R・L・ラ行音
よく、「日本人は、[r] と [l] の違いが分からない」 と言われます。 これは、実際にそうでして、耳を澄まそうが、地団駄踏もうが、柱に額を撃ち付けようが、分からない物は分かりません。 両方とも『ラ行音』に聞こえます。 『rice』 と 『lice』、『rip』 と 『lip』 など、日本語母語話者の耳をからかう材料には事欠きません。
日本では、『言語学者』 を職業として名乗っている人が少なく、たとえ名乗っていても、実際には別の肩書きで収入を得ている場合が多いです。 なぜかというと、日本語母語話者は、聞き取れる音素の種類が少ないために、言語学者として不向きだからです。 言語学が最も進んでいるのはアメリカですが、大学の言語学部に入る時には、主要音素の聞き分けができるかどうかの試験があるそうで、日本語母語話者の学生は、その段階で門前払いを食らってしまいます。 もちろん、音素が聞き分けられなくても、言語学は出来ますが、学者にはさせられないというわけなんでしょう。 (ちなみに、『13歳のハローワーク』 には、『言語学者』 の項目がありますが、大方、著者が事情を知らないんでしょう。 他にも、食って行けない職業がかなり載っていて、相当には罪な本です)
さて、それを踏まえた上で、ちょっと、ひねくれてみましょう。
「では、[r] と [l] を聞き分けられる人達は、ラ行音を聞き分けられるのか?」
言語にもよりますが、大概の場合、答えはノーです。 彼らは、日本語を喋る時、ラ行音の部分を、[r] か [l] のどちらかで代用しますが、それは 「[r] と [l] のどちらかを使えば、日本人の耳にはラ行音に聞こえる」 という事を知識として知っているだけであって、ラ行音をラ行音として聞き分けているわけではありません。 その言語の音素にラ行音がなければ、聞き分けられるはずがないのです。 聞き分けられないばかりか、発音する事すら出来ません。 日本語母語話者は、[l] と [r] とラ行音を聞き分けられませんが、訓練すれば発音は出来るようになりますから、その点は自慢していいでしょう。 せこい自慢ですが・・・。
そもそも、ラ行音というのは、何なんでしょう? 日本人が小学校でローマ字を習う時には、「ラ行は 『r』 と 『l』 のどちらで書いても良い」と教えられます。 しかし、最近のローマ字表記では、ほとんどが『r』 にされているようです。 では 『r』 なのかというと、そうでない事は日本人全てが知っています。 「『r』 は、『捲き舌音』 という発音が難しい音だ」 という情報を早い内に耳にするので、『r』 でない事は知っているんですな。 では 『l』 なのかというと、それも違います。 だって、もし 『l』 なら、ローマ字表記が最初から 『l』 に決まりそうなもんじゃありませんか。 つまり日本人は、ラ行音が何なのか分からないまま使っているのです。
ラ行音の正体は、『弾音』と言いまして、国際音声記号だと 『 ɾ(※)』 と書きます。 位置的には、歯茎音で、[t,d,s,z,n,l,r] などと同じ場所で発せられますが、[l] や [r] と決定的に違うのは、破裂音だという点です。 舌で上顎の天井を弾いて、一瞬で消えてしまう音なのです。 使っている言語は少ないと思いますが、ちゃんと子音図にも載っており、独立した一つの子音です。 決して、[l] や [r] の出来損ないでも、まがい物でもありません。
ハワイ旅行の豆知識ですが、「向こうのレストランで水を頼む時、何回 『ウオーター』 と言っても通じないが、『ワーラー』 と言えば一発で通じる」 といった話は伝説化するほどよく聞かされます。 ただ、ちとイチャモンをつけさせてもらえば、『ウオーラー』 でも通じると思います。 要所は、『タ』 が 『ラ』 になっているという点だからです。 この場合の 『ラ』 は意外や意外、ラ行音です。 破裂音なのがその証拠ですな。 何となく笑ってしまう話ですが、英語でもラ行音を使うんですねえ。 しかし、英語の音素とは言えません。 なぜなら、英語母語話者は、ラ行音を発音しているとは思っておらず、[t] と言っているつもりだからです。
例をもう一つ挙げましょうか。 ビートルズの代表作の一つに 『LET IT BE』 という曲がありますが、そのサビの部分を日本語母語話者が聞くと、[let it be] が、どうしても 「レリビー」 と聞こえます。 なぜか? 耳がおかしいのか? とんでもない! 逆です! 実際に 「レリビー」 と発音しているのです。 しかし、歌っている当人は 「レティビー」 と言っているつもりなのです。 日本語母語話者の耳が、[t] とラ行音を厳格に聞き分けるが故に起こる現象です。 英語母語話者の使う [t] の中には、ラ行音が含まれるんですね。 日本語母語話者の感覚では、[t] とラ行音が同じに聞こえるなど、信じられぬ話ですが・・・・。
あまりいないと思いますが、[r] か [l] で代用をする事に飽き足りず、日本語母語話者が使っているのと同じラ行音が出したいという外語人の方がいたら、[t] を改造するのが近道でしょう。 [t] は、上の歯茎に、舌の先端より少し根元側の部分を当てて出す音ですが、ラ行音は、歯茎に、舌の先端の縁を当てて出します。 破裂音なので、舌の側面を開けて [l] にしてしまわないように気をつけましょう。 英語のように、ラ行音が [t] に含まれている場合、閑な日本語母語話者を一人捕まえて来て、どの [t] がラ行音に聞こえるのか、一つ一つ尋ねて検証していくという手もあります。 しかし、結局、自分の耳では聞き分けられないわけで、お気の毒としか言いようがないです。 ふっふっふ、さんざん、[r] と [l] で日本語母語話者をからかった罰だ。 死ぬほど苦しむが良い・・・・などとは思ってませんよ、決して。
一方、[r] と [l] の発音の仕方が知りたいという日本語母語話者の方はたくさんいると思います。 英語だけを習っている限りは、まず理解できません。 中国語の教科書や参考書を読むと、細かく説明されているので、分かり易いです。 英語の参考書では、発音の説明を端折っている物が多いですが、あれは感心しませんな。 語学書の風上にも置けません。 もっとも、参考書の著者自身が、発音が分かっていないというケースが多いので仕方ないですが・・・。 さて、[r] と [l] ですが、細かく説明しても、迷路に嵌まる恐れがあるので、ごく簡潔に要点だけ書きましょう。
まず舌の縁、つまり輪郭線を五等分して下さい。 そしたら、先端の五分の一の部分だけを上の歯茎の辺りにくっつけて、「ル」 と言って見てください。 はい、それが [l] です。 そのまま、ずーっと延ばして、「ルーーーー」 と言っても、「ウ」 にならず、 [l] のままですから、間違いなく[l]です。 他の母音の時には、最初の一瞬だけ [l] を出して、後は歯茎から放してしまって構いません。
[r] は、同じ発音記号でも、言語によって音の出し方が違うので、日本語母語話者に最も発音し易いやり方を紹介します。 『捲き舌』 といいますが、それは忘れてしまいましょう。 舌が短くても何の問題もありません。 今度は、舌の縁の輪郭線を三等分します。 そしたら、先端の三分の一を残して、両脇だけ天井につけ、「ル」 と言ってみてください。 はい、[r] が出ました。 そのまま、ずーっと延ばして、「ルーーーー」 と言っても、「ウ」 にならず、 [r] のままですから、間違いなく [r] です。 他の母音の時には、最初の一瞬だけ [r] を出して、後は天井から放してしまってよいです。
(※)[J] という字を180度引っ繰り返したような記号です。