚きます。 それができるなら、残りの10作全て、2時間ドラマに、できそうです。 もう、なっているのかも知れませんが、調べる気力がないです。



≪ミステリー列車が消えた≫

新潮文庫
新潮社 1985年初版
西村京太郎 著

  1981年から、82年にかけて、週刊新潮に連載された、長編推理小説。 文庫版で、400ページくらいある、そこそこ長い部類の長編です。 ≪消えたエース≫を先に読んでいたお陰で、「長めの長編には、力が入っている」という、西村京太郎作品の傾向が僅かながら掴めていたのですが、読み始めたら、その通りでした。


  「ミステリー列車」と銘打たれたイベントで、400人の乗客を乗せて、東京駅を出発したブルー・トレインが、行方不明になり、列車ごと誘拐したという犯人から、身代金10億円が要求される。 十津川警部とその部下たちが、国鉄職員の強力を得ながら、消えた列車を捜し、犯人を特定して行く話。

  面白いです。 列車が、丸ごと消えたトリックも面白いし、僅かな手がかりから、犯人を炙り出して行く過程も、緊迫感が漲っていて、背中がゾクゾクします。 列車ごとの誘拐というアイデアは、常識以前に、感覚的なレベルで、荒唐無稽なはずなのに、この小説を読んでいると、実際にできると思わせられてしまうところが、凄い。

  つまり、西村京太郎さんは、生み出すアイデアが奇抜なのもさる事ながら、物語の語り方が、飛び抜けて、巧いんですなあ。 こんなトンデモなアイデアを、傑作級の小説に書き上げられる人は、そうそう、いないのではありますまいか。 人気作家になったのも、全然、不思議ではないです。

  犯人が、最後まで登場しないのも、変わってますねえ。 当然の事ながら、犯人逮捕後のダラダラと長い因縁話などという、鬱陶しいものも、存在しません。 緊迫したサスペンスをたっぷり堪能させた後、スパッと幕を引くところが、実に清々しいです。 

  とにかく、本が手に入るようなら、読んでみる事を、強力にお薦めします。



≪赤い帆船(クルーザー)≫

角川文庫
角川書店 1982年初版 1985年9版
西村京太郎 著

  1973年の発表。 西村京太郎さんが、まだトラベル・ミステリーを書き始める前に、海洋ミステリーを書いていた時期があったらしいのですが、その中の一作で、十津川警部が、初めて登場した作品だとの事。 これといった前触れもなく出て来る点は、後の登場作品と変わりないので、この作品だけ読んだのでは、そうと気づきませんけど。


  ヨットによる単独無寄港世界一周を成し遂げた青年が、交通事故死するが、それが殺人であった事が分かり、捜査を任された十津川警部補が、青年を殺す動機がある者達を調べ始める。 交通事故が起きた時に行なわれていた、東京-タヒチ間のヨット・レースに参加していた選手達は、当初、容疑者から外されていたが、その中に、最も動機が強い男が入っている事が分かり、鉄壁のアリバイを崩す為に、十津川警部補が苦闘する話。

  文庫で、440ページ、あります。 もし、90年代以降に出版されたとしたら、二冊に分けられたかも知れないページ数ですな。 西村京太郎さんの長めの長編は、読み応えがあると決まっていまして、この作品も、その例に漏れず、面白いです。 ただ、≪消えたエース≫や、≪ミステリー列車が消えた≫など、後々の長編と比べると、少し、長過ぎる感じもします。 書きたい事が多過ぎたんじゃないかと思われます。

  松本清張さんに、≪火と汐≫という作品があるのですが、そのトリックを、犯人による警察への目晦ましとして使ってあります。 本当に使われたトリックは、他にあるという、凝った構成。 そちらのトリックは、「これ、本当にできるのかな?」と思わせるところがありますが、私も含めて、船乗りの経験がない読者が相手なら、文句を言わせないだけのリアリティーは保っていると思います。 

  この作品で、少し残念なのは、理屈っぽ過ぎる点ですかね。 簡単に、「これは、こうだ」と書いてしまえば、読者は、そのまま受け入れるのに、「これは、こうだから、こうだ」と、書かなくてもいい理由を書いているので、その分、長く感じられるのです。 西村京太郎さんのその後の作品では、見られなくなる特徴ですな。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の

≪顔のない告発者≫が、5月初め。
≪イレブン殺人事件≫が、5月中旬前半。
≪ミステリー列車が消えた≫が、5月半ば。
≪赤い帆船≫が、5月中旬後半。

  その後、≪ミステリー列車が消えた≫のドラマを、渡瀬恒彦版・十津川警部シリーズで見たのですが、原作の良さを、台なしにしていて、ガッカリしました。 翻案のし過ぎ。 これだけ、ドライな原作を、お涙頂戴にしてしまう、その最低のセンスには、呆れ返ります。 つまり、原作のどこが面白いのか、全く、読み取れてないわけだ。 

2017/08/06

読書感想文・蔵出し (25)

  読書感想文です。 今回の途中から、母の蔵書の推理小説に入ります。 精神医学関係の本に飽きた後、図書館へ行く気がなくなってしまい、さりとて、何も読むものがないと、就寝前とか、何となく不安になるので、「家にある本で、読んでないものを読もう」と思い立った次第。




≪定年性依存症 【「定年退職」で崩れる人々】≫

WAVE出版 2009年
岩崎正人 著

  定年を迎え、仕事から解放された途端、依存症になって、人生を狂わせてしまう症状を、「定年性依存症」と名付けて、実例を紹介し、予防策を示し、回復方法を指南している本。 著者は、精神科医で、実際に治療に当たっている人。

  実例は、アルコール依存、出会い系サイト依存、ギャンブル依存の三つ。 それぞれ、一人だけなので、かなり、絞ってあるわけですが、その分、分かり易いといえば、分かり易いです。 アルコール依存や、ギャンブル依存は、映画で題材に取り上げられる事があるので 、割と馴染み深いです。

  絵に描いたように、同じような軌道を辿って、破滅へ向かって行く様子が、実に、しょーもない。 映画などでは、未だに、「当人の心構えの問題で、意志が弱いから、依存症になるのだ」といった見方をしていて、「お前の事を心配してる、みんなの気持ちが分からないのかーっ!」などと、胸倉掴んで涙ながらに怒鳴りつける場面が、よく出て来ますが、依存症は、立派な病気でして、怒鳴ったくらいで治るのなら、医者は要りません。

  その事は、以前から知っていましたが、この本にも、同じ事が書いてありました。 私は、依存症患者なんぞ、虫唾が走るほど嫌いですが、それは、その人物の意志が弱いからではなく、れっきとした病人の癖に、その自覚がなくて、治療もせんと、職場に出て来て、周囲に迷惑をかける奴等を、何人も見て来たからです。

  朝から酒の臭いをプンプンさせて、足下も覚束ず、仕事が間に合わなくて、他人の工程まで流されて来る、いい歳こいた派遣社員とか、ニコチン中毒で、タバコが切れて一時間過ぎると、イライラして来て、相手構わず、怒鳴りつけるリーダーとか、仕事上の真面目な打ち合わせをしている所に飛び込んできて、競馬の話を始める、統合失調症の疑いのある男とか、新入社員を見つけると、熱心にパチンコに誘って、何とか仲間に引き込もうと目論む指導員とか・・・。 そんな連中を、暖かい目で見守れという方が、無理難題というもの。 


  この本の場合、単なる依存症ではなく、定年を迎えて、やる事がなくなった結果、依存症に陥り易い趣味に嵌まって、転落して行く症例を、特別に取り上げているのですが、実例に出て来る人物達に共通しているのは、現役の頃は、「仕事人間」だったという点でして、それならば、やはり、同情に値しません。

  仕事人間も、周囲から見ると、中毒患者と同じくらい、迷惑なんだわ。 自分が、様々な事を犠牲にして、仕事を打ち込んでいるのだからと言って、他の人間にもそうするよう求めたり、自分と同じくらい仕事をしない人間を、見下したり、ろくな奴がいません。 人柄が優れている人というのは、仕事にも私生活にも、バランスが取れているものです。

  仕事人間というのは、仕事に依存しているのであって、あれも、依存症の内に入るのでは? 定年退職で、仕事依存症の人間から、依存対象である仕事を取り上げたら、精神状態が不安定になり、他の依存対象を見つけようと焦るのは当然の成り行きです。 ところが、仕事中心で生きて来た連中ですから、趣味の知識・経験は、貧弱極まりなく、暇潰しレベルの趣味しか思いつかなくて、ギャンブルに走ったり、そんな趣味すら見つけられず、酒に溺れたりするわけだ。 しょーがないねー。


  で、依存症は、病気ですから、医者にかからなければならないのですが、酒で体を壊したり、借金だらけになって、二進も三進も行かなくなりでもしない限り、当人が病院に行く事を承知しないものだから、どんどん、悪化してしまうのだそうです。 借金だらけは、家族がたまりませんなあ。 家族にしてみれば、「いっそ、死んでくれた方が・・・」と、心のど真ん中で思っている事でしょう。

  「依存症は、完治はせず、回復するだけ」なのだそうです。 つまり、依存症になる前の、完全に健康な心に戻る事はなく、比較的、軽い症状に回復するだけという意味なんでしょう。 回復過程を、一生続けなければ、ちょっとしたきっかけで、すぐに、元の木阿弥になるそうです。 そういや、他の病気で入院したのを契機に、タバコをやめた人が、見舞いに来た同僚に進められて、一本吸ったら、たちまち、元に戻ってしまったという話を聞いた事があります。

  依存症から回復させる有効な手段が、自助グループへの参加だけというのは、精神医学の限界を表していると思います。 自助グループ活動というのは、アメリカのドラマなどに良く出てくる、患者同士が一箇所に集まって、自分の依存症歴を吐露しあう、あの会合です。 何となく、医師が治療を放棄し、患者達の自助努力に丸投げしているような感じもしますが、実際に、最も効くというのだから、他に選びようがありません。

  この本、実例の紹介部分は面白いのですが、予防方法について書かれた章は、あまり実用的とは言えず、参考にならないと思います。 そもそも、そんな忠告を聞き入れて、自ら予防ができるような柔軟性のある人間なら、何も言われなくても、依存症にはなりますまい。 また、本のタイトルで、「定年性」と限定してしまったら、定年前後の人しか読みませから、予防するには、手遅れなのではないでしょうか?



≪やさしい精神医学入門≫

角川選書 473
角川学芸出版 2010年
岩波明 著

  ≪自我崩壊≫が、読み易かったので、同じ著者の本を探して、借りて来たもの。 タイトルの通り、精神医学全体を紹介した、入門書で、その上、頭に、「やさしい」までついており、どれだけ分かり易いのかと、期待が半分、もしかしたら、子供向けみたいな内容ではと、不安が半分、そんな気持ちで読んだのですが、まあ、その点は、普通でした。

  各章のタイトルだけ並べますと、

1 精神医学と精神症状
2 精神疾患の分類
3 精神科における診断基準
4 精神医学の歴史
5 統合失調症
6 躁鬱うつ病とうつ病
7 発達障害
8 精神疾患と犯罪
9 精神科とクスリ
10 精神科と医療費

  これだけ見ていると、ほんとに、定説だけを紹介した入門書のようですが、中身はそうではなく、著者の主観が、かなり、強く出ています。 そして、この著者の場合、その主観の部分が、ウケているのではないかと思われます。

  フロイトを開祖とする、「精神分析」を、単なる哲学理論であって、治療効果がないとして、ほとんど、触れていませんが、それは、事実なんでしょう。 患者の中には、医師に話を聞いてもらい、不調の原因を自ら知る事で、治る人もいたというだけの事なんでしょうなあ。

  アメリカのドラマで、精神科医の治療室というと、患者が寝椅子に仰向けになって、医師の質問に答えている場面が、割と最近の作品でも、見られますが、ああいう治療法は、精神分析のスタイルで、今では、全く、時代遅れになっているとの事。 アメリカでは、特に、精神分析が広く受け入れられたらしいので、その名残で、今でも、その学派の医師が多くいるようです。

  それでは、現在の精神医学の本流とは何かというと、薬物治療だとの事。 20世紀中頃に、「向精神薬」が、各種、登場して、ようやく、効果のある治療ができるようになり、精神科医の仕事は、症状を診断して、どの薬を使うか選んだり、その後の経過を見て、投薬を調整したりする事なのだそうです。 精神科医を主人公にしたドラマに出て来るような、根気よく、患者の話相手になったり、患者の私生活に干渉して、ショック療法を試みたりする事はないんですな。 そんな事してたら、体がいくつあっても足りませんし。


  この本、前半は、著者が、世間一般の、精神医学に関する誤解を嘆いているだけのような印象が強いのですが、第6章以降になると、実例の紹介が出て来て、≪自我崩壊≫同様に、急激に、面白くなります。 いや、面白いといっては、不謹慎ですな。 急激に、興味深くなります。

  実例は、強いですなあ。 とりわけ、犯罪にまで発展してしまった例は、実際に起こった事であるだけに、推理小説なんぞ、とても太刀打ちできないくらい、凄まじいです。 借りたレンタカーを、自分の物だと信じ込んだ男が、期限切れで強制回収されてしまった事に激昂し、営業所に乗り込んで、店員を殺した話には、震え上がりました。 冗談じゃないよ。 こんな死に方、最悪ではないですか。

  他にも、夫が浮気していると、人から言われた妻が、夫が否定しても、全く聞く耳持たず、どんどん、被害妄想を逞しくして、しまいには、鋏で夫を刺してしまった話など、凄まじいですなあ。 その、最初に、夫の浮気を仄めかした女というのが、まず、信用できないと思うのですが、そういう考え方はせずに、一直線に、夫を疑ったという事は、そもそも、夫との間に、信頼関係ができていなかったんでしょうなあ。 そういう夫婦は、多そうですけど。

 これらの患者は、その後、投薬治療により、症状が安定して退院したらしいのですが、なんだか、また、再発しそうですねえ。 危なっかしい事、この上ない感じ。 改善はしても、完治する事はなく、退院後も服薬が必要だとの事。 だけど、自分で飲まなくなってしまう人が多いようです。 そして、家族が飲むように言うと、また、怒り出すと。 怖い話だわ。



≪私の殺した男≫

角川文庫
角川書店 1987年初版
高木彬光 著

  高木彬光さんというと、名探偵、神津恭介シリーズを書いた人ですが、私は、読んだ事がありません。 この本は、短編集で、家にあった本。 家にある小説で、私が買ったもの以外で、しかも、80年代以降となると、全て、母が買ったものです。

  表題作を含む、全8作。

【私の殺した男】
【謎の下宿人】
【大食の罪】
【青チンさん】
【ある轢死】
【はったり人生】
【月は七色】
【赤い蝙蝠】

  読み飛ばしたので、一作ずつ、感想は書きません。 表題作を除くと、推理小説ではなく、普通の小説です。 【青チン】さんと、【はったり人生】は、作者の実際の経験を元にしたのではないかと思われる話で、ストーリーという程のストーリーはないのですが、奇譚である事は確か。

  初めて読む本だと思っていたのですが、【はったり人生】には読んだ覚えがありました。 たぶん、電車通勤していた、90年代の初め頃に読んだのだと思います。 それにしては、それ以外の7作を、全く覚えていないのですが、それはつまり、記憶に残るほど、面白くはなかったというわけでしょう。

  とにかく、どれも、話が古いです。 文庫が出たのは、87年ですが、作品が発表されたのは、最も新しいものでも、1960年でして、時代背景が、今とは、まるで違います。 たぶん、母も、そんなに古い話だと分かっていたら、この本を買わなかったでしょう。 高木彬光さんのファン以外には、あまり、価値のない本。



≪消えたエース≫

角川文庫
角川書店 1985年初版
西村京太郎 著

  母が買った文庫本の中に、西村京太郎さんの作品が、十数冊あったので、読んでみました。 これが、一冊目。 長編推理小説です。 最初の発表は、1981年から、82年にかけて、大阪のスポーツ新聞に連載されたものだとの事。


  18年ぶりのセ・リーグ優勝がかかった大事な時期に、京神ハンターズのリリーフ・エースが誘拐されてしまう。 何とかして、対巨人4連戦の全敗を避けようと、球団マネージャーや刑事達が、時間と戦う形で奔走し、犯人を特定して、人質の行方を捜そうとする話。

  西村京太郎さんというと、十津川警部のその部下達が活躍するトラベル・ミステリーが有名ですが、これは、十津川警部物ではなく、旅行とも関係ありません。 だけど、捜査であちこち出かけるので、動きは、かなり多い方です。

  西村京太郎さんの初期作品は、アイデアも、もちろん面白いのですが、ストーリー展開や、描写も凝っており、力が入っていて、大変、読み応えがあります。 この作品も、その一つ。 緊迫感が、全編、途切れないのは、見事の一語に尽きます。 長過ぎない点でも、この作品は、ちょうどよいバランスが保たれていると思います。

  犯人逮捕後に、因縁話がダラダラ続くような事もなく、そういう事は、逮捕に至るまでに、散らす形で語られていて、スパッと切り落とすように終わっているのは、実に、気持ちがいいです。 やはり、推理小説は、こうでなければいけませんなあ。

  2時間サスペンスを見ているだけでは分かりませんが、小説の方を読むと、西村さんが、どうして、売れっ子作家になったかが、よーく、納得できます。

  内容とは、あまり関係ないですが、このカバー・イラストが、いかにも、出版業界の最盛期という感じですなあ。 今は、こういう絵を描ける人が、いなくなっちゃったんですかねえ。




  以上、四作です。 読んだ期間は、今年、つまり、2017年の

≪定年性依存症≫が、4月半ば。
≪やさしい精神医学入門≫が、4月中旬から下旬。
≪私の殺した男≫が、4月下旬。
≪消えたエース≫が、4月末。

  実は、母の蔵書の推理小説に関しては、感想文を書くつもりがなく、読みっ放しのまま、何冊か進んでから、「せっかく読んだのに、勿体ないから、やっぱり、感想を書こう」と、6月になってから、忘れたところを読み返しながら、書きました。 読み終わった直後でも、感想文を書くのは、かったるいですが、時間が経ってからだと、もっと、かったるいですなあ。 今後は、こういう事がないようにしますわ。